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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-17
(45)【発行日】2025-02-26
(54)【発明の名称】炭素繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/22 20060101AFI20250218BHJP
   D01F 6/18 20060101ALI20250218BHJP
【FI】
D01F9/22
D01F6/18 E
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2021057009
(22)【出願日】2021-03-30
(65)【公開番号】P2022154119
(43)【公開日】2022-10-13
【審査請求日】2024-01-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000003001
【氏名又は名称】帝人株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100169085
【弁理士】
【氏名又は名称】為山 太郎
(72)【発明者】
【氏名】立花 圭
(72)【発明者】
【氏名】藻寄 貴也
(72)【発明者】
【氏名】中西 貴之
(72)【発明者】
【氏名】栗野 透
(72)【発明者】
【氏名】山口 順久
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特公昭52-042885(JP,B2)
【文献】特公昭60-039763(JP,B2)
【文献】特開2006-283228(JP,A)
【文献】特開昭63-159526(JP,A)
【文献】特開2012-188789(JP,A)
【文献】特開2018-178344(JP,A)
【文献】特開2010-077578(JP,A)
【文献】国際公開第2009/084390(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 6/18
D01F 9/08 - 9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維前駆体繊維に張力を掛けながら耐炎化する工程を含む炭素繊維の製造方法において、耐炎化に供される炭素繊維前駆体繊維の50~200℃での熱収縮応力の最大値が0.50~3.00mN/dtexかつ200~300℃での熱収縮応力の最大値が1.50~5.00mN/dtexであり、耐炎化のときに炭素繊維前駆体繊維に掛かる張力が1.00~5.00mN/dtexであり、耐炎化に供される炭素繊維前駆体繊維が、蒸気延伸およびその後に行われる熱処理により製造された炭素繊維前駆体繊維であり、蒸気延伸が7.0~10.0mN/dtexの張力のもとで行われ、かつ熱処理が0.900~0.997倍の延伸倍率で100~200℃の温度で行われることを特徴とする、炭素繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、比強度および比弾性率に優れ、軽量であるため、熱硬化性及び熱可塑性樹脂の強化繊維として、スポーツ・一般産業用途だけでなく、航空・宇宙用途、自動車用途など、幅広い用途に利用されている。
【0003】
航空・宇宙用途および自動車用途では、炭素繊維複合材料の性能および生産性の向上への要求が高く、炭素繊維複合材料としての特性が炭素繊維そのものの特性に起因することから、炭素繊維の強度向上の要求が強い。
【0004】
アクリロニトリル系繊維を前駆体繊維として得られる炭素繊維は、他の繊維を前駆体繊維として得られる炭素繊維に比べて、高い引張強度を有することから、特に高い性能が必要とされる炭素繊維複合材料に使用されている。
【0005】
高性能かつ高品位の炭素繊維を得るためには、その前駆体繊維であるアクリロニトリル系繊維、それを用いた耐炎化繊維、さらにそれを用いた予備炭素化繊維、そして炭素繊維の毛羽や単糸切れを抑制することが重要であり、そのために繊維の収束性を向上することが重要である。
【0006】
特開昭62-117818号公報には、乾湿式紡糸で得られたアクリロニトリル系前駆体繊維を一定の張力下で耐炎化・炭化することで、湿式紡糸では得られない高い引張弾性率と引張強度を有する炭素繊維を得る方法が示されている。しかし、耐炎化工程において一定張力で処理するだけでは、強度および弾性率の発現が不十分であるとともに、焼成工程での糸切れ発生が多くなり、安定的に高品位の炭素繊維を得ることが困難である。
【0007】
特開2004-300600号公報には、液相中で耐炎化処理することで高強度および高弾性率を有する炭素繊維を得る方法が提案されている。しかし、この方法では、液相中で高温で処理を行うため、使用する溶剤が繊維の可塑剤として働き、高配向の耐炎化繊維を得ることが困難となり、高強度および高弾性率の炭素繊維を得ようとしても、焼成工程での糸切れが多発する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭62-117818号公報
【文献】特開2004-300600号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、アクリロニトリル系炭素繊維前駆体繊維を用いた炭素繊維を製造する際に耐炎化および炭素化処理する工程での毛羽および単糸切れを抑制し、高強度かつ高品位な炭素繊維を安定的に得ることのできる、炭素繊維の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、炭素繊維前駆体繊維に張力を掛けながら耐炎化する工程を含む炭素繊維の製造方法において、耐炎化に供される炭素繊維前駆体繊維の50~200℃での熱収縮応力
の最大値が0.50~3.00mN/dtexかつ200~300℃での熱収縮応力の最大値が1.50~5.00mN/dtexであり、耐炎化のときに炭素繊維前駆体繊維に掛かる張力が1.00~5.00mN/dtexであることを特徴とする、炭素繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、アクリロニトリル系炭素繊維前駆体繊維を用いた炭素繊維を製造する際に耐炎化および炭素化処理する工程での毛羽および単糸切れを抑制し、高強度かつ高品位な炭素繊維を安定的に得ることのできる、炭素繊維の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
〔炭素繊維前駆体繊維〕
本発明は、炭素繊維前駆体繊維に張力を掛けながら耐炎化する工程を含む、炭素繊維の製造方法である。
【0014】
本発明において耐炎化に供する炭素繊維前駆体繊維として、アクリロニトリル系重合体を用いる。このアクリロニトリル系重合体には、好ましくはアクリロニトリル成分が90質量%以上からなる重合体を用いる。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリル成分100質量%からなるホモポリマーであってもよく、アクリロニトリル成分に他のモノマー成分を共重合したコポリマーであってもよい。アクリロニトリルと共重合するコモノマーとして、アクリル酸およびイタコン酸およびそれらの塩、アクリル酸メチル、アクリル酸エチルといったアクリル酸エステル、アクリルアミドといったアミドを例示することができる。
【0015】
この炭素繊維前駆体繊維の繊度は、好ましくは0.5~1.7dtexである。0.5dtex未満であるとローラーやガイドとの接触による単糸切れが発生しやすく、工程安定性が低下するためであり好ましくない、他方、1.7dtexを超えると耐炎化中に内外層大きな構造差ができるため炭素繊維の強度、弾性率が低下するためであり好ましくない。
【0016】
この炭素繊維前駆体繊維は、50~200℃での熱収縮応力の最大値が0.50~3.00mN/dtex、かつ200~300℃での熱収縮応力の最大値が1.50~5.00mN/dtexである。50~200℃での熱収縮応力の最大値が0.50mN/dtex未満であると、炭素繊維前駆体製造工程での延伸後に高温または長時間の熱処理が必要となるため、炭素繊維前駆体の毛羽が多くなる。他方、3.00mN/dtexを超えると耐炎化初期での張力が高くなりすぎるため、単糸切れや断糸が発生しやすくなる。200~300℃での熱収縮応力の最大値が1.50mN/dtex未満であると耐炎化工程での張力が低くなり耐炎化糸の配向が下がるため十分な炭素繊維の強度および弾性率を得ることができない。他方、5.00mN/dtexを超えると耐炎化工程での張力が高くなりすぎるため、単糸切れや断糸が発生し、炭素繊維の生産性及び品位低下につながる。
【0017】
〔製造方法〕
本発明は、耐炎化に供される炭素繊維前駆体繊維として上記の特性を備えるものを用いることに特徴があるが、この炭素繊維前駆体繊維は、炭素繊維前駆体繊維の製造において、常法により水浴中で湿潤延伸された延伸糸に対して、さらに蒸気延伸を行い、その後に熱処理を行うことにより製造することができる。
【0018】
本発明の炭素繊維の製造方法は、紡糸原液調製工程、紡糸工程、湿潤延伸工程、油剤付与工程、蒸気延伸工程、熱処理工程、耐炎化工程および炭素化工程をこの順で含む。以下、各工程を詳しく説明する。
【0019】
〔紡糸原液の調製工程〕
ポリアクリロニトリル系重合体の重合方法は、溶液重合、懸濁重合、乳化重合等公知の方法の何れも採用することができる。重合反応に用いる重合触媒としては、重合方法に応じて、適宜公知の触媒を用いることができ、例えば、アゾ化合物や過酸化物等のラジカル重合触媒やレドックス触媒等を用いることができる。レドックス触媒を用いる場合、還元剤としては、例えば、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸水素アンモニウム、アルキルメルカプタン類、アスコルビン酸等を挙げることができる。また酸化剤としては、例えば、過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム、過硫酸アンモニウム、亜塩素酸ナトリウム、過酸化水素等を挙げることができる。
【0020】
前駆体繊維束の製造は、上記ポリアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解した紡糸原液を紡糸することで行うことが好ましい。紡糸溶液に用いる溶剤として、例えば塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウム等の無機化合物の水溶液や、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤を例示することができる。紡糸溶液に用いる溶剤は、重合工程で用いた溶剤であってもよいし、異なっていてもよい。前記重合工程において、溶液重合など重合体が溶剤に溶解した重合体溶液が得られる重合方法を用いた場合、重合体を析出させることなく重合体溶液を紡糸原液として用いてもよい。
【0021】
紡糸溶液の重合体濃度は、好ましくは3~40質量%、さらに好ましくは4~30質量%、特に好ましくは5~25質量%であり、濃度がこの範囲になるように溶剤の量を調整する。重合体濃度をこの範囲にすることで、紡糸しやすく、繊維の内部が緻密な凝固繊維を得やすい紡糸原液とすることができる。重合体濃度が高いほど、紡糸工程で得られる凝固繊維の繊維内部の緻密性が向上するため、高強度の炭素繊維を与える前駆体繊維を得やすい。重合体濃度が高くなりすぎると、紡糸原液の粘度が高くなり紡糸安定性が低下しやすい傾向がある。
【0022】
〔紡糸工程〕
上記で得られた紡糸原液を、紡糸口金から紡出し凝固させることで凝固糸を得る。紡糸は公知の紡糸方法で行うことができる。炭素繊維の真円度や表面平滑性の観点から、紡糸方法には乾湿式紡糸法を採用することが好ましい。
【0023】
乾湿式紡糸法で用いる凝固液中の有機溶媒水溶液を組成する有機溶媒として、例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドを用いることができる。
【0024】
紡糸原液を押し出すための紡糸口金には、好ましくは100~100000、さらに好ましくは1000~80000、特に好ましくは3000~50000の吐出孔を備えるものを用いる。
【0025】
紡糸口金の吐出孔の孔径は、好ましくは0.02~0.5mmである。孔径が0.02mm以上であることで吐出線速度が抑えられるため脈動等の発生無く安定した吐出ができるため、均質性に優れたアクリロニトリル系繊維を得ることができる。そして、孔径が0.5mm以下であることで、紡糸での糸切れの発生を抑制するとともに、十分な圧損により各孔より均一な吐出が可能となり、紡糸安定性を維持することができる。
【0026】
〔湿潤延伸工程〕
次いで、上記方法で得られた凝固糸に対して水洗および湿潤延伸処理を行うことで延伸糸とする。この湿潤延伸は水洗浴中で行い、水洗浴の最高温度は、好ましくは60~100℃、さらに好ましくは70~100℃、特に好ましくは80~100℃とする。60℃未満であると延伸性が低下し、十分な延伸倍率が得られないため、炭素繊維前駆製造工程での速度を上げられないため生産性の観点で好ましくない。
【0027】
〔油剤付与工程〕
得られた延伸糸に油剤を付与する。油剤の付与は、油剤を含有する水溶液中に延伸糸の糸条を浸漬させて、延伸糸の表面と油剤とを接触させることで行うことができる。油剤は、単繊維間の接着、耐熱性、離形性および工程通過性の観点から、シリコーン系油剤が好ましい。
【0028】
シリコーン系油剤として、好ましくはアミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン、エーテル変性シリコーンを用いる。これらは、2種以上を用いてもよい。
【0029】
油剤付着量は、好ましくは0.01~10.0質量%、さらに好ましくは0.1~5.0質量%、特に好ましくは0.2~1.0質量%とする。油剤の付着量をこの範囲にすることで、紡糸工程およびその後の耐炎化工程での糸切れ、毛羽の発生を抑制し、高品質の炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を得ることができる。油剤の付着量が0.01質量%未満であると、繊維表面に十分に油剤が付着しないため、紡糸工程およびその後の耐炎化工程での糸切れ、毛羽の発生が多くなりやすい傾向があり好ましくない。他方、付着量が10.0質量%を超えると、紡糸工程や耐炎化工程の繊維搬送ローラーやガイドなどの表面に堆積して繊維が巻付いて断糸の要因になるといった問題が発生しやすくなる傾向があり好ましくない。
【0030】
〔蒸気延伸工程〕
油剤が付与された延伸糸に対して、さらに蒸気延伸を行う。蒸気延伸は水蒸気中で行う延伸であり、スチーム延伸とも称される。蒸気延伸での飽和スチーム圧力は、好ましくは0.15~0.8MPaであり、スチームの温度は、好ましくは105~200℃、さらに好ましくは110~180℃である。飽和スチーム圧力が0.15MPa未満であると、延伸性低下し毛羽や断糸が発生しやすくなり好ましくない。他方、0.8MPaを超えると、蒸気による繊維束の揺れが大きくなるため好ましくない。スチームの温度が105℃未満であると、延伸性低下し毛羽や断糸が発生しやすくなり好ましくない。他方、200℃を超えると、工程制御やエネルギー効率の観点で好ましくない。
【0031】
蒸気延伸は、好ましくは7.0~10.0mN/dtexの張力のもとで行われる。張力が7.0mN/dtex未満であると十分な延伸ができないため炭素繊維の強度を上げることが困難となり好ましくない。他方、10.0mN/dtexを超えると炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維の品位が低下するため好ましくない。
【0032】
蒸気延伸は、延伸糸に対して延伸倍率1.5~10倍、好ましくは1.8~5倍、さらに好ましくは2.0~3.0倍で延伸を行う。延伸倍率1.5倍未満であると、生産性低下するため好ましくなく、他方、10倍を超えると、炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維の品位が低下するため好ましくない。
【0033】
〔熱処理工程〕
蒸気延伸後の繊維に、さらに弛緩しながら熱処理を行う。この熱処理は0.900~0.997倍の延伸倍率で、100~200℃の温度で行う。延伸倍率が0.900倍未満であると、糸がたるむため安定して炭素繊維前駆体を得ることが困難となる。他方、0.997倍を超えると、炭素繊維前駆体繊維の品位が低下するとともに、十分な歪緩和ができないため焼成工程での単糸切れが発生するため好ましくない。熱処理温度が100℃未満であると、歪緩和できないため焼成工程での単糸切れが発生する。他方、200℃を超えると耐炎化が進行してしまい、炭素繊維前駆体繊維の製造工程中で単糸切れや断糸が発生してしまう。熱処理の時間は、例えば1~120秒間、好ましくは2~60秒間である。1秒間未満であると、処理時間が短すぎて歪緩和が困難となる。他方、120秒間を超えると設備が大型化するためコスト増加につながる。
【0034】
なお、一連の湿潤延伸、蒸気延伸および熱処理をとおしてのトータルの延伸倍率は、好ましくは10~20倍、さらに好ましくは13~17倍である。10倍未満であると、十分に速度上げることができないため生産性低下して好ましくない。他方、20倍を超えると、炭素繊維前駆体繊維の製造工程で単糸切れや断糸が発生しやすくなり好ましくない。
【0035】
上記の方法で蒸気延伸および熱処理を行うことにより、50~200℃での熱収縮応力の最大値が0.50~3.00mN/dtexかつ200~300℃での熱収縮応力の最大値が1.50~5.00mN/dtexである炭素繊維前駆体繊維を得ることができる。
【0036】
〔耐炎化工程〕
つぎに、上記の方法で得た50~200℃での熱収縮応力の最大値が0.50~3.00mN/dtexかつ200~300℃での熱収縮応力の最大値が1.50~5.00mN/dtexである炭素繊維前駆体繊維を耐炎化することで耐炎化繊維とする。耐炎化は、温度230~260℃かつ処理時間30~120分間で行う。
【0037】
耐炎化の温度が230℃未満であるとアクリルニトリル系前駆体繊維の耐炎化反応が進行せず、他方、260℃を超えると急激な耐炎化反応による工程中での単糸切れや繊維束の断糸が発生する。
【0038】
耐炎化の時間が30分間未満であると耐炎化反応不足により、続く炭素化工程での急激な重量減少や繊維束の断糸が起こり、他方、120分間を超えるとアクリロニトリル繊維表面に付着した油剤がタール化するため膠着の原因となりやすい。
【0039】
耐炎化に供される炭素繊維前駆体繊維は、蒸気延伸が7.0~10.0mN/dtexの張力のもとで行われ、かつ熱処理が0.900~0.997倍の延伸倍率で100~200℃の温度で行われることにより得られた炭素繊維前駆体繊維であることが特に好ましい。
【0040】
耐炎化では、炭素繊維前駆体繊維に掛ける張力は1.00~5.00mN/dtexとする。張力が1.00mN/dtex未満であると、炭素繊維の配向が上がらないため、高強度の炭素繊維を得ることが困難となる。他方、5.00mN/dtexを超えると、耐炎化での単糸切れや断糸が起こりやすくなり、炭素繊維の品位が低下する。
【0041】
〔炭素化工程〕
つぎに、上記の方法で得られた耐炎化繊維について炭素化を行う。この炭素化の前に、予備炭素化を行うことが好ましい。この予備炭素化は、耐炎化繊維に対して不活性雰囲気中で最高温度500~900℃で、比重が1.5~1.7g/cmになるまで熱処理することで行う。
【0042】
予備炭素化に引き続いて、不活性雰囲気中、最高温度1000~3000℃、好ましくは1000~2000℃、さらに好ましくは1000~1800℃の温度で炭素化を行い
、炭素繊維を得る。この炭素化では、最高温度が1000℃以上であることで炭素繊維束中の窒素含有量が減少し、炭素繊維強度が安定的に発現する。最高温度が3000℃以下であることで、満足できる炭化収率を得ることができる。
【実施例
【0043】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。評価は以下の方法により行った。
【0044】
(1)収縮応力の最大値(50~200℃および200~300℃での収縮応力の最大値)
前駆体繊維を100mmに切断し、これを質量が3mgになるように取り分けた。これを試験長が10mmになるように測定治具で挟んだ。熱機械測定はTMA/SS-7100(日立ハイテクサイエンス株式会社製)を用いて行った。測定治具で挟んだ繊維(試料)を温度20℃の炉内に入れ、試験長を一定にしたまま10℃/minの昇温速度で400℃まで上昇させた。このとき50~200℃で発現した応力の最大値と200~300℃に発現した応力の最大値を測定した。
【0045】
(2)強度
炭素繊維束のストランド引張強度は、JIS-R-7608の樹脂含浸ストランド試験法に準拠し、次の手順に従い求めた。炭素繊維束のストランド10本を測定し、その平均値をストランド引張強度とした。
【0046】
(3)弾性率
炭素繊維束のストランド引張弾性率は、JIS-R-7608の樹脂含浸ストランド試験法に準拠し、次の手順に従い求めた。炭素繊維束のストランド10本を測定し、その平均値をストランド弾性率とした。
【0047】
(4)毛羽数
繊維束の毛羽数の評価は、炭素繊維束を1m/分の速度で100m走行させたときの、繊維束中に見られる毛羽の個数を目視にてカウントした。
【0048】
(5)単糸切れ
繊維束1mを採取し、繊維束を広げたときに見られる単糸の切断箇所をカウントした。繊維束10本を測定し、その平均値を単糸切れ数とした。
【0049】
〔実施例1〕
アセトニトリル100質量部、イタコン酸1質量部、連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.003質量部、およびジメチルスルホキシド360質量部を混合し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を酸素濃度が100ppmになるまで窒素置換した後、重合開始剤として2,2’-アゾビス(イソブチルニトリル(AIBN)0.003質量部を投入し、溶液重合により濃度21質量%の紡糸原液を得た。得られた紡糸原液を孔径150μm、孔数3000の紡糸口金より吐出し、紡糸口金と凝固液面との距離を10mmとして凝固液に紡出して凝固糸を得た。凝固糸は水洗槽中で脱溶媒するとともに3.0倍に延伸(湿潤延伸)し、シリコーン系油剤浴中に浸漬して油剤付与した後、加熱ローラーにより乾燥し、圧力0.35MPaの水蒸気中で7.2mN/dtexの張力にて延伸(蒸気延伸)を行った。その後、加熱ローラーにより160℃で0.990倍の延伸倍率により熱処理を行い、アクリロニトリル系炭素繊維前駆体繊維束を得た。得られたアクリロニトリル系炭素繊維前駆体繊維束の熱収縮応力を測定したところ、50~200℃での収縮応力の最大値は2.5mN/dtex、200~300℃での収縮応力の最大値は2.0mN/dtexであった。
【0050】
このアクリロニトリル系炭素繊維前駆体繊維を温度250℃、張力3.00mN/dtexとして60分間耐炎化処理した後、温度580℃、延伸倍率1.10倍で予備炭素化し、温度1080℃、延伸倍率0.96倍で炭素化して炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は5340MPa、弾性率245GPaであった。炭素繊維の毛羽、単糸切れは見られなかった。
【0051】
〔実施例2〕
蒸気延伸後の熱処理での延伸倍率を0.980倍とした以外は実施例1と同様にして、炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は5440MPa、弾性率245GPaであった。炭素繊維の毛羽、単糸切れは見られなかった。
【0052】
〔実施例3〕
蒸気延伸後の熱処理での延伸倍率を0.997倍とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は5300MPa、弾性率245GPaであった。炭素繊維の毛羽、単糸切れは見られなかった。
【0053】
〔実施例4〕
アクリロニトリル、イタコン酸を、過硫酸アンモニウム-亜硫酸水素アンモニウムおよび硫酸鉄の存在下、水系懸濁重合により共重合し、アクリロニトリル単位/イタコン酸単位=99/1(質量比)からなるアクリロニトリル系重合体を得た。このアクリロニトリル系重合体をジメチルスルホキシドに溶解し、濃度21質量%の紡糸原液を調製した。
【0054】
蒸気延伸の張力を7.4mN/dtexとした以外は実施例1と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は5210MPa、弾性率245GPaであった。炭素繊維の毛羽数は1個/100mであり、単糸切れは見られなかった。
【0055】
〔比較例1〕
蒸気延伸後の延伸倍率を1.000倍として、温度を室温とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は5020MPa、弾性率245GPaであった。炭素繊維の毛羽数は12個/100mであり、単糸切れは2個/mであった。
【0056】
〔比較例2〕
蒸気延伸後の延伸倍率を1.000倍とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は5120MPa、弾性率245GPaであった。炭素繊維の毛羽数は3個/100mであり、単糸切れは1個/mであった。
【0057】
〔比較例3〕
蒸気延伸後の延伸倍率を1.000倍として、温度を180℃とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は5080MPa、弾性率245GPaであった。炭素繊維の毛羽数は5個/100mであり、単糸切れは1個/mであった。
【0058】
〔比較例4〕
蒸気延伸後の延伸倍率を1.000倍として、温度を室温とした以外は実施例4と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は4980MPa、弾性率245GPaであった。炭素繊維の毛羽数は15個/100mであり、単糸切れは2個/mであった。
【0059】
〔比較例5〕
アクリロニトリル、アクリル酸メチル、イタコン酸を、過硫酸アンモニウム-亜硫酸水素アンモニウムおよび硫酸鉄の存在下、水系懸濁重合により共重合し、アクリロニトリル
単位/アクリル酸メチル/イタコン酸単位=95/4/1(質量比)からなるアクリロニトリル系重合体を得た。このアクリロニトリル系重合体をジメチルスルホキシドに溶解し、濃度21質量%の紡糸原液を調製した。
【0060】
組成を変更し、蒸気延伸後の延伸倍率を1.000倍とした以外は実施例4と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は4900MPa、弾性率245GPaであった。炭素繊維の毛羽数は45個/100mであり、単糸切れは8個/mであった。
【0061】
〔比較例6〕
アクリロニトリル、アクリル酸メチル、イタコン酸を、過硫酸アンモニウム-亜硫酸水素アンモニウムおよび硫酸鉄の存在下、水系懸濁重合により共重合し、アクリロニトリル単位/アクリル酸メチル/イタコン酸単位=95/4/1(質量比)からなるアクリロニトリル系重合体を得た。このアクリロニトリル系重合体をジメチルスルホキシドに溶解し、濃度21質量%の紡糸原液を調製した。
【0062】
組成を変更し、蒸気延伸後の延伸倍率を0.997倍とした以外は実施例4と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は4920MPa、弾性率245GPaであった。炭素繊維の毛羽数は32個/100mであり、単糸切れは5個/mであった。
【0063】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の炭素繊維の製造方法により製造された炭素繊維は、スポーツ・一般産業用途、航空・宇宙用途、自動車用途などの炭素繊維複合材料の原料として用いることができる。