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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-05
(45)【発行日】2025-02-14
(54)【発明の名称】Fe基合金造形物
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20250206BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20250206BHJP
   B22F 3/105 20060101ALI20250206BHJP
   B22F 3/16 20060101ALI20250206BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALI20250206BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20250206BHJP
【FI】
C22C38/00 304
C22C33/02 A
C22C33/02 B
B22F3/105
B22F3/16
B33Y80/00
B33Y70/00
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020039871
(22)【出願日】2020-03-09
(65)【公開番号】P2021139028
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2023-01-06
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久世 哲嗣
(72)【発明者】
【氏名】相川 芳和
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-077937(JP,A)
【文献】特表2021-512999(JP,A)
【文献】国際公開第2018/181404(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0004043(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第102758141(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 33/02
B22F 3/105
B22F 3/16
B33Y 80/00
B33Y 70/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
その材質が、0.0質量%以上0.5質量%以下のCo、2.0質量%以上14.9質量%以下のMo、3.1質量%以上25.1質量%以下のNi、0.5質量%以上5.1質量%以下のTi及び0.09質量%以上3.00質量%以下のAlを含み、残部がFe及び不可避的不純物であり、金属間化合物TiNに由来する析出強化相を含むFe基合金であり、
その金属組織において、FeMo相由来のLaves相の長手方向の長さが450nm未満であり、
CuKαを線源とするXRD測定により得られる回折パターンにおいて、2θ=36.5±1°におけるピーク強度Iと、2θ=37.8±1°におけるピーク強度Iと、2θ=41.3±1°におけるピーク強度Iと、2θ=35.0±1°におけるバックグラウンドピークの強度Iと、が下記数式(1)及び(2)を満たす、Fe基合金造形物。
(I-I)/(I-I)≦1.5 (1)
(I-I)/(I-I)≦1.5 (2)
【請求項2】
上記Laves相の長手方向の長さが100nm未満である、請求項1に記載のFe基合金造形物。
【請求項3】
CuKαを線源とするXRD測定により得られる回折パターンにおいて、2θ=36.5±1°におけるピーク強度Iと、2θ=37.8±1°におけるピーク強度Iと、2θ=41.3±1°におけるピーク強度Iと、2θ=35.0±1°におけるバックグラウンドピークの強度Iと、が下記数式(3)及び(4)を満たす、請求項1又は2に記載のFe基合金造形物。
(I-I)/(I-I)≦1.0 (3)
(I-I)/(I-I)≦1.0 (4)
【請求項4】
上記Fe基合金におけるCoの含有率が0.35質量%未満である、請求項1から3のいずれかに記載のFe基合金造形物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe基合金造形物に関する。詳細には、本発明は、三次元積層造形法、溶射法、レーザーコーティング法、肉盛法等の急速溶融急冷凝固プロセスで製造されたFe基合金造形物に関する。
【背景技術】
【0002】
金属からなる造形物の製作に、3Dプリンターが使用されている。この3Dプリンターでは、積層造形法によって造形物が製作される。積層造形法では、敷き詰められた金属粉末に、レーザービーム又は電子ビームが照射される。照射により、粉末の金属粒子が溶融する。粒子はその後、凝固する。この溶融と凝固とにより、粒子同士が結合する。照射は、金属粉末の一部に、選択的になされる。粉末の、照射がなされなかった部分は、溶融しない。照射がなされた部分のみにおいて、結合層が形成される。
【0003】
結合層の上に、さらに金属粉末が敷き詰められる。この金属粉末に、レーザービーム又は電子ビームが照射される。照射により、金属粒子が溶融する。金属はその後、凝固する。この溶融と凝固とにより、粉末中の粒子同士が結合され、新たな結合層が形成される。新たな結合層は、既存の結合層とも結合される。
【0004】
照射による結合が繰り返されることにより、結合層の集合体が徐々に成長する。この成長により、三次元形状を有する造形物が得られる。積層造形法により、複雑な形状の造形物が、容易に得られる。積層造形法の一例が、特許第4661842号公報に開示されている。
【0005】
航空機、宇宙の構造物等の合金には、強度及び耐疲労性が要求される。このような用途には、マルエージング鋼が適している。
【0006】
特開2013-253277公報には、主成分がFeであり、Ni、Co及びMoを含むマルエージング鋼が開示されている。このマルエージング鋼におけるCoの含有率は、7質量%以上である。このマルエージング鋼は、Wを含む。このマルエージング鋼は、Tiを含まない。
【0007】
特開2008-185183公報には、Ni、Cr、Mo及びCoを含むマルエージング鋼が開示されている。このマルエージング鋼には、窒化処理が施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第4661842号公報
【文献】特開2013-253277公報
【文献】特開2008-185183公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
積層造形法では、金属材料が急速に溶融され、かつ急冷されて凝固する。このような急速溶融急冷凝固を伴うプロセスを用いて製造される造形物の材質として、従来のマルエージング鋼は不向きである。
【0010】
一般的なマルエージング鋼は、Cを実質的に含まず、かつ、Ni、Mo、Ti、Co等の合金元素を含む。このマルエージング鋼では、マルテンサイトのマトリクス中にNiMo相及びNiTi相のような金属間化合物が析出している。この金属間化合物は、マルエージング鋼を材質とする造形物の高硬度及び強度に寄与する。
【0011】
Coは、Moの固溶限を下げる。従って、Coの添加量が多いマルテンサイトでは、過飽和のMoの量も多い。Coの添加は、マルテンサイト中へのNiMo相の析出を促進する。
【0012】
一方、Coはオーステナイト形成元素なので、Coの多量の添加はマルテンサイト変態を阻害する。Coの多量の添加はμ相又はσ相の生成を助長するので、合金の脆化を招く。さらに、Coは特定化学物質障害予防規制の対象であり、この規定の遵守の観点から、Feへの多量のCoの添加は、好ましくない。かかる事情から、Coの添加量が抑制されることが好ましい。しかし、Coの添加量が抑制された鋼では、NiMo相が析出しにくい。この鋼を材質とする造形物では、硬さ、強度等の機械的特性が不十分である。
【0013】
Fe基合金を材質とする積層造形物の機械的特性には、未だ改善の余地がある。溶射法、レーザーコーティング法、肉盛法等の急速溶融急冷凝固プロセスにより得られ、かつ、優れた機械特性を有するFe基合金造形物も、未だ提案されていない。
【0014】
本発明の目的は、機械的特性に優れたFe基合金造形物の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、鋭意検討の結果、造形物の金属組織に析出するFeMo相由来のLaves相が、この造形物の機械的特性に影響することを見出した。そして、粗大なLaves相を含まない金属組織の形成が、Coの添加量が少ないことを補って、Fe基合金造形物の機械的特性を向上させることを見出し、本発明を完成した。
【0016】
即ち、本発明に係る造形物の材質はFe基合金である。このFe基合金は、Moと、0.0質量%以上0.5質量%以下のCoと、を含む。この造形物の金属組織において、FeMo相由来のLaves相の長手方向の長さは450nm未満である。好ましくは、このLaves相の長手方向の長さは100nm未満である。
【0017】
好ましくは、このFe基合金造形物のXRD測定により得られる回折パターンにおいて、2θ=36.5±1°におけるピーク強度Iと、2θ=37.8±1°におけるピーク強度Iと、2θ=41.3±1°におけるピーク強度Iと、2θ=35.0±1°におけるバックグラウンドピークの強度Iと、は下記数式(1)及び(2)を満たす。
(I-I)/(I-I)≦1.5 (1)
(I-I)/(I-I)≦1.5 (2)
【0018】
好ましくは、このFe基合金造形物のXRD測定により得られる回折パターンにおいて、2θ=36.5±1°におけるピーク強度Iと、2θ=37.8±1°におけるピーク強度Iと、2θ=41.3±1°におけるピーク強度Iと、2θ=35.0±1°におけるバックグラウンドピークの強度Iと、は下記数式(3)及び(4)を満たす。
(I-I)/(I-I)≦1.0 (3)
(I-I)/(I-I)≦1.0 (4)
【0019】
好ましくは、このFe基合金におけるCoの含有率は、0.35質量%未満である。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係るFe基合金造形物は、強度及び靱性に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、本発明の一実施形態に係るFe基合金造形物の金属組織を示す透過電子顕微鏡画像である。
図2図2は、比較例の造形物の金属組織を示す透過電子顕微鏡画像である。
図3図3は、本発明の一実施形態に係るFe基合金造形物で得られるXRD回折パターンである。
図4図4は、比較例の造形物で得られるXRD回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、好ましい実施形態に基づいて本発明が詳細に説明される。なお、本願明細書において、特に記載がない限り、範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味する。また、Fe基合金の成分組成に関し、含有率の下限値が「0.0質量%」と記載されている場合、所定の成分(元素)が含まれていないか、定量限界値以下であることを意味する。
【0023】
本発明に係るFe基合金造形物(以下、「造形物」と称する場合がある)は、Fe基合金粉末(以下、「合金粉末」と称する場合がある)を材料とする急速溶融急冷凝固を伴うプロセスにより作製される。この造形物の材質は、Fe基合金である。好ましくは、この造形物のマトリクス組織は、マルテンサイトである。この造形物は、造形条件によって、マルテンサイトではない組織を含みうる。マルテンサイト以外の組織として、オーステナイト、ベイナイト等が例示される。
【0024】
この造形物の材質であるFe基合金は、Moと、0.0質量%以上0.5質量%以下のCoと、を含む。好ましくは、このFe基合金は、Ni、Ti及びAlをさらに含む。このFe基合金の主成分は、Feである。このFe基合金は、不可避的不純物を含みうる。以下、この合金における各元素の役割が詳説される。
【0025】
[コバルト(Co)]
前述の通り、多量のCoはマルテンサイト変態を阻害する。本発明に係る造形物では、その材質であるFe基合金が、Coを含まないか、含む場合はその含有率が0.5質量%以下である組成に設定される。Fe基合金におけるCoの含有率は、少ないほど好ましく、0.2質量%以下がより好ましく、0.1質量%以下がさらに好ましい。Coの含有率が、実質的にゼロでもよい。なお、Coが意図的に添加されない場合でも、不可避的に微量のCoが合金に含まれうる。
【0026】
[モリブデン(Mo)]
Moは、Fe基合金において、Feと金属間化合物を形成する。典型的な金属間化合物は、FeMoである。Niをさらに含むFe基合金では、MoはNiとも金属間化合物を形成する。典型的な金属間化合物は、NiMoである。これらの金属間化合物は、Fe基合金を強化する。材質がこのFe基合金である造形物は、急速溶融急冷凝固プロセスを経るにもかかわらず、強度に優れる。
【0027】
[ニッケル(Ni)]
Mo、Ni、Ti及びAlを含むFe基合金において、Niは、Mo、Ti及びAlのそれぞれと、金属間化合物を形成する。金属間化合物の具体例は、NiMo、NiTi及びNiAlである。これらの金属間化合物は、Fe基合金を強化する。材質がこのFe基合金である造形物は、急速溶融急冷凝固プロセスを経るにもかかわらず、強度に優れる。
【0028】
[チタン(Ti)]
Mo、Ni、Ti及びAlを含むFe基合金において、Tiは、Niと金属間化合物を形成する。典型的な金属間化合物は、NiTiである。この金属間化合物は、Fe基合金のクリープ破断強さに寄与する。この金属間化合物はさらに、Fe基合金の耐酸化性にも寄与する。材質がこのFe基合金である造形物は、急速溶融急冷凝固プロセスを経るにもかかわらず、強度及び耐久性に優れる。
【0029】
[アルミニウム(Al)]
Mo、Ni、Ti及びAlを含むFe基合金において、Alは、Niと金属間化合物を形成する。典型的な金属間化合物は、NiAlである。この金属間化合物は、Fe基合金のクリープ破断強さに寄与する。この金属間化合物はさらに、合金の耐酸化性にも寄与する。材質がこのFe基合金である造形物は、急速溶融急冷凝固プロセスを経るにもかかわらず、強度及び耐久性に優れる。
【0030】
[造形]
好ましくは、このFe基合金造形物は、
(1)Fe基合金粉末を準備する工程、
及び
(2)このFe基合金粉末を溶融・凝固し、未熱処理の造形物を得る工程
を含む製造方法により得られる。Fe基合金粉末は、多数の粒子からなる。この合金粉末を溶融・凝固する工程として、急速溶融急冷凝固プロセスが挙げられる。このプロセスの具体例として、三次元積層造形法、溶射法、レーザーコーティング法及び肉盛法が挙げられる。三次元積層造形法が好ましい。
【0031】
この三次元積層造形法には、3Dプリンターが使用されうる。この積層造形法では、敷き詰められた合金粉末に、レーザービーム又は電子ビームが照射される。照射により、合金粉末をなす粒子が急速に加熱され、急速に溶融する。粒子はその後、急速に凝固する。この溶融と凝固とにより、粒子同士が結合する。照射は、合金粉末の一部に、選択的になされる。合金粉末の、照射がなされなかった部分は、溶融しない。照射がなされた部分のみにおいて、結合層が形成される。
【0032】
結合層の上に、さらに合金粉末が敷き詰められる。この合金粉末に、レーザービーム又は電子ビームが照射される。照射により、粒子が急速に溶融する。粒子はその後、急速に凝固する。この溶融と凝固とにより、合金粉末中の粒子同士が結合され、新たな結合層が形成される。新たな結合層は、既存の結合層とも結合される。
【0033】
照射による結合が繰り返されることにより、結合層の集合体が徐々に成長する。この成長により、三次元形状を有する造形物が得られる。この積層造形法により、複雑な形状の造形物が、容易に得られる。
【0034】
[未熱処理造形物の硬さ]
造形後の、換言すれば熱処理されない状態の、造形物のロックウェル硬さHRCは、30以上40以下が好ましい。ロックウェル硬さHRCが30以上である未熱処理造形物により、強度に優れた造形物が得られる。この観点から、未熱処理造形物のロックウェル硬さHRCは32以上が特に好ましい。ロックウェル硬さHRCが40以下である未熱処理造形物は、亀裂等の内部欠陥が少ない。この観点から、未熱処理造形物のロックウェル硬さHRCは38以下が特に好ましい。ロックウェル硬さHRCの測定方法は、実施例にて後述する。
【0035】
[未熱処理造形物の組織]
その材質がMoを含むFe基合金である造形物の金属組織に、前述した金属間化合物FeMoに由来するLaves相が析出する場合がある。粗大なLaves相は、Fe基合金の靱性を阻害しうる。造形後の、換言すれば熱処理されない状態で、造形物の金属組織に含まれるFeMo相由来のLaves相は、その長手方向の長さが450nm未満であることが好ましい。このLaves相の長手方向の長さが450nm未満である造形物は、靭性に優れる。この観点から、Laves相の長手方向の長さは100nm以下が特に好ましい。Laves相に関する測定方法は、実施例にて後述する。
【0036】
なお、金属組織に析出したFeMo相由来のLaves相は、後述する熱処理によって分解又は微細化される。従って、造形後、未熱処理造形物の金属組織が、その長手方向の長さが450nm以上のLaves相を含む場合、熱処理を行うことにより、本発明に係るFe基造形物が得られうる。
【0037】
[未熱処理造形物のXRD回折パターン]
造形後の、換言すれば熱処理されない状態で、造形物のXRD測定を行って得られる回折パターンでは、2θ=36.5±1°におけるピーク強度Iと、2θ=37.8±1°におけるピーク強度Iと、2θ=41.3±1°におけるピーク強度Iと、2θ=35.0±1°におけるバックグラウンドピークの強度Iと、が下記数式(1)及び(2)を満たすことが好ましい。この数式(1)及び(2)を満たす未熱処理造形物から、靭性に優れた造形物が得られうる。
(I-I)/(I-I)≦1.5 (1)
(I-I)/(I-I)≦1.5 (2)
【0038】
ここで、2θ=37.8±1°及び2θ=41.3±1°におけるピークは、いずれも、FeMo相由来のLaves相に起因する回折ピークである。2θ=36.5±1°におけるピークは、析出強化相に起因する回折ピークである。析出強化相とは、Fe基合金の強度向上に寄与する金属間化合物(TiN)に由来して、造形時に析出する相である。XRD測定の詳細は、実施例にて後述する。
【0039】
靱性向上の観点から、前述したピーク強度I、I、I及びIが、下記数式(3)及び(4)を満たすことがより好ましい。
(I-I)/(I-I)≦1.0 (3)
(I-I)/(I-I)≦1.0 (4)
【0040】
なお、金属組織に析出したFeMo相由来のLaves相は、後述する熱処理によって分解又は微細化される。従って、造形後、未熱処理造形物の回折パターンにおいて、上記数式(1)及び(2)又は数式(3)及び(4)を満たさない場合、熱処理を行うことにより、上記数式(1)及び(2)又は数式(3)及び(4)を満たすFe基造形物が得られうる。
【0041】
[未熱処理造形物のマルテンサイト変態開始温度]
造形後の、換言すれば熱処理されない状態で、マルテンサイト変態開始温度が120℃以上180℃以下である造形物が好ましい。マルテンサイト変態開始温度が120℃以上である造形物は、オーステナイト形成元素であるNi含有量が少ない。従って、この造形物のマルテンサイト変態は、Niによって阻害されない。この観点から、未熱処理造形物のマルテンサイト変態開始温度は、130℃以上が特に好ましい。マルテンサイト変態開始温度が180℃以下である造形物は、造形時の内部応力が開放されやすく、従って、内部クラックが入りにくい。この観点から、未熱処理造形物のマルテンサイト変態開始温度は、170℃以下が特に好ましい。マルテンサイト変態開始温度の測定方法は、実施例にて後述する。
【0042】
[熱処理]
このFe基合金造形物が、
(3)上記工程(2)で得られた未熱処理造形物に熱処理を施して造形物を得る工程
をさらに含む製造方法により得られてもよい。このFe基合金造形物が、この工程(3)として、
(3-1)未熱処理造形物に溶体化を施す工程
及び
(3-2)未熱処理造形物に時効を施す工程
を含む製造方法により得られてもよい。上記工程(3-1)又は工程(3-2)において、未熱処理造形物のマルテンサイト変態開始温度が120℃以上180℃以下であることが好ましい。
【0043】
なお、上記工程(2)として急速溶融急冷凝固を伴うプロセスを行う場合、造形後の、換言すれば熱処理されない状態で、溶体化熱処理の効果が得られる。従って、(3-1)の工程を省略することも可能である。急速溶融急冷凝固を伴うプロセスによる工程(2)をおこなった後、(3-1)の工程を実施してもよい。
【0044】
溶体化熱処理により、過飽和マルテンサイト組織が得られる。時効熱処理により、マルテンサイトのマトリクス中にNiMo、NiTi及びNiAlが析出する。これら金属間化合物の析出により、強度及び靱性に優れたFe基合金造形物が得られる。
【0045】
溶体化の温度は、700℃以上1000℃以下が好ましい。温度が700℃以上である溶体化により、合金元素が十分に固溶したマルテンサイト組織が得られる。この観点から、溶体化の温度は730℃以上がより好ましく、750℃以上が特に好ましい。温度が1000℃以下である溶体化では、組織の脆化が抑制される。この観点から、溶体化の温度は970℃以下がより好ましく、950℃以下が特に好ましい。
【0046】
溶体化の時間は、1.0時間以上3.0時間以下が好ましい。1.0時間以上である溶体化により、合金元素が十分に固溶したマルテンサイト組織が得られる。この観点から、溶体化の時間は1.3時間以上がより好ましく、1.5時間以上が特に好ましい。3.0時間以下である溶体化では、エネルギーコストが抑制される。この観点から、溶体化の時間は2.7時間以下がより好ましく、2.5時間以下が特に好ましい。
【0047】
時効の温度は、450℃以上550℃以下が好ましい。温度が450℃以上である時効により、NiMo、NiTi及びNiAlが十分に析出した組織が得られる。この観点から、時効の温度は460℃以上がより好ましく、470℃以上が特に好ましい。温度が550℃以下である時効では、合金元素の母相への固溶が抑制される。この観点から、時効の温度は540℃以下がより好ましく、530℃以下が特に好ましい。
【0048】
時効の時間は、3.0時間以上6.0時間以下が好ましい。3.0時間以上である時効により、NiMo、NiTi及びNiAlが十分に析出した組織が得られる。この観点から、時効の時間は3.3時間以上がより好ましく、3.5時間以上が特に好ましい。6.0時間以下である時効では、エネルギーコストが抑制される。この観点から、時効の時間は5.7時間以下がより好ましく、5.5時間以下が特に好ましい。
【0049】
[熱処理後の造形物の硬さ]
熱処理後の造形物のロックウェル硬さHRCは、50以上60以下が好ましい。ロックウェル硬さHRCが50以上である造形物は、強度に優れる。この観点から、ロックウェル硬さHRCは52以上が特に好ましい。ロックウェル硬さHRCが60以下である造形物は、靭性に優れる。この観点から、ロックウェル硬さHRCは58以下が特に好ましい。ロックウェル硬さHRCの測定方法は、実施例にて後述する。
【0050】
[熱処理後の造形物の組織]
本発明に係るFe基合金造形物では、熱処理後の造形物の金属組織に含まれるFeMo相由来のLaves相の長手方向の長さが450nm未満である。このLaves相の長手方向の長さが450nm未満である造形物は、靭性に優れる。この観点から、Laves相の長手方向の長さは100nm以下がより好ましい。Laves相に関する測定方法は、実施例にて後述する。
【0051】
[熱処理後の造形物のXRD回折パターン]
熱処理後の造形物のXRD測定を行って得られる回折パターンでは、2θ=36.5±1°におけるピーク強度Iと、2θ=37.8±1°におけるピーク強度Iと、2θ=41.3±1°におけるピーク強度Iと、2θ=35.0±1°におけるバックグラウンドピークの強度Iと、が下記数式(1)及び(2)を満たすことが好ましい。この数式(1)及び(2)を満たすFe基合金造形物は、靭性に優れる。
(I-I)/(I-I)≦1.5 (1)
(I-I)/(I-I)≦1.5 (2)
【0052】
ここで、2θ=37.8±1°及び2θ=41.3±1°におけるピークは、いずれも、FeMo相由来のLaves相に起因する回折ピークである。2θ=36.5±1°におけるピークは、析出強化相に起因する回折ピークである。析出強化相とは、Fe基合金の強度向上に寄与する金属間化合物(TiN)に由来して析出する相である。XRD測定の詳細は、実施例にて後述する。
【0053】
靱性向上の観点から、前述したピーク強度I、I、I及びIが、下記数式(3)及び(4)を満たすことがより好ましい。
(I-I)/(I-I)≦1.0 (3)
(I-I)/(I-I)≦1.0 (4)
【実施例
【0054】
以下、実施例によって本発明の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるべきではない。
【0055】
下表1及び2に示された組成を有する原料を、準備した。各原料をアルミナ製の坩堝内で高周波誘導によって加熱し、溶融合金を得た。坩堝の底に形成されておりその直径が5mmであるノズルから溶融合金を落下させ、これに高圧のアルゴンガスを噴射した。この噴射により溶融金属が微細化しかつ急冷されて、粉末が形成された。この粉末を各粒子の径が63μm以下となるように分級してFe基合金粉末を得た。
【0056】
得られたFe基合金粉末を材料として、三次元積層造形装置(商品名「EOS-M280」)を用いて、それぞれ、造形物(未熱処理)を製作した。各未熱処理造形物に、下記表1及び2に示される条件で熱処理を施すことにより、実施例1-22及び比較例1-11のFe基合金造形物を製造した。
【0057】
[硬さ測定]
10mm角の試験片(10×10×10mm)を作製し、先端半径0.2mmのダイヤモンド鋼球が付いた圧子で、試験片の試験面に基本荷重である10kgfをかけた。次に、基本加重に試験荷重である100kgfを足した110kgfの荷重を試験片に加え、この試験片を塑性変形させた。次に、荷重を基準荷重である10kgfに戻し、基準面からの永久窪みの深さを測定した。この深さから、変換式により、ロックウェル硬さHRCを算出した。測定は、熱処理前及び熱処理後に行った。この結果が、「硬さ(HRC)」として下表1及び2に示されている。
【0058】
[組織観察]
下記(A)又は(B)のいずれかの方法にて組織観察を行って、FeMo相由来のLaves相の長手方向の長さを求めた。熱処理前及び熱処理後の造形物について得られた結果が、「Laves相長径(nm)」として下表1及び2に示されている。
方法(A):FIB(集束イオンビーム)加工にて、薄膜状の試験片を作製した。この試験片を透過電子顕微鏡(TEM)で観察した。無作為に抽出された10箇所(1箇所は2μm×2μmの領域)で化合物の組成を特定して、FeMo相由来のLaves相の長手方向の長さを計測し、その平均値を算出した。
方法(B):各造形物にスルホサリチル酸を反応させて抽出残差物を作製し、これを透過電子顕微鏡(TEM)で観察した。を測定し無作為に抽出された10箇所(1箇所は2μm×2μmの領域)で化合物の組成を特定して、FeMo相由来のLaves相の長手方向の長さを計測し、その平均値を算出した。
【0059】
熱処理後の実施例15で得られた透過電子顕微鏡画像が、図1に示されている。熱処理後の比較例1で得られた透過電子顕微鏡画像が、図2に示されている。図1及び図2中、黒点又は黒色の領域が、FeMo相由来のLaves相である。
【0060】
[XRD測定]
実施例及び比較例の造形物に、それぞれスルホサリチル酸を反応させて抽出残差物を作製し、X線回折装置(Rigaku社製の商品名「RINT-2500」)を用いて、下記条件にてXRD測定を行った。
線源:CuKα
2θ:20-80°
【0061】
熱処理後の実施例15で得られた回折パターンが、図3に示されている。熱処理後の比較例1で得られた回折パターンが、図4に示されている。図3及び4中、黒三角がFeMo相由来のLaves相に起因するピークであり、白三角がTi化合物に起因するピークであり、黒四角が析出強化相(TiN)に起因するピークである。
【0062】
得られた回折パターンから、2θ=36.5±1°におけるピーク強度I、2θ=37.8±1°におけるピーク強度I、2θ=41.3±1°におけるピーク強度I、及び2θ=35.0±1°におけるバックグラウンドピークの強度Iを求め、下記数式により比R(1)及び比R(2)を算出した。熱処理前及び熱処理後の造形物について得られた結果が、下表1及び2に示されている。
R(1)=(I-I)/(I-I
R(2)=(I-I)/(I-I
【0063】
[マルテンサイト変態開始温度]
熱処理前の造形物から、φ3×L10mmの試験片を採取した。この試験片に、機械加工でφ2mm×深さ2mmの熱電対溶着用の穴を作製した。この試験片をフォーマスター試験機に設置して、10℃/秒で昇温させ、最高温度1000℃で10分間保持した後、200℃/秒で降温させた。冷却時に観測された変異点をマルテンサイト変態開始温度とて求めた。この結果が、「Ms点(℃)」として下表1及び2に示されている。
【0064】
[常温引張特性]
JIS 14A号 φ5試験片(φ5×GL25mm)を作製し、JISの規定に準拠して、温度20℃にて引張試験を行った。試験中に加わった最大引張応力σ(σ=測定荷重F/断面積S)が引張強さである。荷重と伸びをグラフにプロットし、弾性領域と平行に標点距離の0.2%分だけオフセットした直線を引き、荷重曲線との交点の応力を0.2%耐力として算出した。伸びZは、下記数式に基づいて算出した。
Z=(Lf-L0)/L0×100
この数式において、L0は初期の標点間距離であり、Lfは破断時の標点間距離である。この結果が、「引張強度(MPa)」として下表1及び2に示されている。
【0065】
[シャルピー衝撃特性]
JIS 4号試験片 2mmV切欠き試験片(10×10×L55mm)を作製し、JISの規定に準拠して、温度20℃にてシャルピー衝撃試験を行った。振り子と同じ原理で振り下ろされたハンマーが、試験片を破壊した後、その惰性で振り下ろされた方向とは反対側へ押し出されたときの、このハンマーの高さを計測した。この結果が、「シャルピー衝撃値(J/mm)」として下表1及び2に示されている。
【0066】
[格付け]
下記の基準に基づき、熱処理後の各造形物を評価1-評価4に格付けした。
(評価1)
引張強さ:1700MPa以上
シャルピー衝撃値:20.0J/mm以上
(評価2)
引張強さ:1700MPa以上
シャルピー衝撃値:15.0J/mm以上20.0J/mm未満
(評価3)
引張強さ:1700MPa未満
シャルピー衝撃値:10.0J/mm以上15.0J/mm未満
(評価4)
引張強さ:1700MPa未満
シャルピー衝撃値:10.0J/mm未満
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
[表1及び2における脚注]
・成分組成の列の記号UMは、定量限界値以下(ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析計)にて測定)を示す。
・溶体化熱処理温度の列の記号「-」は、実施していないことを表す。
・溶体化熱処理時間の列の記号「-」は、実施していないことを表す。
【0070】
表1及び2に示されるように、各実施例の造形物は総合評価に優れている。この結果から、本発明の優位性は明かである。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明に係るFe基合金造形物は、ノズルから粉末が噴射されるタイプの3Dプリンターによっても得られうる。この造形物は、ノズルから粉末が噴射されるタイプのレーザーコーティング法によっても得られうる。
図1
図2
図3
図4