(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-31
(45)【発行日】2025-02-10
(54)【発明の名称】設計支援装置及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G06F 30/13 20200101AFI20250203BHJP
E04B 1/98 20060101ALI20250203BHJP
E04B 5/43 20060101ALI20250203BHJP
G06F 30/20 20200101ALI20250203BHJP
G06F 111/10 20200101ALN20250203BHJP
【FI】
G06F30/13
E04B1/98 E
E04B5/43 H ESW
G06F30/20
G06F111:10
(21)【出願番号】P 2021126862
(22)【出願日】2021-08-02
【審査請求日】2024-04-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】荒木 陽三
(72)【発明者】
【氏名】増田 潔
【審査官】合田 幸裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-349776(JP,A)
【文献】特開2020-102157(JP,A)
【文献】特開2020-123385(JP,A)
【文献】国際公開第2005/041073(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 30/00 - 30/398
E04B 5/43
E04B 1/98
IEEE Xplore
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
建築物の床の鉛直方向の振動を制振する制振装置の仕様の設計を支援する設計支援装置であって、
制振の目標値を含む設計条件を受け付ける受付手段と、
床の構造躯体上の複数の制振装置の配置と各制振装置の仕様との複数種類の組み合わせについて、前記複数の制振装置が搭載された前記構造躯体の振動特性を比較し、該振動特性が優れた一の組み合わせを選択する選択手段と、
前記選択手段が選択した前記組み合わせの前記振動特性が前記目標値を満足するか否かを判定する判定手段と、
前記判定手段が前記振動特性が前記目標値を満足すると判定した場合に、前記組み合わせを示す情報をユーザに提供する提供手段と、を備え、
前記振動特性は、
前記複数の制振装置が搭載された前記構造躯体の周波数応答解析により得た加速度と振動数との関係を、人間が体感する加速度と振動数との関係を示す情報に基づき補正することによって特定される、
ことを特徴とする設計支援装置。
【請求項2】
請求項1に記載の設計支援装置であって、
前記仕様とは、前記制振装置の同調振動数と減衰比であり、
前記判定手段が前記振動特性が前記目標値を満足しないと判定した場合に、前記制振装置の設置数を増加して、前記選択手段の選択と、前記判定手段の判定とを再度行う、
ことを特徴とする設計支援装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の設計支援装置であって、
前記選択手段は、差分進化法により前記組み合わせを生成し、前記一の組み合わせを選択する、
ことを特徴とする設計支援装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の設計支援装置であって、
前記周波数応答解析は、前記構造躯体と前記制振装置とを分割した部分構造合成法により行う、
ことを特徴とする設計支援装置。
【請求項5】
建築物の床の鉛直方向の振動を制振する制振装置の仕様の設計を支援するために、コンピュータを、
制振の目標値を含む設計条件を受け付ける受付手段、
床の構造躯体上の複数の制振装置の配置と各制振装置の仕様との複数種類の組み合わせについて、前記複数の制振装置が搭載された前記構造躯体の振動特性を比較し、該振動特性が優れた一の組み合わせを選択する選択手段、
前記選択手段が選択した前記組み合わせの前記振動特性が前記目標値を満足するか否かを判定する判定手段、
前記判定手段が前記振動特性が前記目標値を満足すると判定した場合に、前記組み合わせを示す情報をユーザに提供する提供手段、として機能させるプログラムであって、
前記振動特性は、
前記複数の制振装置が搭載された前記構造躯体の周波数応答解析により得た加速度と振動数との関係を、人間が体感する加速度と振動数との関係を示す情報に基づき補正することによって特定される、
ことを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、床構造に設置される制振装置の設計を支援する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
構造物を制振装置で制振する技術が知られている(例えば特許文献1)。建築物においては、その内部における人の歩行や、外部の車両走行などを要因とした床の鉛直方向の振動が問題になることがある。こうした振動対策には、同調質量ダンパー(TMD:Tuned Mass Damper)と呼ばれる制振装置が用いられる。TMDに代表される制振装置は、質量、ばね、及び、減衰器から構成されており、その固有振動数を床の構造躯体の固有振動数と近くなるように調整することで床の振動を抑制できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
制振装置の設置個所には制約があり、また、質量が重いと設置や搬送に不便である。そこで、設置個所に適した大きさの複数の制振装置により床の振動を抑制することが多く、1フロアに数十台設置される場合がある。設置数が多いほど、制振効果が期待されるがコストアップの要因となる。振動に対して人間が不快感を感じない範囲で制振装置が最適化されることが好ましいが容易ではない。
【0005】
本発明の目的は、制振装置の仕様の設計を支援する技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によれば、
建築物の床の鉛直方向の振動を制振する制振装置の仕様の設計を支援する設計支援装置であって、
制振の目標値を含む設計条件を受け付ける受付手段と、
床の構造躯体上の複数の制振装置の配置と各制振装置の仕様との複数種類の組み合わせについて、前記複数の制振装置が搭載された前記構造躯体の振動特性を比較し、該振動特性が優れた一の組み合わせを選択する選択手段と、
前記選択手段が選択した前記組み合わせの前記振動特性が前記目標値を満足するか否かを判定する判定手段と、
前記判定手段が前記振動特性が前記目標値を満足すると判定した場合に、前記組み合わせを示す情報をユーザに提供する提供手段と、を備え、
前記振動特性は、
前記複数の制振装置が搭載された前記構造躯体の周波数応答解析により得た加速度と振動数との関係を、人間が体感する加速度と振動数との関係を示す情報に基づき補正することによって特定される、
ことを特徴とする設計支援装置が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、制振装置の仕様の設計を支援する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】(A)は本発明が適用可能な建築物の例を示す模式図、(B)は
図1(A)の建築物の床構造の説明図、(C)は制振装置の模式図。
【
図2】(A)は本発明の一実施形態に係る設計支援装置のブロック図、(B)は設計支援装置の処理例を示すフローチャート。
【
図3】(A)は設計条件受付処理の例を示すフローチャート、(B)は構造躯体モデルの模式図、(C)は構造躯体の解析結果の例を示す図。
【
図4】組み合わせ選択処理の例を示すフローチャート。
【
図5】(A)はTMDの配置候補の例を示す図、(B)は組み合わせの例を示す図。
【
図6】(A)は組み合わせの生成における同調振動数の設定方法の説明図、(B)は組み合わせの生成における減衰比の設定方法の説明図。
【
図7】(A)及び(B)は構造躯体及びTMDの周波数応答解析により得られる振動特性データの例を示す図。
【
図8】(A)は人間の振動感覚に基づく補正値の例を示す図、(B)は人間の振動感覚に関するデータの例を示す図。
【
図9】構造躯体及びTMDの振動特性データの補正例を示す図、(B)は目標値の例を示す図。
【
図10】(A)及び(B)は差分進化法に基づく個体の生成方法の説明図。
【
図11】(A)及び(B)は差分進化法に基づく個体の生成方法の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、添付図面を参照して実施形態を詳しく説明する。尚、以下の実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また実施形態で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明に必須のものとは限らない。実施形態で説明されている複数の特徴のうち二つ以上の特徴が任意に組み合わされてもよい。また、同一若しくは同様の構成には同一の参照番号を付し、重複した説明は省略する。
【0010】
<建築物の例>
図1(A)は本発明が適用可能な建築物100の例を示す模式図である。なお、各図において、矢印Zは鉛直方向を示し、矢印X及びYは互いに直交する水平方向を示す。
【0011】
建築物100は多層構造を有するオフィスビルである。一般にこうした建築物では、ビル内の人の歩行や周辺の道路の車両の走行等を要因として床の鉛直方向に振動が生じ得る。この振動は、建築物内でデスクワークを行う者が不快に感じる原因となる。その対策として床構造に制振装置が設置される。
【0012】
図1(B)は建築物100のフロア101の床構造を示す図である。床構造は、スラブ111を含む構造躯体110を有し、スラブ111上には脚121を介してフロアパネル120が支持されたOAフロアを構成している。スラブ111とフロアパネル120との間の空間は、配線スペースとして用いられると共に、複数の制振装置130の配置スペースとして利用される。
【0013】
図1(C)は、制振装置130の模式図である。本実施形態の場合、制振装置130は同調質量ダンパー(TMD:Tuned Mass Damper)であり、以下の説明では制振装置130をTMD130と呼ぶ場合がある。TMD130は、ベース部131上に、ばね133と減衰器(ダンパー)134を介して錘132が支持されている。構造躯体110の固有振動数に合わせてTMD130の仕様(同調振動数及び減衰比等)を適切に設計することで、フロア101の鉛直方向の振動を効果的に制振することができる。
【0014】
しかし、TMD130の設置個所には制約があり、例えば、
図1(B)の例ではスラブ111とフロアパネル120との間の狭い空間に脚121を避けて設置する必要があり、また、錘132が重いと設置や搬送に不便である。そこで、スラブ111上に複数のTMD130を列状又はマトリクス状に配置することが多くなる。TMD130の設置数が多いほど、制振効果が期待されるがコストアップの要因となる。より少ない数のTMD130で制振できることが望ましいが、個別にTMD130の仕様を設計するとなると設計負担が増加する。本実施形態では、こうしたTMD130の仕様設計を支援する。
【0015】
<設計支援装置>
図2(A)は本発明の一実施形態に係る設計支援装置1のブロック図である。設計支援装置1は同図に示される構成を有するコンピュータシステムで実現でき、汎用可能コンピュータシステムで実現可能である。設計支援装置1は、後述するプログラムを実行するCPU2と、CPU2が実行するデータやプログラムを記憶するROM3と、CPU2が処理するデータやプログラムを一時的に記憶するRAM4と、OS(オペレーションシステム)や後述するプログラム等のプログラム、及び、演算に使用するデータのデータベース(DB)、表示画面用のデータ等が格納される記憶装置5と、を備える。記憶装置5は例えばハードディスクである。プログラムはCDROM等の記憶媒体を介して設計支援装置1にインストールされてもよい。
【0016】
入力装置6はキーボード、マウス、タッチパネル等の入力デバイスであり、ユーザからの指示内容が入力される。表示装置7はCPU2の処理結果等を表示する表示デバイスであり、液晶表示装置等である。本実施形態の場合、ユーザに提供する情報を表示装置7によって表示出力するが、このような提供以外に、プリンタによる記録出力や、他のコンピュータへの送信出力等、他の提供形態としてもよい。
【0017】
なお、本実施形態では設計支援装置1がスタンドアローンで利用される場合を想定するが、設計支援装置1は、ネットワークインターフェースに代表される通信I/F(インターフェース)8を備えることにより、ネットワークシステム上で、入力装置6に代わってクライアントコンピュータから入力等される内容に基づき設計支援処理を実行するサーバとしても利用可能である。
【0018】
<設計支援処理>
図2(B)はCPU2が実行する設計支援処理の例を示すフローチャートである。本実施形態では、ユーザが設定した床の制振の目標値を達成可能な複数のTMD130の配置と、各TMD130の仕様との組み合わせを最適化してユーザに提供する。TMD130の仕様として、同調振動数と減衰比をユーザに提供する。
【0019】
S1ではユーザによる設計条件の入力を受け付ける。ユーザは例えば入力装置6から設計条件を入力する。或いはユーザは設計条件が記述されたファイルを指定し、その読み出しを指示する態様であってもよい。
図3(A)はS1の設計条件受付処理の例を示すフローチャートである。S11ではユーザの指示内容に応じてTMD130が設置される構造躯体110がモデル化される。構造躯体110は
図3(B)に例示するように、スラブ111、スラブ111を支持する複数の柱112及び梁113並びに耐力壁114を含んで定義され、例えば、スペクトル要素法により、
図12の式1で示すように連立一次方程式でモデル化される。なお、スペクトル要素法以外に有限要素法を用いてモデル化した場合も同様の連立一次方程式を立てることができる。
【0020】
S12では複数のTMD130による床の制振の目標値がユーザにより設定される。本実施形態では目標値はアクセレランス(単位加振力当たりの振動加速度)の最大値で設定される。目標値は、一例として、制振前の構造躯体110の最大アクセレランスが0.2Gal/Nである場合、その1/5程度、つまり、0.04Gal/Nに設定される。
【0021】
S13では複数のTMD130に共通する条件がユーザにより設定される。TMD130の条件として、本実施形態では、錘132の質量は共通とし、例えば、搬送、設置の利便性を考慮して、30~40kgの範囲内の質量が設定される。TMD130の条件として、更に、解析のための初期台数、同調振動数(同調角振動数)の最大値、最小値、減衰比の最大値、最小値が設定される。初期台数は、例えば、経験的に予測されるTMD130の台数よりも少ない数をユーザが設定することができる。
【0022】
同調振動数及び減衰比の最大値、最小値はTMD130の構造上、変更可能な範囲を規定する。例えば、同調振動数ωの範囲は、2π×3≦ω≦2π×20であり、減衰比ζの範囲は、0.01≦ζ≦0.2である。同調振動数及び減衰比の最大値、最小値は全TMD130に共通であってもよいし、個別に設定されてもよい。個別に設定する場合、
図12の式2、式3で定義される。添え字の「n」は個々のTMD130を特定する変数であり、例えば、
図5(A)を参照して後述するTMD130の設置場所の優先順に対応するものであってもよい。
【0023】
図2(B)に戻り、S2ではS11でモデル化した構造躯体110(TMD13を含まない)の固有モード解析を行う。具体的には
図12の式(1)の一般化固有値問題(
図12の式4)を固有角振動数ω
sについて解き、r次の固有角振動数ω
s,rとそれに対応する固有モード変位φ
rを求める。
図3(C)は、スラブ111上の固有モード変位φrを可視化したイメージ図である。色が薄い位置において変位が大きいことを示している。
【0024】
S3ではスラブ111上のTMD130の配置の候補を設定する。本実施形態では、X-Y平面状でTMD130をマトリクス上に配置する。配置の候補はスラブ111上の変位が大きい箇所から順位付けされる。
図5(A)はその一例を示す。図示の例では、TMD130の配置の候補Pがマトリクス状に配置されている。候補Pはフロアパネル120を支持する脚121等の位置を避けて設定され、隣接するTMD130が重ならないように設定される。例えば、候補PのX、Yのピッチは500mm、600mmである。
図5(A)中の数字は、候補Pの優先順位を示している。優先順位は、構造躯体110の固有モード解析で得られた、変位が最も大きい位置に最上位の順位(1番)が設定され、変位が最も大きい位置に対する距離に応じて以降の順位が設定される。
【0025】
図2(B)に戻り、S4では組み合わせ選択処理を行う。ここでは、スラブ111上の複数のTMD130の配置と、各TMD130の仕様との複数種類の組み合わせについて、これら複数のTMD130が搭載された構造躯体110の振動特性を比較し、振動特性が優れた一の組み合わせを選択する。
図4はS4の組み合わせ選択処理の例を示すフローチャートである。本実施形態では差分進化法により組み合わせを生成し、振動特性が優れた一の組み合わせを選択する。これにより各TMD130の仕様の最適化を図れる。なお、本実施形態では差分進化法を用いるが、他の進化計算手法や数理最適化手法を用いてもよい。
【0026】
S21では、S13で初期台数を設定した各TMD130のスラブ111上の配置を決定する。各TMD130の配置は、
図5(A)に例示した配置の候補に、優先順位にしたがって決定される。例えば、初期台数が8台である場合、
図5(A)の1番~8番の各候補PにTMD130が設置されたとして解析を行う。
【0027】
図4のS22では、第一世代の組み合わせを生成する。
図5(B)は組み合わせの例を示す説明図である。本実施形態では、一世代あたり、4種類の組み合わせ(個体x1~x4)がある。各個体は、スラブ111上の各TMD130の配置を示す「設置位置」と、TMD130の仕様である同調周波数ω及び減衰比ζと、が紐づけられた情報である。「設置位置」の番号(1~N)は、
図5(A)に例示した候補Pの優先順位に対応し、「設置位置」が「1」の場合、
図5(A)の例では優先順位が1番目の位置に設置されたTMD130であることを意味する。各個体は、N個のTMD130の仕様を示しており、N個の初期値はS13で設定された初期台数である。同調周波数ωの添え字は、TMD130の個体番号と設置位置を示す。例えば、ω
1,1は、個体番号がx1で、「設置位置」が「1」のTMD130の同調周波数であることを意味する。減衰比ζも同様である。
【0028】
各個体xの同調周波数ω及び減衰比ζの初期値は、S13で設定した同調振動数の最大値、最小値、減衰比の最大値、最小値の範囲内で決定される。同調振動数ωの最適値は、制振対象とする構造躯体110のω
s,r付近である可能性が高い。そこで、個体x毎に、その個体xの各同調周波数ωの初期値は、確率密度関数を
図6(A)のような平均値ω
s,rの正規分布となるように、乱数で決定してもよい。また、減衰比ζの初期値は、個体x毎に、確率密度関数が
図6(B)となるような一様乱数で決定してもよい。
【0029】
図4のS23では、S22で生成した各個体xにつき、初期台数のTMD130が搭載された構造躯体110の周波数応答解析を行い、その振動特性としてアクセレランスを求める。TMD130が搭載された構造躯体110の方程式は、
図12の式1にTMD130の要件を加えて
図12の式5で表される。式5において、K
tsとK
stとは、構造躯体110とTMD130との連成を表すマトリクスであり、K
stは、K
tsの転置行列と等しい。
【0030】
図12の式5のうち、M
t、K
t、K
ts及びK
stはTMD130の仕様によって変わるが、構造躯体110のマトリクスであるM
s、K
sはTMD130の仕様に影響されない。そこで、解析の効率化のために、構造躯体110とTMD130とを分割した部分構造合成法により周波数応答解析を行い、構造躯体110の周波数応答解析は一回のみ行うものとする。
【0031】
図12の式6で示すように変換行列Tを構成し、式7で示すように振動変位ベクトルを表し、式5の両辺に変換行列Tの転置を左からかけると式8で示す連立方程式を得ることができる。
図12の式1の自由度は一般的に数千自由度以上、場合によっては数百万自由度になることもあるが、対象の固有モードのみを考慮した式8の自由度はたかだか数十程度である。角振動数ωを変えながらこの方程式を解いて、モード変位ベクトルq
rを求め、式8に代入し、振動変位ベクトルusを求めることで、
図7(A)に例示する周波数応答関数(コンプライアンス)G(ω)を求めることができる。さらに、得られた周波数応答関数G(ω)に、ω
2を乗算することで、
図7(B)に例示する振動加速度の周波数応答関数、つまりアクセレランス(ω
2G(ω))を求めることができる。
【0032】
ところで、ここで得られた周波数応答関数は人間の振動感覚を考慮していない。人間の振動の感じ方は鉛直振動の周波数によらず一定ではなく、周波数によって感度が異なる。そこで、
図4のS24で、S23で得られた振動特性であるアクセレランスを人間が体感する加速度と振動数との関係を示す振動感覚情報に基づき補正する。
図8(A)は振動感覚情報の例を示しており、振動数に対する振動感覚補正値C(ω)の変化を示している。
図13の式9は振動感覚補正値C(ω)を数式で示している。
【0033】
振動感覚補正値C(ω)は、振動数の増加に伴い8Hzあたりを境にして増加している。こうした傾向は、例えば、日本建築学会が刊行している「建築物に関する居住性能評価基準・同解説」においても示されている。
図8(B)は同基準に準じた評価曲線を示している。
図8(B)の曲線は鉛直振動に対する人間の感度が、3Hzから8Hzまでは振動加速度と対応し、8Hzから30Hzは振動速度に対応するという考えに基づいており、同じ大きさに感じる振動加速度の値を振動数ごとに表している。曲線aから曲線fにつれて、気になり具合及び不快感が増すことを意味する。
【0034】
図4のS24ではこうした人間の振動感覚を考慮して、S23で得たアクセレランスを補正する。具体的には、補正後のアクセレランス=ω
2G(ω)/C(ω)となり、個体xを変数とする目的関数gは、
図13の式10で表される、補正後のアクセレランスの最大値である。個体xを変数とする目的関数gの値は、個体x1~x4と対応付けて保存される。
【0035】
図4のS25~S30は、進化計算、特に差分進化法により次世代の個体xを生成して最適化する処理を行う。次世代の個体xは、差分進化法のアルゴリズムに基づいて個体xの突然変異、交叉、選択といった操作を行って次世代の個体xを生成する。
【0036】
S25では子個体zを生成する。
図10(A)及び
図10(B)はその説明図である。子個体zは、現世代の個体x1~x4毎に生成し、個体x1~x4に対応する子個体zを子個体z1~z4とする。子個体zは、親である個体xと、ランダムに選択された別の3つの個体x(a~c)から、z=F(a-b)+cにより生成する(突然変異)。Fは最適解の探索範囲を定める係数で、0以上2以下の値をとる。Fの値が大きいほど設計空間を広く、値が小さいほど狭く探索する。
図10(A)及び
図10(B)の例では、個体x1の子個体としてz1を生成するにあたり、a=x3、b=x4、c=x2としている。以上の突然変異を各個体x1~x4に行うことで、子個体z1~z4を得る。
【0037】
図4のS26では、親個体xと子個体zとから次世代の個体の候補である個体yを生成する(交叉)。
図11(A)はその説明図である。個体y1は、個体x1及び子個体z1から生成される。個体y2~y4も同様である。個体y1の2×N個のパラメータ(同調振動数ω及び振動比ζ)は、個体x1の同調振動数ω及び振動比ζ、又は、個体z1の同調振動数ω及び振動比ζから選択される。
【0038】
選択は、パラメータ毎に乱数r(0≦r≦1)を発生し、予め定めた値:CRと比較することにより行う。乱数rがCR以上であれば個体x1のパラメータを選択し、乱数rがCR未満であれば個体z1のパラメータを選択する。この選択を、個体y1の2×N個のパラメータの全てについて行う。
図11(A)の例では、個体y1の上から1つ目のパラメータ(設置位置が「1」のTMD130の同調振動数)として、個体x1のパラメータが選択されている。また、個体y1の上から2つ目のパラメータ(設置位置が「2」のTMD130の減衰比)として、個体z1のパラメータが選択されている。以下、同様である。こうして次世代の候補個体y1~y4が生成される。
【0039】
図4のS27及びS28は、各候補個体y1~y4の目的関数g(式10)を演算する処理であり、S23、S24の処理と同じである。この演算の際、構造躯体110とTMD130とを分割した部分構造合成法により、演算量を削減できる。
【0040】
図4のS29では、個体x1~x4のときの目的関数gの値と、候補個体y1~y4のときの目的関数gの値を比較して次世代の個体x1~x4を決定する。ここでは目的関数gの値が優れる個体を次世代の個体とする。
図11(B)はその説明図であり、同図の例では、個体x1のときの目的関数の値g(x1)が、候補個体y1のときの目的関数の値g(y1)以下の場合は現世代の個体x1を次世代の個体x1とし、候補個体y1のときの目的関数の値g(y1)が個体x1のときの目的関数の値g(x1)よりも小さい場合は候補個体y1を次世代の個体x1としている。次世代の個体x2~x4についても同様に選択される。これにより、世代が進むことによってより優れた個体を得ることができることになる。次世代の個体x1~x4は、そのパラメータと目的関数gとが対応付けて保存される。
【0041】
図4のS30では進化計算の終了条件が成立したか否かを判定する。終了条件が成立した場合はS31へ進み、終了条件が成立しない場合はS25へ戻って同じ処理を繰り返す。終了条件としては、例えば、
図13の式11~式13で定義される変動係数CVがある値(例えば1%)以下となることが挙げられる。変動係数CVは、標準偏差を平均値で除して基準化した値であり、パラメータ(同調振動数及び減衰比)のばらつきを表す。終了条件が成立した場合、これ以上、個体の世代交代を繰り返しても、目的関数gの良化が見込めない場合であるということができる。
【0042】
S31では、個体x1~x4のうち、最適解を選択する。ここでは目的関数gが最も小さい個体を選択して最適解とする。以上により組み合わせ選択処理が終了する。
【0043】
図2(B)に戻り、S5ではS31で選択した最適解である、TMD130の配置と仕様との組み合わせの目的関数gが目標値を満足するか否かを判定する。満足する場合はS7へ進み、満足しない場合はS6へ進む。
図9(B)は最適解の目的関数gと目標値との比較例を示している。目標値がTH1に設定されていた場合、図示の例ではアクセレランスの最大値がTH1を下回っているので、最適化は目標値を満足していることになる。一方、目標値がTH2に設定されていた場合、図示の例ではアクセレランスの最大値がTH2を上回っているので、最適化は目標値を満足していないことになる。
【0044】
図2(B)のS6では、TMD130の現在の台数では、目標値を満たすことが困難であるとして、TMD130の台数を増数する。増数は例えば1台である。そして、S4に戻って同じ処理を繰り返す。
【0045】
図2(B)のS7では、目標値を達成したTMD130の台数、配置と仕様との組み合わせの情報をユーザに提供する。情報の提供は上記の通り、例えば表示装置7によって表示出力するが、このような提供以外に、プリンタによる記録出力や、他のコンピュータへの送信出力等、他の提供形態としてもよい。以上により、処理が終了する。
【0046】
本実施形態によれば、設計条件を設定するだけで、ユーザは、目標値を達成可能なTMD130の台数及び仕様の情報を得ることができ、この情報を利用して、ユーザは各配置のTMD130のチューニングを行うことができる。また、TMD130の必要最小台数を特定可能であり、TMD130の台数が過剰になることを回避できる。こうして本実施形態によれば、ユーザの制振装置の仕様の設計を支援することができる。
【0047】
<他の実施形態>
上記実施形態では、全てのTMD130の仕様(同調振動数及び振動比)を個別に設定する例を示したが、TMD130を所定の台数毎にグループ分けして同じグループのTMD130については、同じ仕様を適用してもよい。例えば、4台毎にグループ分けする場合で、12台のTMD130を設置する場合は、3つのグループにTMD130をグループ分けして同じグループのTMD130については、同じ仕様を適用する。4台毎にグループ分けする場合で、14台のTMD130を設置する場合は、4つのグループにTMD130をグループ分けして(4台、4台、4台、2台)、同じグループのTMD130については、同じ仕様を適用する。グループ分けは、
図5(A)に例示したTMD130の設置場所の優先順に行ってもよい。例えば、4台毎にグループ分けする場合で、12台のTMD130を設置する場合、設置場所の優先順が1番~4番までのグループ、5番~8番までのグループ、9番~12番までのグループ、の3つのグループに分けることができる。
【0048】
以上、発明の実施形態について説明したが、発明は上記の実施形態に制限されるものではなく、発明の要旨の範囲内で、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0049】
1 設計支援装置、100 建築物、110 構造躯体、130 制振装置