(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-10
(45)【発行日】2025-02-19
(54)【発明の名称】高強度部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250212BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20250212BHJP
C21D 7/06 20060101ALI20250212BHJP
C21D 9/28 20060101ALI20250212BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20250212BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C21D1/06 A
C21D7/06 A
C21D9/28 A
C22C38/58
(21)【出願番号】P 2020056199
(22)【出願日】2020-03-26
【審査請求日】2023-01-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100198247
【氏名又は名称】並河 伊佐夫
(72)【発明者】
【氏名】濱田 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】樋口 成起
(72)【発明者】
【氏名】井上 圭介
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-210294(JP,A)
【文献】特開2018-053337(JP,A)
【文献】国際公開第2010/137607(WO,A1)
【文献】特開2009-185321(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
0.21<C<0.40
0.60<Si<2.00
0.20<Mn<2.00
P<0.020
S<0.020
0.09≦Cu<1.00
0.26≦Ni<2.00
0.20<Cr<0.75
0.31≦Mo<1.00
0.005<Al<0.100
0.010<Ti<0.100
0.010<Nb<0.100
0.0005<B<0.0030
N<0.005
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の組成を有する鋼からなり、表層部に浸炭焼入れ層を有する高強度部品であって、
表面の算術平均粗さ(Ra)が0.80μm以下、圧縮残留応力が1200~1650MPaで、
更に、前記表面から内部中心までの硬さ分布に基づき下記式(1)で定義される相当硬さHが490HV以上であることを特徴とする高強度部品。
H=Σ(K
i×H
i)/ΣK
i ・・式(1)
但し、Σ(K
i×H
i)は、測定対象の断面内にて区画された小領域の面積K
i(mm
2)と該小領域の代表硬さH
i(HV)の積を全小領域について合計したもの、ΣK
iは、全小領域の面積(mm
2)である
【請求項2】
請求項1において、質量%で
0<V<0.30
を更に含有することを特徴とする高強度部品。
【請求項3】
表面の算術平均粗さ(Ra)が0.80μm以下、圧縮残留応力が1200~1650MPaで、更に、前記表面から内部中心までの硬さ分布に基づき下記式(1)で定義される相当硬さHが490HV以上である高強度部品を製造する方法であって、
請求項1
,2の何れかに記載の鋼を部品形状に加工した後、真空浸炭、焼入れ焼戻しを行い、
次いで、粒径がφ0.3~1.0mmで硬さ700HV以上の投射材を用いてショットピーニングを行った後、更に粒径がφ0.05~0.2mmで硬さ700HV以上の投射材を用いてショットピーニングを行なうことを特徴とする高強度部品の製造方法。
H=Σ(K
i×H
i)/ΣK
i ・・式(1)
但し、Σ(K
i×H
i)は、測定対象の断面内にて区画された小領域の面積K
i(mm
2)と該小領域の代表硬さH
i(HV)の積を全小領域について合計したもの、ΣK
iは、全小領域の面積(mm
2)である
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高強度部品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の動力伝達部品として用いられるギヤやシャフトといった部品では、表面の強度および内部の靭性を確保するため、JIS鋼であるSCr420H、SCM420H等の肌焼鋼に浸炭などの表面処理が施されている。しかしながら車両の高出力化、軽量化の要請の下、これらの部品にはより一層の高強度化が求められている。例えば、ねじりトルクが加えられるシャフト部品においては、静ねじり強度およびねじり疲労強度の向上が求められている。
【0003】
部品強度を高めるための手段としては、使用する鋼材成分の変更や部品の表面に施される表面処理について各種の提案がなされている。例えば、下記特許文献1~3では、部品形状に加工し、浸炭焼入れ処理を行なった後に、ショットピーニング処理を行うことで、表面の圧縮残留応力を高める点が開示されている。しかしながら、これら特許文献には本発明の請求項を満たす化学組成の実施例の開示はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-152330号公報
【文献】特開2014-210294号公報
【文献】特開2018-53337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は以上のような事情を背景とし、静ねじり強度およびねじり疲労強度に優れた高強度部品及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、高強度部品に用いる鋼の合金組成に着目して鋭意研究を行った結果、C-Si-Mn-Cu-Ni-Cr-Mo-Al-Ti-Nb-B-Nの調整で従来よりも高い強度特性が得られることを見出した。本発明はこのような知見の下になされたもので、浸炭用スタンダード鋼に対し高C化およびB添加により静ねじり特性を高めるとともに、Ni添加による靭性向上によりねじり疲労特性を高めている。また高Si低Cr化により真空浸炭時のエッジ部における炭化物の生成(過剰浸炭)を抑制し、ねじり疲労特性の向上を図っている。
【0007】
また、浸炭焼入れ後、部品表面に複数回のショットピーニングを施し、表面粗さを悪化させることなく部品表面に圧縮残留応力を付与することも有効である。部品に繰り返し応力が加わった際の亀裂の発生および亀裂伝播を抑制して、ねじり疲労強度を向上させることができるからである。
【0008】
而して本発明の要旨は、次の通りである
【0009】
[1] 質量%で、0.20<C<0.40、0.50<Si<2.00、0.20<Mn<2.00、P<0.020、S<0.020、0<Cu<1.00、0<Ni<2.00、0.20<Cr<1.00、0<Mo<1.00、0.005<Al<0.100、0.010<Ti<0.100、0.010<Nb<0.100、0.0005<B<0.0030、N<0.005を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の組成を有する鋼からなり、表層部に浸炭焼入れ層を有する高強度部品であって、表面の算術平均粗さ(Ra)が0.80μm以下、圧縮残留応力が1200~1650MPaで、更に、前記表面から内部中心までの硬さ分布に基づき下記式(1)で定義される相当硬さHが490HV以上であることを特徴とする高強度部品。
H=Σ(Ki×Hi)/ΣKi ・・式(1)
但し、Σ(Ki×Hi)は、測定対象の断面内にて区画された小領域の面積Ki(mm2)と該小領域の代表硬さHi(HV)の積を全小領域について合計したもの、ΣKiは、全小領域の面積(mm2)である。
【0010】
[2] 質量%で、0<V<0.50を更に含有することを特徴とする[1]に記載の高強度部品。
【0011】
[3] 質量%で、0.26<Ni<2.00を含有することを特徴とする[1],[2]の何れかに記載の高強度部品。
【0012】
[4] 質量%で、0.30<Mo<1.00を含有することを特徴とする[1]~[3]の何れかに記載の高強度部品。
【0013】
[5] [1]~[4]の何れかに記載の鋼を部品形状に加工した後、真空浸炭、焼入れ焼戻しを行い、次いで、粒径がφ0.3~1.0mmで硬さ700HV以上の投射材を用いてショットピーニングを行った後、更に粒径がφ0.05~0.2mmで硬さ700HV以上の投射材を用いてショットピーニングを行なうことを特徴とする高強度部品の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、静ねじり強度およびねじり疲労強度に優れた高強度部品及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】評価に用いる試験片の形状を示した図である。
【
図3】各実施例および比較例の比例限トルクと相当硬さの関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本実施形態に係る高強度部品は、Cと、Siと、Mnと、Pと、Sと、Cuと、Niと、Crと、Moと、Alと、Tiと、Nbと、Bと、Nを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。また、Vを更に含有してもよい。
本実施形態の高強度部品における各化学成分の限定理由を以下に詳述する。尚、以降の説明では、特にことわりがない限り「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0017】
0.20<C<0.40
Cは、内部(芯部)硬さを確保するために有効な元素である。必要な硬さを得るため0.20%超含有させる。但し、過剰な添加は靭性および耐食性の低下を招くため、その上限を0.40%未満とする。好適なCの範囲は、0.21<C<0.35であり、内部硬さを安定して確保することができる。
【0018】
0.50<Si<2.00
Siは、真空浸炭時におけるCの侵入を抑えて過剰浸炭による炭化物の生成を抑制するのに有効な元素である。この効果を得るため0.50%超含有させる。但し、過剰な添加は熱間加工性の低下を招くため、その上限を2.00%未満とする。好適なSiの範囲は、0.60<Si<1.50である。
【0019】
0.20<Mn<2.00
Mnは、焼入れ性を確保するのに有効な元素である。またMnSを形成してSによる害を無害化する。但し、過剰な添加は、加工性の低下やベイナイトの生成を招くため、その範囲を0.20<Mn<2.00としている。
【0020】
P<0.020、S<0.020
PおよびSは、部品の機械的性質にとって好ましくない元素であるため、その量は少ないほうが好ましい。PおよびSは、粒界偏析による脆化を招くため、その上限を0.020%未満とする。
【0021】
0<Cu<1.00
Cuは、焼入れ性を高める効果を有するため添加される。但し、過剰な添加は熱間鍛造性の低下を招くため、含有量は1.00%未満とする。
【0022】
0<Ni<2.00
Niは、焼入れ性向上のため、また延靭性向上のために添加される。但し、過剰な添加はベイナイトの生成を招くため、その上限を2.00%未満とする。好適なNiの範囲は、0.26<Ni<2.00である。
【0023】
0.20<Cr<1.00
Crは、内部硬さを確保するために有効な元素である。但し、過剰な添加は過剰浸炭による炭化物の生成を招き疲労強度を低下させるため、その上限を1.00%未満とする。好適なCrの範囲は、0.20<Cr<0.75である。
【0024】
0<Mo<1.00
Moは、焼入れ性向上のため、また靭性向上のため添加される。但し、過剰な添加は加工性の悪化に繋がるため、0<Mo<1.00とする。好適なMoの範囲は、0.30<Mo<1.00である。
【0025】
0.005<Al<0.100
Alは、脱酸元素として有効であり、0.005%超の添加により効果を発揮する。但し、過剰な添加はAl2O3系介在物による強度低下を招くため、0.005<Al<0.100とする。
【0026】
0.0005<B<0.0030
Bは、焼入性の向上に有効な元素であり、結晶粒界に偏析して粒界を強化して強度を向上させる効果がある。但し、過剰な添加は、鋼中のNと反応してBNを形成し、靭性を低下させるため、0.0005<B<0.0030とする。
【0027】
0.010<Ti<0.100
上記BがBNを形成すると、B添加の本来の目的を果たせない。しかしBはNと親和力が強くBNを形成してしまう。そこで、BよりもNとの親和力が強いTiで窒化物を形成させてNを固定して、固溶Bを確保する。但し、過剰な添加は粗大な窒化物を析出させ強度面に悪影響を及ぼすため、0.010<Ti<0.100とする。
【0028】
0.010<Nb<0.100
Nbは、炭化物を形成して浸炭時の異常粒成長を抑制する効果を有している。但し、過剰な添加は冷間鍛造性の低下を招くため、0.010<Nb<0.100とする。
【0029】
N<0.005
Nは、B添加鋼の場合にBNを形成し、Bの効果を阻害するため、N<0.005とする。
【0030】
0<V<0.50
Vは、任意添加元素であるが、結晶粒微細化効果および焼戻し硬さ向上効果が期待される。但し、過剰な添加は加工性および切削性の低下を招くため、0<V<0.50とすることが好ましく、更に好ましくは0<V<0.30である。
【0031】
本実施形態に係る高強度部品は、表層部に浸炭焼入れ層を有している。本実施形態の高強度部品は、上記成分組成を有する鋼を部品形状に加工した後、真空浸炭、焼入れ焼戻しを行い、更にその表面にショットピーニングを施すことによって製造される。
【0032】
本実施形態の高強度部品は、表面の算術平均粗さ(Ra)が0.80μm以下で、表面の圧縮残留応力が1200~1650MPaである。
部品表面に付与される圧縮残留応力は、初期亀裂の起点となる応力集中部を強化して初期亀裂の発生を抑制する効果を有し、ねじり疲労特性を向上させるのに有効である。但しショットピーニングにより圧縮残留応力を付与した際、部品の表面粗さが悪化してしまうと疲労強度低下の要因となってしまうため、本例では上記のように圧縮残留応力とともに平均粗さ(Ra)の値も規定している。このように表面の算術平均粗さ(Ra)および圧縮残留応力が規定された高強度部品では、下記で示す目標のねじり疲労強度を達成することができる。なお、圧縮残留応力を付与するためのショットピーニングは、高強度部品の一部、ねじりトルクが作用する部位に限定して実施するものであってもよい。
【0033】
また本実施形態の高強度部品は、部品表面から内部中心までの硬さ分布に基づき上記式(1)で定義される相当硬さHが490HV以上である。相当硬さHは静ねじり強度(比例限トルク)との間に相関が認められ、相当硬さHを490HV以上とすることで、下記で示す目標の静ねじり強度を達成することができる。より好ましい相当硬さHの範囲は、495~600HVである。
【0034】
高強度部品の部品形状としては、特に限定されず、部品の種類に応じた形状であればよい。例えば、高強度部品が動力伝達用のシャフトであれば、要求されるシャフトの形状とすればよい。
【0035】
(真空浸炭)
本実施形態では、浸炭処理として真空浸炭を採用する。真空浸炭では、炉内の雰囲気を減圧(例えば2kPa以下)するとともに、炉内をA3点以上の温度に加熱保持し、浸炭ガスとして炭化水素系のガス(例えばメタン,プロパン,エチレン,アセチレン等)を直接炉内に挿入して、ガスが鋼(被処理材)の表面に接触することで、鋼の表面に炭素が供給され、その後炭素がマトリックスに溶解することによって、炭素が内部に向って拡散する。
真空浸炭では材料の酸化が生じないため粒界酸化が避けられ、疲労強度を高めることが可能である。なお真空浸炭では、エッジ部(角部)において平面部分に比べて炭素濃度が高まり炭化物が生成されやすい。このことが疲労強度低下の要因の一つとなっていたが、本実施形態では鋼の成分を高Si低Crとすることで過剰浸炭の抑制を図っている。
【0036】
浸炭パターンは任意に設定することができる。浸炭後は、直接焼入れしても良いし、浸炭放冷後に再加熱し焼入れしても良い。焼入れは、100~150℃程度の油浴などに投入することで実施される。そして焼入れを行った後は、例えば120~180℃程度で焼戻しを行えば良い。
【0037】
(ショットピーニング)
ショットピーニングは初期亀裂の起点となる応力集中部を強化して初期亀裂の発生を抑制する効果を有し、ねじり疲労特性を向上させるのに有効である。但しショットピーニングにより部品の表面粗さが増大した場合には疲労強度低下の要因となってしまうため、
本例ではショットピーニングを二段に分けて実施し、被処理材表面の算術平均粗さ(Ra)および圧縮残留応力を規定範囲内としている。
【0038】
まず一段目において、投射エア圧力0.2~0.6MPaの下、粒径がφ0.3~1.0mmで硬さ700HV以上の投射材を用いてショットピーニングを実施する。かかる条件が、被処理材の表面に1200~1650MPaの圧縮残留応力を付与するのに好適だからである。
【0039】
次にニ段目において、投射エア圧力0.2~0.6MPaの下、粒径がφ0.05~0.2mmで硬さ700HV以上の投射材を用いてショットピーニングを実施する。φ0.05~0.2mmの微粒子状の投射材を用いることで表面粗さの悪化を解消することができる。なお1段目で粒径がφ1.0mmを超える投射材を用いると、表面粗さが極端に悪化し、2段目の微粒子ショットピーニングを施しても表面粗さを小さくすることができないため、1段目の投射材の粒径はφ1.0mm以下とする必要がある。
【実施例】
【0040】
次に本発明の実施例を以下に説明する。ここでは、下記表1に示す実施例および比較例の化学組成およびショットピーニング条件で試験片(
図1参照)を作製し、各種評価を行った。表1に示す各比較例は、化学組成もしくはショットピーニング条件が本発明の範囲を外れている。
【0041】
【0042】
1.試験片の作製
上記表1に示す化学成分の鋼塊150kgを真空誘導溶解炉にて溶製し、得られた鋼塊をΦ40mmの丸棒に熱間鍛造後、900℃で焼準処理を行ない試験用の素材とした。その後、機械加工により
図1に示す形状の試験片10を作製した。
【0043】
図1に示すように、試験片10は、軸部12と、軸部12の両端に設けられた固定部13とを備え、内部には軸部12および固定部13を貫通する第1貫通孔14が形成されている。また軸部12の軸方向の中央には外表面16から径方向に延びて第1貫通孔14と連通する第2貫通孔18が形成されている。
図1の試験片10における各寸法は、長さL1が100mm、L2が60mm、軸部12の外径D1が22mm、固定部の外径D2が33mm、第1貫通孔14の内径D3が7mm、第2貫通孔18の内径D4が4mmである。
【0044】
2.真空浸炭処理
所定の形状に加工された試験片10を処理炉内に装入し、処理炉内を真空引きして1500Paの減圧状態とし、850~1050℃までの温度で処理温度を変化させ、30分~4時間浸炭処理を行った。続いて100~150℃の油浴で焼入れを行ない、その後120~180℃で120分焼戻し処理を行い、表層のC濃度0.65~0.80%、表層硬さ700HV以上とした。
【0045】
3.ショットピーニング処理
続いて噴射ノズルを備えたエア式のショットピーニング装置を用い、試験片10の軸部12に対してショットピーニング処理を行った。
試験片10は、噴射ノズルからの距離が200mm、投射角が軸部12の加工面に直角となるように設置した。そして試験片10を回転テーブル上で30rpm(=2秒間に1回転)で回転させ、軸部12の表面にショットピーニング処理を施した。ここで投射時間は、カバレージが300%となるように設定した。
【0046】
表1のショット条件の欄に「二段」と記載された例については、二段に分けてショットピーニングを実施した。
一段目のショットピーニングにおいて、投射材は粒径φ0.3~1.0mm,硬さ700~1000HVのものを使用し、投射圧(エア圧)は0.3~0.6MPaの範囲とした。続く二段目のショットピーニングにおいて、投射材は粒径φ0.05~0.2mm,硬さ700~1000HVのものを使用し、投射圧(エア圧)は0.3~0.6MPaの範囲とした。
【0047】
一方、表1のショット条件の欄に「一段」と記載された例については、一段のみでショットピーニングを実施した。
この場合、投射材は粒径φ0.3~1.0mm,硬さ700~1000HVのものを使用し、投射圧(エア圧)は0.3~0.6MPaの範囲とした。
【0048】
4.試験片の評価
このように処理された試験片10について、組織観察・相当硬さH・圧縮残留応力・算術表面粗さ(Ra)・静ねじり強度・ねじり疲労強度を以下の方法により評価した。
【0049】
4-1.組織観察
真空浸炭処理後(ショットピーニング処理前)の試験片10を用い、貫通孔18のエッジ部20(
図1参照)を切り出し、エッジ部20を確認した。詳しくは、観察面は鏡面研磨した後にナイタールで腐食し、光学顕微鏡(倍率100~400倍)を用いてエッジ部20における炭化物の有無を確認した。炭化物が認められた場合「過剰浸炭有り」、炭化物が認められなかった場合「過剰浸炭無し」と判定した。
【0050】
4-2.相当硬さH
図2に示すように、ショットピーニング処理後の試験片10の軸部12における軸直交方向の断面にて、断面の中心を通り径方向に延びる仮想線mに沿って、外表面16から内側に向けて、マイクロビッカース硬度計を用いて硬さを測定した。
図2(B)においてP
1、P
2、P
3・・・で示す箇所が硬さ測定点の位置である。測定間隔は、外表面16から深さ0.5mmまでは0.05mmピッチ、深さ0.5mm超~1mmまでは0.1mmピッチ、深さ1mm超においては1mmピッチとした。ここでは、硬さ測定点P
1、P
2、P
3・・・においてそれぞれ測定された硬さをH
1、H
2、H
3・・・とする。
次に測定対象の断面内の領域を、硬さ測定点P
1、P
2、P
3・・・をそれぞれ含む環状の小領域に区画することで、測定対象の断面内にて区画された各小領域における面積K
1、K
2、K
3・・・(mm
2)と該小領域の代表硬さH
1、H
2、H
3・・・(HV)とを関連付け、上記式(1)より相当硬さHを算出した。
【0051】
4-3.圧縮残留応力
ショットピーニング後の試験片10の軸部12についての圧縮残留応力測定方法は、非破壊的方法として一般的な「JIS B2711」に規定されているX線回折を利用したX線応力測定法を用いた。今回の試験片10は、マルテンサイト組織であるため、測定は特性X線の種類=CrKα線、X線応力係数k=-318[MPa/°]を用いて行った。
【0052】
4-4.表面粗さ
ショットピーニング後の試験片10の軸部12の外表面16について、表面粗さ測定器(東京精密株式会社製:SURFCOM1500SD-13)を用いて軸方向の算術表面粗さRaを測定した。測定長さ8mm、カットオフ波長0.8mm、傾斜補正は最小二乗曲線補正とした。
【0053】
4-5.静ねじり強度
ねじり試験機を用い、ショットピーニング後の試験片10を5deg/minでねじり、破断までのねじり角およびトルクを測定し、比例限におけるトルク(比例限トルク)を静ねじり強度とした。
静ねじり強度の目標は、従来のガス浸炭用高強度鋼(SCR420H)にガス浸炭およびショットピーニング(一段)を施した場合の比例限トルク対比で約1.23以上の1300N・m以上とした。
【0054】
4-6.ねじり疲労強度
ねじり試験機を用い、ショットピーニング後の試験片10に周波数0.5~3Hzで繰り返しのねじりトルクを加え、ねじり破断までのサイクル数をプロットし、近似直線から104回疲労強度および105回疲労強度を算出した。
ねじり疲労強度の目標は、105回疲労強度において、従来のガス浸炭用高強度鋼(SCR420H)にガス浸炭およびショットピーニング(一段)を施した場合の105回疲労強度対比で約1.38以上の1100N・m以上とした。
【0055】
【0056】
【0057】
表2の評価結果により、以下のことが分かる。
ショットピーニングを一段のみで実施した比較例1,3,4は、算術平均粗さ(Ra)が0.80μm超と粗く、また圧縮残留応力が1200MPaよりも低い。このためねじり疲労強度が目標未達であった。
【0058】
比較例2は、Si量が本発明の下限値より少ない例である。真空浸炭後に過剰浸炭が認められており、ねじり疲労強度が目標未達であった。
比較例5はCr量が本発明の上限値を超えて過剰に添加された例である。この場合も真空浸炭後に過剰浸炭が認められており、ねじり疲労強度が目標未達であった。
【0059】
比較例6はC量が本発明の下限値より少ない例である。この比較例6では相当硬さHが本発明で規定する490HVに達しておらず、静ねじり強度(比例限トルク)が目標未達であった。
図3に示すように相当硬さHと比例限トルクとの間には相関関係が認められ、静ねじり強度の目標(1300N・m以上)を達成するためには、相当硬さHが490HV以上必要であることが分かる。
以上のように比較例1~6は、静ねじり強度もしくはねじり疲労強度のいずれかが目標未達であった。
【0060】
これに対し、鋼の化学組成が本発明の範囲内で、且つショットピーニングが二段で実施された実施例1~10は、真空浸炭後に過剰浸炭の発生無く、また算術平均粗さ(Ra)、圧縮残留応力および相当硬さHが本発明の規定範囲内である。その結果、静ねじり強度およびねじり疲労強度の目標が共に達成されている。
【0061】
以上本発明について詳しく説明したが、本発明は上記実施形態および実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。