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  • 特許-水晶素子及び水晶デバイス 図1
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  • 特許-水晶素子及び水晶デバイス 図5B
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-05
(45)【発行日】2025-02-14
(54)【発明の名称】水晶素子及び水晶デバイス
(51)【国際特許分類】
   H03H 9/19 20060101AFI20250206BHJP
【FI】
H03H9/19 E
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2023559885
(86)(22)【出願日】2022-11-10
(86)【国際出願番号】 JP2022041864
(87)【国際公開番号】W WO2023085348
(87)【国際公開日】2023-05-19
【審査請求日】2024-05-13
(31)【優先権主張番号】P 2021185693
(32)【優先日】2021-11-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090033
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 博司
(74)【代理人】
【識別番号】100093045
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 良男
(72)【発明者】
【氏名】松浦 大輔
【審査官】石田 昌敏
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-255052(JP,A)
【文献】特開2015-109633(JP,A)
【文献】特開2007-096945(JP,A)
【文献】特開2001-251160(JP,A)
【文献】特開2020-136999(JP,A)
【文献】特開2014-158149(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03H 9/00- 9/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水晶片と、
当該水晶片の両面に位置し、金の含有量が質量比で90%以上である導電層を有する一対の電極と、
を備える水晶素子であって、
当該水晶素子のDLD特性が正方向(+)の部分と逆方向(-)の部分とが混在し、
前記導電層の厚さ(mm)と前記水晶素子の共振周波数(MHz)との積の値は、0.017272以上0.019684以下である、
水晶素子。
【請求項2】
前記導電層と前記水晶片との間に下地層を有する、請求項1に記載の水晶素子。
【請求項3】
前記水晶素子の共振周波数が40MHz以上400MHz以下である、請求項1に記載の水晶素子。
【請求項4】
前記水晶素子の導電層の厚さが50nm以上600nm以下である、請求項1に記載の水晶素子。
【請求項5】
前記水晶素子のクリスタルインピーダンスが30Ω未満である、請求項1に記載の水晶素子。
【請求項6】
前記一対の電極が平面視同一位置にある、請求項1に記載の水晶素子。
【請求項7】
請求項1~のいずれか一項に記載の水晶素子を備える水晶デバイス。
【請求項8】
水晶片と、
当該水晶片の両面のそれぞれ平面視同一位置にあり、前記両面上にそれぞれ位置する下地層と、当該下地層上に位置し、金の含有量が質量比で90%以上である導電層とを有する電極と、
を備える水晶素子であって、
前記導電層の厚さ(mm)と当該水晶素子の共振周波数(MHz)との積の値は、0.017272以上0.019684以下である
水晶素子。
【請求項9】
前記積の値は、0.017933以上0.018363以下である請求項に記載の水晶素子。
【請求項10】
前記共振周波数は、76.8MHzである請求項に記載の水晶素子。
【請求項11】
請求項8~10のいずれか一項に記載の水晶素子を備える水晶デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、水晶素子及び水晶デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
水晶片を所定の周波数で共振させて信号を得る水晶素子において、励振レベル(ドライブレベル)の増加に応じて周波数が上昇する特性(DLD;Drive Level Dependency、励振レベル依存性)を有することが知られている。特開2020-25344号公報では、このDLD特性を向上させるために、電極の構造及び形状を工夫する技術が開示されている。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0003】
本開示の一の態様は、以下の通りである。
[A1]水晶片と、
当該水晶片の両面に位置してなる金の含有量が質量比で90%以上である導電層とを有する一対の電極と、
を備える水晶素子であって、
当該水晶素子のDLD特性が正方向(+)の部分と逆方向(-)の部分とが混在する、水晶素子。
[A2]前記導電層と前記水晶片との間に下地層を有するA1記載の水晶素子。
[A3]前記水晶素子の共振周波数が40MHz以上400MHz以下である[A1]又は[A2]記載の水晶素子。
[A4]前記水晶素子の導電層の厚さが50nm以上600nm以下である[A1]~[A3]のいずれか一項に記載の水晶素子。
[A5]前記水晶素子のクリスタルインピーダンスが30Ω未満である[A1]~[A4]のいずれか一項に記載の水晶素子。
[A6]前記導電層の厚さ(mm)と前記水晶素子の共振周波数(MHz)との積の値は、0.017272以上0.019684以下である[A1]~[A5]のいずれか一項に記載の水晶素子。
[A7]前記一対の電極が平面視同一位置にある[A1]~[A6]のいずれか一項に記載の水晶素子。
[A8][A1]~[A7]のいずれか一項に記載の水晶素子を備える水晶デバイス。
本開示の別の態様は、以下の通りである。
[B1]水晶片と、
当該水晶片の両面のそれぞれ平面視同一位置にあり、前記両面上にそれぞれ位置する下地層と、当該下地層上に位置し、金の含有量が質量比で90%以上である導電層とを有する電極と、
を備える水晶素子であって、
前記導電層の厚さ(mm)と当該水晶素子の共振周波数(MHz)との積の値は、0.017272以上0.019684以下である水晶素子。
[B2]前記積の値は、0.017933以上0.018363以下である[B1]記載の水晶素子。
[B3]前記共振周波数は、76.8MHzである[B1]又は[B2]記載の水晶素子。
[B4][B1]~[B3]のいずれか一項に記載の水晶素子を備える水晶デバイス。
【図面の簡単な説明】
【0004】
図1】本実施形態の水晶デバイスのある断面における形状を示す図である。
図2A】水晶素子の振動を説明する図である。
図2B】水晶素子の振動を説明する図である。
図2C】水晶素子の振動を説明する図である。
図3】目標とする共振周波数を規定した場合の励振電極の厚さに応じたDLD特性を示す図表である。
図4】DLD特性を説明するための模式図である。
図5A】励振電極の厚さに応じたDLD特性の計測例を示すグラフ図である。
図5B図5Aの一部を拡大した図である。
【発明を実施するための形態】
【0005】
以下、実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本実施形態の水晶デバイス1のある断面における形状を示す図である。
水晶デバイス1は、基体11と、水晶振動素子12(水晶素子)と、導電性接着剤13と、蓋体14と、部品15などを備える。
【0006】
基体11は、特には限られないが、例えば、セラミック材料、水晶、半導体材料若しくはガラス材又はこれらの組合せである。基体11は、上面側中央に凹部11aを有する。凹部11aの底面には、当該底面から突出する電極パッド111が位置する。電極パッド111は、上面が平面状であり、例えば、スクリーン印刷などにより形成され得る。また、電極パッド111の最上面には、金めっきなどがなされていてもよい。当該電極パッド111に対し、導電性接着剤13により水晶振動素子12が接着されている。導電性接着剤13は、例えば、銀フィラーを含有する樹脂系(例えば、シリコーン系樹脂又はエポキシ樹脂など)の接着剤などであってもよい。特に、シリコーン系樹脂の導電性接着剤13は、接着後にも柔らかいので、振動に対して悪影響を与えづらい。
【0007】
水晶振動素子12は、水晶片121と、下側電極122a及び上側電極122b(まとめて励振電極122;電極)と、搭載電極124などを有する。励振電極122は、水晶片121の振動部分を上下から挟んで水晶片121の両面に接している。搭載電極124は、水晶振動素子12を基体11に搭載して、水晶振動子12の外部から励振電極122へ電圧を印加するために電極パッド111を介して基体11内の電気回路に接続される電極であり、導電性接着剤13が接着されている。これにより、振動部分及び励振電極122は、凹部11aの内壁面に接触せずに浮いた状態で固定されている。これら励振電極122及び搭載電極124は、下地層及び当該下地層の上面側に位置する導電層の積層構造である。
【0008】
下地層は、水晶片121と導電層とを密着させる役割を果たす。このような下地層は、例えば、Cr、Ni、NiCr、Ti又はMoである。これらのうち、Crは相対的に沸点が低く、相対的に低温で水晶片121に対して下地層を形成することができるのでより好適である。下地層は、例えば、1nm以上20nm以下であり、導電層の厚みの1割以下であることが好ましい。下地層が1nm以上であることは、水晶振動子12が熱の影響を受けた場合に下地層の成分が導電層へ拡散して当該導電層の密着性低下を抑制するので好ましい。一方、下地層が20nm以下であることは、当該下地層が導電層に対して及ぼす電気的特性低下を抑制するので好ましい。
【0009】
導電層は、電気伝導度の高い金属で構成されていれば特段の限定はないが、導電層の密度ρ(g・cm-3)が15以上25以下であることが好ましく、特に好ましくは18以上20以下である。ここでは導電層が金(Au)であることがより好ましい。ここでいう金とは、金の含有量が質量比で90%以上(不純物が10%未満)であり、好ましくは95%以上、特に好ましくは99%以上であることをいう。金は、他の材料と比較して科学的に安定しており、大気中の酸素や硫黄と反応しづらく、その結果水晶振動素子の周波数の変化を生じさせにくい点で好ましい。導電層は、Ag、Al、又はCuを含んでいてもよい。なお、導電層は2層以上であってもよい。
【0010】
導電層の厚さは、通常50nm以上、好ましくは75nm以上、より好ましくは100nm以上、特に好ましくは200nm以上である。また、導電層の厚さは、通常600nm以下、より好ましくは450nm以下、特に好ましくは300nm以下である。
【0011】
このような下地層及び導電層を有する励振電極122及び搭載電極124は、例えば、スパッタ装置又は蒸着装置により定められた位置に物理吸着させることで形成されればよい。
【0012】
水晶片121は、略矩形の板状形状である。水晶片121は、例えば、ATカット、SCカット又はBTカットなどによるものであってよく、好ましくは、ATカットである。水晶片121の外形をエッチングによって形成する場合には、エッチングに対する異方性に起因して側面に残渣が生じていてもよい。また、水晶片121の角は、丸められていてもよい。
水晶片121の形状は、特に限定するものではないが、長方形が好ましい。長方形の水晶片121の長辺は、通常300μm以上1500μm以下、好ましくは500μm以上1200μm以下、特に好ましくは700μm以上1000μm以下である。また、長方形の水晶片121の短辺は、水晶片121の長辺よりも短ければ特段の制限はないが、通常100μm以上1100μm以下、好ましくは250μm以上900μm以下、特に好ましくは400μm以上700μm以下である。水晶片121の長辺に対する短辺の比は、通常0.07以上1未満、好ましくは0.25以上0.9以下、特に好ましくは0.5以上0.8以下である。
【0013】
水晶片121の厚さ は、水晶振動素子12の共振周波数に応じて規定されている。なお、水晶片121の厚さ は全体で一様であるものに限られない。振動部分の厚さが上記のように規定されていれば、当該振動部分を囲む部分が厚く/薄くなっているものであってもよいし、搭載電極124の部分(水晶片121の一端側)のみが厚くなっているものであってもよい。
【0014】
水晶振動素子12の共振周波数は、通常40MHz以上、好ましくは45MHz以上、より好ましくは50MHz以上、更に好ましくは75.8MHz以上である。また、水晶振動子12の共振周波数は、通常400MHz以下、好ましくは300MHz以下、より好ましくは200MHz以下、更に好ましくは150MHz以下、殊更に好ましくは、77.8MHz以下、特に好ましくは76.8MHzである。
【0015】
基体11の凹部11aの上面側、すなわち、凹部11aを囲う枠体112の上端は、金すず又は銀ろうなどの導電性の封止部材を介して蓋体14と接合され、これにより、凹部11aが封止されている。基体11と蓋体14との間には、導電性である枠状のメタライズ層が位置していてもよい。
【0016】
電極パッド111は、基体11を貫通する図示略の信号線路を経て外部に電気的に接続可能(例えば、基体11の底面に位置する外部接続パッドから外部配線や基板に接続可能)となっている。
【0017】
基体11の底面側には、部品15が位置している。部品15は、ICチップなどの電子部品であってもよいし、検温素子(サーミスタなど)といったセンサなどであってもよい。また、部品15は、これらの複数個の組合せであってもよい。これらは、水晶振動素子12の発振周波数の調整に係る付帯情報を出力したり、あるいは、付帯情報に応じた調整を行ったりするものであり、すなわち水晶デバイス1は、例えば、温度補償水晶発振器(TCXO)などであってもよい。なお、部品15の位置は、底面の平面視中央付近ではなく、偏った位置であってもよい。
【0018】
次に、水晶振動素子12の振動について説明する。
図2A図2Cは、水晶振動素子12の振動について説明する図である。
水晶振動素子12の水晶片121は、上側電極122b及び下側電極122aの間に印加される電圧に応じた分極により、当該分極方向に垂直な面内、すなわち、水晶片121の延在方向に沿って厚み滑り振動を生じる。このとき、図2Aに示すように、近似的には励振電極122は剛体であり、単に水晶片121の上面及び下面にそれぞれ位置する錘である。
【0019】
しかしながら、振動の周波数が高く、電圧、すなわち励振レベルDL(Drive Level)が大きくなると、電極がもはや剛体で近似できなくなり、それぞれ弾性振動を伴うようになる。すなわち、水晶片121に対して、これとは弾性率の異なる電極材、ここでは金が直列に並んでいることになる。
【0020】
図2Bに示すように、高周波数帯の高電圧による駆動により、励振電極122にも水晶片121の厚み滑り振動方向と同一軸方向への振動が生じ得る。この場合、図2Cに模式的に示すように、水晶片121と下側電極122a、上側電極122bとが直列につながった振動になる。すなわち、合成されたばね定数kは、水晶片121のばね定数kと励振電極122のばね定数kとが合成されたものであるから、次の数式1で表される。
=k・k/(k+k) … (数式1)
【0021】
また、水晶片121及び励振電極122の直列ばねでは、その弾性率の違いの影響などにより、それぞれ完全な線形振動とはならない。すなわち、非線形ばねとして、例えば、水晶片121の振動は、ばね定数のm次(mは0から無限大まで)の係数をiとしてk=Σ(i・u )と表され、励振電極122の振動は、ばね定数のn次(nは0次から無限大まで)の係数をjとしてk=Σ(j・u )と表される。係数i、jは、それぞれ水晶片121及び励振電極122により定まる値である。なお、非線形ばねであっても、極めて高次(例えば、4-7次以上など)の振動は通常無視可能である。
【0022】
また、実際の水晶振動素子12には重量があり、特に、励振電極122である金の重量を無視することはできないので、ここでは単純に錘としての質量Mがばね成分に対して直列に接続されている。なお、励振電極122の下地層は、その厚みが上記のように導電層の厚みに比して十分に(1割未満)小さく、密度比を考慮するとその重量も十分に小さいので、励振電極122の特性に対する影響を無視することができる。水晶振動素子12では、水晶片121と励振電極122との接触面積Sは共振周波数Fにより概ね規定されるので、ある材質(すなわち密度ρが単一)のもとでは、質量Mは主に励振電極122の厚さTに依存する。ここで、励振電極122の厚さTとは、下側電極122aの導電層の厚さと上側電極122bの導電層の厚さとの平均厚さのことをいう。
【0023】
水晶振動素子12の振動を励起する力(励振レベル)は、ここでは、この水晶振動素子12に加えられる電力Pの平均値<P>により定まる。水晶振動素子12の直列抵抗Rにより、水晶片121の振幅u=α(<P>/R)1/2と表される(αは比例定数)。すなわち、振幅uは励振レベルに依存する。また、振幅uの微分値である変位速度v及び変位加速度aは、励振レベルに加えて、振幅uの共振周波数Fにも依存することになる。
【0024】
励振電極122の変位は、当該励振電極122と水晶片121との接触面では、当然水晶片121の変位と同一である。励振電極122の水晶片121から離隔した位置では、励振電極122の剛性率と慣性(質量=金の密度×水晶片121との接触面積×水晶片121との接触面に垂直な厚さT、及び水晶片121の変位加速度a)に応じて水晶片121の変位に遅れが生じるような滑り方向(水晶片121の変形方向と同一軸方向)の変形が生じると考えられる。したがって、励振電極122の水晶片121と接する側とは反対側における変位(振動する水晶片121との接触面に対する相対的な振幅u)は、水晶片121の変位に対して当該励振電極122の厚さT、並びに水晶片121の表面の変位加速度aに依存して以下の数式2のようになる。
=T・a/V … (数式2)
は、上記剛性率と質量に依存した、すなわち、励振電極122の材質に基づく定数であり、当該材質における厚み滑りの音速である。よって、振幅uは、励振レベル及び共振周波数Fに依存する。
【0025】
ここで、水晶振動素子12の共振周波数Fは、周知のように、変位速度vと波長λとによりv/λと表され、波長λは、振動の開放端である水晶片121の上面と下面の距離、すなわち水晶片121の厚さTによるから、共振周波数Fは、次の数式3で表される。
F=(k/M)1/2/(2πT) … (数式3)
上記のように水晶片121の厚さTは共振周波数に応じた規定値であり、励振電極122の質量Mは当該励振電極122の厚さTに依存する。合成された非線形のばね定数kは、上記のように水晶片121の振幅uに依存する成分と、励振電極122の振幅uに依存する成分とを有する。上記から、振幅uは、励振レベルに依存し、振幅u、厚さT、励振レベル及び共振周波数Fに依存する。
【0026】
励振電極122が剛体であれば、前者(水晶片121)の振幅uだけに依存する振動であり、この場合には従来知られているように、単純に、励振レベルの変化(増大)に従い、水晶振動素子12の共振周波数Fも単調変化(上昇)することになる(硬化ばね)。一方、励振電極122も上記のように振動を生じる場合には、共振周波数Fは、前者の振幅 に依存する各項と後者の振幅uに依存する各項との積が含まれることで、共振周波数Fが当該共振周波数F自身と励振電極122の厚さTとの積に依存することになる。この場合に、共振周波数Fが励振レベルの上昇に応じて単調増加するか否かは、非線形振動に係るばね定数ktの高次項の係数(厚さ 及び共振周波数Fの影響分を含む)の比(主に3次以上の項の係数の大きさなど)などによって定まる。
【0027】
水晶片121の厚さTに対する励振電極122の厚さTの比は、通常0.0110以上、特に好ましくは0.0114以上である。また、この比は、通常0.0138以下、特に好ましくは0.0124以下である。上述の範囲にあることで、DLD特性が改善されるので、好ましい。
励振電極122は、例えば、平面視で円形、楕円形若しくは多角形又はこれらの一部ずつの組み合わせであってもよい。また、励振電極122は、上記多角形の角が丸められていてもよい。励振電極122が平面視で多角形である(角が丸められているものを含む)場合には、当該多角形は長方形が好ましい。この場合、励振電極122の長辺は、水晶片121の長辺よりも短ければ特段の制限はないが、通常100μm以上1100μm以下、好ましくは250μm以上900μm以下、特に好ましくは400μm以上700μm以下である。水晶片121の長辺に対する励振電極122の長辺の比は、通常0.07以上1未満、好ましくは0.25以上0.9以下、特に好ましくは0.5以上0.8以下である。平面視長方形の励振電極122の長辺に対する短辺の比は、通常0.05以上1未満、好ましくは0.2以上0.75以下、特に好ましくは0.3以上0.5以下である。
励振電極122の構成要素である上側電極122b及び下側電極122aの形状及び大きさは、同一であってもよいし、互いに異なっていてもよい。励振電極122は、水晶片121の両面のそれぞれ平面視同一位置にあることが好ましい。ここで、平面視同一位置とは、励振電極122が多角形である場合に、上側電極122bの各辺と、当該各辺にそれぞれ対応する下側電極122aの辺とが、平面視で互いに±5μm以内の範囲に位置していることをいう。
【0028】
図3は、目標とする共振周波数F(水晶片121の厚さT)を規定した場合の励振電極122の厚さTに応じた共振周波数Fの励振レベルに応じた変化傾向を示す図表である。
この図表は、設定された共振周波数Fが76.8MHzであり、それぞれ略矩形状の水晶片121(ATカット、厚み:21.5μm)を長辺が805μm、短辺が537μmとし、当該水晶片121の両面に配置される励振電極122(金の含有量:99%以上)を長辺が559μm、短辺が233μmとし、水晶片と励振電極の間の下地層を材料がクロム(Cr)、厚みが4nmとした場合に、各励振電極122の厚さ の試作品において励振レベルを変化させたときの計測結果を含んでいる。ここで、励振電極122の寸法の公差、及び水晶片121の寸法の公差は、それぞれ±10μm程度である。
【0029】
DLD特性(励振レベル依存性ともいう)は、励振レベルの変化に応じた周波数の変化の増減を示している。
ΔFは、励振レベルの変化に応じた周波数の変化幅を示している。具体的には、ΔFは、励振レベルに応じた周波数と励振レベル0.00μW時の周波数との差分を示す。従来の製品との比較上、励振レベル(励振電力)を250μWとした際にΔFが0ppm以上であればスプリアス発振が発生しにくいため好ましく、6ppm以下であれば、誤動作を避けて実用に耐えるレベルと判断している。
【0030】
DLD特性における「-」は、励振レベルの上昇に応じて共振周波数変化幅(ΔF)が、グラフ(Y軸(通常目盛):ΔF、X軸(対数目盛):励振レベル)を作成した際に単調減少する傾向(逆方向)を示す。具体的には、「-」は、当該グラフにおいてΔFと励振レベルの傾きが0より小さいことをいう。「+」は励振レベルの上昇に応じてΔFが、当該グラフを作成した際に単調増加する傾向(正方向)を示し、当該グラフにおいてΔFと励振レベルの傾きが0より大きいことをいう。「±」は励振レベルの上昇に応じて共振周波数の変化幅ΔFが減少(低下)する部分と増加(上昇)する部分とが混在していることを示す。
【0031】
本開示に係るDLD特性は、具体的には、ネットワークアナライザーを用いて、励振レベル(励振電力ともいう)を0.01~250μW変化させた際の水晶振動素子12の共振周波数変化幅を測定することで得られる。DLD特性に「+」の部分と「-」の部分とが混在することは、起動時の周波数が安定する点で好ましい。
DLD特性は、ΔFが励振レベルに対して3次以上の関数に従って変化して、少なくとも極小値をとることが好ましい。より好ましくは、DLD特性において、ΔFが0から極小値まで単調減少する。更に好ましくは、「-」の部分において、当該グラフにおける0.01μWにおけるΔFの測定値と極小値とを結ぶ直線の傾き(Hz/μW)が-20.0以上である。より好ましくは、この傾きが-10.0以上であり、特に好ましくは、傾きが-7.5以上である。一方、「+」の部分において、当該グラフにおける極小値と250μWでのΔFの測定値とを結ぶ直線の傾き(Hz/μW)は、1.0×10-1以下であることが好ましい。より好ましくはこの傾きが5.0×10-2以下であり、更に好ましくは傾きが1.0×10-2以下であり、特に好ましくは傾きが5.0×10-3以下である。
【0032】
また、Crystal Impedance(CI、クリスタルインピーダンス)は、直列等価抵抗に応じた値である。CIが30Ω未満では、実用上損失が許容できるレベルであると判断している。CIは、好ましくは25Ω以下であり、20Ω以下が特に好ましい。下限については、0より大きければ特段の限定はない。
本開示に係るCIは、具体的には、ネットワークアナライザを用いて測定される。
【0033】
この図3から分かるように、励振電極122の厚さ が224.9nm以上になると、DLD特性において正方向(+)と逆方向(-)とが混在するようになる(実施例1~実施例、比較例3及び比較例4)。このような傾向がみられると、励振レベルの上昇に応じて一度一方向へ変化する共振周波数Fが途中から反対方向に変化することで相殺され、広い励振レベルで共振周波数Fの変化が抑えられることになる。
【0034】
なお、励振電極122の膜厚(厚さ )が200nmよりも小さい場合(比較例1)及び300nmよりも大きい場合には、副次的な振動の影響が大きくなるので、水晶振動子12の電気的特性が低下する。特に、水晶片121の長辺が1.2mm以下の場合には、主振動と副次的な振動とが結合しやすくなり、共振周波数Fが急激に変化する。したがって、励振電極122の厚さ が200nm以上300nm以下の範囲外では、適切な電気的特性は得られない。
【0035】
図4は、励振レベルに応じた周波数変化量の特性(DLD特性)を説明するための模式図である。周波数の変化量であるΔFが励振レベルに対して1次関数や2次関数の関係にある場合には、破線で示すように、励振レベルが上昇するに従ってΔFが単調に大きくなるだけであり、すなわち、励振レベルが大きくなると単純に共振周波数Fの精度が落ちる。一方、ΔFが励振レベルに対して3次関数以上であって、極大と極小をそれぞれとる場合には、実線で示すように、ΔFは、当該極大と極小の間やその外側の若干の範囲では(この範囲から大きく外れない限り)、単調に大きく(小さく)ならず、精度が大きく悪化しない範囲が維持され得る。
【0036】
ここでは、厚さ が233.5nm以上239.1nm以下の範囲(実施例2、実施例3)では、ΔFが1.0ppm以下となって通常よりも非常に小さい範囲に収まる(A)。すなわち、励振レベルを大きくしても共振周波数Fが大きく変化せず、実用上問題が生じにくい。
【0037】
ただし、励振電極122の厚さ が更に大きくなっていくと励振電極122の質量Mが増大して錘としての効果が過大になり、水晶片121の振動を妨げることになる。その結果、ΔFよりもCIの増加が目立つようになる。ここでは、厚さ が256.3nm以下であれば(比較例3)、30Ω未満のCIが得られる(B)。これよりも厚さ が更に増すと(比較例)、CIが30Ω以上となって共振周波数信号を送受信するのに不適切になる(C)。
【0038】
すなわち、上記の通り、金の励振電極122が厚ければ、当該励振電極122の共振が生じるようになり、当該共振に係るばね係数と水晶片121の共振に係るばね係数との組み合わせ(積)に応じて、従来よりも広い励振レベルの変化範囲で励振レベルに応じた共振周波数Fの変化が抑えられる傾向がある(金の励振電極122が軟化ばねとして水晶片121の振動に係るDLDの特性を相殺する)ことが分かった。
【0039】
このように、高周波数帯、ここでは76.8MHzの共振周波数を有する水晶振動素子12では、励振電極122の厚さ を大きめに調整することで、水晶片121のDLD特性を改善することができる。上記のように、金の励振電極122及び水晶片121の物性に係るパラメータ以外で可変なものは、上記厚さ と共振周波数Fの積である。したがって、この値を適宜な値の範囲に収めることで、水晶振動素子12のDLD特性を改善しつつ、上記のようにCIなどの上昇も抑えることができる。
【0040】
上記のように、共振周波数Fが76.8MHzにおいて、厚さ が200nm未満、すなわち積の値が0.01536未満の範囲、及び厚さ が300nmより大きい、すなわち積の値が0.02304より大きい範囲では、副次的な振動による影響が抑えられないので、適切な電気的特性が得られない。実用上許容される厚さ の範囲は、224.9nm以上256.3nm以下であるので、これらの積の範囲は、0.017272以上0.019684以下(mm・MHz)である。また、より好ましくは、厚さ が233.5nm以上239.1nm以下であるので、積の範囲は、0.017933以上0.018363以下(mm・MHz)である。
【0041】
なお、周波数が変化しても、これに対応して厚さ が変化すれば、上記と同一の関係が保たれる。CIの上昇への影響を考慮すると、共振周波数Fが数十~数百MHzの範囲、特に40-400MHzの範囲では、上記の関係が適用され得る。また、共振周波数F=76.8MHzについても、実際には若干(1~2%など)のずれを有するものであってもよい。
【0042】
図5Aは、厚さ が102.0nm(比較例1、白丸と実線)、220.6nm(比較例2、白四角と破線)及び233.5nm(実施例2、黒丸と破線)の場合における励振レベル(X軸:対数目盛)に対するΔF(Y軸:通常目盛)の測定結果を示すグラフである。図5Bは、図5A特定領域を拡大した図である。
【0043】
厚さ が102.0nm及び220.6nmの場合には、測定範囲内において、それぞれΔFが単調増加及び減少を示している。これに対し、厚さ が233.5nmの場合には、「-」の部分において、当該グラフにおける0.01μWの測定値と極小値における測定値を結ぶ直線の傾き(Hz/μW)が-5.05であり、一方、「+」の部分において、当該グラフにおける極小値における測定値と250μWの測定値とを結ぶ直線の傾き3.82×10-3であった。「+」の部分及び「-」の部分において水晶振動素子12がそれぞれ上述の値を有することにより、DLD特性を改善しつつ、CIなどの上昇も抑えることができることがわかる。
【0044】
以上のように、本実施形態の水晶振動素子12(水晶素子)は、水晶片121と、当該水晶片121の両面のそれぞれ平面視同一位置にあり、両面上に位置する下地層と、当該下地層上に位置し(すなわち下地層を水晶片121との間に挟んで)、金の含有量が質量比で90%以上である導電層とを有する励振電極122と、を備える。励振電極122の厚さ(mm)と水晶振動素子12の共振周波数(MHz)との積の値は、0.017272以上0.019684以下である。
水晶振動素子12において、共振周波数に対する励振電極122の厚さ をこのように定めることによって、DLD特性を改善し、励振レベルを上昇させても適正な共振周波数Fを保つことができる。
【0045】
また、より好ましくは、上記の積の値は、0.017933以上0.018363以下である。この範囲であれば、DLD特性が従来よりも十分に改善されるとともに、CIも小さい値に留めることができ、電力に比して効率よく水晶振動素子12を振動させることができる。
【0046】
また、共振周波数Fは、76.8MHzであってよい。この周波数では、DLD特性とともにCIを最適な範囲に合わせることができる。
【0047】
また、本実施形態の水晶デバイス1は、上記の水晶振動素子12を備える。この水晶デバイス1によれば、励振レベルを変化させても広い範囲で安定した共振周波数Fを得ることができるので、多様な励振レベルの電子機器などで安定して利用することができる。
【0048】
また、本実施形態の水晶振動素子12は、水晶片121と、当該水晶片121の両面に位置し、金の含有量が質量比で90%以上である導電層を有する一対の電極122a、122bと、備える。当該水晶素子12のDLD特性は、正方向(+)の部分と逆方向(-)の部分とが混在する。
したがって、水晶振動素子12は、DLD特性が改善し、励振レベルを変化させても適正な周波数の近傍で共振させやすい。これにより、水晶振動素子12は、起動時の周波数が安定する。
【0049】
また、水晶振動素子12は、導電層と水晶片121との間に下地層を有する。これにより、水晶振動素子12において電極122a、122bと水晶片121とを確実に接合させることができる。
【0050】
また、水晶振動素子12の共振周波数は、40MHz以上400MHz以下である。このような共振周波数帯に対応する水晶片121の厚さの場合に、上記のように電極122a、122bの厚さ を従来より厚めの適切な範囲とすることで、DLD特性を安定して改善することができる。
【0051】
また、水晶振動素子12の導電層の厚さは、50nm以上600nm以下である。上記電極122a、122bの導電層の厚さをこの範囲に調整することで、DLD特性に「+」の部分と「-」の部分を含み、ΔFを抑えることができる。よって、この水晶振動素子12は、DLD特性が改善する。
【0052】
また、水晶振動素子12のクリスタルインピーダンスは、30Ω未満である。CIが小さく抑えられることで、低損失で効率的に水晶振動素子12を振動させることができる。
【0053】
なお、上記実施の形態は例示であって、様々な変更が可能である。
例えば、上記実施の形態では、水晶デバイス1の一部である水晶振動素子12について説明したが、これに限られない。水晶振動素子12が単体で製造販売など頒布されてもよい。
【0054】
また、上記実施の形態では、DLD特性とCIのみを考慮して適切な厚さ の範囲を考慮したが、これに限られない。その他のパラメータが併せて考慮されてもよい。
その他、上記実施の形態で示した具体的な構成、材質、構造などは、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。本発明の範囲は、特許請求の範囲に記載した発明の範囲とその均等の範囲を含む。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本開示は、水晶素子及び水晶デバイスに利用することができる。
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5A
図5B