(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-31
(45)【発行日】2025-02-10
(54)【発明の名称】冷間鍛造用鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250203BHJP
C22C 38/18 20060101ALI20250203BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20250203BHJP
C21D 1/32 20060101ALN20250203BHJP
C21D 8/06 20060101ALN20250203BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20250203BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/18
C22C38/54
C21D1/32
C21D8/06 A
C21D9/00 D
(21)【出願番号】P 2021043867
(22)【出願日】2021-03-17
【審査請求日】2024-02-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】松尾 健太
(72)【発明者】
【氏名】橋本 和弥
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-025823(JP,A)
【文献】特開2001-329336(JP,A)
【文献】特開2007-308792(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0073114(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 1/32
C21D 8/00 - 8/10
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.14~0.45%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.10~0.90%、
Cr:1.30~3.50%、
Al:0.020~0.200%、
N:0.0040~0.0300%、
残部Fe及び不可避不純物からなり、
不可避不純物としてのP及びSはP:0.030%以下かつS:0.030%以下であって、
A
1点が750℃以上であり、
M
7C
3型炭化物を有する冷間鍛造用鋼。
(ただし、M
7C
3型炭化物のMはFeもしくはCrである。)
【請求項2】
請求項1に記載の化学成分に加えて、Ni:0.02~2.00%、Mo:0.02~2.00%のいずれか1種以上を含有し、
残部Fe及び不可避不純物からなり、
不可避不純物としてのP及びSはP:0.030%以下かつS:0.030%以下であって、
A
1点が750℃以上であり、
M
7C
3型炭化物を有する冷間鍛造用鋼。
(ただし、M
7C
3型炭化物のMはFeもしくはCrである。)
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の化学成分に加えて、
Nb:0.02~0.10%、Ti:0.020~0.200%、B:0.0010~0.0050%、V:0.010~0.500%のいずれか1種以上を含有し、
残部Fe及び不可避不純物からなり、
不可避不純物としてのP及びSはP:0.030%以下かつS:0.030%以下であって、
A
1点が750℃以上であり、
M
7C
3型炭化物を有する冷間鍛造用鋼。
(ただし、M
7C
3型炭化物のMはFeもしくはCrである。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は亜共析鋼である冷間鍛造用鋼に関する。とりわけ、本発明は、冷間鍛造による部品成型が選択される際に、球状化焼なましにより、球状化炭化物が全体に均一分散していることで、優れた冷間鍛造性を有する鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
低炭素鋼である亜共析鋼を加工して部品等に成型する際には、歩留まり向上や生産効率の観点から、冷間鍛造が選択されることがある。そして、通常、冷間鍛造に際しては、変形抵抗低減のために、球状化焼なましが実施されている。
【0003】
そして、亜共析鋼の球状化焼なましでは、通常、次のような工程が採られている。(工程1)A1点以上へ昇温する。(工程2)A1点以上で保持し、フェライト相及びオーステナイト相の2相からなる組織とする。(工程3)その後、オーステナイト→パーライト変態を抑制するため、A1点直上からA1点直下へ徐冷する。
このとき、2相組織のオーステナイト/フェライト界面にて球状セメンタイトが析出し、A1点直下への徐冷が完了後、フェライト粒内に球状化セメンタイトが析出した組織となる。
【0004】
さて、亜共析鋼の球状化焼なまし組織では、(工程2)のフェライト相及びオーステナイト相からなる2相域で保持する工程に起因して、徐冷後の球状化セメンタイト分布の不均一が不可避に生じることがある。このようなセメンタイト分布の不均一は、冷間鍛造時の不均一変形を促進することで割れ発生の一因となるため、加工性の観点から望ましくない。
【0005】
従来の冷間鍛造性に優れた鋼材では、たとえば、球状化焼なまし前のフェライト、ベイナイト、パーライトの面積率を適切に制御することで、球状化焼なまし後の球状化炭化物の形状、密度、分散状態のバランスを取り、冷間鍛造性を向上させようとする肌焼用鋼材が提案されている(特許文献1参照。)。
【0006】
また、球状化焼なまし前のベイナイト面積率を適当量確保することで、球状化焼なまし後、ベイナイト起因の微細炭化物を分散させ、割れを改善した肌焼用鋼線材・棒鋼が提案されている(特許文献2参照。)。
【0007】
また、球状化焼なまし前のフェライト相及びパーライト相の2相からなる組織について、フェライト粒、パーライト粒を小さくすることで、フェライト/パーライト粒界を増やして、界面でのセメンタイト析出を促進させることで、球状化焼なまし時間短縮と、セメンタイトの均一分散させることにより、冷間鍛造性を確保しようとする冷間鍛造用肌焼鋼が提案されている(特許文献3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2014-185389号公報
【文献】特開2005-220377号公報
【文献】特開平11-012684号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
亜共析鋼の球状化焼なまし組織では、上述の(工程2)のフェライト相及びオーステナイト相からなる2相域で保持する工程に起因して、徐冷後の球状化セメンタイト分布の不均一が不可避に生じることがある。このようなセメンタイト分布の不均一は、冷間鍛造時の不均一変形を促進することで割れ発生の一因となるため、加工性の観点からは、セメンタイト分布を均一とすることが望ましい。
【0010】
上述の従来技術における提案は、球状化焼なまし後の球状化セメンタイトの形状、分散状態を適正化しようとするものの、いずれも球状化焼なまし前組織を適切に制御しようとする提案にとどまっている。すなわち、通常の球状化焼なまし工程における(工程2)のフェライト相及びオーステナイト相からなる2相組織におけるフェライト粒内についてみると、球状化セメンタイトを析出させることができないため、球状化セメンタイトの不均一分布の回避には十分に対処したものとはいえなかった。
【0011】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、組織全体に球状化炭化物を均一分散させることで、冷間鍛造時の割れを抑制できる鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願の発明者らは、オーステナイト化温度直下でのC拡散挙動に着目して鋭意検討した。従来の亜共析鋼では、オーステナイト化温度直下において、フェライト粒内における固溶Cは、M3C型炭化物(セメンタイト)として安定析出する。そのため、パーライト粒(フェライトとラメラーセメンタイトで構成される組織)及びベイナイト粒(フェライトとセメンタイトで構成される組織)と、フェライト粒(セメンタイトが安定析出)では、どちらもCがM3C型炭化物として存在する。その結果、C拡散挙動に差が生じ難く、パーライト粒及びベイナイト粒からフェライト粒への十分なC拡散の駆動力が得られなかった。
【0013】
一方、高Cr成分とすることにより、オーステナイト化温度直下において、フェライト粒内の固溶CはM7C3型(M=FeおよびCrの混合成分)の炭化物として安定析出する。つまり、パーライト粒(フェライトとラメラーセメンタイトで構成される組織)及びベイナイト粒(フェライトとセメンタイトで構成される組織)と、フェライト粒(M7C3炭化物が安定)との間でC拡散挙動の差が大きくなる。その結果、パーライト粒及びベイナイト粒からフェライト粒へのC拡散が十分に促進されることを見出した。
【0014】
そこで、鋼の成分を調整することにより、オーステナイト化温度直下におけるフェライト粒内の安定炭化物をM7C3型としたことで、球状化炭化物が均一分散しやすくなることの知見を得た。
【0015】
このように、本願発明者らは、所定の成分組成の鋼を、所定の球状化焼なましに付することで、組織全体に球状化炭化物が均一分散し、冷間鍛造時の割れを抑制できる鋼が得られることを見出した。
【0016】
すると、熱処理前の組織がフェライト相及びパーライト相の2相からなる組織、フェライト相及びベイナイト相の2相からなる組織、またはフェライト相及びパーライト相及びベイナイト相の3相からなる組織であるところ、(a)オーステナイト化温度直下での保持中において、パーライトを構成するラメラーセメンタイト及びベイナイトを構成するセメンタイトが固溶・球状化し、(b)固溶Cがフェライト粒内へ流入し、(c)フェライト粒内でM7C3型の炭化物が析出し、(d)それが球状化炭化物に成長することで、全体に球状化炭化物が均一分散した鋼を得ることができることとなった。ここで、M7C3型の炭化物はM=FeおよびCrの混合成分である。
【0017】
以上から、本発明の課題を解決する第1の手段は、質量%で、C:0.14~0.45%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.10~0.90%、Cr:1.30~3.50%、Al:0.020~0.200%、N:0.0040~0.0300%、残部Fe及び不可避不純物からなり、不可避不純物としてのP及びSはP:0.030%以下かつS:0.030%以下であって、A1点が750℃以上であり、M7C3型炭化物を有する冷間鍛造用鋼(ただし、M7C3型炭化物のMはFeもしくはCrである。)である。
【0018】
その第2の手段は、第1の手段に記載の化学成分に加えて、Ni:0.02~2.00%、Mo:0.02~2.00%のいずれか1種以上を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなり、不可避不純物としてのP及びSはP:0.030%以下かつS:0.030%以下であって、A1点が750℃以上であり、M7C3型炭化物を有する冷間鍛造用鋼(ただし、M7C3型炭化物のMはFeもしくはCrである。)である。
【0019】
その第3の手段は、第1または第2の手段に記載の化学成分に加えて、Nb:0.02~0.10%、Ti:0.020~0.200%、B:0.0010~0.0050%、V:0.010~0.500%のいずれか1種以上を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなり、不可避不純物としてのP及びSはP:0.030%以下かつS:0.030%以下であって、A1点が750℃以上であり、M7C3型炭化物を有する冷間鍛造用鋼(ただし、M7C3型炭化物のMはFeもしくはCrである。)である。
【発明の効果】
【0020】
本発明の冷間鍛造用鋼は、旧フェライト粒内において、M7C3炭化物が析出していることから、球状化炭化物が全体に均一分散した組織となっている。また、球状化炭化物が析出していないフェライト粒の面積率の測定した結果、組織全体の6.0%以内であり、球状化焼なまし後の残存パーライト粒及びベイナイト粒の面積率も5.0%以下であることから、炭化物の球状化が十分に進んでいる。その結果、冷間鍛造による高圧縮でも割れないものとなっている。そこで、本発明の冷間鍛造用鋼は、硬さが83HRB以下であって、冷間据込み率75%で冷間鍛造しても割れを生じることがなく冷間加工することができるなど、本発明の冷間鍛造用鋼は、優れた冷間鍛造性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】球状化焼なまし条件の保持温度T(℃)と保持時間(hr)と空冷の温度履歴を説明する模式図である。
【
図2】光学顕微鏡の写真画像と、球状化炭化物の析出していないフェライト粒の面積率、残存パーライト・ベイナイトの面積率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明にかかる鋼の実施の形態の説明に先立って、まず、鋼の成分組成を規定する理由、A1点の下限を規定する理由およびM7C3型炭化物を有する理由について説明する。なお、以下の成分組成における%は質量%である。
【0023】
C:0.14~0.45%
Cは素材硬さを向上させる元素である。Cが0.14%未満だと、浸炭後の芯部硬さが低下して、強度が不足する。他方、Cが0.45%を超えると、素材硬さが上昇しすぎて、加工性が低下することから、被削性、冷間鍛造性が劣るものとなる。
そこで、Cは、0.14~0.45%とする。望ましくはCは0.14~0.30%である。
【0024】
Si:0.05~1.00%
Siは脱酸に有用な元素である。Siが0.05%未満であると、脱酸材が不足することとなる。他方、Siが1.00%を超えると、素材硬さが上昇し過ぎて加工性が低下することとなり、また、浸炭阻害が発生する。
そこで、Siは0.05~1.00%とする。望ましくは、Siは0.30~0.80%である。
【0025】
Mn:0.10~0.90%
Mnは焼入れ性を向上させる元素である。Mnが0.10%未満であると、焼入れが不足となる。他方、Mnが0.90%を超えると、加工性が低下する。
そこで、Mnは0.10~0.90%である。望ましくは、Mn:0.15~0.50%である。
【0026】
Cr:1.30~3.50%
CrはM7C3型炭化物を安定化させる元素である。Crが1.30%未満であると、M7C3型炭化物が析出しないことから、球状化焼なまし中のパーライト粒からフェライト粒へのC流入量が不足することとなり、球状化炭化物の分布が不均一となることから、冷間鍛造性が低下することとなる。また、焼入れ性が不足する。他方、Crが3.50%を超えると、素材硬さが上昇し過ぎて、加工性が低下することとなる。また、浸炭阻害が発生する。そこで、Crは1.30~3.50%とする。望ましくは、Crは1.40~2.50%である。
【0027】
Al:0.020~0.200%
Alは脱酸に有用な元素である。Alが0.020%未満であると、脱酸材として不足することとなる。また、微細な窒化物が不足することとなるので、M7C3型炭化物の析出核が不足することとなり、結晶粒粗大化によって靱性および疲労特性が低下する。他方、Alが0.200%を超えると、粗大な窒化物が形成されて、疲労特性や加工性が低下する。そこで、Alは0.020~0.200%とする。望ましくは、Alは0.020~0.050%である。
【0028】
N:0.0040~0.0300%
Nは窒化物を形成する元素である。Nが0.0040%未満だと、微細な窒化物が不足することから、M7C3の析出核が不足することとなり、結晶粒粗大化によって靱性および疲労特性が低下する。他方、Nが0.0300%を超えると、粗大な炭窒化物が形成されて、疲労特性や加工性が低下する。そこで、Nは0.0040~0.0300%とする。望ましくは、Nは0.0040~0.0200%である。
【0029】
P:不可避不純物として0.030%以下
Pは、0.030%を上回ると、粒界偏析により靱性が低下する。そこで、Pは、不可避不純物として含有する場合も、0.030%以下とする。
【0030】
S:不可避不純物として0.030%以下
Sは、0.030%を上回ると、MnSが形成することによって靱性や疲労強度が低下する。そこで、Sは、不可避不純物として含有する場合も、0.030%以下とする。
【0031】
以下の成分は選択的に添加しうる任意成分について説明する。
Ni:0.02~2.00%
Niは焼入れ性および靭性を向上させる元素である。Niが0.02%未満であると、焼入れ性向上の効果が小さく、また、靱性向上の効果も小さい。他方、2.00%を超えてNiを添加すると、コストが上昇することに加えて、素材硬さも上昇するので加工性が低下することとなる。そこで、Niを添加する場合は、0.02~2.00%とする。望ましくは、添加するNiは0.02~1.80%である。
【0032】
Mo:0.02~2.00%
Moは焼入れ性を向上させる元素である。Moが0.02%未満であると、焼入れ性向上の効果が小さい。他方、Moが2.00%を超えると、コストが上昇することに加えて、素材硬さも上昇するので加工性が低下することとなる。そこで、Moを添加する場合は、0.02~2.00%とする。望ましくは、添加するMoは0.02~0.50%である。
【0033】
Nb:0.02~0.10%
Nbは炭窒化物を生成し、結晶粒粗大化を抑制する元素である。Nbが0.02%未満であると、微細な炭窒化物が不足するので、結晶粒粗大化抑制効果が小さくなり、靱性および疲労強度が不足することとなる。他方、Nbが0.10%を超えると、炭窒化物の量が過剰となり加工性が低下する。そこで、Nbを添加する場合は、0.02~0.10%とする。望ましくは、添加するNbは0.02~0.08%である。
【0034】
Ti:0.020~0.200%
Tiは炭窒化物を生成し、結晶粒粗大化を抑制する元素である。Tiが0.020%未満であると、微細な窒化物量が不足する。また、Nが固定されず、BNを形成し、焼入れ性が低下する。また、結晶粒粗大化を抑制する効果が小さくなる。
他方、Tiが0.200%を超えると、炭窒化物の量が過剰となり加工性が低下する。
そこで、Tiを添加する場合は、0.020~0.200%とする。望ましくは、添加するTiは、0.020~0.100%である。
【0035】
B:0.0010~0.0050%
Bは焼入れ性を向上させる元素である。Bが0.0010%未満だと、焼入れ性向上の効果が小さい。Bが0.0050%を超えると、素材硬さの上昇により加工性が低下する。そこで、Bを添加する場合は、0.0010~0.0050%とする。望ましくは、添加するBは0.0010~0.0030%である。
【0036】
V:0.010~0.500%
Vは炭窒化物を生成し、結晶粒粗大化を抑制する元素である。Vが0.010%未満であると、微細な炭窒化物が不足し、結晶粒粗大化を抑制する効果が小さいので、靱性および疲労強度に不足することとなる。他方、Vが0.500%を超えると、炭窒化物の量が過剰となり加工性が低下する。そこで、Vを添加する場合は、0.010~0.500%とする。望ましくは、添加するVは0.010~0.400%である。
【0037】
A1点:750℃以上
A1点が750℃未満だと、球状化焼なましの保持温度が低くなり、パーライト、ベイナイトを構成する炭化物の球状化が不十分となる。すると、軟化不足によって、冷間加工性が低下する。
そこで、A1点が750℃以上であることとする。さらに好ましくは、A1点が750~800℃とするとよい。
なお、本発明のA1は、Ac1=723℃-14Mn[%]+22Si[%]-14.4Ni[%]+23.3Cr[%]を用いて計算することができる。
【0038】
M7C3型炭化物が存在すること
球状化焼なましにおいて、パーライト粒及びベイナイト粒からフェライト粒へのC拡散が不十分であると、フェライト粒内で炭化物が析出できないため、炭化物分布が不均一となり、冷間鍛造性が低下する。そこで、本発明では、M7C3型炭化物を存在させることとする。
すると、パーライト粒(フェライトとラメラーセメンタイトで構成される組織)及びベイナイト粒(フェライトとセメンタイトで構成される組織)と、フェライト粒(M7C3炭化物が安定)との間でC拡散挙動の差が大きくなるので、その結果、パーライト粒及びベイナイト粒からフェライト粒へのC拡散が十分に促進され、球状化炭化物が均一分散しやすくなるので、冷間鍛造性に優れたものとなるのである。
【0039】
(球状化焼なまし条件)
図1に球状化焼なまし条件となる温度履歴の保持温度T(℃)、保持時間t(hr)の説明のための模式図を示す。本発明における球状化焼なましのための保持温度Tや保持時間tの条件は、以下の[式1]~[式3]を充足するものとする。
[式1]:(A
1点-30℃)≦T≦(A
1点-5℃)
[式2]:t≧120/(T-A
1+50)
[式3]:A
1=723℃-14Mn[%]+22Si[%]-14.4Ni[%]+23.3Cr[%]
【0040】
(供試材の製造工程)
[表1]の発明鋼No.1~22と、比較例No.1~11に記載の化学成分と残部Feとからなる各鋼を、100kg真空誘導炉(VIM)で溶解して鋼塊として溶製し、1250℃でφ32に鍛伸し、925℃で1時間の焼ならしをした後、100mmに切断して、供試材を得た。
【0041】
【0042】
【0043】
(球状化焼なまし工程)
上記で作製した供試材について、カンタル炉を用い、以下の手順で球状化焼なましを実施した。表3、表4に記載の保持温度Tおよび保持時間tのとおり、球状化焼なましの保持温度に設定した炉内に、上記供試材を投入し、供試材の昇温時間を30分確保し、所定の時間保持した後、空冷した。
【0044】
【0045】
【0046】
(M7C3型炭化物の有無の確認)
球状化焼なましされた各供試材について、D/4位置より、抽出レプリカ法を用いてTEM用の試料を作製したのち、それらの試料について透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察した。
【0047】
(TEM観察条件)
各供試材の試料について、1視野(10μm×10μm)の領域を計10視野撮影し、各視野内に存在する炭化物について、無作為に5個を選び、同定解析(EDSによる成分分析、回折パターンによる構造解析)を実施し、M7C3炭化物の有無を確認した。結果を表3、表4に示す。
【0048】
(球状化炭化物が析出していないフェライト粒の面積率の測定)
球状化焼なまし後の供試材について、D/4位置より切り出し、樹脂埋め後に研磨し、さらに表面をナイタール腐食液でエッチング処理してから、400倍の倍率の光学顕微鏡にて5視野を観察し、画像解析にて面積率を算定した。
なお、フェライト粒内に存在する円相当径0.5μm以上の球状化炭化物の個数が5個未満である場合を「球状化炭化物が析出していないフェライト粒である」と定義する。
球状化焼なまし後の観察視野における、球状化炭化物が析出していないフェライト粒の面積率の測定した結果、組織全体の6.0%を超えるものは、球状化が不十分であったり、均一に分散しているとは言い難いものといえる。結果を表3、表4に示す。
【0049】
(残存パーライト粒およびベイナイト粒の面積率の測定)
同様に、球状化焼なまし後の供試材について、400倍の倍率の光学顕微鏡にて5視野を観察し、画像解析にて算定した。
球状化焼なまし後の残存パーライト粒及びベイナイト粒の面積率が5.0%以下であることは、炭化物の球状化が十分に進んでいると評することができるが、残存パーライト粒及びベイナイト粒の面積率が5.0%を超えるときは、炭化物の球状化が不十分といえるので、軟化不足によって、冷間鍛造性が低下することとなる。結果を表3、表4に示す。
【0050】
図2に、球状化焼なまし後の発明鋼6、発明鋼21、比較鋼6について、光学顕微鏡写真と、球状化炭化物が析出していないフェライト粒の面積率、残存パーライト粒およびベイナイト粒の面積率を示した。
【0051】
(硬さの測定)
球状化焼なましされた棒鋼材の中心と外周の中間点(「D/4」という。なお、Dは直径を表す。)の部分における硬さをロックウエル硬さ試験機により測定して硬さ(HRB)とした。
球状化焼なまし硬さが83HRBを超えると、冷間鍛造変形性が低下し、高加工率の冷間鍛造を行うと割れが発生しやすくなる。そこで、球状化焼なまし硬さは83HRB以下とすることが望ましい。結果を表3、表4に示す。
【0052】
(75%冷間据込みでの割れの有無)
供試材の中心位置より、φ14×21mm円柱試験片を作製(供試材の鍛伸方向と試験片の長手方向が平行とする。)した。それらの円柱試験片を用いて、室温で冷間据込み試験を実施した。その据込み速度は10mm/minで、最終据込み率(試験片の高さ減少率)を75%とし、4回実施し(n=4)、加工後の試験片の表面割れの有無を観察した。結果を表3、表4に示す。
【0053】
発明鋼1~22は、本発明の規定する化学成分の範囲であり、A1点も750℃以上であって、球状化焼なましされた粒内にはM7C3炭化物が確認されるところ、球状化炭化物が析出していないフェライト粒の面積率を測定すると組織全体の6.0%以内であって、残存パーライト粒及びベイナイト粒の面積率も5.0%以内であるから、球状化が十分に進み、均一分散されている冷間鍛造鋼が得られている。すなわち、発明鋼1~22は、いずれも硬さは83HRB以下であり、75%冷間据込み試験でも割れを呈することもなかったので、発明鋼には優れた冷間加工性があることが確認された。
【0054】
比較鋼1~2は、Mnが過多でCrが過少であり、A1点が750℃を下回っており、M7C3炭化物は観察されず、75%冷間据込み試験で割れが認められた。
比較鋼3、5~7は、Crが過少であり、A1点が750℃を下回っており、M7C3炭化物は観察されず、75%冷間据込み試験で割れが認められた。
比較鋼4は、CrおよびAlが過少であり、A1点が750℃を下回っており、M7C3炭化物は観察されず、75%冷間据込み試験で割れが認められた。
比較例8は、Crが過多であって、84HRBと硬く、75%冷間据込み試験で割れが認められた。
比較例9は、MnとCrが過多であって、85HRBと硬く、75%冷間据込み試験で割れが認められた。
比較例10は、Siが過多であって、85HRBと硬く、75%冷間据込み試験で割れが認められた。
比較例11は、CとMoが過多であって、86HRBと硬く、75%冷間据込み試験で割れが認められた。