(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-29
(45)【発行日】2025-02-06
(54)【発明の名称】心筋炎の治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/545 20150101AFI20250130BHJP
A61P 9/04 20060101ALI20250130BHJP
【FI】
A61K35/545
A61P9/04
(21)【出願番号】P 2021544050
(86)(22)【出願日】2020-09-04
(86)【国際出願番号】 JP2020033577
(87)【国際公開番号】W WO2021045190
(87)【国際公開日】2021-03-11
【審査請求日】2023-09-01
(31)【優先権主張番号】P 2019162264
(32)【優先日】2019-09-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】出澤 真理
(72)【発明者】
【氏名】齋木 佳克
(72)【発明者】
【氏名】鷹谷 紘樹
【審査官】池上 文緒
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/007900(WO,A1)
【文献】特表2004-532202(JP,A)
【文献】国際公開第2014/027474(WO,A1)
【文献】Shunsuke Ohnishi et al.,Transplantation of mesenchymal stem cells attenuates myocardial injury and dysfunction in a rat model of acute myocarditis,Journal of Molecular and Cellular Cardiology,2007年,Vol.42, No.1,Pages 88-97
【文献】Shoko Nishihara,ES細胞表面に発現している糖鎖構造とその機能,Trends in Glycoscience and Glycotechnology,2009年,Vol.21, No.120,Pages 207-218
【文献】Takashi Muramatsu et al.,ES細胞の糖鎖マーカー,Trends in Glycoscience and Glycotechnology,2009年,Vol.21, No.120,Pages 197-206
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/545
A61P 9/04
A61K 35/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の間葉系組織または培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性
およびCD105陽性の多能性幹細胞
が選択的に濃縮されている細胞画分を有効成分として含み、
前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、
心筋炎を治療するための細胞製剤
:
(i)テロメラーゼ活性が低いかまたは無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;および
(iv)セルフリニューアル能を持つ。
【請求項2】
前記多能性幹細胞が、CD117陰性およびCD146陰性である、請求項1
に記載の細胞製剤。
【請求項3】
前記多能性幹細胞が、CD117陰性、CD146陰性、NG2陰性、CD34陰性、vWF陰性およびCD271陰性である、請求項1
または2に記載の細胞製剤。
【請求項4】
前記多能性幹細胞が、CD34陰性、CD117陰性、CD146陰性、CD271陰性、NG2陰性、vWF陰性、Sox10陰性、Snai1陰性、Slug陰性、Tyrp1陰性およびDct陰性である、請求項1~
3のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【請求項5】
前記心筋炎が、リンパ球性心筋炎、巨細胞性心筋炎、好酸球性心筋炎および肉芽腫性心筋炎から選ばれる1種または2種以上である、請求項1~
4のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生医療のための細胞製剤に関する。より具体的には、心筋炎の治療に有効な多能性幹細胞を含有する細胞製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
心筋炎は心筋を主座とした炎症性疾患である。心膜まで炎症が及ぶと心膜心筋炎と呼ばれる。さまざまなタイプの心筋炎があり、急性心筋炎、慢性心筋炎、劇症型心筋炎、拡張型心筋症類似型等と幅広く、発症期間も数時間から1、2週間、あるいはさらに長期間となり、予後も全く正常化するものから死に至るものまで様々である。
【0003】
心筋に炎症が生じる原因として、ウィルス感染症をきっかけとして発症する場合が多い。その他、細菌等の感染症、薬物、化学物質、アレルギー、自己免疫疾患、膠原病、川崎病、サルコイドーシス、放射線、熱射病、エイズ等も原因となると言われている。しかし、明らかな原因を特定できないまま心筋炎を発症することもある。
【0004】
心筋炎の発症頻度は明らかではないが、人口10万人に対して115人という調査結果がある。
【0005】
心筋炎はウィルス感染症をきっかけとして発症することが多いため、前兆として現れる症状にはかぜ様症状(悪寒、発熱、頭痛、筋肉痛、全身倦怠感等)や食欲不振、悪心、嘔吐、下痢等の消化器症状が先行する。進行すると、(1)心不全徴候、(2)心膜刺激による胸痛、(3)心ブロックや不整脈に随伴する心症状が出現することがあり、致死的不整脈を発症するとふらつきや失神が現れ突然死に至ることもある。
【0006】
心筋炎の治療は、好酸球性心筋炎や巨細胞性心筋炎等の場合、ステロイドや免疫抑制剤が使用されるが、心筋炎はウィルス感染をきっかけとした場合が多く、根本的な原因治療ができないことが多い。
そのため、炎症性物質による心筋機能抑制からの解放のため、ステロイド短期大量療法、大量免疫グロブリン療法、血漿交換療法等が検討されている。
また、心筋炎の経過中、心不全や致死的不整脈への対応が必要とされた場合、利尿剤や昇圧剤の使用、人工呼吸管理、補助循環装置、ペースメーカー治療が行われ、心臓の働きを助ける補助循環のために、大動脈内バルーンパンピング、経皮的心肺補助装置、人工心臓等を使用することも行われる。
【0007】
このように、心筋炎に対して、対症療法的な治療が行われており、心筋炎に対する根本的な治療薬がないのが現状であり、直接的な心筋炎の治療に有効な医薬を提供することは急務である。
【0008】
一方、近年の再生医療の研究の進展により、骨髄幹細胞移植等による心筋炎の治療が探索されつつある。
例えば、非特許文献1には、骨髄由来間葉系幹細胞が急性心筋炎ラットモデルにおいて心筋損傷や機能障害を軽減することが開示されている。
しかしながら、その効果はまだ十分なものとは言えず、臨床的な効果も不明である。
【0009】
一方、本発明者である出澤らの研究により、間葉系細胞画分に存在し、遺伝子導入やサイトカイン等による誘導操作なしに得られる、SSEA-3(Stage-Specific Embryonic Antigen-3)を表面抗原として発現している多能性幹細胞(Multilineage-differentiating Stress Enduring cells;Muse細胞)が、間葉系細胞画分が有する多能性を担っており、組織再生を目指した疾患治療に応用できる可能性があることが分かってきた(例えば、特許文献1;非特許文献2~4)。Muse細胞は、骨髄液、脂肪組織(非特許文献5)や皮膚の真皮結合組織等から得ることができる他、広く組織や臓器の結合組織に存在することが知られている。
しかしながら、Muse細胞の心筋炎に対する効果は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【非特許文献】
【0011】
【文献】Ohnishi S et al. J Mol Cell Cardio. 2007 Jan;42(1):88-97.
【文献】Kuroda Y et al. Proc Natl Acad Sci USA 2010; 107: 8639-8643.
【文献】Wakao S et al. Proc Natl Acad Sci USA 2011; 108: 9875-9880.
【文献】Kuroda Y et al. Nat Protc 2013; 8: 1391-1415.
【文献】Ogura,F.,et al.,Stem Cells Dev, 2013 Nov; 23;7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、心筋炎の治療のための細胞製剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、Muse細胞が、心筋炎による障害心筋組織に集積し、障害心筋組織内で心筋細胞に分化し、心筋組織の修復、障害心筋組織の縮小および心機能の改善または回復をもたらすことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1] 生体の間葉系組織または培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞を含む、心筋炎を治療するための細胞製剤。
[2] 前記多能性幹細胞が濃縮された細胞画分を含む、[1]に記載の細胞製剤。
[3] 前記多能性幹細胞が、CD105陽性である、請求項1または2に記載の細胞製剤。
【0015】
[4] 前記多能性幹細胞が、CD117陰性およびCD146陰性である、[1]~[3]のいずれかに記載の細胞製剤。
[5] 前記多能性幹細胞が、CD117陰性、CD146陰性、NG2陰性、CD34陰性、vWF陰性およびCD271陰性である、[1]~[4]のいずれかに記載の細胞製剤。
[6] 前記多能性幹細胞が、CD34陰性、CD117陰性、CD146陰性、CD271陰性、NG2陰性、vWF陰性、Sox10陰性、Snai1陰性、Slug陰性、Tyrp1陰性およびDct陰性である、[1]~[5]のいずれかに記載の細胞製剤。
【0016】
[7] 前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、[1]~[6]のいずれかに記載の細胞製剤:
(i)テロメラーゼ活性が低いかまたは無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;および
(iv)セルフリニューアル能を持つ。
[8] 前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、[7]に記載の細胞製剤:
(i)SSEA-3陽性;
(ii)CD105陽性;
(iii)テロメラーゼ活性が低いかまたは無い;
(iv)三胚葉のいずれかの胚葉に分化する能力を持つ;
(v)腫瘍性増殖を示さない;および
(vi)セルフリニューアル能を持つ。
[9] 前記心筋炎が、リンパ球性心筋炎、巨細胞性心筋炎、好酸球性心筋炎および肉芽腫性心筋炎から選ばれる1種または2種以上である、[1]~[8]のいずれかに記載の細胞製剤。
[10]生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞の、心筋炎を治療又は予防するための細胞製剤の製造における使用。
[11]生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞を含む細胞製剤の有効量を、治療又は予防を必要とする心筋炎患者に投与する工程を含む、心筋炎の治療方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、Muse細胞を含む、心筋炎を治療するための細胞製剤が提供される。
Muse細胞は、心筋炎による心筋組織障害部位に効率的に遊走して生着することができ、生着した部位で自発的に分化すると考えられるので移植に先立って治療対象細胞への分化誘導が不要である。また、非腫瘍形成性であり安全性にも優れる。さらに、Muse細胞は免疫拒絶を受けないことから、ドナーから製造された他家製剤による治療も可能である。したがって、上記に示す優れた性能を有するMuse細胞によって、心筋炎の治療に対する容易に実行可能な手段を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、FACSによる細胞分析の結果を示す。上段左から非染色細胞集団、アイソタイプコントロール使用細胞集団、SSEA-3抗体使用細胞集団の結果を示す。下段は、MACSで濃縮したSSEA-3陽性細胞集団の結果である。
【
図2】
図2は、心筋炎ラットの心機能測定の結果を示す。
図2のAは、心筋炎ラットの心臓組織パラフィン切片(HE染色)の光学顕微鏡観察像(図面代用写真)である。右図は、左図の拡大像である。
図2のBは、MRI撮像データから得られた駆出率(EF)を示す。
【
図3】
図3は、異なる細胞数の細胞移植ラットの心機能測定(EF)の結果を示す。
【
図4】
図4は、細胞移植ラットの移植0日後のスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)濃度測定の結果を示す。
【
図5】
図5は、細胞移植ラットにおける投与された細胞の生体内分布を示す。
図5のAは、in vivoイメージングシステムによる分析像(図面代用写真)である。
図5のBは、in vivoイメージングシステムによって得られた各臓器の光量を示す。
【
図6】
図6は、細胞移植ラットの心機能測定の結果を示す。
図6のA~Fは、移植2週間後および8週間後における心機能(左室拡張末期容積(EDV)、左室収縮末期容積(ESV)、駆出率(EF))の測定結果を示す。
図6のGは、移植2週間後における心機能(脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP))の測定結果を示す。
【
図7】
図7は、細胞移植ラットの組織学的評価の結果(図面代用写真)を示す。
図7のA~Fは、それぞれ未熟心筋マーカーであるANP、成熟心筋マーカーであるsarcomeric α-actinin,troponin-I,connexin 43,血管構成細胞であるCD31、αSMAの検出結果を示す。A~Fにおいて、左図はマージ画像、中央図はGFP、右図は各心筋マーカーの検出結果を示す。
【
図8】
図8は、細胞移植ラットの組織学的評価の結果を示す。
図8のAは、各細胞投与群の移植8週間後の心臓組織パラフィン切片のMasson-Trichrome染色の光学顕微鏡観察像(図面代用写真)である。
図8のBは、光学顕微鏡観察像から算出した心臓線維面積/心臓断面積を示す。
【
図9】
図9は、細胞移植ラット組織におけるアポトーシス細胞数の測定結果を示す。
図9のAは、各細胞投与群の移植3日後の心臓組織凍結切片のTdT-mediated dUTP nick end labeling(TUNEL)染色の光学顕微鏡観察像(図面代用写真)である。
図9のBは、TUNEL陽性細胞数を示す。
【
図10】
図10は、細胞移植による血管新生の評価結果を示す。
図10のAは、透明化した心臓組織中の血管を多光子顕微鏡で撮影した各群の断層画像である。また、
図10のBは、心臓組織に占める血管容積の割合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明について説明する。
<1>生体の間葉系組織または培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む細胞製剤
本発明は、Muse細胞を含む、心筋炎を治療するための細胞製剤(以下、「本発明の細胞製剤」ということがある)に関する。
なお、本発明において、「心筋炎の治療」には、心筋炎による障害心筋組織の修復、障害心筋組織の縮小および心機能の改善または回復等の心筋炎の治療、改善の他、心筋炎の症状の治癒、緩和、再発防止等が含まれる。
【0020】
1.適用疾患
本発明のMuse細胞を含む細胞製剤は、心筋炎の治療に使用される。
心筋炎は、組織学的特徴から、リンパ球性心筋炎、巨細胞性心筋炎、好酸球性心筋炎、肉芽腫性心筋炎に分類される。病因的には、リンパ球性心筋炎はウィルス感染によるものが多く、巨細胞性心筋炎、好酸球性心筋炎、肉芽腫性心筋炎は心毒性物質・薬物アレルギー・自己免疫・全身性疾患等の合併症としてみなされることが多い。
【0021】
一方、発症様式により心筋炎は、急性心筋炎と慢性心筋炎に分けられる。急性心筋炎の中で発症初期に心肺危機に陥るものを劇症型心筋炎と呼ぶ。また、慢性心筋炎とは、比較的長期間、例えば、数か月間以上持続する心筋炎をいい、しばしば心不全や不整脈を来し、拡張型心筋症類似の病態を呈する。また、慢性心筋症には、不顕性に発病し慢性の経過をとるもの(不顕性)と急性心筋炎が持続遷延(遷延性)するものがある。
【0022】
また、心臓の炎症疾患として心膜炎があり、この心膜炎と心筋炎が合併することもある。このような場合、心膜・心筋炎と呼ばれる。
さらに、急性心筋炎が原因となり拡張型心筋症に至る場合もある。
本発明において、「心筋炎」には、上記全てのものが含まれる。限定されないが、本発明の細胞製剤が対象とする心筋炎として、自己免疫性心筋炎が好ましく例示され、巨細胞性心筋炎がより好ましく例示される。
【0023】
2.細胞製剤
(1)生体の間葉系組織または培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)
本発明の細胞製剤に使用される多能性幹細胞は、本発明者である出澤らが、ヒト生体内にその存在を見出し、「Muse(Multilineage-differentiating Stress Enduring)細胞」と命名した細胞である。Muse細胞は、骨髄液、脂肪組織(Ogura,F.,et al.,Stem Cells Dev.,Nov 20,2013(Epub)(published on Jan 17,2014))や皮膚の真皮結合組織等から得ることができるほか、広く組織や臓器の結合組織に存在することが知られている。また、この細胞は、多能性幹細胞と間葉系幹細胞の両方の性質を有する細胞であり、例えば、細胞表面マーカーである「SSEA-3(Stage-specific embryonic antigen-3)」陽性細胞、好ましくはSSEA-3陽性かつCD-105陽性の二重陽性細胞として同定される。したがって、Muse細胞またはMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、SSEA-3単独またはSSEA-3およびCD-105の発現を指標として生体組織から分離することができる。また、Muse細胞が様々な外的ストレスに対する耐性が高いことを利用して、蛋白質分解酵素処理や、低酸素条件、低リン酸条件、低血清濃度、低栄養条件、熱ショックへの暴露、有害物質存在下、活性酸素存在下、機械的刺激下、圧力処理下等各種外的ストレス条件下での培養によりMuse細胞を選択的に濃縮することができる。Muse細胞の分離法、同定法、特徴、濃縮法等の詳細は、国際公開第WO2011/007900号に開示されており、参照することができる。
なお、本明細書においては、心筋炎を治療するための細胞製剤として、SSEA-3を指標として用いて、生体の間葉系組織または培養間葉系細胞から調製された多能性幹細胞(Muse細胞)またはMuse細胞を含む細胞集団を単に「SSEA-3陽性細胞」と記載することがある。
【0024】
Muse細胞またはMuse細胞を含む細胞集団は、細胞表面マーカーであるSSEA-3またはSSEA-3およびCD-105を指標として生体組織(例えば、間葉系組織)から調製することができる。
ここで、「生体」とは、哺乳動物の生体をいう。本発明において、生体には、受精卵や胞胚期より発生段階が前の胚は含まれないが、胎児や胞胚を含む胞胚期以降の発生段階の胚は含まれる。哺乳動物としては、限定されないが、ヒト、サル等の霊長類;マウス、ラット、ウサギ、モルモット等のげっ歯類;ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ロバ、ヤギ、フェレット等が挙げられる。
本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、生体の組織から直接マーカーを持って分離される点で、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹(iPS)細胞と明確に区別される。
また、「間葉系組織」とは、骨、滑膜、脂肪、血液、骨髄、骨格筋、真皮、靭帯、腱、歯髄、臍帯、臍帯血、羊膜等の間葉系細胞を含む組織および各種臓器に存在する組織をいう。例えば、Muse細胞は、骨髄や皮膚、脂肪組織、血液、歯髄、臍帯、臍帯血、羊膜等から得ることができる。例えば、生体の間葉系組織を採取し、この組織からMuse細胞を調製し、利用することが好ましい。また、上記調製手段を用いて、線維芽細胞や骨髄間葉系幹細胞等の培養された間葉系細胞からMuse細胞を調製してもよい。
【0025】
また、本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞を含む細胞集団は、生体の間葉系組織または培養間葉系細胞に外的ストレス刺激を与えることにより、該外的ストレスに耐性の細胞を選択的に増殖させてその存在比率を高めた細胞を回収することを含む方法によっても調製することができる。
前記外的ストレスは、プロテアーゼ処理、低酸素濃度での培養、低リン酸条件下での培養、低血清濃度での培養、低栄養条件での培養、熱ショックへの暴露下での培養、低温での培養、凍結処理、有害物質存在下での培養、活性酸素存在下での培養、機械的刺激下での培養、振とう処理下での培養、圧力処理下での培養または物理的衝撃のいずれかまたは複数の組み合わせであってもよい。
前記プロテアーゼによる処理時間は、細胞に外的ストレスを与えるために合計0.5~36時間行うことが好ましい。また、プロテアーゼ濃度は、培養容器に接着した細胞を剥がすとき、細胞塊を単一細胞にばらばらにするとき、または組織から単一細胞を回収するときに用いられる濃度であればよい。
前記プロテアーゼは、セリンプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、システインプロテアーゼ、金属プロテアーゼ、グルタミン酸プロテアーゼまたはN末端スレオニンプロテアーゼであることが好ましい。更に、前記プロテアーゼがトリプシン、コラゲナーゼまたはジスパーゼであることが好ましい。
【0026】
なお、本発明の細胞製剤においては、使用されるMuse細胞は、細胞移植を受けるレシピエントに対して自家であってもよく、または他家であってもよい。
【0027】
上記のように、Muse細胞またはMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、SSEA-3陽性またはSSEA-3およびCD-105の二重陽性を指標にして生体組織から調製することができるが、ヒト成人皮膚には、種々のタイプの幹細胞および前駆細胞を含むことが知られている。しかしながら、Muse細胞は、これらの細胞と同じではない。このような幹細胞および前駆細胞には、皮膚由来前駆細胞(SKP)、神経堤幹細胞(NCSC)、メラノブラスト(MB)、血管周囲細胞(PC)、内皮前駆細胞(EP)、脂肪由来幹細胞(ADSC)が挙げられる。これらの細胞に固有のマーカーの「非発現」を指標として、Muse細胞を調製することができる。より具体的には、Muse細胞は、CD34(EPおよびADSCのマーカー)、CD117(c-kit)(MBのマーカー)、CD146(PCおよびADSCのマーカー)、CD271(NGFR)(NCSCのマーカー)、NG2(PCのマーカー)、vWF因子(フォンビルブランド因子)(EPのマーカー)、Sox10(NCSCのマーカー)、Snai1(SKPのマーカー)、Slug(SKPのマーカー)、Tyrp1(MBのマーカー)、およびDct(MBのマーカー)からなる群から選択される11個のマーカーのうち少なくとも1個、例えば、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個または11個のマーカーの非発現を指標に分離することができる。例えば、限定されないが、CD117およびCD146の非発現を指標に調製することができ、さらに、CD117、CD146、NG2、CD34、vWFおよびCD271の非発現を指標に調製することができ、さらに、上記の11個のマーカーの非発現を指標に調製することができる。
【0028】
また、本発明の細胞製剤に使用される上記特徴を有するMuse細胞は、以下:
(i)テロメラーゼ活性が低いかまたは無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;および
(iv)セルフリニューアル能を持つ
からなる群から選択される少なくとも1つの性質を有してもよい。好ましくは、本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、上記性質を全て有する。
【0029】
上記(i)について、「テロメラーゼ活性が低いかまたは無い」とは、公知のテロメラーゼ活性検出手法、例えば、TRAPEZE XL telomerase detection kit(Millipore社)を用いてテロメラーゼ活性を検出した場合に、低いかまたは検出できないことをいう。テロメラーゼ活性が「低い」とは、例えば、体細胞であるヒト線維芽細胞と同程度のテロメラーゼ活性を有しているか、またはHela細胞に比べて1/5以下、好ましくは1/10以下のテロメラーゼ活性を有していることをいう。
【0030】
上記(ii)について、Muse細胞は、in vitroおよびin vivoにおいて、三胚葉(内胚葉系、中胚葉系、および外胚葉系)に分化する能力を有し、例えば、in vitroで誘導培養することにより、肝細胞(肝芽細胞または肝細胞マーカーを発現する細胞を含む)、神経細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、骨細胞、脂肪細胞等に分化し得る。また、in vivoで精巣に移植した場合にも三胚葉に分化する能力を示す場合がある。さらに、静注により生体に移植することで傷害を受けた臓器(心臓、皮膚、脊髄、肝、筋肉等)に遊走および生着し、組織に応じた細胞に分化する能力を有する。「三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ」とは、このような分化能力を意味する。
【0031】
上記(iii)について、Muse細胞は、増殖速度約1.3日で増殖するが、浮遊培養では1細胞から増殖し、胚様体様細胞塊を作り一定の大きさになると14日間程度で増殖が止まる、という性質を有するが、これらの胚様体様細胞塊を接着培養に移行すると、再び細胞増殖が開始され、細胞塊から増殖した細胞が約1.3日の増殖速度で広がっていく。さらに精巣に移植した場合、少なくとも半年間は癌化しないという性質を有する。「腫瘍性増殖を示さない」とは、このような非腫瘍性増殖能を意味する。
【0032】
また、上記(iv)について、Muse細胞は、セルフリニューアル(自己複製)能を有する。ここで、「セルフリニューアル能を持つ」とは、1個のMuse細胞から浮遊培養で培養することにより得られる胚様体様細胞塊に含まれる細胞から3胚葉性の細胞への分化が確認できると同時に、胚様体様細胞塊の細胞を再び1細胞で浮遊培養に持っていくことにより、次の世代の胚様体様細胞塊を形成させ、そこから再び3胚葉性の分化と浮遊培養での胚様体様細胞塊が確認できることをいう。セルフリニューアルは1回または複数回のサイクルを繰り返せばよい。
【0033】
(2)生体の間葉系組織または培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む細胞製剤の調製および使用
本発明のMuse細胞を含む細胞製剤は、限定されないが、上記(1)に規定するMuse細胞またはMuse細胞を含む細胞集団を生理食塩水や適切な緩衝液(例えば、リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁させることによって得られる。この場合、自家または他家の組織から分離したMuse細胞数が少ない場合には、細胞移植前に細胞を培養して、所定の細胞数が得られるまで増殖させてもよい。なお、すでに報告されているように(国際公開第WO2011/007900号パンフレット)、Muse細胞は、腫瘍化しないため、生体組織から回収した細胞が未分化のまま含まれていても癌化の可能性が低く安全である。また、回収したMuse細胞の培養は、特に限定されないが、通常の増殖培地(例えば、10%仔牛血清を含むα-最少必須培地(α-MEM)等)において行うことができる。より詳しくは、上記国際公開第WO2011/007900号パンフレットを参照して、Muse細胞の培養および増殖において、適宜、培地、添加物(例えば、抗生物質、血清)等を選択し、所定濃度のMuse細胞を含む溶液を調製することができる。
【0034】
ヒト対象に本発明のMuse細胞を含む細胞製剤を投与する場合には、ヒトの腸骨から骨髄液を採取し、例えば、骨髄液からの接着細胞として骨髄間葉系幹細胞を培養して有効な治療量のMuse細胞が得られる細胞量に達するまで増やした後、Muse細胞をSSEA-3の抗原マーカーを指標として分離し、自家または他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。あるいは、例えば、骨髄液から得られた骨髄間葉系幹細胞を外的ストレス条件下で培養して有効な治療量に達するまでMuse細胞を増殖、濃縮した後、自家または他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。
【0035】
また、Muse細胞の細胞製剤への使用においては、該細胞を保護するためにジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入および増殖を防ぐために抗生物質等を細胞製剤に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水等)を細胞製剤に含有させてもよい。当業者は、これら因子および薬剤を適切な濃度で細胞製剤に添加することができる。このように、Muse細胞は、各種添加物を含む医薬組成物として(好ましくは、再生医療用医薬組成物として)使用することも可能である。
【0036】
上記で調製される細胞製剤中に含有するMuse細胞数は、心筋炎の治療において所望の効果が得られるように、対象の性別、年齢、体重、患部の状態、使用する細胞の状態等を考慮して、適宜、調整することができる。なお、対象とする個体は、心筋炎を発症している、心筋炎の発症が疑われるまたは心筋炎発症後の個体であれば限定されず、ヒト等の哺乳動物を含むがこれに限定されない。また、本発明のMuse細胞を含む細胞製剤は、所望の治療効果が得られるまで、単回、または複数回、適宜、間隔(例えば、1日に2回、1日に1回、1週間に2回、1週間に1回、2週間に1回、1ヶ月に1回、2ヶ月に1回、3ヶ月に1回、6ヶ月に1回)をおいて投与されてもよい。したがって、対象の状態にもよるが、治療上有効量としては、例えば、一個体あたり一回につき1×103細胞~1×1010細胞で1年間の間に1~10回の投与量が好ましい。一個体における投与総量としては、限定されないが、1×103細胞~1×1011細胞、好ましくは1×104細胞~1×1010細胞、さらに好ましくは1×105細胞~1×109細胞等が挙げられる。
【0037】
また、本発明のMuse細胞を含む細胞製剤の投与量、投与回数等は、心筋炎モデルに対する効果に基づいて設定することも可能である。心筋炎モデルとしては公知の方法に基づいて作製でき、限定されないが、例えば、ヒトの巨細胞性心筋炎モデルとされるラットの自己免疫性心筋炎モデル(Kodama M, Matsumoto Y, Fujiwara M, Masani F, Izumi T, Shibata A. A novel experimental model of giant cell myocarditis induced in rats by immunization with cardiac myosin fraction. Clin Immunol Immunopathol. 1990;57 (2):250-262.)、コクサッキーB3ウィルス性心筋炎マウス(Silver MA, Kowalczyk D. Coronary microvascular narrowing in acute murine coxsackie B3 myocarditis. Am Heart J. 1989;118:173-174)等が挙げられる。
【0038】
本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、障害部位へと遊走し、生着する性質を有する。したがって、細胞製剤の投与において、細胞製剤の投与部位や投与方法は限定されず、血管内投与(静脈内、動脈内)、局所投与等が例示される。
【0039】
本発明のMuse細胞を含む細胞製剤は、心筋炎の患者の障害部位の修復および再生を実現することができる。
【0040】
本発明の一実施形態では、本発明の細胞製剤の投与によって、心筋炎の対象において、心筋炎による障害組織サイズを減少させることができる。障害組織とは限定されないが、炎症性細胞の浸潤、心筋細胞の変性や間質の浮腫、線維化の1種または2種以上が認められる組織であり得る。ここで、本明細書において、「障害組織サイズ」とは、正常心組織に対する障害組織の割合(%)として定義される。障害組織サイズは、通常の検査、分析、測定手法により測定され得る。本発明の細胞製剤による障害組織サイズの縮小効果を検討する場合、対照の障害組織サイズに対する縮小率(すなわち、(対照の障害組織サイズ-細胞移植後の障害組織サイズ)/対照の障害組織サイズ×100)を用いることは有用である。本発明によれば、細胞製剤の非投与群(対照)に対して、障害組織サイズが100%縮小することが好ましい。より好ましくは10~90%縮小、さらにより好ましくは20~70%縮小、さらになお好ましくは30~50%縮小である。なお、後述する実施例に示されるように、ラット心筋症モデルを用いた場合、対照群では、障害組織サイズは12.1±4.5%であったのに対して、Muse細胞移植群では、障害組織サイズは6.0±2.0%または4.8±3.4%であった。これらの数値から、Muse細胞移植によって、障害組織サイズを約50~60%縮小することができたことが分かる。
【0041】
本発明の一実施形態では、本発明の細胞製剤は、心筋炎後の心機能を改善または正常(または正常値)に回復することができる。本明細書において使用するとき、心機能の「改善」とは、心筋炎により低下した心機能が向上することを意味し、日常生活に差し支えない程度にまで心機能が向上することが好ましい。また、心機能を「正常に回復する」とは、心筋炎により低下した心機能が心筋炎前の状態に戻ることを意味する。なお、本発明の一態様では、本発明の細胞製剤は、心筋炎後の(慢性)心不全の予防および/または治療に使用することができる。
【0042】
ここで、心機能を評価する指標としては、限定されないが、一般的なものとして、左室拡張末期容積(EDV; end-diastolic volume)、左室収縮末期容積 (ESV; end-systolic volume)、駆出率 (EF; ejection fraction)および脳性ナトリウム利尿ペプチド (BNP; brain natriuremic peptide)が挙げられる。これらの指標は、通常の検査、分析、測定手法により測定され得る。本発明の細胞製剤による心機能の改善または回復には、例えば、上記4つの指標のうちの少なくとも1つを用いて判断することができる。例えば、後述する実施例に記載されるように、細胞移植8週間後においてMuse細胞移植群では、EFは68.8±4.5%または70.1±3.4%で、対象群では59.5±3.9%であり、両者の測定値から、細胞移植群では、対照群と比較して、心機能が有意に改善されていることが分かる。
また、細胞移植2週間後において、Muse細胞移植群では、血漿中BNP値は347.2±188.6 pg/mlまたは395.2±283.3 pg/mlであり、対象群では980±241.1 pg/mlであり、両者の測定値から、細胞移植群では、対照群と比較して、心機能が有意に改善されていることが分かる。
【実施例】
【0043】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0044】
≪実験手法≫
<心筋炎モデルの作製>
8週齢オスLewisラット (LEW/SsNSlc, SLC Japan, Hamamatsu, Japan) を用いた。イソフルラン吸入麻酔による鎮静下に、過去の文献(Kodama M, Matsumoto Y, Fujiwara M, Masani F, Izumi T, Shibata A. A novel experimental model of giant cell myocarditis induced in rats by immunization with cardiac myosin fraction. Clin Immunol Immunopathol. 1990;57(2):250-262.)を参考に、ブタ心筋ミオシン (10mg/ml; Sigma-Aldrich Japan, Tokyo, Japan) および同量の11 mg/ml Myocobacterium tuberculosisを含むFreund’s complete adjuvant (Difco Laboratories, Sparks, MD, USA) を0.1 mlずつ足底に皮下注射して自己免疫性心筋炎を作成した。
【0045】
<Muse細胞の分離>
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cells:MSC) (Lonza Japan, Tokyo, Japan) を使用した。過去の文献(Kuroda Y, Wakao S, Kitada M, Murakami T, Nojima M, Dezawa M. Isolation, culture and evaluation of multilineage-differentiating stress-enduring (Muse) cells. Nature protocols. 2013;8:1391-1415.)および国際公開第WO2011/007900号(特許第5185443号)に従い、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium low-glucose (DMEM; Life Technologies, Carlsbad, CA, USA)、10%ウシ胎仔血清 (FBS; fetal bovine serum) (Hyclone; Thermo-Fisher Scientific, Waltham MA, USA)、0.1 mg/mLカナマイシン (Life Technologies) を用いて10cm dishで37℃、5%CO2の条件下で培養した。継代数7回から8回のMSCを使用しMuse細胞を以下の通り分離した。1次抗体としてラット抗stage-specific embryonic antigen-3 (SSEA-3) IgM抗体 (1: 1000; BioLegend, San Diego, CA, USA)、アイソタイプコントロールとしてヤギ抗ラットFITCμ鎖IgM抗体 (1:1000; Miltenyi Biotec, Bergisch Gladbach, Germany) を反応させた。2次抗体としてfluorescein isothiocyanate (FITC) 標識抗ラットIgM抗体 (1:100; Jackson ImmunoResearch Laboratories, Inc., West Grove, PA, USA)、3次抗体として抗FITC micro beads (1:50; Miltenyi) を反応させ、autoMACS(登録商標) Pro Separator (Miltenyi) を用いてSSEA-3陽性細胞を分離した。細胞分離後、BD FACS Aria (BD Biosciences, Franklin Lakes, USA) (FACS; fluorescence activated cell sorting) を用いて、Magnetic cell sorting (MACS)で濃縮した細胞中のSSEA-3陽性細胞の割合を解析した。SSEA-3陽性細胞が70%以上含まれているものをMuse細胞と定義し、移植細胞として用いた。
一部のMSCには過去の文献(Hayase M, Kitada M, Wakao S, et al. Committed neural progenitor cells derived from genetically modified bone marrow stromal cells ameliorate deficits in a rat model of stroke. Journal of cerebral blood flow and metabolism : official journal of the International Society of Cerebral Blood Flow and Metabolism. 2009;29:1409-1420.)を参考にレンチウィルスを用いてgreen fluorescent protein (GFP) またはNano-lantern/pcDNA3を導入し、1次抗体としてラット抗SSEA-3 IgM抗体 (1:1000; BioLegend)、2次抗体としてallophycocyanin (APC) 標識抗ラットIgM抗体 (1:100; Jackson ImmunoResearch) を反応させ、FACSを用いてSSEA-3陽性細胞とSSEA-3陰性細胞を分離した。MACSにより分離したMuse細胞を模して、SSEA-3陽性細胞の割合が70%となるように分離した細胞を混和した。
【0046】
<細胞移植時期および移植細胞数の検討>
予備実験として細胞移植時期を検討する目的で、心筋炎モデル作成2,3,4,6,8週間後にmagnetic resonance imaging (MRI) (1T ICON, Bruker, Billerica, MA, USA) による心機能評価を行い、心機能の推移を比較検討した。
また、至適移植細胞数を検討する目的で、100,000 Muse細胞投与群、200,000 Muse細胞投与群、400,000 Muse細胞投与群 (各群n=5) を設けた。至適細胞移植時期に細胞移植を行い、MRIにより心機能を比較した。
【0047】
<静脈内投与による細胞移植>
心筋炎作成3週間後に以下の如く無作為に群分けを行い、細胞移植を行った:心筋炎モデルに生理食塩水 (NS; normal saline) を投与するvehicle群 (Vehicle群)、MSC 200,000細胞投与群 (MSC群)、Muse 200,000細胞投与群 (Muse群)、心筋炎を誘導しないsham群 (S群)。また、複数回投与による治療効果を検討する目的で、心筋炎作成3週間後と4週間後にそれぞれ200,000 Muse細胞を投与する群 (Muse'群) を、Muse細胞投与群と同等のSSEA-3陽性細胞を含むMSCの治療効果を検討する目的で、3,000,000 MSC投与群 (MSC’群)を設けた。いずれの移植細胞も1 ml生理食塩水に懸濁し、経尾静脈的に投与した。心機能測定と組織学的な線維化の評価実験ではMACSで濃縮した細胞を投与した。免疫組織化学実験ではFACSで分離したGFP-Muse細胞を、生体内分布の評価実験ではnano-lantern-Muse細胞を移植した。いずれの細胞投与群においても免疫抑制剤は投与しなかった。
【0048】
<細胞移植ラットの心機能測定>
Week 2とweek 8に、1.5%イソフルラン吸入麻酔下にMRI (1T ICON, Bruker, Billerica, MA, US )による撮像を行った。心尖部から左室流出路までの左室短軸像を以下の撮像パラメータで行った:repetition time 17 ms, echo time 1.72 ms, flip angle 30°, field of view 40 × 40 mm, slice thickness 1.25 mm, averages 8。得られた撮像データについて以下の項目の測定を行った:左室拡張末期容積(EDV; end-diastolic volume)、左室収縮末期容積 (ESV; end-systolic volume)、駆出率 (EF; ejection fraction)。Week 2は各群n=9, week 8は各群n=6で評価した。
Week 2の血漿中の脳性ナトリウム利尿ペプチド (BNP; brain natriuremic peptide) をenzyme-linked immunosolvent assay (ELISA) 法を用いて測定した (BNP-32 Rat RIA Kit, Peninsula Laboratories, San Carlos, CA, USA)。
【0049】
<細胞移植ラットの心臓組織学的評価>
Day 3, week 2, week 8でイソフルラン過量投与によりラットを犠牲死させたのち、4%パラホルムアルデヒド (PFA; paraformaldehyde) 灌流固定を行った。心臓を摘出し、左室短軸方向に3mm厚に4分割したのち、パラフィンまたは凍結組織包埋材 (O.C.T. Compound; Sakura Finetek, Tokyo, Japan) に包埋した。その後、パラフィン切片は3 μm、凍結切片は6 μmで薄切切片を作成した。乳頭筋レベルの切片を用いて以下の組織学的評価を行った。
心臓組織中の炎症の程度を確認する目的でパラフィン切片を用いてヘマトキシリン-エオジン(HE; Hematoxylin-Eosin) 染色を行った。スライドは光学顕微鏡(BX53; Olympus, Tokyo, Japan) で観察した。
移植細胞の分化能の評価目的に、week 2,week 8において蛍光免疫組織化学を行った。1次抗体としてウサギ抗GFP抗体 (1;500; Medical & Biological Laboratories Co., Ltd., Nagoya, Japan), ヤギ抗ANP抗体 (1:100; Santa Cruz Biotechnology, Dallas, TX, USA), ヤギ抗CD31抗体 (Santa Cruz Biotechnology), マウス抗sarcomericα-actinin抗体 (1:100; Sigma-Aldrich), マウス抗troponin-I抗体 (1:50; Merck, Billerica, MA, USA), マウス抗connexin 43抗体 (1:50; Abcam, Cambridge, UK), マウス抗α-SMA抗体 (1:500; Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA) を、2次抗体としてAlexa 488標識ロバ抗ウサギ抗体 (1:500; Jackson ImmunoResearch), Alexa 594標識ロバ抗ヤギ抗体 (1:500; Jackson ImmunoResearch), Alexa 594標識ロバ抗マウス抗体 (1:500; Jackson ImmunoResearch) を用い、Nikon A1 共焦点レーザー顕微鏡 (Nikon, Tokyo, Japan) で観察した。ANP・GFP2重陽性細胞/GFP陽性細胞およびtroponin-I・GFP2重陽性細胞/GFP陽性細胞を算出した (n=3)。
障害組織におけるアポトーシスの評価目的に、day 3においてTdT-mediated dUTP nick end labeling (TUNEL) 染色を行った (In Situ Cell Death Detection Kit, TMR Red; Roche Diagnostics Deutschland GmbH, Mannheim, Germany )。無作為に1 mm2の対象領域 (ROI; regions of interest) を20カ所観察し、単位面積当たりのTUNEL陽性細胞数を算出した (各群n=3)。
線維化の評価としてweek 8においてMasson-Trichrome染色を行った。スライドは光学顕微鏡(Olympus) で観察、撮影した。Adobe Photoshop (Adobe Inc., San Jose, CA, USA)を用いて心臓線維面積/心臓断面積を算出した (各群n=6)。
【0050】
<細胞移植ラット障害組織への遊走因子の評価>
Muse細胞を損傷部位に誘導する遊走因子であるスフィンゴシン-1-リン酸 (S1P: Sphingosine-1-phosphate)(Yamada Y, Wakao S, Kushida Y, et al. S1P-S1PR2 Axis Mediates Homing of Muse Cells Into Damaged Heart for Long-Lasting Tissue Repair and Functional Recovery After Acute Myocardial Infarction. Circulation research. 2018;122:1069-1083.) の測定を行った。Day 0においてイソフルラン過量投与によりラットを犠牲死して心臓を摘出し、左室をバイオマッシャーによりホモジナイズした。ホモジネートバッファー (500 mM Tris-HCl/ 150 mM NaCl/ 1 mM EDTA/ 1% Triton X-100, 0.5% sodium deocyl sulfate/ 0.5% sodium deoxycholate) にプロテアーゼ阻害剤 (cOmplete, Merck) およびホスファターゼ阻害剤 (PhosSTOP(商標), Sigma-Aldrich) を製品プロトコールに従って添加したものを用いた。4℃, 15,000 rpm, 15分間の遠心分離後、上清中のS1P濃度を東レリサーチセンター (Kamakura, Japan) にて液体クロマトグラフィー質量分析法 (API 4000, AB/MDS SCIEX, Framingham, MA, USA) により測定した。S1P濃度は心臓組織1 g中の濃度として表記した。心筋炎非誘導群 (Control群; n=6)、心筋炎誘導群 (Myocarditis群; n=6) で行った。
【0051】
<移植細胞の生体内分布の評価>
移植細胞の生体内分布を評価する目的で、Nano-lanternを導入した細胞を用いた(Saito K, Chang YF, Horikawa K, et al. Luminescent proteins for high-speed single-cell and whole-body imaging. Nature communications. 2012;3:1262.)。Nano-lantern-Muse細胞投与、nano-lantern-MSC投与、非治療ラット(各群n=3)に対し、week 2にイソフルラン吸入による鎮静下でセレンテラジン 200 μg/ 1 ml NSを径尾静脈的に投与した。イソフルラン過量投与によりラットを犠牲死して心臓、肺、脳、肝臓、膵臓、脾臓、腎臓、胃、小腸、大腸、大腿骨、脛骨、腓骨、大腿四頭筋を摘出した。心臓を3 mm厚に、その他の臓器を1 cm厚以下にスライスしてセレンテラジン50 μg/ml溶液に浸した。IVIS Lumina LT (Perkin Elmer, Waltham, MA, USA) で撮影し、Living Image Software (Perkin Elmer) で光量の数値化を行った。
【0052】
<血管新生の評価>
Week 2にイソフルラン吸入による鎮静下でdextran, Texas Red(商標) (Thermo-Fisher Scientific) 2 mgを径尾静脈的に投与した。ラットをイソフルラン過量投与により安楽死させ、心臓を摘出した。組織透明化技術CUBIC (clear, unobstructed brain/body imaging cocktails and computational analysis)(Susaki EA, Tainaka K, Perrin D, et al. Whole-brain imaging with single-cell resolution using chemical cocktails and computational analysis. Cell. 2014;157:726-739.) に従って組織の透明化を行った。十分な透明化が得られたのち、Multiphotonレーザー顕微鏡 (Nikon) にて観察した。心外膜側から内膜側方向へ0.85μm毎に0.78×0.78μmの軸位断静止画像を118カ所撮影した。各サンプルの左室の前壁、側壁、後壁において、心基部、心尖部およびその中間から無作為に1カ所ずつ、合計9カ所撮影し、Image J software (National Institutes of Health, Bethesda, MD, USA) により血管内腔容積を算出した。各群n=3で評価した。
【0053】
<統計学的解析>
得られたデータは平均±標準偏差で表示した。統計学的解析にはJMP Pro 14 software (SAS Institute, Cary, NC, USA) を用いた。組織中S1P値およびIVISデータのシグナル強度における2群間の連続変数の比較は,Shapiro-Wilk検定によりいずれも正規分布であることが証明され,Student’s t-testを行った。その他の多群間比較にはOne-way ANOVAおよびTukey-Kramer’s post hoc testを行った。有意水準はp<0.05とした。
【0054】
≪実験結果≫
<Muse細胞濃縮後の細胞集団中のSSEA-3陽性率>
アイソタイプコントロールを反応させたMSCsでSSEA-3陽性細胞が検出されないようフローサイトメトリーのゲートを設定した。本研究で用いたMSCのSSEA-3陽性率は5.1±1.3%で、MACSによる細胞分離後のSSEA-3陽性率は75.0±4.8%であった(
図1)。
【0055】
<至適細胞移植時期および移植細胞数の検討>
至適細胞投与時期を検討するために、心筋炎誘導後2週、3週、4週、6週、8週における炎症の程度を組織学的に評価し、EFの推移をMRIにて比較した。HE染色では2週目には単核球浸潤は認めるものの、その他の炎症所見は認めなかった。3週目には著明な顆粒球および単核球浸潤を認め、心筋細胞の変性や間質の浮腫を伴っていた(
図2のA)。6週目には顆粒球および単核球浸潤は減少し、MT染色で線維化の出現を認めた。いずれの病変も心外膜側にほぼ全周性に認めた。EFは3週まで経時的に低下傾向を示し、3週以降はプラトーとなった(
図2のB)。本研究では臨床に即した検証を目指すため、心機能および組織学的な重症度がピークを迎える心筋炎誘導3週後に細胞移植を行うこととした。
続いて、至適移植細胞数の検討を行った。心筋炎誘導3週後に100,000 Muse細胞投与群、200,000 Muse細胞投与群、400,000 Muse細胞投与群を設け、細胞移植2週後にEFを測定した(
図3)。EFは200,000 Muse細胞投与群で74.0±2.5%で、100,000 Muse細胞投与群 (69.5±2.4%, p<0.05) に比べて統計学的に有意に高値を示したが、400,000 Muse細胞群 (72.7±1.3%) に比べて統計学的有意差は認めなかった。以上より、移植細胞数を200,000細胞に設定した。
【0056】
<Muse細胞の遊走因子および生体内分布>
Muse細胞の遊走因子であるS1P濃度をDay 0の心臓組織ホモジネートサンプルを用いて測定した (
図4)。S1P濃度はcontrol群24.9±2.9 ng/g、myocarditis群32.5±4.9 ng/gでありmyocarditis群で統計学的に有意に高値であった (p<0.05)。
Week 2における投与された細胞の生体内分布をIVISにて評価した(
図5のA)。IVISにより得られた各臓器の光量を示す (
図5のB)。Muse群ではMSC群に比べより多くの細胞集積を認めた(p<0.05)。また、細胞は主に心外膜側周辺に集積しており、本疾患モデルで引き起こされる炎症部位に一致していた。MSC群ではわずかに肺の集積を認めたが、Muse群では肺への集積は認めなかった。また、いずれの群においてもその他の臓器への集積は認めなかった。
【0057】
<細胞移植ラット心機能改善効果>
Week 2およびweek 8における心機能を示す(
図6のA-F)。Week 2においてMuse群でEFは73.1±1.9%で、Vehicle群 (60.8±2.5%, p<0.001), MSC群 (66.7±2.4%, p<0.001), MSC’群 (68.3±2.3%, p<0.01) に比べて統計学的に有意に高値を示した。Muse群とMuse'群 (73.2±2.0%) との間に有意差は認めなかった。Muse群でESVは0.11±0.01 mlでVehicle群(0.15±0.01 ml, p<0.001) に比べて統計学的に有意に低値を示した。Muse群とMSC群 (0.12±0.02 ml) およびMSC’群 (0.12±0.01 ml) との間に有意差はなかったものの、Muse群で低い傾向を認めた。EDVは各細胞移植群間で有意差は認めなかった。
Week 8においてMuse群でEFは68.8±4.5%で、Vehicle群 (59.5±3.9%, p<0.001) に比べて統計学的に有意に高値を示した。Muse群とMuse'群 (70.1±3.4%) の間に有意差は認めなかった。EDVおよびESVは各細胞移植群間で有意差は認めなかった。
Week 2における血漿中BNP値を示す(
図6のG)。Muse群のBNP値は347.2±188.6 pg/mlであり、Vehicle群 (980±241.1 pg/ml, p<0.001)、MSC群 (802.2±171.1 pg/ml, p<0.01)、MSC’群 (770±316.3 pg/ml, p<0.01) に比べて統計学的に有意に低値を示した。Muse群とMuse'群(395.2±283.3 pg/ml) の間に統計学的有意差は認めなかった。
【0058】
<細胞移植ラット組織学的評価>
移植したGFP-Muse細胞のweek 2における心筋細胞および血管構成細胞への分化能を組織学的に観察した。GFP陽性細胞の中で未熟心筋マーカーであるANP、成熟心筋マーカーであるsarcomeric α-actinin,troponin-I,connexin 43,血管構成細胞であるαSMA,CD31を発現する細胞を認めた(
図7のA-F)。GFP陽性細胞に占めるANP
+GFP
+の2重陽性細胞の割合は41.3±1.8%であり、troponin-I
+GFP
+の2重陽性細胞の割合は16.2±3.1%であった。
移植細胞の抗線維化/線維分解作用を評価する目的でweek 8の心臓組織切片をMasson-Trichrome染色にて観察した。
図8のAに各群の代表的画像を示す。各群のpercent fibrotic areaを心臓線維面積/心臓断面積×100で算出した(
図8のB)。Muse群 6.0±2.0%, Muse'群 4.8±3.4%でいずれもVehicle群 (12.1±4.5%) と比べて統計学的に有意に低値であった。Muse群とMSC群(8.6±2.6%) およびMSC’群 (8.5±4.5%) の間には有意差は認めないものの、Muse群で低い傾向を認めた。
【0059】
<細胞移植ラット組織におけるアポトーシス細胞数の比較>
細胞移植による抗アポトーシス効果を評価する目的で、day 3の心臓組織標本を用いて各群間のTUNEL陽性細胞数を比較した。
図9のAに各群の代表的画像を示す。Muse群でTUNEL陽性細胞数は1.8±0.4細胞/mm
2で、Vehicle群 (7±1.6細胞/mm
2) に比べて統計学的に有意に少ない値を示した (p=0.001)(
図9のB)。
【0060】
<Muse細胞による血管新生の評価>
細胞移植による血管新生を評価する目的で、透明化した心臓組織中の血管容積を計測した。
図10のAに多光子顕微鏡で撮影した各群の断層画像を示す。心臓組織に占める血管容積の割合はMuse群で7.4±1.2%で、Vehicle群 (3.2±0.5%) に比べて統計学的に有意に高い値を示した (p=0.047) (
図10のB)。
【0061】
以上のとおり、Muse細胞の心筋炎の治療に対する有効性が示された。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の細胞製剤は、心筋炎を発症した患者に投与することにより、心筋炎の障害部位に集積し、障害部位を修復(心筋細胞の増殖、血管新生、組織の修復等)し、心機能を改善または回復させることができ、心筋炎の治療に応用することができる。