IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社島津製作所の特許一覧

<>
  • 特許-質量分析装置及びその真空系の形成方法 図1
  • 特許-質量分析装置及びその真空系の形成方法 図2
  • 特許-質量分析装置及びその真空系の形成方法 図3
  • 特許-質量分析装置及びその真空系の形成方法 図4
  • 特許-質量分析装置及びその真空系の形成方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-27
(45)【発行日】2025-02-04
(54)【発明の名称】質量分析装置及びその真空系の形成方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/00 20060101AFI20250128BHJP
   H01J 49/24 20060101ALI20250128BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20250128BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20250128BHJP
【FI】
H01J49/00 130
H01J49/24
H01J49/04 040
G01N30/72 E
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2023068012
(22)【出願日】2023-04-18
(65)【公開番号】P2023164328
(43)【公開日】2023-11-10
【審査請求日】2023-04-18
(31)【優先権主張番号】202210471228.3
(32)【優先日】2022-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100149962
【弁理士】
【氏名又は名称】阿久津 好二
(74)【代理人】
【識別番号】100189566
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 雅之
(74)【代理人】
【識別番号】100102037
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 裕之
(72)【発明者】
【氏名】リン イーミン
(72)【発明者】
【氏名】チェン サイフェイ
【審査官】佐藤 海
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-067752(JP,A)
【文献】特表2003-530675(JP,A)
【文献】特開昭55-109958(JP,A)
【文献】実開昭60-114957(JP,U)
【文献】特開2018-060812(JP,A)
【文献】特開2015-011801(JP,A)
【文献】特開2014-123577(JP,A)
【文献】特開2000-340170(JP,A)
【文献】特表2002-517888(JP,A)
【文献】特開2004-342620(JP,A)
【文献】特表2012-525672(JP,A)
【文献】特表2017-537439(JP,A)
【文献】特開2012-138354(JP,A)
【文献】特開平07-167050(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2021/0366700(US,A1)
【文献】米国特許第08829425(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00-49/48
G01N 30/72
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
気密チャンバを備え、前記気密チャンバは、第1のチャンバ及び第2のチャンバを含み、前記第1のチャンバ内にはイオントラップが設けられており、吸着ポンプを有しておらず、前記第2のチャンバ内には、吸着ポンプが設けられ、前記第1のチャンバと前記第2のチャンバとの間は、流量制限構造により連通しており前記第1のチャンバの気圧範囲は10 -2 Pa以上であり、前記第1のチャンバ内には、検出器、質量分析器及び/又はイオン源が設けられる、ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記第2のチャンバの気圧は、前記吸着ポンプのアクティブ化気圧以下である、ことを特徴とする請求項に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記吸着ポンプは、合金をゲッター材とするゲッターポンプであり、前記第2のチャンバの気圧範囲は10-2Pa以下である、ことを特徴とする請求項に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記第2のチャンバの気圧を、前記吸着ポンプのアクティブ化気圧範囲内に予め排気する外部の真空ポンプに連通する真空ポンプインターフェースをさらに備える、ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記吸着ポンプは、前記質量分析装置のメインポンプである、ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記第1のチャンバ内に試料を導入する注入装置をさらに備える、ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記注入装置は、ガスクロマトグラフ、キャピラリーサンプリング装置、又はメンブレンインレット装置である、ことを特徴とする請求項に記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記ガスクロマトグラフのキャリアガスは水素ガス、ヘリウムガス又は窒素ガスである、ことを特徴とする請求項に記載の質量分析装置。
【請求項9】
前記注入装置は、昇温脱離モジュールをさらに備える、ことを特徴とする請求項に記載の質量分析装置。
【請求項10】
前記質量分析装置は、コンパクト型質量分析装置である、ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項11】
前記流量制限構造は、流量制限孔、流量制限弁または流量制限管である、ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項12】
前記吸着ポンプは、ゲッターポンプ、イオンポンプ、クライオポンプのうち1種または複数種の組み合わせである、ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項13】
前記吸着ポンプは、第1の吸着ポンプ及び第2の吸着ポンプを含み、前記第1の吸着ポンプは、合金をゲッター材とするゲッターポンプであり、前記第2の吸着ポンプは、イオンポンプであり、前記ゲッターポンプは前記質量分析装置のメインポンプとなる、ことを特徴とする請求項12に記載の質量分析装置。
【請求項14】
前記吸着ポンプはイオンポンプであり、前記質量分析装置は扇形磁場偏向質量分析器を有する、ことを特徴とする請求項12に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、分析機器に関するものであり、具体的には、質量分析装置及びその真空系の形成方法である。
【背景技術】
【0002】
従来の質量分析装置は、特別に設立された分析センターで使用されることが多くて、そのフットプリント、体積、重量はいずれも大きい。四重極ロッド技術の応用により質量分析装置のサイズや重量が縮小されたが、イオントラップ技術の誕生に伴い、より軽量化された質量分析装置、さらには、ハンドヘルド質量分析装置の設計と製造が、質量分析技術開発の主な方向性の1つになった。
【0003】
質量分析装置の軽量化に対する制約の要因の1つは、その真空系にある。質量分析装置の各部材の真空条件への要求が異なるため、通常、多段真空系を構築する必要がある。また、質量分析器や検出器などは、真空度に対する要求が高いのは一般的であるから、フットプリントが大きい予備排気ポンプと、連続運転の拡散ポンプとが同時に配置される必要があり、分子ポンプのような比較的に体積の小さい真空ポンプを用いても、デスクトップ型質量分析装置の小型化要求を満たすことは困難である。また、ポータブルタイプ質量分析装置では、真空系の軽量化への要求が高い。
【0004】
吸着ポンプは、吸着原理に基づいて作動する捕集ポンプで、化学吸着、極低温吸着、電離後吸着等の手段により真空環境を作るものであり、ゲッターポンプ(getter pump)、イオンポンプ、クライオポンプ等を含む。その体積、重量は、ポータブルタイプ質量分析装置の要求を満たすことができるが、吸着ポンプの吸着量には限界があり、吸着飽和後にガスを吸着し続けることができなくなるため、通常メインポンプとして単独で使用されず、補助ポンプとして使用され、使用時に別途予備排気ポンプを配置する必要がある。また、予備排気ポンプの導入は、真空系の体積や重量の上昇を招く。さらに、吸着ポンプの作動気圧、アクティブ化気圧は、小型化質量分析装置の部品(例えばイオントラップ、吸着ポンプより高い気圧環境で作動することが多い)の作動気圧に不適合であり、このことも小型化質量分析装置においてメインポンプとして吸着ポンプを単独で適用することの障害になる。
【0005】
特許文献1には、ポータブルタイプ質量分析装置のメインポンプとしてクライオポンプを用いた技術案が開示され、その説明書では、クライオポンプの代わりにゲッターポンプ(getter pump)を利用してポータブルタイプ質量分析装置を運転する技術案について簡単に記載されているが、この特許では、クライオポンプは、イオントラップが配置されているチャンバを直接真空引きするものであり、また、吸着ポンプの作動気圧とイオントラップ作動気圧の差を整合する解決案が記載されていない。
【0006】
特許文献2には、ポータブルタイプ質量分析装置のメインポンプとして吸着ポンプを用いた技術案が開示され、この技術案では、同様にゲッターポンプを用いて質量分析器が配置されているチャンバを直接真空引きするものである。しかし、イオントラップにとって、両者の作動気圧の不適合により、ゲッターポンプの耐用年数が低下したり、イオントラップの動作のパフォーマンスに影響したりする虞がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】US8829425B1
【文献】US5426300A
【発明の概要】
【0008】
上記課題、すなわち、デスクトップ型、さらには、ポータブルタイプ質量分析装置に適用可能な真空系を提供し、このような質量分析装置の低消費電力化、小型化及び真空度の要求を満たし、質量分析装置の各部品に必要な真空条件により正確に適合させることに鑑み、本発明の第1の態様は、真空インターフェースのみを介して外部環境に連通する気密チャンバを備え、このチャンバは、第1のチャンバと第2のチャンバとを含み、第2のチャンバには、吸着ポンプが設けられ、第1のチャンバと第2のチャンバとの間は、流量制限構造により連通している、質量分析装置を提供する。
【0009】
吸着ポンプは、エネルギー消費量が低く、小型である特長があるが、アクティブ化の必要がありかつ比較的に低い作動気圧範囲が要求され、その排気可能な真空気圧範囲は、質量分析装置の一部の部品、例えば、低真空度で動作する部品の作動気圧範囲に適合しない可能性がある。本発明の第1の態様に係る質量分析装置によれば、吸着ポンプを第2のチャンバに取り付け、第1のチャンバと第2のチャンバとの間に流量制限構造を設けることで、第1のチャンバの気圧をその内部にある部品に適した気圧範囲内にするように、流量制限構造の開口のサイズや、真空インタフェース(例えば、注入ポート)の流量の大きさの設置や調整により第1のチャンバの作動気圧を調節することができる。
【0010】
一方、第1のチャンバ及び第2のチャンバは、外部環境に対して気密性を有するため、出荷前にチャンバを吸着ポンプのアクティブ化気圧以下まで排気して吸着ポンプをアクティブ化すれば、アクティブ化後の吸着ポンプは、気密性チャンバの真空引きの負荷要求を満たすことができるようになる。よって、真空系にターボポンプや他のあらゆるタイプの大体積の予備排気ポンプを配置する必要がなく、真空系の小型化と軽量化に有利である。
【0011】
本発明の好ましい技術案では、第1のチャンバ内にイオントラップが設けられ、第1のチャンバの気圧範囲は10-2Pa以上である。
【0012】
本発明の第1の態様に係る質量分析装置の真空系によって、イオントラップに適した作動気圧範囲を実現することができ、イオントラップを適切な気圧環境に動作させる。また、イオントラップによって、イオンの取り扱い、蓄積、質量分析等の作業を効率よく行うことができる。さらに、その寸法は、小型化質量分析装置による部品の寸法要求を満たすことができる。
【0013】
本発明の好ましい技術案では、第1のチャンバ内には、イオン光学装置、検出器、質量分析器及び/又はイオン源が設けられる。
【0014】
本発明の第1の態様に係る質量分析装置によれば、イオン光学装置、検出器、質量分析器及び/又はイオン源を第1のチャンバにまとめて設けることにより、即ち、第1のチャンバを主な収容手段であるチャンバとし、第2のチャンバを流量制限構造の導入で真空引きに供する気流のバッファ用チャンバとすることにより、第2のチャンバのフットプリントを減少するとともに第1のチャンバの気圧を安定させることができる。
【0015】
本発明の好ましい技術案では、第2のチャンバの気圧は、吸着ポンプのアクティブ化気圧以下に保持される。
【0016】
この技術案によれば、第2のチャンバの気圧は、吸着ポンプのアクティブ化気圧以下に保たれることで、吸着ポンプのアクティブ化に必要な気圧環境を提供し保持することができ、吸着ポンプによって第2のチャンバ内のガス分子を吸着することができ、かつ、低い気圧環境によって吸着ポンプが吸着飽和に至るまでのプロセスを遅延することができ、吸着ポンプの耐用年数を延長することに有利である。
【0017】
本発明の好ましい技術案では、吸着ポンプは、合金をゲッター材とするゲッターポンプであり、第2のチャンバの気圧範囲は10-2Pa以下である。
【0018】
この技術案によれば、合金材料であるゲッターポンプは、排気速度が高く、ゲッター量が大きく、軽量で、アクティブ化後の室温抽気に電源を要しない利点を有するとともに繰り返し使用可能で、質量分析装置の小型化に適している。第2のチャンバの気圧範囲P2≦10-2Paは、合金をゲッター材とするゲッターポンプの作動に適した気圧環境である。
【0019】
本発明の好ましい技術案では、質量分析装置は、第2のチャンバに連通する真空ポンプインタフェースをさらに備え、第2のチャンバは真空ポンプインタフェースを介して外部の真空ポンプに連通することで、第2のチャンバの気圧を、吸着ポンプのアクティブ化気圧範囲内に予め排気する。
【0020】
この技術案によれば、第2のチャンバを外部の真空ポンプで予備排気することにより、第2のチャンバ内の気圧を必要な気圧環境まで速やかに到達させることに有利である。また、アクティブ化完了後に、外部の真空ポンプを遮断して内蔵電源のみで吸着ポンプの運転に必要な電気エネルギーを保証できるため、質量分析器の体積が小さくなり、質量分析装置の消費電力と重量も低減され、ポータブル性を実現しやすくする。
【0021】
本発明の好ましい技術案において、吸着ポンプは、質量分析装置のメインポンプである。
【0022】
この技術案によれば、メインポンプとして吸着ポンプを利用することで、メインポンプとして例えばターボポンプ等の他の体積の大きなポンプを導入することを回避するため、質量分析装置の体積を小さくし、その分の重量も低減され、また、吸着ポンプがアクティブ化された後、外部電源はほとんど不要になり、質量分析装置の消費電力を低減する。
【0023】
本発明の好ましい技術案では、第1のチャンバ内にガス試料を導入する注入装置をさらに備える。
【0024】
本発明の好ましい技術案では、注入装置は、ガスクロマトグラフ、キャピラリー注入装置、又はメンブレンインレット装置である。
【0025】
本発明の好ましい技術案では、前記注入装置は、昇温脱離モジュールをさらに備える。昇温脱離モジュールは、固体または液体のサンプルをガス状の試料に転換して分析を行うことに適する。
【0026】
本発明の好ましい技術案では、質量分析装置は、コンパクト型質量分析装置である。
【0027】
本発明の好ましい技術案では、流量制限構造は、流量制限孔、流量制限弁または流量制限管である。
【0028】
本発明の好ましい技術案では、吸着ポンプは、ゲッターポンプ、イオンポンプ、クライオポンプのうち1種または複数種の組み合わせである。
【0029】
本発明の好ましい技術案では、吸着ポンプは、第1の吸着ポンプ及び第2の吸着ポンプを含み、第1の吸着ポンプは、合金をゲッター材とするゲッターポンプであり、第2の吸着ポンプは、イオンポンプであり、ゲッターポンプは質量分析装置のメインポンプとなり、イオンポンプは第1のチャンバまたは第2のチャンバに連通している。
【0030】
この技術案によれば、イオンポンプはゲッターポンプが吸着しにくい不活性ガスの除去に寄与するので、質量分析装置が適用可能な分析範囲を広めるとともに、真空系の負荷能力を向上させる。
【0031】
本発明の好ましい技術案では、吸着ポンプは、イオンポンプを含み、質量分析装置は、イオンポンプと磁性体を共有する扇形磁場偏向質量分析器を有する。扇形磁場偏向質量分析器とイオンポンプが磁性体を共有する形態により、装置を効果的に簡素化し、装置の体積を削減することができる。この好ましい技術案では、分析要求を満たすとともに装置を効果的に簡素化するように、他種の吸着ポンプを含まなく、吸着ポンプは個別のイオンポンプであってもよい。
【0032】
本発明は、質量分析装置の真空系の形成方法であって、真空系は、流量制限構造により連通している第1のチャンバと第2のチャンバを含み、第1のチャンバ内にイオントラップが設けられ、第2のチャンバ内に吸着ポンプが設けられるものであり、当該形成方法は、
外部の真空ポンプを用いて第2のチャンバの気圧が吸着ポンプのアクティブ化気圧範囲内に減圧するまで第2のチャンバを真空引きするステップと、
吸着ポンプをアクティブ化するステップと、
吸着ポンプを起動して第1のチャンバの気圧をイオントラップの作動気圧範囲内に減圧させるステップと、
第1のチャンバと第2のチャンバを閉鎖するとともに外部の真空ポンプを遮断し、吸着ポンプを真空系のメインポンプとして用いて第1のチャンバと第2のチャンバの真空度を維持するステップと、を含む、質量分析装置の真空系の形成方法をさらに提供する。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】本発明の第1の実施形態における質量分析装置の構造概略図である。
図2】本発明の第2の実施形態における質量分析装置の構造概略図である。
図3】本発明の第3の実施形態における質量分析装置の構造概略図である。
図4】本発明の第4の実施形態における質量分析装置の構造概略図である。
図5】本発明の第4の実施形態における質量分析装置の真空系の形成方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施例における技術案を、図面に合わせて、明瞭且つ完全に説明するが、説明される実施例は本発明の実施例の一部に過ぎず、すべての実施例ではないことが明らかである。本発明における実施例に基づいて、当業者は、創造的な労働なしに取得される他のすべての実施例は、いずれも本発明の保護範囲に属する。
【0035】
用語
本発明において、「吸着ポンプ」とは、吸着原理に基づいて作動する捕集ポンプに属し、化学吸着、極低温吸着、電離後吸着等の手段により真空環境を作るものであり、ゲッターポンプ(getter pump)、イオンポンプ、クライオポンプ等を含む。
本発明において、「ゲッターポンプ」(getter pump)とは、表面積の大きいゲッター剤(getter)からなる化学吸着ポンプである。最も一般的に使用されるのは、ジルコニウムバナジウム鉄合金などの合金材料で焼結された非蒸発型ゲッター(NEG)である。アクティブ化(真空中加熱)後は、表面吸着、表面解離、バルク拡散の3つのプロセスにより、水素ガス、酸素ガス、水、一酸化炭素ガス、二酸化炭素ガス、窒素ガス等、種々の活性ガスを吸収することができる。
本発明において、「コンパクト型質量分析装置」とは、そのサイズ、体積、重量、及び消費電力が、従来の実験室用質量分析装置に比べて遥かに小さい質量分析装置であり、体積から見れば小型デスクトップ式またはポータブルタイプ式に属し、重量は20kg未満のものである。
本発明において、「アクティブ化気圧」とは、吸着ポンプを安全にアクティブ化するための十分に低い圧力範囲内の気圧であり、通常、≦1Paの圧力範囲内である。
【0036】
第1の実施形態
図1に示すように、本実施形態はコンパクト型質量分析装置を提供し、当該質量分析装置は、真空インターフェースのみを介して外部環境に連通する気密チャンバを一つ備え、真空インターフェースが通常オンにならず、サンプル注入が必要な場合またはその他の特別な状況のみにオンになる。真空インターフェースがオフになる場合、質量分析装置の当該チャンバは基本的に完全に密閉されているため、真空インターフェースをオンにしない限り、質量分析装置内の真空度は基本的に維持される。
【0037】
上記気密チャンバには第1のチャンバ1及び第2のチャンバ2を含み、第2のチャンバ2には、吸着ポンプ3が設けられ、第1のチャンバ1と第2のチャンバ2との間は、流量制限構造4により連通している。吸着ポンプ3は、吸着原理に基づいて作動するポンプに属し、化学吸着、極低温吸着、電離後吸着等の手段により真空環境を作るものであり、その吸着量に限界があり、吸着バランスに達した後にガスを吸着し続けることができなくなるため、高気圧の条件下での作業に適用すると耐用年数が大幅に短縮される虞がある。また、通常、初回作業の前に吸着ポンプ3をアクティブ化する必要があり、吸着ポンプ3のアクティブ化には、吸着ポンプ3が配置されている第2のチャンバ2をアクティブ化気圧(通常≦1Paの範囲内)以下に減圧させ、加熱、通電等によりアクティブ化する必要がある。アクティブ化された吸着ポンプ3は安定して作動することができるが、吸着ポンプ3の安定した作動の継続のために、第2のチャンバ2内の気圧を吸着ポンプ3の動作気圧に安定して保持させるべき吸着ポンプ3の動作気圧は通常10-2Pa未満である。本実施形態において、吸着ポンプ3は、ゲッターポンプ、イオンポンプ、クライオポンプのうち1種または複数種の組み合わせであってもよい。
【0038】
第1のチャンバ1は、通常、例えばイオン源、イオン光学装置、質量分析器、検出器等、質量分析装置のイオン発生、導入、制御、蓄積、分析等の機能部品の配置に供するものである。イオン源、イオン光学装置、質量分析器、検出器等のうち一種又は多種としては、通常、適切な気圧環境で動作する必要がある。オプション的に、第1のチャンバ1の気圧範囲をP1≧10-2Paに設定することで、イオントラップ5等の機能部品を好適な気圧環境に動作させてイオンの取り扱い、蓄積、質量分析などの動作を効率的に完了させることができる。また、イオントラップ5のサイズは他のイオン光学装置や質量分析器等より小さくて小型化質量分析装置による部品の寸法要求をうまく満足できることから、本実施形態では、イオントラップ5を用いて上記の作業を実施することが好ましい。
【0039】
なお、イオン源、イオン光学装置、質量分析器、検出器は、全てが第1のチャンバ1に設けられてもよいし、それらの一部が第1のチャンバ1に設けられ、もう一部が第2のチャンバ2や他のチャンバ、或いは外部環境に設けられてもよく、このような変形は、本発明の要旨を超えていないものであり、いずれも本発明の保護範囲に属する。第1のチャンバ1内には検出器、質量分析器及び/又はイオン源がまとめて設けられることが好ましい。検出器、質量分析器及び/又はイオン源を第1のチャンバにまとめて設けることにより、即ち、第1のチャンバ1を主な収容手段であるチャンバとし、第2のチャンバ2を流量制限構造4の導入で真空引きに供する気流のバッファ用チャンバとすることにより、第2のチャンバ2のフットプリントを減少するとともに第1のチャンバ1の気圧を安定させることができる。
【0040】
本実施形態は、吸着ポンプ3で第1のチャンバ1、第2のチャンバ2を真空引きし、流量制限構造4の作用で、第1のチャンバ1と第2のチャンバ2が異なる気圧環境を形成して二段差分排気を実現する。具体的には、吸着ポンプ3を第2のチャンバ2に取り付け、第1のチャンバ1と第2のチャンバ2との間に流量制限構造4を設けることで、吸着ポンプ3を質量分析装置の真空条件を維持するメインポンプとして用いることができ、そして、第1のチャンバ1の気圧をその内部にある部品に適した気圧範囲内にするように、流量制限構造4の開口のサイズや、注入装置(本実施形態における真空インターフェースに相当する)の流量の大きさの調整により第1のチャンバ1の作動気圧を調節することができる。
【0041】
一方、第1のチャンバ1及び第2のチャンバ2は、外部環境に対して気密性を有するため、出荷前にチャンバを吸着ポンプ3のアクティブ化気圧以下まで排気して吸着ポンプ3をアクティブ化すれば、アクティブ化後の吸着ポンプ3は、気密性チャンバの真空引きの負荷要求を満たすことができるようになる。よって、真空系にターボポンプや他のあらゆるタイプの大体積の予備排気ポンプを配置する必要がなく、真空系の小型化と軽量化に有利である。
【0042】
本発明の実施形態において、流量制限構造4は、流量制限孔、流量制限弁または流量制限管が挙げられるが、それらに限られない。流量制限構造4の孔径、管径等は、第1のチャンバ1の気圧要求、注入装置のフラックスの大きさ、及び吸着ポンプ3の排気速度等の要素に基づいて総合的に決定される。流量制限構造4の設置が第1のチャンバ1の気圧の大きさを調整することができるとともに、真空引きする際の気流を制限することで、第1のチャンバ1内の気圧環境を安定させることができ、ひいては第1のチャンバ1内の機能部品を安定した気圧環境に作動させることができる。
【0043】
以上のように、本実施形態における質量分析装置は、メインポンプとして吸着ポンプ3を用い、吸着ポンプ3がアクティブ化された後に吸着原理に基づいて真空引きを行い、そのエネルギー消費量はほとんど無視できる程度と考えられ、また、吸着ポンプ3のサイズは小さいため、特に外部電源の要らないポータブルタイプ質量分析器の真空系として好適であり、ポータブルタイプ質量分析装置、ひいてはハンドヘルド質量分析装置の実現に寄与する。また、第1のチャンバ1及び第2のチャンバ2は、いずれも気密性チャンバであり、チャンバ内の気圧条件を長期にわたって維持することができるため、その真空環境によって吸着ポンプ3が過早に吸着飽和に至るのを避けることができ、吸着ポンプ3の耐用年数を延長することに有利である。
【0044】
本発明の他の実施形態において、吸着ポンプ3はイオンポンプであってもよく、質量分析装置の質量分析器は、イオンポンプと磁性体を共有する扇形磁場偏向質量分析器であってもよい。扇形磁場偏向質量分析器とイオンポンプが磁性体を共有する形態により、装置を効果的に簡素化し、装置の体積を削減することができる。当該実施形態では、分析要求を満たすとともに装置を効果的に簡素化するように、吸着ポンプを個別のイオンポンプとし、即ち、質量分析装置は、他種の吸着ポンプを含まない。
【0045】
なお、イオン源は、例えば、エレクトロスプレー、コロナ放電、誘電体バリア放電、グロー放電、電子衝撃、光電離等のイオン源であってもよい。
【0046】
質量分析器は、例えば、イオントラップ、四重極ロッド、飛行時間、扇形磁場偏向、イオン旋回共振等の質量分析器であってもよい。
【0047】
検出器は、例えば、電子増倍器、ファラデーカップ、光電子増倍管、マイクロチャンネルプレートなどである。
【0048】
本実施形態では、第1のチャンバ1と外部環境とは、キャピラリー注入装置61のみによって連通しており、このキャピラリー注入装置61は、注入をオン/オフ可能なバルブを有するものである。注入の必要がない場合に、バルブをオフにして質量分析装置内部の真空環境を維持することが可能である。これにより、空気が入り込んで吸着ポンプ3の耐用年数を低減することを回避する。分析の必要がある場合は、バルブを開き、キャピラリー注入装置61を用いて注入を実施すればよい。一部の実施形態において、注入装置は、固体または液体のサンプルをガス状の試料に転換して分析を行うことに供する昇温脱離モジュールを有してもよい。
【0049】
第2の実施形態
図2は、本発明の第2の実施形態における質量分析装置の構造概略図である。
【0050】
本実施形態において、質量分析装置の主要構成要素は、第1のチャンバ1と、第2のチャンバ2と、吸着ポンプ3と、流量制限構造4と、イオントラップ5とを含む。本実施形態において、吸着ポンプ3は、さらに、ゲッターポンプ(getter pump)とイオンポンプの2種類の吸着ポンプ3により構成される点を除いて、その他の部材及び符号は、いずれも第1の実施形態の図1に示したものと同様であり、ここでは説明を省略する。
【0051】
図2に示すように、本実施形態では、第2のチャンバ2に設けられた吸着ポンプ3は、第1の吸着ポンプ31及び第2の吸着ポンプ32を含み、第1の吸着ポンプ31は、合金をゲッター材とするゲッターポンプであり、第2の吸着ポンプ32は、イオンポンプであり、ゲッターポンプは、質量分析器のメインポンプとなり、イオンポンプは第1のチャンバ1または第2のチャンバ2に連通可能であり、本実施形態では、イオンポンプは第2のチャンバ2に連通している。
【0052】
ゲッターポンプ、あるいはゲッター剤ポンプは、化学吸着を全般採用するため、蒸着や電磁による汚染は発生せず、大型システムにおいて排気速度を上げて真空度を高める補助ポンプとして利用されることが多い。即ち、ターボポンプや分子ポンプで予備排気した後、ゲッターポンプを用いてさらに真空引きして真空度を高めるのが一般的である。一方、本実施形態では、ゲッターポンプとイオンポンプが組み合わされた吸着ポンプ3を質量分析装置のメインポンプとして利用するとともに、チャンバ全体を気密チャンバとしてゲッターポンプ自体の運転に必要な気密性条件を維持することで、真空システムにターボポンプ、分子ポンプその他の体積が大きく、消費エネルギーも大きい予備排気ポンプを別途配置する必要がなく、真空系の小型化と軽量化に有利である。好ましくは、本実施形態では、ゲッターポンプは、合金をゲッター材とするゲッターポンプであり、このようなゲッターポンプは、排気速度が高く(空気>10 L/s)、ゲッター量が大きく、軽量(16gまで軽量化)で、振動なし、アクティブ化後の室温抽気に電源を要しない利点を有するとともに繰り返し使用可能で、小型化質量分析装置の真空系の構築に適している。
【0053】
イオンポンプは、ゲッターポンプによって吸着しにくい不活性ガスの除去に寄与し、空気に対しても一定の排気速度を持っている。両者のコンビにより、サンプルガスや空気中の異なる成分のガスを効果的に吸着または除去でき、特に、ゲッターポンプは、水素ガスに対して数倍の排気速度と数千倍の吸着能力を有し、水素ガスをキャリアガスとするガスクロマトグラフィー、或いはサンプルガスに濃度の高い水素が含まれるテストに対して良好な適合性を有する。
【0054】
第3の実施形態
図3は、本発明の第3の実施形態における質量分析装置の構造概略図である。
【0055】
本実施形態において、質量分析装置の主要構成要素は、第1のチャンバ1と、第2のチャンバ2と、吸着ポンプ3と、流量制限構造4と、イオントラップ5とを含む。本実施形態において、注入装置がメンブレンインレット装置62(membrane interface)である点を除いて、他の部材及び符号は、いずれも第2の実施形態の図2に示したものと同様であり、ここでは説明を省略する。メンブレンインレット装置62によれば、第1のチャンバ1、第2のチャンバ2内の真空度の維持及び注入の利便性を有効に両立することができる。
【0056】
第4の実施形態
図4は、本発明の第4の実施形態における質量分析装置の構造概略図である。
【0057】
本実施形態において、質量分析装置の主要構成要素は、第1のチャンバ1と、第2のチャンバ2と、吸着ポンプ3と、流量制限構造4と、イオントラップ5とを含む。本実施形態において、質量分析装置のチャンバを外部環境と連通させる真空インターフェースは、真空ポンプインターフェース7をさらに含む点を除いて、他の部材及び符号は、いずれも第1の実施形態の図1に示したものと同様であり、ここでは説明を省略する。
【0058】
本実施形態において、質量分析装置は、第2のチャンバ2に連通する真空ポンプインターフェース7をさらに備え、第2のチャンバ2は真空ポンプインターフェース7を介して外部の真空ポンプ(図示せず)に連通することで、第2のチャンバ2の気圧を、吸着ポンプ3のアクティブ化気圧範囲内にするように予め排気してもよい。
【0059】
このように、第2のチャンバ2を外部の真空ポンプで予備排気することにより、第2のチャンバ2内の気圧を、吸着ポンプ3のアクティブ化に必要な気圧環境まで速やかに到達させることに有利である。また、アクティブ化完了後に、外部の真空ポンプを遮断して内蔵電源のみで吸着ポンプ3の運転に必要な電気エネルギーを保証することができ、質量分析装置の真空系の正常運転を常に維持することができる。
【0060】
図5を参照する。本実施形態は、質量分析装置の真空系の形成方法を提供し、当該真空系は、流量制限構造4により連通している第1のチャンバ1と第2のチャンバ2を含み、第1のチャンバ1内にイオントラップ5が設けられ、第2のチャンバ2内に吸着ポンプ3が設けられ、当該形成方法は、
外部の真空ポンプを用いて第2のチャンバ2の気圧が吸着ポンプ3のアクティブ化気圧範囲内に減圧するまで第2のチャンバ2を真空引きするステップS1と、
吸着ポンプ3をアクティブ化するステップS2と、
吸着ポンプ3を起動して第1のチャンバ1の気圧をイオントラップ5の作動気圧範囲内に減圧させるステップS3と、
第1のチャンバ1と第2のチャンバ2を閉鎖するとともに外部の真空ポンプを遮断し、吸着ポンプ3を真空系のメインポンプとして用いて第1のチャンバ1と第2のチャンバ2の真空度を維持するステップS4と、を含む。
【0061】
以上のように、当該真空系は、初回使用前、例えば工場出荷前に、真空ポンプを真空ポンプインターフェース7に接続するだけで予備真空引きと吸着ポンプ3のアクティブ化を完成でき、その後の真空度も吸着ポンプ3で維持される。工場出荷後に真空ポンプインターフェース7でチャンバを開いて修理を行うこともできるため、質量分析装置の製造やメンテナンスの利便性を向上させる。
【0062】
なお、上記実施形態では、質量分析装置の真空系は、第1のチャンバ1と第2のチャンバ2のような二段構造を含むが、上記実施形態は例示的なものに過ぎず、本発明の他の実施形態において、三段以上の真空系を採用してもよい。すなわち、第1のチャンバ1と第2のチャンバ2との間に追加のチャンバを設けてもよく、イオン源、イオントラップ5等のイオン発生装置、イオン光学装置、検出器または質量分析器などの装置について、必要に応じてそれぞれの配置位置を決定する。
【0063】
本発明の上記実施形態においては、吸着ポンプ3をメインポンプとして利用してもよい。吸着ポンプ3は、排気速度が高く(空気に対する排気速度>10L/s、ゲッター材の重量はわずか16g)、ゲッター量が大きく、軽量で、アクティブ化後の室温抽気に電源を要しない利点を有するとともに繰り返し使用可能である。吸着ポンプ3をメインポンプとして利用することで、質量分析装置の体積を小さくし、その分消費電力や重量も低減され、ポータブル性を実現しやすくする。
【0064】
本発明の上記実施形態においては、質量分析装置に用いられる吸着ポンプ3の少なくとも1つが、合金をゲッター材とするゲッターポンプ(getter pump)であり、第2のチャンバ2の気圧範囲はP2≦10-2Paである。合金材料であるゲッターポンプは、吸量速度が高く、ゲッター量が大きく、軽量で、アクティブ化後の室温抽気に電源を要しない利点を有するとともに繰り返しアクティブ化及び使用可能で、質量分析装置の小型化に適している。第2のチャンバの気圧範囲P2≦10-2Paは、合金をゲッター材としたゲッターポンプの作動に適した気圧環境であり、ゲッターポンプの耐用年数を延ばすのに有利である。
【0065】
以上は、本発明を限定するものではなく、本発明の好適な実施例のみであり、本発明の主旨に従って実施されたあらゆる修正、同等の置換および改良は本発明の保護範囲に含まれるものとする。
【符号の説明】
【0066】
1 第1のチャンバ
2 第2のチャンバ
3 吸着ポンプ
4 流量制限構造
5 イオントラップ
61 キャピラリー注入装置
62 メンブレンインレット装置
7 真空ポンプインターフェース
図1
図2
図3
図4
図5