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特許7630116変異型KLFタンパク質、及び誘導多能性幹細胞の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-06
(45)【発行日】2025-02-17
(54)【発明の名称】変異型KLFタンパク質、及び誘導多能性幹細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/47 20060101AFI20250207BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20250207BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20250207BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20250207BHJP
   A61K 38/17 20060101ALI20250207BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20250207BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20250207BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20250207BHJP
【FI】
C07K14/47 ZNA
C12N15/12
C12N15/63 Z
C12N5/10
A61K38/17
A61K31/7088
A61K48/00
A61P35/00
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021570692
(86)(22)【出願日】2020-12-16
(86)【国際出願番号】 JP2020047050
(87)【国際公開番号】W WO2021145128
(87)【国際公開日】2021-07-22
【審査請求日】2023-10-19
(31)【優先権主張番号】P 2020005399
(32)【優先日】2020-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年12月2日にウェブサイト(アドレスhttps://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3741220)にて公開
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 洋平
(72)【発明者】
【氏名】ボリソワ エフゲーニャ
(72)【発明者】
【氏名】久武 幸司
(72)【発明者】
【氏名】西村 健
(72)【発明者】
【氏名】湯本 史明
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-520054(JP,A)
【文献】Database: GenBank, [online],Ambigolimax valentianus KLF mRNA for kruppel-like factor, complete,Accession number: AB185103,2014年04月08日,[2024年9月25日検索], インターネット,<URL: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/AB185103.1>
【文献】Database: GenBank, [online],Penaeus monodon kruppel-like factor (KLF) mRNA, complete cds,Accession number: JF927714,2011年11月08日,[2024年9月25日検索], インターネット,<URL: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/JF927714>
【文献】POTIRAT, Ponthip et al.,An integration-free iPSC line (MUSIi008-A) derived from a patient with severe hemolytic anemia carrying compound heterozygote mutations in KLF1 gene for disease modeling,Stem Cell Research,2019年,Vol. 34, 101344
【文献】ZHAO, Tong et al.,Roles of Klf5 acetylation in the self-renewal and the differentiation of mouse embryonic stem cells,PLoS One,2015年,Vol. 10, No. 9,p. e0138168/1-e0138168/14
【文献】KOHARA, Hiroshi et al.,Inducible KLF1 gene expression successfully ameliorates hemoglobin switching in erythroid cells derived from congenital dyserythropoietic anemia (CDA) patient specific iPS cells,Molecular Therapy,2017年,Vol. 25, No. 5, Supplement 1,p. 178-179,(abstract) EMBASE [online], [retrieved on 2021.01.12],Abstract No. 386, Accession No. 0052633705
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
C12N 1/00-7/08
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸置換を含む変異型KLFタンパク質であって、
前記アミノ酸置換は、
(a)配列番号1で示すアミノ酸配列において349位のセリン及び/又は356位のロイシン、
(b)配列番号3で示すアミノ酸配列において342位のセリン及び/又は349位のロイシン、
(c)配列番号5で示すアミノ酸配列において500位のセリン及び/又は507位のロイシン、又は
(d)配列番号7で示すアミノ酸配列において443位のセリン及び/又は450位のロイシン
のいずれかの置換であり、
前記(a)の置換がS349A、及び/又はL356A、L356N、L356D、L356C、L356E、L356G、L356K、L356M、L356S、若しくはL356Tであり、
前記(b)の置換がS342A、及び/又はL349A、L349N、L349D、L349C、L349E、L349G、L349K、L349M、L349S、若しくはL349Tであり、
前記(c)の置換がS500A、及び/又はL507A、L507N、L507D、L507C、L507E、L507G、L507K、L507M、L507S、若しくはL507Tであり、
前記(d)の置換がS443A、及び/又はL450A、L450N、L450D、L450C、L450E、L450G、L450K、L450M、L450S、若しくはL450Tであり、
前記変異型KLFタンパク質は、前記変異型KLFタンパク質の前記アミノ酸置換の位置を除く全長配列について、配列番号1、配列番号3、配列番号5、又は配列番号7で示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ野生型KLFタンパク質よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導する活性を有するポリペプチドである、
前記変異型KLFタンパク質。
【請求項2】
請求項に記載の変異型KLFタンパク質をコードする核酸。
【請求項3】
請求項に記載の核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクター。
【請求項4】
請求項に記載の変異型KLFタンパク質、請求項に記載の核酸、又は請求項に記載の遺伝子発現ベクターのいずれかを含む、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)誘導剤。
【請求項5】
以下の(i)及び/又は(ii)をさらに含む、請求項に記載のiPS細胞誘導剤。
(i)OCT3/4タンパク質、それをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか
(ii)SOX1タンパク質、SOX2タンパク質、SOX3タンパク質、SOX15タンパク質若しくはSOX17タンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか
【請求項6】
以下の(iii)をさらに含む、請求項に記載のiPS細胞誘導剤。
(iii)C-MYCタンパク質、C-MYCタンパク質のT58A変異体、N-MYCタンパク質、若しくはL-MYCタンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか
【請求項7】
請求項に記載の変異型KLFタンパク質請求項に記載の核酸、又は請求項に記載の遺伝子発現ベクターのいずれかを含む、ダイレクトリプログラミング剤。
【請求項8】
体細胞からiPS細胞を製造するための、請求項4~6のいずれか一項に記載のiPS細胞誘導剤の使用。
【請求項9】
iPS細胞の製造方法であって、
以下の(1)~(3)を含むiPS細胞誘導剤を体細胞に導入する導入工程:
(1)請求項に記載の変異型KLFタンパク質、請求項に記載の核酸、又は請求項に記載の遺伝子発現ベクターのいずれか、
(2)OCT3/4タンパク質、それをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、及び
(3)SOX1タンパク質、SOX2タンパク質、SOX3タンパク質、SOX15タンパク質若しくはSOX17タンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、並びに
前記導入工程後の体細胞を塩基性線維芽細胞増殖因子、TGF-β1タンパク質、BMPタンパク質、Wnt3タンパク質、GSK3β阻害剤、Wnt阻害剤、レチノイン酸、アスコルビン酸、及びROCK阻害剤のうちいずれか1つ以上の存在下で培養する培養工程
を含む、前記製造方法。
【請求項10】
iPS細胞の製造方法であって、
以下の(1)~(4)を含むiPS細胞誘導剤を体細胞に導入する導入工程:
(1)請求項に記載の変異型KLFタンパク質、請求項に記載の核酸、又は請求項に記載の遺伝子発現ベクターのいずれか、
(2)OCT3/4タンパク質、それをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、
(3)SOX1タンパク質、SOX2タンパク質、SOX3タンパク質、SOX15タンパク質若しくはSOX17タンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、及び
(4)C-MYCタンパク質、N-MYCタンパク質、L-MYCタンパク質、若しくはC-MYCタンパク質のT58A変異体タンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、並びに
前記導入工程後の体細胞を培養する培養工程
を含む、前記製造方法。
【請求項11】
前記培養工程で誘導されたiPS細胞を選択する選択工程をさらに含む、請求項又は10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記体細胞がヒト由来である、請求項9~11のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項13】
請求項に記載の変異型KLFタンパク質、請求項に記載の核酸、又は請求項に記載の遺伝子発現ベクターを有効成分として含む、癌治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変異型KLFタンパク質、誘導多能性幹細胞誘導剤、及び誘導多能性幹細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
誘導多能性幹細胞(iPS細胞;induced pluripotent stem cell)の作製技術に代表される細胞リプログラミング技術は、生命科学、創薬、及び再生医療における革新的基盤技術として急速に進展してきた。
【0003】
iPS細胞は、OCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYC等のリプログラミング因子を体細胞に導入することによって誘導される(特許文献1、2;非特許文献1、2)。これらのリプログラミング因子はいずれも転写因子として、自己複製や多能性に関与する遺伝子群の発現を制御し、それによって体細胞の初期化を誘導すると考えられている。
【0004】
しかしながら、iPS細胞の作製効率は極めて低い。従来技術によれば、OCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYC等のリプログラミング因子が導入された哺乳類体細胞のうち、実際に初期化が誘導される細胞の割合は1%未満に過ぎない(非特許文献2)。
【0005】
このような低いiPS細胞作製効率は、臨床応用において大きな障害となる。例えば、移植用組織を作製する場合には、免疫応答性の観点から、患者自身の体細胞から作製されたiPS細胞を用いることが望ましい。しかし、iPS細胞作製効率が低いままでは、移植用組織の作製に十分な数のiPS細胞を調製するまでに時間を要し、その間に疾患が進行してしまう。逆に、iPS細胞作製効率を改善することができれば、移植用組織を迅速に作製することが可能となる。さらに、iPS細胞を調製するために必要な体細胞の数が少なくて済めば、患者から採取する体細胞を減らし、患者の身体に与える負担を軽減することも可能となる。
【0006】
iPS細胞の臨床応用に向けた研究では、安全性を高める技術も模索されている。例えば、iPS細胞の腫瘍形成リスクを軽減する方法として、癌遺伝子であるC-MYCを別の因子で代替する方法が考案されている。しかし、この方法は、iPS細胞作製効率が極端に低くなる(非特許文献3)。このような安全性を改善する技術の欠点を補うためにも、iPS細胞作製効率の改善は重要な課題となっている。
【0007】
iPS細胞作製効率が低い原因としては、体細胞のエピジェネティックな状態が初期化を妨げる障壁になっているという説が一般的である。そのため、iPS細胞作製効率を改善する方法として、体細胞のエピジェネティックな状態を変化させるアプローチが模索されている。また、サイトカインや化学物質を付加的に用いる方法も開発されている(非特許文献4)。
【0008】
一方、初期化誘導に用いるOCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYC等のリプログラミング因子自体については、天然配列からの改変、特にDNA結合機能の改善を目的とする改変は試みられていない。これらのリプログラミング因子はいずれも転写因子であるため、そのDNA結合機能については生命進化の過程で既に最適化されていると考えるのが一般的である。それ故、人為的な配列改変により転写因子の活性を上昇させ、iPS細胞作製効率を改善する余地があるとは考えにくく、分子構造に基づいてリプログラミング因子を最適化する試みはこれまで行われていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2007/069666号
【文献】特開2008-283972号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Takahashi K. and Yamanaka, S., Cell, 2006, Aug 25;126(4):663-76.
【文献】Takahashi K. et al., Cell, 2007, Nov 30;131(5):861-72.
【文献】Nakagawa M., et al., Nat Biotechnol. 2008 Jan;26(1):101-6.
【文献】Takahashi K. and Yamanaka S., Nat Rev Mol Cell Biol. 2016 Mar;17(3):183-93.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、天然のアミノ酸配列からなるKLFタンパク質よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導することができる変異型KLFタンパク質を提供することである。また、その変異型KLFタンパク質を用いて、効率的にiPS細胞を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
これまで、初期化誘導に用いるリプログラミング因子については、専ら天然のアミノ酸配列からなる因子のみが用いられていた。リプログラミング因子のDNA結合ドメイン中のアミノ酸配列を変更すれば、標的DNA配列を認識する機能に影響する可能性が高く、転写因子としての活性は減少するか、あるいは失われると考えられていた。
【0013】
このような技術常識が存在する中、本発明者らは、リプログラミング因子の1つであるKLF4に対し、リプログラミング因子の分子構造に基づいて人為的にそのアミノ酸配列を改変し、リプログラミング効率を向上し得る変異型リプログラミング因子の設計を試みた。本発明者らは、まずリプログラミング因子のKLF1、KLF2、KLF4、及びKLF5タンパク質(以下、しばしば「KLFタンパク質」と総称する)において共通して保存され、かつDNAと直接相互作用し得るアミノ酸残基を19個同定した。続いて、当該19個のアミノ酸残基をアラニンに置換した一群の変異型KLF4タンパク質を作製し、野生型KLF4タンパク質よりも高い効率で体細胞を初期化する活性を有する変異体を探索した。その結果、体細胞の初期化効率を増大させる特定の置換変異を見出し、本発明を完成させるに至った。本発明は、当該知見に基づくものであって以下を提供する。
【0014】
(1)アミノ酸置換を含む変異型KLFタンパク質又は前記アミノ酸置換を含むそのペプチド断片であって、
前記アミノ酸置換は、
(a)配列番号1で示すアミノ酸配列において349位のセリン及び/又は356位のロイシン、
(b)配列番号3で示すアミノ酸配列において342位のセリン及び/又は349位のロイシン、
(c)配列番号5で示すアミノ酸配列において500位のセリン及び/又は507位のロイシン、又は
(d)配列番号7で示すアミノ酸配列において443位のセリン及び/又は450位のロイシン
のいずれかの置換である、前記変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片。
(2)前記(a)の置換がS349A、及び/又はL356A、L356N、L356D、L356C、L356E、L356G、L356K、L356M、L356S、若しくはL356Tであり、前記(b)の置換がS342A、及び/又はL349A、L349N、L349D、L349C、L349E、L349G、L349K、L349M、L349S、若しくはL349Tであり、前記(c)の置換がS500A、及び/又はL507A、L507N、L507D、L507C、L507E、L507G、L507K、L507M、L507S、若しくはL507Tであり、又は前記(d)の置換がS443A、及び/又はL450A、L450N、L450D、L450C、L450E、L450G、L450K、L450M、L450S、若しくはL450Tである、(1)に記載の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片。
(3)(1)又は(2)に記載の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片をコードする核酸。
(4)(3)に記載の核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクター。
(5)(1)又は(2)に記載の変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片、(3)に記載の核酸、又は(4)に記載の遺伝子発現ベクターのいずれかを含む、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)誘導剤。
(6)以下の(i)及び/又は(ii)をさらに含む、(5)に記載のiPS細胞誘導剤。
(i)OCT3/4タンパク質、それをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか
(ii)SOX1タンパク質、SOX2タンパク質、SOX3タンパク質、SOX15タンパク質若しくはSOX17タンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか
(7)以下の(iii)をさらに含む、(6)に記載のiPS細胞誘導剤。
(iii)C-MYCタンパク質、C-MYCタンパク質のT58A変異体、N-MYCタンパク質、若しくはL-MYCタンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか
(8)(1)又は(2)に記載の変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片、(3)に記載の核酸、又は(4)に記載の遺伝子発現ベクターのいずれかを含む、ダイレクトリプログラミング剤。
(9)体細胞からiPS細胞を製造するための、(5)~(7)のいずれかに記載のiPS細胞誘導剤の使用。
(10)iPS細胞の製造方法であって、
以下の[1]~[3]を含むiPS細胞誘導剤を体細胞に導入する導入工程:
[1](1)又は(2)に記載の変異型KLF4タンパク質若しくはそのペプチド断片、(3)に記載の核酸、又は(4)に記載の遺伝子発現ベクターのいずれか、
[2]OCT3/4タンパク質、それをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、及び
[3]SOX1タンパク質、SOX2タンパク質、SOX3タンパク質、SOX15タンパク質若しくはSOX17タンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、並びに
前記導入工程後の体細胞を塩基性線維芽細胞増殖因子、TGF-β1タンパク質、BMPタンパク質、Wnt3タンパク質、GSK3β阻害剤、Wnt阻害剤、レチノイン酸、アスコルビン酸、及びROCK阻害剤のうちいずれか1つ以上の存在下で培養する培養工程
を含む、前記製造方法。
(11)iPS細胞の製造方法であって、
以下の[1]~[4]を含むiPS細胞誘導剤を体細胞に導入する導入工程:
[1](1)又は(2)に記載の変異型KLF4タンパク質若しくはそのペプチド断片、(3)に記載の核酸、又は(4)に記載の遺伝子発現ベクターのいずれか、
[2]OCT3/4タンパク質、それをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、
[3]SOX1タンパク質、SOX2タンパク質、SOX3タンパク質、SOX15タンパク質若しくはSOX17タンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、及び
[4]C-MYCタンパク質、N-MYCタンパク質、L-MYCタンパク質、若しくはC-MYCタンパク質のT58A変異体タンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、並びに
前記導入工程後の体細胞を培養する培養工程
を含む、前記製造方法。
(12)前記培養工程で誘導されたiPS細胞を選択する選択工程をさらに含む、(10)又は(11)に記載の製造方法。
(13)前記体細胞がヒト由来である、(10)~(12)のいずれかに記載の製造方法。
(14)(1)又は(2)に記載の変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片、(3)に記載の核酸、又は(4)に記載の遺伝子発現ベクターを有効成分として含む、癌治療剤。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2020-005399号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の変異型KLFタンパク質によれば、天然のアミノ酸配列からなるKLFタンパク質よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】KLFタンパク質の構造を示す図である。(A)は、ヒト野生型KLF4タンパク質のドメイン構造と、ジンクフィンガードメイン1~3(ZF1、ZF2、及びZF3)においてDNAと直接相互作用し得る19個のアミノ酸残基の位置を示す図である。図中、「PEST」はプロリン(P)、グルタミン酸(E)、セリン(S)、及びスレオニン(T)に富んだ配列を意味し、「NLS」は核局在化シグナルを意味する。(B)は、野生型のKLF1タンパク質、KLF2タンパク質、KLF4タンパク質、及びKLF5タンパク質におけるC末端領域のアミノ酸配列のアラインメントを示す図である。野生型KLF4タンパク質のS500及びL507に対応する、KLFタンパク質間で保存されたアミノ酸残基の位置(KLF1のS349及びL356、KLF2のS342及びL349、KLF5のS443及びL450)を黒枠で示す。本発明の変異型KLFタンパク質のアミノ酸置換位置は、この黒枠のアミノ酸残基に相当する。
図2】DNAと直接相互作用し得る19個のアミノ酸残基の各々がアラニンに置換された変異型KLF4タンパク質を用いて初期化誘導を行った結果を示す図である。初期化誘導は、レトロウイルスベクターを用いて、他のリプログラミング因子(OCT3/4、SOX2、及びL-MYC)と共に変異型KLF4タンパク質をNanog-GFPマウス胎児線維芽細胞に導入することによって行った。(A)は、リプログラミング因子が導入された10,000個のNanog-GFPマウス胎児線維芽細胞から形成された、ウイルス感染後25日目におけるNanog-GFP陽性コロニー数を示す図である。(B)は、ウイルス感染後25日目における全体のコロニー数に対するNanog-GFP陽性コロニー数の割合を示す図である。
図3】初期化誘導を行ったヒト線維芽細胞において多能性幹細胞マーカーTRA1-60を発現する細胞の割合をフローサイトメトリーにより解析した結果を示す図である。野生型KLF4タンパク質又はKLF4(L507A)変異体を用いて初期化誘導を行って得られた細胞集団について、レトロウイルス感染後7日目に多能性幹細胞マーカーTRA1-60を発現する細胞の割合を測定した。「陰性対照」は、リプログラミング因子を導入していないヒト線維芽細胞を示す。図は、n = 6の測定データの平均値を示し、エラーバーは標準誤差を示す。
図4】センダイウイルスベクターを用いてNanog-GFPマウス胎児線維芽細胞に対して初期化誘導を行った結果を示す図である。この実験ではKLF4タンパク質は不安定化ドメイン(DD)と融合されており、Shield1非存在下(0 nM)では分解されるが、Shield1存在下(100 nM)では分解されない。矢頭で示す明るい領域がNanog-GFP陽性コロニーを示す。
図5】KLF4タンパク質の507番目のロイシンを様々なアミノ酸残基に置換した場合におけるタンパク質の安定性を予測した結果を示す図である。縦軸は、各アミノ酸残基に置換した場合に予測される自由エネルギーの変動量(ΔΔG)を示す。ΔΔGが高いほど、KLF4タンパク質の構造が安定であることを示す。
図6】センダイウイルスベクターを用いて正常ヒト線維芽細胞に対して初期化誘導を行った結果を示す図である。野生型KLF4タンパク質を用いて得られたiPS細胞クローン(WT iPS clones, n=13)、及びKLF4(L507A)変異体を用いて得られたiPS細胞クローン(L507A iPS clones, n=16)を比較した。(A)各iPS細胞クローンにおけるNANOG mRNA発現レベルとセンダイウイルス NP mRNA発現レベルをRT-qPCRで定量化した結果を示す。発現レベルは、標準ヒトiPS細胞株(HiPS-WTc11)における発現レベルを1.0として正規化した値を示す。(B)各iPS細胞クローンにおいて、分化抵抗性マーカーであるHERV-HのRNA発現レベル及びlincRNA-RoRのRNA発現レベルをRT-qPCRで定量化した結果を示す。発現レベルは、標準ヒトiPS細胞株(HiPS-WTc11)における発現レベルを1.0として正規化した値を示す。
図7】KLF4タンパク質の507番目のロイシンを様々なアミノ酸残基に置換したKLF4変異体を用いて初期化誘導を行った結果を示す図である。(A)レトロウイルス感染後15日目におけるNanog-GFP陽性iPS細胞コロニー数を示す。(B)レトロウイルス感染後25日目におけるNanog-GFP陽性iPS細胞コロニー数を示す。(C)レトロウイルス感染後25日目における、全体のコロニーに対するNanog-GFP陽性iPS細胞コロニーの割合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片
1-1.概要
本発明の第1の態様は、変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片である。本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片は特定のアミノ酸置換を含み、他のリプログラミング因子と共に体細胞内に導入することで、その体細胞の初期化を高い効率で誘導することができる。
【0018】
1-2.定義
本明細書で頻用する用語について、以下で定義をする。
「KLFタンパク質」は、Krueppel-like factor(KLF)ファミリーに属するジンクフィンガー型転写因子であり、ヒトではKLF1~KLF17の17種類が知られている。本明細書において「KLFタンパク質」とは、KLF1、KLF2、KLF4、及びKLF5タンパク質のいずれかを意味するものとする。KLF1、KLF2、KLF4、又はKLF5タンパク質は、他のリプログラミング因子(例えばOCT3/4、SOX2、及びC-MYCタンパク質)と共に体細胞に導入した場合に体細胞の初期化を誘導する活性を有する。本発明においてKLFタンパク質は哺乳動物由来であることが好ましい。例えば、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、カニクイザル、マーモセット、ヒト由来であり、好ましくはヒト由来である。ヒト由来のKLFタンパク質の例としては、例えば、配列番号1で示すアミノ酸配列からなるヒト野生型KLF1タンパク質、配列番号3で示すアミノ酸配列からなるヒト野生型KLF2タンパク質、配列番号5で示すアミノ酸配列からなるヒト野生型KLF4タンパク質、配列番号7で示すアミノ酸配列からなるヒト野生型KLF5タンパク質が挙げられる。なお、本明細書において、単に「KLF」という場合、KLFタンパク質、KLFタンパク質をコードする遺伝子若しくは核酸、又は当該核酸を含む遺伝子発現ベクターのいずれかを意味するものとする。同様に、単に「変異型KLF」という場合、変異型KLFタンパク質、変異型KLFタンパク質をコードする遺伝子若しくは核酸、又は当該核酸を含む遺伝子発現ベクターのいずれかを意味するものとする。「KLF4」や「変異型KLF4」等についても同様とする。
【0019】
「誘導多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell;iPSC;iPS細胞)」とは、体細胞から誘導処理により得られる、胚性幹細胞(embryonic stem cell;ESC;ES細胞)に近い分化全能性を有する細胞をいう。通常は、iPS細胞は、例えば、胚体外組織以外の体中のあらゆる種類の細胞に分化可能な多能性と、培養下でほぼ無限に増殖することができる増殖能を有する。iPS細胞は、様々な種類の細胞から様々な方法によって得ることができる。例えば、通常はOCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYCタンパク質の4つのリプログラミング因子を体細胞に導入することによって作製される。
【0020】
本明細書において「体細胞」とは、動物個体を構成する細胞のうち、生殖細胞以外の細胞をいう。本明細書において体細胞は、初期化誘導によって多能性を獲得し得る細胞であれば、限定しない。また、体細胞が由来する動物種は問わない。体細胞が由来する動物種は、例えば哺乳動物種である。例えば、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、カニクイザル、マーモセット、ヒト等いかなる哺乳動物種であってもよいが、好ましくヒトである。体細胞が由来する組織や器官は特に限定しないが、採取しやすく、効率的に初期化が誘導され得るものが好ましい。例えば、皮膚、肝臓等の臓器、血液、尿、がん組織、歯髄細胞等であってもよい。また、体細胞は分化細胞であるか未分化細胞であるかは問わないものとし、株化細胞であっても、組織から単離された初代培養細胞であってもよい。好ましくは分化細胞である。本明細書における体細胞の一例としては、ヒト線維芽細胞、ヒト上皮細胞、ヒト肝細胞、ヒト血液細胞、間葉系細胞、神経細胞、筋肉細胞等が挙げられる。本明細書において、初期化誘導に用いる体細胞を特に「初期化の対象となる体細胞」という。
【0021】
本明細書において「初期化(リプログラミング)」とは、体細胞から別の細胞種へと変化させる操作又は過程をいう。一般的には、分化細胞を脱分化させて未分化細胞の状態に変化することをいう。本明細書では、特に断りのない限り、体細胞からiPS細胞へと変化させる操作又は過程をいう。
【0022】
本明細書において「初期化誘導」、又は「初期化を誘導する」とは、初期化を引き起こし得る操作を細胞に与えて、実際に初期化されることを意味する。これに対して、「初期化誘導を行う」とは、初期化を引き起こし得る操作を細胞に与えることを意味し、実際に初期化されるか否かを問わない。例えば、「初期化誘導を行う」とは、初期化に必要なリプログラミング因子を体細胞に導入し、導入後の体細胞を所定の条件下で培養する操作を行うことをいう。
【0023】
本明細書において「多能性」とは、多分化能と同義であり、分化により複数の系統の細胞に分化可能な細胞の性質を意味する。特に、内胚葉、中胚葉、外胚葉の全てに分化可能である性質を意味するが、胎盤等の胚体外組織への分化可能性は問わない。
【0024】
本明細書において「リプログラミング因子(初期化因子)」とは、単独で、又は他の因子と共に、体細胞に導入することによって、体細胞のリプログラミングを引き起こし得る因子をいう。本明細書において、タンパク質や遺伝子であること等を特定せず、単に「リプログラミング因子」という場合、そのリプログラミング因子が該当するタンパク質、当該タンパク質をコードする核酸、又は当該核酸を含む遺伝子発現ベクターのいずれかを意味するものとする。リプログラミング因子には、例えば、OCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYCの4因子(本明細書においてしばしば「初期化4因子」という)のいずれか、並びに前記初期化4因子のいずれかの関連因子が例示される。
【0025】
本明細書において初期化4因子の「関連因子」とは、初期化4因子のいずれかの因子の代わりに体細胞に導入することによって、体細胞の初期化を誘導し得る因子をいう。
【0026】
本明細書において、リプログラミング因子が由来する動物種は問わない。リプログラミング因子が由来する動物種は、例えば哺乳動物種である。例えば、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、カニクイザル、マーモセット、ヒト等いかなる哺乳動物種であってもよい。好ましくは、ヒトである。
【0027】
リプログラミング因子及びその関連因子を以下で例示するが、本明細書におけるリプログラミング因子とその関連因子は以下の例に限定されない。
【0028】
OCT3/4の具体例としては、配列番号13で示すアミノ酸配列からなるヒトOCT3/4タンパク質等が挙げられる。また、OCT3/4の関連因子としては、NR5A2(LRH1)、TBX3等が挙げられる。
【0029】
KLF4の具体例としては、配列番号5で示すアミノ酸配列からなるヒトKLF4タンパク質が挙げられる。また、KLF4の関連因子として、KLF1、KLF2、KLF5、本発明の変異型KLF等が挙げられる。例えば、配列番号1で示すアミノ酸配列からなるヒトKLF1タンパク質、配列番号3で示すアミノ酸配列からなるヒトKLF2タンパク質、配列番号7で示すアミノ酸配列からなるヒトKLF5タンパク質等が挙げられる。
【0030】
SOX2の具体例としては、配列番号15で示すアミノ酸配列からなるヒトSOX2タンパク質等が挙げられる。また、SOX2の関連因子として、SOX1、SOX3、SOX15、及びSOX18等が挙げられる。例えば、配列番号14で示すアミノ酸配列からなるヒトSOX1タンパク質、配列番号16で示すアミノ酸配列からなるヒトSOX3タンパク質、配列番号17で示すアミノ酸配列からなるヒトSOX15タンパク質、配列番号18で示すアミノ酸配列からなるヒトSOX18タンパク質等が挙げられる。
【0031】
C-MYCの具体例としては、配列番号19で示すアミノ酸配列からなるヒトC-MYCタンパク質が挙げられる。また、C-MYCの関連因子として、C-MYCのT58A変異体、N-MYC、L-MYC等が挙げられる。例えば、配列番号20で示すアミノ酸配列からなるヒトN-MYCタンパク質、及び配列番号21で示すアミノ酸配列からなるヒトL-MYCタンパク質等が挙げられる。
【0032】
この他、リプログラミング因子やその関連因子の例としては、LIN28A、LIN28B、LIN41、GLIS1、FOXH1、HMGA2等が挙げられる。
【0033】
体細胞をリプログラミングする方法として、上記リプログラミング因子の一部をリプログラミング代替因子で代替する方法も知られている。本明細書において「リプログラミング代替因子」とは、上記リプログラミング因子以外のもので、上記リプログラミング因子のいずれかの代わりに用いた場合にリプログラミングを引き起こし得る因子である。例えば、OCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYCの初期化4因子のうち、C-MYCの代わりにリプログラミング代替因子を用いて体細胞の初期化を誘導する方法が知られている。C-MYCの代わりに用いた場合に体細胞の初期化を誘導することができるリプログラミング代替因子の具体例としては、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、TGF-β1タンパク質、BMPタンパク質、Wnt3タンパク質、GSK3β阻害剤、Wnt阻害剤、レチノイン酸、アスコルビン酸、及びROCK阻害剤等が挙げられる。塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)の具体例としては配列番号22で示すアミノ酸配列からなるヒトbFGFタンパク質、TGF-β1タンパク質の具体例としては配列番号23で示すアミノ酸配列からなるヒトTGF-β1タンパク質、BMPタンパク質の具体例としては配列番号24で示すアミノ酸配列からなるヒトBMPタンパク質、Wnt3タンパク質の具体例としては配列番号25で示すアミノ酸配列からなるヒトWnt3タンパク質、GSK3β阻害剤の具体例としてはCHIR99021等、Wnt阻害剤の例としてはIWR-1-endo等、ROCK阻害剤の例としてはY-27632等が挙げられる。
【0034】
本明細書において「複数個」とは、例えば、2~50個、2~45個、2~40個、2~35個、2~30個、2~25個、2~20個、2~15個、2~10個、2~7個、2~5個、2~4個、又は2~3個をいう。また、「アミノ酸同一性」とは、比較する2つのポリペプチドのアミノ酸配列において、アミノ酸残基の一致数が最大となるように、必要に応じて一方又は双方に適宜ギャップを挿入して整列化(アラインメント)したときの、全アミノ酸残基数における一致アミノ酸残基数の割合(%)をいう。アミノ酸同一性を算出するための2つのアミノ酸配列の整列化は、Blast、FASTA、ClustalW等の既知プログラムを用いて行うことができる。
【0035】
本明細書において「(アミノ酸の)置換」とは、特に断りの無い場合、天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸間において、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似する保存的アミノ酸群内での置換をいう。例えば、低極性側鎖を有する無電荷極性アミノ酸群(Gly, Asn, Gln, Ser, Thr, Cys, Tyr)、分枝鎖アミノ酸群(Leu, Val, Ile)、中性アミノ酸群(Gly, Ile, Val, Leu, Ala, Met, Pro)、親水性側鎖を有する中性アミノ酸群(Asn, Gln, Thr, Ser, Tyr,Cys)、酸性アミノ酸群(Asp, Glu)、塩基性アミノ酸群(Arg, Lys, His)、芳香族アミノ酸群(Phe, Tyr, Trp)内での置換が挙げられる。これらの群内でのアミノ酸置換であれば、ポリペプチドの性質に変化を生じにくいことが知られているため好ましい。ただし、本発明のKLFタンパク質において、ヒト野生型KLF4タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号5で示すアミノ酸配列)において500位のセリン若しくは507位のロイシンのアミノ酸置換、又は他のKLFタンパク質においてそのいずれかに対応する位置のアミノ酸置換は、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似する保存的アミノ酸群内での置換に限定しない。
【0036】
1-3.構成
本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片における構成について、以下で具体的に説明をする。
【0037】
本発明の変異型KLFタンパク質は、野生型KLFタンパク質よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導する活性を有する変異型KLFタンパク質である。
【0038】
本明細書において、変異型KLFタンパク質が「野生型KLFタンパク質よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導する活性を有する」とは、変異型KLFタンパク質が体細胞に導入された場合に、同一の条件下で導入された野生型KLFタンパク質と比較して、体細胞の初期化が誘導される効率が有意に高いことを意味する。例えば、OCT3/4、SOX2、及びC-MYCと共に同一の条件下で体細胞に導入した場合に体細胞の初期化が誘導される効率が有意に高いことを意味する。
【0039】
なお、本明細書において、「有意」とは、統計学的に有意であることをいう。統計学的に有意とは、複数の測定対象の測定結果に対して統計学的な解析を行ったときに、両者間に有意差があることをいう。本発明であれば、変異型KLFタンパク質と野生型KLFタンパク質に由来する測定結果対して統計学的な解析を行ったときの両者間の有意差が該当する。例えば、得られた値の危険率(有意水準)が小さい場合、具体的には5%より小さい場合(p<0.05)、1%より小さい場合(p<0.01)、又は0.1%より小さい場合(p<0.001)が挙げられる。ここで示す「p(値)」は、統計学的検定において、統計量が仮定した分布の中で、仮定が偶然正しくなる確率を示す。したがって「p」が小さいほど、仮定が真に近いことを意味する。統計学的処理の検定方法は、有意性の有無を判断可能な公知の検定方法を適宜使用すればよく、特に限定しない。例えば、スチューデントt検定法、共変量分散分析等を用いることができる。
【0040】
本発明の変異型KLFタンパク質は、野生型KLFタンパク質のアミノ酸配列中の特定の位置にアミノ酸置換を有する。
【0041】
具体的な構成として、本発明の変異型KLFタンパク質は、ヒト野生型KLF1タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号1で示すアミノ酸配列)において349位のセリン及び/又は356位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換を包含してもよい。また、本発明の変異型KLFタンパク質は、ヒト野生型KLF2タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号3で示すアミノ酸配列)において342位のセリン及び/又は349位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換を包含してもよい。また、本発明の変異型KLFタンパク質は、ヒト野生型KLF4タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号5で示すアミノ酸配列)において500位のセリン及び/又は507位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換を包含してもよい。また、本発明の変異型KLFタンパク質は、ヒト野生型KLF5タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号7で示すアミノ酸配列)において443位のセリン及び/又は450位のロイシンのアミノ酸置換を包含してもよい。なお、上記変異型KLFタンパク質は、ヒト野生型KLFタンパク質に由来し、その配列において上記のアミノ酸置換を包含するものであってもよく、あるいは、ヒト以外の動物種の野生型KLFタンパク質に由来し、その配列において上記のアミノ酸置換に対応するアミノ酸置換を包含するものであってもよい。以下では、上記アミノ酸置換の位置を「本発明の変異型KLFタンパク質のアミノ酸置換位置」と総称する。
【0042】
上記のアミノ酸置換における置換後のアミノ酸残基は、20種類のアミノ酸残基、すなわちアラニン(Ala/A)残基、システイン(Cis/C)残基、アスパラギン酸(Asp/D)残基、グルタミン酸(Glu/E)残基、フェニルアラニン(Phe/F)残基、グリシン(Gly/G)残基、ヒスチジン(His/H)残基、イソロイシン(Ile/I)残基、リシン(Lys/K)残基、ロイシン(Leu/L)残基、メチオニン(Met/M)残基、アスパラギン(Asn/N)残基、プロリン(Pro/P)残基、グルタミン(Gln/Q)残基、アルギニン(Arg/R)残基、セリン残基(Ser/S)、スレオニン残基(Thr/T)、バリン(Val/V)残基、トリプトファン(Trp/W)残基、又はチロシン(Tyr/Y)残基のいずれであってもよい。
【0043】
好ましい実施形態では、本発明の変異型KLFタンパク質において、ヒト野生型KLF1タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号1で示すアミノ酸配列)における349位のセリン及び/又は356位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換はS349A、及び/又はL356A、L356N、L356D、L356C、L356E、L356G、L356K、L356M、L356S、若しくはL356Tであり、ヒト野生型KLF2タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号3で示すアミノ酸配列)における342位のセリン及び/又は349位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換はS342A、及び/又はL349A、L349N、L349D、L349C、L349E、L349G、L349K、L349M、L349S、若しくはL349Tであり、ヒト野生型KLF4タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号5で示すアミノ酸配列)における500位のセリン及び/又は507位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換はS500A、及び/又はL507A、L507N、L507D、L507C、L507E、L507G、L507K、L507M、L507S、若しくはL507Tであり、又はヒト野生型KLF5タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号7で示すアミノ酸配列)における443位のセリン及び/又は450位のロイシンのアミノ酸置換はS443A、及び/又はL450A、L450N、L450D、L450C、L450E、L450G、L450K、L450M、L450S、若しくはL450Tである。
【0044】
より好ましい実施形態では、本発明の変異型KLFタンパク質において、ヒト野生型KLF1タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号1で示すアミノ酸配列)における349位のセリン及び/又は356位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換はS349A及び/又はL356A、L356C、L356G、L356K、若しくはL356Sであり、ヒト野生型KLF2タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号3で示すアミノ酸配列)における342位のセリン及び/又は349位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換はS342A及び/又はL349A、L349C、L349G、L349K、若しくはL349Sであり、ヒト野生型KLF4タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号5で示すアミノ酸配列)における500位のセリン及び/又は507位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換はS500A及び/又はL507A、L507C、L507G、L507K、若しくはL507Sであり、又はヒト野生型KLF5タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号7で示すアミノ酸配列)における443位のセリン及び/又は450位のロイシンのアミノ酸置換はS443A及び/又はL450A、L450C、L450G、L450K、若しくはL450Sである。例えば、配列番号28で示すアミノ酸配列からなるヒト変異型KLF4(S500A)タンパク質、又は配列番号30で示すアミノ酸配列からなるヒト変異型KLF4(L507A)タンパク質が例示される。
【0045】
さらに好ましい実施形態では、本発明の変異型KLFタンパク質において、ヒト野生型KLF1タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号1で示すアミノ酸配列)における349位のセリン及び/又は356位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換はL356A、L356G、若しくはL356Sであり、ヒト野生型KLF2タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号3で示すアミノ酸配列)における342位のセリン及び/又は349位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換はL349A、L349G、若しくはL349Sであり、ヒト野生型KLF4タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号5で示すアミノ酸配列)における500位のセリン及び/又は507位のロイシンのいずれかのアミノ酸置換はL507A、L507G、若しくはL507Sであり、又はヒト野生型KLF5タンパク質のアミノ酸配列(すなわち、配列番号7で示すアミノ酸配列)における443位のセリン及び/又は450位のロイシンのアミノ酸置換はL450A、L450G、若しくはL450Sである。例えば、配列番号30で示すアミノ酸配列からなるヒト変異型KLF4(L507A)タンパク質が例示される。
【0046】
本発明の変異型KLFタンパク質は、本発明の変異型KLFタンパク質のアミノ酸置換の位置以外の位置において付加、欠失、若しくは置換を含んでもよい。そのような変異型KLFタンパク質は、好ましくは野生型KLFタンパク質よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導する活性を有するポリペプチドである。例えば、本発明の変異型KLFタンパク質は、本発明の変異型KLFタンパク質のアミノ酸置換の位置を除く全長配列について、配列番号1、配列番号3、配列番号5、又は配列番号7で示すアミノ酸配列に対して80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ野生型KLFタンパク質よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導する活性を有するポリペプチドである。あるいは、本発明の変異型KLFタンパク質は、本発明の変異型KLFタンパク質のアミノ酸置換の位置を除く全長配列について、配列番号1、配列番号3、配列番号5、又は配列番号7で示すアミノ酸配列において1個又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加され、かつ野生型KLFタンパク質よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導する活性を有するポリペプチドであってもよい。
【0047】
本明細書において、変異型KLFタンパク質の「ペプチド断片」とは、上記の変異型KLFタンパク質において、本発明の変異型KLFタンパク質のアミノ酸置換の位置で置換されたアミノ酸残基を含み、かつそのペプチド断片が野生型KLFタンパク質よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導する活性を保持するポリペプチド断片をいう。例えば、変異型KLFタンパク質のDNA結合部位を含むポリペプチド断片が挙げられる。本活性断片を構成するポリペプチドのアミノ酸の長さは、特に制限はしない。例えば、KLFタンパク質において少なくとも10、15、20、25、30、50、100、150、200、250、300、350、400、又は450アミノ酸の連続する領域であればよい。
【0048】
1-4.効果
本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片は、野生型KLFタンパク質に比べて、転写因子の活性が増大している。例えば、本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片を体細胞に導入した場合には、野生型KLFタンパク質を導入した場合に比べて、標的遺伝子の発現レベルが増大している。これによって、野生型KLFタンパク質と比べて、iPS細胞作製効率や癌治療効率が増大している。
【0049】
本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片によれば、野生型KLFタンパク質よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導することができる。例えば、大腸菌等を用いて公知の方法により発現及び/又は精製された本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片を、他のリプログラミング因子(例えば、OCT3/4、SOX2、及びC-MYC)と共に直接体細胞に導入すれば、当該他のリプログラミング因子と共に野生型KLFタンパク質を導入した場合よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導することができる。
【0050】
また、本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片によれば、均質性の高いiPS細胞を作製することができる。さらに本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片によれば、分化抵抗性の低いiPS細胞(例えば、HERV-H及び/又はlincRNA-RoR等の分化抵抗性マーカーの発現レベルが低いiPS細胞)を作製することができる。
【0051】
2.変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片をコードする核酸
2-1.概要
本発明の第2の態様は、核酸である。本発明の核酸は、前記第1態様の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片をコードする核酸、例えばDNAやmRNA等である。
【0052】
2-2.構成
本発明の核酸は、前記第1態様の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片をコードする。例えば、ヒト野生型KLF4タンパク質のアミノ酸配列において500位のセリン若しくは507位のロイシンのアミノ酸置換又は他のKLFタンパク質においてそのいずれかに対応する位置のアミノ酸置換をコードするコドン以外は野生型KLF遺伝子の塩基配列と同一の塩基配列を含む、又はそれからなる核酸や、当該塩基配列を当該核酸が導入される体細胞におけるコドン使用頻度に合わせてコドン最適化した塩基配列を含む、又はそれからなる核酸等が挙げられる。
【0053】
本発明の核酸は、DNA、又はmRNA等のRNAであってもよい。
【0054】
本発明の核酸に該当するDNAの具体例としては、配列番号5で示すアミノ酸配列において500位のセリンがアラニンに置換された変異型KLF4タンパク質をコードする配列番号29で示す塩基配列からなるDNAや、配列番号5で示すアミノ酸配列において507位のロイシンがアラニンに置換された変異型KLF4タンパク質をコードする配列番号31で示す塩基配列からなるDNAが挙げられる。
【0055】
本発明の核酸に該当するmRNAは、上記DNAに対応するRNA塩基配列をコーディング領域として含むmRNAである。ここでいう「上記DNAに対応するRNA塩基配列」とは、上記DNAの塩基配列においてチミン(T)をウラシル(U)に置換した塩基配列をいう。本発明の核酸に該当するmRNAは、前記コーディング領域に加えて、5'末端のキャップ構造、3'末端のポリA鎖、開始コドン上流の5’非翻訳領域(5' UTR)、及び/又は終止コドン下流の3’非翻訳領域(3' UTR)等を含んでもよい。5' UTR及び/又は3' UTR等には、mRNAからの翻訳量を調節するための配列が含まれていてもよい。例えば、3' UTRに、mRNAからの翻訳量を増大させる配列、例えば、ウッドチャック肝炎ウイルス転写後調節エレメント(WPRE)等が含まれていてもよい。
【0056】
2-3.効果
本発明の核酸に該当するDNAは、第3態様の遺伝子発現ベクターにおけるコーディング領域(タンパク質翻訳領域)として用いることができる。
【0057】
本発明の核酸に該当するmRNAは、例えば他のリプログラミング因子をコードするmRNAと共に直接体細胞に導入することによって、高い効率で体細胞の初期化を誘導することができる。そのような場合、リプログラミング因子が一過的に翻訳されて発現した後にmRNAが速やかに分解されるため、リプログラミング因子をコードする遺伝因子が初期化後の細胞に維持されない。そのため、腫瘍形成リスクの低い、安全性の高いリプログラミング技術を提供することができる。
【0058】
3.遺伝子発現ベクター
3-1.概要
本発明の第3の態様は、遺伝子発現ベクターである。本発明の遺伝子発現ベクターは、本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片をコードする核酸を発現可能な状態で含む。本発明の遺伝子発現ベクターによれば、本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片を体細胞で発現することができる。
【0059】
3-2.構成
3-2-1.構成の概要
本発明の遺伝子発現ベクターは、必須構成要素として、プロモーター、及び第2態様に記載の核酸を含む。
【0060】
本明細書において「遺伝子発現ベクター」とは、遺伝子や遺伝子断片を発現可能な状態で含み、その遺伝子等の発現を制御できる発現単位を包含するベクターをいう。本明細書において「発現可能な状態」とは、プロモーターの制御下にあるプロモーター下流域に、発現すべき遺伝子を配置していることをいう。本発明の遺伝子発現ベクターは、第2態様の核酸を発現可能な状態で含むベクターであり、体細胞において変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片を発現することができる。
【0061】
以下、本発明の遺伝子発現ベクターとして使用可能なベクター、並びに本発明の遺伝子発現ベクターが包含するプロモーター、及びその他の選択的構成要素について説明する。
【0062】
3-2-2.ベクター
本発明の遺伝子発現ベクターとして使用可能なベクターは、体細胞において本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片を発現し得るものであれば、特に限定しない。例えば、ウイルスベクター、プラスミドベクター、及び人工染色体ベクターが例示される。
【0063】
本発明の遺伝子発現ベクターとして使用可能なウイルスベクターは、初期化の対象となる体細胞に感染可能であり、当該体細胞において本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片を発現し得るものであれば、特に限定しない。例えば、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター等が例示される。ウイルスベクターの種類によって、搭載可能なDNAのサイズ、感染可能な細胞の種類、細胞傷害性、宿主ゲノムへの組み込みの有無、及び発現期間等に違いがあり、初期化の対象となる体細胞の種類等に応じて適宜選択することができる。例えば、複製欠損持続発現型センダイウイルスベクター(replication-defective and persistent Sendai virus vector;SeVdpベクター)は、宿主ゲノムへのインテグレーションを引き起こさず、細胞質中に持続的に留まる性質を有するため、安全性が高く、特に好ましい(Nishimura K., et al., J Biol Chem. 2011 Feb 11;286(6):4760-71.;Fusaki N., et al., Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 2009;85(8):348-62.)。
【0064】
本発明の遺伝子発現ベクターとして使用可能なプラスミドベクターは、初期化の対象となる体細胞に導入された際に当該体細胞において本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片を発現し得るものであれば、特に限定しない。プラスミドベクターは、哺乳動物細胞と大腸菌等の細菌間とで複製可能なシャトルベクターであってもよい。具体的なプラスミドベクターとしては、例えば、大腸菌由来のプラスミド(pBR322、pUC18、pUC19、pUC118、pUC119、pBluescript等)、放線菌由来のプラスミド(pIJ486等)、枯草菌由来のプラスミド(pUB110、pSH19等)、酵母由来のプラスミド(YEp13、YEp24、Ycp50等)の他、市販のベクターを利用することができる。市販のベクターの具体例としては、CMV6-XL3(OriGene社)、EGFP-C1、pGBT-9(Clontech社)、pcDNA、pcDM8、pREP4(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)等が挙げられる。
【0065】
本発明の遺伝子発現ベクターとして使用可能な人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)等が例示される。
【0066】
3-2-3.プロモーター
本発明の遺伝子発現ベクターが包含するプロモーターは、初期化の対象となる体細胞内で遺伝子発現を誘導する活性を有するプロモーターである。本発明の遺伝子発現ベクターを導入する体細胞は、原則として哺乳動物細胞、特にヒト由来の細胞であることから、それらの細胞内で下流の遺伝子を発現できるプロモーターであればよい。例えば、CMVプロモーター(CMV-IEプロモーター)、SV40初期プロモーター、RSVプロモーター、HSV-TKプロモーター、EF1αプロモーター、Ubプロモーター、メタロチオネインプロモーター、SRαプロモーター、又はCAGプロモーター等が挙げられる。この他、温度によって制御可能なヒートショックプロモーターや、テトラサイクリンの有無によって制御可能なテトラサイクリン応答性プロモーター等の誘導性プロモーターも例示される。
【0067】
3-2-4.その他の選択的構成要素
本発明の遺伝子発現ベクターは、選択的な構成要素として、上記のプロモーター以外の制御配列、選択マーカー遺伝子、及び/又はレポーター遺伝子等を含んでもよい。
【0068】
本発明の遺伝子発現ベクターが包含し得るプロモーター以外の制御配列には、発現制御配列、イントロン配列、ヌクレアーゼ認識配列、複製起点配列等が包含される。発現制御配列としては、エンハンサー、リボソーム結合配列、ターミネーター、ポリA付加シグナル等の発現制御配列が例示される。ヌクレアーゼ認識配列としては、制限酵素認識配列、Cre組換え酵素によって認識されるloxP配列、ZFNやTALEN等の人工ヌクレアーゼの標的となる配列、又はCRISPR/Cas9システムの標的となる配列が例示される。複製起点配列としては、SV40複製起点配列が例示される。
【0069】
例えば、本発明の遺伝子発現ベクターにおいて、リプログラミング因子のコード領域の前後にヌクレアーゼ認識配列を導入することができる。その場合、体細胞の初期化が完了した後に、ヌクレアーゼを導入してリプログラミング因子のコード領域を除去することができる。
【0070】
本発明の遺伝子発現ベクターが包含し得る選択マーカー遺伝子は、本発明の遺伝子発現ベクターが導入された体細胞を選択することができる選択マーカー遺伝子である。選択マーカー遺伝子の具体例としては、例えばアンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、又はハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子が挙げられる。
【0071】
本発明の遺伝子発現ベクターが包含し得るレポーター遺伝子は、本発明の遺伝子発現ベクターが導入された体細胞を識別可能なレポーターをコードする遺伝子である。レポーター遺伝子としては、例えば、GFPやRFP等の蛍光タンパク質をコードする遺伝子や、ルシフェラーゼ遺伝子等が例示される。
【0072】
3-3.効果
本発明の遺伝子発現ベクターによれば、初期化の対象となる体細胞において本発明の変異型KLFタンパク質又はそのペプチド断片を発現することができる。さらに、他のリプログラミング因子(例えば、OCT3/4、SOX2、及びC-MYC)と共に使用することによって高い効率で体細胞の初期化を誘導することができる。
【0073】
4.iPS細胞誘導剤
4-1.概要
本発明の第4の態様は、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)誘導剤である。本発明のiPS細胞誘導剤は、必須構成要素として、本発明の変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片、変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片をコードする核酸、又は当該核酸を含む遺伝子発現ベクターのいずれかを包含し、選択的構成要素として他のリプログラミング因子を包含する。
【0074】
4-2.構成
4-2-1.構成の概要
本発明のiPS細胞誘導剤は、必須構成要素として、前記第1態様の変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片、前記第2態様の核酸、又は前記第3態様の遺伝子発現ベクターのいずれか(以下、「本発明の変異型KLF」と総称する)を含む。
【0075】
本発明のiPS細胞誘導剤は、選択的構成要素として、1種類以上の他のリプログラミング因子を含んでもよい。
【0076】
必須構成要素については前記第1~3態様の記載に準じるため、ここでは、選択的構成要素についてのみ以下で説明する。
【0077】
4-2-2.選択的構成要素
本発明のiPS細胞誘導剤は、選択的構成要素として、(1)1種類以上の他のリプログラミング因子、及び/又は(2)リプログラミング補助因子を含んでもよい。以下、 (1)及び(2)について具体的に説明する。
【0078】
(1)他のリプログラミング因子
本発明のiPS細胞誘導剤は、選択的構成要素として、1種類以上の他のリプログラミング因子を含んでもよい。ここでいう「他のリプログラミング因子」とは、本発明の変異型KLF以外のリプログラミング因子が該当する。本発明の変異型KLF以外のリプログラミング因子で、体細胞の初期化を誘導し得る因子であれば限定しない。例えば、OCT3/4、SOX2、C-MYC、及び本発明の変異型KLF以外のKLF(例えば、野生型KLF)、並びにそのいずれかの関連因子が例示される。当該関連因子としては例えば、SOX1、SOX3、SOX15、SOX18、C-MYCのT58A変異体、N-MYC、及びL-MYC、並びに野生型KLF1、野生型KLF2、野生型KLF4、及び野生型KLF5等が例示される。これらの他のリプログラミング因子は、当該他のリプログラミング因子に該当するタンパク質若しくはそのペプチド断片、前記タンパク質若しくはそのペプチド断片をコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれであってもよい。当該他のリプログラミング因子に該当するタンパク質若しくはそのペプチド断片をコードする核酸、及び前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターの構成については、変異型KLFについて説明した第2態様及び第3態様の記載に準じるものとする。
【0079】
本発明のiPS細胞誘導剤に包含される、他のリプログラミング因子の数は、限定しない。例えば、本発明のiPS細胞誘導剤は、他のリプログラミング因子として、1種類、2種類、3種類、4種類、5種類、6種類、又はそれ以上のリプログラミング因子を包含してもよい。
【0080】
また、本発明のiPS細胞誘導剤が2以上の遺伝子発現ベクターを包含する場合、当該2以上の遺伝子発現ベクターは、同一のベクター中に包含されていても、別々のベクターであってもよい。
【0081】
好ましい実施形態では、本発明のiPS細胞誘導剤は、必須構成要素に加えて、OCT3/4タンパク質、それをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれか、及び/又はSOX1タンパク質、SOX2タンパク質、SOX3タンパク質、SOX15タンパク質若しくはSOX17タンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれかをさらに含んでもよい。これらに加えて、C-MYCタンパク質、C-MYCタンパク質のT58A変異体、N-MYCタンパク質、若しくはL-MYCタンパク質、そのいずれかをコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれかをさらに含んでいてもよい。
【0082】
(2)リプログラミング補助因子
本発明のiPS細胞誘導剤が、選択的構成要素として包含し得る「リプログラミング補助因子」とは、上記(1)に該当するもの以外で、体細胞の初期化誘導に必須ではないものの、体細胞に導入した場合に初期化誘導の効率を上昇し得る因子である。例えば、NANOG、NR5A2、LIN28A、LIN28B、LIN41、GLIS1、TBX3、HMGA2、FOXH1、mir-302、mir-367、mir-106a、mir-363、TP53に対するshRNA若しくはsiRNA、ドミナントネガティブ型TP53、又はP21に対するshRNA若しくはsiRNA等が挙げられる。
【0083】
4-3.効果
本発明のiPS細胞誘導剤によれば、体細胞からiPS細胞を誘導することができる。
また、本発明のiPS細胞誘導剤は、体細胞からiPS細胞を製造するために使用することができる。
【0084】
5.ダイレクトリプログラミング剤
5-1.概要
本発明の第5の態様は、ダイレクトリプログラミング剤である。本発明のダイレクトリプログラミング剤は、必須構成要素として、本発明の変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片、変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片をコードする核酸、又は当該核酸を含む遺伝子発現ベクターのいずれか(以下、「本発明の変異型KLF」と総称する)を含み、選択的構成要素として他のダイレクトリプログラミング因子を含む。本発明のダイレクトリプログラミング剤によれば、分化した細胞から、直接他の様々な細胞種を誘導することができる。
【0085】
5-2.定義
本明細書において「ダイレクトリプログラミング(直接転換)」とは、特定の細胞種から別の細胞種(例えば、iPS細胞以外の細胞種)を直接的に誘導することをいう。より具体的には、iPS細胞の段階を経ずに、特定の細胞種から別の細胞種を誘導すること、例えば、分化細胞から神経細胞、肝細胞、膵臓β細胞、心筋細胞、又は内皮細胞等、他の様々な細胞種を誘導することをいう(Ieda M., Keio J Med. 2013;62(3):74-82.)。なお、本明細書におけるダイレクトリプログラミングは、分化転換(transdifferentiation)を包含するものとする。
【0086】
本明細書において「ダイレクトリプログラミング因子」とは、単独で、又は他の因子と共に、特定の細胞種に導入することによって、ダイレクトリプログラミングを引き起こし得る因子をいう。ダイレクトリプログラミング因子は、ダイレクトリプログラミングに供する細胞の種類、及び/又はダイレクトリプログラミングによる誘導によって得られる細胞の種類によって異なる。例えば、線維芽細胞から筋肉細胞へのダイレクトリプログラミングを誘導するMyoD;線維芽細胞から神経細胞へのダイレクトリプログラミングを誘導するAscl1、Brn2、及びMyt1lの組合せ;線維芽細胞から心筋細胞へのダイレクトリプログラミングを誘導するGata4、Mef2c、及びTbx5の組合せ、Gata4、Mef2c、Tbx5、及びHand2の組合せ、Gata4、Mef2c、Tbx5、及びVEGFの組合せ、又は、Mef2c、Myocardin、及びTbx5の組合せ等が知られている。特に、KLF4がダイレクトリプログラミング因子として含まれるダイレクトリプログラミングの具体例としては、線維芽細胞から角膜上皮細胞へのダイレクトリプログラミングを誘導するPAX6、OVOL2、及びKLF4の組合せ;線維芽細胞から神経幹細胞へのダイレクトリプログラミングを誘導するSOX2、KLF4、C-MYC、及びPOU3F4(BRN4)の組合せ;皮膚線維芽細胞から軟骨細胞へのダイレクトリプログラミングを誘導するKLF4、C-MYC、及びSOX9の組合せ;線維芽細胞から内皮細胞へのダイレクトリプログラミングを4日間の部分的リプログラミングによって誘導するOCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYCの組合せが挙げられる(Kitazawa K., et al., Cornea, 2019 Nov;38 Suppl 1:S34-S41.;Kim S.M., et al., Nat Protoc., 2014 Apr;9(4):871-81.;Outani H., et al., PLoS One, 2013 Oct 16;8(10):e77365.;Margariti A, et al., Proc Natl Acad Sci U S A., 2012;109(34):13793-13798.)。
【0087】
5-3.構成
本発明のダイレクトリプログラミング剤は、必須構成要素として、本発明の変異型KLFを含む。より具体的には、必須構成要素として、前記第1態様の変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片、前記第2態様の核酸、又は前記第3態様の遺伝子発現ベクターのいずれかを含む。
【0088】
本発明のダイレクトリプログラミング剤は、選択的構成要素として、1種類以上の他のダイレクトリプログラミング因子をさらに含んでもよい。本発明のダイレクトリプログラミング剤が包含する他のダイレクトリプログラミング因子は、ダイレクトリプログラミングに供する細胞の細胞種、及び/又はダイレクトリプログラミングによって誘導される細胞種によって異なり、当業者であれば適宜選択することができる。限定しないが、例えば、OCT3/4、SOX2、C-MYC、PAX6、VOL2、POU3F4(BRN4)、及びSOX9等が挙げられる。本発明のダイレクトリプログラミング剤が包含する他のダイレクトリプログラミング因子は、当該他のダイレクトリプログラミング因子に該当するタンパク質若しくはそのペプチド断片、前記タンパク質若しくはそのペプチド断片をコードする核酸、又は前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターのいずれであってもよい。当該他のダイレクトリプログラミング因子のタンパク質若しくはそのペプチド断片をコードする核酸、及び前記核酸を発現可能な状態で含む遺伝子発現ベクターの構成については、それぞれ変異型KLFタンパク質について説明した第2態様及び第3態様の記載に準じるものとする。
【0089】
本発明のダイレクトリプログラミング剤が包含する、他のダイレクトリプログラミング因子の数は、限定しない。例えば、本発明のダイレクトリプログラミング剤は、1種類、2種類、3種類、4種類、5種類、6種類、又はそれ以上の他のダイレクトリプログラミング因子を包含していてもよい。
【0090】
また、本発明のダイレクトリプログラミング剤が2以上の遺伝子発現ベクターを包含する場合、当該2以上の遺伝子発現ベクターは、同一のベクター中に包含されていても、別々のベクターであってもよい。
【0091】
一実施形態では、本発明のダイレクトリプログラミング剤は、本発明の変異型KLFに加えて、OCT3/4、SOX2、及びC-MYCを包含する。
【0092】
別の実施形態では、本発明のダイレクトリプログラミング剤は、本発明の変異型KLFに加えて、PAX6、及びOVOL2を包含する。
【0093】
別の実施形態では、本発明のダイレクトリプログラミング剤は、本発明の変異型KLFに加えて、SOX2、C-MYC、及びPOU3F4(BRN4)を包含する。
【0094】
別の実施形態では、本発明のダイレクトリプログラミング剤は、本発明の変異型KLFに加えて、C-MYC、及びSOX9を包含する。
【0095】
5-4.効果
本発明のダイレクトリプログラミング剤が変異型KLF、OCT3/4、SOX2、及びC-MYCを包含する場合、例えば本発明のダイレクトリプログラミング剤によって4日間の部分的リプログラミングを行えば、線維芽細胞から内皮細胞へのダイレクトリプログラミングが高い効率で誘導される。
【0096】
本発明のダイレクトリプログラミング剤が変異型KLF、PAX6、及びOVOL2を包含する場合、本発明のダイレクトリプログラミング剤によれば、線維芽細胞から角膜上皮細胞へのダイレクトリプログラミングが高い効率で誘導される。
【0097】
本発明のダイレクトリプログラミング剤が変異型KLF、SOX2、C-MYC、及びPOU3F4(BRN4)を包含する場合、本発明のダイレクトリプログラミング剤によれば、線維芽細胞から神経幹細胞へのダイレクトリプログラミングが高い効率で誘導される。
【0098】
本発明のダイレクトリプログラミング剤が変異型KLF、C-MYC、及びSOX9を包含する場合、本発明のダイレクトリプログラミング剤によれば、皮膚線維芽細胞から軟骨細胞へのダイレクトリプログラミングが高い効率で誘導される。
【0099】
本発明のダイレクトリプログラミング剤によれば、培養系の中で、又は生体内で、体細胞からのダイレクトリプログラミングを行うことができる。
【0100】
本発明のダイレクトリプログラミング剤によれば、多能性幹細胞の段階を経ないで別の細胞種を誘導することができる。そのため、腫瘍化リスクが軽減された、安全性の高い細胞リプログラミング技術が提供される。
【0101】
6.iPS細胞製造方法
6-1.概要
本発明の第6の態様は、iPS細胞製造方法である。本発明のiPS細胞製造方法は、必須の工程として、(1)iPS細胞誘導剤を体細胞に導入する導入工程、及び(2)導入工程後の体細胞を培養する培養工程を含む。本発明のiPS細胞製造方法によれば、高い効率でiPS細胞を製造することができる。
【0102】
6-2.方法
本発明のiPS細胞製造方法は、必須の工程として、(1)iPS細胞誘導剤を体細胞に導入する導入工程、及び(2)導入工程後の体細胞を培養する培養工程を、また選択的な工程として(3)iPS細胞選択工程を含む。
【0103】
導入工程と培養工程の各工程は、以下に述べる「6-2-1.C-MYC又はC-MYC関連因子を用いる実施形態」と「6-2-2.C-MYC又はC-MYC関連因子を用いない実施形態」で異なる。ここでいう「C-MYC関連因子」とは、C-MYCと類似した構造を有し、かつC-MYCの代わりに、他のリプログラミング因子と共に体細胞に導入することによって、体細胞をリプログラミングし得る因子をいう(以下、「OCT3/4関連因子」、及び「SOX2関連因子」についても同様とする)。各関連因子の具体例は、「1-2.定義」に述べた通りである。
【0104】
以下、上記2つの場合の各工程について具体的に説明をする。
【0105】
6-2-1.C-MYC又はC-MYC関連因子を用いる実施形態
本実施形態のiPS細胞製造方法では、導入工程においてC-MYC又はC-MYC関連因子が体細胞に導入される。
【0106】
(1)導入工程
本実施形態における導入工程において体細胞に導入されるiPS細胞誘導剤は、前記第4態様のiPS細胞誘導剤を構成するリプログラミング因子の組合せのうち、体細胞の初期化を誘導することができる組合せが該当する。本実施形態において体細胞に導入されるiPS細胞誘導剤は、例えば以下の(a)~(d)の因子の組合せ:(a)前記第1態様の変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片、前記第2態様の核酸、又は前記第3態様の遺伝子発現ベクターのいずれか(以下、「本発明の変異型KLF」と総称する)、(b)OCT3/4又はOCT3/4関連因子、(c)SOX2又はSOX2関連因子、及び(d)C-MYC又はC-MYC関連因子であってもよい。
【0107】
本導入工程において体細胞に導入されるiPS細胞誘導剤は、上記のリプログラミング因子の組合せに加えて、iPS細胞作製効率を増大し得るリプログラミング補助因子を含んでもよい。リプログラミング補助因子については、「4-2-2.選択的構成要素」における「(2)リプログラミング補助因子」の記載に準じる。
【0108】
本導入工程においてiPS細胞誘導剤を体細胞に導入する方法は、限定しない。導入するiPS細胞誘導剤の種類(プラスミドDNA、mRNA、タンパク質、ウイルスベクター等)に応じて、導入方法を適宜選択すればよい。例えば、ウイルス感染、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、DEAE-Dextran法、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法によってiPS細胞誘導剤を体細胞に導入することができる。この他、Green & Sambrook、2012、Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed.、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、New York等に記載された当該分野で公知の遺伝子導入方法(形質転換方法)を用いることができる。
【0109】
(2)培養工程
本実施形態における培養工程は、前記導入工程後の体細胞を培養する工程である。本培養工程において、前記導入工程で導入されたリプログラミング因子によって体細胞の初期化が誘導され、iPS細胞が誘導される。さらに、本工程において、誘導されたiPS細胞からコロニーが形成されることを観察すれば、iPS細胞が製造されたか否かを判断することができる。
【0110】
本培養工程における培養方法は、限定しない。例えば、前記導入工程後の体細胞をフィーダー細胞を用いて培養してもよい。具体的には、前記導入工程後の体細胞を細胞培養用培地中でフィーダー細胞と共に培養する方法、前記導入工程後の体細胞を細胞培養用培地中で30日間~40日間維持した後にフィーダー細胞と共に培養する方法等が挙げられる。
【0111】
フィーダー細胞は、限定しないが、例えば、放射線照射や抗生物質処理によって増殖を停止させた細胞等(例えば、マウス胎児繊維芽細胞(MEF)、ヒト胎児由来の細胞、又は繊維芽細胞)を使用してもよい。
【0112】
フィーダー細胞を用いない場合には、基底膜マトリックス、ラミニン、ビトロネクチン等を被覆した培養皿を用いる方法や、基底膜マトリックス、ラミニン、ビトロネクチン等を含有する培地を用いる方法を使用することができる。
【0113】
細胞培養用培地は、公知の培地を適宜選択して用いることができる。例えば、血清又は血清置換液を加えた、DMEM等の市販の哺乳類細胞用基礎培地を使用してもよい。血清置換液の例として、例えばKnockOutTMSerum Replacement:KSR(ThermoFisher, SCIENTIFIC)を使用してもよい。また、市販の霊長類ES細胞用培地又は霊長類ES/iPS細胞用培地等を用いてもよい。これらの培地には、ES細胞又はiPS細胞等の多能性幹細胞の培養に適する公知の添加物、例えば、N2サプリメント、B27(R)サプリメント、インシュリン、bFGF、アクチビンA、ヘパリン、ROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)インヒビター、及び/又はGSK-3インヒビター等の添加物を添加してもよい。
【0114】
また、iPS細胞の作製効率を高めるために、上記(1)の導入工程、及び/又は本培養工程において、TGF-β、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤、G9aヒストンメチル基転移酵素阻害剤、及び/又はp53阻害剤等を培地に添加してもよい。HDAC阻害剤として、例えばバルプロ酸(VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNA等を使用することができ、G9aヒストンメチル基転移酵素阻害剤として、BIX-01294等の低分子阻害剤、G9aに対するsiRNA等を使用することができ、p53阻害剤として、Pifithrin-α等の低分子阻害剤、p53に対するsiRNA等を使用することができる。
【0115】
本培養工程において、温度、CO2濃度、培養期間、及び培地交換頻度等の培養条件は、限定しない。例えば、37℃、5%CO2で静置培養し、2日毎に半量ずつ培地交換し、コロニーの形成状態によって10~40日間培養してもよい。
【0116】
(3)iPS細胞選択工程
本実施形態のiPS細胞製造方法では、導入工程及び培養工程後に誘導されたiPS細胞を選択してもよい。
【0117】
本工程においてiPS細胞を選択する方法は、限定しない。例えば、iPS細胞マーカー遺伝子の発現を指標として選択する方法、選択マーカー遺伝子によって選択する方法、又はレポーター遺伝子によって選択する方法が挙げられる。「iPS細胞マーカー遺伝子」とは、初期化の対象となる体細胞では発現せず、iPS細胞では発現している遺伝子である。好ましくはiPS細胞で特異的に発現する遺伝子である。例えば、Oct3/4、Sox2、Nanog、ERas、Esg1、TRA1-60、又はTRA-1-85遺伝子、及び内在性アルカリホスファターゼ遺伝子等が挙げられる。iPS細胞のマーカー遺伝子の発現を検出する方法としては、例えば、mRNAを検出する方法、免疫学的検出法(例えば、免疫染色法、ウエスタンブロット法、ELISA法)等が挙げられる。選択マーカー遺伝子、及びレポーター遺伝子については、「3.遺伝子発現ベクター」における「3-2-4.その他の選択的構成要素」の記載に準じる。すなわち、前記導入工程で導入される遺伝子発現ベクターが包含する選択マーカー遺伝子(例えばアンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、又はハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子等)に対応する薬剤を用いた選択や、前記導入工程で導入される遺伝子発現ベクターが包含するレポーター遺伝子(例えば、GFPやRFP等の蛍光タンパク質をコードする遺伝子や、ルシフェラーゼ遺伝子等)に応じたレポーターの検出を行うことによって、iPS細胞を選択することが可能である。
【0118】
6-2-2.C-MYC又はC-MYC関連因子を用いない実施形態
本実施形態のiPS細胞製造方法では、導入工程においてC-MYC又はC-MYC関連因子を体細胞に導入せず、培養工程においてリプログラミング代替因子を用いる。ここで「リプログラミング代替因子」とは、「1-2.定義」に記載のように、リプログラミング因子の代わりに用いた場合にリプログラミングを引き起こし得る因子を意味する。本実施形態では、リプログラミング代替因子は、C-MYC又はC-MYC関連因子を体細胞に導入する代わりに培地に添加して培養することによって、体細胞の初期化を誘導し得るリプログラミング代替因子である。限定しないが、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、TGF-β1タンパク質、BMPタンパク質、Wnt3タンパク質、GSK3β阻害剤、Wnt阻害剤、レチノイン酸、アスコルビン酸、及びROCK阻害剤等が例示される。
【0119】
(1)導入工程
本実施形態における導入工程で体細胞に導入されるiPS細胞誘導剤は、上記「6-2-1.C-MYC又はC-MYC関連因子を用いる実施形態」における「(1)導入工程」のリプログラミング因子の組合せから、C-MYC又はC-MYC関連因子を除外したリプログラミング因子の組合せが該当する。限定しないが、本実施形態において体細胞に導入されるiPS細胞誘導剤は、例えば、以下の(a)~(c)の因子の組合せ:(a)変異型KLF、(b)OCT3/4又はOCT3/4関連因子、及び(c)SOX2又はSOX2関連因子である。
【0120】
本導入工程のその他の条件については、上記「6-2-1.C-MYC又はC-MYC関連因子を用いる実施形態」における「(1)導入工程」の記載に準じる。
【0121】
(2)培養工程
本実施形態における培養工程は、前記導入工程後の体細胞を培養する工程である。
本実施形態における培養工程では、リプログラミング代替因子が培地に添加される。
本培養工程におけるその他の培養条件については、「6-2-1.C-MYC又はC-MYC関連因子を用いる実施形態」の「(2)培養工程」の記載に準じる。
【0122】
(3)iPS細胞選択工程
本実施形態におけるiPS細胞選択工程については、「6-2-1.C-MYC又はC-MYC関連因子を用いる実施形態」の「(3)iPS細胞選択工程」の記載に準じる。
【0123】
6-3.効果
本発明のiPS細胞製造方法によれば、高い効率でiPS細胞を製造することができる。
本態様における「6-2-2.C-MYC又はC-MYC関連因子を用いない実施形態」によれば、癌遺伝子であるC-MYC又はC-MYC関連因子が体細胞に導入されないため、腫瘍化リスクが軽減され、より安全性の高いiPS細胞製造方法が提供される。この方法は、野生型KLFを用いた従来法では、iPS細胞作製効率が極端に低くなることが知られている。これに対して、本実施形態では、本発明の変異型KLFを用いることによって、iPS細胞作製効率を改善することが可能であり、安全性と作製効率の両方が高いiPS細胞製造方法が提供される。
本発明によれば、均質性の高いiPS細胞の製造方法、及び分化抵抗性の低いiPS細胞の製造方法もまた提供される。
【0124】
7.癌治療剤
7-1.概要
本発明の第7の態様は、癌治療剤である。本発明の癌治療剤は、前記第1態様の変異型KLFタンパク質若しくはそのペプチド断片、前記第2態様の核酸、又は前記第3態様の遺伝子発現ベクターのいずれか(以下、「本発明の変異型KLF」と総称する)を有効成分として含む。本発明の癌治療剤は、癌治療効果を有する。
【0125】
KLF4の癌治療効果については、乳頭様甲状腺癌の生存、浸潤、及び移動がKLF4過剰発現によって抑制されること、KLF4が前立腺腫瘍の進行を抑制すること、及び大腸癌の化学療法への耐性がKLF4過剰発現によって抑制され得ることが示されている(Wang Q., et al., Exp Ther Med., 2019 Nov;18(5):3493-3501.;Oncogene. 2019 Jul;38(29):5766-5777.;Yadav S.S., et al., Life Sci., 2019 Mar 1;220:169-176.)。
【0126】
7-2.構成
本発明の癌治療剤は、必須の構成成分として有効成分を、また選択成分として薬学的に許容可能な担体、又は他の薬剤を包含する。本発明の癌治療剤は、有効成分のみで構成することもできる。しかし、剤形形成を容易にし、有効成分の薬理効果及び/又は剤形を維持するためには後述する薬学的に許容可能な担体を包含した医薬組成物として構成されていることが好ましい。
【0127】
7-2-1.構成成分
本発明の癌治療剤を構成する各成分について具体的に説明をする。
【0128】
(1)有効成分
本発明の癌治療剤における有効成分は、本発明の変異型KLFである。これらの構成については、第1~3態様で既に詳述していることから、ここではその具体的な説明を省略する。本態様においては、本発明の変異型KLFのうち、変異型KLF4を有効成分とすることが好ましい。
【0129】
(2)薬学的に許容可能な担体
「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用し得る溶媒及び/又は添加剤であって、生体に対して有害性がほとんどないか又は全くないものをいう。
【0130】
薬学的に許容可能な溶媒には、例えば、水、エタノール、プロピレングリコール、エトキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。これらは、殺菌されていることが望ましく、必要に応じて血液と等張に調整されていることが好ましい。
【0131】
また、薬学的に許容可能な添加剤には、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤等が挙げられる。
【0132】
賦形剤としては、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖(より具体的には、限定はしないが、グルコース、スクロース、ラクトース、ラフィノース、マンニトール、ソルビトール、イノシトール、デキストリン、マルトデキストリン、デンプン及びセルロースを含む)、金属塩(例えば、塩化ナトリウム、リン酸ナトリウム若しくはリン酸カルシウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、炭酸カルシウム)、クエン酸、酒石酸、グリシン、低、中又は高分子量のポリエチレングリコール(PEG)、プルロニック(登録商標)、カオリン、ケイ酸、あるいはそれらの組合せが挙げられる。
【0133】
結合剤としては、例えば、トウモロコシ、コムギ、コメ、若しくはジャガイモのデンプンを用いたデンプン糊、単シロップ、グルコース液、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック及び/又はポリビニルピロリドン等が挙げられる。
【0134】
崩壊剤としては、例えば、前記デンプンや、乳糖、カルボキシメチルデンプン、架橋ポリビニルピロリドン、アガー、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸若しくはアルギン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド又はそれらの塩が挙げられる。
【0135】
充填剤としては、例えば、前記糖及び/又はリン酸カルシウム(例えば、リン酸三カルシウム、若しくはリン酸水素カルシウム)が挙げられる。
【0136】
乳化剤としては、例えば、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが挙げられる。
【0137】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、例えば、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが挙げられる。
【0138】
上記の添加剤の他、必要に応じて矯味矯臭剤、溶解補助剤(可溶化剤)、懸濁剤、希釈剤、界面活性剤、安定剤、吸収促進剤(例えば、第4級アンモニウム塩類、ラウリル硫酸ナトリウム)、増量剤、保湿剤(例えば、グリセリン、澱粉)、吸着剤(例えば、澱粉、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸)、崩壊抑制剤(例えば、白糖、ステアリン、カカオバター、水素添加油)、コーティング剤、着色剤、保存剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤等を含むこともできる。
【0139】
(3)他の薬剤
本発明の癌治療剤は、上記有効成分が有する薬理効果を失わない範囲において、他の薬剤を含有することもできる。ここで「他の薬剤」とは、本発明の変異型KLFと同様の作用機序で癌治療効果を有する薬剤や、本発明の変異型KLFとは異なる作用機序で癌治療効果を有する薬剤等が挙げられる。また、癌治療効果とは無関係の薬理作用を有する薬剤であってもよい。例えば、胃粘膜保護剤や抗生物質等が挙げられる。
【0140】
本発明の癌治療剤が他の薬剤を含む複合製剤である場合、癌を多面的に抑制できる等の相乗的な効果を期待することができるので便利である。
【0141】
7-2-2.剤形
本発明の癌治療剤の剤形は、有効成分である本発明の変異型KLFを不活化させないか、させにくく、かつ投与後に生体内でその薬理効果を十分に発揮し得る剤形であれば特に限定しない。
【0142】
剤形は、その形態により液体剤形又は固体剤形(ゲルのような半固体剤形を含む)に分類できるが、本発明の癌治療剤は、そのいずれであってもよい。また剤形は投与方法により経口剤形と非経口剤形とに大別できるが、これに関してもいずれであってもよい。
【0143】
具体的な剤形としては、経口剤形であれば、例えば、懸濁剤、乳剤、及びシロップ剤のような液体剤形、散剤(粉剤、粉末剤、飴粉剤を含む)、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、舌下剤、及びトローチ剤等の固体剤形が挙げられる。また、非経口剤形であれば、例えば、注射剤、懸濁剤、乳剤、点眼剤、及び点鼻剤等の液体剤形、クリーム剤、軟膏剤、硬膏剤、シップ剤及び座剤等の固体剤形が挙げられる。好ましい剤形は、経口剤形のいずれか、又は非経口剤形であれば液体剤形の注射剤である。
【0144】
7-2-3.投与方法
本発明の癌治療剤は、癌治療のために、有効成分である本発明の変異型KLFを生体に有効量投与することができる方法であれば、当該分野で公知のあらゆる方法を適用することができる。
【0145】
本明細書において「有効量」とは、有効成分がその機能を発揮する上で必要な量、すなわち、本発明では癌治療剤が癌を治療する上で必要な量であって、かつそれを適用する生体に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、被験体の情報、投与経路、及び投与回数等の条件によって変化し得る。「被験体」とは、本発明の癌治療剤の適用対象となる動物個体をいう。好ましい被験体はヒトである。「被験体の情報」とは、被験体の様々な個体情報であって、例えば、被験体の年齢、体重、性別、全身の健康状態、薬剤感受性、服用中の医薬品の有無等を含む。有効量、及びそれに基づいて算出される投与量は、個々の被験体の情報等に応じて医師又は獣医師の判断によって決定される。癌治療の十分な効果を得る上で、本発明の癌治療剤を大量投与する必要がある場合、被験者に対する負担軽減のために、数回に分割して投与することもできる。
【0146】
本発明の癌治療剤の投与方法は、全身投与又は局所的投与のいずれであってもよい。全身投与の例としては、静脈注射等の血管内注射や経口投与等が挙げられる。また局所投与の例としては、局所注射等が挙げられる。本発明の癌治療剤の有効成分は、本発明の変異型KLFで構成されている。したがって、経口投与の場合には、有効成分を消化酵素による分解から保護するために適当なDDS(薬剤送達システム)を用いる等、適切な処置を施すことが好ましい。
【0147】
具体的な投与量の一例として、例えば、癌に罹患しているヒト成人男子(体重60kg)に投与する場合、一日当たりの癌治療剤の有効量は、通常1~2000mg、好ましくは1~1000mg、より好ましくは1~500mgの範囲である。本発明の癌治療剤を被験者に投与する場合、本発明の変異型KLFの有効投与量は、一回につき体重1kgあたり0.001mg~1000mgの範囲で選ばれる。あるいは、被験者あたり0.01~100000mg/bodyの投与量を選ぶことができる。ただし、これらの投与量に制限されるものではない。
【0148】
7-3.効果
本発明の癌治療剤は、癌治療効果を有する。本発明の癌治療剤は、例えば、乳頭様甲状腺癌、前立腺腫瘍、及び大腸癌等に対して治療効果を有する。より具体的には、乳頭様甲状腺癌の生存、浸潤、及び移動を高い効率で抑制すること、前立腺腫瘍の進行を高い効率で抑制すること、及び大腸癌の化学療法への耐性を高い効率で抑制することが可能である。
【実施例
【0149】
<実施例1:体細胞の初期化を高い効率で誘導するKLF4変異体の探索と同定>
(目的)
野生型KLF4タンパク質においてDNAと直接相互作用し得るアミノ酸残基に変異を導入し、体細胞の初期化を高い効率で誘導するKLF4変異体を同定する。
【0150】
(方法)
タンパク質立体構造データベースProtein Data Bank (PDB)には、KLF4タンパク質C2H2ジンクフィンガードメイン(KLF4ZFD)とDNAとの複合体の構造が、9件登録されている(登録番号:2WBS、2WBU、4M9E、5KE6、5KE7、5KE8、5KE9、5KEA、及び5KEB)。これらの結晶構造においてDNAと直接相互作用しているアミノ酸残基を19個同定した(図1)。
【0151】
次に、配列番号5で示すアミノ酸配列からなるヒト野生型KLF4タンパク質において当該19個のアミノ酸残基の各々をアラニンに置換したKLF4変異体を発現させるためのレトロウイルスベクターを19種類作製した。さらに、配列番号13で示すアミノ酸配列からなるヒト野生型OCT3/4、配列番号15で示すアミノ酸配列からなるヒト野生型SOX2、配列番号21で示すアミノ酸配列からなるヒト野生型L-MYCをそれぞれ発現させるためのレトロウイルスベクターを調製した。
【0152】
具体的には、pMXs-hKLF4(Addgene plasmid #17219)において、タンパク質の発現を検出するための3xFLAGタグをKLF4のN末端側に融合し、これを部位特異的変異導入法の鋳型とした。N末端3xFLAGタグを付加する際に使用したプライマーの配列を配列番号26~27で示す。部位特異的変異導入には、PCRサーマルサイクラー(Applied Biosystems SimpliAmp)の製造元プロトコルに従って、PrimeSTAR Max DNA Polymerase(TAKARA BIO INC)と共にPrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit(TAKARA BIO INC)を使用した。部位特異的変異導入に用いる特異的プライマー対は、置換部位を包含する15 bpの領域が互いに重複するように設計した。PCRの条件は、98℃10秒(変性)、55℃15秒間(アニーリング)、72℃30秒(伸長)とした。変異導入後の配列は、pMX-s1811(FW)プライマー及びpMX-as3205(RV)プライマーを用いてシーケンシングにより確認した。
【0153】
レトロウイルスベクターは以下の方法で調製した。Plat-E細胞(Cell Biolab INC、RV-101)を100 mmディッシュ当たり3.6×106細胞で、又は6ウェルプレート上で1ウェル当たり5.4×105細胞で播種した。翌日、100 mmディッシュの場合には、27μlのFuGENE 6トランスフェクション試薬(Promega INC、E2691)を使用して、ヒトOCT4(Addgene plasmid #17217)、ヒトSOX2(Addgene plasmid #17218)、ヒトL-MYC(Addgene plasmid #26022)、ヒト野生型KLF4(pMXs-hKLF4、Addgene plasmid #17219)、又はKLF4変異体を発現させるためのpMXベースのレトロウイルスベクター(各9μg)を別々にPlat-E細胞に導入した。6ウェルプレートの場合には、4.5μlのFuGENE 6トランスフェクション試薬、及び各レトロウイルスベクター1.5μgを使用した。24時間後、培地を10%FBS(Biosera、FB-1365/500)、P/S(ナカライテスク、26253-84)を含む10 mlのDMEMに交換し、細胞をさらに24時間インキュベートした。リポフェクションの48時間後及び72時間後に2回に分けてレトロウイルスを含有する上清を回収し、0.45μmポアサイズのセルロースアセテートフィルター(アズワン、RJN1345NH)でろ過した。上清各0.5mlを等体積(比率1:1:1:1)で混合し、細胞感染のためにポリブレン(ナカライテスク、12996-81)を終濃度4μg/mlで添加した。
【0154】
次に、レトロウイルスベクターをマウス胎児線維芽細胞に感染させて、初期化誘導を行った。マウス胎児線維芽細胞は、Nanog-GFPマウス(理化学研究所バイオリソース研究センター実験動物開発室、STOCK Tg(Nanog-GFP,Puro)1Yam、寄託番号RBRC02290)から公知の方法により単離されたものを使用した。レトロウイルスベクターのNanog-GFPマウス胎児線維芽細胞への感染は、6ウェルディッシュ中にて、継代数の少ない100,000~200,000個のNanog-GFPマウス胎児線維芽細胞に対して行った。上記の調製されたレトロウイルスベクターと共にNanog-GFPマウス胎児線維芽細胞を24時間インキュベートし、その後、通常の線維芽細胞培養培地(10%FBS(Biosera、FB-1365/500)、P/S(ナカライテスク、26253-84)を添加した高グルコースDMEM(ナカライテスク、08458-16))に戻した。培地交換は2日に1回の頻度で行った。さらに、6日目に10,000個の細胞をSL10フィーダー細胞(REPROCELL USA Inc)に再播種し、翌日にmES完全培地(15%FBS(Biosera、FB-1365/500)、MEM非必須アミノ酸溶液(ナカライテスク、06344-56)、LIF(和光純薬、129-05601)、P/S(ナカライテスク、26253-84)を添加した高グルコースDMEM(ナカライテスク、08458-16))に交換した。細胞は、培地を2日に1回の頻度で交換して、25日間培養した。
【0155】
(結果)
レトロウイルスベクターの感染後25日目に、Nanog-GFP(iPS細胞マーカー)に由来する緑色蛍光を示すコロニーの数を測定した。
【0156】
その結果、アラニン置換変異体の多くは、野生型KLF4と比較して、Nanog-GFP陽性コロニーの形成数が低下した(図2A)。一方、KLF4(S500A)変異体及びKLF4(L507A)変異体は、野生型KLF4と比較して、Nanog-GFP陽性コロニー形成数の著しい増大を示した(図2A)。さらに、KLF4(S500A)変異体及びKLF4(L507A)変異体は、野生型KLF4と比較して全体のコロニー数に対するNanog-GFP陽性コロニーの割合が上昇した(図2B)。
【0157】
Nanog-GFP陽性コロニーの割合が上昇したことは、不完全に初期化されたiPS細胞(partially reprogrammed iPS cells)に対する、完全に初期化されたiPS細胞(fully reprogrammed iPS cells)の割合が増大したことを意味する。不完全に初期化されたiPS細胞(partially reprogrammed iPS cells)は分化能及び多能性が低い。これに対して、完全に初期化されたiPS細胞(fully reprogrammed iPS cells)は分化能及び多能性が高い。したがって、KLF4(S500A)変異体又はKLF4(L507A)変異体を初期化誘導に用いることで、高品質のiPS細胞をより高い効率で作製することが可能であり、分化能が高く、かつより均質性の高いiPS細胞集団を提供することが可能であることが示された。
【0158】
また、KLF4に対する、KLF1、KLF2、及びKLF5のジンクフィンガードメイン間のアミノ酸同一性は、それぞれ85%、93%、及び81%と極めて高い。さらに、KLF1、KLF2、KLF4、及びKLF5は、他のリプログラミング因子(例えばOCT3/4、SOX2、及びC-MYC)と共に体細胞に導入した場合に、いずれも体細胞の初期化を誘導する活性を有する。したがって、KLF4の500位又は507位に対応する位置にアミノ酸置換を含む変異型KLF1、変異型KLF2、及び変異型KLF5(例えば、L356A変異を含む変異型KLF1、L349A変異を含む変異型KLF2、L450A変異を含む変異型KLF5)もまた、それぞれ野生型KLF1、KLF2、及びKLF5よりも高い効率で体細胞の初期化を誘導する蓋然性が高い。
【0159】
<実施例2:KLF4変異体による正常ヒト線維芽細胞からのiPS細胞作製>
(目的)
正常ヒト線維芽細胞に対して、KLF4(L507A)変異体を用いた初期化誘導を行う。初期化誘導後の早い時期において多能性幹細胞マーカーTumor-related antigen-1-60(TRA-1-60)の発現をフローサイトメトリー法によって解析する。
【0160】
多能性幹細胞マーカーTRA-1-60は、ヒトiPS細胞とES細胞に特異的に発現し、体細胞では発現しない糖タンパク質である。初期化4因子(OCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYC)により初期化を誘導して得られるTRA-1-60陽性ヒト細胞は、品質の高いiPS細胞に初期化される途中段階の細胞である。TRA-1-60陽性細胞は原条様中内胚葉(primitive streak-like mesendodermal;PSMN)に類似した遺伝子発現プロファイルを有し、当該PSMN様の状態は初期化後期における成熟に重要であることが知られている(Chan E.M., et al., Nat Biotechnol. 2009 Nov;27(11):1033-7.)。それ故、TRA-1-60を発現マーカーとして用いれば、品質の高い初期化細胞を最も早期に検出することができる。
【0161】
(方法)
正常ヒト線維芽細胞(NB1RGB細胞)の培養は、10%FBS(Biosera、FB-1365/500)、P/S、ペニシリン(100 units/ml)及びストレプトマイシン(100μg/ml)(ナカライテスク、26253-84)を含有するダルベッコ改変イーグル培地(4.5 g/Lグルコース、ナカライテスク、08458-16)中で行った。
【0162】
正常ヒト線維芽細胞からの初期化誘導は以下の方法で行った。ヒトOCT4(Addgene plasmid #17217)、ヒトSOX2(Addgene plasmid #17218)、ヒトL-MYC(Addgene plasmid #26022)、ヒト野生型KLF4(pMXs-hKLF4、Addgene plasmid #17219)又はKLF4変異体を含有するpMXベクターと、pCMV-VSV-Gウイルスエンベロープベクター(RDB04392、RIKEN BRCレンチウイルスベクタープラスミド)とを3:1の比率で組合せて、FuGENE 6トランスフェクション試薬を用いてPlat-GP(Cell Biolab INC, RV-103)細胞にトランスフェクションした。得られたウイルス上清を用いて、6ウェルディッシュ中にて、継代数の少ない10,000個のNB1RGB細胞に一晩かけてウイルスを感染させた。
【0163】
ウイルス感染後7日目に、フローサイトメトリーによる解析を行った。感染後の細胞を1 ml PBSで洗浄し、細胞が剥離するまで約10分Accutase(ナカライテスク、12679-54)とインキュベートした。細胞をフローサイトメトリー用緩衝液(1%ウシ胎児血清を添加した0.5%EDTA含有PBS)に再懸濁し、Alexa Fluor 488マウス抗ヒトTRA-1-60抗体(BD Pharmingen)及びヒトTRA-1-85/CD147 APCコンジュゲート抗体(R&D systems)と1時間インキュベートした。細胞を洗浄した後、フローサイトメトリー(Guava easyCyte Flow Cytometer)に使用した。
【0164】
TRA-1-60発現の有無は、フローサイトメトリーで測定された蛍光輝度に基づいて判定した。具体的には、蛍光輝度が元の繊維芽細胞集団の測定値より高い場合にTRA-1-60陽性とした。
【0165】
(結果)
フローサイトメトリーの結果、KLF4(L507A)変異体を用いた場合には、感染後7日目において野生型KLF4と比べてより多くのTRA-1-60陽性細胞が生じていることが示された(図3)。すなわち、感染後7日目の時点におけるTRA1-60発現の陽性率は、野生型KLF4を用いた場合では約0.3%であったのに対して、KLF4(L507A)変異体を用いた場合では約1.5%であり、約5倍であった(図3)。
【0166】
この結果から、本発明のKLF4変異体は、正常ヒト線維芽細胞に対する初期化誘導効率を増大することが示された。また、本発明のKLF4変異体は、初期化誘導の初期段階において初期化プロセスを加速することが示された。
【0167】
<実施例3:センダイウイルスベクター及びKLF4変異体を用いた、Nanog-GFPマウス胎児線維芽細胞からのiPS細胞作製>
(目的)
安全性の高い複製欠損持続発現型センダイウイルスベクター(SeVdpベクター)を用いた場合でも、本発明のKLF4変異体が初期化誘導効率を増大することができる否かを検討する。
【0168】
(方法)
本実施例3では、不安定化ドメイン(Destabilizing Domain;DDタグ)を用いてKLF4タンパク質の発現量を制御する。すなわち、N末端側にDDタグが付加したKLF4タンパク質の安定性を、培地中への低分子リガンドShield1の添加によって制御する(Nishimura K., et al., Stem Cell Reports. 2014 Nov 11;3(5):915-929.)。Shield1を培地に加えない場合、DDタグが付加したKLF4タンパク質は分解される。逆にShield1を培地に加える場合、DDタグが付加したKLF4タンパク質の分解がブロックされる。
【0169】
C末端側にFLAGタグを、N末端側にDDタグを付加したKLF4(L507A)変異体、及び他のリプログラミング因子を導入するためのSeVdpベクターであるSeVdp(fK[L507A]OSM)ベクターを作製し、当該ベクターを用いて初期化誘導を行った。C末端側にFLAGタグを、N末端側にDDタグを付加した野生型KLF4、及びKLF4(K483A)変異体についても同じ実験を行い、iPS細胞作製効率を比較した。KLF4(K483A)変異体は、実施例1において体細胞の初期化効率を増大しなかった変異体であり、本実施例3では対照群として用いた。
【0170】
125,000細胞/ウェルのNanog-GFPマウス胎児線維芽細胞(MEF)に対して、SeVdpベクターを用いて32℃にて24時間ウイルス感染を行い、初期化4因子(OCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYC)を導入した。感染の翌日、SeV含有培地を100 nM Shield1(タカラバイオ、632189)を添加した線維芽細胞培養培地(10%FBS (Gibco, 10437028)、100 U/mlペニシリン-ストレプトマイシン(Nacalai, 26253-94)を含有するダルベッコ改変イーグル培地(Sigma, D5796))に交換した(KLF4の持続発現のためにShield1は培地交換の度に添加した)。3日目にブラストサイジンS(和光純薬工業、029-18701)(終濃度5μg/ml)を培地に添加した。次いで7日目に1.0×104個、5.0×103個、2.5×103個の感染細胞を6ウェルプレート中でSL10フィーダー細胞上に再播種した。細胞は、Shield1存在下又は非存在下において、15%ウシ胎児血清(Gibco, 10437028)、0.1 mM非必須アミノ酸(Nacalai, 06344-56)、55μM 2-メルカプトエタノール(Gibco, 21985023100)、100 U/mlペニシリン-ストレプトマイシン(Nacalai, 26252-94)及び1,000 U/ml LIF(Wako, 125-05603)を添加したmES培地(Sigma, D5796)中で、2日毎に1回培地交換を行い、25日間培養した。蛍光顕微鏡によりGFPを発現するiPS細胞コロニーを観察した。
【0171】
(結果)
野生型KLF4を用いた場合には、Shield1存在下において、感染後11日目ではNanog-GFP陽性コロニーは全く観察されず、感染後23日目で初めて弱い蛍光を発するNanog-GFP陽性コロニーが観察された(図4、左列、感染後23日目、Shield1 100 nM、矢頭)。この場合、ウイルス感染後23日目において、全体のコロニー数に対するNanog-GFP陽性コロニー数の割合は約10%であった。
【0172】
また、対照群としてKLF4(K483A)変異体を用いた場合には、感染後11日目と感染後23日目のいずれにおいてもNanog-GFP陽性コロニーは観察されなかった(図4、中列)。
【0173】
一方、KLF4(L507A)変異体を用いた場合には、Shield1存在下において、感染後11日目から弱い蛍光を発するNanog-GFP陽性コロニーが観察され(図4、右列、感染後11日目、Shield1 100 nM、矢頭)、感染後23日目では強い蛍光を発するNanog-GFP陽性コロニーが数多く観察された(図4、右列、感染後23日目、Shield1 100 nM、矢頭)。この場合、ウイルス感染後23日目において、全体のコロニー数に対するNanog-GFP陽性コロニー数の割合は50%以上であり、野生型KLF4を用いた場合(約10%)と比較して著しく高かった。
【0174】
また、KLF4(L507A)変異体を用いた場合には、Shield1非存在下であってもNanog-GFP陽性コロニーの誘導が確認された(図4、右列、感染後23日目、Shield1 0 nM、矢頭)。DDタグが付加したKLF4タンパク質は、Shield1非存在下であっても完全には分解されず、約30%残存する(Nishimura K., et al., Stem Cell Reports. 2014 Nov 11;3(5):915-929.)。したがって、Shield1非存在下で誘導されたNanog-GFP陽性コロニーは、分解されずに残存したKLF4タンパク質の活性によるものと考えられる。これに対して、野生型KLF4を用いた場合や、KLF4(K483A)変異体を用いた場合には、Shield1非存在下ではNanog-GFP陽性コロニーが全く観察されなかった。よって、KLF4(L507A)変異体は野生型KLF4に比べて著しく高い初期化誘導活性を有することが、この結果からも示された。
【0175】
以上の結果から、KLF4(L507A)変異体は遺伝子送達システムに依らず初期化効率を上昇させることができることが示された。特に、安全性の高いSeVdpベクターとの併用が可能であることが示された。
【0176】
<実施例4:KLF4タンパク質の構造を安定化する置換変異の予測>
(目的)
KLF4タンパク質の507番目のロイシンを置換する際の置換後のアミノ酸残基について、どのアミノ酸残基に置換すればタンパク質構造が安定化するのかを検討する。
【0177】
(方法と結果)
KLF4タンパク質における507番目のロイシン(L507)を様々なアミノ酸残基に置換した場合の自由エネルギーの変動量(ΔΔG)をSite Directed Mutator(http://marid.bioc.cam.ac.uk/sdm2/prediction)(Worth C.L., Preissner R, and Blundell T.L., Nucleic Acids Res., 2011, May 18, 39:W215-22)を用いて計算した結果を図5に示す。その結果、L507をアラニン(A)、グルタミン酸(E)、グルタミン(Q)、又はトリプトファン(W)に置換した場合に、KLF4タンパク質の構造が野生型よりも安定化されるという予測結果が得られた(図5)。
【0178】
このうち、L507A変異を有するKLF4変異体は、実施例1で示したように体細胞の初期化誘導効率を増大する。よって、本実施例でKLF4の構造を安定化することが予測された他のアミノ酸置換(L507E、L507Q、及びL507W)についても、体細胞の初期化誘導効率の増大をもたらす蓋然性が高い。同様に、KLF4タンパク質のL507E、L507Q、及びL507に対応する、KLF1タンパク質のL356E、L356Q、若しくはL356W、KLF2タンパク質のL349E、L349Q、若しくはL349W、KLF5タンパク質のL450E、L450Q、若しくはL450Wについても、体細胞の初期化誘導効率の増大をもたらす蓋然性が高い。
【0179】
<実施例5:センダイウイルスベクター及びKLF4変異体を用いた、ヒト線維芽細胞からのiPS細胞作製>
(目的)
センダイウイルスベクター及びKLF4変異体を用いたiPS細胞作製をヒト線維芽細胞から行い、得られるiPS細胞の品質を評価する。
【0180】
(方法)
実施例3で作製した、C末端側にFLAGタグを、N末端側にDDタグを付加した、KLF4(L507A)変異体及び野生型KLF4を用いて、初期化4因子(OCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYC)をSeVdpベクターによりヒト線維芽細胞に導入し、フィーダーを使用しない培養条件下でiPS細胞を作製した。
【0181】
12ウェルプレート中にて、正常ヒト線維芽細胞(NB1RGB細胞100,000個)に対して、上記SeVdpベクターを用いたウイルス感染を32℃にて24時間行った。感染後の細胞は、Primate ES cell medium(Reprocell)、1×penicillin/streptomycin(Nacalai Tesque)、及び10 ng/mL basic FGF(Wako)で調製したヒトES細胞培地中で、100 nM Shield1の存在下又は非存在下にて培養した。培養3日目から5日目までの間、細胞を1μg/mLのBlasticidin S(Wako)存在下で培養して選択し、11日目に60mmディッシュに再播種した。個々のiPS細胞コロニーを10μM Y-27632(Wako)及び0.25μg/cm2 iMatrix-511(Nippi)を添加したStemFit AK02N培地(Ajinomoto)中で培養し、22日目に24ウェルプレートに移し、さらに32日目に60mmディッシュに移した。STEM-CELLBANKER(Takara Bio, #CB045)で調製した保存用細胞をmRNA解析まで保存し、後述のトータルRNA抽出に使用した。
【0182】
個々のコロニーに由来する上記細胞について、NANOG、残存センダイウイルスNP(ヌクレオカプシドタンパク質)、HERV-H、及びlincRNA-RoRの発現をRT-qPCR(reverse transcription-quantitative polymerase chain reaction)により定量化した。なお、HERV-H及びlincRNA-RoRは、分化誘導を受けにくいiPS細胞のマーカー(分化抵抗性マーカー)であることが知られており(Ohnuki M., et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2014;111(34):12426-12431.)、分化抵抗性マーカーの発現レベルが低いiPS細胞は質の高いiPS細胞である。RT-qPCRは以下の方法で行った。トータルRNAをMonarch Total RNA Miniprep Kit (New England BioLabs)又はFastGene RNA premium kit (Nippon Genetics)を用いて抽出した。ゲノムDNA除去及び逆転写は、ReverTra Ace qPCR RT kit(Toyobo)を使用して行った。qPCRは、QuantStudio 3 Real-Time PCR System(Applied Biosystems)を用いて、THUNDERBIRD SYBR qPCR Mix(Toyobo)又はTHUNDERBIRD Probe qPCR Mix(Toyobo)を使用して行った。qPCRはすべてn=3で行った。
【0183】
(結果)
継代数1回の個々のiPS細胞クローンからRNAサンプルを回収した。野生型KLF4を用いて作製した13個のiPS細胞クローンでは、クローンによってNANOG発現量の変動が大きく、一部のクローンは、当該技術分野で標準的なヒトiPS細胞株として使用されているHiPS-WTc11(Coriell Institute、#GM25256; Kreitzer F.R., et al., Am J Stem Cells, 2013, 2(2):119-31.)の半分に満たないNANOG発現量を示した(図6A)。また、野生型KLF4を用いて作製した13クローンのうち6クローンは、標準ヒトiPS細胞株(HiPS-WTc11)の10,000倍を超えるNP RNA量を示し、異常に高いNANOG発現量を示した。
【0184】
これに対して、KLF4(L507A)変異体を用いて作製した16個のiPS細胞クローンは、標準ヒトiPS細胞株(HiPS-WTc11)の1000倍未満のNP RNA量を示し、2倍以内の範囲で比較的均質なNANOG発現量を示した(図6A)。
【0185】
また、野生型KLF4を用いて作製した一部のiPS細胞クローンでは、分化抵抗性マーカーのHERV-H及び/又はlincRNA-RoRの発現が高かったのに対して、KLF4(L507A)変異体を用いて作製したiPS細胞クローンではそのようなクローンが見られなかった(図6B)。
【0186】
以上の結果から、KLF4(L507A)変異体をSeVdpベクターにより導入してiPS細胞を作製した場合には、SeVdpベクターの残存量が低く、分化抵抗性マーカーの異常に高い発現を伴うことなく、均質性が高く、品質の高いヒトiPS細胞クローンを安定に作製できることが示された。
【0187】
<実施例6:KLF4 L507のAla、Gln、Asp、Cys、Glu、Gly、Lys、Met、Ser、及びThrへの置換>
(目的)
KLF4の507番目のロイシン(KLF4 L507)をアラニンを含む10種類のアミノ酸残基に置換したKLF4変異体を作製し、体細胞初期化効率への影響を検討する。
【0188】
(方法と結果)
KLF4 L507をAla、Gln、Asp、Cys、Glu、Gly、Lys、Met、Ser、及びThrの10種類のアミノ酸に置換したKLF4変異体(以下、L507A、L507N、L507D、L507C、L507E、L507G、L507K、L507M、L507S、及びL507Tと表記する)を作製した。各置換変異体について実施例1と同様の方法でレトロウイルスベクターを作製し、実施例1と同様の方法でOCT4、SOX2、及びMCYCL1と共にNanog-GFPマウス胎児線維芽細胞に導入し、iPS細胞を作製した。
【0189】
ウイルス感染後の早い時期(ウイルス感染後15日目)には、L507A、L507N、L507D、L507C、L507G、L507K、L507M、及びL507Sで、野生型KLF4と比較してより多くのNanog-GFP陽性iPS細胞コロニーが観察された(図7A)。この結果から、L507A、L507N、L507C、L507G、L507K、及びL507Sでは、iPS細胞への初期化速度が改善され、より早期にiPS細胞が得られることが示された。特にL507Kでは、この効果が顕著であった。
【0190】
ウイルス感染後25日目には、L507A、L507N、L507D、L507C、L507G、及びL507Sで、野生型KLF4と比較してより多くのGFP陽性iPS細胞コロニーが観察された(図7B)。L507Gで最も多くのiPS細胞コロニーが観察された。この結果から、L507A、L507N、L507D、L507C、L507G、及びL507Sでは、iPS細胞への初期化効率が改善されることが示された。
【0191】
また、ウイルス感染後25日目において、全体のコロニー数に対するNanog-GFP陽性iPS細胞コロニーの割合を計算した結果を図7Cに示す。
【0192】
以上の結果から、L507A、L507N、L507D、L507C、L507G、及びL507Sでは、iPS細胞への初期化速度と初期化効率の両方が改善されることが示された。
【0193】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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