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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-17
(45)【発行日】2025-02-26
(54)【発明の名称】慣性推定装置及びモータ制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 29/00 20160101AFI20250218BHJP
   H02P 29/40 20160101ALI20250218BHJP
【FI】
H02P29/00
H02P29/40
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020132775
(22)【出願日】2020-08-05
(65)【公開番号】P2022029503
(43)【公開日】2022-02-18
【審査請求日】2023-07-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】林 崇
【審査官】谿花 正由輝
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-346359(JP,A)
【文献】特開2007-156699(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 29/00
H02P 29/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータと当該モータにより駆動される機械負荷とを含む機械駆動システムの慣性を推定する装置であって、
前記モータの速度絶対値が所定の閾速度を超える第1の条件、及び、前記モータが始動または方向反転してからの経過時間が所定の閾時間を超える第2の条件、を充足した時に、前記モータの速度を慣性の推定開始速度として記憶する手段と、
前記第1の条件及び前記第2の条件を充足した時に、少なくとも前記モータのトルク及び加速度を被積分関数に含む数値積分を開始する手段と、
前記モータが減速してその速度絶対値が前記推定開始速度を下回った時点で前記数値積分を終了する手段と、
を備え、
前記モータの加減速期間における前記数値積分の演算結果から、前記機械駆動システムの慣性推定値を得ることを特徴とする慣性推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載した慣性推定装置において、
前記慣性推定値をJとし、この慣性推定値Jを、
前記加減速期間中の時刻tにおける前記モータの加速度a(t)及びトルクT(t)を用いて、数式Aにより演算することを特徴とする慣性推定装置。
[数式A]
=∫T(t)a(t)dt/∫{a(t)}dt
【請求項3】
請求項1に記載した慣性推定装置において、
前記慣性推定値をJとし、この慣性推定値Jを、
前記加減速期間中の時刻tにおける前記モータの加速度a(t)、トルクT(t)、速度v(t)、及び、負荷モデルに基づいて推定された推定負荷トルクTLest(v(t))を用いて、数式Bにより演算することを特徴とする慣性推定装置。
[数式B]
=∫{T(t)-TLest(v(t))}a(t)dt/∫{a(t)}dt
【請求項4】
請求項2または3に記載した慣性推定装置において、
前記モータの加減速期間ごとに前記慣性推定値Jを求めると共に重みW=∫{a(t)}dtを演算する手段と、
前記慣性推定値J及び重みWを用いて当該加減速期間以前に記憶した慣性推定平均値J及び積算重みWを更新し、更新した慣性推定平均値Jを慣性推定結果として出力する手段と、
を備えたことを特徴とする慣性推定装置。
【請求項5】
請求項4に記載した慣性推定装置において、
前記慣性推定平均値J及び前記積算重みWは、前記慣性推定値J及び重みWが新たに得られる度に、W前回値にW今回値を加算した結果を所定の上限値Wmaxにより制限した値をW今回値として更新した上で、
数式Cにより前記慣性推定平均値JをJ今回値として更新することを特徴とする慣性推定装置。
[数式C]
今回値 =J前回値+(W今回値/W今回値)×(J今回値-J前回値)
【請求項6】
請求項4または5に記載した慣性推定装置において、
前記慣性推定平均値J及び前記積算重みWが、不揮発性メモリに記憶されると共に外部から初期化可能であることを特徴とする慣性推定装置。
【請求項7】
請求項1~6の何れか1項に記載した慣性推定装置により得た慣性推定値を用いて前記モータを制御することを特徴とするモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、速度制御が可能なモータに機械負荷を接続してなる機械駆動システムの慣性を推定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
機械負荷が接続されたモータの速度制御を良好に行うためには、モータ及び機械負荷を含む機械駆動システム全体の慣性を知ってこの慣性を速度制御条件に反映することが必要となる。
慣性が未知である機械負荷をモータに接続して駆動する場合には、運転中のトルクや速度の情報を用いて慣性を推定することが良く行われている。この場合、ある時間範囲のデータを用いてオフラインで推定することも可能であるし、また、逐次最小2乗法などを用いたオンライン推定も既に実用化されている。
【0003】
モータによって機械負荷を駆動する際には、慣性×加速度による加速トルクとは別に、クーロン摩擦や粘性摩擦等の負荷トルクが生じることが一般的である。これらの負荷トルクに起因して誤った慣性が推定されないようにするため、例えば非特許文献1では、モータにより印加したトルクと加速度との関係をそのまま使用するのではなく、前回からのトルク変化と加速度変化との関係を用いてオンライン推定することで、一定外乱の影響を除去した慣性推定を実現している。
また、これに関連して特許文献1には、機械負荷の振動検出中には推定ゲインを小さくすることで慣性推定誤差を低減するようにしたオンライン推定手段が開示されている。
【0004】
更に、非特許文献2には、負荷トルクが、速度に依存しない符号関数型のクーロン摩擦と速度に比例する粘性摩擦との和によって表されるという前提のもとで、クーロン摩擦、粘性摩擦係数と共に慣性を推定する手段が開示されている。本文献では、正負対称な周期信号を速度指令として与え、図6(非特許文献2の図4)に示すように、トルク指令u及び角速度ωに基づく信号τ,q,q ,qを互いに掛け合わせて得た値を同文献記載の数式(Eqs.(37)~(44))により周期間隔で積分して行列Φの要素φ11,φ13,φ22,φ23,φ33 、及びベクトルVの要素v,v,vを求め、その後に演算Φ-1Vを行うことで慣性を含むパラメータを同定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第3796261号公報([0009]~[0013]等)
【非特許文献】
【0006】
【文献】堀洋一・亀井宏映,「低精度エンコーダを用いるサーボモータの高性能制御-瞬時速度オブザーバと慣性モーメントの同定-」,電気学会論文誌D114巻4号 (1994),p. 424-431
【文献】粟屋伊智郎他,「クーロン摩擦が作用する機械運動系のパラメータ同定法」,日本機械学会論文集(C編)59巻567号 (1993),p. 108-114
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1や特許文献1に記載された方法によると、一定外乱の影響は除去できたとしても、速度依存性の大きい負荷トルクが生じる場合、これに対して加速トルクが十分大きい条件でない限り、無視できない慣性推定誤差が生じてしまう。
また、非特許文献2に記載された方法によれば、慣性と共に他のパラメータも推定される利点はあるものの、周期信号として速度指令を与えることを前提にしている点に加え、負荷トルクが速度に対して非線形な依存性を示す場合には慣性も含めて正しい値が推定されない恐れもある。
更に、慣性はできるだけ精度良く推定できることが望ましい一方で、短時間で推定したい場合もあるが、従来の推定方法では、推定精度の向上と推定時間の短縮とを両立することが困難であった。
【0008】
そこで、本発明の解決課題は、負荷トルクが速度に対して非線形な依存性を示す場合でも、機械駆動システムの慣性を正しく推定できる慣性推定装置及びその慣性推定結果を用いてモータを制御するモータ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、請求項1に係る慣性推定装置は、
モータと当該モータにより駆動される機械負荷とを含む機械駆動システムの慣性を推定する装置であって、
前記モータの速度絶対値が所定の閾速度を超える第1の条件、及び、前記モータが始動または方向反転してからの経過時間が所定の閾時間を超える第2の条件、を充足した時に、前記モータの速度を慣性の推定開始速度として記憶する手段と、
前記第1の条件及び前記第2の条件を充足した時に、少なくとも前記モータのトルク及び加速度を被積分関数に含む数値積分を開始する手段と、
前記モータが減速してその速度絶対値が前記推定開始速度を下回った時点で前記数値積分を終了する手段と、
を備え、
前記モータの加減速期間における前記数値積分の演算結果から、前記機械駆動システムの慣性推定値を得ることを特徴とする。
【0010】
請求項2に係る慣性推定装置は、請求項1に記載した慣性推定装置において、
前記慣性推定値をJとし、この慣性推定値Jを、
前記加減速期間中の時刻tにおける前記モータの加速度a(t)及びトルクT(t)を用いて、数式Aにより演算することを特徴とする。
[数式A]
=∫T(t)a(t)dt/∫{a(t)}dt
【0011】
請求項3に係る慣性推定装置は、請求項1に記載した慣性推定装置において、
前記慣性推定値をJとし、この慣性推定値Jを、
前記加減速期間中の時刻tにおける前記モータの加速度a(t)、トルクT(t)、速度v(t)、及び、負荷モデルに基づいて推定された推定負荷トルクTLest(v(t))を用いて、数式Bにより演算することを特徴とする。
[数式B]
=∫{T(t)-TLest(v(t))}a(t)dt/∫{a(t)}dt
【0012】
請求項4に係る慣性推定装置は、請求項2または3に記載した慣性推定装置において、
前記モータの加減速期間ごとに前記慣性推定値Jを求めると共に重みW=∫{a(t)}dtを演算する手段と、
前記慣性推定値J及び重みWを用いて当該加減速期間以前に記憶した慣性推定平均値J及び積算重みWを更新し、更新した慣性推定平均値Jを慣性推定結果として出力する手段と、
を備えたことを特徴とする。
【0013】
請求項5に係る慣性推定装置は、請求項4に記載した慣性推定装置において、
前記慣性推定平均値J及び前記積算重みWは、前記慣性推定値J及び重みWが新たに得られる度に、W前回値にW今回値を加算した結果を所定の上限値Wmaxにより制限した値をW今回値として更新した上で、
数式Cにより前記慣性推定平均値JをJ今回値として更新することを特徴とする。
[数式C]
今回値 =J前回値+(W今回値/W今回値)×(J今回値-J前回値)
【0014】
請求項6に係る慣性推定装置は、請求項4または5に記載した慣性推定装置において、前記慣性推定平均値J及び前記積算重みWが、不揮発性メモリに記憶されると共に外部から初期化可能であることを特徴とする。
【0015】
請求項7に係るモータ制御装置は、請求項1~6の何れか1項に記載した慣性推定装置により得た慣性推定値を用いて前記モータを制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、負荷トルクが速度に対して非線形な依存性を示す場合でも、機械駆動システムの慣性を正しく推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施形態に係るモータ制御装置の主要部を示すブロック図である。
図2図1における慣性推定装置の第1実施例を示すブロック図である。
図3図2における積分開始/終了判定部のブロック図である。
図4図2における慣性推定平均部のブロック図である。
図5図1における慣性推定装置の第2実施例を示すブロック図である。
図6】従来技術としての非特許文献2の主要部を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図に沿って本発明の実施形態を説明する。
まず、図1は、機械負荷が接続されたモータを制御するためのモータ制御装置の主要部を示している。
図1において、速度制御部100はモータ速度v(t)が速度指令に一致するようにトルクT(t)を生成し、このトルクT(t)がモータ及び機械負荷200に与えられてモータが駆動される。慣性推定装置300は、少なくとも、モータ速度v(t)、トルクT(t)、及びリセット指令を入力として慣性推定平均値Jを演算する。ここで,トルクT(t)とは、トルク指令、またはトルクを印加のためにモータに通電した電流を検出して得たトルク推定値の何れであっても良い。
慣性推定装置300から出力された慣性推定平均値Jは、例えば速度制御部100における速度制御ゲインを調整してモータの速度及びトルクを制御するために使用される。
【0019】
図2は、上記慣性推定装置300の第1実施例を示すブロック図である。ここでは、慣性推定装置に符号300Aを付してある。
モータ速度v(t)は、ローパスフィルタ301を介して積分開始/終了判定部302及び微分演算部303に入力される。
積分開始/終了判定部302は、後述する機能により積分演算の開始・終了判定を行って積分開始・終了指令を出力すると共に、除算手段309及び慣性推定平均部310に対する更新指令を出力する。また、微分演算部303は、モータ速度v(t)を微分して加速度a(t)を演算し、この加速度a(t)は乗算手段304,307に入力される。また、乗算手段304の出力は積分手段305に入力されている。
一方、トルクT(t)は、前記ローパスフィルタ301と同じ時定数のローパスフィルタ306を介して乗算手段307に入力され、前記加速度a(t)との乗算結果が積分手段308に入力されている。
なお、ローパスフィルタ301,306は入力信号に含まれるホワイトノイズ等を除去するためのものであるが、本発明に必須の構成要素ではない。
【0020】
積分手段305は∫{a(t)}dtの演算を行うと共に、積分手段308は∫T(t)a(t)dtの演算を行い、これらの積分手段305,308の出力が除算手段309に入力される。なお、積分手段305の出力である∫{a(t)}dtは、重みWとして慣性推定平均部310に入力されている。除算手段309では、∫T(t)a(t)dt/∫{a(t)}dtの演算を行って慣性推定値Jを求め、この慣性推定値Jが慣性推定平均部310に入力されている。
【0021】
ここで、積分手段305,308における演算の開始・終了タイミングは、積分開始・終了判定部302から出力される積分開始・終了指令に従っている。また、除算手段309は、積分開始・終了判定部302から出力される更新指令に従って除算を行い、最新の慣性推定値J及び重みWをそれぞれの今回値として慣性推定平均部310に出力すると共に、慣性推定平均部310は、慣性推定値J及び重みWが入力される度に、前記更新指令に従って後述の更新演算を行い、慣性推定平均値Jを出力する。
【0022】
次に、積分開始/終了判定部302の構成を図3に基づいて説明する。
まず、モータ速度v(t)は絶対値演算部302aに入力されて速度絶対値|v(t)|が演算される。この速度絶対値|v(t)|はゼロ速度判定部302bに入力されてモータが停止中であるか否かが判定され、その判定信号が次段の遅延部302cに送出される。ゼロ速度判定部302b及び遅延部302cは、モータが停止していない時間、つまり始動または方向反転した時点からの経過時間が所定の閾時間を経過したことを判定するための手段であり、上記閾時間を経過したら、遅延部302cから「High」レベルの信号が論理積演算部302eの一端に入力される。なお、図3では、ゼロ速度判定部302bの出力信号を反転してオンディレー回路からなる遅延部302cに入力しているが、ゼロ速度判定部302bの出力信号を反転させずにオフディレー回路からなる遅延部に入力しても良い。
【0023】
また、速度絶対値|v(t)|は比較部302dにおいて閾速度と比較され、速度絶対値|v(t)|が閾速度を超えると、「High」レベルの信号が論理積演算部302eの他端に入力される。そして、論理積演算部302eの出力信号は開始指示部302fに入力されており、この開始指示部302fから、積分開始指令及び推定開始速度記憶指令が出力されるようになっている。
更に、速度絶対値|v(t)|は一時における速度制御ゲインの調整に記憶部302gに入力されており、推定開始速度記憶指令に従って検出した推定開始速度が比較部302に入力されている。この比較部302hでは、モータの減速時に速度絶対値|v(t)|が推定開始速度を下回った時点で、積分終了指令及び更新指令を出力する。
【0024】
次に、図2の慣性推定装置300A、特にその中の積分開始/終了判定部302を図3のように構成することの意義について説明する。
機械負荷を駆動する際に生じる負荷トルクは、速度に対して非線形的な依存性を示す場合はあっても、ゼロ速度近傍を除いては、加速中、減速中を問わずに速度に対して一意に定まるものが多い。そこで、モータ駆動中のある時刻tから時刻tまでに生じた負荷トルクT(v(t))に加速度dv/dtを乗じて積分すると、
∫T(v(t))(dv/dt)dt=∫T(v)dvとなり、
積分開始時刻及び積分終了時刻における速度が同じになるように積分すると、
∫T(v(t))(dv/dt)dt=0となる。
【0025】
このため、運動方程式:T(t)=J(dv/dt)+T(v(t))に基づいて慣性Jを推定する場合、上記運動方程式の両辺にa=dv/dtを乗じて加速時及び減速時の速度が等しい条件で積分することによって負荷トルクTの影響が除去され、慣性Jは下記の数式1により推定される。
[数式1]
J=∫T(t)a(t)dt/∫{a(t)}dt
なお、上記の数式1は、前述した数式Aと実質的に同一である。
【0026】
機械負荷を駆動する場合、ゼロ速度近傍に関しては、ヒステリシスを伴った負荷トルクが生じることが少なくない。数式1によって慣性を正しく推定するには、積分区間からヒステリシス領域を除外する必要があり、その一つの方法としては、モータの速度絶対値が所定の閾速度を超えることを積分開始の条件とすることが考えられる。また、通常運転中は1慣性系とみなして問題ない機械系であっても始動直後は振動的に振る舞う場合があり、慣性を正しく推定するためには、この振動が減衰してから積分を開始することが望ましい。
【0027】
そこで、数式1における分子・分母の積分を開始するには、第1にモータの速度絶対値が上記所定の閾速度を超えること、第2にモータがゼロ速度状態を脱してからの加速時間が所定の閾時間を超えること、を条件とし、これら第1,第2の条件を充足した時に上記の積分を開始してその時の速度絶対値を推定開始速度として記憶し、モータが減速して速度絶対値が前記推定開始速度を下回った時点で上記の積分を終了して、一連の加減速期間における慣性Jを確定することが有効である。
【0028】
図3における積分開始/終了判定部302では、論理積演算部302eが上記第1,第2の条件の充足を判断して開始指示部302fに信号を送り、積分開始指令及び推定開始速度記憶指令を発生させると共に、一時記憶部302g、比較部302h、及び終了指示部302iの動作により、積分終了指令と、慣性推定値J、重みW(、及び後述の慣性推定平均値J2、積算重みW)の更新指令を出力している。
【0029】
次に、図2の最終段に設けられて慣性推定値J及び重みWが入力されている慣性推定平均部310について、図4を用いて説明する。
慣性が小さく加速度も小さい場合、上記演算方法を使っても、1回の加減速運転だけでは十分な精度で慣性を推定できないことも考えられる。同じ加減速運転を繰り返す場合は加減速運転ごとに得られた慣性推定値に対して単純移動平均を施すなどすれば推定精度を上げられるが、繰り返し運転ではない運転の中で推定精度を向上しようとする場合、加減速運転ごとにそれぞれの慣性推定の信頼性が異なってくる。そこで、本実施形態では、図4に示す慣性推定平均部310によって慣性推定の信頼性向上を可能にしている。
以下、慣性推定平均部310の構成及び動作を説明する。
【0030】
すなわち、加減速運動ごとの慣性推定値J及び重みWとは別に、慣性推定平均値J及び積算重みWを定義し、J,Wが新たに得られる度に、J,Wを次のように更新する。
図4において、前回値保持部310cから出力されるW前回値を、切替部310dを介して加算手段310aに入力し、W今回値と加算する。この加算結果を制限部310bにより所定の上限値(最大値)Wmaxにて制限することにより、W今回値を得る。また、除算手段310eにより、W今回値/W今回値を演算する。
一方、前回値保持部310iから出力される慣性推定平均値Jの前回値を、切替部310jを介して減算手段310fに入力し、J今回値から減算することにより(J今回値-J前回値)を求める。
そして、乗算手段310gにより、(W今回値/W今回値)×(J今回値-J前回値)を求め、この値とJ前回値とを加算手段310hにより加算したものを慣性推定平均値Jの今回値として出力する。
以上の処理を数式により表すと、数式2のようになる。なお、この数式2は、前述した数式Cと実質的に同一である。
[数式2]
今回値=J前回値+(W今回値/W今回値)×(J今回値-J前回値)
【0031】
その上で、図4に示すように、J,Wは外部からのリセット指令により切替部310j,310dを「0」側に切り替えて初期化可能とする。具体的には、機械負荷を付け替えた際にJ,Wを初期化し、その後は、J,Wを不揮発性メモリに記憶しつつ更新する。そして、システムを再起動した際には、システムの運転前に不揮発性メモリからJ,Wの値を読み込むようにすれば良い。
【0032】
上述したJ,Wの更新処理について、更に説明する。
図4において、加算手段310aによりW前回値にW今回値を加算した後も、その加算結果が上限値Wmax以下にとどまっている場合には、数式3が成り立つ。
[数式3]
今回値=J前回値+{(W今回値/(W前回値+W今回値)}×(J今回値-J前回値)
この数式3を整理すると、数式4が得られる。
[数式4]
今回値=(J前回値×W前回値+J今回値×W今回値)/(W前回値+W今回値)
これは、過去の加減速運転全てのデータを用いて慣性推定を行うことに等しく、推定精度の得られにくい加減速運転の場合ほど重みが小さく抑えられるので、信頼性の高い慣性推定平均値Jを得ることができる。
【0033】
しかし、上限値Wmaxによる制限を導入せずに運転を続けていくと、やがてWは無限大となり、新たな加減速運転が生じてもJは更新されなくなる。このため、制限部310bを用いてWを所定の上限値Wmaxにて制限することにより、モータを運転し続けても最新の運転結果が慣性推定平均値Jに反映されるようになる。
【0034】
ここで、本実施形態のように重みを定義せずに、例えば、
[数式5]
今回値=J前回値+定数×(J今回値-J前回値)(0<定数<1)
として演算する場合を、本実施形態と比較してみる。
数式5によってJ今回値を演算する場合でも、加減速運動を重ねることによって慣性推定精度は上がっていく。しかし、この場合、加減速運動回数が(3/定数)程度に達するまでの間(言い換えれば、(3/定数)程度に達しない間)は、Jは真値より小さい値になってしまう。また、この演算の場合、慣性推定に適さないような低加速度または短時間の加減速運転が行われた場合にも、その結果を以て他の運動と同様に慣性推定値が更新されてしまう。
これに対して、本実施形態においては、機械負荷を付け替えた時点でJ,Wを初期化することで加減速運動回数が少ない時から真値に近い推定値が得られると共に、∫{a(t)}dtに比例した重みを付けて更新するために、慣性推定に適さない運転に対しては慣性推定平均値Jが乱れにくくなる。
【0035】
次いで、図5は本発明の第2実施例に係る慣性推定装置330Bを示している。なお、慣性推定装置330B以外のモータ制御装置の主要部は、図1と同様に構成されている。
この慣性推定装置330Bでは、負荷トルクの速度依存性TLest(v)が既知であるものとして、負荷トルク推定部311が、各時刻tの速度v(t)に基づき負荷トルクTLest(v(t))を推定して減算手段312に入力し、数式6を用いて慣性推定値Jを求める。
[数式6]
=∫{T(t)-TLest(v(t))}a(t)dt/∫{a(t)}dt
上記の数式6は、前述した数式Bと実質的に同一である。
【0036】
このように演算すると、分子の被積分関数がJ{a(t)}に近い値となるため、演算誤差の低減を図ることができる。TLest(v)は、例えばD×v+T×sign(v) なる形とし、パラメータD,Tは前述した非特許文献2に開示された方法等を用いて同定すれば良い。
【符号の説明】
【0037】
100:速度制御部
200:モータ及び機械負荷
300,300A,300B:慣性推定装置
301,306:ローパスフィルタ
302:積分開始/終了判定部
302a:絶対値演算部
302b:ゼロ速度判定部
302c:遅延部
302d,302h:比較部
302e:論理積演算部
302f:開始指示部
302g:一時記憶部
302i:終了指示部
303:微分演算部
304,307:乗算手段
305,308:積分手段
309:除算手段
310:慣性推定平均部
310a,310h:加算手段
310b:制限部
310c,310i:前回値保持部
310d,310j:切替部
310e:除算手段
310f:減算手段
310g:乗算手段
311:負荷トルク推定部
312:減算手段
図1
図2
図3
図4
図5
図6