(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-19
(45)【発行日】2025-02-28
(54)【発明の名称】植物のリン利用効率を向上させるための組成物およびその利用
(51)【国際特許分類】
A01N 37/44 20060101AFI20250220BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20250220BHJP
A01N 25/00 20060101ALI20250220BHJP
A01N 59/26 20060101ALI20250220BHJP
A01G 24/12 20180101ALI20250220BHJP
【FI】
A01N37/44
A01P21/00
A01N25/00 102
A01N59/26
A01G24/12
(21)【出願番号】P 2021049178
(22)【出願日】2021-03-23
【審査請求日】2024-03-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(73)【特許権者】
【識別番号】521123150
【氏名又は名称】小川 健一
(73)【特許権者】
【識別番号】521122762
【氏名又は名称】逸見 健司
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】毛利 拓
(72)【発明者】
【氏名】田岡 直明
(72)【発明者】
【氏名】小川 健一
(72)【発明者】
【氏名】逸見 健司
【審査官】増永 淳司
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/203523(WO,A1)
【文献】再公表特許第2013/088956(JP,A1)
【文献】国際公開第2017/006869(WO,A1)
【文献】特開2001-288011(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0173459(US,A1)
【文献】再公表特許第2018/135612(JP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 37/44
A01P 21/00
A01N 25/00
A01N 59/26
A01G 24/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸吸収亢進剤を含有している、
リン不良土壌またはリン不良条件における植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させるための組成物であって、
上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、組成物。
【請求項2】
上記グルタチオンまたはその誘導体は、酸化型グルタチオン、還元型グルタチオン、ホモグルタチオン、カルボキシプロピルグルタチオン、ジカルボキシエチルグルタチオン、およびこれらのエステル体からなる群より選択される、請求項
1に記載の組成物。
【請求項3】
リン化合物またはその誘導体をさらに含有している、あるいはリン化合物またはその誘導体と組み合わせて使用される、請求項1
または2に記載の組成物。
【請求項4】
上記リン化合物またはその誘導体は、過リン酸石灰、重過リン酸石灰、熔成リン、重焼リン、リン安、亜リン酸および有機物リンからなる群より選択される、請求項
3に記載の組成物。
【請求項5】
植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる方法であって、
リン酸吸収亢進剤存在下で植物を栽培する工程を包含しており、
上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法。
【請求項6】
植物へのリン肥料の施肥量を低減する方法であって、
リン酸吸収亢進剤存在下で植物を栽培する工程と、
リン肥料を植物に施肥する工程と
を包含しており、
上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法。
【請求項7】
リン不良土壌で植物を生育させる方法であって、
リン酸吸収亢進剤の存在下、植物を上記リン不良土壌で栽培する工程を包含しており、
上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法。
【請求項8】
リン化合物またはその誘導体を上記植物に施用する工程をさらに包含する、請求項
7に記載の方法。
【請求項9】
リン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した植物を作出する方法であって、
リン酸吸収亢進剤存在下で植物を栽培する工程と、
上記植物におけるリン吸収効率および/またはリン利用効率を測定する工程と
を包含しており、
上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法。
【請求項10】
上記リン酸吸収亢進剤を施用して栽培した上記植物のうち、該リン酸吸収亢進剤の非存在下にて栽培した植物と比較してリン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した植物を選択する工程をさらに包含する、請求項
9に記載の方法。
【請求項11】
植物を栽培する工程が、リン不良土壌またはリン不良条件において植物を栽培することを含む、請求項
5、6または9に記載の方法。
【請求項12】
上記グルタチオンまたはその誘導体は、酸化型グルタチオン、還元型グルタチオン、ホモグルタチオン、カルボキシプロピルグルタチオン、ジカルボキシエチルグルタチオン、およびこれらのエステル体からなる群より選択される、請求項
5~11のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させるための組成物およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
農作物および有用植物の生産性向上技術の確立は、世界規模で進行中の食糧問題解決策の1つとして喫緊の課題である。この課題の解決の鍵として、植物の栽培における効率的な施肥が挙げられる。植物の三大栄養素は窒素・リン・カリウムであるが、これらの栄養素は植物の栽培において欠かせないものである。
【0003】
なかでも、三大栄養素の1つであるリンの施肥量については、施肥する対象土壌のリン酸固定力に応じて適切な量が決まってくる。土壌のリン酸固定力は、土壌分析においてリン酸吸収係数を指標として示される。また、リン施肥は必要量以上に過剰施肥しても植物の収量は増えないことが知られており、リン肥料は、土壌のリン酸吸収係数および土壌中の有効態リン酸含量を考慮した施用量の決定が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-352679号公報
【文献】特開2009-165494号公報
【文献】特開2008-120815号公報
【文献】国際公開公報WO01/80638号パンフレット
【文献】国際公開公報WO2008/072602号パンフレット
【文献】国際公開公報WO2009/063806号パンフレット
【文献】国際公開公報WO2013/088956号パンフレット
【文献】特開2001-288011号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
リンについては、リンの原料であるリン鉱石の世界的な枯渇の懸念、およびリン施肥による土壌の過剰なリン酸富化といった環境的な問題がある。また、施肥によってコストがかかるという経済的な問題がある。
【0006】
また、上述したように、土壌のリン酸固定力の大きさによって、植物が利用できるリン酸量が異なるため、土壌毎の性質に植物の生育や収穫量が影響され、土壌へのリン肥料の施肥量も大きく異なるという問題がある。
【0007】
以上のことから、環境保護およびコストの低減を可能にし、かつ、より少ないリン肥料施用による効率的な植物栽培を実現するために有効な、新規な施肥体系の構築が望まれている。
【0008】
本発明は上記の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる技術を開発するとともに、リン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した植物を簡便かつ効率的に製造する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行い、その結果、グルタチオン存在下で植物を生育させることによって、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を飛躍的に向上させることに成功した。これまでにグルタチオンを用いて、カルスを効率よく短期間に再分化し得ること(特許文献1および2等)、細胞または器官の分化を調節し得ること(特許文献3および4等)、植物の収穫指数を向上させ得ること(特許文献5等)、植物の糖度を向上させること(特許文献6等)および植物のアミノ酸含量を高めること(特許文献7)が見出されている。また硝酸イオン、リン酸イオンおよびカリウムイオンの吸収向上度の少なくとも1つが10%以上である物質を植物活力剤として使用することが報告され、実験により脂肪酸またはその誘導体、アルコールまたはその誘導体などが実際にリン酸イオンの吸収向上に寄与することが報告されているが、タンパク質またはその誘導体の植物活力剤としての効果は確認されていない(特許文献8)。特に、グルタチオンを施用することによって植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率が高まるという報告はこれまでになされていない。また、植物のリン利用効率、特にリン不良土壌における植物のリン利用効率を容易に高め得ることは、当業者にとって予測可能な範囲を超えた、格別顕著な効果である。
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明は以下の何れかの一態様を包含する。
[1]リン酸吸収亢進剤を含有している、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させるための組成物であって、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、組成物。
[2]リン不良土壌またはリン不良条件における植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させるための組成物である、[1]に記載の組成物。
[3]上記グルタチオンまたはその誘導体は、酸化型グルタチオン、還元型グルタチオン、ホモグルタチオン、カルボキシプロピルグルタチオン、ジカルボキシエチルグルタチオン、およびこれらのエステル体からなる群より選択される、[1]または[2]に記載の組成物。
[4]リン化合物またはその誘導体をさらに含有している、あるいはリン化合物またはその誘導体と組み合わせて使用される、[1]~[3]のいずれかに記載の組成物。
[5]上記リン化合物またはその誘導体は、過リン酸石灰、重過リン酸石灰、熔成リン、重焼リン、リン安、亜リン酸および有機物リンからなる群より選択される、[4]に記載の組成物。
【0011】
[6]植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる方法であって、リン酸吸収亢進剤存在下で植物を栽培する工程を包含しており、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法。
[7]植物へのリン肥料の施肥量を低減する方法であって、リン酸吸収亢進剤存在下で植物を栽培する工程と、リン肥料を植物に施肥する工程とを包含しており、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法。
[8]リン不良土壌で植物を生育させる方法であって、リン酸吸収亢進剤の存在下、植物を上記リン不良土壌で栽培する工程を包含しており、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法。
[9]リン化合物またはその誘導体を上記植物に施用する工程をさらに包含する、[8]に記載の方法。
[10]リン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した植物を作出する方法であって、リン酸吸収亢進剤存在下で植物を栽培する工程と、上記植物におけるリン吸収効率および/またはリン利用効率を測定する工程とを包含しており、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法。
[11]上記リン酸吸収亢進剤を施用して栽培した上記植物のうち、該リン酸吸収亢進剤の非存在下にて栽培した植物と比較してリン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した植物を選択する工程をさらに包含する、[10]に記載の方法。
[12]植物を栽培する工程が、リン不良土壌またはリン不良条件において植物を栽培することを含む、[6]、[7]または[10]に記載の方法。
[13]上記グルタチオンまたはその誘導体は、酸化型グルタチオン、還元型グルタチオン、ホモグルタチオン、カルボキシプロピルグルタチオン、ジカルボキシエチルグルタチオン、およびこれらのエステル体からなる群より選択される、[6]~[12]のいずれかに記載の方法。
【0012】
[14]植物においてリン酸吸収亢進剤として使用するためのグルタチオンまたはその誘導体。
[15]植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率の向上に使用するためのグルタチオンまたはその誘導体。
【発明の効果】
【0013】
本発明を用いれば、植物のリン吸収効率を向上させることができ、また植物のリン利用効率、特にリン不良土壌における植物のリン利用効率を向上させることができる。さらに、リン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した植物の簡便かつ効率的な作出が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】酸化型グルタチオンの施肥が、異なるリン酸含量の土壌におけるシロイヌナズナの生育に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
【
図2】酸化型グルタチオンの施肥が、シロイヌナズナ葉身中のリン酸含量に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。シロイヌナズナの生体重1mg当たりの葉身中のリン酸含量を示す。
【
図3】酸化型または還元型グルタチオンの施肥が、シロイヌナズナ葉身中のリン化合物含量に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。シロイヌナズナ乾燥重1g当たりの葉身中のリン化合物含量を示す。
【
図4】酸化型グルタチオンの施肥が、各種量のリン酸を施肥した土壌におけるシュンギクの生育に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
【
図5】酸化型グルタチオンの施肥が、各種量のリン酸を施肥した土壌におけるシュンギクの生重量に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
【
図6】酸化型グルタチオンの施肥が、P1よりも低いリン酸量の条件で施肥した土壌におけるシュンギクの生育に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
【
図7】シュンギクの生体重1mg当たりの葉身中のリン酸含量を示す図である。
【
図8】シュンギク1個体あたりのリン酸含有量およびリン利用効率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
〔用語の説明〕
本明細書において「リン」というときは、植物が吸収して利用可能な形態のリン化合物と利用できない形態のリン化合物とを含めたあらゆるリン化合物およびその誘導体を意図している。
【0016】
「土壌リン酸」とは、土壌中に含まれる総リン酸成分を意味している。土壌中のリン酸(H3PO4)は、土壌のpHに応じた異なるリン酸イオン(H2PO4
-、HPO4
2-、PO4
3-)の形態、およびこれらのリン酸イオンが土壌中の陽イオンと結合したリン化合物の形態となって存在する。「土壌リン酸」は土壌中に存在するこれらの形態すべてのリン酸の総量を意図している。
【0017】
本明細書において「リン酸吸収係数」とは、100gの乾土が吸収固定するリン酸(P2O5)の量(mg)を指しており、土壌のリン酸固定力を示す指標である。
【0018】
リン酸固定は、土壌に含まれる鉄、アルミニウム、カルシウム等の陽イオンとリン酸の陰イオンとが結合して植物が吸収利用できない不可給態である難溶性化合物となることで土壌にリン酸成分が強く吸着・固定されて生じる。リン酸吸収係数が高いほど、土壌はリン酸固定能力が強く、土壌中のリン酸成分を不可給形態化させる力が強いといえる。リン酸吸収係数の大きさは、土壌がもともと有する成分特性によるところが大きい。また、リン肥料の施肥量については、施肥する対象土壌のリン酸吸収係数に応じて適切な量が決まってくる。したがって、リン肥料は、リン酸吸収係数を考慮した施用量の決定が必要となる。リン酸吸収係数は、土壌の種類により大きく異なっていることが知られている。
【0019】
例えば、沖積土、砂壌土等は粘土鉱物が少ないので、リン酸吸収係数が低いが、火山性土壌、特に黒ボク土は粘土鉱物が多く、酸性環境では溶出してくる活性アルミニウムが多く、リン酸吸収係数が高い。一例では一般的な黒ボク土のリン酸吸収係数は1,500以上である。
【0020】
本明細書において「リン不良土壌」または「リン不良条件」とは、植物が吸収可能な形態のリン量が少なく、植物における土壌または生育条件中のリン利用が制限される土壌または条件を指す。また、リン自体が欠乏したリン酸欠乏土壌または条件も包含する。さらに、上述のリン酸吸収係数が高く、リン酸固定が多く起こるため、有効態リン酸量が少ない土壌または条件も包含する。具体的な土壌または条件の詳細は後述する。
【0021】
「有効態リン酸」とは、土壌リン酸のうち、植物が吸収可能な形態のリン酸であり、可給態リン酸ともいう。土壌中の有効態リン酸量は、トリオーグ法などの手法を用いて、土壌中のリン酸の一部を適当な溶液で抽出することによって算出することができる。
【0022】
また、「リン利用効率」とは、植物が取り込んだリン当たりのバイオマス(目的生産物)生産性の効率と定義される。なお、バイオマス(目的生産物)生産性の効率は、例えば植物が取り込んだリン当たりの収穫指数で示すことができる。なお、収穫指数は全バイオマス量に対する収穫物のバイオマス量の割合を意味する。本発明では、実施例に示す通り、リン酸吸収亢進剤の使用によって、植物に取り込まれるリン量当たりの植物中のバイオマス量または収穫指数が、リン酸吸収亢進剤を施用しない場合と比較して増大している。また本発明では、リン酸吸収亢進剤の使用によって、リン不良土壌またはリン不良条件下においても植物に取り込まれるリン量当たりの植物中のバイオマス量または収穫指数が、リン酸吸収亢進剤を施用しない場合と比較して増大している。
【0023】
さらに、植物の「リン利用効率を向上させる」とは、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用しない条件と比較して、リン利用効率を向上させる効果を意味する。すなわち、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用しない条件と比較して、施用されたまたは吸収されたリン酸量に対するバイオマス量もしくは収穫指数を向上させる効果も意図している。
【0024】
「リン酸吸収亢進」とは、土壌から植物体内へのリン酸吸収が亢進されることが意図され、「リン吸収効率」は、土壌から植物体内へのリン吸収の効率を意味している。なお、「リン吸収」におけるリン形態は、植物が吸収して利用可能な形態のあらゆるリン化合物を包含するが、土壌中のリンは、通常リン酸の形態で存在しているリン化合物が植物に吸収される。よって「リン吸収」は「リン酸吸収」とも言い換えることができる。「リン酸吸収亢進剤」は「リン吸収亢進剤」とも言い換えることができる。また、土壌からの植物体内への「リン吸収」は、例えば植物体内のリン酸(またはリン化合物)含量変化を指標として評価することができる。つまり、リン酸吸収亢進剤施用なしの植物体と比較して、リン酸吸収亢進剤を施用した場合の植物体のリン酸含量またはリン化合物含量が増大している場合、あるいは播種時から各時点のサンプリング時までの個体あたりのリン酸またはリン化合物含有量が、播種から異なる時点でサンプリングしたサンプル同士を比較して高まった場合、これらはすなわち「リン吸収が亢進した」と見做すことができる。
【0025】
「リン吸収効率を向上させる」とは、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用しない条件と比較して、リン吸収効率を向上させる効果を意味する。すなわち、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用しない条件と比較して、植物の重量あたりのリン量、すなわちリン含量を向上させる効果も意図している。
【0026】
本明細書において、「収穫指数」とは、植物全体の重さに対する収穫物の重さの割合が意図される。換言すれば、植物個体の全バイオマス量に対する収穫物のバイオマス量の割合が意図される。
【0027】
なお、本明細書において、「収穫物」とは、その植物において食糧となる部分、例えば、実を食する植物の場合は実、種子を食する植物の場合は種子、茎を食する植物の場合は茎、根を食する植物の場合は根、花を食する植物の場合は花、葉を食する植物の場合は葉等が意図されるが、これだけではなく、食糧とならないが、該植物において栽培の目的産物を含む部分も含まれる。具体的には、例えば、観賞に用いられる植物の場合、上記収穫物には、観賞の対象となる花、茎、葉、根、および種子等が含まれる。
【0028】
また、本明細書において、「収穫指数を向上させる」とは、本発明のリン酸吸収亢進剤を施肥しない条件と比較して収穫指数を向上させる効果を意味し、単位面積収穫量を最大限得られるように最適化した従来の標準的な施肥条件でも、全バイオマス量に対する収穫物のバイオマス量の割合を増加させることを意味する。植栽密度を上げることで単位面積あたりの収穫量は向上するが、その効果は一定の植栽密度で飽和する。本発明において、「収穫指数を向上させる」とは、こうした植栽条件でも、全バイオマス量に対する収穫物のバイオマス量の割合を増加させる効果を意味する。
【0029】
「リン肥料」とは、リン化合物およびその誘導体を含み、当技術分野において慣用的に使用されている肥料である。配合されるリン化合物およびその誘導体の詳細は後述する。
【0030】
「リン肥料の施肥量を低減する」とは、植物を栽培している間に必要となるリン肥料の総施肥量を低減することを指し、具体的には、本発明のリン酸吸収亢進剤を施肥しない、リン肥料の従来の総施肥量(例えば、植物が栽培される対象の土壌のリン酸吸収係数および有効態リン酸量から決定される、従来技術の施肥量算出法から算出されるリン肥料の総施肥量)よりもリン肥料の総施肥量を低減することを指す。
【0031】
本明細書において、「養液栽培」または「水耕栽培」とは、植物の生長に必要な養水分を液肥として与える栽培方法全般を指す。すなわち、根を支持するための培地(以下、支持体ともいう)を用いる場合と用いない場合の両者を広く包含する。
【0032】
〔1.植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させるための組成物〕
本発明は、リン酸吸収亢進剤を含有している、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させるための組成物であって、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、組成物を提供する。好ましい実施形態において、本発明の組成物は、リン不良土壌または条件下において植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させるための組成物である。
【0033】
(リン酸吸収亢進剤)
本明細書中で使用される場合、「リン酸吸収亢進剤」は、特にリン不良土壌または条件において、植物のリン吸収を高めることができる物質、または、植物中のリン含量を高めることができる物質が意図され、グルタチオンまたはその誘導体である。本発明において、リン酸吸収亢進剤は、植物に接触させることによって植物に吸収されて作用する物質であることが好ましい。
【0034】
後述する実施例に示されるように、通常の条件下にて栽培した植物または硝酸アンモニウムを施用して栽培した植物と比較して、酸化型グルタチオンまたは還元型グルタチオンを施用して栽培した植物では、リン吸収量・リン利用効率が顕著に増加していた。また、後述する実施例では、低リン濃度の土壌であっても植物のリン吸収が亢進され、リン利用効率も向上し、植物は、生長に十分なリン酸を取り込んでいた。
【0035】
(グルタチオンまたはその誘導体)
生体内での解毒作用や抗酸化作用を有するグルタチオンは、γ-Glu-Cys-Glyからなるトリペプチドであり、植物において硫黄を貯蔵するため、または輸送するための一形態である。本発明の方法において、植物に施用されるグルタチオンまたはその誘導体としては、酸化型グルタチオン(以下、「GSSG」ともいう)であっても還元型グルタチオン(以下、「GSH」ともいう)またはその誘導体であってもよい。本願明細書において「酸化型グルタチオン」とは、例えば、2分子の還元型グルタチオンがジスルフィド結合によってつながった分子を指す。グルタチオンの誘導体としては、ホモグルタチオン、カルボキシプロピルグルタチオンおよびジカルボキシエチルグルタチオン等が挙げられる。また、グルタチオンまたは上記誘導体のエステル体もまた、グルタチオンの誘導体に包含される。また、本明細書でグルタチオンまたはその誘導体というとき、これらの塩の形態およびこれらの無水物または水和物の形態も包含する。グルタチオンまたはその誘導体の塩の形態としては、アンモニウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、ナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩等が挙げられるが特に限定されない。また、無水物または水和物の形態としては、0~8水和物が挙げられるが、これらに限定されない。すなわち、本発明に使用されるグルタチオンまたはその誘導体は、酸化型グルタチオン、還元型グルタチオン、ホモグルタチオン、カルボキシプロピルグルタチオン、ジカルボキシエチルグルタチオン、およびこれらのエステル体からなる群より選択される物質であり得る。
【0036】
本発明に使用されるグルタチオンまたはその誘導体は、その製造条件は特に限定されず、人工的に合成されたものであっても、天然物由来のものであってもよい。また、その精製度は高いものであっても低いものであってもよく、市販品が利用されてもよい。
【0037】
グルタチオンまたはその誘導体は、還元型であっても酸化型であってもよいが、酸化型であることが好ましい。
【0038】
GSHは、酸化されやすい性質を有している。そのため、グルタチオンとして、GSHとGSSGとが混合した状態で含まれていてもよい。
【0039】
本発明の組成物にグルタチオンまたはその誘導体としてGSHを含有させ、その保存時もしくは使用時に、該GSHをGSSGに酸化させる形態とすることができる。また、植物体に施用後に、GSHがGSSGに酸化される形態としてもよい。
【0040】
なお、GSHをGSSGに酸化させる方法は特に限定されるものではない。例えば、空気酸化により、GSHをGSSGに容易に変換することができる。また、従来公知のあらゆる人為的な方法で、GSHをGSSGに変換してもよい。
【0041】
本発明者を含む研究グループは、植物の発芽、成長、開花のメカニズムについて、これまで研究を進めており、植物体の一部から誘導されたカルスを、グルタチオンを含有する再分化培地で培養することにより、発根を促進し、効率よく短期間でカルスから再分化体が得られること(特許文献1および2等)や、グルタチオンを用いて植物の栽培を行うことにより、当該栽培植物の種子の数や花の数を著しく増加させることができることや、植物ホルモン(例えば、ジベレリン)の合成機能または応答機能に変異を有する植物体を、グルタチオンを用いて栽培することによって、わき芽を顕著に増加させることができ、それに伴って花(莢)の数も増加させることができること(特許文献5等)、植物体の糖度を向上させること(特許文献6等)、植物のアミノ酸含量を高めること(特許文献7等)を見出している。しかし、グルタチオンまたはその誘導体をリン酸吸収亢進剤として用いる、すなわち、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させるために用いるという用途は、従来の当該物質の用途とは全く異質の新規用途である。また、リン吸収効率および/またはリン利用効率を向上した植物が得られるという効果は、従来の用途からは全く予測できなかった。このように本発明は、本発明者らによる全く新たな発見に基づいて成されたものである。
【0042】
(組成物)
本発明のリン酸吸収亢進剤の施用においては、化合物としてのグルタチオンまたはその誘導体が直接用いられても、グルタチオンまたはその誘導体を含有している組成物が用いられてもよい。リン酸吸収亢進剤の形態としては、固体の形態および液体の形態が挙げられる。また、少なくともグルタチオンまたはその誘導体を成分として含有する、組成物の形態であってもよい。
【0043】
(その他の成分および剤型)
また、本発明の組成物には、グルタチオンまたはその誘導体の作用効果が損なわれない範囲であれば、他の成分を含有させてもよい。
【0044】
本発明に係る組成物は、グルタチオンまたはその誘導体以外のリン酸吸収亢進剤を含んでいてもよい。グルタチオンまたはその誘導体以外のリン酸吸収亢進剤としては、グルタチオンの合成またはグルタチオン生成量を増大させる物質等が挙げられる。
【0045】
一実施形態では、本発明の組成物は、リン化合物またはその誘導体をさらに含有している。別の実施形態では、本発明の組成物は、リン化合物またはその誘導体をと組み合わせて使用される。
【0046】
(リン化合物およびその誘導体)
一般に、リン酸は、その溶解性によって、水溶性リン酸(水に可溶性のリン酸)、可溶性リン酸およびク溶性リン酸(水に不溶性であり、且つ2%のクエン酸に可溶性)に分類される。水溶性リン酸は速効性であるのに対して、可溶性リン酸およびク溶性リン酸は緩効性である。
【0047】
リン化合物またはその誘導体は、リン酸石灰(過リン酸石灰、重過リン酸石灰等;水溶性リン酸とク溶性リン酸との混合)、熔成リン、重焼リン、焼成リン、リン安(硫リン安、リン硝安カリウム、塩リン安等)、亜リン酸、有機物リン(骨粉質類、魚粉類等の動物物由来の物質等)、腐植酸リン、苦土過リン酸、ポリリン酸アンモニウム、メタリン酸カリウム、メタリン酸カルシウム、苦土リン酸、リンスター(登録商標)(ジェイカムアグリ株式会社)およびリン酸緩衝液などの形態であり得る。一実施形態ではこのうち、リン化合物またはその誘導体は、過リン酸石灰、重過リン酸石灰、熔成リン、重焼リン、リン安、亜リン酸および有機物リンからなる群より選択される。なお、土壌中の水素イオン濃度(つまり、pH)を低下させつつ、リン濃度を上昇させる観点からは、リン酸石灰(過リン酸石灰、重過リン酸石灰等)であることが好ましい。また、土壌中でリン酸固定されにくく、肥料の有効性が高いという観点からは、熔成リンなどのク溶性リン酸がより好ましい。
【0048】
リン酸緩衝液としては、例えばリン酸、リン酸カリウム塩、リン酸ナトリウム塩、リン酸アンモニウム塩およびこれらの混合物からなる緩衝液等が挙げられる。リン酸カリウム塩としては、リン酸カリウム、リン酸水素二カリウム(K2HPO4)、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)等が挙げられる。また、リン酸ナトリウム塩としては、リン酸ナトリウム(Na3PO4)、リン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4)、リン酸二水素ナトリウム(NaH2PO4)等が挙げられる。さらに、リン酸アンモニウム塩としては、リン酸アンモニウム((NH4)2PO4)、リン酸水素二アンモニウム((NH4)2HPO4、(リン安))、リン酸二水素アンモニウム(NH4H2PO4)等が挙げられる。
【0049】
一例において、本発明の組成物に含有されるまたは本発明の組成物と組み合わせて使用されるリン化合物は、リン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4)とリン酸二水素ナトリウム(NaH2PO4)との混合物からなるリン酸緩衝液である。
【0050】
また、組成物に含有されるまたは組み合わせて使用されるリン化合物またはその誘導体の量は、施用される対象植物や土壌などに応じて適切に設定され、特に限定されるものではない。
【0051】
さらに本発明の組成物は、窒素化合物またはその誘導体(尿素、硝酸アンモニウム、硝酸苦土アンモニウム、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、硝酸ソーダ、硝酸カルシウム、硝酸カリウム、石灰窒素等)、カリウム化合物またはその誘導体(塩化カリウム、硫酸カリウム、硫酸カリソーダ、硫酸カリ苦土、重炭酸カリウム、リン酸カリウム等)、および一般的な肥料に添加されるその他成分をさらに含んでいてもよい。
【0052】
また本発明の組成物は、土壌のpH、EC(電気伝導度)および水分を調整するための従来公知の土壌改良剤をさらに含んでいてもよい。かかる土壌改良剤としては、塩酸、硫酸、硝酸等のpH調整剤、および高分子吸水ポリマー等の保湿剤が挙げられる。なお、EC(電気伝導度)とは、土壌中の水溶性塩類の総量を表し、土壌溶液の中に溶解している硝酸、硫酸などの塩類の量の指標である。ECは作物の耐塩性の指標となる。
【0053】
本発明の組成物は、固体の形態であっても液体の形態であってもよい。例えば、本発明の組成物は、水または従来公知の液体担体等に溶解されて、液剤、乳剤またはゲル状剤等の形態で提供されてもよい。そのような液体担体として、キシレン等の芳香族炭化水素類;エタノール、エチレングリコール等のアルコール類;アセトン等のケトン類;ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類;ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル等が挙げられるが、これらに限定されない。また、本発明の組成物は、グルタチオンまたはその誘導体を固形の担体成分に担持させた、固形剤、粉剤等であってもよい。そのような固形の担体成分としては、タルク、クレー、バーミキュライト、珪藻土、カオリン、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、白土、シリカゲル等の無機物;小麦粉、澱粉等の有機物等を例示できるが、これらに限定されない。また、本発明の組成物は、他の補助剤が適宜配合されていてもよい。そのような補助剤として、例えばアルキル硫酸エステル類、アルキルスルホン酸塩、アルキルアリールスルホン酸塩、ジアルキルスルホコハク酸塩等の陰イオン界面活性剤;高級脂肪族アミンの塩類等の陽イオン界面活性剤;ポリオキシエチレングリコールアルキルエーテル、ポリオキシエチレングリコールアシルエステル、ポリオキシエチレングリコール多価アルコールアシルエステル、セルロース誘導体等の非イオン界面活性剤;ゼラチン、カゼイン、アラビアゴム等の増粘剤;増量剤、結合剤等が挙げられる。
【0054】
必要に応じて、少なくとも1種類の他の植物生長調節剤またはリン酸吸収亢進剤(例えば安息香酸、ニコチン酸、ニコチン酸アミドおよびピペコリン酸等)を、本発明の所定の効果を損なわない限度において、組成物中に配合することもできる。また、後述するリン肥料を包含する、従来公知の肥料を、組成物中に配合してもよい。
【0055】
(組成物の剤型)
本発明の組成物の剤型は、特に限定されないが、液体剤、錠剤、散剤または顆粒剤の形態であり得る。
【0056】
なお、リン酸吸収亢進剤を含む溶液を首尾よく調製する目的で利用される場合、本発明の組成物は、錠剤、散剤または顆粒剤の形態であることが好ましい。そして、得られた溶液中のリン酸吸収亢進剤の最終濃度が上述した範囲内になるように、リン酸吸収亢進剤が組成物中に含有されていることが好ましい。
【0057】
本発明のリン酸吸収亢進剤を施用することにより、植物当たりのリン吸収効率が向上し、および/または植物のリン利用効率を向上させることができる。特に、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用することにより、リン不良土壌またはリン不良条件においても、植物当たりのリン吸収効率が向上し、および/または植物のリン利用効率を向上させることができる。したがって、リン酸吸収亢進剤の利用によりリンの効率的な施肥を実現することができる。さらには、植物の収穫指数を増加させることができるため、単位面積あたりの食糧やバイオマス資源の増産を可能とするのみならず、産業上、利用されうる植物およびそれらから得られる収穫物の増産のための植物の栽培において好適に適用される。
【0058】
また、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用することにより、リン不良土壌または条件下においても植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を著しく高めることができるため、リン不良土壌または条件下でも植物を良好に生育させることができる。ある土壌または生育条件がリン不良土壌または条件であるか否かは、栽培植物や栽培条件によって判断されるので相対的なものではあるが、土壌中の植物が吸収可能な形態のリン酸量を測定する方法、土壌中のリン酸吸収係数を求める方法などによって評価することができる。例えば、慣用的な栽培土壌または条件に含まれるリン酸(またはリン)の量を基準とした場合、その90%以下、例えば90%~1%、75%~1%、50%~1%、25%~1%のリン酸(またはリン)を含む土壌または条件がリン不良土壌または条件に相当する。また、当技術分野において公知のリン不良土壌の例をそのリン酸吸収係数とともに挙げる:腐植質火山灰土壌(リン酸吸収係数2000以上)、火山灰土壌(黒ボク土を包含する)(リン酸吸収係数2000~1500(黒ボク土はリン酸吸収係数1500以上))、洪積土壌(リン酸吸収係数1500~700)および沖積土壌(リン酸吸収係数700以下)。
【0059】
リン酸吸収亢進剤の施用方法、施用量等については、以下の、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる方法の項目にて詳述する。
【0060】
〔2.植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる方法〕
本発明は、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる方法であって、リン酸吸収亢進剤存在下で植物を栽培する工程を包含しており、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法を提供する。好ましい実施形態において、本発明の方法は、リン不良土壌または条件下において植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる方法であり、リン不良土壌または条件下においてリン酸吸収亢進剤存在下で植物を栽培する工程を包含する。以下、本方法について詳細に説明する。
【0061】
本方法に用いられるリン酸吸収亢進剤については、〔1.リン酸吸収亢進剤〕に記載のものが好適に用いられる。すなわち、本方法で施用されるリン酸吸収亢進剤は、グルタチオンまたはその誘導体を含有する組成物の形態で施用されてもよい。
【0062】
(リン酸吸収亢進剤の施用時期について)
本発明のリン酸吸収亢進剤を施用する時期は特に限定されず、植物が、リン酸吸収亢進剤を常に吸収し得る条件下で施用してもよいし、栽培期間を通して、間欠的にリン酸吸収亢進剤を吸収し得る条件下で、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用してもよく、特定の生育時期にのみ、リン酸吸収亢進剤を施用してもよい。間欠的条件としては、例えば、週1回または週2回といった間隔、あるいは、移植(植え替え)毎のような間隔で施用する条件が挙げられる。
【0063】
本発明のリン酸吸収亢進剤を間欠的に施用することにより、リン酸吸収亢進剤の使用量を減少させることができ、植物栽培にかかるコストを低減することができる。なお、本発明のリン酸吸収亢進剤を間欠的に施用する場合、一定の時間間隔で施用することが好ましいが、これに限定されず、不定の時間間隔で施用してもよい。例えば、本発明のリン酸吸収亢進剤を、植物の種子を播種した時点から与えてもよい。具体的には、播種後2ヶ月~半年弱程度で収穫時期に達する植物に本発明のリン酸吸収亢進剤を与える場合、播種した日に与えてもよく、好ましくは播種した日~播種後4週間、より好ましくは播種した日~播種後7週間、さらに好ましくは播種した日から収穫の日まで、定期的に与えることがさらに好ましい。この場合、本発明のリン酸吸収亢進剤を与える間隔としては特に限定されないが、一週間に1回~4回が好ましく、2~3回がより好ましい。
【0064】
また、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用する時間間隔は特に限定されるものではなく、施用されるリン酸吸収亢進剤の濃度、対象となる植物、および本発明のリン酸吸収亢進剤を施用する時期等に応じて決定すればよい。一般的には、適用対象となる植物が草本植物の場合、週1回~週2回とするか、追肥時期と同時期に行うことが好ましい。
【0065】
リン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した収穫物として種子や果実を想定する場合、栄養生長期から生殖成長期への転換時期の前後(栄養生長期から生殖成長期への転換時期を含む)、または、その後の花芽形成期、または目的収穫物への転流が起きる時期に施用することが好ましい。このような構成によれば、特定の時期にのみ本発明のリン酸吸収亢進剤を用いるため、植物栽培にかかるコストを低減することができる。
【0066】
特定の時期にのみ、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用する場合、特定の時期の一定期間、植物がリン酸吸収亢進剤を常に吸収し得る条件下で本発明のリン酸吸収亢進剤を施用してもよいし、特定の時期の一定期間、間欠的にリン酸吸収亢進剤を吸収し得る条件下で本発明のリン酸吸収亢進剤を施用してもよい。特定の時期の一定期間、間欠的に本発明のリン酸吸収亢進剤を施用することにより、植物の栽培コストをより一層低減することができる。
【0067】
(リン酸吸収亢進剤の施用期間について)
リン酸吸収亢進剤を施用して植物を栽培する期間は、特に限定されないが、種子や果実を収穫物とする場合には、花をつける時期に基づいて、本発明の組成物またはリン酸吸収亢進剤を与える時期を設定してもよい。例えば、つぼみの時期に施用してもよいし、花弁が散った後に施用してもよいし、つぼみの時期から果実が実るまでの間、開花した時期から果実が実るまでの間、花弁が散ってから果実が実るまでの間に、本発明の組成物またはリン酸吸収亢進剤を施用してもよく、花序に塗布してもよい。
【0068】
施用期間は、栽培開始時点から収穫時点までであることが好ましい。なお、組成物の吸着体等を土壌に埋設し使用する場合には、植物体との接触時間が長くなり、液肥として土壌や植物に使用する場合よりも少量の施用で効果を発揮することができる。例えば、播種、挿し穂または苗の植え付けから、収穫まで持続的または断続的に施用されてもよく、播種、挿し穂または苗の植え付け直後から施用開始されてもよく、当該植物体の親株、挿し木育成または苗の育成の間から持続的または断続的に施用されてもよい。さらに別の実施形態において、リン酸吸収亢進剤の施用は追肥工程において行われる。
【0069】
種子や果実を収穫物とする場合には、花をつける時期に基づいて、本発明のリン酸吸収亢進剤を与える時期を設定してもよい。例えば、つぼみの時期に施用してもよいし、花弁が散った後に施用してもよいし、つぼみの時期から果実が実るまでの間、開花した時期から果実が実るまでの間、花弁が散ってから果実が実るまでの間に、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用してもよく、花序に塗布してもよい。
【0070】
(リン酸吸収亢進剤の施用量について)
植物に施用するリン酸吸収亢進剤の量は、その濃度や施用方法、施用対象に応じて調節することができるが、その量については、実際に植物に施用されるリン酸吸収亢進剤の総量によって定義付けることができる。リン酸吸収亢進剤を植物に施用することにより、当該植物全体の生育および/または収穫物の生育を促進させることができる。
【0071】
また、植物体に蓄積されるリン含量を、リン酸吸収亢進剤を施用しない場合と比較して増加させることができる。
【0072】
栽培期間において施用するリン酸吸収亢進剤の濃度は、特定の範囲内であり得る。リン酸吸収亢進剤を植物に施用することにより、当該植物の生育をより効果的に促進させることができる。また、結果として植物体内に蓄積されるリン化合物およびその誘導体量を、リン酸吸収亢進剤を施用しない場合と比較してより効果的に増加させることができる。また、栽培期間を通して植物に与えるリン酸吸収亢進剤の総量は、例えば用いるリン酸吸収亢進剤と、等しいモル濃度のGSSGの重量に換算することができる。例えば、4週間の栽培期間に使用するGSSGの量は、植物1個体当たり12.5mg~300mgの範囲内であることが好ましく、土壌1L当たり60mg~1450mgの範囲内であることが好ましい。GSSGを施用して植物を栽培する期間は、特に限定されないが、収穫の5週間(35日)前から収穫時点までであることが好ましい。
【0073】
(固体の形態のリン酸吸収亢進剤の施用方法について)
固体の形態のリン酸吸収亢進剤の施用方法としては、例えば、植物を栽培する培地(支持体(例えば土壌など))に固体の形態のリン酸吸収亢進剤を混合する方法があげられる。
【0074】
リン酸吸収亢進剤を固体の形態として植物に施用する場合、リン酸吸収亢進剤の使用濃度としては、特に限定されないが、0.1mg~4,000mgであることが好ましく、培地の容量1L当たり0.4mg~800mgであることがより好ましく、培地の容量1L当たり1mg~100mgであることがさらに好ましい。一例として、酸化型グルタチオン(GSSG)を1%粒剤の固体の形態で培地に施用することによって植物に施用する場合、培地の容量1L当たり0.01g~400gであることが好ましく、培地の容量1L当たり0.04g~80gであることがより好ましく、培地の容量1L当たり0.1g~10gであることがさらに好ましい。このような濃度であれば、植物の生育率をより向上させることができる。
【0075】
また、リン酸吸収亢進剤は、錠剤、散剤または顆粒剤にて施用される場合、植物を生育させるときに用いる培地に含有させてもよいし、水耕栽培する植物に適用する場合に水中に入れて徐々に溶解させてもよい。水に溶解させるための固形剤等として提供して、使用するときに水に溶解させるようにしてもよい。
【0076】
(液体の形態のリン酸吸収亢進剤の施用方法について)
液体の形態のリン酸吸収亢進剤の施用方法としては、植物全体もしくは一部、または植物を植え付ける支持体をリン酸吸収亢進剤を含む溶液で湿潤させる方法などが挙げられる。
【0077】
液体の形態にて提供される場合、本発明のリン酸吸収亢進剤を、植物を生育させるときに用いる培地等に含有させてもよいし、生長点、芽、葉、茎等の植物の一部または全体に散布、滴下または塗布してもよい。
【0078】
リン酸吸収亢進剤を液体の形態の組成物として植物に施用する場合、リン酸吸収亢進剤の使用濃度は、0.0002mM~7mMが好ましく、0.0007mM~5mM、0.002mM~5mM、0.1mM~5mM、0.5mM~5mMがより好ましく、1mM~5mMがさらに好ましく、2mM~5mMがなおさらに好ましい。この範囲であれば、製造される植物の生育をより向上させることができる。液体の形態の組成物は、リン酸吸収亢進剤を、適当な溶媒(例えば、水など)に溶解させて調製され得る。水は、脱イオン水、蒸留水、逆浸透水、または水道水などのいずれも利用可能である。溶媒には、リン酸吸収亢進剤以外の成分、例えば市販の各種肥料や界面活性剤等を含ませることも可能である。なお、リン酸吸収亢進剤の濃度は、適用する植物の種類や、適用時期等に応じて適宜変更することができる。
【0079】
例えば、植物を栽培するための支持体をリン酸吸収亢進剤を含む溶液で湿潤させる方法として、さらに具体的には、リン酸吸収亢進剤を含む溶液を支持体上部から散水する方法、リン酸吸収亢進剤を含む溶液を満たした容器内に支持体を置床し底面から潅水させる方法などが例示される。支持体上部から散水する場合には、上部からの散水量はリン酸吸収亢進剤の使用条件およびポット容積等の栽培条件に応じて適宜調整することができ、支持体上部から散水する場合には、上部からの散水量はリン酸吸収亢進剤の使用条件・ポット容積等の栽培条件に応じて適宜調整することができ、例えば1mMのGSSGを用いることを想定した場合には、1個体あたり5mL/回~150mL/回が好ましく、8.5mL/回~100mL/回がより好ましく、20mL/回~50mL/回が更に好ましい。底面から潅水させる場合は、リン酸吸収亢進剤を含む溶液が支持体に、実質的に均一に湿潤されればよいが、このような場合に使用する液量・濃度としては、土壌あたりに施用するリン酸吸収亢進剤の量として定義付けることもできる。
【0080】
液体の形態の組成物を植物に直接散布する場合は、溶液を、スプレーなどを用いて、植物の一部または全体に、霧状に散布してもよい。溶液の散布量は、溶液中のリン酸吸収亢進剤濃度によって適宜設定される。散布回数は、1回でも2回以上であってもよいが、栽培開始時に散布することが好ましい。さらにリン酸吸収亢進剤の使用条件に応じて、栽培期間中に適宜(例えば数日(2日~7日)おき)追加で散布を行ってもよい。
【0081】
なお、固体の形態または液体の形態のリン酸吸収亢進剤の施用において、リン酸吸収亢進剤を含む培地または溶液は、リン酸吸収亢進剤が上記濃度範囲内に調製された後に植物に供給されることが好ましいが、植物に取り込まれる段階でリン酸吸収亢進剤が培地または溶液と混合されていればよい。よって、リン酸吸収亢進剤を含有しない培地または溶液と補助剤とが、同時にまたは連続的に、植物の外表面に直接的に供給されても、植物の近傍(支持体または用土)に供給されてもよい。このような手順を用いることによって、植物は、補助剤が混合された培地または溶液を取り込むことができる。また、グルタチオンもしくはその誘導体またはそれを含む組成物を、従来公知の肥料または植物ホルモン等の薬剤と混合して植物に与えてもよい。
【0082】
(栽培支持体および栽培装置)
本発明の方法の栽培工程において、植物の栽培に使用される水耕栽培装置等は、公知のものが用いられる。また、栽培に用いる支持体および養液なども公知のものを用いることができる。
【0083】
支持体としては、土壌を用いることができる。土壌の種類は特に限定されないが、例えば、通常の圃場における土壌、園芸用の培土(例えばクレハ園芸培土(クレハ))などである。また、例えば、ロックウール、礫またはハイドロボールなどを用いてもよい。また、例えば、ココピート(ヤシの実の殻を形成するファイバー繊維を堆積および醗酵させた土壌改良剤)、パミス(火山性軽石)、ピートモス、バーミキュライト、パーライトなどの土壌を用いてもよい。また、異なる種類の土壌を任意の割合で混合したものであってもよい。支持体が土壌である場合は、いかなる種類の土壌であってもよく、その土壌中のリン含量、リン酸吸収係数、有効態リン酸量は限定されない。
【0084】
養液栽培の場合、これらの土壌改良剤または土壌を、ポットなどの小型の容器や袋状物などに充填し、そこに植物体を移植し、容器または袋状物ごと養液に浸すことによって植物を栽培してもよい。
【0085】
養液としては、公知のものを用いることができ、特に限定されない。たとえば、水であるか、または、窒素分、リン分、カリウム分および金属成分などの植物の生長に必要な成分を一種類以上含有する水溶液であり得る。例えば、アンモニア性窒素分、硝酸性窒素分、リン酸分(P2O5)、カリウム分(K2O)、マグネシウム分(MgO)、マンガン分(MnO)、ホウ素分(B2O2)、鉄分(Fe)、銅分(Cu)、亜鉛分(Zn)およびモリブデン分(Mo)などの成分のうちの一種類以上を含む水溶液を用いることができる。
【0086】
このように、栽培している間に本発明のリン酸吸収亢進剤を施用する場合、上述のように肥料および/または植物ホルモン等の薬剤と当該組成物とを混合して植物に施用してもよい。この場合、当該肥料等と組成物との混合物を与える時期としては特に限定されず、上述の例示に従ってもよいし、肥料等を与える好ましい時期に従ってもよい。
【0087】
以上のことから、特に施用する肥料がリン肥料である一実施形態としての本方法は、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる方法であって、リン酸吸収亢進剤存在下で植物を栽培する工程と、リン化合物またはその誘導体存在下で植物を栽培する工程と、を包含しており、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法である。つまり、本発明の方法では、植物にリン酸吸収亢進剤の施肥と、リン施肥との両方を行ってもよい。
【0088】
施用されるリン化合物またはその誘導体は、〔1.植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させるための組成物〕の項目に記載のリン化合物またはその誘導体が挙げられる。
【0089】
リン酸吸収亢進剤の施用とリン施用とは、同時に行っても、別々のタイミングで行ってもよい。つまり、リン施肥を先に行ったのち、リン酸吸収亢進剤の施肥を行ってもよく、リン酸吸収亢進剤の施肥を行ったのち、リン施肥を行ってもよい。また、所定期間は同時に施用し、別の所定の期間は別々に施用するといった態様であってもよい。同時に施肥を行う場合は、本発明の単一の組成物中にリン化合物またはその誘導体を含有させた形態であってもよく、別個の組成物を同時に施用してもよい。
【0090】
このときリン化合物またはその誘導体の施用時期および施用形態は上述したリン酸吸収亢進剤の施用時期および施用形態の記載を適用できる。
【0091】
本発明の方法における、植物を栽培している間に必要となるリン化合物またはその誘導体の総施用量は、リン酸吸収亢進剤を施用しない、従来の総リン施用量(例えば、植物が栽培される対象の土壌のリン酸吸収係数および有効態リン酸量から決定される、従来技術の施用量算出法から算出されるリン化合物またはその誘導体の総施用量)より低減させることが可能である。一実施形態において、本発明のリン酸吸収亢進剤を用いて植物を栽培したときの総リン施用量は、土壌のリン酸吸収係数および有効態リン酸量から決定される従来の総リン施用量の95%以下(リン重量当たり)の施用量とすることができる。ある一例では土壌のリン酸吸収係数および有効態リン酸量から決定される従来の総リン施用量の50%以下の施用量とすることができる。さらに別の一実施形態では、本発明の方法での総リン施用量は、好ましくは従来の総リン施用量の30~95%、より好ましくは、従来の総リン施用量の30~90%、さらに好ましくは、従来の総リン施用量の30~75%、最も好ましくは、従来の総リン施用量の30~50%の総リン施用量とすることができる。このように、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用することにより、リン肥料を施用する場合もリン施用量を減少させることができ、植物栽培にかかるコストを低減することができる。
【0092】
(植物)
本明細書中において、「植物」は、植物全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子など)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束、柵状組織、海綿状組織など)または植物培養細胞、あるいは種々の形態の植物細胞(例えば、懸濁培養細胞)、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどが意図される。
【0093】
本発明の適用対象となる植物としては、特に制限されず、種々の単子葉植物、双子葉植物、樹木等の植物全般に適用することができる。例えば、単子葉植物としては、例えばウキクサ属植物(ウキクサ)およびアオウキクサ属植物(アオウキクサ,ヒンジモ)が含まれるうきくさ科植物;カトレア属植物、シンビジウム属植物、デンドロビューム属植物、ファレノプシス属植物、バンダ属植物、パフィオペディラム属植物、オンシジウム属植物等が含まれる、らん科植物;がま科植物、みくり科植物、ひるむしろ科植物、いばらも科植物、ほろむいそう科植物、おもだか科植物、とちかがみ科植物、ほんごうそう科植物、イネ科植物(スイートコーン等のトウモロコシ等)、かやつりぐさ科植物、やし科植物、さといも科植物、ほしぐさ科植物、つゆくさ科植物、みずあおい科植物、いぐさ科植物、びゃくぶ科植物、ゆり科植物、ひがんばな科植物、やまのいも科植物、あやめ科植物、ばしょう科植物、しょうが科植物、かんな科植物、ひなのしゃくじょう科植物等を例示することができる。
【0094】
また、双子葉植物としては、例えばアサガオ属植物(アサガオ)、ヒルガオ属植物(ヒルガオ,コヒルガオ,ハマヒルガオ)、サツマイモ属植物(グンバイヒルガオ、サツマイモ)、ネナシカズラ属植物(ネナシカズラ、マメダオシ)が含まれるひるがお科植物;ナデシコ属植物(カーネーション等)、ハコベ属植物、タカネツメクサ属植物、ミミナグサ属植物、ツメクサ属植物、ノミノツヅリ属植物、オオヤマフスマ属植物、ワチガイソウ属植物、ハマハコベ属植物、オオツメクサ属植物、シオツメクサ属植物、マンテマ属植物、センノウ属植物、フシグロ属植物、ナンバンハコベ属植物が含まれるなでしこ科植物;もくまもう科植物、どくだみ科植物、こしょう科植物、せんりょう科植物、やなぎ科植物、やまもも科植物、くるみ科植物、かばのき科植物、ぶな科植物、にれ科植物、くわ科植物、いらくさ科植物、かわごけそう科植物、やまもがし科植物、ぼろぼろのき科植物、びゃくだん科植物、やどりぎ科植物、うまのすずくさ科植物、やっこそう科植物、つちとりもち科植物、たで科植物、あかざ科植物、ひゆ科植物、おしろいばな科植物、やまとぐさ科植物、やまごぼう科植物、つるな科植物、すべりひゆ科植物、もくれん科植物、やまぐるま科植物、かつら科植物、すいれん科植物、まつも科植物、きんぽうげ科植物、あけび科植物、めぎ科植物、つづらふじ科植物、ろうばい科植物、くすのき科植物、けし科植物、ふうちょうそう科植物、あぶらな科植物(シロイヌナズナ、キャベツ、ダイコン、ワサビ、ヤマガラシ、ブロッコリー等)、もうせんごけ科植物、うつぼかずら科植物、べんけいそう科植物、ゆきのした科植物、とべら科植物、まんさく科植物、すずかけのき科植物、ばら科植物、まめ科植物、かたばみ科植物、ふうろそう科植物、あま科植物、はまびし科植物、みかん科植物、にがき科植物、せんだん科植物、ひめはぎ科植物、とうだいぐさ科植物、あわごけ科植物、つげ科植物、がんこうらん科植物、どくうつぎ科植物、うるし科植物、もちのき科植物、にしきぎ科植物、みつばうつぎ科植物、くろたきかずら科植物、かえで科植物、とちのき科植物、むくろじ科植物、あわぶき科植物、つりふねそう科植物、くろうめもどき科植物、ぶどう科植物、ほるとのき科植物、しなのき科植物、あおい科植物、あおぎり科植物、さるなし科植物、つばき科植物、おとぎりそう科植物、みぞはこべ科植物、ぎょりゅう科植物、すみれ科植物、いいぎり科植物、きぶし科植物、とけいそう科植物、しゅうかいどう科植物、さぼてん科植物、じんちょうげ科植物、ぐみ科植物、みそはぎ科植物、ざくろ科植物、ひるぎ科植物、うりのき科植物、のぼたん科植物、ひし科植物、あかばな科植物、ありのとうぐさ科植物、すぎなも科植物、うこぎ科植物、せり科植物、みずき科植物、いわうめ科植物、りょうぶ科植物、いちやくそう科植物、つつじ科植物、やぶこうじ科植物、さくらそう科植物、いそまつ科植物、かきのき科植物、はいのき科植物、えごのき科植物、もくせい科植物、ふじうつぎ科植物、りんどう科植物、きょうちくとう科植物、ががいも科植物、はなしのぶ科植物、むらさき科植物、くまつづら科植物、しそ科植物、なす科植物(トマト等)、ごまのはぐさ科植物、のうぜんかずら科植物、ごま科植物、はまうつぼ科植物、いわたばこ科植物、たぬきも科植物、きつねのまご科植物、はまじんちょう科植物、はえどくそう科植物、おおばこ科植物、あかね科植物、すいかずら科植物、れんぷくそう科植物、おみなえし科植物、まつむしそう科植物、うり科植物、ききょう科植物、きく科植物(シュンギク、レタス、ゴボウ、フキ等)などを例示できる。また、本発明の対象となる植物は、上記例示した植物の野生型のみならず、変異体や形質転換体、遺伝子組換え植物やゲノム編集植物であってもよい。
【0095】
なお、後述する実施例に示されるように、植物におけるリン吸収効率および/又はリン利用効率が向上する部位は特に限定されず、収穫物であってもそれ以外の部位であってもよい。「収穫物」とは、その植物において食糧となる部分、例えば、実を食する植物の場合は実、種子を食する植物の場合は種子、茎を食する植物の場合は茎、根を食する植物の場合は根、花を食する植物の場合は花、葉を食する植物の場合は葉等が意図されるが、これらに限定されない。
【0096】
〔3.リン不良土壌で植物を生育させる方法〕
本発明はまた、リン不良土壌で植物を生育させる方法であって、リン酸吸収亢進剤の存在下、植物を上記リン不良土壌で栽培する工程を包含しており、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法を提供する。
【0097】
上述した通り、本発明の方法では植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を著しく高めることができるため、リン不良土壌においても植物を良好に生育させることができる。土壌のリン酸が不良か否かは、栽培植物や栽培条件によって判断されるので相対的なものではあるが、当業者であれば土壌中のリン酸量(またはリン量)を測定する方法、リン酸吸収係数を求める方法などによって評価することができる。
【0098】
また、本方法は、リン化合物またはその誘導体を上記植物に施用する工程をさらに包含していてもよい。植物へのリン酸吸収亢進剤施用工程およびリン施用工程については、上述の〔2.植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる方法〕の記載を適用することができる。
【0099】
〔4.リン肥料の施肥量を低減する方法〕
本発明はまた、植物へのリン肥料の施肥量を低減する方法であって、リン酸吸収亢進剤の存在下、植物を栽培する工程およびリン肥料を植物に施肥する工程を包含しており、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法を提供する。
【0100】
上述した通り、本発明の方法では、リン肥料の総施用量は、リン酸吸収亢進剤を施用しない、リン肥料の従来の総施肥量(例えば、植物が栽培される対象の土壌のリン酸吸収係数および有効態リン酸量から決定される、従来技術の施肥量算出法から算出されるリン肥料の総施肥量)よりもリン肥料の総施肥量を低減することが可能である。ここで、リン肥料は、上述したリン化合物またはその誘導体を含む肥料である。
【0101】
一実施形態において、本発明のリン酸吸収亢進剤を用いて植物を栽培したときの総リン施用量は、土壌のリン酸吸収係数および有効態リン酸量から決定される従来の総リン肥料施肥量の95%以下(リン重量当たり)の施肥量とすることができる。ある一例では土壌のリン酸吸収係数および有効態リン酸量から決定される従来の総リン肥料施肥量の50%以下の施肥量とすることができる。さらに別の一実施形態では、本発明の方法での総リン肥料施肥量は、好ましくは従来の総リン肥料施肥量の30~95%、より好ましくは、従来の総リン肥料施肥量の30~90%、さらに好ましくは、従来の総リン肥料施肥量の30~75%、最も好ましくは、従来の総リン肥料施肥量の30~50%の総リン肥料施肥量とすることができる。このように、本発明のリン酸吸収亢進剤を施用することにより、リン肥料を施用する場合もリン肥料の施肥量を低減することができ、植物栽培にかかるコストを低減することができる。
【0102】
また、本方法において、植物へのリン酸吸収亢進剤施用工程およびリン肥料施肥工程は、いずれの工程を先に行ってもよく、同時に行っても、別々のタイミングで行ってもよい。つまり、リン肥料の施肥を先に行ったのち、リン酸吸収亢進剤の施用を行ってもよく、リン酸吸収亢進剤の施用を行ったのち、リン肥料の施肥を行ってもよい。また、所定期間は同時に施用し、別の所定の期間は別々に施用するといった態様であってもよい。さらに、これらの工程を反復して行ってもよい。同時に施肥を行う場合は、単一の組成物中にリン酸吸収亢進剤とリン肥料(リン化合物またはその誘導体)を含有させて使用してもよく、別個の組成物を同時に施用してもよい。これらの工程については、上述の〔2.植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる方法〕の記載を適用することができる。
【0103】
〔5.リン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した植物を作出する方法〕
本発明はさらに、リン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した植物を作出する方法であって、リン酸吸収亢進剤存在下で植物を栽培する工程と、上記植物におけるリン吸収効率および/またはリン利用効率を測定する工程と、上記リン酸吸収亢進剤を施用して栽培した上記植物のうち、該リン酸吸収亢進剤の非存在下にて栽培した植物と比較してリン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した植物を選択する工程と、を包含しており、上記リン酸吸収亢進剤が、グルタチオンまたはその誘導体である、方法を提供する。
【0104】
リン酸吸収亢進剤は、植物に接触させることで植物に吸収させることができるので、上記工程は、リン酸吸収亢進剤を目的の植物に接触させる工程でも、リン酸吸収亢進剤を目的の植物に吸収させる工程でもあり得る。リン酸吸収亢進剤を植物に吸収させる手順としては特に限定されず、例えば、本発明のリン酸吸収亢進剤を含有する培地(土壌および土壌改良剤を含む)で植物を栽培することによって根から吸収させてもよいし、植物を栽培する間に本発明のリン酸吸収亢進剤を粒剤または液肥として与えたり、吹き付けたり、塗布したりすることによって植物がリン酸吸収亢進剤を吸収するようにしてもよい。また、イオン交換樹脂等の吸着体に本発明のリン酸吸収亢進剤を吸着させて、これを土壌に埋設する等、培地中に配置した上で、当該植物を栽培してもよい。すなわち、本発明の方法は、リン酸吸収亢進剤の存在下にて植物を栽培する工程をさらに包含する。なお、本発明の方法における工程の具体的な手順については、上述したような、本発明のリン酸吸収亢進剤の使用形態に準じればよい。
【0105】
また、施用するリン酸吸収亢進剤の濃度は、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を高めることができる範囲内において、高濃度であっても低濃度であってもよく、提供される間隔、時期、期間等を適宜設定することによって所望の効果を導き得る。栽培期間を通して施用するリン酸吸収亢進剤の総量が特定の範囲内である場合に、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を高めることができる。リン酸吸収亢進剤の提供される間隔、時期、期間等栽培期間を通して植物に与えるリン酸吸収亢進剤の総量は、上述の〔2.植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させる方法〕の記載を適用することができる。
【0106】
本発明の方法が適用された植物においては、リン吸収効率および/またはリン利用効率が向上している。リン吸収効率および/またはリン利用効率が向上している植物は、リン含量、バイオマス量および収穫指数の少なくとも何れかが向上した植物であり得る。植物におけるリン含量の向上を確認するために、本発明の方法は、リン吸収効率および/またはリン利用効率を測定する工程を包含している。リン吸収効率および/またはリン利用効率を測定する工程は、リン含量を測定する工程、バイオマス量を測定する工程、および収穫指数を測定する工程の少なくとも何れかであり得る。また、本発明の方法は、リン酸吸収亢進剤を施用した植物の、目的とする収穫物におけるリン含量を測定する工程をさらに包含していてもよい。なお、植物におけるリン含量の測定方法については従来公知の手順に従えばよく、後述する実施例に記載の手順であってもよい。
【0107】
本発明の方法は、本発明による効果(すなわち、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を高める効果)を制御するために、本発明が適用された植物の収穫時期の光条件を制御する工程をさらに包含してもよい。光条件の制御は、明条件下から暗条件下への変更であっても暗条件下から明条件下への変更であっても、明条件下での光量の変更であってもよく、収穫物を収穫する前に行われればよく、制御の開始の8時間以上後でありかつ制御の終了までに収穫が行われれば、開始時期および制御期間は特に限定されない。また、制御の開始は、植物へのリン酸吸収亢進剤の施用を開始する前であっても後であってもよく、リン酸吸収亢進剤の施用を開始した後に行われることが好ましい。
【0108】
本発明の方法はまた、本発明による効果(すなわち、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を高める効果)を制御するために、本発明が適用された植物の栽培時期の温度条件を制御する工程をさらに包含してもよい。後述する実施例に示されるように、植物の生育に最適な温度範囲外の温度にて生育を行った場合であっても、リン酸吸収亢進剤を施用しかつ温度条件を制御することによって植物におけるリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させることができる。なお、温度条件の制御は、高温条件から低温条件への変更であっても低温条件から高温条件への変更であってもよく、播種(好ましくは発芽)の後に制御が開始され、制御の終了までに収穫が行われれば、開始時期および制御期間は特に限定されない。また、制御の開始は、植物へのリン酸吸収亢進剤の施用を開始する前であっても後であってもよく、リン酸吸収亢進剤の施用を開始した後に行われることが好ましい。
【0109】
また、本発明の作出方法によって作出された植物においてリン吸収効率および/またはリン利用効率が向上したことを確認するために、本発明の植物の作出方法は、リン酸吸収亢進剤の非存在下にて栽培した植物と比較してリン吸収効率および/またはリン利用効率が向上した植物を選択する工程をさらに包含する。上記構成を有することにより、目的の植物を首尾よく選抜することができる。
【0110】
以上に示した通り、本発明の方法により、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率が向上し、植物のリン吸収が亢進される。その結果、リン含量、バイオマス量および収穫指数が著しく向上した植物が作出可能である。また、最低限のリン施肥条件で効率よく植物が生長に必要なリンを植物体内に吸収するので、リン施肥量を低減することができる。また、植物にとって悪環境であって、従来であれば植物栽培に適さないような低リン濃度の土壌やリン不良土壌もしくは条件であっても植物のリン吸収が亢進され、植物は、生長に十分なリンを取り込み、生育することができる。以上の結果、リン施肥を低減させて、環境への負担およびコストを低減しながら植物の効率的な育成が可能となる。
【0111】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0112】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。
【実施例】
【0113】
〔実施例1:酸化型グルタチオンの施肥が、異なるリン酸含量の土壌におけるシロイヌナズナの生育に及ぼす影響〕
(実験方法)
植物の生育実験を行った。
植物の栽培は、100μE/m2の強さの光で16時間明期/8時間暗期の日長条件のもと22℃の温度の条件で行った。
培地として、下層にバーミキュライト(旭工業)、中層にクレハ園芸培土(クレハ)、上層にバーミキュライト(旭工業)を用い、下層:中層:上層の容積の割合を2:1:1(80mL:40mL:40mL)で重層して形成される土壌を用いた。
【0114】
水に浸漬した土壌を入れたポットに、シロイヌナズナの種子を播種して土壌から水を吸水させた。この場合の施肥リンはクレハ園芸培土由来のリンのみであり、このリン条件をP1(124mg(リン酸)/100g(土壌))とした。
次に、種子の吸水をさせる際に水の代わりに土壌に100mM NaH2PO4/Na2HPO4をdishから底面潅水で与えてリン酸施肥量を2倍量に増加させた以外は同様に栽培し、このリン条件をP2(248mg(リン酸)/100g(土壌))とした。
【0115】
(リン酸濃度)
本実験で用いたリン酸の濃度条件は下記の計算に基づく。
<リン濃度条件(P1とする)>
クレハ園芸培土の1ポット(40mL)あたりの栄養素含量:N(窒素) 12mg、P(リン) 30mg、K(カリウム) 18mg
dishあたりのP量:P30mg×4ポット=120mg
120(mg)/31=3.87mmol
<P2リン濃度条件(P1の2倍濃度)>
吸水時にdishあたり38.7mLの100mM NaH2PO4/Na2HPO4を元肥として底面潅水で与えリン量を2倍とした。
100mM NaH2PO4/Na2HPO4の3.87mmol分:3.87mmol/(100mmol/L)=38.7mL
【0116】
つづいて、植物に対して、水のみ(Control)または1mMの酸化型グルタチオン(GSSG)溶液を与えた。具体的には、65mm(W)×65mm(D)×50mm(H)程度のポットに、1ポット当たり3個体となるようにして、ポット4つを1つのdishに乗せ、1週間に一回、ポットあたり25mL(4ポットあたり100mL)の溶液を、播種後1、2、3、4、5週間目のタイミングでdishに加えることによって、グルタチオンを根に与えた。
【0117】
以上の条件で栽培したシロイヌナズナ(1ポットにつき3個体)から得られた植物の、播種後10週間以上経過し、それ以上生育しなくなった植物体の全体重(乾燥重量)、種子量、および収穫指数(ハーベストインデックス)を測定し、各処理16ポットの平均値を算出した。
【0118】
全体重および種子重のいずれも乾燥重を測定した。また、収穫指数は、植物の全体重に対する種子重の割合として算出した。
その結果を
図1に示す。
図1は酸化型グルタチオンの施肥が、異なるリン酸含量の土壌におけるシロイヌナズナの生育に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
図1のAは、上記各条件下で栽培されたシロイヌナズナの全体重(mg)、
図1のBは、上記各条件下で栽培されたシロイヌナズナの種子重(mg)、および
図1のCは、上記各条件下で栽培されたシロイヌナズナの収穫指数(いずれもn=16)を示す。
図1のDおよびEは、上記各条件下で栽培されたシロイヌナズナの種子重比を示し、Dは、P1リン条件のGSSG未処理(none)を基準として、Eは、P2リン条件のGSSG未処理(none)を基準として種子重比を計算した。
【0119】
図1に示すように、1mM GSSGで処理した場合、GSSG未処理(none)と比較して、P1、P2のいずれのリン条件でも全体重、種子重、収穫指数の上昇が見られた。
【0120】
P1のグルタチオン処理なし(none)の場合と比較して、P1のグルタチオン処理あり(GSSG)の場合は約21%、P2のグルタチオン処理なしの場合と比較してP2のグルタチオン処理ありの場合は約26%の種子重の増加が見られた(
図1のB)。同様に、P1のグルタチオン処理なし(none)の場合と比較して、P1のグルタチオン処理あり(GSSG)の場合は約2.4%、P2のグルタチオン処理なしの場合と比較してP2のグルタチオン処理ありの場合は約2.5%の収穫指数の増加が見られた(
図1のC)。
【0121】
リンの施用量を増加させると(P2条件)、グルタチオン無処理の場合(P2のグルタチオン処理なし)でも、減リン酸条件(P1)のグルタチオン処理なしと比較して、種子重は約16%増加するが、リンの施用量増加に加え、グルタチオンを処理した場合(P2のグルタチオン処理あり)は、P1のグルタチオン処理なしと比較して種子重は約46%増加した(
図1のBおよびD)。
【0122】
さらに、P2のグルタチオン処理なしの種子重を100%としたときに、P1のグルタチオン処理なしの種子量は86.0%であった(
図1のE)。これに対し、P1のグルタチオン処理ありの条件の種子重は104.1%、P2のグルタチオン処理ありの条件の種子量は、125.6%となった(
図1のE)。一般に、リン酸の施用量を所定の施用量よりも減らした場合(減リン酸環境下)では、所定の施用量の場合と比較して、種子重は減少する。しかし、グルタチオン処理を行った場合は、減リン酸条件下(すなわちP1条件下)であっても、所定の施用量(P2条件下)よりも種子量は増加した(
図1のBおよびE)。
【0123】
〔実施例2:酸化型グルタチオンの施肥が、シロイヌナズナ葉身中のリン酸含量およびリン化合物含量に及ぼす影響〕
次に、上述のP1の条件で生育させたシロイヌナズナについて、乾燥重当たりの葉身中のリン化合物量を調べた。
【0124】
栽培方法は実施例1と同様に行った。ただし、本実験では、植物に対して、水のみ(Control)、1mMの酸化型グルタチオン(GSSG)溶液、2mMの還元型グルタチオン(GSH)溶液、または3mMの硝酸アンモニウム(NH4NO3)を与えた。三者の濃度は、窒素(N)量として同じになるように設定した。また、硝酸アンモニウムは窒素肥料であり、イオウ(S)を含有しない肥料としてのコントロールとして用いた。
【0125】
リン酸含量は、モリブデン発色法により測定した。
リン化合物含量の測定には、CE-TOFMS(キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計:Agilent CE-TOFMS system(Agilent technologies社))のカチオンモード、アニオンモードによる測定を実施した。検出されたピークに対しm/Zと泳動時間を元にデータベースに照合し、リン化合物の検索・同定・定量を行った。いずれの測定にも播種の4週間後の植物を用い、検体として葉身を使用した。
【0126】
CE-TOFMSに用いた検体は以下のように調製した。まず、葉試料と内部標準物質50μMを含んだ500μLのメタノール溶液を破砕用チューブに入れ、液体窒素により凍結し、卓上破砕機を用いて破砕した。これに500μLのクロロホルムおよび200μLのMilli-Q水を加えて撹拌し、遠心分離(2300×g、4℃、5分間)を行った。遠心分離後、水相を限外ろ過チューブ(MILLIPORE、ウルトラフリーMC UFC3 LCC 遠心フィルターユニット 5kDa)400μL×1本に移し取った。
これを遠心分離(9100×g、4℃、120分間)し、水相の限外ろ過処理を行った。
ろ液を乾固させ、50μLのMilli-Q水に溶解し、測定に供した。
【0127】
図2および3は、それぞれ酸化型グルタチオンまたは還元型グルタチオンの施肥が、シロイヌナズナ葉身中のリン酸含量およびリン化合物含量に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
図2は、シロイヌナズナの生体重1mg当たりの葉身中のリン酸含量を示す図である。また、
図3は、シロイヌナズナ乾燥重当たりの葉身中のリン化合物含量を示す図である。
【0128】
図2に示すように、生体重当たりのリン酸含量として、グルタチオン無処理(None)のシロイヌナズナ葉身中のリン酸含量は、9.76nmol/mgであった。一方、1mM GSSG処理では11.13nmol/mg(14%増加)であった(括弧内は、グルタチオン無処理のシロイヌナズナ葉身中のリン化合物量を100%としたときの増加割合を示す。)。
【0129】
図3に示すように、乾燥重当たりのリン化合物含量として、グルタチオン無処理(Control)のシロイヌナズナ葉身中のリン化合物量は、306.5nmol/gであった。一方、1mM GSSG処理では342.6nmol/g(12%増加)、2mM GSH処理では、349.5nmol/g(14%増加)であった(括弧内は、グルタチオン無処理のシロイヌナズナ葉身中のリン化合物量を100%としたときの増加割合を示す。)。一方、3mM NH
4NO
3(GSSGおよびGSH分子中の等量N量)は、252.7nmol(18%減少)であった。
【0130】
〔実施例3:酸化型グルタチオンの施肥が、各種濃度のリン酸を施肥した土壌におけるキクナ(シュンギク)の生育に及ぼす影響(1)〕
キク科の野菜であるキクナ(シュンギク)に酸化型グルタチオンの施肥が、各種濃度のリン酸を施肥した土壌におけるシュンギクの生育に及ぼす影響を検証した。キクナは、播種後、発芽の揃ったものを選び、インキュベーター(明期:14時間20℃/暗期:10時間15℃、光強度:約250μE/m2/s)の中で栽培した。培地には、下層にバーミキュライト(旭工業)2、中層にクレハ育苗培土(クレハ)1、上層にバーミキュライト(旭工業)1の割合で重層して形成される土壌を用いた。
【0131】
水に浸漬した土壌を入れたポットに、キクナの種子を播種して種子に吸水させた。この場合の施肥リンはクレハ園芸培土由来のリンのみであり、このリン条件をP1とした。
【0132】
次に、土壌を浸漬させる水について水の代わりに土壌に100mM NaH2PO4/Na2HPO4をdishから底面潅水を行うことにより、リン酸施肥量をP1の2倍量または4倍量に増加させ、このリン条件をP2、P4とした。すなわち、P1は、クレハ培養土含有分のP30mg、P2は、P1+P30mg相当のリン酸緩衝液、P4は、P1+P90mg相当のリン酸緩衝液のリン条件とし、P1を基準として合計のリン量が、P2がP1の2倍、P4をP1の4倍となるように調製した。P1、P2およびP4(516mg(リン酸)/100g(土壌))はリン条件が異なる以外は同様の方法で播種および栽培した。
【0133】
(リン酸濃度)
本実験で用いたリン酸の濃度条件は下記の計算に基づく。
<P1(P30mg)リン濃度条件>
クレハ園芸培土の1ポット(40mL)あたりの栄養素含量:N 12mg、P 30mg、K 18mg
dishあたりのP量:P30mg×3ポット=90mg
90(mg)/31=2.90mmol
<P2(P1+P30mg)リン濃度条件(P1の2倍濃度)>
吸水時にdishあたり29.0mLの100mM NaH2PO4/Na2HPO4を元肥として底面潅水で与えリン量を2倍とした。
計算式:100mM NaH2PO4/Na2HPO4の2.90mmol分:2.90mmol/(100mmol/L)=29.0mL
<P4(P1+P90mg)リン濃度条件(P1の4倍濃度)>
吸水時にdishあたり29.0mL×3 = 87.0mLの100mM NaH2PO4/Na2HPO4を元肥として底面潅水で与えリン量を4倍とした。
【0134】
次に、植物に対して、水のみ(None)または2mMの酸化型グルタチオン(GSSG)溶液を与えた。具体的には、65mm(W)×65mm(D)×50mm(H)程度のポットあたり1個体となるようにして、1週間に一回、ポットあたり25mLの溶液を播種後1、2、3、4、5週間目のタイミングで根に与えた。
【0135】
以上の条件で栽培したGSSG処理有無条件下での各リン酸濃度条件の土壌における播種後7週のシュンギク(1ポットにつき1個体)の生重量を測定した。
【0136】
図4は、酸化型グルタチオンの施肥が、各種濃度のリン酸を施肥した土壌におけるシュンギクの生育に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
図4に示されるように、施肥したリン酸量が多いほど、植物体の生育は向上した。
【0137】
図5は、酸化型グルタチオンの施肥が、各種濃度のリン酸を施肥した土壌におけるシュンギクの生体重量に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
クレハ培土のみで栽培した場合(P1)、グルタチオン無処理(None)の生体重2.8gに対し、グルタチオン処理(GSSG)は3.8gであり、36%の増加を示した。リン酸量を2倍にした場合(P2)、無処理の生体重3.0gに対し、グルタチオン処理は5.3gであり、77%の増加を示した。リン酸量を4倍にした場合(P4)、無処理の生体重2.8gに対し、グルタチオン処理は5.1gであり、82%の増加を示した。
【0138】
〔実施例4:酸化型グルタチオンの施肥が、各種濃度のリン酸を施肥した土壌におけるキクナ(シュンギク)の生育に及ぼす影響(2)〕
上記実施例3のP1の条件を基準としたときに、P1よりも低いリン酸濃度条件について、各種濃度のリン酸を施肥した土壌におけるシュンギクの生育に及ぼす影響を検証した。
【0139】
栽培条件は、実施例3と同様に、播種後、発芽の揃ったものを選び、インキュベーター(明期:14時間20℃/暗期:10時間15℃、光強度:約250μE/m2/s)の中で栽培した。
【0140】
実施例3の培地の代わりに、培地として、下層にバーミキュライト(旭工業)、中層にクレハ園芸培土(クレハ)、上層にバーミキュライト(旭工業)を用い、下層:中層:上層の容積の割合を7:1:8(70mL:10mL:80mL)で重層して形成される土壌を用いた。
【0141】
次に、dishから100mM NaH2PO4/Na2HPO4または水を底面潅水することによって、土壌を100mM NaH2PO4/Na2HPO4または水に浸漬させ、リン酸施肥量をP1、P1の1/2倍量(62mg(リン酸)/100g(土壌))または1/4倍量(31mg(リン酸)/100g(土壌))とした。さらに、100mM NaH2PO4/Na2HPO4の溶液と、16.9mg/mlのKNO3を添加することによって、窒素(N)およびカリウム(K)の栄養素含量についてはP1、P1/2、P1/4のいずれの条件でも同等になるように、NとKとを補った。
【0142】
すなわち、P1は、クレハ培養土含有分のP7.5mg+P22.5mg相当のリン酸緩衝液で合計P30mg、P1/2は、クレハ培養土含有分のP7.5mg+P7.5mg相当のリン酸緩衝液でP15mg、P1/4は、クレハ培養土含有分7.5mgのみで、P7.5mgのリン条件とし、P1を基準としてトータルのリン量が、P1/2がP1の1/2倍となり、P1/4がP1の1/4倍となるように調製した。
【0143】
(リン酸濃度および窒素(N)およびカリウム(K)濃度)
本実験で用いたリン酸の濃度条件は下記の計算に基づく。
クレハ園芸培土の1ポット(10mL)あたりの栄養素含量:N 3mg、P 7.5mg、K 4.5mg
dishあたりの補充分として、実施例3のクレハ培養土(P1)との差分(クレハ培養土30ml分)を補うために吸水時にクレハ培養土30mlに16.9mg/ml KNO3 10ml+100mM NaH2PO4/Na2HPO421.8mlを元肥として底面潅水で与えリン量をP1(P30mg)とした。
【0144】
<P1(P30mg)リン濃度条件>
計算式:
dishあたりのP量:(P30mg-クレハ培土P含有量7.5mg)×3ポット=67.5mg
67.5(mg)/31=2.18mmol
100mM NaH2PO4/Na2HPO4の2.18mmol分:2.18mmol/(100mmol/L)=21.8mL
dishあたりのN量:KNO3 16.9mg/ml×10mL=169mg(N:23.4mg、K:65.3mg)
dishあたりのN量:クレハ培土N含有量3mg×3+23.4mg=32.4mg
dishあたりのK量:クレハ培土K含有量4.5mg×3+65.3mg=78.8mg
【0145】
<P1/2(P15mg)リン濃度条件(P1の1/2倍量)>
dishあたりの補充分として、実施例3のクレハ培養土(P1)との差分(クレハ培養土30ml分)を補うために吸水時にクレハ培養土30mlに16.9mg/ml KNO3 10ml+100mM NaH2PO4/Na2HPO4 7.3mlを元肥として底面潅水で与えてリン量をP1/2(P15mg)とした。
計算式:
dishあたりのP量:(P15mg-クレハ培土P含有量7.5mg)×3ポット=22.5mg
2.5(mg)/31=0.73mmol
100mM NaH2PO4/Na2HPO4の0.73mmol分:0.73mmol/(100mmol/L)7.3ml
【0146】
<P1/4リン濃度条件(P1の1/4倍量)>
dishあたりの補充分として、実施例3のクレハ培養土(P1)との差分(クレハ培養土30ml分)を補うために吸水時にクレハ培養土30mlに16.9mg/ml KNO3 10ml+水を元肥として底面潅水で与えてリン量をP1/4(P 7.5mg)とした。
【0147】
図6は、酸化型グルタチオンの施肥が、P1よりも低いリン酸濃度条件について、各種濃度のリン酸を施肥した土壌におけるシュンギクの生育に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
【0148】
次に、上述のP1、P1/2およびP1/4条件で生育させたシュンギクについて、播種後7週の植物体をサンプリングし、生体重当たりの葉身中のリン酸含量を調べた。リン酸含量の定量方法は実施例2のシロイヌナズナと同様、モリブデン発色法によって行った。
【0149】
以下の表1に本実施例の各P条件で生育させたシュンギクの生体重を示す。
【0150】
【0151】
図7は、シュンギク生体重1mg当たりの葉身中のリン酸含量(Pi含量)を示す図である。
図7の横軸のNone、0.2および1は、それぞれGSSGの、処理なし、0.2mM処理および1mM処理を示す。
図7に示されるように、P1では酸化型グルタチオン施用した場合の方が葉身中のリン酸含量が高くなった。一方、P
1/2では、酸化型グルタチオン施用有と無とで葉身中のリン酸含量に差は見られなかった。さらに、P
1/4では、酸化型グルタチオン施用有の方が無の場合よりもリン酸含量が低下した。
【0152】
〔実施例5:酸化型グルタチオンの施肥が、シュンギクのリン利用効率に及ぼす影響〕
続いて、実施例4の結果を用い、シュンギクの1個体あたりのリン酸含有量と、リン利用効率とを算出した。
【0153】
計算式:
植物1個体あたりのリン酸含有量(μmol Pi/plant) = 生体重1mg当たりのリン酸含量(nmol Pi/mg FW) × 生重量(mg FW/plant)
リン利用効率(mg FW/nmol Pi) = 生重量(mg FW/plant)/植物1個体あたりのリン酸含有量(nmol Pi/plant)
【0154】
図8は、シュンギク1個体あたりのリン酸含有量およびリン利用効率を示す図である。
図8の横軸のNone、0.2および1は、それぞれGSSGの、処理なし、0.2mM処理および1mM処理を示す。
図8に示されるように、P1では酸化型グルタチオン施用した場合の方が1個体あたりのリン酸含有量が高くなった。一方、P
1/4では、酸化型グルタチオン施用有の方が無の場合よりも一個体あたりのリン酸含有量が低下した。以上の
図7および8の結果に示されるように、P
1/4では、酸化型グルタチオン施用有の方が無の場合よりもリン利用効率が向上した。
【0155】
〔実施例6:葉面散布による酸化型グルタチオンの施肥がレタスの生育に及ぼす影響〕
(実験方法)
レタス(品種:サウザー)を生育実験に用いた。
育苗は、200穴トレイ(培土14ml/株)に播種し、インキュベーター内にて約100μE/m2の強さの光で16時間明期/8時間暗期の日長条件のもと22℃の温度の条件で2週間行った。その後、9cmポット(培土402ml/株)に移植し、ガラス温室内にて2週間栽培した。培土は育苗期、ポット栽培ともにセル培土(タキイ種苗製)を用いた。セル培土の肥料成分は、N(窒素)320mg/L、P(リン酸)210mg/L、K(カリウム)300mg/Lである。セル、ポット毎1株とし、無処理区とグルタチオン施用区をそれぞれ9株の反復とした。
【0156】
酸化型グルタチオンの施肥は、育苗3週目および育苗4週目(定植時)の計2回、霧吹きを用いて0.25mmol/Lを0.09ml/株/回(100ml/m2/回)になるように葉面散布をした。
リン濃度条件は、育苗時1.3mg/セル、ポット栽培時84.3mg/ポットである(95mg(リン酸)/100g(土壌))。
【0157】
以上の条件で栽培したレタスの地上部重(乾燥重)および全リン量を調査した。その結果を表2に示す。地上部重は、GSSG区において、無処理区に比べて有意に9%増加し、全リン量は20%増加した。従って、グルタチオンの散布によってもリンの吸収効率が向上することがわかった。
【0158】
【産業上の利用可能性】
【0159】
本発明の方法によれば、植物のリン吸収効率および/またはリン利用効率を向上させることができるので、本発明は、農業分野、食品産業分野等の広範な分野において産業上の利用可能性がある。