(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-17
(45)【発行日】2025-02-26
(54)【発明の名称】体腔損傷治療用ヒドロゲルおよび体腔損傷治療キット
(51)【国際特許分類】
A61K 31/722 20060101AFI20250218BHJP
A61K 47/36 20060101ALI20250218BHJP
A61K 9/06 20060101ALI20250218BHJP
A61P 11/02 20060101ALI20250218BHJP
A61P 1/04 20060101ALI20250218BHJP
A61L 31/14 20060101ALI20250218BHJP
【FI】
A61K31/722
A61K47/36
A61K9/06
A61P11/02
A61P1/04
A61L31/14 300
(21)【出願番号】P 2024562263
(86)(22)【出願日】2024-08-07
(86)【国際出願番号】 JP2024028184
【審査請求日】2024-10-22
(31)【優先権主張番号】P 2023132965
(32)【優先日】2023-08-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】500557048
【氏名又は名称】学校法人日本医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100138955
【氏名又は名称】末次 渉
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】武井 孝行
(72)【発明者】
【氏名】吉田 昌弘
(72)【発明者】
【氏名】山下 祐典
(72)【発明者】
【氏名】細矢 慶
【審査官】榎本 佳予子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/105685(WO,A1)
【文献】特表2011-500955(JP,A)
【文献】国際公開第2023/167123(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00-33/44
A61K9/00-9/72
A61K47/00-47/69
A61P1/00-43/00
A61L15/00-33/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサンのグルコサミン単位のアミノ基にアルドン酸が脱水縮合により結合しているキトサン誘導体に由来する体腔損傷治療用ヒドロゲルであって、
前記体腔損傷治療用ヒドロゲルは
粒径が1mm以下の粒状であり、注入器によって体腔に注入され、前記体腔の創傷治療に用いられる、
ことを特徴とする体腔損傷治療用ヒドロゲル。
【請求項2】
前記アルドン酸がグルコン酸である、
ことを特徴とする請求項1に記載の体腔損傷治療用ヒドロゲル。
【請求項3】
前記体腔が鼻腔である、
ことを特徴とする請求項1
又は2に記載の体腔損傷治療用ヒドロゲル。
【請求項4】
注入器と、
前記注入器に接続されるチューブと、
前記注入器の中に充填された
粒径が1mm以下の粒状の体腔損傷治療用ヒドロゲルと、を備え、
前記体腔損傷治療用ヒドロゲルは、キトサンのグルコサミン単位のアミノ基にアルドン酸が脱水縮合により結合しているキトサン誘導体に由来するものである、
ことを特徴とする体腔損傷治療キット。
【請求項5】
前記チューブの長さが5~
15cmである、
ことを特徴とする請求項
4に記載の体腔損傷治療キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体腔損傷治療用ヒドロゲルおよび体腔損傷治療キットに関する。
【背景技術】
【0002】
創傷被覆材は、体表面にできた傷(創傷)を覆って、それを湿潤状態に保つことで創傷の治癒を促進する医療用材料である。多量の水を含むヒドロゲル型の創傷被覆材は創傷を湿潤状態に保つのに適している。キトサンは創傷治癒促進効果を有していることが報告されており、キトサンヒドロゲルは創傷被覆材として好適である。
【0003】
しかしながら、キトサンからヒドロゲルを調製する場合、毒性の高い化学架橋剤が広く使われており、そのような調製によって得られたキトサンヒドロゲルは医療用には適さない。
【0004】
これを鑑みて、生体に有害な添加剤を使用することなくキトサン由来のヒドロゲルを調製する方法が提案されている(特許文献1)。特許文献1では、アルドン酸修飾キトサンを含有する水溶液を凍結し、融解することで、生体毒性のないヒドロゲルを調製している。
【0005】
また、特許文献2には、可溶性キトサンまたは誘導体化キトサンを含有する組成物を体表や体腔の創傷に対して処置することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2012/105685号
【文献】特表2013-523827号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1は、体表面の創傷を被覆する創傷被覆材であり、体腔の創傷への適用に関しては何ら記載されていない。
【0008】
特許文献2の組成物は液状であり、噴霧等によって副鼻腔等の体腔に経口投与している。この組成物は液状で流動性があることから、創傷箇所に処置しても流れていってしまうため、創傷に留置させることができない。
【0009】
本発明は上記事項に鑑みてなされたものであり、その目的は体腔の損傷にも適用可能な体腔損傷治療用ヒドロゲルおよび体腔損傷治療キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の観点に係る体腔損傷治療用ヒドロゲルは、
キトサンのグルコサミン単位のアミノ基にアルドン酸が脱水縮合により結合しているキトサン誘導体に由来する体腔損傷治療用ヒドロゲルであって、
前記体腔損傷治療用ヒドロゲルは粒径が1mm以下の粒状であり、注入器によって体腔に注入され、前記体腔の創傷治療に用いられる、
ことを特徴とする。
【0012】
また、前記アルドン酸がグルコン酸であることが好ましい。
【0013】
また、前記体腔が鼻腔であってもよい。
【0014】
本発明の第2の観点に係る体腔損傷治療キットは、
注入器と、
前記注入器に接続されるチューブと、
前記注入器の中に充填された粒径が1mm以下の粒状の体腔損傷治療用ヒドロゲルと、を備え、
前記体腔損傷治療用ヒドロゲルは、キトサンのグルコサミン単位のアミノ基にアルドン酸が脱水縮合により結合しているキトサン誘導体に由来するものである、
ことを特徴とする。
【0015】
また、前記チューブの長さが5~15cmであることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、体腔の損傷にも適用可能な体腔損傷治療用ヒドロゲルおよび体腔損傷治療キットを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】キトサン誘導体の合成スキームを示す図である。
【
図2】キトサン誘導体におけるグルコン酸の導入率を説明するグラフである。
【
図5】実施例において、凍結・融解法にて調製したヒドロゲルの写真である。
【
図6】実施例において、高圧蒸気滅菌法にて調製したヒドロゲルの写真である。
【
図7】体腔損傷治療用ヒドロゲルを注射器に充填し、筒先から射出した状態を示す写真である。
【
図8】内視鏡下副鼻腔手術後の患者の副鼻腔の状態を示す写真である。
【
図9】患者の副鼻腔に体腔損傷治療用ヒドロゲルを注入した状態を示す写真である。
【
図10】プランジャの変位と注入力との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<体腔損傷治療用ヒドロゲル>
本実施の形態に係る体腔損傷治療用ヒドロゲルは、キトサンのグルコサミン単位のアミノ基にアルドン酸が脱水縮合により結合しているキトサン誘導体に由来する。そして、体腔損傷治療用ヒドロゲルは粒状である。粒状の体腔損傷治療用ヒドロゲルは、注入器を用いて体腔に注入し、体腔の創傷治療に用いることができる。
【0019】
体腔損傷治療用ヒドロゲルは、体腔の創面に留置することで創面の湿潤環境を保ち、細胞増殖を促進することにより、創面に対して治療効果を発揮する。創面を湿潤環境に保つため、創面にかさぶたが生じることが抑えられ、乾燥療法よりも早期の治癒につながる。また、主成分が水であるため、冷却効果を有し、疼痛や炎症の緩和にもなる。
【0020】
体腔損傷治療用ヒドロゲルは粒状であることから、注入器のシリンジに充填し、プランジャの押し出しによってシリンジの筒先から射出することが可能である。このため、創傷被覆材を処置しがたい体腔に対しても、体腔損傷治療用ヒドロゲルを注入して処置することが可能である。
【0021】
体腔損傷治療用ヒドロゲルの粒径は、注入器のシリンジに充填し、プランジャの押し出しによってシリンジの筒先から射出可能であればよく、例えば、粒径2mm以下であり、1mm以下が好ましい。体腔損傷治療用ヒドロゲルの粒径が小さい方が注入器への充填、および、注入器からの射出が行いやすくなる。
【0022】
用いられる注入器は、体腔損傷治療用ヒドロゲルを射出可能な形態であればよく、一般的に医療分野で使用されている注射器を流用することができる。用いる体腔損傷治療用ヒドロゲルの粒径や処置する体腔によって、適切なサイズの注射器を適宜選択して用いればよく、例えば、筒先の先端部が大きいカテーテルチップ型等が用いられる。また、注射器のシリンジの筒先には、延長部材やシリコンチューブなど、体腔損傷治療用ヒドロゲルを処置する体腔に対して適宜適切な筒状体を選択して設置し、用いればよい。
【0023】
体腔損傷治療用ヒドロゲルは、例えば、副鼻腔炎外科手術後の創傷治療に用いることができる。副鼻腔炎は、副鼻腔を覆っている粘膜が何らかの原因で炎症を起こしている病気であり、投薬による保存的治療で効果がない場合、手術が行われる。副鼻腔炎の手術では、内視鏡を用いて、副鼻腔内の異常がある粘膜の除去や各副鼻腔の隔壁を開放するため、副鼻腔が損傷した状態になる。この副鼻腔の損傷した部位に注入器を用いて、体腔損傷治療用ヒドロゲルを射出して留置させることにより、損傷箇所の治療できる。
【0024】
また、体腔損傷治療用ヒドロゲルは、副鼻腔のほか、損傷が生じた体腔であれば制限はなく、食道、胃(ストレス性胃潰瘍)、大腸などにも用いられ得る。
【0025】
上述した体腔損傷治療用ヒドロゲルは、以下のように、凍結乾燥法や高圧蒸気滅菌法により調製したヒドロゲルを粒状にすることにより、製造することができる。
【0026】
<凍結乾燥法によるヒドロゲルの調製および体腔損傷治療用ヒドロゲルの製造>
本実施の形態において、キトサン誘導体を合成するのに用いられるキトサンとは、キチンの脱アセチル化物である。よく知られているように、キチンのキトサンへの変換(脱アセチル化反応)は完全には進まず、糖鎖上に一部N-アセチルグルコサミンを含み、市販のキトサンでは、脱アセチル化度が通常50~100%の範囲にあり、特に70~90%程度のものが多い。
【0027】
本実施の形態に関連して用いるキトサンとは、特に言及しない限り、脱アセチル化度が50~100%のものを意味し、したがって、脱アセチル化度が100%でないものも包含する。
【0028】
本実施の形態において用いられるキトサン誘導体を合成するのに用いられるアルドン酸とは、単糖を酸化して得られる誘導体のうち、アルドースの1位のホルミル基がカルボシキル基に変わったカルボン酸の総称であり、例えば、下記の一般式(I)で表すことができる。一般式(I)中、nは2から4の整数である。
【0029】
【0030】
本実施の形態において用いられるキトサン誘導体の合成に用いられるのに好ましいアルドン酸としては、グルコン酸が挙げられ、その他に、トレオン酸やキシロン酸も好適に使用することができる。さらに、ガラクトン酸、マンノン酸、リキソン酸、エリトロン酸、リボン酸、アラビノン酸、アロン酸、アルトロン酸、グロン酸、イドン酸、タロン酸などアルドン酸として知られたカルボン酸はいずれも使用可能である。
【0031】
以上の説明から理解されるように、本実施の形態において用いられるキトサン誘導体は、一般に、下記の式(II)に示されるようにグルコサミン単位のアミノ基にアルドン酸が結合している部位とアセチルグルコサミン単位の残存している部位とから成る繰り返し単位(反復単位)を有するものとして表すことができる。式(II)中、nは2から4の整数である。
【0032】
【0033】
したがって、アルドン酸がグルコン酸の場合、本実施の形態において用いられるキトサン誘導体は、一般に、下記の式(III)で示される繰り返し単位を有するものとして表すことができる。
【0034】
【0035】
本実施の形態において用いられるキトサン誘導体は、アルドン酸をキトサンに縮合脱水反応させてキトサンのグルコサミン単位の2位のアミノ基にアルドン酸を結合(導入)することにより合成することができる。アルドン酸は、一般に、適当な塩(例えばNa塩)として反応させる。
図1には、アルドン酸としてグルコン酸を用いた場合についての反応スキームが示されている。
【0036】
この縮合脱水反応は、縮合剤(脱水縮合剤)を用い酸性条件下に室温で実施することができる。このキトサンとアルドン酸との縮合脱水反応における縮合剤として好適なものとして、アルドン酸のカルボキシル基を活性化する機能を果たす1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)および副反応を抑制する機能を果たすN-ヒドロキシこはく酸イミド(NHS)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0037】
キトサンへのグルコン酸等のアルドン酸の導入率は、キトサンに対するアルドン酸の相対的な使用量および縮合剤の使用量を変えることにより調整することができ、アルドン酸の相対的使用量および縮合剤の使用量を多くすることにより当該導入率を高くすることができる。本実施の形態に用いられるキトサン誘導体のアルドン酸の導入率は、例えば5~60%である。
【0038】
ここで、グルコン酸等のアルドン酸の(キトサンへの)導入率とは、下記の式(A)で表されるものである。
アルドン酸導入率(%)=[Y/(X+Y)]×100 (A)
X=キトサン導入体中に含まれるグルコサミン単位の物質量(モル数)、Y=キトサン誘導体中に含まれるアルドン酸導入グルコサミン単位の物質量(モル数)。
【0039】
この導入率は、キトサン誘導体(アルドン酸修飾キトサン)を適当な濃度の塩酸水溶液に溶解させた水溶液に、その塩酸と当モル濃度の水酸化ナトリウム水溶液を加えた際の導電率の変化を測定することにより算出することができる。
【0040】
この測定法を、アルドン酸としてグルコン酸を用いて得られるグルコン酸修飾キトサンについて、
図2に沿って詳述すると次のようになる。
グルコン酸修飾キトサンを溶解した0.1M塩酸水溶液中に0.1M水酸化ナトリウムを加えていくと、中和反応により溶液中のH
+が減少し、それに伴って水溶液の導電率は低下する(
図2A-B)。その中和反応が完了すると、グルコサミン単位中のプロトン化したアミノ基の脱プロトン化がはじまり、その脱プロトン化が完了するまで導電率は変化しない(
図2B-C)。脱プロトン化が完了すると水溶液中のOH
-が増加することから導電率も増加する(
図2C-D)。ここで、
図2中のB-Cで水溶液に加えた水酸化ナトリウムの物質量は、グルコサミン単位中のプロトン化したアミノ基の物質量に相当する。また、この塩酸水溶液中ではほとんどのグルコサミン単位中のアミノ基がプロトン化していることを考慮すると、
図2中のBCで水溶液に加えた水酸化ナトリウムの物質量は、グルコン酸が修飾されていないグルコサミン単位の物質量に相当する。したがって、この測定法によりグルコン酸修飾および未修飾キトサン中のグルコサミン単位の物質量を算出し、それらを比較することでグルコン酸の導入率を求めることができる。
【0041】
上述したキトサン誘導体(アルドン酸修飾キトサン)を含有する水溶液を所定の形状の型(鋳型)に流し込んで凍結させ、その後、融解することにより、所定の形状に応じた形状のヒドロゲルを得ることができる。凍結は、例えば、-20℃、また、融解は、一般に、室温下にて行われるが、凍結および融解の温度や時間は特に限定されるものではなく、必要に応じて調整すればよい。
【0042】
上述したようにして調製したヒドロゲルを所定の粒径に破砕し、粒状にすることで、体腔損傷治療用ヒドロゲルを得ることができる。ヒドロゲルを粒状に破砕できればどんな方法であってもよく、例えば、ミキサー等の破砕機を用いて破砕する方法や、乳棒で破砕する方法などが挙げられる。
【0043】
また、上記のキトサン誘導体にポリビニルアルコール(PVA)を混合して同様の操作を行うことにより諸特性の向上したヒドロゲルを形成することができる。すなわち、前記キトサン誘導体を含有する水溶液(鋳型に流し込む水溶液)にポリビニルアルコールを混合し、凍結、融解することにより、キトサン誘導体にポリビニルアルコールが混合されたヒドロゲルが得られる。
【0044】
キトサン誘導体にポリビニルアルコールが混合されたヒドロゲルを得る場合、ヒドロゲル中のポリビニルアルコール配合量は、キトサン誘導体/ ポリビニルアルコール[(重量/容量)%比]が、1/10以上2/5未満であることが好ましく、より好ましくは1/5であり、例えば、キトサン誘導体[1(重量/容量)%]とポリビニルアルコール[5(重量/容量)%]という配合比率で形成することができる。また、適用されるポリビニルアルコールの分子量は、ゲルの形成しやすさから、6.6×104Da(ダルトン)以上2.5×105Da以下のものを使用することが好ましく、例えば、1.5×105Daのものを使用することができる。分子量が6.6×104Daより小さい場合には、ゲル化しても高い強度が得られず、2.5×105Daより大きい場合には水溶液の粘度が高くポリビニルアルコールとキトサン誘導体の混合が困難であるためである。
【0045】
このようにして得られたヒドロゲルは、ポリビニルアルコールの寄与によって、高い生体適合性を維持しつつ、極めて優れた強度、水分保持力、耐酵素分解性等の特性を有するものとなる。したがって、凍結・融解法によって調製されたヒドロゲルを用いた体腔損傷治療用ヒドロゲルについて、強度、水分保持力、耐酵素分解性が要求されるような用途に使用する場合には、ポリビニルアルコールを混合することが好ましく、生体適合性が維持されつつもゲル強度の低下が抑制されるとともに、より長期間にわたり創傷を湿潤状態に維持することが可能となる。
【0046】
<高圧蒸気滅菌法によるヒドロゲルの調製および体腔損傷治療用ヒドロゲルの製造>
上述した凍結・融解法と同様にして合成されたキトサン誘導体を含有する水溶液を所定形状の型(鋳型)に入れ、高圧蒸気滅菌処理することにより、キトサン誘導体を含有する水溶液がゲル化するとともに滅菌も行われ、生体適合性を有する所定形状のヒドロゲルが形成される。
【0047】
高圧蒸気滅菌処理は、オートクレーブを用いて行い得る。この処理における温度、時間は滅菌可能な温度、時間で行えばよく、一般的なオートクレーブ滅菌と同様に2気圧、121℃以上で15分以上行えばよく、20分~2時間でもよい。
【0048】
高圧蒸気滅菌法では、キトサン誘導体を含有する水溶液の高圧蒸気滅菌処理という一つのステップでヒドロゲルを調製できる利点があり、オートクレーブを備える医療機関等においても、容易にヒドロゲルの調製が可能である。
【0049】
得られたヒドロゲルを上述した凍結・融解法と同様に粒状にすることで、体腔損傷治療用ヒドロゲルを得ることができる。その他の事項については、<凍結乾燥法によるヒドロゲルの調製および体腔損傷治療用ヒドロゲルの製造>と同様であるため、説明を省略する。
【0050】
<体腔損傷治療キット>
体腔損傷治療キット1は、
図3、
図4に示すように、注入器10と、チューブ20と、注入器10の中に充填された体腔損傷治療用ヒドロゲルを備える。
【0051】
注入器10は、円筒状のシリンジ11、プランジャ12、キャップ13を備える。シリンジ11の長手方向の一端は全面的に開口しており、外径方向にフランジ11aが張り出している。シリンジ11の開口からシリンジ11の内径に応じたピストン12aを有するプランジャ12が挿入されている。また、シリンジ11の他端からは筒先11bが突出している。筒先11bには、脱着可能なキャップ13が取り付けられている。
【0052】
シリンジ11の中には、上述したキトサンのグルコサミン単位のアミノ基にアルドン酸が脱水縮合により結合しているキトサン誘導体に由来する体腔損傷治療用ヒドロゲルが充填されている。そして、プランジャ12が押し込まれ、ピストン12aがシリンジ11内壁に密着するとともに、キャップ13により筒先11bが止栓されていることにより、外界からの空気の流入を抑制されることで、シリンジ11の中に充填されているヒドロゲルの乾燥が抑えられ、長期間の保存が可能である。
【0053】
チューブ20は、柔軟なシリコーン等の素材から形成されている。チューブ20の端部は、シリンジ11の筒先11bが挿入可能である。
【0054】
なお、注入器10、チューブ20は、医療分野において一般的に用いられている市販の注射器を用いることができる。
【0055】
体腔損傷治療キット1を使用する際には、キャップ13を取り外し、筒先11bにチューブ20の一端を接続する。そして、チューブ20の他端を、体腔損傷治療用ヒドロゲルを処置する体腔にあてがい、プランジャ12を押し込むことで、チューブ20からシリンジ11内部の体腔損傷治療用ヒドロゲルが射出される。
【0056】
なお、チューブ20の長さに制限はないが、チューブ20が短いとヒドロゲルが体腔の充填箇所まで届かないおそれがある。また、チューブ20が長いとプランジャ12を押し込む力が過剰に必要になる。これらを考慮して、チューブ20の長さは5~20cmであることが好ましく、5~15cmであることがより好ましい。
【実施例】
【0057】
<グルコン酸修飾キトサンの合成>
2-モルホリノエタンスルホン酸を23.5mMの濃度で溶解させた蒸留水300ml(pH4.0)にキトサン3.0g(商品名「キトサンLL」、脱アセチル化度80%、焼津水産化学工業株式会社製)を溶解させ、1M塩酸水溶液を加えることによりpHを4.0に調整した。表1に示すとおり、この水溶液にグルコン酸ナトリウム(以下、GAと省略)、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(以下、EDCと省略)およびN-ヒドロキシこはく酸イミド(以下、NHSと省略)を溶解させ、室温で24時間攪拌することで、キトサンのグルコサミン単位の2位のアミノ基にグルコン酸を導入した(
図1(反応式(構造式))参照)。
【0058】
続いて、1M水酸化ナトリウム水溶液を加えることにより反応溶液のpHを8.0に調整した後、99.5%エタノールを加えることでグルコン酸修飾キトサンおよび未反応のグルコン酸ナトリウムを沈殿させ、遠心操作により沈殿物を回収した。その後、沈殿物を透析膜に封入し、1週間蒸留水に浸すことでグルコン酸ナトリウムを除去した。この際、1日に2回蒸留水を交換した。続いて、透析膜内の沈殿物および水溶液を回収し、99.5%エタノールを加えることでグルコン酸修飾キトサンを沈殿させ、その沈殿物を回収した。その後、凍結・乾燥処理を行うことでグルコン酸修飾キトサンの乾燥粉末を得た。
【0059】
反応結果を下記の表1に示す。グルコン酸導入率は、既述のように、0.1M塩酸水溶液40mlにグルコン酸修飾キトサン乾燥粉末0.2gを溶解させ、その水溶液に0.1M水酸化ナトリウム水溶液を加えた際の導電率の変化を測定することで算出した。
【0060】
【0061】
<凍結・融解によるヒドロゲルの調製>
合成したグルコン酸導入率18.7%のキトサン誘導体乾燥粉末0.1gを蒸留水10mlに加え、0.1M塩酸水溶液を加えることにより、粉末を完全に溶解させた。続いて、0.1Mまたは1.0M水酸化ナトリウム水溶液を加えることでpHを7.0に調整し、得られた水溶液を断面が星形状の金属鋳型に入れて、-20℃で12時間凍結した。その後、室温での静置により溶解させたところ、
図5に示すように、金属鋳型の形状に応じた星形状のゲルの生成が確認された。なお、対照として、グルコン酸を導入していないキトサンについても同様にゲル化を試みたが、ゲル化は起らなかった。
【0062】
<ポリビニルアルコールを混合したヒドロゲルの調製>
グルコン酸導入率18.7%のキトサン誘導体乾燥粉末をpH4.0の生理食塩水に溶解して2(重量/容量)%のキトサン誘導体溶液を得た。また、別の生理食塩水にポリビニルアルコール粉末(分子量1.5×105Da、シグマ・アルドリッチ製)を加えて加熱することで溶解して10(重量/容量)%のポリビニルアルコール溶液を得た。キトサン誘導体溶液とポリビニルアルコール溶液を1:1(体積比)で混合し、その中に0.1Mまたは1.0Mの水酸化ナトリウム水溶液を加えることで、水溶液のpHを7.0に調整し、得られた水溶液1mlを内径11mmの円筒容器に入れて-30℃で24時間凍結した。その後、室温(20℃)で2時間静置して融解させることにより、ポリビニルアルコールを混合したヒドロゲルの生成が確認された。
【0063】
<トレオン酸修飾キトサンおよびキシロン酸修飾キトサンの合成並びにヒドロゲルの調製>
上述したグルコン酸修飾キトサンの合成と同様の方法により、アルドン酸としてトレオン酸およびキシロン酸を用いて、トレオン酸修飾キトサンおよびキシロン酸修飾キトサンを合成した。反応結果を下記の表2、表3にそれぞれ示す。それぞれのアルドン酸の導入率は、上記と同様に、キトサン誘導体(アルドン酸修飾キトサン)を塩酸水溶液に溶解させた水溶液に、その塩酸と当モル濃度の水酸化ナトリウム水溶液を加えた際の導電率の変化を測定することにより求めた。
【0064】
【0065】
【0066】
合成したトレオン酸修飾キトサンおよびキシロン酸修飾キトサンを<凍結・融解によるヒドロゲルの調製>と同様の方法により、-20℃で12時間凍結した後、室温で融解したところ、ゲル化していることが確認された。
【0067】
<高圧蒸気滅菌法によるヒドロゲルの調製>
上述した凍結・融解法によるヒドロゲルの調製と同様の方法にて、グルコン酸修飾キトサンの乾燥粉末を得た。反応結果を表4に示す。
【0068】
【0069】
合成したそれぞれのグルコン酸修飾キトサンの乾燥粉末を蒸留水に加えた(2.0%[重量/容量])。そして、0.1M塩酸水溶液を加えることにより、粉末を完全に溶解させた。続いて、0.1Mまたは1.0M水酸化ナトリウム水溶液を加えることでpHを7.0に調整した。
【0070】
このグルコン酸修飾キトサン水溶液を内径15mmの円筒形状のガラス容器に入れ、密閉した。これをオートクレーブに入れ、高圧蒸気滅菌処理(121℃、2気圧)した。処理時間は20分、60分、120分として、それぞれ行った。
【0071】
その結果、いずれのグルコン酸修飾キトサン水溶液を用い、いずれの処理時間での調製においても、グルコン酸修飾キトサン水溶液がゲル化し、ヒドロゲルが得られた。代表して、No.6を用いて得られたヒドロゲルの写真を
図6に示す。
【0072】
<体腔損傷治療用ヒドロゲルの製造>
上記で得られた各々のヒドロゲルを乳棒、乳鉢を用い、粒径1mm以下に破砕することで、体腔損傷治療用ヒドロゲルを得た。そして、体腔損傷治療用ヒドロゲルを
図7に示すように、注射器に充填して筒先から射出した。いずれの体腔損傷治療用ヒドロゲルも注射器から射出することができることを確認した。
【0073】
<副鼻腔炎の治療>
図8に示す内視鏡下副鼻腔手術後の患者の副鼻腔に、注射器に充填した体腔損傷治療用ヒドロゲルを射出して注入した。なお、用いた体腔損傷治療用ヒドロゲルは、上記No.1を用いて得られた体腔損傷治療用ヒドロゲルである。副鼻腔に体腔損傷治療用ヒドロゲルを注入した状態を
図9に示している。体腔損傷治療用ヒドロゲルはゲル状であることから、注入後、副鼻腔から垂れ落ちたりすることはなく、留置させることができた。そして、その後の創傷の治癒は良好であった。また、患者からは瘡蓋による痛みやうずきを訴える声はなかった。
【0074】
<体腔損傷治療用ヒドロゲルの加速劣化試験>
上記のNo.4を用いて得られた体腔損傷治療用ヒドロゲルを用い、以下のようにして加速劣化試験を行った。
製造した体腔損傷治療用ヒドロゲルを容器に入れて密閉し、試験まで55℃で保管しておいた。
試験日に容器から体腔損傷治療用ヒドロゲルを取り出して注入器に充填した。体腔損傷治療用ヒドロゲルの充填量は2mLである。用いた注入器はプラスチックであり、シリンジの内径は12mm、筒先の内径は2mmである。
そして、プランジャを900mm/分(15mm/秒)で押し込み、筒先から体腔損傷治療用ヒドロゲルを射出する押し出し試験を行った。
【0075】
試験日は、体腔損傷治療用ヒドロゲルの製造日、製造1ヶ月後、製造2ヶ月後、製造3ヶ月後、製造4ヶ月後、製造5ヶ月後、製造6ヶ月後とした。それぞれの試験日におけるプランジャの変位[mm]と押し出しに要する注入力[N]との関係を
図10に示す。
【0076】
製造4ヶ月後以降では注入力が大きくなる傾向にあるものの、実際の使用において施術者が十分押し出し可能な程度であった。よって、注入器に体腔損傷治療用ヒドロゲルを充填して保管しておいても、6ヶ月程度は実使用が可能であることを確認した。
【0077】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【0078】
本出願は、2023年8月17日に出願された日本国特許出願2023-132965号に基づく。本明細書中に、日本国特許出願2023-132965号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。
【産業上の利用可能性】
【0079】
副鼻腔炎外科手術後の副鼻腔の創傷治療等、体腔の創傷治療に利用可能である。
【符号の説明】
【0080】
1 体腔損傷治療キット
10 注入器
11 シリンジ
11a フランジ
11b 筒先
12 プランジャ
12a ピストン
13 キャップ
20 チューブ
【要約】
体腔損傷治療用ヒドロゲルは、キトサンのグルコサミン単位のアミノ基にアルドン酸が脱水縮合により結合しているキトサン誘導体に由来する。体腔損傷治療用ヒドロゲルは粒状であり、注入器によって体腔に注入され、体腔の創傷治療に用いられる。体腔損傷治療キットは、注入器と、注入器に接続されるチューブと、注入器の中に充填された粒状の体腔損傷治療用ヒドロゲルと、を備え、体腔損傷治療用ヒドロゲルは、キトサンのグルコサミン単位のアミノ基にアルドン酸が脱水縮合により結合しているキトサン誘導体に由来するものである。