(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-27
(45)【発行日】2025-02-04
(54)【発明の名称】推定装置及び推定方法
(51)【国際特許分類】
H01M 10/48 20060101AFI20250128BHJP
H02J 7/00 20060101ALI20250128BHJP
【FI】
H01M10/48 301
H02J7/00 Q
(21)【出願番号】P 2020129607
(22)【出願日】2020-07-30
【審査請求日】2023-07-24
(31)【優先権主張番号】P 2019158977
(32)【優先日】2019-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】507151526
【氏名又は名称】株式会社GSユアサ
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】岡部 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】山手 茂樹
【審査官】山口 大
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-118056(JP,A)
【文献】国際公開第2015/198631(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/022857(WO,A1)
【文献】特開2019-061786(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/48
H02J 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蓄電デバイスから発せられる熱が伝達する特定の箇所にて温度を計測する温度センサから、計測結果を取得する取得部と、
前記計測結果の入力に応じて、
前記蓄電デバイスにおける熱伝導を模擬する状態方程式と、該状態方程式における状態変数と前記温度センサによって観測可能な観測変数との関係を表す観測方程式とに基づき、前記状態変数を導出することにより、前記温度センサが計測していない箇所における温度を推定するオブザーバと
を備える推定装置。
【請求項2】
前記オブザーバは、前記オブザーバによる推定温度と前記温度センサによる計測温度とが漸近するように設計された内部パラメータを有する
請求項
1に記載の推定装置。
【請求項3】
前記温度センサは前記蓄電デバイスに設けられており、
前記オブザーバは、前記温度センサによって計測される前記蓄電デバイスの温度に基づき、前記蓄電デバイスの外部の温度を推定する
請求項1
又は請求項2に記載の推定装置。
【請求項4】
前記オブザーバは、オブザーバゲインをカルマンフィルタにより定式化してある
請求項1から請求項
3の何れか1つに記載の推定装置。
【請求項5】
前記蓄電デバイスから離隔して配置されるサーバ装置として構成される
請求項1から請求項
4の何れか1つに記載の推定装置。
【請求項6】
前記オブザーバによって推定された温度を用いて、前記蓄電デバイスの劣化予測をシミュレートする演算部
を備える請求項1から請求項
5の何れか1つに記載の推定装置。
【請求項7】
前記蓄電デバイスの劣化予測のシミュレーションは、前記蓄電デバイスの物理モデルに基づくシミュレーションである
請求項
6に記載の推定装置。
【請求項8】
蓄電デバイスから発せられる熱が伝達する特定の箇所にて温度を計測する温度センサから、計測結果を取得し、
前記蓄電デバイスにおける熱伝導を模擬する状態方程式と、該状態方程式における状態変数と前記温度センサによって観測可能な観測変数との関係を表す観測方程式とに基づき前記状態変数を推定するオブザーバに対し、前記計測結果を入力することによって、前記温度センサが計測していない箇所における温度を推定する
処理をコンピュータにより実行する推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、推定装置及び推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リチウムイオン電池などの蓄電素子は、ノート型パーソナルコンピュータ、スマートフォンなどの携帯端末の電源、再生可能エネルギー蓄電システム、IoTデバイス電源など、幅広い分野において使用されている。
【0003】
このような蓄電素子を備えたバッテリの運用において、蓄電素子における温度をモニタリングすることは不可欠である。蓄電素子の温度をモニタリングする手法として、例えば特許文献1には、電池セルを複数のセルブロックに分割し、温度が測定される温度測定位置のセルブロックの温度と、各セルブロックにおける発熱量とに基づき、温度未測定位置のセルブロックの温度を推定する手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1では、シミュレーションによって推定された温度と、センサによって測定された温度とが異なる場合の校正手法については開示しておらず、正確な温度推定が可能か否かの判断は困難である。さらに、特許文献1に開示された手法を、複数の蓄電素子を備えた蓄電デバイスに適用する場合、各蓄電素子の温度を検出するために、それぞれに温度検出手段を設ける必要があり、製造コストを押し上げる要因となる。
【0006】
本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであり、温度センサによって計測された温度をフィードバックしながら、詳細な温度分布を推定できる推定装置及び推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
推定装置は、蓄電デバイスから発せられる熱が伝達する特定の箇所にて温度を計測する温度センサから、計測結果を取得する取得部と、前記計測結果の入力に応じて、前記温度センサが計測をしていない箇所における温度を推定するオブザーバとを備える。
【0008】
推定方法は、蓄電デバイスから発せられる熱が伝達する特定の箇所にて温度を計測する温度センサから、計測結果を取得し、前記蓄電デバイスにおける熱伝導を模擬する状態方程式と、該状態方程式における状態変数と前記温度センサによって観測可能な観測変数との関係を表す観測方程式とに基づき前記状態変数を推定するオブザーバに対し、前記計測結果を入力することによって、前記温度センサが計測していない箇所における温度を推定する。
【発明の効果】
【0009】
本願によれば、温度センサによって計測された温度をフィードバックしながら、詳細な温度分布を推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本実施の形態に係る蓄電システムの模式的外観図である。
【
図3】推定装置の内部構成を示すブロック図である。
【
図5】推定装置が実行する推定処理の処理手順を説明するフローチャートである。
【
図8】典型的な正極材料における固相中の吸蔵リチウムイオン濃度と開回路電位(OCP)との関係を示すグラフである。
【
図9】電解液中のリチウムイオン濃度とイオン導電率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
推定装置は、蓄電デバイスから発せられる熱が伝達する特定の箇所にて温度を計測する温度センサから、計測結果を取得する取得部と、前記計測結果の入力に応じて、前記温度センサが計測をしていない箇所における温度を推定するオブザーバとを備える。
この構成によれば、温度センサが計測した箇所の温度をフィードバックしながら、温度センサが計測していない箇所の温度を推定できる。
【0012】
推定装置において、前記オブザーバは、前記蓄電デバイスにおける熱伝導を模擬する状態方程式と、該状態方程式における状態変数と前記温度センサによって観測可能な観測変数との関係を表す観測方程式とに基づき、前記状態変数を導出することによって、前記温度センサが計測していない箇所における温度を推定してもよい。この構成によれば、オブザーバから得られる状態変数を通じて、温度センサが計測していない箇所における温度を推定できる。
【0013】
推定装置において、前記オブザーバは、前記オブザーバによる推定温度と前記温度センサによる計測温度とが漸近するように設計された内部パラメータを有してもよい。この構成によれば、オブザーバによる推定温度と温度センサによる計測温度とが略同一となるようにオブザーバを構築することができる。
【0014】
推定装置において、前記温度センサは前記蓄電デバイスに設けられており、前記オブザーバは、前記温度センサによって計測される前記蓄電デバイスの温度に基づき、前記蓄電デバイスの外部の温度を推定してもよい。この構成によれば、蓄電デバイスの温度に基づき、蓄電デバイスの外部の温度を推定できる。
【0015】
推定装置において、前記オブザーバは、前記蓄電デバイスと周囲環境との間の熱伝達による外乱があってもロバストに推定機能をもたせるようにオブザーバゲインをカルマンフィルタにより定式化してもよい。この構成によれば、システム雑音及び観測雑音を含む場合であっても、カルマンフィルタを用いた外乱オブザーバのオブザーバゲインを適切に評価することにより、システム雑音及び観測雑音の影響を抑えた温度推定が可能となる。
【0016】
推定装置は、前記蓄電デバイスから離隔して配置されるサーバ装置として構成されてもよい。この構成によれば、蓄電デバイスから離れた場所に設置されたサーバ装置内において、温度センサが計測していない箇所の温度を推定できるので、大型の蓄電デバイスや複数の蓄電素子からなる大規模エネルギー貯蔵装置が計算対象となる場合であっても、高速に演算できる。
【0017】
推定装置は、前記オブザーバによって推定された温度を用いて、前記蓄電デバイスの劣化予測をシミュレートする演算部を備えてもよい。この構成によれば、計測していない箇所の温度をより正確に推定することによって、劣化予測の正確さを向上させることができる。
【0018】
推定装置において、前記蓄電デバイスの劣化予測のシミュレーションは、前記蓄電デバイスの物理モデルに基づくシミュレーションであってもよい。この構成によれば、蓄電デバイス内部の物理現象を的確に反映させて、蓄電デバイスの劣化をシミュレートできる。
【0019】
推定方法は、蓄電デバイスから発せられる熱が伝達する特定の箇所にて温度を計測する温度センサから、計測結果を取得し、前記蓄電デバイスにおける熱伝導を模擬する状態方程式と、該状態方程式における状態変数と前記温度センサによって観測可能な観測変数との関係を表す観測方程式とに基づき前記状態変数を推定するオブザーバに対し、前記計測結果を入力することによって、前記温度センサが計測していない箇所における温度を推定する。
この構成によれば、温度センサが計測した箇所の温度をフィードバックしながら、温度センサが計測していない箇所の温度を推定できる。
【0020】
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
(実施の形態1)
図1は本実施の形態に係る蓄電システム10の模式的外観図である。本実施の形態に係る蓄電システム10は、推定装置100と、蓄電素子200A~200Eと、推定装置100及び蓄電素子200A~200Eを収容する収容ケース300とを備える。本実施の形態では、蓄電素子200A~200Eにより蓄電デバイス20を構成する。以下の説明において、蓄電素子200A~200Eを区別して説明する必要がない場合には、単に蓄電素子200とも記載する。
【0021】
推定装置100は、例えば複数の蓄電素子200の上面に配置され、所定時点での蓄電素子200の温度を推定する回路を搭載した平板状の回路基板である。具体的には、推定装置100は、全ての蓄電素子200に接続されており、それぞれの蓄電素子200から情報を取得して、それぞれの蓄電素子200の所定時点での温度を推定する。
【0022】
推定装置100の配置場所は、蓄電素子200の上面に限定されない。代替的に、蓄電素子200の側面であってもよく、蓄電素子200の下面であってもよい。また、推定装置100の形状も特に限定されない。さらに、推定装置100は、蓄電素子200から離れた場所にあるサーバ装置であって、センサ類(
図3に示す各センサ103A~103D)の情報を通信により取得する構成であってもよい。本明細書に記載する数式は単純なものが多く、蓄電素子が実施例に挙げるような小型の蓄電素子200である場合には安価な演算処理装置で足りる。より大型の蓄電素子が計算対象であったり、複数の蓄電素子からなる大規模エネルギー貯蔵装置であれば、計算負荷が増大し、演算処理速度が低下する。このような場合、通信によってセンサ取得値を蓄電素子から離れた場所にあるサーバ装置へ転送し、サーバ装置にて演算処理を行う方が高速処理が可能な場合がある。
【0023】
蓄電素子200は、リチウムイオン二次電池などの二次電池である。蓄電素子200は、電気自動車(EV)、ハイブリッド電気自動車(HEV)、またはプラグインハイブリッド電気自動車(PHEV)等の自動車用電源や、電子機器用電源、電力貯蔵用電源などに適用される。
図1では、5個の矩形状の蓄電素子200が直列に配置されて組電池を構成している。
【0024】
蓄電素子200の個数は5個に限定されない。例えば、蓄電素子200の個数は1個であってもよく、2個以上であってもよい。更に、いくつかの蓄電素子200は並列に接続されてもよい。また、蓄電素子200は、リチウムイオン二次電池以外の二次電池であってもよい。さらに、二次電池に限らず、発熱部をもつデバイス(例えばパワーモジュール、一次電池、燃料電池、電子基板、配電盤など)であれば、全てに同様の原理が成立する。
【0025】
以下、蓄電素子200が液系のリチウムイオン電池であると仮定して、蓄電素子200の構成について詳しく説明する。
図2は蓄電素子200の構成を示す斜視図である。具体的には、
図2は、蓄電素子200から容器210の本体部分を分離した状態での構成を示している。
【0026】
図2に示すように、蓄電素子200は、容器210と、正極端子220と、負極端子230とを備える。容器210内方には、正極集電体240と、負極集電体250と、2つの電極体261,262とが収容されている。
【0027】
上記の構成要素の他、容器210内方に配置されるスペーサ、端子まわりに配置されるガスケット、容器210内の圧力が上昇したときに当該圧力を開放するためのガス排出弁、電極体261、262等を包み込む絶縁フィルムなどが配置されていてもよい。また、容器210の内部には、電解液が封入されているが、図示は省略する。なお、当該電解液としては、蓄電素子200の性能を損なうものでなければその種類に特に制限はなく、様々なものを選択できる。また、異なる蓄電素子200の例として、前記液系のリチウムイオン電池における電解液の代わりにイオン導電性を示す固体(例えば、イオン導電性高分子やイオン導電性セラミックスなど)を用いたものであってもよい。
【0028】
容器210は、容器本体を構成する板状の側壁211~214及び底壁215と、当該容器本体の開口を閉塞する板状の蓋体216とを有する箱型の部材である。容器210の材質には、例えばステンレス鋼、アルミニウム、アルミニウム合金など溶接可能な金属、若しくは、樹脂を用いることもできる。
【0029】
電極体261、262は、正極板と負極板とセパレータとを備え、電気を蓄えることができる2つの蓄電要素(発電要素)である。つまり、電極体261及び電極体262の2つの電極体が、
図2において示されるY軸の方向に並んで配置されている。
【0030】
ここで、電極体261、262が有する正極板は、アルミニウムやアルミニウム合金などからなる長尺帯状の集電箔である正極基材層上に正極活物質層が形成されたものである。負極板は、銅や銅合金などからなる長尺帯状の集電箔である負極基材層上に負極活物質層が形成されたものである。セパレータは、例えば樹脂からなる微多孔性のシートや、不織布を用いることができる。集電箔として、ニッケル、鉄、ステンレス鋼、チタン、焼成炭素、導電性高分子、導電性ガラス、Al-Cd合金など、適宜公知の材料を用いてもよい。
【0031】
電極体261、262には、極板が積層されて形成されている。つまり、電極体261、262は、正極板と負極板との間にセパレータが挟み込まれるように層状に配置されたものが巻回されて形成されている。具体的には、電極体261、262は、正極板と負極板とが、セパレータを介して、巻回軸(
図2において示されるX軸に平行な仮想軸)の方向に互いにずらして巻回されている。また、電極体261、262それぞれの最外周には、正極板及び負極板のいずれも介さないセパレータのみが2重に重ね合わされた状態で1~2周巻回され、絶縁性を確保している。本実施の形態では、電極体261、262の断面形状として長円形状を図示している。代替的に、電極体261、262の断面形状は、楕円形状などであってもよい。
【0032】
正極活物質層に用いられる正極活物質としては、リチウムイオンを吸蔵放出可能な正極活物質であれば、適宜公知の材料を使用できる。例えば、正極活物質として、LiMPO4 、LiMSiO4 、LiMBO3 (MはFe、Ni、Mn、Co等から選択される1種または2種以上の遷移金属元素)等のポリアニオン化合物、LiMn2 O4 やLiMn1.5Ni0.5 O4 等のスピネル型リチウムマンガン酸化物、LiMO2 (MはFe、Ni、Mn、Co等から選択される1種または2種以上の遷移金属元素、リチウム過剰型の複合酸化物も含む)等のリチウム遷移金属酸化物等を用いることができる。
【0033】
負極活物質層に用いられる負極活物質としては、リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極活物質であれば、適宜公知の材料を使用できる。例えば、負極活物質として、リチウム金属、リチウム合金(リチウム-ケイ素、リチウム-アルミニウム、リチウム-鉛、リチウム-錫、リチウム-アルミニウム-錫、リチウム-ガリウム、及びウッド合金等のリチウム金属含有合金)の他、リチウムを吸蔵・放出可能な合金、炭素材料(例えば黒鉛、難黒鉛化炭素、易黒鉛化炭素、低温焼成炭素、非晶質カーボン等)、ケイ素酸化物、金属酸化物、リチウム金属酸化物(Li4 Ti5 O12等)、ポリリン酸化合物、あるいは、一般にコンバージョン負極と呼ばれる、Co3 O4 やFe2 P等の、遷移金属と第14族~第16族元素との化合物などが挙げられる。
【0034】
正極端子220は、電極体261,262の正極板に電気的に接続された電極端子であり、負極端子230は、電極体261,262の負極板に電気的に接続された電極端子である。正極端子220及び負極端子230は、蓋体216に取り付けられている。なお、正極端子220及び負極端子230は、例えば、アルミニウムまたはアルミニウム合金などによって形成される。
【0035】
正極集電体240は、正極端子220と電極体261,262の正極板とに電気的に接続(接合)される導電性と剛性とを備えた部材である。負極集電体250は、負極端子230と電極体261,262の負極板とに電気的に接続(接合)される導電性と剛性とを備えた部材である。正極集電体240及び負極集電体250は、蓋体216に固定されている。正極集電体240は、正極基材層と同様にアルミニウムまたはアルミニウム合金などによって形成される。負極集電体250は、上記負極基材層と同様に銅または銅合金などによって形成される。
【0036】
以下、推定装置100の構成について説明する。
図3は推定装置100の内部構成を示すブロック図である。推定装置100は、演算部(推定部)101、記憶部102、入力部103、及び出力部104を備える。
【0037】
演算部101は、マイコン、揮発性又は不揮発性のメモリ等を備える任意の演算回路である。マイコンは、メモリに予め格納されたコンピュータプログラムに従って、ハードウェア各部の動作を制御し、装置全体を本願の推定装置として機能させる。具体的には、演算部101は、素子温度と環境温度とを用いて表される各蓄電素子200の熱収支モデルに基づき、各蓄電素子200の温度を推定するための演算を行う。ここで、素子温度は、後述する温度センサ103Aによって計測される蓄電素子200の温度を示している。環境温度は、蓄電デバイス20の外気温(すなわち、蓄電デバイス20が配置されている空間の温度)を示している。なお、後に実施の形態2にて環境温度を計測せずに各蓄電素子200の温度を推定する方法について述べる。
【0038】
本実施の形態において、演算部101は、マイコン、揮発性又は不揮発性のメモリ等を備える任意の演算回路である。代替的に、演算部101は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)などにより構成されてもよい。
【0039】
記憶部102は、フラッシュメモリなどの記憶装置である。記憶部102には、各蓄電素子200の温度推定の演算に必要なデータが記憶される。例えば、記憶部102には、各蓄電素子200の体積、表面積、比熱、密度、隣り合う蓄電素子200との間の熱コンダクタンスの値、外部への熱伝達率等のデータが含まれる。
【0040】
温度推定の演算に用いられる熱コンダクタンスの値は、蓄電素子200が膨張することによって変化する可能性がある。このため、記憶部102には、後述する歪みセンサ103Cによって計測される歪みの値と、熱コンダクタンスの値との関係を示すテーブルが格納されていてもよい。
【0041】
温度推定の演算に用いられる熱伝達率の値は、蓄電デバイス20の周囲における空気の流れによって変化する可能性がある。このため、記憶部102には、後述する流速計103Dによって計測される流速の値と、熱伝達率の値との関係を示すテーブルが格納されていてもよい。または、ヌセルト数、プラントル数およびレイノルズ数の間で成り立つ関係式から熱伝達率を算出する演算を行ってもよい。
【0042】
入力部103は、各種センサを接続するためのインタフェースを備える。入力部103に接続されるセンサには、蓄電素子200の温度(素子温度)を計測する温度センサ103Aが含まれる。温度センサ103Aは、熱電対、サーミスタなどの既存のセンサである。本実施の形態において、計測対象の蓄電素子200は、蓄電デバイス20が備える5個の蓄電素子200A~200Eのうちの一部(例えば蓄電素子200E)である。計測対象の蓄電素子200は、1個であってもよく、2~4個であってもよい。すなわち、蓄電デバイス20がN個(Nは2以上の整数)である場合、計測対象の蓄電素子200は、1個~(N-1)個の範囲にて適宜設置される。温度センサ103Aは、例えば蓄電デバイス20の上面に配置される。代替的に、温度センサ103Aは、蓄電デバイス20の側面又は下面に配置される。
【0043】
入力部103には、蓄電デバイス20の環境温度を計測する温度センサ103Bが接続されてもよい。温度センサ103Bは、熱電対、サーミスタ等の既存のセンサである。温度センサ103Bは、蓄電デバイス20の適宜箇所に設置されてもよく、周囲の適宜箇所に設置されてもよい。推定装置100が外部機器と通信を行う通信インタフェースを備える場合、温度センサ103Bから環境温度の情報を取得する構成に代えて、通信により環境温度の情報を取得してもよい。
【0044】
入力部103には、蓄電素子200の歪みの大きさを検知する歪みセンサ103Cが接続されてもよい。歪みセンサ103Cは、歪みゲージ式のロードセル等を用いた既存のセンサである。歪みセンサ103Cは、蓄電素子200のそれぞれに対して設けられる。
【0045】
入力部103には、蓄電デバイス20の周囲の空気の流れを計測する流速計103Dが接続されてもよい。流速計103Dは、フローメータなどの既存の計測機器である。流速計103Dは、蓄電デバイス20の周囲の適宜箇所に設置される。
【0046】
出力部104は、外部装置を接続するインタフェースを備える。出力部104は、演算部101の演算結果である各蓄電素子200の温度推定結果を外部装置へ出力する。出力部104に接続される外部装置は、一例では、蓄電デバイス20の状態を管理する管理装置、又は蓄電デバイス20の動作を制御する制御装置である。代替的に、出力部104に接続される外部装置は、蓄電デバイス20から供給される電力により動作する携帯端末や電気自動車などの制御装置であってもよい。外部装置は、推定装置100の温度推定結果に基づき、蓄電デバイスの充電率(SOC : State Of Charge)、健全度(SOH : State Of Health)等を計算してもよい。外部装置は、推定装置100の温度推定結果に応じて、蓄電デバイス20の動作を制御してもよい。
【0047】
以下、推定装置100が実行する演算処理の内容について説明する。
推定装置100は、蓄電デバイス20を構成する複数の蓄電素子200(200A~200E)のうちの一部の蓄電素子200(例えば200E)について計測された素子温度と、蓄電デバイス20の環境温度とを考慮した熱収支モデルを用いて、各蓄電素子200A~200Eの温度を推定する。
【0048】
各蓄電素子200A~200Eの熱収支モデルは、伝熱方程式によって表され、例えば、以下の数1が用いられる。
【0049】
【0050】
ここで、T1 ~T5 、S1 ~S5 、Q1 ~Q5 、h1 ~h5 は、それぞれ蓄電素子200A~200Eの温度(K)、表面積(m2 )、発熱量(W)、外部への熱伝達率(W/m2 /K)を表す。kijは、i番目の蓄電素子200(例えば蓄電素子200A)とj番目の蓄電素子200(例えば蓄電素子200B)との間の熱コンダクタンス(W/K)を表す。ρ、Cp 、Vは、蓄電素子200の密度(kg/m3 )、比熱(J/kg/K)、体積(m3 )を表す。代替的に、蓄電素子200A~200Eに対して、個別に密度、比熱、体積の値を設定してもよい。T0 は、環境温度(K)を表す。tは、時間(s)を表す。
【0051】
数1における左辺は、蓄電素子200の温度上昇に用いられた熱量を表す。右辺の熱コンダクタンスkij を含む項は、隣り合う蓄電素子200,200の温度差に基づく熱伝導を表す。右辺の熱伝達率h1 ~h5 を含む項は、蓄電素子200から外部への放熱を表しており、放熱が発生している場合にはマイナスの値となる。Q1 ~Q5 を含む項は、蓄電デバイス20の発熱を表す。発熱の要因には、通電によるジュール熱や反応熱などがある。
【0052】
演算部101は、数1における熱コンダクタンスkij の値として、予め設定された値を用いて演算を行ってもよく、蓄電素子200の歪みに応じて変化させた値を用いて演算を行ってもよい。後者の場合、蓄電素子200の歪みと熱コンダクタンスとの関係を規定したテーブルから、蓄電素子200の歪みに応じた熱コンダクタンスの値を読み込めばよい。
【0053】
演算部101は、数1における熱伝達率h1 ~h5 の値として、予め設定された値を用いて演算を行ってもよく、周囲流体の流速に応じて変化させた値を用いて演算を行ってもよい。後者の場合、流速と熱伝達率との関係を規定したテーブルから、周囲流体の流速に応じた熱伝達率の値を読み込めばよい。
【0054】
数1における左辺の時間微分を時間差分により書き換えることによって、以下の数2が得られる。
【0055】
【0056】
ここで、kは自然数であり、時間ステップを表している。Δtは計算の時間刻み幅(s)を表す。
【0057】
数2を整理することによって、以下の数3が得られる。
【0058】
【0059】
ここで、α=(ρCp V/Δt)-1である。
【0060】
次に、数3を行列表現するために、状態ベクトルx(k)、ベクトルb、行列Aを、以下の数4により定義する。
【0061】
【0062】
ここで、a11=1-α(k12+S1 h1 )、a22=1-α(k12+k23+S2 h2 )、a33=1-α(k23+k34+S3 h3 )、a44=1-α(k34+k45+S4 h4 )、a55=1-α(k45+S5 h5 )である。また、a12=a21=αk12、a23=a32=αk23、a34=a43=αk34、a45=a54=αk45であり、その他は0である。
【0063】
上記の状態ベクトルx(k)を状態変数として含む離散空間状態方程式は、以下のように表される。ここでは、u(k)=1としてよい。
【0064】
【0065】
観測方程式は、数6のように表される。右上付のTは転置を表す。より一般的には、直達項が右辺に加わるが、伝熱の場合は演算時間に比べて代表時間が大きいため、無視してよい場合が多い。
【0066】
【0067】
数6の観測方程式では、観測変数としてスカラー観測値y(k)を用いた。代替的に、観測値は複数であってもよい。ここで、Cは、温度センサ103Aによって計測される素子温度を要素とする観測ベクトル(又は観測行列)である。例えば、5番目の蓄電素子200の温度のみを計測する場合、観測ベクトルは以下の数7にように表される。
【0068】
【0069】
数5は蓄電デバイス20における熱伝導を模擬する状態方程式であり、数6はその状態方程式における状態変数と温度センサ103Aによって観測可能な観測変数との関係を表す観測方程式である。
【0070】
本実施の形態では、数5の状態方程式及び数6の観測方程式により表される現実のシステムに対応したオブザーバを用いて温度推定を行う。
【0071】
図4はオブザーバを含む状態変数線図である。数5の状態方程式及び数6の観測方程式により表される現実のシステムに対応したオブザーバO1は、数8に示す離散空間状態方程式と、数9に示す観測方程式とにより表される。
図4中のz
-1はz変換による遅延器を表し、Iは単位行列を表す。
【0072】
【0073】
【0074】
現実のシステムとオブザーバO1とでは、パラメータA,b,c及び制御入力u(k)は同一であるが、状態変数及び観測変数が異なる。現実のシステムにおける状態変数x(k)と、オブザーバO1の状態変数x_hat(k)との間に差がある場合、実測とシミュレーションモデルとの間に差があることを表す。そこで、フィードバックを用いて、オブザーバO1の振る舞いを修正する。フィードバックのゲイン(オブザーバゲイン)をLとする。Lは、x(k)と同じ次元を有する縦ベクトルである。オブザーバゲインを追加した離散空間状態方程式は、以下の数10により表される。
【0075】
【0076】
このとき、(k+1)ステップにおける現実のシステムとオブザーバO1との観測変数の差は、以下のように表される。
【0077】
【0078】
ここで、x_hat(k+1)-x(k+1)、x_hat(k)-x(k)は、現実のシステムとオブザーバO1との差を表すが、行列(A-LCT )の固有値の実部が全て負であれば、誤差は0に漸近することが知られている。すなわち、行列(A-LCT )の固有値の実部が全て負となるようにオブザーバゲインが設計されたオブザーバO1を用いることによって、オブザーバO1から得られる状態変数x_hat(k)を、現実のシステムにおける状態変数x(k)に一致させることができる。現実のシステムにおける状態変数x(k)は、数4に示すように各蓄電素子200A~200Eにおける温度を表しているので、オブザーバO1の状態変数x_hat(k)を通じて、温度センサ103Aが計測をしていない箇所の温度(例えば、蓄電素子200A~200D上の温度)を推定できる。
【0079】
以下、推定装置100が実行する推定処理について説明する。
図5は推定装置100が実行する推定処理の処理手順を説明するフローチャートである。推定装置100の演算部101は、記憶部102から物性値や境界条件などの数値を読み出し(ステップS101)、現実のシステムを示す離散空間状態方程式及び観測方程式、並びに、オブザーバO1を示す離散空間状態方程式及び観測方程式を設定する(ステップS102)。
【0080】
次いで、演算部101は、入力部103を通じて、温度センサ103Aによる計測結果を取得する(ステップS103)。
【0081】
演算部101は、取得した計測結果と、設定した現実のシステムを示す離散方程式及び観測方程式、並びにオブザーバO1を示す離散方程式及び観測方程式とに基づく演算を実行し(ステップS104)、オブザーバO1の状態方程式に含まれる状態変数x_hat(x)を通じて、温度の推定値を取得する(ステップS105)。これらの計測および計算処理を、実機が稼働するのと同時にリアルタイムで繰り返し実行することによって、計測していない温度すなわち潜在的な状態変数を推定できる。
【0082】
以上のように、本実施の形態では、オブザーバO1を用いることによって、蓄電デバイス20から発せられる熱が伝達する特定の箇所(例えば、蓄電素子200E)について計測された温度と当該箇所における推定温度との差をフィードバックさせながら、他の箇所(例えば、蓄電素子200A~200D)の温度を推定できる。
【0083】
本実施の形態では、蓄電素子200Eについて計測された温度と吸発熱量とに基づき、蓄電素子200A~200Dの温度を推定する構成とした。吸発熱量には電極部分の吸発熱だけではなく、蓄電素子間を電気的に接続する部材(
図1には示していないが、例えば蓄電素子200Aの正極端子220と、蓄電素子200Bの負極端子230とを接続するバスバーなどの電気的接続部材)の発熱量を加えてもよい。
【0084】
また、本実施の形態では、スカラー観測値y(k)の1つの観測値のみで全ての状態変数x(k)を推定する例を示した。代替的に、観測値が複数であっても、同様の計算手法にて、全ての状態変数を推定することができる。さらに、状態ベクトルx(k)は1つの蓄電デバイスについて1つの状態量として説明したが、蓄電デバイスを複数領域に分割して3次元的な温度分布を考慮してもよいし、正極・負極端子やバスバーなどの電気的接続部材温度の温度を状態ベクトルx(k)に含めても、全く同じ論理によって温度推定が可能である。
【0085】
(実施の形態2)
実施の形態2では、蓄電デバイス20と周囲環境との間の熱のやり取りを考慮して、温度推定を行う構成について説明する。
なお、システムの全体構成、蓄電デバイス20及び推定装置100の内部構成は実施の形態1と同様であり、その説明を省略する。
【0086】
蓄電デバイス20の熱伝導方程式は、以下のように表される。
【0087】
【0088】
ここで、ρ、Cp 、Vは、蓄電デバイス20の密度(kg/m3 )、比熱(J/kg/K)、体積(m3 )を表す。Tは蓄電デバイス20の温度(K)を表し、T0 は周囲環境の温度を表す。tは時間(s)、hは蓄電デバイス20から周囲環境に至る経路の熱伝達率(W/m2 /K)、Sは蓄電デバイス20の表面積(m2 )、Qは蓄電デバイス20の発熱量(W)を表す。
【0089】
本実施の形態では、簡略化のために、蓄電デバイス20についての熱伝導方程式を示した。代替的に、実施の形態1と同様に、蓄電デバイス20を構成する個々の蓄電素子200A~200Eについて熱伝導方程式を記述してもよい。
【0090】
数12を変形すると数13の式が得られる。ここで、Tは蓄電デバイス20の温度であり、例えば温度センサ103Aによって計測される温度である。右辺第2項は、ジュール発熱や電気化学反応熱による吸発熱を表し、内部抵抗、反応熱、通電量などを用いて算出可能な値である。すなわち、右辺第2項は、既知の値として取り扱うことが可能である。右辺第3項は、周囲環境の温度の影響を表す項であり、未知の値である。右辺第3項は、蓄電デバイス20から外部への放熱に限らず、収容ケース300等からの熱伝導も含む。
【0091】
【0092】
本実施の形態では、数13の右辺第2項を制御入力、第3項を外乱として、状態方程式が記述される。数13を簡略化した場合、数14のように表される。
【0093】
【0094】
ここで、A=-hS/ρCp V、B=1/ρCp V、D=hS/ρCp V、u=Q、d=T0 である。数14において、uは制御入力を表し、dは外乱を表している。Bとu、Dとdは任意に設定することが可能である。数14において、A,B,Dはスカラーであるが、ベクトルとして記述することも可能である。
【0095】
外乱の変動速度は、特に熱問題の場合、計算処理の速度に比べて十分に遅い。そこで、外乱の一階時間微分はゼロとしてもよい。
【0096】
観測方程式は数15により表される。
【0097】
【0098】
ここで、yは観測値、Cは観測行列を表すが、当面はy及びCをスカラーとして取り扱う。
【0099】
状態ベクトルxを数16により定義した場合、状態方程式は数17のように表される。
【0100】
【0101】
【0102】
また、蓄電デバイス20の温度Tは温度センサ103Aで計測する一方、周囲環境の温度T0 は計測しないことから、数15の観測方程式は、状態ベクトルxを用いて、以下の数18の形式に書き換えられる。
【0103】
【0104】
数17の各成分を離散化した場合、数19のように表される。
【0105】
【0106】
数19をまとめて記述すると、数20のように表される。
【0107】
【0108】
ここで、Ae =1-AΔt、De =DΔt、Be =BΔtとした。
同様に、数18を離散化した場合、数21のように表される。
【0109】
【0110】
本実施の形態では、数20の状態方程式及び
図21の観測方程式により表される現実のシステムに対応したオブザーバを用いて温度推定を行う。
【0111】
図6は外乱オブザーバを含む状態変数線図である。数20及び数21により表されるシステムは可観測であると仮定した場合、外乱オブザーバO2の状態方程式及び観測方程式は、それぞれ数22及び数23のように表される。
【0112】
【0113】
【0114】
ここで、ハット付きのx及びyは、オブザーバの推定値を表し、Le はオブザーバゲインを表す。オブザーバゲインLe は、行列(Ae -Le Ce )が漸近安定な行列になるように、すなわち行列(Ae -Le Ce )の固有値の実部が全て負になるように、適宜設定すればよい。行列(Ae -Le Ce )の固有値の実部が全て負となるようにオブザーバゲインが設計された外乱オブザーバO2を用いることによって、外乱オブザーバO2から得られる状態変数T_hat(k)を、現実のシステムにおける状態変数x(k)に一致させることができる。このとき、推定装置100は、外乱オブザーバO2から得られるd_hat(k)を通じて、蓄電デバイス20の外部の温度を推定できる。
【0115】
推定装置100は、外乱項であるdの値が異常値を示す場合(大きな値を示す場合)、蓄電デバイス20の外部が高温状態になっていると推定できる。推定装置100は、外乱オブザーバO2から得られるdの値と予め設定した閾値とを比較し、dの値が閾値よりも高い場合、蓄電デバイス20の外部が高温状態になっている旨の情報を出力部104より通知してもよい。
【0116】
本実施の形態では、蓄電デバイス20における1つの外乱を1つの観測値によって推定する構成とした。代替的に、各変数は任意の個数を用いてもよい。例えば、推定装置100は、p個(pは1以上の整数)の蓄電デバイス20において、q個(pは1以上の整数)の外乱をr個(rは1以上の整数)の観測値を用いて推定してもよい。例えば、p=5の場合、各蓄電デバイス20の熱伝導方程式として、数2と同様の式が用いられる。また、数17における状態ベクトルxを(p+q)×1の縦ベクトル、Aはp×pの行列、スカラーの1に代えてq×qの単位行列、Bはp×1の縦ベクトルを用いればよい。更に、数18におけるyはr×1の縦ベクトル、cはr×pの行列を用いればよい。
【0117】
推定装置100は、複数の外乱(蓄電デバイス20の外部の温度)を推定し、蓄電デバイス20の外部の推定温度を位置の関数としてマッピング表示してもよい。
【0118】
実施の形態2の方法によれば、周囲環境の温度を推定できる。これにより、例えば周囲環境の温度を測定する温度センサ103Bを省略できる。
【0119】
推定装置100は、推定した周囲環境の温度と、温度センサ103Bの計測値とを比較し、温度センサ103Bの計測値の妥当性を判断してもよい。周囲環境の温度を測定する温度センサ103Bは通常は蓄電システム10に対して1個のみであるが、必ずしも蓄電システム10の外表面全域が同じ温度であるとは限らない。そのため、温度センサ103Bの計測値が不適切な値(例えば、周囲に比べて低温の領域で測温していた等)であればオブザーバの計算は実態から乖離した温度を算出してしまうことがある。実施の形態2の方法を用いれば、オブザーバの計算に用いる周囲環境の温度の妥当性を検証しながら温度を推定できる。
【0120】
(実施の形態3)
実施の形態3では、システム雑音及び観測雑音を含む場合の温度推定について説明する。
なお、システムの全体構成、蓄電デバイス20及び推定装置100の内部構成は実施の形態1と同様であり、その説明を省略する。また、実施の形態3の説明では、実施の形態2において説明した外乱オブザーバの式(すなわちシステムのパラメータに下付添え字のeがある式)を用いるが、Ae をA、Ce をCに読み換えることによって、同様の理論が実施の形態1においても成立する。
【0121】
実施の形態3では、カルマンフィルタを用いて雑音の影響を抑制する。システム雑音w(k)及び観測雑音v(k)を含む離散空間状態方程式及び観測方程式は、それぞれ以下の数24及び数25により表される。
【0122】
【0123】
【0124】
ここで、カルマンフィルタを用いた外乱オブザーバのオブザーバゲインLe は、以下の数26により表される。式中のVはシステム雑音の共分散行列を表し、Wは観測雑音の共分散行列を表す。
【0125】
【0126】
オブザーバゲインLe は、二次形式により表される評価関数を最小化するLQ(Linear Quadratic)制御理論に基づき、リカッチ方程式を介して導出される。数26における行列Pは、次のリカッチ方程式を満たす解として表される。
【0127】
【0128】
以上のように、実施の形態3では、システム雑音及び観測雑音を含む場合であっても、カルマンフィルタを用いた外乱オブザーバのオブザーバゲインLe を適切に評価することにより、システム雑音及び観測雑音の影響を抑えつつ、オブザーバを用いた温度推定が可能となる。
【0129】
以下、温度推定の応用例について記載する。
【0130】
(応用例1)
リチウムイオン電池に代表される蓄電素子200の電気特性を表す数理モデルとして等価回路モデルがよく知られている。
図7は等価回路モデルの一例を示す回路図である。蓄電素子200の等価回路モデルは、例えば
図7に示すような抵抗器、容量成分、電圧源の組み合わせによって表現されることが多い。
【0131】
図7中のR
0 はオーム抵抗成分、R
1 は正極の反応抵抗成分、C
1 は正極の容量成分、R
2 は負極の反応抵抗成分、C
2 は負極の容量成分、E
eqは開回路電圧(OCV : Open Circuit Voltage)である。ただし、
図7は例示であって、直列、並列の組み合わせや電気回路素子の個数や種類に制限はない。
【0132】
リチウムイオン電池に代表される蓄電素子200の充放電特性は、温度やSOCの影響を強く受けることが知られている。SOCとはState Of Chargeの略称であり、満充電状態を100%、完全放電状態を0%として表す。R0 ~R2 、C1 ~C2 、Eeqの成分は、SOC及び温度の二変数関数として表現される。R0 ~R2 、C1 ~C2 、Eeqの値と、SOC及び温度の関係は、予め取得された値を用いてよい。
【0133】
蓄電システム10は、推定装置100の他に、蓄電素子200の数理モデルを保持してもよい。蓄電素子200の数理モデルは、蓄電素子200の開回路電位、内部インピーダンスの情報を含み、電流及び電圧の関係を示すものである。蓄電素子200の数理モデルは、蓄電素子200の状態推定器(オブザーバともいう)や将来予測に使用される。
【0134】
推定装置100を用いることで、精緻かつ正確な各蓄電素子200の温度推定が可能になるため、等価回路の各素子の特性値がより正確となり、充放電特性のシミュレーションも精度が向上することが期待できる。
【0135】
(応用例2)
等価回路以外の電池モデルとして、例えば、非特許文献「Comparison of Modeling Predictions with Experimental Data from Plastic Lithium Ion Cells, M.Doyle, T.F.Fuller and J.Newman, Journal of The Electrochemical Society , 143 (6), 1890-1903 (1996)」に開示されたモデルを用いてもよい。本モデルは、いわゆるNewmanモデルと呼ばれる、電池(特にリチウムイオン電池)の物理モデルである。
【0136】
Newmanモデルでは、正負極の電極を構成する均一な粒径の活物質粒子が、複数隣接して並んでいる形状を仮定する。解かれる量は、活物質粒子の電位(固相電位)、電解液の電位(液相電位)、電解液のイオン濃度および正負極の活物質中における吸蔵リチウムイオンの分子拡散である。これらの量を、固液界面での平衡電位や、Butler―Volmer式で決まる活性化過電圧、化学量論を考慮して互いに関連付けながら解くものである。Newmanモデルは、以下において説明するNernst-Planck式、電荷保存式、拡散方程式、Butler-Volmer式、及びNernst式により記述される
【0137】
Nernst-Planck式は、電解液や多孔電極におけるイオン泳動とイオン拡散とを解くための方程式であり、次式により表される。
【0138】
【0139】
ここで、σl,eff は液相伝導率(S/m)、φl は液相電位(V)、Rは気体定数(J/(K・mol))、Tは温度(K)、Fはファラデー定数(C/mol)、fは活量係数、cl は電解質のイオン濃度(mol/m3 )、t+ はカチオン輸率、itot は体積当たりの反応電流密度である。液相有効伝導率σl,eff は、多孔体中における見かけの伝導率であり、液相バルクの伝導率と固相体積比率εs の関数で表すことが多い。
【0140】
電荷保存式は、多孔電極や集電体での電子伝導を表す式であり、次式により表される。
【0141】
【0142】
ここで、φs は固相電位(V)、σs は固相伝導率(S/m)、itot は体積当たりの反応電流密度(A/m3 )である。固相は電子伝導部を指す。
【0143】
拡散方程式は、活物質粒子中での吸蔵リチウムイオンの拡散を表す方程式であり、次式により表される。
【0144】
【0145】
ここで、cs は固相中の吸蔵リチウムイオン濃度(mol/m3 )、tは時間(s)、Ds は活物質粒子中の吸蔵リチウムイオンの拡散係数(m2 /s)である。Ds は活物質粒子中の吸蔵リチウムイオン、電極組成、SOC(State Of Charge)、又は温度の関数としてもよい。
【0146】
Butler-Volmer式は、活物質粒子と電解液との界面で起こる電荷移動反応での活性化過電圧を表す式、Nernst式は、平衡電位Eeq の定義式であり、それぞれ次式により表される。
【0147】
【0148】
ここで、iloc は反応電流密度(A/m2 )、i0 は交換電流密度(A/m2 )、αa ,αc は移行係数、ηは活性化過電圧(V)、Eeqは平衡電位(V)、E0 は標準平衡電位(V)、nは関与電子数、a0 は酸化剤濃度、aR は還元剤濃度(mol/m3 )である。
【0149】
数32に活物質粒子の表面における、固相中の吸蔵リチウムイオン濃度と電荷移動反応に関わる吸蔵リチウムイオンフラックスの関係式を示す。r0 は活物質粒子の半径(m)を表し、Js は吸蔵リチウムイオンのフラックス(mol/m2 s)である。換言すれば、Js は電荷移動反応によって消失生成する、単位面積単位時間当たりの吸蔵リチウムイオンの量である。
【0150】
【0151】
数33は、吸蔵リチウムイオンのフラックスJs と反応電流密度iloc との関係を表す式である。
【0152】
【0153】
数34は、反応電流密度iloc と体積当たりの反応電流密度itot との関係を表す式である。Sv は単位体積当たりの比表面積(m2 /m3 )である。Sv は活物質粒子の半径r0 の関数であってもよい。
【0154】
【0155】
図8は典型的な正極材料における固相中の吸蔵リチウムイオン濃度と開回路電位(OCP)との関係を示すグラフである。θは数35で定義される無次元数であり、吸蔵リチウムイオン濃度c
s の関数である。c
smaxは電池製造時、すなわち電池が全く劣化していない時点(すなわち0サイクル目)での、放電末期(=下限電圧時)における固相中の吸蔵リチウムイオン濃度(mol/m
3 )である。一方、c
sminは電池製造時、すなわち電池が全く劣化していない時点(すなわち0サイクル目)での、放電初期(=上限電圧時=満充電時)における固相中の吸蔵リチウムイオン濃度(mol/m
3 )である。満充電時はc
s =c
sminなのでθ=0.0、放電末期はc
s =c
smaxなのでθ=1.0であることから、電池の放電に伴い、θは平均的には0.0から1.0に変化する。このように、正極の開回路電位OCPは正極θの関数として表される。同じようにして、負極の開回路電位OCPもまた負極θの関数として表される。負極では、放電初期にθ=1.0で、放電末期にθ=0.0であることに注意する。
【0156】
【0157】
以上はNewmanモデルの一般的な説明であるが、例えば、カチオン(正イオン)の輸率t+ ≒1.0であれば、数2第一式の右辺第二項は無視できる。この場合、液相の電流はオームの法則で計算されることになる。非線形性の強い項を無視できるので、計算負荷を低減しつつ計算安定性を向上させることができる。
【0158】
電荷移動反応での活性化過電圧を表す式としてButler-Volmer式を用いたが、代替的にTafel式を用いてもよい。さらには、任意のテーブルデータの形式で与えてもよい。交換電流密度は、電極中の吸蔵リチウムイオン濃度、電極組成、SOC、または温度の関数としてもよい。数4に記載した固相における電荷担体の拡散方程式は、濃度過電圧の影響が無視できる場合または計算負荷を低減させたい場合は、省略してもよい。
【0159】
このモデル中の反応抵抗の式(すなわち、Butler―Volmer式)やイオン伝導率、イオン拡散係数、活物質中の吸蔵リチウムイオンの拡散係数、或いはその他の物性値に温度依存性を与え、推定装置100から得られる温度推定値をNewmanモデルのシミュレーションに入力条件として与えることで、精緻な充放電特性シミュレーションが可能になる。
【0160】
代替的に、電極を単一の活物質粒子によって表現する単粒子モデルが用いられてもよい。単粒子モデルについては、例えば、非特許文献「Single-Particle Model for a Lithium-Ion Cell : Thermal Behavior, Meng Guo, Godfrey Sikha, and Ralph E. White, Journal of The Electrochemical Society ,158 (2) 122-132 (2011) 」に開示されたモデルを参照すればよい。単粒子モデルは、前述のNewmanモデルを簡略化し、正負極の電極を構成する活物質粒子が全て同一であると仮定したモデルである。モデル中の反応抵抗の式(すなわち、Butler―Volmer式)やイオン伝導率、イオン拡散係数、活物質中の吸蔵リチウムイオンの拡散係数、或いはその他の物性値に温度依存性を与え、推定装置100から得られる温度推定値を単粒子モデルのシミュレーションに入力条件として与えることで、精緻な充放電特性シミュレーションが可能になる。
【0161】
代替的に、開回路電圧OCVと内部抵抗とを、温度とSOCのべき乗関数で表す多項式モデルが用いられてもよい。多項式モデルについては、例えば、非特許文献「Modeling the Dependence of the Discharge Behavior of a Lithium-Ion Battery on the Environmental Temperature, Ui Seong Kim, Jaeshin Yi, Chee Burm Shin, Taeyoung Han, and Seongyong Park, Journal of The Electrochemical Society ,158 (5) 611-618 (2011)」に開示されたモデルを参照すればよい。実施の形態に記載した温度推定値を多項式モデルのシミュレーションに入力条件として与えることで、精緻な充放電特性シミュレーションが可能になる。
【0162】
更に代替的に、蓄電素子200の特性を表すモデルであり、温度の入力を必要とするものであれば、推定装置100を用いて、精緻な充放電特性シミュレーションが可能になる。
【0163】
(応用例3)
推定装置100を用いることによって、蓄電デバイス20内の温度分布を推定できる。推定された温度分布に基づき、適切な冷却条件や加熱条件が決められてもよい。冷却条件及び加熱条件として、空冷であれば、例えば風量、風向、風温度、水冷であれば、冷媒流量、冷媒温度などがある。条件決定の方法は、PID制御やon/off制御などのフィードバック制御が用いられてもよい。
【0164】
(応用例4)
推定装置100を用いることによって、蓄電素子200の異常加熱を推定することができる。推定された蓄電素子200の温度が異常値(異常値は多くの場合、通常よりも高い値である。)となることがありうる。このような蓄電素子200は内部短絡などによって異常状態となっている可能性があるため、ただちに断路などの措置を取ることが望ましい。
【0165】
(応用例5)
推定装置100を用いることによって、限られた温度情報に基づいた場合であっても、より精緻な劣化予測シミュレーションが可能となる。具体的には、既知の劣化予測の式中に含まれる温度に、推定装置100により推定された温度を用いることで、より精緻な劣化予測が可能となる。特に、複数の単電池が直列に接続されてなる組電池が用いられる蓄電池システムにおいては、劣化の大きい単電池の性能が電池システム全体の性能に及ぼす影響が非常に大きいため、推定装置100より得られる温度推定値を用いて、より精緻な劣化予測を行うことは非常に有用である。
【0166】
電池の劣化挙動は、温度の影響を強く受けることが知られている。温度を正確に考慮することによって、より正確なシミュレーションができるが、現実的には可観測量が限られており、センサ測定量のみに基づくシミュレーションでは正確性が劣る問題があった。本方法による温度補正を行い、温度情報をより正確にすることによって、劣化予測の正確さを向上させることができる。
【0167】
より正確な劣化予測を行う方法として、実際に観測した電流、電圧、温度などの観測量に基づき、それを、本願の温度オブザーバを使って補正した履歴データを用いて劣化計算をすることが考えられる。
【0168】
リチウムイオン電池に代表される電池の劣化メカニズムには、少なくとも(1)活物質粒子の孤立化、(2)電荷担体の減少、(3)電気抵抗の増大、(4)電解液における導電性の低下、の4種類があることが知られている。これらの劣化メカニズムが複合的に寄与して、電池の充放電特性が変化し、容量低下を引き起こす。
【0169】
温度はこれらの劣化の進行速度を決める因子の中でも特に重要なものである。そのため、温度を精緻に把握することは、劣化予測の観点からも重要である。推定装置100は、例えばアレニウス型の反応速度式に基づいた温度の依存性を持っているとして、劣化の進行速度を決定できる。代替的に、推定装置100は、その他の任意の温度の関数に基づき、劣化の進行速度を決定してもよい。劣化には、経時によって劣化する経時劣化(カレンダー劣化と呼ばれることもある)と、サイクル数に応じて劣化するサイクル劣化があることが知られており、いずれも温度の関数となることが実験などで確認されている。
【0170】
推定装置100は、決定した劣化の進行速度に基づき、蓄電デバイス20の劣化をシミュレートしてもよい。劣化予測方法として、例えば特許文献『特願2019-064218号:開発支援装置、開発支援方法、及びコンピュータプログラム』に開示されている手法を用いてもよい。
【0171】
例えば、推定装置100の演算部101は、以下の数36又は数37の式により電気抵抗が増大する速度、すなわち電気伝導率が減少する速度を計算する。
【0172】
【0173】
ここで、rcycle,res はサイクル数によって電気伝導率が減少する速度(S/m/サイクル数)を表す。典型的には、rcycle,res <0である。k0,res は反応速度定数であり、例えばサイクル数の関数である。Ea0,resはサイクル劣化の活性化エネルギ(J/mol)を表し、温度の影響を表す係数である。iは電流密度(A/m2 )であり、||は絶対値を表す。電気自動車用の電池のように、明確にサイクル数を定義できない場合は、例えば反応速度を定数にするなど、サイクル数が表れない式を用いてもよい。
【0174】
【0175】
ここで、rt,res は経過時間によって電気伝導率が減少する速度である(S/m/s)を表す。典型的には、rt,res <0である。k1,res は反応速度定数であり、例えば時間の関数である。代替的に、k1,res は実験データに基づく任意の関数により定義してもよい。Ea1,resは経時劣化の活性化エネルギ(J/mol)を表し、温度の影響を表す係数である。Δtは経過時間(s)である。電気伝導率が減少する速度は、数36と数37の和になる。
【0176】
推定装置100の演算部101は、数38又は数39の式により、活物質粒子の孤立化が進行する速度を計算する。
【0177】
【0178】
ここで、rcycle,iso はサイクル数によって活物質粒子の孤立化が進行する速度(1/サイクル数)を表す。典型的には、rcycle,iso <0である。k0,iso は反応速度定数であり、例えばサイクル数の関数である。Ea0,isoはサイクル劣化の活性化エネルギ(J/mol)を表し、温度の影響を表す係数である。iは電流密度(A/m2 )である。電気自動車用の電池のように、明確にサイクル数を定義できない場合は、例えば反応速度を定数にするなど、サイクル数が表れない式を用いてもよい。
【0179】
【0180】
ここで、rt,iso は経過時間によって活物質粒子の孤立化が進行する速度である(1/s)を表す。典型的には、rt,iso <0である。k1,iso は反応速度定数であり、例えば時間の関数である。代替的に、k1,iso は実験データに基づく任意の関数により定義してもよい。Ea1,isoは経時劣化の活性化エネルギ(J/mol)を表し、温度の影響を表す係数である。Δtは経過時間(s)である。孤立化が進行する速度は、数38と数39の和になる。
【0181】
第3の劣化メカニズムとして、充放電に関与する電荷担体の減少について説明する。電荷担体の減少による劣化メカニズムとは、充電時に電極の表面で電解液中のイオンが副反応によって消失する現象である。
【0182】
第3の劣化メカニズムは、リチウムイオン電池の場合、経時及びサイクルの両方によって加速されることが知られている。充電時には、Li+ +e- +6C+P→xLiC6 +(1-x)LiSEI の反応式によって表されるように、Liが生成される主反応(理想的にはx=1)以外に、LiSEI という副生成物が生成される。Pは副生成物の元となる物質である。ここで、x:(1-x)は主反応:副反応の量論比であるが、通常は(1-x)/x<<1であり、副反応の量論係数は非常に小さい。副反応の量論係数に電流密度と電極の表面積を乗じてファラデー定数で割ったリチウムイオンが電解液から消失する。本メカニズムを表現するためには、液相でのLi+ の消失量をJLi+ (mol/m2 s)としたとき、固相へのLiの流入量JLi(mol/m2 s)を、JLi=xJLi+ とすればよい。
【0183】
xは適宜に上限値SOCmax 及び下限値SOCmin 、温度T、電流密度iの関数としてよい。例えば、数40に記載するような関数としてもよい。hは実験データに適合するよう定められた任意の関数である。0.0≦x≦1.0であることに注意する。
【0184】
【0185】
副反応は充電時以外に、通電をしていなくても生じるが、こちらは実測データを元に、リチウムイオンの消失速度rLiを時間の関数(rLi=g(t))として与えるとよい。関数gとして、時間tの平方根に比例する関数がしばしば用いられる。関数gは、さらに温度に関する因子を含んでもよい。充放電に関与する電荷担体が減少する速度は、JLi+とrLiの和になる。
【0186】
第4の劣化メカニズムとして、電解液における導電性の低下について説明する。電解液における導電性の低下による劣化メカニズムとは、主には電荷担体が消失することによる導電性低下である。電荷担体消失は、主として活物質粒子の表面に抵抗体被膜が形成された場合に生じる。
【0187】
充放電を繰り返すと、電解液中のリチウムイオンが減少することが知られている。電解液の導電率は、リチウムイオン濃度の関数であり、一般的に初期製造時に最大であるが、リチウムイオン濃度の低下と共に低下することが知られている。
図9は電解液中のリチウムイオン濃度とイオン導電率との関係を示すグラフである。
図9に示すグラフの横軸は電解液中のリチウムイオン濃度を示し、縦軸はイオン導電率を示している。電解液中のリチウムイオン濃度とイオン導電率との関係は、
図9に示すような関係になることが多い。推定装置100の演算部101は、導電性の低下速度を、数36及び数37と同様の関数により計算することができる。
【0188】
(応用例6)
数1~数4に記載したQ1 ~Q5 の値は、(応用例1)及び(応用例2)に記載したような電池モデルに基づいて算出されてもよい。
【0189】
今回開示された実施形態は、全ての点において例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上述した意味ではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【0190】
例えば、蓄電デバイス20は、複数のセルを直列に接続したモジュール、複数のモジュールを直列に接続したバンク、複数のバンクを並列に接続したドメイン等であってもよい。蓄電デバイス20が複数のモジュールにより構成されるバンクである場合、推定装置100は、一部のモジュールについて計測された温度を素子温度として取得し、計測されていないモジュールの温度を含む各蓄電素子200の温度(この例では各モジュールの温度)を推定してもよい。同様に、蓄電デバイス20が複数のバンクにより構成されるドメインである場合、推定装置100は、一部のバンクについて計測された温度を素子温度として取得し、計測されていないバンクの温度を含む各蓄電素子200の温度(この例では各バンクの温度)を推定してもよい。
【符号の説明】
【0191】
10 蓄電システム
20 蓄電デバイス
100 推定装置
101 演算部
102 記憶部
103 入力部
103A 温度センサ
103B 温度センサ
103C 歪みセンサ
103D 流速計
104 出力部
200 蓄電素子