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  • 特許-スラスト玉軸受の撥油処理方法 図1
  • 特許-スラスト玉軸受の撥油処理方法 図2
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  • 特許-スラスト玉軸受の撥油処理方法 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-17
(45)【発行日】2025-02-26
(54)【発明の名称】スラスト玉軸受の撥油処理方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/64 20060101AFI20250218BHJP
   F16C 33/58 20060101ALI20250218BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20250218BHJP
   F16C 19/10 20060101ALI20250218BHJP
【FI】
F16C33/64
F16C33/58
F16C33/66 Z
F16C19/10
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021025450
(22)【出願日】2021-02-19
(65)【公開番号】P2022127353
(43)【公開日】2022-08-31
【審査請求日】2023-11-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 努
(72)【発明者】
【氏名】ファイディ ラジー
【審査官】西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-122502(JP,A)
【文献】特開2008-256197(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/10-19/12
F16C 33/58
F16C 33/62-33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の玉と、前記玉が転動する環状の軌道面を有する軌道輪と、前記玉を転動可能に保持する保持器と、を有するスラスト玉軸受の撥油処理方法であって、
前記軌道面のうち、少なくとも前記玉と接触する箇所以外の部分に、撥油液を塗布し、前記塗布した撥油液を乾燥させる撥油処理工程を行うものであり、
前記撥油処理工程は、
前記軌道面の全面に前記撥油液を塗布する工程と、
前記塗布した撥油液を乾燥させ、前記軌道面の全面に撥油膜を形成する工程と、
前記撥油膜が形成された軌道面を有する軌道輪及び前記玉を用いてスラスト玉軸受を組み立てる工程と、
前記スラスト玉軸受を回転させ、前記軌道面における前記玉と接触している部分の前記撥油膜を剥がす工程と、を有する、スラスト玉軸受の撥油処理方法
【請求項2】
前記軌道面のうち、前記玉と接触する箇所よりも径方向外側の部分に撥油処理を施す、請求項1に記載のスラスト玉軸受の撥油処理方法
【請求項3】
前記軌道面のうち、前記玉と接触する箇所よりも径方向内側の部分に撥油処理を施す、請求項1又は2に記載のスラスト玉軸受の撥油処理方法
【請求項4】
前記軌道輪の外径側に、前記軌道面と直交する軸方向に延びるフランジを備える、請求項1~3のいずれか1項に記載のスラスト玉軸受の撥油処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スラスト玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車分野では、自動車の低燃費化のために、電動化や小型化、高速化が進んでいる。それに伴い、軸受では、グリースの代わりに潤滑油を封入したり、転動体や軌道面に潤滑油を塗布して、低トルク化を図っている。さらには、潤滑油による損失低減のために潤滑油の低油量化も進んでいる。
【0003】
しかし、低油量化により、潤滑油が不足して焼付き等の損傷が発生することが懸念される。軸受では、高速で回転すると、転動体と軌道面とを潤滑している潤滑油が遠心力により外部へ移動する。そのため、供給が遮断される場合や供給油量が少ない場合には、潤滑油が徐々に減少していき、やがて焼付きが生じてしまう。
【0004】
そこで、例えば特許文献1では、内輪の外周面及び外輪の内周面において、回転軌道溝及び固定軌道溝を除く第1領域P1及び第2領域P2に撥油性被膜が形成された軸受装置に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-125550号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、スラスト玉軸受は、自動車及び産業建設機械のトランスミッション等に適用される他、他の回転機器にも広く用いられており、高速回転用途として好適に使用されている。しかし、スラスト玉軸受は、構造上の制約によりシール等の密封部材が使用できず、遠心力により潤滑油が軸受外部に漏洩しやすいため、潤滑油量が少ない環境下においては特に焼付きが生じやすいという課題がある。
【0007】
そこで本発明は、スラスト玉軸受において、潤滑油量が少ない環境でも油量を保持し、焼付きを防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の目的は、スラスト玉軸受に係る下記(1)の構成により達成される。
(1) 複数の玉と、前記玉が転動する環状の軌道面を有する軌道輪と、前記玉を転動可能に保持する保持器と、を有するスラスト玉軸受であって、
前記軌道面のうち、前記玉と接触する箇所以外の部分に撥油処理が施された、スラスト玉軸受。
【0009】
また、スラスト玉軸受に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の(2)及び(3)に関する。
(2) 前記軌道面のうち、前記玉と接触する箇所よりも径方向外側の部分に撥油処理が施された、上記(1)に記載のスラスト玉軸受。
(3) 前記軌道面のうち、前記玉と接触する箇所よりも径方向内側の部分に撥油処理が施された、上記(1)又は(2)に記載のスラスト玉軸受。
【発明の効果】
【0010】
本発明のスラスト玉軸受によれば、軌道輪における環状の軌道面のうち、玉と接触する箇所以外の部分に撥油処理が施されているため、軌道面と玉との間に保持された潤滑油が、遠心力により軸受外部へ移動しようとしても、撥油処理された部分により堰き止められ、それ以上移動するのを抑制することができる。そのため、特に低油量化されたスラスト玉軸受であっても、油量が十分に保持され、焼付きを効果的に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、スラスト玉軸受を示す一部破断斜視図である。
図2図2は、軌道輪の軌道面に撥油処理する方法を説明するための図である。
図3図3は、軌道輪の軌道面に撥油処理する他の方法を説明するための図である。
図4図4は、実施例品及び比較例品における、寿命(時間)に対する累積破損確率(%)をプロットした結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明を詳細に説明する。
【0013】
図1は、スラスト玉軸受の構造を示す一部破断斜視図である。図示されるように、スラスト玉軸受30は、相対向する円環状の固定軌道輪31と、回転軌道輪32と、これらの間で転動自在に配設される複数の玉33と、玉33を転動可能に保持する保持器34とを備える。
【0014】
複数の玉33は、保持器34により、固定軌道輪31及び回転軌道輪32の周方向に、一定間隔で保持されている。保持器34は、板厚が一定の鋼板をプレス加工することで形成されており、玉33を保持する玉ポケット部34aと、玉ポケット部34aを有する面の径方向両端から軸方向に折り曲げられた、玉を抱えるための外側フランジ部34b、内側フランジ部34cとを有している。外側フランジ部34bと内側フランジ部34cは、波形にプレス加工されている。
【0015】
なお、本実施形態では、固定軌道輪31の軌道面31a及び回転軌道輪32の軌道面32aの少なくとも一方、好ましくは両方において、軌道面31a、32aのうち、玉33と接触する箇所以外の部分に撥油処理(図示は省略)が施されている。より具体的に、本実施形態では、軌道面31a、32aのうち、玉33と接触する箇所よりも径方向外側及び径方向内側の両方の部分に撥油処理が施されている。
【0016】
上記撥油処理の方法としては、例えば図2(a)~(d)に示す工程により行われる。
【0017】
まず、図2(a)に示すように、固定軌道輪31の軌道面31a及び回転軌道輪32の軌道面32aのそれぞれに、円環状のマスキングテープ40を粘着させる。なお、図2は、説明の都合上、固定軌道輪31の軌道面31aのみを示している。マスキングテープ40の幅は、玉33が接触する凹状面の径方向の長さと同等又は径方向の長さよりも若干長めにするとよい。マスキングテープ40を粘着させることにより、軌道面31aの外周部分(軌道面31aのうち玉33と接触する箇所よりも径方向外側)及び内周部分(軌道面31aのうち玉33と接触する箇所よりも径方向内側)のみが露出した状態となる。
【0018】
次いで、図2(b)に示すように、マスキングテープ40で覆われた部分を含む軌道面31aの全面に、均一に撥油液41を塗布する。撥油液41の塗布方法としては、例えばスプレー42を用いたスプレーコーティングやローラコーティング等が挙げられる。
【0019】
撥油液41は、撥油剤や溶剤、バインダー等を含む。この撥油液41は、後述するように、乾燥後において軌道面31a、32aに撥油膜41aとなる。なお、好適な撥油剤として、フッ素系界面活性剤やフッ素系シランカップリング剤、フッ素系ポリマー等が挙げられる。なお、塗布性を高めるためにこれらを溶剤に溶解してもよく、またバインダーを併用してもよい。
【0020】
続いて、図2(c)に示すように、塗布した撥油液41を乾燥させることにより、軌道面31a上に撥油膜41aを形成する。なお、乾燥は常温により行われるものであってもよいが、必要により加温してもよい。
【0021】
乾燥後、図2(d)に示すように、粘着したマスキングテープ40を剥がすことにより、軌道面31aの外周部分及び内周部分のそれぞれに撥油膜41aが残り、両部分に挟まれたマスキングテープ40の幅に相当する径方向中央部分において、軌道面31aが露出した固定軌道輪31が得られる。
【0022】
上記撥油処理の他の方法としては、例えば図3(a)~(d)に示す工程により行われる。
【0023】
まず、図3(a)及び(b)に示すように、固定軌道輪31を準備し、軌道面31aの全面に、例えばスプレー42を用いて均一に撥油液41を塗布する。
【0024】
次いで、図3(c)に示すように、塗布した撥油液41を乾燥させることにより、軌道面31aの全面に撥油膜41aを形成する。
なお、軌道面31aの全面に形成された撥油膜41aは、後述するように、軸受を回転させることで軌道面31aにおける玉33と接触している部分の撥油膜41aが剥がれるようにするが、その際に剥離した撥油剤等が異物として作用しなければ良く、撥油液41の構成成分(撥油剤等)の硬さが、軌道輪31、32や玉33の硬さに対して十分小さければよい。上記目的を達成するための好適な撥油剤として、上述したフッ素系界面活性剤やフッ素系シランカップリング剤、フッ素系ポリマー等が挙げられる。
【0025】
続いて、図示は省略するが、玉33を組み込んだ保持器、上記のようにして撥油膜41aを形成した固定軌道輪31、及び同様にして撥油膜41aを形成した回転軌道輪32を用いて、スラスト玉軸受30を組み立てる。そして、玉33に所定の潤滑油を塗布し、所定の荷重を負荷して軸受を回転させる。
【0026】
所定時間経過後に回転を停止させた後、軸受を油剤で洗浄することにより、図3(d)に示すように、軌道面(図3では、固定軌道輪31の軌道面31a)における玉33と接触している部分には撥油膜41aがなく、軌道面の外周部分及び内周部分のそれぞれに撥油膜41aが形成された軌道輪が得られる。
【0027】
以上、上記撥油処理の方法の例について説明した。
【0028】
このようにして得られたスラスト玉軸受30では、軌道輪31、32における環状の軌道面31a、32aのうち、玉33と接触する箇所以外の部分に撥油処理が施されており、撥油膜41aを有しているため、軌道面31a、32aと玉33との間に保持された潤滑油が、例えば遠心力により軸受外部へ移動しようとしても、撥油処理された部分(すなわち、撥油膜41aが形成された部分)により堰き止められ、それ以上移動するのを抑制することができる。そのため、特に低油量化されたスラスト玉軸受30であっても、油量が十分に保持され、焼付きを効果的に防止することができる。
【0029】
上記実施形態においては、軌道面31a、32aのうち、玉33と接触する箇所よりも径方向外側及び径方向内側の両方の部分に撥油処理が施されているものを示したが、径方向外側及び径方向内側の少なくとも一方の部分に撥油処理が施されているものであってもよい。
【0030】
また、スラスト玉軸受30の回転に伴い、軌道面31a、32aと玉33との間に保持された潤滑油は、遠心力によって、径方向内側よりも径方向外側に移動しやすいため、潤滑油が軸受外部へ流出するのを効果的に抑制するためには、少なくとも径方向外側に撥油処理が施されていることが好ましい。ただし、径方向内側への潤滑油の流出も効果的に防止するためには、径方向外側及び径方向内側の両方の部分に撥油処理が施されているのが更に好ましい。
【0031】
ところで、スラスト玉軸受30の構成自体には制限はなく、例えば、一方向のアキシャル荷重を受ける単式でもよいし、両方向のアキシャル荷重を受ける複式でもよい。また、軌道輪31、32の外径側に、軌道面31a、32aと直交する軸方向に延びるフランジ(つば)を備えていてもよく、特に回転軌道輪32の径方向外側にフランジを有することで、遠心力による潤滑油の外部への移動をより効果的に抑制できる。
【0032】
また保持器34は、2枚の板材を成形し、組合せて加締めることで玉33を保持するものでもよい。さらに、保持器34はプレス鋼板製でもよく、合成樹脂製でもよいし、銅合金製でもよい。
潤滑油にも特に制限はなく、一般的に使用されているものでよい。
【実施例
【0033】
以下、実施例により本発明についてより詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0034】
(試験軸受の作製)
次に示すスラスト玉軸受を準備した。
・玉軸受の種類:単式スラスト玉軸受 型番51305(日本精工株式会社製)
・軌道輪の材質:SUJ2(JIS G 4805に規定された高炭素クロム軸受鋼鋼材)
・保持器の材質:66ナイロン
・玉の材質:SUJ2(JIS G 4805に規定された高炭素クロム軸受鋼鋼材)
・玉の数:6個
【0035】
図3に示す工程にしたがい、軌道輪における軌道面に所定の撥油処理を施した。
まず、軌道輪31を有機溶剤にて脱脂した後、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)とセルロース系バインダーを含む撥油液41を、軌道輪31の全面にスプレーで均一に塗布した(図3(b))。その後、室温(25℃)で2時間乾燥させた(図3(c))。次いで、軌道輪における軌道面の全面に形成した撥油膜のうち、玉と接触する箇所を次の手順によって除去した(図3(d))。
【0036】
まず、軌道輪と玉を組み込んだ保持器とを用いて試験軸受とし、この試験軸受を試験機ハウジングに設置し、試験軸受にISO-VG32の無添加タービン油を1ml塗布した。次いで、試験軸受を設置した試験機ハウジングを、試験機に設置した。続いて、荷重を600kgf負荷し、回転速度2000rpmで10秒間回転させた。そして、回転停止後、試験軸受を取り出してヘプタンで洗浄した。
【0037】
(焼付き試験)
実施例品用として、上述の方法により軌道面に撥油膜を形成した軌道輪を組み込んだスラスト玉軸受と、比較例品用として、軌道面に撥油処理を施していない軌道輪を組み込んだスラスト玉軸受を準備した。各スラスト玉軸受をヘプタンで脱脂洗浄し、ハウジングに組み込んだ後、荷重を負荷して回転を開始した。なお、試験条件は以下のとおりであり、潤滑油の供給が遮断される環境を再現している。回転開始後、軸受トルクが初期値の5倍を超えた時点を「焼付きあり」と判定し、試験を中断した。
[試験条件]
・潤滑油種:ISO-VG32無添加タービン油
・潤滑油量:1ml(初期供給のみ)
・荷重 :600kgf
・回転速度:2000rpm
・温度 :室温(25℃)
【0038】
実施例品及び比較例品に係るスラスト玉軸受の試験結果を図4に示す。なお、図4は、実施例品及び比較例品のそれぞれについて、寿命(時間;hours)に対する累積破損確率(%)をプロットしたものである(ワイブルプロット)。
図4において、「●」で示すデータは撥油処理ありの場合(実施例)を、「□」で示すデータは撥油処理なしの場合(比較例)を、それぞれ示している。
【0039】
図4に示す「e」、「L10」及び「L50」が示す意味はそれぞれ以下のとおりである。
「e」:寿命のばらつきを表す指数であって、寿命データのばらつきが小さいほど、この値は大きくなる。
「L10」:90%の軸受が転がり疲れによる損傷を起こさずに回転できる時間(あるいは総回転数など)を表すものであり、ISOにおいて、L10を「転がり軸受の定格寿命」とすることが定められている。
「L50」:50%の軸受が転がり疲れによる損傷を起こさずに回転できる時間(あるいは総回転数など)を表すものであり、寿命データのデータ数が少ない場合や、寿命データのばらつきが大きい場合には、L10の精度が落ちる場合があるため、その場合には、L50のデータを用いて寿命の比較を行うことがある。
【0040】
図4に示すように、撥油処理あり(実施例)の「e」の値は0.72であり、撥油処理なし(比較例)の「e」の値は1.40であることから、寿命データのばらつきの程度の差が大きい、すなわちワイブルスロープの傾きの大きさに差があるため、本試験例においてはL50のデータを用いた寿命の比較を行った。
そして、撥油処理あり(実施例)の「L50」の値、すなわち5.3と、撥油処理なし(比較例)の「L50」の値、すなわち0.7の比較によれば、所定の撥油処理を施した実施例品は、撥油処理を施していない比較例品に対して7倍以上の寿命を示した。
【符号の説明】
【0041】
30 スラスト玉軸受
31 固定軌道輪
31a 軌道面
32 回転軌道輪
32a 軌道面
33 玉
34 保持器
40 マスキングテープ
41 撥油液
41a 撥油膜
42 スプレー
図1
図2
図3
図4