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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-19
(45)【発行日】2025-02-28
(54)【発明の名称】マウスピースの製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61C 19/06 20060101AFI20250220BHJP
【FI】
A61C19/06 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2024153214
(22)【出願日】2024-09-05
【審査請求日】2024-10-30
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】511125892
【氏名又は名称】ホワイトエッセンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002516
【氏名又は名称】弁理士法人白坂
(72)【発明者】
【氏名】坂本 佳昭
(72)【発明者】
【氏名】淺木 隆夫
【審査官】望月 寛
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0325626(US,A1)
【文献】特開2023-101863(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61C 19/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬剤を充填した状態で口腔内の歯列に装着するために用いるマウスピースの製造方法であって、
被着用者の口腔の歯列を撮像し、前記口腔内の前記歯列の三次元歯列データを生成する歯列データ生成工程と、
前記三次元歯列データに基づいて、3Dプリンタにより熱可塑性樹脂の樹脂粉末を溶融して凝集することにより被着用者の歯型模型を作製する模型作製工程と、
前記歯型模型に予め加熱された樹脂シートを被着させて、前記樹脂シートに前記歯型模型の表面形状を転写させて前記被着用者の口腔内に装着するマウスピースを作製するマウスピース作製工程と、を備え、
前記マウスピース作製工程において、前記歯型模型の表面形状を前記樹脂シートに転写する際に前記マウスピースの内表面部に粗面化部形成され、前記被着用者の口腔内に前記マウスピースが装着されるに際し、前記マウスピースの前記内表面部に薬剤が充填され、前記薬剤が前記粗面化部に残留される
ことを特徴とするマウスピースの製造方法。
【請求項2】
前記粗面化部のJIS B 0601(2013)に準拠した測定における表面粗さ(Ra)は、5~25μmである請求項に記載のマウスピースの製造方法。
【請求項3】
前記薬剤は、ホワイトニング用薬剤または知覚過敏治療剤である請求項に記載のマウスピースの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマウスピース及びマウスピースの製造方法に関し、特に、マウスピースの着用者の歯にマウスピースを通じて薬剤を残留させやすくするマウスピースとその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
口腔の歯列に装着されるマウスピースは、被着用者の歯列の形状を模った模型(歯型模型)を予め作製し、この歯型模型に合致する形状のマウスピースを作製している。従来、歯型模型は石膏により作製されていた。石膏による歯型模型の作製から積層造形装置(3Dプリンタ)を使用して歯型模型の作製の簡略化が進められている(特許文献1参照)。
【0003】
マウスピースは被着用者の歯列の形状に合わせて個別に作成されるため、形状の合致度は高い。そこで、歯、歯肉等の治療目的、さらには歯の着色を脱色して白くするホワイトニング等の施術に使用されることが多い(特許文献2参照)。マウスピースの内表面側に必要な薬剤が充填され、薬剤を保持したまま歯列に装着される。
【0004】
しかしながら、マウスピースの装着後にマウスピース内の薬剤が流失することが問題視されている。マウスピースと歯との間に薬剤が残留するほど、薬剤の効果は持続する。特にホワイトニング等においては顕著である。使用する薬剤の粘性を高めるとしても、現状のマウスピースの構造では限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開WO2020/250976号
【文献】特開2023-101863公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発明者らはマウスピース装着後の薬剤残留の問題について鋭意検討を重ねた。そして、発明者らはマウスピースの構造を改良することにより、口腔内への装着後の薬剤の残留量を高める有効策を得るに至った。
【0007】
本発明は前記の点に鑑みなされたものであり、薬剤を充填した状態で口腔内の歯列に装着するために用いるマウスピースであり、マウスピースと歯との間での薬剤を残留しやすくするマウスピースと、当該マウスピースの製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、実施形態は、被着用者の口腔の歯列に装着されるマウスピースであって、マウスピースは口腔内の歯列の表面に当接するマウスピースの内表面部に粗面化部を備え、粗面化部のJIS B 0601(2013)に準拠した測定における表面粗さ(Ra)は5~25μmであることを特徴とする。
【0009】
さらに、マウスピースは樹脂シートから形成されることとしてもよい。
【0010】
さらに、マウスピースにおいて、被着用者の口腔内にマウスピースを装着するに際し、マウスピースの内表面部に薬剤が充填され、薬剤は粗面化部に残留することとしてもよい。
【0011】
さらに、マウスピースにおいて、薬剤はホワイトニング用薬剤または知覚過敏治療剤であることとしてもよい。
【0012】
実施形態のマウスピースの製造方法において、被着用者の口腔の歯列を撮像し、口腔内の歯列の三次元歯列データを生成する歯列データ生成工程と、三次元歯列データに基づいて、被着用者の歯型模型を作製する模型作製工程と、歯型模型に樹脂シートを被着させて、樹脂シートに歯型模型の表面形状を転写させて被着用者の口腔内に装着するマウスピースを作製するマウスピース作製工程とを備え、マウスピース作製工程において、歯型模型の表面形状を樹脂シートに転写する際にマウスピースの内表面部に粗面化部を形成することを特徴とする。
【0013】
さらに、マウスピースの製造方法において、粗面化部のJIS B 0601(2013)に準拠した測定における表面粗さ(Ra)は、5~25μmであることとしてもよい。
【0014】
さらに、マウスピースの製造方法において、模型作製工程では歯型模型は3Dプリンタにより作製されることとしてもよい。
【0015】
さらに、マウスピースの製造方法において、被着用者の口腔内にマウスピース装着するに際し、マウスピースの内表面部に薬剤が充填され、薬剤は粗面化部に残留する
こととしてもよい。
【0016】
さらに、マウスピースの製造方法において、薬剤はホワイトニング用薬剤または知覚過敏治療剤であることとしてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明のマウスピースは、被着用者の口腔の歯列に装着されるマウスピースであって、マウスピースは口腔内の歯列の表面に当接するマウスピースの内表面部に粗面化部を備え、粗面化部のJIS B 0601(2013)に準拠した測定における表面粗さ(Ra)は5~25μmであるため、薬剤を充填した状態で口腔内の歯列に装着するために用いるとして、マウスピースと歯との間での薬剤を残留しやすくすることができる。
【0018】
本発明のマウスピースの製造方法は、被着用者の口腔の歯列を撮像し、口腔内の歯列の三次元歯列データを生成する歯列データ生成工程と、三次元歯列データに基づいて、被着用者の歯型模型を作製する模型作製工程と、歯型模型に樹脂シートを被着させて、樹脂シートに歯型模型の表面形状を転写させて被着用者の口腔内に装着するマウスピースを作製するマウスピース作製工程とを備え、マウスピース作製工程において、歯型模型の表面形状を樹脂シートに転写する際にマウスピースの内表面部に粗面化部を形成するため、薬剤を充填した状態で口腔内の歯列に装着するためのマウスピースの内表面に適度な凹凸を形成してマウスピースを最適に作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】(A)は実施形態のマウスピースの全体斜視図、(B)はその部分拡大斜視図である。
図2】マウスピース装着時の縦断面模式図である。
図3図2の部分拡大縦断面模式図である。
図4】被着用者の口腔の歯列の撮像時の模式図である。
図5】三次元歯列データの模式図である。
図6】歯型模型の全体斜視図である。
図7】(A)はマウスピース作製の第1模式図、(B)は同第2模式図、(C)は同第3模式図である。
図8】液垂れ試験に関し(A)試験前の写真、(B)試験後の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
実施形態のマウスピースは、マウスピースの内表面部側(凹状部側)に所定の薬剤を充填し、その上で被着用者の上顎、下顎の歯列に対して装着し、マウスピース内に保持されている薬剤を歯に浸透させる際に用いる器具である。実施形態のマウスピースに充填される薬剤は、ホワイトニング用薬剤または知覚過敏治療剤である。ホワイトニング用薬剤は、過酸化水素等を含有し歯の黄ばみ、着色を脱色する薬剤である。知覚過敏治療剤は歯の表面から浸透し、歯の中の神経に作用もしくは象牙細管を封鎖することにより症状を緩和する薬剤である。
【0021】
図1ないし図3を用い、実施形態のマウスピース1の構造について説明する。図1(A)は実施形態のマウスピース1の全体斜視図であり、マウスピース1は熱可塑性樹脂の樹脂シートから形成される本体部10により構成される。樹脂シートはPET(ポリエチレンテレフタレート)、PE(ポリエチレン)、PP(ポリプロピレン)、EVA(エチレン酢酸ビニル)、水添スチレン・イソプレンブロック共重合体、ナイロン(ポリアミド)樹脂、塩化ビニル樹脂等のシート材であり、厚さは0.5ないし2mmである。マウスピース1(本体部10)は内表面部11と外表面部12に分けられ(後出の図2、3参照)、内表面部11が被着用者の歯列に接触する。
【0022】
図1(B)はマウスピース1の部分拡大斜視図であり、ちょうど上顎の前歯部分に相当する。このように、実施形態のマウスピース1は被着用者の上顎及び下顎の歯列に正確に対応した形状として形成される。実施形態のマウスピース1は上顎または下顎の歯列の全体に装着するU字状の形態である。なお、マウスピース1は上顎または下顎の前歯(開口時に目立つ中切歯)のみ等の必要箇所に装着する構造としてもよい。
【0023】
図2は実施形態のマウスピース1を装着した状態の断面模式図であり、図3はその部分拡大断面図である。図示は、下顎の前歯付近の断面である。後述の製造方法の説明参照の通り、マウスピース1の内表面部11側は歯20(図示では前歯:中切歯)の表面の形状に適合した形状である。歯20は、最外部のエナメル質21、その中に象牙質23があり、さらに最深部に歯髄22(いわゆる神経)から形成される。歯20は下顎の骨24に保持され、歯20の周囲は歯肉25により保護されている。
【0024】
マウスピース1が歯20に装着されることにより、歯20の表面はほぼマウスピース1の内表面部11により被覆される。そこで、図3に示されるように、内表面部11側に薬剤Dが充填される。薬剤Dは歯20(エナメル質21)とマウスピース1の内表面部11に挟まれ、歯20とマウスピース1との間の間隙に留まる。そこで、薬剤Dの成分が歯20のエナメル質21及び象牙質23に作用して脱色(ホワイトニング)が進む。もしくは、薬剤Dは、エナメル質21、象牙質23、歯髄22の順に浸透して歯髄22もしくは象牙質23の細管を封鎖することによって知覚過敏の治療に用いられる。加えて、マウスピース1を用いる薬剤Dは、歯周病の予防と治療、口臭ケア等の用途としてもよい。
【0025】
マウスピース1が歯20に装着されることにより、口腔内における歯20の表面からの薬剤Dの剥離、流出は抑制され、薬剤の浸透によるホワイトニング等の効果が持続される。ただし、マウスピース1の本体部10は樹脂シートであることから、樹脂シートの両面は共に平滑である。従前の樹脂シートを用いたマウスピースの場合、マウスピース自体の表面の平滑さゆえに歯とマウスピースとの間隙から薬剤は漏出しがちである。
【0026】
この点に鑑み、実施形態のマウスピース1では内表面部11に粗面化部13が形成される(図3参照)。粗面化部13は微細な凹凸を備える。マウスピース1の内表面部11に粗面化部13が備わることにより、薬剤Dは粗面化部13の凹凸の窪みに残留する。また、薬剤Dは、その表面張力により粗面化部13の凹凸に残留しやすくなる。つまり、被着用者の口腔内にマウスピースを装着する際、マウスピース1の内表面部11に薬剤Dが充填されて薬剤Dは粗面化部13に残留する。結果として、内表面部11が平滑な状態であるときよりも、内表面部11に粗面化部13が形成されることにより、薬剤Dの残留量は増加することとなる。
【0027】
粗面化部13の凹凸の具合は表面粗さとして規定可能である。そこで、JIS B 0601(2013)に準拠した測定における表面粗さ(Ra:算術平均粗さ)は5ないし25μm、さらに好ましくは10ないし20μmの範囲である。粗面化部13の表面粗さ(Ra)が5μm未満の場合、表面の凹凸の程度が少なすぎであり、薬剤保持への寄与が認められない。粗面化部13の表面粗さ(Ra)が25μmよりも大きくなると、凹凸が大きすぎて薬剤の表面張力が作用し難くなる。そのため、妥当な表面粗さ(Ra:算術平均粗さ)の範囲は5ないし25μm、さらに好ましくは10ないし20μmとなる。なお、実施形態の計測において、算術平均粗さ(Ra)と十点平均粗さ(Rz)は相互近似する傾向にある。そのため、算術平均粗さ(Ra)により十点平均粗さ(Rz)を代替可能である。表面粗さの測定に際しては、他にISO 25178-6:2010等の対応する他の関連規格を採用することができる。
【0028】
続いて図4ないし図7を用い、実施形態のマウスピース1の作製方法を説明する。
【0029】
図4の模式図は被着用者の口腔内の歯列の撮像時の様子である。例えば、歯科医院等にて施術、治療等を受けようとする者が被着用者Uである。被着用者Uの口腔M内の歯列MTの立体形状は、公知の非接触式等の三次元スキャナ30等により撮像、計測される。三次元スキャナ30から歯列MTに対しレーザ光等が照射され、歯列MTから反射されるレーザ光等を三次元スキャナ30において受光し、照射角、反射後の受光角等の情報が集約されて三次元の位置情報を有する点群が形成される。むろん、照射と受光はレーザ光に限られず、適宜の光学的な手法が採用可能である。点群により歯列MTの表面形状の位置関係がデータ化される。むろん、歯列MTには歯肉の部位が含められてもよい。
【0030】
この点群の集合から被着用者Uの口腔M内の歯列MTを示す三次元歯列データ31(図5参照)が生成される(「歯列データ生成工程」)。図5の模式図から理解されるように、三次元歯列データ31はデジタル化されたデータであり、歯科医院等のパーソナルコンピュータ35等を介して、歯科医師及び被着用者Uは撮像後に生成される歯列MTの形状を三次元歯列データ31から確認することができる。
【0031】
図6は歯型模型40の全体斜視図である。三次元歯列データ31に基づいて、被着用者Uの歯列MTを模った歯型模型40が作製される(「模型作製工程」)。実施形態において、歯型模型40は公知の3Dプリンタ(図示せず)により作製される。点群の集合である三次元歯列データ31は3Dプリンタに転送され、同3Dプリンタが可動することにより、三次元歯列データ31に基づいた歯型模型40が作製される。歯型模型40は歯部模型41と土台部42から構成される。
【0032】
3Dプリンタによる立体造形の手法は適宜ではあるものの、実施形態のマウスピース1を作製する趣旨、すなわち内表面部11に粗面化部13を形成することに鑑み、歯型模型40は3Dプリンタにより樹脂粉末を溶融して凝集することにより作製される。樹脂粉末には専ら熱可塑性樹脂が使用され、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PE(ポリエチレン)、PP(ポリプロピレン)、EVA(エチレン酢酸ビニル)、水添スチレン・イソプレンブロック共重合体、ナイロン(ポリアミド)樹脂、塩化ビニル樹脂等の樹脂の粉末、ビーズが使用される。後述の実施例ではナイロン12(ポリアミド)樹脂の粉末が使用される。樹脂粉末の平均粒径は30~70μmの範囲であることが好ましい。
【0033】
樹脂粉末の平均粒径が細かすぎる場合、出来上がる歯型模型40の表面が平滑となり、マウスピース1の内表面部11に粗面化部13が形成されない。また、樹脂粉末の平均粒径が大きすぎる場合、歯型模型40の表面が極度に粗くなり、マウスピース1の内表面部11の歯40との密着性が低下する。
【0034】
三次元歯列データ31に基づいた3Dプリンタによる樹脂粉末の溶融と凝集の結果、図6に示される歯型模型40が作製される。続く図7は出来上がった歯型模型40を用いたマウスピース作製の様子である(「マウスピース作製工程」)。
【0035】
図7(A)の断面模式図では、模型作製工程により作製された歯型模型40が用意される。そして、マウスピース1の本体部10を構成するため、樹脂シート2は熱可塑性樹脂であるため可塑変形可能に予め加熱され、歯型模型40の直上の所定位置に配置される。
【0036】
図7(B)の断面模式図では、歯型模型40に樹脂シート2が被着される。このとき、真空成型により、歯型模型40と樹脂シート2との間隙の空気が抜気され、歯型模型40と樹脂シート2との密着性が高められる。つまり、歯型模型40の形状とともに歯型模型40の表面形状の凹凸までもが精密に樹脂シート2に転写される。
【0037】
歯型模型40に樹脂シート2が被着されて真空成型を経て密着した後、樹脂シート2が冷却して歯型模型40の表面形状が転写される。そして、図7(C)の断面模式図では、歯型模型40から樹脂シート2が離型される。こうして本体部10が出来上がる。離型後の本体部10からは余分な部位が切り取られたり、端部の面取り、やすり掛け等が行われたりしてマウスピース1に仕上げられる。
【0038】
実施形態における一連のマウスピース1の作製工程から理解されるとおり、歯型模型40は樹脂粉末から形成される。このため、歯型模型40として完成したとき、歯型模型40の表面には樹脂粉末の粒形状に起因する微細な凹凸が残存し、粗面化する。従前の石膏による歯型模型の作製では、歯型模型40のような微細な凹凸の粗面化した表面を得ることはできない。そして、微細な凹凸の存在する歯型模型40の表面形状が樹脂シート2に転写されることにより、マウスピース1の内表面部11に粗面化部13が形成される。
【0039】
つまり、実施形態のマウスピース1とその製造方法にあっては、歯型模型40の表面に意図的に微細な凹凸を残存させて、歯型模型40の粗面化した表面形状を転写させることにより、マウスピース1の内表面部11に粗面化部13が形成可能となる。マウスピース1の内表面部11は、マウスピース1の完成後には粗面化することは容易ではないため、マウスピース1の製造段階において粗面化することにより、マウスピース1の製造は簡素化される。
【0040】
加えて、当該製造方法では、歯型模型40が3Dプリンタにより樹脂粉末を溶融、凝集させているため、作製は自動化されている。特に、三次元歯列データ31から直接3Dプリンタにより歯型模型40が作製されるため、従前の被着用者の口腔内の歯列の型取り、型に基づいた石膏模型の作製の段階の省略が可能となる。
【実施例
【0041】
[試験品の作製]
スライドガラスを5枚重ね(約26×76×5mm)、シート状のパラフィンワックスに固定して歯列の原型とした。当該原型を3Dスキャナにより撮像し、3Dプリンタ(HP Jet Fusion 5210)と、樹脂粉末としてナイロン12(PA12;ヒューレット・パッカード社製,平均粒径約60μm)を用いて原型に由来する模型(いわゆる歯型模型に相当)を作製した。樹脂粉末由来の模型上で、トレーシート(ホワイトエッセンス株式会社製,ホワイトニングホーム10%(エチレン酢酸ビニル樹脂のシート))を用いてトレー(いわゆる実施形態のマウスピースに相当)を製作した(実験群)。
【0042】
前出の原型に対してシリコーン印象材を用いて印象採得を行い、硬石膏を注入して模型を製作し、この石膏の模型上で前出のトレーシートを用いてトレー(いわゆる従前のマウスピースに相当)を製作した(対照群)。
【0043】
[液垂れ試験]
製作した実験群、対照群のそれぞれのトレーの平坦面から約10×35mmの試験片を切り出し、スライドガラス上にトレーの内面が表になるように両面テープを用いて両群の試料を並べて貼付し、被験面とした。被験面の端に食用色素黒(共立食品株式会社製)を添加した粘度標準液(21000cp)(Brookfield)を、両試片とも同量になるように適量(約10mg)滴下し、滴下後直ちに垂直に静置した。滴下した液材が下方に垂れていく状態を動画撮影し、その画像をもとに垂直に静置してから10分後の液材の垂れた距離を測定した。実験群、対照群のそれぞれを3例とした(n=3)。すべての操作は室温下で行った。
【0044】
[液垂れ試験の結果・考察]
図8は液垂れ試験の写真であり、図8(A)は試験前、同(B)は試験後である。それぞれ、「3」は樹脂粉末由来の模型のトレー(実験群)であり、「石」は石膏の模型のトレー(対照群)である。写真の比較より、樹脂粉末由来の模型のトレーの液垂れ量(長さ)は少ないことが判明した。実験群の3例の平均は8.8mm、対象群の3例の平均は14.9mmであった。
【0045】
液垂れ試験を踏まえ、樹脂粉末由来の模型を作製した場合、材料に起因する模型表面の粗面の構造がトレーに転写されてトレー側に粗面化部が形成される。粗面化部の微細な凹凸に表面張力が作用して液が留まりやすくなったといえる。
【0046】
[表面粗さの測定]
前述の「試験品の作製」、「液垂れ試験の結果・考察」を踏まえ、樹脂粉末由来の模型から作製したトレー(実施形態のマウスピースに相当)の有効性が明らかとなった。そこで、性能面を表面粗さの測定を通じて評価した。
【0047】
表面粗さの測定に際し、非接触表面性状測定機(株式会社東京精密製:Opt-scope R200)を用い、温度20.2~20.5℃、湿度50~60%の条件にて測定した。測定は、JIS B 0601(2013)に準拠した。
【0048】
[結果・考察]
測定物は以下とし、算術平均粗さ(Ra)と十点平均粗さ(Rz)を測定した。
トレーシート
Ra:0.0269μm(平均)、0.0063μm(標準偏差)
Rz:0.1889μm(平均)、0.0562μm(標準偏差)
【0049】
石膏作製の模型
Ra:1.8557μm(平均)、0.1819μm(標準偏差)
Rz:9.9387μm(平均)、0.2826μm(標準偏差)
【0050】
樹脂粉末由来の模型(3Dプリンタ使用)
Ra:15.6325μm(平均)、2.2247μm(標準偏差)
Rz:76.0542μm(平均)、9.1204μm(標準偏差)
【0051】
石膏作製の模型から作製したマウスピース(従来作製法)
Ra:3.0726μm(平均)、0.0834μm(標準偏差)
Rz:16.7166μm(平均)、0.4377μm(標準偏差)
【0052】
樹脂粉末由来の模型から作製したマウスピース(3Dプリンタ使用作製法)
Ra:14.2645μm(平均)、1.4150μm(標準偏差)
Rz:78.0576μm(平均)、7.5345μm(標準偏差)
【0053】
表面粗さの測定結果より、石膏作製の模型と樹脂粉末由来の模型とでは表面粗さが大きく相違する。そして、樹脂粉末由来の模型の粗面の表面形状はトレーシートに転写され、樹脂粉末由来の模型から作製したマウスピースにおいても粗面化が体現することができた。従って、実施形態の製造方法の有効性が検証され、また、前述の液垂れ試験の結果とともに、マウスピースにおける粗面化部の形成が薬剤の残留、保持に有効であることが判明した。
【0054】
例えば、ホームホワイトニングの施術中に、被着用者の歯列に合わせて作製したカスタムトレーの辺縁から少量のホワイトニング剤が流出することは止むを得ないことではある。少量の流出である限り、問題視されることはない。ただし、流出量をなるべく少なくすることが望ましい。また、ホワイトニング剤の流出量が多い場合、ホワイトニング効果に影響を及ぼしかねない。この抑制には、辺縁の適合の良いカスタムトレー製作が有効であるものの、樹脂粉末由来の模型のトレーのような液の流動性の低いトレーの採用も有効である。そこで、したがって、樹脂粉末由来の模型で用いた技法、材料等を用いてカスタムトレーを製作することにより、効果的なホームホワイトニングが可能となる。むろん、知覚過敏症の治療薬の場面においても同様である。
【符号の説明】
【0055】
1 マウスピース
2 樹脂シート
10 本体部
11 内表面部
12 外表面部
13 粗面化部
20 歯
30 三次元スキャナ
31 三次元歯列データ
40 歯型模型
41 歯部模型
42 土台部
U 被着用者
M 口腔
MT 歯列
【要約】
【課題】薬剤を充填した状態で口腔内の歯列に装着するために用いるマウスピースであり、マウスピースと歯との間での薬剤を残留しやすくするマウスピースとその製造方法を提供する。
【解決手段】被着用者の口腔の歯列に装着されるマウスピースであって、マウスピースは樹脂シートから形成され、口腔内の歯列の表面に当接するマウスピースの内表面部に粗面化部を備え、粗面化部のJIS B 0601(2013)に準拠した測定における表面粗さ(Ra)は5~25μmであり、マウスピースの内表面部に薬剤が充填される。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8