(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-03
(45)【発行日】2025-02-12
(54)【発明の名称】デキストランで被覆された組成物を含む食品物性改良剤
(51)【国際特許分類】
A21D 2/18 20060101AFI20250204BHJP
A23L 19/00 20160101ALI20250204BHJP
A21D 13/00 20170101ALI20250204BHJP
A23L 25/00 20160101ALI20250204BHJP
A23L 29/00 20160101ALI20250204BHJP
【FI】
A21D2/18
A23L19/00 Z
A21D13/00
A23L25/00
A23L29/00
(21)【出願番号】P 2022514946
(86)(22)【出願日】2020-04-16
(86)【国際出願番号】 JP2020016710
(87)【国際公開番号】W WO2021210126
(87)【国際公開日】2021-10-21
【審査請求日】2023-03-17
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山田 彬史
(72)【発明者】
【氏名】南波 円香
(72)【発明者】
【氏名】成島 典子
(72)【発明者】
【氏名】藤本 章人
(72)【発明者】
【氏名】栗原 秀幸
【審査官】中島 芳人
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-029047(JP,A)
【文献】特開2015-144592(JP,A)
【文献】特開2004-003991(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0098920(US,A1)
【文献】国際公開第2014/010548(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/026844(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D 2/
A23L 7/
A23L 19/
A23L 29/
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/FSTA/WPIDS/Agricola(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程1または2により得られる、分子量7000Da以下のデキストランによって外周部の一部または全部が被覆されてなる食品粒子と分子量15万Da以上のデキストランを含有する
穀粉から得られる加熱加工食品
用物性改良剤;
工程1 デキストラン生成乳酸菌をデキストラン生成培地に加えた後に培地中に含まれる食品粒子が沈殿しない回転数で撹拌培養する工程
工程2 酵素または酸加水分解によりデキストランを分解し高分子のデキストランから低分子のデキストランが生成されている条件下で撹拌操作を加える工程。
【請求項2】
前記食品粒子が、穀粉、種子粉、野菜粉のうちいずれか1つ以上である上記請求項1記載の
穀粉から得られる加熱加工食品
用物性改良剤。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載の食品物性改良剤を含有してなる
穀粉から得られる加熱加工食品用生地組成物。
【請求項4】
請求項3記載の組成物を焼成して得られる
穀粉から得られる加熱加工食品。
【請求項5】
請求項1または2に記載
の物性改良剤を0.5~20重量%含有させることを特徴とする、
穀粉から得られる焼成食品の物性改良方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、デキストランで食品粒子を被覆した組成物とそれを含む食品物性改良剤に関する。
【背景技術】
【0002】
デキストランは乳酸菌が生成する菌体外多糖の一種であり、グルコースがα-1,6結合で連なったホモ多糖である。精製品は純度や分子量の違いによって医療、工業製品、化粧品、食品等の分野で利用されている。食品分野では、日本の食品衛生法において既存食品添加物の増粘多糖類として分類される。食品衛生法によれば、デキストランは、製造に使用できる乳酸菌が、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)とストレプトコッカス・イキュイナス(Streptococcus equinus)に限られている。しかしながら、デキストランを生成する乳酸菌(以下、デキストラン生成菌と略記)は前記の菌種だけでなく、様々な発酵食品から単離され、ワイセラ・コンフゥサ(Weissella confusa)やロイコノストック・ラクティス(Leuconostoc lactis)等が知られている(非特許文献1) 。デキストランの分子構造はα-1,6結合で構成される直鎖構造以外に、α-1,2、α-1,3、α-1,4結合といった分岐も含み、様々なパターンが存在するが、いずれも分子の外側に向けられた-OH基で水と結合して保水性を示す。そのため食品業界においては、分子量が大きければ大きいほど、食品に添加したときの保水効果が高いと報告されている(非特許文献2、特許文献1)。デキストランの分子量について、高分子と低分子の明確な使い分けや定義はないが、多くの先行文献を比較すると、分子量が105Da以上から高分子として扱われ、104Da以下から低分子として扱われる傾向がある。
【0003】
例えば、特許文献1では、高分子デキストランは低分子デキストランよりもパンのソフト性、しっとりさ、老化抑制に効果的であることを開示している。同様に、非特許文献2でも分子量2000kDa(200万Da)の高分子デキストランを含む発酵種は、上記特許文献1と同様の添加効果を示すことを開示している。一方で、特許文献2では分子量20万Daを超える高分子デキストランは、パンに添加するとソフト性を向上させる一方で、もっちりした食感を強くして、歯切れを悪くし、パン生地の物性に悪影響を及ぼすことも指摘している。
【0004】
特許文献2では、発酵種はパンのやわらかさ、しっとりさ、口溶けをより向上させながらも、製パン性には影響しないことが求められている。そのため、デキストランを主要成分とする製品の場合にも、パンの歯切れの向上やパン生地の作業性の向上が課題として残されている。また、前記の発酵種は多くの場合、性状が液体ないしは半流動体であり、静置保存しておくと固液分離してしまうこと多い。発酵種に含まれる分子量の大きいデキストランと小麦粉等の基質が沈殿するためであり、一度分離した発酵種等の製品は、使用前に転倒混和しても完全に混ざりにい。固液分離した発酵種を十分に混和しないで用いると、最終製品のパンにロット差を発生させる可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第2119871号公報
【文献】特許第6282875号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Pepe, O., Ventorino, V., Cavella, S., Fagnano, M., Brugno, R., : Prebiotic content of bread prepared with flour from immature wheat grain and selected dextran-producing lactic acid bacteria. Applied Environmental Microbiology.,2013 Jun;79(12):3779-3785.
【文献】Zhang, Y., Guo, L., Xu, D., Li, D., Yang, N., Chen, F., Jin, Z., Xu, : Effects of dextran with different molecular weights on the quality of wheat sourdough breads., Food Chemistry., 2018 Aug 1;256:373-379
【文献】小崎 道雄、内村 泰、岡田 早苗, 「乳酸菌実験マニュアル―分離から同定まで―」, 株式会社朝倉書店, 1992年
【文献】原田 篤也、三崎 旭, 「総合多糖類科学(下)」, 株式会社 講談社, 1974年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、製パン性に影響せず、高分子デキストランと同等以上の物性改良効果を持ち、かつ長期保存しても固液分離せず均一性を有する食品物性改良剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題の解決につき鋭意研究を重ねた結果、分子量7000Da以下のデキストランにより外周部が被覆された食品粒子と分子量15万Da以上のデキストランとを併用することにより、前記課題の解決が可能であることを見出した。
【0009】
すなわち本発明は、
(1)分子量7000Da以下のデキストランによって外周部の一部または全部が被覆されてなる食品粒子。
(2)分子量15万Da以上のデキストランおよび(1)に記載の食品粒子を含有する食品物性改良剤。
(3)前記食品粒子が、穀粉、種子粉、野菜粉のうちいずれか1つ以上である上記(2)記載の食品物性改良剤。
(4)(2)または(3)の食品物性改良剤を含有してなる加熱加工食品用生地組成物。
(5)(4)記載の組成物を焼成して得られる加熱加工食品。
(6)(2)または(3)に記載の食品物性改良剤を0.5~20重量%含有させることを特徴とする、加熱加工食品の物性改良方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の食品物性改良剤中のデキストランが水と結合することにより、食品の保水性を高めて物性を改良することが出来る。例えば、加熱加工食品であるパンの場合には、保水性の高いデキストランが加わることにより、パンのやわらかさ、しっとりさ、口溶けの向上、澱粉の老化を抑制するなどの物性改良が可能である。また、当該食品物性改良剤は長時間静置保存しても高分子デキストランや食品粒子の沈殿が生じにくい、すなわち固液分離しにくいため、使用前に転倒混和しなくても均一な状態で使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施区1に含まれるデキストランの低分子量領域における分子量分布
【
図2】比較区1に含まれるデキストランの低分子量領域における分子量分布
【
図3】実施区1に含まれるデキストランの高分子量領域における分子量分布
【
図4】比較区1に含まれるデキストランの高分子量領域における分子量分布
【
図5】顕微ラマン分光装置による実施区1に含まれるデンプン粒
【
図6】顕微ラマン分光装置による実施区1に含まれるデンプン粒を被覆する低分子デキストラン
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明における食品物性改良剤は、分子量7000Da以下のデキストランによって外周部の一部または全部が被覆された食品粒子および分子量15万Da以上のデキストランを含有する組成物である。食品物性改良剤に含まれるデキストランの分子量が7000Daより大きく15万Da未満の場合には、食品に添加したときの物性改良効果が小さくなったり、当該剤を保存したときに固液分離する可能性が高くなるため、分子量は7000Da以下と15万Da以上に分布することが好ましい。
なお、本発明に用いられるデキストランは、分子量が上記数値範囲内である以外は、公知のデキストランと変わるところはない。具体的には、グルコースを構成糖とし、α-1,6結合による主鎖と、一部、α-1,2結合やα-1,3結合、α-1,4結合を有し、分岐した構造を有する多糖類であって良い。
本発明において、デキストランの分子量は平均分子量で表され、ピークトップ分子量(Mp)により算出した値が用いられる。
【0013】
本発明に用いられるデキストランは、市販の精製デキストラン、発酵法または酵素法または酸加水分解法により調製されたデキストラン等、由来や調製方法はいずれでもよい。発酵法によるデキストランとしては、乳酸菌が生成するデキストランスクラーゼによりスクロースを前駆体として生成させたものや、グルコノバクター属細菌が生成するデキストリンデキストラナーゼにより澱粉部分加水分解物を前駆体として生成させたもの等が挙げられる。
【0014】
乳酸菌にデキストランを生成させる場合、該乳酸菌(以下、デキストラン生成乳酸菌ともいう。)としては、菌体外でスクロースからデキストランを生成する乳酸菌であることが望ましく、例えばストレプトコッカス(Streptococcus)属、ロイコノストック(Leuconostoc)属、ワイセラ(Weissella)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属を挙げることができる。デキストラン生成乳酸菌は、市販の乳酸菌スターターを使用しても良いし、菌株保存機関から入手し、使用しても良いし、様々な発酵食品から単離して使用してもよい。デキストラン生成乳酸菌を発酵食品から単離する場合は、乳酸菌用の選択培地と非特許文献3に記載されるスクロース培地を用いてスクリーニングする。
【0015】
本発明における分子量7000Da以下のデキストランによって外周部の一部または全部が被覆されてなる食品粒子(以下、本発明のデキストラン被覆物ともいう。)とは、食品素材に含まれる粒状構造体を芯材として、当該芯材の外周部の一部または全部を分子量7000Da以下のデキストランで被覆した構造を持つ物の単体もしくは該単体の複数体またはこれらの含有物をいう。
芯材として用いられる食品素材は、穀粉または種子粉または野菜粉またはこれらの食品素材より派生する澱粉またはグルテンまたはグリアジンまたはグルテニンから選択される1種以上であることが望ましい。後述の、デキストラン生成乳酸菌にデキストランを生成させる場合には、前記芯材は、デキストラン生成乳酸菌が発酵基質として資化可能な食品素材を選択すると良い。
【0016】
芯材として用いられる穀粉としては、穀物の胚乳または当該胚乳を胚芽や表皮を付けた状態で挽いて調製される粉を用いることができる。穀物としては、小麦、米(うるち米、もち米)、大麦、ライ麦、とうもろこし、あわ、ひえ、及び、はと麦等を挙げることができ、穀物粉としては、小麦粉(例えば、強力粉、準強力粉、中力粉、薄力粉、全粒粉など)、米粉(上新粉、上用粉、もち粉、白玉粉、玄米粉など)、大麦粉、ライ麦粉(ライ麦全粒粉または皮むきライ麦の細引き、中引き、粗挽き、石臼引き)、とうもろこし粉、あわ粉、ひえ粉、はと麦粉等を用いることが出来る。
【0017】
芯材として用いられる種子粉としては、澱粉質を含む穀物以外の植物種子、当該植物種子の胚乳または当該胚乳を胚芽や表皮を付けた状態で挽いて調製される粉を用いることができる。植物種子としては、例えば大豆及びそばの種子を挙げることができ、これらの種子の胚乳または当該胚乳を胚芽や表皮を付けた状態で挽いて調製される粉(種子粉)としては、大豆粉及びそば粉等を例示することができる。
【0018】
芯材として用いられる野菜粉としては、澱粉質を含む野菜、それを粉状にしたものを用いることができる。澱粉質を含む野菜としては、馬鈴薯や甘藷などの芋類やワラビ等の野菜を例示することができ、かかる野菜を粉状にしたもの(野菜粉)としては、例えば、粉末ポテトやワラビ粉等を例示することができる。
【0019】
芯材として用いられる澱粉としては、上記の穀物、澱粉質を含む穀物以外の植物種子、澱粉質を含む野菜以外のものとして、植物体から澱粉質のみを抽出したもの(澱粉)があり、コーンスターチ、緑豆澱粉、馬鈴薯澱粉、葛粉等を例示することができる。
【0020】
なお、該澱粉には加工澱粉(天然澱粉に物理的・化学的処理を施した機能性澱粉)も含まれる。かかる加工澱粉としては、馬鈴薯澱粉、トウモロコシ澱粉、タピオカ澱粉または小麦澱粉などを原料澱粉として加工処理されたアセチル化アジピン酸架橋デンプン、アセチル化リン酸化架橋デンプン、アセチル化酸化デンプン、オクテニルコハク酸デンプンナトリウム、酢酸デンプン、酸化デンプン、ヒドロキシプロピルデンプン、ヒドロキシプロピルリン酸架橋デンプン、リン酸モノエステル化リン酸架橋デンプン、リン酸化デンプン、リン酸架橋デンプン、未変性アルファ化デンプン、または変性アルファ化等を例示することができる。
【0021】
これらの澱粉は1種単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。好ましくは穀粉、種子粉、野菜粉、及び澱粉(加工澱粉を含む)からなる群から選択される少なくとも1種に由来する澱粉である。より好ましくは穀粉、種子粉、及び澱粉(加工澱粉を含む)からなる群から選択される少なくとも1種に由来する澱粉であり、さらに好ましくは穀粉及び澱粉(加工澱粉を含む)からなる群から選択される少なくとも1種に由来する澱粉であり、特に好ましくは穀粉に由来する澱粉である。穀粉として好ましくは小麦粉であり、当該小麦粉は、他の澱粉質原料、例えば米粉、ライ麦粉、とうもろこし粉、馬鈴薯澱粉、加工でん粉などから選択される少なくとも1種と組み合わせて用いることができる。
【0022】
本発明において、芯材となる食品粒子の外周部の一部または全部を、分子量7000Da以下のデキストランで被覆する方法としては、分子量7000Da以下のデキストランと芯材となる食品粒子を、水等の適当な水性媒体に分散させ、撹拌して調製する方法があげられる。具体的には、分子量7000Da以下のデキストランと芯材となる食品粒子を原料として用いて、食品分野で通常行われる造粒法に供して調整することが出来る。造粒法としては、流動層造粒機を用いる造粒法、流動層造粒機に撹拌羽を取り付けた撹拌型流動層造粒機を用いる造粒法、転動版を備えた転動型流動層造粒機を用いる造粒法、ワースター型流動層コーティング機等の流動型造粒機を用いる造粒法、粉末を撹拌しその中にバインダーを添加して顆粒状にする撹拌型造粒機を用いる造粒法、粉末をバインダーとともに高圧で押し出す押出し造粒機を用いる造粒法を挙げることができる。なお、本発明において、「食品粒子の外周部の一部が被覆されている」とは、食品粒子の表面積の、少なくとも30%以上、好ましくは50%以上が、デキストランにより被覆されている状態をいう。
食品粒子の被覆に用いられる分子量7000Da以下のデキストランは、これより平均分子量の大きいデキストランまたはその含有物を、デキストラナーゼによる分解や塩酸による酸加水分解等の、デキストランを分解可能な方法に供して調製したものを用いることができる。
得られた本発明のデキストラン被覆物は、分子量15万Da以上のデキストランと混合し、混合物とすることにより本発明における食品物性改良剤の調製に用いることができる。
上記以外にも、本発明の食品物性改良剤を調製する方法として、デキストラン生成乳酸菌の培養中、またはデキストランを分解する酵素によって、高分子のデキストランから低分子のデキストランが生成されている条件下で撹拌操作を加えることにより、直接調製する方法もあげられる。
【0023】
以下、デキストラン生成乳酸菌を用いて発酵法により本発明の食品物性改良剤を直接調製する方法を例示する。
【0024】
発酵法によりデキストラン被覆物と食品物性改良剤を調製する場合には、以下の3つの原料を用いる。1つ目は、発酵基質であり、かつデキストラン被覆物の芯材となる、小麦粉、馬鈴薯澱粉、米粉またはグリアジンである。2つ目には、デキストランの前駆体であり、かつ、デキストラン生成のプライマーとなる、スクロースである。3つ目は、デキストラン生成乳酸菌の前培養液である。予めデキストラン生成乳酸菌の前培養液以外を水と混合し、デキストラン生成用培地として調製する。それぞれの原料の使用量は、最終組成物における割合として、小麦粉、馬鈴薯澱粉、米粉またはグリアジンが10~50重量%、好ましくは20~40重量%となり、スクロースが5~30重量%、好ましくは10~25重量%となり、水が、35~75重量%、好ましくは、45~70重量%、より好ましくは25~35重量%となる量である。
別途、デキストラン生成乳酸菌を、該乳酸菌に適した培養条件で培養した前培養液を調製し、上記のデキストラン生成培地に加える。デキストラン生成培地に加える前培養液の量は、該前培養液中の菌体量にもよるが、通常、デキストラン生成培地100重量部に対して、5~10重量部である。
これらの原料を適当な容器中で混ぜ合わせた後、必要に応じてpHを7前後に調整し、25~35℃で24~48時間培養する。培養は静置培養であってもよいが、培地中に含まれる食品粒子が沈殿しない程度の回転数で連続的または断続的に撹拌することが好ましい。培養中に生成されてくるデキストランを分子量7000Da以下の状態で食品粒子に被覆させやすくするためである。なお、デキストランの分子量はゲル濾過クロマトグラフィーによる定性分析で評価でき、また、デキストランによる被覆状態の観察には、顕微ラマン分光装置を用いることができる。
【0025】
本発明のデキストラン被覆物または食品物性改良剤は、液状またはペースト状または生地状または粉末状のいずれか一つの性状で用いて良く、その性状を選ばない。本発明のデキストラン被覆物または食品物性改良剤を粉末化する場合には、その特性や性状に応じて、乾燥粉末化の方法を適宜選ぶことが可能である。例えば、スプレードライ製法またはフリーズドライ製法またはドラムドライ製法などのいずれかの方法によって粉末化することができる。
【0026】
本発明の食品物性改良剤を食品に添加する方法は、特に限定されない。例えば、食品を製造する際に原料の一部として添加しても良いし、他の原料と混合させてから添加しても良い。添加する時期は特に限定されず、好ましくは食品にしやすい点で、原料の混合前または混合中に添加することである。
本発明の食品物性改良剤を添加する食品としては、特に限定されない。例えば、パン、焼菓子等の加熱加工食品等の生地が挙げられる。本発明の食品物性改良剤を添加した生地は、それぞれの加熱加工食品の通常の焼成条件に準じて焼成して焼成食品とすることができる。得られた加熱加工食品は、しっとさ、やわらかさ、口どけの良さにおいて優れたものである。さらに、芯材となる食品素材を適宜変えることによって、中華めん、うどん等の麺類や、米飯等に添加しても良く、それぞれの食品を通常の加熱条件に準じて加工することができる。
したがって、本発明の食品物性改良剤は、食品の食感を改質する改良剤として好適に用いることができ、また、本発明の食品物性改良剤を食品に用いることは、食品の物性改良方法として挙げられる。
本発明の食品物性改良剤は、前記改良剤の添加効果を損なわないものであれば、下記に記載の原材料と併用することができる。前記改良剤と併用可能な食品添加物または食品素材としては、例えば、モノグリセリン脂肪酸エステル、ステアロイル乳酸カルシウム、ステアロイル乳酸ナトリウム、小麦グルテン、とうもろこし澱粉、変性デキストリン、キシラナーゼ、小麦デンプン、デキストリン、加工油脂、パーム硬化油、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ジアセチル酒石酸モノグリセライド、プロピレングリコール、グァーガム、リン酸三カルシウム、α-アミラーゼ、β-アミラーゼ、グルコースオキシダーゼ、ヘミセルラーゼ、プロテアーゼ、馬鈴薯澱粉、コーンスターチ、食塩、ビタミンE、L-アスコルビン酸、ビタミンC、カロチン色素、レシチン、酵素分解レシチン、カゼインナトリウム、D-ソルビトール、酵母エキス、シスチン、食物繊維、醸造酢、異性化液糖、リパーゼ、ホスホリパーゼなどを用いても良い。
【実施例】
【0027】
以下に実施例及び比較例を用いて、本発明を具体的に説明する。
本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
食品物性改良剤の作製
[目的]
本発明で用いる食品物性改良剤を作製した。
[方法]
デキストラン被覆物の芯材となる食品粒子を小麦粉に含まれる澱粉とし、デキストラン生成菌を用いた発酵法で食品物性改良剤を作製した。
小麦粉は品質や規格値により粘度が異なるため、発酵前の粘度がB型粘度計で100cp以下になる量とした。ステンレスビーカーに小麦粉と等量のスクロースを秤量し、小麦粉の2.6倍の水に溶解した。当該スクロース水溶液に小麦粉を混合し、別途調製したWeissella
confusa ATCC14434(以下、ATCC14434と略記)培養液を添加した。混合した小麦粉生地をpH7.0に炭酸水素ナトリウムで調整し、30℃、24~48時間で、撹拌培養した。発酵時間はpHが4.0以下になるまでとし、撹拌スピードは小麦粉が沈殿しない回転数とした。
【実施例2】
【0029】
分子量分布の測定
[目的]
本発明における食品物性改良剤を実施区1とし、当該改良剤に含まれるデキストランの分子量分布を調べた。比較区1には、パンに添加したときに同等の物性改良効果を持ちながらも、長期保存すると高分子デキストランや食品粒子の沈殿が生じて、固液分離してしまう小麦粉発酵液の分子量分布を調べた。
[方法]
分析サンプル中に含まれるデキストランを抽出し、ゲル濾過クロマトグラフィーに供した。
(デキストランの抽出)
分析サンプルは秤量前に振盪混和し、均一になるようにした。実施区1及び比較区1を50mL容遠沈管に2g秤量し、8mLの蒸留水を加えて10倍希釈した後、遠心分離(10℃、2300r.p.m.、10分)した。得られた遠心上清にエタノールを終濃度85%以上となるように加え、さらに遠心分離(15℃、3000r.p.m.、30分)し、遠心沈殿を得た。遠心沈殿は2日間室温乾燥してエタノールを除去し、さらに真空デシケーター内で5時間真空乾燥した。乾燥後の遠心沈殿を粗多糖とした。
(デキストランの精製)
得られた粗多糖をそれぞれ陰イオン交換クロマトグラフィーに供し、精製を行った。分析条件を下記に示した。
担体;ECTEOLA-cellulose (Cl
-型、和光純薬工業(株))
カラムサイズ;2.6×30 cm
流速; 0.7 ml/min
溶出溶媒; 水
画分; 7.0 ml/fraction
検出; フェノール-硫酸法
総本数; 80 本
(フェノール-硫酸法)
試料溶液0.5 mlに5%フェノール水溶液0.5 mLを加えた後、濃硫酸2.5 mLを直接液面に滴下するようにして加えた。これを室温で20分間静置した後、490 nmで吸光値を測定した。
(低分子用ゲル濾過クロマトグラフィーによるデキストランの分子量分析)
以下の分析条件に従ってゲルクロマトグラフィーを行った。
カラム XK 26/100(GE Healthcare)
担体 Sephadex G-100(GE Healthcare)
サイズ 2.6×90 cm
流速 0.50 ml/min
溶媒 1 M NaCl
注入量 1.0 ml
画分 7.0 ml/fraction
検出 フェノール-硫酸法
また、分子量校正曲線を作成する際の分子量標準曲線物質には分子量が25000(フナコシ(株))、40000(フナコシ(株))、75000(CarboMer, Inc.)のデキストランとBlue Dextranを用いた。
(高分子用ゲル濾過クロマトグラフィーによるデキストランの分子量分析)
以下の分析条件に従ってゲルクロマトグラフィーを行った。
カラム XK 26/100(GE Healthcare)
担体 Sephacryl S-400 HR(GE Healthcare)
サイズ 2.6×80 cm
流速 0.60 ml/min
溶媒 1M NaCl
注入量 1.0 ml
画分 7.0 ml/fraction
検出 フェノール-硫酸法
また、分子量校正曲線を作成する際の分子量標準曲線物質には分子量が150 kDa(フナコシ(株))、75 kDa(CarboMer, Inc.)、10 kDa(フナコシ(株))のデキストランを用いた。
[結果]
低分子用ゲル濾過クロマトグラフィーによるデキストランの分子量分析の結果を
図1及び
図2に示した。
図1は実施区1のクロマトグラフを示し、
図2は比較区1の結果を示す。保持容量200~500 mLの画分でデキストランが検出された。そのピーク頂点から、両試験区から検出されたデキストランのおおよその分子量を見積もった。実施区1では約2700 Da、比較区1では約8300 Daであり、比較区1は低分子領域において大きな分子量のピークが確認された。低分子領域のピーク面積を比較すると、実施区1のほうが比較区1より明らかにピーク面積が大きく、実施区1は低分子量のデキストランを多く含むことが示された。
高分子用ゲル濾過クロマトグラフィーによるデキストランの分子量分析の結果は
図3及び
図4に示した。
図3は実施区1のクロマトグラフを示し、
図4は比較区1の結果を示す。実施区1では、わずかではあるがボイド容量でのピークがあり、より大きな分子量のデキストランが存在していることが示唆された。保持容量でのピークは比較区1の方が実施区1より大きく、それぞれ約270 kDa、約190 kDaであった。
以上のことから、実施区1は分子量2700Da周辺の領域と分子量190kDa周辺領域にデキストラン分子が分布し、比較区1よりも低分子量のデキストランが多量に含まれていることが示された。一方、比較区1は分子量270kDaが多く含まれ、低分子量のデキストランはほとんど見られなかった。
以上の結果から、本発明における食品物性改良剤には、
図1及び
図2に示すように、分子量7000Da以下の低分子デキストランと分子量10
6Daの高分子を含まれることが示された。
【実施例3】
【0030】
デキストラン被覆物の構造観察
[目的]
本発明において、食品粒子が低分子デキストランに被覆されたデキストラン被覆物の様相を調べた。
非破壊分析装置:顕微ラマン分光装置(レニショー株式会社)を用いて、実施区1の食品物性改良剤中のデンプン粒とデキストランについて結晶構造の観察を行った。
[方法]
装置:inVia Reflex(レニショー株式会社)
測定条件は以下とした。
レーザー波長:785nm
測定倍率:50x
測定範囲:100 x 200um
測定間隔:Step 1.2um
データ処理:主成分分析(PCA)
[結果]
顕微ラマン分光装置は数μmの微小物の断面を描写することができ、スペクトルの違いによって異なる物質を色分けして示すことができる。実施区1に含まれるデンプンとデキストランのラマンイメージを
図5及び
図6に示した。
図5は実施区1の食品物性改良剤中に含まれるデンプン粒を描写している。白色から薄灰色で塗りつぶされた部位にデンプン粒が散在していることが示された。
図6は実施区1に含まれるデキストランを描写している。白色で塗りつぶされた部位がデキストランであり、
図5の澱粉粒と重ね合わせるとデンプン粒を被覆するようにデキストランが存在していることが示された。さらに、本発明に使用した乳酸菌は、菌体外で高分子デキストランを生成する特徴を持つため、デキストランは澱粉粒と澱粉粒の隙間を埋めるように存在するはずだが、澱粉粒表面のデキストランは、隙間を埋める部位と異なるスペクトルで捉えられており、。以上のことから、高分子量のデキストランの中に澱粉粒が埋没しているのではなく、澱粉粒の外周部を低分子のデキストランが被覆している可能性が示された。
【実施例4】
【0031】
固液分離の条件検討
[目的]
実施区1は長期間静置保管していても固液分離しないが、比較区1は短期間で固液分離を生じる。固液分離が生じる条件を遠心力で表し、比較した。
[方法]
15mL容遠沈管に3gの試料を秤量し、3000G、10分遠心分離し、性状を比較した。
[結果]
遠心分離後の実施区1および比較区1の性状を
図7に示した。左が比較区1、右が実施区1の様相を示した。
図7が示すように、3000Gで10分遠心分離することによって、比較区1は小麦澱粉の層と、デキストランと水が混在してやや下部の粘性が高い層に分かれ、遠沈管の下部から上部に向けて、小麦澱粉、デキストラン、水及び水性溶媒という順番で固液分離した。実施区1は分離した様子がなく、均質なままだった。
【実施例5】
【0032】
食品物性改良剤としての効果
[目的]
実施例1で得られた食品物性改良剤の添加効果を中種法食パンで評価した。評価項目には、製パン評価、官能評価及び老化度測定を行った。
[方法]
(供試サンプルの調製)
実施区1に対する比較区には、デキストランを含まない小麦粉発酵液93gにデキストラン試薬7gを添加し、冷蔵保存で一定時間均一化(4℃、数時間~半日)させて用いた。比較区のデキストラン濃度は、非特許文献4の情報から、デキストランの生成効率を対糖収率38%とした場合、実施区1に含まれるデキストラン量が推定で7%であることから、添加量を決定した。デキストラン試薬には、表1に示す分子量の異なる3種類の試薬を用いた。
【表1】
(中種法食パンの作製)
中種法食パンの原材料と工程をそれぞれ表2、表3に示した。
【表2】
【表3】
中種法における中種の割合は70%中種とした。中種生地は、強力粉、イーストフード、イースト、水をそれぞれ秤量し、たて型ミキサーで混捏し、インキュベーターにて28℃、4時間発酵した。本捏生地は、発酵後の中種生地、グラニュー糖、食塩、脱脂粉乳、水をたて型ミキサーで混捏し、ショートニングを追加して再混捏した。本発明の食品物性改良剤及びデキストランを小麦粉発酵液は、本捏生地に使用する原材料(ショートニングを除く)と同時に混合した。ミキシング後の生地は20分のフロアタイム後、220gずつに分割し、20分のベンチタイムで生地を休ませた後、モルダーにて成型し、1.5斤の食パン型に型詰めした。型詰めした生地は温度38℃・湿度85%に保たれたホイロで約50分二次発酵させ、リールオーブンにて200℃・30分焼成した。焼成後の食パンはラック棚で室温冷却し、90分後に袋詰めした。
(官能評価)
官能評価は焼成後1日経過した(以下、D1と記す)サンプルについて7点評価法で評価した。比較区2の中種法食パンを以下に記載する評価項目について基準の4点とし、実施区1と比較区3-比較区5を比較評価した。官能評価項目は「かたさ」「しっとりさ」「口溶け」とし、トレーニングを受けたパネル8名により行われた。これらの官能評価項目は表4に示す基準で点数化した。
【表4】
(老化度測定)
食パンの老化度はD1及びD3におけるクラムのソフト性を測定することにより評価した。袋詰めで室温保存したD1の食パンを、スライサー(HARD 70V 一枚切スライサー、ハクラ精機株式会社、東京)で厚さ1.8cmにスライスし、テクスチャーアナライザー(測定機:EZ Test、測定・分析ソフト:TRAPEZIUM、ともに島津製作所株式会社)で、クラムの圧縮応力(分析条件:1.8cm30%圧縮応力10回ver.xmez)を測定した。同様にD3の食パンについても測定し、D1からD3までの老化を調べた。
[結果]
中種法食パンのD1での官能評価結果を表5に示した。デキストランを含まない小麦粉発酵液を比較区2と比べると、実施区1及び比較区5のやわらかさとしっとりさは添加効果が高かった。実施区1、比較区3及び比較区4では口溶けでの添加効果が高かった。
老化度測定の結果を
図8に示した。D1からD3の老化度はグラフの傾きが大きいほど老化し、傾きが小さいほど老化を抑制したことを示し、比較したい試験区間に傾きで±0.2以上の差を有する時、老化抑制効果に差があるとされている。実施区1は他の試験区と比較して、傾きが小さいことから老化抑制効果が高いことが示された。
以上のことから、実施区1は、焼成1日後の食感改良効果が高く、やわらかさとしっとりさを向上させ、口溶けもやや向上させることが示された。また、当該区は焼成後1日目から3日目にかけての老化を抑制する効果が高いことが示された。
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0033】
以上説明してきたように、本発明における食品物性改良剤は、分子量15万Da以上(高分子デキストラン)のデキストランだけでなく、分子量7000Da以下のデキストラン(低分子デキストラン)を含み、低分子デキストランは当該剤に含まれる食品粒子を被覆するデキストラン被覆物を形成する。当該デキストラン被覆物は、これまで解決されなかった静置保管中に生じる固液分離を抑制し、様々な食品に添加した際にロット差の無い物性改良効果を示す。また、本発明における食品物性改良剤は、最大分子量105Daのデキストランを含むが、当該組成であることにより分子量106Daのデキストランを添加した際と同等の物性改良効果を示す。また、芯材となる食品粒子には馬鈴薯澱粉、米粉、グリアジン等も検討され、小麦粉と同等の食品物性改良剤が得られることを確認している。このことにより、パンのみならずグルテンフリーの製菓、製パンや米飯などにも展開が可能であり、澱粉の老化を原因とする品質低下を抑制することが可能である。さらに、澱粉の老化だけでなく、増粘多糖類で保水効果を調節している食品に対して、代替え候補の素材と提供することが出来ると考えられる。