(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-27
(45)【発行日】2025-02-04
(54)【発明の名称】密封装置、及びそれを備えるハブユニット
(51)【国際特許分類】
F16C 33/78 20060101AFI20250128BHJP
F16J 15/3232 20160101ALI20250128BHJP
F16J 15/3284 20160101ALI20250128BHJP
F16J 15/324 20160101ALI20250128BHJP
F16C 19/18 20060101ALI20250128BHJP
C08K 3/04 20060101ALI20250128BHJP
C08L 9/02 20060101ALI20250128BHJP
【FI】
F16C33/78 Z
F16J15/3232 201
F16J15/3284
F16J15/324
F16C19/18
C08K3/04
C08L9/02
(21)【出願番号】P 2021036119
(22)【出願日】2021-03-08
【審査請求日】2023-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000167196
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクトシーリングテクノ
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】弁理士法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】楠 克彦
(72)【発明者】
【氏名】上本 隆文
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 祐一
【審査官】大山 広人
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-217428(JP,A)
【文献】国際公開第2016/104460(WO,A1)
【文献】特開2012-097213(JP,A)
【文献】国際公開第2015/005080(WO,A1)
【文献】特開2013-133435(JP,A)
【文献】特開2017-002306(JP,A)
【文献】特開2015-075180(JP,A)
【文献】国際公開第2013/055738(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/78
F16J 15/3232
F16J 15/3284
F16J 15/324
F16C 19/18
C08K 3/04
C08L 9/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
架橋ニトリルゴムを含む弾性部材と、グリースとを有し、前記弾性部材のリップ先端が、シール当たり面に前記グリースを介して摺接する密封装置であって、
前記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材は、日本工業規格 K 6394:2007に準拠する動的性質試験の損失正接のピークが、-35℃以下であり、
前記グリースは、油成分の流動点が-25℃以下である密封装置。
【請求項2】
前記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材の損失正接のピークが、-60℃以上である、請求項1に記載の密封装置。
【請求項3】
前記グリースは、油成分の流動点が、-70℃以上である、請求項1、又は2に記載の密封装置。
【請求項4】
前記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材が、
結合アクリロニトリル量が18~22質量%のニトリルゴムと、
二種類以上のカーボンフィラーと、を含有し、
前記二種類以上のカーボンフィラーの合計の含有量は、前記ニトリルゴム100質量部に対して、60~150質量部である、ニトリルゴム組成物の加硫物である、請求項1~3のいずれかに記載の密封装置。
【請求項5】
前記二種類以上のカーボンフィラーは、カーボンブラック、黒鉛、カーボンファイバー、カーボンナノチューブ、及びグラフェンから選択される、請求項4に記載の密封装置。
【請求項6】
前記二種類以上のカーボンフィラーは、カーボンブラックを含む、請求項5に記載の密封装置。
【請求項7】
前記二種類以上のカーボンフィラーは、黒鉛を含む、請求項6に記載の密封装置。
【請求項8】
前記二種類以上のカーボンフィラーの合計の含有量は、前記ニトリルゴム100質量部に対して、100~130質量部である、請求項4~7のいずれかに記載の密封装置。
【請求項9】
ハブユニット用の密封装置である、請求項1~8のいずれかに記載の密封装置。
【請求項10】
請求項9に記載の密封装置を備える、ハブユニット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密封装置、及びそれを備えるハブユニットに関する。
【背景技術】
【0002】
ニトリルゴムは、耐油性、耐摩耗性、及び引き裂き強度に優れており、機械の内部や外部への、流体の流入や流出を防ぐため、機械の摺動面に用いるシールとして良く用いられている。また、ニトリルゴムの結合アクリロニトリル量を低含量とすることで、ガラス転移点(以下、「Tg」という)が低下し、ニトリルゴムの耐寒性が向上することが知られている。
【0003】
特許文献1は、密封性を損なうことなくシールの摩擦及び摩耗を低減できるハブユニット軸受を提供することを課題とし、低温における耐久性を向上するために、アクリロニトリルの含有量が30質量%以下のニトリルゴムによって構成されるシールのシールリップと、その摺接面とで囲まれる空間に、基油が合成炭化水素系油を含有する、所定粘度のグリースを封入するハブユニット軸受が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
北米やロシア等の極寒冷地では、結合アクリロニトリル量が低含量の、Tgが-40℃以下の耐寒性のニトリルゴムが、後述する密封装置の弾性部材として使用されている。しかし、自動車のハブユニットに、耐寒性のニトリルゴムを有する弾性部材を使用した密封装置を用いても、極寒冷地では、上記弾性部材の追従性の低下に伴い、密封装置の密封性が低下し、ハブユニットへの、外部からの泥水等の液体の流入を十分に防ぐことができない場合があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、架橋ニトリルゴムを含む弾性部材と、グリースと、を有する密封装置であって、上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材は、日本工業規格 K 6394:2007に準拠する動的性質試験の損失正接のピークが、-35℃以下であり、上記グリースは、油成分の流動点が、-25℃以下である密封装置、及びそれを備えるハブユニットである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、低温環境下での、密封性に優れた、密封装置を提供することができる。また、本発明によれば、低温環境下での、外部からの泥水等の液体の流入の防止性に優れた、ハブユニットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本実施形態の密封装置を備える、ハブユニットの概略断面図である。
【
図2】実施例で用いた、泥塩水試験機の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、好ましい実施形態に基づいて、添付図面を適宜参照しながら、本発明が詳細に説明される。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0010】
(1)本発明の一実施形態は、架橋ニトリルゴムを含む弾性部材と、グリースと、を有し、上記弾性部材のリップ先端が、シール当たり面に上記グリースを介して摺接する密封装置であって、
上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材は、日本工業規格 K 6394:2007に準拠する動的性質試験の損失正接のピークが、-35℃以下であり、
上記グリースは、油成分の流動点が-25℃以下である密封装置である。
【0011】
上記(1)の密封装置は、低温環境下での密封性に優れている。
【0012】
(2)上記(1)に記載の密封装置において、上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材の損失正接のピークが、-60℃以上である。
【0013】
(3)上記(1)又は(2)に記載の密封装置において、上記グリースは、油成分の流動点が、-70℃以上である。
【0014】
(4)上記(1)~(3)のいずれかに記載の密封装置において、
上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材が、
結合アクリロニトリル量が18~22質量%のニトリルゴムと、
二種類以上のカーボンフィラーと、を含有し、
上記二種類以上のカーボンフィラーの合計の含有量は、上記ニトリルゴム100質量部に対して、60~150質量部である、ニトリルゴム組成物の加硫物である。
【0015】
(5)上記(4)に記載の密封装置において、上記二種類以上のカーボンフィラーは、カーボンブラック、黒鉛、カーボンファイバー、カーボンナノチューブ、及びグラフェンから選択される。
【0016】
(6)上記(5)に記載の密封装置において、上記二種類以上のカーボンフィラーは、カーボンブラックを含む。
【0017】
(7)上記(6)に記載の密封装置において、上記二種類以上のカーボンフィラーは、黒鉛を含む。
【0018】
(8)上記(4)~(6)のいずれかに記載の密封装置において、上記二種類以上のカーボンフィラーの合計の含有量は、上記ニトリルゴム100質量部に対して、100~130質量部である。
【0019】
上記(2)~(8)の密封装置は、低温環境下での密封性に、さらに優れている。
【0020】
(9)上記(1)~(8)のいずれかに記載の密封装置が、ハブユニット用である。
【0021】
(10)上記(9)に記載の密封装置を備える、ハブユニット。
【0022】
上記(9)に記載のハブユニットは、低温環境下での、外部からの液体の流入の防止性に優れている。
【0023】
本実施形態の密封装置は、架橋ニトリルゴムを含む弾性部材と、グリースと、を有する。すなわち、本実施形態の密封装置には、架橋ニトリルゴムを含む弾性部材に、グリースが塗布された状態以外に、例えば、グリースが塗布される前の架橋ニトリルゴムを含む弾性部材、及び塗布用のグリースがセットになっている状態の概念が、含まれる。
【0024】
上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材は、日本工業規格 K 6394:2007に準拠する動的性質試験の損失正接(以下、「tanδ」という)のピーク(以下、「tanδPEAK」という)が、-35℃以下である。試験周波数は、10Hzとする。tanδは、架橋ニトリルゴムを含む弾性部材の粘弾性を示す値である。架橋ニトリルゴムを含む弾性部材のtanδの値が大きければ、その架橋ニトリルゴムを含む弾性部材は粘性の性質が強く、追従性が高いことを意味する。すなわち、上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材は、-35℃以下にtanδPEAKを有するため、低温環境下でも粘性を損なわず、優れた追従性を有している。そのため、本実施形態の密封装置は、低温環境下において、特に機械の摺動面での密封性に優れている。なお、常温(15~25℃)での、上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材の弾性を維持する観点から、tanδPEAKは、-60℃以上が好ましい。
【0025】
tanδPEAKが-35℃以下の架橋ニトリルゴムを含む弾性部材は、特に制限されないが、ニトリルゴムと、二種類以上のカーボンフィラーと、を含有するニトリルゴム組成物の加硫物が好ましい。
【0026】
上記ニトリルゴム(NBR)は、アクリロニトリル・ブタジエンゴムとも呼ばれ、アクリロニトリル及びブタジエンをモノマー成分とする共重合体である。本発明において、上記ニトリルゴムは、主成分であるアクリロニトリル及びブタジエンに加えて、これら以外の単量体もモノマー成分とする共重合体であってよいし、主鎖の残存二重結合が水素化された、水素化ニトリルゴム(HNBR)であってもよい。上記ニトリルゴムの結合アクリロニトリル量は、25%未満、特に18~22質量%が好ましい。ニトリルゴムは、結合アクリロニトリル量が少ないほど、耐寒性が向上する。そのため、低温環境下では、結合アクリロニトリル量が25質量%未満の、低ニトリルのニトリルゴムが用いられる。これにより、本実施形態の密封装置の、低温環境下での密封性が向上する。なお、ニトリルゴムは、結合アクリロニトリル量が多いほど、耐油性が向上する。そのため、上記ニトリルゴムの結合アクリロニトリル量は、18%以上が好ましい。
【0027】
上記カーボンフィラーは、ゴムの充填剤として適用可能なものであれば、特に制限されない。上記カーボンフィラーとしては、例えば、カーボンブラック、黒鉛、カーボンファイバー、カーボンナノチューブ、グラフェン、ダイヤモンド、活性炭、フラーレン等が挙げられる。本実施形態のカーボンフィラーとしては、カーボンブラック、黒鉛、カーボンファイバー、カーボンナノチューブ、及びグラフェンが、好ましい。また、上記二種類以上のカーボンフィラーには、カーボンブラックが含まれることが好ましく、カーボンブラック及び黒鉛が含まれることが、特に好ましい。これにより、本実施形態の密封装置の低温環境下での密封性が、さらに向上する。
【0028】
上記カーボンブラックとしては、ファーネスブラック、チャンネルブラック、アセチレンブラック、及びサーマルブラック等が挙げられる。本実施形態のニトリルゴム組成物に用いる、カーボンブラックとしては、ファーネスブラックが好ましい。カーボンブラックとしてファーネスブラックを用いれば、ゴムを高弾性化することができる。また、上記カーボンブラックは、平均粒子径が18~43nmが好ましい。平均粒子径が18~43nmのカーボンブラックを用いる事で、ゴムの高弾性化が適切に行われる。なお、上記カーボンブラックの平均粒子径は、ディスク遠心光沈降法(日本工業規格 K 6217-6:2019)を用いて測定した体積基準の粒度分布におけるメジアン径(D50)である。
【0029】
上記黒鉛としては、天然黒鉛、及び人造黒鉛が挙げられ、人造黒鉛が好ましい。人造黒鉛は、硬度が高く、架橋ニトリルゴム部材の耐摩耗性を向上することができる。また、上記黒鉛は、平均粒径1~10μmが好ましい。平均粒子径が1μm以上の黒鉛は、実質的に入手が容易で、安価である。平均粒子径が10μm以下の黒鉛は、ゴム物性の低下を抑制して、ゴム弾性を向上することができる。なお、上記黒鉛の平均粒子径は、レーザー回折/散乱法を用いて測定した体積基準の粒度分布におけるメジアン径(D50)である。
【0030】
上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材の製造に用いられる、ニトリルゴム組成物において、上記二種類以上のカーボンフィラーの合計の含有量は、上記ニトリルゴム100質量部に対して、60~150質量部である。好ましくは、上記二種類以上のカーボンフィラーの合計の含有量は、上記ニトリルゴム100質量部に対して、100~130質量部である。なお、上記二種類以上のカーボンフィラーの一つとして、カーボンブラックが含まれる場合、カーボンブラックの含有量は、上記ニトリルゴム100質量部に対して、30~60質量部が、特に好ましい。これにより、本実施形態の密封装置の低温環境下での密封性が、さらに向上する。
【0031】
上記ニトリルゴム組成物は、加硫成形されて上記弾性部材となる。そのため、上記ニトリルゴム組成物は、加硫剤(架橋剤)を含有していても良く、更には、加硫助剤や加硫促進剤を含有していても良い。上記加硫剤としては特に限定されず、従来公知の加硫剤を用いることができる。上記加硫剤の具体例としては、例えば、粉末硫黄、微粉硫黄、沈降性硫黄、高分散性硫黄、硫黄華などの硫黄、硫黄を放出可能な硫黄含有化合物、過酸化物等が挙げられる。これらのなかでは、取り扱いが容易であることから、硫黄又は硫黄含有化合物が好ましい。
【0032】
上記加硫促進剤としては、従来公知の加硫促進剤を用いることができる。上記加硫促進剤は、上記加硫剤の種類に応じて適宜選択すれば良い。上記加硫促進剤の具体例としては、例えば、グアニジン系化合物、アルデヒド-アンモニア系化合物、チアゾール系化合物、チオウレア系化合物、スルフェンアミド系化合物、チウラム系化合物、ジチオカルバメート系化合物、キサンテート系化合物等が挙げられる。これらは単独で用いても良いし、2種以上併用しても良い。
【0033】
上記加硫助剤としては、従来公知の加硫助剤を用いることができる。上記加硫助剤の具体例としては、例えば、酸化亜鉛等の金属酸化物、金属炭酸塩、金属水酸化物、ステアリン酸等の有機酸及びその誘導体、アミン類等が挙げられる。これらは単独で用いても良いし、2種以上併用しても良い。
【0034】
上記加硫剤、上記加硫助剤及び上記加硫促進剤のそれぞれの配合量は、いずれも上記ニトリルゴム100質量部に対して、0.1~10質量部程度とすれば良い。
【0035】
上記ニトリルゴム組成物は、上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材に、一般に配合されうる可塑剤を含有しても良い。上記可塑剤としては、例えば、フタル酸エステル、アジピン酸エステル、トリメリット酸エステル、ポリエステル、リン酸エステル、クエン酸エステル、エポキシ化植物油、セバシン酸エステル、アゼライン酸エステル、マレイン酸エステル、及び安息香酸エステルが挙げられる。上記ニトリルゴム組成物に配合する可塑剤は、アジピン酸エステルが好ましく、アジピン酸ビス[2-(2-ブトキシエトキシ)エチル](DBEEA)が特に好ましい。近年、潤滑油やグリースのベースオイルとして、低温環境下でも低粘度が維持される、エステル油の使用が提案されている。しかし、エステル油は、ゴムを軟化膨潤させ易い。上記ニトリルゴム組成物の可塑剤として、アジピン酸エステル、特にDBEEAを配合することで、エステル油による、上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材の軟化膨潤を、抑制することができる。上記可塑剤の配合量は、上記ニトリルゴム100質量部に対して、5~20質量部程度とすれば良い。
【0036】
上記ニトリルゴム組成物は、更に、上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材に、一般に配合されうる各種添加剤を含有していても良い。上記添加剤としては、例えば、酸化防止剤、老化防止剤、高級脂肪酸エステルやその金属塩等の加工助剤、等が挙げられる。
【0037】
上記ニトリルゴム組成物を調製する方法は特に限定されず、従来公知の手法で調製すれば良い。例えば、上述の、未架橋のニトリルゴム、二種類以上のカーボンフィラー、及び加硫剤等を含む上記ニトリルゴム組成物の配合物を、ゴム混練ロールやバンバリーミキサー等の従来公知のゴム用混練り装置を用いて均一に混練することによって調製すればよい。このとき、混練条件は特に限定されないが、通常は30~80℃の温度で、5~60分間混練りすれば良い。
【0038】
上記ニトリルゴム組成物を用いて、上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材を製造する方法も特に限定されず、従来公知の方法を採用すれば良い。例えば、未加硫のニトリルゴム組成物を金型の中で加圧しながら加熱すれば良く、圧縮成形、トランスファー成形、射出成形等の公知のゴム成形方法により製造することができる。このときの成形条件は、ニトリルゴム組成物の組成に応じて適宜選択すれば良く、例えば、120~200℃で30秒間~30分間程度の条件で加圧加硫すれば良い。更に、必要に応じて、120~200℃で10分間~10時間程度の条件で2次加硫を行っても良い。
【0039】
本実施形態の密封装置において、上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材に塗布するグリースは、油成分の流動点が、-25℃以下である。なお、油成分の流動点は、原油及び石油製品の流動点並びに石油製品曇り点試験方法(日本工業規格 K 2269:1987)にて測定した温度である。ここで、油成分は、グリースから離油した成分を回収することで得られる成分である。油成分の流動点が、-25℃以下のグリースは、特に制限されず、例えば、市販のウレアグリース、リチウムグリース等を用いることができる。また、上記グリースは、耐熱性低下の観点から、油成分の流動点が、-70℃以上が好ましい。
【0040】
上述のように、本実施形態の密封装置は、低温環境下において、特に機械の摺動面での密封性に優れている。そのため、本実施形態の密封装置は、自動車のハブユニットに、好適に使用できる。本実施形態の密封装置を備えるハブユニットは、低温環境下での、外部からの液体の流入の防止性に優れている。
【0041】
図1は、本実施形態の密封装置を備える、ハブユニットHの概略断面図である。ハブユニットHは、例えば自動車の車体側の懸架装置(ナックル)に取り付けられ、自動車の車輪を回転自在に支持する。ハブユニットHは、ハブ軸2と、内輪10と、外輪3と、複数の転動体である玉4と、保持器5と、車両インナ側の密封装置1、及び車両アウタ側の密封装置6とを備えている。
【0042】
ハブ軸2は、軸本体部9と、取付フランジ部8とを備えている。取付フランジ部8及び軸本体部9は、例えば機械構造用炭素鋼により一体に製造されている。機械構造用炭素鋼は、例えば、JISS45C、JISS48C、JISS50C、JISS53C、JISS55C、JISS58Cの何れかである。また、内輪部材10は、例えば高炭素クロム軸受鋼により製造されている。高炭素クロム軸受鋼は、例えば、JISSUJ2である。
【0043】
軸本体部9は、軸方向に長い軸状の部材である。取付フランジ部8は、内軸7の軸本体部9の車両アウタ側の端部から径方向外側に延びて設けられており、円環形状を有している。取付フランジ部8には、周方向に沿って複数の孔11が形成されており、この孔11に、車輪取付用のボルト12が取り付けられている。軸本体部9には、図示しない車輪及びブレーキロータが取り付けられる。
【0044】
内輪10は、環状であり、軸本体部9の車両インナ側の端部に形成された段部に、嵌合して取り付けられている。軸本体部9の車両アウタ側の外周面に内輪軌道面2aが形成され、内輪10の外周面に内輪軌道面2bが形成されている。上記段部の外周面は、内輪軌道面2aの外周面よりも直径が小さい。
【0045】
外輪3は、円筒状の部材であり、例えば機械構造用炭素鋼により製造されている。機械構造用炭素鋼は、例えば、JISS45C、JISS48C、JISS50C、JISS53C、JISS55C、JISS58Cの何れかである。外輪3は、円筒形状である外輪本体13と、この外輪本体13から径方向外側に延びて設けられている固定用の固定フランジ部14とを有している。この固定フランジ部14が車体側部材であるナックル(図示せず)に固定されることで、外輪3を含むハブユニットHは当該ナックルに固定される。
【0046】
ハブユニットHが車体側に取り付けられた状態で、ハブ軸2が有する取付フランジ部8側が車両の外側となる。換言すれば、
図1の左側(取付フランジ部8側)が車両アウタ側となり、
図1の右側が車両インナ側となる。また、
図1の左右方向がハブユニットHの軸方向となる。
【0047】
外輪3の内周面には、車両アウタ側の外輪軌道面3aと、車両インナ側の外輪軌道面3bとが形成されている。
【0048】
車両アウタ側の外輪軌道面3aと内輪軌道面2aとが径方向において対向し、車両インナ側の外輪軌道面3bと内輪軌道面2bとが径方向において対向し、車両アウタ側及び車両インナ側それぞれの軌道面間に、それぞれ複数の玉4が配置されている。複数の玉4は軸方向に二列設けられており、各列の複数の玉4は環状の保持器5によって保持されている。ハブ軸2と外輪3との間に複数の玉4が設けられていることで、外輪3は、ハブ軸2の軸本体部9の径方向外側において当該ハブ軸2と同心状に設けられた構成となる。
【0049】
車両アウタ側の保持器5は、車両アウタ側の列に含まれる複数の玉4を周方向に間隔をあけて保持する。車両インナ側の保持器5は、車両インナ側の列に含まれる複数の玉4を周方向に間隔をあけて保持する。保持器5は、例えば合成樹脂で作製することができる。
【0050】
車両インナ側の密封装置1、車両アウタ側の密封装置6は、外輪3とハブ軸2との間に形成される空間であって、保持器5に保持された複数の玉4が配設される環状空間S内に、外部から泥水等の液体や異物が侵入するのを抑制するとともに、環状空間Sの内部を潤滑する潤滑剤が外部へ漏洩するのを抑制するために、環状空間Sの軸方向両端に設けられている。第1の密封装置1と第2の密封装置6とは、それぞれが環状空間Sと外部空間とを画定する。
【0051】
車両アウタ側の密封装置6は、金属環15と、弾性部材16とを有している。密封装置6は、外輪3の外輪本体13の車両アウタ側端部の内周面に嵌合して取り付けられている。弾性部材16は、金属環15に加硫接着により固定されている。弾性部材16は、リップ先端16a、リップ先端16b、及びリップ先端16cを有している。リップ先端16aは、シール当たり面SCS1において、軸本体部9の取付フランジ部8と、上述のグリースを介して摺接している。リップ先端16bは、シール当たり面SCS2において、軸本体部9の取付フランジ部8と、上述のグリースを介して摺接している。すなわち、リップ16a、及びリップ先端16bは、軸本体部9の円環部分である、取付フランジ部8と摺接している。リップ先端16cは、シール当たり面SCS3において、軸本体部9と、上述のグリースを介して摺接している。
【0052】
車両インナ側の密封装置1は、環状のシール17と、環状のスリンガ18とで構成されている。シール17は、金属環19と、弾性部材20とを有している。弾性部材20は、金属環19に加硫接着により固定されている。シール17は、外輪3の外輪本体13の車両インナ側端部の内周面に嵌合して取り付けられている。スリンガ18は、内軸7を構成する内輪部材10の車両インナ側端部の外周面10aに締り嵌めの状態で嵌合して取り付けられている。弾性部材20は、リップ先端20a、リップ先端20b、及びリップ先端20cを有している。リップ先端20aは、シール当たり面SCS4において、スリンガ18の円環部分と、上述のグリースを介して摺接している。リップ先端20bは、シール当たり面SCS5において、外周面10aに嵌合するスリンガ18の部分と、上述のグリースを介して摺接している。リップ先端20cは、シール当たり面SCS6において、外周面10aに嵌合するスリンガ18の部分と、上述のグリースを介して摺接している。
【0053】
弾性部材16、及び弾性部材20は、本実施形態の密封装置が有する、上記架橋ニトリルゴムを含む弾性部材である。また、弾性部材16、及び弾性部材20は、上述のグリースが塗布されている。つまり、弾性部材16、及び弾性部材20のリップ先端と、上述の円環部分や軸部分等とが摺接する、シール当たり面には、グリースが存在する。そのため、上述のように、本実施形態の密封装置は、低温環境下での密封性に優れている。そのため、本実施形態の密封装置を備えるハブユニットHは、低温環境下での、外部からの液体の流入の防止性に優れている。
【実施例】
【0054】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の実施形態は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0055】
下記表1に示した架橋ニトリルゴム含む弾性部材、及び塗布用のグリースを用いて、密封装置を作製した後、その性能を評価した。
【0056】
【0057】
密封装置の作製に用いた、架橋ニトリルゴムを含む弾性部材、及びグリースの詳細は下記の通りである。
【0058】
<架橋ニトリルゴム>
下記表2に示した配合組成のニトリルゴム組成物を、ゴム混練ロールを用い30~60℃の温度で、20分間混練りすることによって調製した。調製されたニトリルゴム組成物を170℃で3分間加圧加硫することで、密封装置に用いる架橋ニトリルゴムを含む弾性部材を作製した。
【0059】
【0060】
(ニトリルゴム)
ニポールDN407(アクリロニトリル(AN)量22%):日本ゼオン社製
ニポールDN401L(アクリロニトリル(AN)量18%):日本ゼオン社製
ニポールDN2850(アクリロニトリル(AN)量28%):日本ゼオン社製
(カーボンブラック)
HAF-HSカーボン(シースト 3■):東海カーボン社製
(黒鉛)
人造黒鉛(平均粒子:6μm):SECカーボン社製
(可塑剤)
DBEEA(アジピン酸ビス[2-(2-ブトキシエトキシ)エチル]):ADEKA社製、アデカサイザー RS-107
【0061】
<グリース>
グリースA(油成分の流動点=-15.5℃):NHP10/NHP10H型トヨタ・アクア、リアハブユニットのアウターシール塗布グリース。
グリースB(油成分の流動点=-26.5℃):AL20型レクサス・RX、フロントハブユニットのアウターシール塗布グリース。
グリースC(油成分の流動点=-52.5℃):AL20型レクサス・RX、フロントハブユニットのベアリンググリース。
【0062】
(1)動的性質試験
日本工業規格 K 6394:2007に準拠する動的性質試験により、tanδを測定し、tanδPEAKの温度を求めた。
【0063】
(2)泥塩水試験
図2は、本実施例で用いた、泥塩水試験機Mの概略図である。泥塩水試験機Tは、密封装置100と、駆動軸200と、ハウジング300と、攪拌羽根400と、泥水槽500とを備えている。なお、一点鎖線ACは、駆動軸200の軸中心を示す。
【0064】
密封装置100は、泥水槽500に収容されている泥塩水Mが、ハウジング300に侵入するのを抑制するために設けられている。駆動軸200が回転すると、泥水槽500に収容されている泥塩水Mが、攪拌羽根400により攪拌される。
【0065】
密封装置100は、上述のハブユニットHで用いられる密封装置6と同じ構成を有している。密封装置100は、金属環115と、弾性部材116とを有している。弾性部材116は、金属環115に加硫接着により固定されている。密封装置100は、ハウジング300の内周面に嵌合して取り付けられている。弾性部材116は、リップ先端116a、リップ先端116b、及びリップ先端116cを有している。リップ先端116aは、シール当たり面SCS7において、内輪210のフランジ部分と摺接する。リップ先端116bは、シール当たり面SCS8において、内輪210のフランジ部分と摺接する。リップ先端116cは、シール当たり面SCS9において、駆動軸200の外周面に嵌合する内輪210の部分と摺接する。
【0066】
駆動軸200は、軸ポイントAPにおいて、軸傾きdegを調整可能に構成されている。軸傾きdegを調整することで、密封装置100の弾性部材120と、スリンガ118との摺動面に、軸振れを生じさせることができる。
【0067】
上記表1に示した架橋ニトリルゴムを含む弾性部材120、及び塗布用のグリースで作製された9種類の密封装置100により、以下の試験条件で、密封サイクル(cyc)の評価を行った。なお、密封サイクル(cyc)は、ハウジング300内に、泥塩水Mの侵入が確認された時の(サイクル数-1)の値である。
<試験条件>
試験温度:-40℃
軸傾き:0.05、0.1deg(弾性部材120に対して摺動面振れ)
泥水組成:日本工業規格 Z 8901:2006 8種 10.5wt% +
CaCl2 219.6wt%
水量:軸中心浴
サイクルパターン(1サイクル):500min-1×3min+停止27min
【0068】
表1に示すように、tanδPEAK=-28℃の架橋ニトリルゴムである、ゴムAを用いた弾性部材120を備える密封装置100は、グリースA、グリースB、及びグリースCの何れを塗布しても、軸傾き0.05degにおいて、0サイクルで漏れが発生した。
【0069】
tanδPEAK=-28℃の架橋ニトリルゴムである、ゴムBを用いた弾性部材120を備える密封装置100は、油成分の流動点=-15.5℃のグリースAを塗布した場合には、軸傾きにかかわらず0サイクルで漏れが発生した。一方、軸傾き0.05degにおいて、油成分の流動点=-26.5℃のグリースBでは、65サイクルの泥塩水密封性を有することが確認された。また、軸傾き0.05degにおいて、油成分の流動点=-52.5℃のグリースCでは、80サイクルの泥塩水密封性を有することが確認された。
【0070】
tanδPEAK=-40℃の架橋ニトリルゴムである、ゴムCを用いた弾性部材120を備える密封装置100は、油成分の流動点=-15.5℃のグリースAを塗布した場合には、軸傾き0.1degにおいて、0サイクルで漏れが発生した。一方、軸傾き0.1degにおいて、油成分の流動点=-26.5℃のグリースBでは、60サイクルの泥塩水密封性を有することが確認された。また、軸傾き0.1degにおいて、油成分の流動点=-52.5℃のグリースCでは、170サイクルの泥塩水密封性を有することが確認された。
【0071】
表1から、tanδPEAKが、-35℃以下である架橋ニトリルゴムを含む弾性部材と、油成分の流動点が-25℃以下である塗布用のグリースと、を含む密封装置を備えるハブユニットは、低温環境下での、外部からの液体の流入の防止性に優れていることが明らかとなった。このことから、tanδPEAKが、-35℃以下である架橋ニトリルゴムを含む弾性部材と、油成分の流動点が-25℃以下である塗布用のグリースと、を含む密封装置は、密封性に優れていることが、示唆された。
【符号の説明】
【0072】
1 : 密封装置
2 : ハブ軸
2a: 内輪軌道面
2b: 内輪軌道面
3 : 外輪
3a: 外輪軌道面
3b: 外輪軌道面
4 : 玉(転動体)
5 : 保持器
6 : 密封装置
7 : 内軸
8 : 取付フランジ部
9 : 軸本体部
10 : 内輪
10a: 外周面
11 : 孔
12 : ボルト
13 : 外輪本体
14 : 固定フランジ部
15 : 金属環
16 : 弾性部材
16a: リップ先端
16b: リップ先端
16c: リップ先端
17 : シール
18 : スリンガ
19 : 金属環
20 : 弾性部材
20a: リップ先端
20b: リップ先端
20c: リップ先端
100: 密封装置
115: 金属環
116: 弾性部材
116a:リップ先端
116b:リップ先端
116c:リップ先端
200: 駆動軸
210: 内輪
300: ハウジング
400: 攪拌羽根
500: 泥水槽
AC : 軸中心
AP : 軸ポイント
deg: 軸傾き
H : ハブユニット
M : 泥塩水
S : 環状空間
SCS1:シール当たり面
SCS2:シール当たり面
SCS3:シール当たり面
SCS4:シール当たり面
SCS5:シール当たり面
SCS6:シール当たり面
SCS7:シール当たり面
SCS8:シール当たり面
SCS9:シール当たり面
T : 泥塩水試験機