(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-17
(45)【発行日】2025-02-26
(54)【発明の名称】ジチオエステル化セルロースナノファイバー
(51)【国際特許分類】
C08B 9/00 20060101AFI20250218BHJP
C08B 3/20 20060101ALI20250218BHJP
C08L 1/10 20060101ALI20250218BHJP
【FI】
C08B9/00
C08B3/20
C08L1/10
(21)【出願番号】P 2021021788
(22)【出願日】2021-02-15
【審査請求日】2023-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2020023519
(32)【優先日】2020-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000115980
【氏名又は名称】レンゴー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100117400
【氏名又は名称】北川 政徳
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100161746
【氏名又は名称】地代 信幸
(74)【代理人】
【識別番号】100166796
【氏名又は名称】岡本 雅至
(72)【発明者】
【氏名】久保 純一
【審査官】長谷川 大輔
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/235912(WO,A1)
【文献】特開2017-053077(JP,A)
【文献】特開2014-125607(JP,A)
【文献】特開2014-148629(JP,A)
【文献】セルロースナノファイバー,成形加工,第30巻、第8号,日本,2018年,第424-428頁
【文献】Dufresne, A.,Cellulose nanomaterial reinforced polymer nanocomposistes,Current Opinion in Colloid & Interface Science,Vol. 29,2017年,p.p. 1-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B1/00-37/18
C08K3/00-13/08
C08L1/00-101/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース骨格を有するナノファイバーであるセルロースナノファイバーであって、セルロースが有する水酸基のいずれかの代わりに、下記式(1)で表されるジチオエステル基を有する、ジチオエステル化セルロースナノファイバー。
-OCSSR (1)
(Rは炭素数1~12の炭化水素基)
【請求項2】
前記セルロース骨格を構成するグルコース単位当たりの前記ジチオエステル基で置換された水酸基の平均個数である置換度が0.1以上0.4以下であり、平均繊維径が3nm以上250nm以下である請求項1に記載のジチオエステル化セルロースナノファイバー。
【請求項3】
ザンテート化セルロースナノファイバーの水系懸濁液に、ハロゲン化炭化水素を添加してザンテート基と反応させるジチオエステル化セルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のジチオエステル化セルロースナノファイバーを含有する樹脂組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ザンテート化セルロースナノファイバーの変性物に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースには樹脂やゴムに対する補強効果のあることが以前より知られている(特許文献1)。ただし、一般的な微粉末セルロース繊維は、繊維が裁断された粒子状であるため、セルロースの微細繊維によるネットワークを活かした高い補強効果は期待しにくい。
【0003】
植物由来のセルロース材料をナノレベルまで細分化させたナノセルロースと呼ばれる新たな材料が注目されている。このうち、セルロース中の繊維を細かくほぐして繊維径3~100nm程度とした材料は、比表面積が大きく、補強用繊維として優れた性質を持つため、盛んに研究開発が進められている。この材料には様々な名称が提案されているが、本出願ではこの材料をセルロースナノファイバーと呼ぶ。このセルロースナノファイバーを製造するには、パルプなどのセルロース材料を細かく解繊する必要があるが、セルロース材料自体をそのまま解繊しようとしても繊維同士が強固な水素結合で結び付いた材料であるため、多大なエネルギーを必要とする。このため、セルロース材料を化学変性させて解繊させやすくすることで、セルロースナノファイバーを得やすくする技術が提案されている。
【0004】
このような化学変性によって得られるセルロースナノファイバーとしては、例えば次のものが挙げられる。2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジン-N-オキシラジカル(以下、「TEMPO」とする)を触媒として用いることでカルボキシル基をセルロースに導入して解繊したTEMPO酸化セルロースナノファイバーや、アルカリ処理したセルロースに二硫化炭素を加えてザンテート基(-OCSS-M+)を導入したザンテート化セルロースナノファイバー、リン酸基を導入したリン酸エステル化セルロースナノファイバーなどが挙げられる。
【0005】
中でもザンテート化セルロースナノファイバーは、樹脂やゴムに導入すると高い補強効果を得られることが、特許文献2で報告されている。特にゴムにおいて、ナノファイバーとしての補強効果に加えて、ザンテート基に含まれる硫黄が加硫促進効果も発揮すると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-75856号公報
【文献】国際公開WO2018/235912A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、ザンテート化セルロースナノファイバーは熱安定性が劣るため、常温下でもザンテート基の一部が脱離しやすく、保管性に問題があった。また、ザンテート化セルロースナノファイバーは、セルロース自体は親水性だが、ザンテート基が導入されたことで親水性がより高くなっているため、疎水性である樹脂やゴムと混練する際に混ざりにくく、不均一な分散状態となってセルロースナノファイバーによる補強効果を十分に発揮できないという問題があった。
【0008】
そこでこの発明は、ザンテート化セルロースナノファイバーの有用な性質を活かすため、熱安定性と樹脂やゴムへの分散性が向上したナノファイバーを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明は、分子構造中にセルロース骨格を有するナノファイバーであるセルロースナノファイバーであって、セルロースが有する水酸基を置換して、そのいずれかの代わりに、下記式(1)で表されるジチオエステル基を有する、ジチオエステル化セルロースナノファイバーにより、上記の課題を解決したのである。
【0010】
-OCSSR (1)
(Rは炭素数1~12の炭化水素基)
【0011】
具体的には、セルロース骨格を構成するグルコース単位当たりの前記ジチオエステル基で置換された水酸基の平均個数である置換度が0.1以上0.4以下であり、平均繊維径が3nm以上250nm以下であるジチオエステル化セルロースナノファイバーを実施形態として採用できる。
【0012】
この発明にかかるジチオエステル化セルロースナノファイバーは、ザンテート化セルロースナノファイバーの水系懸濁液に、ハロゲン化炭化水素を添加してザンテート基と反応させることで製造することができる。
【0013】
この発明にかかるジチオエステル化セルロースナノファイバーを樹脂やゴム中に含有させた樹脂組成物は、強度が向上された樹脂組成物として有用である。
【発明の効果】
【0014】
この発明により得られるジチオエステル化セルロースナノファイバーは、ザンテート化セルロースナノファイバーに比べて熱安定性が向上しており、製造後に保管して時間を置いてから樹脂やゴムに添加する場合でも有用に用いることができる。また、末端が-OCSS-M+のイオンとなっているザンテート基に比べて、-OCSSR基であるジチオエステル基は疎水性が高いため、樹脂やゴム中に添加した際に親和性が高く、混練しやすくなるので、樹脂組成物中に均一に分散して、品質を向上させることができる。さらに、酸性溶液中での安定性もザンテート化セルロースナノファイバーに比べて向上しており、樹脂やゴムなどの添加剤などとして広く用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実験例1-1,1-2、実験比較例1-1,1-2の応力ひずみ曲線を比較したグラフ
【
図2】実験例1-1,1-3、実験比較例1-1,1-2の応力ひずみ曲線を比較したグラフ
【
図3】実験例1-1,1-4,1-5、実験比較例1-1の応力ひずみ曲線を比較したグラフ
【
図4】実験例1-6、実験比較例1-3,1-4の応力ひずみ曲線を比較したグラフ
【
図5】実験例1-1,1-7、実験比較例1-1,1-5,1-6の応力ひずみ曲線を比較したグラフ
【
図6】実験例2-1,2-2、実験比較例2-1,2-2の応力ひずみ曲線を比較したグラフ
【
図7】実験例3-1、実験比較例3-1,3-2の応力ひずみ曲線を比較したグラフ
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、この発明について詳細に説明する。この発明は、ジチオエステル基を有するジチオエステル化セルロースナノファイバーと、その製造方法、およびジチオエステル化セルロースナノファイバーを含有する樹脂組成物である。
【0017】
この発明にかかるジチオエステル化セルロースナノファイバーは、基本構造としてグルコース単位が連なったセルロース骨格を有するセルロースナノファイバーである。基本構造がセルロース骨格であれば、全ての構成単位がグルコースという訳ではなく、一部の末端基が変性しているものや、一部の構造が変化しているものも含む。
【0018】
この発明にかかるジチオエステル化セルロースナノファイバーは、セルロース骨格が有するグルコース単位の水酸基のいずれかの代わりに、水酸基が置換されたジチオエステル基を有する変性化合物である。セルロースは構成するグルコース単位当たり3つの水酸基を有するが、平均してグルコース単位当たり0.1以上の水酸基がジチオエステル基に置換されていると好ましい。以下、このグルコース単位あたりのジチオエステル基で置換された水酸基の平均個数を置換度という。置換度が0.1未満では、ジチオエステル基による疎水性向上効果や加硫促進効果などが不十分で、無置換のセルロースナノファイバーと比べての利点が十分ではない。基本的には補強効果の点からは置換度が高いほど好ましいが、製造上、置換度は0.4を超えることは好ましくない。0.4を超えて置換させると、ジチオエステル化セルロースナノファイバーの原料となるザンテート化セルロースナノファイバーを製造する際、解繊処理において分散媒としての水に溶解するおそれがある。
【0019】
上記のジチオエステル基は、下記式(1)の構造を有する。Rは炭素数1~12の炭化水素基である。Rとしては、具体的にはブチル基やオクチル基などの直鎖アルキル基やベンジル基などの芳香族アルキル基、ビニル基やアリル基などのアルケニル基が挙げられる。飽和炭化水素基でもよいし、不飽和炭化水素基でもよい。また、Rは直鎖状のものに限定されない。水への溶解させやすさの点から、Rが炭素数8以下であると好ましく、4以下であると反応させやすさの点からより好ましい。
【0020】
-OCSSR (1)
【0021】
この発明にかかるジチオエステル化セルロースナノファイバーは、平均繊維径が3nm以上であると好ましく、5nm以上であるとより好ましい。天然セルロースの構成単位であるミクロフィブリルの繊維径が高等植物で2~3nmであることから、3nm未満とするには解繊に多大なエネルギーが必要で、製造コストが高額になるおそれがある。一方で、250nm以下が好ましく、200nm以下であるとより好ましい。解繊が不十分なために太すぎるものは、樹脂組成物に含めた際に、ナノファイバーによるネットワーク構造を形成することが難しく、補強効果が十分に発揮されないおそれがある。
【0022】
この発明にかかるジチオエステル化セルロースナノファイバーを製造するにあたっては、例えばザンテート化セルロースナノファイバーの水系懸濁液に、ハロゲン化炭化水素を添加してザンテート基と反応させることで得ることができる。この水系懸濁液の分散媒としては、水のみでもよいし、反応させる際、ハロゲン化炭化水素を溶解させやすくするために、水に水以外の極性溶媒を混合した液としてもよい。これらの極性溶媒としては、例えばジメチルスルホキシド(DMSO)や、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)などを用いることができる。また、水系の分散媒にハロゲン化炭化水素を均一に分散させるため、乳化助剤を添加させても良い。ハロゲン化炭化水素は疎水性であり、そのままでは水系懸濁液中で分散しにくいためである。
【0023】
ザンテート化セルロースナノファイバーの水系懸濁液は、ザンテート化セルロースを解繊したあとの分散液をそのまま用いてもよいし、一旦乾燥させたザンテート化セルロースナノファイバーを再度分散媒に分散させたものでもよい。解繊に用いるザンテート化セルロースは通常、陽イオンとしてNa+であるものが用いられるが、イオン交換されて別の陽イオンを有するものでもよい。
【0024】
上記のハロゲン化炭化水素は、ハロゲンとしてCl、Br、Iが好適に用いることができる。また、上記のハロゲン化炭化水素の炭化水素基は、上記のジチオエステル基のRに対応する官能基となる。すなわち、ブチル基やオクチル基などの直鎖アルキル基やベンジル基などの芳香族アルキル基、ビニル基やアリル基などのアルケニル基が挙げられる。
【0025】
なお、ジチオエステル基を有するジチオエステル化セルロースナノファイバーを得ることができるのであれば、製造方法は上記のエステル化反応を用いた方法に限定されるものではない。
【0026】
この発明にかかるジチオエステル化セルロースナノファイバーは、樹脂やゴム中に含有させて樹脂組成物として用いることで、その樹脂組成物の強度を向上させる効果を好適に発揮する。特に、樹脂として天然ゴムや合成ゴムなどのゴムを用いた樹脂組成物にジチオエステル化セルロースナノファイバーを含有させると、ナノファイバーとしての強度向上効果だけでなく、ジチオエステル基が有する硫黄による加硫促進効果も得られる。樹脂組成物の添加方法としては特に限定されるものではない。例えば、樹脂組成物の混練中にジチオエステル化セルロースナノファイバーを添加して混練させた後で、硬化、加硫などの作業を行うとよい。
【0027】
上記の樹脂組成物は、その用途に応じて、ジチオエステル化セルロースナノファイバー以外の加硫促進剤、加硫剤、老化防止剤、フィラー、ワックス、補強剤、軟化剤、充填剤、着色剤、難燃剤、滑剤、可塑剤、その他の添加剤を含んでいてもよい。フィラーとしては例えば、カーボンブラック、シリカ、炭酸カルシウムなどが挙げられる。ゴムの加硫剤としては、別途添加する硫黄分などが挙げられる。
【実施例】
【0028】
以下、この発明を具体的に実施した実施例を示す。
まず、ジチオエステル化セルロースナノファイバーを得るための前段階として、原料となるザンテート化セルロースナノファイバーを得る製造手順とそのザンテート化セルロースナノファイバーの物性の測定方法から説明する。なお、セルロースナノファイバーを「CNF」と略記することがある。材料として、以下のものを用いた。
・クラフトパルプ(日本製紙(株)製:NBKP、α-セルロース含有率:90質量%、α-セルロースの平均重合度:1000)以下、「NBKP」と表記する。
【0029】
(実施例1:ジチオエステル化CNF・アリル)
<アルカリ処理:ジチオエステル化CNFの作製の1>
NBKPをパルプ固形分(パルプ中の水分を除いたものをパルプ固形分とする。以下同じ。)1kgとなるように秤量した。このNBKPに8.5質量%水酸化ナトリウム水溶液25kgを加え、室温にて3時間撹拌してアルカリ処理を行った。このアルカリ処理後のパルプを遠心脱水機((株)コクサン社製、H-130C、ろ布400メッシュ)により固液分離してアルカリセルロースの脱水物を得た。このアルカリセルロースの脱水物における水酸化ナトリウム含有率は7.5質量%、パルプ固形分含有率は27.4質量%であった。
【0030】
<ザンテート化処理:ジチオエステル化CNFの作製の2>
上記で作製したアルカリセルロースの脱水物をパルプ固形分300gとなるように秤量した。この脱水物へ二硫化炭素を105g(対パルプ固形分として35質量%)加え、室温で4.5時間硫化反応を進行させてザンテート化処理を行い、ザンテート化セルロースを得た。
【0031】
<ザンテート置換度測定>
前記ザンテート化セルロースについて、ザンテート置換度をBredee法により測定したところ、0.312であった。なお、このザンテート置換度はセルロースのグルコース単位当たりのザンテート基で置換された水酸基の平均個数である。Bredee法によるザンテート置換度の測定は次のように行った。ザンテート化セルロースを固形分として1.5g秤量し、5℃に冷却した飽和塩化アンモニウム水溶液を40mL添加した。ガラス棒で試料のザンテート化セルロースを潰しながらよく混合し、15分間放置後、GFPろ紙(ADVANTEC社製GS-25)でろ過して、飽和塩化アンモニウム水溶液で十分に洗浄した。GFPろ紙上に残った試料に、5℃に冷却した0.5mol/L水酸化ナトリウム水溶液を50mL添加して、GFPろ紙ごと撹拌した。撹拌した液を15分間放置後、1.5mol/L酢酸水溶液で中和した。指示薬には、フェノールフタレイン指示薬を用いた。中和後、蒸留水を250mL添加してよく撹拌し、1.5mol/L酢酸水溶液10mLと、0.05mol/Lヨウ素水溶液10mLとを添加した。この溶液を0.05mol/Lチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定した。指示薬には、1質量%澱粉水溶液を用いた。チオ硫酸ナトリウム水溶液の滴定量と、試料中のセルロース含有量とにより次式(1)からザンテート置換度を算出した。なお、試料であるザンテート化セルロース中のセルロース含有量は、ザンテート化セルロースに水を加えて分散させ、塩酸を添加して再生処理を行い、次に再生処理後のセルロースをろ過し、十分に洗浄後、絶乾してセルロースのみの質量を測定して求めた。
【0032】
ザンテート置換度=(0.05×10×2-0.05×チオ硫酸ナトリウム滴定量(mL))÷1000÷(試料中のセルロース含有量(g)/162.1)……(1)
【0033】
<解繊処理:ジチオエステル化CNFの作製の3>
上記のザンテート化処理で作製したザンテート化セルロースを固形分300gとなるように秤量し、固形分濃度5質量%となる様に蒸留水を添加して撹拌機で撹拌して分散させた。この分散させた分散液を、前記遠心脱水機を使用して遠心脱水しながら、蒸留水を添加して十分に洗浄することで、不純物、アルカリ、未反応の二硫化炭素等を除去した。洗浄後のザンテート化セルロースをすべて回収し、蒸留水を添加してザンテート化セルロースに含まれるセルロース分の濃度(以下、「セルロース濃度」と表記する。)0.5質量%の水懸濁液60kgとした。この水懸濁液を、高圧ホモジナイザー(三和エンジニアリング(株)製、H20型)を用いて、流速2.5L/分、圧力40MPaで5回パスさせて解繊処理して、ザンテート化CNFを得た。得られたザンテート化CNFのザンテート置換度は0.294であった。
【0034】
<ザンテート化CNFの解繊の度合い>
前記ザンテート化CNFの水懸濁液(セルロース濃度0.5質量%)に蒸留水を添加してセルロース濃度を0.1質量%に希釈した。この希釈した水懸濁液を、遠心分離機(ベックマンコールター社製、Avanti J-25I)を使用して12000Gで10分間遠心分離して未解繊物を沈降させた。上清は分離し、沈降した未解繊物に蒸留水を添加して再度遠心分離を行い、未解繊物を洗浄した。未解繊物をるつぼに移して絶乾し、未解繊物の質量を測定した。未解繊物の質量とザンテート化セルロース中のセルロース含有量より次式(2)から生成したナノファイバーの生成率を求めたところ、99.0質量%であった。
【0035】
ナノファイバーの生成率(質量%)=(ザンテート化セルロース中のセルロース含有量-未解繊物の質量)÷(ザンテート化セルロース中のセルロース含有量)×100……(2)
【0036】
<ザンテート化CNFの繊維径の測定>
水でセルロース濃度0.1質量%に希釈したザンテート化CNFの水懸濁液を遠沈管に入れ、前記遠心分離機を使用して12000Gで10分間遠心分離を行い、遠心上清を回収した。この遠心上清をさらに蒸留水で希釈後に支持膜上に塗布して酢酸ウラニルで染色を施し、支持膜上で乾燥して乾燥検体とした。透過型電子顕微鏡(TEM:日本電子(株)製、JEM-1400)を使用し、加速電圧120kVでこの乾燥検体の観察を行った。こうして得られた50,000倍の画像よりナノファイバー50本を選択し、繊維径を計測したところ、繊維径は3.0nmから7.4nmの範囲であり、それらの測定値の平均である平均繊維径は6.1nmであった。
【0037】
<ザンテート化CNFの硫黄含有率の測定>
以上の解繊処理までの手順と同様の処理で得られたザンテート化CNFの水懸濁液(セルロース含有率0.5質量%)を凍結乾燥して、ザンテート化CNFの凍結乾燥物を得た。この凍結乾燥物の硫黄含有率を、塩素・硫黄分析装置((株)三菱ケミカルアナリテック社製、TOX-2100H)を使用して測定した。ザンテート化CNF中の硫黄含有率は8.7質量%であった。
【0038】
<ジチオエステル化処理及び再分散処理:ジチオエステル化CNFの作製の4>
以上の解繊処理までの手順と同様の処理で得られたザンテート化CNFの水懸濁液5kg(セルロース含有率0.5質量%)に蒸留水を添加して濃度を0.25質量%に希釈し、1.5mol/Lの酢酸で中和した。中和後、0℃の水浴中にて1時間撹拌して、液温が5℃以下となったところでアリルブロマイド(東京化成工業(株)製)55gを添加して、液温を5℃以下に維持したまま12時間撹拌してジチオエステル化処理を行い、アリル基を有するジチオエステル化CNFを作製した(以下、「アリルジチオエステル化CNF」という場合がある)。
【0039】
ジチオエステル化処理後のザンテート化CNF(本願発明にかかるジチオエステル化CNFである)の水懸濁液を、前記遠心脱水機を使用して遠心脱水しながら、エタノール及び蒸留水を添加して十分に洗浄した。洗浄したジチオエステル化CNFをすべて回収し、蒸留水を添加して、ジチオエステル化CNFの含有率が1質量%である水懸濁液10kgを調製した。この水懸濁液を、高圧ホモジナイザー(三和エンジニアリング(株)製、H20型)を用いて、流速2.5L/分、圧力40MPaで2回パスさせて再分散処理した。再分散処理後、ジチオエステル化CNFの再分散体の顕微鏡写真を撮影して繊維径を計測したところ、繊維径は3.2nmから7.4nmの範囲で、平均繊維径は6.1nmであった。また、硫黄含有率を測定したところ、8.6質量%であった。変性前のザンテート化CNFの硫黄含有率は上記の通り8.7質量%であったので、ジチオエステル化処理によって、ザンテート基は変性するもののほとんど脱離せず、置換度は維持されていることが確認された。
【0040】
(実施例2:置換度を変更したジチオエステル化CNF・アリル)
置換度の異なるアリルジチオエステル化CNFを得るため、前駆体であるザンテート化CNFの作製工程のうち、「ザンテート化処理:ジチオエステル化CNFの作製の2」において、アルカリセルロースの脱水物をパルプ固形分100g、添加する二硫化炭素の量を24g(対パルプ固形分として24質量%)に変更した以外は同様の操作を行って、置換度の異なるザンテート化CNFを得た。なお、得られたザンテート化CNFの繊維径は3.2~14.5nm、平均繊維径は10.3nm、また置換度は、0.204、硫黄含有率は6.3質量%であった。
【0041】
この置換度の異なるザンテート化CNFの水懸濁液を用い、「ジチオエステル化処理及び再分散処理:ジチオエステル化CNFの作製の4」と同様の操作を行って、置換度の異なるアリルジチオエステル化CNFを得た。得られたアリルジチオエステル化CNFの繊維径は3.1~14.9nm、平均繊維径は11.1nm、また硫黄含有率は6.3%となった。
【0042】
(実施例3:エステル基変更・ブチル)
実施例1のジチオエステル化処理において、アリルブロマイドをブチルブロマイド62.5g(東京化成工業(株)製)に変更し、アリルジチオエステルからブチルジチオエステルに変更した。それ以外は実施例1と同様の手順によりブチルジチオエステル化CNFを作製した。なお、得られたブチルジチオエステル化CNFの繊維径は3.1~7.2nm、平均繊維径は6.0nm、また硫黄含有率は8.3%となった。
【0043】
(実施例4:エステル基変更・オクチル)
実施例1のジチオエステル化処理において、アリルブロマイドをオクチルブロマイド87.5g(東京化成工業(株)製)に変更し、アリルジチオエステルからオクチルジチオエステルに変更した。それ以外は実施例1と同様の手順によりオクチルジチオエステル化CNFを作製した。なお、得られたオクチルジチオエステル化CNFの繊維径は3.2~7.7nm、平均繊維径は6.2nm、また硫黄含有率は8.1%となった。
【0044】
<置換度の差による物性評価>
(比較例1:置換度の増加)
実施例1の前駆体であるザンテート化CNFの作製工程のうち、<ザンテート化処理:ジチオエステル化CNFの作製の2>において、アルカリセルロースの脱水物をパルプ固形分100g、添加する二硫化炭素の量を70g(対パルプ固形分として70質量%)に変更した以外は同様の操作を行って、ザンテート置換度の異なるザンテート化セルロースを得た。得られたザンテート化セルロースのザンテート置換度は0.412であった。このザンテート化セルロース100gを用いて、<解繊処理:ジチオエステル化CNFの作製の3>と同様の操作を行ったところ、回収された洗浄後のザンテート化CNFの量は19.2gとなり、大部分が洗浄中に溶解する結果となった。このため、ザンテート置換度が高すぎるザンテート化CNFを用いてジチオエステル化CNFを作製しようとすると、製造自体は可能であるが製造効率が著しく悪化することがわかった。
【0045】
<ジチオエステル化CNFの熱安定性確認>
実施例1にて作製したアリルジチオエステル化CNF水懸濁液(ジチオエステル化CNF含有率1質量%、硫黄含有率8.6質量%)に蒸留水を添加して、ジチオエステル化CNFの含有率を0.5質量%に希釈した。この希釈した水懸濁液を100g分取り出してポリ容器に入れ、30℃の箱型乾燥機内で保管した。保管開始前(0時間)、保管開始から18時間、24時間、48時間、72時間、144時間経過後に硫黄含有率を測定した。また比較としてジチオエステル化処理を行わないザンテート化CNF水懸濁液(CNF濃度1質量%、硫黄含有率8.7質量%)についても同様の操作を行った。それらの結果を表1に示す。
【0046】
【0047】
(考察)
ジチオエステル化処理を行っていないザンテート化CNFでは経過時間ごとに硫黄含有率が低下していく傾向であったが、アリルジチオエステル化CNFでは硫黄含有率はほぼ一定となった。このことから、ザンテート化CNFにジチオエステル化処理を行うことにより、加熱した状態でも-CSS-基が脱離しにくくなり、熱安定性が向上することがわかった。
【0048】
<ジチオエステル化CNFの酸溶液中における安定性確認>
実施例1にて作製したアリルジチオエステル化CNF水懸濁液(ジチオエステル化CNF含有率1質量%、硫黄含有率8.6質量%)に蒸留水を添加して、ジチオエステル化CNFの含有率を0.5質量%に希釈した。この希釈した水懸濁液にギ酸を添加して水懸濁液のpHを4に調整し、室温にて静置した。静置開始直後(0時間)、静置開始から1時間、2時間、4時間、6時間経過後に、上記のザンテート化CNFの場合と同じ手順で硫黄含有率を測定した。また比較としてジチオエステル化処理を行わないザンテート化CNF水懸濁液(CNF濃度1質量%、硫黄含有率8.7質量%)についても同様の操作を行った。それらの結果を表2に示す。
【0049】
【0050】
(考察)
ジチオエステル化処理を行っていないザンテート化CNFでは経過時間ごとに硫黄含有率が低下していく傾向であったが、アリルジチオエステル化CNF(実施例1)では時間経過しても硫黄含有率はほぼ一定となった。このことから、ザンテート化CNFにジチオエステル化処理を行うことにより、ギ酸と接触しても-CSS-基が脱離しにくくなり、pHが低くなった場合においても安定性が向上することがわかった。
【0051】
以下に実施例にて作製したジチオエステル化CNFを樹脂に添加した実験例を示す。
<1.天然ゴムラテックスへの混合による天然ゴムシート強度増強効果確認>
(置換度による対比)
(実験例1-1)
・加熱凝固によるマスターバッチの作製
実施例1にて作製したアリルジチオエステル化CNF水懸濁液(ジチオエステル化CNF含有率1質量%)と、天然ゴム(以下、「NR」と略記する。)ラテックス((株)レジテックス社製HA NR LATEX、固形分60質量%、アンモニア0.7質量%)と、14質量%アンモニア水とを混合した。ジチオエステル化CNFの含有量はNR固形分100質量部に対して5質量部となる。これらを混合した液を回転式ホモジナイザー((株)日本精機製作所製、AM-7)を使用して8000rpmで5分間撹拌混合処理を行った。撹拌混合を終えたスラリーを70℃にて2日間置いて乾燥し、次いで減圧乾燥を行い、NRマスターバッチを作製した。
【0052】
・コンパウンドシート及び加硫ゴムシートの作製
上記で作製したNRマスターバッチ300gを、50℃に加温した二本ロール(日本ロール製造(株)製φ200mm×L500mmミキシングロール機)を使用して素練りした。次いで、ステアリン酸(ナカライテスク(株)製)1.5g、酸化亜鉛(ナカライテスク(株)製)18g、硫黄(ナカライテスク(株)製)10.5g、加硫促進剤(三新化学工業(株)製サンセラーNS-G)2.1gを添加混合し、厚さ2mm以上のコンパウンドシートを作製した。
【0053】
得られたコンパウンドシートを用いて加硫判定機((株)オリンテック製:キュラストメーターV型測定温度150℃、測定時間20分)により、90%加硫時間(Tc90)を測定した。この時、Tc90は6.6分であった。
【0054】
得られたコンパウンドシートを金型に入れ、測定したTc90の値に基づき、150℃、6.6分間圧縮成形して、厚さ2mmの加硫ゴムシートを作製した。
【0055】
・強度物性測定
得られた加硫ゴムシートからJIS3号形のダンベル形状に試験片を打ち抜き(n=5)、各試験片について(株)尾崎製作所製:膜厚測定機ダイヤルゲージ0.001mmを用いて厚みを測定した(n=3)。試験片は引張試験機((株)島津製作所 精密万能試験機 AG-1000D)にて引張試験(つかみ幅:50mm、速度:500mm/分JIS K6251準拠:ISO37に対応する)を行い、引張応力、及び伸びを求めた。この結果を表3に示す。なお、phrは、ゴム100質量部に対するCNFの添加質量部(添加量)を示し、M100は伸び100%での引張応力、M300は伸び300%での引張応力、M500は伸び500%での引張応力を示す。
【0056】
(実験例1-2)
実施例2にて作製した置換度の異なるアリルジチオエステル化CNFを用いて、実験例1-1の「加熱凝固によるマスターバッチの作製」「コンパウンドシート及び加硫ゴムシートの作製」「強度物性測定」を同様に行った。その結果を表3に示す。
【0057】
(実験比較例1-1)
実験例1-1の「加熱凝固によるマスターバッチの作製」において、ジチオエステル化CNFを添加しないこと以外は、同様の手順により加硫ゴムシートを作製して強度物性測定を行った。その結果を表3に示す。Tc90は8.0分であった。
【0058】
(実験比較例1-2)
実験例1-1の「加熱凝固によるマスターバッチの作製」において、ジチオエステル化CNFの代わりに、ザンテート化CNFを用いた以外は同様の手順によりゴムシートを作製して強度物性測定を行った。その結果を表3に示す。Tc90は5.4分であった。
【0059】
【0060】
(考察)
実験例1-1、1-2と実験比較例1-1、1-2について、ひずみ(=伸び)を横軸に、応力を縦軸にとった応力ひずみ曲線であるグラフを
図1に示す。同じひずみにおける応力は、ザンテート化CNFとジチオエステル化CNFとのどちらの添加でも向上したが、ジチオエステル化CNFの方がザンテート化CNFよりも高い値を示し、強度向上効果はジチオエステル化CNFの方が高いことが確認された。また、置換度の異なるジチオエステル化CNF同士の比較では、置換度が約0.3と高い実験例1-1の方が、置換度が約0.2である実験例1-2よりも強度向上効果が高いことが示された。さらに、ジチオエステル化CNF(実験例1-1)はザンテート化CNF(実験比較例1-2)と比べて、Tc90にはそれほど変化がなく、加硫促進効果が維持されていることが確認された。
【0061】
(添加量の差に関する物性評価)
(実験例1-3:添加量増加)
実験例1-1の「加熱凝固によるマスターバッチの作製」段階において、実施例1のジチオエステル化CNFの含有量がNR固形分100質量部に対して5質量部から10質量部(10phr)となるように、ジチオエステル化CNFの量を増量した。それ以外は実験例1-1と同様の手順により加硫ゴムシートを作製した。Tc90は7.3分であった。
【0062】
実験例1-3についても、上記の強度物性測定を行い、破断点応力、及び伸び(=ひずみ)を求めた。その結果を実験例1-1(アリルジチオエステル化CNF添加量5phr)と、実験例1-3(アリルジチオエステル化CNF添加量10phr)とを比較し、さらに参考として実験比較例1-1(添加なし)、実験比較例1-2(ザンテート化CNF)とともに表4及び
図2に示す。なお、M30は伸び30%での引張応力、M100は伸び100%での引張応力、M300は伸び300%での引張応力を示す。ジチオエステル化CNFで添加量を変えると、全般にわたって添加量が多い実験例1-3の方が、添加量が少ない実験例1-1よりも強度向上効果が高くなることが示された。
【0063】
【0064】
(エステル基の変更についての評価)
(実験例1-4:エステル基変更・ブチル)
実験例1-1の「加熱凝固によるマスターバッチの作製」において、アリルジチオエステル化CNFの代わりに、実施例3にて作製したブチルジチオエステル化CNFを用いた以外は同様の手順によりゴムシートを作製して強度物性測定を行った。Tc90は7.0分であった。
【0065】
(実験例1-5:エステル基変更・オクチル)
実験例1-1の「加熱凝固によるマスターバッチの作製」において、アリルジチオエステル化CNFの代わりに、実施例4にて作製したオクチルジチオエステル化CNFを用いた以外は同様の手順によりゴムシートを作製して強度物性測定を行った。Tc90は7.1分であった。
【0066】
実験例1-4,1-5についても、上記の強度物性測定を行い、破断点応力、及び伸びを求めた。その結果をエステル基がアリル基である実験例1-1、ブチル基である実験例1-4、オクチル基である実験例1-5、CNFを添加しない実験比較例1-1を比較して表5及び
図3に示す。なお、M30は伸び30%での引張応力、M100は伸び100%での引張応力、M300は伸び300%での引張応力を示す。
【0067】
【0068】
(考察)
いずれの置換基であっても未添加の実験比較例1-1より優れた値を示し、応力の変化については置換基による違いはほとんど見られなかった。
【0069】
(凝固方法の変更についての評価)
(実験例1-6:ギ酸凝固によるマスターバッチの作製)
実施例1にて作製したアリルジチオエステル化CNFを用い、実験例1-1の「加熱凝固によるマスターバッチの作製」に示す構成の通り、ジチオエステル化CNFと、NRラテックスと、14質量%アンモニア水とを混合した。混合を終えたスラリーを撹拌しながら、2質量%ギ酸水溶液を、pHが4になるまで滴下した。さらに、析出したゴム粒子を減圧濾過により回収し、中性となるまで洗浄した。その上で、70℃にて2日間乾燥し、次いで減圧乾燥を行い、NRマスターバッチを作製した。NRマスターバッチ中の硫黄含有率を実施例1<ザンテート化CNFの硫黄含有率の測定>と同様の手順により測定した結果、306.6ppmとなった。得られたNRマスターバッチは実験例1-1と同様の手順によりゴムシートを作製して強度物性測定を行った。Tc90は7.6分であった。
【0070】
(実験比較例1-3,1-4)
実験例1-6において、ジチオエステル化CNFを添加しないこと以外は実験例1-6と同様の手順により作製したNRマスターバッチ(実験比較例1-3)と、ジチオエステル化CNFの代わりにザンテート化CNFを用いたこと以外は実験例1-6と同様の手順により作製したNRマスターバッチ(実験比較例1-4)とから、同様の手順によりゴムシートを作製して強度物性測定を行った。実験比較例1-3のNRマスターバッチ中の硫黄含有率は45ppm、Tc90は7.8分、また実験比較例1-4のNRマスターバッチ中の硫黄含有率は49ppm、Tc90は8.1分であった。
【0071】
実験例1-6、実験比較例1-3,1-4について、それぞれのNRマスターバッチ中の硫黄含有量の測定を行った結果を表6に示す。また、上記の強度物性測定を行い、破断点応力、及び伸びを求めた結果も併せて表6に示すとともに、
図4にグラフを示す。なお、M30は伸び30%での引張応力、M100は伸び100%での引張応力、M300は伸び300%での引張応力を示す。
【0072】
【0073】
(考察)
ギ酸を添加して凝固させたアリルジチオエステル化CNFを含有するマスターバッチ(実験例1-6)では、硫黄含有率が高い結果となった。これに比べて、ギ酸を添加して凝固させたザンテート化CNF(実験比較例1-4)は、未添加の場合(実験比較例1-3)とほぼ同等の低い硫黄含有率を示した。これは、ギ酸によりザンテート化CNFの-SCC-基は脱離するものの、ジチオエステル化CNFではギ酸を添加して凝固させても官能基が脱離しなかったためと考えられる。また、
図4の応力ひずみ曲線から、強度向上効果はザンテート化CNF(実験比較例1-4)よりジチオエステル化CNF(実験例1-6)の方が高いことが確認された。これは、ギ酸により官能基が脱離しないために疎水性が高いまま維持され、ゴム中での分散性が良くなったためと考えられる。
【0074】
(カーボンブラックとの併用の検討)
(実験例1-7)
実験例1-1において、アリルジチオエステル化CNFを5phr分添加したNRマスターバッチからコンパウンドシートを作製する際に、併せて20phr分のカーボンブラック(東海カーボン(株)製:シースト3:表中「CB」と略記する。)を添加した以外は、実験例1-1と同様の手順により、加硫ゴムシートを得た。Tc90は7.9分であった。その破断点応力及び伸びの測定結果を表7及び
図5に示す。なお、M30は伸び30%での引張応力、M100は伸び100%での引張応力、M300は伸び300%での引張応力を示す。
【0075】
(実験比較例1-5,1-6)
実験例1-7において、ジチオエステル化CNFを添加せず、コンパウンドシート作製の際にカーボンブラック20phrのみを添加した以外は同様の手順により加硫ゴムシートを得た(実験比較例1-5)。また、同様にカーボンブラック40phrのみを添加した以外は同様の手順により加硫ゴムシートを得た(実験比較例1-6)。その破断点応力及び伸びの測定結果を表7及び
図5に示す。
【0076】
【0077】
(考察)
カーボンブラック20phrのみを添加した実験比較例1-5よりも、ジチオエステル化CNF5phrを併用した実験例1-7の方が応力は良好な値を示した。また、カーボンブラック40phrのみを添加した実験比較例1-6と、ジチオエステル化CNF5phr及びカーボンブラック20phrを併用した実験例1-7とは、応力ひずみ曲線において伸び200%程度まではほぼ同様の挙動を示した。このことから、ジチオエステル化CNFは樹脂への添加時にカーボンブラックとの間で相乗効果が発揮されることが示された。これにより、カーボンブラックの一部をジチオエステル化CNFに置き換えて添加量を減らすこともできることが示された。
【0078】
(加硫促進効果)
上記の実験例及び実験比較例について、加硫時間を測定した結果を表8に示す。
【0079】
【0080】
(考察)
加熱して凝固させたジチオエステル化CNF(実験例1-1,1-3,1-4,1-5,1-7)では、未添加の場合(実験比較例1-1)と比較してTc90の値が小さい値となった。これは、ジチオエステル基の影響で加硫促進効果がみられたと考えられる。また、ギ酸を添加して凝固させたジチオエステル化CNF(実験例1-6)では、ギ酸を添加して凝固させたザンテート化CNF(実験比較例1-4)と未添加の場合(実験比較例1-3)と比較してTc90の値が小さい値となった。これは、ギ酸によりザンテート化CNFの-SCC-基は脱離するものの、ジチオエステル化CNFではギ酸を添加して凝固させても官能基が脱離せず、加硫促進効果がみられたと考えられる。
【0081】
<2.熱可塑性エラストマーへの混合によるTPEフィルム強度増強効果確認>
(実験例2-1)
・CNF組成物の作製
実施例1にて作製したアリルジチオエステル化CNF水懸濁液(ジチオエステル化CNF含有率1質量%、硫黄含有率8.6質量%)に、乾燥後の再分散剤として1,4-ブタンジオール(東京化成工業(株)社製)を、ジチオエステル化CNFに対して質量比で10倍量となるように添加し、CNF濃度0.7質量%、ポリオール濃度7.0質量%の混合物30gを作製した。この混合物を、熱風乾燥機を用いて60℃で、15時間乾燥させてジチオエステル化CNF組成物を得た。得られたジチオエステル化CNF組成物のCNF固形分は9.4質量%、含水率は5.8質量%、1,4-ブタンジオール含有率は84.8質量%となった。
【0082】
・ジチオエステル化CNFのDMF分散体の作製
上記で得られたジチオエステル化CNF組成物に、ジチオエステル化CNFの固形分の濃度が0.2質量%となるように、N,N´-ジメチルホルムアミド(DMF)(関東化学(株)製)を添加し、回転式ホモジナイザー((株)日本精機製作所製、AM-7)を使用して10000rpmで10分間撹拌混合処理を行い、ジチオエステル化CNFをDMF中に分散した。アリルジチオエステル化CNFのDMF分散体の組成を表9に示す。
【0083】
【0084】
・TPEとの混合処理及び成膜処理
上記で得られたアリルジチオエステル化CNFのDMF分散体を、熱可塑性エラストマー(TPE)溶液(大日精化工業(株)製T-78F)に、TPE100質量部に対してジチオエステル化CNFの固形分が1質量部(=1phr)となるように混合し、回転式ホモジナイザーを使用して8000rpmで15分間撹拌混合処理を行った。このジチオエステル化CNF混合TPE溶液を、遠心分離機(ベックマンコールター(株)製Avanti J-251)を使用して3000rpmで3分間脱泡処理を行った。脱泡した溶液を、ベーカー式アプリケーター(テスター産業(株)製)を用いて380μmの厚さでOPPフィルム(厚み40μm)上にキャストし、熱風乾燥機を用いて120℃で5分間乾燥してアリルジチオエステル化CNFを含有するTPEフィルム(250mm×200mm)を作製した。
【0085】
・TPEフィルムの膜厚測定
得られたTPEフィルムについて、(株)尾崎製作所製:膜厚測定機ダイヤルゲージ0.001mmを用いて、JIS Z1702に準じ、無作為に6か所(1m×1mあたりに換算して120か所)を測定し、その測定値の平均を膜厚とした。その結果を表10に示す。
【0086】
・引張強度の測定
得られたTPEフィルムから、横幅20mm×縦幅100mmの短冊状試験片を打ち抜き、(株)島津製作所製オートグラフAG-500NXを用いて、つかみ幅20mm、引張速度300mm/分の条件で引張試験(n=3)を行って、その結果から引張応力及び伸び(=ひずみ)を求めた。その結果を表10及び
図6に示す。なお、phrは、TPE100質量部に対するCNFの添加質量部(添加量)を示し、M100は伸び100%での引張応力、M300は伸び300%での引張応力を示す。
【0087】
(添加量の差に関する物性評価)
(実験例2-2:添加量増加)
実験例2-1のアリルジチオエステル化CNFのDMF分散体の作製段階において、ジチオエステル化CNFの固形分濃度が1質量%となるように増量し、それによりTPE溶液との混合の際にTPE100質量部に対してジチオエステル化CNFの固形分が5質量部(=5phr)となるように、ジチオエステル化CNFのDMF分散体と混合した。それ以外は実験例2-1と同様の手順によりジチオエステル化CNFを含有するTPEフィルムを作製した。アリルジチオエステル化CNFのDMF分散体の組成は表9に、強度測定結果を表10及び
図6に示す。
【0088】
(実験比較例2-1:ジチオエステル化CNF未添加)
実験例2-1の「TPEとの混合処理及び成膜処理」の手順において、ジチオエステル化CNFのDMF分散体を添加せず、TPE溶液のみを使用して、フィルムを作製した。作製したフィルムの膜厚測定、引張強度の測定は実験例2-1と同様の操作を行った。その結果を表10及び
図6に示す。
【0089】
(実験比較例2-2:ザンテート化CNFを添加したもの)
実験例2-1の方法と同様に、実施例1にて作製したザンテート化CNF水懸濁液(硫黄含有率8.7質量%)に、乾燥後の再分散剤として1,4-ブタンジオールを、ザンテート化CNFに対して10倍量となるように添加し、CNF濃度0.7質量%、ポリオール濃度7.0質量%の混合物30gを作製した。この混合物を、熱風乾燥機を用いて60℃で、15時間乾燥させてCNF組成物を得た。得られた組成物のCNF固形分は9.7質量%、含水率は6.8質量%、1,4-ブタンジオール含有率は83.5質量%となった。このCNF組成物にDMFを添加して再分散処理を行ったが、再分散処理後のDMF中に凝集物が多数確認された。このDMF分散体とTPE溶液を混合して成膜し、フィルムの強度を測定した結果を表10及び
図6に示す。
【0090】
【0091】
ザンテート化CNFを含有するTPEフィルム(実験比較例2-2)はアリルジチオエステル化CNF(実験例2-1,2-2)と比べて熱安定性が低く、CNF組成物を作製する際の乾燥中にザンテート基が脱離して、CNFが凝集したと考えられる。凝集したCNFはDMFへの再分散処理では分散されず、TPE溶液と混合して成膜した際に凝集物として存在し、それにより実験比較例2-2では実験例2-1,2-2に比べてフィルムの伸びが小さくなったと考えられる。
【0092】
<3.ポリプロピレンへの混合による強度増強効果確認>
(実験例3-1)
・CNF組成物の作製
実施例1にて作製したアリルジチオエステル化CNF水懸濁液(ジチオエステル化CNF含有率1質量%、硫黄含有率8.6質量%)に、乾燥後の再分散剤としてジプロピレングリコール(ナカライテスク社製)を、ジチオエステル化CNFに対して5倍量となるように添加し、CNF濃度0.7質量%、ポリオール濃度3.5質量%の混合物30gを作製した。この混合物を、熱風乾燥機を用いて60℃で15時間乾燥させてジチオエステル化CNF組成物を得た。得られたジチオエステル化CNF組成物のCNF固形分は15.2質量%、含水率は5.8質量%、ジプロピレングリコール含有率は79.0質量%となった。
【0093】
・PP樹脂への混練処理及び試験片作製
ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ(株)製ウィンテックWFX4M)15gに、PP100質量部に対してアリルジチオエステル化CNFの固形分が1質量部(=1phr)となるように、上記で得られたジチオエステル化CNF組成物1.0gを混合し、卓上型小型混練機(Xplore Instruments社製、DSM Xplore MC15M)を用いて、180℃で5分間混練して混練樹脂を得た。その後、試験片作製用射出成形機(Xplore Instruments社製 DSM Xplore IM12M)を用いてダンベル試験片(JIS K 7162-1BA型)を作製した。
【0094】
・ダンベル試験片の膜厚測定
得られたダンベル試験片において、(株)尾崎製作所製:膜厚測定機ダイヤルゲージ0.001mmを用いて、ネック部分の3か所について膜厚を測定し、その平均値を求めた。その結果を表11に示す。
【0095】
・引張強度の測定
(株)島津製作所製オートグラフAG-500NXを用いて、つかみ幅55mm、引張速度100mm/分の条件で引張試験(n=3)を行って、その結果から引張降伏応力、破断点歪み(図中「ひずみ」=伸び)を求めた。その結果を表11及び
図7に示す。なお、phrは、PP100質量部に対するCNFの添加質量部(添加量)を示す。
【0096】
(実験比較例3-1:ジチオエステル化CNF未添加)
実験例3-1の「PP樹脂への混練処理及び試験片作製」の方法において、ジチオエステル化CNF組成物を添加せず、PPのみを使用してダンベル試験片を作製した。作製した試験片の膜厚測定、引張強度の測定は実験例3-1と同様の操作を行った。その結果を表11及び
図7に示す。
【0097】
(実験比較例3-2:ザンテート化CNF)
実験例3-1の方法と同様に、実施例1にて作製したザンテート化CNF水懸濁液(硫黄含有率8.7質量%)に、乾燥後の再分散剤としてジプロピレングリコールを、ザンテート化CNFに対して5倍量となるように添加し、CNF濃度0.7質量%、ポリオール濃度3.5質量%の混合物30gを作製した。この混合物を、熱風乾燥機を用いて60℃で15時間乾燥させてCNF組成物を得た。得られた組成物のCNF固形分は16.1質量%、含水率は6.2質量%、ジプロピレングリコール含有率は77.7質量%となった。このCNF組成物をPP樹脂に添加して混練処理を行ったが、ダンベル試験片中に凝集物が多数確認された。このダンベル試験片の強度を測定した結果を表11及び
図7に示す。
【0098】
【0099】
(考察)
ザンテート化CNF(実験比較例3-2)はジチオエステル化CNF(実験例3-1)と比べて熱安定性が低く、CNF組成物を作製する際の乾燥中にザンテート基が脱離して、CNFが凝集したと考えられる。凝集したCNFはPP樹脂への混練処理では分散されず、PP樹脂中で凝集物として存在し、それにより応力、伸びが小さくなったと考えられる。