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  • 特許-非特異反応の抑制方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-10
(45)【発行日】2025-02-19
(54)【発明の名称】非特異反応の抑制方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/569 20060101AFI20250212BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20250212BHJP
   G01N 33/531 20060101ALI20250212BHJP
【FI】
G01N33/569 L
G01N33/53 D
G01N33/531 B
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2020042962
(22)【出願日】2020-03-12
(65)【公開番号】P2021143946
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2023-01-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】柚原 光佑
(72)【発明者】
【氏名】西村 研吾
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-037253(JP,A)
【文献】国際公開第2018/181263(WO,A1)
【文献】特開2004-245831(JP,A)
【文献】国際公開第2020/045524(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0170669(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 -33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ムチン含有生体試料を使用するフロースルー式免疫測定法において非特異反応を抑制する方法であって、カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を用いることを特徴とし、
前記カルボキシ基を有する緩衝成分が、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン、N-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン、N-(2-アセトアミド)イミノ二酢酸、酢酸、クエン酸、及び酒石酸からなる群より選択される少なくとも1種であり、前記カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液が、B/F分離洗浄液である、方法。
【請求項2】
ムチン含有生体試料が鼻腔ぬぐい液、鼻腔吸引液、鼻腔洗浄液、鼻かみ液または咽頭ぬぐい液である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
フロースルー式免疫測定法がインフルエンザウイルスの核蛋白を免疫測定する方法である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
フロースルー式免疫測定法がB型インフルエンザウイルスの核蛋白を免疫測定する方法である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液が、1~1000mMの濃度でカルボキシ基を有する緩衝成分を含む、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液が、界面活性剤、タンパク質、塩類、pH調整剤、及び防腐剤からなる群より選択される少なくとも1種を更に含む、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
フロースルー式免疫測定法が、固相上で検出を行う工程を包含するフロースルー式免疫測定法である、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
カルボキシ基を有する緩衝成分を含むことを特徴とする、ムチン含有生体試料を使用するフロースルー式免疫測定法において非特異反応を抑制するための組成物であって、
前記カルボキシ基を有する緩衝成分は、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン、N-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン、N-(2-アセトアミド)イミノ二酢酸、酢酸、クエン酸、及び酒石酸からなる群より選択される少なくとも1種であり、前記カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液が、B/F分離洗浄液である、組成物。
【請求項9】
ムチン含有生体試料が鼻腔ぬぐい液、鼻腔吸引液、鼻腔洗浄液、鼻かみ液または咽頭ぬぐい液である、請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
インフルエンザウイルスの核蛋白を免疫測定する方法で用いられる、請求項8又は9に記載の組成物。
【請求項11】
B型インフルエンザウイルスの核蛋白を免疫測定する方法で用いられる、請求項8~10のいずれかに記載の組成物。
【請求項12】
1~1000mMの濃度でカルボキシ基を有する緩衝成分を含む、請求項8~11のいずれかに記載の組成物。
【請求項13】
更に、界面活性剤、タンパク質、塩類、pH調整剤、及び防腐剤からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項8~12のいずれかに記載の組成物。
【請求項14】
固相上で検出を行う工程を包含するフロースルー式免疫測定法で用いられる、請求項8~13のいずれかに記載の組成物。
【請求項15】
請求項8~14のいずれかに記載の組成物を含む、フロースルー式免疫測定法に用いるためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はムチンを含有する検体を試料として用いる免疫測定において、粘性を有するムチンによって不正確な測定結果がもたらされることを回避する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫測定法は、臨床検査において血液や髄液などの各種体液、便や尿などの排泄物、各種組織の抽出液などの生体試料中の微量物質の測定で広く普及している。免疫測定法としては、RIA法、EIA法、免疫比濁法、ラテックス凝集法、金属コロイド凝集法、イムノクロマト法等多くの方法が知られている。
【0003】
免疫測定法で用いられる生体由来検体としては、血清、血漿の他にも、鼻腔ぬぐい液、鼻腔吸引液、鼻腔洗浄液、鼻かみ液、咽頭ぬぐい液など、様々な検体が使用されるが、血清、血漿以外の検体にはムチン等の粘性成分が含まれており、この粘性成分が、偽陽性や偽陰性といった、不正確な測定結果の原因となることがある。
【0004】
これまでに、抗原抗体反応を利用する免疫測定法において、非特異反応抑制を図るための技術は多々知られている。例えば、検体中の非目的物質の固相表面への非特異的な結合を抑制する方法(特許文献1)や硫酸基を2個以上有する化合物を含む検体処理液で検体を処理することで非特異反応を抑制する方法(特許文献2)などが挙げられる。
【0005】
しかしながら、上記の検討において非特異反応の原因が全て明らかにされたわけではなく、上記の手法を活用しても、依然として、真値とは異なる測定値が得られるケースが散見されている。従って、粘性成分であるムチンを含有する生体試料を用いる場合に発生し得る非特異反応を回避できる更なる有用な手段の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2008-216237号公報
【文献】特許第6116268号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記従来技術に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、ムチンを含有する検体を試料として用いる免疫測定法において、検体のムチンに由来して発生する非特異反応(なかでも疑似陽性)の発生を抑制することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意検討を行った結果、ムチンを含有する生体試料を使用する免疫測定法に用いる溶液として、カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を使用することによって検体中のムチンに由来し得る非特異反応(特に、疑似陽性)の発生を効果的に抑制することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の態様を包含する。
[項1] ムチン含有生体試料を使用する免疫測定法において非特異反応を抑制する方法であって、カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を用いることを特徴とする、方法。
[項2] カルボキシ基を有する緩衝成分が、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン、N-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン、N-(2-アセトアミド)イミノ二酢酸、酢酸、クエン酸、及び酒石酸からなる群より選択される少なくとも1種である、項1に記載の方法。
[項3] ムチン含有生体試料が鼻腔ぬぐい液、鼻腔吸引液、鼻腔洗浄液、鼻かみ液または咽頭ぬぐい液である、項1又は2に記載の方法。
[項4] 免疫測定法がインフルエンザウイルスの核蛋白を免疫測定する方法である、項1~3のいずれかに記載の方法。
[項5] 免疫測定法がB型インフルエンザウイルスの核蛋白を免疫測定する方法である、項1~4のいずれかに記載の方法。
[項6] カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液が、洗浄液、展開液、検体処理液、検体希釈液、又は抗体溶液のいずれかである、項1~5のいずれかに記載の方法。
[項7] カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液が、1~1000mMの濃度でカルボキシ基を有する緩衝成分を含む、項1~6のいずれかに記載の方法。
[項8] カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液が、界面活性剤、タンパク質、塩類、pH調整剤、及び防腐剤からなる群より選択される少なくとも1種を更に含む、項1~7のいずれかに記載の方法。
[項9] 免疫測定法が、固相上で検出を行う工程を包含する免疫測定法である、項1~8のいずれかに記載の方法。
[項10] カルボキシ基を有する緩衝成分を含むことを特徴とする、ムチン含有生体試料を使用する免疫測定法において非特異反応を抑制するための組成物。
[項11] カルボキシ基を有する緩衝成分が、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン、N-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン、N-(2-アセトアミド)イミノ二酢酸、酢酸、クエン酸、及び酒石酸からなる群より選択される少なくとも1種である項10に記載の組成物。
[項12] ムチン含有生体試料が鼻腔ぬぐい液、鼻腔吸引液、鼻腔洗浄液、鼻かみ液または咽頭ぬぐい液である、項10又は11に記載の組成物。
[項13] インフルエンザウイルスの核蛋白を免疫測定する方法で用いられる、項10~12のいずれかに記載の組成物。
[項14] B型インフルエンザウイルスの核蛋白を免疫測定する方法で用いられる、項10~13のいずれかに記載の組成物。
[項15] 洗浄液、展開液、検体処理液、検体希釈液、又は抗体溶液のいずれかである、項10~14のいずれかに記載の組成物。
[項16] 1~1000mMの濃度でカルボキシ基を有する緩衝成分を含む、項10~15のいずれかに記載の組成物。
[項17] 更に、界面活性剤、タンパク質、塩類、pH調整剤、及び防腐剤からなる群より選択される少なくとも1種を含む、項10~16のいずれかに記載の組成物。
[項18] 固相上で検出を行う工程を包含する免疫測定法で用いられる、項10~17のいずれかに記載の組成物。
[項19] 項10~18のいずれかに記載の組成物を含む、免疫測定法に用いるためのキット。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、ムチンを含有する検体を試料として使用する免疫測定法において、ムチンに由来して発生し得る非特異反応(特に、疑似陽性の発生)を高度に抑制することができる。従って、ムチンを含有する検体からの免疫測定において信頼性の高い検査結果を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1における結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を詳述するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、本明細書中に記載された非特許文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。また本明細書中の「~」は「以上、以下」を意味し、例えば明細書中で「X~Y」と記載されていれば「X以上、Y以下」を示す。また本明細書中の「及び/又は」は、いずれか一方または両方を意味する。
【0013】
一つの実施形態では、本発明は、カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を用いることを特徴とする、ムチンを含有する生体由来の試料(本明細書では、これを「ムチン含有生体試料」等ともいう)を使用する免疫測定法における非特異反応(特に、疑似陽性の発生)を抑制する方法を提供する。
【0014】
ムチンは、粘液糖タンパク質ともいわれ、動物の上皮細胞から分泌される粘液の主要成分として周知である。例えば、鼻腔や口腔等の粘膜はムチンで覆われていることが知られている。そのため、免疫測定法等で検体として用いられる鼻腔ぬぐい液、鼻腔吸引液、鼻腔洗浄液、鼻かみ液、咽頭ぬぐい液、咽頭吸引液などにはこれらの粘膜から分泌されたムチンが含まれ、粘性を示すものであることが多い。また、生体から分泌される鼻汁、唾液、涙、胃液、腸液等においてもムチンが含まれることが知られている。
【0015】
そしてこのようなムチンを含有する生体由来の試料は、例えば、免疫測定法において検出部位に残存したり、抗原抗体反応に影響したりすることで、疑似陽性(本明細書では、これを「擬陽性」という場合がある)を発生させたり、あるいは抗原抗体反応を阻害したり、溶液の流動性を低下させることで、疑似陰性を発生させたりする場合があるなど、非特異反応を生じさせ易い。例えば、ムチンと抗体と固相とが非特異的に反応することによって、検出を行う固相上に未反応の標識抗体が残留して疑似陽性を発生させたり、イムノクロマトグラフ法の場合には免疫複合体の移動効率が低下して検出部位まで到達しにくくなることで疑似陰性を発生させ得る。とりわけ、免疫測定法の検出部位に、粘性を示すムチン含有生体試料が残存し、そこに含まれる未反応の抗原や抗体等が残ってしまうことにより疑似陽性が引き起こされ易い。
【0016】
一つの好ましい実施形態において、例えば本発明は、ムチンを含有する生体試料中の被検出物質を免疫測定法で検出する場合に、被検出物質と結合しなかった抗体又は抗原(なかでも、抗体)を、カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液で処理する(例えば、洗浄液で洗浄する)ことを特徴とする、疑似陽性を抑制する方法である。疑似陽性の発生は不正確な測定結果をもたらすものであるから、本方法は、免疫測定法での測定結果へのムチンの影響を低減する方法、免疫測定法での測定結果の正確性向上方法などともいうことができる。
【0017】
本発明は、免疫測定法において非特異反応の発生を抑制するために、カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を用いることを特徴の一つとする。カルボキシ基を有する緩衝成分としては、その構造中にカルボキシ基を含み且つ緩衝能を発揮し得る化合物であれば特に限定されない。例えば、カルボキシ基を有する緩衝成分として、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン(N,N-Bis(2-hydroxyethyl)glycine;「Bicine」として公知)、N-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン(N-[Tris(hydroxymethyl)methyl]glycine;「Tricine」として公知)、N-(2-アセトアミド)イミノ二酢酸(N-(2-Acetamido)iminodiacetic acid;「ADA」として公知)、酢酸、クエン酸、酒石酸等を挙げることができるが、これらに限定されない。これらのカルボキシ基を有する緩衝成分は、1種単独で用いられても良いし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。ムチンを含有する生体試料を用いる免疫測定法において、より確実に高い疑似陽性抑制効果が得られ易いという観点から、本発明ではカルボキシ基を有する緩衝成分として、Bicine、Tricine、及び/又はADAが好ましく、Bicine及び/又はTricineがより好ましく、Tricineが特に好ましい。後述の試験例の結果に示されるように、これらのカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を用いた場合に、高い疑似陽性防止効果が確認されている。
【0018】
本発明に用いるカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液は、上記のようなカルボキシ基を有する緩衝成分を任意の溶媒に溶解させた溶液であり得る。ここで用いられる溶媒は、本発明の効果を発揮し得る限り特に限定されず、例えば、水や有機溶媒等の任意の液体であり得る。免疫測定法における抗原抗体反応を阻害しにくく、また、カルボキシ基を有する緩衝成分を溶解させ易いという観点から、好ましくは、水及び/又は水溶性有機溶媒であるのがよく、なかでも水であることが好ましい。
【0019】
カルボキシ基を有する緩衝成分の溶液中の濃度は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、一例として1~1000mM程度とすることができ、好ましくは5~500mM程度であるのがよく、より好ましくは5~100mM程度であるのがよい。このような濃度範囲でカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を用いることにより、より確実に疑似陽性抑制効果が発揮され得る。
【0020】
カルボキシ基を有する緩衝成分を有する溶液のpHは、使用されるカルボキシ基を有する緩衝成分が緩衝能を有し、発明の効果を発揮し得る範囲内であれば特に限定されない。例えば、本溶液のpHは3~12であり得る。一例として、免疫測定法における洗浄液としてカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を用いる場合、当該洗浄液は、好ましくはpH4~11程度であるのがよく、より好ましくはpH5~10程度、さらに好ましくはpH6~9程度であり得る。
【0021】
本発明に用いるカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液は、本発明の効果を発揮し得る限りにおいて、他の任意の成分を更に含んでいてもよい。このような更に含み得る成分としては、例えば、界面活性剤、タンパク質、塩類、pH調整剤、防腐剤等の添加物が挙げられるが、これらに限定されない。このような添加物は、例えば、溶液全体に対して0.001~1000mM程度の濃度で配合され得る。
【0022】
特定の実施形態では、本発明に用いるカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液は、界面活性剤を更に含むことが好ましい。このように界面活性剤を更に含むことによって、ムチンを含有する生体試料に起因して発生する疑似陽性をより一層高度に抑制することができる。この効果は特に、免疫測定法における洗浄液としてカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を用いる場合に顕著である。本発明に用いられ得る界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性イオン性界面活性剤等の任意の界面活性剤を使用することができ、好ましくは、非イオン性界面活性剤及び/又はアニオン性界面活性剤を用いるのがよい。非イオン性界面活性剤としては、免疫学的測定法で通常用いられ得る任意の非イオン性界面活性剤を用いることができ、例えば、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(例えば、Tween20、Tween80)、オクチルフェノールエトキシレート(例えば、Triton X100)などを用いることで高い疑似陽性抑制効果が発揮され得る。アニオン性界面活性剤もまた、免疫学的測定法で通常用いられ得る任意のアニオン性界面活性剤を用いることができ、例えば、ドデシル硫酸ナトリウム等を使用することが好ましい。
【0023】
更なる実施形態では、本発明に用いるカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液は、ブロッキング剤等として機能し得るタンパク質を含むことが好ましい。このようなタンパク質を更に含むことによっても、本発明の効果が得られ易くなる。このようなタンパク質としては、免疫学的測定法においてブロッキング剤として作用し得るタンパク質であることが好ましく、例えば、ウシ血清アルブミン(BSA)、カゼイン、スキムミルク、ゼラチンなどのほか、血液タンパク質または植物タンパク質等を挙げることができる。また、血液タンパク質を含む兎血液成分等をそのまま用いてもよい。
【0024】
更なる実施形態では、本発明に用いるカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液は、塩類を更に含むことが好ましい。塩類としては、免疫学的測定法において通常用いられ得る任意の塩類を使用することができる。塩類は、無機塩類であっても有機塩類であってもよいが、好ましくは無機塩類であり、より好ましくはナトリウム塩であり、更に好ましくは塩化ナトリウムである。
【0025】
本発明の方法が適用される免疫測定法は、ムチンを含む生体由来検体中の被検出物質を免疫学的分析法で検出する方法であれば、特に限定されない。特にムチンは抗原抗体反応の検出部位(反応部位、判定部位などともいう)に残存して疑似陽性を発生させ易く、本発明はこのような疑似陽性の発生を効果的に抑制することができることから、好ましい免疫測定方法は固相上で検出を行う工程を包含する免疫測定法であり、例えば、固相の検出部位で判定を行うフロースルー式又はラテラルフロー式の免疫測定法が挙げられる。固相の検出部位でのムチンの残存を低減させるための洗浄工程を包含できるという観点から、好ましくは、本発明で行う免疫測定法はフロースルー式の免疫測定法である。
【0026】
一つの好ましい実施形態として、フロースルー式免疫測定法で本発明を実施する場合、例えば、被検出物質と結合しなかった抗体又は抗原を洗浄液を用いて除去する工程を含むことが好ましい。このような免疫測定法としては、RIA法、EIA法などが挙げられる。
【0027】
EIA法の場合、例えば以下の手順(A)又は(B)で説明する方法が挙げられる。
(A)
工程(1):後述の固相化担体と結合できるよう修飾された一次抗体と、酵素標識二次抗体と、測定対象物質を成分として含有する試料とを混合、インキュベートし、測定対象物質とのサンドイッチ複合体をつくる。
工程(2):工程(1)でできた複合体を含む溶液を、あらかじめ、修飾された一次抗体と結合可能な抗体を固相化し、ブロッキング剤を添加した担体の反応層に添加し、上記複合体を固相に結合させる。
工程(3):反応層を、洗浄液で洗浄することにより、未反応の標識抗体などを除去する。
工程(4):反応層に基質液を添加し、発色・発光量などをモニタリングする。
【0028】
(B)
工程(1):一次抗体を固相化した反応層に測定対象物質を成分として含有する試料を添加、インキュベートし、測定対象物質を一次抗体に捕捉させる。
工程(2):反応層を洗浄液で洗浄することにより、一次抗体に捕捉された測定対象物質以外の試料成分を除去する。
工程(3):酵素標識二次抗体を含む溶液を反応層に添加し、一次抗体に捕捉された測定対象物質に該標識抗体を結合させる。
工程(4):反応層を、洗浄液で洗浄することにより、未反応の標識抗体などを除去する。
工程(5):反応層に基質液を添加し、発色・発光量などをモニタリングする。
【0029】
以下、上記の手順(A)を例に本発明を説明するが、これにより本発明が限定されることはない。
EIA法による免疫測定法は、上記の例示のほか種々のバリエーションがあり、それぞれの方法が、既に当該技術分野において確立されている。よって、その知見を本発明に適用して、各種試料中の生体成分の量または濃度を測定することができ、その態様は特に制限されない。
【0030】
本発明では、上記のような免疫測定法で用いる任意の溶液に、カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を用いる。免疫測定法で用いる溶液としては、ムチンが残存して疑似陽性を発生させ易い固相の検出部位に直接作用させ易いという観点から、好ましくは、固相の検出部位を洗浄するための洗浄液(例えば、B/F分離洗浄液等)であり得るが、特に限定されない。例えば、ムチン含有生体試料を免疫測定法に適用する前に用いられる前処理溶液(例えば、検体処理液等)やイムノクロマトグラフ法で抗原抗体反応物を展開させるために使用する展開液等も、固相上における溶液の流動性に影響を及ぼしたり、生体試料中に含まれるムチンと共に固相上の検出部位まで到達して作用したりし得るため、本発明の効果を発揮し得る。従って、本発明に用いられるカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液は、例えば、免疫測定法で用いる洗浄液、展開液、検体処理液、検体希釈液、抗体溶液等であり得る。より一層高い疑似陽性抑制効果が得られ易いという観点から、本発明に用いられるカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液は、好ましくは洗浄液であり、より好ましくはB/F分離洗浄液である。
【0031】
本発明の好ましい実施形態の一つは、固相上に抗原と抗体の複合体を形成させた後、未結合の抗原もしくは抗体をカルボキシ基を有する緩衝成分を含んだ溶液(洗浄液)で洗浄する免疫学的分析法における疑似陽性の抑制方法である。そのような方法の一形態として、以下の工程(1)~(4)に従って実行される、ムチンを含んだ検体中の測定対象物質の測定法が例示される。
工程(1):測定対象物質および粘性成分を含有する試料と、前期測定対象物質と結合可能な抗体であってリガンドで修飾された抗体(一次抗体)を含む溶液と、前記測定対象物質と結合可能な抗体であって酵素で標識された抗体(二次抗体)を含む溶液とを混合し、免疫反応により前記一次抗体、前記測定対象物質および前記二次抗体のサンドイッチ複合体をつくる。
工程(2):前記サンドイッチ複合体を含む溶液を、あらかじめ前記リガンドと結合可能な物質を固相化した担体に触れさせて、前記複合体を前記固相化担体上の抗体に結合させる。
工程(3):前記固相化担体を、カルボキシ基を有する緩衝成分を含んだ洗浄液で洗浄することにより、前記固相化担体上の抗体に結合していない一次抗体および二次抗体を除去する。
工程(4):前記固相化担体に前記酵素の基質を含む液を添加し、前記固相化担体上で酵
素による基質の化学変化量をモニタリングすることにより測定を行う。
上記方法によれば、工程(3)においてカルボキシ基を有する緩衝成分を含んだ溶液により、ムチンを含有する粘性の生体試料とその生体試料に絡まるようにして残存する未反応の抗原又は抗体を高度に洗い流すことができるので好ましい。
【0032】
例えば、固相としてはビーズ、磁性粒子、マイクロタイタープレート、チューブ、膜など種々のものが使用できる。本発明の疑似陽性抑制効果がより一層高度に得られ易いという観点から、固相は、好ましくはガラスフィルターである。前記固相にはあらかじめ前記リガンドと結合可能な物質を固相化したものであってもよい。固相化する場合、その固相化の方法は特に限定されない。固相化担体としてマイクロタイタープレートやチューブを用いる場合は、固相化担体自体を反応容器とすることができるが、固相化担体とは別途に各種の反応容器を用いることもできる。
【0033】
測定対象物質に特異的に結合する物質(好ましくは、抗体又は抗原)としては、検体中の測定すべき物質に応じて選択されうる各種物質が使用できる。これらは市販品を用いても良いし、公知の方法により取得することも可能である。
【0034】
また、これらの抗体等を、そのタンパク質中の第1級アミンあるいは遊離のスルフヒドリル基を標的に、グルタルアルデヒドやマレイミド基を導入して活性化した酵素やビオチン結合タンパク質(アビジン)等のリガンドで、目的に応じて、修飾または標識反応する方法も公知であり、特に限定されない。このような方法で、例えば、前記固相に固相化された物質と結合可能なリガンドで修飾された抗体(一次抗体)や、酵素等で標識された抗(二次抗体)を作成することができる。これらの修飾抗体または標識抗体等は、通常水溶液として保持されるが、その組成は、それぞれの機能を損ねない範囲で、特に限定されない。
【0035】
固相と測定対象物質との結合方法も、特に限定されない。固相と測定対象物質との結合は、例えば、前記の一次抗体を修飾しているリガンドと、そのリガンドと前記固相化物質との結合を介して行われる。リガンドと固相化物質との結合原理は特に限定されず、上記のほか、固相化したストレプトアビジンとビオチン標識抗体との組合せなどを用いることができる。これらの結合にはさらに適宜公知のスペーサーを挿入しても良い。
【0036】
本発明の免疫学的分析方法は、さらに前記固相をブロッキング処理する工程を含むことが好ましい。このように固相をブロッキング処理しておくことで、非特異的な反応を抑制し易くなり、疑似陽性抑制効果をより高度に発揮し易くなる。ブロッキング処理する工程は、工程(2)の前であればいつ行われてもよく、工程(1)の以前に実施してもよく、工程(1)以後に実施してもよい。
ブロッキング処理の方法は特に限定されない。例えば、手順(A)の工程(2)で用いられる担体に、あらかじめブロッキング剤を添加する方法でもよい。本発明で用いるブロッキング剤は、特に限定されない。例えばカゼイン、スキムミルク、ウシ血清アルブミン(BSA)、ゼラチンなどのほか、血液タンパク質または植物タンパク質を有効成分とするもの、兎血液成分などが挙げられる。なかでもカゼインが好ましい。
【0037】
免疫反応の後、固相化担体上の抗体に結合していない一次抗体および二次抗体を除去するためにB/F分離を行うことが好ましい。本発明においては、B/F分離に用いる洗浄液がカルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液であり得る。
【0038】
本発明で行う免疫測定法において、検出に利用する酵素-基質系については特に限定されない。例えば、ペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼを用いる系が挙げられる。酵素活性の検出に用いる基質も特に限定されない。これらは、市販品を用いることができる。基質を含む基質液の組成は、その機能を損ねない範囲で、特に限定されない。
【0039】
本発明において測定対象物質を成分として含有する検体(本明細書では「生体試料」又は単に「試料」等とも表記する。)としては、ムチンを含むものであれば特に限定されず、例えば、唾液、胃液、鼻汁等の各種体液や尿等の排泄物、便等の希釈物から固形分を除去したもの、各種組織の抽出液等が挙げられる。特に限定されないが、本発明の方法に用いられ得るムチン含有生体試料としては、好ましくは鼻腔ぬぐい液、鼻腔吸引液、鼻腔洗浄液、鼻かみ液または咽頭ぬぐい液である。また、これらに希釈や前処理等の操作を行って得たものも、ムチン含有生体試料となりうる。なお、検体には必ずしも測定対象物質が成分として含有されている必要はなく、測定対象物質を成分として含有する可能性があることを前提とした検体であってもよい。
【0040】
本発明の方法が適用される測定対象としては、本発明の免疫測定方法にて測定される被測定物質としては、タンパク質、脂質、糖類があり、それには例えば、各種抗原、抗体、レセプター、酵素などが含まれる。被測定物質としては、ウイルスタンパク質であることが好ましく、例えば、エンベロープ型ウイルスのタンパク質であり得、好ましくはオルトミクソウイルス科ウイルスのタンパク質であり、より好ましくはインフルエンザウイルスタンパク質であり、更に好ましくはインフルエンザウイルス核タンパク質であり、特に好ましくはB型インフルエンザウイルス核タンパク質である。後述の試験例の結果に示されるように、B型インフルエンザウイルスの核タンパク質の抗原を含むムチン含有試料を免疫測定法で検出する場合に、本発明によって顕著に疑似陽性を抑制できることが確認されている。
【0041】
なお、本発明の方法においては、手順(A)で例示した工程に、適宜工程を追加または省略することができる。
【0042】
本発明が適用される免疫測定法は、いくつかのステップに分かれるケースがありうる。たとえば、手順(A)であれば、「固相と結合できるよう修飾された一次抗体」と測定対象物質との抗原抗体反応のステップと、「酵素標識二次抗体」と測定対象物質との抗原抗体反応のステップとを、別々に行っても良い。そして、この場合、いずれのステップを先に行っても良い。
【0043】
更に別の実施形態では、本発明は、イムノストリップを用いてイムノクロマトグラフィーを実施するラテラルフロー式の免疫測定法において実施され得る。イムノクロマトグラフィーは簡便な手法で免疫測定を実施することができる。ラテラルフロー式免疫測定法において本発明の非特異反応の抑制方法を実施する場合、特に限定されるものではないが、カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液は、検体処理液及び/又は展開液として使用されることが好ましい。例えば、採取したムチン含有生体試料を希釈する検体処理液に、カルボキシ基を有する緩衝成分を添加することによって本発明を実施してもよいし、ムチン含有生体試料又はそれを検体処理液であらかじめ処理した試料と混合する展開液に、カルボキシ基を有する緩衝成分を添加することによっても本発明を実施することができる。
【0044】
更に別の観点から、本発明は、カルボキシ基を有する緩衝成分を含むことを特徴とする、ムチン含有生体試料を使用する免疫測定法において非特異反応を抑制するための組成物をも提供する。ここで使用されるカルボキシ基を有する緩衝成分の種類や量、ムチン含有生体試料の種類、免疫測定法の種類等は、上述したものと同様のものを使用可能である。
【実施例
【0045】
以下に実施例により本発明の効果を示すが、これらの実施例は本発明を何ら限定するものではない。
【0046】
(実施例:各種成分を添加した溶液を用いた場合の非特異反応の抑制効果)
以下の試薬、装置を用いて、各種成分を含む溶液で処理した場合の疑似陽性抑制効果について評価を行った。本試験例では、POCube前処理液(東洋紡社製)でムチン(SIGMA社製)を希釈処理した溶液を疑似粘性検体(ムチン含有生体試料:1%ムチン含有)として用いた。
具体的には、フロースルー式免疫測定法でムチン含有生体試料で測定する場合に、各種成分を添加した溶液を洗浄液(B/F分離洗浄液)として用いた。緩衝成分としては、MOPS、トリスヒドロキシメチルアミノメタン、BES、TES、HEPES、DIPSO、TAPS、Bicine(N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン)、Tricine(N-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン)を使用し、これらのいずれかを10mM含む洗浄液を常法に従い調製した。洗浄液は緩衝成分のほかに、0.5%のポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、150mMの塩化ナトリウムを含む(pHは約7.2)。
測定操作は東洋紡社製小型化学発光免疫自動分析装置POCube(東洋紡社製)を用いて以下の手順に従い、測定を行った。
(操作手順)
(1)POCube専用13連容器の試薬ウェルに5ng/mlビオチン標識抗B型インフルエンザウイルス核タンパク質抗体液Aと0.2ng/mlアルカリホスファターゼ標識抗B型インフルエンザウイルス核タンパク質抗体液Bをそれぞれ70μlずつ添加した。
(2)(1)で添加した該試薬ウェルから抗体液Aを30μl、抗体液Bを40μl吸引
し、別の試薬ウェルに添加して混合した。
(3)該13連容器の検体ウェルに標準試料あるいは希釈処理済抗原液を150μl添加した。ここで標準試料としては、不活性化B型インフルエンザウイルスHong Kong 5/72株(Fitzgerald社製)を使用した。
(4)(2)で作製した抗体液Aと抗体液Bの混合液を含むウェルに、(3)で用意した
抗原液(または標準試料)のうち100μlを添加して混合し、40℃で4分間反応させ、抗原-抗体のサンドイッチ複合体を形成した。
(5)POCube専用反応容器(第一抗体に結合したリガンドを特異的に認識するリガ
ンド捕捉剤が結合された多孔性フィルタ(抗ビオチン抗体を結合させたガラスフィルター
固相)を含む容器)に、1重量%カゼインを含むブロッキング剤を50μl添加した後、
(4)で作製した混合液を該POCube専用反応容器に150μl添加し、抗原-抗体
のサンドイッチ複合体を反応容器に結合させた。
(6)該POCube反応容器を、異なる緩衝成分を含むB/F分離用洗浄液で洗浄した。さらに、該13連容器の試薬ウェルに分注した発色基質30μlを添加し、発光強度を測定した。
(7)下記の(式I)に従って抗原希釈液測定値をC.O.I値(カットオフインデックス値)に変換した。C.O.Iが1以上となる検体を陽性、1未満となる検体を陰性と判定した。
(式I)
C.O.I=S(検体の発光強度)/C(カットオフ値)
C:標準試料の発光強度×0.05
【0047】
この結果を以下の表1及び図1に示す。
【表1】
【0048】
本結果からわかるように、Bicine(N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン)、Tricine(N-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン)を含む洗浄液を用いた場合に、ムチンを含有する試料を用いた免疫測定法で起こりやすい疑似陽性を高度に抑制できることが明らかとなった。Bicine及びTricineは、カルボキシ基を有する緩衝成分として共通の性質を有する。従って、本実施例の結果から、カルボキシ基を有する緩衝成分を含む溶液を用いるという簡便な手段により、ムチン含有生体試料に起因する疑似陽性の発生を回避できることが分かった。なかでも、カルボキシ基を有する緩衝成分としてTricineを用いることにより特に高い疑似陽性抑制効果が得られることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明により、鼻腔ぬぐい液、鼻腔吸引液、鼻腔洗浄液、鼻かみ液又は咽頭ぬぐい液等に代表されるムチン含有生体試料を用いて免疫測定する場合の非特異反応を回避でき、正確で信頼性のある検査結果を提供することができる。
図1