(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-18
(45)【発行日】2025-02-27
(54)【発明の名称】ニオブ酸リチウム結晶薄膜の成膜方法およびニオブ酸リチウム結晶薄膜を含む積層体
(51)【国際特許分類】
C23C 14/08 20060101AFI20250219BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20250219BHJP
C23C 14/35 20060101ALI20250219BHJP
C30B 29/30 20060101ALI20250219BHJP
【FI】
C23C14/08 K
C23C14/34 N
C23C14/35 F
C30B29/30 A
(21)【出願番号】P 2023529181
(86)(22)【出願日】2021-06-18
(86)【国際出願番号】 JP2021023264
(87)【国際公開番号】W WO2022264426
(87)【国際公開日】2022-12-22
【審査請求日】2023-10-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】赤澤 方省
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-059341(JP,A)
【文献】特公昭58-029280(JP,B2)
【文献】国際公開第2005/045821(WO,A1)
【文献】特開2013-072099(JP,A)
【文献】特開平11-135475(JP,A)
【文献】特開2007-058194(JP,A)
【文献】特開平04-170396(JP,A)
【文献】特開平08-154033(JP,A)
【文献】特開2002-026687(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C
C30B
G02B
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子サイクロトロン共鳴(ECR)プラズマスパッタ法を用いて、c軸配向したニオブ酸リチウムの結晶薄膜を、基板の上に成膜する成膜方法であって、
前記基板を準備する工程と、
前記ECRプラズマスパッタ法を実施する成膜装置の成膜室を減圧したあと、ニオブ酸リチウムターゲットに電位を印加しない状態でアルゴンプラズマを発生させることにより、前記成膜装置の前記成膜室内の壁面に吸着した水分を離脱する工程と、
前記成膜装置の前記成膜室にアルゴンおよび酸素を供給しながらECRプラズマを発生させ、さらに前記ニオブ酸リチウムターゲットに高周波(RF)パワーを印加し、前記ニオブ酸リチウムターゲットの表面においてスパッタリング現象を発生させることにより、前記ニオブ酸リチウムターゲットの粒子を前記基板の上に堆積する工程と、
を備え、
前記基板が、
ZnO/SiO
2
であり、
前記基板を準備する工程が、
(111)配向したSiの単結晶を熱酸化することによって、前記Siの表層にSiO
2
を形成させた前記基板を作成する工程と、
ZnOを成膜する前記成膜装置の前記成膜室を減圧したあと、ZnターゲットまたはZnOターゲットに電位を印加しない状態でアルゴンプラズマを発生させることにより、前記ZnOを成膜する前記成膜装置の前記成膜室内の壁面に吸着した水分を離脱する工程と、
前記ZnOを成膜する前記成膜装置の前記成膜室内で、ECRプラズマを発生させ、さらに前記Znターゲットまたは前記ZnOターゲットにRFパワーを印加し、前記Znターゲットまたは前記ZnOターゲットの表面でスパッタリング現象を発生させることにより、前記ZnOの粒子を、400から500℃に加熱された前記SiO
2
上に堆積する工程と、
を備え、
前記ZnOの粒子を400から500℃に加熱された前記SiO
2
上に堆積する工程において、前記SiO
2
上に、c軸配向を有し、膜厚が70から100nmの前記ZnOの結晶性の膜が成膜されることを特徴とする、
ニオブ酸リチウム結晶薄膜の成膜方法。
【請求項2】
電子サイクロトロン共鳴(ECR)プラズマスパッタ法を用いて、c軸配向したニオブ酸リチウムの結晶薄膜を、基板の上に成膜する成膜方法であって、
前記基板を準備する工程と、
前記ECRプラズマスパッタ法を実施する成膜装置の成膜室を減圧したあと、ニオブ酸リチウムターゲットに電位を印加しない状態でアルゴンプラズマを発生させることにより、前記成膜装置の前記成膜室内の壁面に吸着した水分を離脱する工程と、
前記成膜装置の前記成膜室にアルゴンおよび酸素を供給しながらECRプラズマを発生させ、さらに前記ニオブ酸リチウムターゲットに高周波(RF)パワーを印加し、前記ニオブ酸リチウムターゲットの表面においてスパッタリング現象を発生させることにより、前記ニオブ酸リチウムターゲットの粒子を前記基板の上に堆積する工程と、
を備え、
前記基板が、(111)配向したチタン酸ストロンチウム(STO)の単結晶であり、
前記ニオブ酸リチウムターゲットの粒子を前記基板の上に堆積する工程は、前記STOの単結晶の温度が、350℃から550℃の範囲内に保持された状態で行われることを特徴とする、
ニオブ酸リチウム結晶薄膜の成膜方法。
【請求項3】
基板と、
前記基板の上に成膜されたc軸配向したニオブ酸リチウム結晶薄膜と、
を備えたニオブ酸リチウム結晶薄膜を含む積層体であって、
前記基板が、
(111)配向したチタン酸ストロンチウム(STO)の単結晶であり、
前記基板の上に成膜された前記c軸配向したニオブ酸リチウム結晶薄膜が、前記c軸配向したLiNb
3
O
8
とLiNbO
3
とが共存した混合膜であることを特徴とする、
ることを特徴とする、積層体。
【請求項4】
前記STOの単結晶が、Nbがドープされた、透明導電膜であることを特徴とする、請求項
3に記載の積層体。
【請求項5】
基板と、
前記基板の上に成膜されたc軸配向したニオブ酸リチウム結晶薄膜と、
を備えたニオブ酸リチウム結晶薄膜を含む積層体であって、
前記基板が、(111)配向したチタン酸ストロンチウム(STO)の単結晶であり、
前記STOの単結晶が、Nbがドープされた、透明導電膜であることを特徴とする、
積層体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、c軸配向したニオブ酸リチウム結晶薄膜の成膜方法、およびそのc軸配向したニオブ酸リチウム結晶薄膜を含む積層体に関する。
【背景技術】
【0002】
光学素子を一つの光回路の中に集積することは、近年の光通信デバイス開発における潮流である。とりわけ、相補型MOS(CMOS)回路と互換性のあるシリコンフォトニクスは、電子デバイスと光デバイスの機能を統合したシステムを構築する上で、重要なプラットフォームを提供する。
【0003】
シリコン(Si)とシリカ(SiO2)を主要な構成材料とする高屈折率差光導波路では、マイクロメータースケールの急峻な曲率で光導波路を湾曲させる、あるいはY分岐させることが可能である。そのため、限られた空間内における光信号の選択的な取り出しや、加算演算が実現できるという利点を有する。しかし、SiとSiO2のみで構成される光導波路の機能は、あくまで受動的なものに留まるため、光信号をより能動的に取り扱うためには、光回路の中に新たな機能素子を挿入することが必要となる。この新たに挿入する機能素子の候補材料には、強誘電性、電気光学効果、非線形光学効果、フォトリフラクティブ効果などの特性を有する、強誘電体材料が挙げられる。
【0004】
酸化リチウム Li2Oと酸化ニオブNb2O5を1:1のモル比で複合化したニオブ酸リチウム(LiNbO3:以下、LNと記す)は、単結晶の入手性が高く、代表的な強誘電体材料であるため、電気光学変調器、光偏向器、波長変換器等に応用されている。LN結晶の結晶系は三方晶系であり、その格子定数は、a=5.148Å、c=13.86Åである。LN結晶の特性を光導波路として最大限に引き出すためには、単結晶であることが好ましいが、基板上に形成した光導波路内にLN単結晶を挿入することは、技術的に困難である。従来までに報告されている例では、SiO2基板にLN結晶ウエハを貼り合わせた後、LN結晶をマイクロメーターオーダーの厚さまで研磨し、その後、フォトリソグラフィーとエッチングによって光導波路形状へ加工するという方法が挙げられる(例えば、非特許文献1参照)。しかし、このプロセスは、貼り合わせに高度な技術を要し、研磨にも時間が掛かるという問題があるため、生産には不向きである。
【0005】
一方、スパッタ法などの薄膜を成膜する方法は、配向性、および膜厚を制御した多結晶のLN結晶膜を基板上の任意の場所に形成できるという利点を有するが、LN多結晶は、LN単結晶に比べて、光学素子としての特性が劣るという欠点がある。しかし、LN多結晶であっても、配向を制御するなどにより、結晶性を単結晶に近づけられれば、多少の特性の低下を考慮したとしても実用に供される可能性が十分にある。このような観点から、LN多結晶の成膜に対する研究が、多数行われてきた。
【0006】
このようなLN多結晶の成膜に関する研究では、安価で汎用性が高いという理由から、基板としてSiが広く用いられてきた。しかし、Siは光吸収が大きいため、光導波路を形成するための基板としては不向きである。一方、SiO2は、光透過率が高く、波長633nmにおける屈折率も1.457と小さいため、光導波路のコアを構成するすべての材料に対して、クラッド層となり得る材料である。実際、SiO2の屈折率は、LN結晶の常光線屈折率n0=2.28、および異常光線屈折率ne= 2.20と比べても、はるかに小さい。したがって、コアとしてLN結晶を用いた光導波路においても、SiO2はクラッド層として有効な材料であり、SiO2基板上に成膜したLN結晶は、光学素子としての応用上、重要と言える。しかし、一般的に、SiO2基板上にLN結晶を成膜する場合、高い結晶性を有する膜を得ることは困難であり、必ずしもc軸配向したLN結晶の薄膜が得られるとは限らないことが知られている(例えば、非特許文献2参照)。
【0007】
LN結晶のc軸は、自発分極の方向と一致するため、光学素子としての機能を最大限に引き出すためには、その結晶方位を、選択的にc軸配向させることが求められる。これを実現する方法として、LN結晶と格子整合する単結晶基板上に成長させる方法が挙げられ、これまで、サファイアC面基板上にLN結晶のエピタキシャル膜を形成した多くの実験結果が報告されている(例えば、非特許文献3参照)。また、サファイアA面やR面上において結晶方位を制御した試みもある。その他にも、酸化マグネシウム(MgO)の単結晶であるMgO(111)や、MgO(100)の基板上にLN結晶のエピタキシャル膜を成長させた例が報告されている(例えば、非特許文献4参照)。しかし、入手性の高いMgO基板は、通常、その大きさが10×10mm程度に限られるため、光学素子としての実用化には不向きである。
【0008】
加えて、光学素子として機能させる上でLN結晶に電界を印加する必要がある場合、基板は、高い光透過率だけでなく、高い導電率も有していることが好ましい。これに対し、上述したSiO2やサファイアは絶縁性が高いため、これらの基板上にLN結晶膜を成膜した場合、電極はLN結晶上に横に並べて配置せざるを得ない。このような構成を有する光学素子は、印加できる電界の大きさに関して自ずと限界があるため、光偏向器や光変調器等、高い電界が必要になる光学素子への応用は困難である。一方、高い導電率を有する基板上へLN結晶を成膜すれば、基板は下部電極として作用するため、LN結晶の上部に電極を形成することで、高い電界を確保することができる。これは、ポーリングによって強誘電体ドメインの分極方向を揃える上でも有利である。このような試みとして、Si(111)基板上に、白金(Pt)の単結晶であるPt(111)のエピタキシャル膜や、MgO(100)基板上にPt(100)エピタキシャル膜を成膜し、さらに、その上にLN結晶を成膜した例が報告されている(例えば、非特許文献4)。しかし、このように金属膜上にLN膜を直接成膜すると、LN結晶の膜中を伝搬する光ビームと金属膜が干渉し、光の強度が減衰する可能性があるため、LN結晶の膜厚を厚くする必要がある。このような観点から、金属膜の代わりに、例えば、ITOなどの透明導電膜を用いることが考えられるが、この場合、LN結晶の結晶方位がランダムな配向になることが報告されている(例えば、非特許文献5)。
【0009】
このように、LN結晶を光学素子として適用するにあたり、c軸配向したLN結晶の薄膜を、高い光透過率を有する基板上に成膜することが望まれる。とりわけ、LN結晶に電界を印加する場合を考慮すると、基板は、更に高い導電率を有することが好ましい。しかし、このような条件を満たす基板に対し、c軸配向したLN結晶膜を成膜する技術であって、光学素子への実用化に適したものは、現状では報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】P. Rabiei and P. Gunter, Optical and electro-optical properties of submicrometer lithium niobate slab waveguides prepared by crystal ion slicing and wafer bonding, Appl. Phys. Lett. 85 (2004) 4603-4605.
【文献】C. H. J. Huang, and T. A. Rabson, Low-loss thin-film LiNbO3 optical waveguide sputtered onto a SiO2/Si substrate, Opt. Lett. 18 (1993) 811-813.
【文献】K. Nashimoto, M. J. Cima, P. C. McIntyre, and W. E. Rhine, Microstructure development of sol-gel derived epitaxial LiNO3 thin films, J. Mater. Res. 10 (1995) 2564-2572.
【文献】S. Ono and S. Hirano, Processing of highly oriented lithium niobate films throgh chemical solution deposition, J. Mater. Res. 16 (2001) 1155-1162.
【文献】H. Akazawa and M. Shimada, Factors driving c-axis-orientation and disorientation of LiNbO3 thin films deposited on TiN and indium tin oxide by electron cyclotron resonance plasma sputtering, J. Appl. Phys. 99 (2006) 124103.
【文献】H. Akazawa and M. Shimada, Mechanism for LiNb3O8 phase formation during thermal annealing of crystalline and amorphous LiNbO3 thin films, J. Mater. Res. 22 (2007) 1726-1736.
【発明の概要】
【0011】
本開示は、このような課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、光学素子として適用するためのLN結晶の薄膜であって、高い光透過率と、LN結晶と大きい屈折率差を有する基板上に、c軸配向したLN結晶を成膜する方法およびその積層体を提供することである。
【0012】
上記の課題を解決するために、本開示では、電子サイクロトロン共鳴(ECR)プラズマスパッタ法を用いて、c軸配向したニオブ酸リチウムの結晶薄膜を、基板の上に成膜する成膜方法であって、基板を準備する工程と、ECRプラズマスパッタ法を実施する成膜装置の成膜室を減圧したあと、ニオブ酸リチウムターゲットに電位を印加しない状態でアルゴンプラズマを発生させることにより、前記成膜装置の前記成膜室内の壁面に吸着した水分を離脱する工程と、成膜装置の成膜室にアルゴンおよび酸素を供給しながらECRプラズマを発生させ、さらにニオブ酸リチウムターゲットに高周波(RF)パワーを印加し、ニオブ酸リチウムターゲットの表面においてスパッタリング現象を発生させることにより、ニオブ酸リチウムターゲットの粒子を前記基板の上に堆積する工程とを備え、基板が、ZnO/SiO2、Zカットクォーツ、または(111)配向したチタン酸ストロンチウム(STO)の単結晶のいずれかであり、ニオブ酸リチウムターゲッの粒子を基板の上に堆積する工程において、基板の上にc軸配向した前記ニオブ酸リチウムの結晶薄膜が成膜されることを特徴とする、ニオブ酸リチウム結晶薄膜の成膜方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本開示による、ECRプラズマスパッタ法を用いてSiO
2基板上にLN結晶膜を成膜する方法を示したフローチャートである。
【
図2】ECRプラズマスパッタ法により、様々な成膜温度、および酸素流量で、SiO
2上に成膜したLN結晶のXRDパターンを示す図である。
【
図3】本開示の一実施形態による、SiO
2上にバッファ層としてZnOを成膜し、その上にc軸配向したLN結晶を成膜する方法を示したフローチャートである。
【
図4】本開示の一実施形態において、ZnOの成膜温度が500℃、膜厚が70nmであるZnO/SiO
2の上に、LN結晶を成膜した積層体のXRDパターンを示す図である。
【
図5】本開示の一実施形態において、ZnOの成膜温度が500℃、膜厚が10nmであるZnO/SiO
2の上に、LN結晶を成膜した積層体のXRDパターンを示す図である。
【
図6】本開示の一実施形態において、ZnOの成膜温度が400℃、膜厚が70nmであるZnO/SiO
2の上に、LN結晶を成膜した積層体のXRDパターンを示す図である。
【
図7】本開示の一実施形態による、Zカットクォーツ上にc軸配向したLN結晶を成膜する方法を示したフローチャートである。
【
図8】本開示の一実施形態において、Zカットクォーツ基板上にLN結晶を成膜した積層体のXRDパターンを示す図である。
【
図9】本開示の一実施形態による、Zカットクォーツ上にc軸配向したLN結晶を成膜する方法を示したフローチャートである。
【
図10】本開示の一実施形態において、Zカットクォーツ基板上にLN結晶を成膜した積層体のXRDパターンを示す図である。
【
図11】本開示の一実施形態による、STO(111)上にc軸配向したLN結晶膜を成膜する方法を示したフローチャートである。
【
図12】本開示の一実施形態において、STO(111)上にLN結晶を成膜した積層体のXRDパターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。高い光透過率と、LN結晶と大きい屈折率差を有する基板上に、c軸配向したLN結晶を成膜するためには、その基板の選定が重要である。本開示の一実施形態では、基板として、SiO2上にスパッタ法を用いて酸化亜鉛(ZnO)をバッファ層として成膜した2層体(以下、ZnO/SiO2と記す)、Zカットクォーツ、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3:以下、STOと記す)単結晶の3種を選定した。以下に、各基板材料の特徴と選定理由を記す。
【0015】
スパッタ法により成膜されたZnOは、成膜時の基板の温度が室温であったとしても、多くの基板上で強くc軸配向する傾向がある。ZnOの結晶は、六方晶系の結晶系に属するウルツ鉱型結晶構造を有し、その格子定数は、a=3.25Åである。もし、LN結晶のC面がバッファ層であるZnOに対して60°回転して成長するなら、その単位格子の長さは5.63Åとなり、LN結晶の格子定数、a=5.148Åとほぼ一致する。したがって、ZnO上へのLN結晶膜の成長は、エピタキシャル成長とは言えないまでも、LN結晶の格子整合成長を促進し、c軸配向したLN結晶膜の成膜が期待される。
【0016】
ZカットクォーツはSiO2を主成分とする水晶の一種であり、Quartz(0001)に優先配向した単結晶材料である。そして、その格子定数は、a=4.91Å、c=5.41Åであるため、ZカットクォーツのQuartz(0001)面は、LN結晶のC面(格子定数a=5.148Å)に対して、格子定数差は約5%と小さい。したがって、6回対称の結晶構造と同様な格子定数により、LN結晶膜はZカットクォーツのQuartz(0001)面上に、エピタキシャル成長することが期待できる。また、Zカットクォーツは、上述の通り、SiO2を成分とするため、波長633nmの光に対する屈折率は、SiO2とおなじn0=1.544、ne=1.553である。したがって、Zカットクォーツは、LN結晶をコアとした光導波路において、クラッド層として機能する。
【0017】
STO結晶は、AサイトをSr、BサイトをTiが占有する立方晶の構造を有しており、その格子定数は、a=3.905Åである。STO(111)表面は、酸素原子が六方格子状に配列した構造を持ち、酸素原子間距離は5.52Åである。この値は、LN結晶の格子定数a=5.148Åに対し、格子定数差は約7%と小さいため、LN結晶は、STO(111)表面上に成膜した場合、エピタキシャル成長することが期待される。
【0018】
このように、LN結晶がc軸配向することが見込まれる基板に対し、本開示では、電子サイクロトロン共鳴(Electron Cyclotron Resonance:以下、ECRと記す)プラズマスパッタ法により、LN結晶を成膜する。上述した3種の各基板に対し、c軸配向したLN結晶を成膜する方法を述べるに先立ち、SiO2基板に直接LN結晶を成膜し、その結晶方位が成膜条件に対して、どのように変化するかについて評価した内容を説明する。
【0019】
図1は、本開示による、ECRプラズマスパッタ法を用いてSiO
2基板上にLN結晶膜を成膜する方法を示したフローチャートである。本開示による、SiO
2基板上にLN結晶を成膜する方法は、Si(111)単結晶を熱酸化することによって表層にSiO
2を形成させた基板を作成する工程11と、LN結晶の成膜を行う成膜装置において、成膜室を真空ポンプにより減圧したあと、LNターゲットに電位を印加しない状態でアルゴンプラズマを発生させ、成膜室内の壁面に吸着した水分を離脱する工程12と、ECRプラズマを発生させ、さらにLNターゲットに高周波(Radio Frequency:以下、RFと記す)パワーを印加することにより、LNターゲット表面でスパッタリング現象を発生させ、LNターゲットから放出した粒子を、基板上に堆積する工程13を含む。ここでは、一例として、工程1におけるSiO
2は、膜厚500nmとした。また、工程12において、成膜室の到達真空度は9×10
-5Paとした。さらに、工程13において、ECRプラズマを発生させるためのマイクロ波のパワーは500Wとし、LNターゲットに印加するRFのパワーも500Wとした。また、工程13において、基板はヒーター上に設置し、基板および成長する薄膜を所望の温度(以下、成膜温度という)に保持して成膜を行った。加えて、成膜されるLN結晶の酸化度を保つため、成膜室内には、スパッタガスであるアルゴンに加え、酸素を供給した。尚、アルゴンの流量は8sccmで固定とした。
【0020】
このような方法において、成膜温度および酸素流量を変動させ、それに伴うLN結晶の結晶性の変化を評価した。成膜温度は400~460℃、酸素流量は0.5~3.0sccmの範囲で変動させた。なお、LN結晶の膜厚は、いずれの条件においても1μmである。また、結晶性の評価は、X線回折(X-Ray Diffraction:以下、XRDと記す)法による、結晶構造分析とした。なお、本手法で用いた特性X線は、CuKα線であり、スキャンモードはθ/2θである。
【0021】
図2に、ECRプラズマスパッタ法により、様々な成膜温度、および酸素流量で、SiO
2上に成膜したLN結晶のXRDパターンを示す。成膜温度を400℃、酸素流量を0.5sccmとした場合、成膜したLN結晶のXRDパターンでは、c軸配向に対応するLN(006)のピーク強度よりも、c軸配向に対応しないLN(122)のピーク強度の方が強い。したがって、この条件で成膜したLN結晶は、c軸配向が弱いことが伺える。一方、同じ酸素流量で、成膜温度を460℃に上げたところ、LN(006)のピーク強度が著しく増大した。同じXRDパターン中において2番目に強いLN(202)のピーク強度は、LN(006)のピーク強度よりも1桁小さいため、この条件で成膜されたLN結晶は、c軸配向したLN結晶であると言える。なお、成膜温度を460℃に上げても、Liが欠損したLiNb
3O
8相に対応するピークは検出されていない。更に、成膜温度を460℃としたまま、酸素流量を1.5sccmに増加させると、LN結晶のXRDパターンは、LN(006)のピーク強度が維持されたまま、LN(202)の ピークが検出されなくなる様子が見られ、よりc軸配向が強くなっている様子が認められる。一方、同じ成膜温度460℃で、酸素流量を3sccmまで増大させると、LN(006)のピーク強度は著しく減少し、LN(012)、LN(110)、LN(202)、LN(116)、LN(122)など、方位が異なるピークが多数検出され、ランダムな配向を有する多結晶となっている様子が認められた。これは、薄膜成長表面において酸素過剰となり、成長するLN結晶の格子間位置に酸素が存在することによって、LN結晶が様々な方位に向いた多数の結晶子に分かれたことを意味する。
【0022】
以上のことから、上述した方法によって、SiO2基板上にc軸配向したLN結晶膜を成膜することが可能あり、成膜温度が460℃の場合、酸素流量が0.5~1.5sccmの範囲において、c軸配向したLN結晶が得られることが分かる。尚、上述した通り、通常SiO2上にLNをスパッタ法で成膜した場合、c軸配向させることは困難とされているが、本開示では、アモルファスであるSiO2上に成膜したLN結晶膜の配向がc軸方向に揃った膜が成膜された。これは、LN膜表面を最密充填のC面で終端することにより表面エネルギーを最小化することに起因すると考えられる。そして、上述した、本開示における成膜方法では、酸素流量が0.5~1.5sccmと比較的低い場合において、この条件に合致していたことになる。ただし、光学素子としての適用を考えた場合、c軸配向がさらに強いLN結晶が求められる。また、上述した様に、LN結晶に電界を印加する必要がある場合、SiO2は基板として不向きである。そこで、本開示では、上述した3種の各基板を用い、c軸配向がより強いLN結晶を成膜する方法を提案する。以下に、その各々の基板を用いた実施形態について説明する。
【0023】
(第1の実施形態)
以下に、本開示における第1の実施形態を、図面を参照して説明する。本実施形態は、SiO2上にバッファ層としてZnOを成膜したZnO/SiO2を基板とし、ZnO上に、c軸配向したLN結晶膜を成膜する例である。
【0024】
図3は、本開示の一実施形態による、SiO
2上にバッファ層としてZnOを成膜し、その上にc軸配向したLN結晶を成膜する方法を示したフローチャートである。本実施形態によるLN結晶の成膜方法は、Si(111)単結晶を熱酸化することによって表層にSiO
2を形成させた基板を作成する工程31と、バッファ層であるZnOを成膜する成膜装置において、成膜室を真空ポンプにより減圧したあと、Znターゲットに電位を印加しない状態でアルゴンプラズマを発生させ、成膜室内の壁面に吸着した水分を離脱する工程32と、ZnOを成膜する成膜装置の成膜室内で、酸素を供給しながらECRプラズマを発生させ、さらにZnターゲットにRFパワーを印加することによって、Znターゲット表面においてスパッタリング現象を発生させ、酸化したZnターゲット表面から放出した粒子をSiO
2上に堆積する工程33と、LN結晶膜を成膜する成膜装置において、成膜室を真空ポンプにより減圧したあと、LNターゲットに電位を印加しない状態でプラズマを発生させ、成膜室内の壁面に吸着した水分を離脱する工程34と、LNを成膜する成膜装置の成膜室内でECRプラズマを発生させ、さらにLNターゲットにRFパワーを印加することによって、LNターゲット表面においてスパッタリング現象を発生させ、LNターゲットから放出した粒子をZnO上に堆積する工程35とを含む。本実施形態では、一例として、工程31において用いられるSi(111)の大きさは4インチのとし、形成されるSiO
2の膜厚は140nmとした。また、工程33で行われるECRプラズマスパッタ法は、酸素を用いた反応性スパッタ法とし、成膜温度は400℃および500℃、ZnOの膜厚は10nmおよび70nmとした。なお、工程34および工程35における、LN結晶の成膜は、上述したSiO
2上にLN結晶を形成した場合と同じ条件とした。ただし、成膜温度および酸素流量は、SiO
2上にLN結晶を形成した場合において最もc軸配向が強いLN結晶が成膜できた条件(それぞれ460℃、1.5sccm)で固定した。成膜したLN結晶膜の膜厚は1μmである。
【0025】
このようにして、ZnO/SiO2上に成膜されたLN結晶の結晶性を、XRDを用いて評価した。なお、本実施形態では、スキャンモードをθ/2θとした測定に加え、LN結晶の薄膜表面に対し、X線の入射角を1.5°としたまま、検出器の2θ角のみをスキャンする斜入射X線回折(Grazing Incident X-ray Diffraction:以下、GIXRDと記す)パターンの取得も行った。また、検出された一部のピークに対して、ロッキングカーブの取得を行い、その形状および半値幅から、配向性の評価を、より詳細に行った。
【0026】
図4は、本開示の一実施形態において、ZnOの成膜温度が500℃、膜厚が70nmであるZnO/SiO
2の上に、LN結晶を成膜した積層体のXRDパターンである。
図4(a)はスキャンモードをθ-2θとしたXRDパターン、
図4(b)はGIXRDパターン、
図4(c)は、LN(006)とZnO(002)のピークに対するロッキングカーブを、それぞれ示している。
図4(a)に示される通り、バッファ層であるZnOのc軸方向に相当するZnO(002)のピークは、1×10
5カウントと高強度で検出されている。一方、他に検出されたZnOに由来するピークは、ZnO(102)、ZnO(110)、ZnO(103)、ZnO(004)などが検出されたが、これらのピーク強度は、ZnO(002)のそれと比較しても2桁以上小さい。このことから、本実施形態により、バッファ層として成膜した膜厚70nmのZnOは、強くc軸配向した膜であると言える。また、
図4(a)において、LN結晶に関するピークは、LN(006)しか検出されていないことから、成膜したLN結晶はZnO(002)を反映し、強くc軸配向していることが伺える。一方、
図4(b)に示されるGIXRDパターンにおいては、LiNb
3O
8(-602)、LN(006)、LN(116)などのピークも検出されている。これは、c軸とは異なる方位を有する結晶子も混入していることを示している。しかし、
図4(c)に示す、LN(006)とZnO(002)のロッキングカーブでは、いずれも半値幅は10°程度であり、このことから、本実施形態により膜厚70nmのZnO上に形成したLN結晶膜は、ある程度のc軸配向を有していることが示唆される。
【0027】
図5は、本開示の一実施形態において、ZnOの成膜温度が500℃、膜厚が10nmであるZnO/SiO
2の上に、LN結晶を成膜した積層体のXRDパターンである。
図5(a)はスキャンモードをθ-2θとしたXRDパターン、
図5(b)はGIXRDパターン、それぞれ示している。
図4に示した、ZnOの膜厚が70nmの場合に比べ、ZnO(002)のピークの強度は、1×10
3カウントと2桁程度弱く、LN結晶に由来するピークも、LN(012)、LN(104)、LN(116)、LN(018)といった、結晶方位がc軸でないピークが、LN(006)と同程度のピーク強度で多数検出されている。さらに、
図5(b)に示されるGIXRDパターンにおいて、これら回折ピークがθ/2θスキャンの場合と同程度のピーク強度を有していることが分かる。このことから、ZnOの膜厚が10nmであるZnO/SiO
2上に成膜したLN結晶は、ZnOのc軸配向の影響をほとんど受けず、ランダムな配向を有するように結晶成長したことが示唆される。SiO
2上にZnOをスパッタ法によって成膜した際の一般的な傾向として、初期段階の結晶性が最も悪く、膜厚が増加するにつれて、膜上部の結晶性が向上することが知られている。したがって、本実施形態においても、ZnOの膜厚が10nmの場合では、その膜厚が薄かったため、ZnOのc軸配向が弱く、むしろLN成長表面の表面粗さを増大させるように作用したために、LN結晶もそれに伴って、ランダムな配向を有する多結晶構造になったものと考えられる。
【0028】
図6は、本開示の一実施形態において、ZnOの成膜温度が400℃、膜厚が70nmであるZnO/SiO
2の上に、LN結晶を成膜した積層体のXRDパターンである。
図6(a)はスキャンモードをθ-2θとしたXRDパターン、
図6(b)はGIXRDパターン、
図6(c)は、LN(006)とZnO(002)のピークに対するロッキングカーブを、それぞれ示している。
図6(a)に示される通り、ZnO、LN結晶ともに、検出された回折ピークは、全てc軸方向に関するピークであり、ZnO、およびLN結晶ともに、成膜温度が500℃の場合に比べて、c軸配向が更に強くなっている様子が認められる。また、
図6(b)のGIXRDパターンにおいて、LN結晶に由来するピークが、微弱なLN(006)が検出されたのみであったことからも、このLN結晶が強くc軸配向していることが示唆される。さらに、
図6(c)に示すZnO(002)およびLN(006)のロッキングカーブは、ガウス分布上の形状を呈しており、半値幅もそれぞれ6°、および4°と小さいことから、高い結晶性を有していると考えられる。すなわち、ZnOの成膜温度を400℃とすることにより、成膜温度が500℃の場合に比べ、さらにc軸配向の強いLN結晶が成膜されたと言える。これは、ZnOの成膜温度が低くなったことにより、成膜されたZnOの表面粗さが低減され、かつ70nmと、強いc軸配向を有するに十分な膜厚を有していたために、これに伴ってLN結晶も、c軸配向が強くなったと考えられる。
【0029】
以上のことから、成膜温度400~500℃で、70nmの膜厚を有するZnOをSiO2上に成膜したZnO/SiO2を基板とし、ECRプラズマスパッタ法を用いてLN結晶膜を成膜することによって、強くc軸配向したLN結晶が成膜できる。ZnOは、光透過率が高いため光損失が少ない。そのため、本実施形態によって成膜されたLN/ZnO/SiO2積層体は、LN結晶をコアとする光導波路に応用することができる。
【0030】
また、本実施形態において、ZnOの膜厚は70nmとしたが、70~100nmであれば、同様の効果を奏する。これ以上厚い場合は、ZnOの表面粗さが増大する、SiO2との線膨張係数差による内部応力が増大するという問題が生じ得る。逆に、これ以下の膜厚の場合、ZnOの結晶性が低く、その上に成膜するLN結晶が、強いc軸配向を示さないことが考え得る。
【0031】
加えて、本実施形態においては、ZnOの成膜方法としては、酸素を用いた反応性スパッタ法としたが、ZnOターゲットとアルゴンを用いたスパッタ法であっても、同様の効果を奏する。
【0032】
また、本実施形態においては、ZnOを結晶構造が崩れない程度に還元してもよい。こうすることにより、ZnOは透明導電膜となるため、高い光透過率を維持したまま、高い導電率を有することが可能となる。これは、還元により生成した酸素空孔が、2個の電子を放出するドナー順位を形成するためである。ZnOを還元する方法としては、例えば、ZnOのスパッタ法による成膜において、ZnOターゲットを用い、スパッタガスにアルゴンに加えて、水素を導入するなどの方法が用いられ得る。
【0033】
さらに、ZnOにアルミニウム(Al)、またはガリウム(Ga)をドープし、AZO、またはGZOとすることによって、さらに導電率を高くすることも可能である。これは、ドープしたAlやGaがZnOのZnサイトに置換型固溶することにより、1個の電子を放出するドナー順位を形成するためである。ZnOにAlやGaをドープする方法としては、例えば、ZnOのスパッタ法による成膜において、ターゲットをAZOまたはGZOとする方法が用いられ得る。
【0034】
このように、ZnOに高い導電率を付与すれば、例えば、上部にもZnO膜を成膜し、LN結晶をZnOの透明電極で挟んだサンドイッチ構造とすることによって、電気光学効果を利用した導波路型素子へ応用することができる。
【0035】
(第2の実施形態)
以下に、本開示における第2の実施形態を、図面を参照して説明する。本実施形態は、c軸配向したZカットクォーツを基板とし、その上にc軸配向したLN結晶膜を成膜する例である。
【0036】
図7は、本開示の一実施形態による、Zカットクォーツ上にc軸配向したLN結晶を成膜する方法を示したフローチャートである。本実施形態による、Zカットクォーツ上にc軸配向したLN結晶を成膜する方法は、c軸配向したZカットクォーツ基板を準備する工程71と、LN結晶を成膜する成膜装置において、成膜室を真空ポンプにより減圧したあと、LNターゲットに電位を印加しない状態でアルゴンプラズマを発生させ、成膜室内の壁面に吸着した水分を離脱する工程72と、ECRプラズマを発生させ、さらにLNターゲットにRFパワーを印加することによって、LNターゲット表面においてスパッタリング現象を発生させ、LNターゲットから放出した粒子を、Zカットクォーツ基板上に堆積する工程73とを含む。本実施形態におけるZカットクォーツ基板の大きさは3インチとした。また、LN結晶の成膜方法は、ECRプラズマスパッタ法とし、成膜条件は、上述したSiO
2上にLN結晶膜を形成した場合において、最も強くc軸配向したLN結晶を得た条件、すなわち、成膜温度が460℃、酸素流量が1.5sccmと、同じ条件した。LN結晶の膜厚は、第1の実施形態と同様に、1μmである。このような方法で成膜されたLN結晶膜に対し、第1の実施形態と同様に、XRDを用いて結晶性の評価を行った。
【0037】
図8は、本開示の一実施形態において、Zカットクォーツ基板上にLN結晶を成膜した積層体のXRDパターンである。
図8(a)はスキャンモードをθ-2θとしたXRDパターン、
図8(b)はGIXRDパターン、
図8(c)は、LN(006)のピークに対するロッキングカーブを、それぞれ示している。なお、図中に示したQの表記は、Quartzを略記したものである。
図8(a)に示される通り、Zカットクォーツに由来する回折ピークは、Q(001)、Q(002)、Q(003)、Q(004)であり、c軸方向に対応するピークが主に検出された。このことから、本実施形態で用いたZカットクォーツ基板は、強くc軸配向していることが確認された。これは、
図8(b)のGIXRDパターンにおいても、Zカットクォーツに由来するピークが検出されていないことからも立証される。一方、LN結晶に由来する回折ピークは、c軸方向に相当するLN(006)が最も強く、ピーク強度は2×10
4カウントに達していることから、このLN結晶は、基板の影響を受け、c軸配向した結晶であると言える。ただし、c軸方向に相当しないLN(202)、LN(018)、LN(10
10)のピークも微弱ながら検出されており、結晶性に多少の乱れがある様子も伺える。さらに、
図8(b)のGIXRDパターンにおいても、LN(104)、LN(116)、LN(018)、LN(208)、LN(10
10)、LN(128)といった、c軸方向に相当しないピークが検出されている。このことから、本実施形態により、Zカットクォーツ基板上に成膜したLN結晶膜は、c軸配向はしているものの、c軸方向に相当しない結晶子も膜中に共存した状態になっていると考えられる。
【0038】
このような方法を用いることにより、一部c軸方向に相当しない結晶子が共存するものの、Zカットクォーツ基板上にc軸配向したLN結晶を成膜することが可能となる。上述の通り、Zカットクォーツは、組成としてはSiO2であるため、その屈折率はSiO2と同じ、n=1.54である。したがって、SiO2に直接LN結晶が成膜された構造が要求されるような場合、SiO2の屈折率を維持しながら、c軸配向したLN結晶の特性が反映された光導波路を提供できる。
【0039】
(第2の実施形態の変形例)
上述の通り、第2の実施形態による成膜方法を用いれば、Zカットクォーツ基板上にc軸配向したLN結晶膜を成膜することが可能であるが、このLN結晶膜は、c軸方向に相当しない結晶子が共存した状態であり、結晶性は高くはない。しかし、第2の実施形態による成膜方法に、固相結晶化の工程を加えれば、LN結晶の結晶性を向上させることが可能である。以下にその詳細を説明する。
【0040】
図9は、本開示の一実施形態による、Zカットクォーツ上にc軸配向したLN結晶を成膜する方法を示したフローチャートである。
図9に示す方法は、
図7に示した方法の後に、Zカットクォーツ基板上にLN結晶が成膜された積層体に対し、固相結晶化を目的とした熱処理を実施する工程74を更に含む。ここでは、工程73の成膜時における成膜温度は室温とし、固相結晶化のための熱処理の温度は600℃、保持時間は1時間とした。このような方法で成膜された、Zカットクォーツ基板上にLN結晶が成膜された積層体に対し、第1の実施形態と同様に、XRDによる結晶性の評価を行った。
【0041】
図10は、本開示の一実施形態において、Zカットクォーツ基板上にLN結晶を成膜した積層体のXRDパターンである。
図10(a)はスキャンモードをθ-2θとしたXRDパターン、
図10(b)はGIXRDパターン、
図10(c)は、LN(006)のピークに対するロッキングカーブを、それぞれ示している。
図10(a)に示される通り、上記のような工程74を加えた方法で成膜されたLN結晶膜のXRDパターンは、
図8(a)と同様に、LN結晶に由来する回折ピークは、LN(006)が主であるが、LN(018)やLN(10
10)の回折ピークも僅かに検出されている。また、
図10(b)のGIXRDパターンにおいても、
図8(b)と同様に、c軸方向に相当しない回折ピークが検出されている。すなわち、本実施形態によって成膜されたLN結晶は、第2の実施形態で述べた、工程74を含まない方法で成膜したLN結晶膜と同様に、c軸方向に相当しない結晶子が共存した状態にあると言える。しかし、LN(006)のピーク強度は5×10
4カウントであり、
図8(a)のそれと比較すると、2倍以上の強度を示している。加えて、
図10(c)のロッキングカーブにおいても、
図8(c)に示したものに比べて半値幅が狭く、ω=19.5°を中心とするブラッグ反射を示していることが分かる。このことから、成膜温度を室温とし、更に工程74の熱処理を加えることによって、よりc軸配向が強く、結晶性が向上したLN結晶を、Zカットクォーツ基板上に成膜するができる。なお、
図10(a)において、LiNb
3O
8に由来するLiNb
3O
8(-602)の回折ピークが検出されていることから、このLN結晶膜にはLiNb
3O
8が混入していると考えられる。これは、熱処理によりLN結晶中のLiが、Li
2Oの形で一定割合蒸発したことに起因すると考えられる(例えば、非特許文献6参照)。
【0042】
なお、本例においては、LN結晶の成膜温度は室温としたが、LNがECRプラズマスパッタ法による成膜時において結晶化しない温度範囲、すなわち、室温から300℃の範囲であれば、同様の効果を奏する。また、成膜後の熱処理の温度は、本実施形態では600℃としたが、500から650℃の範囲であれば、同様の効果を奏する。これ以下の温度では、LN結晶膜の結晶化が不十分であり、逆にこれ以上の温度で熱処理をすると、LN結晶中のLiの再蒸発が生じる。
【0043】
(第3の実施形態)
以下に、本開示における第2の実施形態を、図面を参照して説明する。本実施形態は、STO(111)単結晶を基板とし、その上にc軸配向したLN結晶膜を成膜する例である。
【0044】
図11は、本開示の一実施形態による、STO(111)上にc軸配向したLN結晶膜を成膜する方法を示したフローチャートである。本実施形態による、STO(111)上にc軸配向したLN結晶膜を成膜する方法は、STO(111)の単結晶基板を準備する工程111と、LN結晶を成膜する成膜装置において、成膜室を真空ポンプにより減圧したあと、LNターゲットに電位を印加しない状態でアルゴンプラズマを発生させ、成膜室内の壁面に吸着した水分を離脱する工程112と、ECRプラズマを発生させ、さらにLNターゲットにRFパワーを印加することによって、LNターゲット表面においてスパッタリング現象を発生させ、LNターゲットから放出した粒子を、STO(111)上に堆積する工程113とを含む。本実施形態において、工程113に示したLN結晶の成膜において、成膜温度は350℃とした。酸素流量など、その他の成膜条件は、第1の実施形態および第2の実施形態における、LN結晶の成膜条件と同じとした。また、LN結晶の膜厚も1μmで同じとした。このようにして、STO(111)上に成膜されたLN結晶に対し、第1の実施形態、および第2の実施形態と同様に、XRDを用いて結晶性の評価を行った。
【0045】
図12は、本開示の一実施形態において、STO(111)上にLN結晶を成膜した積層体のXRDパターンである。
図12(a)はスキャンモードをθ-2θとしたXRDパターン、
図12(b)はGIXRDパターン、
図12(c)は、LiNb
3O
8(-602)のピークに対するロッキングカーブを、それぞれ示している。
図12(a)に示される通り、LN結晶に由来する回折ピークとしては、LN(006)のみが検出され、LN結晶がc軸配向していることが分かる。また、LiNb
3O
8に由来する、LiNb
3O
8(-301)、およびLiNb
3O
8(-602)の回折ピークも検出されている。上述の通り、本実施形態におけるLN結晶膜の成膜条件は、第1の実施形態および第2の実施形態と大きくは変わらない。したがって、STO(111)の場合に限って限定されたLiNb
3O
8の生成は、成膜プロセスに起因するものではないと考えられ、堆積したLN結晶膜とSTOとの化学的な相互作用(例えば、Li原子がSTO内に拡散する等)により、生じたものと考えられる。なお、LN(006)面とLiNb
3O
8(-602)面はエピタキシャル関係にあるため(例えば、非特許文献6参照)、両者が共存することは自然である。すなわち、本実施形態によって成膜された膜は、LiNb
3O
8とLNが共存した混合膜(以下、LiNb
3O
8/LNと記す)であると言える。また、
図12(b)のGIXRDパターンにおいて、c軸方向に相当する回折ピークが全く検出されていないこと、
図12(c)に示すロッキングカーブにおいて、半値幅が1.5°のシャープな分布が観測されていることから、このLiNb
3O
8/LNは、エピタキシャル成長をしていることが認められた。
【0046】
以上のことから、本実施形態により、c軸配向したLiNb
3O
8/LNのエピタキシャル膜を成膜することが可能であると言える。なお、成膜温度は350~550℃の間であれば、成膜したLiNb
3O
8/LN結晶膜のXRDパターンが、
図12(a)と同様な回折パターンを示すことを確認している。すなわち、本実施形態によるLiNb
3O
8/LN結晶膜の成膜方法において、成膜温度は350~550℃の間であれば、同様の効果を奏する。
【0047】
なお、本実施形態において基板として用いたSTOに、結晶構造が崩れない程度のニオブ(Nb)をドープすることにより、STOを透明導電膜とすることによって、導電率を高くすることが可能である。このような構成とすることにより、電気光学効果を利用した導波路型デバイスへ応用することができるようになる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
LN結晶をコアとして用いた導波路型の光学素子において、従来よりも信号光の伝送効率が高い素子としての実用化や、電気光学効果を利用した素子としての実用化が見込める。