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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-31
(45)【発行日】2025-02-10
(54)【発明の名称】食肉中のヘム色素の測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/12 20060101AFI20250203BHJP
   G01N 21/27 20060101ALI20250203BHJP
   A23L 13/00 20160101ALN20250203BHJP
【FI】
G01N33/12
G01N21/27 Z
A23L13/00 Z
A23L13/00 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2024162594
(22)【出願日】2024-09-19
【審査請求日】2024-10-02
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】516147981
【氏名又は名称】伊藤ハム米久ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和賀 正洋
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2002/021142(WO,A1)
【文献】特開2003-083883(JP,A)
【文献】井ノ原康太、他2名,魚類筋肉ミオグロビンのメト化率測定方法の検討,日本水産學會誌,日本,2015年05月05日,Vol.81,No.3,Page.456-464
【文献】和賀正洋,6.豚枝肉中のヘム色素構成割合の評価-残血評価手法の確立-,第106回 日本養豚学会大会講演要旨,日本,2017年,第106回,第6頁
【文献】和賀正洋,食肉中のヘム色素の同時定量法の検討,第106回 日本養豚学会大会講演要旨,2017年,第106回,第29頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/12
G01N 33/48-33/98
G01N 21/27
A23L 13/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(i)~(v)の工程を備え、
(i)食肉からヘム色素を抽出して抽出液を得る工程;
(ii)抽出液を分注して第1抽出液及び第2抽出液として、前記第1抽出液のpHを5.0~7.5に、前記第2抽出液のpHを8.0~10.0に調整する工程;
(iii)前記抽出液を酸化する工程;
(iv)所定波長における前記第1抽出液の吸光度である第1吸光度、及び前記第2抽出液の吸光度である第2吸光度を測定する工程;
(v)前記第1吸光度と第2吸光度の差から、食肉中のミオグロビン濃度又はヘモグロビン濃度を算出する工程
工程(iv)の前記所定波長がメトヘモグロビンの等吸収率点であり、工程(v)はミオグロビン濃度を算出する工程であるか、
工程(iv)の前記所定波長がメトミオグロビンの等吸収率点であり、工程(v)はヘモグロビン濃度を算出する工程であり、
前記所定波長は、シトクロムcの極大吸収波長ではない、
食肉中のミオグロビン濃度又はヘモグロビン濃度の測定方法
【請求項2】
工程(iii)が、抽出液に酸化剤を添加することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記酸化剤が、亜硝酸ナトリウム及びフェリシアン化カリウムから選択される少なくとも1つである、請求項に記載の方法。
【請求項4】
工程(iii)が、抽出液を20~40℃の好気的条件下で12~24時間静置することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
請求項1に記載の方法に使用するためのキットであって、
少なくとも1つのpH調整剤と、少なくとも1つの酸化剤とを含む、食肉中のミオグロビン濃度又はヘモグロビン濃度を測定するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食肉中のヘム色素を測定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
畜肉の流通において、枝肉の筋出血(血斑)の発生や残血は、食肉の外観の低下や臭みを生じさせ、その品質を低下させる要因であり、より低減させることが求められる。血斑や残血は、と畜方法や放血条件により生じることが知られているが(非特許文献1)、その評価は、多くは目視によって行われてきた。
【0003】
非特許文献1では、筋肉内残留血液量を測定するために、豚の横隔膜脚筋抽出液から、ゲルろ過を用いてヘモグロビンを分離し、その578nmの吸光度を測定する方法が報告されている。非特許文献2では、豚肉の抽出液を、一酸化炭素を通気して処理した後、吸光度測定を行うことで、豚肉のミオグロビン、ヘモグロビン、シトクロムcを測定する方法が報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】大鹿博英ら、食品衛生研究、Vol. 41, No.5, pp. 79-86 (1991)
【文献】和賀正洋ら、日豚会誌、Vol. 53, No. 1, pp. 10-15 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記非特許文献1に記載の方法は、ゲルろ過による分離処理に時間がかかり、煩雑な操作を要する、という問題があった。また、非特許文献2の記載の方法は、一酸化炭素を用いるため、局所排気装置を要し、日常的な検査には向かない方法であった。
【0006】
本発明の目的は、特殊な設備を用いることなく、従来よりも簡便に食肉中のヘム色素を測定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下を提供するものである。
(1)以下の(i)~(v)の工程を備える、食肉中のヘム色素の測定方法。
(i)食肉からヘム色素を抽出して抽出液を得る工程;
(ii)抽出液を分注して第1抽出液及び第2抽出液として、前記第1抽出液のpHを5.0~7.5に、前記第2抽出液のpHを8.0~10.0に調整する工程;
(iii)前記抽出液を酸化する工程;
(iv)所定波長における前記第1抽出液の吸光度である第1吸光度、及び前記第2抽出液の吸光度である第2吸光度を測定する工程;
(v)前記第1吸光度と第2吸光度の差から、食肉中のミオグロビン濃度又はヘモグロビン濃度を算出する工程。
(2)工程(iv)の前記所定波長が520nm及び550nmではない、(1)に記載の方法。
(3)工程(iv)の前記所定波長が、メトヘモグロビンの吸光度がpHの影響を受けない波長であり、工程(v)で算出するのが食肉中のミオグロビン濃度である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)工程(iv)の前記所定波長が、メトミオグロビンの吸光度がpHの影響を受けない波長であり、工程(v)で算出するのが食肉中のヘモグロビン濃度である、(1)又は(2)に記載の方法。
(5)工程(iii)が、抽出液に酸化剤を添加することを含む、(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記酸化剤が、亜硝酸ナトリウム及びフェリシアン化カリウムから選択される少なくとも1つである、(5)に記載の方法。
(7)工程(iii)が、抽出液を20~40℃の好気的条件下で12~24時間静置することを含む、(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)工程(iii)の後、吸光度測定前に各抽出液をろ過することを含む、(1)~(7)のいずれかに記載の方法。
(9)少なくとも1つのpH調整剤と、少なくとも1つの酸化剤とを含む、食肉中のヘム色素を測定するためのキット。
(10)さらに、ろ紙、ろ過フィルター、及び/又は測定波長及びミオグロビン又はヘモグロビンの濃度の算出式を記載した説明書、を含む、(9)に記載のキット。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、特殊な設備を用いることなく、簡便な方法で食肉中のヘム色素を測定することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の食肉中のヘム色素の測定方法の工程を示すフロー図である。
図2】ウマのメトヘモグロビンとメトミオグロビンの各pHにおける吸光スペクトルである。(A)は、メトヘモグロビンの吸光スペクトル、(B)は、メトミオグロビンの吸光スペクトルを示す。
図3】ウマのメトミオグロビンのpHと600nm/522nmの吸光度のプロット図である。このプロット図より、ウマのメトミオグロビンのpKa値は、9.02でることが確認された。
図4】実施例3、比較例1、比較例2における、牛肉中のヘム色素濃度の測定値を示すグラフである。
図5】実施例4、比較例1、比較例2における、豚肉中のヘム色素濃度の測定値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1 構成及び定義
本明細書における「食肉」は、畜肉、家禽肉、鯨肉、及び魚肉を指す。本明細書において、畜肉は、牛肉、豚肉、馬肉、綿羊肉及び山羊肉等を指す。本明細書において、家禽肉は、ニワトリ、ウズラ、シチメンチョウ、アヒル、ガチョウ等の鶏類の肉を指す。本明細書において、魚肉は、マグロ、カツオ、ブリ等の赤身を有する魚類の肉を指す。本発明の方法は、畜肉、家禽肉、魚肉のいずれにも適用可能であるが、特に畜肉に適用することができる。以下、特に記載のない限り、食肉は畜肉を指すものとする。
【0011】
と畜場における食肉の生産は家畜のスタニング(打額失神)後、ステッキングにより放血し、剥皮、内臓摘出、背割と進む。このうち、遺伝的要因や、放血までの処置が適切ではない場合に、血斑や残血が生じる。食肉において、血液の残存は食味や保存性等、品質上忌避すべきものである。なお、血斑とは毛細血管の破裂を示し、残血とは血管内に血液が残留している状態を指す。
【0012】
食肉に含まれる残血量の指標として、食肉中のヘム色素量が知られる。食肉に含まれるヘム色素としては、ミオグロビン(Mb)、ヘモグロビン(Hb)及びシトクロムcが知られる。ミオグロビンは、オキシミオグロビン、デオキシミオグロビン、メトミオグロビン(OH型)又はメトミオグロビン(HO型)の形態で存在する。ヘモグロビンは、オキシヘモグロビン、デオキシヘモグロビン、メトヘモグロビン(OH型)又はメトヘモグロビン(HO型)の形態で存在する。シトクロムcは、酸化型シトクロムc又は還元型シトクロムcの形態で存在する。すなわち、食肉中には、10種類の性状の異なる形態のヘム色素が存在する。これらの色素のそれぞれを測定するには、非常に煩雑な作業を要する。また、吸光度等からそれぞれの濃度を算出するとしても、その計算式が非常に複雑となり、正確な算出が困難となる、という問題が残る。
【0013】
本発明者は、食肉の抽出液を還元し、一酸化炭素を通気することで、Mbをすべてカルボキシミオグロビンに、Hbをすべてカルボキシヘモグロビンに、シトクロムcをすべて還元型シトクロムcに変換し、これらの3種のヘム色素を測定する方法を見出したが(非特許文献2)、この方法は一酸化炭素を使用するため、局所排気装置等の特殊な設備を要するという課題があった。
【0014】
酸化により、食肉に含まれるMbをすべてmetMbに、HbをすべてmetHbに変換することができる。metMb、metHbは、それぞれがpHによってOH型(アルカリ性型)又はHO型(酸性型)となり、その吸光度に変化が生じることが知られる。本発明は、pHによるこれらの吸光度差を利用して、食肉に含まれる全Mb量、全Hb量を測定することを特徴とする。食肉のヘム色素中に占めるシトクロムc量は通常1%未満であり、Mb量、Hb量と比較して非常に少ないことから、食肉の残血評価に影響を与えないものとして、測定対象から除外した。なお、吸光度測定において、シトクロムcの吸光度ピークである520nm及び550nmの吸光度測定を避けることで、シトクロムcの干渉を回避することが可能である(後述)。
【0015】
metMb及びmetHbは、pHに応じてOH型とHO型の2つの形態をとり得、それぞれ吸光スペクトルが異なる。このpHの変化に伴う吸光変化において、変化しない点=等吸収率点が存在する。この等吸収率点が発生する波長は、metMbとmetHbとで異なる。したがってmetHbの等吸収率点においてpHの変化に伴う変化が生じたとすれば、それはmetMb由来の変化といえる。図2に、ウシのmetHb(A)、ウマのmetMb(B)の各pHの吸光スペクトルを示す。図2Aの吸光スペクトルから明らかなように、波長が489nm、521nm及び617nmのとき、pHによる吸光度変化が生じない。図2Bの吸光スペクトルから明らかなように、波長が495nm、522nm及び626nmのとき、pHによる吸光度変化が生じない。そのため、異なるpHで480nm、520nm又は617nmの吸光度に変化が生じた場合、その変化はmetMbに由来するものといえる。一方、異なるpHで490nm、530nm又は626nmの変化が生じた場合、その変化はmetHbに由来するものといえる。以上のように、metMb、metHbは、測定波長を適切に選択することにより、互いに干渉せずに定量することが可能である。
【0016】
2 食肉中のヘム色素の測定方法
本発明の第1の実施形態は、食肉中のヘム色素の測定方法である。本実施形態の食肉中のヘム色素の測定方法は、以下の(i)~(v)の工程を備えることを特徴とする。
(i)食肉からヘム色素を抽出して抽出液を得る工程;
(ii)抽出液を分注して第1抽出液及び第2抽出液として、前記第1抽出液のpHを5.0~7.5に、前記第2抽出液のpHを8.0~10.0に調整する工程;
(iii)前記抽出液を酸化する工程;
(iv)所定波長における前記第1抽出液の吸光度である第1吸光度、及び前記第2抽出液の吸光度である第2吸光度を測定する工程;
(v)前記第1吸光度と第2吸光度の差から、食肉中のMb濃度又はHb濃度を算出する工程。
【0017】
本実施形態の方法によれば、特殊な設備や煩雑な操作を要することなく、食肉中のヘム色素を測定することが可能である。
【0018】
以下、本実施形態の方法を、工程ごとに説明する。本実施形態の方法のフロー図を図1に示す。本実施形態の方法は、工程(i)抽出工程、工程(ii)pH調整工程、工程(iii)酸化工程、工程(iv)吸光度測定工程、(v)ヘム色素量算出工程を少なくとも含む。工程(ii)及び工程(iii)は、工程(ii)-工程(iii)の順に実施してもよく、また、工程(iii)-工程(ii)の順に実施してもよい。特に工程(ii)-工程(iii)の順に実施することが好ましい。工程(iii)-工程(ii)の順に実施する場合は、工程(iv)の前にpHを測定する工程を含むことが好ましい。また、いずれの場合も、工程(iv)の前に、ろ過工程を実施することが好ましい。
【0019】
2-1 工程(i) 抽出工程
本実施形態の方法は、工程(i)として、食肉からヘム色素を抽出して抽出液を得る工程を含む。具体的には、食肉を溶媒と接触させ、溶媒にヘム色素を移行させる工程を含む。ここで使用される溶媒は、ヘム色素を溶解する溶媒であれば特に限定されないが、例えば、水及びその溶液から選択することができる。水溶液を使用する場合、例えば、リン酸緩衝液、MES緩衝液等の緩衝液を好適に使用できる。
【0020】
抽出工程において、食肉はブロック状であってもよいが、細かく裁断されていること、例えばミンチ状とされることが好ましい。細かく裁断された食肉は、さらに、溶媒中でホモジナイズされることが好ましい。浸漬、ホモジナイズの食肉は、遠心分離や、ろ紙、ガーゼ等によるろ過により、溶媒から除去することができる。得られた溶媒を、抽出液として、後段の測定に使用することができる。
【0021】
2-2 工程(ii) pH調整工程
本実施形態の方法は、工程(ii)として、工程(i)で得られた抽出液を少なくとも2つに分注して、第1抽出液及び第2抽出液として、前記第1抽出液のpHを5.0~7.5に、前記第2抽出液のpHを8.0~10.0に調整する工程を含む。工程(ii)は、後述する工程(iii)の前に行われてもよく、工程(iii)の後に行われてもよい。
【0022】
第1抽出液及び第2抽出液のpHの調整手法は特に限定されないが、pHを下げるためには、希塩酸、有機酸液(酢酸、クエン酸等)等を使用することができ、一方、pHを上げるためには水酸化ナトリウム溶液、炭酸ナトリウム溶液、炭酸カリウム溶液、炭酸水素ナトリウム溶液、炭酸水素カリウム溶液等を使用することができる。なお、pH調整前の抽出液は、通常は弱酸性であることから、多くの場合はpHを下げることを要しない。この場合、第2抽出液にpHを上げるために添加した水溶液と同量の水を第1抽出液に加え、ヘム色素の濃度を揃えることが好ましい。
【0023】
第1抽出液のpHは、5.0~7.5、好ましくは5.5~7.0、より好ましくは、5.8~6.8とすることができる。第2抽出液のpHは、8.0~10.0、好ましくは、8.5~10.0、より好ましくは、8.5~9.5とすることができる。ここで、第1抽出液のpHと第2抽出液のpHは、1.0以上、特に1.5以上、さらに2.0以上離れていることが好ましい。
【0024】
2-3 工程(iii) 酸化工程
本実施形態の方法は、工程(iii)として、抽出液を酸化する工程を含む。ここでいう「抽出液」は、工程(ii)でpHを調整後の各抽出液であってもよく、工程(i)で得られた抽出液であってもよい。工程(i)で得られた抽出液を酸化工程に付した場合、その後、工程(ii)のpH調整工程が実施される。
【0025】
酸化手法は、Mb及びHbが十分にメト化する条件であれば、特に限定されないが、例えば、酸化剤を用いる手法、又は、20~40℃の好気的条件下で12~24時間静置する手法をとり得る。
【0026】
酸化剤を用いる手法は、短時間でヘム色素のメト化を生じさせることができる。酸化剤としては、例えば、亜硝酸ナトリウム、フェリシアン化カリウム等を用いることができる。酸化剤の濃度、反応時間は、使用する酸化剤の種類によって異なるが、例えば、亜硝酸ナトリウムの場合は、濃度は0.005~0.1重量%程度、反応時間は30~60分間程度とすることができる。
【0027】
抽出液を20~40℃の好気的条件で12~24時間静置する方法は、時間はかかるものの、使用後の試液の廃棄等が容易であるため、廃棄手段を有しない施設で工程に使用できる。本明細書において、好気的条件とは、酸素濃度が少なくとも1%存在する条件を指す。抽出液の静置温度は、30~40℃、特に35~38℃とすることが好ましい。
【0028】
酸化反応が十分に進行したかは、例えば、目視で抽出液の色調変化(赤色から茶色への変化)を観察することで確認できる。また、より好ましくは分光光度計での吸光スペクトルから判断することもできる。
【0029】
2-4 ろ過工程
工程(ii)及び工程(iii)を実施した後の抽出液について、ろ過を行ってもよい。例えばフィルターろ過を行うことで、pH調整、酸化反応で生じた沈殿が、後段の吸光度測定に与える影響を回避することができる。使用するフィルターの材料は、特に限定されないが、例えば、セルロースアセテート、セルロース混合エステル、ポリエーテルサルフォン、親水性PTFE等のメンブレンフィルターとすることができる。フィルターの孔径は、特に限定されないが、例えば、0.45μm、0.22μm等とすることができる。また、ろ紙を用いても良い。例えば粒子保持径φ3μmの定量ろ紙であれば好適に用いることができる。ろ過工程は、pH調整工程、酸化工程において沈殿が生じた場合に実施することが好ましい。また、ろ過工程は、工程(ii)及び工程(iii)の後のみでなく、沈殿が生じるタイミングで適宜実施してもよい。
【0030】
2-5 工程(iv) 吸光度測定工程
本実施形態の方法は、工程(iv)として、所定波長における第1抽出液の吸光度である第1吸光度、及び第2抽出液の吸光度である第2吸光度を測定する工程を含む。
【0031】
ここでいう所定波長は、後段の工程(v)でMb量を算出する場合は、メトヘモグロビンの吸光度がpHの影響を受けない波長とすることが好ましい。一方、後段の工程(v)でHb量を算出する場合は、メトミオグロビンの吸光度がpHの影響を受けない波長とすることが好ましい。
【0032】
「メトヘモグロビンの吸光度がpHの影響を受けない波長」(以下、「metHb等吸収率点」とも称する)及び「メトミオグロビンの吸光度がpHの影響を受けない波長」(以下、「metMb等吸収率点」とも称する)は、動物種によって異なるため、予めmetHb又はmetMbの標品を用いて試験することで決定することができる。図2に、ウマのmetHb(図2A)及びmetMb(図2B)の各pHの吸光スペクトルを示す。図2Aに示す結果より、metHb等吸収率点は、480nm、525nm及び617nmであり、したがって、Mb量を算出する場合は、所定波長は、480nm、525nm又は617nmとすることができる。図2Bに示す結果より、metMb等吸収率点は、490nm、530nm及び626nmであり、したがって、Hb量を算出する場合、所定波長は、490nm、530nm又は626nmとすることができる。
【0033】
所定波長は、520nm又は550nmに設定しないことが望ましい。ヘム色素にはシトクロムcが含まれ、その極大吸収波長は520nm及び550nmである、この波長で吸光度を測定することで、試料中のシトクロムcに由来する吸光度の上昇が見られることから、Mb量またはHb量を正確に測れない可能性がある。
【0034】
吸光度の測定は、例えば、光路長10mmの吸光度測定用のセルに抽出液を入れて、分光光度計を用いて実施することができる。あるいは、例えば、マイクロプレート(24ウェル、96ウェル等)に複数の抽出液を分注し、マイクロプレートリーダーを用いて測定してもよい。ここで使用する分光光度計又はマイクロプレートリーダーは、特に限定されず、通常試液の吸光度を測定するために使用されるものをいずれも使用できる。
【0035】
2-6 工程(v) ヘム色素量算出工程
本実施形態の方法は、工程(v)として、第1吸光度と第2吸光度の差から、食肉中のMb濃度又はHb濃度を算出する工程を含む。
【0036】
上記した通り、metMb及びmetHbは、pHに応じてOH型とHO型の2つの形態をとり得、それぞれ吸光スペクトルが異なる。このpHの変化に伴う吸光変化において、変化しない点=等吸収率点が存在する。この点(波長)の吸光度の変化量は濃度依存的であるから、予め濃度あたり変化量を割り出しておくことで、変化量からヘム色素の濃度を算出できる(下記式(I))。
【数1】
【0037】
濃度あたり変化量は、任意の2点のpHにおいて推定された単位濃度のmetMbあるいはmetHbの吸光度の差分による。任意のpHにおけるmetMbおよびmetHbの吸光度を推定するためには、それぞれのOH結合型あるいはHO結合型の割合を求める必要がある。metMbあるいはmetHbの、OHあるいはHO結合型の割合は酸の電離挙動とよく似ており、metMbおよびmetHbの濃度酸解離定数(pKa)とpHから求めることができる。
pHとpKaには次のような関係がある(下記式(II))。
【数2】
(ここで、[HA]は非解離型の酸であるHAの濃度、すなわち、metMb(metHb)ではHO型の濃度を指す)
上記式(II)より、下記式(III)が導き出される。
【数3】
さらにlogをとると、下記式(IV)が導き出される。
【数4】
metMb(metHb)の結合子の変化は1分子あたり収量が1分子であるから、[A]=1-[HA]となるため、下記式(V)が導き出される。
【数5】
さらに両辺に1([HA]/[HA])を足すと、下記式(VI)が導き出される。
【数6】
これを整理すると下記式(VII)が導き出される。
【数7】
以上より、HAの濃度は下記式(VIII)で表すことができる。
【数8】
【0038】
pHの増大に伴い([HA]の減少に伴い)吸光度が増大する場合(波長が617nmの場合のMbがこれに該当)、特定の波長における吸光度Absが特定のpHで取る値Abs(pH)は下記式(IX)で表すことができる。なお、HA濃度が最も低いときに示す単位濃度あたり最小吸光度をAbs(MIN)、HA濃度が最も高いときに示す単位濃度あたり最大吸光度をAbs(MAX)とする。
【数9】
【0039】
pHの増大に伴い([HA]の減少に伴い)吸光度が減少する場合(波長が626nmの場合のHbがこれに該当)、特定の波長における吸光度Absが特定pHで取る値Abs(pH)は下記式(X)で表すことができる。
【数10】
【0040】
ここで、式(IX)及び式(X)に、式(VIII)を代入すると、それぞれ、下記式(XI)及び(XII)で示すことができる。
【数11】
【数12】
【0041】
式(XI)及び式(XII)をそれぞれ式(I)の概念式にあてはめると、Mb濃度[Mb]及びHb濃度[Hb]は、下記式(XIII)及び下記式(XIV)で示すことができる。
【数13】
【数14】
(ここで、pHaは任意のpH(酸性側)、pHbは任意のpH(アルカリ性側)、AbsH(a)はpHaでのmetHb等吸収率点における吸光度(Mb第1吸光度)、AbsH(b)はpHbでのmetHb等吸収率点における吸光度(Mb第2吸光度)、AbsM(a)はpHaでのmetMb等吸収率点における吸光度(Hb第1吸光度)、AbsM(b)はpHbでのmetMb等吸収率点における吸光度(Hb第2吸光度)を指す。)
【0042】
上記式(XIII)に、pHa、pHb、予め測定しておいたAbs(MAX)、Abs(MIN)を入力し、さらに工程(iv)で測定したAbsH(a)(Mb第1吸光度)、AbsH(b)(Mb第2吸光度)の値を入力することで、抽出液のMb濃度を算出することができる。また、上記式(XIV)に、pHa、pHb、予め測定しておいたAbs(MAX)、Abs(MIN)を入力し、さらに工程(iv)で測定したAbsM(a)(Hb第1吸光度)、AbsM(b)(Hb第2吸光度)の値を入力することで、抽出液のHb濃度を算出することができる。ここで算出したMb濃度又はHb濃度と、工程(i)で使用した食肉重量から、単位重量あたりの食肉に含まれるMb量、Hb量を算出することができる。
【0043】
2-7 その他の工程
本実施形態の方法は、上記工程(i)~(v)及びろ過工程とは別に、他の工程を含んでいてもよい。他の工程の一例としては、工程(iv)の測定波長を決定する工程が挙げられる。工程(iv)において、測定波長は、metHb等吸収率点又はmetMb等吸収率点とすることが求められる。metHbの等吸収率点、metMbの等吸収率点は、由来動物種によって異なるが、予め分かっている場合はその波長を使用することができる。一方、その動物種のmetHbの等吸収率点、metMbの等吸収率点が不明の場合は、予め試験により決定する必要がある。具体的には、複数のpH条件下でmetHb又はmetMbの吸光スペクトルを取得し、pHにより吸光度が変化しない点を割り出すことで決定できる。
【0044】
他の工程の別の例としては、工程(v)の算出に必要な値を予め決定する工程が挙げられる。工程(v)では、食肉中のMb量、Hb量を算出するために、Abs(MAX)、Abs(MIN)の値が必要となる。これらの値は、動物種によって異なるが、予め分かっていれば、その値を使用することができる。一方、その動物種のAbs(MAX)、Abs(MIN)が分からない場合は、予め試験によりその値を決定することを要する。具体的には、単位濃度のMb又はHbを含む溶液を、pKaと比較して十分に高いpH及び十分に低いpHに調整し、所定の測定波長でのそれぞれの吸光度を測定することで決定できる。
【0045】
本実施形態の方法によれば、特殊な設備や煩雑な手法を用いることなく、pHの調製、必要に応じて酸化剤の添加、及び吸光度の測定のみで、食肉のヘム色素を測定することが可能である。
【0046】
3 食肉中のヘム色素を測定するためのキット
本発明の第2の実施形態は、食肉中のヘム色素を測定するためのキットである。本実施形態のキットは、少なくとも1つのpH調整剤と、少なくとも1つの酸化剤とを含む、ことを特徴とする。本実施形態のキットは、より具体的には、「2 食肉中のヘム色素の測定方法」の節に記載の方法に使用するためのキットである。本実施形態において、特に記載のない限り、また、特に矛盾のない限り、使用される用語の定義等は、「2 食肉中のヘム色素の測定方法」の記載と同様である。
【0047】
本実施形態のキットに含まれるpH調整剤としては、pHを下げるものとして、希塩酸、リン酸、クエン酸、コハク酸、酒石酸、酢酸、乳酸等、pHを上げるものとして、水酸化ナトリウム溶液、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、リン酸水素二カリウム、二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム等が挙げられる。
【0048】
本実施形態のキットにおいて、酸化剤は、ヘム色素を酸化できる薬剤であればいずれも使用可能であるが、例えば、亜硝酸ナトリウム、フェリシアン化カリウム等を好適に使用できる。
【0049】
本実施形態のキットは、さらに、ろ紙を含んでいてもよい。ろ紙は、食肉を裁断、ホモジナイズした後の残渣を除くために使用することができる。ろ紙に代えてガーゼを用いてもよい。
【0050】
本実施形態のキットは、ろ過フィルターを含んでいてもよい。ろ過フィルターは、食肉からのヘム色素抽出液に、pH調整剤、酸化剤を加えたときに生じ得る沈殿を除去するために使用できる。
【0051】
本実施形態のキットは、測定波長及びミオグロビン又はヘモグロビンの濃度の算出式を記載した説明書を含んでいてもよい。食肉のヘム色素抽出液の吸光度するに際し、食肉の由来動物種によって、適した測定波長が異なる。そのため、使用者に、適用する食肉ごとに、適した測定波長を教示することを要する。また、得られたpH、吸光度のデータから、食肉中のMb量、Hb量を算出する式も、食肉の由来動物種によって異なる。そのため、適用する食肉ごとに、適した算出式を教示することを要する。前記説明書には、測定波長、算出式の具体的な説明が記載されていることが好ましい。あるいは、前記説明書には、動物種から適した測定波長を指示する機能、得られたpH、吸光度のデータから、食肉中のMb量、Hb量を自動的に算出するアプリに接続するためのQRコード(登録商標)が表示されていてもよい。
【実施例
【0052】
以下に本発明の実施例を掲載して、さらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0053】
<実施例1:ヘム色素の各pHにおける吸光スペクトル測定>
標品のmetHb(ウシ由来)、metMb(ウマ由来)の吸光スペクトルを以下の手法で取得した。試薬のHb(ウシ由来)とMb(ウマ由来)はいずれも酸化型として扱った。これらを1mg/mLとなるよう各種pH緩衝液に加え入れ、0.45μmのフィルターでろ過した溶液をmetHbおよびmetMbの各pHの検体とした。これらの検体を光路長10mmのセルで、紫外可視分光光度計UV-2700(島津製作所)を用いて450~750nmの吸光スペクトルを測定した。
【0054】
各種pH緩衝液の組成は、以下の通りとした。
0.1M 酢酸Na緩衝液(pH4.5)
0.1M MES緩衝液(pH5.8)
0.1M リン酸Na緩衝液(pH6.6)
0.1M リン酸Na緩衝液(pH7.5)
0.1M トリス緩衝液(pH8.6)
0.1M 炭酸Na緩衝液(pH9.6)
0.1M 炭酸Na緩衝液(pH10.4)
【0055】
図2に、metHb(A)、metMb(B)の各pHの吸光スペクトルを示す。図2Aの吸光スペクトルより、波長が480nm、525nm及び620nmのとき、pHによる吸光度変化が生じないことが明らかとなった。図2Bの吸光スペクトルより、波長が490nm、530nm及び630nmのとき、pHによる吸光度変化が生じないことが明らかとなった。
【0056】
<実施例2:metMbのpKa値の決定>
ウマmetMbのpKa値を、以下の手法によって求めた。ウマのmetMbを調製し(和賀正洋著 麻布大学博士論文(2017))、pH4~12.0の同濃度のmetMb水溶液を調製し、それぞれの600nm/522nmの吸光度を測定した(光路長10mm)。各pHの溶液について、独立して2回の測定を行った。図3に、各pHのmetMbの600nm/522nmの吸光度のプロット図を示す。プロット図より、ウマmetMbのpKa値は9.02であることが確認できた。
【0057】
<実施例3:牛肉のヘム色素測定>
(1)ウシMbの調製
牛肉を3mmでミンチ後、肉1重量部に対して蒸留水1重量部を加え、ACEホモジナイザーを用いて10000rpmで1分間ホモジネートした。得られたホモジネート液を18000×g、1℃で、20分間遠心分離し、上清を得た。上清を飽和度60~90%で硫安分画して得られたペレットを疎水性クロマトグラフィーの検体とした。FPLCを用いて、HiTrap Phenyl HP 5mLカラムで、40%硫安飽和度で溶出する画分をMbとして採取した。
【0058】
(2)ウシHb
ウシHbは、市販の標品(Hemoglobin,FreezeDried(MP Biomedicals,OH,USA))を使用した。
【0059】
(3)ウシmetHb及びウシmetMbの等吸収率点の決定
上記(1)、(2)で得られたウシHb及びMbから、metHb及びmetMbを調製し(和賀ら、2017)、各pHにおける吸光スペクトルを、実施例1と同様の方法で測定した。その結果、ウシmetHbの等吸収率点が、489nm、521nm及び617nm、ウシmetMbの等吸収率点が494nm、523nm及び626nmであることが確認できた。
【0060】
(4)ウシmetMb及びウシmetHbのpKaの決定
ウマmetMbに代えてウシmetMb又はウシmetHbを使用した以外は、実施例2と同様の方法でそれぞれのpKa値を求めた。ウシmetMbのpKa値は9.02、ウシmetHbのpKa値は8.22であった。
【0061】
(5)Abs(MAX)、Abs(MIN)の決定
ウシmetMb、ウシmetHbのpH4~12の1mg/mL溶液をそれぞれ調製した。ウシmetMbについては、617nmの吸光度を測定し、最も高い吸光度をAbs(MAX)、最も低い吸光度をAbs(MIN)とした。一方、ウシmetHbについては、626nmの吸光度を測定し、最も高い吸光度をAbs(MIN)、最も低い吸光度をAbs(MAX)とした。各値は、表1に示す通りとなった。
【0062】
【表1】
【0063】
(6)牛肉中のヘム色素の測定
牛肉を3mmでミンチ後、肉1重量部に対して蒸留水3重量部を加え、ACEホモジナイザーを用いて10000rpmで1分間ホモジネートした。得られたホモジネート液を18000×g、1℃で、15分間遠心分離し、上清を得た。ろ紙(ADAVANTEC No.1)でろ過し、脂を除去し、ろ液を得た(ヘム色素抽出液)。ろ液を3mL×2本に分注し、1本に蒸留水、もう1本に1N水酸化ナトリウム溶液をそれぞれ3mL加えて混合した。両方に10mg亜硝酸ナトリウムを添加して混合した。0.45μmのメンブレンフィルター(DISMIC 25CS045AN、東洋ろ紙)にろ液を通過させ、得られた各ろ液のpH及び617nm、626nmの吸光度を測定した。吸光度は、ろ液を10mm光路長の石英セルに入れ、紫外可視分光光度計(UV-2700、島津製作所)を用いて測定した。測定は光路長10mmの石英ガラスセルを用い、常温で実施した。
【0064】
測定したpH及び吸光度を、下記式(XV)、(XVI)にそれぞれに代入して各ろ液中のMb濃度、Hb濃度を算出した。
【数15】
(式中、A617aはMb第1吸光度、A617bはMb第2吸光度、pHaは酸性側のpH、pHbはアルカリ性側のpHを示す。)
【数16】
(式中、A626aはHb第1吸光度、A626bはHb第2吸光度、pHaは酸性側のpH、pHbはアルカリ性側のpHを示す。)
Mb濃度及びHb濃度を、後段の比較例1、2の結果と共に図4に示す。
【0065】
<比較例1:牛肉のヘム色素の測定(Mb当量)>
実施例3(6)と同様の方法で、牛肉からヘム色素抽出液を得た。ヘム色素が全てMbであると仮定して、抽出液中の525nmの吸光度を測定した、濃度既知のMbを含む複数の溶液について、525nmの吸光度を測定し、検量線を作成した後、抽出液中のMb濃度を算出した。ここでは、MbとHbを分けて測定することはできず、ヘム色素のMb当量として算出することができる。図4に、ヘム色素量(Mb当量)を、実施例3及び後段の比較例2の結果と共に示す。
【0066】
<比較例2:牛肉のヘム色素の測定(一酸化炭素法)>
非特許文献2の記載に準拠した方法を用いて、牛肉のヘム色素を測定した。実施例3(6)と同様の方法で、牛肉からヘム色素抽出液を得た。ヘム色素抽出液3mLを水3mLで希釈し、10mgのハイドロサルファイトNa(Na)を加えてボルテックスミキサーで撹拌した。攪拌後のろ液を0.45μmのメンブレンフィルター(DISMIC 25CS045AN、東洋ろ紙)でろ過した後、吸光度を計測した。
【0067】
三角フラスコに注いだ濃硫酸15mLに対しギ酸5mLを滴下して、一酸化炭素(CO)の気泡を生じさせた。この気体を局所排気装置内で水上置換によってガス収集袋に捕集した。ヘム色素抽出液あるいはヘム色素溶液を還元した後、COガス約10mLを通気し密栓して転倒混和後5分間静置した。
【0068】
各種濃度に希釈したヘム色素溶液を同様にCO処理した後、分光光度計で350~750nmの吸光スペクトルを測定し各波長における吸光度と測定溶液の濃度(mg/mL)から濃度あたりの吸光係数を得た。測定は光路長10mmの石英ガラスセルを用い、常温で実施した。ヘム色素抽出液の吸光スペクトルと上記各波長の吸光係数から、Mb濃度、量、Hb濃度、シトクロムc濃度を算出した。図4に、Mb濃度、量、Hb濃度及びシトクロムc濃度を、実施例3、比較例1の結果と共に示す。
【0069】
図4に示す通り、実施例3で測定したヘム色素(Mb+Hb)量は、従来法であるヘム色素のMb当量、一酸化炭素法で測定したヘム色素量と比較して大差はなかった。実施例3の方法は、牛肉中のヘム色素を測定可能であることが実証できた。
【0070】
<実施例4:豚肉のヘム色素測定>
(1)ブタMbの調製
豚肉(豚ウデ肉)を3mmでミンチ後、肉1重量部に対して蒸留水1重量部を加え、ACEホモジナイザーを用いて10000rpmで1分間ホモジネートした。得られたホモジネート液を18000×g、1℃で、20分間遠心分離し、上清を得た。上清を飽和度60~90%で硫安分画して得られたペレットを疎水性クロマトグラフィーの検体とした。FPLCを用いて、HiTrap Phenyl HP 5mLカラムで、40%硫安飽和度で溶出する画分をMbとして採取した。
【0071】
(2)ブタHbの調製
ブタ血液に対して3倍容量の蒸留水を加えて攪拌し、18000×g、1℃で、20分間遠心分離し、上清を得、これをヘモグロビンとして使用した。
【0072】
(3)ブタmetHb及びブタmetMbの等吸収率点の決定
実施例3(3)に記載補の方法と同様にして、ブタmetHb及びブタmetMbの等吸収率点を決定した。その結果、ブタmetHbの等吸収率点が、499nm、523nm及び617nm、ブタmetMbの等吸収率点が494nm、522nm及び626nmであることが確認できた。
【0073】
(4)ブタmetMb及びブタmetHbのpKaの決定
ウマmetMbに代えてブタmetMb又はブタmetHbを使用した以外は、実施例2と同様の方法でそれぞれのpKa値を求めた。ブタmetMbのpKa値は8.76、ウシmetHbのpKa値は8.31であった。
【0074】
(5)Abs(MAX)、Abs(MIN)の決定
ブタmetMb、ブタmetHbのpH4~12の1mg/mL溶液をそれぞれ調製した。ブタmetMbについては、617nmの吸光度を測定し、最も高い吸光度をAbs(MAX)、最も低い吸光度をAbs(MIN)とした。一方、ブタmetHbについては、626nmの吸光度を測定し、最も高い吸光度をAbs(MIN)、最も低い吸光度をAbs(MAX)とした。各値は、表2に示す通りとなった。
【0075】
【表2】
【0076】
(6)豚肉中のヘム色素の測定
豚肉3検体(検体A~C)をそれぞれ3mmでミンチ後、肉1重量部に対して蒸留水3重量部を加え、ACEホモジナイザーを用いて10000rpmで1分間ホモジネートした。得られたホモジネート液を18000×g、1℃で、15分間遠心分離し、上清を得た。ろ紙(ADAVANTEC No.1)でろ過し、脂を除去し、ろ液を得た(ヘム色素抽出液)。ろ液を3mL×2本に分注し、1本に蒸留水、もう1本に1N水酸化ナトリウム溶液をそれぞれ3mL加えて混合した。両方に10mg亜硝酸ナトリウムを添加して混合した。0.45μmのメンブレンフィルター(DISMIC 25CS045AN、東洋ろ紙)にろ液を通過させ、得られた各ろ液のpH及び617nm、626nmの吸光度を測定した。吸光度は、ろ液を10mm光路長の石英セルに入れ、分光光度計(UV-2700、島津製作所)を用いて測定した。測定は光路長10mmの石英ガラスセルを用い、常温で実施した。
【0077】
測定したpH及び吸光度を、下記式(XVII)、(XVIII)にそれぞれに代入して各ろ液中のMb濃度、Hb濃度を算出した。
【数17】
(式中、A617aはMb第1吸光度、A617bはMb第2吸光度、pHaは酸性側のpH、pHbはアルカリ性側のpHを示す。)
【数18】
(式中、A626aはHb第1吸光度、A626bはHb第2吸光度、pHaは酸性側のpH、pHbはアルカリ性側のpHを示す。)
Mb濃度及びHb濃度を、後段の比較例3の結果と共に図5に示す。
【0078】
<比較例3:豚肉のヘム色素の測定(一酸化炭素法)>
非特許文献2の記載に準拠した方法を用いて、牛肉のヘム色素を測定した。実施例4(6)と同様の方法で、豚肉からヘム色素抽出液を得た。ヘム色素抽出液3mLを水3mLで希釈し、10mgのハイドロサルファイトNa(Na)を加えてボルテックスミキサーで撹拌した。攪拌後のろ液を0.45μmのメンブレンフィルター(DISMIC 25CS045AN、東洋ろ紙)でろ過した後、吸光度を計測した。
【0079】
三角フラスコに注いだ濃硫酸15mLに対しギ酸5mLを滴下して、一酸化炭素(CO)の気泡が生じさせた。この気体を局所排気装置内で水上置換によってガス収集袋に捕集した。ヘム色素抽出液あるいはヘム色素溶液を還元した後、COガス約10mLを通気し密栓して転倒混和後5分間静置した。
【0080】
各種濃度に希釈したヘム色素溶液を同様にCO処理した後、分光光度計で350~750nmの吸光スペクトルを測定し各波長における吸光度と測定溶液の濃度(mg/mL)から濃度あたりの吸光係数を得た。測定は光路長10mmの石英ガラスセルを用い、常温で実施した。ヘム色素抽出液の吸光スペクトルと上記各波長の吸光係数から、Mb濃度、量及びHb濃度を算出した。図5に、Mb濃度及びHb濃度を、実施例4の結果と共に示す。
【0081】
図5に示す通り、実施例4で測定したヘム色素(Mb+Hb)量は、従来法である一酸化炭素法で測定したヘム色素(Mb+Hb)量とほぼ同等の値が得られることが示された。実施例4の方法は、豚肉中のヘム色素を測定可能であることが実証できた。
【要約】
【課題】特殊な設備を用いることなく、従来よりも簡便に食肉中のヘム色素を測定する方法を提供する。
【解決手段】食肉からヘム色素を抽出して抽出液を得て、酸化後の抽出液を分注して第1抽出液及び第2抽出液として、前記第1抽出液のpHを5.0~7.5に、前記第2抽出液のpHを8.0~10.0に調整し、前記抽出液を酸化し、所定波長における前記第1抽出液の吸光度である第1吸光度、及び第2抽出液の吸光度である第2吸光度を測定する。測定した第1吸光度と第2吸光度の差から、食肉中のミオグロビン濃度及びヘモグロビン濃度を算出することで、食肉中のヘム色素を測定する。
【選択図】なし
図1
図2
図3
図4
図5