(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-07
(45)【発行日】2025-02-18
(54)【発明の名称】塗料の流動シミュレーション方法及び流動シミュレーションプログラム
(51)【国際特許分類】
G06F 30/23 20200101AFI20250210BHJP
C25D 13/14 20060101ALI20250210BHJP
C25D 21/12 20060101ALI20250210BHJP
G06F 30/15 20200101ALI20250210BHJP
G06F 30/27 20200101ALI20250210BHJP
G06F 30/28 20200101ALI20250210BHJP
G06F 113/08 20200101ALN20250210BHJP
【FI】
G06F30/23
C25D13/14 A
C25D21/12 C
G06F30/15
G06F30/27
G06F30/28
G06F113:08
(21)【出願番号】P 2021046558
(22)【出願日】2021-03-19
【審査請求日】2024-02-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】100100354
【氏名又は名称】江藤 聡明
(72)【発明者】
【氏名】沈 建栄
【審査官】松浦 功
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-066486(JP,A)
【文献】特開2010-159462(JP,A)
【文献】特開2019-173123(JP,A)
【文献】特開2002-180295(JP,A)
【文献】特開2017-126106(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 30/00 -30/28
C25D 13/00 -15/02
C25D 21/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被塗装物を形成するパネル部材の表面形状を、節点を有する多角形の平面状の要素の集合体に変換して、前記被塗装物に付着した塗料の流れを予測する塗料の流動シミュレーション方法であって、
前記パネル部材が重なった重ね合わせ部において、前記節点と該節点に対向する前記要素との間の距離と、該節点の支配面積とから、前記節点毎に前記塗料の液溜り量を演算する工程と、
隣接する前記節点間の重力方向に対する傾斜角を演算する工程と、
前記節点毎に所定時間経過後の前記塗料の粘度を演算する工程と、
前記液溜り量と前記粘度と前記傾斜角とに基づいて、前記節点毎に前記所定時間経過後の前記塗料の垂れ速度を演算する工程と、
を含むことを特徴とする塗料の流動シミュレーション方法。
【請求項2】
前記液溜り量を演算する工程において、前記節点と該節点に対向する前記要素との間の距離は、前記被塗装物と近似する既存の被塗装物の重ね合わせ部の隙間の距離の実測値データに基づいて設定されることを特徴とする請求項1に記載の塗料の流動シミュレーション方法。
【請求項3】
前記液溜り量を演算する工程において、前記節点と該節点に対向する前記要素との間の距離は、前記実測値データと、前記既存の被塗装物の前記重ね合わせ部に施された加工条件に関するデータとから、演算装置が機械学習して得られた予測値に基づいて設定されることを特徴とする請求項2に記載の塗料の流動シミュレーション方法。
【請求項4】
コンピュータに、被塗装物を形成するパネル部材の表面形状を、
前記コンピュータ上で節点を有する多角形の平面状の要素の集合体に変換
させて、前記被塗装物に付着した塗料の流れを予測
させる、塗料の流動シミュレーションプログラムであって、
前記コンピュータに、
前記パネル部材が重なった重ね合わせ部において、前記節点と該節点に対向する前記要素との間の距離と、該節点の支配面積とから、前記節点毎に前記塗料の液溜り量を演算するステップと、
隣接する前記節点間の重力方向に対する傾斜角を演算するステップと、
前記節点毎に所定時間経過後の前記塗料の粘度を演算するステップと、
前記液溜り量と前記粘度と前記傾斜角とに基づいて、前記節点毎に前記所定時間経過後の前記塗料の垂れ速度を演算するステップと、
を
実行させることを特徴とする塗料の流動シミュレーションプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗料の流動シミュレーション方法及び流動シミュレーションプログラムに関し、特に、電着塗装の塗料の流動をシミュレートする流動シミュレーション方法及び流動シミュレーションプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体を塗装する工程では、塗料を貯めた処理槽に車体を沈めて、処理槽と車体との間に電圧を印加し、車体表面に電着した塗料による塗膜を形成する電着塗装処理が実施される。電着塗装が施された車体は、水洗工程で塗膜の表面に残る塗料や隙間に溜った塗料が洗い流された後、乾燥炉に搬入され、電着した塗膜を硬化させる高温焼付が実施される。
【0003】
塗料の焼付工程では、塗料が十分に水洗いされずに残留していると、加熱によって塗料の粘度が低下して垂れ落ちる、いわゆる二次垂れが発生することがある。車体においてパネル部材が重なった重ね合わせ部では、重ねられたパネル部材の間の隙間に塗料の液溜りが生じ、この溜った塗料が加熱されて粘度が低下することで隙間から垂れ落ちる二次垂れが発生しやすい。
【0004】
二次垂れによって垂れ落ちた塗料が車体表面に付着すると、外観品質が低下することから、研磨作業による補修を行っている。しかしながら、研磨することで防錆性能が低下したり、工数が増えることで自動車の製造コストが増加したりするという問題がある。
【0005】
このような問題を解決するために、二次垂れの発生をできる限り抑制し、塗装品質に影響のない領域に二次垂れを導くことで、補修作業を最小限にすることが可能な車体構造の設計が求められている。従来、そのような車体構造を設計するために、車体構造から二次垂れの発生状況を予測できる流動シミュレーション技術が開発されている。
【0006】
例えば、特許文献1には、被塗装物に形成された隙間に生じる塗料の液溜りの状態を予測する塗料の流動シミュレーション方法が開示されている。このシミュレーション方法では、隙間に関する閾値を設定し、隙間の距離が閾値以下の場合に、隙間に塗料の液溜りが発生する狭小流体領域としている。また、この狭小流体領域において、流体の運動量保存式であるナビエストークス方程式を適用し、ナビエストークス方程式に、塗料の温度によって値が変化する表面張力パラメータを含ませ、重力方向を設定することで、塗料が加熱されて表面張力が低下した際に、液溜りした塗料が垂れ落ちる量や垂れ落ちる方向を予測している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来のシミュレーション技術では、表面張力が低下した際に、塗料がどの方向に垂れ落ちるのかを予測することはできる。しかしながら、塗料は、焼付工程において垂れ落ちながら水分が蒸発して粘度が高くなり、垂れ落ちる速度が変化するため、従来の技術では、垂れ落ちた塗料が車体に留まって補修作業が必要となるのか、それとも車体から落下して補修作業が不要になるのかなど、二次垂れ発生後の塗料の状態をより正確に予測することはできていなかった。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、被塗装物に二次垂れが発生した後の塗料の状態を精度よく予測することが可能な塗料の流動シミュレーション方法及び流動シミュレーションプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明の一実施形態は、被塗装物を形成するパネル部材の表面形状を、節点を有する多角形の平面状の要素の集合体に変換して、前記被塗装物に付着した塗料の流れを予測する塗料の流動シミュレーション方法であって、前記パネル部材が重なった重ね合わせ部において、前記節点と該節点に対向する前記要素との間の距離と、該節点の支配面積とから、前記節点毎に前記塗料の液溜り量を演算する工程と、隣接する前記節点間の重力方向に対する傾斜角を演算する工程と、前記節点毎に所定時間経過後の前記塗料の粘度を演算する工程と、前記液溜り量と前記粘度と前記傾斜角とに基づいて、前記節点毎に前記所定時間経過後の前記塗料の垂れ速度を演算する工程と、を含むことを特徴とする。
【0011】
この構成によれば、被塗装物を構成しているパネル部材の重ね合わせ部に生じる塗料の液溜り量を演算して、重ね合わせ部に液溜りした塗料の流れをシミュレートすることができる。また、焼付工程で塗料が加熱されて塗料の二次垂れが発生する状況において、演算された液溜り量と、重力方向に対する傾斜角と、所定時間経過後の塗料粘度(すなわち、塗料が垂れ落ちる際に時間とともに変化する塗料の粘度)とに基づいて、節点毎に所定時間経過後の塗料の垂れ速度を演算することで、時間の経過に伴って変化する塗料の液垂れ速度をモデル化して、液垂れした塗料が、焼付終了時に被塗装物のどの位置にあるのかを予測することが可能となり、二次垂れ発生後の塗料の状態を精度よく予測することができる。
【0012】
また、本発明の一実施形態に係る塗料の流動シミュレーション方法は、前記液溜り量を演算する工程において、前記節点と該節点に対向する前記要素との間の距離は、前記被塗装物と近似する既存の被塗装物の重ね合わせ部の隙間の距離の実測値データに基づいて設定されることを特徴とする。
【0013】
この構成によれば、重ね合わせ部に生じる隙間の距離を決定する際に、シミュレーション対象となる被塗装物に近似した既存の被塗装物の重ね合わせ部の隙間の距離の実測値データを利用することで、実測値データに現れる製造上のばらつきをシミュレーションに付加することができる。これにより、精度の高い二次垂れの予測を行うことができる。
【0014】
また、本発明の一実施形態に係る塗料の流動シミュレーション方法は、前記液溜り量を演算する工程において、前記節点と該節点に対向する前記要素との間の距離は、前記実測値データと、前記既存の被塗装物の前記重ね合わせ部に施された加工条件に関するデータとから、演算装置が機械学習して得られた予測値に基づいて設定されることを特徴とする。
【0015】
この構成によれば、重ね合わせ部に生じる隙間の距離を決定する際に、この重ね合わせ部に施される加工条件による製造上のばらつきをシミュレーションに付加することができる。これにより、より精度の高い二次垂れの予測を行うことができる。
【0016】
また、本発明の一実施形態に係る塗料の流動シミュレーションプログラムは、コンピュータに、被塗装物を形成するパネル部材の表面形状を、前記コンピュータ上で節点を有する多角形の平面状の要素の集合体に変換させて、前記被塗装物に付着した塗料の流れを予測させる、塗料の流動シミュレーションプログラムであって、前記コンピュータに、前記パネル部材が重なった重ね合わせ部において、前記節点と該節点に対向する前記要素との間の距離と、該節点の支配面積とから、前記節点毎に前記塗料の液溜り量を演算するステップと、隣接する前記節点間の重力方向に対する傾斜角を演算するステップと、前記節点毎に所定時間経過後の前記塗料の粘度を演算するステップと、前記液溜り量と前記粘度と前記傾斜角とに基づいて、前記節点毎に前記所定時間経過後の前記塗料の垂れ速度を演算するステップと、を実行させることを特徴とする。
【0017】
この構成によれば、重ね合わせ部に液溜りした塗料の流れをシミュレートすることができる。また、焼付工程で塗料が加熱されて塗料の二次垂れが発生する状況において、節点毎に所定時間経過後の塗料の垂れ速度を演算することで、時間の経過に伴って変化する塗料の液垂れ速度をモデル化して、液垂れした塗料が、焼付終了時に被塗装物のどの位置にあるのかを予測することが可能となり、二次垂れ発生後の塗料の状態を精度よく予測することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る塗料の流動シミュレーション方法及び流動シミュレーションプログラムによれば、重ね合わせ部を有する被塗装物において、二次垂れ発生後の塗料の状態を精度よく予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図2】本発明の一実施形態に係る流動シミュレーション方法を実行するための流動シミュレーション装置を示すブロック図である。
【
図3A】流動シミュレーション方法の手順を示すフローチャートである。
【
図3B】流動シミュレーション方法の手順を示すフローチャートである。
【
図5】数値計算モデルを構成する複数の要素を部分的に抜き出した模式図である。
【
図6】節点a1の初期隙間距離d
0を示す説明図である。
【
図7】既存の車体の重ね合わせ部の代表点の隙間の距離の実測値データと、加工条件に関するデータとを表で示した説明図である。
【
図8A】節点a1の支配面積Sを示す説明図である。
【
図8B】節点a1,a8の間の節点間距離Lを示す説明図である。
【
図9A】節点a1,a8間の傾斜角αを示す説明図である。
【
図9B】節点a1,a8間の傾斜角αを示す説明図である。
【
図9C】節点a1,a8間の傾斜角αを示す説明図である。
【
図10】液垂れ移動経路判定処理の手順を示すフローチャートである。
【
図12】液垂れ判定処理の手順を示すフローチャートである。
【
図14】隙間d1に液溜りした塗料の移動パターンを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、車体110の塗装ライン100を示す概略図であり、電着塗装工程から水洗工程を経て焼付工程に至るまでの塗装ラインの概要を示している。図示例のように、車体110は、搬送用のコンベア101に設けられたハンガ102に吊り下げられた状態で塗装ライン100を移動する。
【0021】
図1に示すように、電着塗装工程では、被塗装物である車体110に対して、電着塗装処理を施すための処理槽104が設けられている。処理槽104は、電着塗料105で満たされており、電着塗装処理時には、吊り下げられた車体110が処理槽104内の電着塗料105に沈められる。処理槽104内には、図示しない電極が配置されており、この電極と車体110との間に電圧を印加することで、車体110の表面に塗膜が形成される。
【0022】
処理槽104から引き揚げられた車体110は、コンベア101により水洗工程へ案内される。水洗工程では、複数のスプレーノズル106から車体110に向けて洗浄液を噴射することにより、車体110に付着した余分な塗料やゴミ等が除去される。水洗工程を経た車体110は、焼付工程へ案内され、加熱乾燥炉であるオーブン108に搬入される。このオーブン108を通過する車体110に対して、赤外線加熱や温風加熱を施すことにより、車体110を所定の焼付温度まで加熱し、これにより塗膜を硬化させて車体110の表面に定着させる。オーブン108は、加熱された空気の流出を抑制してエネルギ効率を高めるために、オーブン108内のコンベア101進行方向の中間部位が、その両側の部位よりも高い位置に設定されている。
【0023】
焼付工程では、水洗工程で塗料が十分に水洗いされずに車体110に残留していると、オーブン108による加熱によって塗料の粘度が低下し、車体110表面を垂れ落ちる、いわゆる二次垂れが発生する。車体110は、車体内側に配置されるインナパネルや車体外側に配置されるアウタパネル等の板状の部品によって構成されるが、車体110において、2枚以上の板状の部品が重ね合わされた板合せ部では、板合せ部の間の隙間に液溜りした塗料が、加熱されて隙間から垂れ落ちる二次垂れが発生しやすい。本実施形態に係る流動シミュレーション方法は、このような塗料の二次垂れを予測することができる。以下、本実施形態の流動シミュレーション方法について説明する。
【0024】
図2は、本実施形態に係る流動シミュレーション方法を実行するための流動シミュレーション装置10を示すブロック図である。流動シミュレーション装置10は、被塗装物を塗装処理した際に、被塗装物に残留する塗装液の液溜りや流動経路をシミュレーションするものである。この流動シミュレーション装置10は、マイクロコンピュータや、パーソナルコンピュータ等の単一のコンピュータ、或いは、ネットワークを介して相互に接続される複数のコンピュータにより構成される。
【0025】
本実施形態の流動シミュレーション装置10は、情報入力手段である入力装置12と、記憶手段である外部記憶装置14と、制御手段である演算装置16と、表示手段である表示装置18と、を備える。
【0026】
入力装置12は、例えば、キーボード、マウス及び/又はタッチパネル等の入力手段を用いて構成することができる。
【0027】
外部記憶装置14は、演算装置16に接続される外部メモリであって、磁気ディスクや光ディスク等で構成することができる。
【0028】
演算装置16は、マイクロコンピュータを含む計算機であり、情報処理部である中央処理装置(CPU)、RAMやROM等の内部メモリ、及び、他の装置と交信するための入出力インターフェース等を備えている。演算装置16の情報処理部は、CPUに限られず、例えば、フィールドプログラマブルゲートアレイ(FPGA)、特定用途向け集積回路(ASIC)、特定用途向け標準製品(ASSP)、システムオンチップ(SOC)等とすることができる。この演算装置16は、内部メモリや外部記憶装置14に記憶させた塗料の流動シミュレーションプログラム、演算装置16が読み取り可能な記録媒体に記録された塗料の流動シミュレーションプログラム、或いは、図示していないネットワークや通信装置を介して外部からロードした塗料の流動シミュレーションプログラムをCPUで実行することができる。この流動シミュレーションプログラムにより、演算装置16は、入力装置12で指示された解析対象である被塗装物を疑似的に処理槽104の電着塗料105に浸漬させ、その浸漬によって被塗装物に発生する塗料の液溜りや液垂れをシミュレートする。
【0029】
上述した流動シミュレーションは、演算装置16に備えられた、モデル構築部21と、隙間距離演算部22と、人工知能部23と、塗料粘度演算部24と、傾斜角演算部25と、塗料付着量演算部26と、液垂れ判定部27とを備えている。
【0030】
モデル構築部21は、
図4及び
図5に示すように、被塗装物を構成する部品(本実施形態では、車体110を構成するパネル部材)の形状データを、節点aiを有する複数の平面状の要素E
iに分割して、数値計算モデル60を構築する。隙間距離演算部22は、
図6に示すように、パネル部材が重ね合わされた重ね合わせ部において、数値計算モデル60から、節点aiと、この節点aiに対向する平面状の要素F
iとの間の隙間の距離を演算する。人工知能部23は、パネル部材が加工されることによって生じるパネル部材間の隙間の距離の変化量を機械学習する。塗料粘度演算部24は、時間の経過とともに変化する塗料の粘度μを演算する。傾斜角演算部25は、重力方向Gに対する傾斜角αを演算する。塗料付着量演算部26は、節点毎に所定時間後の塗料の付着量を演算する。液垂れ判定部27は、液垂れした塗料が車体110から落下するか否かの判定を行う。
【0031】
演算装置16で解析された被塗装物のシミュレーション結果は、表示装置18に表示される。表示装置18は、情報を視覚的に表示可能な装置であり、例えば、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ、プラズマディスプレイ、及び/又はブラウン管ディスプレイ等により構成することができる。
【0032】
次に、
図3A及び
図3Bのフローチャートを用いて、本実施形態の流動シミュレーション装置10による塗料の流動シミュレーション方法について説明する。
【0033】
図3Aに示すように、ステップS1では、外部記憶装置14及び/又は内部メモリから、各種の計算条件データが読み込まれる。ここで、計算条件データとは、流動シミュレーションの実行間隔(例えば、100秒間隔)、シミュレーションの終了時間Te(例えば、3600秒)オーブン108の温度条件(例えば、0~200秒までは60℃、200~600秒までは100℃、600~3600秒までは170℃)、車体110の搬送角度条件(例えば、0~200秒までは水平方向に対して30°、200~3400秒までは水平方向に対して0°、3400~3600秒までは水平方向に対して-30°)等が読み込まれる。
【0034】
ステップS2では、被塗装物のデータとして、車体110の数値計算モデルが読み込まれる。
図4は、被塗装物である車体110の数値計算モデル60を示す斜視図であり、
図5は、数値計算モデル60を構成する複数の要素を部分的に抜き出した模式図である。
図5に示すように、車体110を構成する部品であるパネル部材を有限要素法によって複数の要素E
i(i=1~Nの整数)に分割することで、二次元の数値計算モデル60が構築される。具体的には、数値計算モデル60は、車体110を複数の三角形及び/又は四角形の平面要素E
iの集合体に変換したメッシュデータやポリゴンデータとすることができる。
図5に示すように、数値計算モデル60が備える多角形の各平面要素E
iの頂点では節点ai(i=1~nの整数)が配置されており、節点aiごとに、X座標値、Y座標値及びZ座標値が特定されている。なお、数値計算モデル60は、二次元ではなく、三次元の数値計算モデルであってもよい。XYZ直交座標系は、解析対象に固定の座標系であり、解析対象の車体110が水平の状態で、Z軸が重力方向Gとなるように予め設定しておく。
【0035】
また、ステップS2では、節点ai毎に隣接する節点が設定される。ここで、隣接する節点とは、着目した節点aiを共有する要素が備える節点である。具体的には、
図5に示すように、対象となる一つの節点a1に着目した場合、節点a1を共有する4つの要素E
1~E
4が備える節点a2~a9が隣接節点となる。また、車体110を構成しているパネル部材が重なった重ね合わせ部では、
図6に示すように、着目した節点a1と対向するパネル部材の平面状の要素F
4において、着目した節点a1と最も近接する節点b7も隣接する節点として設定される。以下の説明では、これらの隣接する節点を「隣接節点」とも称する。
【0036】
ステップS3では、パネル部材が重なった重ね合わせ部において、パネル部材の間の隙間の距離d0が演算される。ここで演算される隙間の距離d0は、ステップS2で読み込まれた車体110の設計時の値に基づくものである。以下の説明では、この「隙間の距離d0」を「初期隙間距離d0」とも称する。本実施形態では、各節点aiに対して、これと対向するパネル部材の平面状の要素Fi(以下、「対向要素Fi」とも称する)との間の最短距離である初期隙間距離d0が演算される。
【0037】
図6は、節点a1の初期隙間距離d
0を示す説明図である。
図6では、重ねられた第1のパネル部材及び第2のパネル部材のうち、第1のパネル部材を要素E
iと節点aiとで示しており、第1のパネルと対向する第2のパネル部材の対向面を対向要素F
iと節点biとで示している。また、第1のパネル部材の節点a1と第2のパネル部材の対向要素F
iとの間の初期隙間距離d
0を図示している。図示例のように、初期隙間距離d
0は、節点a1から、これに最も近接する対向要素F
iまでの最短距離であり、ここでは、節点a1と、最も近接する対向要素F
4との間の距離(対向要素F
4の法線方向に延びる直線の距離)である。
【0038】
この初期隙間距離d0の演算は、車体110を構成するパネル部材が重なる領域(すなわち、重ね合わせ部の領域)の節点aiに対してのみ行われるように設定することができる。
【0039】
次のステップS4では、パネル部材の重ね合わせ部において、各パネル部材の代表点の初期隙間距離d0について、製造上のばらつきを加味した距離d(以下、「隙間距離d」とも称する)を設定する。ここで、製造上のばらつきとは、例えば、パネル部材に対して、プレス加工や溶接加工などの加工が施されることによって生じるパネル部材間の隙間の距離d0の変化を意味する。例えば、車体110において、2枚のパネル部材が接合された状態で重なっている重ね合わせ部では、設計上の隙間の距離(初期隙間距離d0)は0mm(すなわち隙間無し)となっているが、実際には、プレス加工や溶接加工が施されると重ね合わせ部に隙間が生じる。このように製造上のばらつきによって生じた隙間には、塗料が液溜りして二次垂れの要因となることがある。本実施形態のシミュレーションでは、このような製造工程で生じる隙間d0の変化を考慮して、変化後の隙間距離dの値を設定することで、二次垂れのシミュレーション精度を向上している。
【0040】
隙間距離dは、シミュレーション対象となる車体110と近似する既存の車体の重ね合わせ部の代表点について、隙間の距離を実測した実測値データに基づいて設定することができる。本実施形態では、この実測値データと、既存の車体の重ね合わせ部に施された加工条件に関するデータとから、演算装置16が初期隙間距離d0からの変化量を機械学習し、この機械学習した予測値によって隙間距離dを設定している。具体的には、近似する既存の車体において、パネル部材が重なる重ね合わせ部に1つ以上の代表点を設定し、この代表点について隙間の距離を実測する。そして、この代表点について、設計時の隙間の距離(すなわち初期隙間距離d0)のデータ(例えば、1mm)と、この初期隙間距離d0について実測した実測値データ(例えば、1.2mm)と、該重ね合わせ部に施された加工条件に関するデータとを入力装置12によって演算装置16に入力し、演算装置16の人工知能部23に、パネル部材の加工によって生じる初期隙間距離d0の変化量を機械学習させる。この機械学習機能により、演算装置16は、シミュレーション対象となる車体110の初期隙間距離d0が演算されると、既存の車体の各代表点と対応する車体110の各代表点について、製造上のばらつきによる変化を加味した隙間距離dを算出して設定する。
【0041】
図7は、既存の車体の重ね合わせ部の代表点の隙間の距離を実測した実測値データと、この重ね合わせ部に施された加工条件に関するデータとを表で示した説明図である。
図7に示す例のように、実測値データには、既存の車体に施されたプレス加工や溶接加工などの加工条件のデータが関連付けられている。
図7では、車体を複数の領域(フロントドアの前方、フロントドアの後方、リアドアの前方、リアドアの後方、など)に区分し、この区分された領域ごとに、加工条件と3つの代表点P1~P3とを設定している。ここで、プレス加工の加工条件データには、プレス条件に関するデータ(例えば、圧力の大きさ、加工速度、プレス機械の品名や型式、加工時の温度、振動の大きさなど)や、工程に関するデータ(例えば、プレス加工を行う所定の複数の工場のうち、どの工場で行ったか、プレスに関する所定の複数の工程のうち、どの工程を実施したか、など)が含まれている。また、溶接加工の加工条件のデータには、溶接条件に関するデータ(例えば、スポット溶接の電流値、溶接時の加圧力、通電時間、溶接装置の品名や型式など)や、工程に関するデータ(例えば、溶接加工を行う所定の複数の工場のうち、どの工場で行ったか、どの工程を実施したかなど)や、使用治具に関するデータ(例えば、治具の名称、治具の精度など)が含まれている。人工知能部23は、例えば、これらの加工条件を予め設定した基準に基づいて数値化して、初期隙間距離d
0の変化量を数値的に予測する構成とすることができる。
【0042】
演算装置16は、内蔵された人工知能機能により、
図7に示す複数の代表点P1,P2,P3の隙間距離の実測データと、加工条件に関するデータとに基づいて、代表点P1,P2,P3の設計時の隙間の距離(すなわち初期隙間距離d
0)から実測した隙間距離への変化量(すなわち、製造上のばらつきによる変化量)を機械学習する。機械学習をさせた後、演算装置16によりステップS3にて、シミュレーション対象となる車体110の重ね合わせ部の初期隙間距離d
0(例えば、代表点P1と最も近接する節点a1の初期隙間距離d
0=1mm)が演算されると、演算装置16の人工知能部は、この重ね合わせ部の代表点について、製造上のばらつきを加味した初期隙間距離d
0の変化後の隙間距離d(例えば、節点a1の隙間距離d=1.2mm)を設定する。
【0043】
なお、隙間距離dの設定方法は、これに限られない。例えば、複数台の既存の車の車体の重ね合わせ部の複数の代表点の隙間の距離を実測し、これらの平均値からシミュレーション対象となる車体110の代表点の製造ばらつきを考慮した隙間距離dを求めてもよい。
【0044】
次のステップS5では、節点ai毎に支配面積Sが演算される。
図8Aは、節点a1の支配面積Sを示す説明図である。節点a1の支配面積Sは、節点a1と、これに隣接する各節点a2~a9との中間位置を結ぶことにより区画される。なお、支配面積Sは他の方法によって、節点毎に算出されてもよい。また、ステップS5では、隣接する節点間の節点間距離Lが演算される。
図8Bは、隣接する節点a1,a8の間の節点間距離Lを示す説明図である。節点間距離Lは、各節点a1,a8の座標値に基づいて演算される。
【0045】
次のステップS6では、ステップS4で得られた重ね合わせ部の代表点の隙間距離dから、内挿法を用いて、重ね合わせ部の代表点以外の領域について、製造上のばらつきを加味した隙間距離dが演算される。例えば、1つの重ね合わせ部について、3つの代表点P1,P2,P3が存在する場合、ステップS4では、代表点P1,P2,P3のそれぞれに最も近接する3つの節点aiについて、初期隙間距離d0から、製造上のばらつきを加味した隙間距離dが設定される。これら3つの節点aiの隙間距離dから、線形補間等の補間関数を用いて、当該重ね合わせ部の他の節点aiの隙間距離dが演算される。
【0046】
次のステップS7では、各節点aiにおける塗料の初期付着量V0が演算される。この初期付着量V0とは、車体110の電着塗膜上に残っている塗料の付着量であり、二次垂れの要因となり得る塗料の付着量である。
【0047】
パネル部材間の隙間に液溜りが生じる重ね合わせ部では、節点aiの初期付着量V0は、以下の式(1)で示すように、節点aiの支配面積Sと隙間距離dとを乗算することで演算される。
V0=S*d ・・・式(1)
【0048】
節点aiが対向要素Fiを有しない非重ね合わせ部の場合には、節点aiの初期付着量V0は、節点aiの支配面積Sと塗料の初期膜厚thとを乗算することにより求めることができる。なお、初期付着量V0を演算する際に用いられる初期膜厚thは、予め実験等によって求められるものである。
【0049】
なお、重ね合わせ部であっても、パネル部材間の隙間距離dが予め設定した塗料の残留基準距離(例えば2mm)よりも大きい場合には、節点aiの初期付着量V0を支配面積Sと塗料の初期膜厚thとの乗算とすることができる。このように、ステップS7では、塗料の残留基準距離を設定し、隙間距離dが残留基準距離以下の場合に、式(1)によって塗料の初期付着量V0を演算する構成とすることができる。残留基準距離の値は、上述した水洗工程における水圧等の洗浄能力、塗料の粘性等の性質、パネル表面の性質、オーブン108の温度等の要因によって変動する。それ故、予め実験などによって求めた様々な条件における残留基準距離を外部記憶装置14又は内部メモリに記憶しておき、実施の形態の条件に合った残留基準距離をデータベースから読み込むことができる。
【0050】
次のステップS8では、演算された各節点aiの初期付着量V0が現在の塗料付着量Vtとして演算装置16に格納される。次のステップS9ではシミュレーション時間を計測するタイマtのリセット処理が実施される。本実施形態では、オーブン108で車体110をパネル部材の温度が95~100℃になる時点をタイマtのスタート時点としている。
【0051】
次のステップS10では、タイマtのリセット時の塗料の初期粘度μ0が設定され、この初期粘度μ0が、現在の塗料粘度μtとして格納される。初期粘度μ0は、例えば、電着塗料105が95~100℃の状態の粘度とすることができる。
【0052】
図3Bに示すように、次のステップS11では、流動シミュレーション時間を計測するタイマtのカウント処理が実施される。このカウント処理においては、計算条件データとして読み込まれた流動シミュレーションの実行間隔(例えば100秒)が、タイマtに対して加算される。
【0053】
次のステップS12では、節点ai毎に塗料の所定時間後の粘度μが演算される。各節点の粘度μは、以下の式(2)によって演算することができる。
μt+1=μt*(1+k) ・・・式(2)
【0054】
ここで、kは実験に基づいて節点aiごとに設定された粘度増加の係数である。粘度増加係数kは、オーブン108内で、空気の流速が大きい車体110のアウタ面で大きな値となり、空気の流速が小さい車体110のインナ面で小さい値となるように設定される。本実施形態では、係数kとして、アウタ面の係数k1と、インナ面の係数k2(k1>k2)とを設定している。オーブン108内を車体110が通過すると、塗料の水分が蒸発して塗料粘度μが高くなる。本実施形態では、この塗料粘度μの時間変化をシミュレーションの演算に加えることで、塗料の二次垂れ挙動について精度の高い流動シミュレーションを実施することができる。なお、粘度μは、オーブン108の温度やオーブン内の空気の流速に応じた変数であってもよい。
【0055】
次のステップS13では、各節点aiの座標値に基づいて、隣接する節点毎に重力方向Gを基準とした傾斜角αが演算される。ここで、
図9A~
図9Cは節点a1,a8間の傾斜角αを示す説明図であり、車体110の搬送角度に応じた傾斜角αの変化を示している。
図1に示すように、焼付工程においては、車体110の搬送角度が経過時間に応じて変化するため、車体110の数値計算モデル60に作用する重力方向Gも変化することになる。このため、
図9に示すように、搬送角度(重力の作用方向)の変化に応じて傾斜角αが変化することになる。なお、焼付工程における車体110の搬送角度は、ステップS1において計算条件データの搬送角度条件として読み込まれており、ステップS13では経過時間毎に搬送角度条件を参照しながら傾斜角αを演算する。
【0056】
次のステップS14では、節点ai毎に塗料の移動経路の判定処理が実施される。この判定処理では、着目した節点aiよりも重力方向下方に位置する隣接節点が存在するか否かを判定する。以下、この重力方向下方に位置する隣接節点を「下位隣接節点」と称する。対象となる節点aiに対して下位隣接節点が1つ以上存在すると判定された場合には、水平面に対する傾斜角が最も急勾配になる下位隣接節点(すなわち、重力方向に対する傾斜角αが90°以下であって最も小さい傾斜角αを有する下位隣接節点)が、対象となる節点aiから塗料が移動する下位隣接節点として選択され、移動経路として判定される。以下の説明では、この移動経路と判定された1つの下位隣接節点を「急勾配隣接節点」と称する。このように、着目した節点aiから、急勾配隣接節点を選択し、選択された急勾配隣接節点を基準として、次の急勾配隣接節点を選択していくことで、節点aiから塗料が移動する経路を判定することができる。また、節点aiに対して、下位隣接節点が存在しないと判定された場合には、対象となる節点aiの位置から塗料が滴下すると判定される。また、塗料が滴下すると判定された場合、滴下した先に要素Eiが存在する場合には、その節点aiに付着すると判定される。
【0057】
ステップS14において、着目した節点aiの隣接節点が、パネル部材の重ね合わせ部の上端部を構成する対向要素F
iの節点biを含んでいる場合、
図10に示す塗料の移動経路の判定処理が実施される。
図10は、塗料の移動経路の判定処理の手順を示すフローチャートであり、
図11は、このフローチャートによる塗料の移動経路を示す説明図である。
【0058】
図10に示すように、ステップS31では、着目した節点aiの隣接節点に対向要素F
iの節点biが含まれるか否かが判定される。対向要素F
iの節点biが含まれていない場合、ステップS32へ進み、上述したように、着目した節点aiの急勾配隣接節点を選択して移動経路と判定する判定処理が実施される。例えば、
図11において節点a51に着目した場合、下位隣接節点は節点a52のみであり、隣接節点に対向要素の節点を含んでいないため、節点a51から急勾配隣接節点である節点a52へ塗料が移動すると判定される。
【0059】
ステップS31において対向要素F
iの節点biが含まれる場合には、移動経路の対象となる節点として、上述した急勾配隣接節点と、対向要素F
iの節点biとが選択され、続くステップS33では、現在のタイマtの時間が取得される。例えば、
図11に示すように、節点a52に着目した場合、移動経路の対象となる節点として、急勾配隣接節点である節点a53と、対向要素F
50の節点b54とが選択される。続くステップS34では、重ね合わせ部の隙間距離dが取得される。本実施形態では、選択された急勾配隣接節点と、これに対向する対向要素F
iとの隙間距離dを取得するようにしている。
【0060】
続くステップS35では、取得した隙間距離dが、予め設定された隙間距離の閾値d
c以下であるか否かが判定される。この閾値d
cは、隙間距離dが、液垂れした塗料が入り込める大きさの隙間であるか否かを判定する閾値である。隙間距離dが閾値d
cよりも大きい場合、すなわち塗料が入り込める大きさの隙間である場合、ステップS36に進み、取得された時間tにおける塗料付着量V
tから、塗料が流入可能な隙間であるか否かを判定する。例えば、ステップS35で隙間距離dが閾値d
cよりも大きくても、この隙間に既に塗料が液溜りしている場合や、高温で固まった塗料が付着している場合、隙間に塗料が入り込むことができない。ステップS36では、このように、時間tにおいて塗料が隙間に入り込める状況であるか否かを判定する。ステップS36で、塗料が流入可能な隙間があると判定されると、ステップS32へ進み、着目した節点aiの急勾配隣接節点へ移動すると判定される。例えば、
図11において節点a52に着目した場合、節点a53の隙間距離dが閾値d
cよりも大きく、かつ、この隙間に塗料が流入可能である場合に、塗料は節点a51から節点a52へ移動すると判定される。
【0061】
ステップS35において隙間距離dが閾値d
c以下である場合、又は、ステップS36において塗料が流入不可な隙間であると判定された場合には、ステップS37へ進み、塗料が隣接するパネル部材の節点、すなわち対向要素F
iの節点bi、へ移動すると判定される。例えば、
図11において節点a52に着目した場合、節点a53の隙間距離dが閾値d
c以下である場合、又は、閾値d
cよりも大きいが、隙間内に既に多量の塗料が付着していて塗料が入り込めない状況である場合に、塗料は、節点a51から対向要素F
50の節点b54へ移動し、その後、節点b51に隣接する節点a56へ移動すると判定される。
【0062】
次のステップS15では、隣接する節点ai毎に所定時間後の塗料の垂れ速度Veが演算される。垂れ速度Veは、以下の式(3)に示す変数W、T、μ、αを有する関数Fによって演算される。
Ve=F(W、T、μ、α) ・・・式(3)
ここで、Wは節点aiの支配面積Sにおける塗料の垂れ幅、Tは節点aiにおける塗料の垂れ厚さ、μは節点aiにおける塗料の粘度、αは隣接する節点の重力方向Gに対する傾斜角である。また、ここで、μはステップS12で演算された塗料粘度、αはステップS13で演算された傾斜角であり、塗料粘度μが高くなると垂れ速度Veは遅くなり、傾斜角αが急勾配になるほど垂れ速度Veが速くなる。また、式(3)において、垂れ幅W及び垂れ厚さTは、値が大きくなるほど垂れ速度Veが速くなる。
【0063】
次のステップS16では、隣接する節点ai毎に塗料の垂れ距離Dが演算される。垂れ距離Dは、以下の式(4)によって演算することができる。
D=Ve*Δt ・・・式(4)
ここで、VeはステップS14で演算した垂れ速度であり、tはタイマ時刻である。
【0064】
次のステップS17では、ステップS14で判定された塗料の移動経路と、演算された垂れ速度Ve及び垂れ距離Dとに基づいて、節点ai毎に、所定時間後の塗料流出量(塗料移動量)Voutと、所定時間後の塗料流入量(塗料移動量)Vinとが演算される。
【0065】
次のステップS18では、節点ai毎に、所定時間後の塗料付着量Vt+1が演算される。塗料付着量Vt+1は、以下の式(5)に示すように、節点aiに残留していた当初の塗料残留量Vtから、ステップS17で演算された塗料流出量Voutを減算し、ステップS17で演算された塗料流入量Vinを加算するようにしている。これにより、所定時間後の節点aiにおける塗料残留量Vt+1が求められることになる。
Vt+1=Vt-Vout+Vin・・・式(5)
【0066】
次のステップS19では、節点ai毎に液垂れ判定処理が実施される。
図12は、液垂れ判定処理を実行する際の手順を示すフローチャートである。
図12に示すように、ステップS101では、節点番号のカウンタiがリセット処理され、続くステップS102では、カウンタiに対応する節点aiの塗料付着量V
t+1が読み込まれる。続くステップS103では、塗料が落下する状況であるか否かを判定するため、判定対象となる節点aiが下面側要素に属するか否かが判定される。ここで、
図13は下面側要素を示す概略図である。
図13に示すように、要素から垂直に延びるベクトルCが重力方向Gの成分を有するときには、その要素は塗料を落下させる可能性がある下面側要素として判定される。
【0067】
ステップS103において、判定対象となる節点aiが下面側要素に属すると判定された場合には、ステップS104に進み、塗料付着量Vt+1が臨界転落量Vcを上回るか否かが判定される。ステップS104において、塗料付着量Vt+1が臨界転落量Vcを上回ると判定された場合には、ステップS105に進み、塗料が落下したと判定されるとともに、落下分を除いた所定量Vaが塗料付着量Vtとして格納される。一方、ステップS103において、判定対象となる節点aiが上面側要素に属すると判定された場合や、ステップS104において、塗料付着量Vt+1が臨界転落量Vc以下と判定された場合には、ステップS106に進み、演算されていた塗料付着量Vt+1が、塗料付着量Vtとして格納される。
【0068】
次のステップS107では、節点番号のカウンタiがカウント処理され、続くステップS108では、カウンタiが最大値nを上回るか否かが判定される。ステップS108において、カウンタiが最大値nを下回ると判定された場合には、再びステップS102から液垂れ判定処理が実行される。カウンタiが最大値nに達したと判定された場合には、ルーチンを抜けて
図3Bのフローチャートを実行することになる。ステップS108において判定される最大値nは、数値計算モデル60が備える節点の数を示しており、全節点の液垂れ判定処理が完了するまで
図12のフローチャートが実行される。
【0069】
液垂れ判定処理が完了すると、
図3Bに示すフローチャートのステップS20に進む。ステップS20では、計算条件データとして読み込まれた終了時間Te(例えば3600秒)をタイマtが上回るか否かが判定される。ステップS20において、タイマtが終了時間Teを下回ると判定された場合には、再びステップS11に移行してタイマtのカウント処理を実施し、その後のステップを継続する。一方、ステップS20において、タイマtが終了時間Teに達したと判定された場合には、ステップS21に進み、演算結果(塗料存在量の時間推移、塗料の液垂れの軌跡、垂れ落ちた塗料の残留箇所など)が表示装置18を構成するディスプレイ等に表示される。なお、表示装置12には、シミュレーション結果のみならずシミュレーション過程を表示させるようにしてもよい。
【0070】
上述したように、本実施形態の流動シミュレーション方法では、車体110を構成しているパネル部材の重ね合わせ部に塗料の液溜りが発生する状況において、重ね合わせ部の面積と重ね合わせ部の隙間距離とから、塗料の液溜り量を演算して、重ね合わせ部に生じる液溜りを考慮した塗料の二次垂れの予測を行うことができる。また、演算された液溜り量と、所定時間経過後の塗料の粘度μ(すなわち、焼付工程で塗料が垂れ落ちる際に時間とともに変化する塗料の粘度μ)と、重力方向Gとに基づいて、経過時間とともに変化する塗料の垂れ速度Veを演算しているので、焼付工程で塗料が加熱されて塗料の二次垂れが発生した場合に、時間の経過に伴って変化する塗料の液垂れ速度Veをモデル化して、液垂れした塗料が、焼付終了時に車体110のどの位置にあるのかを予測することが可能となり、二次垂れ発生後の塗料の状態を精度よく予測することができる。
【0071】
また、重ね合わせ部について、隙間距離dを演算し、この隙間の所定時間後の塗料付着量V
t+1を演算して、塗料の移動経路を判定するようにしたので、二次垂れした塗料の移動経路を精度よく予測することができる。
図14は、第1のパネル71と第2のパネル72との重ね合わせ部の隙間d1に液溜りした塗料の移動パターンを説明する図であり、塗料76が隙間d1の下方にある第1のパネル71と第3のパネル73との重ね合わせ部へ垂れ落ちる状態の例を示している。
図14において、(a)は、隙間d1に塗料76が液溜りしている初期状態、(b)~(c)は、(a)で隙間d1に液溜りしていた塗料76が下方へ垂れ落ちた状態を示している。(b)では、移動先の隙間d2に十分な空間があり、塗料76が全て入り込んだ状態となる。(c)では、移動先の隙間d2に隙間があるが、空間が小さく、一部の塗料76が第3のパネル73の外表面へ付着した状態を示している。(d)では、粘度μが高くなって塗料76の一部が隙間d1内に付着したまま固まり、隙間d2が小さく、塗料76の一部が隙間d2に入らずに第3のパネル73の外表面へ付着した状態を示している。本実施形態の流動シミュレーション方法では、所定時間後の塗料粘度μ、塗料速度Ve及び塗料付着量V
tを演算し、隙間距離dをシミュレーションの演算に付加して、塗料付着量V
tや塗料移動経路を求めることで、
図14に示すような塗料76の各種の移動パターンを予測することが可能である。
【0072】
また、本実施形態の流動シミュレーション方法では、パネル部材の重ね合わせ部に生じるパネル部材間の隙間距離dを決定する際に、シミュレーション対象となる車体110に近似した既存の車体の重ね合わせ部の隙間の距離の実測値データを利用することで、実測値データに現れる製造上のばらつきをシミュレーションに付加することができる。これにより、精度の高い二次垂れの予測を行うことができる。さらに、上述した実施形態では、隙間距離dを決定する際に、この重ね合わせ部に施される加工条件による製造上のばらつきをシミュレーションに付加することができる。これにより、より精度の高い二次垂れの予測を行うことができる。
【0073】
なお、本発明は上述した実施の形態に限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0074】
例えば、上述した流動シミュレーション方法において、隙間距離dを設定することなく、初期隙間距離d
0に基づいて、重ね合わせ部に生じる塗料の液溜り量を演算してもよい。かかる場合、
図3Aに示すフローチャートにおいて、ステップS4及びステップS6を省略することができる。
【符号の説明】
【0075】
10 流動シミュレーション装置
12 入力装置
14 外部記憶装置
16 演算装置
18 表示装置
100 塗装ライン
108 オーブン(加熱乾燥炉)
110 車体(被塗装物)
ai 節点
Ei 要素
Fi 対向要素
d0 初期隙間距離
α 傾斜角