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特許7636354高強度冷間圧延鋼ストリップを熱処理する方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-17
(45)【発行日】2025-02-26
(54)【発明の名称】高強度冷間圧延鋼ストリップを熱処理する方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/46 20060101AFI20250218BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20250218BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20250218BHJP
【FI】
C21D9/46 G
C21D9/46 J
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/58
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2021575078
(86)(22)【出願日】2020-06-11
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-08-24
(86)【国際出願番号】 EP2020066216
(87)【国際公開番号】W WO2020254190
(87)【国際公開日】2020-12-24
【審査請求日】2023-06-09
(31)【優先権主張番号】19180705.6
(32)【優先日】2019-06-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】500252006
【氏名又は名称】タタ、スティール、アイモイデン、ベスローテン、フェンノートシャップ
【氏名又は名称原語表記】TATA STEEL IJMUIDEN BV
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】シャンピン、チェン
(72)【発明者】
【氏名】リシャルト、モスタート
(72)【発明者】
【氏名】マキシム、ペーテル、アールンツ
(72)【発明者】
【氏名】ステファヌス、マシュー、コルネリス、ファン、ボーマン
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-090475(JP,A)
【文献】特開2016-130358(JP,A)
【文献】国際公開第2013/146087(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/110867(WO,A1)
【文献】特開2013-124399(JP,A)
【文献】特開2013-124400(JP,A)
【文献】特開2014-047395(JP,A)
【文献】特開2013-072101(JP,A)
【文献】特表2015-516511(JP,A)
【文献】国際公開第2018/099819(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第109295389(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷間圧延鋼ストリップを熱処理する方法であって、
前記方法が、以下の工程:
a)冷間圧延鋼ストリップを1~150秒の均熱時間t2の間、(Ac3-50)~(Ac3+10)の温度で均熱し、それにより少なくとも部分的にオーステナイト化されたミクロ組織を有する冷間圧延鋼ストリップを得る工程;
b)工程a)から得られた均熱鋼ストリップをMs~(Ms-200)の温度T4まで冷却する工程であって、工程a)から得られた均熱鋼ストリップを少なくとも15℃/秒の冷却速度V4で温度T4まで直接冷却するか、又は、工程a)から得られた均熱鋼ストリップを少なくとも1℃/秒の冷却速度V3で800~500℃の温度T3まで冷却した後、少なくとも15℃/秒の冷却速度V4で温度T3から温度T4まで冷却する工程
c)工程b)から得られた冷却鋼ストリップをBs~Msの温度まで加熱する工程;
d)加熱鋼ストリップを30~120秒の時間t5の間、Bs~Msの温度で加熱する工程;
e)加熱鋼ストリップを周囲温度まで冷却する工程
を含み、その結果、鋼ストリップが、体積%で、
ポリゴナルフェライト(PF)+針状フェライト(AF)+高ベイニティックフェライト(HBF):20~55
ポリゴナルフェライト(PF):0~50
低ベイニティックフェライト(LBF)+分配マルテンサイト(PM):25~70
残留オーステナイト(RA):5~20
マルテンサイト(M):0~15
を含み、かつ、パーライトを含まないミクロ組織を有し、ここで、「パーライトを含まない」とは、セメンタイト及びフェライトを含む層状ミクロ組織の量が5%未満であることを意味し、
鋼ストリップが、質量%で、以下の組成:
C:0.15~0.35
Mn:1.50~4.00
Si:0.50~2.00
Al:0.01~1.50
P:0.050未満
S:0.020未満
N:0.0080未満
場合により、
0<Cr≦1.00
0<Cu≦0.20
0<Ni≦0.50
0<Mo≦0.50
0<Nb≦0.10
0<V≦0.10
0<Ti≦0.10
0<B≦0.0030
0<Ca≦0.0050
0<REM≦0.0100
から選択される1種又は2種以上の元素
鉄及び不可避的不純物:残部
を有し、
(Si+Al)の合計が、≧0.60であり、
REMが、1種又は2種以上の希土類金属である、前記方法。
【請求項2】
工程c)が、工程b)から得られた冷却鋼ストリップを、Ms~(Ms-200)の温度T4で加熱することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程c)の合計時間t4が、1~10秒である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
均熱時間t2が1~100秒である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
冷却速度V3が2.0~15.0℃/秒であり、温度T3が750~550℃である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
冷却速度V4が20.0~70.0℃/秒であり、温度T3が750~550℃である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
工程a)の前に、冷間圧延鋼ストリップを少なくとも0.5℃/秒の加熱速度で(Ac3-50)~(Ac3+10)の温度まで加熱する工程をさらに含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
工程a)の前に、冷間圧延鋼ストリップを、10.0~30.0℃/秒の加熱速度V1で、680~740℃の温度T1まで加熱し、さらに、0.5~4.0℃/秒の加熱速度V2で、温度T1から(Ac3-50)~(Ac3+10)の温度まで加熱する工程をさらに含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
加熱速度V1が15.0~25.0℃/秒であり、温度T1が700~720℃であり、加熱速度V2が1.0~3.0℃/秒である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
工程d)における加熱が、Bn~(Ms+50)の温度で実施される、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
工程d)における加熱が、40~100秒の時間t5の間、実施される、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
工程d)における加熱が、Bn~Msの温度で実施され、
前記方法が、工程d)と工程e)との間に、工程)から得られた鋼ストリップを、Bs~Bnの温度で加熱する追加の加熱工程を含む、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記追加の加熱工程における加熱が、5~30秒の時間t6の間、実施される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記追加の加熱工程が、溶融亜鉛めっき処理を含む、請求項12又は13に記載の方法。
【請求項15】
熱処理後、熱処理された鋼ストリップを保護コーティングでコーティングするコーティング工程をさらに含む、請求項1~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記ミクロ組織が、体積%で、
ポリゴナルフェライト(PF)+針状フェライト(AF)+高ベイニティックフェライト(HBF):25~50
ポリゴナルフェライト(PF):10~40
低ベイニティックフェライト(LBF)+分配マルテンサイト(PM):35~65
残留オーステナイト(RA):7~15
マルテンサイト(M):0~10
を含み、且つ/或いは、
残留オーステナイト(RA)中のC含有量が、0.90重量%以上である、請求項1~15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
得られた鋼ストリップが、以下の特性:
≧500MPaの降伏強度(YS);
≧850MPaの引張強度(TS);
≧14%の全伸び(TE)
のうちの少なくとも1つの特性を有する、請求項1~16のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度冷間圧延鋼ストリップを熱処理する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
当技術分野では、自動車用途の要件を満たすために、様々なタイプの冷間圧延鋼及び製造プロセスが提案されてきた。例えば、成形性の観点から、自動車用鋼ストリップには超低炭素鋼が使用される。この鋼種は、280~380MPaの引張強度を示す。
【0003】
HSLA(高強度低合金)鋼は、マイクロ合金元素を含む。それらは、析出及び結晶粒微細化の組み合わせによって硬化される。
【0004】
先進高張力鋼(AHSS)、例えば、二相(DP)鋼及び変態誘起塑性(TRIP)鋼は、現在、自動車製造業で使用される高延性且つ高強度の鋼の典型である。DP鋼では、フェライトマトリックス内にマルテンサイトが存在するため、450MPaを超える引張強度と、良好な冷間成形性とを得ることができる。
【0005】
高い降伏強度/引張強度比と、さらに高い引張強度、すなわち800MPa超とを同時に達成するために、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト及び/又は残留オーステナイトを含む複合(CP)ミクロ組織を有する鋼が開発されてきた。しかしながら、フェライト、ベイナイト又はマルテンサイト構造と残留オーステナイト構造との間の変形能力の違いのために、これらの鋼は一般に伸びフランジ成形性において劣っている。したがって、それらの使用は、高い成形性を必要としない自動車部品に限定される。
【0006】
マトリックス相としての焼戻しマルテンサイトと、残留オーステナイトとからなるTRIP型焼戻しマルテンサイト鋼(焼入れ及び分配によるQ&P鋼)、並びにマトリックス相としてのベイニティックフェライトと、残留オーステナイトとからなるTRIP型ベイニティックフェライト鋼(オーステンパによるTBF鋼)は、利点(例えば、硬質焼戻しマルテンサイト及び/又はベイニティックフェライト構造により高強度を提供する能力、及びマトリックスが炭化物を含まない(carbide-free)ため優れた伸びを示す能力)を有し、ベイニティックフェライト構造におけるラス状のベイニティックフェライトの境界に微細な残留オーステナイト粒を容易に形成することができる。したがって、炭化物を含まないベイニティックフェライト鋼又は焼戻しマルテンサイト鋼は、均一な微細ラス構造により、良好な伸びフランジ性を実現することが期待される。これらのミクロ組織に少量のマルテンサイトしか存在しないことによる硬度の不均一性により、これらの鋼タイプは良好な深絞り性を達成することができる。
【0007】
しかしながら、現在の連続製造ラインの制限により、強度及び延性の特性の期待される有益な組み合わせは、現在利用可能な鋼のレシピでは得ることができなかった。これらの制限には、とりわけ、連続アニーリング(CA)ライン及び連続亜鉛めっき(CG)ラインの現在の設備の再加熱炉が、多くの場合、鋼ストリップを変態区間熱処理又は再結晶熱処理に供する場合にのみ適していることが含まれる。例えば、一部の現在のアニーリングラインの最高アニーリング温度は890℃に制限される。さらに、現在のCA/CGラインの冷却速度は一定の範囲内に制限される。多くのCA/CGラインに対して利用可能な過時効時間もまた制限され、例えば、この時間時間は約160秒未満であり、これは、過時効中に任意の所望の変態を完了するのに深刻な時間制限を付する。
【0008】
例えば、WO2013/144373A1には、ポリゴナルフェライトのマトリックスを有する冷間圧延TRIP鋼であって、クロムと特定のミクロ組織とを含む特定の組成を有し、引張強度が少なくとも780MPaである冷間圧延TRIP鋼が開示されており、これは過時効/オーステンパセクションを有する従来の工業用アニーリングラインでの製造を可能にすると言われている。すなわち、比較的高い過時効/オーステンパ温度に対して、オーステンパ時間は200秒未満であり得る。
【0009】
EP2831296B1及びEP2831299には、従来の製造ラインでも製造可能な、引張強度が少なくとも980MPaであるTBF鋼が開示されている。しかしながら、好ましい過時効/オーステンパ時間は280~320秒であり、極めて多くの従来の製造ラインでの生産を可能にするにはあまりに長い。言い換えれば、ベイナイト変態速度は、従来の製造ラインにおいて、所望のミクロ組織を得るための過時効セクションで限られた時間内にベイナイト変態を完了するにはあまりに遅い。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、合理的な降伏強度(YS)における所望の高い引張強度及び高い全伸び(TE)特性の組み合わせ、例えば、TS≧850MPa、TE≧14%及び/又はYS≧500MPaを有する冷間圧延鋼ストリップ、特に自動車用途で使用するための鋼ストリップを提供することである。
【0011】
本発明のさらなる目的は、上記のような所望の特性の組み合わせを得るために冷間圧延鋼ストリップを熱処理するための方法、特に既存の製造ライン又は適切な代替物を使用して実施され得る熱処理を提供することである。
【0012】
本発明の別の目的は、従来の工業製造ラインにおいて製造可能な、所望の特性の組み合わせを有する高ケイ素冷間圧延鋼ストリップを提供することである。
【0013】
本発明のさらに別の目的は、高強度冷間圧延鋼ストリップ用の鋼組成及びその熱処理により、所望のミクロ組織を得るために従来の製造ラインでベイナイト変態を完了することを可能にすることである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
これらを考慮して、本発明は、冷間圧延鋼ストリップを熱処理する方法であって、
前記方法が、以下の工程:
a)冷間圧延鋼ストリップを1~150秒の均熱時間t2の間、(Ac3-60)以上で均熱し、それにより少なくとも部分的にオーステナイト化されたミクロ組織を有する冷間圧延鋼ストリップを得る工程;
b)工程a)から得られた均熱鋼ストリップをMs~(Ms-200)の温度T4まで冷却する工程;
c)工程b)から得られた冷却鋼ストリップをBs~Msの温度まで加熱する工程、
d)加熱された鋼ストリップを30~120秒の時間t5の間、Bs~Msの温度で加熱する工程、
e)加熱鋼ストリップを周囲温度まで冷却する工程
を含み、その結果、鋼ストリップが、体積%で、
ポリゴナルフェライト(PF)+針状フェライト(AF)+高ベイニティックフェライト(HBF:higher bainitic ferrite):20~55
ポリゴナルフェライト(PF):0~50
低ベイニティックフェライト(LBF:lower bainitic ferrite)+分配マルテンサイト(PM:partitioned martensite):25~70
残留オーステナイト(RA):5~20
マルテンサイト(M):0~15
を含むミクロ組織を有し、
鋼ストリップが、質量%で、以下の組成:
C:0.15~0.35
Mn:1.50~4.00
Si:0.50~2.00
Al:0.01~1.50
P:0.050未満
S:0.020未満
N:0.0080未満
場合により、
0<Cr≦1.00
0<Cu≦0.20
0<Ni≦0.50
0<Mo≦0.50
0<Nb≦0.10
0<V≦0.10
0<Ti≦0.10
0<B≦0.0030
0<Ca≦0.0050
0<REM≦0.0100
から選択される1種又は2種以上の元素
鉄及び不可避的不純物:残部
を有し、
(Si+Al)の合計が、≧0.60であり、
REMが、1種又は2種以上の希土類金属である、前記方法を提供する。
【0015】
本発明の方法は、特定の組成及びミクロ組織、並びに高強度、成形性及び溶接性を必要とする自動車部品に望ましい特性の組み合わせを有する冷間圧延鋼ストリップを製造することを可能にする。
【0016】
本発明は、適切な量の初析フェライトを導入し、その形態を制御することによって、最高アニーリング温度及び時間を制御することでオーステナイトの微細粒を得ることによって、及び製造ラインにおいて修正された焼入れ及び分配プロセスを使用することによって、ベイナイト変態速度が遅いという問題を解決する。
【0017】
本発明によるこの方法は、既存の連続アニーリングライン及び亜鉛めっきラインを使用して、これらの製造ラインに典型的な製造速度における、アニーリングセクションの最高温度、冷却速度範囲及び過時効時間ウィンドウに関する制限内で実行可能である。
【0018】
冷間圧延鋼ストリップは、Znコーティングされ得、例えば、溶融亜鉛めっき又は電気亜鉛めっきによって、Znコーティングされ得る。溶融亜鉛めっき工程は、本発明による熱処理に容易に統合され得る。
【0019】
鋼の臨界変態温度を説明するために使用される用語は、当業者によく知られているように、以下に記載する。
Ae3:フェライトからオーステナイトへの変態又はオーステナイトからフェライトへの変態が平衡条件下で起こる温度。
Ac3:加熱中に、フェライトからオーステナイトへの変態が終了する温度。Ac3は通常Ae3よりも高いが、加熱速度がゼロになる傾向があるため、Ae3に向かう傾向がある。本発明において、Ac3は3℃/秒の加熱速度で測定される。
Ar3:冷却中に、オーステナイトがフェライトに変態し始める温度。
Bs:冷却中に、オーステナイトからベイナイトへの変態が開始する温度。
Bn:鋼の時間-温度変態(TTT)曲線におけるベイナイト変態のノーズ温度。この温度で、オーステナイトからベイナイトへの変態が最も速い反応速度を示す。
Ms:冷却中に、オーステナイトからマルテンサイトへの変態が開始する温度。
Mf:冷却中に、オーステナイトからマルテンサイトへの変態が終了する温度。Mfに関する実際的な問題は、冷却中に、マルテンサイトの割合が漸近的にのみ達成可能な最大量に近づくことである。これは、最後のマルテンサイトが形成されるのに非常に時間がかかることを意味する。したがって、実際的な理由のために本発明の文脈において、Mfは、達成可能な最大量のマルテンサイトの90%が形成された温度と見なされる。
【0020】
これらの臨界相変態温度は、膨張計実験によって決定することができる。或いは、本発明による鋼のAc3、Bs、Bn及びMs点は、その組成に基づいて、利用可能なソフトウェア、例えば、JmatPro又は以下の実験式を使用して、事前に計算することができる。
【数1】
これらの式中、鋼組成の成分Xは重量%で表される。
【0021】
本明細書において、特に明記されていない限り、すべての温度は摂氏で表され、すべての組成は重量パーセント(重量%)で示され、すべてのミクロ組織は体積パーセント(体積%)で示される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、低温ベイニティックフェライト(low temperature bainitic ferrite)及び/又は分配マルテンサイト(図1a)並びに高温ベイニティックフェライト(high temperature bainitic ferrite)(図1b)のベイニティックフェライトのミクロ組織の特性をそれぞれ示すEBSDマップである。
図2図2は、低温ベイニティックフェライト及び高温ベイニティックフェライトの方位差角度(misorientation angle)のヒストグラムである。
図3図3は、本発明による方法の実施形態の一般的に適用可能な時間対温度プロファイルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
組成の説明の後に、本発明による方法の工程及びミクロ組織を示す。
【0024】
組成
炭素:0.15~0.35%
十分な量の炭素が、強度と残留オーステナイトの安定化とに必要であり、後者はTRIP効果を提供する。それを考慮して、必要な強度及び伸びを確実にするために、炭素の量は、0.15%以上、好ましくは0.17%以上である。炭素含有量を増加させると、鋼の強度、残留オーステナイトの量、及び残留オーステナイト中の炭素含有量が増加する。しかしながら、炭素含有量が0.25%より高い場合には、鋼の溶接性が大幅に低下する。溶接を必要とする用途の場合には、炭素含有量は、好ましくは0.15~0.25%、より好ましくは0.17~0.23%である。
【0025】
ケイ素:0.50~2.00%
ケイ素は、記載のミクロ組織を得るための、本発明による鋼組成における必須元素である。その主な機能は、炭素が炭化鉄(最も一般的にはセメンタイト)の形態で析出するのを防止し、残留オーステナイトの分解を抑制することである。ケイ素は、強度特性及び適切な変態挙動に寄与する。さらに、ケイ素は、アニーリング中にオーステナイトの粒成長を抑制することにより、延性、加工硬化性及び伸びフランジ成形性の向上に寄与する。炭化物の形成を十分に抑制するには、最低で0.50%のSiが必要である。しかしながら、ケイ素含有量が高いと、ストリップ表面に酸化ケイ素が形成され、表面品質、コーティング性及び加工性が低下する。さらに、本組成を有する鋼のAc3温度は、ケイ素含有量が増加するにつれて上昇する。これは、アニーリングセクションで達成可能な最大限の最高温度(maximum top temperature)の観点で、既存の製造ラインを使用して鋼ストリップを生産する実現性に影響を与える場合がある。それらを考慮すると、ケイ素含有量は2.00%以下である。好ましくは、炭化物形成の抑制及びオーステナイト安定化の促進とともに濡れ性の観点から、Siは0.80~1.80%である。より好ましくは、Siは1.00~1.60%である。
【0026】
アルミニウム:0.01~1.50%
アルミニウムの主な機能は、鋳造前に溶鋼を脱酸することである。溶鋼の脱酸には、0.01%以上のAlが必要である。さらに、アルミニウムはケイ素と同様の機能を有し、炭化物の形成を防止し、残留オーステナイトを安定化する。AlはSiに比べて効果が低いと考えられている。強化には大きな影響はない。少量のAlを使用して、Siを部分的に置き換え、変態温度及び臨界冷却速度を調整して、針状フェライト(AF)を取得し、ベイナイト変態速度を上昇させることができる。これらの目的のためにAlが添加される。したがって、Al含有量は、好ましくは、0.03%以上である。高レベルのAlは、フェライトからオーステナイトへの変態点を現在の設備と互換性のないレベルまで上昇させる場合があり、その結果、主相が低温変態生成物であるミクロ組織を得るのは困難となる。Al含有量が増加するにつれて、鋳造中に割れが発生するリスクが増加する。これを考慮すると、上限は1.50%、好ましくは1.00%、より好ましくは0.70%である。
【0027】
Siの割合とAlの割合との関係に関して、組成は、Si+Al≧0.60、好ましくはSi+Al≧1.00の条件を満たす。有利には、Alの含有量は、Si含有量の0.5倍未満である。
【0028】
マンガン:1.50~4.00%
マンガンは、硬化性と残留オーステナイトの安定化との観点から、本発明による鋼ストリップのミクロ組織を得るのに必要である。Mnはまた、高温での初析フェライトの形成及びベイニティックフェライト変態速度にも影響を及ぼす。ベイニティックフェライト中の炭化物の形成を抑制するには、一定量のSi及び/又はAlが必要である。Ac3温度は、Si及びAlの含有量が増加するにつれて上昇する。Mnはまた、Si及びAlが存在する結果として上昇した相変態点Ac3のバランスをとるように調整される。Mn含有量が1.50%未満の場合には、記載のミクロ組織を得るのは困難である。したがって、Mnは1.50%以上で添加する必要がある。しかしながら、Mnが過剰量で存在すると、マクロ偏析が発生しやすくなり、鋼に好ましくないバンド形成をもたらす。さらに、過剰量のMnはベイナイト変態速度を遅くし、その結果、フレッシュマルテンサイトの量が過度に多くなり、結果として伸びフランジ成形性もまた低下する。したがって、Mn含有量は4.00%以下、好ましくは3.50%以下、より好ましくは1.80≦Mn≦3.00%である。
【0029】
リン:<0.050%
リンは鋼の不純物である。粒界に偏析し、加工性を低下させる。その含有量は0.050%未満、好ましくは0.020%未満である。
【0030】
硫黄:<0.020%
硫黄もまた鋼の不純物である。Sは、硫化物系介在物、例えば、MnSを形成し、割れを発生させ、鋼の伸びフランジ成形性を低下させる。S含有量は、可能な限り低いことが好ましく、例えば0.020%未満、好ましくは0.010%未満、より好ましくは0.005%未満である。
【0031】
窒素:<0.0080%
窒素は、鋼の別の不可避的不純物である。マイクロ合金元素を含む窒化物として析出し、固溶体中に存在して強化に寄与する。過剰な窒化物は、伸び、伸びフランジ性及び曲げ性を低下させる。したがって、有利には、窒素含有量は、0.0080%未満、好ましくは0.0050%未満、より好ましくは0.0040%未満である。
【0032】
鋼組成は、以下のように1種又は2種以上の任意成分の元素を含み得る。
【0033】
銅:0~0.20%
銅は、本組成を有する鋼の実施形態で必要ではないが、存在してもよい。いくつかの実施形態では、製造プロセスに応じて、Cuの存在が不可避な場合がある。0.05%未満の銅は残留元素と見なされる。合金元素としての銅は、0.20%まで添加され得る。これにより、出発鋼ストリップを製造する熱間圧延段階で形成されたスケールの除去を容易にし、さらに、表面処理なしで冷間圧延鋼ストリップをそのまま使用した場合には耐食性を向上させ、或いは、Znコーティングされたストリップの場合には溶融亜鉛による濡れ性を向上させる。Cuはベイナイト構造を促進し、固溶体硬化を引き起こし、フェライトマトリックスからε-銅として析出するため、析出硬化に寄与し得る。Cuはまた、鋼に侵入する水素の量を低減し、その結果、遅れ破壊特性を改善する。しかしながら、過剰量が添加されると、Cuは高温脆性の原因となる。したがって、Cuを添加する場合、Cu含有量は0.20%以下である。
【0034】
クロム:0~1.00%;ニッケル:0~0.50%;モリブデン:0~0.50%
クロム、ニッケル及びモリブデンは必須元素ではないが、鋼組成に残留元素として存在する場合がある。残留元素としてのCr、Ni又はMoの許容可能なレベルはそれぞれ0.05%である。合金元素として、それらは鋼の硬化性を向上させ、ベイニティックフェライトの形成を促進すると同時に、残留オーステナイトを安定化するのに有用な同様の効果を有する。したがって、Cr、Ni及びMoはミクロ組織制御に有効である。この効果を十分に得るために、鋼中のCr、Ni又はMoの含有量が少なくとも0.05%であることが好ましい。しかしながら、それぞれを過剰に添加すると、効果が飽和し、ベイナイト変態速度が過度に遅くなり、過時効時間が制限される製造ラインにおいて必要なミクロ組織を得ることができない。したがって、Crの量は最大1.00%に制限される。Niは、比較的大量のCuが添加された場合の高温脆性の特質を低減するために単に使用される。Niのこの効果は、Ni含有量が>[Cu(%)/3]である場合に顕著になる。Ni及びMoの量は、存在する場合には、それぞれ最大0.50%に制限される。
【0035】
ニオブ:0~0.100%;バナジウム:0~0.100%;チタン:0~0.100%
残留元素としてのニオブ、バナジウム及びチタンの許容可能なレベルは、それぞれ0.005%である。ニオブ、バナジウム及びチタンのうちの1種又は2種以上を添加して、熱間圧延中間生成物及び最終生成物のミクロ組織を微細化することができる。これらの元素は析出強化効果を有し、ベイニティックフェライトの形態を変化させる場合がある。これらはまた、特性、例えば、延伸されたエッジの延性及び曲げ性に依存する用途の最適化にも有益に寄与する。これらの効果を得るために、これらの元素のいずれかの下限は、存在する場合には、0.005%以上に調節される必要がある。Nb、Ti及びVそれぞれの含有量が0.10%を超えると、効果が飽和する。したがって、これらの元素を添加する場合には、それらの含有量は0.005%~0.100%に調節される。好ましくは、上限は、Nb及びTiに対して0.050%以下、Vに対して0.100%以下である。この理由は、過剰に添加すると炭化物の析出が過度に多くなり、加工性が低下するためである。さらに、Ti+Nb+Vの合計は、加工性及びコストの観点から、0.100%を超えないことが好ましい。
【0036】
ホウ素:0~0.0030%
ホウ素は、別の任意成分の元素であり、添加する場合には0.0003%~0.0030%に調節される。残留元素としてのBの許容可能なレベルは、0.0003%である。ホウ素の添加は、焼入れ硬化性を向上させ、引張強度の増加にも役立つ。Bのこれらの効果を得るために、下限は、0.0003%、好ましくは0.0005%であることが必要である。しかしながら、過剰なBが添加されると、効果が飽和する。有利には、Bは0.0025%以下、好ましくは0.0020%以下に調節される。
【0037】
本発明の別の好ましい実施形態において、所望の特性を有する冷間圧延高強度鋼ストリップを依然として得つつ、最終製品のコストを削減するために、Ti及び/又はNb及び/又はV及び/又はNi及び/又はCu及び/又はCr及び/又はMo及び/又はBは、合金元素として添加されない。
【0038】
カルシウム:0~0.0050%;希土類元素(REM):0~0.0100%
さらに、本発明による組成は、場合により、Ca及び希土類金属(REM)から選択される1種又は2種の元素を、MnS介在物制御のための処理と一致する量で含み得る。残留元素として存在する場合には、許容可能なレベルは0.0005%である。合金元素として添加する場合には、Caは0.0050%以下の値に調節され、REMは0.0100%以下の値に調節される。Ca及び/又はREMは硫黄及び酸素と結合し、その結果、オキシ硫化物を生成する。このオキシ硫化物は、延性に対する悪影響(CaもREMも存在しない際に形成する細長いマンガン硫化物の場合におけるような悪影響)を及ぼさない。この効果は、Ca含有量が0.0050%より高くなるか、又はREM含有量が0.0100%より高くなると飽和する。好ましくは、Caの量は、存在する場合には、0.0030%未満、より好ましくは0.0020%以下の値に調節される。好ましくは、REMの量は、存在する場合には、0.0080%以下、より好ましくは0.0050%以下の値に調節される。
【0039】
鋼組成の残部は、鉄及び不可避的不純物を含む。
【0040】
本発明による鋼の化学組成は、従来の連続製造ラインの能力に適合する。
【0041】
ミクロ組織
本発明に従って熱処理された冷間圧延鋼ストリップは、20~55%のポリゴナルフェライト(PF)、針状フェライト(AF)及び高ベイニティックフェライト(HBF)、最大で50%のPF、25~70%の低ベイニティックフェライト(LBF)及び分配マルテンサイト(PM)、5~20%の残留オーステナイト(RA)並びに0~15%の量のフレッシュマルテンサイト(M)を含む複合ミクロ組織を有する。
【0042】
本発明において、ミクロ組織は、光学顕微鏡及び走査型電子顕微鏡を使用して観察可能であるように機能的なグループを形成している。ポリゴナルフェライト(PF)は、変態区間アニーリングにおいて又はBsを超える温度での低速冷却中に形成されるフェライトを指す。針状フェライト(AF)は、Bs~Msの温度での冷却中に形成されるフェライトを指す。高温ベイニティックフェライト(HBF)は、Bs~Bnの温度でのオーステンパ中に形成されるフェライトである。低温ベイニティックフェライト(LBF)は、Bn~Msの温度でオーステンパ中に形成されるフェライトである。分配マルテンサイト(PM)は、高速冷却(焼入れ)及び過時効(分配)熱処理中に形成されるマルテンサイトを指す。
【0043】
ベイニティックフェライト及び分配マルテンサイト
PMは、焼入れ停止温度がMs~Mfにあり、焼入れ停止温度~Bnの温度で分配が実施される場合に、焼入れ及び分配中に得られる。BFは、分配(過時効)中の未変態オーステナイトの変態によって得られる。PMの量は焼入れ温度に依存する。BFの量は、分配の温度及び時間の関数である。ここで、この用途では、焼戻しマルテンサイトの代わりに「分配マルテンサイト」という表現が使用されていることに注意されたい。一般に、冶金学において、焼戻しマルテンサイトは、焼戻しに起因する炭化物の析出物を含む。本発明による修正された焼入れ及び分配プロセスにおいて、Si及びAlが存在するため、且つ、分配プロセスの時間が非常に短いために、炭化物の形成は、過時効中に遅延される。結果として、炭素はマルテンサイトからオーステナイトに分配され、より高い安定性を備えた、炭素に富む残留オーステナイトをもたらし、分配マルテンサイトは炭化物を含まない。BFは超微細粒径のプレートの形態で存在する。PMはBFと同様のサブ構造を有するが、より微細なサイズのフェライトラスを有し、その結果、より微細な粒径の残留オーステナイトが得られる。フェライトラスの間への炭化物の析出は、延性に悪影響を与えることが知られており、Si及び/又はAlとの合金化によって抑制される。ベイニティックフェライトは、炭化物を含む従来のベイナイトとは対照的に、炭化物を含まない。ベイニティックフェライトはまた、転位密度が低い(初析)フェライトとも異なる。
【0044】
炭化物を含まないBF及びPMミクロ組織は、高い強度を提供し、これは、高い転位密度を有し、過飽和の炭素を含有する中間の硬質フェライト構造(intermediate hard ferrite structure)によるものである。ベイニティックフェライトが炭化物を含まず、且つ、ラス状のベイニティックフェライトの境界に微細な残留オーステナイト粒が存在し得るため、ベイニティックフェライト構造はまた、所望の高い伸びにも寄与する。
【0045】
本発明において、ベイニティックフェライトは、そのうち2種類:Bs~Bnの高温で形成されるベイニティックフェライト(高ベイニティックフェライト(HBF)と呼ぶ)及びBn~Msの低温で形成されるベイニティックフェライト(低ベイニティックフェライト(LBF)と呼ぶ)に分けられる。3%ナイタールによるエッチングに供した鋼ストリップの断面を、EBSD分析を伴って走査型電子顕微鏡により観察した場合に、HBFの平均アスペクト比(短軸の長さを長軸の長さで割ったものとして定義)は、0.35より高く、LBFの平均アスペクト比は、0.35より低い。この区別をする理由は、Bn以上のより高い温度範囲で形成されたベイニティックフェライト(HBF)の粒径及び粒形状がAFに類似しており、SEMを使用してHBFをAFから区別することが困難であるためである。AFと同様に、HBFは、LBFよりも大きな粒径、低い転位密度及び軟らかさを有し、鋼の伸びを増加させるように作用する。一方、プレートサイズが細かいために、LBFの強度はHBFの強度よりも高く、これにより、鋼ストリップの強度に寄与し、成形性も高める。フェライトラスのサイズと残留オーステナイトの粒径が形成温度の低下に伴って小さくなる点を除いて、PMはLBFと同様のミクロ組織を有する。しかしながら、この変化は緩やかであるため、SEM観察によってLBFとPMとを明確に区別することはできない。本発明において、LBF及びPMは、鋼の特性に対するそれらの寄与もまた類似しているため、1つのミクロ組織としてグループ化される。
【0046】
本発明による高強度鋼ストリップの特徴は、ベイニティックフェライトがHBF及びLBF+PMを含む複合ミクロ組織を有し得ることである。したがって、高い伸び及び良好な成形性を有する高強度冷間圧延鋼ストリップが得られる。
【0047】
高強度及び伸びの良好なバランスを得るために、25~70%のLBF+PMが必要である。LBF+PMが過剰に少ない量で存在する場合には、鋼ストリップの強度は不十分となる。しかしながら、LBF+PMが過剰に多い量で存在する場合には、その他のフェライト(PF、AF及びHBF)並びに残留オーステナイトの伸びへの影響が損なわれる可能性がある。したがって、LBF+PMの合計は25~70%、好ましくは35~65%である。焼入れ工程で形成されたPMは、過時効中の未変態オーステナイトのBF変態速度を加速させ得る。典型的な現在の製造ラインで利用可能な時間でベイナイト変態を完了することを確実にするために、焼入れ停止温度を鋼のMs点以下に制御することによりPMの量を調整することができる。焼入れ停止温度が低いほど、より多くのPMが形成される。合金元素の含有量が多い鋼の場合、より多くのPMが必要になる。
【0048】
本発明におけるHBFの形成は、ベイナイト変態によって生成された潜熱によるストリップの加熱に起因するか、又は溶融亜鉛めっきプロセスを適用することによる加熱に起因する。本発明におけるHBFの形成は、もしあれば、ベイナイト変態を必要に応じて加速することを可能にし、その結果、ベイナイト変態は、既存の製造ラインの過時効セクションにおいて限られた時間で完了することができる。均熱及び冷却段階から生じるPF及びAFの量に応じて、HBFの量は、PF、AF及びHBFの合計量が20~55%、好ましくは25~50%になるように制御される。前述のように、HBFはPF及びAFと同様の機能を有する。前のセクションで十分な量のPF及びAFが形成されている場合に、及びより高い強度の鋼ストリップを得るために、HBFの量を0%に最小化する必要がある。PF及びAFの量が十分でない場合には、HBFの量を増加させ得る。しかしながら、HBFの量は、PF、AF及びHBFの合計量が20~55%、好ましくは25~50%になるように制御される必要がある。
【0049】
ポリゴナルフェライト及び針状フェライト
初析フェライトはベイニティックフェライトよりも軟らかく、機能的に鋼ストリップの伸びを増加させる。一定量の初析フェライトを導入し、フェライトの特性を制御して、ベイナイト変態速度を高め、残留オーステナイト中の炭素含有量を増加させることにより残留オーステナイトの安定性を高め、伸びをさらに高める。本発明を使用して、形成温度に応じてアニーリング中に2種類の初析フェライトを製造することができる。変態区間温度におけるオーステナイト化の際に形成されたフェライト相又は低速冷却セクションにおいてBs温度を超える高温での冷却中に形成されたフェライト相は、多角形又はブロック状になり、ポリゴナルフェライト(PF)と呼ばれる。このタイプのフェライトは、伸びを増加させるが、降伏強度及び成形性を低下させることが証明されている。Bs~Msの温度における高速冷却セクションにおいて低温で形成されたフェライトは、ほぼ針状で、PFよりも粒径が小さく、針状フェライト(AF)と呼ばれる。形態的にはHBFに似ているが、転位の量は比較的少ない。AFの存在は、強度及び成形性を犠牲にすることなく伸びを増加させ得る。
【0050】
PF、AF及びHBFは、本発明による鋼における引張特性に対して同様の機能を有するため、これらのフェライト系ミクロ組織の3種類が存在し得、又はそれらのうちの1種又は2種が存在する。高い伸びを確保するために、PF、AF及びHBFの体積分率は20%以上、好ましくは25%以上である。いずれの場合も、PF、AF及びHBFの合計量は、55%以下、好ましくは50%以下に制御される必要がある。これらのフェライト系ミクロ組織が過度に多い(55%超)場合には、最終的なミクロ組織は、低ベイニティックフェライトを十分に含まず、したがって、強度が低下する。
【0051】
PFが鋼に存在する場合、PFの粒径、形態及び分布を制御する必要がある。鋼ストリップは、より小さな粒径のPFを有し、PFが分散した分布を有することにより、さらに高い伸びを有することができる。本発明によれば、SEM又は光学顕微鏡で観察すると、PF構造は、BF構造の間に等軸に埋め込まれ、より小さな粒として均一に分散するが、従来のTRIP鋼ストリップにおけるPFの形態学的構造は、圧延方向に沿って伸長している。この形態学的構造は、処理中の応力を均一に分散させることができ、残留オーステナイトのTRIP効果を最大限に活用することができると考えられる。この形態学的構造を得るために、均熱中に形成されるPFの量は、50%以下、好ましくは10~40%である必要がある。この実施形態は、フェライトの再結晶速度が遅い、比較的大量のMn、Al及びSiを含む鋼組成に特に適している。PFは部分的に再結晶化したミクロ組織であり、再結晶化したフェライトよりも硬度が高い。部分的に再結晶化したミクロ組織を有するPFの存在は、局所延性にとって有益である。有利には、本発明におけるPFの粒径は、10μm以下、好ましくは8μm以下、より好ましくは5μm以下である。
【0052】
本発明の一実施形態において、PFの量は0%であることが好ましい。この場合には、AF及びHBFの合計量は、AF+HBFが20~55%、好ましくは25~50%のであるように制御される。
【0053】
残留オーステナイト
残留オーステナイト(残留オーステナイトとも呼ばれる)(residual austenite (also known as retained austenite))は、最終的なミクロ組織にFCC相(面心立方格子)を示す領域を指す。残留オーステナイトは、部分的にTRIP効果によって延性を高め、これは、均一な伸びの増加として現れる。TRIP効果を発揮するために、残留オーステナイトの体積分率は、5%以上、好ましくは7%以上である。5%未満では、所望のレベルの延性及び均一な伸びは達成されない。上限は、主に組成及び製造ラインの処理パラメータによって決定される。所与の組成に関して、残留オーステナイトの量が過度に多いと、残留オーステナイトの炭素含有量が過度に低くなる。その場合、残留オーステナイトは十分に安定せず、局所延性(伸びフランジ成形性)が許容し難いレベルまで低下する可能性がある。したがって、残留オーステナイトの体積分率の上限は20%、好ましくは15%である。
【0054】
残留オーステナイト中の炭素濃度は、TRIP特性に影響を与える。残留オーステナイトは、特に残留オーステナイト中の炭素濃度が0.90%以上である場合に、伸び特性を改善するのに効果的である。炭素含有量が過度に低いと、残留オーステナイトはTRIP効果を生み出すのに十分なほど安定しない。したがって、有利には、残留オーステナイト中の炭素含有量は、0.90%以上、好ましくは0.95%以上である。残留オーステナイト中の炭素濃度可能な限り高いことが好ましく、約1.6%の上限が、実際の処理条件によって一般に課せられる。フェライトの量を制御することにより、残留オーステナイトの炭素含有量及び安定性を調整することができる。
【0055】
マルテンサイト
マルテンサイト(M)は、オーステンパ後の最終冷却セクションでフレッシュに形成される。マルテンサイトは、降伏点の伸びを抑え、加工硬化指数(n値)を高め、これは、最終プレスされた部品における安定性、ネックフリー変形(neck-free deformation)及びひずみ均一性を実現するために望ましい。最終的な鋼ストリップにおける1%のフレッシュマルテンサイトでさえ、引張応答、したがってプレス挙動は、従来の二相鋼に同等で達成され得る。しかしながら、フレッシュマルテンサイトの存在は、マルテンサイトとLBF/HBFとの界面に沿った割れ形成のために、成形性を損なう。したがって、フレッシュマルテンサイトの量は15%以下、好ましくは10%以下に制御される必要がある。
【0056】
炭化物
炭化物は、過時効温度が過度に高い場合又は過時効時間が過度に長い場合にオーステンパ中に形成される微細な析出物として、又は冷却速度が過度に遅い場合に冷却中に形成されるパーライトの形態で存在し得る。本発明によれば、本発明の鋼のミクロ組織は、パーライトを含まず(pearlite-free)、且つ、炭化物を含まない。パーライトを含まないとは、セメンタイト及びフェライトを含む層状ミクロ組織の量が5%未満であることを意味する。炭化物を含まないとは、炭化物の量が標準的なX線測定の検出限界を下回っていることを意味する。
【0057】
ミクロ組織の特性評価
上記のように本発明による鋼に分類されるミクロ組織構成要素は、以下に記載される技術によって定量的に決定可能である。構成要素の体積分率は、体積分率を面積分率と同等と見なし、市販の画像処理プログラム又は適切なその他の技術を使用して、研磨された表面の面積分率を測定することによって測定される。
【0058】
PF、フレッシュM、RA及びパーライトは、光学顕微鏡(OM)及び走査型電子顕微鏡(SEM)を使用して区別可能である。10%メタ重亜硫酸ナトリウム水溶液(略してSMB)でエッチングされたサンプルをOMで特性評価すると、パーライトは暗い領域として観察され、PFは薄い灰色の領域として観察され、フレッシュマルテンサイトは薄茶色の領域として観察される。3%ナイタール溶液でエッチングされたサンプルをSEMで特性評価すると、PFは残留オーステナイトを含まない滑らかな表面の粒として観察され、パーライトはセメンタイト及びフェライトの両方を含む層状ミクロ組織として観察される。残りのミクロ組織は、プレート又はラス状のフェライト系サブ組織によって特徴づけられる灰色の領域として観察され、RAは白色又は淡い灰色の領域として粒中に分散し、特定され得る炭化物は存在しない。このミクロ組織グループ(microstructural group)を、ベイニティックフェライト様ミクロ組織(bainitic ferrite like microstructure)と呼ぶ。これには、HBF、LBF、AF及びPMの混合物が含まれる場合がある。これらのミクロ組織は、形態が類似しているため、OM及びSEMでは明確に区別することができない。
【0059】
本発明において、電子後方散乱回折(EBDS)により、ベイニティックフェライト様ミクロ組織を2種の別個のグループにさらに分離する。第1のグループはPM及びLBFからなり、第2のグループはAF及びHBFからなる。測定したEBSDデータから、残留オーステナイトは、Fe(α)からFe(γ)のパーティション(partition)を作成することにより、その他のミクロ組織と最初に区別され得る。次いで、フレッシュマルテンサイト(M)は、Fe(α)を平均イメージクオリティ(IQ:image quality)の高いパーティションと平均IQの低いパーティションとに分割することにより、ベイニティックフェライト様ミクロ組織から分離される。低IQパーティションはマルテンサイトとして分類され、高IQパーティションはベイニティックフェライト様ミクロ組織として分類される。2種のグループのタイプを区別する方法を、図1を参照して以下に説明する。ベイニティックフェライト(高IQパーティション)では、隣接する構造間の傾斜角が15°以上の方位の違いがある領域を特定する。ある領域は、同じ結晶方位を有する領域と見なされ、本発明ではベイナイトプレートとして定義される。このようにして検出されたベイナイトプレートについて、ベイナイトプレートと同じ面積を有する円の直径を決定する。倍率3000のEBSD分析の画像を使用して、ベイナイトプレートの等価円の直径を決定する。楕円をベイナイトプレートにフィッティングすることにより、アスペクト比(短軸の長さを長軸の長さで割ったものとして定義)もまた決定する。同様に、測定領域(約100×100μm)内のすべてのベイナイトプレートの等価円の直径と、すべてのベイナイトプレートの等価楕円のアスペクト比とを測定し、平均値を本発明のベイナイトプレートの平均粒径及びベイナイトプレートの平均アスペクト比として定義する。
【0060】
本発明者らは、ベイニティックフェライトのミクロ組織に対するオーステンパ温度の影響を体系的に研究した。オーステンパ温度は、(Ms-200)~Bsである。ベイナイトプレートの平均粒径及び平均アスペクト比は、オーステンパ温度が上昇するにつれて増加することが見出された。特に、ベイナイトプレートのアスペクト比が、本発明による方法で使用される組成を有する鋼のBn未満である440℃未満でオーステンパ処理されたサンプルと、Bn超である460℃超でオーステンパ処理されたサンプルとの間で急激に変化することが見られる。したがって、ベイニティックフェライト様ミクロ組織の2種のグループを分割するために、0.35のアスペクト比の臨界平均値を定義する。LBF及びPMからなるグループのアスペクト比は0.35以下であり、HBF及びAFからなるグループのアスペクト比は0.35超である。
【0061】
ベイナイトプレートの形態及び粒径の違いに加えて、HBF、AFグループとLBF、PMグループとの複雑な結晶学的プレートの方位差関係もまた異なる。本発明による鋼の方位差角度分布を図2に示す。60°のピークは、隣接する粒子間の方位差であって、Kurdjumov-Sachs(KS/KS)の関係を有する方位差と一致しており、これは、60°<111>及び60°<110>の軸及び角度の関係によって発生し、マルテンサイトに対応する。53°~54°のピークは、Nishiyama-Wassermann及びKurdjumov-Sachs(NW/KS)の関係に従う、相変態によって得られた粒子間の方位差によるものである。先行技術(A.-F. Gourgues, H. M. Flower, and T. C. Lindley, Materials Science and Technology, January 2000, Vol. 16, p. 26-40を参照)によると、針状フェライト及び上部ベイナイトは、オーステナイト母相とともにNishiyama-Wassermannの関係で成長するが、下部ベイナイト及びマルテンサイトは、母相とともにKurdjumov-Sachsの関係を有する非常に複雑なパケット(packet)で構成される。これらの結果と同様に、53~54°のピークはHBF及びAFの形成に対応し、60°のピークはLBF及びPMの形成に対応すると推定される。オーステンパ温度が上昇するにつれて、53~54°のピークはより区別可能になり、ピークの高さは高くなるが、60°のピークの高さは低くなる。本発明において、HBF、AFグループ及びLBF、PMグループの相対量は、2個のピークの高さの比によって決定することができる。
【0062】
残留オーステナイトの一部はベイナイトプレート間に非常に小さな粒径のフィルムとして分散しており、EBSDで検出できないため、EBSDで測定された残留オーステナイトの割合は常に実際の値よりも低くなる。したがって、残留オーステナイトの含有量を測定する従来の手法であるXRDに基づく強度測定法を使用することができる。残留オーステナイトの体積分率を、鋼ストリップの1/4の厚みで決定する。セメンタイトの量もまた、このXRD分析から測定する。鋼ストリップから作製されたサンプルは機械的及び化学的に研磨され、次いで、Co-Kaを使用するX線回折計によって、fcc鉄の(200)面、(220)面及び(311)面のそれぞれの積分強度と、bcc鉄の(200)面、(211)面及び(220)面のそれぞれの積分強度とを測定することによって分析される。残留オーステナイト(RA)の量及び残留オーステナイトの格子定数は、リートベルト解析を使用して決定された。残留オーステナイト中のC含有量は、以下の式:
【数2】
(式中、aは、残留オーステナイトの格子定数(オングストローム)である。)
を使用して計算される。
【0063】
機械的特性
上記のミクロ組織及び組成を有し、本発明に従って熱処理された冷間圧延鋼ストリップは、以下の特性:
少なくとも500MPaの降伏強度(YS);及び/又は
少なくとも850MPaの引張強度(TS);及び/又は
少なくとも14%の全伸び(TE);及び/又は
を有する。
【0064】
好ましくは、冷間圧延され、熱処理されたストリップは、これらすべての特性を有する。
【0065】
方法の工程
本発明の方法によれば、上記の組成を有する冷間圧延鋼ストリップを熱処理して、ミクロ組織及び特性を得る。冷間圧延で得られた冷間圧延鋼ストリップを、連続アニーリングラインにおいてと同様に熱処理に供する。方法の典型的なデザインを図3に図式的に示す。冷間圧延鋼ストリップを(Ac3-60)以上の温度で加熱、例えば、少なくとも0.5℃/秒の加熱速度を使用して、好ましくは(Ac3-60)~(Ac3+20)の温度まで、通常は所定のオーステナイト化温度T2まで加熱し、この温度で時間t2の間保持し(工程a)、次いで、Ms以下、典型的にはMs~(Ms-200)の温度T4まで冷却、通常は制御された冷却速度で2段階冷却を使用して冷却する(工程b)。次いで、鋼ストリップを加熱し、場合によりMs以下、典型的には(T4~Ms)の温度からMs以上の温度への加熱を伴って加熱し(工程c)、オーステンパのためにMs~Bs、典型的にはT4~Bnの温度T5で時間t5の間、処理する(工程d)。次いで、場合により、鋼ストリップを、Bn~Bsの温度T6まで時間t6の間加熱する。これは、溶融亜鉛めっき処理が可能である温度であってもよい。最後に、鋼ストリップを室温まで冷却する(工程e)。以下、各工程におけるプロセスパラメータ及び作用を説明する。
【0066】
その第1の工程において、少なくとも部分的にオーステナイト化されたミクロ組織を実現するために、冷間圧延鋼を(Ac3-60)以上で、例えば(Ac3-60)~(Ac3+20)の温度で、1~150秒の均熱時間t2の間、均熱する。(Ac3-60)以上の温度でのアニーリングが必要であり、これは、本発明により熱処理される鋼ストリップが、必要量の、高温のオーステナイトから変態する低温変態相(例えば、ベイニティックフェライト及び残留オーステナイト)及び所定量のフェライトを必要とするためである。T2が(Ac3+20)よりも高い場合には、オーステナイト粒は成長する。これは、残留オーステナイトの粒径及び分布に影響を与え、過時効プロセス後のベイナイト変態速度も遅くする。最終冷却中に形成される過剰量のフレッシュマルテンサイトが、この不完全なベイナイト変態の結果として形成される場合があり、これは、強度を高めるが、延性及び成形性を低下させる。さらに、大きな粒を有する均一なオーステナイト構造が得られ、次の冷却セクションにおけるPF及びAFの形成を抑制し、その結果、利用可能な製造ラインにおける現在の冷却スケジュール内で十分量のフェライトが得られない。粒径が大きい均一なオーステナイト構造はまた、鋼ストリップの伸びが不十分である原因となる。オーステナイトの均一性は、冷却セクションにおけるPF及びAFの形成に大きな影響を与えることが観察されている。T2が(Ac3-60)よりも低い場合には、PFは50%超の過剰量で形成され得、したがって、鋼ストリップの強度は不十分となる可能性がある。一方で、形成されるオーステナイトが、LBF及び残留オーステナイトの形成に十分でない可能性がある。したがって、アニーリング温度は(Ac3-60)以上である必要があるが、有利には(Ac3+20)以下、好ましくは(Ac3-50)~(Ac3+10)である。t2が150秒より長い場合、オーステナイト及びフェライトの粒径が大きくなり、伸びが低下する。アニーリング時間t2が1秒より短い場合には、オーステナイトへの逆変態が十分に進行しない、且つ/或いは、鋼ストリップ中の炭化物が十分に固溶しない可能性がある。したがって、アニーリング時間t2は、1秒~150秒、例えば、10秒~120秒、好ましくは、1秒~100秒である。
【0067】
次の冷却工程では、少なくとも部分的にオーステナイト化されたストリップをMs以下、典型的にはMs~(Ms-200)の温度T4まで冷却する。この冷却の目的は、フェライト及び分配マルテンサイトの量を調整し、パーライトの形成を防止することである。
【0068】
本発明の一実施形態において、このように処理された鋼ストリップを、少なくとも15℃/秒の冷却速度で温度T4まで直接冷却し、その結果、パーライトの形成を防止する。冷却速度が過度に遅い場合には、フェライトが過剰量で生成する可能性があるか、或いはパーライトが生成する可能性さえある。好ましくは、V4は20℃/秒以上である。冷却停止時に鋼ストリップに温度変化が生じない限り、冷却速度の上限は特に制限されない。鋼ストリップの温度の不均一性を低減するために、冷却速度は、標準設備では好ましくは100℃/秒以下である。利用可能なほとんどの施設で平均冷却速度が80℃/秒を超えると、ミクロ組織に非常に大きな変動が、長手方向及びストリップ幅方向の両方で生じ得る。したがって、適切な冷却速度V4は、15~80℃/秒、好ましくは20~70℃/秒である。
【0069】
本発明のその他の実施形態において、フェライトの量を調整し、ストリップ温度を均一化するために、この冷却は、2段階の冷却によって実行され得る。これは、現在使用されている接続された2個の冷却セクションを含むほとんどの連続アニーリングライン又は溶融亜鉛めっきラインに適合する。最初に、通常は少なくとも1℃/秒、例えば、2~15℃/秒、好ましくは3~10℃/秒の冷却速度V3で、800~500℃、好ましくは750~550℃の温度T3まで鋼ストリップを冷却する(低速冷却セクションと呼ばれる)。その後、通常は少なくとも15℃/秒、例えば15~100℃/秒、好ましくは20~70℃/秒の冷却速度V4で、温度T4まで鋼ストリップをさらに冷却する(高速冷却セクションと呼ばれる)。連続アニーリングラインにおける各セクションの長さが固定されているため、T3温度を調整することにより、所与のライン速度に対する冷却速度V3及びV4を制御することができる。T3が高くなるにつれて、V3は低くなり、V4は高くなる。この冷却中に、一部のPFが低速冷却セクションで形成され得、一部のAFが高速冷却セクションで形成され得る。固定ライン速度の場合、低速冷却セクションで形成されるPFの量は主にT3に依存し、AFの量は主にV4に依存する。したがって、フェライトの量を調整し、パーライトの形成を防止するために、T3は適切な範囲で選択される。T3が過度に低い(例えば、500℃未満)場合には、PFが低速冷却セクションにおいて過剰量で形成され得、AFもまた高速冷却セクションにおいて過剰量で形成され得、さらに、結果として得られるV4が15℃/秒未満である場合には、パーライトが形成され得る。T3が過度に高い(例えば、800℃超)場合には、PFが不十分に形成され得、結果として得られるV4が過度に高い場合には、形成されるAFは少なくなる。したがって、T3は800~500℃、好ましくは750~550℃/秒である必要がある。
【0070】
上記のように、従来の設計のアニーリングライン又は亜鉛めっきラインにおいて、PFは、均熱工程a)及び工程b)の低速冷却セクションで得られ、AFは、工程b)の高速冷却セクションで得られる。フェライトの量を調整するために、低速冷却セクション及び高速冷却セクションの間の均熱温度T2及び中間温度T3を使用することができる。高い方のT2を使用する場合には、より少ない量のPFが均熱中に生成され、次いで、低い方のT3を選択して、低速冷却セクションにおいて多くのPFを得ることができ高速冷却セクションにおいて多くのAFを得ることができる。低い方のT2を使用する場合には、均熱中に十分な量のPFが生成され、次いで、高い方のT3を選択して、低速冷却セクションにおいて形成されるPFの量及び高速冷却セクションにおいて形成されるAFの量を制限する。
【0071】
Ms以下、好ましくはMs~(Ms-200)の温度T4に冷却した後、いくらかの量のマルテンサイトが得られる。T4が低いほど、より多くのマルテンサイトが形成される。次の分配プロセスにおいてベイナイト変態速度を効果的に加速させるために、T4は鋼組成に応じて調整される。合金元素を高含量で含む鋼の場合、より低いT4が適用される。T4が過度に高いと、形成されるPMの量が不十分になる。未変態オーステナイトのベイナイト変態は、過時効(分配)段階では完了することができず、次の周囲温度への冷却プロセスで過剰なフレッシュマルテンサイトが形成される可能性がある。T4が過度に低いと、PMが過剰に形成され、残留オーステナイトの量が減少する。したがって、T4は、好ましくは、Ms~(Ms-200)、より好ましくは(Ms-50)~(Ms-150)である。PMの量はT4温度にのみ依存するので、過時効セクションで利用可能な合計時間の残りの時間をベイナイト変態に利用可能にするために、鋼ストリップをMs~Bsの分配温度まで可能な限り速く加熱する。実際には、製造ラインの加熱能力に応じて、そして鋼ストリップの温度の均質化を容易にするために、任意の保持時間を含む工程c)の合計時間t4は、好ましくは10秒以下、より好ましくは5秒以下である。場合により、加熱工程c)は、Ms以下、例えば、Ms~(Ms-200)、例えば、(Ms-50)~(Ms-150)の温度における短時間の加熱を含み得る。
【0072】
後続の加熱工程d)において、冷却されたストリップは、Ms~Bs、好ましくはBn以下の温度T5で、30~120秒の時間t5の間、加熱される。この範囲の温度T5に加熱することによって、未変態のオーステナイトが低ベイニティックフェライト(LBF)に変態し、炭素分配がその前に形成されたマルテンサイトにおいて起こる。T5が過度に低い場合には、ベイナイト変態は過度に遅く、ベイナイト変態は過時効中に不十分であり、過時効後の冷却中にフレッシュマルテンサイトが過剰量で形成される可能性があり、これにより強度は増加するが、必要な伸びを減少させる。一方、炭素分配は、残留オーステナイトを安定化するには不十分である可能性がある。T5が過度に高い場合には、過時効セクションにおいて過剰なHBFが得られ、必要な強度が得ることができない。T5の好ましい範囲は、高速ベイナイト変態速度を達成するために、(Bn-50)~Bnである。加熱時間t5が30秒未満である場合には、ベイナイト変態は不完全であり、マルテンサイト及びベイナイトにおける炭素分配もまた不十分である。t5が120秒を超える場合には、炭化物が形成され始め、残留オーステナイト中の炭素含有量が減少するリスクが存在する。t5の最大時間は、とりわけ、製造ラインの所与の速度で利用可能な合計時間によって制限される。好ましくは、t5は40~100秒である。
【0073】
鋼ストリップの温度は、過時効中のベイナイト変態によって生成される潜熱によって上昇する可能性があるため、鋼ストリップがBnより高い温度に達すると、少量の高温ベイニティックフェライトが形成される。
【0074】
次いで、このように加熱されたストリップは、製造ラインの性能に従って周囲温度まで冷却され、その間にいくつかのフレッシュマルテンサイトが形成され得る。次いで、鋼ストリップは、少なくとも1℃/秒、好ましくは少なくとも5℃/秒の冷却速度V7で300℃未満まで冷却され、次いで、周囲温度までさらに冷却される。周囲温度までの冷却は、強制冷却又は制御されていない自然冷却であり得る。実際の実施形態において、加熱された鋼ストリップを、5.0~10.0℃/秒の冷却速度V7で、(Ms-50)~Mfの温度T7まで冷却する。T7から周囲温度へのさらなる冷却は、好ましくは5.0~20.0℃/秒、より好ましくは6.0~15.0℃/秒の冷却速度V8で実行される。
【0075】
一実施形態において、微細な粒径を有する部分的にオーステナイト化された冷間圧延ストリップを得ることを確実にするために、均熱工程は、(Ac3-50)~(Ac3+10)の変態区間アニーリング温度で、好ましくは1~100秒の均熱時間t2で実施される。均熱温度において形成されるPFの分率は、有利には40%以下である。
【0076】
有利には、均熱工程の前の加熱工程は、2つの副工程で実施される。2つの副工程は、冷間圧延ストリップを、10.0~30.0℃/秒、好ましくは15.0~25.0℃/秒の加熱速度V1で、680~740℃、好ましくは700~720℃の温度T1まで加熱する工程と、0.5~4.0℃/秒、好ましくは1.0~3.0℃/秒の加熱速度V2で、温度T1から均熱温度の範囲までさらに加熱する工程とを含む。T1から均熱温度T2までの低速加熱中に、回復及び再結晶がフェライトで起こり、オーステナイト変態中に炭化物及びフェライトの固溶が起こる。T1及びV2は、これらのプロセスの進行に影響を与え、オーステナイトの粒径とオーステナイト相における合金元素の分布の均一性に影響を与える。有利には、すべての炭化物の固溶及び粗大なオーステナイト結晶粒度の回避を確実にするために、加熱速度V2に応じて、均熱時間t2が制御される。
【0077】
一実施形態において、本発明による方法は、加熱工程d)と冷却工程e)との間にさらなる加熱工程を含み、工程d)から得られる鋼ストリップを、Bs~Bn、好ましくは(Bs-50)~Bn、典型的には固定温度T6で追加の加熱に供する。追加の加熱時間t6は、有利には5~30秒、好ましくは10~20秒である。この追加の加熱により、残留オーステナイトから高温ベイニティックフェライトへの形成が増加してベイナイト変態が完了する。その結果、後続の冷却セクションにおいて形成されるマルテンサイトの量が減少し、強度及び延性を向上することができる。炭素はまた、残留オーステナイトにさらに分配され、より安定する。この追加の加熱が所与の過時効セクションに適用される場合、したがってその中の所与の合計時間において適用される場合には、時間t5は、利用可能な時間を満たすためにさらに短縮される。例えば、t4+t5+t6の合計は、30~120秒である。
【0078】
好ましい実施形態において、この追加の加熱は、統合された溶融亜鉛めっき処理を含み、工程c)から得られる鋼ストリップは、Znコーティング又はZn合金系コーティングでコーティングされる。
【0079】
本発明に従って熱処理された鋼ストリップには、コーティング、有利には亜鉛コーティング又は亜鉛合金系コーティングが設けられてもよい。有利には、亜鉛系コーティングは、亜鉛めっき(galvanize)又は亜鉛めっき-アニーリング(galvanneal)されたコーティングである。Zn系コーティングは、合金元素としてAlを含むZn合金を含み得る。好ましい亜鉛浴の組成は、0.10~0.35%のAlを含み、残部が亜鉛及び不可避的不純物である。主な合金元素としてMg及びAlを含む別の好ましいZn浴は、以下の組成:0.5~3.8%のAl、0.5~3.0%のMg、任意成分として最大0.2%の1種又は2種以上の追加元素を含み、残部が亜鉛及び不可避的不純物である。追加元素の例には、Pb、Sb、Ti、Ca、Mn、Sn、La、Ce、Cr、Ni、Zr及びBiが含まれる。
【0080】
コーティング、例えば、Zn又はZn合金の保護コーティングは、別個の工程で適用され得る。好ましくは、溶融亜鉛めっき工程は、上で説明したように、本発明による方法において統合される。
【0081】
場合により、引張特性を微調整し、意図された使用から生じる特定の要件に応じて表面の外観及び粗さを修正するために、本発明によるアニーリング及び亜鉛コーティングされたストリップに調質圧延処理を実施してもよい。
【0082】
冷間圧延鋼ストリップそれ自体は、通常、以下の一般的な方法に従って製造される。上記の鋼組成を準備し、スラブに鋳造する。鋳造スラブを1100~1300℃の温度で再加熱した後、熱間圧延により処理する。通常、さらなる冷間圧延に適した最終寸法まで5~7スタンド内で、スラブの熱間圧延を実施される。通常、800℃超の完全オーステナイト状態、有利には850℃以上の完全オーステナイト状態で、仕上げ圧延を実施する。このようにして熱間圧延工程から得られたストリップをコイル状にすることができ、例えば、通常700℃以下の巻き取り温度でコイル状にすることができる。熱間圧延ストリップを酸洗いし、冷間圧延して、適切なゲージを有する冷間圧延鋼ストリップを得る。好ましくは、冷間圧延の圧下は、典型的には30~80%である。冷間圧延中の圧延荷重を低減するために、コイル状ストリップ又は半冷間圧延ストリップを熱間バッチアニーリング(hot batch annealing)に供してもよい。バッチアニーリング温度は500~700℃である必要がある。
【0083】
薄いスラブ鋳造、ストリップ鋳造等もまた適用され得る。この場合には、製造方法が熱間圧延プロセスの少なくとも一部をスキップすることは許容される。
【0084】
本発明はまた、上で説明したような組成及びミクロ組織を有する熱処理された冷間圧延鋼ストリップに関する。
【0085】
本発明はまた、本発明による熱処理された冷間圧延ストリップから製造される物品、例えば、構造部品、工学部品又は自動車部品中に存在する。
【実施例
【0086】
表1に示す組成を有する鋼を、真空誘導を使用して、寸法が200mm×110mm×110mmである25kgのインゴットに鋳造した。以下のプロセススケジュールを使用して、厚み1mmの冷間圧延ストリップを製造した。
・インゴットを1225℃で2時間再加熱した。
・インゴットを140mmから35mmまで粗圧延した。
・粗圧延インゴットを1200℃で30分間再加熱した。
・6回のパスで35mmから4mmまで熱間圧延した。
・ランアウトテーブル冷却:仕上げ圧延温度(FRT)(約850~900℃)から600℃まで40℃/秒の速度で冷却した。
・炉の冷却:ストリップを600℃に予熱した炉に移し、次いで、室温まで冷却して冷却プロセスをシミュレートした。
・酸洗い:次いで、熱間圧延ストリップを85℃のHClで酸洗いして、酸化物層を除去した。
・冷間圧延:熱間圧延ストリップを1mmのストリップに冷間圧延した。
・本発明による熱処理:適切なサイズの冷間圧延シートを使用して、連続アニーリングシミュレーター(CASIM)を使用してアニーリングプロセスをシミュレートした。
ミクロ組織観察、引張試験及び穴広げ試験用のサンプルは、このように処理されたストリップから機械加工した。
【0087】
膨張率測定を10mm×5mm×1mmの寸法(圧延方向に沿った丈)の冷間圧延サンプルに対して行った。Bahr 膨張計 型式DIL805で膨張試験を実施した。すべての測定をSEP1680に従って実行した。急冷型の膨張率測定曲線(quenched dilatometry curve)から臨界相変態点Ac3、Ms及びMfを決定した。利用可能なソフトウェアJmatPro10を使用してBs及びBnを予測した。異なるプロセスパラメータに対するアニーリング中の相分率は、アニーリングサイクルをシミュレートする膨張曲線から決定した。
【0088】
ミクロ組織は、市販の画像処理プログラムを使用して、光学顕微鏡(OM)及び走査型電子顕微鏡(SEM)によって決定した。鋼ストリップの圧延方向及び圧延面法線方向の断面において1/4の厚みでミクロ組織を観察した。EBSD測定に使用する走査型電子顕微鏡(SEM)は、電界放出銃(FEG-SEM)及びEDAX PEGASUS XM 4 HIKARI EBSDシステムを備えたZeiss Ultra55マシンである。TexSEM Laboratories(TSL)ソフトウェアOIM(Orientation Imaging Microscopy)Data Collectionを使用して、EBSDスキャンをキャプチャした。TSL OIM AnalysisソフトウェアでEBSDスキャンを評価した。EBSDスキャンエリアはすべての場合で100×100μm、ステップサイズは0.1μm、スキャンレートは約80フレーム/秒であった。
【0089】
残留オーステナイトは、Co-Kα線を使用したD8 Discover GADDS(Bruker AXS)により、DIN EN13925に従ってXRDによって決定した。リートベルト解析によって相比の定量的決定を実施した。
【0090】
引張試験-引張方向が圧延方向と平行になるように、アニーリングしたストリップからJIS5試験片(ゲージ長=50mm、幅=25mm)を機械加工した。NEN-EN10002-1:2001規格に準拠したSchenk TREBEL試験機で室温引張試験を実施し、引張特性(降伏強度YS(MPa)、最大引張強度UTS(MPa)、全伸びTE(%))を決定した。各条件について、3回の引張試験を実施し、機械的特性の平均値を報告する。
【0091】
図3の表示を使用して、プロセスパラメータを表2に示す。CASIMにおいて、鋼ストリップをV4でT4まで冷却し、次いで、5秒以内にT5まで加熱する。得られたミクロ組織及び引張特性を表3に示す。本発明のすべての鋼組成は、特定された処理パラメータの下でミクロ組織及び引張特性の要件を達成する。0.5%Crを含む鋼A79は、T4がMsを超えると、ベイナイト変態が十分でないため、必要な伸びを達成することができなかった(例13及び14)。しかしながら、T4がMs以下であると、ある程度のPMが形成され、その結果、ベイナイト変態が完了することができ、鋼ストリップが必要な特性を得る(例11及び12)。
【0092】
【表1】
【0093】
【表2】
【0094】
【表3】
図1(a)】
図1(b)】
図2
図3