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特許7629365すみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス
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  • 特許-すみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス 図1
  • 特許-すみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-04
(45)【発行日】2025-02-13
(54)【発明の名称】すみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/362 20060101AFI20250205BHJP
   B23K 35/30 20060101ALN20250205BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20250205BHJP
   C22C 38/04 20060101ALN20250205BHJP
【FI】
B23K35/362 310A
B23K35/30 320A
C22C38/00 301A
C22C38/04
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021111049
(22)【出願日】2021-07-02
(65)【公開番号】P2022146842
(43)【公開日】2022-10-05
【審査請求日】2023-06-05
(31)【優先権主張番号】P 2021047373
(32)【優先日】2021-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】戸塚 康仁
(72)【発明者】
【氏名】大西 博之
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-039092(JP,A)
【文献】特開昭60-187495(JP,A)
【文献】特公昭51-046653(JP,B1)
【文献】特開2014-050854(JP,A)
【文献】特開昭61-154791(JP,A)
【文献】特開昭59-076698(JP,A)
【文献】特開平08-187593(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/362
B23K 35/30
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラックス全質量に対する質量%で、
SiO:35~45%、
MnO:18~28%、
Al:6~20%、
MgO:11~16%、
TiO:2~6%、
FeO:0.5~4%、
CaF:5~9%、並びに
NaO及びKOの1種または2種の合計:0.5~1.0%
を含有し、残部が3%以下の不純物であるフラックス成分を有し、
下記(1)式から求められる塩基度Aが0.50~1.00であり、
フラックスの嵩密度が0.8~1.3g/cmである、
すみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
A=([CaF2]+[MgO]+0.5([MnO]+[FeO]))/([SiO2]+0.5([Al2O3]+[TiO2]))・・・(1)式
但し、[ ]は、各成分のフラックス全質量に対する質量%を示す。
【請求項2】
前記フラックス全質量に対する質量%で、粒径が0.3mm超~1.4mmの範囲にあるフラックス粒子が90%以上である請求項1に記載のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
【請求項3】
前記フラックス成分の一部に代えて、フラックス全質量に対する質量%で、
Bi:0.05%以下を含有する請求項1または請求項2に記載のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
【請求項4】
前記フラックス成分の一部に代えて、フラックス全質量に対する質量%で、
:1.5%以下を含有する請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
【請求項5】
前記フラックス成分の一部に代えて、フラックス全質量に対する質量%で、
CaO:5.0%以下及びBaO:5.0%以下の1種または2種を含有する請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、すみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックスに関し、特に建築及び橋梁等に多く使用されるビルトH型鋼からなる柱、梁を大入熱ですみ肉溶接に使用した場合にアークが安定してビード形状及びスラグ剥離性が良好で、靭性の良好な溶接金属を得ることができるすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、建築や橋梁等の鋼構造物に用いられる鋼板は厚肉化の傾向にあり、効率よく溶接するために大入熱のサブマージアーク溶接が用いられている。また、地震等の破壊事例等を教訓として鋼構造物の安全性を担保するため、大入熱で溶接しても安定した溶接金属特性が求められている。
【0003】
すみ肉サブマージアーク溶接によって形成される溶接継手は、溶込み深さ、脚長、並びにビード形状の平滑性及び溶接金属と母材のなじみが良好であることが求められている。また、近年では地震災害による鋼構造物の被害事例やその大型化からすみ肉溶接の溶接金属に良好な機械性能が要求される傾向にある。
【0004】
従来、すみ肉サブマージアーク溶接によって形成された溶接金属に所定の機械性能が要求される場合、例えば特許文献1に開示されているように、フラックスに合金類の添加が可能な焼成型フラックスが使用されている。しかし、焼成型フラックスは融点が高いため、比較的高速度で溶接した場合は、ビード波形、ビード止端部の馴染みが不良になる等、ビード形状が不良となり溶接効率を上げることができない。
【0005】
一方、すみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックスは、例えば特許文献2や特許文献3に開示されている。これら特許文献2及び特許文献3に開示された技術は、高速すみ肉溶接時のスラグ剥離性及びビード外観・形状を良好にするというもので、大電流ですみ肉溶接した場合、溶接金属の靭性が得られないという問題がある。
【0006】
また、すみ肉溶接部の溶接金属の良好な靭性を得ることができるすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックスが特許文献4に開示されている。しかし、特許文献4に記載の溶融型フラックスは、SiOが少なくAl及びTiOが多いので、大入熱ですみ肉溶接した場合には、ビード形状が凸状でスラグ焼き付きが生じてスラグ剥離性が不良となるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2010-125508号公報
【文献】特開昭53-133543号公報
【文献】特開昭61-154791号公報
【文献】特開昭62-183996号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本開示は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、すみ肉サブマージアーク溶接を行う場合に、アークが安定してビード形状及びスラグ剥離性が良好で、靭性が良好な溶接金属を得ることができるすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するための本開示の要旨は、以下の通りである。
<1> フラックス全質量に対する質量%で、
SiO:35~45%、
MnO:18~28%、
Al:6~20%、
MgO:11~16%、
TiO:2~6%、
FeO:0.5~4%、
CaF:5~9%、並びに
NaO及びKOの1種または2種の合計:0.5~1.0%
を含有し、残部が不純物であるフラックス成分を有し、
下記(1)式から求められる塩基度Aが0.50~1.00であり、
フラックスの嵩密度が0.8~1.3g/cmである、
すみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
A=([CaF2]+[MgO]+0.5([MnO]+[FeO]))/([SiO2]+0.5([Al2O3]+[TiO2]))・・・(1)式
但し、[ ]は、各成分のフラックス全質量に対する質量%を示す。
<2> 前記フラックス全質量に対する質量%で、粒径が0.3mm超~1.4mmの範囲にあるフラックス粒子が90%以上である<1>に記載のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
<3> 前記フラックス成分の一部に代えて、フラックス全質量に対する質量%で、
Bi:0.05%以下を含有する<1>または<2>に記載のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
<4> 前記フラックス成分の一部に代えて、フラックス全質量に対する質量%で、
:1.5%以下を含有する<1>~<3>のいずれか1つに記載のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
<5> 前記フラックス成分の一部に代えて、フラックス全質量に対する質量%で、
CaO:5.0%以下及びBaO:5.0%以下の1種または2種を含有する<1>~<4>のいずれか1つに記載のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、すみ肉サブマージアーク溶接を行う場合に、アークが安定してビード形状及びスラグ剥離性が良好で、靭性が良好な溶接金属を得ることができるすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックスが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1(a)は、本開示の実施例に用いた溶接試験板の開先加工有りの形状を示す概略図であり、図1(b)は、本開示の実施例に用いた溶接試験板の開先加工無しの形状を示す概略図である。
図2図2は、本開示の実施例のシャルピー衝撃試験片の採取位置を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、H型鋼の開先有り及び開先無しの大入熱のサブマージアーク溶接で、アークが安定してスラグ剥離性及びビード形状が良好で、溶接金属の靭性が良好なすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックスの成分組成について詳細に検討した。
【0013】
その結果、アークの安定性は、NaO及びKOの1種または2種の合計を適量にし、スラグ剥離性は、MnO、TiO、FeO及びCaFを適量にすることで、ビード形状は、SiO、MnO、Al、MgO、TiO、FeO、CaF、並びにNaO及びKOの1種または2種の合計を適量にしてフラックスの嵩密度を限定することによって良好になることを見出した。
【0014】
また、大入熱溶接によるすみ肉溶接部の溶接金属の靭性を良好にするには、SiO、MgO及びTiOの適量化とフラックスの塩基度及び嵩密度を適正とすることによってなし得ることを見出した。
【0015】
さらに、上記成分の一部に代えて、Biを適量含有させることでスラグ剥離性が一層良好になり得ること、また、B、CaO及びBaOを適量含有させることで大入熱溶接によるすみ肉溶接部の溶接金属の靭性が一層良好になり得ることを見出した。
【0016】
以下、本開示のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックス(本開示において「溶融型フラックス」又は単に「フラックス」と記す場合がある。)の成分(フラックス成分)と、その組成等の限定理由について説明する。なお、各成分組成の含有量は、フラックス全質量に対する質量%で表すこととし、その質量%に関する記載を単に%と記載して表すこととする。
また、含有量について下限値を限定せずに「~%以下」として上限値のみを限定している場合は、その成分を含まない、すなわち0%でもよいし、0%超~上限値の範囲内で含んでもよいことを意味する。
【0017】
[SiO:35~45%]
珪砂、珪灰石等を原料とするSiOは溶融スラグの粘性を調整してビード形状を良好にする。SiOが35%未満であると、溶融スラグの粘性が不足してビードの蛇行やアンダーカットが発生してビード形状が不良となる。一方、SiOが45%を超えると、溶接金属の酸素量が高くなり靭性が低下する。従って、SiOは35~45%とする。
【0018】
[MnO:18~28%]
酸化マンガン、焙焼マンガン等を原料とするMnOは、溶融スラグの粘性及びスラグ剥離性の調整に有効な成分である。しかし、MnOが18%未満であると、溶融スラグの粘性が高くなりスラグがビードに焼き付いてスラグ剥離性が悪くなる。一方、MnOが28%を超えると、溶融スラグの粘性が低くなり、オーバーラップ及びアンダーカットが発生する。従って、MnOは18~28%とする。
【0019】
[Al:6~20%]
アルミナ等を原料とするAlは、溶融スラグの粘性を調整するのに有効な成分である。Alが6%未満であると、溶融スラグの粘性が低くなりアンダーカットが発生しやすくなる。一方、Alが20%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなりすぎてビードが凸状になる。従って、Alは6~20%とする。
【0020】
[MgO:11~16%]
マグネシアクリンカ等を原料とするMgOは、溶融スラグの粘性を調整してビード形状を良好にする。またMgOは、溶接金属の酸素量を低減して靭性を良好にする。MgOが11%未満であると、溶融スラグの粘性が不足し、ビードの蛇行やアンダーカットが発生する。また、MgOが11%未満であると、溶接金属の酸素量が多くなって靭性が低下する。一方、MgOが16%を超えると、ビード幅が狭くなって高温割れが発生しやすくなる。従って、MgOは11~16%とする。
【0021】
[TiO:2~6%]
ルチール、酸化チタン等を原料とするTiOは、ビード表面の平滑性を得るのに効果がある。またTiOは、溶接金属中のアシキュラーフェライトの核となって溶接金属組織の微細化を促進し、靭性の向上に非常に有効な成分である。TiOが2%未満であると、ビード止端部の広がりが不連続となる。また、TiOが2%未満であると、溶接金属の靭性が低下する。一方、TiOが6%を超えると、スラグが焼き付いてスラグ剥離性が悪くなる。従って、TiOは2~6%とする。
【0022】
[FeO:0.5~4%]
ミルスケール等を原料とするFeOは、溶融スラグの粘性及び融点を調整し、ビード止端部のなじみを良好にしてビード形状を良好にする。FeOが0.5%未満であると、ビード止端部のなじみが悪くビード形状が不良となる。一方、FeOが4%を超えると、スラグが焼き付きスラグ剥離性が悪くなる。従って、FeOは、0.5~4%とする。
【0023】
[CaF:5~9%]
蛍石等を原料とするCaFは、溶融スラグの流動性を調整してスラグ剥離性を良好にする効果がある。CaFが5%未満では、スラグがビードに焼き付きスラグ剥離性が悪くなる。一方、CaFが9%を超えると、スラグの流動性が増し、オーバーラップ及びアンダーカットが発生すると共に、ガス成分が増加してポックマークが発生する。また、CaFが9%を超えると、高電流で高速度のすみ肉溶接ではビードが凸型になり高温割れが生じやすくなる。従って、CaFは5~9%とする。
【0024】
[NaO及びKOの1種または2種の合計:0.5~1.0%]
炭酸ナトリウム及び炭酸カリウム等を原料とするNaO及びKOは、アークの安定性を良好にしてビードの波目を細かくしてビード外観を良好にするのに有効な成分である。NaO及びKOの1種または2種の合計が0.5%未満では、アークが不安定になりビードの波目が粗くなり外観が不良となる。一方、NaO及びKOの1種または2種の合計が1.0%を超えると、アンダーカットが生じやすくなる。従って、NaO及びKOの1種または2種の合計は0.5~1.0%とする。
【0025】
[塩基度A:0.50~1.00]
前記各成分の下記(1)式から求められる塩基度Aは、溶融スラグの粘性を調整する。また、溶接金属の酸素量を少なくして靭性を良好にする。塩基度Aが0.50未満であると、溶接金属中の酸素量が高くなり靭性が低くなる。一方、塩基度Aが1.00を超えると、スラグの粘性が高くなりスラグ剥離性が悪くなる。従って、下記(1)式から求められる塩基度Aは0.50~1.00とする。
A=([CaF2]+[MgO]+0.5([MnO]+[FeO]))/([SiO2]+0.5([Al2O3]+[TiO2]))・・・(1)式
但し、[ ]は、各成分のフラックス全質量に対する質量%を示す。
【0026】
[フラックスの嵩密度:0.8~1.3g/cm
JIS K-6720に準じて測定したフラックスの嵩密度は、溶接時に溶融プールの大気とのシールド性及び溶接ビードの広がりに作用する。フラックスの嵩密度が0.8g/cm未満では、溶接中のシールドが不十分となり溶接金属中の窒素及び酸素が多くなって靭性が低下する。一方、フラックスの嵩密度が1.3g/cmを超えると、ビードが広がらずアンダーカットが発生する。従って、フラックスの嵩蜜度は0.8~1.3g/cmとする。
【0027】
なお、フラックスの嵩密度を調整する製造方法は、フラックスの製造工程において、溶融したフラックスを温水中で冷却して、冷却速度を遅らせてフラックスを発泡させる方法や溶融したフラックスをジェット水流中で冷却して針状、鹿角状、球状及び鱗片状粒子の混在したフラックスとすることによりフラックスの嵩密度を調整することができる。
【0028】
フラックスの嵩密度の測定は、JIS K6720に準拠して実施する。
嵩密度(g/cm)=(試料の入った受器の質量(g)-受器の質量(g))/ 受器の内容積(cm
【0029】
また、フラックスの粒度を調整する方法としては、例えば、溶融したフラックス(メルト)に、噴流水を直接当てる方法が挙げられる。水圧、水量、溶融状態のフラックス量を制御して水砕し、ふるい分けすることでフラックスの粒度を調整することができる。
【0030】
[Bi:0.05%以下]
酸化ビスマス等を原料とするBiは、スラグ剥離性を良好にする効果がある。しかし、Biが0.05%を超えると、溶接金属の靭性が劣化する。従って、Biは0.05%以下とする。なお、Biは、微量の添加でスラグ剥離性を良好にする効果が得られるが、その効果を得るためには0.001%以上とすることが好ましい。
【0031】
本開示のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックスの残部は、前記原料に微量含まれる不純物であるCaO、BaO、P及びS等であり、これらの合計で3%以下含むことができる。
なお、本開示のすみ肉サブマージアーク溶接用溶融型フラックスは、上述したフラックス成分の一部に代えて、B、CaO、及び/又はBaOをそれぞれ所定量含有してもよい。
【0032】
[B:1.5%以下]
酸化ホウ素等を原料とするBは、溶接金属の靭性を向上させる効果がある。しかし、Bが1.5%を超えると、溶接金属の靭性が劣化する。従って、Bを含む場合は1.5%以下とする。なお、Bは、溶接金属の靭性を向上させる効果が得られるが、その効果を得るためには0.01%以上とすることが好ましい。
【0033】
[CaO:5.0%以下]
酸化カルシウム等を原料とするCaOは、溶接金属の靭性を向上させる効果がある。しかし、CaOが5.0%を超えると、ビードが凸状になる。従って、CaOを含む場合は5.0%以下とする。なお、CaOは、溶接金属の靭性を向上させる効果が得られるが、その効果を得るためには0.01%以上とすることが好ましい。
【0034】
[BaO:5.0%以下]
酸化バリウム等を原料とするBaOは、溶接金属の靭性を向上させる効果がある。しかし、BaOが5.0%を超えると、ビードが凸状になる。従って、BaOを含む場合は5.0%以下とする。なお、BaOは、溶接金属の靭性を向上させる効果が得られるが、その効果を得るためには0.01%以上とすることが好ましい。
【0035】
フラックスの粒径は特に限定しないが、粒径が0.3mm超~1.4mmの範囲にあるフラックス粒子が90%以上であることが好ましい。なお、フラックスの粒径は実施例として後述する方法によって測定する。
【実施例
【0036】
以下、実施例により本開示に係る溶融型フラックスの効果を具体的に説明する。
【0037】
<実施例1>
表1に示す各成分組成、塩基度A及び嵩密度の溶融型フラックスを試作し、表2に示す2電極のサブマージアーク溶接条件で、表4に示すJIS Z3351 YS-S6のワイヤ径4.8mmのソリッドワイヤを組合せ、表3に示すJIS G3136 SN490Bの板厚25mm及び16mmの鋼板を用いて溶接試験をした。
開先形状は、板厚25mmの鋼板については、図1(a)に示すようにウェブ鋼板1に60°の両面開先でルートフェイス9mmとしてフランジ鋼板2とT字型に組み立てて、全ての試作フラックスで下向すみ肉サブマージアーク溶接により両面溶接した試験体10を作製した。板厚16mmの鋼板については、図1(b)に示すように、ウェブ鋼板1とフランジ鋼板2とを開先無しでT字型に組み立て、一部の試作フラックスと組み合わせて下向すみ肉サブマージアーク溶接により両面溶接した試験体11を作製した。
【0038】
なお、フラックスの粒度は0.3mmのふるい網上で1.4mmのふるい網下に整粒した。
【0039】
また、表1のフラックス成分組成中の残部は、原料から不純物として混入するCaO、BaO、P、S等である。また、表中の下線は、本開示の範囲外であることを示す。
【0040】
【表1】
【0041】
【表2】
【0042】
【表3】
【0043】
【表4】
【0044】
溶接作業性の評価は、アークの安定性、ビード形状(ビード蛇行、アンダーカット、オーバーラップ及びードの広がり等)、スラグ剥離性及び高温割れの有無を調査した。
【0045】
アークの安定性は、溶接時の溶接電圧変動が±5V以内であれば良好とした。
【0046】
ビード形状は、溶接ビード健全部から10ヵ所ビード幅を測定し、最小値と最大値の差が8mm以内であり、かつ溶接欠陥が無い(ビード蛇行、アンダーカット、オーバーラップ等)ものを良好とした。
【0047】
スラグ剥離性は、溶接後のスラグは自然剥離するため刷毛でスラグを除去し、目視で確認できる残存スラグの面積を推定し、スラグ剥離率98%以上を良好とした。また、ビード健全部30cmの範囲にて目視で確認できる残存スラグの面積を推定し、スラグ剥離率100%を極めて良好とした。
【0048】
機械的性質は、鋼板板厚25mmのウェブ鋼板1とフランジ鋼板2からなる溶接試験体12から図2に示すようにすみ肉溶接金属20の中央部からシャルピー衝撃試験片3(JIS Z2202 4号)を採取して評価した。シャルピー衝撃試験は、試験温度0℃で3回繰り返して行い、吸収エネルギーの平均値が50J以上を良好とした。それらの結果を表5にまとめて示す。なお、表5において図1に示す試験体に関しては、図1(a)に示す板厚25mmの開先加工有りを“a”とし、図1(b)に示す板厚16mmの開先加工無しを“b”としている。
【0049】
【表5】

【0050】
表1及び表5中フラックス記号F1~F10が本発明例、フラックス記号F11~F22は比較例である。本発明例であるフラックス記号F1~F10は、SiO、MnO、Al、MgO、TiO、FeO、CaF、NaO及びKOの1種または2種の合計が適量で、塩基度A及びフラックスの嵩密度が適正であるので、板厚25mmの開先加工有り及び板厚16mmの開先加工無しの下向すみ肉溶接において、アークが安定してビード蛇行、アンダーカット、オーバーラップ及び凸ビード等が生じずビード形状が良好で、スラグ剥離性も良好で高温割れも生じず、溶接金属の吸収エネルギーも高値が得られ、極めて満足な結果であった。なお、Biを適量含有するフラックス記号F2、F3、F6、F8及びF10は、スラグ剥離性が極めて良好であった。
【0051】
比較例中フラックス記号F11は、SiOが少ないので、開先加工有り及び開先加工なし共にビードが蛇行しアンダーカットも生じた。また、CaFが少ないのでスラグが焼き付きスラグ剥離性が不良であった。
【0052】
フラックス記号F12は、SiOが多いので、溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。また、FeOが少ないので、ビード止端部のなじみが悪くビード形状が不良であった。
【0053】
フラックス記号F13は、MnOが少ないので、スラグが焼き付きスラグ剥離性が不良であった。また、NaO及びKOの1種または2種の合計が少ないので、アークが不安定でビードの波目が粗く外観が不良であった。
【0054】
フラックス記号F14は、MnOが多いので、オーバーラップ及びアンダーカットが生じた。また、FeOが多いので、スラグが焼き付きスラグ剥離性が不良であった。
【0055】
フラックス記号F15は、Alが少ないので、アンダーカットが生じた。また、TiOが多いので、スラグが焼き付きスラグ剥離性が不良であった。
【0056】
フラックス記号F16は、Alが多いので、ビードが凸であった。また、塩基度Aが低いので、溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0057】
フラックス記号F17は、MgOが少ないので、開先加工有り及び開先加工なし共にビードが蛇行してアンダーカットも生じた。また、MgOが少ないので、溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0058】
フラックス記号F18は、MgOが多いので、ビード幅が狭くクレータ割れも生じた。また、フラックスの嵩密度が小さいので、溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0059】
フラックス記号F19は、TiOが少ないので、ビード止端部の広がりが不連続であった。また、TiOが少ないので、溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。さらに、塩基度Aが高いので、スラグ剥離性が不良であった。
【0060】
フラックス記号F20は、CaFが多いので、オーバーラップ、アンダーカット及びポックマークが発生し、ビードが凸状となりクレータ割れも生じた。また、Biが多いので、溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0061】
フラックス記号F21は、NaO及びKOの1種または2種の合計が多いので、アンダーカットが生じた。
【0062】
フラックス記号F22は、フラックスの嵩密度が大きいので、開先加工有り及び開先加工なし共にビード幅が狭くアンダーカットが生じた。
【0063】
<実施例2>
表6に示す各成分組成、塩基度A、嵩密度及び粒度(粒径0.3mm超~1.4mmの質量割合)の溶融型フラックスを試作した。
なお、表6のフラックス成分組成中の残部は、原料から不純物として混入するP、S等である。
【0064】
フラックスの粒度は、0.3mmのふるい網上で1.4mmのふるい網下に整粒した後、JIS Z3352:2017 サブマージアーク溶接及びエレクトロスラグ溶接用フラックスにおける「6.3 フラックスの粒度試験」に準じて測定した。JIS Z 8801-1:2019「試験用ふるい-第1部:金属製網ふるい」において相当する公称目開き(300μm及び1.4mm)のふるいを使用し、ふるい分け時間は、4分間とする。JIS Z8815:1994「ふるい分け試験方法通則」における機械ふるい分けを行い、測定機器として、ロータップ型 ふるい振とう機を用いる。試験に用いるフラックスは200gとする。このようなフラックスの粒度試験において、公称目開き1.4mmのふるいを透過し、かつ公称目開き300μmのふるいを透過しないフラックスが、粒径0.3mm超~1.4mmのフラックスである。
【0065】
なお、フラックス記号F31とF32は、同じ原料を用い、フラックス成分は同じであるが、フラックスを試作する際の粉砕条件及びふるい分け時間を変更して粒度及び嵩密度を調整した。
【0066】
【表6】
【0067】
フラックス記号F31~F38を用いたこと以外は実施例1と同様にして、図1(a)に示すように下向すみ肉サブマージアーク溶接により両面溶接した試験体10を作製し、溶接作業性及び機械的性質を評価した。結果を表7に示す。
【0068】
【表7】

【0069】
本発明例であるフラックス記号F31~F38は、いずれもSiO、MnO、Al、MgO、TiO、FeO、CaF、NaO及びKOの1種または2種の合計が適量であり、塩基度A及びフラックスの嵩密度も適正であるので、板厚25mmの開先加工有りの下向すみ肉溶接において、アークが安定してビード蛇行、アンダーカット、オーバーラップ及び凸ビード等が生じずビード形状が良好で、スラグ剥離性も良好で高温割れも生じず、溶接金属の吸収エネルギーも高値が得られ、極めて満足な結果であった。
【0070】
なお、フラックス記号F31及びF32は成分が同じであるが、粒径が0.3mm超~1.4mmの範囲にあるフラックス粒子が90%以上であるフラックス記号F31を用いた方がスラグ剥離性が良好であり、溶接金属の吸収エネルギーも高く、靭性が優れていた。
フラックス記号F33~F38は、上記成分に加え、さらにB、CaO及びBaOの少なくとも1種を適量含有しており、フラックス記号F31を用いた場合に比べ、溶接金属の吸収エネルギーが高く、靭性が一層優れていた。
【符号の説明】
【0071】
1 ウェブ鋼板
2 フランジ鋼板
3 シャルピー衝撃試験片
10、11 試験体
12 溶接試験体
20 すみ肉溶接金属
図1
図2