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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-14
(45)【発行日】2025-02-25
(54)【発明の名称】食器
(51)【国際特許分類】
   C04B 41/88 20060101AFI20250217BHJP
   A47J 36/02 20060101ALI20250217BHJP
   B44C 1/175 20060101ALI20250217BHJP
   B65D 81/34 20060101ALI20250217BHJP
【FI】
C04B41/88 D
A47J36/02 Z
B44C1/175 C
B65D81/34 U
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2022550171
(86)(22)【出願日】2022-07-27
(86)【国際出願番号】 JP2022028996
(87)【国際公開番号】W WO2023032532
(87)【国際公開日】2023-03-09
【審査請求日】2022-10-12
(31)【優先権主張番号】P 2021140391
(32)【優先日】2021-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004293
【氏名又は名称】ノリタケ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(72)【発明者】
【氏名】菊川 結希子
(72)【発明者】
【氏名】前野 吉秀
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 祥浩
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特表2002-541056(JP,A)
【文献】国際公開第2015/146571(WO,A1)
【文献】特開2000-128675(JP,A)
【文献】特開平06-056558(JP,A)
【文献】特開平08-183682(JP,A)
【文献】特許第0093567(JP,C1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 41/80-41/91
B32B 18/00
A47J 36/02
B44C 1/175
B65D 81/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
貴金属元素とマトリクス形成元素を含む装飾膜を有する食器であって、
前記貴金属元素は、少なくとも白金とロジウムを含有し、
前記マトリクス形成元素は、少なくとも希土類元素を含有し、
前記装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析において得られた前記貴金属元素の質量濃度Cが11%以上70%以下であり、かつ、
前記貴金属元素の質量濃度Cに対する前記希土類元素の質量濃度Cの割合(C/C)が0.01以上0.18以下であり、
前記装飾膜の厚みが30nm以上250nm以下である食器
【請求項2】
貴金属元素とマトリクス形成元素を含む装飾膜を有する食器であって、
前記貴金属元素は、少なくとも白金を含有し、
前記マトリクス形成元素は、少なくとも希土類元素を含有し、
前記装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析において得られた前記貴金属元素の質量濃度C が11%以上70%以下であり、かつ、
前記貴金属元素の質量濃度C に対する前記希土類元素の質量濃度C の割合(C /C )が0.01以上0.18以下であり、
前記装飾膜の厚みが30nm以上250nm以下であり、
前記マトリクス形成元素は、Zr、TiおよびCoからなる第1元素の少なくとも一種をさらに含有し、
前記装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析において得られた前記希土類元素の質量濃度C に対する前記第1元素の質量濃度C の割合(C /C )が0.4以上3以下である、食器
【請求項3】
前記マトリクス形成元素は、Zr、TiおよびCoからなる第1元素の少なくとも一種をさらに含有する、請求項1に記載の食器
【請求項4】
前記装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析において得られた前記希土類元素の質量濃度Cに対する前記第1元素の質量濃度Cの割合(C/C)が3以下である、請求項3に記載の食器
【請求項5】
前記装飾膜は、前記貴金属元素としてAu、Pd、Ir、Agからなる群から選択される少なくとも一種をさらに含有する、請求項1に記載の食器
【請求項6】
前記貴金属元素の質量濃度Cに対する前記Ptの質量濃度CPtの割合(CPt/C)が0.75以上である、請求項1または2に記載の食器
【請求項7】
前記装飾膜は、前記希土類元素としてY、Sm、La、Ce、Pr、Nd、Dyからなる群から選択される少なくとも一種を含有する、請求項1または2に記載の食器
【請求項8】
前記マトリクス形成元素は、Si、Al、K、Na、Mg、Ca、Ga、BaおよびBiからなる第2元素の少なくとも一種をさらに含有する、請求項1または2に記載の食器
【請求項9】
前記装飾膜は、前記貴金属元素を主成分として含む貴金属領域と、前記マトリクス形成元素を主成分として含む非晶質領域とを備えており、複数の前記貴金属領域が前記非晶質領域に点在している、請求項1または2に記載の食器
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス製品に関する。詳しくは、貴金属元素とマトリクス形成元素を含む装飾膜を有するセラミックス製品に関する。なお、本出願は、2021年8月30日に出願された日本国特許出願2021-140391号に基づく優先権を主張しており、その出願の全内容は本明細書中に参照として組み入れられている。
【背景技術】
【0002】
陶磁器、ガラス器、琺瑯器等のセラミックス製品の表面には、優美又は豪華な印象を与えるために、貴金属元素を含む装飾膜が形成されることがある。この種の装飾膜は、所定の成分を含む装飾用組成物をセラミックス製品の表面に付与した後に、焼成処理を行うことによって形成される。かかる装飾用組成物の一例として、貴金属元素とマトリクス形成元素を含有した金属レジネート(金属の有機化合物)が挙げられる。かかる装飾用組成物を焼成すると、非晶質領域と貴金属領域を含む装飾膜が形成される。この非晶質領域には、所定の金属元素および半金属元素(マトリクス形成元素)の酸化物を骨格とした非晶質マトリクス(典型的にはガラスマトリクス)が形成される。
【0003】
この種のセラミックス製品の中には、電子レンジで加熱されることが想定されるもの(例えば、食器等)がある。このセラミックス製品の装飾膜に多量の貴金属が含まれていると、高周波電磁波(例えば周波数2.45GHz程度)によるスパークが生じて装飾膜が破損するおそれがある。このため、近年では、装飾膜における貴金属の含有量を低減させた電子レンジ対応のセラミックス製品が提案されている。この種の装飾膜を形成するための装飾用組成物(上絵付用ペースト)の一例が特許文献1に開示されている。この特許文献1に記載の上絵付用ペーストでは、貴金属粉末の含有量が20重量%以上50重量%未満に調節されており、貴金属粉末の粒径が0.4μm以上2μm以下に調節されている。かかる上絵付用ペーストを焼成すると、絶縁性器物(基材)の表面に水玉模様に分散した貴金属層を形成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国特許第4757434号
【非特許文献】
【0005】
【文献】「希土類けい酸塩ガラスに関する研究」 無機材質研究所研究報告書第42号、科学技術庁(1985)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、近年では、セラミックス製品を洗浄する際の装飾膜の損傷(剥離や亀裂等)を適切に防止できる技術の開発が望まれている。具体的には、装飾膜の非晶質領域は、耐化学性に乏しいため、強アルカリ性洗剤を使用した高温環境下での洗浄(例えば、自動食器洗浄機による洗浄)を行った場合や、酸性洗剤への長期間の浸漬を行った場合などに損傷してしまうおそれがある。特に、電子レンジ対応のセラミックス製品の装飾膜は、貴金属領域の連続性が失われており、非晶質領域が露出しやすくなっているため、上述した洗浄中の損傷がさらに生じやすくなる傾向がある。
【0007】
本発明者は、上述の課題を解決するに際して、装飾膜の非晶質領域に希土類元素を含有させることを検討した。具体的には、非晶質マトリクス中に希土類元素を存在させることによって、ガラス等の非晶質材料の耐アルカリ性を改善できることが知られている(非特許文献1参照)。かかる耐アルカリ性向上効果は、酸素親和性が高い希土類元素が非晶質マトリクス中にドープされることで網目構造が引き締められ、アルカリイオンの侵入が抑制されることによって生じると考えられている。また、希土類酸化物は、アルカリ性薬剤の曝露によって他の成分が溶出した後も残留して被膜化するため、アルカリ浸食を抑制できるという効果も有していると考えられている。しかしながら、上記構成のセラミックス製品では、非晶質領域に希土類元素を含有させているにもかかわらず、充分な耐アルカリ性を有する装飾膜を形成できないことがあった。
【0008】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、充分な耐化学性を有し、洗浄中の装飾膜の破損を抑制できるセラミックス製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上述の課題を解決するために種々の検討を行った結果、上記構成のセラミックス製品の装飾膜は、貴金属元素を含有しているため、通常の非晶質材料よりも耐アルカリ性が低下しやすいことを発見した。具体的には、セラミックス製品の装飾膜には、優れた美観を生じさせるために貴金属元素が添加される。しかし、この種の貴金属元素は、強い触媒作用を有しているため、非晶質マトリクスの加水分解による耐アルカリ性低下を促進するおそれがある。一方で、貴金属元素によって低下した耐アルカリ性を補填するために多量の希土類元素を添加した装飾膜は、耐酸性が大きく低下するおそれがある。すなわち、セラミックス製品の装飾膜の総合的な耐化学性を向上させるには、貴金属元素の質量濃度Cと希土類元素の質量濃度Cとの割合(C/C)を適切に制御する必要があると解される。
【0010】
ここに開示される技術は、上述の知見に基づいてなされたものである。ここに開示される技術は、貴金属元素とマトリクス形成元素を含む装飾膜を有するセラミックス製品を提供する。かかるセラミックス製品のマトリクス形成元素は、少なくとも希土類元素を含有する。そして、ここに開示されるセラミックス製品は、装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析において得られた貴金属元素の質量濃度Cが11%以上70%以下であり、かつ、貴金属元素の質量濃度Cに対する希土類元素の質量濃度Cの割合(C/C)が0.01以上0.18以下である。
【0011】
ここに開示されるセラミックス製品は、装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析において、貴金属元素の質量濃度Cに対する希土類元素の質量濃度Cの割合(C/C)が0.01以上となるように構成されている。これによって、耐アルカリ性低下の要因となる貴金属元素に対して、耐アルカリ性向上の要因となる希土類元素が一定以上存在するため、装飾膜の耐アルカリ性を好適な範囲に維持できる。一方で、ここに開示されるセラミックス製品は、上記C/Cの上限値が0.18以下となるように構成されている。これによって、多量の希土類元素が存在することによる耐酸性の低下を抑制することができる。
【0012】
なお、本発明者による実験の結果、装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析における貴金属元素の質量濃度Cが少なくなりすぎると、装飾膜の耐化学性(特に耐酸性)が却って低下することが確認されている。一方で、上記貴金属元素の質量濃度Cが多くなりすぎると、装飾膜の光沢(グロス)が大きく低下してセラミックス製品の美観が損なわれることが確認されている。これらの点を考慮し、ここに開示されるセラミックス製品では、装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析における貴金属元素の質量濃度Cが11%以上70%以下に制御されている。
【0013】
なお、本明細書における「質量濃度」は、装飾膜の表面に対してFESEM-EDS(電界放出型走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析)を実施することによって取得される「金属元素および半金属元素の総質量」を100%としたときの任意の金属元素(又は半金属元素)の相対質量である。かかる「質量濃度」の測定手順は以下の通りである。先ず、エネルギー分散型X線分析(EDS)装置を搭載した電界放出型走査型電子顕微鏡(FESEM)を用いて装飾膜の表面(典型的には平坦面)を観察する。そして、倍率5000倍(視野:25.5μm×19.2μm)の視野全体に装飾膜が写るように観察位置を調整した後に、EDS装置を用いて金属元素および半金属元素の定性分析チャートを取得する。そして、取得した定性分析チャートにおいて金属元素と半金属元素を指定し、所定の定量補正法(例えば、スタンダードレス法)に基づいて、所望の元素の相対濃度を算出する。これによって、所望の元素の質量濃度を得ることができる。なお、装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析では、装飾膜の表面から数百nm~千nm程度の深さに位置する元素が検出されるため、装飾膜の下側に位置する層(基材やコート層)の構成元素が測定結果に反映されることもある。すなわち、本明細書における「質量濃度」とは、「装飾膜に含まれる任意元素の質量濃度」ではなく、「装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析において検出された任意元素の質量濃度」を意味している。なお、装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析において、所定の元素の質量濃度が上述の条件を満たすことによって、充分な耐化学性を有し、洗浄中の装飾膜の破損を抑制できるセラミックス製品が得られることが本発明者による実験で確認されている。
【0014】
ここに開示されるセラミックス製品の好適な一態様では、マトリクス形成元素は、Zr、TiおよびCoからなる第1元素の少なくとも一種をさらに含有する。これらの第1元素は、装飾膜の耐化学性の向上に貢献することができる。
【0015】
また、上記第1元素を装飾膜に含む態様においては、装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析において得られた希土類元素の質量濃度Cに対する第1元素の質量濃度Cの割合(C/C)が3以下であることが好ましい。上述の通り、第1元素は、装飾膜の耐化学性の向上に貢献できる。しかし、第1元素の質量濃度Cが多くなり過ぎると、希土類元素の質量濃度Cが不足するため、却って耐アルカリ性が低下するおそれがある。かかる観点から、本態様では、上記C/Cの上限値を制限している。
【0016】
ここに開示されるセラミックス製品の好適な一態様では、装飾膜は、貴金属元素としてPt、Au、Pd、Rh、Ir、Agからなる群から選択される少なくとも一種を含有する。これらの貴金属元素は、美観に優れた装飾膜の形成に貢献できる。
【0017】
ここに開示されるセラミックス製品の好適な一態様では、貴金属元素の質量濃度Cに対するPtの質量濃度CPtの割合(CPt/C)が0.75以上である。白金(Pt)は、上述の貴金属元素の中でも特に優れた発色を呈するため、美観に優れた装飾膜の形成に好適に使用できる。しかし、Ptは、他の貴金属元素(例えばAu等)と比べて触媒作用が強いため、非晶質マトリクスの加水分解を特に促進しやすい。しかし、ここに開示される技術では、上述したように、貴金属元素の質量濃度Cに対する希土類元素の質量濃度Cの割合(C/C)を適切に制御しているため、貴金属元素の主成分をPtにした場合でも、充分な耐アルカリ性を有する装飾膜を形成できる。
【0018】
ここに開示されるセラミックス製品の好適な一態様では、装飾膜は、希土類元素としてY、Sm、La、Ce、Pr、Nd、Dyからなる群から選択される少なくとも一種を含有する。これらの希土類元素を含有させることによって、貴金属元素による耐アルカリ性の低下を特に好適に抑制できる。
【0019】
ここに開示されるセラミックス製品の好適な一態様では、マトリクス形成元素は、Si、Al、K、Na、Mg、Ca、Ga、BaおよびBiからなる第2元素の少なくとも一種をさらに含有する。これによって、装飾膜に適切な非晶質マトリクスを構築できる。
【0020】
ここに開示されるセラミックス製品の好適な一態様では、装飾膜は、貴金属元素を主成分として含む貴金属領域と、マトリクス形成元素を主成分として含む非晶質領域とを備えており、複数の貴金属領域が非晶質領域に点在している。これによって、各々の貴金属領域を非晶質領域によって絶縁できるため、電子レンジ使用時のスパークによって装飾膜が損傷することを防止できる。なお、上記構成の電子レンジ対応セラミックス製品は、非晶質領域の露出量が多いため、装飾膜の耐化学性が低下しやすい。しかし、ここに開示される技術によると、この種の電子レンジ対応セラミックス製品であっても充分な耐化学性を有する装飾膜を形成できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、一実施形態に係るセラミックス製品の断面構造を模式的に示す図である。
図2図2は、セラミックス製品の切断面の二次電子像の輝度値を横軸とし、カウント数を縦軸と知ったヒストグラムの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、ここで開示される技術の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって実施に必要な事柄(例えば、装飾用組成物の詳細な調製手段やセラミックス製品の製造手順等)は、本明細書により教示されている技術内容と、当該分野における当業者の一般的な技術常識とに基づいて理解することができる。ここで開示される技術の内容は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、本明細書において範囲を示す「A~B」との表記は、A以上B以下を意味する。したがって、Aを上回り且つBを下回る場合を包含する。
【0023】
<セラミックス製品>
以下、ここに開示されるセラミックス製品の一実施形態について説明する。図1は、本実施形態に係るセラミックス製品の断面構造を模式的に示す図である。図1に示すように、このセラミックス製品1は、基材10と、コート層20と、装飾膜30とを備えている。以下、各々について具体的に説明する。
【0024】
1.基材
基材10は、セラミックスを主成分とする成形体である。かかる基材10用のセラミックスとしては、シリカ、アルミナ、ジルコニア、セリア、イットリア、ボロニア、マグネシア、カルシアなどが挙げられる。なお、基材10の厚み、形状、色、硬さ等は、セラミックス製品1の用途に応じて適宜変更することができ、ここに開示される技術を限定するものではないため、詳細な説明を省略する。
【0025】
2.コート層
コート層20は、非晶質材料(典型的にはガラス)を主成分とした層であり、美観(特に光沢)の向上や基材10の保護のために基材10の表面に形成される。このコート層20は、例えば、釉薬を基材10の表面に塗布した後に焼成することによって形成される。かかる釉薬は、焼成することで酸化物となり非晶質マトリクスを形成する金属元素および半金属元素を含有する薬剤である。この釉薬は、装飾膜30の非晶質領域34に含まれる元素と同じ元素を含んでいてもよいし、異なる元素を含んでいてもよい。
【0026】
なお、コート層20の組成は、ここに開示される技術の効果を著しく阻害しない限り特に限定されず、セラミックス製の基材の保護層に使用され得る従来公知の成分を適宜選択することができる。一例として、コート層20は、Si、Al、Fe、Mg、Na、Zn、K、Ca、Snなどを実質的な構成元素とすることができる。そして、これらの構成元素は、酸化物の形態で非晶質マトリクスを構築し得る。すなわち、コート層20には、酸化ケイ素(SiO)、酸化アルミニウム(Al)、酸化鉄(Fe)、酸化マグネシウム(MgO)、酸化カリウム(NaO)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化カリウム(KO)、酸化カルシウム(CaO)、酸化スズ(SnO)などを含む非晶質マトリクスが構築され得る。なお、上述した各元素のコート層20における存在比率は、ここに開示される技術を限定するものではないため、詳細な説明を省略する。
【0027】
3.装飾膜
図1に示すように、本実施形態に係るセラミックス製品1は、装飾膜30を有している。かかる装飾膜30は、コート層20の表面に形成されている。なお、図示は省略するが、装飾膜30は、セラミックス製品1の美観を向上させるという目的の下で、平面視において所望の模様(文字、絵を含む)を呈するように形成される。また、この装飾膜30は、後述する貴金属元素とマトリクス形成元素を含有する。典型的には、装飾膜30は、貴金属領域32と、非晶質領域34を備えている。
【0028】
貴金属領域32は、後述の貴金属元素を主成分として含む領域である。この貴金属領域32は、主に装飾膜30の着色に寄与する。なお、本明細書における「貴金属元素を主成分として含む貴金属領域」とは、セラミックス製品の断面の画像解析で得られたヒストグラムのピークにおいて、最も輝度が高い領域である。かかる画像分析では、先ず、装飾膜の厚み方向に沿ってセラミックス製品を切断し、当該切断面を樹脂包埋処理で固定した後にイオンミリングで研磨する。次に、研磨面が上向きになるようにカーボンテープで試料台に固定した状態で、オスミウムプラズマコーター(日本レーザー電子株式会社製:OPC80N)を用いてコーティングし、切断面がオスミウムで被覆された測定用試料を作製する。なお、オスミウムのコーティングにおける放電電圧は1.2kVとし、真空度は6~8Paとし、コーティング時間は10秒とする。次に、電界放出型走査型電子顕微鏡(株式会社日立ハイテク製:SU8230)を用いて、装飾膜の切断面の二次電子像を取得する。なお、二次電子像の取得における加速電圧は2.0kVとし、エミッション電流は10±0.5μAとし、視野は5万倍~10万倍とする。次に、取得した二次電子像に対して、画像処理ソフトimage J(ver.1.53e)を用いて、ガウシアンフィルタでシグマ=2~5に設定するノイズ除去を行う。本明細書では、このノイズ除去後の画像における輝度値が125以上となった領域を「貴金属元素を主成分として含む貴金属領域」とみなしている。なお、上記ノイズ除去後の画像の輝度値を横軸、カウント数を縦軸にヒストグラム化すると、輝度の異なる4つのピークが確認される(図2参照)。そして、これらの4つのピークは、輝度の低い順から、包埋樹脂、基材、非晶質領域、貴金属領域の4つの領域に対応しており、最も高輝度の領域が貴金属領域と対応する。上記貴金属領域であるか否かを判定する閾値(図2では輝度が125以上)は、かかるヒストグラム解析に基づいて設定されたものである。
【0029】
一方、非晶質領域34は、貴金属領域32の定着や保護に寄与する領域である。この非晶質領域34には、マトリクス形成元素の酸化物を骨格とした非晶質マトリクスが形成されている。なお、本明細書において「マトリクス形成元素」とは、酸化物の状態で非晶質マトリクスを構築し得る金属元素と半金属元素を包含する概念である。また、「非晶質マトリクス」とは、所定の金属元素および半金属元素の非晶質酸化物(アモルファス構造の酸化物)が骨格となった上で、種々の金属元素(又は半金属元素)が酸化物として、または陽イオンの形態で骨格内に存在している構造のことをいう。かかる非晶質マトリクスを有する材料(非晶質材料)の一例として、ガラスが挙げられる。なお、本明細書における「マトリクス形成元素を主成分として含む非晶質領域」とは、上述したセラミックス製品の切断面の画像解析において、2番目に高い輝度が確認される領域である。
【0030】
また、装飾膜30は、図1に示されるような貴金属領域32と非晶質領域34のみからなる層に限定されない。例えば、非晶質領域34に、結晶質の金属酸化物を主成分とする粒子(結晶質粒子)が分散していてもよい。このような結晶質粒子を含む装飾膜30が形成されている場合であっても、ここに開示される技術の効果(耐化学性の向上)を適切に発揮することができる。
【0031】
装飾膜30の厚みTは、30nm以上250nm以下が好適である。このような薄い装飾膜30が形成されたセラミックス製品1は、低コストで優れた美観を奏することができる一方で、装飾膜30が非常に剥離しやすく、かつ、装飾膜30が僅かに剥離しただけでも美観が大きく損なわれるおそれがある。しかし、ここに開示される技術によると、装飾膜30の耐化学性を向上させ、薬品(洗剤等)の曝露による装飾膜30の剥離を抑制できる。すなわち、ここに開示される技術は、薄い装飾膜30を有するセラミックス製品1に特に好適に適用できる。なお、本明細書における「装飾膜の厚みT」は、図1に示すように、装飾膜30の表面30aから貴金属領域32が存在する最も深い位置までの距離のことをいう。本実施形態のように、非晶質材料を主成分とするコート層20が基材10と装飾膜30との間に存在している場合、装飾膜30(非晶質領域34)とコート層20との間に明確な境界が生じないことがあり得る。このため、本明細書では、便宜上、貴金属領域32が存在している部分を装飾膜30とみなしている。
【0032】
なお、図1に示すセラミックス製品1では、複数の貴金属領域32が非晶質領域34に点在している。これによって、各々の貴金属領域32が非晶質領域34によって絶縁されるため、電子レンジ使用時にスパークが生じることを適切に防止できる。一方で、この種の電子レンジ対応セラミックス製品は、非晶質領域の露出量が多いため、装飾膜の耐化学性が低下しやすい。しかし、本実施形態に係るセラミックス製品1は、電子レンジ対応セラミックス製品であるにもかかわらず、優れた耐化学性を有する装飾膜30を備えている。以下、かかる優れた耐化学性を実現する装飾膜30の組成について説明する。
【0033】
(1)貴金属元素
貴金属元素は、装飾膜30の着色に寄与する成分である。上述した通り、貴金属元素は、貴金属領域32の主成分である。但し、装飾膜30内で貴金属元素が存在する位置は、ここに開示される技術を限定する要素ではない。すなわち、製造条件によっては、貴金属元素の一部が非晶質領域34に混入し得る。この貴金属元素としては、白金(Pt)、金(Au)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、銀(Ag)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os)などが挙げられる。
【0034】
ここで、本実施形態に係るセラミックス製品1は、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析における貴金属元素の質量濃度Cが11%以上70%以下に制御されているという第1の特徴を有している。これによって、耐化学性(特に耐酸性)の大幅な低下が抑制され、かつ、美観に優れている装飾膜30を形成できる。具体的には、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析における貴金属元素の質量濃度Cが少なくなると、貴金属元素の触媒作用による耐アルカリ性の低下が生じにくくなる一方で、装飾膜30の耐酸性が低下しやすくなることが実験で確認されている。これに対して、本実施形態では、貴金属元素の質量濃度Cを11%以上にすることによって、耐酸性の大幅な低下を防止している。なお、より優れた耐酸性を有する装飾膜30を形成するという観点から、貴金属元素の質量濃度Cは、11.5%以上が好ましく、12%以上がより好ましく、12.5%以上がさらに好ましく、13%以上が特に好ましい。また、装飾膜30に含まれる貴金属元素が少なくなると、発色成分の減少によるセラミックス製品1の美観低下が生じる可能性もある。しかし、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析における貴金属元素の質量濃度Cが11%以上である場合、好適な発色の装飾膜30を形成できることも確認されている。
【0035】
一方で、貴金属元素の質量濃度Cが多くなりすぎると、装飾膜30の光沢(グロス)が低下し、セラミックス製品1の美観が損なわれることが確認されている。これは、貴金属元素の存在量が多くなりすぎた装飾膜では、過焼結によって貴金属粒子の粒径が大きくなりすぎて装飾膜に曇りが生じるためと推測される。かかる観点から、本実施形態では、貴金属元素の質量濃度Cが70%以下に制御されている。なお、より優れた美観のセラミックス製品1を得るという観点から、貴金属元素の質量濃度Cは、69.5%以下が好ましく、69%以下がより好ましく、68.5%以下がさらに好ましく、68%以下が特に好ましい。
【0036】
なお、白金(Pt)は、上述の貴金属元素の中でも特に優れた発色を呈するため、美観に優れた装飾膜30の形成に好適である。例えば、本実施形態のような電子レンジ対応のセラミックス製品1は、貴金属領域32の連続性が失われているため、装飾膜30が暗く見えやすいという問題を有してる、しかし、貴金属元素の主成分としてPtを使用することによって、電子レンジ対応のセラミックス製品1であっても、優れた発色の装飾膜30を形成できる。一方で、Ptは、他の貴金属元素(例えばAu等)と比べて触媒作用が強いため、非晶質マトリクスの加水分解による耐アルカリ性の低下を特に促進しやすい。しかし、本実施形態に係るセラミックス製品1では、貴金属元素(Pt)による装飾膜30の耐アルカリ性の低下を補うことができるように、後述するC/Cの割合を適切な範囲に制御している。このため、本実施形態によると、貴金属元素の主成分としてPtを使用した場合でも、充分な耐アルカリ性を有し、かつ、発色に優れた装飾膜30を形成できる。なお、本明細書における「貴金属元素の主成分としてPtを含む」とは、装飾膜の表面を対象としたFESEM-EDS分析によって確認された全ての貴金属元素の質量濃度Cに対するPtの質量濃度CPtの割合(CPt/C)が0.75以上(好適には0.85以上、より好適には0.95以上)であることをいう。
【0037】
(2)マトリクス形成元素
上述した通り、マトリクス形成元素は、酸化物の状態で非晶質マトリクスを構築し得る金属元素又は半金属元素である。但し、上記貴金属元素と同様に、装飾膜30におけるマトリクス形成元素の存在位置も、ここに開示される技術を限定するものではない。すなわち、製造条件によっては、マトリクス形成元素と解され得る元素の一部が貴金属領域32に混入することもあり得る。このマトリクス形成元素の一例として、Al、Ti、Zr、Si、Bi、Sm、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Dy、Sn、Zn、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Li、Na、K、Rb、B、V、Fe、Cu、P、Sc、Pm、Eu、Gd、Tb、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Ni、In、Co、Cr等が挙げられる。なお、上述した貴金属元素の中には、焼成処理において一部が酸化して非晶質マトリクスを構成する元素(Agなど)も存在する。しかし、本明細書では、便宜上、上記(1)貴金属元素にて挙げた元素はマトリクス形成元素とみなさないものとする。すなわち、本明細書における「マトリクス形成元素の質量濃度C」は、非晶質マトリクスを形成し得る金属元素と半金属元素のうち、貴金属元素を除いた元素の質量濃度のことを指すものとする。
【0038】
ここに開示される技術を限定するものではないが、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析におけるマトリクス形成元素の質量濃度Cは、20%以上が好ましく、22.5%以上がより好ましく、25%以上がさらに好ましく、27.5%以上が特に好ましい。これによって、充分な非晶質領域34を有し、優れた光沢を発揮する装飾膜30を形成できる。一方、上記マトリクス形成元素の質量濃度Cは、50%以下が好ましく、47.5%以下がより好ましく、45%以下が特に好ましい。これによって、一定以上の貴金属領域32を確保し、発色に優れた装飾膜30を形成できる。
【0039】
次に、マトリクス形成元素として装飾膜30に含まれ得る元素について具体的に説明する。
【0040】
(a)希土類元素
まず、本実施形態における装飾膜30は、マトリクス形成元素として、少なくとも希土類元素を含有する。希土類元素は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)のなかから特に制限なく選択できる。これらの希土類元素は、酸素親和性が高いため、非晶質マトリクス中にドープされることで網目構造を引き締めることができる。また、希土類酸化物は、アルカリ性薬剤の曝露によって他の成分が溶出した後も残留して被膜化する。これによって、非晶質領域34の内部にアルカリが侵入して装飾膜30を破損させることを抑制できる。なお、上述の希土類元素のなかでも、Y、Sm、La、Ce、Pr、Nd、Dyは、装飾膜30の耐アルカリ性を適切に向上できる。特に、Sm、La、Ce、Pr、Nd、Dyは、比較的に少量で耐アルカリ性を充分に向上させることができる。
【0041】
ここで、本実施形態に係るセラミックス製品1は、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析において、貴金属元素の質量濃度Cに対する希土類元素の質量濃度Cの割合(C/C)が0.01以上0.18以下となるように構成されているという第2の特徴を有している。まず、上記C/Cが0.01以上である装飾膜30は、耐アルカリ性低下の要因となる貴金属元素に対して、耐アルカリ性向上の要因となる希土類元素が一定以上含まれているため、耐アルカリ性を好適な範囲に維持できる。なお、より優れた耐アルカリ性を有する装飾膜30を実現するという観点から、上記C/Cは、0.012以上が好ましく、0.014以上がより好ましく、0.016以上がさらに好ましく、0.018以上が特に好ましい。一方で、過剰な希土類元素を含む装飾膜30は、耐酸性が大きく低下するおそれがある。かかる耐酸性の低下を考慮し、本実施形態に係るセラミックス製品1では、上記C/Cの上限値を0.18以下に規定している。なお、より優れた耐酸性を有する装飾膜30を実現するという観点から、上記C/Cは、0.17以下が好ましく、0.16以下がより好ましく、0.15以下がさらに好ましい。なお、ここに開示される技術では、貴金属元素の質量濃度Cが11%以上70%以下を満たし、かつ、上記C/Cが0.01以上0.18以下を満たしていればよく、希土類元素の質量濃度C自体は特に限定されない。例えば、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析における希土類元素の質量濃度Cは、0.3%以上でもよく、0.4%以上でもよく、0.5%以上でもよい。一方、希土類元素の質量濃度Cの上限値は、7.5%以下でもよく、6.0%以下でもよく、5.5%以下でもよい。
【0042】
(b)第1元素
また、装飾膜30は、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)およびコバルト(Co)からなる第1元素の少なくとも一種を含有していると好ましい。これらの第1元素は、装飾膜30の耐化学性をさらに向上させることに貢献し得る。ここに開示される技術を限定する意図はないが、かかる効果が得られる理由は、以下のように推測される。まず、Zrは酸化ジルコニウム(ZrO)の状態で非晶質マトリクス中に存在し、Tiは酸化チタン(TiO)の状態で非晶質マトリクス中に存在する。これらのZrOやTiOは、網目構造を修飾するイオンとして非晶質マトリクスの骨格(例えば、ケイ酸ガラス)と複合化し得る。そして、ZrOやTiOは、単独材料として耐化学性が非常に高いため、アルカリ性薬剤の曝露によって他成分が溶出した後も残留して被膜を形成し、装飾膜30の耐化学性の向上に貢献する。一方、Coは酸化コバルト(CoO、Co、Coの少なくとも何れか)の状態で非晶質マトリクス中に存在する。この酸化コバルトも、網目構造を修飾するイオンとして非晶質マトリクスの骨格と複合化し得る。そして、酸化コバルトは、貴金属領域32と非晶質領域34との密着性を強化することで、装飾膜30の耐化学性の向上に貢献し得る。
【0043】
但し、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析における第1元素の質量濃度Cが多くなりすぎると、希土類元素の質量濃度Cが相対的に低下するため、上記C/Cの条件を満たす耐アルカリ性に優れた装飾膜30の形成が却って困難になるおそれがある。かかる観点から、希土類元素の質量濃度Cに対する第1元素の質量濃度Cの割合(C/C)は、3以下が好ましく、2.9以下がより好ましく、2.8以下がさらに好ましく、2.7以下が特に好ましい。一方、本実施形態における装飾膜30は、上記C/Cの条件を満たしていれば、第1元素が含まれてなくても、一定以上の耐化学性を発揮できる。従って、上記C/Cの下限値は、特に限定されず、C/C=0であってもよい。但し、第1元素による耐化学性向上効果を適切に発揮させる場合には、C/Cが0.1以上(より好適には0.2以上、さらに好適には0.3以上、特に好適には0.4以上)となるように、第1元素を含有させることが好ましい。
【0044】
なお、上記第1元素の質量濃度C自体は、特に限定されない。但し、第1元素による耐化学性向上効果をより適切に発揮させるという観点から、第1元素の質量濃度Cは、0.01%以上が好ましく、0.02%以上がより好ましく、0.03%以上が特に好ましい。一方、第1元素の過剰な添加による希土類元素の質量濃度Cの相対的な低下を防止するという観点から、第1元素の質量濃度Cは、5%以下が好ましく、4%以下がより好ましく、3%以下がさらに好ましく、2%以下が特に好ましい。
【0045】
(c)第2元素
次に、マトリクス形成元素は、非晶質領域34において適切な非晶質マトリクスを形成し得る限りにおいて、希土類元素と第1元素以外の金属元素または半金属元素を含有し得る。本明細書では、かかる希土類元素と第1元素以外のマトリクス形成元素を「第2元素」と称する。以下、かかる第2元素の一例として、Si、Al、Biについて説明する。
【0046】
まず、Siは、酸化ケイ素(SiO)の状態で非晶質領域34の非晶質マトリクスの骨格を構成し得る。なお、ここに開示される技術を限定するものではないが、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析におけるSiの質量濃度CSiは、10%以上が好ましく、15%以上がより好ましく、17.5%以上がさらに好ましく、20%以上が特に好ましい。これによって、適切な骨格を有した強固な非晶質マトリクスを形成できる。一方、他の元素(希土類元素や第1元素等)を充分に確保するという観点から、上記Siの質量濃度CSiの上限は、60%以下が好ましく、59.5%以下がより好ましく、59%以下がさらに好ましく、58.5%以下が特に好ましい。
【0047】
次に、Alは、その一部が他の元素(Si、希土類元素等)との複合酸化物を形成し、装飾膜30の耐化学性の向上に貢献し得る。ここに開示される技術を限定するものではないが、より優れた耐化学性を有する装飾膜30を得るという観点から、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析におけるAlの質量濃度CAlは、1%以上が好ましく、1.5%以上がより好ましく、2%以上がさらに好ましく、2.5%以上が特に好ましい。一方、希土類元素や第1元素等の存在量を充分に確保するという観点から、上記Alの質量濃度CAlの上限は、15%以下が好ましく、14%以下がより好ましく、13.5%以下がさらに好ましく、13%以下が特に好ましい。
【0048】
また、Biは、酸化ビスマス(Bi)の状態で非晶質領域34の非晶質マトリクスの骨格の一部を構成する。かかるBiは、非晶質材料を軟化させる効果があるため、セラミックス製品1における装飾膜30の定着性の向上に貢献できる。特に、本実施形態のように、コート層20の表面に装飾膜30を形成している場合には、Biがコート層20側に拡散することによって、さらに高い定着性が得られる。Biは、かかる定着性の向上という作用によって、装飾膜30の剥離防止に貢献できる。なお、Biによる定着性向上効果をより好適に発揮させるという観点から、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析におけるBiの質量濃度CBiは、0.01%以上が好ましく、0.015%以上がより好ましく、0.05%以上が特に好ましい。一方、希土類元素や第1元素等の存在量を充分に確保するという観点から、上記Biの質量濃度CBiは、5%以下が好ましく、4.7%以下がより好ましく、4.5%以下がさらに好ましく、4%以下が特に好ましい。
【0049】
なお、上述の説明は、第2元素をSi、Al、Biに限定することを意図したものではない。ここに開示される技術の効果への影響が小さいため詳細な説明を省略するが、Si、Al、Bi以外の第2元素としては、Sn、Zn、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Li、Na、K、Rb、B、V、Fe、Cu、P、Ni、Crなどが挙げられる。なお、装飾膜30の表面30aを対象としたFESEM-EDS分析における第2元素の質量濃度Cは、88%以下が好ましく、80%以下がより好ましく、75%以下がさらに好ましく、70%以下が特に好ましい。これによって、装飾膜30の耐化学性に大きく影響する元素(希土類元素、第1元素等)の質量濃度が相対的に低下することを防止できる。一方、上記第2元素の質量濃度Cの下限値は、特に限定されず、20%以上でもよく、25%以上でもよく、30%以上でもよい。
【0050】
(3)非金属元素
また、本実施形態に係るセラミックス製品1の装飾膜30は、貴金属元素やマトリクス形成元素の金属元素以外に、非金属元素を含有し得る。例えば、上述した通り、マトリクス形成元素は、酸化物の状態で非晶質領域34に存在しているため、装飾膜30には酸素(O)が存在し得る。また、詳しくは後述するが、装飾膜30の前駆体である装飾用組成物(絵具)には、種々の有機材料が添加されている。焼成後の装飾膜30には、かかる有機材料に由来する非金属元素が含まれていてもよい。この種の非金属元素の一例として、炭素(C)、硫黄(S)、窒素(N)、リン(P)などが挙げられる。
【0051】
<セラミックス製品の製造方法>
次に、本実施形態に係るセラミックス製品1を製造する方法の一例について説明する。なお、ここに開示されるセラミックス製品は、以下の製造方法によって製造されたものに限定されない。
【0052】
本実施形態に係るセラミックス製品1を製造する際には、まず、所望の基材10を準備する。例えば、所定のセラミックス成分を混練した基材用材料を成形・焼成することによって基材10を作製することができる。また、図1に示すようなコート層20付きの基材10は、焼成後の基材10の表面に釉薬を塗布した後に再度焼成することによって作製できる。但し、本工程は、基材10を準備できれば、特に限定されない。例えば、別途作製された基材10を購入して準備してもよい。
【0053】
次に、本実施形態に係るセラミックス製品1の製造では、基材10上に装飾膜30を形成する。この装飾膜30の形成では、所定の成分を含有する装飾用組成物(絵具)を用いて、基材10の表面に所望の模様を描画した後に焼成処理を実施する。本工程における焼成処理では、焼成温度を700℃~1000℃の範囲に設定することが好ましい。これによって、装飾用組成物の成分を適切に焼結させて装飾膜30を形成することができる。
【0054】
本実施形態において用いられる装飾用組成物は、貴金属元素と、マトリクス形成元素を含んだペースト状の組成物である。なお、この装飾用組成物における貴金属元素やマトリクス形成元素の形態は、特に限定されない。例えば、貴金属元素やマトリクス形成元素は、金属レジネート、錯体、重合体、固形物(微細粒子)などの形態をとり得る。なお、装飾用組成物に含まれる貴金属元素とマトリクス形成元素の詳細は、重複した説明となるため記載を省略する。
【0055】
なお、本工程における焼成処理を実施すると、装飾用組成物と、当該装飾用組成物を塗布した下地層(基材10又はコート層20)の成分の一部とが混ざることがある。このため、焼成処理後の装飾膜30には、装飾用組成物に由来する元素だけでなく、下地層に由来する元素も含まれる。さらに、下地層の成分が装飾膜に混入する程度は、装飾用組成物や下地層の成分だけでなく、焼成条件(焼成温度、焼成時間等)などによっても変動し得る。このため、ここに開示されるセラミックス製品を製造する際には、装飾用組成物の組成、下地層の組成および焼成条件などの諸条件を適宜変更し、所望の構成のセラミックス製品が形成される条件を調べる予備試験を適宜実施することが好ましい。
【0056】
また、装飾用組成物には、貴金属元素とマトリクス形成元素の他に、基材表面への定着性や成形性などを考慮して種々の成分を添加されていると好ましい。かかる添加物は、ここに開示される技術の効果を著しく妨げない限りにおいて、装飾用組成物に使用され得る従来公知の成分を特に制限なく使用することができる。例えば、貴金属元素とマトリクス形成元素の各々を金属レジネートの状態で含有する場合には、当該金属レジネートを形成するための有機化合物が装飾用組成物に添加される。かかる有機化合物は、金属レジネートの生成に用いられ得る従来公知の樹脂材料を特に制限なく使用できる。かかる樹脂材料としては、オクチル酸(2-エチルヘキサン酸)、アビエチン酸、ナフテン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノレン酸、ネオデカン酸などの高炭素数(例えば炭素数8以上)のカルボン酸;スルホン酸;ロジン等に含まれる樹脂酸;テレピン油、ラベンダー油等の精油成分を含む樹脂硫化バルサム、アルキルメルカプチド(アルキルチオラート)、アリールメルカプチド(アリールチオラート)、メルカプトカルボン酸エステル、アルコキシド等が挙げられる。
【0057】
また、貴金属元素とマトリクス形成元素の各々を金属レジネートの状態で含有する場合には、当該金属レジネートを分散または溶解する有機溶媒が用いられていることが好ましい。かかる溶媒としては、従来からレジネートペーストに使用されているものや、水金液に使用されているものを特に制限なく使用することができる。例えば、1,4-ジオキサン、1,8-シネオール、2-ピロリドン、2-フェニルエタノール、N-メチル-2-ピロリドン、p-トルアルデヒド、安息香酸ベンジル、安息香酸ブチル、オイゲノール、カプロラクトン、ゲラニオール、サリチル酸メチル、シクロヘキサノン、シクロヘキサノール、シクロペンチルメチルエーテル、シトロネラール、ジ(2-クロロエチル)エーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジヒドロカルボン、ジブロモメタン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ニトロベンゼン、ピロリドン、プロピレングリコールモノフェニルエーテル、プレゴン、ベンジルアセテート、ベンジルアルコール、ベンズアルデヒド、テレピン油、ラベンダー油等が挙げられる。なお、これらの有機溶剤は、1種または2種以上を用いてもよい。なお、金属レジネートは、例えば、レジネートペーストとして市販されているため、かかるレジネートペーストをそのまま使用してもよい。
【0058】
また、装飾用組成物は、ここで開示される技術の効果を著しく損なわない限りにおいて、他の付加的成分を含有していてもよい。かかる付加的成分としては、例えば、有機バインダ、保護材、界面活性剤、増粘剤、pH調整剤、防腐剤、消泡剤、可塑剤、安定剤、酸化防止剤などが例示される。
【0059】
<他の実施形態>
以上、ここに開示される技術の一実施形態について説明した。なお、上述の実施形態に係るセラミックス製品1は、ここに開示される技術が適用される一例を示したものであり、ここに開示される技術を限定するものではない。
【0060】
例えば、図1に示すように、上述の実施形態に係るセラミックス製品1は、基材10と装飾膜30との間に、コート層20を備えている。しかし、ここに開示されるセラミックス製品において、コート層20は必須の構成ではない。すなわち、装飾膜は、セラミックス製の基材の表面に直接形成されていてもよい。ここに開示される技術によると、基材表面に装飾膜が直接形成されたセラミックス製品においても、充分な耐化学性を有する装飾膜を形成することができる。また、セラミックス製品の他の例として、所定の金属酸化物粒子(例えばジルコン粒子)が分散したマット層を基材と装飾膜との間に形成し、装飾膜のツヤを意図的に低減させたものが挙げられる。さらに、セラミックス製品の他の例として、基材とコート層との間に絵具層を形成し、立体的な装飾膜を形成したものが挙げられる。ここに開示される技術は、これらの構成のセラミックス製品に、特に制限なく適用することができる。
【0061】
また、図1に示すように、上述の実施形態に係るセラミックス製品1は、複数の貴金属領域32が非晶質領域34に点在した電子レンジ対応セラミックス製品である。しかし、ここに開示される技術によると、電子レンジ対応以外のセラミックス製品においても、優れた耐化学性を有する装飾膜の実現に貢献できる。但し、図1に示すような電子レンジ対応のセラミックス製品1は、非晶質領域32の露出量が非常に多いため、貴金属元素の触媒作用による非晶質マトリクスの加水分解の促進という現象が、装飾膜30の耐アルカリ性の大幅な低下という形で顕在化しやすい。ここに開示される技術は、この貴金属元素による耐アルカリ性の低下を適切に抑制できるため、電子レンジ対応セラミックス製品に特に好適に適用することができる。
【0062】
[試験例]
以下、ここで開示される技術に関する試験例を説明するが、ここに開示される技術をかかる試験例に限定することを意図したものではない。
【0063】
A.第1の試験
本試験では、組成が異なる19種類の装飾用組成物を使用して作製したセラミックス製品(例1~例7、例9~例17、例19、例22~例23)を準備し、各例のセラミックス製品の性能(耐酸性、耐アルカリ性、装飾膜の光沢)を調べた。
【0064】
1.サンプルの準備
<セラミックス製品の作製>
本試験では、まず、コート層付きの白磁平板(縦:15mm、横:15mm)を準備した。そして、この白磁平板の片側の表面全体に、貴金属元素とマトリクス形成元素を含む装飾用組成物を塗布した。この装飾用組成物の塗布には、ミカサ株式会社製のスピンコーター(Opticoat MS-A-150)を使用し、焼成後の装飾膜の膜厚が30nm~250nmの範囲内になるようにスピン条件を調節した。そして、装飾用組成物が付与された白磁平板を、60℃のホットプレートで1時間乾燥させた後、800℃で10分間焼成した。これにより、表面に装飾膜が形成されたセラミックス製品を作製した。なお、白磁平板に形成されたコート層は、下記の組成の釉薬を1200℃で焼成したものである。
【0065】
[コート層形成用の釉薬の組成]
SiO:70.8wt%
Al:16.39wt%
Fe:0.11wt%
CaO :4.2wt%
MgO :3.99wt%
O :3.36wt%
NaO :0.63wt%
ZnO :0.53wt%
【0066】
そして、本試験では、例1~例7、例9~例17、例19、例22~例23の各々において、装飾膜形成用の絵具(装飾用組成物)の組成を異ならせた。なお、装飾用組成物の調製では、軟膏壺に各種原料を調合し、株式会社シンキー製の撹拌機(製品名:自転公転あわとり練太郎)を用いて、回転数1800rpmで2分間の混合を行った。そして、粘度が10mPa・s~15mPa・sの範囲になるように、各々の装飾用組成物を適宜希釈した。例1~例23の各々で使用した装飾用組成物の組成を表1に示す。なお、表1に示す各元素は以下の形態で装飾用組成物に添加した。
【0067】
[装飾用組成物における各元素の形態]
Ag:Agレジネート(銀樹脂酸塩)
Au:Auレジネート(金樹脂硫化バルサム)
Pt:Ptレジネート(白金樹脂硫化バルサム)
Rh:Rhレジネート(ロジウム樹脂硫化バルサム)
Al:Alレジネート(アルミニウム樹脂酸塩)およびアルミニウム錯体
Ti:Tiレジネート(チタン樹脂酸塩)およびチタン錯体
Co:Coレジネート(コバルト樹脂酸塩)
Si:Siレジネート(シリコン樹脂酸塩)
Bi:Biレジネート(ビスマス樹脂酸塩)
Sm:Smレジネート(サマリウム樹脂酸塩)
Y :Yレジネート(イットリウム樹脂酸塩)
La:Laレジネート(ランタン樹脂酸塩)
Ce:Ceレジネート(セリウム樹脂酸塩)
Pr:Prレジネート(プラセオジム樹脂酸塩)
Nd:Ndレジネート(ネオジム樹脂酸塩)
Dy:Dyレジネート(ジスプロシウム樹脂酸塩)
【0068】
【表1】
【0069】
2.評価試験
<質量濃度の測定>
例1~例7、例9~例17、例19、例22~例23のセラミックス製品から切り出した試験片を、装飾膜が上向きになるようにカーボンテープで試料台に固定し、オスミウムプラズマコーター(日本レーザー電子株式会社製:OPC80N)を用いてコーティングを行った。これによって、装飾膜の表面がオスミウムで被覆された測定用試料を作製した。なお、コーティングにおける放電電圧は1.2kVとし、真空度は6~8Paとし、コーティング時間は10秒とした。
【0070】
次に、電界放出型走査型電子顕微鏡(株式会社日立ハイテク製:SU8230)と、エネルギー分散型X線分析装置(株式会社堀場製作所製 検出器:X-Max80、ソフトウェア:EMAX ENERGY バージョン 2.04)を用いて、各例の測定用試料の装飾膜の表面における各元素の定性分析チャートを取得した。なお、本試験では、C、O、Na、Mg、Al、Si、、K、Ca、Ti、Zn、Ga、Coの分析においてK線を使用した。また、Ba、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Dy、Pt、Au、Rhの分析においてL線を使用し、Biの分析においてM線を使用した。そして、かかる定性分析チャートに基づいて、各元素の質量濃度を測定した。なお、各元素の質量濃度は、EMAXソフトウェアの「定量分析」モードにて金属元素と半金属元素のみを対象元素として指定し、自動演算(スタンダードレス法)にて算出した。また、上記FESEM-EDS分析における詳細な測定条件は以下の通りである。
【0071】
[検出条件]
視野 :5000倍
加圧電圧 :15.0kV
エミッション電流 :10μA
引き出し電圧 :4.2kV
プローブ電流設定 :High
コンデンサレンズ1 :4.0
ワーキングディスタンス:15.0±0.5mm
【0072】
[定性分析条件]
スペクトル収集時間 :60秒
プロセスタイム :4
スペクトルレンジ :0-20keV
チャネル数 :2k
【0073】
そして、本試験では、上述の条件で取得した定性分析チャートに基づいて、装飾膜の表面の総原子数(100%)に対する各元素の質量濃度(%)を算出した。算出結果を表2に示す。
【0074】
【表2】
【0075】
また、本試験では、測定した各元素の質量濃度に基づいて、「貴金属元素の質量濃度C」と、「貴金属元素の質量濃度Cに対する希土類元素の質量濃度Cの割合(C/C)」と、「希土類元素の質量濃度Cに対する第1元素の質量濃度Cの割合(C/C)」と、「貴金属元素の質量濃度Cに対するPtの質量濃度CPtの割合(CPt/C)」を算出した。各々の算出結果を表3に示す。
【0076】
<耐酸性評価>
4wt%の酢酸水溶液を室温(23~25℃)に維持し、当該酢酸水溶液に試験片を24時間浸漬させた。そして、酢酸水溶液から取り出した試験片を水洗し、ジルコンペーパーを10往復擦り付ける擦過試験を実施し、装飾膜に損傷が生じているか否かを観察した。そして、本試験では、30%以上の装飾膜が残存したサンプルを充分な耐酸性を有している(○)とみなした。評価結果を表3に示す。
【0077】
<耐アルカリ性評価>
本試験では、100℃まで加熱して沸騰させた0.5wt%のNaCO水溶液(3L)に各例の試験片を30分間浸漬した。そして、浸漬後の試験片を水洗し、ジルコンペーパーを10往復擦り付ける擦過試験を実施し、装飾膜に損傷が生じているか否かを観察した。そして、本試験では、浸漬時間を30分単位で延長し、30%以上の装飾膜が残存した最大浸漬時間を「耐久時間(h)」とみなした。各例の耐久時間を表3に示す。
【0078】
<光沢評価>
分光測色計を用いて、各例の装飾部のグロス値を測定した。具体的には、コニカミノルタセンシング株式会社製の分光測色計(CM―700d)を使用し、SCI、SCEモードにおけるL*値、a*値、b*値および8°光沢度を表すグロス値を測定した。そして、本評価では、グロス値が500以上である装飾部を好適な光沢を有していると評価した。各例のグロス値を表3に示す。
【0079】
【表3】
【0080】
以上の通り、例1~例7、例9~例17では、耐酸性、耐アルカリ製およびグロス値の各々が優れた装飾膜が形成されていた。しかし、例22、23では、30分という短時間、アルカリ液に浸漬しただけで装飾膜の大部分が剥離した。このことから、装飾膜の耐アルカリ性を充分に確保するには、C/Cを一定以上確保する必要があることが分かった。一方で、C/Cを高くし過ぎた例19では、酸液への浸漬によって装飾膜が容易に剥離することが確認された。このことから、希土類元素には、装飾膜の耐酸性を低下させる作用があるため、総合的な耐化学性に優れたセラミックス製品を得るには、C/Cを一定以下に制御する必要があることが分かった
【0081】
B.第2の試験
本試験では、組成が異なる下地層を有する6種類の基材に対して、同じ組成の装飾用組成物を使用してセラミックス製品を作製した(例24~例29)。そして、各例のセラミックス製品に対して、第1の試験と同様に耐酸性、耐アルカリ性、装飾膜の光沢を評価した。
【0082】
1.サンプルの準備
<セラミックス製品の作製>
例24~例28では、組成の異なるコート層が形成された白磁平板を5種類準備した。また、例29では、Zr粒子が分散したマット層が表面に形成された白磁平板を使用した。そして、各々の基材の表面に装飾用組成物を塗布して焼成することによって、装飾膜を有するセラミックス製品を作製した。なお、本試験で使用した装飾用組成物は、第1の試験の例6で使用した装飾用組成物である。また、装飾用組成物の塗布や焼成処理に関する条件は、第1の試験と同じ条件に設定した、
【0083】
なお、例24~例29では、市販の食器を購入し、白磁平板を切り出して使用したため、下地層(コート層又はマット層)の形成に使用した薬剤(釉薬等)の組成が不明である。このため、本試験では、装飾膜を形成する前の白磁平板の表面に対してFESEM-EDS分析による元素分析を実施して下地層の組成を調べた。当該FESEM-EDS分析の結果を表4に示す。
【0084】
【表4】
【0085】
2.評価試験
本試験では、上記第1の試験と同様の手順に従って、(1)質量濃度の測定と、(2)耐酸性評価と、(3)耐アルカリ性評価と、(4)光沢評価を実施した。質量濃度の測定結果を表5に示し、耐酸性評価と耐アルカリ性評価と光沢評価の結果を表6に示す。なお、例29では、装飾膜のツヤを意図的に低減させるマット層を形成しているため、測定不能な状態までグロス値が低下した。このため、表6中の例29のグロス値の欄には、測定不能を意味する「-」を記載した。
【0086】
また、本試験では、第1の試験と同様に、質量濃度の測定結果に基づいて、「貴金属元素の質量濃度C」と、「貴金属元素の質量濃度Cに対する希土類元素の質量濃度Cの割合(C/C)」と、「希土類元素の質量濃度Cに対する第1元素の質量濃度Cの割合(C/C)」と、「貴金属元素の質量濃度Cに対するPtの質量濃度CPtの割合(CPt/C)」を算出した。これらの算出結果を表6に示す。
【0087】
【表5】
【0088】
【表6】
【0089】
以上の通り、例24~例29では、同じ組成の装飾用組成物を使用しているにもかかわらず、焼成後の装飾膜の組成が異なっていた。これは、焼成処理において装飾用組成物と下地層の一部が混合されたことと、FESEM-EDS分析において下地層の構成元素が反映されたことに起因していると推測される。しかしながら、焼成後の装飾膜に対するFESEM-EDS分析において、貴金属元素の質量濃度Cが11%以上70%以下となり、かつ、貴金属元素の質量濃度Cに対する希土類元素の質量濃度Cの割合(C/C)が0.01以上0.18以下となっていれば、装飾用組成物と下地層とが混合された場合でも、充分な耐化学性を有するセラミックス製品を製造できることが分かった。
【0090】
C.第3の試験
本試験では、第1の試験とは組成が異なる5種類の装飾用組成物を準備し、各々の装飾用組成物を用いてセラミックス製品を作製した(例30~例34)。そして、各例のセラミックス製品に対して、第1及び第2の試験と同様に耐酸性、耐アルカリ性、装飾膜の光沢を評価した。
【0091】
1.サンプルの準備
本試験では、上記第1の試験と同じ組成のコート層(釉薬)を有する白磁平板を準備した。そして、この白磁平板の片側の表面全体に装飾用組成物を塗布した。この装飾用組成物の塗布には、ミカサ株式会社製のスピンコーター(Opticoat MS-A-150)を使用し、焼成後の装飾膜の膜厚が30nm~250nmの範囲内になるようにスピン条件を調節した。そして、本試験では、焼成温度を850℃に昇温させた点を除いて、第1の試験と同じ条件で焼成処理を行った。これにより、表面に装飾膜が形成されたセラミックス製品を作製した(例30~例34)。なお、本試験で使用した5種類の装飾用組成物の組成は、以下の表7に示す通りである。
【0092】
【表7】
【0093】
2.評価試験
本試験では、上記第1及び第2の試験と同様の手順に従って、(1)質量濃度の測定と、(2)耐酸性評価と、(3)耐アルカリ性評価と、(4)光沢評価を実施した。質量濃度の測定結果を表8に示し、耐酸性評価と耐アルカリ性評価と光沢評価の結果を表9に示す。
【0094】
また、本試験では、第1及び第2の試験と同様に、質量濃度の測定結果に基づいて、「貴金属元素の質量濃度C」と、「貴金属元素の質量濃度Cに対する希土類元素の質量濃度Cの割合(C/C)」と、「希土類元素の質量濃度Cに対する第1元素の質量濃度Cの割合(C/C)」と、「貴金属元素の質量濃度Cに対するPtの質量濃度CPtの割合(CPt/C)」を算出した。これらの算出結果を表9に示す。
【0095】
【表8】
【0096】
【表9】
【0097】
表8に示すように、本試験では、装飾用組成物にビスマス(Bi)を添加しなかった例31(表7参照)だけでなく、例30~例34の全てにおいて装飾膜中にビスマス(Bi)の存在が確認されなかった。これは、焼成温度を上昇させたことによって、焼成中のBi元素の拡散が促進された結果、検出限界以下のBi濃度となったためと予想される。一方で、例30~例34の何れにおいても、耐酸性、耐アルカリ製およびグロス値が優れた装飾膜が形成されていた。このことから、貴金属元素の質量濃度Cが11%以上70%以下の範囲内であり、かつ、C/Cが0.01以上0.18以下の範囲内であれば、Bi元素が検出限界以下の極めて低濃度となっていても、耐化学性と美感に優れた装飾膜を形成できることが分かった。
【0098】
以上、ここで開示される技術の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【符号の説明】
【0099】
1 セラミックス製品
10 基材
20 コート層
30 装飾膜
32 貴金属領域
34 非晶質領域
図1
図2