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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-18
(45)【発行日】2025-02-27
(54)【発明の名称】巻鉄心およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 27/245 20060101AFI20250219BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20250219BHJP
【FI】
H01F27/245 155
H01F41/02 A
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2024553483
(86)(22)【出願日】2024-05-31
(86)【国際出願番号】 JP2024020114
【審査請求日】2024-09-06
(31)【優先権主張番号】P 2023090265
(32)【優先日】2023-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100120499
【弁理士】
【氏名又は名称】平山 淳
(72)【発明者】
【氏名】水村 崇人
(72)【発明者】
【氏名】茂木 尚
(72)【発明者】
【氏名】高橋 克
【審査官】五貫 昭一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/092096(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 27/245
H01F 41/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
折り曲げられた鋼板を積層してなる巻回形状の巻鉄心であって、
前記巻鉄心は、前記鋼板の面に沿った方向から前記巻回形状を見た側面視において、平面部と、前記平面部に隣接するコーナー部とをそれぞれ四つ有することにより、
中心に中空部を有する矩形形状に形成され、
前記鋼板は一層毎に巻回方向の端部同士が突合せられた接合部を少なくとも1つ有し、
一層毎の前記鋼板の前記接合部において鋼板の相対する端部の間に空隙が存在し、
前記鋼板の面と直交し且つ前記巻回方向に沿った断面において、少なくとも1つの任意の鋼板の前記空隙と前記任意の鋼板に隣接して積層された鋼板の前記空隙との位置関係に応じて規定される所定領域において、1箇所または複数箇所に鋼板の板厚方向に10MPa以上の引張応力が導入された、巻鉄心。
【請求項2】
一層毎の前記鋼板の前記接合部は前記平面部に配置され、各層の前記鋼板の前記接合部は前記平面部の延在する方向において周期的にずれて配置された、請求項1に記載の巻鉄心。
【請求項3】
鋼板が積層された巻鉄心において、前記所定領域内に前記板厚方向の引張応力が導入されている鋼板の枚数をSM、全積層枚数をStotとしたとき、SM/Stotが1%以上である、請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項4】
鋼板が積層された巻鉄心において、前記所定領域内に前記板厚方向の引張応力が導入されている領域の面積をPM、前記所定領域の総面積をPtotとしたとき、PM/Ptotが0.1%以上である、請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項5】
前記引張応力は、その最大値が前記鋼板の降伏応力以下である、請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項6】
前記鋼板の面と直交し且つ前記巻回方向に沿った前記断面において、前記引張応力が導入された領域は、一つの該領域の前記巻回方向の幅が1.4mm以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項7】
前記鋼板の面と直交し且つ前記巻回方向に沿った前記断面において、前記引張応力が導入された領域は、一つの該領域の板厚方向長さが板厚の0.2倍以上1倍以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項8】
前記鋼板の面と直交し且つ前記巻回方向に沿った前記断面において、前記引張応力が導入された領域について、前記巻回方向に隣接する該領域同士の間隔が2mm以上10mm以下である、請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項9】
前記引張応力が導入された領域について、前記引張応力が最大となる点が素材の鋼板表面から10μmより深くに存在することを特徴とする請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項10】
前記引張応力が導入された領域は、前記鋼板の前記巻回方向と交差する方向に連続的または所定間隔で延在し、前記巻回方向を横断するように設けられる、請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項11】
前記巻回方向は前記鋼板の{110}<001>方向と一致する、請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項12】
前記巻回方向は前記鋼板の圧延方向と一致する、請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項13】
前記鋼板の面と直交し且つ前記巻回方向に沿った前記断面において、前記所定領域のみに前記引張応力が導入された、請求項1又は2に記載の巻鉄心。
【請求項14】
請求項1又は2に記載の巻鉄心の製造方法であって、
鋼板を折り曲げ加工する工程と、
鋼板を切断する工程と、
折り曲げられ、且つ切断された前記鋼板を層状に積み重ね、巻回方向の端部同士を突き合わせて巻回形状に組み付ける工程と、
前記端部の近傍において、又は切断前の前記端部となる位置の近傍において、板厚方向に引張応力を導入する工程と、
を備える、巻鉄心の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、巻鉄心およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板を焼鈍せずに折り曲げ加工して作製される巻鉄心において、その接合部で還流磁区を導入することで、鉄損を減少させることが公知である(例えば、特許文献1)。
【0003】
また、一方向性電磁鋼板の鋼板内部の局所的な応力状態が適正条件に制御された低鉄損一方向性電磁鋼板が公知である(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2022-78444号公報
【文献】特開2008-127632号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に記載された技術では、非常に微細な還流磁区の大きさを制御することは難しく、還流磁区の大きさにバラツキも発生するため、効果は完全ではなかった。また、特許文献2に記載された技術においても、巻鉄心における鋼板の接合部の影響は何ら考慮しておらず、改善の余地があった。
【0006】
上記課題に鑑みて、本開示の目的は、接合部近傍に形成した鋼板内部の局所的な応力状態を適切に制御し、鉄損を低減することが可能な巻鉄心およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の要旨は以下のとおりである。
【0008】
(1)折り曲げられた鋼板を積層してなる巻回形状の巻鉄心であって、
前記巻鉄心は、前記鋼板の面に沿った方向から前記巻回形状を見た側面視において、平面部と、前記平面部に隣接するコーナー部とをそれぞれ四つ有することにより、
中心に中空部を有する矩形形状に形成され、
前記鋼板は一層毎に巻回方向の端部同士が突合せられた接合部を少なくとも1つ有し、
一層毎の前記鋼板の前記接合部において鋼板の相対する端部の間に空隙が存在し、
前記鋼板の面と直交し且つ前記巻回方向に沿った断面において、少なくとも1つの任意の鋼板の前記空隙と前記任意の鋼板に隣接して積層された鋼板の前記空隙との位置関係に応じて規定される所定領域において、1箇所または複数箇所に鋼板の板厚方向に10MPa以上の引張応力が導入された、巻鉄心。
【0009】
(2)一層毎の前記鋼板の前記接合部は前記平面部に配置され、各層の前記鋼板の前記接合部は前記平面部の延在する方向において周期的にずれて配置された、上記(1)に記載の巻鉄心。
【0010】
(3)鋼板が積層された巻鉄心において、前記所定領域内に前記板厚方向の引張応力が導入されている鋼板の枚数をSM、全積層枚数をStotとしたとき、SM/Stotが1%以上である、上記(1)又は(2)に記載の巻鉄心。
【0011】
(4)鋼板が積層された巻鉄心において、前記所定領域内に前記板厚方向の引張応力が導入されている領域の面積をPM、前記所定領域の総面積をPtotとしたとき、PM/Ptotが0.1%以上である、上記(1)~(3)のいずれかに記載の巻鉄心。
【0012】
(5)前記引張応力は、その最大値が前記鋼板の降伏応力以下である、上記(1)~(4)のいずれかに記載の巻鉄心。
【0013】
(6)前記鋼板の面と直交し且つ前記巻回方向に沿った前記断面において、前記引張応力が導入された領域は、一つの該領域の前記巻回方向の幅が1.4mm以下であることを特徴とする、上記(1)~(5)のいずれかに記載の巻鉄心。
【0014】
(7)前記鋼板の面と直交し且つ前記巻回方向に沿った前記断面において、前記引張応力が導入された領域は、一つの該領域の板厚方向長さが板厚の0.2倍以上1倍以下であることを特徴とする、上記(1)~(6)のいずれかに記載の巻鉄心。
【0015】
(8)前記鋼板の面と直交し且つ前記巻回方向に沿った前記断面において、前記引張応力が導入された領域について、前記巻回方向に隣接する該領域同士の間隔が2mm以上10mm以下である、上記(1)~(7)のいずれかに記載の巻鉄心。
【0016】
(9)前記引張応力が導入された領域について、前記引張応力が最大となる点が素材の鋼板表面から10μmより深くに存在することを特徴とする上記(1)~(8)のいずれかに記載の巻鉄心。
【0017】
(10)前記引張応力が導入された領域は、前記鋼板の前記巻回方向と交差する方向に連続的または所定間隔で延在し、前記巻回方向を横断するように設けられる、上記(1)~(9)のいずれかに記載の巻鉄心。
【0018】
(11)前記巻回方向は前記鋼板の{110}<001>方向と一致する、上記(1)~(10)のいずれかに記載の巻鉄心。
【0019】
(12)前記巻回方向は前記鋼板の圧延方向と一致する、上記(1)~(11)のいずれかに記載の巻鉄心。
【0020】
(13)前記鋼板の面と直交し且つ前記巻回方向に沿った前記断面において、前記所定領域のみに前記引張応力が導入された、上記(1)~(12)のいずれかに記載の巻鉄心。
【0021】
(14)上記(1)~(13)のいずれかに記載の巻鉄心の製造方法であって、
鋼板を折り曲げ加工する工程と、
鋼板を切断する工程と、
折り曲げられ、且つ切断された前記鋼板を層状に積み重ね、巻回方向の端部同士を突き合わせて巻回形状に組み付ける工程と、
前記端部の近傍において、又は切断前の前記端部となる位置の近傍において、板厚方向に引張応力を導入する工程と、
を備える、巻鉄心の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本開示によれば、接合部近傍に形成した鋼板内部の局所的な応力状態を適切に制御し、鉄損を低減することが可能な巻鉄心およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】巻鉄心の一実施形態を模式的に示す斜視図である。
図2図1の実施形態に示される巻鉄心の側面図である。
図3】巻鉄心の別の一実施形態を模式的に示す側面図である。
図4】方向性電磁鋼板の屈曲部(曲線部分)の一例を模式的に示す図である。
図5】巻鉄心本体における1層分の方向性電磁鋼板の一例を模式的に示す図である。
図6】巻鉄心本体における1層分の方向性電磁鋼板の一例を模式的に示す図である。
図7A図2または図3の領域A1または領域A2における接合部の詳細な形状および配置と、特定の接合部について板厚方向に引張応力が導入された領域が設けられる領域を示す模式図である。
図7B図7Aにおけるすべての接合部について、板厚方向に引張応力が導入された領域が設けられる領域Mを説明するための模式図である。
図8A】鋼板の断面を示す模式図であって、板厚方向に引張応力が導入された領域がX軸方向(巻回方向)に周期的に設けられた様子を模式的に示す図である。
図8B】鋼板の斜視図であって、板厚方向に引張応力が導入された領域が巻回方向と交差する方向(巻回方向と直交するY軸方向)に設けられた様子を模式的に示す図である。
図9A】板厚方向に引張応力が導入された領域を設けたことによる効果を説明するための図である。
図9B】板厚方向に引張応力が導入された領域を設けたことによる効果を説明するための図である。
図10】ユニコアの形態を成す巻鉄心の製造装置を概略的に示す図である。
図11】巻鉄心の詳細な寸法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係る幾つかの実施形態について図を参照しながら説明する。しかしながら、これらの説明は、本発明の好ましい実施形態の単なる例示を意図するものであって、本発明をこのような特定の実施形態に限定することを意図するものではない。なお、以下の説明では、同様な構成要素には同一の参照番号を付す。
【0025】
以下、本発明の一実施の形態に係る巻鉄心について順に詳細に説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。なお、下記する数値限定範囲には、下限値及び上限値がその範囲に含まれる。「超」又は「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。また、化学組成に関する「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0026】
また、本明細書において用いる、形状や幾何学的条件並びにそれらの程度を特定する、例えば、「平行」、「垂直」、「同一」、「直角」等の用語や長さや角度の値等については、厳密な意味に縛られることなく、同様の機能を期待し得る程度の範囲を含めて解釈することとする。
【0027】
また、本明細書において「方向性電磁鋼板」のことを単に「鋼板」又は「電磁鋼板」と記載し、「巻鉄心」のことを「巻鉄心本体」または単に「鉄心」と記載する場合もある。
【0028】
本発明の一実施の形態に係る巻鉄心は、折り曲げられた鋼板を積層してなる巻回形状の巻鉄心であって、鋼板の面に沿った方向から巻回形状を見た側面視において、平面部と、平面部に隣接するコーナー部とをそれぞれ四つ有することにより、中心に中空部を有する矩形形状に形成された構造を有する。ここで、平面部は屈曲部以外の直線の部分をいう。前記屈曲部の側面視における内面側曲率半径rは、例えば、1.0mm以上5.0mm以下である。前記方向性電磁鋼板は、一例として、質量%で、Si:2.0~7.0%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、Goss方位に配向する集合組織を有する。方向性電磁鋼板としては、例えば、JIS C 2553:2019に記載の方向性電磁鋼帯を採用することができる。
【0029】
次に、本発明の一実施の形態に係る巻鉄心及び方向性電磁鋼板の形状について具体的に説明する。ここで説明する巻鉄心及び方向性電磁鋼板の形状自体は、特に目新しいものではなく、公知の巻鉄心及び方向性電磁鋼板の形状に準じたものに過ぎない。
【0030】
図1は、巻鉄心の一実施形態を模式的に示す斜視図である。図2は、図1の実施形態に示される巻鉄心の側面図であり、巻鉄心の側面視を示している。また、図3は、巻鉄心の別の一実施形態を模式的に示す側面図である。
【0031】
なお、側面視とは、鋼板の面に沿った方向から巻鉄心の巻回形状を見た場合であり、より具体的には、巻鉄心の巻回の軸方向(図2の紙面垂直方向)から巻鉄心を見た場合をいう。換言すると、側面視とは、巻鉄心を構成する長尺状の方向性電磁鋼板の幅方向(図1におけるY軸方向)に視ることをいう。側面図とは側面視により視認される形状を表わした図(図1のY軸方向の図)である。
【0032】
本発明の一実施の形態に係る巻鉄心10は、側面視において略多角形状の巻鉄心本体を備える。当該巻鉄心本体10は、方向性電磁鋼板1が、板厚方向に積み重ねられ、側面視において略矩形状の積層構造を有する。当該巻鉄心本体10を、そのまま巻鉄心として使用してもよいし、必要に応じて積み重ねられた複数の方向性電磁鋼板を一体的に固定するために、結束バンド等、公知の締付具等を備えていてもよい。
【0033】
本実施の形態において、巻鉄心本体10の鉄心長に特に制限はない。屈曲部5の数が同じであれば、巻鉄心10において鉄心長が変化しても、屈曲部5の体積は一定であるため屈曲部5で発生する鉄損は一定である。鉄心長が長いほうが巻鉄心本体10に対する屈曲部5の体積率が小さくなるため、鉄損劣化への影響も小さい。よって、巻鉄心本体10の鉄心長は長いほうが好ましい。巻鉄心本体10の鉄心長は、1.5m以上であることが好ましく、1.7m以上であるとより好ましい。なお、本発明において、巻鉄心本体10の鉄心長とは、側面視による巻鉄心本体10の積層方向の中心点における周長をいう。
このような巻鉄心は、従来公知のいずれの用途にも好適に用いることができる。
【0034】
本実施の形態に係る鉄心は、側面視において略多角形状であることを特徴とする。以下の図を用いた説明においては、図示及び説明を単純にするため、一般的な形状でもある略矩形状(四角形)の鉄心で説明するが、屈曲部5の角度や数、平面部の長さによって、様々な形状の鉄心が製造可能である。例えば、全ての屈曲部5の角度が45°で平面部4の長さが等しければ、側面視は八角形になる。また、角度が60°で6個の屈曲部5を有し、平面部4の長さが等しければ側面視は六角形となる。
【0035】
図1及び図2に示されるように、巻鉄心本体10は、長手方向に平面部4,4aと屈曲部5とが交互に連続する方向性電磁鋼板1が、板厚方向に積み重ねられた部分を含み、側面視において中空部15を有する略矩形状の積層構造2を有する。屈曲部5を含むコーナー部3は、側面視において、曲線状の形状を有する屈曲部5を2つ以上有しており、1つのコーナー部3に存在する屈曲部5のそれぞれの曲げ角度の合計が例えば90°となっている。コーナー部3は、隣り合う屈曲部5,5間に、平面部4よりも短い平面部4aを有している。したがって、コーナー部3は、2以上の屈曲部5と、1つ以上の平面部4aとを有する形態となっている。なお、図2の実施形態は1つの屈曲部5が45°である。図3の実施形態は1つの屈曲部5が30°である。
【0036】
これらの例に示されるように、本実施の形態の巻鉄心は、様々な角度を有する屈曲部により構成できるが、加工時の変形による歪み発生を抑制して鉄損を抑える点からは、屈曲部5の曲げ角度φ(φ1、φ2、φ3)は60°以下であることが好ましく、45°以下であることがより好ましい。1つの鉄心が有する屈曲部の曲げ角度φは任意に構成することが可能である。例えば、φ1=60°且つφ2=30°とすることができる。生産効率の点からは折り曲げ角度(曲げ角度)が等しいことが好ましく、ある一定以上の変形箇所を少なくすれば用いる鋼板の鉄損により作成する鉄心の鉄損を小さくできる場合は、異なる角度の組み合わせの加工としてもよい。設計は鉄心加工にて重視するポイントから任意に選択することができる。
【0037】
図4を参照しながら、屈曲部5について更に詳細に説明する。図4は、方向性電磁鋼板1の屈曲部(曲線部分)5の一例を模式的に示す図である。屈曲部5の曲げ角度とは、方向性電磁鋼板屈曲部において、折り曲げ方向の後方側の直線部と前方側の直線部との間に生じた角度差を意味し、方向性電磁鋼板1の外面において、屈曲部5を挟む両側の平面部4,4aの表面である直線部分を延長して得られる2つの仮想線Lb-elongation1、Lb-elongation2がなす角の補角の角度φとして表わされる。この際、延長する直線が鋼板表面から離脱する点が、鋼板外面側の表面における平面部4と屈曲部5の境界であり、図4においては、点F及び点Gである。
【0038】
さらに、点F及び点Gのそれぞれから鋼板外表面に垂直な直線を延長し、鋼板内面側の表面との交点をそれぞれ点E及び点Dとする。この点E及び点Dが鋼板内面側の表面における平面部4と屈曲部5との境界である。
【0039】
そして、本発明において屈曲部5とは、方向性電磁鋼板1の側面視において、上記点D、点E、点F、点Gにより囲まれる方向性電磁鋼板1の部位である。図4においては、点Dと点Eとの間の鋼板表面、すなわち、屈曲部5の内側表面をLa、点Fと点Gとの間の鋼板表面、すなわち、屈曲部5の外側表面をLbとして示している。
【0040】
また、この図には、屈曲部5の側面視における内面側曲率半径rが表わされている。上記Laを点E及び点Dを通過する円弧で近似することで、屈曲部5の曲率半径rを得る。曲率半径rが小さいほど屈曲部5の曲線部分の曲がりは急であり、曲率半径rが大きいほど屈曲部5の曲線部分の曲がりは緩やかになる。
【0041】
本発明の巻鉄心では、板厚方向に積層された各方向性電磁鋼板1の各屈曲部5における曲率半径rは、ある程度の変動を有するものであってもよい。この変動は、成形精度に起因する変動であることもあり、積層時の取り扱いなどで意図せぬ変動が発生することも考えられる。このような意図せぬ誤差は、現在の通常の工業的な製造であれば0.2mm程度以下に抑制することが可能である。このような変動が大きい場合は、十分に多数の鋼板について曲率半径を測定し、平均することで代表的な値を得ることができる。また、何らかの理由で意図的に変化させることも考えられるが、本発明はそのような形態を除外するものではない。屈曲部5の曲率半径(屈曲部5の側面視における内面側曲率半径)rは1mm以上5mm以下とすることが好ましい。曲率半径rを1mm以上5mm以下とすることで、ビルディングファクタ(BF)をさらに抑制することができる。
【0042】
なお、屈曲部5の曲率半径rの測定方法にも特に制限はないが、例えば、市販の顕微鏡(Nikon ECLIPSE LV150)を用いて200倍で観察することにより測定することができる。具体的には、観察結果から、曲率中心A点を求めるが、この求め方として、例えば、線分EFと線分DGを点Bとは反対側の内側に延長させた交点をAと規定すれば、曲率半径rの大きさは、線分ACの長さに該当する。ここで、点Aと点Bを直線で結んだ際に鋼板屈曲部の内側の円弧DE上の交点をCとする。
【0043】
図5及び図6は巻鉄心本体における1層分の方向性電磁鋼板1の一例を模式的に示す図である。図5及び図6の例で用いられる方向性電磁鋼板1は、ユニコア形態の巻鉄心を実現するべく、折り曲げ加工されたものであって、2つ以上の屈曲部5と、平面部4とを有し、1つ以上の方向性電磁鋼板1の長手方向の端面である接合部6(隙間)を介して側面視において略多角形の環を形成する。
【0044】
本実施の形態においては、巻鉄心本体10が、全体として側面視が略多角形状の積層構造を有していればよい。図5の例に示されるように、1つの接合部6を介して1枚の方向性電磁鋼板が巻鉄心本体の1層分を構成する(一巻ごとに1箇所の接合部6を介して1枚の方向性電磁鋼板が接続される)ものであってもよく、図6の例に示されるように1枚の方向性電磁鋼板1が巻鉄心の約半周分を構成し、2つの接合部6を介して2枚の方向性電磁鋼板1が巻鉄心本体の1層分を構成する(一巻ごとに2箇所の接合部6を介して2枚の方向性電磁鋼板1が互いに接続される)ものするものであってもよい。
【0045】
本実施の形態において用いられる方向性電磁鋼板1の板厚は、特に限定されず、用途等に応じて適宜選択すればよいものであるが、通常0.15mm~0.35mmの範囲内であり、好ましくは0.18mm~0.27mmの範囲である。
【0046】
図5の例の場合、巻鉄心本体の1層分を構成する1枚の方向性電磁鋼板の1つの接合部6は、図2および図3に示す領域A1に位置する。また、図6の例の場合、巻鉄心本体の1層分を構成する2枚の方向性電磁鋼板の2つの接合部6は、図2および図3に示す領域A1と領域A2に位置する。なお、図2および図3では、領域A1または領域A2における接合部6の詳細な形状および配置は図示を省略している。
【0047】
図7Aは、図2または図3の領域A1または領域A2における接合部6の詳細な形状および配置と、特定の接合部について板厚方向に引張応力が導入された領域12が設けられる領域を説明するための模式図である。図7Aは、鋼板の面と直交し且つ巻回方向に沿った断面を模式的に示している。図7Aに示すように、各層を構成する方向性電磁鋼板1のそれぞれの接合部6(図7Aにおいて、接合部6の空隙を6(n-1)、6(n)・・・等として示す)の位置は、平面部4の延在するX軸方向においてずれた位置になっている。このようにすれば、X軸方向において各層の接合部6の位置を同じにした場合に比べて、巻鉄心における磁気抵抗を小さくすることができ、鉄損を低減させることができる。図7Aは特に接合部6がX軸方向において周期的にずれた位置に配置されている状態を示す。
【0048】
また、接合部6を有する巻鉄心本体10は生産性や形状設計の容易性が優れている。一方、接合部6を有することで、鋼板が接合部6において切断された状態となるため、鉄損や騒音が悪化する要因となり得る。
【0049】
本発明者らは、鋼板内部の応力状態が鉄心特性に与える影響を鋭意検討し、特に鋼板板厚方向の引張応力を制御することが接合部6を有する巻鉄心の鉄損の低減に効果的であることを見出した。この知見に基づき、本実施形態では、巻鉄心の接合部6の近傍において、鋼板内部の応力状態(歪分布)を制御することとしている。このメカニズム自体は現時点で完全に明確とはいえないが、本発明者らが鋭意検討した結果から、板厚方向の引張応力が鋼板内を通過する磁束を板厚方向に曲がりやすくするためと推定できる。巻鉄心10の接合部6では鋼板が途切れるため磁束は接合部6の空隙を通過する必要が生じている。この際、接合部近傍に板厚方向の引張応力が存在すると、引張応力の方向に沿った方向の透磁率が高くなり、磁束は板面内方向(鋼板表面に沿った方向)から外れて鋼板の板面外に漏出しやすくなる。このため、板面内方向の接続部6の空隙により板面内方向への進行が阻害される磁束は、積層され接触して隣接する鋼板にスムーズに移行できるようになる。つまり隣接する鋼板への磁束の渡りがスムーズに起きるようになるものと考えられる。そして、このようなスムーズな渡りであれば、接合部6の空隙を通過するよりも損失の発生が抑えられるようになると考えられる。以下の説明では本発明における接合部近傍での板厚方向の引張応力の作用機序を以上の現象(スムーズな磁束の渡り)を前提として説明するが、これはあくまでも本発明者らが鋭意検討の結果見出した経験則を理論的に裏付けるための現時点でのひとつの仮説であることを申し添えておく。学術的に正しいメカニズムは将来において解明されることを期待する。
【0050】
本実施形態において、図7Aに示すように、方向性電磁鋼板1には、板厚方向に10MPa以上の引張応力が導入された連続した領域12(以下、応力領域12とも称する)が設けられる。板厚内部の応力値は、X線回折法により、3方向の結晶格子の歪みを測定し、弾性率等の材料物性値を用いて、圧延方向、板厚方向、板幅方向に対する応力値を求めた。これら3方向の結晶歪は、X線を鋼板に照射して、反射したX線と透過したX線を検出して評価することにより求めることができる。具体的には、鋼板(試験片)を移動しながらスキャニングし、反射法により反射したX線回折ピークの回折角(2θ)のシフト量を評価することで、板厚方向の歪が求まる。また、透過法により透過したX線回折ピークの回折角のシフト量を評価することで、圧延方向と板幅方向の歪が求まる。そして、歪から応力値への変換は、材料物性値(ヤング率、ポアソン比)に応じた3方向の応力と歪との関係式により変換できる。これらの手法は公知であるが、例えば、高エネルギー放射光を用いたひずみスキャンニング法による残留応力分布測定(文献:日本機械学会論文集(A編)71巻711号2005年、pp.1530)に記載された手法を利用することにより、上述のようにして板厚内部の応力値を求めることが可能である。
【0051】
応力領域12は、基本的には、各鋼板の接合部6の近傍に設けられ、任意の1つの空隙6に注目した場合に、積層方向で隣接する複数の鋼板を含めて、応力領域12を配置すべき領域を定めることが好適である。以下では、応力領域12を配置すべき領域(以下、応力配置領域とも称する)について詳細に説明する。
【0052】
まず、応力配置領域は、巻鉄心を構成する鋼板部材の板面内方向の端部から鋼板板厚の2倍以上内側の領域に設定する。鋼板部材の板面方向の端部は一般的には剪断加工によって形成されるため大きく塑性変形しており、本願が意図する応力領域12にとって好ましくない応力状態になる可能性が高い。このため、応力配置領域は、このような端部領域を除くものとする。端部領域は、ひとつは、図1の巻鉄心においては、Y軸方向の表面、すなわち巻鉄心を側面視した際の表面から鋼板内部方向(Y軸方向)に板厚の2倍までの領域である。もうひとつは、巻回される部材の接合部6において空隙を形成して対向する鋼板端部から鋼材内部方向(図6におけるX軸方向)に板厚の2倍までの領域である。応力配置領域を直接観察するためには端部領域を除く必要があるが、この方法としては、例えば端部を放電加工あるいは酸洗によるエッジング等の歪の入りにくい方法で除くことが挙げられる。
【0053】
以下、接合部6の近傍に設けられる応力配置領域について説明する。図7Aは、巻鉄心10の接合部6について、巻鉄心10のY軸方向端部から鋼材内部方向に板厚の2倍以上の距離を離したXZ平面に沿った断面の模式図である。ここで、「鋼材内部方向に板厚の2倍以上の距離を離した断面」としたのは、上記の端部領域を避けることを意図したものである。図7Aに示すように、巻鉄心本体10の内側から外側に向かう方向(鋼板の積層方向、またはZ軸方向)の最内側からn枚目の鋼板(ここでは、図中で内側から3枚目の鋼板をn枚目の鋼板とする)において、鋼板が切断されてなる接合部6の対向する鋼板端部の間の空隙を6(n)とする。そして、空隙6(n)のX軸の正方向側の端部からX軸の正方向に板厚の2倍離れた位置を位置Anとし、空隙6(n)のX軸の負方向側の端部からX軸の負方向に板厚の2倍離れた位置を位置Bnとする。
【0054】
この空隙6(n)について、X軸方向およびZ軸方向の両側に応力配置領域M(n)を定める。空隙6(n)を基準とする応力配置領域M(n)のZ軸方向の範囲は、内側から(n-1)枚目の鋼板、n枚目の鋼板、(n+1)枚目の鋼板を含む鋼板3枚分の範囲である。ただし、n=1の鋼板においてはn-1枚目の鋼板が存在せず、総積層枚数をNmaxとしてn=Nmaxの鋼板においてはn+1枚目の鋼板が存在しない。鋼板が存在しない領域については応力配置領域M(n)は意味をなさないので、n=1、n=Nmaxである2枚の板の空隙6を基準とする応力配置領域MのZ軸方向の範囲は鋼板2枚分となる。
【0055】
また、空隙6(n)を基準とするX軸の正方向側の応力配置領域の範囲は、位置Anから、位置AnよりX軸の正方向側に存在する位置B(n-1)または位置B(n+1)のどちらかの位置Anに近い方の位置Bまでの範囲とする。同様に、空隙6(n)を基準とするX軸の負方向側の応力配置領域の範囲は、位置Bnから、位置BnよりX軸の負方向側に存在する位置A(n-1)または位置A(n+1)のどちらかの位置Bnに近い方の位置Aまでの範囲とする。ここで、位置AnよりX軸の正方向側に位置B(n-1)も位置B(n+1)も存在しない場合は、X軸の正方向側の応力配置領域の範囲は、位置Anから、X軸の負方向側の応力配置領域の範囲と同じ距離の範囲とする。また、位置BnよりX軸の負方向側に位置A(n-1)も位置A(n+1)も存在しない場合は、X軸の負方向側の応力配置領域の範囲は、位置Bnから、X軸の正方向側の応力配置領域の範囲と同じ距離の範囲とする。さらに位置AnよりX軸の正方向側に位置B(n-1)も位置B(n+1)も存在せず、かつ位置BnよりX軸の負方向側に位置A(n-1)も位置A(n+1)も存在しない場合は、空隙6(n)を基準とする応力配置領域は存在しないものとする。なお、空隙6(n)と空隙6(n-1)または空隙6(n+1)のX軸方向での位置が近いために、A(n)とB(n-1)またはB(n+1)のどちらかの間に領域がない(B(n-1)またはB(n+1)の位置がA(n)よりX軸の負方向側に位置している)場合は、対象となる3枚の板について空隙6(n)を基準とするX軸の正方向側の応力配置領域は存在しないものとする。また同様に、B(n)とA(n-1)またはA(n+1)のどちらかの間に領域がない場合は、空隙6(n)を基準とするX軸の負方向側の応力配置領域は存在しないものとする。図7Aにおいては、上記の定義にしたがい決定される、空隙6(n)、6(n+3)、6(n+7)を基準とする応力配置領域M(n)、M(n+3)、M(n+7)をハッチングを付して示す。接合部6において空隙を形成して対向する鋼板端部からX軸方向に板厚の2倍までの領域は上述した端部領域であり、応力配置領域から除かれることから、ハッチングは付されていない。
【0056】
上記のように個々の空隙6についてそれぞれ応力配置領域Mを設定すると、応力配置領域M同士が部分的に重なる状況も生ずる。図7Bは、図7Aにおける全ての接合部6について、板厚方向に引張応力が導入された領域が設けられる領域Mを説明するための模式図である。例えば図7Bのように空隙6がX軸方向に周期的に配置されている場合、特定の空隙6(例えば空隙6(n))を基準とする応力配置領域M(n)は、Z軸方向に隣接する鋼板の空隙6(図7Bでは空隙6(n+1))を基準とする応力配置領域M(n+1)とX軸方向の範囲が同じとなる部分が生じる。図7Bでは、応力配置領域M同士が部分的に重なった領域にクロスハッチングを付して示している。
【0057】
図8Aは、鋼板の断面を示す模式図であって、応力領域12がX軸方向(巻回方向)に複数設けられた様子を模式的に示す図である。応力領域12は、鋼板の断面において、X軸方向に所定の間隔で設けられていてよく、換言すれば、応力領域12は周期的に設けられていてもよい。したがって、応力領域12は、応力配置領域Mに配置されるが、応力配置領域M以外の鋼板の全域に配置されていてよい。
【0058】
図8Aにおいて、応力領域12のX軸方向の幅D(巻回方向の幅)は1.4mm以下であることが好ましい。幅Dは、好ましくは0.3~1.1mm、さらに好ましくは0.7~1.1mmである。Z軸方向の長さL(板厚方向の幅)は、鋼板の板厚をtとして0.2*t≦L<tであることが好ましい。長さLは、さらに好ましくは0.4*t≦L≦0.8*tである。幅Dが1.4mm以上になると磁束の渡りの位置がX軸方向に広範囲になりばらつくため鉄損は増加してしまう。また、Z軸方向の長さLが短すぎると磁束の渡りの効果は享受されない。したがって、幅Dと長さLは上記範囲とするのが好適である。
【0059】
応力領域12の最大応力について、鋼板表面から10μmよりも深いところに存在することが望ましい。10μmよりも浅い領域に存在すると磁束の渡りの際の曲がりが急峻になり、その結果薄電流損が増加して鉄損低減効果が小さくなる。そのため、応力領域12の最大応力は鋼板表面から10μmよりも深いところに存在し、好ましくは30~80μmさらに好ましくは40~70μmに存在する。
【0060】
応力領域12がX軸方向に所定の間隔で周期的に設けられる場合、応力領域12のX軸方向の間隔は、それぞれの隣り合う応力領域12間の相互作用により磁区細分化に影響を及ぼすため、その間隔が大き過ぎる場合は、鉄損を低減する効果が減少する。鉄損を十分に低減するためには、応力領域12の間隔を10.0mm以下とすることが好ましく、7.0mm以下とすることがさらに好ましい。応力領域12の間隔は5mm程度とすることが良好であり、また一方で、応力領域12は鋼板板面内方向(磁化方向)の磁束にとっては障害ともなり、間隔が狭すぎると鉄損を上昇させる原因にもなるため、応力領域12のX軸方向の間隔は2mm以上とすることが好ましい。
【0061】
図8Bは、鋼板の斜視図であって、応力領域12が巻回方向と交差する方向(図8Bでは巻回方向と直交するY軸方向)に設けられた様子を模式的に示す図である。図8Bに示すように、応力領域12は、巻回方向と交差する方向に延在し、巻回方向を横断するように設けられていてもよい。また、応力領域12は、巻回方向と交差する方向において、連続的に設けられていてよく、または所定の間隔で周期的に設けられていてよい。接合部近傍での磁束の渡りをよりスムーズにし、より鉄損の低減を抑制するためには、応力領域12は、Z軸に沿った方向での視野において、X軸方向に対して60~120°の角度をなす方向に延在することが好ましい。さらに好ましくは80~110°の角度をなす方向に延在させる。
【0062】
本発明において応力領域12は板厚方向の引張応力が10MPa以上である連続した領域と定義している。板厚方向の引張応力が10MPa未満では、接合部6の空隙に比べ透磁率の影響が小さいため、引張応力が導入された領域12を設けることによる効果を十分に得ることができないためである。
【0063】
また、応力領域12において、板厚方向の引張応力の最大値は素材である鋼板の降伏応力以下であることが好ましい。引張応力の最大値が大きくなると、塑性域が増加して、塑性歪による透磁率の低下が著しくなった結果、鉄損は悪化してしまう。一般に、応力状態が弾性域から塑性域に大きく変わる点は素材の降伏応力により規定できる。
【0064】
以上の理由から、本実施形態では、応力領域12における板厚方向の引張応力の最大値は、素材の降伏応力値以下とすることが好ましい。引張応力の最大値は、さらに好ましくは80~200MPaである。
【0065】
図9Aおよび図9Bは、応力領域12を設けたことによる効果を説明するための図である。前述のとおり、図9Aおよび図9Bについての説明は、本発明の作用機序についてのひとつの可能性であることを断っておく。図9Aでは、応力領域12を設けた場合の磁束の流れを矢印で示している。
【0066】
一方、図9Bでは、応力領域12を設けていない場合の磁束の流れを矢印で示している。図9Bに示すように、磁束が鋼板から隣接する鋼板へ流れることが「磁束の渡り」である。応力領域12を設けていない場合、応力領域12を設けた場合と比較して、磁束が鋼板から隣接する鋼板へ渡り難くなり、鉄損が増加する。図9Aに示すように、応力領域12を設けたことにより、磁束が鋼板から隣接する鋼板へ渡り易くなり、鉄損が低下する。
【0067】
本発明では上述のように応力領域12と応力配置領域Mを定義する。そして、本発明では応力配置領域M内に応力領域12が存在することで発明効果が発揮される。この際、一つの応力領域12についてそのすべての領域が応力配置領域M内に存在する必要はなく、一つの応力領域12の一部でも応力配置領域Mに重なっていれば発明効果が発揮される。また、積層された鋼板のうちの一部の鋼板のみであっても、応力領域12と応力配置領域Mが重なっていれば発明効果が発揮される。上記の領域の重複の程度は、Z軸方向に積層厚さの1/2、X軸方向に積層厚さの1/2となる領域を観察した際に、観察領域内の応力配置領域Mの総面積をPtot、応力配置領域M内の応力領域12の総面積をPMとして、PM/Ptotが0.1%以上であることが好ましい。0.1%未満では十分な発明効果が得られない。好ましくは2%以上、さらに好ましくは5%以上である。一方、応力領域12は鋼板板面内方向(磁化方向)の磁束にとっては障害ともなるため、応力配置領域M内に応力領域12が過度に存在すると鉄損劣化の原因ともなる。このため、PM/Ptotは40%以下、さらに好ましくは30%以下であることが好ましい形態である。
【0068】
本発明ではこの重複の程度を積層された鋼板について、応力配置領域M内に応力領域12が存在している鋼板の枚数SMの全積層枚数Stotに対する割合で規定する。応力配置領域M内に応力領域12が存在している鋼板とは、少なくとも1つの応力配置領域M内に応力領域12が少なくとも1つ存在している鋼板である。本発明においては、SM/Stotが1%以上であることが好ましく、2%以上であることがより好ましい。好ましくは5%以上、さらに好ましくは10%以上である。もちろん全ての鋼板において応力配置領域M内に応力領域12が存在し100%であることが好ましい形態である。
【0069】
応力領域12は鋼板板面内方向の磁束にとっては障害となり得、鉄損劣化の原因となり得ることから、応力配置領域M内のみに応力領域12が設けられており、応力配置領域M外には応力領域12が設けられていなくてもよい。すなわち、応力配置領域Mのみに引張応力が導入されていてもよい。
【0070】
なお、巻鉄心の巻回方向は鋼板の圧延方向であってもよい。また、巻鉄心の巻回方向は鋼板の{110}<001>方向であってもよい。さらに、図7A,7B、図8A,8B、図9A,9Bの説明においては、X軸方向は鋼板の圧延方向であってもよく、鋼板の{110}<001>方向であってもよい。
【0071】
方向性電磁鋼板を製造する方法は、特に限定されず、従来公知の方向性電磁鋼板の製造方法を適宜選択することができる。製造方法の好ましい具体例としては、例えば、Cを0.04~0.1質量%とし、その他は上記方向性電磁鋼板の化学組成を有するスラブを1000℃以上に加熱して熱間圧延を行った後、必要に応じて熱延板焼鈍を行ない、次いで、1回又は中間焼鈍を挟む2回以上の冷延により冷延鋼板とし、当該冷延鋼板を、例えば湿水素-不活性ガス雰囲気中で700~900℃に加熱して脱炭焼鈍し、必要に応じて更に窒化焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布した上で、1000℃程度で仕上げ焼鈍し、900℃程度で絶縁被膜を形成する方法が挙げられる。
【0072】
また、本実施の形態において、以上のような形態を備える方向性電磁鋼板1から構成される巻鉄心は、個別に折り曲げ加工された方向性電磁鋼板1を層状に積み重ねて巻回形状に組み付けることにより形成され、一巻ごとに少なくとも1箇所の接合部6を介して複数枚の方向性電磁鋼板1が互いに接続される。
【0073】
本実施形態において、方向性電磁鋼板の板厚内部に板厚方向に対する引張応力を導入する方法は例えば、レーザや電子ビーム等を照射する方法であって、かつ水溶液の粘性率(mPa・s)が2~8になるような媒質中で照射することで、レーザや電子ビームの照射による鋼板の振動が少なくなり、狙いの応力分布が得られやすくなる。粘性率が8を超えると今度は応力を導入し難くなる。水溶液の濃度と温度で粘性率を制御した状況で実施する方法は、適宜条件を調整できるため望ましく、例えば-10℃~20℃の温度で濃度40~60%のエタノール水溶液を用いる方法は好ましい一例である。
【0074】
また、鋼板へ引張応力を導入する時期については、鋼板を圧延方向で切断する前のコイルの時点で引張応力を導入しても良いし、曲げ加工時点で引張応力を導入してもよい。
【0075】
以上のような鋼板折り曲げを伴う巻鉄心の製造を可能にする装置が図10にブロック図で概略的に示されている。図10は、ユニコアの形態を成す巻鉄心の製造装置70を概略的に示しており、この製造装置70は、方向性電磁鋼板1を個別に折り曲げ加工する折り曲げ加工部71を備えており、また、折り曲げ加工された方向性電磁鋼板1を層状に積み重ねて巻回形状に組み付けることにより、長手方向に平面部4と屈曲部5とが交互に連続する方向性電磁鋼板1が板厚方向に積み重ねられた部分を含む巻回形状の巻鉄心を形成する、組み付け部72を備えてもよい。
【0076】
折り曲げ加工部71には、方向性電磁鋼板1をロール状に巻き回して形成されたフープ材を保持する鋼板供給部75から方向性電磁鋼板1が所定の搬送速度で繰り出されることによって供給される。このようにして供給された方向性電磁鋼板1は、折り曲げ加工部71において、適宜適当なサイズに切断されるとともに、1枚ずつといったように、少数枚毎に個別に折り曲げられる、折り曲げ加工を受ける。
【0077】
折り曲げ加工部71は、引張応力導入部71aを備える。引張応力導入部71aは、上述した方法により、方向性電磁鋼板1を切断する前、または方向性電磁鋼板1を切断した後の折り曲げ加工時に、方向性電磁鋼板1に引張応力を導入する。
【0078】
応力配置領域Mのみに引張応力を導入する場合、平面部4と屈曲部5とが交互に連続する方向性電磁鋼板1が板厚方向へ積み重ねられる際の、個々の方向性電磁鋼板1の予定位置に基づいて、個々の方向性電磁鋼板1における応力配置領域Mは設計上で定まる。このため、個々の方向性電磁鋼板1において、設計上で応力配置領域Mとなる想定位置にレーザや電子ビーム等を照射することで、応力配置領域Mのみに引張応力を導入することが可能である。
【0079】
こうして得られた方向性電磁鋼板1では、折り曲げ加工で生じる屈曲部5の曲率半径が極めて小さくなるため、折り曲げ加工によって方向性電磁鋼板1に付与される加工歪は極めて小さいものとなる。このように、加工歪の密度が大きくなると想定される一方で、加工歪の影響がある体積を小さくすることができれば、焼鈍工程を省くことができる。
【0080】
本開示は、上述した実施形態に限定されるものではない。上述した実施形態は例示であり、本開示の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様の作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本開示の技術的範囲に包含される。
【実施例
【0081】
以下、実施例を例示して、本開示を具体的に説明する。なお、実施例の条件は、本開示の実施可能性および効果を確認するために採用した一例であり、本開示は実施例の条件に限定されるものではない。本開示は、その要旨を逸脱せず、その目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0082】
本実施例では、鋼板に引張応力を導入する方法として、レーザを照射する方法を用いる。先ず、3℃~15℃程度の温度のエタノール中で鋼板にレーザを照射し、鋼板に引張応力を導入した。また、空気中において、24℃の水中において、24℃のエタノール中において、それぞれレーザを照射し、鋼板に引張応力を導入した。
【0083】
このとき、ビーム径は全ての条件において150μmとして出力を適宜調節し、予め接合部6に該当する鋼板箇所にレーザを照射した。
【0084】
このようにして得られた鋼板A、B、C、D、D-2、E、F、G、H、I、J、K、L、M、M-2、M-3、M-4、N、O、P、Q、R、S、T、U、V、W、Z、AA、BB、CC、CC-2、CC-3、CC-4、CC-5、CC-6、DD、EE、FF、GGを以下の表1に示す。
【0085】
【表1】
【0086】
そして、表1に示す鋼板から巻鉄心を作成した。巻鉄心の詳細な寸法を図11および表2に示す。なお、表2のラップ長は、X軸方向で隣接する2つの接合部6の距離(例えば、図7Aに示した空隙6(n)のX軸の正方向側の端部から空隙6(n-1)のX軸の負方向側の端部までの長さ)を示す。また、ステップ数は接合部6がX軸方向において周期的にずれた鋼板枚数(図7Aでは“6”)である。
【0087】
【表2】
【0088】
そして、作成した巻鉄心の鉄損の評価を行った。結果を以下の表3に示す。
【0089】
【表3】
【0090】
表3の評価では、50Hz、磁束密度1.7Tにおける鉄損を励磁電流法により測定した。10MPa以上の引張応力が導入された試験No.8~55の鉄損比が低く、10MPa未満の引張応力が導入された試験No.1~7の鉄損比が高い結果が得られた。表1および表3に示すように、板厚方向に10MPa以上の引張応力が導入された鋼板B、C、D、D-2、E、F、G、H、I、J、K、L、M、M-2、M-3、M-4、N、O、P、Q、R、S、T、U、V、W、Z、AA、BB、CC、CC-2、CC-3、CC-4、CC-5、CC-6、DD、EE、FF、GGでは、鉄損比が1.14以下であった。一方、板厚方向に10MPa以上の引張応力が導入されていない鋼板Aでは、鉄損比が1.14を超えた。
【0091】
また、表3に示すように、SM/Stotが2%以上である発明例は、SM/Stotが2%未満である発明例に比べて鉄損比が低く、SM/Stotの増加に伴い鉄損比は顕著に低下した。
【0092】
また、表3に示すように、PM/Ptotが0.1%以上である発明例は、PM/Ptotが0.1%未満である発明例に比べて鉄損比が低く、PM/Ptotの増加に伴い鉄損比は顕著に低下した。
【符号の説明】
【0093】
1 方向性電磁鋼板
2 積層構造
3 コーナー部
4,4a 平面部
5 屈曲部
6 接合部
10 巻鉄心
12 領域
15 中空部
70 製造装置
71 加工部
71a 引張応力導入部
72 組み付け部
75 鋼板供給部
【要約】
折り曲げられた鋼板を積層してなる巻回形状の巻鉄心10であって、巻鉄心10は、鋼板の面に沿った方向から前記巻回形状を見た側面視において、平面部4と、平面部4に隣接するコーナー部3とをそれぞれ四つ有することにより、中心に中空部15を有する矩形形状に形成され、鋼板は一層毎に巻回方向の端部同士が突合せられた接合部6を少なくとも1つ有し、一層毎の鋼板の接合部6において鋼板の相対する端部の間に空隙が存在し、鋼板の面と直交し且つ巻回方向に沿った断面において、任意の鋼板の空隙と任意の鋼板に隣接して積層された鋼板の空隙との位置関係に応じて規定される所定領域において、1箇所または複数箇所に鋼板の板厚方向に10MPa以上の引張応力が導入される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9A
図9B
図10
図11