(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-28
(45)【発行日】2025-02-05
(54)【発明の名称】酸性亜鉛めっき浴および亜鉛めっき部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 3/22 20060101AFI20250129BHJP
C25D 5/26 20060101ALI20250129BHJP
C25D 5/48 20060101ALI20250129BHJP
C25D 7/00 20060101ALI20250129BHJP
【FI】
C25D3/22
C25D5/26 C
C25D5/48
C25D7/00 A
(21)【出願番号】P 2024069606
(22)【出願日】2024-04-23
【審査請求日】2024-04-23
(31)【優先権主張番号】P 2023137257
(32)【優先日】2023-08-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000115072
【氏名又は名称】ユケン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100135183
【氏名又は名称】大窪 克之
(74)【代理人】
【識別番号】100116241
【氏名又は名称】金子 一郎
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 寿裕
(72)【発明者】
【氏名】青木 泰紀
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】特公昭47-19842(JP,B1)
【文献】特開平8-283982(JP,A)
【文献】特開平8-74089(JP,A)
【文献】特開昭49-72138(JP,A)
【文献】特開平1-176090(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D1/00-7/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
浴可溶性亜鉛含有物質と、浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質と、を含む酸性亜鉛めっき浴であって、
前記浴可溶性亜鉛含有物質を与える亜鉛源は塩化亜鉛であり、
前記浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質を与えるヒドロキシカルボン酸は、グルコン酸およびクエン酸からなる群から選ばれる1種以上であり、
前記酸性亜鉛めっき浴を用いて形成した亜鉛めっき皮膜についてデプスプロファイルを求めたときに、酸素濃度が5原子%以上である表面側の領域として定義される酸化層の厚さが7nm以下であること(前記浴可溶性ヒドロキシカルボン酸
物質の含有量が10g/L以上である場合を除く。)
を特徴とする酸性亜鉛めっき浴。
【請求項2】
前記浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質のヒドロキシカルボン酸換算含有量が4mmol/L以上である、請求項1に記載の酸性亜鉛めっき浴。
【請求項3】
前記浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質のヒドロキシカルボン酸換算含有量が18.3mmol/L以下である、請求項1に記載の酸性亜鉛めっき浴。
【請求項4】
ホウ酸フリーの塩化浴である、請求項1に記載の酸性亜鉛めっき浴。
【請求項5】
一次光沢剤および二次光沢剤の少なくとも一種を含有する、請求項1に記載の酸性亜鉛めっき浴。
【請求項6】
前記浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質を与えるヒドロキシカルボン酸は、グルコン酸である、請求項1に記載の酸性亜鉛めっき浴。
【請求項7】
鉄系材料からなる部分を有する被めっき部材と、当該被めっき部材に設けられた亜鉛めっき皮膜とを備える亜鉛めっき部材の製造方法であって、
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の酸性亜鉛めっき浴を用いて亜鉛めっき皮膜を前記被めっき部材上に形成し、
前記亜鉛めっき皮膜を前記被めっき部材に対して、酸系の活性化処理を行わずに化成処理を行うこと
を特徴とする亜鉛めっき部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸性亜鉛めっき浴に添加されてその浴から形成された亜鉛めっき皮膜を改質する膜質改良剤を含有する酸性亜鉛めっき浴、その酸性亜鉛めっき浴で亜鉛めっきを行うための装置である亜鉛めっき装置、および膜質が改良された亜鉛めっき皮膜を備える部材(亜鉛めっき部材)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛めっき皮膜は、自動車用の鋼板やボルトやナットなどの鋼材からなる機械部品をはじめとして、我々の身の回りの部材に対して、耐食性、耐熱性などの機能性を向上させることを目的として広汎に用いられている。
【0003】
亜鉛めっき皮膜は、亜鉛めっき皮膜を形成するためのめっき浴(本明細書において「亜鉛めっき浴」ともいう。)に被めっき部材を浸漬した状態で電解を行う電気めっきにて形成される。この亜鉛めっき浴は、アルカリ浴(例えば特許文献1など)と酸性浴(例えば特許文献2など)とに大別され、アルカリ浴にはシアン化物浴やジンケート型亜鉛めっき浴、酸性浴には塩化亜鉛浴や硫酸亜鉛浴がある。求める亜鉛めっき皮膜の硬度や光沢性、被めっき部材の形状や大きさ、作業環境などの様々な条件を勘案して、これらの亜鉛めっき浴から適切な浴が選択されている。
【0004】
亜鉛めっき皮膜が施された部材(亜鉛めっき部材)は、そのままで使用される場合はむしろまれであって、例えば特許文献3に開示されるような化成皮膜を形成する化成処理が行われる場合が多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平1-298192号公報
【文献】特許第4307810号公報
【文献】特許第7133889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献3の実施例にも開示されるように、亜鉛めっき部材に化成処理液を用いて化成処理を行う場合には、前処理として、塩酸や硝酸などの無機酸との接触を含む活性化処理(酸系の活性化処理)が行われる場合がある。この酸系の活性化処理を省略すると、化成処理の反応が不十分になり化成処理が行われた部材の耐食性が低下することが懸念される。
【0007】
亜鉛めっき部材の生産性を高める観点から、工程数を減らすことは有効であるが、上記のとおり、酸系の活性化処理はこれまで事実上必須であったため、酸系の活性化処理のための酸の工程管理(濃度、温度、接触時間)が生産性向上の阻害要因となっていた。
【0008】
本発明は、かかる現状を鑑み、酸性亜鉛めっき後の化成処理に先立って通常行われる酸系の活性化処理の必要性を低下させ、好ましい一形態では酸系の活性化処理を省略することが可能な技術を提供することを目的とする。具体的には、酸性亜鉛めっき浴に添加されてその浴から形成された亜鉛めっき皮膜を改質する(化成処理の前処理としての酸系の活性化処理の必要性を低下させる)膜質改良剤を含有する酸性亜鉛めっき浴、その酸性亜鉛めっき浴で亜鉛めっきを行うための装置である亜鉛めっき装置、および改質された亜鉛めっき皮膜を備える部材(亜鉛めっき部材)の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために提供される本発明は次の態様を含む。
(1)浴可溶性亜鉛含有物質と、浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質からなるキレート剤と、を含む酸性亜鉛めっき浴であって、前記浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質を与えるヒドロキシカルボン酸は、グルコン酸およびクエン酸からなる群から選ばれる1種以上であり、前記酸性亜鉛めっき浴を用いて形成した亜鉛めっき皮膜についてデプスプロファイルを求めたときに、酸素濃度が5原子%以上である表面側の領域として定義される酸化層の厚さが7nm以下であることを特徴とする酸性亜鉛めっき浴。
(2)前記浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質のヒドロキシカルボン酸換算含有量が4mmol/L以上である、上記(1)に記載の酸性亜鉛めっき浴。
(3)ホウ酸フリーの塩化浴である、上記(1)に記載の酸性亜鉛めっき浴。
(4)一次光沢剤および二次光沢剤の少なくとも一種を含有する、上記(1)に記載の酸性亜鉛めっき浴。
(5)上記(1)から上記(4)のいずれかに記載の酸性亜鉛めっき浴によって鉄系材料からなる部分を有する被めっき部材に亜鉛めっき皮膜を形成するための亜鉛めっき装置であって、鉄イオンを除去するための除去部材と前記酸性亜鉛めっき浴とを接触させる除去部を有する、亜鉛めっき装置。
(6)鉄系材料からなる部分を有する被めっき部材と、当該被めっき部材に設けられた亜鉛めっき皮膜とを備える亜鉛めっき部材の製造方法であって、上記(1)から上記(4)のいずれかに記載の酸性亜鉛めっき浴を用いて亜鉛めっき皮膜を前記被めっき部材上に形成し、前記亜鉛めっき皮膜を前記被めっき部材に対して、酸系の活性化処理を行わずに化成処理を行うことを特徴とする亜鉛めっき部材の製造方法。
(7)上記(5)に記載される亜鉛めっき装置を用いて前記被めっき部材に亜鉛めっき皮膜を形成する、上記(6)に記載の亜鉛めっき部材の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る膜質改良剤は、酸性亜鉛めっき後に行われる化成処理における酸系の活性化処理の必要性を低下させることができる。それゆえ、かかる膜質改良剤を含有する酸性亜鉛めっき浴を用いて得られた亜鉛めっき部材は、化成処理前の酸系の活性化処理の処理条件を従来よりも緩和でき、好ましい一例では酸系の活性化処理を行わなくてもよい。そのような場合でも、化成処理後の部材は適切な耐食性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例に係る亜鉛めっき部材の表面をXPSで分析した結果を示す図である。
【
図2A】実施例57において製造した亜鉛めっき部材の外観を示す図である。
【
図2B】実施例58において製造した亜鉛めっき部材の外観を示す図である。
【
図2C】実施例65において製造した亜鉛めっき部材の外観を示す図である。
【
図3A】実施例57において製造した亜鉛めっき部材のデプスプロファイルを示す図である。
【
図3B】実施例58において製造した亜鉛めっき部材のデプスプロファイルを示す図である。
【
図3C】実施例65において製造した亜鉛めっき部材のデプスプロファイルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳しく説明する。
【0013】
1.酸性亜鉛めっき浴用膜質改良剤
本発明の一実施形態に係る酸性亜鉛めっき浴用膜質改良剤(本改質剤)は、有効成分として浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質および浴可溶性EDTA物質からなる群から選ばれる1種以上からなるキレート剤(本明細書において「キレート剤(A)」ともいう。)、またはキレート剤(A)を酸性亜鉛めっき浴中で生成可能な物質であるキレート源を含有する。本改質剤は、キレート剤(A)を含有する液状体であってもよいし、キレート源が固体の場合には、本改質剤は、キレート源を含有する固体または液状分散体であってもよい。
【0014】
本明細書において、「浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質」とは、水酸基を有するカルボン酸であるヒドロキシカルボン酸およびこれに基づく物質を含有し、酸性亜鉛めっき浴に可溶な物質からなる群から選ばれる一種または二種以上からなり、具体例として、ヒドロキシカルボン酸(会合体や水和物を含む)、ヒドロキシカルボン酸イオンが挙げられる。浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質の原料となる物質(ヒドロキシカルボン酸源)として、ヒドロキシカルボン酸(会合体を含む)、ヒドロキシカルボン酸塩、ヒドロキシカルボン酸エステルなどのヒドロキシカルボン酸の誘導体が例示される。ヒドロキシカルボン酸が光学異性体を有する場合には、D体、L体、DL体のいずれであってもよい。
【0015】
本改質剤が含有する可溶性ヒドロキシカルボン酸物質を与えるヒドロキシカルボン酸は、グルコン酸およびクエン酸からなる群から選ばれる1種以上である。以下、グルコン酸に基づく可溶性ヒドロキシカルボン酸物質を「キレート剤(A-1)」、クエン酸に基づく可溶性ヒドロキシカルボン酸物質を「キレート剤(A-2)」という場合がある。
【0016】
本明細書において、「浴可溶性EDTA物質」とは、エチレンジアミン四酢酸およびこれに基づく物質を含有し、酸性亜鉛めっき浴に可溶な物質からなる群から選ばれる一種または二種以上からなり、具体例として、エチレンジアミン四酢酸(会合体を含む)またはエチレンジアミン四酢酸イオンが挙げられる。浴可溶性EDTA物質の原料となる物質(EDTA源)として、エチレンジアミン四酢酸(会合体を含む)、エチレンジアミン四酢酸塩、エチレンジアミン四酢酸の誘導体などが例示される。以下、浴可溶性EDTA物質を「キレート剤(A-3)」という場合がある。
【0017】
キレート剤(A)を含有する酸性亜鉛めっき浴から得られた亜鉛めっき皮膜は、その表面に亜鉛の水酸化物が生成しにくい。このため、亜鉛めっき皮膜に化成処理を施す際に、亜鉛めっき皮膜に酸系の活性化処理を行う必要性が低下し、好ましい一例では、実質的に酸系の活性化処理が不要になる。それゆえ、亜鉛めっき皮膜および化成皮膜を備える亜鉛めっき部材において、酸系の活性化処理が適切に行われなかったことに起因する外観不良や耐食性の低下が生じにくい。キレート剤(A)を含有する酸性亜鉛めっき浴から得られた亜鉛めっき皮膜の表面に亜鉛の水酸化物が形成されにくい理由は不明であるが、後述するように、めっき皮膜の表面近傍の亜鉛は、酸系の活性化処理が行われた場合と同程度に酸化が抑制されている(金属的である)ため、キレート剤(A)が錯化した亜鉛イオンがめっきとして(還元して)析出した後も、キレート剤(A)は亜鉛近傍に位置し、亜鉛の酸化防止剤として機能している可能性がある。
【0018】
本改質剤は、キレート剤(A)以外の成分を含有していてもよい。そのような成分として、一次光沢剤、二次光沢剤、酸化防止剤、消泡剤、金属封鎖剤などが例示される。
【0019】
2.酸性亜鉛めっき浴
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は酸性であるため、アルカリ性の亜鉛めっき浴に比べて電流効率が高く、生産性に優れる。本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は、浴可溶性亜鉛含有物質と本改質剤の有効成分としてのキレート剤(A)とを含有する。このため、本実施形態に係る亜鉛めっき浴から形成された亜鉛めっき皮膜には、酸系の活性化処理の必要性を下げて、好ましい一例では、酸系の活性化処理を行うことなく、化成処理を行うことが可能であり、そのようにして得られた化成皮膜を備える亜鉛めっき部材の外観は良好となりやすく、優れた耐食性を有しやすい。
【0020】
(1)金属成分
本実施形態に係る亜鉛めっき浴は、浴可溶性亜鉛含有物質を含有する。本明細書において浴可溶性亜鉛含有物質とは、亜鉛めっき皮膜として析出する亜鉛の供給源であって、亜鉛の陽イオンおよびこれを含有する浴可溶性物質からなる群から選ばれる1種または2種以上の成分をいう。本実施形態に係る亜鉛めっき浴は酸性であるから、浴可溶性亜鉛含有物質の一例は亜鉛イオン(Zn2+)である。浴可溶性亜鉛含有物質をめっき浴に供給する原料物質(本発明において、「亜鉛源」ともいう。)として、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、酸化亜鉛などが例示され、塩化亜鉛(塩化浴)が特に好ましい場合がある。
【0021】
本実施形態に係る亜鉛めっき浴における浴可溶性亜鉛含有物質の亜鉛換算含有量(可溶性亜鉛含有物質の亜鉛換算の浴中含有量)は限定されない。この含有量が過度に少ない場合には亜鉛めっき皮膜が析出しにくくなることもあるため、上記の亜鉛換算含有量は5g/L以上であることが好ましく、10g/L以上であることがより好ましく、15g/L以上であることが特に好ましい。可溶性亜鉛含有物質の亜鉛換算含有量が過度に多い場合には外観不良やつきまわり性の低下が生じやすくなることもあるため、上記の亜鉛換算含有量は200g/L以下であることが好ましく、150g/L以下であることがより好ましく、120g/L以下であることが特に好ましい。
【0022】
(2)添加剤成分
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は、本改質剤の有効成分である前述のキレート剤(A)を含有する。他の添加剤成分を含有してもよい。
【0023】
(2-1)キレート剤(A)
(2-1-1)キレート剤(A-1)
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴がキレート剤(A-1)を含有する場合には、亜鉛めっき浴におけるキレート剤(A-1)のグルコン酸換算含有量の限定されない一例として、0.5mmol/L以上50mmol/L以下が挙げられる。キレート剤(A-1)のグルコン酸換算含有量が0.5mmol/L以上であることにより、キレート剤(A-1)を含有させた効果が得られやすくなる。キレート剤(A-1)を含有させた効果を安定的に得る観点から、キレート剤(A-1)のグルコン酸換算含有量は、1mmol/L以上であることが好ましい場合があり、2mmol/L以上であることがより好ましい場合があり、4mmol/L以上であることが特に好ましい場合があり、4.6mmol/L以上であることが極めて好ましい場合がある。一方、キレート剤(A-1)のグルコン酸換算含有量が50mmol/L以下であればめっき浴への当該物質の溶解は十分に可能であり、排水処理に対する負荷が過大となる可能性が特に高まることもない。亜鉛めっき浴の組成を設定するにあたり、他の成分の含有量の調整範囲に与える影響を少なくする観点から、キレート剤(A-1)のグルコン酸換算含有量は、30mmol/L以下であることが好ましい場合があり、20mmol/L以下であることがより好ましい場合がある。
【0024】
(2-1-2)キレート剤(A-2)
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴がキレート剤(A-2)を含有する場合には、亜鉛めっき浴におけるキレート剤(A-2)のクエン酸換算含有量の限定されない一例として、2mmol/L以上200mmol/L以下が挙げられる。キレート剤(A-2)のクエン酸換算含有量が2mmol/L以上であることにより、キレート剤(A-2)を含有させた効果が得られやすくなる。キレート剤(A-2)を含有させた効果を安定的に得る観点から、キレート剤(A-2)のクエン酸換算含有量は、4mmol/L以上であることが好ましい場合があり、8mmol/L以上であることがより好ましい場合があり、16mmol/L以上であることが特に好ましい場合がある。一方、キレート剤(A-2)のクエン酸換算含有量が200mmol/L以下であればめっき浴への当該物質の溶解は十分に可能であり、排水処理に対する負荷が過大となる可能性が特に高まることもない。亜鉛めっき浴の組成を設定するにあたり、他の成分の含有量の調整範囲に与える影響を少なくする観点から、キレート剤(A-2)のクエン酸換算含有量は、150mmol/L以下であることが好ましい場合があり、100mmol/L以下であることがより好ましい場合がある。
【0025】
(2-1-3)キレート剤(A-3)
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴がキレート剤(A-3)を含有する場合には、亜鉛めっき浴におけるキレート剤(A-3)のEDTA換算含有量の限定されない一例として、2mmol/L以上200mmol/L以下が挙げられる。キレート剤(A-3)のEDTA換算含有量が2mmol/L以上であることにより、キレート剤(A-3)を含有させた効果が得られやすくなる。キレート剤(A-3)を含有させた効果を安定的に得る観点から、キレート剤(A-3)のEDTA換算含有量は、4mmol/L以上であることが好ましい場合があり、8mmol/L以上であることがより好ましい場合があり、16mmol/L以上であることが特に好ましい場合がある。一方、キレート剤(A-3)のEDTA換算含有量が200mmol/L以下であればめっき浴への当該物質の溶解は十分に可能であり、排水処理に対する負荷が過大となる可能性が特に高まることもない。亜鉛めっき浴の組成を設定するにあたり、他の成分の含有量の調整範囲に与える影響を少なくする観点から、キレート剤(A-3)のEDTA換算含有量は、150mmol/L以下であることが好ましい場合があり、100mmol/L以下であることがより好ましい場合がある。
【0026】
(2-2)その他の添加剤成分
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は、上記のキレート剤(A)以外の物質を添加剤成分として含有してもよい。そのような添加剤成分または亜鉛めっき浴中で添加剤成分を与える材料として、次のようなものが例示される。
【0027】
(2-2-1)一次光沢剤
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は、添加剤成分の一種として一次光沢剤を含有してもよい。かかる一次光沢剤の例として、各種亜鉛めっき浴に使用されるアニオン系界面活性剤、ノニオン系界面活性剤および水溶性カチオン高分子化合物などの水溶性の有機化合物などを挙げることができる。
【0028】
一次光沢剤は、スルホン酸基のようなアニオン系界面活性剤に含有される構造およびポリエーテルのようなノニオン系界面活性剤に含有される構造の双方を有していてもよい。そのような化合物として、芳香族または脂肪族のポリエーテル硫酸エステルのアルカリ金属塩が挙げられる。
【0029】
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴が一次光沢剤を含有する場合において、一次光沢剤は窒素を含有しない界面活性剤であることが好ましい場合もある。そのような界面活性剤の具体例として、上記の芳香族または脂肪族のポリエーテル硫酸エステルアルカリ金属塩、アセチレン系ジアルコールのポリエーテル化合物が挙げられる。
【0030】
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴が一次光沢剤を含有する場合において、一次光沢剤の亜鉛めっき浴中含有量は限定されない。一次光沢剤の種類、亜鉛めっき浴に含有される一次光沢剤以外の成分の種類や含有量、亜鉛めっき浴から形成される亜鉛めっき皮膜の組成などに応じて適宜設定される。一例を挙げれば、一次光沢剤の含有量は0.1g/L以上100g/L以下とすることが好ましく、0.5g/L以上20g/L以下とすることがより好ましい。
【0031】
(2-2-2)二次光沢剤
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は、添加剤成分の一種として二次光沢剤を含有してもよい。特に、光沢性の向上などの観点からは、二次光沢剤として、カルボニル基を有する芳香族化合物を含有してもよい。そのような化合物として、アニスアルデヒド、ベラトルアルデヒド、o-クロロベンズアルデヒド(OCAD)、サリチルアルデヒド、バニリン、ピペロナールおよびp-ヒドロキシベンズアルデヒド等の芳香族アルデヒド;ベンジリデンアセトン等の芳香環を有するアセトンなどが例示される。
【0032】
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴が二次光沢剤を含有する場合において、二次光沢剤の亜鉛めっき浴中含有量は限定されない。二次光沢剤の種類、亜鉛めっき浴に含有される二次光沢剤以外の成分の種類や含有量、亜鉛めっき浴から形成される亜鉛めっき皮膜の組成などに応じて適宜設定される。一例を挙げれば、二次光沢剤の含有量は0.001g/L以上10g/L以下とすることが好ましく、0.005g/L以上1g/L以下とすることがより好ましい。
【0033】
(2-2-3)その他
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は、上記の成分以外の添加剤成分を含有してもよい。そのような添加剤成分として、酸化防止剤、消泡剤、金属封鎖剤などが例示される。
【0034】
酸化防止剤として、フェノール、カテコール、レゾルシン、ヒドロキノン、ピロガロール等のヒドロキシフェニル化合物や、L-アスコルビン酸、ソルビトール等が例示される。
【0035】
消泡剤として、シリコーン系消泡剤や、界面活性剤、ポリエーテル、高級アルコール等の有機系消泡剤が例示される。
【0036】
金属封鎖剤として、珪酸塩(具体例としてケイ酸ナトリウムが挙げられる。)、シリカ(具体例としてコロイダルシリカが挙げられる。)などが例示される。金属封鎖剤の亜鉛めっき浴中含有量は限定されない。金属封鎖剤の種類や、溶媒の組成などを勘案して適宜設定すればよい。一例を挙げれば、金属封鎖剤の含有量は0.1g/L以上100g/L以下とすることが好ましく、0.5g/L以上20g/L以下とすることがより好ましい。
【0037】
(3)無機電解質、緩衝剤
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は、無機電解質を含有してもよい。無機電解質として、塩化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、アルミニウムイオンなどが例示され、これらは陽イオンと陰イオンとからなる塩として亜鉛めっき浴に配合されていてもよい。そのような塩として、塩化カリウムなどのカリウム塩が、溶解のしやすさの観点から好ましい場合がある。本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴に含有される無機電解質の含有量の総和は限定されない。無機電解質の種類、亜鉛めっき浴に含有される無機電解質以外の成分の種類や含有量、めっき条件などに応じて適宜設定される。一例を挙げれば、亜鉛めっき浴に含有される無機電解質の含有量の総和は、10g/L以上1000g/L以下とすることが好ましく、50g/L以上500g/L以下とすることがより好ましい。酸性亜鉛めっき浴が塩化物イオンを含む場合には、浴の安定性を確保する観点から、塩化物イオンの浴中濃度が、100g/L以上400g/L以下であることが好ましい場合があり、120g/L以上280g/L以下であることがより好ましい場合がある。
【0038】
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は、緩衝作用を有する物質を緩衝剤として含有してもよい。緩衝剤を含有することにより、被めっき部材の表面近傍のpHが過度に高くなることが抑制される。その結果、被めっき部材への亜鉛などの金属の析出形態が安定化して、異常析出が生じにくくなる。
【0039】
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴が緩衝剤を含有する場合において、緩衝剤の種類は限定されない。緩衝剤の具体例として、アンモニアおよびアンモニウムイオンの少なくとも一方を含有する物質であるアンモニア含有物質、ホウ酸およびホウ酸イオンの少なくとも一方を含有する物質であるホウ酸含有物質、酢酸および酢酸イオンの少なくとも一方を含有する物質である酢酸含有物質などが挙げられる。アンモニア含有物質は、塩化アンモニウムなど上記の無機電解質から構成されていてもよい。
【0040】
環境負荷を低減させる観点から、本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴におけるホウ酸含有物質の含有量は、ホウ酸換算で、5g/L以下であることが好ましく、1g/L以下であることがより好ましく、0.1g/L以下であることがさらに好ましく、本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は、ホウ酸含有物質を実質的に含有しないこと(ホウ酸フリー)が特に好ましい。本明細書において、ホウ酸フリーとは、めっき浴中で緩衝剤として機能する程度にはホウ酸およびホウ酸イオンを含有していないことを意味する。
【0041】
(4)溶媒、液性
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴の溶媒は水を主成分とする。水以外の溶媒としてアルコール、エーテル、ケトンなど水への溶解度が高い有機溶媒を混在させてもよい。この場合には、めっき浴全体の安定性および廃液処理への負荷の緩和の観点から、その比率は全溶媒に対して10体積%以下とすることが好ましい。
【0042】
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴は酸性であり、そのpHは、4以上6.5以下であることが好ましく、5.0以上6.0以下であることがより好ましい。めっき浴のpHを調整するために用いられる材料の種類は特に限定されない。塩酸、硫酸、硝酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物など公知の材料を用いればよい。
【0043】
(5)調製方法
本実施形態に係る亜鉛めっき浴の調製方法は特に限定されない。亜鉛めっき浴は、亜鉛源およびキレート剤(A)もしくは亜鉛めっき浴においてキレート剤(A)を生成できる物質であるキレート源を、水を主体とする溶媒に溶解させることによって調製しうる。必要に応じ金属源、任意添加成分として前述のその他の添加剤成分、緩衝剤、無機電解質などを溶媒に溶解させてもよい。
【0044】
3.亜鉛めっき皮膜
被めっき部材(その一具体例は鋼材など鉄系材料からなる部分を有する。)に対して、本実施形態に係る酸性亜鉛めっき浴を用いて形成した亜鉛めっき皮膜は、表面近傍に形成される酸化層の厚さが薄いため、亜鉛めっき皮膜に化成処理を施したときに処理むらが生じにくい。それゆえ、本実施形態に係る酸性亜鉛めっき浴を用いて形成した亜鉛めっき皮膜は、一般的には化成処理の前に行われる酸活性処理を省略することが可能である。
【0045】
本明細書では、酸性亜鉛めっき浴を用いて被めっき部材に亜鉛めっき皮膜を形成するめっき工程を実施し、その後、水洗工程(イオン交換水にて30秒間流水洗浄)および乾燥工程(80℃で10分間保持)を行って得られた部材についてXPS(X線光電子分光装置)を用いて深さ分析を行い、得られたデプスプロファイルから「酸化層」の厚さを定義する。深さ分析の具体例として、アルゴンガスエッチングを行いながら、1nmステップで元素分析を行うことが挙げられる。本明細書において、酸化層は、デプスプロファイルにおいて、酸素濃度が5原子%以上である表面側の領域を意味する。それゆえ、本明細書において、亜鉛めっき皮膜の酸化層の厚さは、表面から酸素濃度が5原子%に至る部分までの厚さとなる。
【0046】
本実施形態に係る酸性亜鉛めっき浴を用いて得られた亜鉛めっき皮膜の酸化層の厚さは、7nm以下である。酸化層の厚さが7nm以下である場合には、酸系の活性化処理を必要としない。後述する実施例において具体的に示すように、酸系の活性化処理は亜鉛めっき皮膜の酸化層の少なくとも一部を除去するプロセスであり、酸系の活性化処理が適切に行われた亜鉛めっき皮膜の酸化層の厚さは7nm以下となる。酸系の活性化処理を必要としないことをより安定的に満たす観点から、本実施形態に係る酸性亜鉛めっき浴を用いて得られためっき上がり部材の亜鉛めっき皮膜の酸化層の厚さは、6nm以下であることが好ましく、5nm以下であることがより好ましく、4nm以下であることが特に好ましい。
【0047】
4.亜鉛めっき装置
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき装置は、鋼材など鉄系材料からなる部分を有する被めっき部材に対して、酸性亜鉛めっき浴により亜鉛めっき皮膜を形成するための装置であって、鉄イオンを除去するための除去部材と酸性亜鉛めっき浴とを接触させる除去部を有する。除去部は、例えば、イオン交換樹脂やキレート樹脂とめっき液との接触を行う部分であって、浴中めっき液の撹拌用のめっき液循環ラインの一部に配置することができる。
【0048】
被めっき部材が鉄系材料からなる場合には、酸性亜鉛めっきを行うと、被めっき部材の部分的な溶解に起因して亜鉛めっき浴中に鉄イオンが拡散する。この鉄イオンは亜鉛めっきの生成速度や品質に影響を与える場合があるため、除去されることが好ましい。鉄イオンの最も簡便な除去方法は、鉄の酸化物や水酸化物など、亜鉛めっき浴に対する溶解度が低い物質を生成させて沈殿させることである。しかしながら、本実施形態に係る亜鉛めっき浴は、キレート剤(A)を含むため、キレート剤(A)と鉄イオンとが錯体を形成し、亜鉛めっき浴中に残留しやすい。そこで、上記のような除去部を設けて、亜鉛めっき浴中に溶解した状態で存在する鉄イオンを積極的に回収することにより、亜鉛めっき浴に残留する鉄イオンが亜鉛めっきに与える影響を抑制することができる。
【0049】
本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき装置の除去部以外の基本構成は、一般的な亜鉛めっき装置と共通する。例えば、板状または棒状のアノードに対向するようにカソードとしての被めっき部材を亜鉛めっき浴中に配置し、亜鉛めっき浴内で液攪拌を適宜行いながら電解して被めっき部材に亜鉛めっき皮膜を形成してもよい。この場合には、液撹拌は液循環ポンプを用いてもよいし、エアレーションを用いてもよいし、被めっき部材などをめっき浴中で移動させることによって撹拌してもよい。
【0050】
他の亜鉛めっき装置の具体例として、ボルトなどの被めっき部材がその内部に入っているバレルを亜鉛めっき浴中に浸漬させ、バレルを回転させながら電解を行うことで被めっき部材に亜鉛めっき皮膜を形成するバレルめっき設備が挙げられる。バレルめっき設備を用いる被めっき部材の具体例として、ボルト、ナット、ねじなどが挙げられる。
【0051】
5.亜鉛めっき部材の製造方法
亜鉛めっき部材は、本実施形態に係る亜鉛めっき浴を被めっき部材に接触させ、被めっき部材をカソード(陰極)として電解を行うことによって得ることができる。亜鉛めっき浴と被めっき部材との接触方法は限定されない。接触方法の具体例として、亜鉛めっき浴内に被めっき部材を浸漬させることや、亜鉛めっき浴を構成するめっき液を被めっき部材に噴射することが挙げられる。
【0052】
被めっき部材の材質は導電性を有する限り特に限定されない。鉄系材料など金属系材料を典型例とする導電性材料、および樹脂系材料やセラミックス系材料などからなる導電性を有さない材料の表面に無電解めっきなどにより導電性材料からなる層が形成されたものが例示される。被めっき部材の形状も特に限定されない。板材や棒材、線材などの一次加工品;ねじ、ボルト、金型等の切削・研削加工品(さらに研磨加工が施されていてもよい。)、車体フレーム、機器の筐体等のプレス加工品、ブレーキキャリパー、エンジンブロック等の鋳物などの二次加工品が挙げられる。なお、被めっき部材が鉄系材料からなる鋳物である場合には、鋳造性を高めるために含有させた成分などの影響により、アルカリ性亜鉛めっき浴からは亜鉛めっき皮膜を形成することができないこともある。
【0053】
アノード(陽極)を構成する材料は特に限定されない。亜鉛を含有する金属系材料を可溶性陽極として用いてもよいし、不溶性陽極を用いて浴可溶性亜鉛含有物質を酸性亜鉛系めっき浴に補給してもよい。
【0054】
電解における電流密度は特に限定されない。電流密度が過度に低い場合には得られる亜鉛めっき皮膜の析出速度が低く生産性に劣る場合があり、電流密度が過度に高い場合には得られる亜鉛めっき皮膜の外観が劣化したり、均一電着性、つきまわり性などが低下したりすることが懸念される場合があることを考慮して、適宜設定すればよい。生産性を高めることとめっき皮膜の品質を高めることとを両立する観点から、0.1A/dm2以上15A/dm2以下とすることが好ましく、0.5A/dm2以上13A/dm2以下とすることがより好ましい。
【0055】
電解におけるめっき浴の温度(めっき浴温度)は15℃程度から50℃程度の範囲で行えばよく、室温程度(25℃程度)で行ってもよい。
【0056】
電解時間(めっき時間)は、亜鉛めっき浴の組成、上記の電流密度、めっき浴温度などによって決定される、めっき皮膜の析出速度および求めるめっき皮膜の厚さから適宜設定される。
【0057】
めっき処理により得た部材(めっき処理後部材)は、水洗して表面に付着するめっき液を除去する。従来技術に係る亜鉛めっき浴を用いた場合には、電解後のめっき液との接触や水洗工程などにより、めっき処理後部材のめっき皮膜の表面近傍に位置する亜鉛の一部が酸化して、水酸化物などを形成する。この水酸化物は次に行われる化成処理において化成反応の阻害因子となるため、通常は、この段階で酸系の活性化処理が行われる。酸系の活性化処理では、めっき処理後部材のめっき皮膜を、例えば0.5%の濃度の、塩酸、硫酸、硝酸などの無機酸の水溶液(酸水溶液)に、例えば1分間以内の時間接触させる。接触方法は任意であり、めっき処理後部材の酸水溶液への浸漬、めっき処理後部材への酸水溶液のスプレーなどが例示される。
【0058】
これに対し、本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴を用いて形成されためっき皮膜は、水洗工程が行われても、めっき皮膜の表面に位置する亜鉛が酸化しにくい。それゆえ、上記の酸系の活性化処理を必須としない。具体的には、水洗後、酸系の活性化処理なしに化成処理を行ってもよいし、水洗後、通常よりも弱い条件で活性化処理を行った後、化成処理を行ってもよい。「弱い条件」の具体例として、酸水溶液における無機酸の濃度が低いこと、めっき皮膜と接触させる酸水溶液の温度が低いこと、酸水溶液との接触時間が短いこと、などが挙げられる。弱い条件の具体例として、酸水溶液における硝酸濃度が0.01%であって、酸水溶液の温度が10℃であって、酸水溶液との接触時間が20秒間である処理条件が挙げられる。
【0059】
このように酸系の活性化処理を必須としないことにより、被めっき部材が酸水溶液に冒されることに基づく不具合発生の可能性が低減され、特に、酸系の活性化処理を行わない場合には、上記の不具合発生の可能性を排除することができる。例えば、被めっき部材がボルト形状を有し、生産性を向上する観点からめっき皮膜の厚さを少なくする条件でめっき処理が行われた場合には、ネジの溝部分では局所的に電流密度が低くなり、めっき処理部材において、めっき皮膜が薄くなったり、実質的にめっき皮膜が形成されなかったりすることがあり得る。この状態でめっき処理後部材に酸系の活性化処理が行われると、被めっき部材が酸水溶液と接触して腐食することが懸念される。このような場合であっても、本発明の一実施形態に係る亜鉛めっき浴を用いてめっき皮膜を形成すれば、被めっき部材が酸水溶液と接触する可能性を低減させることができ、好ましい一例では被めっき部材が酸水溶液と接触しないことが実現される。
【0060】
なお、化成処理における化成処理液の組成は特に限定されず、亜鉛を含むめっき皮膜と化成処理液が接触することにより亜鉛の溶解反応が生じ、この反応に基づく水素生成によってめっき皮膜近傍の化成処理液のpHが上昇して、化成処理液に含まれる元素を含む物質の堆積が生じればよい。
【0061】
化成処理により得られた亜鉛めっき部材には、塗装などのさらなる表面処理が施されてもよい。この表面処理の具体例として、ポリビニルアルコールのような有機系材料および/またはリチウムシリケートのような無機系材料を含む液状処理剤の塗布、エポキシ樹脂などを含む粉体塗装などが挙げられる。
【0062】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物をも含む趣旨である。
【実施例】
【0063】
以下、本発明の効果を実施例に基づいて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0064】
(実施例1から実施例48)
次の組成を有し、pHが5.6の亜鉛めっき浴(塩化アンモニウム浴)を調製した。
塩化亜鉛:104g/L(亜鉛濃度:50g/L)
塩化アンモニウム:220g/L
光沢剤(ユケン工業社製「メタスFZ-77M1」):45ml/L
光沢剤(ユケン工業社製「メタスFZ-77GC1」):0.2ml/L
添加剤:表1および表2参照
【0065】
なお、表1および表2に示される、グルコン酸ソーダはキレート剤(A-1)の一種であり、クエン酸・1水和物はキレート剤(A-2)の一種であり、EDTA・2Naはキレート剤(A-3)の一種である。また、上記のめっき浴における塩化物イオン濃度は200g/Lであり、アンモニウムイオン濃度は74g/Lであった。
【0066】
調製しためっき浴のそれぞれについて、鋼板(SPCC、50mm×100mm×厚さ0.8mm)を被めっき部材として、浴温30℃、電流密度4A/dm2で10分間めっき処理を行って、めっき処理後部材を得た。
【0067】
めっき処理後部材に対して水洗工程(イオン交換水にて30秒間流水洗浄、本明細書において「水洗工程」はこの工程を意味する。)を実施した後、表1および表2に示されるように、酸系の活性化処理を実施してまたは実施せずに、化成処理を行った。化成処理に用いた化成処理液の組成および処理条件は次のとおりである。なお、酸系の活性化処理の後および化成処理の後には水洗工程を行い、化成処理後の水洗工程の後には乾燥工程(80℃で10分間保持、本明細書において「乾燥工程」はこの工程を意味する。)を実施した。各工程の間には、30秒間の移動時間が設けられ、この時間において、各工程後の部材は室温(25℃)の環境下にあった。この移動時間は、以下の全ての工程の間に等しく設定された。
組成
ユケン工業社製「メタスYFA-CFH2」:40ml/L
ユケン工業社製「メタスYFA-35HR」:40ml/L
処理条件
温度:40℃
pH:3.1
時間:30秒間
【0068】
【0069】
【0070】
化成処理により得られた亜鉛めっき部材について、JIS Z2371塩水噴霧試験と同様の条件であるが、塩水に代えてイオン交換水を用いて耐食性の評価を行った。試験条件の詳細は次のとおりであった。
噴霧水温度:35℃
噴霧量:1.5ml/80cm2/hr
試験時間:72時間
【0071】
試験後の亜鉛めっき部材について、外観観察を行い、黒色腐食の発生率に関する次の基準で評価を行った。評価結果を表1および表2に示した。
1:黒色腐食は実質的に発生していない。
2:黒色腐食は発生しているが黒色腐食の面積率は5%未満である。
3:黒色腐食が発生し、黒色腐食の面積率は5%以上20%未満である。
4:黒色腐食が発生し、黒色腐食の面積率は20%以上である。
【0072】
表1に示されるように、キレート剤(A)を含む亜鉛めっき浴から形成されためっき処理後部材について、酸系の活性化処理を実施することなく化成処理を行っても、得られた亜鉛めっき部材が優れた耐食性を有することが確認された。これに対し、キレート剤(A)以外の添加剤では、酸系の活性化処理を実施することなく化成処理を行うと、得られた亜鉛めっき部材は優れた耐食性を有しないことが確認された。また、上記の試験条件では、キレート剤(A-1)は、2.3mmol/Lの添加量で、亜鉛めっき部材の黒色腐食の発生率を5%未満とすることができること、および4.6mmol/L以上の添加量であれば、亜鉛めっき部材に実質的に黒色腐食を発生させないことが確認された。キレート剤(A-2)およびキレート剤(A-3)については、上記の試験条件では、4.6mmol/Lの添加量で、亜鉛めっき部材について黒色腐食の発生率を5%未満とすることができること、および18.3mmol/L以上の添加量であれば、亜鉛めっき部材に実質的に黒色腐食を発生させないことが確認された。
【0073】
本発明の効果をさらに確認するために、実施例1(硝酸による活性化処理)、実施例16(キレート剤(A-1)を用いて酸系の活性化処理なし)、および実施例4(添加剤なし、酸系の活性化処理なし)における化成処理前の部材について、XPS(X線光電子分光装置)を用いて表面分析を行った。その結果を
図1に示した。
【0074】
図1に示されるように、実施例1と実施例4とは亜鉛のピーク値が明らかに相違し、酸系の活性化処理が実施されなかった実施例4の方が、結合エネルギー値が高く、亜鉛の酸化が認められた。具体的には、実施例4のピーク値である1022.75eVは、一般的な金属亜鉛の結合エネルギーのピーク値の取り得る範囲(1020.8eV~1022.1eV)外であった。一方、本発明例である実施例16は、酸系の活性化処理が実施されていないにもかかわらず、亜鉛の酸化の程度は、酸系の活性化処理が行われた実施例1に近く、めっき皮膜の表面に位置する亜鉛の酸化(水酸化物の生成)が進行していないことが確認された。
【0075】
各実施例に係るめっき皮膜についてアルゴンガスエッチングを行って、酸素含有量の深さ分析を1nmステップで行った。亜鉛の酸化が進行していない実施例1では、表面から2nm程度の深さで酸素のピークは実質的に消失したが、亜鉛の酸化が進行している実施例4では、表面から9nmの深さまで酸素のピークを確認することができた。本発明例である実施例16では、表面から4nmの深さで酸素のピークは消失し、酸系の活性化処理を実施していないにもかかわらず、酸系の活性化処理を実施した実施例1と同等の表面状態になっていることが確認された。
【0076】
(実施例49から実施例56)
表3に示される組成を有する2種類の酸性亜鉛めっき浴を調製した。浴番号1のめっき浴は、ホウ酸を含む塩化カリウム浴(ホウ酸カリウム浴)であり、浴番号2のめっき浴は、ホウ酸を含まないホウ酸フリーの塩化カリウム浴(ホウ酸フリーカリウム浴)であった。なお、表3における「メタスFZ-500A」および「メタスFZ-77GC1」は、いずれもユケン工業社製の光沢剤である。
【0077】
【0078】
これらのめっき浴に表4に示される添加剤を添加してなる組成物を用いて、実施例13から実施例16と同様に、鋼板(SPCC、50mm×100mm×厚さ0.8mm)を被めっき部材として10分間めっき処理を行って、めっき処理後部材を得た。
【0079】
めっき処理後部材の後に、表4に示されるように、実施例13から実施例16と同様に、酸系の活性化処理を実施してまたは実施せずに、化成処理を行った。化成処理に用いた化成処理液の組成および処理条件は実施例13から実施例16と同じであった。なお、めっき処理、酸系の活性化処理および化成処理の後には水洗工程を行い、化成処理後の水洗工程の後には乾燥工程を行った。
【0080】
【0081】
化成処理により得られた亜鉛めっき部材について、実施例13から実施例16と同じ条件のイオン交換水による耐食性試験を行い、試験後の亜鉛めっき部材について、実施例13から実施例16と同じ基準で評価を行った。評価結果を表4に示した。表4に示されるように、ホウ酸を含まない亜鉛めっき浴を用いることにより、ホウ酸を含むめっき浴と同様に、耐食性に優れる亜鉛めっき部材が得られた。
【0082】
(実施例57から実施例75)
表5に示される組成を有する酸性亜鉛めっき浴を調製した。なお、表5における「メタスFZ-77M1」および「メタスFZ-77GC1」は、いずれもユケン工業社製の光沢剤である。
【0083】
【0084】
このめっき浴をそのまま、またはこのめっき浴に表6に示される添加剤を添加してなる組成物を用いて、実施例13から実施例16と同様に、鋼板(SPCC、50mm×100mm×厚さ0.8mm)を被めっき部材として10分間めっき処理を行って、めっき処理後部材を得た。
【0085】
めっき処理後部材に対して水洗工程を実施した後、表6に示されるように、一部の部材について酸系の活性化処理後に水洗工程を行って、他の部材についてはそのまま、乾燥工程を行った。実施例57から実施例75については、めっき皮膜が有する酸化膜の評価を適切に行う目的で、化成処理を行わなかった。具体的には次のとおりであった。
【0086】
実施例57から実施例64については、グルコン酸ソーダが添加されないめっき浴にてめっき処理を行った。実施例57については酸系の活性化処理も行わなかった。実施例58から実施例64については、表6に示される酸系の活性化処理を行った。
【0087】
実施例65から実施例72については、9.2mmol/Lのグルコン酸ソーダが添加されためっき浴にてめっき処理を行った。実施例65については酸系の活性化処理を行わなかった。実施例66から実施例72については、表6に示される酸系の活性化処理を行った。
【0088】
実施例73から実施例75については、2.3mmol/L~18.3mmol/Lのグルコン酸ソーダが添加されためっき浴にてめっき処理を行い、いずれについても酸系の活性化処理を行わなかった。
【0089】
【0090】
乾燥工程後の亜鉛めっき部材について、外観評価を行った。評価基準は白色のシミが目視で認められるか否かとした。また、XPS(X線光電子分光装置)を用いて、アルゴンガスエッチングを行って、酸素および亜鉛の含有量の深さ分析を1nmステップで行い、デプスプロファイルを得た。得られたデプスプロファイルにおいて、表面側の酸素濃度が5原子%以上の領域を酸化層と定義して、酸化層の厚さを測定した。これらの結果を表6にまとめて示した。
【0091】
実施例57、実施例58および実施例65については、外観(
図2A~
図2C)およびデプスプロファイル(
図3A~
図3C)を示した。また、これらのデプスプロファイルの元データとなる表を下記に示す(表7:実施例57、表8:実施例58、表9:実施例65)。
【0092】
【0093】
【0094】
【0095】
表6から表9ならびに
図2A~
図2Cおよび
図3A~
図3Cに示されるように、酸化層を9nm以上有する部材については、乾きジミとして白色のシミが認められた。このように白色のシミが生じる部材については、化成処理が適切に行われず、黒色腐食が生じる部材、すなわち耐食性に劣る部材が形成される可能性が高まる。
【0096】
一方、酸化層の厚さが9nm未満、具体的には5nm以下である場合には、白色のシミは生じなかった。このように白色のシミが生じない部材については、化成処理を行うことにより黒色腐食が生じにくい、耐食性に優れる部材を安定的に形成することができる。酸化膜の厚さの測定精度を考慮すると、酸化膜の厚さが7nm以下であれば、白色のシミは生じず、耐食性に優れる化成皮膜を安定的に形成できるといえる。したがって、キレート剤(A-1)を適切な含有量で有する酸性亜鉛めっき浴を用いることにより、酸化膜の厚さが7nm以下である亜鉛めっき皮膜を安定的に形成しうることが確認された。
【要約】 (修正有)
【課題】酸性亜鉛めっき後の化成処理に先立って通常行われる酸系の活性化処理の必要性を低下させ、好ましい一形態では酸系の活性化処理を省略することが可能な技術を提供する。
【解決手段】浴可溶性亜鉛含有物質と、浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質からなるキレート剤と、を含む酸性亜鉛めっき浴であって、前記浴可溶性ヒドロキシカルボン酸物質を与えるヒドロキシカルボン酸は、グルコン酸およびクエン酸からなる群から選ばれる1種以上であり、酸性亜鉛めっき浴を用いて形成した亜鉛めっき皮膜についてデプスプロファイルを求めたときに、酸素濃度が5原子%以上である表面側の領域として定義される酸化層の厚さが7nm以下である、酸性亜鉛めっき浴。
【選択図】
図1