IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本碍子株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-SiC基板及びその製法 図1
  • 特許-SiC基板及びその製法 図2
  • 特許-SiC基板及びその製法 図3
  • 特許-SiC基板及びその製法 図4
  • 特許-SiC基板及びその製法 図5
  • 特許-SiC基板及びその製法 図6
  • 特許-SiC基板及びその製法 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-03
(45)【発行日】2025-02-12
(54)【発明の名称】SiC基板及びその製法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/36 20060101AFI20250204BHJP
   C30B 25/20 20060101ALI20250204BHJP
   H01L 21/205 20060101ALI20250204BHJP
   H01L 21/20 20060101ALI20250204BHJP
   H01L 21/02 20060101ALI20250204BHJP
   H01L 21/203 20060101ALI20250204BHJP
   C30B 33/02 20060101ALN20250204BHJP
【FI】
C30B29/36 A
C30B25/20
H01L21/205
H01L21/20
H01L21/02 B
H01L21/203 Z
C30B33/02
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021558317
(86)(22)【出願日】2020-11-11
(86)【国際出願番号】 JP2020041998
(87)【国際公開番号】W WO2021100564
(87)【国際公開日】2021-05-27
【審査請求日】2023-07-20
(31)【優先権主張番号】P 2019209518
(32)【優先日】2019-11-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】弁理士法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 守道
(72)【発明者】
【氏名】吉川 潤
(72)【発明者】
【氏名】松島 潔
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-158696(JP,A)
【文献】特開平11-147794(JP,A)
【文献】特開2000-053500(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B
H01L
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の表面と、
前記第1の表面とは反対側の面である第2の表面と、
前記第1の面からの厚み方向の距離と前記第2の面からの厚み方向の距離とが等距離の面である中央面と、
を備えたSiC基板であって、
前記第1の表面及び前記第2の表面は、いずれもc軸方向及びa軸方向の両方に配向する2軸配向SiC層の表面であり、
前記第1の表面及び前記第2の表面における結晶欠陥密度は、前記中央面における結晶欠陥密度よりも少なく、
欠陥は、貫通らせん転位、基底面転位に及びマイクロパイプを含み、
前記結晶欠陥密度は、KOH融液エッチングを用いたエッチピット評価によって測定された値であり、
前記第1の表面及び前記第2の表面における結晶欠陥密度は、前記中央面における結晶欠陥密度に比べて1/100以下である、
SiC基板。
【請求項2】
前記第1の表面における結晶欠陥密度と前記第2の表面における結晶欠陥密度との差異は、10%未満である、
請求項1に記載のSiC基板。
【請求項3】
前記SiC基板の反り量は、10μm以下である、
請求項1又は2に記載のSiC基板。
【請求項4】
中央層と、
前記中央層の一方の面に積層された、c軸方向及びa軸方向の両方に配向する第1の2軸配向SiC層と、
前記中央層の他方の面に積層された、c軸方向及びa軸方向の両方に配向する第2の2軸配向SiC層と、
を備え、
前記第1の表面は、前記第1の2軸配向SiC層の表面であり、
前記第2の表面は、前記第2の2軸配向SiC層の表面であり、
前記中央面は、前記中央層の内部に含まれる面である、
請求項1~のいずれか1項に記載のSiC基板。
【請求項5】
(a)SiC種結晶基板の両面にSiC配向前駆体層をAD法で形成する工程と、
(b)両方の前記SiC配向前駆体層を同時に熱処理することにより、両方の前記SiC配向前駆体層内の結晶を前記SiC種結晶基板の結晶成長面から配向させながら成長させて、前記SiC配向前駆体層をc軸方向及びa軸方向の両方に配向する2軸配向SiC層に変える工程と、
(c)前記工程(b)の後に前記2軸配向SiC層の表層部を研削除去することにより、前記2軸配向SiC層の表面を露出させる工程と、
を含み、
前記工程(c)の後の前記2軸配向SiC層の表面における結晶欠陥密度は、前記SiC種結晶基板の表面における結晶欠陥密度に比べて1/100以下であり、
欠陥は、貫通らせん転位、基底面転位に及びマイクロパイプを含み、
前記結晶欠陥密度は、KOH融液エッチングを用いたエッチピット評価によって測定された値である、
SiC基板の製法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SiC基板及びその製法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化珪素(SiC)は大電圧・大電力を低損失で制御できるワイドバンドギャップ材料として注目を集めている。SiC単結晶中に存在する代表的な転位には、基底面転位、貫通らせん転位、貫通刃状転位などがあり、現在市販のSiC単結晶基板の全転位密度は、およそ103~104cm-2に上ると言われている。近年、溶液法(液相成長法ともいう)を用いることで、結晶欠陥密度が著しく少ないSiC単結晶基板を作製した例が知られている(例えば特許文献1)。溶液法での結晶成長は種結晶となるSiC単結晶上にSiC層を形成する手法であり、種結晶中に含まれる結晶欠陥が結晶成長に伴って低減されることが特徴である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2014-43369号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、溶液法では、結晶成長の駆動力を高めるため、種結晶とSi融液との間に温度差を設ける必要がある。このため、種結晶の裏面を試料ホルダーに設置し、試料ホルダーからの抜熱によって種結晶を冷却し、Si融液との温度差を生じさせる手法が一般的である。従って結晶欠陥を含むSiC単結晶(種結晶)と結晶欠陥が少ない溶液成長層が育成面(片面)のみに結晶成長が進む。このような成膜状態では、SiC層表面に達する貫通欠陥は少ないものの、厚み方向で結晶欠陥の密度差があるため、内部応力分布を生じ、結晶が反ることが問題であった。
【0005】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり、反りの小さいSiC基板を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のSiC基板は、
第1の表面と、
前記第1の表面とは反対側の面である第2の表面と、
前記第1の表面からの厚み方向の距離と前記第2の表面からの厚み方向の距離とが等距離の面である中央面と、
を備えたSiC基板であって、
前記第1の表面及び前記第2の表面における結晶欠陥密度は、前記中央面における結晶欠陥密度よりも少ない、
ものである。
【0007】
このSiC基板では、第1の表面及び第2の表面における結晶欠陥密度は中央面における結晶欠陥密度よりも少ない。そのため、本発明のSiC基板は、第2の表面及び中央面における結晶欠陥密度が同等でそれよりも第1の表面における結晶欠陥密度が少ないSiC基板に比べて、反りが小さくなる。反り量は、特に限定するものではないが、例えば10μm以下であることが好ましい。
【0008】
本発明のSiC基板において、前記第1の表面及び前記第2の表面における結晶欠陥密度は、前記中央面における結晶欠陥密度に比べて1/100以下が好ましい。こうすれば、第1の表面及び第2の表面における結晶欠陥密度は十分小さいため、その表面に機能層を積層してデバイス(例えばSiC-MOSFETやSiC-SBDなど)を作製するのに適している。
【0009】
本発明のSiC基板において、前記第1の表面における結晶欠陥密度と前記第2の表面における結晶欠陥密度との差異は、10%未満が好ましい。こうすれば、SiC基板の反りがより小さくなる。
【0010】
本発明のSiC基板は、中央層と、前記中央層の一方の面に積層された第1の層と、前記中央層の他方の面に積層された第2の層と、を備え、前記第1の表面は、前記第1の層の表面であり、前記第2の表面は、前記第2の層の表面であり、前記中央面は、前記中央層の内部に含まれる面であってもよい。
【0011】
本発明のSiC基板の製法は、
(a)SiC種結晶基板の両面にSiC配向前駆体層を形成する工程と、
(b)両方の前記SiC配向前駆体層を同時に熱処理することにより、両方の前記SiC配向前駆体層内の結晶を前記SiC種結晶基板の結晶成長面から配向させながら成長させる工程と、
を含むものである。
【0012】
このSiC基板の製法は、上述したSiC基板を製造するのに適している。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】SiC基板10の縦断面図。
図2】SiC基板10の製造工程図。
図3】AD装置50の概念図。
図4】SiC基板10の反り量の測定方法に関する説明図。
図5】SiC基板10の反り量の測定方法に関する説明図。
図6】単結晶成長装置70の概念図。
図7】SiC基板80の製造工程図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の好適な実施形態を、図面を参照しながら以下に説明する。図1はSiC基板10の縦断面図(SiC基板10の中心軸を含む面でSiC基板10を切断したときの断面図)、図2はSiC基板10の製造工程図である。
【0015】
本実施形態のSiC基板10は、図1に示すように、中央層20と、第1層21と、第2層22とを備えている。
【0016】
中央層20は、SiC単結晶からなる層であり、両面に結晶成長面を有する。SiC単結晶のポリタイプやオフ角は特に限定されるものではないが、ポリタイプは4H又は6Hが好ましく、オフ角は単結晶SiCの[0001]軸から0.1~12°であることが好ましい。ポリタイプは4H、オフ角は単結晶SiCの[0001]軸から1~5°であることがより好ましい。
【0017】
第1層21は、中央層20の一方の結晶成長面上に設けられ、第2層22は、中央層20のもう一方の結晶成長面上に設けられている。第1層21及び第2層22は、2軸配向SiC層であり、SiCがc軸方向及びa軸方向の両方に配向している。第1層21及び第2層22は、中央層20を種結晶とするエピタキシャル成長層であることが好ましい。2軸配向SiC層は、c軸及びa軸の2軸方向に配向している限り、SiC単結晶であってもよいし、SiC多結晶であってもよいし、モザイク結晶であってもよい。モザイク結晶とは、明瞭な粒界は有しないが、結晶の配向方位がc軸及びa軸の一方又は両方がわずかに異なる結晶の集まりになっているものをいう。配向の評価方法は、特に限定されるものではないが、例えばEBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法やX線極点図などの公知の分析手法を用いることができる。例えば、EBSD法を用いる場合、2軸配向SiC層の表面(板面)又は板面と直交する断面の逆極点図マッピングを測定する。得られた逆極点図マッピングにおいて、(A)板面の略法線方向の特定方位(第1軸)に配向していること、(B)第1軸に直交する、略板面内方向の特定方位(第2軸)に配向していること、(C)第1軸からの傾斜角度が±10°以内に分布していること、(D)第2軸からの傾斜角度が±10°以内に分布していること、という4つの条件を満たすときに略法線方向と略板面方向の2軸に配向していると定義できる。言い換えると、上記4つの条件を満たしている場合に、c軸及びa軸の2軸に配向していると判断する。例えば板面の略法線方向がc軸に配向している場合、略板面内方向がc軸と直交する特定方位(例えばa軸)に配向していればよい。2軸配向SiC層は、略法線方向と略板面内方向の2軸に配向していればよいが、略法線方向がc軸に配向していることが好ましい。略法線方向及び/又は略板面内方向の傾斜角度分布は小さい方が2軸配向SiC層のモザイク性が小さくなり、ゼロに近づくほど単結晶に近くなる。このため、2軸配向SiC層の結晶性の観点では、傾斜角度分布は略法線方向、略板面方向共に小さいほうが好ましく、例えば±5°以下が好ましく、±3°以下がさらに好ましい。
【0018】
第1層21は、第1の表面21aを有する。第1の表面21aは、第1層21の外表面(中央層20と接している面とは反対側の面)である。第2層22は、第2の表面22aを有する。第2の表面22aは、第2層22の外表面(中央層20と接している面とは反対側の面)である。中央層20は、内部に中央面20aを有する。中央面20aは、第1の表面21aからの厚み方向の距離L1と第2の表面22aからの厚み方向の距離L2とが等距離(つまりL1=L2)の面である。第1の表面21a及び第2の表面22aにおける結晶欠陥密度は、中央面20aにおける結晶欠陥密度よりも少ない。SiC基板10は、第2の表面22a及び中央面20aにおける結晶欠陥密度が同等でそれよりも第1の表面21aにおける結晶欠陥密度が少ない比較用のSiC基板に比べて、反りが小さくなる。SiC基板10の反り量は、特に限定するものではないが、例えば10μm以下であることが好ましく、5μm以下であることがより好ましい。第1層21及び第2層22は、その内部及び/又は中央層20との界面で結晶欠陥が低減していることが好ましい。このようにすることで第1の表面21a及び第2の表面22aにおける結晶欠陥密度を中央面20aにおける結晶欠陥密度より低減させることができる。
【0019】
第1の表面21a及び第2の表面22aにおける結晶欠陥密度は、中央面20aにおける結晶欠陥密度に比べて1/100以下であることが好ましく、1/1000以下であることがより好ましい。1/100以下であれば、第1の表面21a及び第2の表面22aにおける結晶欠陥密度は十分小さいため、第1の表面21a又は第2の表面22aに機能層を積層してデバイスを作製するのに適している。1/1000以下であれば、更に適している。第1の表面21aにおける結晶欠陥密度と第2の表面22aにおける結晶欠陥密度との差異は、10%未満であることが好ましく、5%未満であることがより好ましい。
【0020】
第1の表面21a及び第2の表面22aにおける結晶欠陥密度は、典型的には103/cm2以下であり、好ましくは102/cm2以下、更に好ましくは101/cm2以下である。結晶欠陥密度は、公知のKOH融液エッチングを用いたエッチピット評価によって測定される。中央面20aにおける結晶欠陥密度は、第1の表面21a又は第2の表面22aから研削・研磨加工によって中央面20aを露出させた後に上記と同様の評価を行うことで算出することができる。本明細書では、欠陥とは、貫通らせん転位(TSD)や基底面転位(BPD)、マイクロパイプ(MP)を含むものとする。貫通とは、転位線が六方晶系の[0001]軸に略平行であることを意味する。基底とは、転位線が基底六方晶系(0001)面内にあることを意味する。マイクロパイプとは、3cを超えるバーガースベクトルを備えた中空コアTSDである。ここで、cは格子定数である。
【0021】
第1の表面21a及び/又は第2の表面22aのポリタイプやオフ角は特に限定されるものではないが、ポリタイプは4H又は6Hが好ましく、オフ角は単結晶SiCの(0001)軸から0.1~12°であることが好ましい。
【0022】
第1層21及び第2層22は同時に形成するのが好ましい。第1層21及び第2層22の一方の層のみを形成した場合、厚み方向で結晶欠陥密度の分布が生じるため、その時点で反りを生じる。反りが生じた状態でもう一方の層を形成しても、均質な膜が得られず、結晶欠陥密度が十分低減しないおそれがある。
【0023】
SiC基板10に厚み方向の導電性を付与する観点では、中央層20,第1層21及び第2層22は、抵抗率が低い層であることが好ましく、典型的には20mΩcm以下であることが好ましい。抵抗率が低い層としては、導電性を有する層、例えば窒素ドープされたn型SiCからなる層が好ましい。中央層20,第1層21及び第2層22として導電性を有する層を採用した場合、SiC基板10は、厚み方向に導電性を有するため縦型デバイス(例えばパワーデバイス)の基板として用いることができる。また、用途によっては、中央層20,第1層21及び第2層22をp型SiCとしてもよい。p型SiCとしては、例えばAl及び/又はBがドープされたp型SiCが好ましい。
【0024】
SiC基板10に厚み方向の絶縁性を付与する観点では、中央層20,第1層21及び第2層22は、抵抗率が高い層であることが好ましく、典型的には1×107Ωcm以上であることが好ましい。抵抗率が高い層としては、絶縁性を有する層、例えばドーピング元素が含まれていないSiC層やn型ドーパントとp型ドーパントが共に含まれるSiC層などが好ましい。中央層20,第1層21及び第2層22として絶縁性を有する層を採用した場合、SiC基板10は、絶縁性を有するため横型デバイス(例えばSiC基板上にGaN、AlGaN層などを成膜した高周波用パワーデバイス)の下地基板として用いることができる。
【0025】
次に、SiC基板10の製造方法について説明する。具体的には、(a)配向前駆体層の形成工程、(b)熱処理工程、(c)研削工程、を含む。第1及び第2配向前駆体層31,32は、後述の熱処理により2軸配向SiC層である第1層21及び第2層22となるものであり、ドーパントなどの成分を含んでいてもよい。以下、これらの工程を図2を用いて順に説明する。
【0026】
(a)配向前駆体層の形成工程(図2(a)参照)
配向前駆体層の形成工程では、最終的に中央層20になるSiC種結晶基板30(ここではSiC単結晶層)を用意し、そのSiC種結晶基板30の一方の結晶成長面に第1配向前駆体層31を形成し、他方の結晶成長面に第2配向前駆体層32を形成することにより、積層体33を得る。SiC単結晶層としては、4H又は6Hポリタイプを用いることが好ましい。また、SiC単結晶層の結晶成長面としては、SiC[0001]軸から0.1~12°のオフ角を有する面が好ましい。オフ角は1~5°であることがより好ましい。
【0027】
第1及び第2配向前駆体層31,32の形成方法は、公知の手法が採用可能である。第1及び第2配向前駆体層31,32の形成方法は、例えば、AD(エアロゾルデポジション)法、HPPD(超音速プラズマ粒子堆積法)法などの固相成膜法、スパッタリング法、蒸着法、昇華法、各種CVD(化学気相成長)法などの気相成膜法、溶液成長法などの液相成膜法が挙げられ、配向前駆体層を直接SiC単結晶基板上に形成する手法が使用可能である。CVD法としては、例えば熱CVD法、プラズマCVD法、ミストCVD法、MO(有機金属)CVD法などを用いることができる。また、第1及び第2配向前駆体層31,32として、予め昇華法や各種CVD法、焼結などで作製した多結晶体を使用し、SiC種結晶基板30上に載置する方法も用いることができる。あるいは、第1及び第2配向前駆体層31,32の成形体を予め作製し、この成形体をSiC種結晶基板30上に載置する手法であってもよい。このような第1及び第2配向前駆体層31,32は、テープ成形により作製されたテープ成形体でもよいし、一軸プレス等の加圧成形により作製された圧粉体でもよい。第1及び第2配向前駆体層31,32の形成方法としては、固相成膜法が好ましい。例えばSiC種結晶基板30の両面に固相成膜法で第1及び第2配向前駆体層31,32を順次形成した後に熱処理を施すことで、第1層21及び第2層22を同時に形成することができる。
【0028】
これらの第1及び第2配向前駆体層31,32には、電気特性を制御する成分を含んでいてもよい。例えば、n型の第1層21を形成する場合、第1配向前駆体層31中に窒素を含有してもよい。p型の第1層21を形成する場合、第1配向前駆体層31中にB及び/又はAlを含有してもよい。また、第1層21に絶縁性を付与するため、第1配向前駆体層31中に窒素に加えて、B及び/又はAlを含有してもよい。第2配向前駆体層32についても、同様である。
【0029】
なお、SiC種結晶基板30上に直接、第1及び第2配向前駆体層31,32を形成する手法において、各種CVD法や昇華法、溶液成長法などを用いる場合、後述する熱処理工程を経ることなくSiC種結晶基板30上にエピタキシャル成長を生じ、第1層21及び第2層22が成膜される場合がある。しかし、第1及び第2配向前駆体層31,32は、形成時には配向していない状態、即ち非晶質や無配向の多結晶の状態であり、後段の熱処理工程でSiC単結晶を種として配向させることが好ましい。このようにすることで、第1の表面21a及び第2の表面22aに到達する結晶欠陥を効果的に低減することができる。この理由は定かではないが、一旦成膜された固相の第1及び第2配向前駆体層31,32がSiC単結晶を種として結晶構造の再配列を生じることも結晶欠陥の消滅に効果があるのではないかと考えている。従って、各種CVD法や昇華法、溶液成長法などを用いる場合は、第1及び第2配向前駆体層31,32の形成工程においてエピタキシャル成長が生じない条件を選択することが好ましい。
【0030】
しかしながら、AD法、各種CVD法でSiC種結晶基板30上に直接、第1及び第2配向前駆体層31,32を形成する手法又は昇華法、各種CVD法、焼結で別途作製した多結晶体をSiC種結晶基板30上に載置する手法が好ましい。これらの方法を用いることで第1及び第2配向前駆体層31,32を比較的短時間で形成することが可能となる。AD法は高真空のプロセスを必要とせず、成膜速度も相対的に速いため、特に好ましい。第1及び第2配向前駆体層31,32として、予め作製した多結晶体を用いる手法では、多結晶体とSiC種結晶基板30の密着性を高めるため、多結晶体の表面を十分に平滑にしておくなどの工夫が必要である。このため、コスト的な観点では第1及び第2配向前駆体層31,32を直接形成する手法が好ましい。また、予め作製した成形体をSiC種結晶基板30上に載置する手法も簡易な手法として好ましいが、第1及び第2配向前駆体層31,32が粉末で構成されているため、後述する熱処理工程において焼結させるプロセスを必要とする。いずれの手法も公知の条件を用いることができるが、以下ではAD法又は熱CVD法によりSiC種結晶基板30上に直接、第1及び第2配向前駆体層31,32を形成する方法及び予め作製した成形体をSiC種結晶基板30上に載置する手法について述べる。
【0031】
AD法は、微粒子や微粒子原料をガスと混合してエアロゾル化し、このエアロゾルをノズルから高速噴射して基板に衝突させ、被膜を形成する技術であり、常温で被膜を形成できるという特徴を有している。このようなAD法で用いられる成膜装置(エアロゾルデポジション(AD)装置)の一例を図3に示す。図3に示されるAD装置50は、大気圧より低い気圧の雰囲気下で原料粉末を基板上に噴射するAD法に用いられる装置として構成されている。このAD装置50は、原料成分を含む原料粉末のエアロゾルを生成するエアロゾル生成部52と、原料粉末をSiC種結晶基板30に噴射して原料成分を含む膜を形成する成膜部60とを備えている。エアロゾル生成部52は、原料粉末を収容し図示しないガスボンベからのキャリアガスの供給を受けてエアロゾルを生成するエアロゾル生成室53と、生成したエアロゾルを成膜部60へ供給する原料供給管54と、エアロゾル生成室53及びその中のエアロゾルに10~100Hzの振動数で振動が付与する加振器55とを備えている。成膜部60は、SiC種結晶基板30にエアロゾルを噴射する成膜チャンバ62と、成膜チャンバ62の内部に配設されSiC種結晶基板30を固定する基板ホルダ64と、基板ホルダ64をX軸-Y軸方向に移動するX-Yステージ63とを備えている。また、成膜部60は、先端にスリット67が形成されエアロゾルをSiC種結晶基板30へ噴射する噴射ノズル66と、成膜チャンバ62を減圧する真空ポンプ68とを備えている。噴射ノズル66は、原料供給管54の先端に取り付けられている。まず、SiC種結晶基板30のうち基板ホルダ64に当接する面とは反対側の面に第1配向前駆体層31を成膜する。続いて、SiC種結晶基板30を基板ホルダ64から取り外し、SiC種結晶基板30のうち第1配向前駆体層31側を基板ホルダ64に当接させて固定する。そして、SiC種結晶基板30のもう一方の面に第2配向前駆体層32を成膜する。
【0032】
AD法は、成膜条件によって膜中に気孔を生じる場合や、膜が圧粉体となることが知られている。例えば、原料粉末の基板への衝突速度や原料粉末の粒径、エアロゾル中の原料粉末の凝集状態、単位時間当たりの噴射量などに影響を受けやすい。原料粉末の基板への衝突速度に関しては、成膜チャンバ62と噴射ノズル66内の差圧や、噴射ノズルの開口面積などに影響を受ける。このため、緻密な配向前駆体層中を得るには、これらのファクターを適切に制御することが必要である。
【0033】
熱CVD法では、成膜装置は市販のものなど公知のものを利用することができる。原料ガスは特に限定されるものではないが、Siの供給源としては四塩化ケイ素(SiCl4)ガスやシラン(SiH4)ガス、Cの供給源としてはメタン(CH4)ガスやプロパン(C38)ガス等を用いることができる。成膜温度は1000~2200℃が好ましく、1100~2000℃がさらに好ましく、1200~1900℃が好ましい。熱CVD法においても、まず、SiC種結晶基板30の一方の面に第1配向前駆体層31を成膜し、その後、SiC種結晶基板30のもう一方の面に第2配向前駆体層32を成膜する。
【0034】
熱CVD法を用いてSiC種結晶基板30上に成膜する場合、SiC種結晶基板30上にエピタキシャル成長を生じ、第1及び第2配向前駆体層31,32ではなく第1層21及び第2層22が形成される場合があることが知られている。しかし、第1及び第2配向前駆体層31,32は、その作製時には配向していない状態、即ち非晶質や無配向の多結晶であり、熱処理工程時にSiC単結晶を種結晶として結晶の再配列を生じさせることが好ましい。熱CVD法を用いてSiC単結晶上に非晶質や多結晶の層を形成するには、成膜温度やSi源、C源のガス流量及びそれらの比率、成膜圧力などが影響することが知られている。成膜温度の影響は大きく、非晶質又は多結晶層を形成する観点では成膜温度は低い方が好ましく、1700℃未満が好ましく、1500℃以下がさらに好ましく、1400℃以下が特に好ましい。しかし、成膜温度が低すぎると成膜レート自体も低下するため、成膜レートの観点では成膜温度は高い方が好ましい。
【0035】
第1及び第2配向前駆体層31,32として予め作製した成形体を用いる場合、第1及び第2配向前駆体31,32の原料粉末を成形して作製することができる。例えば、プレス成形を用いる場合、第1及び第2配向前駆体層31,32は、プレス成形体である。プレス成形体は、配向前駆体の原料粉末を公知の手法に基づきプレス成形することで作製可能であり、例えば、原料粉末を金型に入れ、好ましくは100~400kgf/cm2、より好ましくは150~300kgf/cm2の圧力でプレスすることにより作製すればよい。また、成形方法に特に限定はなく、プレス成形の他、テープ成形、押出し成形、鋳込み成形、ドクターブレード法及びこれらの任意の組合せを用いることができる。例えば、テープ成形を用いる場合、原料粉末にバインダー、可塑剤、分散剤、分散媒等の添加物を適宜加えてスラリー化し、このスラリーをスリット状の細い吐出口を通過させることにより、シート状に吐出及び成形するのが好ましい。シート状に成形した成形体の厚さに限定はないが、ハンドリングの観点では5~500μmであるのが好ましい。また、厚い配向前駆体層が必要な場合はこのシート成形体を多数枚積み重ねて、所望の厚さとして使用すればよい。これらの成形体(第1及び第2配向前駆体層31,32)をSiC種結晶基板30の表裏両面にそれぞれ配置したあと、後述する熱処理工程において熱処理することにより、成形体のうち中央層20の近くの部分が2軸配向SiC層(第1層21及び第2層22)となるものである。熱処理工程では、成形体が焼結し、多結晶体として中央層20と一体となる工程を経たのちに、2軸配向SiC層を形成することが好ましい。成形体が焼結した状態を経ない場合、SiC単結晶を種としたエピタキシャル成長が十分に生じない場合がある。このため、成形体はSiC原料の他に、焼結助剤等の添加物を含んでいてもよい。
【0036】
(b)熱処理工程(図2(b)参照)
熱処理工程では、SiC種結晶基板30の表裏両面に第1及び第2配向前駆体層31,32が積層又は載置された積層体33を熱処理することにより、2軸配向SiC層である第1層21及び第2層22を生成させる。つまり、第1及び第2配向前駆体層31,32を同時に熱処理する。これにより、熱処理体34を得る。熱処理方法は、中央層20を種としたエピタキシャル成長が生じるかぎり特に限定されず、管状炉やホットプレートなど、公知の熱処理炉で実施することができる。また、これらの常圧(プレスレス)での熱処理だけでなく、ホットプレスやHIPなどの加圧熱処理や、常圧熱処理と加圧熱処理の組み合わせも用いることができる。熱処理の雰囲気は真空、窒素、不活性ガス雰囲気から選択することができる。熱処理温度は、好ましくは1700~2700℃である。温度を高くすることで、中央層20を種結晶として第1及び第2配向前駆体層31,32がc軸及びa軸に配向しながら成長しやすくなる。したがって、温度は、好ましくは1700℃以上、より好ましくは1850℃以上、さらに好ましくは2000℃以上、特に好ましくは2200℃以上である。一方、温度が過度に高いと、SiCの一部が昇華により失われたり、SiCが塑性変形して反り等の不具合が生じたりする可能性がある。したがって、温度は、好ましくは2700℃以下、より好ましくは2500℃以下である。熱処理温度や保持時間はエピタキシャル成長で生じる2軸配向SiC層の厚みと関係しており、適宜調整できる。
【0037】
但し、第1及び第2配向前駆体層31,32として予め作製した成形体を用いる場合、熱処理中に焼結させる必要があり、高温での常圧焼成やホットプレスやHIP又はそれらの組み合わせが好適である。例えば、ホットプレスを用いる場合、面圧は50kgf/cm2以上が好ましく、より好ましくは100kgf/cm2以上、特に好ましくは200kgf/cm2以上が好ましく、特に上限はない。また、焼成温度も焼結とエピタキシャル成長が生じる限り、特に限定はない。1700℃以上が好ましく、1800℃以上がさらに好ましく、2000℃以上がさらに好ましく、2200℃以上が特に好ましい。焼成時の雰囲気は真空、窒素、不活性ガス雰囲気又は窒素と不活性ガスの混合ガスから選択することができる。原料となるSiC粉末は、α-SiC、β-SiCのいずれでもよい。SiC粉末は、好ましくは0.01~5μmの平均粒径を有するSiC粒子で構成される。なお、平均粒径は走査型電子顕微鏡にて粉末を観察し、1次粒子100個分の定方向最大径を計測した平均値を指す。
【0038】
熱処理工程では、第1及び第2配向前駆体層31,32内の結晶は中央層20の結晶成長面からc軸及びa軸に配向しながら成長していく。そのため、第1及び第2配向前駆体層31,32は、結晶成長面から徐々に2軸配向SiC層に変わっていく。生成した2軸配向SiC層の表面(第1層21のうち中央層20と反対側の面及び第2層22のうち中央層20と反対側の面)は、欠陥密度が1×101/cm2以下のものになる。このように欠陥密度が著しく低くなる理由は不明だが、結晶成長に伴う欠陥の屈曲やc軸と直交する方向に進展する積層欠陥への転換、欠陥同士の対消滅等が関係していると考えられる。また、2軸配向SiC層内の熱応力は欠陥が生じる一因になると考えられる。片面だけ結晶成長した場合、欠陥低減によって応力が生じ、応力に起因した欠陥が生じるおそれがある。第1及び第2配向前駆体層31,32を同時に結晶成長させることで応力に起因する欠陥を抑制することができると考えられる。
【0039】
(c)研削工程(図3(c)参照)
研削工程では、熱処理工程後に第1層21上に残った第1配向前駆体層31や第2層22上に残った第2配向前駆体層32を研削除去して、第1層21の表面や第2層22の表面を露出させ、露出した表面をダイヤモンド砥粒を用いて研磨加工し、更にCMP(化学機械研磨)仕上げを行う。こうすることにより、SiC基板10を得る。
【0040】
以上説明した本実施形態のSiC基板10では、第1の表面21a及び第2の表面22aにおける結晶欠陥密度は中央面20aにおける結晶欠陥密度よりも少ない。そのため、SiC基板10は、第2の表面22a及び中央面20aにおける結晶欠陥密度が同等でそれよりも第1の表面21aにおける結晶欠陥密度が少ない比較用のSiC基板に比べて、反りが小さくなる。反り量は、特に限定するものではないが、例えば10μm以下であることが好ましい。
【0041】
また、第1の表面21a及び第2の表面22aにおける結晶欠陥密度は、中央面20aにおける結晶欠陥密度に比べて1/100以下であることが好ましい。こうすれば、第1の表面21a及び第2の表面22aにおける結晶欠陥密度は十分小さいため、その表面21a,22aに機能層を積層してデバイスを作製するのに適している。
【0042】
更に、第1の表面21aにおける結晶欠陥密度と第2の表面22aにおける結晶欠陥密度との差異は、10%未満であることが好ましい。こうすれば、SiC基板10の反りがより小さくなる。
【0043】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【実施例
【0044】
以下に、本発明の実施例について説明する。以下の実験例1が本発明の実施例、実験例2が比較例に相当する。なお、以下の実施例は本発明を何ら限定するものではない。
【0045】
[実験例1]
1.SiC基板の作製
(1)配向前駆体層の形成工程
SiC種結晶基板30として、市販のSiC単結晶基板(n型4H-SiC、直径50.8mm(2インチ)、(0001)面、オフ角4°、厚み350μm、オリフラなし)を準備し、Si面、C面共に鏡面仕上げとした。原料粉体として市販の微細β-SiC粉末(体積基準D50:0.7μm)を用いて図3に示すAD装置50により上記のSiC種結晶基板30のSi面、C面上にAD膜(第1及び第2配向前駆体層31,32)を形成した。これにより、積層体33を得た。
【0046】
AD成膜条件は以下のとおりとした。まずキャリアガスはN2とし、長辺5mm×短辺0.4mmのスリットが形成されたセラミックス製のノズルを用いて成膜した。ノズルのスキャン条件は、0.5mm/sのスキャン速度で、スリットの長辺に対して垂直且つ進む方向に55mm移動、スリットの長辺方向に5mm移動、スリットの長辺に対して垂直且つ戻る方向に55mm移動、スリットの長辺方向且つ初期位置とは反対方向に5mm移動、とのスキャンを繰り返し、スリットの長辺方向に初期位置から55mm移動した時点で、それまでとは逆方向にスキャンを行い、初期位置まで戻るサイクルを1サイクルとし、これを900サイクル繰り返した。このような方法を用いてまずSi面上にAD膜(第1配向前駆体層31)を形成し、その後C面上に同じ条件にてAD膜(第2配向前駆体層32)を形成した。AD膜の厚みはSi、C面共に90μmであった。
【0047】
(2)熱処理工程
積層体33をAD装置50から取り出し、アルゴン雰囲気中で2450℃にて5時間アニールした。すなわち、第1及び第2配向前駆体層31,32の両方を同時に熱処理し、試料を得た。
【0048】
(3)結晶成長層の評価
1.(1)、(2)と同様の方法で別途作製した試料を準備し、板面と直交する方向で試料の中心部を通るように切断した。切断した試料に対してダイヤモンド砥粒を用いたラップ加工にて断面を平滑化し、コロイダルシリカを用いた化学機械研磨(CMP)により鏡面仕上げとした。得られた断面を走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ製、SU-5000)にて撮影した。研磨後の断面の反射電子像のチャネリングコントラストにより結晶成長層を評価したが、Si面側のAD膜及びC面側のAD膜の両方共に多結晶部はほとんど認められず、形成したAD膜のほぼ全域にわたって結晶成長し、Si面側、C面側共に厚み90μmの2軸配向SiC層を形成していることが分かった。つまり、(1)、(2)で作製した試料は、積層体33の第1及び第2配向前駆体層31,32のうちSiC種結晶基板30とは反対側の表面付近の領域以外はすべて2軸配向SiC層(第1層21及び第2層22)になった熱処理体34であることが分かった。以下ではSi面の結晶成長層を第1層21、C面の結晶成長層を第2層22、SiC種結晶基板30を中央層20と呼称する。
【0049】
(4)研削及び研磨工程
1.(1)、(2)で作製した試料に対し、第1層21側を上面とし、第2層22側を金属の定盤に固定し、砥石を用いて#1200まで研削して第1層21の表面を露出させて平坦にした。次いで、ダイヤモンド砥粒を用いたラップ加工により、第1層21の表面を平滑化した。その後、コロイダルシリカを用いた化学機械研磨(CMP)により鏡面仕上げとした。トータルの研削・研磨量は20μmとなるように加工し、加工後の算術平均粗さRaは0.1nmとした。この鏡面仕上げ面が第1の表面21aに相当する。次いで金属定盤から外し、第2層22側を上面とし、保護した第1層21を金属の定盤に固定し、第1層21側と同様の方法で第2層22側を研削、研磨し、鏡面仕上げとした。トータルの研削・研磨量は20μmとなるように加工し、加工後の算術平均粗さRaは0.1nmとした。この鏡面仕上げ面が第2の表面22aに相当する。こうすることにより、SiC基板10を得た。(3)で観察した結晶成長層の厚み(90μm)とトータルの加工量(20μm)から、SiC基板10の第1層21及び第2層22の厚みは共に70μmと計算された。また、中央層20の厚みは350μmであるため、第1の表面21aから中央面20aまでの距離L1と第2の表面22aから中央面20aまでの距離L2は共に245μmになる。
【0050】
2.評価
(1)第1層、第2層の結晶方位
1.で作製したSiC基板10に対し、板面と直交する方向で基板の中心部を通るように切断した。切断した試料に対してダイヤモンド砥粒を用いたラップ加工にて断面を平滑化し、コロイダルシリカを用いた化学機械研磨(CMP)により鏡面仕上げとした。次にEBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法を用いて、第1層、第2層及び中央層の逆極点図マッピングを実施した。具体的にはEBSD(オックスフォード・インストゥルメンツ社製Nordlys Nano)を取り付けた走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、SU-5000)を用いて、第1層21、第2層22及び中央層20の逆極点図方位マッピングをそれぞれ50μm×100 μmの視野で以下の諸条件にて実施した。
<EBSD測定条件>
・加速電圧:15kv
・スポット強度:70
・ワーキングディスタンス:22.5mm
・ステップサイズ:0.5μm
・試料傾斜角:70°
・測定プログラム: Aztec (version 3.3)
【0051】
逆極点図方位マップより、第1層21及び第2層22は表面法線方向、板面方向共に中央層20と同じ方位に配向していることが示された。また、その傾斜角度分布は略法線方向、略板面方向ともに±0.5°以下であり、第1層21及び第2層22は共に2軸配向SiC層であることが確認された。
【0052】
(2)結晶欠陥密度評価
(2-1)第1層(厚み:70μm)
1.と同様の方法で別途作製したSiC基板10の第1層21の表面(第1の表面21a)における結晶欠陥密度を以下の方法で評価した。第1層21に対して1.(4)と同様の方法を用いてトータルの研削・研磨量が30μmとなるように加工し、鏡面仕上げとした。加工後の算術平均粗さRaは0.1nmとした。ニッケル製のるつぼに、加工後のSiC基板をKOH結晶と共に入れ、500℃で10分間、電気炉でエッチング処理を行った。エッチング処理後の評価サンプルを洗浄し、光学顕微鏡にて観察し、ピットの数を数えた。具体的には、評価サンプル表面の任意の箇所の部位について、縦2.3mm×横3.6mmの視野を倍率50倍で100枚分撮影してピットの総数を数え、数えたピットの総数をトータル面積である8.05cm2で除することにより結晶欠陥密度を算出した。その結果、第1層21の鏡面仕上げ面における結晶欠陥密度は、9.7×100/cm2であった。第1層21は、中央層20から離れるほど結晶欠陥密度が低くなることがわかっているため、第1の表面21aにおける結晶欠陥密度は、9.7×100/cm2以下である。
【0053】
(2-2)中央層(厚み:350μm)
1.と同様の方法で別途作製したSiC基板10を準備し、第1の表面21aから1.(4)と同様の方法を用いてトータルの研削・研磨量は245μmとなるように加工し、鏡面仕上げとした。加工後の算術平均粗さRaは0.1nmとした。加工によって第1層21は除去され、中央層20のうち第1の表面21aと第2の表面22aから等距離にある面(中央面20a)が露出した。中央面20aに対して、(2-1)と同様の方法で結晶欠陥密度評価を実施した。その結果、中央面20aにおける結晶欠陥密度は2.0×104/cm2であった。
【0054】
(2-3)第2層(厚み:70μm)
1.と同様の方法で別途作製したSiC基板10を準備し、第1の表面21aから1.(4)と同様の方法を用いてトータルの研削・研磨量は460μmとなるように加工し、鏡面仕上げとした。加工後の算術平均粗さRaは0.1nmとした。加工によって第1層21及び中央層20は除去され、第2層22の内部が露出した表面となった。第2層22の新たに露出した面に対して、(2-1)と同様の方法で結晶欠陥密度評価を実施した。その結果、第2層22の新たに露出した面における結晶欠陥密度は1.0×101/cm2であった。第2層22も、中央層20から離れるほど結晶欠陥密度が低くなることがわかっているため、第2の表面22aにおける結晶欠陥密度は、1.0×101/cm2以下であり、第2の表面22aにおける結晶欠陥密度との差異は10%未満であると推測された。
【0055】
(2-4)結論
以上の結果より、第1の表面21a及び第2の表面22aにおける結晶欠陥密度は、中央面20aにおける結晶欠陥密度の1/100倍以下(1/1000倍以下)であり、第1の表面21a及び第2の表面22aにおける結晶欠陥密度の差異は10%未満であることが示された。
【0056】
(3)反り評価
1.と同様の方法で別途作製したSiC基板10の反り量について、高精度レーザ測定器(株式会社キーエンス製 LT-9010M)を用いて評価した。まず、第1の表面21aについて、以下の方法で反り量を評価した。図4に示すように、1.で作製したSiC基板10を平面視したときの板面の中心点Gを通り互いに直交する2つの直線X,Yを引き、直線X上で点Gからそれぞれ20mm離れた2点A,Bと直線Y上で点Gからそれぞれ20mm離れた2点C,Dとを定めた。続いて、図5に示すように、第1の表面21aにおける点Aと点Bとの間の曲線AB上の任意の点のうち、線分ABまでの距離が最長となる点Pを定めた。そして、線分ABと点Pとの距離を反り量αとした。また、図示しないが、図5と同様に、第1の表面21aにおける点Cと点Dとの間の曲線CD上の任意の点のうち、線分CDまでの距離が最長となる点Rを定め、線分CDと点Rとの距離を反り量βとした。これらの反り量α,βのうち反りが大きい方を第1の表面21aの反り量とした。同様の方法を用いて第2の表面22aも反り量を評価し、第1の表面21aの反り量と第2の表面22aの反り量のうち絶対値が大きい方をSiC基板10の反り量と定義した。その結果、1.で作製したSiC基板10の反り量は10μm以下であった。
【0057】
[実験例2]
1.SiC基板の作製
(1)結晶成長層の形成工程
下地基板として市販のSiC単結晶基板(n型4H-SiC、直径50.8mm(2インチ)、(0001)面、オフ角4°、厚み350μm、オリフラなし)を準備し、Si面、C面共に鏡面仕上げとした。高周波加熱グラファイトホットゾーン炉を具備した単結晶成長装置を用いて溶液引き上げ(TSSG:Top Seeded Solution Growth)法によりSiC単結晶基板のSi面上に結晶成長させた。単結晶成長装置70の概念図を図6に示す。なお、単結晶成長装置70は図示しないチャンバー内に設置される。単結晶成長装置70は、カーボン製坩堝72と、加熱用コイル導線73(図略の電源と接続)と、SiC溶液74と、坩堝を回転させる駆動装置76と、試料保持用棒77と、試料保持用棒77を上下に駆動させる駆動装置75とからなる。本装置70は坩堝72に巻き付けられた加熱用コイル導線73で加熱されるが、加熱方式は誘導加熱式ヒーターである。カーボン製坩堝72は上部が開口した有底の略円筒状である。
【0058】
具体的には、試料保持用棒77の先端部に上述した市販のSiC単結晶基板90がSi面をSiC溶液74に露出するように設置した。そして、カーボン製坩堝72中でSi原料を加熱用コイル導線73等で構成される誘導加熱式ヒーターにより加熱することでSi融液を形成し、カーボン製坩堝72に含まれるCをSi融液中に溶出させてSiC溶液74を得た。単結晶成長装置70の設定温度は1680℃とした。カーボン製坩堝72中には図6で上下方向(カーボン製坩堝72の液面-底面方向)に温度勾配が形成された。温度勾配は34℃/cmであった。カーボン製坩堝72中に収容されているSiC溶液74は、導線73の近傍に位置しかつカーボン製坩堝72の内壁面に隣接する部分において最も高温であった。カーボン製坩堝72の中心部に近づき、坩堝内壁面より離れる程、及びカーボン製坩堝72の軸方向すなわち図6の上下方向に導線73から離れる程、SiC溶液74の温度は低くなった。このようにカーボン製坩堝72中のSiC溶液74に温度勾配を形成した状態で、チャンバー内部に高純度のアルゴンガスを供給しつつ、SiC単結晶基板90を保持した試料保持用棒77をカーボン製坩堝72中に挿入した。前述したようにSiC単結晶基板90はSi面がSiC溶液74に対面するように試料保持用棒77の先端に取り付け、駆動装置75により試料保持用棒77をカーボン製坩堝72の内部に向けて進行させ、SiC単結晶基板90をSiC溶液4に浸漬した。SiC溶液74が温度の低いSiC単結晶基板90付近で冷却されることで、SiC単結晶基板90のSi面にSiC結晶が成長した。なお、結晶成長は加速るつぼ回転法(accelerated crucible rotation technique)に基づいて行った。具体的には、結晶成長中は駆動装置76によってカーボン製坩堝72を回転させ、カーボン製坩堝72とSiC単結晶基板90とを相対的に逆方向に回転させるとともに、回転方向を交互に切り換えた。このときの回転速度(最高速度)は約20rpmであった。結晶成長開始(つまりSiC単結晶基板90とSiC溶液74との接触開始後)から4時間後、駆動装置75により試料保持用棒77を上方に移動させ、Si面に結晶成長したSiC単結晶基板90をSiC溶液74から引き上げた。引き上げたSiC単結晶基板90は、HNO3とHFの混液(HNO3:HF=2:1)で洗浄した。以上の工程により、図7(a)に示すように、SiC単結晶基板90のSi面のみに結晶成長層93を有する試料83を得た。
【0059】
(2)結晶成長層の評価
1.(1)と同様の方法で別途作製した試料83を準備し、板面と直交する方向で試料83の中心部を通るように切断した。切断した試料に対してダイヤモンド砥粒を用いたラップ加工にて断面を平滑化し、コロイダルシリカを用いた化学機械研磨(CMP)により鏡面仕上げとした。得られた断面を走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ製、SU-5000)にて撮影した。研磨後の断面の反射電子像のチャネリングコントラストにより結晶成長した厚みを評価したが、多結晶部は認められず、試料83の総厚みが440μmとなっていた。下地として使用したSiC単結晶基板90の厚み350μmから勘案すると、結晶成長層93は90μmであり、2軸配向層を形成していることが分かった。
【0060】
(3)研削及び研磨
1.(1)で作製した試料83に対し、結晶成長層93を上面とし、SiC単結晶基板90のC面側を金属の定盤に固定し、砥石を用いて#1200まで研削して結晶成長層93の表面を平坦にした。次いで、ダイヤモンド砥粒を用いたラップ加工により、結晶成長層93の表面を平滑化した。その後、コロイダルシリカを用いた化学機械研磨(CMP)により鏡面仕上げとした。トータルの研削・研磨量は20μmとなるように加工し、加工後の算術平均粗さRaは0.1nmとした。鏡面仕上げ後の試料83が、SiC単結晶基板90のSi面のみに結晶成長層91を有するSiC基板80(図7(b)参照)である。(2)で観察した結晶成長層93の厚み(90μm)とトータルの加工量(20μm)から、結晶成長層91の厚みは70μmと計算された。
【0061】
2.評価
(1)結晶成長層の結晶方位
1.で作製したSiC基板80に対し、板面と直交する方向で基板の中心部を通るように切断した。切断した試料に対してダイヤモンド砥粒を用いたラップ加工にて断面を平滑化し、コロイダルシリカを用いた化学機械研磨(CMP)により鏡面仕上げとした。実験例1の2(1)と同様の方法を用いて結晶成長層91及びSiC単結晶基板90の逆極点図マッピングを実施した。逆極点図方位マップより、結晶成長層91は表面法線方向、板面方向共にSiC単結晶基板90と同じ方位に配向していることが示された。また、その傾斜角度分布は略法線方向、略板面方向ともに±0.5 °以下であり、結晶成長層91は2軸配向SiC層であることが確認された。
【0062】
(2)結晶欠陥密度評価
(2-1)結晶成長層(厚み:70μm)
1.と同様の方法で別途作製したSiC基板80の結晶成長層91の表面91aにおける結晶欠陥密度を評価した。表面91aに対して1.(3)と同様の方法を用いてトータルの研削・研磨量は30μmとなるように加工し、鏡面仕上げとした。加工後の算術平均粗さRaは0.1nmとした。ニッケル製のるつぼに、加工後のSiC基板80をKOH結晶と共に入れ、500℃で10分間、電気炉でエッチング処理を行った。エッチング処理後の評価サンプルを洗浄し、光学顕微鏡にて観察し、ピットの数を数えた。具体的には、評価サンプル表面の任意の箇所の部位について、縦2.3mm×横3.6mmの視野を倍率50倍で100枚分撮影してピットの総数を数え、数えたピットの総数をトータル面積である8.05cm2で除することにより結晶欠陥密度を算出した。その結果、結晶成長層91の鏡面仕上げ面における結晶欠陥密度は、1.6×101/cm2であった。結晶成長層91は、SiC単結晶基板90から離れるほど結晶欠陥密度が低くなることがわかっているため、表面91aにおける結晶欠陥密度は、1.6×101/cm2以下である。
【0063】
(2-2)SiC単結晶基板(厚み:350μm)
1.と同様の方法で別途作製したSiC基板80を準備し、結晶成長層91の表面91aから1.(3)と同様の方法を用いてトータルの研削・研磨量は245μmとなるように加工し、鏡面仕上げとした。加工後の算術平均粗さRaは0.1nmとした。加工によって結晶成長層91は除去され、SiC単結晶基板90の中心部にある面(中央面90a)が露出した表面となった。中央面90aに対して、(2-1)と同様の方法で結晶欠陥密度評価を実施した。その結果、中央面90aにおける結晶欠陥密度は2.0×104/cm2であった。なお、結晶成長層91の表面91aからトータルの研削・研磨量は390μmとなるように加工し、鏡面仕上げとした試料における結晶欠陥密度も同様に評価したが、2.0×104/cm2と中央面90aと変わらないことが分かった。このことから、SiC単結晶基板90のうち結晶成長層91が形成されていない露出面90b(図7(b)参照)における結晶欠陥密度も2.0×104/cm2と同程度であると推測された。
【0064】
(2-3)結論
以上の結果より、SiC基板80の一方の面(結晶成長層91の表面91a)における結晶欠陥密度は、SiC単結晶基板の中央面90aにおける結晶欠陥密度に比べて著しく低かった。しかし、SiC基板80のもう一方の面(SiC単結晶基板90の露出面90b)における結晶欠陥密度は、SiC単結晶基板の中央面90aにおける結晶欠陥密度と同程度であった。
【0065】
(3)反り評価
1.と同様の方法で別途作製したSiC基板80の一方の面(結晶成長層91の表面91a)と他方の面(SiC単結晶基板90のうち結晶成長層91が形成されていない露出面90b)の反り量について、実験例1と同様の方法について評価した。その結果、1.で作製したSiC基板80の反り量は62μmに達した。以上の結果より、SiC基板80は一方の面と他方の面との結晶欠陥密度の差が大きかったため、反り量が大きくなることが示された。
【0066】
本出願は、2019年11月20日に出願された日本国特許出願第2019-209518号を優先権主張の基礎としており、引用によりその内容の全てが本明細書に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明のSiC基板は、例えば半導体材料として利用可能である。
【符号の説明】
【0068】
10 SiC基板、20 中央層、20a 中央面、21 第1層、21a 第1の表面、22 第2層、22a 第2の表面、30 SiC種結晶基板、31 第1配向前駆体層、32 第2配向前駆体層、33 積層体、34 熱処理体、50 AD装置、52 エアロゾル生成部、53 エアロゾル生成室、54 原料供給管、55 加振器、60 成膜部、62 成膜チャンバ、63 X-Yステージ、64 基板ホルダ、66 噴射ノズル、67 スリット、68 真空ポンプ、70 単結晶成長装置、72 カーボン製坩堝、73 加熱用コイル導線、74 SiC溶液、75 駆動装置、76 駆動装置、77 試料保持用棒、80 SiC基板、83 試料、90 SiC単結晶基板、90a 中央面、90b 露出面、91 結晶成長層、91a 表面、93 結晶成長層。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7