(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-03
(45)【発行日】2025-02-12
(54)【発明の名称】段差踏破機構を有する移動支援装置
(51)【国際特許分類】
A61G 5/06 20060101AFI20250204BHJP
A61G 5/04 20130101ALI20250204BHJP
A61G 5/10 20060101ALI20250204BHJP
【FI】
A61G5/06
A61G5/04 707
A61G5/10 703
A61G5/10 712
A61G5/04 710
(21)【出願番号】P 2022512538
(86)(22)【出願日】2021-03-30
(86)【国際出願番号】 JP2021013539
(87)【国際公開番号】W WO2021200945
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-09-21
(31)【優先権主張番号】P 2020063285
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健嗣
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 海
【審査官】大橋 俊之
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-126242(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0209845(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2005/0077714(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0253464(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2004/0060748(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61G 5/06
A61G 5/04
A61G 5/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪と、
後輪と、
前記前輪と後輪の間に配置される駆動輪と、
前記前輪に連結される第1リンクと、
前記駆動輪と前記後輪を接続する第2リンクと、
前記第1リンクと前記第2リンクを第1の位置で連結する回転ジョイントと、
前記第1リンクと前記第2リンクを、前記第1の位置と異なる第2の位置で連結する第1弾性部材と、
を有
し、
前記回転ジョイント及び前記第1弾性部材が、前記後輪と前記駆動輪との間に配置されている移動支援装置。
【請求項2】
前輪と、
後輪と、
前記前輪と後輪の間に配置される駆動輪と、
前記前輪に連結される第1リンクと、
前記駆動輪と前記後輪を接続する第2リンクと、
前記第1リンクと前記第2リンクを第1の位置で連結する回転ジョイントと、
前記第1リンクと前記第2リンクを、前記第1の位置と異なる第2の位置で連結する第1弾性部材と、
を有し、
前記第1リンクは、前記回転ジョイントによって前記第2リンクに連結される第1サブリンクと、前記第1弾性部材によって前記第2リンクに連結される第2サブリンクと、前記前輪に連結される第3サブリンクを有し、
前記第2サブリンクの長さは可変である、移動支援装置。
【請求項3】
前記第2リンクは、前記第1弾性部材に連結される第4サブリンクと、前記駆動輪に連結される第5サブリンクと、前記第4サブリンクと前記第5サブリンクを接続する第6サブリンクを有し、
前記第6サブリンクは、前記回転ジョイントによって前記第1サブリンクの端部に連結されている、
請求項2に記載の移動支援装置。
【請求項4】
前輪と、
後輪と、
前記前輪と後輪の間に配置される駆動輪と、
前記前輪に連結される第1リンクと、
前記駆動輪と前記後輪を接続する第2リンクと、
前記第1リンクと前記第2リンクを第1の位置で連結する回転ジョイントと、
前記第1リンクと前記第2リンクを、前記第1の位置と異なる第2の位置で連結する第1弾性部材と、
を有し、
前記第2リンクは、前記第1弾性部材に連結される第4サブリンクと、前記駆動輪に連結される第5サブリンクと、前記第4サブリンクと前記第5サブリンクを接続する第6サブリンクを有し、
前記第6サブリンクは、前記回転ジョイントによって前記第1リンクに連結されている、移動支援装置。
【請求項5】
前輪と、
後輪と、
前記前輪と後輪の間に配置される駆動輪と、
前記前輪に連結される第1リンクと、
前記駆動輪と前記後輪を接続する第2リンクと、
前記第1リンクと前記第2リンクを第1の位置で連結する回転ジョイントと、
前記第1リンクと前記第2リンクを、前記第1の位置と異なる第2の位置で連結する第1弾性部材と、
を有し、
前記第1リンクは、進行方向にスライド可能なスライダ機構を有する、移動支援装置。
【請求項6】
前記第1リンクは、進行方向にスライド可能なスライダ機構を有する、
請求項
2~
4のいずれか1項に記載の移動支援装置。
【請求項7】
前記スライダ機構は、前記進行方向に伸縮する第2弾性部材を有する、
請求項5
または請求項6に記載の移動支援装置。
【請求項8】
前記第2弾性部材は、段差踏破時に前記駆動輪の方向に後退する前記前輪を初期位置に戻す、
請求項
7に記載の移動支援装置。
【請求項9】
前輪と、
後輪と、
前記前輪と後輪の間に配置される駆動輪と、
前記前輪に連結される第1リンクと、
前記駆動輪と前記後輪を接続する第2リンクと、
前記第1リンクと前記第2リンクを第1の位置で連結する回転ジョイントと、
前記第1リンクと前記第2リンクを、前記第1の位置と異なる第2の位置で連結する第1弾性部材と、
を有し、
前記第1リンクは、下向きにオープンなコの字型のリンクであり、
前記第2リンクは、上向きにオープンなコの字型のリンクであり、
前記第1リンクと前記第2リンクは互いに逆向きに連結されている、移動支援装置。
【請求項10】
前記第1リンクは、下向きにオープンなコの字型のリンクであり、
前記第2リンクは、上向きにオープンなコの字型のリンクであり、
前記第1リンクと前記第2リンクは互いに逆向きに連結されている、
請求項
2~
8のいずれか1項に記載の移動支援装置。
【請求項11】
前記第1弾性部材の収縮により、前記回転ジョイントに反時計回りのモーメントが発生し、前記第1弾性部材の伸長により、前記回転ジョイントは時計回りのモーメントが発生する、
請求項1~
10のいずれか1項に記載の移動支援装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、段差踏破機構を有する移動支援装置に関する。
【背景技術】
【0002】
人の歩行に代替する様々な移動支援機器が普及している。特に、下肢麻痺者の移動を支援する機器として、車椅子が広く使用されている。使用者の身体機能に応じて、手動、電動アシスト、電動などの車椅子があるが、通路の狭い室内での移動や交通機関への乗降時の障害にならないように、小型の車輪(特に、小型の前輪)が多く採用されている。このため、5cm程度の小さな段差ですら、移動の大きな障害となる場合がある。
【0003】
このような背景から、特に車椅子の段差踏破能力を向上する構成が提案されてきた。機器上での使用者の重心移動を活用して、前輪を浮かせて段差を踏破する構成(たとえば、特許文献1,2参照)が知られている。また、後輪サポートをアクチュエータで駆動して前輪を浮かせて段差を踏破する際の車椅子の後方への過剰な傾斜を防止する構成が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-202264号公報
【文献】特開2001-37816号公報
【文献】特開2009-219625号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来から提案されている構成では、移動支援機器の平地での移動性能が低下する傾向がある。段差踏破機構自体も、大型で複雑になりがちである。さらに、使用者の姿勢が、車椅子移動で一般的な座位姿勢に限定されている。
【0006】
本発明は,平地での移動性を損なうことなく、安定した段差踏破が可能な新規の構成を提供することを目的とする。特に、日本での歩道縁石の標準的な高さである150mmの段差を、立位姿勢でも安定して踏破できる構成を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ロッカーボギー機構を基礎としつつ、使用者の姿勢遷移を利用した新規のリンク構造により、簡便な受動機構で、安定かつ円滑な段差踏破を実現する。
【0008】
発明の第1の態様では、移動支援装置は、
前輪と、
後輪と、
前記前輪と後輪の間に配置される駆動輪と、
前記前輪に連結される第1リンクと、
前記駆動輪と前記後輪を接続する第2リンクと、
前記第1リンクと前記第2リンクを第1の位置で連結する回転ジョイントと、
前記第1リンクと前記第2リンクを、前記第1の位置と異なる第2の位置で連結する第1弾性部材と、
を有する。
【発明の効果】
【0009】
平地での移動性を損なうことなく、安定した段差踏破が可能になる。移動支援装置における質量中心の位置を可変にすることで、段差のみならず、溝の踏破も可能である。本発明の構成は、探査ローバー、歩行用ロボット、資材搬送等への適用も可能であり、悪路や災害現場などで安定した移動と段差踏破が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】実施形態の移動支援装置の別の方向から見た斜視図である。
【
図5】段差踏破のためのリンク構造を説明する図である。
【
図7】段差踏破に必要な推進力を説明する図である。
【
図8A】移動支援装置の試作品の使用状態を示す正面図である。
【
図8B】移動支援装置の試作品の使用状態を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
実施形態では、ロッカーボギー機構を基礎としつつ、姿勢遷移を利用した新規のリンク構造で、平地での移動性を損なうことなく、安定かつ円滑な段差踏破を実現する。
【0012】
図1、及び
図2は、実施形態の移動支援装置1の斜視図である。
図1は、進行方向の斜め前方から見た図、
図2は、斜め後方から見た図である。移動支援装置1の進行方向をX方向、幅方向をY方向、高さ方向をZ方向とする。
【0013】
移動支援装置1は、駆動輪11R、11L(以下、適宜「駆動輪11」と総称する)、前輪12R、12L(以下、適宜「前輪12」と総称する)、及び後輪13R、13L(以下、適宜「後輪13」と総称する)を有する。平地を移動する際は、駆動輪11、前輪12、後輪13の6輪の中で、より駆動輪に荷重がかかるものとする。段差踏破時には、
図6A~
図6Fを参照して後述するように、段差踏破の段階に応じて、前輪12、駆動輪11、及び後輪13に作用する荷重分布が変化する。
【0014】
駆動輪11は、図示しない駆動源によって回転駆動され、平地での走行に主要な役割を果たす。駆動輪11の駆動は、ユーザの操作に基づき、プロセッサ等を用いた制御部で行われるが、本発明の段差踏破の原理と直接関係しないので、説明を省略する。本発明の段差踏破は、ユーザの重心位置や姿勢の遷移を、段差踏破に適した機械的な状態変化へと受動的に変換するものであり、アクチュエータによる能動的な段差踏破と根本的に異なる。
【0015】
後輪13は、平地走行時は、走行の安定性に寄与する。段差踏破時には、移動支援装置1の後方への傾斜を支える。前輪12は、自在輪の役割を担う。前輪12は、踏破すべき段差の高さや、溝幅よりも大きい半径を有するかぎり、小回りの利く小型のキャスターホイールであってもよい。
【0016】
駆動輪11、前輪12、及び後輪13は、リンク構造10で連結されている。車輪と同様に、リンク構造10も移動支援装置1の両側に、リンク構造10Rと10Lが配置されているが、以下では、左右のいずれか一方の側のリンク構造10に着目して説明する。
【0017】
リンク構造10は、前輪12に連結された第1リンクL1と、駆動輪11と後輪13を接続する第2リンクL2を有する。第1リンクをロッカーリンク、第2リンクをボギーリンクと呼んでもよい。第1リンクL1と第2リンクL2は、回転ジョイント15によって互いに連結されるとともに、回転ジョイント15と異なる位置で、弾性部材23によって連結されている。
【0018】
回転ジョイント15と弾性部材23は、上下方向(Z方向)で一定の距離をおいて離隔して配置されている。回転ジョイント15は、一例として、軸と軸受けで構成され、第2リンクL2を第1リンクL1に対して回動させる自由関節として機能する。
【0019】
弾性部材23は、ノード41によって、第2リンクL2の後輪側の端部に連結され、ノード42によって、第1リンクL1の水平部分に接続されている。
図1、及び
図2の例では、弾性部材23は、圧縮バネ231と引っ張りバネ232の組み合わせで構成されているが、初期長から必要な長さだけ伸縮可能な一本のバネを用いてもよい。
【0020】
第1リンクL1には、弾性部材21が設けられており、X方向に伸縮可能である。弾性部材21を設けることで、ユーザの姿勢遷移、または移動支援装置1の質量中心の位置変化に応じて、前輪12と駆動輪11の間の距離が可変になる。後述するように、第1リンクL1もスライダ構成を持たせて、弾性部材21と組み合わせて第1リンクL1のX方向の長さを可変にしてもよい。
【0021】
弾性部材21と23は、ユーザの質量中心、または移動支援装置1の重心の移動によって、それぞれ独立して伸縮する。回転ジョイント15には、弾性部材23の伸縮に応じた方向のモーメントが発生する。
【0022】
弾性部材23、弾性部材21、及び回転ジョイント15を有するリンク構造10によって、ユーザの姿勢に応じて前輪12、駆動輪11、及び後輪13に作用する荷重を変化させ、受動的な段差踏破を実現する。
【0023】
移動支援装置1はまた、外骨格31を有する。外骨格31は、リンク構造10に連結されて、ユーザを支持する。外骨格31は、フットレストまたは底板が設けられるベースフレーム33と、左右のリンク構造10を接続する水平フレーム32、及び34(
図2参照)を有する。
【0024】
図1、及び
図2の例では、ベースフレーム33は、筐体、または六面体型のフレーム構造を有するが、この例に限定されない。移動支援装置1の実際の使用時には、ユーザの上体を支えるボディフレームが設けられてもよい。
【0025】
図3は、移動支援装置1の側面図である。第1リンクL1は、サブリンクL1a、スライダリンクL1b、及びサブリンクL1cを有する。サブリンクL1aは、回転ジョイント15によって、第2リンクL2に結合されている。サブリンクL1cは、前輪12のハブHb1に結合されている。スライダリンクL1bは、サブリンクL1aと、サブリンクL1cの間に連結される。
【0026】
スライダリンクL1bは、たとえば、アウターレール111とインナーレール112を有するリニアスライダであり、弾性部材21によってX方向にスライド可能に構成されている。スライダリンクL1bは、弾性部材21のバネ力の下でスライドして、X方向の長さが変化する。スライダリンクL1bのスライディングにより、外骨格31は前方(+X方向)、及び後方(-X方向)に移動可能になる。
【0027】
第2リンクL2は、サブリンクL2a、L2b、及びL2cを有する。サブリンクL2bは、回転ジョイント15によって、第1リンクL1のサブリンクL1aの端部と連結されている。サブリンクL2bの一端は、サブリンクL2aに接続され、他端は、サブリンクL2cに接続されている。サブリンクL2aは、ノード41、弾性部材23、及びノード42を介して、第1リンクL1のスライダリンクL1bに連結されている。サブリンクL2cは、駆動輪11のハブHb2に連結されている。サブリンクL2aとL2bの接続部は、後輪13のハブHb3に連結されている。
【0028】
第1リンクL1は下向きにオープンのコの字型に配置され、第2リンクL2は、上向きにオープンのコの字型に配置されている。第1リンクL1と第2リンクL2を、逆さ方向に接続することで、回転ジョイント15に連結される第2リンクL2のアーム、すなわちサブリンクL1aを長くとることができる。これにより、段差踏破時に、回転ジョイント15に生じるモーメントを大きくすることができる。
【0029】
第1リンクL1、第2リンクL2、弾性部材21、23、及び回転ジョイント15を含むリンク構造10によって、駆動輪11、前輪12、後輪13の間の荷重移動が実現される。
【0030】
移動支援装置1は、第1リンクL1と第2リンクL2を互いに逆向きに組み合わせたリンク構造10により、回転アームを長くとりつつ、全体として、XZ面内でコンパクトに構成されている。
【0031】
図4は、移動支援装置1の上面図である。X方向の長さは100cm前後、駆動輪11の位置での横幅は、70cm前後であるが、移動支援装置1の適用対象、ユーザの体型などに応じて、適宜設計可能である。
【0032】
移動支援装置1が日常生活の支援に用いられる場合、外骨格31のベースフレーム33は、ユーザの下肢の状態にかかわらずユーザが安定して立位で乗ることができるサイズに設計されている。移動支援装置1を探査ロボットに適用する場合も、ロボット本体をベースフレーム33上に配置することができる。ユーザが下腿麻痺の場合は、外骨格31の図示しないボディフレームとハーネスベルトで、ユーザの膝部に加え臀部または腰部が支持されてもよい。
【0033】
高さ150mmの段差の踏破を前提として、前輪12Rと12Lの半径Rは、200mmに設定されている。移動支援装置1を15cm未満の段差環境で使用するときは、前輪の半径Rをさらに小さくしてもよい。前輪12Rと12Lを、遊星車輪に替えてもよい。
【0034】
図5は、段差踏破のためのリンク構造10を、より詳細に説明する図である。上述のように、リンク構造10は、前輪12に連結された第1リンクL1と、駆動輪11と後輪13を接続する第2リンクL2を有する。
【0035】
第1リンクL1に、前輪12のX方向の位置を調整するための弾性部材21が設けられている。下向きにオープンのコの字型の第1リンクL1と、上向きにオープンのコの字型の第2リンクL2は、互いに逆向きに組み合わせられ、弾性部材23と回転ジョイント15によって、相互に連結されている。
【0036】
弾性部材23は、ノード41で第2リンクL2の端部に接続され、弾性部材21の近傍のノード42で、第1リンクL1に接続されている。ノード42と回転ジョイント15の間に、十分な長さがとられている。
【0037】
弾性部材23は、双方向矢印で示すように、XZ面内で伸縮が可能である。回転ジョイント15は、回転矢印で示すように、弾性部材23の伸縮に応じて、時計回り方向または反時計回り方向のモーメントを発生する。
【0038】
前輪12が段差にぶつかると、段差から-X方向の力がかかり、弾性部材21が収縮する。このとき、第1リンクL1に対し回転ジョイント15回りに反時計回りのモーメントが生じる。
【0039】
前輪12が段差を上り始めると、ユーザの体重移動によって弾性部材23が収縮し、第2リンクL2に対し回転ジョイント15において反時計回りのモーメントが増大する。この第2リンクL2に対する反時計回りのモーメントは、駆動輪11を浮かせる方向に作用する。前輪12と駆動輪11が、段差の上に乗り上がると、弾性部材23の収縮が解放され、第2リンクL2の回転ジョイント15に生じるモーメントは、時計回りのモーメントに反転する。この時計回りのモーメントは、後輪13を浮かせる方向に作用する。
【0040】
第1リンクL1に対する回転ジョイント15に生じる反時計回り、及び時計回りのモーメントは、サブリンクL1aの長さに比例する。実施形態のリンク構造10により、サブリンクL1aの長さを長くとることができるので、回転ジョイント15に大きなモーメントを発生させて、段差踏破能力を強化する。
【0041】
図6A~
図6Fは、段差踏破の原理を説明する図である。段差踏破時は、図示しない動力伝達機構により駆動輪から後輪へ駆動力が伝達され、後輪も同時に駆動輪となる。そのような動力伝達機構は、たとえば、クラッチやタイミングベルトを用いた機構で実現される。段差踏破時はクラッチを作動させ、駆動輪の回転力を後輪へ伝達し、駆動輪と後輪で段差を踏破する。
【0042】
図6Aで、移動支援装置1の前輪12が、段差STに接触する。前輪12が段差STに接触する直前までのユーザの姿勢は、平地での移動時の姿勢である。ユーザは、駆動輪11の上に、地面に対してほぼ90度の角度で立っている。移動支援装置1の荷重は、駆動輪11、前輪12、及び後輪13に対し,より駆動輪に作用することで、安定した走行が可能である。
【0043】
前輪12が段差STに接触したことで、ユーザの上体がやや前方に傾いて、前輪12にかかる荷重が増える。図中の上向きの矢印は、各車輪に作用する荷重を、地面から受ける反力として模式的に表わしている。前輪12に作用する荷重が増えた分、駆動輪11と後輪13に作用する荷重が減少する。
【0044】
図6Bで、前輪12が段差STに当接した後も、駆動輪11は回転を続ける。これにより、弾性部材21を有するスライダ構成の第1リンクL1が短くなり、前輪12が駆動輪11の方向に向かって後退するが、弾性部材21の圧縮力が働くことで、前輪12は段差踏破後に初期位置に復帰することができる。
【0045】
ユーザは、進行方向と逆方向の力を受けて、質量中心が後方に遷移する。移動支援装置1の重心も後方に遷移し、支配的な荷重部分は、前輪12から、駆動輪11及び後輪13に移行する。前輪12に作用する荷重が減少したことで、前輪12が浮き上がって、段差STの踏破を開始する。
【0046】
図6Cで、前輪12が段差STに乗り上げる。弾性部材21に蓄えられていたエネルギーは、前輪12が段差STに乗り上げる間、徐々に放出され、前輪12とユーザは、段差踏破の方向に移動する。
【0047】
一方、ユーザと、ユーザを支える外骨格31(
図1~3参照)が後傾し、弾性部材23が収縮する。このときに発生する反発力は、第2リンクL2を反時計まわりに回転させ、駆動輪11を浮かせる方向に作用する。
【0048】
図6Dで、前輪12が段差STの上に完全に乗った状態で、駆動輪11が段差STの踏破を開始する。このとき、弾性部材21は初期位置に復帰している。弾性部材23の圧縮によって第2リンクL2に反時計回りのモーメントが働き、駆動輪11に作用する荷重は小さくなる。一方、前輪12と後輪13に作用する荷重は大きい。駆動輪11が段差STを踏破する間、駆動輪11の前後で、前輪12と後輪13が安定して移動支援装置1を支持する。
【0049】
図6Eで、駆動輪11が段差STの上に移動し、後輪13が段差踏破を開始する。駆動輪11が段差STを上り始めた瞬間から、収縮されていた弾性部材23は伸長する。弾性部材23の伸長は、第2リンクL2を時計回り方向に回転させる。回転リンクL2にかかる時計回り方向のモーメントは、後輪13を浮かせる方向に作用する。このとき、段差ST上に位置する駆動輪11と前輪12には、十分な荷重がかかり、後輪13の段差踏破を安定的に支える。
【0050】
図6Fで、弾性部材23が初期位置に戻って、後輪13は完全に段差STの上に乗る。前輪12が段差に接触してから、後輪が段差に乗りきるまで、重心移動に応じた荷重分配の遷移により、安定して段差を踏破することができる。特に、回転ジョイント15のアームとなるサブリンクL1aを長くとることで、限られたサイズのリンク構造10で、大きな回転モーメントが発生する。
【0051】
図7は、段差踏破に必要な推進力を説明する図である。車輪Wの半径をr、段差の高さをhとする。車輪Wに作用する推進力Fの方向は、地面に水平な方向と仮定する。垂直抗力は、簡便化のために省略する。車輪Wに関するモーメントのつり合いから、段差踏破に必要な推進力Fは、式(1)で表される。
【0052】
【数1】
ここで、mは車輪Wに作用する質量、gは重力加速度である。推進力Fは、車輪Wに作用する質量m、段差の高さh、及び車輪半径rに依存する。移動支援装置1を都市部で使用する場合、段差の高さhは、建築基準法や設計によって、目標値が定まる。車輪半径rも想定される使用環境によっておおよその範囲が決まってくる。
【0053】
任意に変更可能な変数は、車輪Wに作用する質量mである。車輪Wに作用する質量mが小さいほど、より小さな推進力で段差踏破が可能となる。
【0054】
図8Aと
図8Bは、移動支援装置1の試作品の使用状態を示す。
図8Aは正面図、
図8Bは側面図である。試作品は、伸長が1.5m~1.8m、体重が50Kg~80Kgの範囲のユーザを想定して作製されており、立位での平地走行と、段差踏破が可能である。移動支援装置1の幅は70cm、長さは105cm、高さは外骨格の支持フレーム36を含めて115cmである。前輪と駆動輪の直径は385mm、後輪の直径は300mmである。
【0055】
第1リンクL1のスライダ構成で用いられる弾性部材21のばね定数は、1.03N/mmである。第2リンクL2の弾性部材23の圧縮バネ231のばね定数は、5.23N/mm、引張りバネ232のばね定数は、1.67N/mmである。それぞれのバネのばね定数は、安定な段差踏破のための許容誤差として、上記の数値に±10%の誤差を含んでもよい。弾性部材23として、圧縮バネ231と引っ張りバネ232の組み合わせに替えて、初期位置から所望の範囲で伸縮可能な1本のバネが使用可能であることは、上述したとおりである。
【0056】
弾性部材21と弾性部材23のばね定数は、
図6A~
図6Fを参照して説明した質量中心の移動、すなわち荷重分配の遷移を可能にし、段差踏破のための機械的なパワーの生成が実現されるように設定される。具体的には、ユーザの体重、使用環境等に応じて、式(1)から適切に計算される。
【0057】
図8A及び
図8Bの試作品で、60Kgのダミーを使って、段差踏破の実験を行った。ダミーを外骨格31の支持フレーム36に固定し、前方に崩れ落ちないように膝をベルトで固定する。駆動輪11を駆動して、145mmの段差踏破を試みた。踏破すべき段差の高さが150mmのときは、前輪の直径は、400mm程度であることが望ましいが、直径が385mmの前輪12で、145mmの段差を安定して容易に踏破できることが確認された。
【0058】
実施形態の移動支援装置1は、日常生活の支援、介護、リハビリテーションの分野で有効に用いられる。外骨格31を、軽量、かつ機械的強度を備える素材で形成することで、移動支援装置1を軽量化することができる。
【0059】
移動支援装置1は、第1リンクL1と第2リンクL2の水平方向に対する傾きに応じて、移動支援装置1とユーザ(もしくは被搭載物)を合わせた質量中心が、後方または前方に遷移することを利用しており、探査ロボットや、資材搬送機器にも適用可能である。移動支援装置1を遠隔地の探査ロボット、被災地支援ロボットなどに適用する場合は、現地まで運搬する必要があるので、小型で軽量でありながら、安定して段差踏破することのできる移動支援装置1は、非常に有用である。
【0060】
この出願は、2020年3月31日に日本国特許庁に出願された特許出願第2020-063285号を優先権の基礎とし、その全内容を参照により含む。
【符号の説明】
【0061】
1 移動支援装置
10 リンク構造
11 駆動輪
12 前輪
13 後輪
15 回転ジョイント
21 弾性部材(第2弾性部材)
23 弾性部材(第1弾性部材)
31 外骨格
L1 第1リンク
L1a サブリンク(第1サブリンク)
L1b スライダリンク(第2サブリンク)
L1c サブリンク(第3サブリンク)
L2 第2リンク
L2a サブリンク(第4サブリンク)
L2b サブリンク(第6サブリンク)
L2c サブリンク(第5サブリンク)