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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-27
(45)【発行日】2025-02-04
(54)【発明の名称】軸受軌道輪の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/40 20060101AFI20250128BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20250128BHJP
   C21D 1/34 20060101ALI20250128BHJP
   C21D 1/00 20060101ALI20250128BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20250128BHJP
   C21D 1/64 20060101ALI20250128BHJP
   F16C 33/64 20060101ALI20250128BHJP
【FI】
C21D9/40 A
C21D1/18 U
C21D1/34 J
C21D1/00 121
C21D1/18 P
C21D1/06 A
C21D1/64
F16C33/64
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020162505
(22)【出願日】2020-09-28
(65)【公開番号】P2022055108
(43)【公開日】2022-04-07
【審査請求日】2023-06-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】的場 理一郎
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-024243(JP,A)
【文献】特開2009-155685(JP,A)
【文献】国際公開第2006/001068(WO,A1)
【文献】特開2009-041068(JP,A)
【文献】特開2019-184069(JP,A)
【文献】特開2015-083720(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/40
C21D 1/18
C21D 1/34
C21D 1/00
C21D 1/06
C21D 1/64
F16C 33/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受軌道輪の製造方法であって、
軸受軌道輪となる複数の環状部材を、前記環状部材の中心軸が上下方向を向くように、バスケット上に配置する環状部材配置工程と、
前記バスケットを、加熱炉の内部に配置するバスケット配置工程と、
前記バスケット上に配置された前記複数の環状部材を、熱処理する熱処理工程と、
を含み、
前記環状部材配置工程において、前記複数の環状部材を互いに接触しないように前記バスケット上に配置し、
前記熱処理工程において、前記バスケット上の前記複数の環状部材の配置が維持されたまま加熱および冷却を行うことで、前記複数の環状部材に焼入れを行い、
前記熱処理工程の前記焼入れ時に、液槽に貯留された冷却液に前記バスケットを浸漬し、前記冷却液を上下方向に流して前記複数の環状部材に接触させることで、前記複数の環状部材を冷却し、
前記冷却液は、網目状の前記バスケットを上下方向に通過し、前記環状部材の中央孔を上下方向に流れるとともに、隣り合う前記環状部材の間を上下方向に流れる、
軸受軌道輪の製造方法。
【請求項2】
前記複数の環状部材は、位置決め部材によって前記バスケットの所定位置に設置される請求項1に記載の軸受軌道輪の製造方法。
【請求項3】
前記加熱炉は、バッチ式加熱炉である
請求項1または2に記載の軸受軌道輪の製造方法。
【請求項4】
前記環状部材配置工程において、前記複数の環状部材は千鳥格子状に配置される
請求項1~のいずれか一項に記載の軸受軌道輪の製造方法。
【請求項5】
前記熱処理工程において、前記複数の環状部材を浸炭処理する
請求項1~のいずれか一項に記載の軸受軌道輪の製造方法。
【請求項6】
前記熱処理工程において、前記複数の環状部材を窒化処理する
請求項1~のいずれか一項に記載の軸受軌道輪の製造方法。
【請求項7】
前記熱処理工程において、前記複数の環状部材を浸炭窒化処理する
請求項1~のいずれか一項に記載の軸受軌道輪の製造方法。
【請求項8】
前記熱処理工程において、前記複数の環状部材をズブ焼入れする
請求項1~のいずれか一項に記載の軸受軌道輪の製造方法。
【請求項9】
前記熱処理工程において、前記複数の環状部材に対して前記焼入れを行った後、さらに、前記複数の環状部材に対して焼戻しを行う、
請求項1~のいずれか一項に記載の軸受軌道輪の製造方法。
【請求項10】
前記熱処理工程の後、前記環状部材を研削する研削工程をさらに含む、
請求項1~のいずれか一項に記載の軸受軌道輪の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受軌道輪の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
円環状部材である軸受軌道輪は、要求される機能として、所望の機械的強度が必要である。軸受軌道輪に機械的強度を与えるため、軸受軌道輪の製造工程においては、例えば軸受鋼(SUJ2)で成形した環状部材に焼入れ処理を含む熱処理が実施される。
【0003】
例えば、特許文献1には、被加熱物に浸炭や焼結などの加熱処理を行う連続式の熱処理炉が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2009-228116号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
軸受軌道輪は、楕円変形に対する剛性が低く、材料を旋削加工した真円状の素形材が焼入れ処理による熱影響や相変態による影響によって楕円変形が生じてしまうことがある。このように楕円変形は、真円状の鋼材部品が楕円形に歪む現象を示している。
【0006】
軸受軌道輪の楕円変形は、焼入れ処理後の軸受軌道輪軌道面の真円度を測定することで評価が行われる。このような熱処理によって生じた楕円変形は後の研削加工で取り除くが、軸受軌道輪の楕円変形が大きく、真円度が悪い場合には、研削量を多くしなければならず、軸受軌道輪の製造工程においてコストアップを招いていた。
【0007】
なお、軸受軌道輪となる環状部材を熱処理する場合には、例えば、連続式やバッチ式の熱処理を施すことが考えられる。連続式は、ベルトコンベア等の上に環状部材が置かれ、環状部材が炉の中を通過しながら加熱される大量生産の方式である。バッチ式は、バスケットに環状部材を入れて、バスケットを固定炉(バッチ式加熱炉)の中に載置して熱処理(加熱および冷却)を行う方式である。バッチ式加熱炉は、軸受転動体の種類や加熱条件等に応じて、その都度温度や時間などを自由に調節できる特徴を持つ。
【0008】
ところが、バッチ式加熱炉を用いて環状部材を熱処理した場合、環状部材に楕円変形が生じて真円度が悪化することが従来から問題となっていた。しかしながら、この楕円変形ならびに真円度の悪化は、何が原因であるのか明らかではなかった。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、熱処理による変形を抑制可能な軸受軌道輪の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1) 軸受軌道輪の製造方法であって、
軸受軌道輪となる複数の環状部材を、バスケット上に配置する環状部材配置工程と、
前記バスケットを、加熱炉の内部に配置するバスケット配置工程と、
前記バスケット上に配置された前記複数の環状部材を、熱処理する熱処理工程と、
を含み、
前記環状部材配置工程において、前記複数の環状部材を互いに接触しないように前記バスケット上に配置し、
前記熱処理工程において、前記バスケット上の前記複数の環状部材の配置が維持されたまま加熱および冷却を行うことで、前記複数の環状部材に焼入れを行う、
軸受軌道輪の製造方法。
(2) 前記熱処理工程の前記焼入れ時に、液槽に貯留された冷却液に前記バスケットを浸漬し、前記冷却液を上下方向に流して前記複数の環状部材に接触させることで、前記複数の環状部材を冷却する
(1)に記載の軸受軌道輪の製造方法。
(3) 前記複数の環状部材は、位置決め部材によって前記バスケットの所定位置に設置される
(1)または(2)に記載の軸受軌道輪の製造方法。
(4) 前記加熱炉は、バッチ式加熱炉である
(1)~(3)のいずれか一つに記載の軸受軌道輪の製造方法。
(5) 前記環状部材配置工程において、前記複数の環状部材は千鳥格子状に配置される
(1)~(4)のいずれか一つに記載の軸受軌道輪の製造方法。
(6) 前記熱処理工程において、前記複数の環状部材を浸炭処理する
(1)~(5)のいずれか一つに記載の軸受軌道輪の製造方法。
(7) 前記熱処理工程において、前記複数の環状部材を窒化処理する
(1)~(5)のいずれか一つに記載の軸受軌道輪の製造方法。
(8) 前記熱処理工程において、前記複数の環状部材を浸炭窒化処理する
(1)~(5)のいずれか一つに記載の軸受軌道輪の製造方法。
(9) 前記熱処理工程において、前記複数の環状部材をズブ焼入れする
(1)~(5)のいずれか一つに記載の軸受軌道輪の製造方法。
(10) 前記熱処理工程において、前記複数の環状部材に対して前記焼入れを行った後、さらに、前記複数の環状部材に対して焼戻しを行う、
(1)~(9)のいずれか一つに記載の軸受軌道輪の製造方法。
(11) 前記熱処理工程の後、前記環状部材を研削する研削工程をさらに含む、
(1)~(10)のいずれか一つに記載の軸受軌道輪の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の軸受軌道輪の製造方法によれば、熱処理による環状部材の変形を抑制可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施形態(実施例1)において、複数の環状部材をバスケット上に配置した状態を示す図である。
図2】比較例において、複数の環状部材をバスケット上に配置した状態を示す図である。
図3】加熱炉の概略断面図である。
図4】冷却部の断面図である。
図5】実施形態(実施例2)において、複数の環状部材をバスケット上に配置した状態を示す図である。
図6】(a)~(c)は浸炭窒化処理後の複数の環状部材の真円度測定結果を示す図であり、(a)~(c)は、それぞれ比較例、実施例1、実施例2における真円度測定結果である。
図7】(a)~(c)は二次焼入れ後の複数の環状部材の真円度測定結果を示す図であり、(a)~(c)は、それぞれ比較例、実施例1、実施例2における真円度測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態に係る軸受軌道輪の製造方法について説明する。なお、以降の説明では、軸受軌道輪を単に「軌道輪」とも称する。
【0014】
軌道輪の製造方法は、軌道輪となる環状部材1を用意する環状部材用意工程と、複数の環状部材1をバスケット10上に配置する環状部材配置工程と、バスケット10を、加熱炉20の内部に配置するバスケット配置工程と、バスケット10上に配置された複数の環状部材1を熱処理する熱処理工程と、熱処理工程の後、環状部材1を研削する研削工程と、を含む。
【0015】
(環状部材用意工程)
軌道輪(内輪または外輪)となる環状部材1を用意する工程においては、軌道輪となる素材の環状部材1を用意する。環状部材1の素材としては、浸炭処理、窒化処理、浸炭窒化処理などにより表面硬化層を形成しやすいように、肌焼き鋼が好ましい。また、焼入れ性を向上させるために、環状部材1にはCrやMn等を合金成分として添加することも好ましい。
【0016】
(環状部材配置工程)
環状部材1を用意した後、図1に示されるように、環状部材配置工程において、複数の環状部材1をバスケット10上に配置する。バスケット10は、平面形状の底面11と、底面11の周縁部から起立したフランジ部13と、を有する。したがって、バスケット10は、上面を有さない、トレー状の形状である。
【0017】
不図示であるが、バスケット10の底面11およびフランジ部13は網状であるため、環状部材1がバスケット10から落下することが防止されるとともに、環状部材1に対する熱処理(加熱、冷却)が効率的に行える。
【0018】
ここで、本発明においては、複数の環状部材1が互いに接触しないように前記バスケット10の底面11上に配置される。すなわち、隣り合う環状部材1同士の水平方向の最小距離Lは0より大きく設定される(L>0)。
【0019】
また、図1に示されるように、複数の環状部材1の配置は、千鳥格子状とすることが好ましい。複数の環状部材1をバスケットの所定位置に精度良く設置するために、位置決め部材を用いても良い。千鳥格子状の配置を採用することで、より多くの環状部材1をバスケット10上に配置しつつ、隣り合う環状部材1同士の隙間を確保することができる。
【0020】
なお、複数の環状部材1の配置は、隣り合う環状部材1同士の隙間を確保できれば(L>0)、特に千鳥格子状に限定されず、例えば、碁盤目状(格子状)を採用しても構わない。
【0021】
複数の環状部材1を互いに隙間を有するようにバスケット10上に配置する際には、バスケット10とは別体または一体の治具を使用することで複数の環状部材1の位置決めをしてもよく、バスケット10に凹凸等を設けることで複数の環状部材1の位置決めをしてもよく、位置決めの方法は特に限定されない。
【0022】
図2に示すように、従来技術においては、バスケット10上に複数の環状部材1が隙間無く詰め込まれていた。隣り合う環状部材1が接触するように隙間なく詰め込むことは、生産性を考慮すると通常のことである。すなわち、複数の環状部材1が隙間無く詰め込まれる場合、一回で生産できる軌道輪の数を多くできるとともに、配置する作業も非常に簡便であった。このような従来技術においては、熱処理後に環状部材1に楕円変形が発生してしまうが、取り代を多くして後の研削工程で環状部材1の真円度を確保していた。したがって、従来においては、環状部材1の楕円変形をそれほど憂慮する傾向にはなかった。しかし、実際には、研削工程で環状部材1の真円度を確保するためには多くの時間とコストがかかっていた。
【0023】
本願の発明者は、バッチ式加熱炉を用いて環状部材1を熱処理した場合、上記従来技術の方法では環状部材1に楕円変形が生じて真円度が悪化することに着目し、この楕円変形ならびに真円度の悪化は、隣り合う環状部材1同士が互いに接触したまま熱処理(特に焼入れ時の冷却)されることが原因であることを突き止めた。そこで、上述の通り、複数の環状部材1を互いに接触しないように配置することに思い至った。
【0024】
(バスケット配置工程)
次に、底面11に複数の環状部材1を配置したバスケット10を、加熱炉20の内部に配置するバスケット配置工程を説明する。
【0025】
図3に示されるように、加熱炉20は、バッチ式加熱炉であり、バスケット10が搬入される搬入部30と、複数の環状部材1を加熱するための加熱部40と、複数の環状部材1を冷却するための冷却部50と、搬入部30と加熱部40の間および搬入部30と冷却部50との間においてバスケット10を搬送するための搬送部60と、を備える。なお、図3においては、冷却部50に設けられる循環装置55の図示が省略されている。循環装置55については、図4を用いて後述する。
【0026】
搬入部30、加熱部40、冷却部50、および搬送部60のそれぞれは、バスケット10を移動させるための複数のローラー31,41,51,61と、ローラー31,41,51,61を支持する基台33,43,53,63と、を有する。
【0027】
搬入部30と搬送部60との間には、開閉可能な第一扉71が設けられ、搬送部60と加熱部40との間には、開閉可能な第二扉73が設けられる。
【0028】
加熱部40は、加熱部40内を加熱するためのバーナ45と、加熱部40内の雰囲気を撹拌するためのファン47と、を備える。
【0029】
冷却部50の基台53と搬送部60の基台63とは、互いに連結されており、上方に設けられたシリンダ65によって、一体的に上下方向に移動可能とされている。
【0030】
冷却部50は、冷却液が貯留された液槽であり、本例では、冷却油Oが貯留された油槽である。なお、冷却液は、冷却油に限定されず、水や水溶液等でも構わない。冷却部50内に配置された複数のバスケット10の全てが冷却油O内に液浸されるように、冷却油Oの液面の高さは設定される。
【0031】
図4に示されるように、冷却部50は、油槽内で冷却油を循環させる循環装置55を備える。図4は、図3において冷却部50を左右方向から見た図である。
循環装置55は、基台53の両側方に配置され、上下方向への冷却油Oの流れを生成する一対のスクリュー56と、一対のスクリュー56をそれぞれ外側から囲み、一対のスクリュー56による冷却液の流れを案内する一対の案内部材57と、を備える。
【0032】
したがって、一対のスクリュー56近辺において下方向への冷却油Oの流れが生成された場合、基台53に載置されたバスケット10には上方向に冷却油Oが通過する(図4中の破線の矢印を参照)。一方、一対のスクリュー56近辺において上方向への冷却油Oの流れが生成された場合には、基台53に載置されたバスケット10には下方向に冷却油Oが通過する。
【0033】
このような加熱炉20の内部にバスケット10を配置する際には、先ず、搬入部30の基台33(ローラー31)上に、複数の環状部材1をそれぞれ収容した複数のバスケット10が上下方向に積み重ねられる。図示の例では、十個のバスケット10が積み重ねられたものが、二列、基台33上に配置されている。
【0034】
次に、第一扉71が開けられ、バスケット10が搬送部60の基台63上まで移動され、第一扉71が閉められる。そして、第二扉73が開けられ、バスケット10が加熱部40の基台43上まで移動され、第二扉73が閉められる。このようにして、複数の環状部材1をそれぞれ収容した複数のバスケット10が、加熱部40内に配置される。
【0035】
(熱処理工程)
各バスケット10に収容された複数の環状部材1を熱処理する熱処理工程では、焼入れ(加熱および冷却)を行った後、焼戻し(加熱および冷却)の熱処理を行う。
【0036】
なお、環状部材1には、浸炭処理、窒化処理、または浸炭窒化処理により、表面硬化層を形成することが好ましい。なぜなら、本実施形態の環状部材1のように楕円変形が抑制される場合、表面硬化層を周方向に均一に研削できるため、環状部材1の表面にムラの少ない硬化層を形成できるからである。なお、浸炭処理、窒化処理、または浸炭窒化処理は、900~1000℃で炭素や窒素のガス雰囲気中に数時間~数十時間保持されることにより行われる。これにより、所望の表面硬化層を得ることができる。
【0037】
加熱部40内に配置された複数の環状部材1には、焼入れ(加熱)が行われる。なお、複数の環状部材1には、ズブ焼入れを施すことが好ましい。なお、ズブ焼入れの条件は、焼入れ温度800~850℃での油冷である。
【0038】
次に、シリンダ65を駆動することで冷却部50の基台53、および一体の基台63を上昇させ、搬入部30の基台33および加熱部40の基台43と同一の高さに位置させる。そして、複数の環状部材1の焼入れ(加熱)が完了した後、第二扉73が開けられ、バスケット10が冷却部50の基台53まで移動される。そして、全てのバスケット10が冷却油O内に浸漬されるように、冷却部50の基台53が下降させられる。
【0039】
上述したように、一対のスクリュー56によって、基台53に載置された網目状のバスケット10には上方向または下方向に冷却油Oが通過する。なお、焼入れ(冷却)は、60~100℃の冷却油Oを攪拌することで行われる。
【0040】
ここで、加熱炉20はバッチ式加熱炉であり、上述の構成を有するので、バスケット10上の複数の環状部材1の配置が維持されたまま焼入れ(加熱)および焼入れ(冷却)が行われる。すなわち、複数の環状部材1は、図1に示されたように、互いに接触しないように千鳥格子状にバスケット10上に配置されたまま、その配置が維持された状態で(複数の環状部材1が動くこと無く)、搬入部30、加熱部40、冷却部50、搬送部60の間を移動する。
【0041】
したがって、冷却部50において、複数の環状部材1に焼入れ(冷却)が行われる際にも、複数の環状部材1は互いに接触しないようにバスケット10上に配置されている。これにより、隣り合う環状部材1の間を、冷却油Oが上下方向に流れるので、環状部材1に対する冷却が均一となる。一方で、冷却油Oが左右方向(両側、片側)に流れる場合は、環状部材1を配置する場所によって冷却油の流速の差によって冷却に差ができて、同一バスケット内の環状部材全てが均一に冷却されず環状部材1の変形が大きくなる。本実施形態のように、冷却油Oが上下方向に流れると、環状部材1の一部のみが冷却されて他の部分が冷却されない等の不具合は起こらず、環状部材1の全体が均一に冷却される。
【0042】
本願発明者は、この焼入れ(冷却)時に、環状部材1を均一に冷却できるか否かが、熱処理後の環状部材の楕円変形(真円度の悪化)に関係していることを突き止めた。すなわち、焼入れ(冷却)時に、環状部材1同士が接触している部分は十分に冷却されない一方で、環状部材1同士が接触していない部分は冷却されるという冷却の不均一さが、熱処理後の環状部材1の楕円変形の原因であることに発見した。そして、環状部材1を均一に冷却するために、複数の環状部材1を互いに接触しないようにバスケット10上に配置する構成に思い至った。
【0043】
なお、上記のような複数の環状部材1の配置は、バスケット10上の複数の環状部材1の配置が維持されたまま焼入れ(加熱)および焼入れ(冷却)が行われる場合、すなわち、バッチ式加熱炉20を用いる場合、に特に好適である。バッチ式加熱炉20では、加熱炉20内に環状部材1が搬入される前の環状部材配置工程から、バスケット配置工程および熱処理工程まで、バスケット10上の複数の環状部材1の配置が維持されるので、環状部材配置工程時の複数の環状部材1の配置が非常に重要となる。
【0044】
これに対し、連続式の加熱炉では、複数の環状部材1の配置が焼入れ(加熱)と焼入れ(冷却)とで異なることがある。すなわち、焼入れ(冷却時)に、複数の環状部材1がそれぞれ個別に、冷却油が貯留された油槽に投入される。この場合、複数の環状部材1の配置は維持されない。このような場合、複数の環状部材1を互いに接触しないように並べて焼入れ(加熱)しても、焼入れ(冷却時)に環状部材1同士が接触し、環状部材1に楕円変形が生じる可能性がある。
【0045】
焼入れ(冷却)が行われた後、再度、バスケット10を搬入部30の基台33まで移動させ、さらに不図示の焼戻し炉に移動させ、複数の環状部材1の焼戻し(加熱および冷却)が行われる。なお、焼戻しは、150~300℃で1~2時間行われる。
【0046】
(研削工程)
熱処理工程の後、環状部材1を研削する研削工程が行われる。研削工程では環状部材1の内径面及び外径面が研削され、軸受軌道輪が製造される。本願の製造方法によれば、熱処理による環状部材1の楕円変形が抑えられ、環状部材1の真円度も良好であるので、研削工程で必要な研削量を少なくでき、研削工程の回数を少なくできる。
【0047】
そして、上記方法によって完成した軸受軌道輪を、転動体や保持器とともに組み立てて、軸受を構成することができる。
【0048】
(実施例)
次に、バスケット10上の複数の環状部材1の配置が、熱処理後の環状部材1の楕円変形(真円度)に与える影響について調べた。
【0049】
実施例1では、図1に示すように、複数の環状部材1が互いに接触しないようにバスケット10に収容される。一つのバスケット10に配置される環状部材1の数は42個であり、このバスケット10が16段積み重ねられたものが、図3に示すように二列配置されて、熱処理が行われる。したがって、1344個(42×16×2)の環状部材1が同時に熱処理される。
【0050】
実施例2では、図5に示すように、複数の環状部材1が互いに接触しないようにバスケット10に収容される。実施例2では、実施例1に比較して、隣り合う環状部材1の間隔をさらに広げるために、バスケット10上に配置する環状部材1の数を少なくしている。一つのバスケット10に配置される環状部材1の数は9個であり、このバスケット10が12段積み重ねられたものが、図3に示すように二列配置されて、熱処理が行われる。したがって、216個(9×12×2)の環状部材1が同時に熱処理される。
【0051】
比較例(L=0)では、図2に示すように、複数の環状部材1がバスケット10上に隙間無く詰め込まれる。一つのバスケット10に配置される環状部材1の数は54個であり、このバスケット10が12段積み重ねられたものが、図3に示すように二列配置されて、熱処理が行われる。したがって、1296個(54×12×2)の環状部材1が同時に熱処理される。
【0052】
実施例1、実施例2、比較例で用いられた環状部材1の素材は、炭素濃度が0.4wt%の鋼であり、油冷での焼入れ性を確保する為、CrやMn等の合金元素が適量添加されている。この鋼を素材とし、機械加工により所定の寸法に成型し、各種影響を評価した。なお、上記素材から製作された環状部材を、本出願で記載した熱処理条件にて焼入れした場合、いずれの環状部材1、いずれの熱処理条件においても、十分に硬化することが確認された。
【0053】
環状部材1の外径は、φ75mm程度であった。熱処理工程においては、バッチ式加熱炉にて、環状部材1に対して、3.5時間の浸炭窒化処理を行った後、二次加熱後、100℃程度の油中に焼入れ(二次焼入れ)し、焼戻し処理を行った。このように熱処理が完了した複数の環状部材1の真円度の測定を行った。
【0054】
浸炭窒化処理後の複数の環状部材1の真円度測定結果を、図6(a)~(c)に示す。図6(a)~(c)において横軸が真円度(μm)であり、縦軸が該当範囲の真円度を有する環状部材1の個数である。図6(a)~(c)は、それぞれ比較例、実施例1、実施例2における真円度測定結果である。この図6(a)~(c)の結果を、以下の表1にまとめた。
【0055】
【表1】
【0056】
比較例では、複数の環状部材1のうち、真円度の最大値が200μm、真円度の最小値が20μm、真円度の平均値が85μmであった。実施例1では、複数の環状部材1のうち、真円度の最大値が160μm、真円度の最小値が10μm、真円度の平均値が58μmであった。実施例2では、真円度の最大値が120μm、真円度の最小値が10μm、真円度の平均値が43μmであった。このように、実施例1,2は比較例よりも真円度が良好であることがわかる。特に、隣り合う環状部材1同士の隙間を大きく設定した実施例2は、実施例1よりもさらに真円度が良好であった。
【0057】
二次焼入れ後の複数の環状部材1の真円度測定結果を、図7(a)~(c)に示す。図7(a)~(c)において横軸が真円度(μm)であり、縦軸が該当範囲の真円度を有する環状部材1の個数である。図7(a)~(c)は、それぞれ比較例、実施例1、実施例2における真円度測定結果である。この図7(a)~(c)の結果を、以下の表2にまとめた。
【0058】
【表2】
【0059】
比較例では、複数の環状部材1のうち、真円度の最大値が260μm、真円度の最小値が20μm、真円度の平均値が108μmであった。実施例1では、真円度の最大値が220μm、真円度の最小値が10μm、真円度の平均値が68μmであった。実施例2では、真円度の最大値が140μm、真円度の最小値が10μm、真円度の平均値が52μmであった。浸炭窒化後の真円度測定と同様に、二次焼入れ後の真円度測定においても、実施例1,2は比較例よりも真円度が良好であることがわかる。特に、隣り合う環状部材1同士の隙間を大きく設定した実施例2は、実施例1よりもさらに真円度が良好であった。
【0060】
以上のように、環状部材1同士を一定間隔空けて配置した状態で熱処理した場合、楕円変形を抑制できることが明らかとなった。実施例1,2においては、熱処理後の環状部材1の楕円変形が抑制され真円度が良好であるので、熱処理後の研削工程において、研削量を減らすことができ、大きなコスト削減効果がある。
【符号の説明】
【0061】
1 環状部材
10 バスケット
11 底面
13 フランジ部
20 加熱炉(バッチ式加熱炉)
30 搬入部
31 ローラー
33 基台
40 加熱部
41 ローラー
43 基台
45 バーナ
47 ファン
50 冷却部
51 ローラー
53 基台
55 循環装置
56 スクリュー
57 案内部材
60 搬送部
61 ローラー
63 基台
65 シリンダ
71 第一扉
73 第二扉
O 冷却油(冷却液)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7