(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-03
(45)【発行日】2025-02-12
(54)【発明の名称】ウィルスRNAの複製と転写を阻害する複合体
(51)【国際特許分類】
C12N 15/113 20100101AFI20250204BHJP
C12N 15/44 20060101ALI20250204BHJP
C12Q 1/6811 20180101ALI20250204BHJP
A61P 31/16 20060101ALI20250204BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20250204BHJP
A61P 31/12 20060101ALI20250204BHJP
A61K 31/7125 20060101ALI20250204BHJP
【FI】
C12N15/113 Z ZNA
C12N15/44
C12Q1/6811 Z
A61P31/16
A61P43/00 111
A61P31/12
A61K31/7125
(21)【出願番号】P 2020129884
(22)【出願日】2020-07-31
【審査請求日】2023-07-26
(31)【優先権主張番号】P 2019141527
(32)【優先日】2019-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 日本分析化学会第67年会 オンライン講演要旨集(平成30年8月29日公開)掲載アドレス<http://www.jsac.or.jp/nenkai/nenkai67/program/index.html>
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 東北大学川内北キャンパス(仙台市青葉区川内41)にて平成30年9月12日~平成30年9月14日開催(公開日 平成30年9月12日)の日本分析化学会第67年会で発表。「E1001 RNA高次構造を標的とした蛍光性ペプチド核酸プローブの合成と機能評価」
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 雄介
(72)【発明者】
【氏名】西澤 精一
(72)【発明者】
【氏名】田邉 貴昭
(72)【発明者】
【氏名】三浦 弘真
(72)【発明者】
【氏名】オケケ シオマ ウシュ
(72)【発明者】
【氏名】川口 淳史
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-075376(JP,A)
【文献】特開2002-065269(JP,A)
【文献】国際公開第2010/061881(WO,A1)
【文献】LEE, M.K., et al.,"Novel small-molecule binds to the influenza A virus RNA promoter and inhibits viral replication.",CHEMICAL COMMUNICATIONS,2014年01月11日,Vol.50, No.3,pp.368-370,DOI: 10.1039/c3cc46973e
【文献】KESY, J., et al.,"A Short Chemically Modified dsRNA-Binding PNA (dbPNA) Inhibits Influenza Viral Replication by Targeting Viral RNA Panhandle Structure.",BIOCONJUGATE CHEMISTRY,2019年02月05日,Vol.30,pp.931-943,DOI: 10.1021/acs.bioconjchem.9b00039
【文献】SATO, T., et al.,"Triplex-Forming Peptide Nucleic Acid Probe Having Thiazole Orange as a Base Surrogate for Fluorescence Sensing of Double-stranded RNA.",JOURNAL OF THE AMERICAN CHEMICAL SOCIETY,2016年,Vol.138,pp.9397-9400,DOI: 10.1021/acs.6b0554
【文献】BOTTINI, A., et al.,"Targeting Influenza A Virus RNA Promoter.",CHEM. BIOL. DRUG DES.,2015年,Vol.86,pp.663-673,DOI: 10.1111/cbdd.12534
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00- 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
5'末端から3'末端まで延び、第1核酸配列と、第1核酸配列よりも3'末端側に位置し、かつ第1核酸配列と二本鎖を形成する第2核酸配列と、前記二本鎖の間に形成されるインターナルループとを備えた
プロモーター領域を標的とする、ウイルスRNA
の転写又は複製を阻害する複合体であって、
前記RNAの第1核酸配列の5'末端から8又は9塩基目までの標的核酸配列と
完全に相補的な配列、又は一塩基を除き相補的な配列を有し、かつ8、9又は10個の塩基を有し、かつPNA鎖のN末端から3番目又は4番目のPNAがメチンシアニンに置換されているPNA鎖と、
6,7-ジメトキシ-2-(1-ピペラジニル)-4-キナゾリンアミン(DPQ)と、
前記PNA鎖と前記DPQとを連結するリンカーと
を備える複合体。
【請求項2】
前記メチンシアニンがチアゾールオレンジ(TO)、キノリンブルー(QB)、チアゾールレッド(TR)から選択される請求項
1に記載の複合体。
【請求項3】
前記PNA鎖の塩基配列が
N末端-NTCNTCTTT-C末端(式中、1番目のNは塩基無し又はCであり、4番目のNはG、C、A、T又はメチンシアニンである)である、請求項
1又は2に記載の複合体。
【請求項4】
前記RNAがインフルエンザA型ウィルスRNAである請求項1
~3のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか一項に記載の複合体を含むウィルスRNAの転写阻害剤。
【請求項6】
請求項1~
4のいずれか一項に記載の複合体を含むウィルスRNAの複製阻害剤。
【請求項7】
請求項1~
4のいずれか一項に記載の複合体を含むウィルスRNAの転写又は複製を阻害するための医薬組成物。
【請求項8】
請求項1~
4のいずれか一項に記載の複合体を含むウィルス感染の予防又は治療のための医薬組成物。
【請求項9】
インビトロにおける又は非ヒト哺乳動物である対象におけるRNAの転写又は複製の阻害方法であって、
RNAを、請求項1~
4のいずれか一項に記載の複合体と接触させることを含み、
前記RNAは、5'末端から3'末端まで延び、第1核酸配列と、第1核酸配列よりも3'末端側に位置し、かつ第1核酸配列と二本鎖を形成する第2核酸配列と、前記二本鎖の間に形成されるインターナルループとを備え
るプロモーター領域を標的とする、ウイルスRNAであり、
前記複合体は、
前記RNAの第1核酸配列の5'末端から8又は9塩基目までの標的核酸配列と
完全に相補的な配列、又は一塩基を除き相補的な配列を有し、かつ8、9又は10個の塩基を有し、かつPNA鎖の5'末端から3番目又は4番目のPNAがメチンシアニンに置換されているPNA鎖と、
6,7-ジメトキシ-2-(1-ピペラジニル)-4-キナゾリンアミン(DPQ)と、
前記PNA鎖と前記DPQとを連結するリンカーと
を備える、方法。
【請求項10】
RNAの複製又は転写阻害能を有する化合物のスクリーニング方法であって、
予め、RNAを請求項1~
4のいずれか一項に記載の複合体と結合させ、結合体を形成する工程、
前記結合体に試験化合物を接触させる工程、及び
前記接触前後の前記結合体から得られる各シグナル値を計測する工程、
を含む、スクリーニング方法。
【請求項11】
試験化合物の接触後のシグナル値が接触前のシグナル値より低い場合、前記試験化合物がヒット化合物であると判定する、請求項
10に記載の方法。
【請求項12】
試験化合物のRNAの複製又は転写阻害能を評価するためのキットであって、
請求項1~
4のいずれか一項に記載の複合体を備えたキット。
【請求項13】
ウィルス感染を評価するためのキットであって、
請求項1~
4のいずれか一項に記載の複合体を備えたキット。
【請求項14】
ウィルス感染を評価するための体外検査薬であって、 請求項1~
4のいずれか一項に記載の複合体を備えた体外検査薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RNAを標的とする複合体、ウィルスRNAの転写阻害剤、ウィルスRNAの複製阻害剤、医薬組成物、ウィルスRNAの転写又は複製の阻害方法、ウィルスRNA複製又は転写阻害能を有する化合物のスクリーニング方法、及びウィルスRNA複製又は転写阻害能を評価するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウィルスはヒトを始めとする動物に感染してインフルエンザを引き起こすRNAウィルスであり、長い歴史の間、ヒトや家畜に多大な被害をもたらし続けている。
【0003】
インフルエンザウィルスはAからDまでの4つの型に分けられるが、ヒトが感染するのはA型、B型、C型である。A~C型インフルエンザウィルスは、オルトミクソウィルス科(Orthomyxoviridaefamily)の一種であり、エンベロープと呼ばれる膜状の構造を有する一本鎖RNAウィルスである。特に、現在強い病態を示し、世界的大流行を引き起こすのはA型及びB型インフルエンザウィルスである。これら2つのウィルスの症状としては、ウィルスが感染してから1~3日間ほどの潜伏期間の後に、発熱、頭痛、全身倦怠感、筋肉痛・関節痛などが現れ、咳、鼻汁などの上気道炎症状がこれに続き、約1週間の経過で軽快するのが典型的である。インフルエンザウィルスの特徴の1つとして、ウィルス由来のRNAポリメラーゼでゲノム複製し、その変異導入率が高いため、容易に変異株が単離されることが挙げられる。さらにインフルエンザウィルスは、ゲノムが分節化していることから、異なる亜型のウィルスが1つの細胞に同時に感染すると、細胞内でウィルスゲノムが混ざり合い、元のウィルスとは異なった組み合わせのゲノムを持つウィルスが新たに生じる変異も起こる。A型インフルエンザウィルスは人獣共通感染症であり、抗原性の組み合わせで100種類以上の亜型が存在する。一方、B型はヒトを含む、一部の動物でのみ流行し、ほとんど亜型は存在しない。そのため、A型インフルエンザでのみ、新型インフルエンザが出現するリスクがあり、インフルエンザウィルスの中ではA型インフルエンザウィルスが一番の脅威である。
【0004】
一方、これまで開発され、日本で認可されているインフルエンザ治療薬は、大きく分けて「M2タンパク質阻害薬」、「ノイラミニダーゼ(NA) 阻害薬」、 「RNAポリメラーゼ阻害薬」、「キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬」といった4つのカテゴリーに分けることが出来る。いずれの治療薬も、インフルエンザウィルスのライフサイクルにおける特定の過程を阻害する小分子である。
【0005】
「M2タンパク質阻害薬」は、薬剤1分子がM2タンパク質四量体の内部に取り込まれることで M2のプロトンチャンネル活性を阻害し、ウィルス粒子の脱殻を阻害する薬である。M2タンパク質阻害薬としては、アマンタジン(シンメトレル(登録商標))及びリマンタジン(フルマジン(登録商標)) が挙げられるが、現在はこの「M2タンパク質阻害薬」は治療に用いられていない。
【0006】
「ノイラミニダーゼ(NA) 阻害薬」は、宿主のシアル酸に非常によく似た構造を有し、 NAの酵素活性部位に入り込みシアル酸の代わりに作用部位を占拠してしまうことで結果的にNA の作用を阻害する。NA阻害薬の例としては、オセルタミブル(タミフル(登録商標))、ペラミビル(ラピアクタ(登録商標))、ザナミビル(リレンザ(登録商標))、ラニナミビル(イナビル(登録商標)) が含まれる。
【0007】
「RNAポリメラーゼ阻害薬」は、核酸塩基ミミックとして働きRNA合成の際に取り込まれ、本来合成する必要があるvRNAやcRNAとは異なる配列のRNAを合成させる。そのためRNAの複製を阻害し、ウィルス増殖を抑制する。これらの薬は非特異的なため副作用が重篤であり、緊急な場面を除いてほとんど使用されない。RNAポリメラーゼ阻害薬の例としては、リバビリン(コペガス(登録商標)) 及びファビピラビル(アビガン(登録商標))が挙げられる。
【0008】
「キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬」は、ヌクレアーゼ活性を有するポリメラーゼPAの活性中心に結合するため、宿主細胞のmRNA前駆体のキャップ構造を切断できなくなり、ウィルスmRNAの合成を阻害する。キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬の例としては、バロキサビルマルボキシル(ゾフルーザ(登録商標))が挙げられる。しかしながらこの薬はウィルスタンパク質を標的としているため、「M2タンパク質阻害薬」及び「NA阻害薬」と同じように、特定のアミノ酸の変異によって結合能が低下した耐性株が出現する可能性が指摘されている。
【0009】
既存の脱核阻害薬、遊離阻害薬、RNA複製阻害薬、転写阻害薬の他にも、これまでの薬剤とは異なる、ウィルスのライフサイクルを標的とし阻害する分子の開発も研究室単位で行われており、また近年siRNAによる治療法や抗体薬などの開発も盛んに行われている。しかし、依然としてタンパク質を標的とした薬の開発が多く、タンパク質を標的としても、アミノ酸の変異によりウィルスが薬剤耐性を獲得するという報告がある。
【0010】
ウィルスRNAの保存性の高い領域を標的とした薬が開発できれば、ウィルス感染の予防又は治療に有用であろう。
【0011】
RNAの高次構造は、多くの生命現象において重要な役割を担っている。細胞内のRNAはWatson-Crick型の水素結合により形成される二重鎖構造(stem) に加えて、ループ(loop)、ダングリングエンド(dangling end)、インターナルループ(internal loop)などといった非Watson-Crick塩基対部位を含む複雑な高次構造を有することが知られている。
【0012】
本発明者らは、これまでに酸性条件下でRNA二重鎖構造と配列選択的に三重鎖構造を形成する、標識分子が取り付けられたPNAからなる蛍光性プローブ (tFIT probe) の開発に成功しており(非特許文献1)、これを用いたRNA二重鎖塩基配列解析法を提案している。
【0013】
しかしながら、RNA高次構造を標的とした分子の開発が盛んにおこなわれているが、未だ標的に対して優れた結合力・結合選択性を発現させるための明確な分子設計指針は得られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【文献】J. Am. Chem. Soc., 2016, 138, 9397-9400.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明が解決すべき課題は、RNAのRNA高次構造に対する高い結合力と選択性とを有するRNAを標的とする複合体、ウィルスRNAの転写阻害剤、ウィルスRNAの複製阻害剤、医薬組成物、ウィルスRNAの転写又は複製の阻害方法、ウィルスRNA複製又は転写阻害能を有する化合物のスクリーニング方法、及びウィルスRNA複製又は転写阻害能を評価するためのキットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく、特に保存性の高いA型インフルエンザウィルス RNA のプロモーター領域を標的とし、プロモーター領域の二重鎖構造と配列選択的に結合するPNAと、プロモーター領域のインターナルループに結合するDPQ(6,7-ジメトキシ-2-(1-ピペラジニル)-4-キナゾリンアミン)とが組み合わせた複合体が、RNAの転写及び複製を予想外に大幅に阻害することを見出し、本発明を完成した。
【0017】
本発明は、例えば以下に記載の実施形態を包含する。
【0018】
項1.5'末端から3'末端まで延び、第1核酸配列と、第1核酸配列よりも3'末端側に位置し、かつ第1核酸配列と二本鎖を形成する第2核酸配列と、前記二本鎖の間に形成されるインターナルループとを備えたRNAを標的とする複合体であって、
前記RNAの第1核酸配列の5'末端から8又は9塩基目までの標的核酸配列と相補的に結合し、前記標的核酸配列と同じ鎖長を有するPNA鎖と、
6,7-ジメトキシ-2-(1-ピペラジニル)-4-キナゾリンアミン(DPQ)と、
前記PNA鎖と前記DPQとを連結するリンカーと
を備える複合体。
【0019】
項2.前記PNA鎖を構成する少なくとも1つのPNAがメチンシアニンに置換されている、項1の複合体。
【0020】
項3.前記第1核酸配列と前記第2核酸配列とが形成する二本鎖において、塩基対のミスマッチが生じる前記第1核酸配列上のRNAに相補的位置にある前記PNA鎖上のPNAがメチンシアニンに置換されている、項2の複合体。
【0021】
項4.前記メチンシアニンがチアゾールオレンジ(TO)、キノリンブルー(QB)、チアゾールレッド(TR)から選択される項2又は3に記載の複合体。
【0022】
項5.前記PNA鎖の塩基配列が
N末端-NTCNTCTTT-C末端
(式中、1番目のNは塩基無し又はCであり、4番目のNはG、C、A、T又はメチンシアニンである)
である、項1~4のいずれか一項に記載の複合体。
【0023】
項6.前記RNAがインフルエンザA型ウィルスRNAである項1に記載の複合体。
【0024】
項7.項1~6のいずれか一項に記載の複合体を含むウィルスRNAの転写阻害剤。
【0025】
項8.項1~6のいずれか一項に記載の複合体を含むウィルスRNAの複製阻害剤。
【0026】
項9.項1~6のいずれか一項に記載の複合体を含むウィルスRNAの転写又は複製を阻害するための医薬組成物。
【0027】
項10.項1~6のいずれか一項に記載の複合体を含むウィルス感染の予防又は治療のための医薬組成物。
【0028】
項11.インビトロにおける又は非ヒト哺乳動物である対象におけるRNAの転写又は複製の阻害方法であって、
RNAを、項1~6のいずれか一項に記載の複合体と接触させることを含み、
前記RNAは、5'末端から3'末端まで延び、第1核酸配列と、第1核酸配列よりも3'末端側に位置し、かつ第1核酸配列と二本鎖を形成する第2核酸配列と、前記二本鎖の間に形成されるインターナルループとを備え、
前記複合体は、
前記RNAの第1核酸配列の5'末端から8又は9塩基目までの標的核酸配列と相補的に結合し、前記標的核酸配列と同じ鎖長を有するPNA鎖と、
6,7-ジメトキシ-2-(1-ピペラジニル)-4-キナゾリンアミン(DPQ)と、
前記PNA鎖と前記DPQとを連結するリンカーと
を備える、方法。
【0029】
項12.RNAの複製又は転写阻害能を有する化合物のスクリーニング方法であって、
予め、RNAを項1~6のいずれか一項に記載の複合体と結合させ、結合体を形成する工程、
前記結合体に試験化合物を接触させる工程、及び
前記接触前後の前記結合体から得られる各シグナル値を計測する工程、
を含む、スクリーニング方法。
【0030】
項13.試験化合物の接触後のシグナル値が接触前のシグナル値より低い場合、前記試験化合物がヒット化合物であると判定する、項12に記載の方法。
【0031】
項14.試験化合物のRNAの複製又は転写阻害能を評価するためのキットであって、
項1~6のいずれか一項に記載の複合体を備えたキット。
【0032】
項15.ウィルス感染を評価するためのキットであって、
項1~6のいずれか一項に記載の複合体を備えたキット。
【0033】
項16.ウィルス感染を評価するための体外検査薬であって、
項1~6のいずれか一項に記載の複合体を備えた体外検査薬。
【発明の効果】
【0034】
本発明の複合体によれば、RNAの高次構造に強くかつ選択的に結合することで、RNAの転写及び複製をより効果的に阻害することが可能となる。
【0035】
本発明のウィルスRNAの転写阻害剤によれば、RNAの転写及び複製をより効果的に阻害することが可能となる。
【0036】
本発明のウィルスRNAの複製阻害剤によれば、RNAの複製をより効果的に阻害することが可能となる。
【0037】
本発明の医薬組成物によれば、ウィルスRNAの転写又は複製を効果的に阻害することが可能となる。
【0038】
本発明のスクリーニング方法によれば、高い結合能と選択性で、RNAウィルス複製又は転写阻害能を有する化合物を選別することができる。
【0039】
本発明のキットによれば、化合物のウィルスRNAの複製又は転写阻害能をより高精度に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【
図1】RNAの構造及び本発明の複合体の例を示す略図。
【
図2】(A)A型インフルエンザウィルスの一本鎖RNAのプロモーター領域の構造を示す略図。(B)A型インフルエンザウィルスの一本鎖RNAのプロモーター領域の様々なモデル。
【
図3】本実施例で用いた各種RNAの配列。プローブが標的とする部分を黒い点で示す。
【
図4】(A)tFIT-DPQプローブの化学式、(B)tFIT-DPQプローブのペプチド核酸の構造式。
【
図5】pH5.5及びpH7.0におけるtarget RNAの非存在下及び存在下での各プローブの蛍光スペクトル。(A) tFIT-DPQプローブ、(B) コントロールプローブ。
【
図6】pH7.0におけるtarget RNA存在下での各プローブの蛍光励起スペクトル。(A)tFIT-DPQプローブ、(B) コントロールプローブ。
【
図7】pH7.0における各二重鎖RNAの非存在下及び存在下での各プローブの蛍光センシング能。(A) tFIT-DPQプローブ、(B) コントロールプローブ。
【
図8】(A)target RNAの配列、(B)
図8Aのtarget RNAにtFIT-DPQプローブを結合させたときの蛍光強度を示すグラフ。(C)RNA濃度依存的な蛍光強度の変化を示すグラフ。(D)no loop RNAの配列、(E)
図8Dのno loop RNAにtFIT-DPQプローブを結合させたときの蛍光強度を示すグラフ。(F)RNA濃度依存的な蛍光強度の変化を示すグラフ。
【
図9】インビトロにおけるウィルスRNAの複製阻害能を評価するためのポリアクリアミドゲル電気泳動のゲルの写真。レーン1:53mer(鋳型鎖)なし、化合物なし、レーン2-11:53mer 10ngを添加、レーン2:化合物なし、レーン3,6,9:化合物 5μMを添加、レーン4,7,10:化合物 15μMを添加、レーン5,8,11:化合物 50μMを添加。
【
図10】インビトロにおけるウィルスRNAの転写阻害能を評価するためのポリアクリアミドゲル電気泳動のゲルの写真。レーン1:vRNPなし、化合物なし、レーン2-11:vRNP 20ngを添加、レーン2:化合物なし、レーン1-11:cap1-RNA 70mer 1000cpmを添加、レーン3,6,9:化合物 1.5μMを添加、レーン4,7,10:化合物 3.6μMを添加、レーン5,8,11:化合物 6.0μMを添加。
【
図11】Dual-luciferase Reporter Assay Systemを用いた培養細胞での転写阻害活性の評価。
【
図12】tFIT-DPQプローブを用いたFIDアッセイのスキーム。
【
図13】試験化合物の濃度依存的な蛍光強度の変化。(A) DPQ の化学式とK
d、(B) DPQ を用いた場合の濃度に対する蛍光強度のグラフ、(C)ネオマイシンの化学式とK
d、(D) ネオマイシンを用いた場合の濃度に対する蛍光強度のグラフ、(E)カナマイシンの化学式とK
d、(F) カナマイシンを用いた場合の濃度に対する蛍光強度のグラフ。RNA 1μM、DPQ-PNA 100 nM、試験化合物濃度 0.05-6000μM、NaCl 100 mM、リン酸ナトリウム 10 mM、EDTA 1.0 mM、pH7.0、25℃とした。λex = 515 nm、534 nmで分析した。誤差は3つの独立した試験から得られた標準偏差である。
【
図14】(A)プローブ2の構造式、(B)プローブ2の化学式。
【
図15】pH5.5及びpH7.0におけるtarget RNAの非存在下及び存在下でのプローブ2の蛍光スペクトル。
【
図16】pH7.0における各二重鎖RNAの非存在下及び存在下でのプローブ2の蛍光センシング能。
【
図17】(A)
図8Aのtarget RNAにプローブ2を結合させたときの蛍光強度を示すグラフ。(B)RNA濃度依存的な蛍光強度の変化を示すグラフ。
【
図18】(A)プローブ3の構造式、(B)プローブ3の化学式。
【
図19】pH5.5及びpH7.0におけるtarget RNAの非存在下及び存在下でのプローブ3の蛍光スペクトル。
【
図20】pH7.0における各二重鎖RNAの非存在下及び存在下でのプローブ3の蛍光センシング能。
【
図21】(A)
図8Aのtarget RNAにプローブ3を結合させたときの蛍光強度を示すグラフ。(B)RNA濃度依存的な蛍光強度の変化を示すグラフ。
【
図22】インビトロにおけるウィルスRNAの転写阻害能を評価するためのポリアクリアミドゲル電気泳動のゲルの写真。レーン1:vRNPなし、化合物なし、レーン2-11:vRNP 20ngを添加、レーン2:化合物なし、レーン1-11:cap1-RNA 70mer 1000cpmを添加、レーン3,6,9:化合物0.3μMを添加、レーン4,7,10:化合物 1μMを添加、レーン5,8,11:化合物 3μMを添加。
【
図23】(A)プローブ4の構造式、(B)プローブ4のチアゾールオレンジ(TO)のスペーサーとプローブ1のTOのスペーサーの比較、(C)プローブ4の化学式。
【
図24】pH5.5及びpH7.0におけるtarget RNAの非存在下及び存在下でのプローブ2の蛍光スペクトル。
【
図25】(A)
図8Aのtarget RNAにプローブ3を結合させたときの蛍光強度を示すグラフ。(B)RNA濃度依存的な蛍光強度の変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本発明の第一態様によれば、RNAを標的とする複合体が提供される。該RNAは5'末端から3'末端まで延びるRNAであり、第1核酸配列と、第1核酸配列よりも3'末端側に位置し、かつ第1核酸配列と二本鎖を形成する第2核酸配列と、前記二本鎖の間に形成されるインターナルループとを備え、第1核酸配列の5'末端から8又は9塩基目までの配列は、複合体により相補的に結合される標的核酸配列である。
該複合体は、RNAの上記標的核酸配列と相補的に結合し、標的核酸配列と同じ鎖長を有するPNA(ペプチド核酸)鎖と、6,7-ジメトキシ-2-(1-ピペラジニル)-4-キナゾリンアミン(DPQ)と、PNA鎖とDPQとを連結するリンカーとを備える。
【0042】
RNAの第1核酸配列と第2核酸配列は、両者の間の相補的塩基対間の水素結合により二本鎖を形成し、複合体のPNA鎖は、RNAの第1核酸配列中の標的核酸配列と相補的に結合することで、RNAの二本鎖と配列選択的に結合する。また、複合体のDPQは、RNAのインターナルループに結合する。このため、標的であるRNAに対して、優れた結合力と結合選択性を発現する。
【0043】
図1はRNA及び本発明の複合体の例である。RNA 10は5'末端から3'末端まで延び、第1核酸配列 11と、第1核酸配列 11よりも3'末端側に位置し、かつ第1核酸配列 11と二本鎖を形成する第2核酸配列 12とを備え、第1核酸配列 11及び第2核酸配列 12により形成された二本鎖の間にはインターナルループ 13が形成されている。複合体 20は、PNA鎖 21と、6,7-ジメトキシ-2-(1-ピペラジニル)-4-キナゾリンアミン(DPQ) 22と、PNA鎖 21とDPQ 22とを連結するリンカー 23とを備え、PNA鎖 21の部分が、RNAの第1核酸配列 11の5'末端から9塩基目までの標的核酸配列 14と相補的に結合する。また、複合体 20のDPQ 22は、RNA 10のインターナルループに結合する。このため、複合体 20は、標的であるRNA 10に対して優れた結合力と結合選択性を発現する。
【0044】
RNAは、二本鎖構造とインターナルループ構造とを有するRNAであれば特に限定されないが、好ましくはインフルエンザA型ウィルスのRNAである。
【0045】
A型インフルエンザウィルスの粒子はエンベロープと呼ばれる膜状の構造を有しており直径80-130μmの球状又は1-2μmの糸状の構造を形成する。膜表面にはヘマグルチニン(haemagglutinin; HA)とノイラミニダーゼ(neuraminidase; NA)が大量に存在し、膜を貫通してM2タンパク質が、また膜内部にはM1タンパク質が存在する。ウィルスのゲノムは8つの異なるリボ核タンパク質(ribonucleoproteincomplexes; RNPs)によって構成されており、それぞれのRNPにマイナス鎖の一本鎖RNAが含まれている。
【0046】
A型インフルエンザウィルスでは、8つあるゲノムRNA(NA, HA, M1, M2, PB1, PB2, PA, NP)のすべてに非翻訳領域が5'末端と3'末端に存在する。その内3'末端から4つ目のウラシルがシトシンに変異するC4の変異がセグメント4,5,8で時折見られることだけを除いて、 5'末端から13塩基と3'末端から12塩基は8つのセグメントすべてで保存されており、プロモーター領域と呼ばれる(
図2A)。プロモーター領域の5'末端の塩基と3'末端の塩基は相互作用をし、ポリメラーゼの結合の安定化に寄与していたり、RNA合成に必要であったりすることが分かっている。5'末端側のプロモーター領域の3'末端側のプロモーター領域との間にコーディング領域が存在する。
【0047】
プロモーター領域の高次元構造は未だはっきりとしておらず、様々なモデルが提案されているが(Front. Microbiol., 2018,9,559)、その中で、最もベースペアが多く、保存されている2つの配列を化学合成によりループで繋げたモデル配列のNMR構造と溶液中の孤立したプロモーター領域の生物物理学的な解析の結果から最も支持されているのがパンハンドルモデルである(
図2B)。このモデルでは5'端の塩基と3'端の塩基との結合により形成されるCAミスマッチを含むA型二重鎖構造と、(A-A)-Uインターナルループとを有し、46±10°の屈曲があり、 これらの構造がRNAポリメラーゼ認識にとって重要であると考えられている。
【0048】
好ましくは、RNAの第1核酸配列は、インフルエンザA型ウィルスのRNAの5'末端側のプロモーター領域の全部又は一部であり、第2核酸配列は、インフルエンザA型ウィルスのRNAの3'末端側のプロモーター領域の全部又は一部である。
【0049】
RNA分子の第1核酸配列は、好ましくはRNAの5'末端から13塩基の全部又は一部であり、標的核酸配列は第1核酸配列の5'末端から8又は9塩基目までである。該RNA分子の第2核酸配列は、好ましくはRNA分子の3'末端から12塩基の全部又は一部である。
【0050】
第一態様の複合体により標的とされるRNAがA型インフルエンザウィルスRNAである場合、RNAの第1核酸配列は、好ましくは5'末端側のプロモーターに対応するRNAの5'末端から12塩基又は13塩基分の核酸配列である。RNAの第2核酸配列は、好ましくは3'末端側のプロモーターに対応するRNAの3'末端から11塩基又は12塩基分の核酸配列である。A型インフルエンザウィルスのプロモーター領域の5'末端から13塩基と3'末端から12塩基は保存性が高いため、これらの部分により形成されたRNAの二本鎖に結合可能なPNA鎖を備えた第一態様の複合体は、ウィルスRNAの変異による影響を受けにくく、RNAに対して高い結合能を維持することができる。
【0051】
PNA鎖は、他の人工核酸と比較して、ヌクレアーゼ及びプロテアーゼに対して高い酵素耐性を持ち、 電荷反発のない化学的安定性を有しており生体内で安定である点で優れている。このため、優れた性質として第一態様の複合体の構成要素として採用した。
【0052】
PNA鎖は、核酸(DNA又はRNA)における糖の代わりにN-(2-アミノエチル)グリシンがアミド結合で結合した人工の分子である。複合体のPNA鎖は、RNAの二本鎖に結合可能なPNAであれば特に限定されないが、好ましくは、RNA鎖の第1核酸配列の塩基の標的核酸配列の塩基と完全に相補的な又は一塩基を除き相補的な配列を有する。PNA鎖の塩基長は、好ましくは8、9又は10個である(PNAの塩基間に標識分子が挿入される場合、標識分子の数を一塩基と数える)。
【0053】
好ましい実施形態では、複合体のPNA鎖は、RNAの第1核酸配列の標的核酸配列の塩基と完全に相補的な又は一塩基を除き相補的な、8、9又は10個の塩基を有する。複合体のPNA鎖をこのような構成とすることで、複合体がRNAにより選択的に結合することができる。
【0054】
好ましい別の実施形態では、複合体のPNA鎖は、RNAの5'末端から8塩基又は9塩基と完全に相補的な配列、又は一塩基を除き相補的な配列を有し、PNAの塩基長は8、9又は10個である。複合体のPNA鎖をこのような構成とすることで、複合体がRNAにより選択的に結合することができる。
【0055】
PNA鎖に結合される標識分子としては、蛍光色素、酵素、放射性標識等が挙げられる。標識分子はPNA鎖の5'末端に取り付けることもできるし、インターカレーターとしてPNA中の塩基と置換して組み込むこともできる。本明細書において、「インターカレーター」は、PNA鎖の核酸塩基の間に挿入される化合物のことを言う。
【0056】
PNA鎖の5'末端に取り付けられる標識分子の例としては、例えば、フルオレセイン及びその誘導体(例えば、フルオレセイン-5(6)-イソチオシアネート(FITC)、フルオレセイン-4-イソチオシアネート、テトラクロロフルオレセイン、ヘキサクロロフルオレセイン、テトラブロモスルホンフルオレセイン(TBSF)及びそれらの誘導体)、EDANS(5-(2-アミノエチル)アミノ-1-ナフタレンスルホン酸)、6-JOE、Alexa Fluor 488(モレキュラープローブ社)、Alexa Fluor 532(モレキュラープローブ社)、Cy3(アマシャムバイオサイエンス社)、Cy5(アマシャムバイオサイエンス社)、Pacific Blue(モレキュラープローブ社)、テキサスレッド(モレキュラープローブ社)、BODIPY-FL(モレキュラープローブ社)、BODIPY-FL/C3(モレキュラープローブ社)、BODIPY-FL/C6(モレキュラープローブ社)、BODIPY-5-FAM(モレキュラープローブ社)、BODIPY-TMR(モレキュラープローブ社)、BODIPY-TR(モレキュラープローブ社)、BODIPY-R6G(モレキュラープローブ社)、BODIPY564(モレキュラープローブ社)並びにBODIPY581(モレキュラープローブ社)等を挙げることができるがこれらに限定されない。
【0057】
PNA鎖に組み込まれる標識分子の例としては、チアゾールオレンジ、アクリジン色素(例えば、アクリジンオレンジ)、エチジウム化合物(例えば、臭化エチジウム、エチジウムホモダイマー1、エチジウムホモダイマー2、臭化エチジウムモノアジド(EMA)、ジヒドロエチジウム)、ヨウ素化合物(例えば、ヨウ素化プロピジウム、ヨウ素化ヘキシジウム)、7-アミノアクチノマイシンD(7-AAD)、シアニンモノマー系色素(チアゾールオレンジ、キノリンブルー、例えばPO-PRO-1, BO-PRO-1, YO-PRO-1, TO-PRO-1, JO-PRO-1, PO-PRO-3, LO-PRO-1, BO-PRO-3, YO-PRO-3, TO-PRO-3, TO-PRO-5、何れもモレキュラープローブ社)、シアニンダイマー系色素(例えばPOPO-1, BOBO-1, YOYO-1, TOTO-1, JOJO-1, POPO-3, LOLO-1, BOBO-3, YOYO-3, TOTO-3、何れもモレキュラープローブ社)、SYTOX系色素(例えばSYBR Gold, SYBR Green I and SYBR Green II, SYTOX Green, SYTOX Blue, SYTOX Orange、何れもモレキュラープローブ社)、GelRed(和光純薬社)等を挙げることができるがこれらに限定されない。
【0058】
好ましい標識分子は蛍光色素であり、蛍光色素としては、核酸標識用の公知の蛍光色素を使用することができる。
【0059】
好ましい蛍光色素は、シアニン系色素、又はフルオレセイン及びその誘導体である。シアニン系色素は好ましくはメチンシアニンである。PNA鎖を構成する少なくとも1つのPNAがメチンシアニンに置換される。メチンシアニンは、擬似塩基としてPNAに組み込まれることにより顕著な蛍光増幅を示す。メチンシアニンとしては、モノメチンシアニン、トリメチンシアニンが挙げられる。メチンシアニンとしては、チアゾールオレンジ(TO)、キノリンブルー(QB)、チアゾールレッド(TR)等が挙げられる。
【0060】
前記標識分子のPNA鎖に対する結合部位は特に限定されないが、RNAの第1核酸配列と第2核酸配列とが形成する二本鎖において、塩基対のミスマッチが生じる第1核酸配列上のRNAに相補的位置にあるPNA鎖上のPNAが標識分子に置換されることが好ましい。かかる置換位置は、PNA鎖の5'末端から3番目又は4番目に相当し得る。この場合、RNAに対する複合体の結合をより強いシグナルで検出することができる。
好ましくは、PNA鎖の塩基配列が、
N末端-NTCNTCTTT-C末端 ・・・ (1)
であり、式(1)中、1番目のNは塩基無し又はCであり、4番目のNはG、C、A、T又はメチンシアニンである。
【0061】
かかるPNA鎖の構成によれば、RNAの第1核酸配列の標的核酸配列を特異的に認識できると共に、RNAに対する複合体の結合をより強いシグナルで検出することができる。
標識分子が組み込まれた好ましい一実施形態のPNA鎖は、(i)RNAの5'末端から8塩基又は9塩基と完全に相補的な配列、又は一塩基を除き相補的な配列を有し、PNAの塩基長は8個であり、PNA鎖のN末端から3番目に標識分子を有し、標識分子がシアニン系色素、又はフルオレセイン及びその誘導体であるPNA鎖であるか、(ii)RNAの5'末端から8塩基又は9塩基と完全に相補的な配列、又は一塩基を除き相補的な配列を有し、PNAの塩基長は9個であり、PNA鎖のN末端から4番目に標識分子を有し、標識分子がシアニン系色素、又はフルオレセイン及びその誘導体であるPNA鎖である。(i)及び(ii)においてRNAは好ましくはインフルエンザA型ウィルスのRNAである。
【0062】
特に好ましいPNA鎖は、本発明者らが開発したtFITプローブ(triplex-forming forced intercalation of thiazole orange)と呼ばれるPNAである(J. Am. Chem. Soc., 2016, 138, 9397-9400)。このプローブは三重鎖を形成するPNAの内部にインターカレーターであるチアゾールオレンジ(Thiazole Orange; TO) を導入し、三重鎖形成と共にTOが強制的にインターカレートするように設計されている。tFITプローブは単体ではほとんど蛍光応答を示さないが、標的二重鎖RNA存在下において明瞭な蛍光応答を示す(Light-up factor; I/I0>100)、高次構造の一つであるRNA二重鎖構造をそのまま配列選択的にセンシング出来る初めてのプローブである。tFITプローブは以下の式(I)で表される。
【0063】
【0064】
DPQ(6,7-ジメトキシ-2-(1-ピペラジニル)-4-キナゾリンアミン)は、A型インフルエンザRNAの溶液中のプロモーター領域がACミスマッチと(A-A)-Uのインターナルループを含むパンハンドル様のA型の二重鎖を形成することを明らかにした研究グループと同じ研究グループにより、A型インフルエンザのインターナルループに結合する小分子として、2014年に発見された(Chem. Commun., 2014, 50, 368-370)。DPQは以下の式(II)で表される。
【0065】
【0066】
このDPQの分子内の2つのメトキシ基の酸素と、RNAのプロモーター領域のインターナルループ内のアデニン及びその上部のシトシンとが水素結合をしており、DPQ単体は50.5μMの解離定数でプロモーター領域に結合する。DPQは、抗ウィルス活性を有するものの、既存の抗ウィルス薬と比べると劣っている。
【0067】
DPQは、リンカーとの連結のために、ピペラジニル基に置換基を有してもよい。例えば、ピペラジンの二級アミンにカルボン酸を付加し得る。DPQとカルボン酸とを反応させてDPQに置換基としてカルボキシル基を付加しておき、リンカーのアミノ基とDNPに付加されたカルボキシル基とを結合することが挙げられる。
【0068】
リンカーの種類は、PNAとDPQを連結するものである限り特に限定されず、当業者には適切なリンカーを選択可能である。リンカーとしては例えばアミノ基を有する有機分子がよく知られている。有機分子とは炭素原子を有する分子を指す。アミノ基を有する有機分子としては、アルキルアミン(特には直鎖の炭素鎖に一級アミノ基 が結合したもの、炭化水素鎖にエーテル結合を有してもよい)、カルバメート、メチレン、アミノ酸、ペプチド、スルホンアミド、シロキサン、シラン、カーボネート、カルボキシメチル、チオエーテル、エチレンオキサイド、スルホネート、オキシム、メチレンイミノ、メチレンメチルイミノ、メチレンヒドラゾ、メチレンジメチルヒドラゾ、メチレンカルボニルアミノ、スクシンイミジル、ポリアルキレングリコール、マレイミド、多糖、ジスルフィド、トリアゾール等が挙げられる。アミノ酸リンカー又はペプチドリンカーを構成するアミノ酸としては、リシン、アルギニン、2,3-ジアミノプロピオン酸、2,4-ジアミノブタン酸、オルニチン等が挙げられる。
【0069】
リンカーは、通常、PNA鎖の3'末端でPNA鎖と連結する。PNA鎖とリンカーの連結様式としてはアミド結合(ペプチド結合を含む)、エステル結合等が挙げられ、アミド結合が好ましいが、これに限定されない。
【0070】
また、リンカーは、PNA鎖との連結基とは別の官能基でDPQと連結する。リンカーとDPQの連結様式としてはアミド結合(ペプチド結合を含む)、エステル結合等が挙げられ、アミド結合が好ましいが、これに限定されない。リンカーとDPQの連結例としては、DPQとカルボン酸とを反応させてDPQに置換基としてカルボキシル基を付加しておき、リンカーのアミノ基とDPQに付加されたカルボキシル基とを結合することが挙げられる。
【0071】
本発明者らは、RNAのプロモーター領域の5'末端がプリン塩基に富んだ配列であることに加えて, 3'末端と二本鎖を形成することから、PNA鎖からなるtFITプローブで標的に出来る配列であると考えた。さらに二本鎖の近傍には特徴的な高次構造であるインターナルループを有すること、さらにそこに結合するDPQが近年報告されたことから高い選択性と結合力を有する複合体プローブの開発ができると考えた。
【0072】
驚くべきことに、本発明者らは、本発明の第一態様の複合体はDPQ単独に比べてRNAの転写及び複製を大幅に阻害することを見出した。
【0073】
本発明の第一態様の複合体のRNAに対する結合能は、本明細書に記載の蛍光滴定実験による解離定数Kdにより評価することができる。
【0074】
第一態様の複合体のRNAに対する解離定数Kdは、好ましくは100nM以下であり、より好ましくは50nM以下である。
【0075】
本発明の第一態様の複合体は、ウィルスRNAの転写及び複製を阻害するため、ウィルスRNAの転写阻害剤及びウィルスRNAの複製阻害剤として有用であると共に、及びウィルスRNAの転写又は複製を阻害するための医薬組成物及びウィルス感染の予防又は治療のための医薬組成物の有効成分としても有用である。
【0076】
本発明の第二態様によれば、上記本発明の第一態様の複合体を含むウィルスRNAの転写阻害剤が提供される。本発明の第二態様のウィルスRNAの転写阻害剤の投与対象は、哺乳動物、例えばヒト又は非ヒト哺乳動物である。以下の文脈において、非ヒト哺乳動物としては、サル、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、マウスなどが挙げられる。
【0077】
本発明の第二態様のウィルスRNAの転写阻害剤の投与経路としては特に限定するものではなく、経口又は非経口投与され、非経口投与の例としては、例えば静脈内投与、皮内投与、皮下投与、吸入投与、経皮投与、経粘膜投与、直腸投与等が挙げられる。さらには、ウィルスRNAの転写阻害剤の持続性、膜透過性を高める公知の封入剤を併用することもできる。そのような封入剤としては、例えば、リポソーム、ポリ-L -リジン、リピッド、コレステロール、リポフェクチン又はこれらの誘導体が挙げられる。
【0078】
ウィルスRNAの転写阻害剤の投与量は、対象の状態に応じて適宜調整し、好ましい量を用いることができる。例えば、0.001~100mg/kg、好ましくは0.1~10mg/kgの範囲で投与することができるが、これに限定するものではない。
【0079】
本発明の第三態様によれば、上記本発明の第一態様の複合体を含むウィルスRNAの複製阻害剤が提供される。本発明の第三態様のウィルスRNAの複製阻害剤の投与対象は、哺乳動物、例えばヒト又は非ヒト哺乳動物である。
【0080】
本発明の第三態様のウィルスRNAの複製阻害剤の投与経路としては特に限定するものではなく、経口又は非経口投与され、非経口投与の例としては、例えば静脈内投与、皮内投与、皮下投与、吸入投与、経皮投与、経粘膜投与、直腸投与等が挙げられる。さらには、ウィルスRNAの複製阻害剤の持続性、膜透過性を高める公知の封入剤を併用することもできる。そのような封入剤としては、例えば、リポソーム、ポリ-L-リジン、リピッド、コレステロール、リポフェクチン又はこれらの誘導体が挙げられる。
【0081】
ウィルスRNAの複製阻害剤の投与量は、対象の状態に応じて適宜調整し、好ましい量を用いることができる。例えば、0.001~100mg/kg、好ましくは0.1~10mg/kgの範囲で投与することができるが、これに限定するものではない。
【0082】
本発明の第四態様によれば、上記本発明の第一態様の複合体を含むウィルスRNAの転写又は複製を阻害するための医薬組成物が提供される。第四態様の場合、複合体は標識分子を備えないことが好ましい。本発明の第四態様の医薬組成物の投与対象は、哺乳動物、例えばヒト又は非ヒト哺乳動物である。
【0083】
本発明の第四態様のウィルスRNAの転写又は複製を阻害するための医薬組成物の投与経路としては特に限定するものではなく、経口又は非経口投与され、非経口投与の例としては、例えば静脈内投与、皮内投与、皮下投与、吸入投与、経皮投与、経粘膜投与、直腸投与等が挙げられる。
【0084】
上記医薬組成物中の複合体の投与量は、対象の状態に応じて適宜調整し、好ましい量を用いることができる。例えば、0.001~100mg/kg、好ましくは0.1~10mg/kgの範囲で投与することができるが、これに限定するものではない。
【0085】
上記医薬組成物は、薬学的に許容される担体を含有してもよい。薬学的に許容される担体は、上記複合体のRNAの対象への投与を容易にする不活性の物質である。薬学的に許容される担体としては、上述のウィルスRNAの複製阻害剤の持続性、膜透過性を高める公知の封入剤以外に、慣用の各種有機あるいは無機担体物質が用いられ、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等として配合される。また、必要に応じて防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤などの製剤添加物を用いることもできる。
【0086】
本発明の第五態様によれば、上記本発明の第一態様の複合体を含むウィルス感染の予防又は治療のための医薬組成物が提供される。第五態様の場合、複合体は標識分子を備えないことが好ましい。本発明の第五態様の医薬組成物の投与対象は、哺乳動物、例えばヒト又は非ヒト哺乳動物である。
【0087】
本発明の第五態様のウィルスRNAの転写又は複製を阻害するための医薬組成物の投与経路としては特に限定するものではなく、経口又は非経口投与され、非経口投与の例としては、例えば静脈内投与、皮内投与、皮下投与、吸入投与、経皮投与、経粘膜投与、直腸投与等が挙げられる。
【0088】
上記医薬組成物中の複合体の治療有効量又は投与量は、対象の状態に応じて適宜調整し、好ましい量を用いることができる。例えば、0.001~100mg/kg、好ましくは0.1~10mg/kgの範囲で投与することができるが、これに限定するものではない。なお、「治療有効量」は、所望の治療的結果( 例えばウィルス感染の減少又は排除)を提供し得る複合体の量である。
【0089】
上記医薬組成物は、薬学的に許容される担体を含有してもよい。薬学的に許容される担体は、上記複合体のRNAの対象への投与を容易にする不活性の物質である。薬学的に許容される担体としては、上述のウィルスRNAの複製阻害剤の持続性、膜透過性を高める公知の封入剤以外以外に、慣用の各種有機あるいは無機担体物質が用いられ、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等として配合される。また、必要に応じて防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤などの製剤添加物を用いることもできる。
【0090】
本発明の第六態様によれば、インビトロにおける又は非ヒト哺乳動物である対象におけるRNAの転写又は複製の阻害方法であって、RNAを、上記本発明の第一態様の複合体と接触させることを含む方法が提供される。
【0091】
RNAは、5'末端から3'末端まで延び、第1核酸配列と、第1核酸配列よりも3'末端側に位置し、かつ第1核酸配列と二本鎖を形成する第2核酸配列と、前記二本鎖の間に形成されるインターナルループとを備える。
【0092】
複合体は、前記RNAの第1核酸配列の5'末端から8又は9塩基目までの標的核酸配列と相補的に結合し、前記標的核酸配列と同じ鎖長を有するPNA鎖と、6,7-ジメトキシ-2-(1-ピペラジニル)-4-キナゾリンアミン(DPQ)と、PNA鎖とDPQとを連結するリンカーとを備えている。
【0093】
インビトロにおける方法では、RNAを含有する試料又はRNAを含有することが疑われる試料を、上記本発明の第一態様の複合体と接触させる。試料は例えば培養細胞、若しくはウィルスに感染したか又はウィルス感染が疑われる対象から採取した生物試料(血液、唾液、粘膜、尿等)等が挙げられる。RNAの転写又は複製の阻害は、当該技術分野における公知の転写又は阻害の測定方法により検出することができる。
【0094】
本発明の第七態様によれば、RNAの複製又は転写阻害能を有する化合物のスクリーニング方法であって、予め、RNAを上記本発明の第一態様の複合体と結合させ、結合体を形成する工程、結合体に試験化合物を接触させる工程、及び接触前後の結合体から得られる各シグナル値を計測する工程を含む、スクリーニング方法が提供される。
【0095】
結合体に試験化合物を接触させた後の結合体から得られる各シグナル値が、結合体に試験化合物を接触させる前の結合体から得られる各シグナル値よりも低い場合、かかる試験化合物をヒット化合物であると判定することができる。
【0096】
上記第七態様において、第一態様の複合体を蛍光色素で標識し、RNAと第一態様の複合体との結合体に試験化合物を接触させた後の結合体から得られる蛍光強度が、結合体に試験化合物を接触させる前の結合体から得られる蛍光強度よりも低い場合に、試験化合物のRNAとの結合は、RNAと複合体の結合より強いと判定することができる。この場合に、試験化合物をRNAに対する複製又は転写阻害剤であると判定することができる。
【0097】
本発明の第八態様によれば、化合物のウィルスRNAの複製又は転写阻害能を評価するためのキットであって、本発明の第一態様の複合体を備えたキットが提供される。
【0098】
一実施形態において、本発明の第九態様のキットは、説明書(例えば、試料の処理、試験の実施、結果の解釈、本発明の第一態様の複合体の使用方法、及び/又は本発明の第一態様の複合体の保管方法について説明) 、1つもしくは複数の参照試料、本発明の第一態様の複合体を溶解させるための緩衝剤、及び/ 又は試験を実施するのに必要な他の試薬を備えてもよい。
【0099】
キットは、個々の構成要素又は試薬のいくつかを個別に収容できるように、1つ又は複数の容器をさらに備えてもよい。
【0100】
本発明の第九態様によれば、ウィルスRNAの転写又は複製を阻害するための及び/又は哺乳類におけるウィルス感染の処置のためのキットであって、本発明の第一態様の複合体を備えたキットが提供される。
【0101】
一実施形態において、本発明の第九態様のキットは、説明書(例えば、試験の実施、結果の解釈、本発明の第一態様の複合体の使用方法、及び/又は本発明の第一態様の複合体の保管方法について説明) 、本発明の第一態様の複合体を溶解させるための緩衝剤、及び/ 又は試験を実施するのに必要な他の試薬を備えてもよい。
【0102】
キットは、本発明の第一態様の複合体を対象に投与するための注射器、針、アプリケーターなどをさらに備えてもよい。
【0103】
本発明の第十態様によれば、ウィルス感染を評価するためのキットであって、本発明の第一態様の複合体を備えたキットが提供される。
【0104】
本発明の第十一態様によれば、本発明の第一態様の複合体を備えた体外検査薬が提供される。
【0105】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例】
【0106】
本実施例では、A型インフルエンザウィルスRNAのプロモーター領域を標的とした蛍光性ペプチド核酸プローブの設計・合成し、その機能を評価した。
実施例1
1. RNAの調製
図3に、本実施例で用いた各種RNAの配列を示す。RNAは当業者に周知の方法により合成した。標的配列(target RNA)は、A型インフルエンザウィルスRNAプロモーター領域(3'末端の12塩基と5'末端13塩基)を含むHairpin-loop構造のモデル配列である。
図3のtarget RNAの点線で囲った部分が実配列であり, このモデル配列はプロモーター領域の特性を調べる際によく用いられている。このtarget RNAはパンハンドル様のA型構造の二重鎖を形成し, インターナルループ構造を有することが知られている(Chem.Commun., 2014, 50, 368-370.)。また、天然に存在する唯一の変異体である、target RNAに対し3'末端から4つ目のウラシルがシトシンに変わる配列もプローブの評価に用いた(
図3のnatural mutant RNA)。配列中のインターナルループ構造を人工的に無くした配列(no loop RNA)、及び配列中のACミスマッチとG-Uの揺らぎ塩基対(wobble base pair)を完全に相補なものに人工的に改変した配列(model RNA)もプローブの結合特性を評価するために用意した。プロモーター領域の3'末端と5'末端だけを取り出した一本鎖のRNA(3'pyrimidineと5'purine)も用意した。
【0107】
Target RNA、Natural mutant RNA、No loop RNA、Model RNA、3'Pyrimidine、5'Purineの核酸配列をそれぞれ配列番号1~6で示す。
Target RNA: 5'-GAGUAGAAACAAGGCUUCGGCCUGCUUUUGCU-3' (配列番号1)
Natural mutant RNA: 5'-GAGUAGAAACAAGGCUUCGGCCUGCUUUCGCU-3' (配列番号2)
No loop RNA:5'-GAGUAGAAACAAGGCUUCGGCCUUGCUUUUGCU-3' (配列番号3)
Model RNA: 5'-GAGUAGAAACAAGGCUUCGGCCUGUUUCUACU-3' (配列番号4)
5'Purine: 5'-GAGUAGAAACAAGG-3' (配列番号5)
3'Pyrimidine: 5'-CCUGCUUUUGCU-3' (配列番号6)
【0108】
2. プローブ(プローブ1)の設計
A型インフルエンザウィルスRNAのプロモーター領域がインターナルループを有する二重鎖を形成することに着目し、高い結合力と選択性を併せ持つPNA-DPQ複合体プローブの設計を試みた。本発明者らは、プロモーター領域の5'末端領域にプリンリッチな配列があることから、Hoogsteen型の水素結合を利用するtFITプローブ(J. Am. Chem. Soc., 2016, 138, 9397-9400)で認識することが可能であると考えた。さらに、本発明者らは、プロモーター領域のインターナルループに結合する小分子(DPQ)が発見されていることから(Chem. Commun., 2014, 50, 368-370)、これをtFITプローブ中に組み込むことでプロモーター領域の高次構造をそのまま認識できることが出来るプローブを開発し得ると考えた。
【0109】
PNA-DPQプローブのうち、PNAは主に固相合成法によって合成される。PNAとの結合のため、DPQのカルボン酸誘導体の合成が必須である。DPQのうち、6位と7位のメトキシ基は、RNA分子のインターナルループ内で核酸塩基と水素結合を形成するため、それ以外の部位からカルボン酸を伸ばす必要がある。そこで、2位のピペラジンの二級アミンにカルボン酸を付加した。下記のスキーム1でDPQ-COOHを新規に合成した。
【0110】
具体的には、J.Med. Chem., 2016, 59 2151-2162.に従い合成したDPQ (1.65g, 5.7 mmol)、ethyl-2-(p-toluenesulfonyloxy)aqcetate (0.99g, 4.0 mmol)を含むアセトニトリル溶液に、炭酸カリウム(1.43g, 10.5 mmmol)を添加した。この溶液を撹拌子ながら30時間加熱還流(90度)した後に、直ちに濾過し、得られた濾液を減圧濃縮することで、DPQ-COOEt粗生成物を得た。
【0111】
得られた粗生成物を水/THF(60 mL, 3:1 v/v)に溶かした溶液を氷上にて冷やしながら、2.9 M 水酸化ナトリウム水溶液を加えて5分間攪拌した。その後室温で30分間攪拌した後、氷上にて冷やしながら6M 塩酸溶液を加えて1時間反応した。この溶液を減圧濃縮することで、DPQ-COOH粗生成物を得た。これを用いてPNAとの連結反応を行った。
【0112】
【0113】
PNAにおいてN末端はRNAの5'末端、C末端は3'末端に相当する。PNAと一本鎖RNAとのWatson-Crick型の水素結合を介して形成される二重鎖の場合、antiparallel配向の方が好ましいが、parallel配向でも二重鎖を形成することが出来る。一方、PNAを三本目の鎖とした、 二重鎖RNAとのHoogsteen型の水素結合を介した三重鎖はチミンとシトシンのみのPNAによるparallel配向での形成しか報告されていないため、標的RNA二重鎖に対してPNAプローブを設計する際は, 標的プリン配列とparallel配向になるように設計しなければならない。
【0114】
PNAとしてのtFITはJ. Am. Chem. Soc., 2016, 138, 9397-9400に記載の通りに合成した。
【0115】
tFITとDPQ-COOHをつなげるにあたり、本発明者らはtFITプローブには通常、水溶性向上及びリン酸基との静電的な相互作用による結合力の向上のためにリシンを結合させていたことから、そのリシン側鎖の一級アミンにDPQ-COOHを縮合させた。tFITはリシンを介してDPQ-COOHと結合させたtFIT-DPQプローブの構造式(式(III))、DPQユニットを有さず、リシン側鎖の一級アミンをアセチル化させたコントロールプローブの構造式(式(IV))とを以下に示す。tFITプローブ中の蛍光色素であるチアゾールオレンジ(TO)はtarget RNAの連続するプリン塩基の中にあるウラシルの対面になるように配置した。得られたtFIT-DPQプローブ(プローブ1)の化学式及び構造式を
図4(A)及び(B)にそれぞれに示す。
【0116】
【0117】
3. 蛍光測定
蛍光応答によりプローブとRNAの相互作用を解析した。
【0118】
100 mM NaCl、10 mM 酢酸ナトリウム 1.0mM EDTAを含む緩衝液(pH 5.5、25℃)にて、RNA及びプローブの濃度をいずれも1.0μMとし、蛍光を測定した。
【0119】
蛍光光度分光器の条件はλex= 515 nm、Ex band: 3 nm、Em band: 3 nm、sensitivity: Medium、Scan rate 100 nm / min、response: 0.5 sec, 3 × 3 mm quartz cell (日本分光株式会社 FP-6500)とした。
【0120】
図5A,Bに示すように、RNAが存在しない時には蛍光を発さず、標的RNA存在時に蛍光応答を示すlight-up型の蛍光を示した。これは従来のtFITプローブと同様な応答であり, 二重鎖配列に合わせて蛍光を発していると推察される。興味深いことに、pH7.0(100 mM NaCl, 10 mM リン酸ナトリウム, 1.0 mM EDTAを含む緩衝液, 25℃)の中性条件でもこのlight-up応答は観察された。
【0121】
さらにこの現象を考察するべく、pH7.0におけるtarget RNA結合時の各プローブの蛍光スペクトルと励起スペクトルの形状を注意深く観察した(
図6A,B)。
【0122】
100 mM NaCl、10mM リン酸ナトリウム、1.0mM EDTAを含む緩衝液(pH 7.0、25℃)にて、RNA及びプローブの濃度をいずれも100 nMとし、蛍光を測定した。 蛍光光度計の条件は、λex= 515 nm、λem= 540nm、Ex band: 5nm、Em band: 5nm、sensitivity: High、Scan rate 100 nm / min、response: 0.5 sec、3 × 3 mm quartz cell (FP-6500)とした。
【0123】
図6Aに示すように、tFIT-DPQプローブでは蛍光応答部位であるTOの蛍光・励起スペクトル形状の対称性が維持されており、プローブとRNAが1:1で結合しているであろうと推察された。一方、DPQを持たないコントロールプローブについては蛍光・励起スペクトル形状の対称性は無くなっており(
図6B)、RNA1分子にプローブが2分子結合していることが推察された。
【0124】
理論に束縛されることは望まないが、プローブとRNAの総モル濃度を一定に保ち、それらのモル分率を変化させるJob plotによると、tFIT-DPQプローブとtarget RNAの結合様式は、Hoogsteen塩基対形成に基づく三重鎖形成もしくはWatson-Crick塩基対形成に基づく侵入二重鎖(invasion)であるのに対し、コントロールプローブとtarget RNAの結合様式は、invasionによってできた新たな二重鎖にもう1分子のPNAがHoogsteen型の水素結合で三重鎖を形成する結合モードである、侵入三重鎖(triplex invasion) であると考えられた(データ非図示)。
【0125】
4. RNA配列の影響
pH7.0 における、各プローブの構造選択性を評価するために、
図3に示した各種RNAと、tFIT-DPQプローブ(
図7A)又はコントロールプローブ(
図7B)との蛍光応答を観察した。Target RNA に対する応答を1 として規格化した蛍光スペクトルの面積 (520-700 nm)を棒グラフにまとめた。tFIT-DPQ プローブはtarget RNA 選択的な蛍光応答が得られた (
図7A)。特にインターナルループ構造を持たないno loop RNA に対する応答が低下していることから、DPQ プローブがインターナルループを認識している事が示唆された。またnatural mutant でも応答が低下しているが、これはtFIT-DPQ プローブとnatural mutant RNAの結合様式がtriplex invasion であることによると推察された(データ非図示)。
【0126】
一方コントロールプローブでは、target RNA とnatural mutant RNA及びno loop RNAとで明確な差が得られなかった (
図7B)。またtFIT-DPQプローブではほとんどなかった相補な1本鎖への応答が増大していた。このことよりDPQをPNAにつなげることで、インターナルループ選択性の獲得と一本鎖への応答を抑えることに成功した。
【0127】
いずれのプローブでもmodel RNA に対する応答が低下していた。Model RNA はtarget RNA と比べて固い (二重鎖が完全に相補な) 二重鎖を形成していることが関与していると考えられた。
【0128】
5. 蛍光滴定実験による解離定数の算出
蛍光滴定実験によりtFIT-DPQプローブのtarget RNAに対する結合力の算出、及びインターナルループ構造の認識能を定量的に評価した(
図8)。
【0129】
100 mM NaCl、10mM リン酸ナトリウム、1.0mM EDTAを含む緩衝液(pH7.0、25℃)を用い、RNAの濃度を0-800nMに変化させ、プローブの濃度を100nMとし、蛍光を測定した。
【0130】
蛍光光度計の条件は、λex= 515 nm、Ex band: 3 nm、Em band: 3 nm、sensitivity: High、response: 1.0 sec、3 × 3 mm quartz cell (FP-6500) 、534 nmでの分析とした。
【0131】
まず, 得られた蛍光強度の濃度依存性を1:1結合フィッティング式で解析したところ、tFIT-DPQプローブはtarget RNAに対して解離定数にして29±3.1nM(n= 3) という強い結合力を有することが分かった(
図8A-C)。このことからDPQ単体の解離定数(K
d= 50.5μM、Chem. Commun., 2014, 50, 368-370参照)に対して、3桁以上の改善に成功した。さらにインターナルループを有さないno loop RNAに対してもtFIT-DPQプローブはtarget RNAに対して同様な結合様式をとることから、no loop RNAに対しても滴定実験を行ったところ,K
dは200±12 nM(n= 3) となり(
図8D-F)、DPQプローブがインターナルループを認識している事が示された。
【0132】
6. ウィルスポリメラーゼを用いたRNA複製阻害能の評価
tFIT-DPQプローブを用いて、PNA-DPQプローブのインビトロでのA型インフルエンザウィルスRNAの複製の阻害能を評価した。具体的には、最終溶液量が25μLになるように、vRNP (ウィルスRNAとポリメラーゼ、NPの複合体) とRNA合成の触媒としての53-mer RNA template(配列番号7)、プローブを溶液中に加え、表1の組成で溶液を用意した。その後30℃で60分間インキュベートした後、フェノール/クロロホルム/エタノールによってRNAを抽出した。抽出したRNAは8 Mの尿素を含む10%のポリアクリアミドゲル電気泳動を行い、オートラジオグラフィーでRNAの生成量を評価した (
図9)。
【0133】
全長のゲノムRNAがPNA-DPQ プローブの濃度依存的に減少していることから, ウィルスポリメラーゼのRNA複製過程を阻害していることが分かった。 一方DPQ単体やコントロールプローブ(Ctl-PNA)の濃度を濃くしていっても、化合物を加えてない時に生成されるRNAの量と変化せず, 複製の阻害は起きていないことが示されている。このことからPNA-DPQプローブのみがRNA複製阻害活性を有していることが分かった。これはPNA-DPQプローブの強い結合力及び構造選択性によるものであると考えられる。
【0134】
【0135】
7. ウィルスポリメラーゼを用いたエンドヌクレアーゼ活性阻害能の評価
ウィルス増殖過程のうちで複製と並んで重要な過程はウィルスmRNA (vmRNA) の転写である。そこで、RNA複製過程の阻害能に続いて、本実験ではインビトロでのプローブの転写阻害能を評価した。ウィルスの転写過程において、cap-snatching(Biochemistry, 1997, 36, 5072-5077)と呼ばれる、宿主細胞由来のmRNAのキャップ構造を認識して切断する過程は必須である。核酸を切断するということは、ウィルスポリメラーゼはエンドヌクレアーゼ活性を有していることを意味し、その過程の阻害能をここでは特に評価した。
【0136】
具体的には、最終溶液量が20μLになるように、キャップ構造を有するRNA (cap-1-RNA-70mer, 70ヌクレオチドの配列は配列番号8で表される) と精製したウィルスポリメラーゼ、 vRNP、プローブを溶液中に加え、表2の組成で溶液を用意した。その後溶液を30℃で60分間インキュベートした後、フェノール/クロロホルム/エタノールによってRNAを抽出した。抽出したRNAは8 Mの尿素を含む15%のポリアクリアミドゲル電気泳動を行い、オートラジオグラフィーで切断された短いRNAの生成量を評価した (
図10)。
【0137】
PNA-DPQプローブとしてtFIT-DPQプローブを用いた。PNA-DPQプローブの濃度依存的に、生成される短いRNAの量が減っていることが分かった。これはPNA-DPQプローブがウィルスポリメラーゼのエンドヌクレアーゼ活性を阻害していることを示しており、その結果として転写阻害が起きうることを示している。一方コントロールプローブ及びDPQ単体では、化合物を加えていない時と生成される短いRNA断片の量と変化ないことから、阻害活性がないことが示唆された。興味深いことに、この転写過程の阻害は先ほどの複製過程の阻害よりも1桁も低濃度で起こっており、PNA-DPQプローブのウィルス増殖阻害のメインの過程は転写阻害であることが分かった。
【0138】
【0139】
8. レポーターアッセイによる抗ウィルス活性の評価
インビトロでウィルス増殖阻害能を有することが示されたため、Dual-luciferase Reporter Assay Systemを用いてヒト子宮頚部癌由来細胞 (HeLa細胞) 中でプローブが機能するか評価した。ここでDPQプローブは細胞内取り込みを確認するべく、FITC(フルオレセイン5(6)イソシアネート)で蛍光標識したものを新たに合成した。FITC標識したPNA-DPQプローブの構造式を式(V)で表す。PNAの4位はチミンとした。
【0140】
【0141】
まず直径10cmのディッシュに付着した培養HeLa細胞をトリプシン/EDTAを用いて遊離させ, 遠心分離によって細胞のみを回収した。細胞数を数え, PBSバッファーを加えて 3 × 107 cells / mLに細胞懸濁液を調整した。細胞に効率良くプローブを取り込ませるために、Neon(登録商標) Transfection Systemによって細胞にプローブを導入させた。この装置はエレクトロポレーションを行う装置である。
Neonピペットにチップ型電極 (~10μL) を装着し, プローブと細胞懸濁液の混合溶液を吸引した。 電解質の入った緩衝液 (E buffer) 中で、HeLa細胞に最適な企業推奨のプロトコル(1005 V, 35 ms, 2 pulse) で電気パルスをあて、1 mLのMEM (+) の入った12-well培養プレートに移した。この培養プレートを37℃で12時間インキュベートし、その後蛍光顕微鏡で細胞がディッシュに張り付いたこととプローブが取り込まれていることを確認した。続いて培地を交換し、プラスミドをカチオン性の脂質であるトランスフェクション試薬 (Gene Juice(登録商標)) を用いて細胞に導入させた。導入したプラスミドは、 pCAGGS (空ベクター) pHHvNSLuc (Firefly luciferaseを発現) 20ngである。ホタル (Photinus pyralis) 由来のFirefly luciferaseを発現させるmRNAはプロモーター領域と同じ配列を有するため (5'端にAGUAGAAACAAGG、3'端にUCG(U/C)UUUCGUCCのプロモーター領域を有し、その間にコーディング領域を有する)、プローブが複製及び転写を阻害した場合に発現量が低下する。恒常的に発現するウミシイタケ(Renilla reniformis)由来のRenilla luciferaseを内部コントロールとして、トランスフェクション効率を補正するために2つのプラスミドをコトランスフェクションした。プラスミドをトランスフェクションした後、37℃で18時間インキュベートした。その後、細胞を最初と同様に剥がして、遠心分離により回収し、Renilla bufferを加え、細胞懸濁液に凍結と融解を繰り返すことで細胞溶解液を調整した。この溶解液とそれぞれの基質 (D-Luciferin又はCoelenterazine)(Acc. Chem. Res., 1999, 32, 624-630参照)を加えて、化学発光を光度計で測定した。結果として、コントロールとして緩衝液のみを加えた場合と比べてプローブを加えた場合、Firefly luciferaseの発現を50%程度阻害していることが分かった (
図11)。これにより、プローブが生体内でウィルス増殖の阻害しうる可能性が示唆された。
【0142】
9.ウィルスの転写又は複製阻害能を有する化合物のスクリーニング方法
tFIT-DPQ プローブを指示薬として、 既存のRNAプロモーター領域に結合する小分子を試験化合物として用いて蛍光ディスプレイスメントアッセイ(Fluorescence Indicator Displacement assay, FID アッセイとも言う)を行った (
図12)。標的であるプロモーターRNA 1 μM に対してtFIT-DPQプローブ 100 nM を添加し 15 分 間室温でインキュベートし、その後、試験化合物を加えて 15 分間インキュベートした後に蛍光を測定した。
図13(B), (D), (F)に示すように、試験化合物の濃度依存的にプローブ中の チアゾールオレンジ(TO)由来の蛍光応答が減少していることが分かった。下記の式(VI)より半数阻害濃度 (half maximal inhibition concentration; IC50) を算出したところ、それぞれの試験化合物の解離定数に合わせたIC50が得られた。この結果からtFIT-DPQプローブがスクリーニングの指示薬として有用であると言える。
【0143】
【0144】
式中、iは蛍光強度、iminは試験化合物を過剰量加えたときの蛍光強度、imaxは試験化合物が非存在の時の蛍光強度、pはヒル係数である。
【0145】
実施例2
1.プローブ2の設計
実施例1で合成したtFIT-DPQプローブ(プローブ1)とは別のプローブ2を合成した。プローブ2の構造式及び化学式を
図14A, 14Bにそれぞれ示す。プローブ2の構造は、プローブ1と比較して、PNA鎖のNH
2末端の隣の1番目の塩基Cが削除されている点が異なる。プローブ2はPNAの配列をプローブ1と変更した以外は、実施例1の「2.プローブの設計」に従って合成した。
【0146】
2.蛍光測定
プローブ2とRNAとの相互作用を、実施例1の[3.蛍光測定]に従って解析した。プローブ2以外の用いた試薬及びその濃度、蛍光光度分光器の条件は実施例1の[3.蛍光測定]に記載した通りである。
図15に示すように、プローブ2を用いた場合も、RNAが存在しない時には蛍光を発さず、標的RNA存在時に蛍光応答を示すlight-up型の蛍光を示した。pH7.0(100 mM NaCl, 10 mM リン酸ナトリウム, 1.0 mM EDTAを含む緩衝液, 25℃)の中性条件でもこのlight-up応答は観察された。
【0147】
3.RNA配列の影響
プローブ2の各種RNAに対する構造選択性を、実施例1の「4.RNA配列の影響」に従って評価した。
pH7.0 におけるプローブ2の構造選択性を評価するために、
図3に示した各種RNAと、プローブ2との蛍光応答を観察した。Target RNA に対する応答を1 として規格化した蛍光スペクトルの面積 (520-700 nm)を棒グラフにまとめた。プローブ2はtarget RNA 選択的な蛍光応答が得られ、Natural MutantのRNAに対してはプローブ1よりも選択性が高いことが示された (
図16)。
【0148】
4. 蛍光的実験による解離定数の算出
蛍光滴定実験によりプローブ2のtarget RNAに対する結合力の算出を定量的に評価した。プローブ2以外の用いた試薬及びその濃度、蛍光光度分光器の条件は実施例1の[3.蛍光測定]に記載した通りである。
図17A,Bに示すように、得られた蛍光強度の濃度依存性を1:1結合フィッティング式で解析したところ、プローブ2はtarget RNAに対して解離定数K
d185±31nM(n= 3) で結合することが分かった。これはプローブ1よりも弱いが、DPQ単体の解離定数(K
d= 50.5μM)よりもはるかに高い。
【0149】
実施例3
1. プローブ3の設計
実施例1で合成したtFIT-DPQプローブ(プローブ1)とは別のプローブ3を合成した。プローブ3の構造式及び化学式を
図18A, 18Bにそれぞれ示す。プローブ3の構造は、プローブ1と比較して、PNA鎖のNH
2末端の隣の1番目の塩基Cが削除されている点と、プローブ1のDPQと結合するアミノ酸が2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)である点が異なる。プローブ3はPNAの配列及びアミノ酸リンカーの一部分をプローブ1と変更した以外は、実施例1の「2.プローブの設計」に従って合成した。
【0150】
2.蛍光測定
プローブ3とRNAとの相互作用を、実施例1の[3.蛍光測定]に従って解析した。プローブ3以外の用いた試薬及びその濃度、蛍光光度分光器の条件は実施例1の[3.蛍光測定]に記載した通りである。
図19に示すように、プローブ3を用いた場合も、RNAが存在しない時には蛍光を発さず、標的RNA存在時に蛍光応答を示すlight-up型の蛍光を示した。pH7.0(100 mM NaCl, 10 mM リン酸ナトリウム, 1.0 mM EDTAを含む緩衝液, 25℃)の中性条件でもこのlight-up応答は観察された。
【0151】
3. RNA配列の影響
プローブ3の各種RNAに対する構造選択性を、実施例1の「4.RNA配列の影響」に従って評価した。
pH7.0 におけるプローブ3の構造選択性を評価するために、
図3に示した各種RNAと、プローブ3との蛍光応答を観察した。Target RNA に対する応答を1 として規格化した蛍光スペクトルの面積 (520-700 nm)を棒グラフにまとめた。プローブ3はtarget RNA 選択的な蛍光応答が得られ、No LoopのRNAに対してはプローブ1よりも選択性が極めて高いことが示された (
図20)。
【0152】
4. 蛍光的実験による解離定数の算出
蛍光滴定実験によりプローブ3のtarget RNAに対する結合力の算出を定量的に評価した。プローブ2以外の用いた試薬及びその濃度、蛍光光度分光器の条件は実施例1の[3.蛍光測定]に記載した通りである。
図21A,Bに示すように、得られた蛍光強度の濃度依存性を1:1結合フィッティング式で解析したところ、プローブ3はtarget RNAに対して解離定数K
d=150±71nM(n= 3) で結合することが分かった。これはプローブ1よりも弱いが、DPQ単体の解離定数(K
d= 50.5μM)よりもはるかに高い。
【0153】
5.ウィルスポリメラーゼを用いたエンドヌクレアーゼ活性阻害能の評価
実施例1の「7.ウィルスポリメラーゼを用いたエンドヌクレアーゼ活性阻害能の評価」に従って、本実験ではインビトロでのプローブの転写阻害能を評価した。
図22に示すように、プローブ3はプローブ1よりも高いmRNA転写阻害能を有することが示唆された。
【0154】
実施例4
1.プローブ4の設計
実施例1で合成したtFIT-DPQプローブ(プローブ1)とは異なるプローブ4を合成した。プローブ4の構造式及び化学式を
図23A, 23Bにそれぞれ示す。プローブ4の構造は、プローブ1と比較して、PNA鎖のNH
2末端の隣の1番目の塩基Cが削除されている点と、チアゾールオレンジ(TO)のスペーサーが炭素2個分長くなっている点(
図23C)とが異なる。プローブ4はPNAの配列をプローブ1と変更した以外は、実施例1の「2.プローブの設計」に従って合成した。
【0155】
2.蛍光測定
プローブ4とRNAとの相互作用を、実施例1の[3.蛍光測定]に従って解析した。プローブ4以外の用いた試薬及びその濃度、蛍光光度分光器の条件は実施例1の[3.蛍光測定]に記載した通りである。
図24に示すように、プローブ4を用いた場合も、RNAが存在しない時には蛍光を発さず、標的RNA存在時に蛍光応答を示すlight-up型の蛍光を示した。pH7.0(100 mM NaCl, 10 mM リン酸ナトリウム, 1.0 mM EDTAを含む緩衝液, 25℃)の中性条件でもこのlight-up応答は観察された。
【0156】
3. 蛍光的実験による解離定数の算出
蛍光滴定実験によりプローブ4のtarget RNAに対する結合力の算出を定量的に評価した。プローブ4以外の用いた試薬及びその濃度、蛍光光度分光器の条件は実施例1の[3.蛍光測定]に記載した通りである。
図25A,Bに示すように、得られた蛍光強度の濃度依存性を1:1結合フィッティング式で解析したところ、プローブ2はtarget RNAに対して解離定数で52.6±16nM(n= 3) 結合力することが分かった。これはプローブ1よりも弱いが、DPQ単体の解離定数(K
d= 50.5μM)よりもはるかに高い。
【配列表】