(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-29
(45)【発行日】2025-02-06
(54)【発明の名称】電子スピン共鳴測定装置
(51)【国際特許分類】
G01N 24/10 20060101AFI20250130BHJP
【FI】
G01N24/10 520G
(21)【出願番号】P 2021066151
(22)【出願日】2021-04-08
【審査請求日】2023-10-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 貴之
(72)【発明者】
【氏名】鐘本 勝一
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-034434(JP,A)
【文献】特表2009-511898(JP,A)
【文献】特開平11-326440(JP,A)
【文献】特開昭63-067555(JP,A)
【文献】特開2002-257759(JP,A)
【文献】国際公開第2019/039477(WO,A1)
【文献】特開2001-174536(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00-24/14
G01R 33/28-33/64
G01R 31/26-31/27
H01L 21/66
JSTPlus(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
静磁場を発生させる静磁場発生器と、
前記静磁場内に設置され、電圧又は光の供給に応答する試料を収容し、マイクロ波が供給されて前記試料において電子スピン共鳴を生じさせるキャビティと、
前記試料に対してマイクロ波を繰り返し照射するマイクロ波照射手段と、
マイクロ波の照射と同期して前記試料に対して電圧又は光を繰り返し供給することで前記試料を駆動させる供給手段と、
前記試料において生じた電子スピン共鳴が反映された信号を測定する測定手段と、
を含み、
電圧又は光の供給の繰り返し周波数は、マイクロ波の照射の繰り返し周波数以
上の周波数であ
り、
前記測定手段は、電圧又は光の供給に応答して前記試料から得られる信号から特定の周波数成分を抽出するフィルタを含み、前記特定の周波数成分を電子スピン共鳴が反映された信号として測定する、
ことを特徴とする電子スピン共鳴測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電子スピン共鳴測定装置において、
前記フィルタは、バンドパスフィルタ又はローパスフィルタである、
ことを特徴とする電子スピン共鳴測定装置。
【請求項3】
静磁場を発生させる静磁場発生器と、
前記静磁場内に設置され、電圧又は光の供給に応答する試料を収容し、マイクロ波が供給されて前記試料において電子スピン共鳴を生じさせるキャビティと、
前記試料に対してマイクロ波を繰り返し照射するマイクロ波照射手段と、
マイクロ波の照射と同期して前記試料に対して電圧又は光を繰り返し供給することで前記試料を駆動させる供給手段と、
前記試料において生じた電子スピン共鳴が反映された信号を測定する測定手段と、
を含み、
電圧又は光の供給の繰り返し周波数は、マイクロ波の照射の繰り返し周波数以上の周波数であり、
前記供給手段は、電圧パルス又は光パルスを前記試料に繰り返し供給し、
電圧パルス又は光パルスは、デューティー比50%の矩形波であり、
前記マイクロ波照射手段は、デューティー比50%以外のパルス幅を有するマイクロ波パルスを前記試料に繰り返し照射する、
ことを特徴とする電子スピン共鳴測定装置。
【請求項4】
請求項3に記載の電子スピン共鳴測定装置において、
電圧パルス又は光パルスの供給の繰り返し周波数と、マイクロ波パルスの照射の繰り返し周波数は同じ周波数であり、
前記測定手段は、その繰り返し周波数の2倍の周波数を中心周波数とするバンドパスフィルタを用いて、電圧パルス又は光パルスの供給に応答して前記試料から得られる信号から特定の周波数成分を抽出し、前記特定の周波数成分を電子スピン共鳴に起因する信号として測定する、
ことを特徴とする電子スピン共鳴測定装置。
【請求項5】
請求項3に記載の電子スピン共鳴測定装置において、
電圧パルス又は光パルスの供給の繰り返し周波数は、マイクロ波パルスの照射の繰り返し周波数の2倍の周波数であり、
前記測定手段は、ローパスフィルタを用いて、電圧パルス又は光パルスの供給に応答して前記試料から得られる信号から、マイクロ波パルスの照射の繰り返し周波数以下の特定の周波数成分を抽出し、前記特定の周波数成分を電子スピン共鳴に起因する信号として測定する、
ことを特徴とする電子スピン共鳴測定装置。
【請求項6】
請求項3から請求項5のいずれか一項に記載の電子スピン共鳴測定装置において、
前記マイクロ波照射手段は、電圧パルス又は光パルスが前記試料に供給されるタイミングを基準として、前記試料に対してマイクロ波パルスを照射するタイミングを遅らせて前記試料に対してマイクロ波パルスを照射し、マイクロ波パルスを照射するタイミングを測定毎に変える、
ことを特徴とする電子スピン共鳴測定装置。
【請求項7】
請求項3から請求項5のいずれか一項に記載の電子スピン共鳴測定装置において、
前記供給手段は、マイクロ波パルスが前記試料に供給されるタイミングを基準として、前記試料に対して電圧パルス又は光パルスを供給するタイミングを遅らせて前記試料に対して電圧パルス又は光パルスを供給し、電圧パルス又は光パルスを供給するタイミングを測定毎に変える、
ことを特徴とする電子スピン共鳴測定装置。
【請求項8】
請求項3から請求項5のいずれか一項に記載の電子スピン共鳴測定装置において、
前記測定手段は、更に、電圧パルス又は光パルスの供給に応答して前記試料から得られる信号の積算値を算出する、
ことを特徴とする電子スピン共鳴測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance:以下「ESR」ともいう。)測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、電子スピン共鳴分光法では、静磁場内に設置されたキャビティ内に試料が設置される。キャビティ内において、試料中の電子スピンに対して電磁波エネルギーが与えられる。その電磁波エネルギー(hν)と静磁場(B0)によるゼーマンエネルギー(gμBBo)とが一致したとき、試料において電磁波エネルギーが吸収され、その現象が電子スピン共鳴として観測される。ここで、hはプランク定数であり、νは電磁波の周波数であり、gはg値と呼ばれる比例定数であり、μBはボーア磁子である。
【0003】
ESR測定装置において、静磁場方向をz軸としたとき、試料中の電子スピンはz軸方向に平行な磁化(Mz)を有する。その状態において、マイクロ波が供給され、また、静磁場が掃引される(具体的には静磁場の強さが変更される)。その過程において、共鳴条件が満たされると、y軸方向の振動磁化(横磁化)成分(My)が生じる。ESR測定装置において観測される一般的な「ESRスペクトル」は、静磁場の強さの変化に対する振動磁化成分(My)の変化をプロットすることで形成されるスペクトルである。
【0004】
特許文献1には、EDMR(Electrically Detected Magnetic Resonance)測定法と、ODMR(Optically Detected Magnetic Resonance)測定法が記載されている。
【0005】
特許文献2には、試料にマイクロ波パルスを照射しながら光を照射して信号を検出する方法が記載されている。
【0006】
また、時間分解ESR測定法が知られている。時間分解ESR測定法とは、以下の式(1)や式(2)で表されるように、生成物又は反応中間状態に不対電子を有する化合物(ラジカル種)が存在するときに、何らかの反応開始イベントをトリガーとして、そのラジカル種の電子状態、局所分子構造及び反応速度が反映された逐次的なESR信号又は電子常磁性共鳴(Electron Paramagnetic Resonance:EPR)信号を、スペクトル又は吸収・放出量として記録し、評価する手法である。以下では、EPRはESRの概念の範疇に含まれるものとする。
【数1】
【数2】
【0007】
時間分解ESRスペクトル及び信号を測定する方法、時間分解の刻み幅(つまり時間分解能)によって2つの方式に大別される。
【0008】
以下、従来技術の時間分解ESR測定法Aについて説明する。上記の式(1)に示すような化学反応において、生成するラジカル種の寿命が比較的長い場合(例えばミリ秒以上)、時間分解ESR測定法Aが適用される。時間分解ESR測定法Aにおいて特定のトリガーとなる現象は、例えば物質Aと物質Bとを混合した瞬間に生じた現象や、物質Aと物質Bとが混合された系の温度をある温度に制御した瞬間に生じた現象である。
【0009】
図15には、時間分解ESR測定法Aを実現するESR測定装置の構成が示されている。
図16には、この時間分解ESR測定法Aの手順と、その測定の結果が示されている。
【0010】
時間分解ESR測定法Aでは、試料500の温度をある温度に制御した時や、測定用の試料管に試料Aと試料B(通常は両方とも液体)を混入させた時を起点として、電気的トリガーを発し(
図16(a)中の符号540参照)、その時点からある一定の時間間隔でESRスペクトルを記録する。
【0011】
具体的には、キャビティ502が、掃引可能な静磁場を発生する電磁石504の磁極間に設置されており、試料500は、そのキャビティ502内に設置される。キャビティ502内又は外側に、静磁場の値を変調できる変調コイル506が設置されており、変調信号発生器508によって磁場変調信号が変調コイル506に印加される。同時に、マイクロ波発振器510からは、周波数νのマイクロ波が出力される。マイクロ波は、減衰器512で適度なパワーに調整され、その後、サーキュレーター514を介してキャビティ502へと導入される。このとき、キャビティ502と導波路はインピーダンスマッチングされており、反射電力がない状態となっている。電磁石504の電流値を変化させて(例えば増加させて)、磁場の値とマイクロ波の周波数が、下記の式(3)が示す条件を満たすとき、ESR吸収が生じる。
hν=gμBB・・・(3)
ここで、μBはボーア磁子であり、Bは磁場の大きさである。
【0012】
この共鳴条件が成立すると、キャビティ502と導波路とのインピーダンスマッチングが崩れ、反射電力が生じ、サーキュレーター514を介して、位相検波器516で直流電流(又は直流電圧)に変換される。位相検波器516は、位相器518を介してマイクロ波発振器510に接続されている。変換された直流信号は、変換磁場周波数(一般的には100kHz)で変調され、プリアンプ520で増幅された後、ロックインアンプ522(位相検波器524とプリアンプ526で構成される)で検波され、AD変換器528でデジタル信号に変換される。そのデジタル信号は、PC(パーソナルコンピュータ)530にてスペクトルとして処理される。
【0013】
時間分解ESR測定法Aは、
図16(a)に示される手順に沿って実行される。上述したように、測定の起点となるトリガー信号540は、試料500の温度が定まった瞬間、又は、反応溶液が混合された瞬間に、何らかの電子信号として得られる。このトリガー信号540が得られた時点から予め定められた遅延時間の後より、磁場掃引、すなわちESRスペクトル測定を開始する。
【0014】
最初の測定をSweep#1と表現すると、この磁場掃引終了後、あるインターバル時間の後、2回目の測定Sweep#2を開始する。この磁場掃引終了後、あるインターバル時間の後、3回目の測定Sweep#3を開始する。こういった一連の連続測定を、予め指定したN回行う。
【0015】
得られた結果の出力方法として、主に2種類の方法がある。
図16(b)には、1つの方法が示されており、
図16(c)には、別の方法が示されている。
【0016】
図16(b)に示す方法は、ESRスペクトルを反応時間の時系列毎に並べて表示する方法である。
図16(c)に示す方法は、スペクトルのあるピーク位置の信号強度のみを反応時間の時系列毎にプロットする方法である。
【0017】
図16(b)に示す方法は、スペクトル線型の時系列解析から電子状態を調べるために有効である。
図16(c)に示す方法は、反応速度の解析に有効な方法である。
【0018】
時間分解ESR測定法Aは、比較的反応速度が遅い化学反応の追跡に用いられる。時間分解能の目安は、変調磁場の周期よりも十分に長くなければならない。例えば100kHzの磁場変調では、10μsの周期となるので、これより十分に長い時間となると、ミリ秒以上の時間分解能となる。これより短い時間分解能で、特に、上記の式(2)に示したような寿命の短い反応中間体を捉えるためには、以下に説明する時間分解ESR測定法Bが必要となる。
【0019】
以下、時間分解ESR測定法Bについて説明する。
図17には、時間分解ESR測定法Bを実現するESR測定装置の構成が示されている。
図18には、この時間分解ESR測定法Bの手順と、その測定の結果が示されている。なお、一般的に時間分解ESRというときは、時間分解ESR測定法Bやそのための装置を指すことが多い。
【0020】
上記の式(2)に示すような反応中間体の寿命は、非常に短い時間しか安定的に存在できないため、高速かつ高感度に信号を取得する方法が必要となる。時間分解ESR測定法で短寿命の反応中間体を捉えようとする場合、光化学反応による反応中間体の検出を目的として、時間分解ESR測定法Bが採用されてきた。
【0021】
時間分解ESR測定法Bの特徴は、以下の(1)~(3)の点にある。
(1)磁場変調法を用いないため、変調コイルを使わない。
(2)信号取得の起点となるトリガーは、パルス状のレーザー照射に伴うスイッチ信号である。
(3)ESR信号は、より高速(広帯域)なプリアンプで増幅された後、ロックインアンプではなく、直接オシロスコープや連続アベレージャーやボックスカー積算器といった装置に取り込まれる。
【0022】
時間分解ESR測定法Bにおいては、試料600が設置されたキャビティ602は、電磁石604が発生する静磁場の下、電磁石604の磁極間に設置される。周波数νのマイクロ波は、発振器606によって出力され、減衰器608によって適度なパワーに調整され、その後、サーキュレーター610を介してキャビティ602に導入される。
【0023】
キャビティ602の導波路はインピーダンスマッチングされており、反射電力がない状態に維持されている。通常のESR装置であれば、電磁石604の電流を連続的に掃引し、上記の式(3)にマッチするところでロックイン検波することによって信号を得るが、時間分解ESR測定法Bでは、
図18(a)に示すような段階的なシーケンス動作によって信号を取得する。
【0024】
まず、静磁場をある値M#1に設定した後、レーザー光源612によって発振される光をスイッチ614でパルス状に成型して、試料600に照射する。このときのスイッチ信号をトリガー信号として、広帯域プリアンプ620の出力を信号取込器622(高速デジタイザー(オシロスコープ、連続アベレージャー)又はボックスカー積算器)に取り込む。そのトリガーは、トリガー生成器626によって生成される。このとき、信号のSN比を高めるために、指定した回数の演算処理を行うのが通常である。なお、広帯域プリアンプ620は、位相検波器616を介してサーキュレーター610に接続されており、位相検波器616は、位相器618を介して発振器606に接続されている。
【0025】
積算処理が終わると、取り込んだ波形データ又は信号強度データは、その磁場M#1の値としてPC624に格納される。
【0026】
次に、磁場の値を磁場M#2に変更し、同じくレーザー照射と信号の積算処理を行う。このように段階的に磁場の値を変更する毎に、その磁場の値でのESR信号(つまり、レーザー照射による過渡応答信号)を記録し、最終的には、横軸を磁場の値、縦軸を信号強度とするスペクトルを、PC624によって生成する。
【0027】
信号取込器622が、デジタイザー方式の波形記録方式を採用する取込器である場合、
図18(b)に示すように、レーザー照射時刻からの時間に依存したESRスペクトルの時間変化が得られる。
【0028】
図18(c)には、磁場の値がある値の場合において、ある時刻におけるESR信号強度のみに着目して、その信号強度をプロットして得られた結果が示されている。この結果は、例えば、反応速度の解析に利用される。
【0029】
ボックスカー積算器は、過渡応答信号の特定時間領域の信号強度だけを積算出力する。それ故、
図18(b)及び
図18(c)に示されている結果を得ようとする場合、レーザー照射時間からの遅延時間(つまりボックスカー積算器の指定時間領域)をある時間間隔に変更する実験を繰りかえすことで、同じ結果を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0030】
【文献】特開2020-34434号公報
【文献】特開2016-75665号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0031】
上述した従来の時間分解ESR測定法では、以下に説明する問題がある。
【0032】
電圧や光を駆動イベントとして機能を発現するデバイス(例えば整流ダイオードや発光ダイオード)の時間的な過渡応答は、その信号の大部分がESRとは関係のないキャリア電子や、回路に寄生する浮遊容量や、デバイス自身が持つ容量由来の変位電流等が支配する。それ故、そのようなデバイスを試料として時間分解ESR測定法を行うと、初期の電子スピンの挙動を選択的に観測することができない。例えば、シリコンを用いた整流ダイオードにおいて、再結合電流に電子スピンが関与する場合、全体のキャリアのうち、電子スピンの寄与は10-6から10-4程度の非常に僅かな比率である。
【0033】
このような現象を、上述した時間分解ESR測定法Bを実現する装置を用いて、例えば、PLDMR(Photoluminescence detected magnetic resonance)測定法で検出しようとしても、発光の過渡応答の中から電子スピン由来の成分だけを選択的に取り出すことができないため、得られる光ルミネセンス信号が電子スピン由来か否かを判別することができない。
【0034】
また、ダイオードの電圧駆動による過渡的な電流応答や、発光ダイオードの電圧駆動による過渡的な発光応答の計測については、上述した時間分解ESR測定法Bに類似する構成で、電子スピンに依存した過渡的な再結合関連現象を選択的に抽出する手段が存在しない。
【0035】
デバイスに電圧を印加した瞬間や光を照射した瞬間の過渡的な電子状態の変化ではなく、定常的に電圧が印加された状態や光が照射された状態における、電子スピンが関与する電流応答や光応答であれば、いわゆるCW-EDMR(Continuous Wave Electrically Detected Magnetic Resonance)測定法や、CW-ODMR(Continuous Wave Optically Detected Magnetic Resonance)測定法といった手法で検出できる。しかし、これらの測定法は、あくまで定常的な状態での測定法である。
【0036】
本発明の目的は、ESR測定装置において、電圧の印加又は光の照射に応答するデバイスがESR測定対象の試料として用いられる場合に、電圧の印加又は光の照射に応答して、電子スピンが関与する現象を試料から検出することにある。
【課題を解決するための手段】
【0037】
本発明の1つの態様は、静磁場を発生させる静磁場発生器と、前記静磁場内に設置され、電圧又は光の供給に応答する試料を収容し、マイクロ波が供給されて前記試料において電子スピン共鳴を生じさせるキャビティと、前記試料に対してマイクロ波を繰り返し照射するマイクロ波照射手段と、マイクロ波の照射と同期して前記試料に対して電圧又は光を繰り返し供給することで前記試料を駆動させる供給手段と、前記試料において生じた電子スピン共鳴が反映された信号を測定する測定手段と、を含み、電圧又は光の供給の繰り返し周波数は、マイクロ波の照射の繰り返し周波数以上の周波数である、ことを特徴とする電子スピン共鳴測定装置である。
【0038】
前記供給手段は、矩形状の電圧パルス又は光パルスを前記試料に繰り返し供給してもよい。
【0039】
電圧パルス又は光パルスは、デューティー比50%の矩形波であり、前記マイクロ波照射手段は、デューティー比50%以外のパルス幅を有するマイクロ波パルスを前記試料に繰り返し照射してもよい。
【0040】
電圧パルス又は光パルスの供給の繰り返し周波数と、マイクロ波パルスの照射の繰り返し周波数は同じ周波数であり、前記測定手段は、その繰り返し周波数の2倍の周波数を中心周波数とするバンドパスフィルタを用いて、電圧パルス又は光パルスの供給に応答して前記試料から得られる信号から特定の周波数成分を抽出し、前記特定の周波数成分を電子スピン共鳴に起因する信号として測定してもよい。
【0041】
電圧パルス又は光パルスの供給の繰り返し周波数は、マイクロ波パルスの照射の繰り返し周波数の2倍の周波数であり、前記測定手段は、ローパスフィルタを用いて、電圧パルス又は光パルスの供給に応答して前記試料から得られる信号から、マイクロ波パルスの照射の繰り返し周波数以下の特定の周波数成分を抽出し、前記特定の周波数成分を電子スピン共鳴に起因する信号として測定してもよい。
【0042】
前記マイクロ波照射手段は、電圧パルス又は光パルスが前記試料に供給されるタイミングを基準として、前記試料に対してマイクロ波パルスを照射するタイミングを遅らせて前記試料に対してマイクロ波パルスを照射し、マイクロ波パルスを照射するタイミングを測定毎に変えてもよい。
【0043】
前記供給手段は、マイクロ波パルスが前記試料に供給されるタイミングを基準として、前記試料に対して電圧パルス又は光パルスを供給するタイミングを遅らせて前記試料に対して電圧パルス又は光パルスを供給し、電圧パルス又は光パルスを供給するタイミングを測定毎に変えてもよい。
【0044】
前記測定手段は、更に、電圧パルス又は光パルスの供給に応答して前記試料から得られる信号の積算値を算出してもよい。
【発明の効果】
【0045】
本発明によれば、ESR測定装置において、電圧の印加又は光の照射に応答するデバイスがESR測定対象の試料として用いられる場合に、電圧の印加又は光の照射に応答して、電子スピンが関与する現象を試料から検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【
図1】第1実施形態に係るESR測定装置の構成を示すブロック図である。
【
図3】第1実施形態において、共鳴条件を満たしていないときに発生する応答信号の各周波数成分を示す図である。
【
図4】第1実施形態において、共鳴条件を満たすときに発生する応答信号の各周波数成分を示す図である。
【
図5】第1実施形態において、共鳴条件を満たすときにバンドパスフィルタから出力される信号の周波数成分を示す図である。
【
図6】第1実施形態の測定法A,Bを示す図である。
【
図7】第1実施形態において、ボックスカー積算器による測定のタイミングチャートを示す図である。
【
図8】第2実施形態に係るESR測定装置の構成を示すブロック図である。
【
図10】第2実施形態において、共鳴条件を満たしていないときに発生する応答信号の各周波数成分を示す図である。
【
図11】第2実施形態において、共鳴条件を満たすときに発生する応答信号の各周波数成分を示す図である。
【
図12】第2実施形態において、共鳴条件を満たすときにローパスフィルタから出力される信号の周波数成分を示す図である。
【
図13】第2実施形態の測定法A,Bを示す図である。
【
図14】時間分解ELDMR法による測定結果を示す図である。
【
図15】従来技術に係るESR測定装置の構成を示すブロック図である。
【
図16】従来技術に係る時間分解ESR測定法を示す図である。
【
図17】従来技術に係るESR測定装置の構成を示すブロック図である。
【
図18】従来技術に係る時間分解ESR測定法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
以下、第1実施形態及び第2実施形態に係るESR測定装置について説明する。第1実施形態及び第2実施形態に係るESR測定装置は、時間分解ESR測定法を実現する装置である。以下では、第1実施形態に係る方式を「BPF(Band Pass Filter)-2ω方式」と称し、第2実施形態に係る方式を「LPF(Low Pass Filter)-ω方式」と称することとする。BPF-2ω方式及びLPF-ω方式では、後述する測定法A又は測定法Bのいずれかの測定法によって、時間分解信号を得ることができる。
【0048】
時間分解ESR信号の測定の対象となる試料は、電流又は電圧駆動によって再結合電流を生じさせる半導体デバイスA、同様の再結合過程において発光現象を伴う半導体デバイスB、デバイスをある波長の光で励起することにより生じるキャリアが再結合電流を生じさせる半導体デバイスC、又は、このキャリアが再結合するときに光ルミネセンス現象による励起光とは別の波長の発光を引き起こす半導体デバイスDである。
【0049】
半導体デバイスの電気的挙動を検出する磁気共鳴法を、EDMR(Electrically Detected Magnetic Resonance)法と称し、半導体デバイスの光学的挙動を検出する磁気共鳴法を、ODMR(Optically Detected Magnetic Resonance)法と称する。
【0050】
以下に説明するように、これらの手法は、検出する物理現象毎に名称が細分化される。
・半導体デバイスAの再結合電流を検出する磁気共鳴法を、EDMR(Electrically Detected Magnetic Resonance)法と称する。
・半導体デバイスBの発光を検出する磁気共鳴法を、ELDMR(Electro Luminescence Detected Magnetic Resonance)法と称する。
・半導体デバイスCの再結合電流を検出する磁気共鳴法を、PCDMR(Photo-Current Detected Magnetic Resonance)法と称する。
・半導体デバイスDの発光を検出する磁気共鳴法を、PLDMR(Photo Luminescence Detected Magnetic Resonance)法と称する。
【0051】
以下では、まず第1実施形態について説明し、次に第2実施形態について説明する。
【0052】
<第1実施形態>
図1を参照して、第1実施形態に係るESR測定装置について説明する。
図1には、第1実施形態に係るESR測定装置10の構成の一例が示されている。
【0053】
以下では、ESR測定装置10によって、時間分解EDMR法、時間分解ELDMR法、時間分解PCDMR法、及び、時間分解PLDMR法のそれぞれを実現する構成及び動作について説明する。
【0054】
(時間分解EDMR法)
ESR測定装置10によって時間分解EDMR法を実現する構成及び動作について説明する。
【0055】
測定対象となる試料12は、マイクロ波共振器であるキャビティ14内に設置される。試料12は、上述した半導体デバイスA,B,C,D等のデバイスである。後述するように、試料12に対して、試料12の種類に応じて電圧パルス又は光パルスが供給され、これによって、試料12が駆動させられる。また、試料12には、マイクロ波パルスが照射される。キャビティ14は、磁場を掃引することが可能な2つの電磁石16の磁極間に配置され、これにより、キャビティ14は、電磁石16によって発生される静磁場内に設置される。2つの電磁石16によって静磁場発生器が構成される。
【0056】
任意波形発生器18は、デバイスである試料12に接続されて試料12の駆動電力源として機能する。任意波形発生器18は、基本周波数である周波数ωに従ってマスタークロックを繰り返し発生させるマルチチャンネル任意波形発生器20に接続されている。つまり、マスタークロックの繰り返し周波数は周波数ωである。任意波形発生器18は、マスタークロックに同期されたバイアス電圧を繰り返し発生させて試料12に印加することで、試料12を駆動させる。任意波形発生器18が発生させるバイアス電圧は、例えば、矩形パルス電圧である。試料12に対するバイアス電圧の印加の繰り返し周波数は、周波数ωである。その矩形パルス電圧は、1周期の50%がオン状態のパルス(つまり、Duty50%(デューティー比50%))である。
【0057】
任意波形発生器22は、マルチチャンネル任意波形発生器20に接続されており、マルチチャンネル任意波形発生器20が繰り返し発生させたマスタークロックによって同期され、そのマスタークロックに対して一定の遅延時間の後、任意のパルス幅を有するロジック信号を、周波数ωに従って繰り返しスイッチ24に出力する。
【0058】
マイクロ波発振器26は、周波数νmのマイクロ波を発生させる。マイクロ波発振器26から出力された周波数νmのマイクロ波は、減衰器27によって電力調整された後、スイッチ24へ送られる。
【0059】
スイッチ24は、任意波形発生器22が発生させたロジック信号を受けて、パルス状に成型されたマイクロ波パルス信号を繰り返し出力する。その繰り返しの周波数は周波数ωである。スイッチ24を実現するスイッチングデバイスは、ON/OFF制御型のSPST(single pole, single throw)や、SPDT(single pole, double throw)スイッチだけでなく、DBM(Double Balanced Mixer)のような任意の形状のパルス成型を可能にするスイッチ機能を有するデバイスでもよい。
【0060】
スイッチ24から出力されたマイクロ波パルスは、パワーアンプ28によって強度が増幅され、サーキュレーター30を介してキャビティ14へ導入される。なお、サーキュレーター30には、ダミーロード31が接続されている。マイクロ波パルスは、デューティー比50%以外のパルス幅を有する信号である。
【0061】
図2には、第1実施形態に係る各信号が示されている。
図2中の横軸は時間である。
【0062】
図2(a)には、マルチチャンネル任意波形発生器20が発生させるマスタークロックのオン/オフのタイミングが示されている。マスタークロックの繰り返し周波数は、周波数ωである。
【0063】
図2(b)には、任意波形発生器18が試料12にバイアス電圧パルスを印加するタイミングが示されている。バイアス電圧パルスの繰り返し周波数は、周波数ωであり、バイアス電圧パルスは、周波数ωに従って試料12に繰り返し印加される。
【0064】
図2(c)には、マイクロ波パルスを試料12に照射するタイミングが示されている。マイクロ波パルスの繰り返し周波数は、周波数ωであり、マイクロ波パルスは、周波数ωに従って試料12に繰り返し照射される。
【0065】
図2(d)及び
図2(e)には、マイクロ波パルスの照射に応答して試料12から発せられる信号の波形が示されている。試料12から発せられる信号は、試料12(つまりデバイス)の種類に応じて、電流、電圧又は発光強度のいずれかである。
【0066】
バイアス電圧パルスは、マスタークロックに同期しており、例えば、Duty50%の矩形状のパルスである。マイクロ波パルスは、マスタークロックに対して一定の遅延時間tdの後、試料12に照射される。
【0067】
マイクロ波パルスがオフのとき(つまりマイクロ波パルスが試料12に照射されていないとき)や、マイクロ波の周波数ν
mと静磁場Bが、デバイスである試料12のキャリア伝導に関与する電子スピンの共鳴条件(hν
m=gμ
BB)に合致していないとき、試料12からの応答信号は、
図2(d)に示すように、バイアス電圧パルスの波形と相似形の信号(例えば、Duty50%の矩形パルス信号)となる。
【0068】
一方、マイクロ波パルスがオンであり(つまりマイクロ波パルスが試料12に照射されており)、かつ、マイクロ波の周波数ν
mと静磁場Bが、試料12のキャリア伝導に関与する電子スピンの共鳴条件(hν
m=gμ
BB)に合致しているとき、試料12からの応答信号は、
図2(e)に示すように、バイアス電圧パルスの波形と相似形の信号に加え、マイクロ波パルスに同期した微小変動成分100を含む波形信号となる。
【0069】
EDMR法を行う場合、試料12から出力された応答信号は、プリアンプ32に入力され、プリアンプ32よって増幅される。
【0070】
応答信号の発生状態を維持したまま、電磁石16の電流を制御して磁場掃引を行った場合、共鳴条件(hν
m=gμ
BB)を満たしていないと、
図2(d)に示す応答信号が、プリアンプ32から出力される。この応答信号は、バイアス電圧のパルス信号と同様のDuty50%の矩形波であるため、基本周波数ωの成分だけでなく、3ω、5ωといった基本周波数ωの奇数倍の周波数成分が、いわゆる高調波として発生する(トランジスタ技術、2001年2月号 p.293-299参照)。
図3には、共鳴条件を満たしていないときに発生する応答信号の各周波数成分が示されている。
【0071】
一方、磁場Bの値が共鳴条件(hν
m=gμ
BB)を満たすと、
図2(e)に示す応答信号が、プリアンプ32から出力される。この応答信号は、ESR共鳴に起因して歪んだ成分(つまり微小変動成分100)を含むため、この応答信号の波形の形状が、共鳴条件を満たしていないときの応答信号の波形の形状から僅かに崩れる。それ故、基本周波数ωの奇数倍の高調波成分だけでなく、2ω、4ωといった基本周波数ωの偶数倍の周波数成分も発生する。
図4には、共鳴条件を満たすときに発生する応答信号の各周波数成分が示されている。
【0072】
第1実施形態においては、プリアンプ32にバンドパスフィルタ34が接続されており、プリアンプ32によって増幅された応答信号は、バンドパスフィルタ34に出力される。バンドパスフィルタ34は、中心周波数を2ωとするバンドパスフィルタである。プリアンプ32から出力された応答信号は、バンドパスフィルタ34を通過する。
【0073】
バンドパスフィルタ34にはロックインアンプ36が接続されており、バンドパスフィルタ34から出力された信号は、ロックインアンプ36に入力される。
【0074】
応答信号が非共鳴時の応答信号(つまり共鳴条件を満たさないときの応答信号)である場合、応答信号がバンドパスフィルタ34を通過すると、バンドパスフィルタ34から出力される信号は無信号となる。つまり、バンドパスフィルタ34から信号は出力されず、ロックインアンプ36に信号が入力されない。
【0075】
応答信号が共鳴時の応答信号(つまり共鳴条件を満たすときの応答信号)である場合、応答信号がバンドパスフィルタ34を通過すると、バンドパスフィルタ34から出力される信号は、
図5に示すように、2ω成分のみの信号となる。バンドパスフィルタ34から出力した2ω成分の信号は、ロックインアンプ36に入力される。
【0076】
ロックインアンプ36は、マルチチャンネル任意波形発生器20から周波数2ωに従って繰り返し送られる参照信号を受けて、バイアス電圧に対する試料12の応答信号の中から、ESRに起因する成分のみを選択的に高感度に検波する。
【0077】
磁場Bが掃引され、その掃引された磁場Bの値に対してロックインアンプ36によって検波された2ω成分の値が、ADC(Analog to Digital Converter)38によってデジタル信号に変換され、その後、PC40によって処理される。これにより、EDMRスペクトルが生成される。
【0078】
なお、バンドパスフィルタ34及びロックインアンプ36によって、測定手段の一例が構成される。
【0079】
図6には、第1実施形態に係るESR測定装置10によって、時間分解EDMRスペクトル又は時間分解EDMR信号を得るための測定法A及び測定法Bが示されている。測定法A又は測定法Bのいずれかを実行することで、時間分解EDMRスペクトル又は時間分解EDMR信号が得られる。
【0080】
図6(a)には、マルチチャンネル任意波形発生器20が発生させるマスタークロックのオン/オフのタイミングが示されている。
図6(b)及び
図6(d)には、任意波形発生器18が試料12にバイアス電圧パルスを印加するタイミングが示されている。
図6(c)及び
図6(e)には、マイクロ波パルスを試料12に照射するタイミングが示されている。
図6中の横軸は時間である。
【0081】
図6(b)及び
図6(c)は、測定法Aを示す図である。
図6(d)及び
図6(e)は、測定法Bを示す図である。まず測定法Aについて説明し、次に測定法Bについて説明する。
【0082】
(測定法A)
測定法Aでは、マスタークロックに対するバイアス電圧パルスの位相差(又はマスタークロックに対するバイアス電圧パルスの遅延時間)は固定する。一方、マスタークロックに対するマイクロ波パルスの遅延時間t
dを、スペクトル測定毎に変える。
図6(c)には、遅延時間t
dが変えられる前のマイクロ波パルスが実線で示されており(符号110参照)、遅延時間t
dが変えられた各マイクロ波パルスが破線で示されている(符号112,114参照)。
【0083】
遅延時間t
dをスペクトル測定毎に変えることで、得られるスペクトルは、バイアス電圧パルスに対する相対的な時間変化に対応した時間分解スペクトル群となる。遅延時間t
dに対して対応するスペクトルを並べると、
図18(b)に示すような時間分解EDMRスペクトルデータセットが得られる。磁場掃引せずに、磁場Bを共鳴磁場に固定した状態で信号強度のみを遅延時間t
dに対してプロットすると、
図18(c)に示すような反応速度データが得られる。
【0084】
(測定法B)
測定法Bでは、マスタークロックに対するマイクロ波パルスの遅延時間を固定する。一方、マスタークロックに対するバイアス電圧パルスの位相差Δφをスペクトル測定毎に変える。
図6(d)には、位相差Δφが変えられる前のバイアス電圧パルスが実線で示されており(符号120参照)、位相差Δφが変えられた各バイアス電圧パルスが破線で示されている(符号122,124参照)。
【0085】
位相差Δφをスペクトル測定毎に変えることで、得られるスペクトルは、測定法Aと同様に、バイアス電圧パルスに対する相対的な時間変化に対応した時間分解スペクトル群となる。位相差Δφに対して対応するスペクトルを並べると、
図18(b)に示すような時間分解ESMRスペクトルデータセットが得られる。磁場掃引せずに、磁場Bを共鳴磁場に固定した状態で信号強度のみを遅延時間t
dに対してプロットすると、
図18(c)に示すような反応速度データが得られる。
【0086】
また、ESR測定装置10は、プリアンプ32に接続されたボックスカー積算器42を含む。プリアンプ32から出力された信号は、ボックスカー積算器42に入力される。ボックスカー積算器42は、試料12へのバイアス電圧パルスの印加に応答して試料12から得られる電流信号から、マイクロ波パルスが試料12に照射されているときに得られる電流レベル(I)を抽出する。ボックスカー積算器42にはADC44が接続されており、ボックスカー積算器42によって抽出された電流レベル(I)は、ADC44によってデジタル信号に変換され、PC40に出力される。
【0087】
電流レベル(I)をEDMRの信号(電流)と同時に測定することで、EDMRの信号(電流)の変化量をΔIとして、時間分解測定による逐次的ΔI/Iを算出することができる。
【0088】
図7に、ボックスカー積算器42による時間分解電流値測定のタイミングチャートが示されている。繰り返し周波数が周波数ωであるマスタークロックに同期して出力されるマイクロ波パルス(
図7中の「m.w.pulse」)の位置と幅に、ボックスカー積算器42の取り込みゲートを一致させ(
図7中の符号A,B)、試料12からの電流応答信号や発光応答信号(
図7中の符号130が示す信号)の区間積算値を連続的にボックスカー積算器42から出力する。この値を、EDMR法、ELDMR法、PCDMR法及びPLDMR法の全てについて同時に計測しておけば、バイアス電圧パルスが試料12に印加されてからの逐次的な比(ΔI/I、ΔEL/EL(Electro Luminescence)、ΔPC/PC(Photo-Current)、ΔPL/PL(Photo Luminescence))を求めることができる。その結果、試料12のマクロな機能(電流や発光)に対して電子スピンが関与している割合が、時間と共にどのように変化するのかを決定することが可能となる。この機能は、以下に説明する全ての測定方法に適用することができる。
【0089】
(時間分解ELDMR法)
ESR測定装置10によって時間分解ELDMR法を実現する構成及び動作について説明する。
【0090】
時間分解ELDMR法によれば、バイアス電圧パルスに対する試料12の応答信号として、発光信号が測定される。時間分解ELDMR法を実行するために、
図1に示すように、ESR測定装置10は、光検出器46、プリアンプ48、バンドパスフィルタ50、ロックインアンプ52、ADC54、PC56、ボックスカー積算器58、及び、ADC60を含む。
【0091】
光検出器46は、試料12から発せられる光を検波する。検波された発光信号は、プリアンプ48によって増幅された後、2ωを中心周波数とするバンドパスフィルタ50を通過し、ロックインアンプ52に入力する。なお、バンドパスフィルタ50は、上述したバンドパスフィルタ34と同じ機能を有する。
【0092】
ロックインアンプ52は、マルチチャンネル任意波形発生器20から周波数2ωに従って繰り返し送られる参照信号を受けて、時間分解EDMRスペクトル測定と同様に、バイアス電圧パルスに対する試料12の応答信号の中から、ESRに起因する成分のみを選択的に高感度に検波する。
【0093】
磁場Bが掃引され、その掃引された磁場Bの値に対してロックインアンプ52によって検波された2ω成分の値が、ADC54によってデジタル信号に変換され、その後、PC56によって処理される。これにより、ELDMRスペクトルが生成される。
【0094】
時間分解の方法は、上述した時間分解EDMR法と同じである。つまり、時間分解ELDMR法においても、上述した測定法A又は測定法Bが実行されることで、時間分解ELDMRスペクトル又は時間分解ELDMR信号が得られる。
【0095】
なお、光検出器46、プリアンプ48及びロックインアンプ52によって、測定手段の一例が構成される。
【0096】
また、ESR測定装置10は、プリアンプ48に接続されたボックスカー積算器58を含む。プリアンプ48から出力された信号は、ボックスカー積算器58に入力される。ボックスカー積算器58は、試料12へのバイアス電圧パルスの印加に応答して試料12から得られる発光信号から、マイクロ波パルスが試料12に照射されているときに得られる電流レベル(EL)を抽出する。ボックスカー積算器58にはADC60が接続されており、ボックスカー積算器58によって抽出された電流レベル(EL)は、ADC60によってデジタル信号に変換され、PC56に出力される。なお、ボックスカー積算器58は、測定手段の一例に含まれる。
【0097】
電流レベル(EL)をELDMRの信号(電流)と同時に測定することで、ELDMRの信号強度をΔELとして、時間分解測定による逐次的ΔEL/ELを算出することができる。
【0098】
ボックスカー積算器58による時間分解発光強度測定のタイミングチャートは、
図7に示されているタイミングチャートと同じである。
【0099】
なお、時間分解EDMR法と時間分解ELDMR法を同時に実行することが可能である。時間分解ELDMR法を実行せずに時間分解EDMR法のみを実行する場合、ESR測定装置10は、光検出器46、プリアンプ48、バンドパスフィルタ50、ロックインアンプ52、ADC54、PC56、ボックスカー積算器58、及び、ADC60を含まなくてもよい。時間分解EDMR法を実行せずに時間ELDMR法のみを実行する場合、ESR測定装置10は、プリアンプ32、バンドパスフィルタ34、ロックインアンプ36、ADC38、PC40、ボックスカー積算器42、及び、ADC44を含まなくてもよい。
【0100】
(時間分解PCDMR法)
ESR測定装置10によって時間分解PCDMR法を実現する構成及び動作について説明する。
【0101】
時間分解PCDMR法を実行する場合、試料12の駆動方法として2種類の方法が考えられる。
【0102】
1つの方法は、
図1に示されているレーザー光源62によって励起光を定常的に試料12に照射している状態で、上述したEDMR法と同様に、バイアス電圧パルスを試料12に繰り返し印加し、試料12からの応答を電流信号としてプリアンプ32によって増幅して測定する方法である。
【0103】
もう1つの方法は、バイアス電圧を試料12に定常的に印加し続けた状態で、レーザー光源62によってパルス状の励起光(以下、「バイアス光パルス」と称する)を試料12に繰り返し照射する方法である。バイアス光パルスは、
図2に示されているバイアス電圧パルスと同様に、Duty50%の矩形状のパルスであり、その繰り返し周波数は周波数ωである。
【0104】
時間分解の方法は、上述した時間分解EDMR法と同じである。つまり、時間分解PCDMR法においても、上述した測定法A又は測定法Bが実行されることで、時間分解PCDMRスペクトル又は時間分解PCDMR信号が得られる。
【0105】
(時間分解PLDMR法)
ESR測定装置10によって時間分解PLDMR法を実現する構成及び動作について説明する。
【0106】
時間分解PLDMR法を実行する場合、時間分解PCDMR法と同様に、試料12の駆動方法として2種類の方法が考えられる。
【0107】
PLDMR法では、上述したELDMR法と同様に、試料12から発せられる光を検出するので、ELDMR法と同じ方法によって、スペクトルを測定する。
【0108】
時間分解の方法は、上述した時間分解EDMR法と同じである。
【0109】
なお、時間分解PCDMR法と時間分解PLDMR法を同時に実行することが可能である。
【0110】
<第2実施形態>
図8を参照して、第2実施形態に係るESR測定装置について説明する。
図8には、第2実施形態に係るESR測定装置10Aの構成の一例が示されている。
【0111】
第1実施形態に係るESR測定装置10においては、ロックインアンプ36の前段にバンドパスフィルタ34が設置されており、ロックインアンプ52の前段にバンドパスフィルタ50が設置されている。バンドパスフィルタ34,50は、試料12に印加されるバイアス電圧パルスの周波数ωの2倍の周波数2ωを中心とするバンドパスフィルタである。
【0112】
第2実施形態に係るESR測定装置10Aにおいては、試料12に繰り返し供給されるデバイス駆動パルス(バイアス電圧パルス又はデバイス光パルス)のその繰り返し周波数は2ωであり、マイクロ波パルスの繰り返し周波数はωである。また、ロックインアンプ36の前段には、バンドパスフィルタ34ではなく、ローパスフィルタ70が設置されており、ロックインアンプ52の前段には、バンドパスフィルタ50ではなく、ローパスフィルタ72が設置されている。ローパスフィルタ70,72は、周波数ω以下の成分のみを通過させるローパスフィルタである。
【0113】
以下では、バイアス電圧パルスとデバイス光パルスとをまとめて「デバイス駆動パルス」と称する。
【0114】
第2実施形態に係るESR測定装置10Aは、ローパスフィルタ70,72以外には、第1実施形態に係るESR測定装置10と同じ構成を有する。
【0115】
第1実施形態の測定方法であるBPF-2ω方式と第2実施形態の測定方法であるLPF-ω方式の違いは、試料12に供給されるデバイス駆動パルスとマイクロ波パルスの繰り返し周波数である。
【0116】
第1実施形態に係るBPF-2ω方式では、マスタークロックに同期したデバイス駆動パルスとマイクロ波パルスの繰り返し周波数は、同じ周波数ωである。第2実施形態に係るLPF-ω方式では、デバイス駆動パルスの繰り返し周波数は周波数2ωであり、マイクロ波パルスの繰り返し周波数は周波数ωである。つまり、第2実施形態では、周波数2ωに従ってデバイス駆動パルスを試料12に繰り返し供給し、周波数ωに従ってマイクロ波パルスを試料12に繰り返し照射する。
【0117】
図9には、第2実施形態に係る各信号が示されている。
図9中の横軸は時間である。
【0118】
図9(a)には、マルチチャンネル任意波形発生器20が発生させるマスタークロックのオン/オフのタイミングが示されている。
図9(b)には、任意波形発生器18が試料12にデバイス駆動パルス(バイアス電圧パルス又はバイアス光パルス)を印加するタイミングが示されている。
図9(c)には、マイクロ波パルスを試料12に照射するタイミングが示されている。
図9(d)及び
図9(e)には、マイクロ波パルスの照射に応答して試料12から発せられる信号の波形が示されている。第1実施形態と同様に、試料12から発せられる信号は、試料12(つまりデバイス)の種類に応じて、電流、電圧又は発光強度のいずれかである。
【0119】
図2(b)及び
図2(c)に示すように、第1実施形態では、デバイス駆動パルスとマイクロ波パルスの繰り返し周波数は同じ周波数ωであるが、
図9(b)及び
図9(c)に示すように、第2実施形態では、デバイス駆動パルスの周波数は周波数2ωであり、マイクロ波パルスの周波数は周波数ωである。
【0120】
図10には、共鳴条件を満たしていないときに試料12から発生する応答信号の各周波数成分が示されている。
図11には、共鳴条件を満たすときに試料12から発生する応答信号の各周波数成分が示されている。
図10及び
図11に示すように、非共鳴時の応答信号(つまり共鳴条件を満たしていないときの応答信号)の高調波も、共鳴時の応答信号(つまり共鳴条件を満たすときの応答信号)の高調波も、全て2ω以上の成分となる。したがって、ローパスフィルタ70,72によってω成分の信号のみを通過させることで、
図12に示すように、第1実施形態のBPF-2ω方式と同様に、ESR応答成分のみを選択的に検波することができる。ロックインアンプ36,52の参照信号の周波数はωである。
【0121】
第2実施形態のLPF-ω方式によれば、第1実施形態のBPF-2ω方式と比べて、感度の高い信号が得られる。
【0122】
第1実施形態のBPF―2ω方式では、デバイスである試料12の応答波形が回路全体の影響を受けて、線型の歪を受けると、理論通り、奇数倍の高調波が得られず、整数倍の高調波成分が発生する場合がある。したがって、共鳴時及び非共鳴時を問わずに、僅かに2ω成分が定常的に信号に混入し、ロックイン検波のダイナミックレンジが狭くなってしまう。
【0123】
一方、第2実施形態のLPF-ω方式では、そのような歪成分は全て2ω以上の高調波成分に反映され、ω成分には混入しない。それ故、ω成分は、ESR共鳴に関与する成分だけで構成され、ESR共鳴に関与する信号を、第1実施形態よりも高感度で検出することができる。
【0124】
時間分解の方法は、第1実施形態に係る方法(測定法A,B)と同じである。
図13には、第2実施形態に係る測定法A及び測定法Bが示されている。
図13(a)には、マスタークロックのオン/オフのタイミングが示されている。
図13(b)及び
図13(d)には、試料12にデバイス駆動パルスを供給するタイミングが示されている。
図13(c)及び
図13(e)には、試料12にマイクロ波パルスを照射するタイミングが示されている。
図13中の横軸は時間である。
【0125】
【0126】
第2実施形態に係る測定法A,Bはそれぞれ、第1実施形態の測定法A,Bと基本的に同じであるが、第2実施形態では、デバイス駆動パルスの繰り返し周波数は2ωであり、マイクロ波パルスの繰り返し周波数はωである。それ以外の条件は、第1実施形態の条件と同じである。
【0127】
図14には、時間分解ELDMR法による測定結果が示されている。この測定結果は、第2実施形態に係るLPF-ω方式、かつ、測定法Bによって得られた結果である。
図14中のDelayは遅延時間t
dに相当し、横軸は磁場を示している。
【0128】
上述した第1実施形態によれば、デバイスである試料12を駆動する電力(電流、電圧)又は光のパルスとして、Duty50%の矩形波を用いることで、ESR共鳴に関係のない成分は、そのパルスの周波数の奇数倍の高調波成分として得られる。ESR共鳴によって生じるわずかな歪効果による整数倍の高調波成分のみを選択的に位相検波することで、選択的に高感度に電子スピンが関与する伝導現象を検出することができる。
【0129】
上述した第2実施形態によれば、デバイスである試料12を駆動する電力(電流、電圧)又は光のパルスとして、Duty50%の矩形波であり、かつ、マイクロ波パルスの繰り返し周波数の2倍(2ω)の周波数のパルスを用いることで、2ω以上の高調波成分が、全て電子スピンと無関係な応答成分として得られる。2ω以上の高調波成分をローパスフィルタで除去することで、第1実施形態と同様に、選択的に高感度に電子スピンが関与する伝導現象を検出することができる。
【0130】
また、第1実施形態及び第2実施形態において、デバイス駆動パルスのオンのタイミング(つまり、試料12に電圧を印加するタイミング、又は、試料12に光を照射するタイミング)と、マイクロ波パルスのオンのタイミング(つまり、試料12にマイクロ波パルスを照射するタイミング)とを相対的にずらして複数の時系列スペクトルを測定することで、試料12の駆動に応答する時間分解ESRスペクトルを測定することができる。マイクロ波パルスの遅延時間tdを設定し、その遅延時間tdを変化させて複数の時系列スペクトルを測定してもよいし、デバイス駆動パルスの位相差Δφを変化させて複数の時系列スペクトルを測定してもよい。
【0131】
以上のように、第1実施形態及び第2実施形態によれば、デバイス駆動パルスの形状を工夫して、高調波の発生方法に差を設けることで、従来の時間分解ESR法で検出していたような生の過渡応答信号では判別不可能であった微弱なESR由来の信号を、選択的に高感度に、かつ、時間分解的に測定することができる。デバイス機能発現の初期過程における電子状態や反応速度は、従来の方法では検出不可能であったが、第1実施形態及び第2実施形態によれば、そのような電子状態や反応速度を検出して解析することができる。
【0132】
<変形例>
上述した第1実施形態では、デバイス駆動パルスの繰り返し周波数とマイクロ波パルスの繰り返し周波数は、同じ周波数ωであり、第2実施形態では、デバイス駆動パルスの繰り返し周波数は、マイクロ波パルスの繰り返し周波数の2倍の周波数である。このように、デバイス駆動パルスの繰り返し周波数は、マイクロ波パルスの繰り返し周波数以上の高さを有する周波数である。時間分解を行わない場合、デバイス駆動パルスの繰り返し周波数は、マイクロ波パルスの繰り返し周波数の1倍又は2倍の周波数以外の周波数であって、マイクロ波パルスの繰り返し周波数より高い周波数であってもよい。このような周波数に従ってデバイス駆動パルスを試料12に供給しても、
図2及び
図9に示されている微小変動成分100を検出することができる。
【0133】
また、上述した第1実施形態及び第2実施形態では、デバイス駆動パルスは、矩形状のパルスであるが、時間分解を行わない場合、試料12に供給される電圧又は光の波形の形状は、矩形状以外の任意の形状(例えば、サインカーブ等の形状)であってもよい。この場合であっても、微小変動成分100を検出することができる。
【符号の説明】
【0134】
10,10A ESR測定装置、12 試料、14 キャビティ、16 電磁石、18,22 任意波形発生器、20 マルチチャンネル任意波形発生器、26 マイクロ波発振器、30 サーキュレーター、32,48 プリアンプ、34,50 バンドパスフィルタ、36,52 ロックインアンプ、62 レーザー光源、70,72 ローパスフィルタ。