(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-14
(45)【発行日】2025-02-25
(54)【発明の名称】排水中のアンモニア性窒素の濃度を低下させる能力を有する新規微生物
(51)【国際特許分類】
A01H 13/00 20060101AFI20250217BHJP
C12N 1/12 20060101ALI20250217BHJP
C02F 3/34 20230101ALI20250217BHJP
C12N 15/29 20060101ALN20250217BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20250217BHJP
【FI】
A01H13/00 ZNA
C12N1/12 C
C02F3/34 A
C12N15/29
C12N15/31
(21)【出願番号】P 2021046705
(22)【出願日】2021-03-20
【審査請求日】2024-02-28
【微生物の受託番号】IPOD FERM P-22400
(73)【特許権者】
【識別番号】390037154
【氏名又は名称】大和ハウス工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100157107
【氏名又は名称】岡 健司
(72)【発明者】
【氏名】久保田 謙三
(72)【発明者】
【氏名】久保田 貴之
(72)【発明者】
【氏名】河目 裕介
(72)【発明者】
【氏名】井上 繁人
(72)【発明者】
【氏名】本多 了
(72)【発明者】
【氏名】野口 愛
(72)【発明者】
【氏名】古橋 康弘
(72)【発明者】
【氏名】相澤 涼
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-050767(JP,A)
【文献】特開2018-157817(JP,A)
【文献】特開2014-024001(JP,A)
【文献】特開2005-081182(JP,A)
【文献】特開2019-150821(JP,A)
【文献】Biotechnology for Biofuels,2018年,11:19,p. 1-11,doi:10.1186/s13068-018-1190-0
【文献】Scientific Reports,2019年04月16日,9:6123,p. 1-13,doi:10.1038/s41598-019-42521-2
【文献】Energies,2018年06月25日,11, 1654,p. 1-11,doi:10.3390/en11071654
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 13/00
C12N 1/00
C02F 3/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
排水中のアンモニア性窒素の濃度を低下させる能力を有する受託番号FERM P-22400で寄託された微生物
【請求項2】
前記排水が、メタン発酵消化液であることを特徴とする請求項1に記載の微生物。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の微生物を排水に供給することを特徴とする排水の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排水中のアンモニア性窒素の濃度を低下させる能力を有する新規微生物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、家畜糞尿や食品廃棄物などの排水を処理する技術が開発されているが、このような排水には、高濃度のアンモニア性窒素が含まれていることから、排水の処理においては係る高濃度のアンモニア性窒素への対策が必要となってくる。
また、排水自体を処理する技術の他に、排水をメタン発酵させて取り出したメタンガスを用いて発電(バイオガス発電)する技術も開発されているが、メタン発酵後の液(メタン発酵消化液)にも高濃度のアンモニア性窒素が含まれていることから、メタン発酵消化液の処理においても係る高濃度のアンモニア性窒素への対策が必要となってくる。
【0003】
ここで、イネ科の植物などはアンモニア性窒素を吸収できることから、アンモニア性窒素への対策の一例として、排水(メタン発酵消化液)を液肥として稲作や飼料作物の圃場などに施肥することが行われている。特に、水田への施肥の場合は、水口から液肥を混ぜ込むことができるので、比較的作業が簡便である。
しかしながら、施肥できる時期や回数が限られることから、年間を通じた排水(メタン発酵消化液)の利用方法という観点では課題がある。
【0004】
一方、メタン発酵消化液(アンモニア性窒素)に関しては、藻類を活用する技術が開発されている(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-61452号公報
【文献】特開2019-150821号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の技術は、メタン発酵消化液を希釈した上で微細藻類の培養を行う技術であることから、係る技術を実用化しようとすると、大量のメタン発酵消化液の希釈水が発生することになるという課題がある(特許文献1の[請求項1]、[0025]参照)。また、同技術においては、藻類はメタン発酵消化液中で培養される、すなわちメタン発酵消化液中で生存できるということのみが記載されているだけであり、メタン発酵消化液中のアンモニア性窒素の処理に関する記載はない。
また、特許文献2に記載の技術は、アンモニア性窒素(第1の消化液)自体は硝化細菌を用いて亜硝酸態窒素や硝酸態窒素に処理(酸化、硝化)する技術であって、藻類は処理後の液(第2の消化液)において培養されることが記載されているだけとなっている(特許文献2の[0024]~[0028]参照)。
【0007】
また、アンモニア性窒素は、一般的に高濃度になると微生物の生育を阻害することが知られていることから、高濃度のアンモニア性窒素が含まれる排水を希釈することなく、原液の状態で処理することは困難であった。
【0008】
今回、本願発明者らは、鋭意検討を行った結果、希釈前の原液状態において排水中のアンモニア性窒素の濃度を低下させる能力を有する新規微生物(藻類)を単離することに成功した。
すなわち、上記した問題点に鑑みてなされたものであって、従前の微生物では処理が困難であった、高濃度のアンモニア性窒素を含む排水を処理することができる新規微生物(藻類)の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1は、排水中のアンモニア性窒素の濃度を低下させる能力を有する受託番号FERM P-22400で寄託された微生物である。
【0010】
本発明の請求項2は、排水が、メタン発酵消化液であることを特徴とする請求項1に記載の微生物である。
【0011】
本発明の請求項3は、請求項1または請求項2に記載の微生物を排水に供給することを特徴とする排水の処理方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、受託番号FERM P-22400で特定される新規微生物(藻類)を用いることで、従前の藻類では処理が困難であった高濃度のアンモニア性窒素を含む排水を処理することができる。具体的には、本発明の新規微生物(藻類)は、アンモニア性窒素を体内に取り込むことによって排水中のアンモニア性窒素の濃度を低下するものと考えられる。
【0013】
なお、新規微生物(藻類)の体内に取り込まれたアンモニア性窒素の一部については、新規微生物(藻類)が行う光合成で得たエネルギーによってアミノ酸に合成されるものと考えられる。また、さらにアミノ酸の一部については、係るアミノ酸が起点となってタンパク質が形成され、新規微生物(藻類)の体の一部となっていくことになるものと考えられる。
従って、本発明の新規微生物(藻類)は、アンモニア性窒素を含む排水からアミノ酸などの高付加価値成分を生産する手段としても活用することができる。
【0014】
また、排水がメタン発酵消化液である場合(バイオガス発電の場合)には、メタン発酵消化液中のアンモニア性窒素濃度を低減させることができることから、処理後の液はメタン発酵槽に戻すことが可能となり、リサイクル水としてメタン発酵の際に再利用することができることになる。
さらに、メタン発酵の際においては、アンモニア性窒素を取り込んだ新規微生物(藻類)を固液分離などによってメタン発酵消化液の系外に除去すれば、発酵槽中におけるメタン発酵の阻害を抑制することができ、メタンガス(エネルギー)の生産効率を向上させることができる。
【0015】
なお、アンモニア性窒素を取り込んだ新規微生物(藻類)は、土壌に混ぜ込むことで窒素肥料として活用することもできるが、本発明の新規微生物(藻類)は一般的な藻類と同様に体内に持つクロロフィルによって光合成を行うことから、大気中あるいはバイオガス発電の排ガスに含まれる二酸化炭素を有機物の形で体内に固定することになる。
従って、固液分離した新規微生物(藻類)はバイオガス発電の原料として再利用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】DH-MA02株(受託番号FERM P-22400)のコロニー観察像である。
【
図2】DH-MA02株(受託番号FERM P-22400)の形態観察像である。
【
図3】DH-MA02株(受託番号FERM P-22400)の液体培養後の状態を示す写真である。
【0017】
本発明に係る微生物は、Chlorella属に属するものであり、さらに詳しくはChlorella sorokinianaに帰属すると推定されるものであり、株名はDH-MA02株である。また、本発明に係る微生物は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に令和2年12月15日に受託されており、その受託番号はFERM P-22400である。
なお、本発明に係る微生物については、アンモニア性窒素を取り込む能力を有しつつ、紫外線照射や放射線照射などの公知の手法にて変異をさせた変異株や、自然界において変異した変異株も含まれるものである。
【0018】
本発明に係る微生物の単離方法は以下の通りである。
【0019】
(1)1次スクリーニング
まず、石川県を中心に、日本国内の農業集落排水、工場排水、環境水を採取した。これらの採取水を改変MBM液体培地に接種し、20℃、光照射下で静置培養した。光照射条件は約4,000lux、明期24h/暗期0hとした。目視で藻体の増殖が確認されたものを1次スクリーニング取得サンプルとした。
【0020】
(2)2次スクリーニング
次に、段階希釈したメタン発酵消化液の液分に上記の培養液を接種し、同条件の光照射下で静置培養した。無希釈のメタン発酵消化液で藻体の増殖が確認されたものを2次スクリーニング取得サンプルとした。2次スクリーニングを通過したのは12サンプルであった。
【0021】
(3)3次スクリーニング
次に、改変MBM液体培地10Lに各サンプルを接種して2週間屋外で静置培養し、前培養液を作製した。600Lの処理水槽に、新たな改変MBM液体培地480Lと、12サンプルの前培養液(合計120L)を入れて撹拌し、2週間静置培養した。濁度およびクロロフィルの蛍光を測定して十分に増殖したことを確認後、メタン発酵消化液の液分を5~15L/日のペースで投与し、馴化した。その後、約1年間の連続運転を行った。定期的に培養液をサンプリングし、培養液中の窒素成分および藻体の濃度の経時変化を分析した。この培養液からDNAを抽出し、微生物群集構造の解析を行って優占種を決定した。
【0022】
(4)4次スクリーニング
最後に、培養液を種々の抗生物質を含む改変MBM寒天培地にプレーティングし、25℃、光照射下で14日間静置培養した。光の照射条件は約4,000lux、明期24h/暗期0hとした。シングルコロニーアイソレーションを行って、微細藻類のライブラリーを作製した。それぞれの株を前培養し、種々の窒素濃度に調整したメタン発酵消化液の液分または硫酸アンモニウムを含む改変MBM液体培地に接種し、アンモニア濃度の低減効果が認められたものを選抜した。この中から上記の優占種と一致したものを最終的なスクリーニング取得株とした。
【0023】
次に、本発明に係る微生物DH-MA02株の分類学的性質及び形態的性質を説明する。
【0024】
(分類学的性質)
まず、本発明に係る微生物DH-MA02株の塩基配列は、配列番号1に示す18S rRNA遺伝子である。
次に、国際塩基配列データベース(GenBank)に基づいて当該塩基配列の相同性検索を行ったところ表1に示す結果となり、緑藻類の一種であるChlorella属と相同率99%以上の高い相同性を示した。
従って、本発明に関わる微生物DH-MA02株はChlorella sorokinianaに近縁なChlorella sp.と推定される。
【0025】
【0026】
(形態的性質)
次に、本発明に係る微生物DH-MA02株の形態観察を、改変MBM培地上で、25℃、培養14日間において行った。その結果について、コロニー観察像を
図1に、形態観察像を
図2に示す。具体的には、改変MBM寒天培地を用いて培養すると、直径1~2mm程度の円形状のコロニーを形成した。なお、細胞の形状は球形で、細胞の色はやや淡い緑色であった。
また、改変MBM液体培地を用いて静置培養すると、培地内で分散して増殖し、比較的均一に緑色に濁った。液体培養後の状態を
図3に示す。
【0027】
(培養条件、保管条件)
最後に、本発明に係る微生物DH-MA02株の培養条件、保管条件を以下に示す。なお、以下に記載の培養条件、保管条件は一例に過ぎず、本発明に係る微生物DH-MA02株が増殖できるものであれば特に限定されるものではない。
[培養条件]
培地名:改変MBM液体培地
培地の滅菌条件:オートクレーブ(121℃、15分)
培養温度:25℃
培養期間:2日~14日間
培養方法:静置培養
光要求性:必要(約4,000lux、明期24h/暗期0hもしくは明期12h/暗期12h)
[保管条件]
凍結法による保管:可能(-80℃付近、保護材:10%DMSO)
継代培養による保管:固体培養、液体培養どちらでも可(植え継ぎ間隔:1ヶ月、保管温度:4℃)
【0028】
以上の分類学的性質(塩基配列解析)および形態的性質(形状的特徴)の結果から、本発明に係る微生物DH-MA02株はChlorella sorokinianaに近縁なChlorella sp.と推定される。
【実施例】
【0029】
次に、本発明に係る微生物DH-MA02株の排水中のアンモニア性窒素の濃度低下能を実施例に基づいて説明する。
【0030】
まず、2箇所のバイオガス発電施設(プラントA、B)から採取した排水(メタン発酵消化液)と硫酸アンモニウム(試薬、富士フイルム和光純薬株式会社製)について、原液の状態のものに加えて、水で様々な濃度に希釈した希釈液を作製し、アンモニア性窒素の濃度を測定した。なお、各原液のアンモニア性窒素濃度は、3000mg/L(プラントA)、3400mg/L(プラントB)であり、硫酸アンモニウム水溶液については5000mg/Lのものを原液とした。
【0031】
次に、原液および各希釈液をマイクロプレートのウェルに1.5mL入れた後、微生物DH-MA02株の培養液を1%添加し、25℃、光照射下で5日静置培養し、5日後のアンモニア性窒素の濃度を測定し、添加(処理)前の濃度から処理率を算出した。光の照射条件は約4,000lux、明期14h/暗期10hとした。結果を表2~4(表2:プラントAから採取したメタン発酵消化液の濃度測定結果、表3:プラントBから採取したメタン発酵消化液の濃度測定結果、表4:硫酸アンモニウム水溶液の濃度測定結果)に示す。
【0032】
【0033】
【0034】
【0035】
その結果、本発明に係る微生物DH-MA02株は、全ての濃度の排水に対して、高いアンモニア性窒素の濃度低下能力を示した。特に、原液(高濃度のアンモニア性窒素を含む排水)においても高いアンモニア性窒素の濃度低下能力を示した。
【0036】
以上の結果から、本発明に係る微生物DH-MA02株は、従前の藻類にはない、アンモニア性窒素の濃度を低下させる能力を有する新規微生物(藻類)であり、その処理能が極めて高い新規微生物(藻類)であることがわかった。さらに、水中においても処理能を有する新規微生物(藻類)であることがわかった。
なお、本発明の新規微生物(藻類)がアンモニア性窒素の濃度を低下させる詳細なメカニズムは不明であるが、本発明の新規微生物(藻類)はアンモニア性窒素を体内に取り込むことによって濃度を低下するものと考えられる。
【0037】
また、本発明の新規微生物(藻類)は、体内に取り込んだアンモニア性窒素の一部を用いてアミノ酸を合成することもできるものと考えられ、さらにアミノ酸の一部については、係るアミノ酸が起点となってタンパク質が形成され、新規微生物(藻類)の体の一部となっていくことになるものと考えられる。
具体的には、本発明の新規微生物(藻類)は一般的な藻類と同様に体内に持つクロロフィルによって光合成を行う。すなわち、排水中の水と、排水中や大気中などに含まれる二酸化炭素とを体内に取り込んで、光エネルギーによって炭水化物を合成する。本発明の新規微生物(藻類)は、光合成によって得たエネルギーを利用してアンモニア性窒素の一部をアミノ酸に合成し、さらにアミノ酸の一部については、係るアミノ酸を起点としてタンパク質とするものと考えられる。そして、係るタンパク質を新規微生物(藻類)自身の生存・増殖に用いるものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明に係る微生物は、高濃度のアンモニア性窒素を含む排水の処理、特にメタン発酵消化液の処理に用いることができる。
【受託番号】
【0039】
FERM P-22400
【配列表】