(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-19
(45)【発行日】2025-02-28
(54)【発明の名称】ワイヤ送給システム及びワイヤ送給方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/12 20060101AFI20250220BHJP
【FI】
B23K9/12 303C
(21)【出願番号】P 2021104628
(22)【出願日】2021-06-24
【審査請求日】2024-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100108213
【氏名又は名称】阿部 豊隆
(72)【発明者】
【氏名】楠本 太郎
(72)【発明者】
【氏名】荒金 智
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-087252(JP,A)
【文献】特開2017-087278(JP,A)
【文献】特開2021-074732(JP,A)
【文献】特開2012-091221(JP,A)
【文献】特開2012-130961(JP,A)
【文献】特表2009-533222(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを送給するワイヤ送給部と、
前記溶接ワイヤを正方向に送給する正送給及び前記溶接ワイヤを逆方向に送給する逆送給を交互に繰り返す正逆送給を行うように、前記ワイヤ送給部を制御するワイヤ送給制御部と、
を備え、
前記ワイヤ送給制御部が、アークスタート時のスローダウン送給処理の期間中に、アークを発生させるための電圧が継続的に印加されている状態で前記溶接ワイヤを前記正逆送給し、少なくとも、前記正送給時及び前記逆送給時それぞれのピーク速度が
経時的に大きくなるように、並びに、交互に繰り返す前記正送給及び前記逆送給それぞれの継続時間が
経時的に長くなるように、のいずれかにより、前記ワイヤ送給部を制御する、
ワイヤ送給システム。
【請求項2】
アーク溶接の区間ごとにアークの成否に関するアーク履歴を記憶する記憶部を、さらに備え、
前記ワイヤ送給制御部が、前記記憶された前記アーク履歴に基づいて、少なくとも、前記ピーク速度を大きくする度合い、及び、前記継続時間を長くする度合い、のいずれかを変更する、
請求項1記載のワイヤ送給システム。
【請求項3】
前記アーク履歴には、アークの発生に失敗した回数又はアークの発生に失敗した割合が含まれ、
前記ワイヤ送給制御部が、前記回数が所定の回数を超えた場合、又は前記割合が所定の割合を超えた場合に、対応する前記アーク溶接の区間の前記スローダウン送給処理における前記ピーク速度及び前記継続時間に対し、少なくとも、前記ピーク速度を大きくする度合いを現在設定されている度合いよりも大きくする及び前記継続時間を長くする度合いを現在設定されている度合いよりも長くする、のいずれかを実施する、
請求項2記載のワイヤ送給システム。
【請求項4】
前記所定の回数及び前記所定の割合が、前記アーク溶接の区間ごとに設定及び変更可能である、
請求項3記載のワイヤ送給システム。
【請求項5】
溶接ワイヤを送給するワイヤ送給システムにおいて実行されるワイヤ送給方法であって、
前記溶接ワイヤを送給する送給ステップと、
前記溶接ワイヤを正方向に送給する正送給及び前記溶接ワイヤを逆方向に送給する逆送給を交互に繰り返す正逆送給を行うように、前記送給ステップにおける前記溶接ワイヤの送給を制御する制御ステップと、
を含み、
前記制御ステップが、アークスタート時のスローダウン送給処理の期間中に、アークを発生させるための電圧が継続的に印加されている状態で前記溶接ワイヤを前記正逆送給し、少なくとも、前記正送給時及び前記逆送給時それぞれのピーク速度が
経時的に大きくなるように、並びに、交互に繰り返す前記正送給及び前記逆送給それぞれの継続時間が
経時的に長くなるように、のいずれかにより、前記送給ステップにおける前記溶接ワイヤの送給を制御する、
ワイヤ送給方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワイヤ送給システム及びワイヤ送給方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接を実施すると、スラグが発生し、溶接ワイヤの端部や母材にスラグが付着することがある。溶接ワイヤの端部等にスラグが付着すると、溶接ワイヤと母材との間にアークを発生させることができなくなり、溶接作業に遅延を来す要因になる。
【0003】
下記特許文献1には、溶接ワイヤを母材であるワークピースに向けて前後に繰り返し高速運動させることでスラグを除去するスラグ除去プロセスを実施する溶接方法が開示されている。この溶接方法では、一定の周波数で溶接ワイヤを前後に高速運動させることによって、スラグ除去プロセスを実施している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の溶接方法では、一定の周波数で溶接ワイヤを前後に高速運動させているため、設定する周波数によっては、スラグを完全に破壊できない場合もあり、タクトタイムが増加する要因になる。また、設定する周波数によっては、母材に傷をつけてしまう可能性もあり、溶接品質が低下する要因にもなり得る。
【0006】
そこで、本発明は、タクトタイムを短縮させ、溶接品質を向上させることができるワイヤ送給システム及びワイヤ送給方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係るワイヤ送給システムは、溶接ワイヤを送給するワイヤ送給部と、溶接ワイヤを正方向に送給する正送給及び溶接ワイヤを逆方向に送給する逆送給を交互に繰り返す正逆送給を行うように、ワイヤ送給部を制御するワイヤ送給制御部と、を備え、ワイヤ送給制御部が、アークスタート時のスローダウン送給処理の期間中に、アークを発生させるための電圧が継続的に印加されている状態で溶接ワイヤを正逆送給し、少なくとも、正送給時及び逆送給時それぞれのピーク速度が大きくなるように、並びに、交互に繰り返す正送給及び逆送給それぞれの継続時間が長くなるように、のいずれかにより、ワイヤ送給部を制御する。
【0008】
この態様によれば、アークスタート時のスローダウン送給処理の期間中に、溶接ワイヤを正逆送給するとともに、正送給時及び逆送給時それぞれのピーク速度を徐々に大きくするか、正送給及び逆送給それぞれの継続時間を徐々に長くすることができるため、例えば溶接ワイヤと母材との間にスラグが存在する場合であっても、スローダウン送給処理の間にスラグを破壊や除去することが可能となる。
【0009】
上記態様において、アーク溶接の区間ごとにアークの成否に関するアーク履歴を記憶する記憶部を、さらに備え、ワイヤ送給制御部が、記憶されたアーク履歴に基づいて、少なくとも、ピーク速度を大きくする度合い、及び、継続時間を長くする度合い、のいずれかを変更してもよい。
【0010】
この態様によれば、過去にアークの発生に失敗したアーク溶接の区間を特定し、その失敗の程度によって、正送給時及び逆送給時それぞれのピーク速度を大きくする度合いや、正送給及び逆送給それぞれの継続時間を長くする度合いを変更することができる。したがって、スラグが存在し易い溶接区間を特定し、その特定した溶接区間ごとに異なる正逆送給を行なわせることができるため、スラグの破壊や除去を効率よく実施することが可能となる。
【0011】
上記態様において、アーク履歴には、アークの発生に失敗した回数又はアークの発生に失敗した割合が含まれ、ワイヤ送給制御部が、上記回数が所定の回数を超えた場合、又は上記割合が所定の割合を超えた場合に、対応するアーク溶接の区間のスローダウン送給処理におけるピーク速度及び継続時間に対し、少なくとも、ピーク速度を大きくする度合いを現在設定されている度合いよりも大きくする及び継続時間を長くする度合いを現在設定されている度合いよりも長くする、のいずれかを実施してもよい。
【0012】
この態様によれば、アークの発生に失敗した回数や割合に応じて、アーク溶接の区間ごとに異なる正逆送給を行なわせることができるため、スラグの破壊や除去の効率性をさらに高めることが可能となる。
【0013】
上記態様において、所定の回数及び所定の割合が、アーク溶接の区間ごとに設定及び変更可能としてもよい。
【0014】
この態様によれば、アーク溶接の区間ごとに、閾値となる所定の回数及び所定の割合を設定及び変更できるため、スラグが存在し易い区間に応じて、柔軟に対処することが可能となる。
【0015】
本発明の他の態様に係るワイヤ送給方法は、溶接ワイヤを送給するワイヤ送給システムにおいて実行されるワイヤ送給方法であって、溶接ワイヤを送給する送給ステップと、溶接ワイヤを正方向に送給する正送給及び溶接ワイヤを逆方向に送給する逆送給を交互に繰り返す正逆送給を行うように、送給ステップにおける溶接ワイヤの送給を制御する制御ステップと、を含み、制御ステップが、アークスタート時のスローダウン送給処理の期間中に、アークを発生させるための電圧が継続的に印加されている状態で溶接ワイヤを正逆送給し、少なくとも、正送給時及び逆送給時それぞれのピーク速度が大きくなるように、並びに、交互に繰り返す正送給及び逆送給それぞれの継続時間が長くなるように、のいずれかにより、送給ステップにおける溶接ワイヤの送給を制御する。
【0016】
この態様によれば、アークスタート時のスローダウン送給処理の期間中に、溶接ワイヤを正逆送給するとともに、正送給時及び逆送給時それぞれのピーク速度を徐々に大きくするか、正送給及び逆送給それぞれの継続時間を徐々に長くすることができるため、例えば溶接ワイヤと母材との間にスラグが存在する場合であっても、スローダウン送給処理の間にスラグを破壊や除去することが可能となる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、タクトタイムを短縮させ、溶接品質を向上させることができるワイヤ送給システム及びワイヤ送給方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施形態に係るワイヤ送給システムの概略構成を例示するブロック図である。
【
図2】正送給及び逆送給におけるピーク速度及び継続時間を変更する際の一例を説明するためのタイミングチャートである。
【
図3】実施形態に係るワイヤ送給方法の一例を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、各図において、同一の符号を付したものは、同一又は同様の構成を有する。
【0020】
図1は、本発明に係るワイヤ送給システムの概略構成を例示するブロック図である。ワイヤ送給システム1は、ワイヤリール2に巻かれた溶接ワイヤ4を、アーク溶接を行う溶接トーチ3に送給するシステムである。ワイヤ送給システム1は、例えば、ワイヤ送給部10と制御部15と記憶部18とを備える。なお、ワイヤ送給部10、制御部15及び記憶部18は、同じ装置内に備える必要はない。例えばワイヤ送給部10を備えるワイヤ送給装置と、制御部15を備える制御装置と、記憶部18を備える記憶装置とに分散して備えることとしてもよい。記憶部18は、例えば、アーク履歴情報19を記憶する。アーク履歴情報19は、例えば、アーク溶接に関する履歴情報を格納する。
【0021】
ワイヤ送給部10は、第1のワイヤ送給部11と、ワイヤバッファ12と、第2のワイヤ送給部13と、を含む。以下において、ワイヤ送給部10の各部について詳細に説明する。
【0022】
第1のワイヤ送給部11は、ワイヤリール2に巻かれた溶接ワイヤ4を溶接トーチ3に向けて送給する。第1のワイヤ送給部11は、例えば、溶接ワイヤ4を前進又は後退させるローラ(不図示)と、ローラを回転させるモータ(不図示)と、モータの回転位置等を検出するエンコーダ(不図示)とを有する。溶接ワイヤ4の前進とは、溶接ワイヤ4が溶接トーチ3の方向(以下、「正方向」ともいう。)に移動することであり、溶接ワイヤ4の後退とは、溶接ワイヤ4がワイヤリール2の方向(以下、「逆方向」ともいう。)に移動することである。
【0023】
第1のワイヤ送給部11のモータは、制御部15からの指示に従って、溶接ワイヤ4が正方向又は逆方向に移動するように、ローラを回転させる。例示的に、第1のワイヤ送給部11は、溶接するときには、制御部15からの指示に従って、溶接ワイヤ4を正方向に送給する。
【0024】
第2のワイヤ送給部13は、後述するワイヤバッファ12に収容された溶接ワイヤ4を溶接トーチ3に送給する。第2のワイヤ送給部13は、前述した第1のワイヤ送給部11と同様に、例えば、ローラ、モータ及びエンコーダを有する。これらローラ、モータ及びエンコーダは、第1のワイヤ送給部11と同様であるため、ここでは、これらの説明を省略する。
【0025】
例示的に、第2のワイヤ送給部13は、溶接するときには、制御部15からの指示に従って、溶接ワイヤ4を正方向に送給する正送給と溶接ワイヤ4を逆方向に送給する逆送給とを交互に高速に繰り返す正逆送給を行うことで、溶接トーチ3に溶接ワイヤ4を送給する。
【0026】
ワイヤバッファ12は、第1のワイヤ送給部11と第2のワイヤ送給部13との間に設けられる。ワイヤバッファ12は、第1のワイヤ送給部11により送給された溶接ワイヤ4を収容し、収容した溶接ワイヤ4を第2のワイヤ送給部13に渡す。第1のワイヤ送給部11により正方向に送給された溶接ワイヤ4の量と、第2のワイヤ送給部13によって正方向に送給された溶接ワイヤ4の量とに基づいて、ワイヤバッファ12に収容される溶接ワイヤ4の量(以下、「バッファ量」ともいう。)が変動する。
【0027】
例えば、第1のワイヤ送給部11によって正方向に送給された溶接ワイヤ4の量が、第2のワイヤ送給部13によって正方向に送給された溶接ワイヤ4の量よりも多い場合に、バッファ量が増加する。他方、第1のワイヤ送給部11によって正方向に送給された溶接ワイヤ4の量が、第2のワイヤ送給部13によって正方向に送給された溶接ワイヤ4の量よりも少ない場合に、バッファ量が減少する。
【0028】
このようなバッファ量の増減を溶接ワイヤ4の長さに換算し、基準の長さに対して加減することで、バッファ量を、ワイヤバッファ12に収容されている溶接ワイヤ4の長さとして表すことができる。
【0029】
図1に示す制御部15は、物理的な構成として、例えば、プロセッサ、メモリ(記憶装置)及び通信インタフェースを含む制御ユニットにより構成される。制御部15は、プロセッサがメモリに格納された所定のプログラムを実行することにより、例えば、
図1に示すワイヤ送給制御部16としての機能を実現する。
【0030】
ワイヤ送給制御部16は、第1のワイヤ送給部11及び第2のワイヤ送給部13を制御する。具体的に、ワイヤ送給制御部16は、第1のワイヤ送給部11及び第2のワイヤ送給部13に送給指令値を出力する。送給指令値には、例えば、送給速度が含まれていてもよいし、送給速度を算出するための値が含まれていてもよい。第1のワイヤ送給部11及び第2のワイヤ送給部13は、送給指令値に対応する送給速度で正送給又は正逆送給を行うことになる。
【0031】
ワイヤ送給制御部16は、例えば、スローダウン送給処理の実行を制御する。スローダウン送給処理は、溶接処理を開始する前に実行されるアークスタート処理に含まれる処理であり、具体的には、溶接開始命令後に、予め定められた時間を上限とし、定常溶接時の送給速度よりも遅いスローダウン送給速度で溶接ワイヤ4を送給し、アークを発生させる処理である。本実施形態におけるスローダウン送給処理では、例示的に、溶接ワイヤ4を正逆送給させながら送給する。スローダウン送給処理で実行される正逆送給は、アークを発生させるための電圧が継続的に印加されている状態で実行される。アークを発生させるための電圧は、例えばワイヤ送給システム1に含まれ得る溶接電源部(不図示)により出力される。溶接電源部は、溶接電源装置として個別に分散させて備えることとしてもよい。スローダウン送給処理を実行する上限時間やスローダウン送給速度は、溶接条件として予め設定することができる。
【0032】
スローダウン送給処理は、アークが発生した場合、又はアークが発生することなくスローダウン送給処理を実行する上限時間が経過した場合に終了する。アークが発生したか否かは、溶接電流を監視することで、判定できる。母材に向けて送給された溶接ワイヤ4と母材とが短絡して溶接電流が流れると、アークが発生するためである。
【0033】
溶接ワイヤ4を正逆送給させながらスローダウン送給処理を実行することで、例えば、溶接ワイヤ4と母材との間にスラグ等のアークの発生を阻む異物が存在していても、スローダウン送給処理の間にスラグ等を破壊することが可能となる。スラグ等を破壊や除去できれば、溶接ワイヤ4と母材との間にアークを発生させ、溶接を開始させることができる。
【0034】
ここで、溶接ワイヤ4と母材との間にスラグ等が存在することとなるのは、例えば、溶接ワイヤ4の端部にスラグ等が付着している場合や、母材の表面にスラグ等が付着している場合が該当する。スラグ等の付着状況は、例えば、付着の度合いや、スラグ等の大小により、様々な状況が存在する。このような状況下で、特許文献1のように、一定の周波数で正逆送給を行うと、設定する周波数によっては、スラグを完全に破壊できないことや、母材に傷をつけてしまう要因になり得る。そこで、本実施形態に係るワイヤ送給システム1では、スローダウン送給処理で実施する正逆送給の動きに変化を持たせることにした。
【0035】
ワイヤ送給制御部16は、スローダウン送給処理で溶接ワイヤ4を正逆送給させる際に、以下の(1)及び(2)のうち、少なくともいずれかを実施する。
【0036】
(1)正送給時及び逆送給時それぞれのピーク速度が上記期間中に大きくなるように、ワイヤ送給部10を制御する。前回の正送給時及び逆送給時それぞれのピーク速度に対して必ずしも大きくなる必要はなく、同じ大きさのままであってもよいが、上記期間を通して徐々に大きくなっていくことが望ましい。
【0037】
(2)交互に繰り返す正送給及び逆送給それぞれの継続時間が上記期間中に長くなるように、ワイヤ送給部10を制御する。前回の正送給及び逆送給それぞれの継続時間に対して必ずしも長くなる必要はなく、同じ長さのままであってもよいが、上記期間を通して徐々に長くなっていくことが望ましい。
【0038】
このように、正逆送給におけるピーク速度や継続時間を徐々に増大や増長させることで、スラグ等を破壊や除去する精度を高めることができる。したがって、スラグ等の存在により溶接が未実施となる箇所を減らすことができ、タクトタイムを短縮することが可能となる。
【0039】
また、スローダウン送給処理の開始時には、ピーク速度や継続時間を抑えて正逆送給し、その後スラグ等が除去されずにアークが発生しない状態が続く場合に、ピーク速度を徐々に大きくし、継続時間を徐々に長くすることができる。したがって、正逆送給により母材に加わる衝撃を抑制することができ、溶接品質を向上させることが可能となる。
【0040】
次に、
図2を参照し、正送給及び逆送給におけるピーク速度及び継続時間を変更する際の一例について説明する。
【0041】
図2に示すタイミングチャートは、第2のワイヤ送給部13における送給速度の時間変化を示すチャートである。縦軸が送給速度を示し、横軸が時間を示す。
【0042】
時刻t0でアークスタート時のスローダウン送給処理が開始し、溶接ワイヤ4が母材Wに向けて正逆送給される。その後、時刻t13でアークが発生するとスローダウン送給処理が終了し、溶接処理が開始される。スローダウン送給処理とその後の溶接処理では、共に正逆送給が行われるが、ピーク速度及び継続時間はそれぞれ異なる。それぞれのピーク速度及び継続時間は、溶接条件として予め設定することができる。
【0043】
図2に示すスローダウン送給処理のうち、正送給が行われるのは、時刻t0~t1の期間、時刻t2~t3の期間、時刻t4~t5の期間、時刻t6~t7の期間、時刻t8~t9の期間、時刻t10~t11の期間及び時刻t12~t13の期間となる。それぞれの期間に対応する時間の長さが各正送給の継続時間となり、それぞれの期間における最大速度(正)が各正送給時のピーク速度となる。
【0044】
同様に、スローダウン送給処理のうち、逆送給が行われるのは、時刻t1~t2の期間、時刻t3~t4の期間、時刻t5~t6の期間、時刻t7~t8の期間、時刻t9~t10の期間、時刻t11~t12の期間及び時刻t13~t14の期間となる。それぞれの期間に対応する時間の長さが各逆送給の継続時間となり、それぞれの期間における最大速度(負)が各逆送給時のピーク速度となる。
【0045】
同図では、時刻t0から時刻t3までの間の各正送給時のピーク速度がそれぞれ同じ大きさに設定され、時刻t4からt7までの間の各正送給時のピーク速度が前の期間よりも大きくかつそれぞれ同じ大きさに設定され、時刻t8からt13までの間の各正送給時のピーク速度が前の期間よりも大きくかつそれぞれ同じ大きさに設定されている。言い換えると、正送給時のピーク速度が、スローダウン送給処理の期間を通して徐々に大きくなるように設定されている。逆送給時のピーク速度についても正送給時のピーク速度と同様に設定されている。
【0046】
また、時刻t0から時刻t9までの間における各正送給の継続時間がそれぞれ同じ長さに設定され、時刻t10からt13までの間における各正送給の継続時間が前の期間よりも長くかつそれぞれ同じ長さに設定されている。言い換えると、繰り返し行われる各正送給の継続時間が、スローダウン送給処理の期間を通して徐々に長くなるように設定されている。各逆送給の継続時間についても各正送給の継続時間と同様に設定されている。
【0047】
次に、
図3を参照し、実施形態に係るワイヤ送給方法における手順の一例について説明する。この手順は、例えば、アークスタート処理においてスローダウン送給処理が開始されることにより始まる。
【0048】
最初に、ワイヤ送給制御部16は、第2のワイヤ送給部13に送給指令値を出力し、スローダウン送給速度で溶接ワイヤ4を正逆送給させる(ステップS101)。
【0049】
続いて、ワイヤ送給制御部16は、例えば予め設定した溶接条件に基づいて、正送給時及び逆送給時それぞれのピーク速度が徐々に大きくなるように、並びに、交互に繰り返す正送給及び逆送給それぞれの継続時間が徐々に長くなるように、第2のワイヤ送給部13を制御する(ステップS102)。
【0050】
続いて、制御部15は、アークが発生したか否かを判定する(ステップS103)。この判定がNOである(ステップS103;NO)に、制御部15は、処理を上記ステップS101に戻す。
【0051】
上記ステップS103において、アークが発生したと判定された場合(ステップS103;YES)に、制御部15は、アーク溶接を実施して(ステップS104)、本手順を終了する。
【0052】
なお、アークが発生することなくスローダウン送給処理を実行する上限時間が経過した場合にも本手順は終了する。
【0053】
前述したように、実施形態におけるワイヤ送給システム1によれば、アークスタート時のスローダウン送給処理を実行している期間中に、溶接ワイヤ4を正逆送給するとともに、正送給時及び逆送給時それぞれのピーク速度を徐々に大きくするか、正送給及び逆送給それぞれの継続時間を徐々に長くすることができる。したがって、溶接ワイヤ4と母材Wとの間にスラグS等が存在する場合であっても、スローダウン送給処理の間にスラグSを破壊や除去することが可能となる。
【0054】
これにより、スラグS等の存在により溶接が未実施となる箇所を減らすことができ、正逆送給により母材Wに加わる衝撃を抑制することが可能になる。
【0055】
それゆえ、実施形態におけるワイヤ送給システム1によれば、タクトタイムを短縮させ、溶接品質を向上させることが可能となる。
【0056】
[変形例]
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。実施形態が備える各要素並びにその配置、材料、条件、形状及びサイズ等は、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。例えば、以下の変形例1及び変形例2のように変更してもよい。
【0057】
[変形例1]
前述した実施形態では、スローダウン送給処理において正逆送給を実施しているが、これに限定されない。スローダウン送給処理の開始時に溶接ワイヤ4を正送給し、アークが発生しないことを検知した場合に、正逆送給させることとしてもよい。アークが発生しないことを検知する状況として、例えば、溶接ワイヤ4と母材との間にスラグ等が介在している状況が該当する。溶接ワイヤ4と母材との間にスラグ等が介在している状況であることを判定するための条件として、例えば、以下の(1)から(3)を用いることができる。
【0058】
(1)第2のワイヤ送給部13のモータの負荷電流が所定の電流値を超える。
(2)第2のワイヤ送給部13への送給指令と第2のワイヤ送給部13における応答値との誤差が所定の閾値を超える。
(3)ワイヤバッファ12に収容されているバッファ量が所定のバッファ量を超える。
【0059】
[変形例2]
前述した実施形態において、予め設定した溶接条件に基づいて、スローダウン送給処理におけるピーク速度及び継続時間を変更しているが、変更する方法は、これに限定されない。例えば、記憶部18に記憶されるアーク履歴情報19に基づいて、ピーク速度を大きくする度合い、及び継続時間を長くする度合いを変更してもよい。
【0060】
アーク履歴情報19は、アーク溶接の区間ごとに、アーク溶接に関する履歴情報を格納する。アーク溶接に関する履歴情報には、例えば、アークの発生に失敗した回数及びアークの発生に失敗した割合等が含まれる。
【0061】
ワイヤ送給制御部16は、アークの発生に失敗した回数が所定の回数を超えた場合、又は、アークの発生に失敗した割合が所定の割合を超えた場合に、対応するアーク溶接の区間のスローダウン送給処理におけるピーク速度及び継続時間に対し、以下の(1)及び(2)のうち、少なくともいずれかを実施する。
【0062】
(1)ピーク速度を大きくする度合いを現在設定されている度合いよりも大きくする。
(2)継続時間を長くする度合いを現在設定されている度合いよりも長くする。
【0063】
所定の回数及び所定の割合は、アーク溶接の区間ごとに設定することができ、かつ変更することができる。所定の回数及び所定の割合を、複数の段階を設けて設定してもよい。
【符号の説明】
【0064】
1…ワイヤ送給システム、2…ワイヤリール、3…溶接トーチ、4…溶接ワイヤ、10…ワイヤ送給部、11…第1のワイヤ送給部、12…ワイヤバッファ、13…第2のワイヤ送給部、15…制御部、16…ワイヤ送給制御部、18…記憶部、19…アーク履歴情報