(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-14
(45)【発行日】2025-02-25
(54)【発明の名称】トライボフィルムの製造方法及びエンジン
(51)【国際特許分類】
C10M 105/38 20060101AFI20250217BHJP
C10M 105/14 20060101ALI20250217BHJP
F02F 1/00 20060101ALI20250217BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20250217BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20250217BHJP
C10N 40/25 20060101ALN20250217BHJP
【FI】
C10M105/38
C10M105/14
F02F1/00 G
F02F5/00 F
C10N30:06
C10N40:25
(21)【出願番号】P 2021115473
(22)【出願日】2021-07-13
【審査請求日】2024-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100161702
【氏名又は名称】橋本 宏之
(74)【代理人】
【識別番号】100189348
【氏名又は名称】古都 智
(74)【代理人】
【識別番号】100196689
【氏名又は名称】鎌田 康一郎
(72)【発明者】
【氏名】礒橋 藍
(72)【発明者】
【氏名】洞口 典久
(72)【発明者】
【氏名】中原 優也
(72)【発明者】
【氏名】矢野 昭彦
【審査官】森 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-084491(JP,A)
【文献】国際公開第2007/126057(WO,A1)
【文献】特開2005-097570(JP,A)
【文献】国際公開第2013/137060(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素含有量30at%以上50at%以下の水素含有DLC薄膜で摺動部分の表面が被覆された第1摺動部材と、
ZrO
2及びAl
2O
3のいずれか一方又は両方を含む金属酸化物膜で摺動部分の表面が被覆された第2摺動部材と、
ポリオールエステル、ポリオール及び脂肪酸を含む潤滑油と、を用いて、
前記水素含有DLC薄膜と前記金属酸化物膜の間に前記潤滑油を存在させた状態で前記第1摺動部材と前記第2摺動部材とを摺動させ、前記潤滑油の温度を50℃以上200℃以下の範囲とし、前記金属酸化物膜の表面にトライボフィルムを形成する、トライボフィルムの製造方法。
【請求項2】
前記第1摺動部材がエンジンのピストンリングであり、前記第2摺動部材がエンジンのシリンダライナである、請求項
1に記載のトライボフィルムの製造方法。
【請求項3】
前記潤滑油が、前記第1摺動部材と前記第2摺動部材との接触面圧が0.01GPa以上1.2GPa以下、前記第2摺動部材に対する前記第1摺動部材の相対的な摺動速度が0mm/s超10mm/s以下の条件で前記トライボフィルムを形成する潤滑油である、請求項1
又は2に記載のトライボフィルムの製造方法。
【請求項4】
ピストンリングと、シリンダライナと、潤滑油と、を備え、
前記ピストンリングの前記シリンダライナとの摺動部分の表面は水素含有量30at%以上50at%以下の水素含有DLC薄膜で被覆され、
前記シリンダライナの前記ピストンリングとの摺動部分の表面はZrO
2及びAl
2O
3のいずれか一方又は両方を含む金属酸化物膜で被覆され、
前記潤滑油は
ポリオールエステル、ポリオール及び脂肪酸を含み、
前記水素含有DLC薄膜と前記金属酸化物膜との間に前記潤滑油が存在している、エンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、トライボフィルムの製造方法及びエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンにおいて、互いに摺動するピストンリングとシリンダライナの機械損失は、エンジン全体の機械損失に占める割合が大きい。そのため、ピストンリングとシリンダライナの摺動部分には、燃費向上等の性能改善のために低摩擦化処理が施される。
【0003】
エンジン油(潤滑油)中での低摩擦化を実現する方法としては、固体潤滑剤として二硫化モリブデンやポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を含むエンジン油を用いる方法が知られている。しかし、エンジンにおけるピストンリングとシリンダライナの摺動は過酷な条件であるため、前記方法では耐摩耗性が不足し、低摩擦性を維持することが難しい。
【0004】
低摩擦性及び耐摩耗性を兼ね備えた表面処理技術としては、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)と呼ばれる硬質炭素被膜の適用が期待されている。特許文献1には、ピストンリングの表面に水素フリーDLC膜を成膜することが開示されている。特許文献2には、ピストンリングの表面に、硬度の異なるDLC膜を積層することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6181905号公報
【文献】特許第6343266号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1、2に記載のピストンリングでは、潤滑油中での摩擦係数が窒化クロム等の硬質皮膜を形成した場合と同程度で十分とは言えず、さらなる低摩擦化が求められる。
【0007】
本開示は、上記課題を解決するためになされたものであって、優れた低摩擦化効果が得られるトライボフィルムの製造方法及びエンジンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示のトライボフィルムの製造方法は、水素含有量30at%以上50at%以下の水素含有DLC薄膜で摺動部分の表面が被覆された第1摺動部材と、ZrO2及びAl2O3のいずれか一方又は両方を含む金属酸化物膜で摺動部分の表面が被覆された第2摺動部材と、エステル油を含む潤滑油と、を用いて、前記水素含有DLC薄膜と前記金属酸化物膜の間に前記潤滑油を存在させた状態で前記第1摺動部材と前記第2摺動部材とを摺動させ、前記潤滑油の温度を50℃以上200℃以下の範囲とし、前記金属酸化物膜の表面にトライボフィルムを形成する。
【0009】
本開示のエンジンは、ピストンリングと、シリンダライナと、潤滑油と、を備え、前記ピストンリングの前記シリンダライナとの摺動部分の表面は水素含有量30at%以上50at%以下の水素含有DLC薄膜で被覆され、前記シリンダライナの前記ピストンリングとの摺動部分の表面はZrO2及びAl2O3のいずれか一方又は両方を含む金属酸化物膜で被覆され、前記潤滑油はエステル油を含み、前記水素含有DLC薄膜と前記金属酸化物膜との間に前記潤滑油が存在している。
【発明の効果】
【0010】
本開示のトライボフィルムの製造方法及びエンジンによれば、優れた低摩擦化効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本開示の実施形態に係るエンジンのピストンリング及びシリンダライナの周辺の構成を示す部分断面図である。
【
図2】
図1のエンジンのピストンリング及びシリンダライナの摺動部分を拡大した断面図である。
【
図3】
図2のピストンリング及びシリンダライナの摺動部分にトライボフィルムが形成される様子を示す断面図である。
【
図4】トライボフィルムが形成される反応機構を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<第一実施形態>
以下、本開示の実施形態に係るエンジン及びトライボフィルムの製造方法について、
図1及び
図2を参照して説明する。
【0013】
(エンジンの構成)
図1及び
図2に示すように、エンジン100は、シリンダブロック110と、第2摺動部材としてのシリンダライナ112と、ピストン114と、第1摺動部材としてのピストンリング116と、潤滑油10と、を少なくとも備えている。
【0014】
エンジン100では、円筒状のシリンダブロック110の内側に、円筒状のシリンダライナ112が配置されている。シリンダブロック110の上側にはシリンダヘッド(図示せず)が設けられる。
【0015】
シリンダライナ112の内部にピストン114が収納されている。ピストン114は、シリンダライナ112にガイドされて、シリンダライナ112の中心軸Cに沿って直線的に往復動可能とされている。ピストン114は、コンロッド118を介して、クランクケース(図示せず)内に収容されたクランクシャフト120に連結されている。
シリンダライナ112の内側におけるシリンダヘッドとピストン114との間の空間が燃焼室となる。
【0016】
ピストンリング116は、ピストン114の上部の外周面を周回するように設けられている。エンジン100では、ピストン114がシリンダライナ112内で往復動することで、ピストンリング116とシリンダライナ112とが互いに摺動する。
【0017】
ピストンリング116のシリンダライナ112との摺動部分の表面116aは、水素含有量が30at%以上50at%以下の水素含有DLC薄膜122で被覆されている。
水素含有DLC薄膜122は、水素原子を含有するDLC薄膜である。水素含有DLC薄膜122は、炭素原子及び水素原子に加えて、フッ素原子、ケイ素原子、窒素原子、ボロン原子、タングステン原子、チタン原子を含んでもよい。
【0018】
水素含有DLC薄膜122の水素含有量、すなわち水素含有DLC薄膜を構成する全ての原子に対する水素原子の割合は、30at%以上50at%以下であり、30at%以上40at%以下が好ましい。水素含有量が前記範囲の下限値以上であれば、摩擦が安定的に低下する。水素含有量が前記範囲の上限値以下であれば、膜の耐久性が確保できる。
【0019】
水素含有DLC薄膜122の表面粗さRa、すなわちピストンリング116の摺動面の表面粗さRaは、0.1μm以下が好ましい。表面粗さRaが0.1μm以下であれば、膜の剥離等の不具合が避けられる。
なお、表面粗さRaは、ISO 13565-1に準拠して測定される値である。
【0020】
水素含有DLC薄膜122の膜厚は、例えば、0.1μm以上5μm以下とすることができる。
水素含有DLC薄膜122の形成方法としては、例えば、イオンプレーティング法、CVD法、イオン化蒸着法を例示できる。
【0021】
シリンダライナ112のピストンリング116との摺動部分の表面112aは、ZrO2及びAl2O3のいずれか一方又は両方を含む金属酸化物膜124で被覆されている。
金属酸化物膜124としては、例えば、ZrO2膜、Al2O3膜、ZrO2及びAl2O3からなる膜を例示できる。なかでも、トライボフィルムが形成されやすい点から、金属酸化物膜124としてはZrO2膜が好ましい。
【0022】
金属酸化物膜124の膜厚は、例えば、1μm以上300μm以下とすることができる。
金属酸化物膜124の形成方法としては、例えば、溶射、熱CVDを例示できる。
【0023】
潤滑油10は、水素含有DLC薄膜122と金属酸化物膜124との間に存在している。
潤滑油10は、エステル油を含む。
【0024】
エステル油としては、例えば、ポリオールエステル(POE)、リン酸エステルを例示できる。トライボフィルムが形成されやすい点から、エステル油としては、POEが好ましい。
【0025】
POEは、ポリオールと脂肪酸とのエステルである。
POEを構成するポリオールの炭素数は、トライボフィルムが形成されやすい点から、5~10が好ましく、5~6がより好ましい。
POEを構成するポリオールの水酸基数は、トライボフィルムが形成されやすい点から、2~7が好ましく、2~3がより好ましい。
【0026】
POEを構成するポリオールとしては、例えば、ジペンタエリスリトール、ペンタエリスリトール、トリメチロールプロパン、ネオペンチルグリコールを例示できる。トライボフィルムが形成されやすい点から、POEを構成するポリオールとしては、ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパンが好ましい。
【0027】
POEを構成する脂肪酸としては、例えば、C6~C10(炭素数6~10)の直鎖状又は分岐鎖状の飽和脂肪酸、C6~C10の直鎖状又は分岐鎖状の不飽和脂肪酸を例示できる。具体的には、例えば、オクタン酸、デカン酸、トリメリット酸、イソノナン酸を例示できる。脂肪酸としては、分岐鎖状の脂肪酸が好ましく、イソノナン酸が好ましい。
【0028】
POEとしては、トライボフィルムが形成されやすい点から、ネオペンチルグリコールとイソノナン酸とのエステル、トリメチロールプロパンとイソノナン酸とのエステルが好ましい。
潤滑油10に含まれるPOEは、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0029】
潤滑油10中のエステル油の含有量は、潤滑油10の総質量に対して、50質量%以上100質量%以下が好ましく、75質量%以上100質量%以下がより好ましい。エステル油の含有量が前記範囲の下限値以上であれば、安定的なトライボフィルムの形成が期待できる。
【0030】
潤滑油10は、トライボフィルムの形成を促進できる点から、エステル油に加えて、ポリオール及び脂肪酸のいずれか一方又は両方をさらに含むことが好ましく、ポリオール及び脂肪酸の両方をさらに含むことがより好ましい。
【0031】
ポリオールとしては、例えば、POEを構成するポリオールとして例示したものと同じポリオールを例示できる。なかでも、トライボフィルムの形成を促進する効果が高い点から、ポリオールとしては、ジペンタエリスリトールが好ましい。
潤滑油10に含まれるポリオールは、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0032】
潤滑油10中のポリオールの含有量は、潤滑油10の総質量に対して、0質量%以上20質量%以下が好ましく、0.5質量%以上10質量%以下が好ましい。ポリオールの含有量が前記範囲の下限値以上であれば、トライボフィルムの形成が促進され、低摩擦化が容易になる。ポリオールの含有量が前記範囲の上限値以下であれば、基油の基本的な潤滑特性に大きな変化を及ぼさない。
【0033】
脂肪酸としては、下記式1で表されるC6~C72(炭素数6~72)の脂肪酸を例示できる。
【0034】
【0035】
ただし、前記式1中、R1はC5~C71(炭素数5~71)の直鎖状又は分岐鎖状の炭化水素基である。R1の炭化水素基は、飽和炭化水素基でもよく、不飽和炭化水素基でもよい。炭化水素基は、置換基を有していてもよく、置換基を有していなくてもよい。
R1の炭化水素基の炭素数は、6~50が好ましく、8~30がより好ましい。
【0036】
飽和脂肪酸の代表例としては、イソノナン酸(C9)、ラウリン酸(C12)、ミリスチン酸(C14)、パルミチン酸(C16)、ステアリン酸(C18)を例示できる。不飽和脂肪酸の代表例としては、オレイン酸(C18)、リノール酸(C18)を例示できる。
潤滑油10に含まれる脂肪酸は、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0037】
潤滑油10中の脂肪酸の含有量は、潤滑油10の総質量に対して、0質量%以上20質量%以下が好ましく、0.5質量%以上10質量%以下が好ましい。脂肪酸の含有量が前記範囲の下限値以上であれば、トライボフィルムの形成が促進され、低摩擦化が容易になる。脂肪酸の含有量が前記範囲の上限値以下であれば、優れた耐熱性が得られやすい。
【0038】
潤滑油10は、必要に応じて、エステル油、ポリオール及び脂肪酸以外の他の成分を含んでもよい。
他の成分としては、例えば、酸化防止剤、油性剤、摩擦調整剤、摩耗防止剤、極圧剤、金属系清浄剤、粘度指数向上剤、流動点降下剤、金属不活性剤、金属腐食防止剤、防錆剤、消泡剤等の添加剤を例示できる。潤滑油10に含まれる他の成分は、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0039】
酸化防止剤としては、分子量が400以上800以下である、アリールアルキル基を有するジフェニルアミン誘導体が好ましい。ジフェニルアミン誘導体は、潤滑油の蒸発損失を抑える作用を有する。
ジフェニルアミン誘導体としては、下記式2で表される化合物を例示できる。
【0040】
【0041】
ただし、前記式2中、R2及びR3はそれぞれ独立にアリールアルキル基である。
R2及びR3のアリールアルキル基としては、例えば、ジメチルベンジル基を例示できる。R2及びR3は、同一の基であってもよく、異なる基であってもよい。
ジフェニルアミン誘導体としては、例えば、4,4-ビス(ジメチルベンジル)ジフェニルアミンを例示できる。
【0042】
潤滑油10中のジフェニルアミン誘導体の含有量は、潤滑油10の総質量に対して、0質量%以上20質量%以下が好ましく、0.1質量%以上10質量%以下がより好ましい。ジフェニルアミン誘導体の含有量が前記範囲の下限値以上であれば、蒸発損失を低減しやすい。ジフェニルアミン誘導体の含有量が前記範囲の上限値以下であれば、過飽和による固化を抑制しやすい。
【0043】
潤滑油10の調製方法は、特に限定されず、例えば、加熱撹拌機を用いて各成分を混合する方法を例示できる。
【0044】
(トライボフィルムの製造方法の手順)
本開示の実施形態に係るトライボフィルムの製造方法は、ピストンリング116、シリンダライナ112、及び潤滑油10を備えるエンジン100を用いる。本実施形態では、第1摺動部材としてピストンリング116を使用し、第2摺動部材としてシリンダライナ112を使用している。
【0045】
本実施形態のトライボフィルムの製造方法では、水素含有DLC薄膜122と金属酸化物膜124の間に潤滑油10を存在させた状態でピストンリング116とシリンダライナ112とを摺動させ、潤滑油10の温度を50℃以上200℃以下の範囲とする。すなわち、エンジン100を駆動し、ピストン114を往復動させることで、水素含有DLC薄膜122と金属酸化物膜124の間に潤滑油10を存在させた状態でピストンリング116とシリンダライナ112とを摺動させ、潤滑油10の温度を50℃以上200℃以下の範囲とする。
【0046】
潤滑油10の温度が50℃以上200℃以下の範囲になることで、
図3に示すように、潤滑油10中で金属酸化物膜124の表面にトライボフィルム130が形成される。トライボフィルム130が形成される反応機構については後述する。
【0047】
トライボフィルム130を形成する際の潤滑油10の温度は、50℃以上200℃以下であり、90℃以上110℃以下が好ましい。潤滑油10の温度が前記範囲の下限値以上であれば、金属酸化物膜124の表面にトライボフィルム130が形成され、ピストンリング116とシリンダライナ112の摺動部分が低摩擦化される。潤滑油10の温度が前記範囲の上限値以下であれば、潤滑油10の気化を抑制でき、トライボフィルム130による低摩擦化効果が安定して得られる。
【0048】
エンジン100のピストンリング116とシリンダライナ112との摺動部分における、潤滑油10中でのトライボフィルム形成の評価には、エンジンの駆動時の条件を模倣した下記の(a)及び(b)を満たす条件設定の試験結果を指標として使用できる。
(a)第1摺動部材(ピストンリング116)と第2摺動部材(シリンダライナ112)との接触面圧:0.01GPa以上1.2GPa以下。
(b)第2摺動部材(シリンダライナ112)に対する第1摺動部材(ピストンリング116)の相対的な摺動速度:0mm/s超10mm/s以下。
【0049】
このように、本開示のトライボフィルムの製造方法をエンジンのピストンリングとシリンダライナに適用する場合の潤滑油は、前記(a)の接触面圧と前記(b)の摺動速度を満たす条件でトライボフィルムを形成する潤滑油であることが好ましい。
【0050】
(作用効果)
上記構成のエンジン100及びトライボフィルムの製造方法では、ピストンリング116とシリンダライナ112とを摺動させて潤滑油10の温度を50℃以上200℃以下にすることで、潤滑油10中で金属酸化物膜124の表面に摩擦係数が低いトライボフィルム130が形成される。したがって、実施形態のエンジン100及びトライボフィルムの製造方法によれば、ピストンリング116とシリンダライナ112の摺動部分を低摩擦化することができる。実施形態のエンジン100及びトライボフィルムの製造方法においては、0.05未満の摩擦係数の実現が可能である。
【0051】
潤滑油10中で金属酸化物膜124の表面にトライボフィルム130が形成される反応機構は、以下のように考えられる。
金属酸化物膜124中に含まれるZrO
2やAl
2O
3は、加水分解反応に対して触媒能を示す。潤滑油10の温度が50℃以上200℃以下になると、ZrO
2やAl
2O
3の触媒作用によってエステル油が加水分解され、油中にアルコールが生じる。そして、
図4に示すように、生じたアルコールの脱水反応によって二重結合を有する不飽和炭化水素が形成される。さらに、不飽和炭化水素の二重結合が開裂して金属酸化物膜124の表面に結合し、重合が進行して炭素鎖が伸長することで、トライボフィルム130が形成されると考えられる。
【0052】
潤滑油10がポリオール及び脂肪酸のいずれか一方又は両方をさらに含む場合には、それらが有する水酸基によって、ZrO2やAl2O3の触媒作用によるエステル油の加水分解がさらに促進される。その結果、トライボフィルム130の形成が促進される。
【0053】
金属酸化物膜124の表面に形成されるトライボフィルム130は、油中に溶出する性質を有する。潤滑油10の温度が50℃以上であれば、トライボフィルム130の形成が油中への溶出よりも支配的となるため、トライボフィルム130が安定して形成され、低摩擦化効果が十分に発揮される。
【0054】
<その他の実施形態>
以上、本開示の実施の形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施の形態に限られるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。
上記実施形態では、第2摺動部材としてのシリンダライナに対して第1摺動部材としてのピストンリングを1つとしたが、これに限るものではなく、例えば、1つのシリンダライナに対して2つ以上のピストンリングを備えるものとしてもよい。
【0055】
上記実施形態では、第1摺動部材をピストンリングとし、第2摺動部材をシリンダライナとしたが、これに限るものではなく、例えば、第1摺動部材をシリンダライナとし、第2摺動部材をピストンリングとしてもよい。
【0056】
<付記>
各実施形態に記載のトライボフィルムの製造方法及びエンジンは、例えば以下のように把握される。
【0057】
(1)第1の態様のトライボフィルム130の製造方法は、水素含有量30at%以上50at%以下の水素含有DLC薄膜122で摺動部分の表面116aが被覆された第1摺動部材と、ZrO2及びAl2O3のいずれか一方又は両方を含む金属酸化物膜124で摺動部分の表面112aが被覆された第2摺動部材と、エステル油を含む潤滑油10と、を用いて、水素含有DLC薄膜122と金属酸化物膜124の間に潤滑油10を存在させた状態で第1摺動部材と第2摺動部材とを摺動させ、潤滑油10の温度を50℃以上200℃以下の範囲とし、金属酸化物膜124の表面にトライボフィルム130を形成する。
第1摺動部材の例としては、エンジン100のピストンリング116が挙げられる。
第2摺動部材の例としては、エンジン100のシリンダライナ112が挙げられる。
【0058】
このトライボフィルム130の製造方法によれば、第1摺動部材と第2摺動部材とを摺動させ、潤滑油10の温度を50℃以上200℃以下の範囲とすることで、金属酸化物膜124の表面に摩擦係数の低いトライボフィルム130が形成される。これは、ZrO2やAl2O3の触媒作用によって潤滑油10中でエステル油が加水分解され、生じたアルコールの脱水反応によって形成された二重結合が開裂して、金属酸化物膜124の表面に炭素鎖が結合するためと考えられる。潤滑油10の温度が50℃以上200℃以下であれば、トライボフィルム130の形成が油中への溶出よりも支配的となるため、トライボフィルム130が安定して形成され、優れた低摩擦化効果が十分に発揮される。
【0059】
(2)第2の態様のトライボフィルム130の製造方法は、(1)のトライボフィルム130の製造方法であって、前記エステル油がPOEである。
【0060】
これにより、トライボフィルム130の形成が促進され、油中で金属酸化物膜124の表面にトライボフィルム130がより安定して形成されるため、優れた低摩擦化効果が得られる。
【0061】
(3)第3の態様のトライボフィルム130の製造方法は、(1)又は(2)のトライボフィルム130の製造方法であって、潤滑油10が、ポリオール及び脂肪酸のいずれか一方又は両方をさらに含む。
【0062】
これにより、ZrO2やAl2O3の触媒作用によるエステル油の加水分解がさらに促進される。その結果、トライボフィルム130の形成が促進されることで、優れた低摩擦化効果が得られる。
【0063】
(4)第4の態様のトライボフィルム130の製造方法は、(1)~(3)のトライボフィルム130の製造方法であって、前記第1摺動部材がエンジン100のピストンリング116であり、前記第2摺動部材がエンジン100のシリンダライナ112である。
【0064】
これにより、エンジン100のピストンリング116とシリンダライナ112の摺動部分においてトライボフィルム130が形成され、優れた低摩擦化効果が得られる。
【0065】
(5)第5の態様のトライボフィルム130の製造方法は、(1)~(4)のトライボフィルム130の製造方法であって、潤滑油10が、前記第1摺動部材と前記第2摺動部材との接触面圧が0.01GPa以上1.2GPa以下、前記第2摺動部材に対する前記第1摺動部材の相対的な摺動速度が0mm/s超10mm/s以下の条件でトライボフィルム130を形成する潤滑油である。
【0066】
これにより、エンジン100のピストンリング116とシリンダライナ112の摺動部分においてトライボフィルム130がより安定して形成され、優れた低摩擦化効果が得られる。
【0067】
(6)第6の態様のエンジン100は、ピストンリング116と、シリンダライナ112と、潤滑油10と、を備え、ピストンリング116のシリンダライナ112との摺動部分の表面116aは水素含有量30at%以上50at%以下の水素含有DLC薄膜122で被覆され、シリンダライナ112のピストンリング116との摺動部分の表面112aはZrO2及びAl2O3のいずれか一方又は両方を含む金属酸化物膜124で被覆され、潤滑油10はエステル油を含み、水素含有DLC薄膜122と金属酸化物膜124との間に潤滑油10が存在している。
【0068】
エンジン100によれば、ピストンリング116とシリンダライナ112とを摺動させ、潤滑油10の温度が50℃以上200℃以下になると、金属酸化物膜124の表面に摩擦係数の低いトライボフィルム130が形成されるため、優れた低摩擦化効果が得られる。
【0069】
(7)第7の態様のエンジン100は、(6)のエンジン100であって、前記エステル油がPOEである。
【0070】
これにより、トライボフィルム130の形成が促進され、油中で金属酸化物膜124の表面にトライボフィルム130がより安定して形成されるため、優れた低摩擦化効果が得られる。
【0071】
(8)第8の態様のエンジン100は、(6)又は(7)のエンジン100であって、潤滑油10が、ポリオール及び脂肪酸のいずれか一方又は両方をさらに含む。
【0072】
これにより、ZrO2やAl2O3の触媒作用によるエステル油の加水分解がさらに促進される。その結果、トライボフィルム130の形成が促進されることで、優れた低摩擦化効果が得られる。
【実施例】
【0073】
以下、実施例によって本開示を具体的に説明するが、本開示は以下の記載によっては限定されない。
[材料]
本実施例で使用した材料を以下に示す。
(油)
POE-1:ポリオールエステル(商品名POE(VG5)、JXTGエネルギー(株)製)。
PAO-1:ポリ-α-オレフィン(商品名PAO(VG5)、JXTGエネルギー(株)製)。
PAG-1:ポリアルキレングリコール(日本サン石油社製)。
【0074】
(添加剤)
添加剤A:イソノナン酸。
添加剤B:イソノナン酸及びジペンタエリスリトールの混合物。
【0075】
[実施例1]
第1摺動部材としてSi基板を用意し、第2摺動部材として表面にZrO2膜を有するSUJ2を用意した。
第1摺動部材の第2摺動部材との摺動部分の表面に、CVDによって水素含有量30at%の水素含有DLC薄膜(膜厚:2μm、表面粗さRa:0.05μm)を形成した。
POE-1と添加剤Bとを表1の組成となるように混合した潤滑油をZrO2膜の表面に塗布量が0.02g/cm2となるように塗布した後、第1摺動部材と第2摺動部材とを接触面圧:0.8GPa、摺動速度:10mm/sの条件で摺動させ、潤滑油の温度を90~110℃とした。その後、ZrO2膜の表面におけるトライボフィルムの形成の有無を評価し、摩擦係数を測定した。
【0076】
[実施例2~7]
第2摺動部材の表面の金属酸化物膜、潤滑油の組成、及び摺動時の潤滑油の温度を表1に示すとおりに変更した以外は、実施例1と同様にしてトライボフィルムの形成の有無を評価し、摩擦係数を測定した。
実施例6には添加剤Bの代わりに添加剤Aを使用した。
ただし、実施例4~6は参考例である。
【0077】
[比較例1~15]
第2摺動部材の表面の金属酸化物膜、潤滑油の組成、及び摺動時の潤滑油の温度を表1に示すとおりに変更した以外は、実施例1と同様にしてトライボフィルムの形成の有無を評価し、摩擦係数を測定した。
比較例11には添加剤Bの代わりに添加剤Aを使用した。
【0078】
[摩擦係数]
摩擦係数は、ロードセルにより測定した。
【0079】
各例の評価結果を表1に示す。
【0080】
【0081】
表1に示すように、第1摺動部材と第2摺動部材とを摺動させ、水素含有量が特定の範囲の水素含有DLC薄膜とZrO2膜又はAl2O3膜の間に存在するPOEを含む潤滑油の温度を50℃以上200℃以下の範囲とした実施例1~7は、トライボフィルムが形成され、比較例1~15に比べて摩擦係数が低かった。
【符号の説明】
【0082】
10 潤滑油
100 エンジン
110 シリンダブロック
112 シリンダライナ
114 ピストン
116 ピストンリング
118 コンロッド
120 クランクシャフト
122 水素含有DLC薄膜
124 金属酸化物膜