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  • 特許-熱間圧延鋼板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-12
(45)【発行日】2025-02-20
(54)【発明の名称】熱間圧延鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20250213BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20250213BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20250213BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20250213BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20250213BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/00 301A
C22C38/58
C21D8/02 A
C21D9/46 T
C22C38/60
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023543681
(86)(22)【出願日】2022-04-08
(86)【国際出願番号】 JP2022017417
(87)【国際公開番号】W WO2023026582
(87)【国際公開日】2023-03-02
【審査請求日】2023-07-31
(31)【優先権主張番号】P 2021136297
(32)【優先日】2021-08-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】中田 耕平
(72)【発明者】
【氏名】豊田 武
(72)【発明者】
【氏名】小林 駿介
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2013-0068403(KR,A)
【文献】特表2015-515548(JP,A)
【文献】国際公開第2020/179737(WO,A1)
【文献】特表2020-509190(JP,A)
【文献】国際公開第2021/176999(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 9/46 - 9/48
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.20~0.30%、
Si:0.01~2.00%、
Mn:0.50~3.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~3.000%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Cr:1.00超~3.00%、
Cu:1.00超~3.00%、
Ti:0~0.10%、
Nb:0~0.10%、
V:0~0.10%、
Ni:0~2.00%、
Mo:0~1.00%、
B:0~0.0100%、
Ca:0~0.0050%、
REM:0~0.005%、ならびに
残部:Feおよび不純物であり、
ミクロ組織が、面積率で、
パーライト:70%以上、
フェライト:0~30%、および
ベイナイト:0~30%からなり
前記パーライトにおいて長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトが10μm2当たり10個未満であり、
引張強さが900MPa以上であることを特徴とする、熱間圧延鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.001~0.10%、
Nb:0.001~0.10%、
V:0.001~0.10%、
Ni:0.001~2.00%、
Mo:0.001~1.00%、
B:0.0001~0.0100%、
Ca:0.0001~0.0050%、および
REM:0.0001~0.005%
からなる群から選ばれる1種または2種以上を含むことを特徴とする、請求項1に記載の熱間圧延鋼板。
【請求項3】
1.0~6.0mmの板厚を有することを特徴とする、請求項1または2に記載の熱間圧延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間圧延鋼板に関し、より詳しくは自動車等の構造部材に使用される熱間圧延鋼板であって、高強度でかつ均一伸び性および打抜き端面疲労特性に優れた熱間圧延鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車業界では、燃費向上の観点からシャシ部材等の部材の軽量化が求められている。部材の軽量化と衝突安全性を両立するためには、使用する鋼板の高強度化が有効な方法の一つであり、このような背景から高強度鋼板の開発が進められている。
【0003】
一方、高強度化とともに、部材成形に必要な均一伸び性や打抜き端面の疲労特性が一般に低下する。均一伸び性の向上のために、残留オーステナイトを活用したTRIP鋼などが考案されているが、このような鋼材は打抜きの際に端面近傍に加工誘起変態によって高硬度で低靭性のマルテンサイトが生成し、このようなマルテンサイトの生成は打抜き端面の疲労特性を低下させる原因となり得る。
【0004】
特許文献1では、所定の化学組成を有し、金属組織が、面積率で、パーライト:90~100%、疑似パーライト:0~10%、および初析フェライト:0~1%であり、前記パーライトの平均ラメラ間隔が0.20μm以下であり、前記パーライトの平均パーライトブロック径が20.0μm以下であることを特徴とする熱間圧延鋼板が記載されている。また、特許文献1では、上記の構成によれば、引張強さが980MPa以上の高強度でかつ延性、穴広げ性および打抜き性に優れた熱間圧延鋼板を得ることができると記載されている。
【0005】
特許文献1に記載されるようなパーライト主体組織に関連して、特許文献2では、熱間圧延鋼板の場合、パーライト変態時の成長時間が十分であれば、細長い形態のラメラセメンタイトを有するのが一般的であることが記載されている。また、特許文献3では、パーライト組織を主相とし、残部組織におけるフェライト組織が20%以下であり、パーライト組織のラメラ間隔が500nm以下である熱間圧延鋼板が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2020/179737号
【文献】特表2020-509190号公報
【文献】特開2011-099129号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、延性に関連して13%以上の全伸びを達成することができると教示されているものの、均一伸び性の改善については具体的に示されていない。同様に、特許文献1では、打抜き性に関連して、打抜き時の端面における亀裂の発生が抑制されることが具体的に開示されているものの、打抜き端面における疲労特性の改善については必ずしも十分な検討はなされていない。したがって、特許文献1に記載の熱間圧延鋼板では、均一伸び性および打抜き端面疲労特性の向上に関して依然として改善の余地があった。
【0008】
そこで、本発明は、新規な構成により、高強度でかつ均一伸び性および打抜き端面疲労特性に優れた熱間圧延鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために、熱間圧延鋼板の化学組成およびミクロ組織について検討を行った。その結果、本発明者らは、Cuによる析出強化を利用して鋼板の強度を向上させるとともに、鋼板中のCおよびCr含有量を適切に制御することでミクロ組織の中でも加工硬化能が比較的高いパーライトの分率を高めて均一伸び性を向上させることができること、一方で当該パーライト中のセメンタイトを層状(ラメラ状)とすることで打抜き端面の疲労特性を向上させることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
上記目的を達成し得た本発明は下記のとおりである。
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.20~0.30%、
Si:0.01~2.00%、
Mn:0.50~3.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~3.000%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Cr:1.00超~3.00%、
Cu:1.00超~3.00%、
Ti:0~0.10%、
Nb:0~0.10%、
V:0~0.10%、
Ni:0~2.00%、
Mo:0~1.00%、
B:0~0.0100%、
Ca:0~0.0050%、
REM:0~0.005%、ならびに
残部:Feおよび不純物であり、
ミクロ組織が、面積率で、
パーライト:70%以上、
フェライト:0~30%、および
ベイナイト:0~30%であり、
前記パーライトにおいて長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトが10μm2当たり10個未満であり、
引張強さが900MPa以上であることを特徴とする、熱間圧延鋼板。
(2)前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.001~0.10%、
Nb:0.001~0.10%、
V:0.001~0.10%、
Ni:0.001~2.00%、
Mo:0.001~1.00%、
B:0.0001~0.0100%、
Ca:0.0001~0.0050%、および
REM:0.0001~0.005%
からなる群から選ばれる1種または2種以上を含むことを特徴とする、上記(1)に記載の熱間圧延鋼板。
(3)1.0~6.0mmの板厚を有することを特徴とする、上記(1)または(2)に記載の熱間圧延鋼板。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、引張強さが900MPa以上の高強度でかつ均一伸び性および打抜き端面疲労特性に優れた熱間圧延鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】打抜き端面疲労特性を評価するのに用いられる試験片(図中の寸法単位:mm)の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<熱間圧延鋼板>
本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板は、
化学組成が、質量%で、
C:0.20~0.30%、
Si:0.01~2.00%、
Mn:0.50~3.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~3.000%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Cr:1.00超~3.00%、
Cu:1.00超~3.00%、
Ti:0~0.10%、
Nb:0~0.10%、
V:0~0.10%、
Ni:0~2.00%、
Mo:0~1.00%、
B:0~0.0100%、
Ca:0~0.0050%、
REM:0~0.005%、ならびに
残部:Feおよび不純物であり、
ミクロ組織が、面積率で、
パーライト:70%以上、
フェライト:0~30%、および
ベイナイト:0~30%であり、
前記パーライトにおいて長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトが10μm2当たり10個未満であり、
引張強さが900MPa以上であることを特徴としている。
【0014】
先に述べたとおり、高強度化とともに、部材成形に必要な均一伸び性や打抜き端面疲労特性が一般に低下するという問題がある。そこで、本発明者らは、まず、残留オーステナイト以外のミクロ組織の中で最も加工硬化能が高いパーライトに着目し、鋼板中のCおよびCrの含有量を適切に制御して当該パーライトを面積率で70%以上とし、さらに残部組織が存在する場合には、これを主としてフェライトおよび/またはベイナイトで構成することにより、均一伸び性を顕著に向上させるとともに、打抜き端面の疲労特性を改善することができることを見出した。より具体的には、パーライトを多く生成するためには、比較的高いC含有量が一般に必要とされる。しかしながら、本発明者らは、Cr含有量を1.00%超に高めることでパーライトの生成領域を低炭素側に拡張させることができ、その結果、0.20~0.30%の比較的低いC含有量にもかかわらず、面積率で70%以上の高いパーライト分率を達成することができることを見出した。また、本発明者らは、このような0.20~0.30%の比較的低いC含有量および1.00%超のCr含有量のパーライト主体のミクロ組織を有する熱間圧延鋼板において、高硬度で低靭性のマルテンサイトや加工誘起変態によって当該マルテンサイトを生成する残留オーステナイトを実質的に含めないことで、打抜き端面の疲労特性を改善することができることを見出した。
【0015】
次に、本発明者らは、このような0.20~0.30%の比較的低いC含有量および1.00%超のCr含有量を有し、かつ、面積率で70%以上のパーライトを有する熱間圧延鋼板において、打抜き端面の疲労特性をさらに改善すべく、このパーライト中のセメンタイトの形態に着目して検討を行った。パーライトを比較的多く含む鋼板の場合、鋼板を打抜き加工する際に打抜き端面においてセメンタイトまたはセメンタイトとフェライトの界面を起点として微小なボイドが発生する場合がある。このボイドは、打抜き加工後の打抜き端面における疲労特性を低下させる原因となり得る。これに対し、本発明者らは、パーライト中の粗大な球状セメンタイトの量を低減すること、より具体的にはパーライトにおいて長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトを10μm2当たり10個未満の数密度に制限することで打抜き時のボイド発生を抑制することができ、その結果として打抜き端面における疲労特性を顕著に改善することができることを見出した。
【0016】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、パーライト中のセメンタイトをより層状(よりラメラ状)の形態にすることで、鋼板を打抜き加工した際に打抜き端面近傍の領域において、打抜き加工で加えられる強い応力によってセメンタイトのラメラ組織が打抜きの方向に沿って一方向に整列したような組織構造を形成するものと考えられる。打抜き端面における上記の整列した組織構造に起因して、このようなパーライト組織を含まない従来のミクロ組織の場合と比較して疲労特性が顕著に向上するものと考えられる。一方で、パーライト中に粗大でかつ球状のセメンタイトが多く含まれると、すなわち長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトが10μm2当たり10個以上の数密度において存在すると、打抜き加工の際に打抜き端面においてこのような整列した組織構造を形成することができなくなり、その結果として打抜き端面疲労特性が低下するものと考えられる。また、本発明者らは、パーライト中のこのような粗大な球状セメンタイトの形成を抑制して層状セメンタイトの形成を促進させるためには、パーライトを形成するための炭素量を十分に確保することが重要であり、そのためには炭化物を形成する合金元素、より具体的にはTi、NbおよびVをそれぞれ0.10%以下に制限して鋼中の炭素がこれらの合金元素によって消費されることを抑制することが有効であることを見出した。
【0017】
Ti、NbおよびVは、一般に炭化物析出により鋼板強度の向上に寄与する元素である。一方で、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板は、鋼板の強度向上に有効な元素であるCを上記のとおり0.20~0.30%の比較的低い含有量においてしか含まないものである。したがって、これらの元素の含有量を比較的低い含有量に抑えつつ、高強度、具体的には900MPa以上の引張強さを達成することは一般に困難である。そこで、本発明者らは、このような比較的低いC含有量にもかかわらず、Cuを1.00%超の量で鋼板中に含有させることにより、Cuによる析出強化を利用して鋼板の強度を高い状態に維持することができることを見出した。Cuによる析出強化を利用することで、Ti、NbおよびVの炭化物析出による強度向上を利用しないかまたはその利用を制限することができる。その結果として、Ti、NbおよびVによる炭化物の形成を抑制して、本発明の実施形態に係る所望のパーライト組織を形成するのに必要な炭素量を十分に確保することが可能となる。
【0018】
以上を纏めると、本発明者らは、主に以下の4つの知見を組み合わせることにより、引張強さが900MPa以上の高強度でかつ均一伸び性および打抜き端面疲労特性に優れた熱間圧延鋼板を達成したものであり、これらの知見の組み合わせおよびそれによって高強度でかつ均一伸び性および打抜き端面疲労特性に優れた熱間圧延鋼板が得られるという事実は従来知られておらず、今回、本発明者らによって初めて明らかにされたことである。
(i)0.20~0.30%の比較的低いC含有量にもかかわらず、Crを1.00%超の量において鋼板中に含有させることにより面積率で70%以上のパーライト分率を達成することができ、その結果として均一伸び性を向上させることができること、
(ii)残部組織をフェライトおよび/またはベイナイトから構成して、ミクロ組織においてマルテンサイトおよび加工誘起変態によって当該マルテンサイトを生成する残留オーステナイトを実質的に含めないことで打抜き端面の疲労特性を改善することができること、
(iii)Ti、NbおよびVの含有量を制限してこれらの元素による炭化物の形成を抑制することにより層状セメンタイトを含むパーライト組織を形成するのに十分な炭素量を確保し、その結果としてパーライトにおいて粗大な球状セメンタイト、すなわち長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトの形成を10μm2当たり10個未満に制限して打抜き端面疲労特性を向上させることができること、ならびに
(iv)Cuによる析出強化を利用することで、Ti、NbおよびVによる炭化物の形成を抑制して、上記(iii)におけるパーライト組織の形成を促進させつつ、0.20~0.30%の比較的低いC含有量にもかかわらず、引張強さが900MPa以上の高強度を達成できること。
【0019】
以下、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板についてより詳しく説明する。以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。また、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値および上限値として含む意味で使用される。
【0020】
[C:0.20~0.30%]
Cは、熱間圧延鋼板の強度確保のために必須の元素である。このような効果を十分に得るために、C含有量は0.20%以上とする。C含有量は0.21%以上、0.22%以上または0.23%以上であってもよい。一方で、Cを過度に含有すると、鋼板の溶接性を劣化させる場合がある。このため、C含有量は0.30%以下とする。C含有量は0.30%未満、0.29%以下、0.28%以下、0.27%以下、0.26%以下、0.25%以下または0.24%以下であってもよい。本発明の実施形態においては、上記のとおりC含有量が比較的低いため、溶接性の観点で有利であり、例えば鋼板自体の打抜き端面だけでなく、溶接部においても優れた疲労特性を達成することが可能である。
【0021】
[Si:0.01~2.00%]
Siは、鋼の脱酸のために用いられる元素である。このような効果を十分に得るために、Si含有量は0.01%以上とする。Si含有量は0.10%以上、0.20%以上、0.30%以上または0.50%以上であってもよい。一方で、Siを過度に含有すると、化成処理性が低下するとともに、鋼板のミクロ組織にオーステナイトが残留することによって鋼板の打抜き端面疲労特性が低下する場合がある。このため、Si含有量は2.00%以下とする。Si含有量は1.85%以下、1.70%以下、1.50%以下または1.40%以下であってもよい。
【0022】
[Mn:0.50~3.00%]
Mnは、鋼の相変態を遅らせ、冷却途中で相変態が生じるのを防ぐために有効な元素である。このような効果を十分に得るために、Mn含有量は0.50%以上とする。Mn含有量は0.60%以上、0.80%以上、1.00%以上、1.30%以上または1.50%以上であってもよい。一方で、Mnを過度に含有すると、ミクロ偏析またはマクロ偏析が起こりやすくなり、穴広げ性を低下させる場合がある。このため、Mn含有量は3.00%以下とする。Mn含有量は2.80%以下、2.70%以下、2.50%以下または2.20%以下であってもよい。
【0023】
[P:0.100%以下]
Pは、製造工程で混入する元素である。P含有量は低いほど好ましく、過剰であると、成形性や溶接性に悪影響を及ぼすとともに、疲労特性も低下させる場合がある。このため、P含有量は0.100%以下とする。好ましくは0.090%以下または0.070%以下、より好ましくは0.050%または0.040%以下である。P含有量は0%であってもよいが、過剰な低減はコスト上昇を招く。このため、P含有量は0.0001%以上、0.0005%以上、0.001%以上または0.005%以上であってもよい。
【0024】
[S:0.0100%以下]
Sは、MnSを形成して破壊の起点として作用し、鋼板の穴広げ性を著しく低下させる場合がある。このため、S含有量は0.0100%以下とする。S含有量は0.0090%以下であるのが好ましく、0.0085%以下または0.0070%以下であるのがより好ましい。S含有量は0%であってもよいが、過剰な低減はコスト上昇を招く。このため、S含有量は0.0001%以上、0.0005%以上、0.0010%以上または0.0020%以上であってもよい。
【0025】
[Al:0.005~3.000%]
Alは、鋼の脱酸のために用いられる元素である。このような効果を十分に得るために、Al含有量は0.005%以上とする。Al含有量は0.010%以上、0.030%以上、0.050%以上、0.100%以上または0.300%以上であってもよい。一方で、Alを過度に含有すると、介在物が増加し、鋼板の加工性を劣化させる場合がある。このため、Al含有量は3.000%以下とする。Al含有量は2.800%以下、2.500%以下、2.000%以下、1.800%以下、1.500%以下または1.200%以下であってもよい。
【0026】
[N:0.0100%以下]
Nは、鋼中のAlと結びついてAlNを形成し、ピン止め効果によりパーライトブロック径の大径化を阻害することによって鋼の靱性を向上させる。しかし、Nを過度に含有すると、その効果は飽和し、むしろ靱性低下を引き起こす場合がある。このため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は0.0090%以下、0.0080%以下または0.0070%以下であるのが好ましい。このような観点からはN含有量は0%であってもよいが、過剰な低減はコスト上昇を招く。このため、N含有量は0.0001%以上、0.0005%以上、0.0010%以上または0.0020%以上であってもよい。
【0027】
[O:0.0100%以下]
Oは、製造工程で混入する元素である。Oを過度に含有すると、粗大な介在物が形成して鋼板の靭性を低下させる場合がある。したがって、O含有量は0.0100%以下である。O含有量は0.0090%以下、0.0080%以下、0.0070%以下または0.0060%以下であってもよい。O含有量は0%であってもよいが、過剰な低減はコスト上昇を招く。したがって、O含有量は0.0001%以上、0.0005%以上、0.0010%以上または0.0020%以上であってもよい。
【0028】
[Cr:1.00超~3.00%]
Crは、鋼板の強度向上に寄与する元素であり、セメンタイトの球状化を抑制する効果も有する。したがって、パーライト中の粗大な球状セメンタイトの数密度を低減して打抜き時のボイド発生を抑制するために、Crを一定以上含有させる必要がある。さらに、Crはセメンタイトを安定化させることから、Crを含有することでパーライトの生成領域を低炭素含有量側に拡張させることができる。このため、Crを適切な量すなわち1.00%超の量において含有することで、比較的低いC含有量の場合であっても70%以上のパーライト分率を達成することが可能となる。Cr含有量は1.01%以上、1.02%以上、1.03%以上、1.05%以上、1.10%以上、1.30%以上、1.50%以上または1.70%以上であってもよい。一方で、Crを過度に含有すると、パーライト変態が遅延し、ベイナイトやマルテンサイトといった硬質組織が比較的多く生成してしまい、パーライト分率70%以上とすることが困難となる場合がある。あるいはまた、Crを過度に含有すると、引張強さの向上に伴い均一伸び性が低下する場合がある。このため、Cr含有量は3.00%以下とする。Cr含有量は2.80%以下、2.70%以下、2.50%以下、2.20%以下、2.00%以下または1.80%以下であってもよい。
【0029】
[Cu:1.00超~3.00%]
Cuは、析出強化により強度向上に有効な元素である。また、Cuは、Ti、NbおよびVとは異なり、炭化物を形成することなく鋼板の強度を向上させることができる。このため、Cuは、粗大な球状セメンタイトが低減された所望のパーライト組織を形成するのに必要な炭素を消費することがない。したがって、Cuは強度向上と打抜き端面疲労特性の両立を図る上で極めて重要な元素である。これらの効果を十分に得るために、Cu含有量は1.00%超とする。Cu含有量は1.01%以上、1.02%以上、1.03%以上、1.05%以上、1.10%以上、1.20%以上、1.30%以上、1.50%以上または1.70%以上であってもよい。一方で、Cuを過度に含有すると、析出物の増加により熱間での加工の際、表面に微小な割れを発生させることがある。したがって、Cu含有量は3.00%以下とする。Cu含有量は2.80%以下、2.70%以下、2.50%以下、2.20%以下、2.00%以下または1.80%以下であってもよい。
【0030】
本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、当該熱間圧延鋼板は、必要に応じて、残部のFeの一部に替えて以下の任意選択元素のうち少なくとも1種を含有してもよい。例えば、熱間圧延鋼板は、Ti:0~0.10%、Nb:0~0.10%、V:0~0.10%、Ni:0~2.00%およびMo:0~1.00%からなる群より選択される少なくとも1種を含有してもよい。また、熱間圧延鋼板は、B:0~0.0100%を含有してもよい。また、熱間圧延鋼板は、Ca:0~0.0050%およびREM:0~0.005%からなる群より選択される少なくとも1種を含有してもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。
【0031】
[Ti:0~0.10%]
[Nb:0~0.10%]
[V:0~0.10%]
Ti、NbおよびVは、炭化物析出により鋼板強度の向上に寄与する元素である。Ti、NbおよびV含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るため、必要に応じてこれらから選択される1種を単独で、または2種以上を複合して含有してもよい。上記効果を得るためには、Ti、NbおよびV含有量はそれぞれ0.001%以上であることが好ましく、0.01%以上、0.02%以上または0.03%以上であってもよい。一方で、これらの元素を過度に含有すると、多量の炭化物が生成して、粗大な球状セメンタイトが低減された所望のパーライト組織を形成するのに必要な炭素を消費することとなる。その結果として、打抜き端面疲労特性を低下させる場合がある。このため、Ti、NiおよびV含有量はそれぞれ0.10%以下であることが好ましい。Ti、NiおよびV含有量はそれぞれ0.08%以下、0.06%以下または0.05%以下であってもよい。
【0032】
[Ni:0~2.00%]
Niは鋼に固溶して靱性を損なわずに強度を高めることができる元素である。Ni含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るためには、Ni含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ni含有量は0.01%以上、0.10%以上、0.20%以上または0.50%以上であってもよい。一方で、Niは高価な元素であり、過剰な添加はコストの上昇を招く。したがって、Ni含有量は2.00%以下であることが好ましい。Ni含有量は1.70%以下、1.50%以下または1.20%以下であってもよい。
【0033】
[Mo:0~1.00%]
Moは鋼の強度を高める元素である。Mo含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るためには、Mo含有量は0.001%以上であることが好ましい。Mo含有量は0.01%以上、0.02%以上または0.03%以上であってもよい。一方で、Moを過度に含有すると、強度の増加に伴い、靱性が低下する場合がある。したがって、Mo含有量は1.00%以下であることが好ましい。Mo含有量は0.80%以下、0.50%以下、0.30%以下、0.10%以下、0.08%以下、0.06%以下または0.05%以下であってもよい。
【0034】
[B:0~0.0100%]
Bは、粒界に偏析し、粒界強度を高める効果を有する。B含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るためには、B含有量は0.0001%以上であることが好ましい。B含有量は0.0003%以上、0.0005%以上または0.0010%以上であってもよい。一方で、Bを過度に含有しても効果が飽和し、それゆえ原料コストの上昇を招く。このため、B含有量は0.0100%以下であることが好ましい。B含有量は0.0080%以下、0.0060%以下または0.0050%以下であってもよい。
【0035】
[Ca:0~0.0050%]
Caは、破壊の起点となり加工性を劣化させる原因となる非金属介在物の形態を制御し、加工性を向上させる元素である。Ca含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るためには、Ca含有量は0.0001%以上であることが好ましい。Ca含有量は0.0003%以上、0.0005%以上または0.0010%以上であってもよい。一方で、Caを過度に含有しても効果が飽和し、それゆえ原料コストの上昇を招く。このため、Ca含有量は0.0050%以下であることが好ましい。Ca含有量は0.0045%以下または0.0040%以下であってもよい。
【0036】
[REM:0~0.005%]
REMは、微量添加によって溶接部の靱性を向上させる元素である。REM含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るためには、REM含有量は0.0001%以上であることが好ましい。REM含有量は0.0003%以上、0.0005%以上または0.001%以上であってもよい。一方で、REMを過度に含有すると、溶接性が低下する場合がある。このため、REM含有量は0.005%以下であることが好ましい。REM含有量は0.004%以下または0.003%以下であってもよい。本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、およびランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)の17元素の総称であり、REM含有量はこれら元素の合計含有量である。
【0037】
本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板において、上記の元素以外の残部はFeおよび不純物からなる。不純物とは、熱間圧延鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。不純物としては、例えば、Sn:0.02%以下、Sb:0.02%以下、W:0.015%以下、およびCo:0.015%以下などが挙げられる。
【0038】
[パーライト:70%以上]
熱間圧延鋼板のミクロ組織は、面積率で、70%以上のパーライトを含む。パーライトは、残留オーステナイト以外のミクロ組織の中で最も加工硬化能が高いため、熱間圧延鋼板のミクロ組織をパーライト主体の組織とすることによって、高い強度を保ちつつ均一伸び性に優れた鋼板とすることが可能になる。例えば、フェライトが過剰に生成し、その結果としてパーライトが面積率で70%未満となると、強度を十分に確保することができない場合がある。一方で、ベイナイトが過剰に生成し、その結果としてパーライトが面積率で70%未満となると、強度は向上するものの、均一伸び性が低下する場合がある。このため、パーライトの面積率は70%以上とし、72%以上、75%以上、77%以上、80%以上、85%以上または90%以上であってもよい。パーライトの面積率の上限は、特に限定されず100%であってもよい。例えば、パーライトの面積率は99%以下、98%以下、96%以下、94%以下、92%以下、90%以下、87%以下、83%以下または79%以下であってもよい。
【0039】
[フェライト:0~30%]
[ベイナイト:0~30%]
パーライト以外の残部組織は、面積率で0%であってもよいが、残部組織が存在する場合には、それはフェライトおよびベイナイトのうち少なくとも1種から構成される。したがって、フェライトおよびベイナイトはそれぞれ面積率で0~30%とする。フェライトおよびベイナイトはそれぞれ面積率で1%以上、2%以上、4%以上または6%以上であってもよい。同様に、フェライトおよびベイナイトはそれぞれ面積率で25%以下、20%以下、15%以下または10%以下であってもよい。残部組織をフェライトおよび/またはベイナイトから構成すること、すなわち残部組織において高硬度で低靭性のマルテンサイトや、加工誘起変態によって当該マルテンサイトを生成する残留オーステナイトが存在しないかまたは実質的に存在しないことで、良好な打抜き端面疲労特性を担保することが可能となる。本明細書において「実質的に存在しない」または「実質的に含めない」との表現は、残部組織においてマルテンサイトおよび残留オーステナイトの面積率が合計でも0.5%未満であることを意味するものである。このような微小な組織の合計量を正確に測定することは困難であり、またその影響も無視できることから、これらの組織の合計量が0.5%未満となる場合には、存在しないものと判断することが可能である。フェライトの面積率およびベイナイトの面積率の合計を、30%以下、25%以下、21%以下、17%以下、13%以下、10%以下、8%以下、6%以下、4%以下、2%以下または1%以下としてもよく、0%であってもよい。その一方、必要に応じて、フェライトの面積率およびベイナイトの面積率の合計を、1%以上、2%以上、4%以上、6%以上、8%以上、10%以上、13%以上、17%以上または21%以上としてもよい。
【0040】
[パーライトにおける長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトの数密度:10μm2当たり10個未満]
本発明の実施形態では、パーライトを構成するセメンタイトのうち粗大な球状セメンタイトの数密度が所定の範囲内に制限されており、より具体的にはパーライトにおいて長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトは10μm2当たり10個未満である。セメンタイトのアスペクト比とは、観察面に現出したセメンタイトの長軸の長さを短軸の長さで除した値を言うものある。本明細書において、長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトは粗大な球状セメンタイトと定義される。このような粗大な球状セメンタイトは鋼板の打抜き時にボイド発生の起点となる場合があり、このボイドは打抜き加工後の打抜き端面における疲労特性を低下させる原因となり得る。したがって、打抜き端面における疲労特性を改善するためには、このような粗大な球状セメンタイトの量を低減することが極めて重要である。これに関連して、本発明の実施形態では、上記の粗大な球状セメンタイトの数密度を10μm2当たり10個未満に制限しているため、打抜き時のボイドの発生を確実に抑制することができ、その結果として打抜き端面における疲労特性を顕著に改善することが可能となる。粗大な球状セメンタイトの数密度は、パーライト中で10μm2当たり8個以下、6個以下または4個以下であってもよい。粗大な球状セメンタイトの数密度はパーライト中で10μm2当たり0個であってもよいが、例えば1個以上または2個以上であってもよい。詳細は後述するが、アスペクト比とは、画像処理により個々のセメンタイトに対し楕円体近似処理を行った場合の当該楕円体の長軸の長さと短軸の長さとの比を言うものである。
【0041】
[ミクロ組織の面積率の測定方法]
ミクロ組織の面積率は以下のようにして求める。まず、鋼板の表面から板厚の1/4または3/4の位置から、鋼板の圧延方向および厚さ方向に平行な断面が観察面となるように試料を採取する。続いて、当該観察面を鏡面研磨し、ピクラール腐食液で腐食した後、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて組織観察を行う。測定領域は12,000μm2の面積(例えば、80μm×150μmの面積)とし、例えば倍率が5000倍程度の組織写真から点算法を用いてパーライトおよびフェライトの面積率を算出する。ここで、フェライトの結晶方位差が15°以上となる粒界によって囲まれた領域であって、フェライト相とセメンタイト相が混在し、セメンタイトの形態が層状および/または球状であるような領域をパーライトと認定する。したがって、例えば、パーライトは、フェライト相とセメンタイトが層状(ラメラ状)に分散したものに加え、塊状に分散したセメンタイトを主体とする組織、より具体的にはこのような塊状のセメンタイトを当該組織中のセメンタイト全量に対して面積率で50%超含有する組織をも包含するものである。また、ラス状の結晶粒の集合体であって、ラスの内部に長径20nm以上の鉄系炭化物を複数有し、さらにそれらの炭化物が単一のバリアント、すなわち同一の方向に伸長した鉄系炭化物群に属するものをベイナイトと認定する。パーライト組織において観察される介在物は基本的にセメンタイトであり、エネルギー分散型X線分光器付き走査電子顕微鏡(SEM-EDS)などを用いて、個々の介在物をセメンタイトまたは鉄系炭化物であることを同定する必要はない。セメンタイトまたは鉄系炭化物であることに疑義が生じた場合のみ、必要に応じて、SEM観察とは別に、SEM-EDSなどを用いて介在物を分析することでよい。残留オーステナイトは内部にセメンタイトの面積分率が1%未満であり、このような組織があればSEMによる組織観察の後、電子線後方散乱回折法(Electron Back Scatter Diffraction、EBSD)を用いて分析し、fcc構造の組織を残留オーステナイトと判定する。
【0042】
[パーライトにおける長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトの数密度の測定方法]
粗大な球状セメンタイトの数密度は以下のようにして求める。まず、鋼板の表面から板厚の1/4または3/4の位置から、鋼板の圧延方向および厚さ方向に平行な断面が観察面となるように試料を採取する。続いて、当該観察面を鏡面研磨し、ピクラール腐食液で腐食した後、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて組織観察を行う。測定領域は12,000μm2(例えば、80μm×150μmの面積)の5000倍程度のSEM写真において、パーライトとして認定される領域の画像を2値化処理し、暗部をフェライト、明部をセメンタイトとする。このうち、個々のセメンタイトに対して、画像処理により楕円体近似を行い、当該楕円体の長軸の長さ、短軸の長さをそれぞれ個々のセメンタイトの長軸の長さ、短軸の長さと定義し、個々のセメンタイトのアスペクト比を以下の式で定義する。
[アスペクト比]=[長軸の長さ]/[短軸の長さ]
80μm×150μmの1視野において、上記の方法にて定義したセメンタイトの長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満であるセメンタイトの個数を画像処理により算出し、これを10μm2当たりに換算した値を本発明で規定する粗大な球状セメンタイトの数密度として決定する。
【0043】
[機械的特性]
上記の化学組成および組織を有する熱間圧延鋼板によれば、高い引張強さ、具体的には900MPa以上の引張強さを達成することができる。引張強さは、好ましくは910MPa以上または920MPa以上であり、より好ましくは940MPa以上または980MPa以上であり、最も好ましくは1000MPa以上または1080MPa以上である。上限値については特に規定する必要はないが、例えば、引張強さは1500MPa以下または1400MPa以下であってもよい。同様に、上記の化学組成および組織を有する熱間圧延鋼板によれば、高い均一伸び性を達成することができ、より具体的には7.0%以上、好ましくは7.5%以上、より好ましくは8.0%以上の均一伸びを達成することができる。上限値については特に規定する必要はないが、例えば、均一伸びは20.0%以下または15.0%以下であってもよい。引張強さおよび均一伸びは、熱間圧延鋼板の圧延方向に直角な方向からJIS Z2241:2011の5号引張試験片を採取し、JIS Z2241:2011に準拠して引張試験を行うことで測定される。均一伸びとは、JIS Z2241:2011において規定される最大試験力時塑性伸び(%)をいうものである。
【0044】
同様に、上記の化学組成および組織を有する熱間圧延鋼板によれば、高い打抜き端面疲労特性を達成することができる。より具体的には、打抜き端面の疲労試験に基づいて決定された疲労限度σF(MPa)を引張強さTS(MPa)で除した値(σF/TS)に対応する打抜き疲労限度比において0.28以上の打抜き端面疲労特性を達成することができる。打抜き疲労限度比は、好ましくは0.30以上、より好ましくは0.32以上である。上限値については特に規定する必要はないが、例えば、打抜き疲労限度比は0.42以下または0.40以下であってもよい。打抜き疲労限度比は、図1に示す寸法の板状試験片を用いて下記の方法によって決定される。まず、圧延方向が長辺になるようにして熱間圧延鋼板から採取した板状試験片(30mm×90mm)の中央にポンチ径10mm、打抜きクリアランス12%で打抜き穴を空け、次いで一定の応力振幅σ(MPa)にて両振り平面曲げ疲労試験を実施する。板状試験片は、板端面角部からのき裂発生を避けるため、図1に示すように板端面角部をR面取りしてもよい。繰り返し回数Nが107回となるまで両振り平面曲げ疲労試験を実施し、破断に至らなかった試験の中で最大の応力振幅を疲労限度σF(MPa)とし、当該疲労限度σF(MPa)を引張強さTS(MPa)で除した値(σF/TS)が打抜き疲労限度比として決定される。
【0045】
[板厚]
本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板は、一般的に1.0~6.0mmの板厚を有する。特に限定されないが、板厚は1.2mm以上、1.6mm以上もしくは2.0mm以上であってもよく、および/または5.0mm以下、4.0mm以下もしくは3.0mm以下であってもよい。
【0046】
<熱間圧延鋼板の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該熱間圧延鋼板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0047】
本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板の好ましい製造方法は、
熱間圧延鋼板に関連して上で説明した化学組成を有するスラブを1150℃以上に加熱する工程、
加熱されたスラブを仕上げ圧延することを含む熱間圧延工程であって、前記仕上げ圧延の出側温度が820~920℃である熱間圧延工程、
得られた鋼板を仕上げ圧延出側温度から720℃以下の1次冷却終了温度まで50℃/秒以上の平均冷却速度で1次冷却し、次いで巻取温度まで10℃/秒以下の平均冷却速度で2次冷却することを含む冷却工程、
前記鋼板を580~650℃の巻取温度で巻き取る工程、および
巻き取った鋼板を550℃以下の鋼板温度まで冷却することを含む追加の冷却工程であって、巻き取り後、鋼板温度が550℃となるまでの時間が30~180分である追加の冷却工程
を含むことを特徴としている。以下、各工程について詳しく説明する。
【0048】
[スラブの加熱工程]
まず、熱間圧延鋼板に関連して上で説明した化学組成を有するスラブが熱間圧延前に加熱される。スラブの加熱温度は、Ti炭窒化物等を十分に再固溶させるため、1150℃以上とする。上限値は特に規定しないが、例えば1250℃であってもよい。また、加熱時間は、特に限定されないが、例えば30分以上であってもよく、および/または120分以下であってもよい。使用するスラブは、生産性の観点から連続鋳造法において鋳造することが好ましいが、造塊法または薄スラブ鋳造法によって製造してもよい。
【0049】
[熱間圧延工程]
(粗圧延)
本方法では、例えば、加熱されたスラブに対し、板厚調整等のために、仕上げ圧延の前に粗圧延を施してもよい。粗圧延は、所望のシートバー寸法が確保できればよく、その条件は特に限定されない。
【0050】
(仕上げ圧延)
加熱されたスラブまたはそれに加えて必要に応じて粗圧延されたスラブは、次に仕上げ圧延を施され、当該仕上げ圧延における出側温度は820~920℃に制御される。仕上げ圧延の出側温度が920℃超であると、冷却中におけるオーステナイト中の加工ひずみの蓄積が不足してしまい、パーライト変態が遅延し、パーライト分率70%以上を達成することができない。このため、仕上げ温度の出側温度の上限は920℃とし、好ましくは915℃、さらに好ましくは910℃とする。このような観点からはAr3点以上であれば特に仕上げ圧延の出側温度に下限を設ける必要はないが、低温になるほど鋼板の変形抵抗が増大し、圧延機に多大なる負担をかけ、設備トラブルの原因となり得る。このため、仕上げ圧延の出側温度の下限を820℃とする。
【0051】
[冷却工程]
仕上げ圧延終了後、鋼板の冷却を行う。冷却工程は、さらに、1次冷却および2次冷却に細分化される。
【0052】
(1次冷却:720℃以下まで50℃/秒以上で冷却)
冷却工程においては、まず、鋼板が上記の仕上げ圧延出側温度から720℃以下の1次冷却終了温度まで50℃/秒以上の平均冷却速度で1次冷却される。1次冷却終了温度までの平均冷却速度が50℃/秒未満であるかまたは1次冷却終了温度が720℃超であると、フェライトが多量に生成し、パーライト分率70%以上を達成することができなくなる。1次冷却の平均冷却速度は52℃/秒以上であってもよい。当該平均冷却速度の上限は特に限定されないが、例えば、1次冷却の平均冷却速度は、所望の組織を得るために200℃/秒以下とすることが好ましく、100℃/秒以下であってもよい。
【0053】
(2次冷却:巻取温度まで10℃/秒以下で冷却)
続いて、2次冷却では、鋼板が1次冷却終了温度から巻取温度(すなわち580~650℃の温度域)まで10℃/秒以下の平均冷却速度で冷却される。2次冷却の平均冷却速度が10℃よりも高いと、鋼板の板厚方向および板幅方向において温度ムラが生じやすくなり、金属組織にばらつきが生じる。2次冷却の平均冷却速度を10℃/秒以下とすることで、鋼板の板厚方向および板幅方向におけるこのような金属組織のばらつきを確実に低減することができる。2次冷却の平均冷却速度は好ましくは9℃/秒以下である。当該平均冷却速度の下限は特に限定されないが、生産性の観点から、2次冷却の平均冷却速度は1℃/秒以上とし、2℃/秒以上であってもよい。2次冷却は、冷却工程を2段階に分けた効果を確実に得るために、1次冷却終了後直ちに行うことが好ましい。
【0054】
[巻取工程]
冷却工程の後、鋼板を巻取る。巻取時の鋼板の温度は580~650℃とする。巻取温度が580℃未満であると、ベイナイトが多量に生成し、パーライト分率70%以上を達成することができなくなる。一方で、巻取温度が650℃超であると、析出するCu粒子が粗大となり、Cuによる十分な析出強化能が得られず、結果として900MPa以上の引張強さを達成することができなくなる。あるいはまた、フェライトが過剰に生成して十分な引張強さを達成することができなくなる。巻取温度を580~650℃に制御することで、パーライト分率70%以上を達成しつつ、このようなパーライト変態とともに析出するCu粒子を微細化することが可能となる。このため、Cuによる析出強化効果を十分に発揮させることができ、その結果として鋼板強度を顕著に向上させること、より具体的には900MPa以上の引張強さを達成することが可能となる。巻取温度は584℃以上であってもよく、および/または640℃以下であってもよい。
【0055】
[追加の冷却工程:巻き取り後550℃となるまでの時間が30~180分]
本製造方法では、巻取工程後に追加の冷却工程、すなわち巻き取り後の冷却工程が実施され、当該巻き取り後の冷却工程では、鋼板が巻取温度から550℃以下の鋼板温度まで冷却される。また、この冷却の際、巻き取り後、鋼板温度が550℃となるまでの時間を30~180分の範囲内に制御することが重要である。鋼板温度が550℃となるまでの時間が30分未満であると、ベイナイトが多量に生成してパーライトが十分に生成しないため、パーライト分率70%以上を達成することができなくなる。一方で、この時間が180分超であると、生成したパーライト中のセメンタイトが粗大化するとともに球状化してしまう。この場合、パーライトにおける長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトの数密度を10μm2当たり10個未満に制限することができなくなり、鋼板の打抜き時にボイドの発生を十分に抑制することができなくなる。これに対し、巻取工程を上記のように適切に実施した後、鋼板温度が550℃となるまでの冷却時間を30~180分の範囲内に制御することで、パーライト分率70%以上を確実に達成しつつ、粗大な球状セメンタイトが低減された所望のパーライト組織を得ることが可能となる。その結果として、打抜き時のボイドの発生を確実に抑制することができ、打抜き端面における疲労特性を顕著に改善することが可能となる。例えば、鋼板温度が550℃となるまでの時間は35分以上であってもよく、および/または150分以下であってもよい。鋼板温度が550℃となるまでの時間は、任意の適切な方法によって調整することができる。例えば、巻取温度が580℃付近である場合には、鋼板温度が550℃となるまでの30分以上の時間を確保するため、巻き取ったコイルを必要に応じて保温カバー等で覆うようにしてもよい。
【0056】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例
【0057】
以下の実施例では、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板を種々の条件下で製造し、得られた熱間圧延鋼板の機械的特性について調べた。
【0058】
まず、連続鋳造法により表1に示す化学組成を有するスラブを製造した。次いで、これらのスラブから表2に示す加熱、熱間圧延、冷却、巻取および追加の冷却条件により板厚2.5mmの熱間圧延鋼板を製造した。表1に示す成分以外の残部はFeおよび不純物である。また、製造した熱間圧延鋼板から採取した試料を分析した化学組成は、表1に示すスラブの化学組成と同等であり、とりわけ不純物中のSnおよびSb含有量は0.02%以下であり、WおよびCo含有量は0.015%以下であった。
【0059】
【表1】
【0060】
【表2】
【0061】
このようにして得られた熱間圧延鋼板から圧延方向に直角な方向からJIS Z2241:2011の5号引張試験片を採取し、JIS Z2241:2011に準拠して引張試験を行い、引張強さ(TS)および均一伸び(uEl)を測定した。また、打抜き端面疲労特性は図1に示す寸法の板状試験片を用いて下記の方法で評価した。まず、圧延方向が長辺になるようにして熱間圧延鋼板から採取した板状試験片(30mm×90mm)の中央にポンチ径10mm、打抜きクリアランス12%で打抜き穴を空け、次いで一定の応力振幅σ(MPa)にて両振り平面曲げ疲労試験を実施した。板状試験片は、板端面角部からのき裂発生を避けるため、図1に示すように板端面角部をR面取りしてもよい。繰り返し回数Nが107回となるまで両振り平面曲げ疲労試験を実施し、破断に至らなかった試験の中で最大の応力振幅を疲労限度σF(MPa)とし、当該疲労限度σF(MPa)を引張強さTS(MPa)で除した値(σF/TS)を打抜き疲労限度比として決定した。TSが900MPa以上、uElが7.0%以上、および打抜き疲労限度比が0.28以上である場合を、高強度でかつ均一伸び性および打抜き端面疲労特性に優れた熱間圧延鋼板として評価した。結果を下表3に示す。
【0062】
【表3】
【0063】
表3を参照すると、比較例9では、冷却工程における1次冷却の平均冷却速度が低かったためにフェライトが多量に生成し、パーライト分率70%以上を達成することができなかった。その結果としてTSが低下した。比較例10では、1次冷却の冷却終了温度が高かったために、同様にフェライトが多量に生成し、パーライト分率70%以上を達成することができなかった。その結果としてTSが低下した。比較例11では、巻取温度が低かったためにベイナイトが多量に生成し、パーライト分率70%以上を達成することができなかった。その結果としてTSは向上したものの、uElが低下した。比較例12では、巻取温度が高かったためにフェライトが多量に生成し、パーライト分率70%以上を達成することができなかった。また、比較例12では、巻取温度が高かったために、析出するCu粒子が粗大となり、Cuによる析出強化能が十分に発揮されなかったと考えられる。その結果としてTSが低下した。比較例13では、巻き取り後550℃となるまでの時間が短かったためにベイナイトが多量に生成し、TSは向上したものの、uElが低下した。比較例14では、巻き取り後550℃となるまでの時間が長かったためにパーライト中のセメンタイトが粗大化するとともに球状化してしまい、このような粗大な球状セメンタイトの数密度を低減することができなかった。その結果として打抜き疲労限度比が低下した。比較例19および20では、それぞれCおよびCr含有量が低かったためにパーライトが十分に生成せず、一方でフェライトが多く生成し、結果としてTSが低下した。比較例21では、Cr含有量が高かったために強度は向上したものの、それに伴いuElが低下した。比較例22では、Cu含有量が低かったためにCuによる析出強化能が十分に発揮されず、TSが低下した。比較例24、26および28では、それぞれTi、NbおよびV含有量が高かったために、粗大な球状セメンタイトの生成を十分に低減することができず、打抜き疲労限度比が低下した。この結果は、過剰なTi、NbおよびVによって多量の炭化物が生成し、粗大な球状セメンタイトが低減された所望のパーライト組織を形成するのに必要な炭素が消費されたことに起因するものと考えられる。
【0064】
これとは対照的に、実施例1~8、15~18、23、25、27および29~36では、所定の化学組成およびミクロ組織を有し、さらに当該ミクロ組織におけるパーライト中の粗大な球状セメンタイトの量を低減することで、TSが900MPa以上の高強度を有するにもかかわらず、7.0%以上のuElおよび0.28以上の打抜き疲労限度比を達成することができ、それゆえ高強度でかつ均一伸び性および打抜き端面疲労特性に優れた熱間圧延鋼板を得ることができた。加えて、各実施例の鋼板にアーク溶接を施して得られた溶接部材からの試験片について同様の疲労試験を実施した。その結果、全ての実施例において、このような溶接部を含まない場合と同等の高い疲労特性を達成することができた。これは0.30%以下の比較的低いC含有量に主に起因しているものと考えられる。
図1