(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-18
(45)【発行日】2025-02-27
(54)【発明の名称】タイヤ評価方法及びタイヤ設計方法
(51)【国際特許分類】
B60C 19/00 20060101AFI20250219BHJP
G01M 17/02 20060101ALI20250219BHJP
【FI】
B60C19/00 H
G01M17/02
(21)【出願番号】P 2021121596
(22)【出願日】2021-07-26
【審査請求日】2024-05-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100111039
【氏名又は名称】前堀 義之
(74)【代理人】
【識別番号】100184343
【氏名又は名称】川崎 茂雄
(72)【発明者】
【氏名】小池 明大
【審査官】高島 壮基
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-89222(JP,A)
【文献】特開2007-278917(JP,A)
【文献】特開2006-232011(JP,A)
【文献】特開2009-8409(JP,A)
【文献】特開2009-162482(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60C 1/00-19/12
G01M 17/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被評価タイヤを所定条件の下で転動させる台上試験に供試して、
前記被評価タイヤに、スリップ角を変化させる時系列データを与えたときの、前記被評価タイヤのタイヤ回転軸に作用する横力及び鉛直軸回りのモーメントそれぞれの過渡応答データを計測し、
前記スリップ角の時系列データに対する前記横力の過渡応答データの遅れ時間として定義された、第1遅れ時間を算出し、
前記スリップ角の時系列データに対する前記鉛直軸回りのモーメントの過渡応答データの遅れ時間として定義された、第2遅れ時間を算出し、
前記第1遅れ時間と前記第2遅れ時間とに基づいて、前記鉛直軸回りのモーメントの過渡応答データに対する前記横力の過渡応答データの遅れとして定義された、第3遅れ時間を算出し、
前記所定条件を前輪転動条件として算出された前記第3遅れ時間である前輪第3遅れ時間と、前記所定条件を後輪転動条件として算出された前記第1遅れ時間である後輪第1遅れ時間とに基づいて、前記被評価タイヤを評価する、タイヤ評価方法。
【請求項2】
前記前輪転動条件での前記被評価タイヤの評価において、前記前輪第3遅れ時間が短いほど好ましい、
請求項1に記載のタイヤ評価方法。
【請求項3】
前記後輪転動条件での前記被評価タイヤの評価において、前記後輪第1遅れ時間が長いほど好ましい、
請求項1又は2に記載のタイヤ評価方法。
【請求項4】
前記前輪第3遅れ時間と前記後輪第1遅れ時間とを、それぞれに設定された重み付け係数をそれぞれ乗じて合算することにより算出された評価指標に基づいて、前記被評価タイヤを評価する、
請求項1に記載のタイヤ評価方法。
【請求項5】
実車試験における官能評価により目標とする基準タイヤを抽出し、
前記基準タイヤを台上試験に供試し、
前記基準タイヤについて、前記前輪第3遅れ時間である基準前輪第3遅れ時間と、前記後輪第1遅れ時間である基準後輪第1遅れ時間とを算出し、
前記被評価タイヤの前記前輪第3遅れ時間と前記後輪第1遅れ時間とを、前記基準前輪第3遅れ時間及び/又は前記基準後輪第1遅れ時間と比較することによって評価する、
請求項1~4のいずれか1つに記載のタイヤ評価方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1つに記載のタイヤ評価方法を用いて算出された前記前輪第3遅れ時間及び/又は前記後輪第1遅れ時間に基づいて、改善すべき指標が前記前輪第3遅れ時間及び/又は前記後輪第1遅れ時間であるかを判断し、
前記改善すべき指標と判断された前記前輪第3遅れ時間及び/又は前記後輪第1遅れ時間を改善するように、タイヤを設計する、タイヤ設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤ評価方法及びタイヤ設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、台上試験において、スリップ角の時系列データをタイヤ測定条件としてタイヤに与えたときの、タイヤ回転軸に作用する物理量(横力及びセルフアライニングトルク)の過渡応答データを、タイヤ力学モデルを用いて定めた応答関数によって予測データとして算出することを開示している。
【0003】
非特許文献1は、後輪横剛性を低下させることにより後輪横力の発生が遅れる結果、車両のヨー角加速度が増加し曲がり易い車となることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】大下宰一郎著(他4名)、「前後輪の横剛性差がヨー応答特性改善に及ぼす効果」、公益社団法人自動車技術会 2020年秋季大会学術講演会講演予稿集、2020年10月16日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1はタイヤ回転軸に作用する物理量の算出を開示しており、非特許文献1は旋回性を向上させるために後輪の横剛性を低下させることを開示しているが、それぞれ台上試験で計測されたデータを利用して実車試験における官能評価との相関性を向上させることについての開示はない。
【0007】
本発明は、台上試験で計測されたデータを利用した、実車評価における官能評価との相関性を向上させることができる、タイヤ評価方法及び該タイヤ評価方法を利用したタイヤ設計方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、
被評価タイヤを所定条件の下で転動させる台上試験に供試して、
前記被評価タイヤに、スリップ角を変化させる時系列データを与えたときの、前記被評価タイヤのタイヤ回転軸に作用する横力及び鉛直軸回りのモーメントそれぞれの過渡応答データを計測し、
前記スリップ角の時系列データに対する前記横力の過渡応答データの遅れ時間として定義された、第1遅れ時間を算出し、
前記スリップ角の時系列データに対する前記鉛直軸回りのモーメントの過渡応答データの遅れ時間として定義された、第2遅れ時間を算出し、
前記第1遅れ時間と前記第2遅れ時間とに基づいて、前記鉛直軸回りのモーメントの過渡応答データに対する前記横力の過渡応答データの遅れとして定義された、第3遅れ時間を算出し、
前記所定条件を前輪転動条件として算出された前記第3遅れ時間である前輪第3遅れ時間と、前記所定条件を後輪転動条件として算出された前記第1遅れ時間である後輪第1遅れ時間とに基づいて、前記被評価タイヤを評価する、タイヤ評価方法を提供する。
【0009】
本発明によれば、台上試験での計測結果に基づいて、被評価タイヤを前輪第3遅れ時間と後輪第1遅れ時間とによって効率的に評価できる。なお、遅れ時間は、例えば、入力変化後の定常状態の90%に達した時間と出力変化後の定常状態の90%に達した時間の差を用いてもよい。時定数が求められる場合は時定数を用いてもよい。
【0010】
具体的には、前輪第3遅れ時間は、鉛直軸回りのモーメントに対する横力の遅れ時間であるので、鉛直軸回りのモーメントがハンドルに伝達されることにより生じるハンドル手応えに対する横力発生の応答性を評価できる。一方、後輪第1遅れ時間は、スリップ角の変化に対する横力の遅れ時間であるので、横力に起因して生じる復元モーメントの立ち上がりの応答性を評価できる。すなわち、前輪第3遅れ時間及び後輪第1遅れ時間によって、実車試験でのドライバによる官能評価と台上試験での計測結果に基づく評価結果との相関性を高めることができる。
【0011】
前記前輪転動条件での前記被評価タイヤの評価において、前記前輪第3遅れ時間が短いほど好ましいと判断してもよい。
【0012】
本構成によれば、被評価タイヤは、前輪第3遅れ時間が短いほど、ハンドル手応えに対して応答性よく横力が発生すると判断できる。
【0013】
前記後輪転動条件での前記被評価タイヤの評価において、前記後輪第1遅れ時間が長いほど好ましいと判断してもよい。
【0014】
本構成によれば、被評価タイヤは、後輪第1遅れ時間が長いほど、後輪における復元モーメントの立ち上がりが遅くなるので、旋回初期の応答性がよくなると判断できる。
【0015】
前記前輪第3遅れ時間と前記後輪第1遅れ時間とを、それぞれに設定された重み付け係数をそれぞれ乗じて合算することにより算出された評価指標に基づいて、前記被評価タイヤを評価してもよい。
【0016】
本構成によれば、前輪第3遅れ時間と後輪第1遅れ時間とがそれぞれの重み付け係数によって重み付されて合算された1つの評価指標に基づいて、被評価タイヤを効率的に評価できる。
【0017】
実車試験における官能評価により目標とする基準タイヤを抽出し、
前記基準タイヤを台上試験に供試し、
前記基準タイヤについて、前記前輪第3遅れ時間である基準前輪第3遅れ時間と、前記後輪第1遅れ時間である基準後輪第1遅れ時間とを算出し、
前記被評価タイヤの前記前輪第3遅れ時間と前記後輪第1遅れ時間とを、前記基準前輪第3遅れ時間及び/又は前記基準後輪第1遅れ時間と比較することによって評価してもよい。
【0018】
本構成によれば、被評価タイヤを基準タイヤとの比較によって評価することによって、台上試験での計測に基づく評価を、実車試験における官能評価との相関性をより一層向上させることができる。
【0019】
本発明の他の態様は、
上記いずれか1つに記載のタイヤ評価方法を用いて算出された前記前輪第3遅れ時間及び/又は前記後輪第1遅れ時間に基づいて、改善すべき指標が前記前輪第3遅れ時間及び/又は前記後輪第1遅れ時間であるかを判断し、
前記改善すべき指標と判断された前記前輪第3遅れ時間及び/又は前記後輪第1遅れ時間を改善するように、タイヤを設計する、タイヤ設計方法を提供する。
【0020】
本発明によれば、上記タイヤ評価方法を用いて改善すべき指標を容易に判断することができ、該改善すべき指標を改善するようにタイヤを設計できるので、タイヤを効率的に設計できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、台上試験で計測されたデータを利用した、実車評価における官能評価との相関性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1A】本発明の一実施形態に係る台上タイヤ評価システムの概略図。
【
図1B】
図1の台上タイヤ評価システムをタイヤ軸心方向から見た概略図。
【
図3】台上タイヤ評価システムに係るタイヤ評価方法を示すフローチャート。
【
図8】実車における操舵応答性の官能評価例を示すグラフ。
【
図9】台上タイヤ評価システムによる算出結果をプロットしたグラフ。
【
図10】第2実施形態に係る台上タイヤ評価システムの概念図。
【
図11】
図10のシステムに係るタイヤ評価を示すフローチャート。
【
図12】接地荷重と遅れ時間との関係を示すグラフ。
【
図13】第3実施形態に係る台上タイヤ評価システムの概念図。
【
図14】
図13のシステムに係る評価方法の一例を示すグラフ。
【
図15】
図13のシステムに係る評価方法の他の例を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明に係る実施形態を添付図面に従って説明する。なお、以下の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物、あるいは、その用途を制限することを意図するものではない。また図面は模式的なものであり、各寸法の比率等は現実のものとは相違している。
【0024】
[第1実施形態]
図1A及び
図1Bは、本発明の第1実施形態に係る台上タイヤ評価システム100の概略構成を示している。
図1A及び
図1Bに示されるように、台上タイヤ評価システム100は、被評価タイヤXを台上で転動させながら計測する台上タイヤ試験装置1と、計測されたデータに基づいて被評価タイヤXの評価に係る指標を算出する算出装置3とを有している。
【0025】
台上タイヤ試験装置1は、被評価タイヤXを所定条件の下で転動させる転動部10と、転動部10の作動を制御する制御部20とを有している。
【0026】
転動部10は、走行台11とタイヤ支持部12とを有している。走行台11は、一対のローラ14間に巻き回された帯状の無端体11aを有しており、無端体11aの外表面上に被評価タイヤXが転動する。無端体11aは、一対のローラ14の少なくとも一方を駆動させることにより一対のローラ14間を回動する。被評価タイヤXは、回動する無端体11aから駆動力が与えられて供回りすることによって、走行台11上を所望の移動速度V(無端体11aに対する相対速度)で転動する。
【0027】
タイヤ支持部12は、被評価タイヤXを、タイヤ回転軸(ハブともいう)12aを介して回転可能に支持する。タイヤ回転軸12aには、被評価タイヤXがホイール16を介してハブボルト17及びナット18により固定されている。また、タイヤ支持部12は、被評価タイヤXに所望のスリップ角SAを与える。さらに、タイヤ支持部12は、被評価タイヤXを無端体11aに対して所望の接地荷重Pで接地させる。タイヤ支持部12は、タイヤ回転軸12aに作用する力を検出するロードセル13を有している。ロードセル13は、タイヤ支持部12とタイヤ回転軸12aとの間に介設されており、タイヤ回転軸12aに作用する6分力(タイヤ軸方向、鉛直方向、タイヤ軸方向及び鉛直方向に直交する方向の3軸方向の3つの力と、各軸回りの3つのモーメント)を計測する。このほか、タイヤ支持部12を、被評価タイヤXに所望のキャンバー角を与えるように構成してもよい。
【0028】
図2は、走行台11上を転動する被評価タイヤXを上方から見た図であり、被評価タイヤXの接地部に作用する力を概念的に示している。
図2に示される状態では、被評価タイヤXは、進行方向D0に対して右側へスリップ角SAが付与された状態で無端体11a上を移動速度Vで転動している。
【0029】
このとき、被評価タイヤXの接地部には、タイヤ回転軸12aに直交する第1方向D1における進行方向後側へξ(ニューマチックトレール)離れた位置おいて、無端体11aからタイヤ回転軸12aに平行な第2方向D2(図において右側)へ横力Fyが作用するとともに、第1方向D1の後側に転がり抵抗RRが作用する。横力Fyと転がり抵抗RRとの合力Fのうち進行方向D0に直交する方向の成分をコーナリングフォースCFと称し、進行方向D0の成分をドラッグフォースDFと称する。
【0030】
本実施形態で対象とするスリップ角SAが小さい領域(例えば1°程度)では、横力FyとコーナリングフォースCFとは概ね等しいので、以下、横力Fyを参照して説明するが、コーナリングフォースCFに置き換えてもよい。
【0031】
鉛直軸回りのモーメントMzは、被評価タイヤXに対して鉛直軸周りに作用する回転モーメントであり、スリップ角SAを解消する方向に作用する。本明細書では、鉛直軸回りのモーメントMzは、ニューマチックトレールξに横力SFを乗じて算出されるトルクMsと、スリップ角SAを与えた初期段階等に過渡的に生じる被評価タイヤXのサイド部のねじれに起因したトルクMtとが合計されたトルクである。接地部で生じる横力Fyと鉛直軸回りのモーメントMzとは、タイヤ回転軸12aに伝達される。
【0032】
図1Aに示されるように、制御部20は、Fy計測部21と、Mz計測部22と、作動制御部23とを有している。Fy計測部21及びMz計測部22はそれぞれ、被評価タイヤXを所定の接地荷重P、所定の移動速度V及びスリップ角SAで転動させたときに、ロードセル13からの信号に基づいて、タイヤ回転軸12aに作用する横力Fyと鉛直軸回りのモーメントMzとを計測する。
【0033】
作動制御部23は、被評価タイヤXの転動条件を制御する。すなわち、作動制御部23は、接地荷重P、移動速度V及びスリップ角SAを制御する。制御部20には、条件設定部24が接続されている。条件設定部24によって、被評価タイヤXの転動条件、すなわち接地荷重P、移動速度V及びスリップ角SAが所望の条件に設定される。
【0034】
なお、スリップ角SAは、経時的に変化するランプ関数として定義された時系列データとして与えられる。すなわち、スリップ角SAの変化によるランプ応答として、Fy計測部21及びMz計測部22によって、横力Fy及び鉛直軸回りのモーメントMzが過渡的に変化した過渡応答データが計測される。
【0035】
算出装置3は、ハードディスク等の記憶部、演算処理部(CPU)30、メモリ、入力装置及び出力装置40を備えた周知のコンピュータと、コンピュータに実装されたソフトウェアとによって構成されている。演算処理部30は、第1遅れ時間算出部31と、第2遅れ時間算出部32と、第3遅れ時間算出部33と、プロット部34とを有している。
【0036】
第1遅れ時間算出部31は、スリップ角SA変化のランプ応答としてFy計測部21で計測される被評価タイヤXの横力Fyの過渡応答データの、スリップ角SAの時系列データに対する遅れ時間を第1遅れ時間T1として算出する。
【0037】
第2遅れ時間算出部32は、スリップ角SA変化のランプ応答としてFy計測部21で計測される被評価タイヤXの鉛直軸回りのモーメントMzの過渡応答データの、スリップ角SAの時系列データに対する遅れ時間を第2遅れ時間T2として算出する。
【0038】
第3遅れ時間算出部33は、第1遅れ時間T1から第2遅れ時間T2を減じた値を第3遅れ時間T3として算出する。すなわち、第3遅れ時間T3は、スリップ角SAの時系列データに対してランプ応答によりそれぞれ計測される、横力Fyの鉛直軸回りのモーメントMzに対する遅れ時間を意味している。
【0039】
プロット部34は、前輪転動条件の下で計測された横力Fy及び鉛直軸回りのモーメントMzに基づいて算出された前輪第3遅れ時間T3Fを横軸にとり、後輪転動条件の下で計測された横力Fyに基づいて算出された後輪第1遅れ時間T1Rを縦軸にとってプロットしたグラフを出力装置40に出力する。
【0040】
図3は、台上タイヤ評価システム100を用いたタイヤ評価方法及びタイヤ設計方法の流れを示すフローチャートである。
図3に示されるように、まず、被評価タイヤXを台上タイヤ試験装置1にセットして台上試験に供試する(ステップS001)。次いで、条件設定部24を介して前輪転動条件(接地荷重P、移動速度V、スリップ角SAのランプ関数による時系列データ)を設定する(ステップS002)。次いで、作動制御部23は、設定された前輪転動条件で被評価タイヤXの転動を開始させる(ステップS003)。
【0041】
次いで、Fy計測部21及びMz計測部22によって、前輪転動条件により転動中の被評価タイヤXからタイヤ回転軸12aに作用する横力Fy及び鉛直軸回りのモーメントMzが計測される(ステップS004)。横力Fy及び鉛直軸回りのモーメントMzは、スリップ角SAの時系列変化に対するランプ応答としての過渡応答データとして計測される。次いで、作動制御部23は被評価タイヤXの転動を停止させる。(ステップS005)。
【0042】
次いで、第1遅れ時間算出部31は、前輪転動条件における被評価タイヤXについて前輪第1遅れ時間T1
Fを算出する(ステップS006)。
図4は、第1遅れ時間T1の算出方法を概念的に示すグラフである。本実施形態では、第1遅れ時間T1を、時系列データにおいて、スリップ角SA及び横力Fyがそれぞれ、定常値の90%となる90%SA及び90%Fyとなる時間t1及びt2の時間差によって算出している。このほか、第1遅れ時間T1を、定常値の90%以外の所定値(例えば、定常値の85%,64%等)となるスリップ角SA及び横力Fyとなる時間t1及びt2の時間差によって算出してもよい。
【0043】
図示は省略するが、第2遅れ時間算出部32も同様に、時系列データにおいて、スリップ角SA及び鉛直軸回りのモーメントMzがそれぞれ定常値の90%となる90%SA及び90%Mzとなる時間t1及びt3の時間差によって算出される。
【0044】
このほか、スリップ角SAの時系列データに対する横力Fy及び鉛直軸回りのモーメントMzの過渡応答データのそれぞれの一周期分の波形に基づいて算出した時定数を、遅れ時間として採用してもよい。時定数を同定するには、例えば、横力Fy(1次応答系)及び鉛直軸回りのモーメントMz(1次応答系)の伝達関数を用いてランプ応答の時系列データから時定数を同定する方法、若しくは、ステップ応答により出力が定常値の63.2%になる時間を基準に時定数を求める方法等を用いてもよい。なお、遅れ時間を、ランプ応答の定常値の90%に到達する時間に基づいて算出する場合、時定数の同定およびステップ応答時の試験機の制御遅れの複雑な分析を要しないので、時定数を求める場合に比して容易に遅れ時間を算出できる。
【0045】
次いで、第2遅れ時間算出部32は、同様に、前輪転動条件における被評価タイヤXについて前輪第2遅れ時間T2Fを算出する(ステップS007)。次いで、第3遅れ時間算出部33は、前輪転動条件における被評価タイヤXについて前輪第3遅れ時間T3Fを算出する(ステップS008)。
【0046】
次に、条件設定部24を介して後輪転動条件(接地荷重P、移動速度V、スリップ角SAのランプ関数による時系列データ)を設定する(ステップS09)。次いで、作動制御部23は、設定された後輪転動条件で被評価タイヤXの転動を開始させる(ステップS010)。
【0047】
次いで、Fy計測部21によって、後輪転動条件により転動中の被評価タイヤXのタイヤ回転軸12aに作用する横力Fyが計測される(ステップS011)。横力Fyは、スリップ角SAの時系列変化に対するランプ応答としての過渡応答データとして計測される。次いで、作動制御部23は被評価タイヤXの転動を停止させる。(ステップS012)。次いで、第1遅れ時間算出部31は、後輪転動条件における被評価タイヤXについて後輪第1遅れ時間T1Rを算出する(ステップS013)。
【0048】
次いで、プロット部34は、被評価タイヤXについて、前輪第3遅れ時間T3Fを横軸にとり、後輪第1遅れ時間T1Rを縦軸にとってプロットしたグラフを、出力装置40に出力する(ステップS014)。
【0049】
図5~
図7の各グラフには、トレッドパターンのデザイン及び/又は内部のベルトの仕様等の構造の異なる5種類の被評価タイヤX1~X5について、第1遅れ時間T1、第2遅れ時間T2及び第3遅れ時間T3を計測した例を示している。なお、後輪転動条件について、第2遅れ時間T2
R及び第3遅れ時間T3
Rを参考に示している。
【0050】
また、
図8のグラフは、被評価タイヤX1~X5を実車に装着して、操舵応答性をドライバによる官能評価により評価した結果を示している。官能評価では、1.0を最も好ましい評価として、数値が低くなるにしたがって評価結果が悪くなることを意味している。
【0051】
被評価タイヤX1~X5は、タイヤサイズは205/55R16で共通しており、移動速度Vは50km/hであり、前輪接地荷重PFは約4400Nであり、後輪接地荷重PRは約3400Nであり、スリップ角SAは0.25秒で1°まで線形的に変化させる時系列データである。
【0052】
図5,6に示されるように、台上試験結果では、被評価タイヤX1は、他の被評価タイヤX2~X5に比して、第1遅れ時間T1及び第2遅れ時間T2が相対的に長い。すなわち、被評価タイヤX1は、スリップ角SAの変化に対する横力Fy及び鉛直軸回りのモーメントMzの立ち上がりが遅いため、操舵応答性に劣るように思われる。しかしながら、
図8に示される実車における官能評価では最も優れた評価結果となっている。
【0053】
一方、
図7に示されるように、被評価タイヤX1は、他の被評価タイヤX2~X5に比して、第3遅れ時間T3が相対的に短い。すなわち、被評価タイヤX1は、鉛直軸回りのモーメントMzの立ち上がりに対して、応答性よく横力Fyが立ち上がっていることが理解される。
【0054】
ここで、前輪第3遅れ時間T3Fは、鉛直軸回りのモーメントMzに対する横力Fyの遅れ時間であるので、鉛直軸回りのモーメントMzがハンドルに伝達されることにより生じるハンドル手応えに対する横力Fy発生の応答性を評価できる。すなわち、前輪第3遅れ時間T3Fが短いほうが、操舵手応えに対して横力Fyが応答性よく発生すると考えられる。
【0055】
一方、後輪第1遅れ時間T1Rは、スリップ角SAの変化に対する横力Fyの遅れ時間であるので、横力Fyに起因して生じる復元モーメントの立ち上がりの応答性を評価できる。すなわち、後輪第1遅れ時間T1Rが長いほうが、後輪において復元モーメントの発生が遅れるので操舵初期における旋回性を向上させやすいと考えられる。
【0056】
図9は、出力装置40に出力されるグラフに、実車における官能評価結果を合わせて示したものである。
図9から、前輪第3遅れ時間T3
Fは短いほど官能評価結果が優れていることがわかる。一方、後輪第1遅れ時間T1
Rは長いほど官能評価結果がすぐれていることがわかる。
【0057】
したがって、前輪第3遅れ時間T3F及び後輪第1遅れ時間T1Rでプロットされたグラフから、各被評価タイヤX1~X5について改善すべき指標を容易に把握できる。例えば、被評価タイヤX2及びX3については、前輪第3遅れ時間T3Fを短くしつつ後輪第1遅れ時間T1Rを長くすることによって、実車における操舵応答性及び旋回性の官能評価の改善が見込まれることを視覚的に容易に理解しやすい。一方、被評価タイヤX4及びX5については、前輪第3遅れ時間T3Fを短くすることによって、実車における操舵応答性の改善が見込まれることを視覚的に容易に理解しやすい。
【0058】
最終的に、台上タイヤ評価システム100による評価結果を考慮して、被評価タイヤX2及びX3については、前輪第3遅れ時間T3F及び後輪第1遅れ時間T1Rを改善するように設計見直しを検討でき、被評価タイヤX4及びX5については、後輪第1遅れ時間T1Rを改善するように設計見直しを検討できる(ステップS016)。
【0059】
上記実施形態に係る台上タイヤ評価システム100によれば、台上タイヤ試験装置1での計測結果に基づいて、被評価タイヤXを前輪第3遅れ時間T3Fと後輪第1遅れ時間T1Rとによって効率的に評価できる。具体的には、前輪第3遅れ時間T3F及び後輪第1遅れ時間T1Rによって、実車試験でのドライバによる官能評価と台上試験での計測結果に基づく評価結果との相関性を高めることができる。また、被評価タイヤXについて、改善すべき指標を容易に判断することができ、該改善すべき指標を改善するようにタイヤを設計できるのでタイヤを効率的に設計できる。
【0060】
[第2実施形態]
図10は、第2実施形態に係る台上タイヤ評価システム200の概略構成を示している。台上タイヤ評価システム200は、第1実施形態に係る台上タイヤ評価システム100に対して算出装置3が異なっている。以下、台上タイヤ評価システム100と共通する構成については同じ参照符号を使用してその説明を省略する。
【0061】
台上タイヤ評価システム200における算出装置3は、演算処理部30に第1遅れ時間推定部35と第2遅れ時間推定部36とをさらに有している。
【0062】
第1遅れ時間推定部35は、複数の接地荷重Pで計測された横力Fyそれぞれについて第1遅れ時間算出部31で算出された複数の第1遅れ時間T1に基づいて、第1遅れ時間T1を接地荷重Pの関数として推定する第1遅れ時間推定式を算出して、該推定式に基づいて所定の接地荷重Pにおける第1遅れ時間T1を推定する。
【0063】
第2遅れ時間推定部36は、複数の接地荷重Pで計測された鉛直軸回りのモーメントMzそれぞれについて第2遅れ時間算出部32で算出された複数の第2遅れ時間T2に基づいて、第2遅れ時間T2を接地荷重Pの関数として推定する第2遅れ時間推定式を算出して、該推定式に基づいて所定の接地荷重Pにおける第2遅れ時間T2を推定する。
【0064】
図11は、台上タイヤ評価システム200を用いたタイヤ評価方法及びタイヤ設計方法の流れを示すフローチャートである。
図11に示されるように、まず、被評価タイヤXを台上タイヤ試験装置1にセットして台上試験に供試する(ステップS101)。次いで、条件設定部24を介して転動条件(複数の接地荷重P、移動速度V、スリップ角SAのランプ関数による時系列データ)を設定する(ステップS102)。次いで、作動制御部23は、設定された転動条件すなわち移動速度V及びスリップ角SAの時系列データを共通として複数の接地荷重Pごとに被評価タイヤXの転動を開始させる(ステップS103)。
【0065】
このとき、複数の接地荷重Pごとに、Fy計測部21及びMz計測部22によって、被評価タイヤXからタイヤ回転軸12aに作用する横力Fy及び鉛直軸回りのモーメントMzが計測される(ステップ103)。次いで、作動制御部23は、被評価タイヤXの転動を停止させる(ステップS104)。
【0066】
次いで、第1遅れ時間推定部35は、複数の接地荷重Pごとに計測された横力Fyそれぞれについて第1遅れ時間T1を算出する(ステップS105)。次いで、算出された複数の第1遅れ時間T1を接地荷重Pの関数とする第1遅れ時間推定式を算出する(ステップS106)。第1遅れ時間推定式は、計測値に基づいて例えば最小二乗法等を用いて算出される。
【0067】
同様に、第2遅れ時間推定部36は、複数の接地荷重Pごとに計測された鉛直軸回りのモーメントMzそれぞれについて第2遅れ時間T2を算出する(ステップS107)。次いで、算出された複数の第2遅れ時間T2を接地荷重Pの関数とする第2遅れ時間推定式を算出する(ステップS108)。第2遅れ時間推定式は、計測値に基づいて例えば最小二乗法等を用いて算出される。
【0068】
図12(a)及び(b)はそれぞれ、接地荷重Pを横軸にとり、第1遅れ時間T1及び第2遅れ時間T2を縦軸にとったグラフの一例を示している。グラフには、第1遅れ時間T1及び第2遅れ時間T2を接地荷重Pの関数とする第1遅れ時間推定式及び第2遅れ時間推定式によるグラフがそれぞれ併せて示されている。
【0069】
なお、
図12(b)において、第2遅れ時間T2が、接地荷重Pが小さい領域においてマイナスとなっており、スリップ角SAよりも鉛直軸回りのモーメントMzが先に立ち上がることを意味している。これは、スリップ角SAを与えるためにタイヤ支持部12が回動した初期において、接地部ではまだスリップ角が生じておらずこのためトルクMsが生じない一方で、被評価タイヤXのサイド部に捻りによるトルクMtが生じているためと推定される。すなわち、スリップ角SAが生じる前に、被評価タイヤXのサイド部の捻りより生じるトルクMtにより鉛直軸回りのモーメントMzが生じていると推定される。
【0070】
図11に戻って、第1遅れ時間推定部35は、前輪接地荷重P
Fに基づいて第1遅れ時間推定式から前輪第1遅れ時間T1
Fを算出する(ステップS109)。次いで、第2遅れ時間推定部36は、前輪接地荷重P
Fに基づいて第2遅れ時間推定式から前輪第2遅れ時間T2
Fを算出する(ステップS110)。次いで、第3遅れ時間算出部33は、前輪第1遅れ時間T1
F及び前輪第2遅れ時間T2
Fに基づいて、前輪第3遅れ時間T3
Fを算出する(ステップS111)。
【0071】
次いで、第1遅れ時間推定部35は、後輪接地荷重PRに基づいて第1遅れ時間推定式から後輪第1遅れ時間T1Rを算出する(ステップS112)。
【0072】
以降、第1実施形態に係る台上タイヤ評価システム100と同様に、前輪第3遅れ時間T3F及び後輪第1遅れ時間T1Rをプロットしたグラフを出力装置40に出力し(ステップS113)、該グラフに基づいて被評価タイヤXを評価し(ステップS114)、被評価タイヤXの設計見直しを検討する(ステップS115)。
【0073】
第2実施形態に係る台上タイヤ評価システム200によれば、第1遅れ荷重推定式及び第2遅れ荷重推定式に基づいて、任意の接地荷重における第1遅れ時間T1及び第2遅れ時間T2を推定できる。
【0074】
[第3実施形態]
図13は、第3実施形態に係る台上タイヤ評価システム300の概略構成を示している。台上タイヤ評価システム300は、第1実施形態に係る台上タイヤ評価システム100に対して算出装置3が異なっている。以下、台上タイヤ評価システム100と共通する構成については同じ参照符号を使用してその説明を省略する。
【0075】
台上タイヤ評価システム300における算出装置3は、演算処理部30に評価部37をさらに有している。
【0076】
評価部37は、前輪第3遅れ時間T3
F及び後輪第1遅れ時間T1
Rについての所定の評価基準に基づいて、被評価タイヤXを評価する。
図14は、
図9のグラフをベースとして、評価基準として、実車における官能評価により許容下限(目標)である0.75と抽出された基準タイヤZについて、算出された基準前輪第3遅れ時間S3
F及び基準後輪第1遅れ時間S1
Rが算出されてプロットされている。
【0077】
評価部37は、基準タイヤZとの相対比較によって被評価タイヤXを評価する。
図14によれば、例えば、被評価タイヤX1は、基準タイヤZに対して前輪第3遅れ時間T3
Fが短く且つ後輪第1遅れ時間T1
Rが長いので、実車における官能評価において、基準タイヤZに対して、操舵手応えに対する横力Fyの応答性及び旋回性共に優れる評価となることが見込まれる。
【0078】
一方、被評価タイヤX2及びX3は、基準タイヤZに対して前輪第3遅れ時間T3Fが長く且つ後輪第1遅れ時間T1Rが短いので、実車における官能評価において、基準タイヤZに対して、操舵手応えに対する横力Fyの応答性及び旋回性共に劣る評価となることが見込まれる。
【0079】
また、被評価タイヤX4,X5は、基準タイヤZに対して前輪第3遅れ時間T3Fは長いものの後輪第1遅れ時間T1Rが長いので、実車における官能評価において、基準タイヤZに対して、操舵手応えに対する横力Fyの応答性が劣るものの後輪における旋回性に優れる評価となることが見込まれる。
【0080】
したがって、被評価タイヤXを基準タイヤZとの比較によって評価することによって、台上試験での計測に基づく評価を、実車試験における官能評価との相関性をより一層向上させることができる。
【0081】
また、基準タイヤZを実車における官能評価により1.0と評価されたタイヤを用いてもよい。この場合、基準タイヤZの前輪第3遅れ時間T3F及び後輪第1遅れ時間T1Rそれぞれについて所定の偏差で許容下限を判定する判定値を設定して、該判定値によって被評価タイヤXを評価してもよい。
【0082】
図15は、変形例に係る評価基準を示している。
図15では、
図9のグラフをベースとして、実車における官能評価において評価された複数の被評価タイヤXに基づく官能評価の評価点の等高線が併せて示されている。
図15によれば、実車における官能評価の評価点の等高線に基づいて、被評価タイヤXを評価できる。これによっても、被評価タイヤXを等高線に基づいて評価することによって、台上試験での計測に基づく評価を、実車試験における官能評価との相関性をより一層向上させることができる。
【0083】
さらに、前輪第3遅れ時間T3Fと後輪第1遅れ時間T1Rとを、それぞれに設定された重み付け関数をそれぞれ乗じて合算することにより算出される評価指標に基づいて、被評価タイヤを評価してもよい。具体的には、算出された評価指標を、所定の閾値に徴して評価してもよい。この場合、前輪第3遅れ時間T3Fと後輪第1遅れ時間T1Rとがそれぞれの重み付け係数によって重み付されて合算された1つの評価指標に基づいて、被評価タイヤを効率的に評価できる。
【0084】
上記実施形態では、台上タイヤ試験装置1と算出装置3とを有する台上タイヤ評価システム100,200,300を例にとって説明したが、算出装置3を台上タイヤ試験装置1に一体化してもよい。
【0085】
また、第3実施形態に係る台上タイヤ評価システム300は、第1実施形態に係る台上タイヤ評価システム100をベースとして説明したが、第2実施形態に係る台上タイヤ評価システム200に組み合わせてもよい。
【0086】
本発明は、前記実施形態に記載された構成に限定されるものではなく、種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0087】
1 台上タイヤ試験装置
3 算出装置
12 タイヤ支持部
12a タイヤ回転軸
20 制御部
21 Fy計測部
22 Mz計測部
23 作動制御部
24 条件設定部
30 演算処理部
31 第1遅れ時間算出部
32 第2遅れ時間算出部
33 第3遅れ時間算出部
34 プロット部
100 台上タイヤ評価システム
X 被評価タイヤ
Fy 横力
Mz 鉛直軸回りのモーメント
T1 第1遅れ時間
T2 第2遅れ時間
T3 第3遅れ時間