(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-18
(45)【発行日】2025-02-27
(54)【発明の名称】幹細胞用冷蔵保存液
(51)【国際特許分類】
C12N 5/074 20100101AFI20250219BHJP
C12N 5/02 20060101ALI20250219BHJP
【FI】
C12N5/074
C12N5/02
(21)【出願番号】P 2021554964
(86)(22)【出願日】2020-11-05
(86)【国際出願番号】 JP2020041313
(87)【国際公開番号】W WO2021090869
(87)【国際公開日】2021-05-14
【審査請求日】2023-10-18
(31)【優先権主張番号】P 2019203124
(32)【優先日】2019-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトの掲載日 平成30年11月9日 ウェブサイトのアドレス www2.aeplan.co.jp/mbs j2018/
(73)【特許権者】
【識別番号】596036256
【氏名又は名称】株式会社ビーエムジー
(74)【代理人】
【識別番号】100121382
【氏名又は名称】山下 託嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100124707
【氏名又は名称】夫 世進
(72)【発明者】
【氏名】相澤 明
(72)【発明者】
【氏名】玄 丞烋
(72)【発明者】
【氏名】玄 優基
【審査官】二星 陽帥
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-510986(JP,A)
【文献】特開2006-230396(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0027832(KR,A)
【文献】国際公開第2014/030211(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第106614524(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108651442(CN,A)
【文献】特開2012-116823(JP,A)
【文献】特表2013-536804(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/02 - 5/074
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カリウムイオン
の含量が30~80mmoL/Lで、ナトリウムイオン
の含量が30~80mmoL/Lであり、ナトリウムイオン
の量は、カリウムイオン
に対するイオンベースのモル比(Na
+/K
+の比)で、0.5~1.3であり、
トロロックス(Trolox)
を、0.5~8mMの濃度で含有し、
アデニンまたはその塩
を、0.1~4.2mMの濃度で含有し、
必須アミノ酸について、全て、または、1種、2種または3種を除いて全て含有し、必須アミノ酸のトータルの含量は、50~200mg/Lであり、
非必須アミノ酸のトータルの含量が50~200mg/Lであることを特徴とするヒトまたは動物の幹細胞または胚を非凍結状態で保存するための冷蔵保存液。
【請求項2】
(i)ラクトビオン酸またはその塩をラクトン換算で30~100mmoL/L、(ii)ラフィノース水和物10~30mmoL/L、(iii)アロプリノール0.3~1mmoL/L、(iv)グルタチオン(トータルグルタチオン)1~3mmoL/L、(v)アデノシン2~10mmoL/L、(vi) リポ酸0.1~0.5μmoL/L、(vii) ピルビン酸ナトリウム0.1~0.7mmoL/L、(viii) グルコース1~5mmoL/L、(ix)アスコルビン酸0.03~0.3mmoL/L、および、ビタミン
E0.5~8mM、(x) アデニンまたはその
塩0.1~4.2mM、(xi) その他のビタミ
ン(葉酸、ニコチンアミド(ナイアシンアミド)、リボフラビン、B12、コリン、イノシトール、パントテン酸、ピリドキサールリン酸、チアミンを含む)、(xii)必須アミノ酸をトータルで50~200mg/L、(xiii)非必須アミノ酸をトータルで100~500mg/L、(xiv)カリウムイオ
ン30~80mmoL/L、及び、(xv)ナトリウムイオ
ン20~90mmoL/Lを含む生理緩衝液であることを特徴とするヒトまたは動物の幹細胞または胚を非凍結状態で保存するための冷蔵保存液。
【請求項3】
ヒドロキシエチルデンプンを20~50g/L含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の冷蔵保存液。
【請求項4】
L-アラニル-L-グルタミン
またはその塩を2~5mMの濃度で含む、請求項1~3のいずれかに記載の冷蔵保存液。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の冷蔵保存液中に、ヒトまたは動物のiPS細胞もしくはその他の人工幹細胞、その他の幹細胞、これから得られるオルガノイド、または胚を、浮遊または浸漬させて、2~8℃にて、1~10日保存することを特徴とする冷蔵保存方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞、組織、オルガノイド、臓器などを、非凍結状態で保存するための保存液に関する。特には、常温より低い温度、例えば、2~15℃、2~8℃または2~6℃で保存するための冷蔵保存液に関する。また、特には、ヒトiPS細胞などの多能性幹細胞(pluripotent cells)並びにその他の幹細胞(stem cells)、または、これから得られるオルガノイドなどの誘導体、初期胚などを、浮遊または浸漬させて保存するための冷蔵保存液に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS、ES細胞などの幹細胞を簡便で効率よくかつ安定的に保存・供給することは、再生医療における基礎的研究および臨床応用研究または創薬研究分野において欠くことのできない重要な技術である。ヒトのiPS細胞及びES細胞の凍結保存は、緩慢凍結保存法であると保存後の生存率が低いことや、凍結保存に用いられる耐凍材であるDMSOのもつ細胞毒性、分化誘導性など、多くの問題を抱えている。細胞の非凍結低温保存は、短期(例えば1日~2週間)から中期(例えば半月~3カ月)の保存法として非常に魅力的な技術であるほか、分化誘導した細胞の保存やオルガノイドの保存など、再生医療技術の産業化や創薬への応用を考えた場合に、その利点は大きい。しかしながら、臓器の低温保存液として広く使用されているUW液(UW_sln;BELZER UW(登録商標) COLD STORAGE SOLUTION)を用いて、ヒトのiPS細胞を含む多能性幹細胞などを低温保存することは困難であり、新たな冷蔵保存技術の開発が必須である。
【0003】
肝臓や腎臓などの移植に用いる臓器の冷蔵保存には、UW液が広く用いられており、実質上のゴールドタンダード(至適基準)となっている。1980年代に開発されたUW液は、細胞内型の低Naイオンで高Kイオンの塩類組成からなる溶液に、ラクトビオネート(Lactobionate)、ラフィノース(Raffinose)、グルタチオン(Glutathion)、ヒドロキシエチルデンプン(Hydroxy-ethyl starch)などを含む比較的単純な組成を持つ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】PCT/JP2009/002941(JP5726525B)
【文献】JP6220108B (JP2012-217342A)
【文献】WO2016/076317A
【非特許文献】
【0005】
【文献】COMPARE BELZER UWTM COLD STORAGE SOLUTION TO VIASPAN https://bridgetolife.com/compare-belzer-uw-cold-storage-solution-to-viaspan/
【文献】A novel efficient feeder-free culture system for the derivation of human induced pluripotent stem cells, Scientific Reports 4 : 3594 doi: 10.1038/srep03594
【文献】Cryopreservation and Hypothermal Storage of Hematopoietic Stem Cellshttps://etd.ohiolink.edu/!etd.send_file?accession=ucin1439307244&disposition=inline
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、細胞などを冷蔵保存する場合、UW液は十分に低温保存ストレスを抑えることができない。本件発明者らは、この問題の解決には、塩類組成をUW液に代表される、細胞内型と、通常の培地の持つ高Naイオン低Kイオン細胞外型との中間型の塩類組成が重要との仮説を立てた。また、臓器保存にくらべタンパク質などの高分子の添加が重要であると考えUW液と細胞培養液との中間型の保存液の開発を行った。
【0007】
細胞の低温保存用の培地については、ほとんど報告がない。少数ながら近年開発されたHTS FRS(Hypothermosol(登録商標)FRS;BioLife Solutions)による保存の報告がある。このHTS FRSは、ヒト皮膚線維芽細胞や、平滑筋細胞を3~5日間低温保存することが可能との報告があるが、ヒトiPS細胞などの多能細胞の冷蔵保存についての報告はない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本件発明者らは、多種多様の組み合わせを試す中で、MEM-alpha(Minimum Essential Medium Eagle (MEM) Alpha Modification)またはStemFit(登録商標) AK02N(味の素(株))と、上記UW液またはES細胞用培養液(後述の、DMEM:F12培地をベースに修正したもの;以下、適宜「ESC medium」と呼ぶ。)とを、約1/1~1/2の比率で混合した液を用いるということを試みた。MEM-alphaは、MEM培地をベースにして、非必須アミノ酸、ピルビン酸ナトリウム、リポ酸、ビオチン及びビタミンB12を含有させたものである。
【0009】
なお、MEM(Eagle's minimal essential medium)培地には、以下の成分(1)~(4)が含まれる。
(1)アミノ酸(L-アルギニン、L-シスチン、L-グルタミン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リシン、L-フェニルアラニン、L-トレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン、L-バリン)、
(2)塩(塩化カルシウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、ナトリウム塩化物、リン酸二水素ナトリウム)、
(3)D-グルコース、及び
(4)ビタミン(葉酸、ニコチンアミド(ナイアシンアミド)、リボフラビン、B12、コリン、イノシトール、パントテン酸、ピリドキサールリン酸、チアミン)。
【0010】
一方、UW液は、細胞内液型組成のCa2+不含液であり、浸透圧調整と細胞膨張抑制のためのラクトビオン酸やヒドロキシエチルデンプン(hydroxy-ethyl starch;HES)と、抗炎症、血管弛緩、及びATPの前駆物質としてアデノシンと、抗酸化のためのグルタチオン及びアロプリノールと、緩衝成分としてのリン酸バッファーとが配合されている。
【0011】
StemFit(登録商標) AK02Nは、ヒトiPS細胞用フィーダーレス培地であり、A液400mL、B液100mL、及びC液2mLからなり、使用直前に混合して用いるようになっているが、この混合時に、上記のUW液またはES細胞用培養液をも混合した。なお、C液は、塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF;basic fibroblast growth factor)を生理的緩衝液に溶解させたものである。
【0012】
なお、StemFit(登録商標) AK02Nは、MEM-alphaと比較した場合、塩類組成が同一ということができ、必須アミノ酸組成が、ほぼ同一であり、また、非必須アミノ酸組成について、かなりの部分は同じである。後述の実験結果により示唆されるように、本願発明の冷蔵用保存液において、MEM-alphaと、StemFit(登録商標) AK02Nとを、ほぼ同様に用いることができた。これは、これらの共通部分、すなわち、塩類組成、必須アミノ酸組成、及び、非必須アミノ酸組成の主要部分が、本願発明の作用効果を発揮する上で重要であると考えられた。一方、MEM-alphaと、StemFit(登録商標) AK02Nとが相違する主要な点は、タンパク質及び成長因子のいずれもが、StemFit(登録商標) AK02Nにのみ含まれていることである。これらの成分は、本願発明の冷蔵用保存液において、必須でなく、また、あまり寄与してないと推測される。なお、StemFit(登録商標) AK02NがiPS細胞のための培養液であるのに対し、MEM-alphaは、代表的な成長因子であるbFGFを添加しても、iPS細胞を培養することはできない。また、ES細胞用培養液(「ESC medium」)も、同様に、フィーダー細胞なしには、iPS細胞を培養することはできない。
【0013】
また、ここでのES細胞用培養液(「ESC medium」)のベースをなすDMEM:F12培地は、MEM(Eagle's minimal essential medium)培地と、Ham's F12培地とを1/1の体積比で混合したものである。Ham's F12培地は、プトレシン(putrescine)、ヒポキサンチン(Hypoxanthine)及びチミジン(Thymidine)を含む無血清の基礎培地(basal media)である。
【0014】
本発明の好ましい一実施形態による冷蔵用保存液は、下記a1~a6またはa1~a9の特徴を有する。
a1. カリウムイオン種の含量が20~90mmoL/Lまたは30~80mmoL/Lで、ナトリウムイオン種の含量が20~90mmoL/Lまたは30~80mmoL/Lである。
a2. ナトリウムイオン種の量は、カリウムイオン種に対するイオンベースのモル比(Na+/K+の比)で、0.5~1.5、0.5~1.3、または0.6~1.2である。
a3. トロロックス(Trolox)またはそのアナログを、0.5~10mM、1~8mMまたは2~7mMの濃度で含有する。
a4. アデニンまたはその塩もしくは誘導体を、0.1~4.2mM、0.1~6mM、1~6mM、2~5mMまたは3~5mMの濃度で含有する。
a5. 必須アミノ酸について、全て、または、1種、2種または3種を除いて全て含有し、必須アミノ酸のトータルの含量は、好ましくは50~250mg/L、特には50~200mg/Lまたは80~150mg/Lである。
a6. 非必須アミノ酸のトータルの含量は、好ましくは100~500mg/L、特には50~200mg/Lまたは80~150mg/Lである。
a7. マグネシウムイオン種(特には硫酸マグネシウム)の含量が、2~8mmoL/L、2~5mmoL/Lまたは2~4mmoL/Lであり、カルシウムの含量が、0.2~1.5mmoL/L、0.2~1mmoL/Lまたは0.3~0.8mmoL/Lである。
a8. グルコースまたはその他の低分子多糖類(特には、マルトースなどの二糖類や、フルクトースなどの単糖類)を0.5~10mmoL/Lの濃度で含有する。
a9. 下記のビタミンを含む。但し、下記のうち、1種、2種、3種または4種を省きうる。
葉酸、ニコチンアミド(ナイアシンアミド)、リボフラビン、B12、コリン、イノシトール、パントテン酸、ピリドキサールリン酸、及びチアミン。
【0015】
本発明の好ましい一実施形態による冷蔵用保存液は、(i)ラクトビオン酸またはその塩(Lactobionic acid or lactobionate)をラクトン換算で30~100mmoL/L(または10~40g/L)、(ii)ラフィノース水和物10~30mmoL/L(または5~20g/L)、(iii)アロプリノール0.3~1mmoL/L(または0.05~0.1g/L)、(iv)グルタチオン(トータルグルタチオン)1~3mmoL/L、(v)アデノシン2~10mmoL/L(または0.3~0.9g/L)、並びに、(vi)リポ酸0.05~1μmoL/L(または0.03~0.2mg/L)、(vii)ピルビン酸ナトリウム0.1~1mmoL/L(または10~100mg/L)、(viii)グルコース0.5~10mmoL/L(または100~1000mg/L)、(ix)アスコルビン酸0.03~0.3mmoL/L、および、ビタミンEまたはその水溶性アナログ・誘導体1~10mM、(x) アデニンまたはその塩もしくは誘導体0.1~4.2mM、(xi) その他のビタミンまたはその水溶性アナログ・誘導体、(xii)必須アミノ酸をトータルで50~200mg/L、(xiii)非必須アミノ酸をトータルで100~500mg/L、(xiv)カリウムイオン種30~80mmoL/L、(xv)ナトリウムイオン種20~90mmoL/L、及び、を含む生理緩衝液であり、pHが7~7.5に設定されている。
【0016】
この冷蔵用保存液は、好ましくは(xv)ヒドロキシエチルデンプンを20~50g/L含む。また、好ましくは、(xvi)リボヌクレオシド4~40mg/L及び/または(xvii)デオキシリボヌクレオシド4~40mg/Lを含む。また、好ましくは、(xviii)リン酸二水素カリウム(potassium dihydrogen phosphate)リン酸二水素ナトリウム(sodium dihydrogen phosphate)10~25mmoL/Lを含む。
【発明の効果】
【0017】
ヒトiPS細胞などの多能細胞を冷蔵保存するにあたり、高い生存率維持効果および再培養後の増殖能を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1A】シングルセル状態にて4℃で保存した場合の、保存開始時の生存率を1.0とした時の保存日数による相対的な生存率(Relative viability)の変化を示すグラフである。なお、
図1~7Fの実験では、UW液と、臨床研究用培地StemFit(登録商標)AK02Nとを2/1で混合した冷蔵保存培地(「HTM1」)を用いた。
【
図1B】
図1Aのグラフより、50%生存率維持日数(ST50)を求めた結果を示す棒グラフである。
【
図2A】
図1Aと同様に、シングルセル状態にて4℃で保存した場合の、保存日数による生存率の変化を示すグラフである。但し、
図1Aと同様に、保存開始時の生存率を1.0に揃えている。
【
図2B】
図2Aのグラフより、80%生存率維持日数(ST80)を求めた結果を示す棒グラフである。
【
図2C】6日間の冷蔵保存後、5日間の培養によるコロニー形成能を示す棒グラフである。
【
図3A】3日間の冷蔵保存を行なった直後に起こる、アポトーシスによる細胞死の比率を示す棒グラフである。
【
図3B】
図3Aと同様に3日間の冷蔵保存を行なった直後に起こる、ネクローシスによる細胞死の比率を示す棒グラフである。
【
図4A】
図3A~3Bと同様に3日間の冷蔵保存を行なった直後に起こる、細胞内活性酸素種(ROS)の濃度変化を示す棒グラフである。
【
図4B】
図3A~3B及び
図4Aと同様に3日間の冷蔵保存を行なった直後における、アポトーシスの指標となる細胞内カスパーゼ3/7の活性の変化を示す棒グラフである。
【
図5A】実験に用いたラジカルスカベンジャーの化学式をまとめて示す。
【
図5B】
図5Aに示す種々のラジカルスカベンジャーを添加した場合の、
図2Bと同様の80%生存率維持日数(ST80)を示す棒グラフである。
【
図6A】ラジカルスカベンジャーであるトロロックスの添加濃度を変化させた場合の
図2Aと同様の、保存日数による生存率の変化を示すグラフである。
【
図6B】
図6Aのグラフより、80%生存率維持日数(ST80)を求めた結果を示す棒グラフである。
【
図6C】6日間冷蔵保存してから5日間培養した際のコロニー形成能について、トロロックスの添加濃度を変化させた各培地での結果を示す棒グラフである。
【
図6D】6日間保存後、回復培養1日後の相対生存率に対する、トコフェロール及び酢酸トコフェロールの添加の効果を示す棒グラフである。
【
図7A】3日間の冷蔵保存後に4日間再培養して得られたコロニーを示す位相差画像である。
【
図7C】6日間の冷蔵保存後に4日間再培養して得られたコロニーを示す位相差画像である。
【
図7E】3日間及び6日間の冷蔵保存後に4日間再培養した培地における、コロニーの面積比率をまとめて示す棒グラフである。
【
図7F】3日間及び6日間の冷蔵保存後に4日間再培養した際のコロニー数の増加率について、冷蔵保存せずに4日間培養した非保存コントロールを1とした比率で示す棒グラフである。
【
図8】
図7Fの結果を、Troloxなどの添加なし、及び、Trolox5mMにアデニンを1.4-8.2mMとした結果も含めて示す棒グラフである。
【
図9】冷蔵保存培地として、UW液と、MEM-alphaとを2/1で混合した冷蔵保存培地「HTM-alpha」(UW液+MEM-alpha, 2:1)を用い、7日間の冷蔵保存後に4日間再培養した際のコロニー数の増加率について示す、
図7F及び8と同様の棒グラフである。ここでは、「HTM-alpha」及び「HTM1」に、5mMのTrolox及び5倍濃度(x5;10mM)のGlutaMAX(登録商標,GIBCO)を添加した。また、市販の冷蔵保存培地であるHTS FRSを用いた結果も併せて示す。
【
図10】マウスの胚盤胞期胚(体外受精後3.5日)を、
図9と同様の培地中にて3日間冷蔵保存した後、2日間の培養期間中に透明帯を脱出した率を示す棒グラフである。
【
図11】
図10の実験と同様の条件で、アデニン塩酸塩の添加濃度の影響を調べた結果を示す、
図10と同様の棒グラフである。
【
図12A】
図6Aの実験と同様の条件で、ヒドロキシエチルスターチ(HES)に代えてポリビニルアルコール(PVA)を用いた場合の保護効果を示す、棒グラフである。
【
図12B】
図12A実験と同様の条件で、ポリビニルアルコール(PVA)に加えて、さらにマンニトール(mannitol)を添加した効果を示す、
図12Aと同様の棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の好ましい実施形態による冷蔵用保存液は、下記(i)~(vi)を含む生理緩衝液であり、pHが7~7.5に設定されている。
【0020】
(i) ラクトビオン酸またはその塩(Lactobionic acid or lactobionate)をラクトン換算で20~100mmoL/L、30~100mmoL/L、30~80mmoL/Lまたは30~60mmoL/L、または、10~50g/L、10~40g/L、15~35g/Lまたは20~30g/L。
(ii) ラフィノース水和物 10~40mmoL/L、10~30mmoL/Lまたは10~20mmoL/L、または、5~20g/Lまたは8~15g/L。
(iii) アロプリノール 0.3~2mmoL/L、0.3~1mmoL/Lまたは0.4~0.8mmoL/L、または、0.03~0.15g/L、0.05~0.1g/Lまたは0.06~0.08g/L。
(iv) グルタチオン(トータルグルタチオン) 1~3mmoL/Lまたは1.5~2.5mmoL/L、または、0.3~1g/L、0.4~0.9g/Lまたは0.4~0.8g/L。
(v) アデノシン 2~10mmoL/L、2~8mmoL/Lまたは2~5mmoL/L、または、0.5~1.5g/Lまたは0.5~1.3g/L。
【0021】
(vi) リポ酸 0.05~1μmoL/L、0.1~0.5μmoL/Lまたは0.2~0.4μmoL/L、または、0.03~0.2mg/Lまたは0.05~0.1mg/L。
(vii) ピルビン酸ナトリウム0.1~1mmoL/L、0.1~0.7mmoL/Lまたは0.2~0.5mmoL/L、または、10~100mg/Lまたは20~50mg/L。
(viii) グルコース 0.5~10mmoL/L、1~5mmoL/Lまたは1~3mmoL/L、または、100~1000mg/Lまたは200~500mg/L。
【0022】
(ix) 下記の抗酸化性のビタミン、またはその水溶性アナログ・誘導体
(いずれも、塩の形態をとりうる。場合により、下記2種のうち、ix-1を省きうる。)
ix-1. アスコルビン酸 0.03~0.3mmoL/L、0.05~0.2mmoL/Lまたは0.05~0.15mmoL/L、または、5~20mg/Lまたは10~15mg/L。
ix-2. ビタミンE、トロロックス(Trolox)またはその他の水溶性ビタミンEアナログ・誘導体0.5~10mM、1~8mMまたは2~7mM。
【0023】
(x) アデニンまたはその塩もしくは誘導体0.1~6mM、0.1~5mM、0.1~4.5mM、0.1~4.2mMまたは2~5mM。場合によっては、0.1~0.3mMまたは0.05~0.2mM。
【0024】
(xi) 上記の他のビタミンまたはその水溶性アナログ・誘導体
(いずれも、塩の形態をとりうる。また、下記10種のうち、1~5種、1~4種または1~3種を省きうる。)
xi-1. ビオチン 0.03~0.25μmoL/L、0.05~0.2μmoL/Lまたは0.1~0.15μmoL/L、または、0.01~0.1mg/Lまたは0.02~0.05mg/L。
xi-2. ビタミンB12 0.03~3μmoL/L、0.05~2μmoL/Lまたは0.1~0.5μmoL/L、または、0.1~0.8mg/Lまたは0.2~0.6mg/L。
xi-3. 葉酸 0.2~2μmoL/L、0.3~1μmoL/Lまたは0.5~0.9μmoL/L、または、0.1~1mg/Lまたは0.2~0.5mg/L。
xi-4. ナイアシンアミド 0.5~8μmoL/L、1~6μmoL/Lまたは1~4μmoL/L、または、0.03~0.2mg/Lまたは0.05~0.1mg/L。
xi-5. リボフラビン 0.03~0.3μmoL/L、0.04~0.2μmoL/Lまたは0.05~0.15μmoL/L、または、0.03~0.2mg/Lまたは0.05~0.1mg/L。
xi-6. コリン 0.05~1μmoL/L、0.1~0.5μmoL/Lまたは0.1~0.4μmoL/L、または、0.1~1mg/Lまたは0.2~0.5mg/L。
xi-7. イノシトール 1~10μmoL/L、1~8μmoL/Lまたは2~6μmoL/L、または、0.03~0.2mg/Lまたは0.05~0.1mg/L。
xi-8. パントテン酸 0.02~0.2μmoL/L、0.03~0.1μmoL/Lまたは0.04~0.08μmoL/L、または、0.1~1mg/Lまたは0.2~0.5mg/L。
xi-9. ピリドキサール 0.5~3μmoL/L、0.1~2μmoL/Lまたは1~2μmoL/L、または、0.1~1mg/Lまたは0.2~0.5mg/L。
xi-10. チアミン 0.3~3μmoL/L、0.4~2μmoL/Lまたは0.5~1.5μmoL/L、または、0.1~1mg/Lまたは0.2~0.5mg/L。
【0025】
(xii) 必須アミノ酸 トータルで50~200mg/Lまたは80~150mg/L。
各成分の量は、表2に記載された含有量を3で割った値(下記の実施例での「HTM-alpha」中の値)をAとした場合、A/3~3Aの範囲(すなわち「HTM-alpha」中の値の3分の1から3倍の値の範囲)、またはA/2~2Aの範囲にて、適宜に設定することができる。後述の非必須アミノ酸や上述のビタミンについても同様である。
xii-1. イソロイシン
xii-2. ロイシン
xii-3. リシン
xii-4. メチオニン
xii-5. フェニルアラニン
xii-6. トレオニン
xii-7. トリプトファン
xii-8. バリン
xii-9. ヒスチジン
【0026】
(xiii) 非必須アミノ酸 トータルで100~500mg/Lまたは150~400mg/L。
(いずれも、塩の形態をとりうる。また、下記10種のうち、1~5種、1~4種または1~3種を省きうる。)
xiii-1. グリシン
xiii-2. アラニン
xiii-3. アルギニン
xiii-4. アスパラギン
xiii-5. アスパラギン酸
xiii-6. システイン
xiii-7. シスチン
xiii-8. グルタミン酸
xiii-9. グルタミン
xiii-10. プロリン
【0027】
(xiv) カリウムイオン種20~90mmoL/L、30~80mmoL/L、40~80mmoL/Lまたは50~70mmoL/L。すなわち、20mmoL/L以上、30mmoL/L以上、40mmoL/L以上、または50mmoL/L以上であって、90mmoL/L未満、80mmoL/L未満、または70mmoL/L未満である。
【0028】
(xv) ナトリウムイオン種20~90mmoL/L、30~80mmoL/L、40~80mmoL/Lまたは50~70mmoL/L。すなわち、20mmoL/L以上、30mmoL/L以上、40mmoL/L以上、または50mmoL/L以上であって、90mmoL/L未満、80mmoL/L未満、または70mmoL/L未満である。
【0029】
この冷蔵用保存液は、好ましくは下記(xvi)~(xviii)の少なくともいずれかを含む。特に好ましくは、下記(xvi)~(xvii)と、下記(xviii)とを含む。
(xvi) ヒドロキシエチルデンプン10~80g/L、20~50g/Lまたは20~40g/L。
(xvii) ポリビニルアルコール3~100g/L、5~80g/L、5~50g/L、5~30g/L、5~25g/L、または5~20g/L。
(xviii) マンニトールを20~100mmoL/L、30~90mmoL/Lまたは20~90mmoL/L。
【0030】
この冷蔵用保存液は、好ましくは下記(xix)及び(xx)の少なくとも一方を含む。
(xix) リボヌクレオシド2~4種 トータルで4~40mg/L、5~30mg/Lまたは10~15mg/L。
(xx) デオキシリボヌクレオシド2~4種 トータルで4~40mg/L、5~30mg/Lまたは10~15mg/L。
【0031】
この冷蔵用保存液は、好ましくは下記(xxi)~(xxiii)を含む。
(xxi) リン酸二水素カリウム(potassium dihydrogen phosphate)またはリン酸二水素ナトリウム(sodium dihydrogen phosphate)10~30mmoL/L、10~25mmoL/L、または15~25mmoL/L。
(xxii) マグネシウムイオン種(特には硫酸マグネシウム)2~8mmoL/L、2~5mmoL/Lまたは2~4mmoL/L。
(xxiii) カルシウムイオン種(特には塩化マグネシウム)0.2~1.5mmoL/L、0.2~1mmoL/Lまたは0.3~0.8mmoL/L。
【0032】
また、本発明の好ましい一実施形態において、ナトリウムイオン種が、モル比(Na/Kのイオンでの比)で、例えば、カリウムイオン種の0.7~1.3倍、0.8~1.2倍、または0.9~1.1倍でありうる。また、他の好ましい一実施形態において、ナトリウムイオン種が、モル比で、例えば、カリウムイオン種の0.5~1.5倍、0.5~1.3倍、または0.6~1.2倍でありうる。
【0033】
本発明の好ましい実施形態による冷蔵保存液は、上述のように、トロロックス(Trolox)またはその他の水溶性ビタミンアナログを、0.1mM以上、0.3mM以上、0.5mM以上、1mM以上、2mM以上、3mM以上、4mM以上、または5mM以上であって、10mM以下、8mM以下、または6mM以下の濃度で含む。
【0034】
本発明の好ましい実施形態による冷蔵保存液は、上述のように、特には、アデニンまたはその塩を、0.1mM以上、0.3mM以上、0.5mM以上、1mM以上、2mM以上、3mM以上であって、8mM以下、6mM以下、5mM以下または4mM以下の濃度、例えば0.1~4.2mMまたは1~4.2mMの濃度で含む。特には、細胞同士が接着されて三次元の塊をなす、胚やオルガノイドを保存するにあたり、アデニンの添加が顕著な効果を示すと考えられる。また、胚やオルガノイドを保存するにあたっては、比較的低い濃度、例えば0.01~0.2mM(10~200μM)または0.05~0.3mM(5~300μM)でも効果が見られた(
図11)。一方、胚やオルガノイドを形成しない状態で、iPS細胞などの幹細胞を培養するにあたっては、例えば0.5~6mM、特には1~5mMまたは2~4mMの濃度でアデニンを添加するのが、特に効果的であると考えられた(
図7A~
図8)。
【0035】
本発明の好ましい実施形態による冷蔵保存液は、さらに、L-アラニル-L-グルタミン、または、その他のジペプチド代替品、またはその塩を、1~6mM、2~5mMまたは3~5mMの濃度で含む。
【0036】
本発明の好ましい一実施形態による冷蔵保存液は、表1に組成を示すUW液と、表2に組成を示すMEM alpha培地とを、UW液がMEM alpha培地の1~3倍、好ましくは1.5~2.5倍、より好ましくは1.8~2.2倍となるように体積比で混合して得られるものである。なお、表1及び表2の組成、及びこの混合比率から得られる各成分の含有量について、±50%の範囲内、±40%の範囲内、±30%の範囲内、または±20%の範囲内で、適宜増減させることが可能である。また、いくつかの成分、特には、表2に挙げられた成分の中で、非必須アミノ酸のうちの一部(例えば1~5種)、ヌクレオシドのうちの一部(例えば1~5種)、ビタミンの一部(例えば1~5種)、無機塩の一部(例えば1~3種)、及びフェノールレッドを省くことができる。
【0037】
本発明の好ましい一実施形態による冷蔵保存方法は、上記のいずれかの冷蔵保存液中にて、多能細胞(pluripotent cells)を、1×103個/mL~1×109個/mLまたは1×104個/mL~1×108個/mLとなるようにシングルセル状態に分散させて、例えば1~10日間または1~7日間の冷蔵保存を行なう。
【0038】
本発明の好ましい一実施形態による冷蔵保存方法は、上記のいずれかの冷蔵保存液を入れた培養容器にて、多能細胞(pluripotent cells)を、1×103個/cm2~1×109個/cm2または1×104個/cm2~1×108個/cm2となるように播種して例えば2~6日間培養させてから、例えば1~10日間または1~7日間の冷蔵保存を行なう。
【0039】
本発明の好ましい実施形態によると、冷蔵保存の対象になる多能細胞または幹細胞は、例えば、ES細胞や、iPS細胞などの人工多能性幹細胞といった万能細胞、または、造血幹細胞、神経幹細胞、肝幹細胞、皮膚幹細胞、生殖幹細胞などである。また、冷蔵保存の対象になる多能細胞は、ヒト由来であるか、または、霊長類、マウス、モルモットなどの哺乳類由来でありうる。
【0040】
また、別の実施形態によると、冷蔵保存の対象は、ヒトまたは動物の胚、特には、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギなどの家畜動物の胚でありうる。
【実施例】
【0041】
1.冷蔵保存実験用の細胞の準備
京都大学iPS細胞研究所より入手した健常人由来ヒトiPS細胞株(253G1)について、フィーダーフリー条件で維持培養を行った。この培養には、市販の臨床研究用(ヒトES/iPS細胞用)培地であるStemFit(登録商標)AK02N(Ajinomoto)を用い、培養開始7日目に70~80%コンフルエントとなった時点で、酵素的に(0.5X TrypLE(登録商標) Selectを用いて)剥離し、分散させて洗浄した。この後、ROCK阻害剤として10μM Y27362(富士フイルム和光純薬)を含む新しいStemFit(登録商標)AK02N培地に懸濁し、さらなる細胞培養基材としてiMatrix-511(MATRIXOME, Inc.)を0.1μg/cm2になるように添加して、1.3E3/cm2(1.3×103/cm2)の濃度で播種した。播種の翌日に、Y27362を含まないStemFit(登録商標)AK02N培地に交換し、その後3日おきに培地を交換し、7日目で継代あるいは実験に供した。
【0042】
なお、冷蔵保存培地として下記のHTM-alphaを用いる実験(
図9)の場合には、このHTM-alphに用いたと同じMEM-alpha培地を、StemFit(登録商標)AK02Nに代えて用いて、冷蔵保存実験用の細胞を準備した。
【0043】
一方、マウス胚の冷蔵保存(
図10~11)をも試みるべく、メス及オスのマウス(いずれもICR)からの体外受精を行なった後、3.5日(84時間)の培養を行なった。この際、媒精用培地にHTF(富士フィルム和光純薬)を用い、培養にはKSOM(アーク・リソース)を用いた。
【0044】
なお、本願中にて、特に断らない限り、培養は、37℃インキュベータ(5% CO2)にて行なった。
【0045】
2.冷蔵保存液
下記の3種の冷蔵保存液を準備した。便宜上、それぞれHTM1、HTM2、及びHTM-alphaと呼ぶことにする。
・HTM1:UW液+上記の臨床研究用培地StemFit(登録商標)AK02N、混合体積比:2/1。
・HTM2:UW液+下記のヒトES細胞培養液(「ESC medium」)、混合体積比:2/1。
・HTM-alpha:UW液+MEM-alpha(12571 - MEM alpha, nucleosides, Thermo Fisher Scientific)、混合体積比:2/1。5mMとなるようにTroloxを添加し、5倍濃度(x5;10mM)となるようにGlutaMAX(登録商標,GIBCO)を添加して用いた。
【0046】
なお、下記3種の冷蔵保存液のいずれかを比較例の冷蔵保存液として用いた。
・UW液(BELZER UW(登録商標) COLD STORAGE SOLUTION)
・上記のStemFit(登録商標)AK02N
・HTS FRS(HypoThermosol(登録商標)FRS, BioLife Solutions)
【0047】
ヒトES細胞培養液(「ESC medium」)は、DMEM-F12(Invitrogen 21331-020)に、下記を添加したものである。下記での%及びmMは、最終的に得られるヒトES細胞培養液に対する重量比率またはモル濃度を示す。
・非必須アミノ酸(NON-ESSENTIAL AMINO ACID (x100)、invitrogen 11140) 1%,
・200 mM L-グルタミン(L-GLUTAMINE(x100)、invitrogen 25030) 1%,
・StemSure(登録商標)Serum Replacement (SSR) (富士フイルム和光純薬) 20%,
・2-メルカプトエタノール(2-MERCAPTOETHANOL(x1000;添加時の濃度) 0.1 mM,
・ペニシリン及びストレプトマイシン(penicillin/streptomysin)。
【0048】
UW液(BELZER UW(登録商標) COLD STORAGE SOLUTION)の組成は、上記非特許文献1によると、下記の表のとおりである。
【0049】
【0050】
「HTM-alpha」で用いたMEM alpha培地(12571 - MEM alpha, nucleosides, Thermo Fisher Scientific)は、具体的には、下記の組成を有している(https://www.thermofisher.com/jp/en/home/technical-resources/media-formulation.94.html)。
【0051】
【0052】
「HTM-alpha」に添加したGlutaMAX(登録商標,GIBCO)は、L-グルタミンのジペプチド代替品であるL-アラニル-L-グルタミンを生理食塩水(0.85N NaCl)に溶解した200mM溶液(「GlutaMAXTM I(100×)」)として市販されている。これを、1/20に薄めて10mM(5×)となるように、「HTM-alpha」中に添加して用いた。
【0053】
上記UW液、HTM1~HTM2、HTM-alpha、並びに、一般に常用されている培養液Earls BSS(EBSS -Earle's Balanced Salt Solution; ThermoFisher scientific)について、ナトリウムイオン、カリウムイオン、及び、これらのモル比を下記表3にまとめて示す。なお、StemFit(登録商標) AK02N及びMEM-alphaでも、これらのイオン濃度は、Earls BSSと同一である。後述の実験結果を参照するならば、Na+/K+のモル比について、1前後、または、これより少し小さい値とすべきであろうと考えられた。
【0054】
[表3] 市販の培地、及び実施例の培地におけるNa
+/K
+のモル比
【0055】
なお、上述のように、タンパク質やペプチド、及び成長因子は、StemFit(登録商標) AK02Nに含まれているが、MEM-alphaに含まれていない。したがって、タンパク質やペプチド、及び成長因子は、HTM1に含まれているが、HTM-alphaに含まれていない。
【0056】
3.シングルセル状態での冷蔵保存
上記「1.」で得られたヒトiPS細胞を、上記「2.」の冷蔵保存液HTM1及びHTM2に入れて、1E6cells/mL(浮遊細胞数1×106個/mL)になるように、シングルセル状態で懸濁してから、プラスチックチューブに入れ、4℃条件下に静置し保存した。生存率は、トリパンブルー染色後、生細胞の数をカウントして求めた。
【0057】
経時的な生存率測定の結果を
図1A及び2Aに示す。
図1Aのグラフより、50%生存率維持日数(ST50)を求め、
図1Bに示す。また
図2Aのグラフより、80%生存率維持日数(ST80)を求め
図2Bに示す。
【0058】
本願実施例における統計学的処理は、次のように行なった。
図1A及び
図2Bの生存率の維持カーブは、R ver 3.5.1を用いて4変数ロジスティック曲線にフィットして得た。また、1way ANOVAおよびBonferoni検定およびDunnetts検定は、Graphpad Prism 5.04を用いて計算した。
【0059】
図1A及び
図2Aに示すように、UW液を用いた場合に比べ、本願実施形態の冷蔵保存液であるHTM1(UW液+StemFit(登録商標)、2/1)及びHTM2(UW液+ES細胞培養液(ESC medium)、2/1)を用いた場合に、より高い生存性維持効果を示した。
図1A及び
図1Bに示すように、HTM2を用いて保存した場合、UW液にくらべて、生存性維持期間が約2倍まで延長された。HTM1を用いた場合と、HTM2を用いた場合とを比較すると、50%生存率維持日数(ST50)は、ほぼ同等であり、UW液に比べて、いずれも有意に高い値を示した。
図2A及び
図2Bに示すように、80%の生存率維持日数(Survival time 80: ST80)を比較したところ、HTM1を用いた場合に4.6日となり、UW液を用いた場合の2.1日に比べて、2.2倍という顕著に高い値を示した。
【0060】
HTM1に用いたStemFit(登録商標)培地は、動物由来成分不含(Xenofree)であるため、以後の実験はHTM1を用いて検討した。なお、ES細胞培養液(ESC medium)をそのまま冷蔵保存用培地に用いた場合、生存性維持効果は、UW液に比べても顕著に低かった。以下の実験でもES細胞培養液(ESC medium)を用いているが、グラフ中にのみ示し、説明や言及は省略することとする。
【0061】
4.コロニー形成能維持効果
冷蔵保存後の細胞増殖能を、次のようにして検証した。まず、上記「1.」で得られたヒトiPS細胞を、上記「2.」の冷蔵保存液HTM1に入れて、上記「3.」のようにして6日間冷蔵保存した。次いで、10μM Y27362を含むStemFit(登録商標)AK02N培地に懸濁し、iMatrix-511を0.1μg/cm2になるように添加して、1.3E3/cm2の濃度で播種した。培養5日目に、細胞に固定アルカリフォスファターゼ染色を行ってから、一定の大きさ以上まで形成したコロニーの数を、コロニーカウンターを用いて計測した。冷蔵保存を行なわずに同様に5日間培養した場合のコロニーの数を同様に計測してコントロールとした。そして、冷蔵保存後の5日間の培養で得られたコロニー数を、このコントロールでのコロニーの数で割って、コロニー形成能(Relative colony efficiency)とした。
【0062】
図2Cに示すように、HTM1を用いた場合に、UW液保存を用いた場合の6.7倍という、有意に高い値を示した。以上より、新規細胞低温保存液HTM1は、ヒトiPS細胞の低温保存において高い生存性維持効果および再培養後の増殖能を維持する効果があることがわかった。なお、StemFit(登録商標)AK02N用いた場合に、コロニー形成は見られなかった。
【0063】
5.アポトーシス細胞の検出と計測
上記「1.」で得られたヒトiPS細胞を、上記「2.」の冷蔵保存液HTM1に入れて、上記「3.」のようにして3日間保存し、この直後に起こる細胞死をAnnexin V/EthD-IIIを用いて分類した。すなわち、アポトーシス細胞とネクローシス細胞の分別のためには、まず、Apoptotic/Necrotic Cells Detection Kit(TAKARA)を用いてプロトコールに従い染色した。そして、Annexin V-FITC陽性細胞(アポトーシス)とエチジウムホモダイマーIII陽性細胞(ネクローシス)、Hoechst33342(Dojin)シグナル(全細胞)、を蛍光顕微鏡下で観察・計測して決定した。
【0064】
この結果を、
図3A及び3Bの棒グラフにより示す。
図3Aに示すように、HTM1を用いた場合に、UW液を用いた場合にくらべて、アポトーシスの誘導を有意に低く抑えることが知られた。このような保存直後のアポトーシスの抑制効果により、HTM1が、UW液にくらべて高い増殖能(コロニー形成能)を持つものと考えられる。
【0065】
6.細胞内ROS測定
低温保存において低温保存期間の生存性の維持も重要であるが、保存後の再培養時におこる細胞死を抑えることが、より重要である。この、低温保存・再培養開始後に起こる細胞死の原因を解明するために、細胞内活性酸素種(ROS)をアミノフェニルフルオレセイン(Aminophenyl Fluorescein; APF)を用いて測定した。詳しくは、次のようにして測定した。まず、Aminophenyl Fluorescein (APF)(五稜化薬)を、終濃度5μMになるように、上記「5.」と同様にして3日間冷蔵保存した後の培地に添加し、この際、37℃インキュベータ(5% CO2, 5% O2)内で30分間かけて導入した。この後、培地を交換すると同時にHoechst33342(Dojin)を10μM添加してカウンター染色を行った後、蛍光顕微鏡で観察して、写真撮影した。各細胞の蛍光シグナルは、画像解析ソフトImageJを用いて定量した。
【0066】
この結果を
図4Aに示す。細胞内ROS濃度は再培養開始90分以内に急上昇し、その後徐々に低下する傾向があることが解った。
【0067】
7.細胞内カスパーゼ活性の測定
上記「5.」と同様にして3日間冷蔵保存した後の細胞について、アポトーシスの指標となる細胞内カスパーゼ3/7の活性を測定した。まず、CellEventTM Caspase-3/7 Green Detection Reagent (ThermoFisher)を用いてプロトコールに従って染色した。そして、各細胞の蛍光シグナルは、画像解析ソフトImageJを用いて定量した。
【0068】
この結果を
図4Bに示す。アポトーシスの指標となるCaspase-3/7活性は90分後から徐々に上昇することが解った。この結果は、低温保存・再培養開始時に、細胞内活性酸素種(ROS)が一過的に上昇することによりアポトーシスを誘導していることを示している。
【0069】
8.抗酸化物質ないしラジカルスカベンジャーの添加試験
HTM1に抗酸化物質ないしラジカルスカベンジャーを種々の濃度で添加し、上記「3.」のようにして冷蔵保存試験に供した。添加した抗酸化物質ないしラジカルスカベンジャーは、
図5A及び以下のとおりである。トロロックス(Trx; Trolox, Wako), EGCG(Teavigo(登録商標),DSM), N-アセチルシステイン(NAC; N-acetyl cysteine, 東京化成), L-アスコルビン酸(AA; L-ascorbic acid, WAKO), 及び、エダラボン(3-Methyl-1-phenyl-2-pyrazoline-5-one, Edaravone:Sigma)。
【0070】
図5Bには、
図2A~2Bと同様にして、80%生存率維持日数を求めて比較した結果を示す。
図5Bに示すように、最も効果の高かったのは、水溶性ビタミンEアナログであるTrolox(5mM)の添加であり、生存率をUW液の9.5倍、HTM1単独の4.4倍まで延長したのであり、約20日間にわたって80%以上の生存率を維持した(ST80: 20.11日)。Troloxに次いで、強力なラジカル阻害剤として知られるEdaravoneの効果が高く、EGCG, N-アセチルシステイン(NAC; N-acetyl cysteine)にて、それに次ぐ効果が見られた。Troloxと協調的に働く効果を期待したL-アスコルビン酸(AA; Ascorbic Acid)には、あまり効果が見られなかった。以上の結果より、汎用性が高く低価格にて利用できる、Troloxの添加を中心に、以後の実験を実施した。
【0071】
9.トロロックスの添加濃度
生存性維持効果が最も高かったトロロックス(Trolox)の効果について、添加濃度を0.1mM~0.5mMに変化させて、さらに検討した。
図6Aには、上記
図2Aの場合と同様にして得た、生存率の経時変化を、
図2Aに重ねる形で示す。また、
図6Bには、上記
図2B及び
図5Bと同様に、80%生存率維持日数を求めた結果を示す。
図6Bに示すように、80%生存率維持日数は、ほぼ、トロロックスの濃度の増大とともに増大することがわかった。80%生存率維持日数は、無添加HTM1に比べて、0.5mM以上の添加で有意に高い値を示した。
【0072】
次いで、冷蔵保存・再培養後の増殖能を検証するために、上記「4.」と同様に、6日間冷蔵保存した細胞を播種し、培養5日目のコロニー形成能を比較した。
図6Cに示すように、上記「4.」と同様に評価したコロニー形成能も、Troloxの濃度に依存して上昇することがわかった。最も効果の高かったTrolox5.0mM添加区のコロニー形成能は、HTM1単独の場合の2.3倍に達し、冷蔵保存していない未保存コントロールの41.2%に達した。この値は、定法に従って-80℃のフリーザーに入れて緩慢凍結保存したものとほぼ同等の価であった。このことは、HTM1にTroloxを5mM添加することで、6日間までは凍結保存と同等以上の増殖能を維持できることを示している。
【0073】
9A.ビタミンEおよびビタミンE誘導体の添加との比較
上記「2.」に記載のHTM-alpha(UW液+MEM-alpha, 2:1)であって、Trolox及びGlutaMAX(登録商標,GIBCO)を添加する前のものを用いて、
図6A及び
図2Aの場合と同様の手順により、トコフェロール(ビタミンE)、及び酢酸トコフェロール(ビタミンE誘導体)を添加した場合の冷蔵保存における効果を調べた。トコフェロール、酢酸トコフェロールをTroloxと同様に0.04mM~5.0mMになるように添加して冷蔵保存を行った。この際、水溶性ビタミンEアナログであるTrolox2.0mMを添加したサンプルについても同時に試験を行った。
図6Dには、6日間保存後、回復培養1日後の相対生存率を、まとめて示す。この結果により、Troloxに比較すると、トコフェロール(ビタミンE)、酢酸トコフェロールともに冷蔵保存における効果が低いことが解った。
【0074】
10.接着状態での冷蔵保存(1)
上記「1.」と同様にして得られたヒトiPS細胞を用いた。但し、培養の最後の段階で上記「1.」の維持培養より若干薄い濃度(1.0E3/cm2)で播種して培養し、この播種の翌日に、Y27362を含まないStemFit(登録商標)AK02N培地に交換してから、播種後4日目に培地を除去した。
【0075】
次いで、冷蔵保存用の培地であるHTM1に交換して4℃条件下に3日間または6日間静置保存した。すなわち、細胞が、互いに凝集・接着し、また、培養容器に接着した状態にて3日間または6日間の冷蔵保存を行なった。この冷蔵保存用の培地であるHTM1には、Troloxを5mM添加して用いた。また、このような培地に、アデニン塩酸塩(Adenine Hydrochloride;東京化成)を、0mM、1.4mM及び4.1mMとなるように、それぞれ添加して用いた。なお、比較例の冷蔵保存培地として、UW液(BELZER UW(登録商標) COLD STORAGE SOLUTION)を用いた。
【0076】
冷蔵保存後の細胞は、冷蔵保存培地を除去した後、培養用培地で軽く洗浄した。次いで、StemFit(登録商標)AK02N培地を加え、4日間培養した。この培養の終了の時点で、酵素的に(0.5X TrypLE(登録商標) Selectを用いて)細胞を剥離し、分散させて生細胞数を計測した。そして、冷蔵保存開始時の細胞数と比較した。また、培養の終了及び開始の時点での位相差像を撮影してから、ImageJで画像処理してコロニーエリアの抽出二値化を行い、コロニー面積を測定することで増殖能を評価した。
【0077】
上記の実験は、iPS細胞を接着した状態での冷蔵保存法の開発を目指したものであり、3日間または6日間の冷蔵保存後に、4日間培養することで、増殖能を評価したのである。実験の結果を、
図7A~7F及び
図8に示す。
図7A~7Bは、3日間の冷蔵保存後に4日間再培養して得られたコロニーの画像を示し、
図7C~7Dは、6日間の冷蔵保存後に4日間再培養して得られたコロニーの画像を示す。ここで、
図7A及び7Cは、位相差画像であり、これらをそれぞれ二値化したものが、
図7B及び7Dである。
【0078】
また、
図7Eの棒グラフには、3日間及び6日間の冷蔵保存後に4日間再培養した培地における、コロニーの面積比率をまとめて示す。さらに、
図7F及び
図8の棒グラフには、3日間及び6日間の冷蔵保存後に4日間再培養した際のコロニー数の増加率について、冷蔵保存せずに4日間培養した非保存コントロールを1とした比率で示す。なお、
図8の棒グラフには、6日間冷蔵保存した場合について、HTM1そのまま(Troloxなどの添加なし)、及び、HTM1にTroloxを8.2mMとなるように添加した冷蔵培地を用いた実験結果をも併せて示す。
【0079】
図7A~7Dのそれぞれの左上部分に示すように、UW液で冷蔵保存した場合には、3日間または6日間の冷蔵保存後の再培養の際に、ほとんど増殖が見られなかった。HTM1にTrolox5mM添加した冷蔵保存培地を用いて3日間冷蔵保存した場合、
図7A~7Bのそれぞれの右上部分に示すようにかなりの増殖が見られ、
図7Fの左部分に示すように、3日間冷蔵保存後の再培養における細胞増殖率は、非保存コントロールと、ほぼ同等の値を示した。一方、HTM1にTrolox 5mM添加した冷蔵保存培地を用いて6日間冷蔵保存した場合、
図7C~7Dのそれぞれの右上部分に示すように、いくらかの増殖が見られ、
図7Fの右部分に示すように6日冷蔵保存後に再培養した際の細胞の増殖率は、非保存コントロールの10%程度にとどまった。
【0080】
他方、
図7A~7Dのそれぞれの左下及び右下部分に示すように、HTM1にTrolox 5mMとともに、さらにアデニン(Adenine)を添加することで、増殖率を上昇させることが可能であった。特には
図8に示すように、接着された状態にある細胞を6日間冷蔵保存した場合、Trolox 5mM添加に加えてAdenineを2.8mM及び4.2mM添加することで、再培養時の増殖率を有意に上昇させることが可能なことが解った。アデニン(Adenine)の添加により、4.2mMまでは濃度の増大に伴う増殖率の増大がみられたが、8.2mM添加では逆に低下することが解った。
【0081】
11.接着状態での冷蔵保存(2)
上記「2.」に記載のHTM-alpha(UW液+MEM-alpha, 2:1)を用いて、上記「10.」と同様の操作により、接着状態での冷蔵保存について評価した。但し、6日間ではなく7日間の冷蔵保存後に再培養してから評価した。ここで、HTM-alphaには、上述のように、5mMのTrolox及び5倍濃度(x5;10mM)のGlutaMAX(登録商標,GIBCO)が添加されている。また、HTM1及びHTS FRSを、同時に同一の条件で用いることにより比較した。なお、HTM1には、HTM-alphaと同様に、5mMのTrolox及び5倍濃度(x5;10mM)のGlutaMAX(登録商標,GIBCO)を添加して用いた。
【0082】
この結果を、
図9のグラフに示す。
図9の棒グラフでは、
図7E及び8と同様に、冷蔵保存せずに4日間培養した非保存コントロールを1とした比率で示している。
図9のグラフに示されているように、冷蔵保存培地としてHTM-alpha(中央のもの)を用いた場合、HTM1を用いた場合に比べても、有意に高い増殖率を示した。また、市販の冷蔵保存液であるHTS FRSを用いた場合に比べて、はるかに高い増殖率を示した。
【0083】
この結果から、StemFit(登録商標)AK02NのC液に含まれている繊維芽細胞増殖因子(FGF)は、不要であるか、または、あまり寄与しないものと考えられる。また、StemFit(登録商標)AK02Nに含まれる成分のうち、HTM-alphaに含まれないものは、必須でないと考えられた。特には、HTM-alphaが無タンパクの培地であるため、タンパク質は、必須でないか、または、ない方が良いと考えられた。
【0084】
12.マウス胚の冷蔵保存
上述のように、体外受精後3.5日の胚盤胞期胚を、直ちに、そのまま用いて、冷蔵保存実験を行なった。詳しくは、この胚盤胞期胚について、培地を、上記「11.」で用いたHTM-alpha、HTM1、及びHTS FRS、並びに、UW液に置換してから、プラスチックチューブに入れ、4℃条件下に静置し3日間(72時間)保存した。なお、ここでのHTM-alpha及びHTM1は、いずれも、上記「11.」と同様に、5mMのTrolox及び5倍濃度(x5;10mM)のGlutaMAX(登録商標)を添加したものである。
【0085】
図10には、さらに2日間培養を行い、この2日間の培養期間中に透明帯を脱出した胚の率を示した。
図10には、冷蔵保存を行なわなかった未保存コントロール(F_Control)についても同様に冷蔵保存及び培養を行なった結果を、併せて示す。
【0086】
図10に示すように、HTM1及びHTM-alphaでは、ともに未保存コントロール(F_Control)と同等の脱出率を示したが、UW液及びHTS FRSでは、ともに優位に低い脱出率を示した。
【0087】
次に、
図7E~7Fと同様に、アデニン塩酸塩(Adenine Hydrochloride;東京化成)を添加する効果について調べた。すなわち、
図10の実験と同様の条件にて、アデニン塩酸塩(Adenine Hydrochloride;東京化成)を各濃度となるように添加した場合の、透明帯を脱出した胚の率を求めた。
図11には、左から順に、未保存コントロール(F_Control)、並びに、アデニン塩酸塩を1.4mM(1400μM)、140μM、14μM及び0μMとなるように、それぞれ添加した場合の結果を示す。
図11から知られるように、5日及び7日間の低温保存においては、Adenine濃度が14μM~140μM(0.014~0.14mM)の場合に、比較的高い透明帯脱出率を示した。
【0088】
13.ポリビニルアルコール(PVA; polyvinyl alcohol)添加の効果
上記表1に示すように、UW液に5.0%のヒドロキシエチルスターチ(HES; hydroxy ehyl starch)が含有されているので、上記「2.」に記載のHTM-alpha(UW液+MEM-alpha, 2:1)には、3.3%のヒドロキシエチルスターチ(HES)が含まれている。ここでは、ヒドロキシエチルスターチ(HES)に代えて、ポリビニルアルコール(PVA)を添加した場合の効果を調べた。ここでは、上記表1のUW液の組成から、ヒドロキシエチルスターチ(HES)を除いたものを用い、その他はHTM-alpha(UW液+MEM-alpha, 2:1)と同一である冷蔵保存液であって、ポリビニルアルコール(PVA)を0.25%~2.5%(重量)の範囲で含有するものを用いた。そして、上記の
図6Dの場合と同様にして、細胞生存性を評価した。すなわち、
図6A及び
図2Aの場合と同様の手順により、ポリビニルアルコール(PVA)による保護効果を調べた。この際、ヒドロキシエチルスターチ(HES)の濃度が5%(重量)としたサンプルについても同時に試験を行った。
図12Aには、6日間保存後、回復培養1日後の相対生存率を、まとめて示す。この結果により、ポリビニルアルコール(PVA)が、いずれの濃度範囲においても、5%ヒドロキシエチルスターチ(HES)と同等の保護効果を示すことが解った。なお、ポリビニルアルコール(PVA)は、ヒドロキシエチルスターチ(HES)よりも安価であり、また、生体組織に対する安全性も、より高いと考えられる。
【0089】
14.マンニトール(mannitol)の添加の効果
次に、上記「13.」と同様にして、ポリビニルアルコール(PVA)とともに、マンニトール(mannitol)を添加してその相乗効果について検証した。すなわち、HTM-alpha(UW液+MEM-alpha, 2:1)からヒドロキシエチルスターチ(HES)を省いたものに、ポリビニルアルコール(PVA)を0.5%~5%の範囲で添加するとともに、細胞膜非透過性の浸透圧調整効果を有すると考えられるマンニトール(mannitol)を0,30,60,90mM添加して用いた。また、
図6A及び
図2Aの場合と同様の手順により、保護効果を調べた。
図12Bには、
図12Aの場合と同様に、6日間保存後、回復培養1日後の相対生存率を、まとめて示す。
図12Bの結果によると、0.5%のポリビニルアルコール(PVA)とともに、マンニトールを30mM~90mMの範囲で添加すると、ヒドロキシエチルスターチ(HES)を5%濃度で含有する場合よりも、冷蔵保存後の細胞の生存性が高まることが解った。
【0090】
15.実験結果のまとめ
UW液と、市販の臨床研究用培地StemFit(登録商標)AK02Nとを2/1で混合した本願実施形態の細胞低温保存用培地HTM1を用いた場合、
図1B及び
図2Bに示すように、組織の冷蔵保存液として広く用いられているUW液に比較して、ヒトiPS細胞の4℃低温保存において生存性維持時間を2倍程度延ばすことを可能にした。また、
図6Cに示すように、6日間冷蔵保存して再培養した後の細胞増殖能は、UW液の約7倍まで高められた。
【0091】
また、HTM1に抗酸化物質・ラジカルスカベンジャーを添加することで、冷蔵保存後、再培養の開始時におこるROS濃度の急激な上昇を抑制することが可能となったと考えられ、Trolox 5mM添加では、
図6A及び6Bに示すように、80%生存率の維持期間を、20日以上と、Trolox添加なしのHTM1に比べて、その約4倍とすることができた。また、
図6Cに示すように、低温保存・再培養後のコロニー形成率を無添加区の約2倍まで高める効果があることが認められた。
【0092】
一方、接着状態のまま低温保存を行った場合では、
図7A~7F及び
図8に示すように、Trolox添加に加えてAdenineの添加が、その後の増殖率を高めることが明らかとなった。
【0093】
他方、UW液と、MEM alphaとを混合して得られる、特に好ましい実施形態の細胞低温保存用培地「HTM-alpha」(UW液+MEM-alpha,2/1)を用いた場合、
図9に示すように、HTM1(UW液+StemFit(登録商標)AK02,2/1)よりも細胞増殖能を維持する効果が大きいと考えられた。
【0094】
iPS細胞の冷蔵保存技術は、冷凍保存に比較すると保存期間は限定されるものの、培養状態(接着)のままの保存が可能なことや、凍結の不可能な分化誘導されたオルガノイドの保存及び輸送、あるいは、創薬研究におけるオンデマンドな細胞供給など、応用範囲が非常に高い技術である。そのため、ヒトiPS細胞の保存を可能にした本技術は非常に重要なものである。
【0095】
本願実施形態の細胞低温保存用培地「HTM-alpha」は、マウス胚の冷蔵保存に効果を発揮したことから、ヒト及び各種動物の胚性、または非胚性の幹細胞や、これを含む組織の冷蔵保存にも効果を発揮するであろうと考えられる。