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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-21
(45)【発行日】2025-03-04
(54)【発明の名称】汚染物質除去方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/36 20140101AFI20250225BHJP
   B23K 26/073 20060101ALI20250225BHJP
   G21F 9/28 20060101ALI20250225BHJP
【FI】
B23K26/36
B23K26/073
G21F9/28 511C
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2024206361
(22)【出願日】2024-11-27
(62)【分割の表示】P 2024169812の分割
【原出願日】2024-09-30
【審査請求日】2024-11-27
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】514128412
【氏名又は名称】株式会社ダイアテック
(73)【特許権者】
【識別番号】591055975
【氏名又は名称】水戸工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】谷本 明良
(72)【発明者】
【氏名】小沼 光男
(72)【発明者】
【氏名】飯田 義和
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 聡
【審査官】松田 長親
(56)【参考文献】
【文献】特表2023-514973(JP,A)
【文献】特開平7-225300(JP,A)
【文献】特開2011-102812(JP,A)
【文献】特開2014-174106(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第114589166(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00-26/70
G21F 9/00-9/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルス発振器から発振するガウシアン形状ビームのナノパルスレーザー光を、フラットビームシェーバーにより角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光に変換する手段と、前記角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光を汚染面に照射する手段を含み、
基材に損傷を与えず、かつ汚染物質を揮散させずにナノパルスレーザーの持つアブレーション効果を利用して除去する、汚染物質除去方法。
【請求項2】
前記汚染物質は、放射線汚染物質及び/又は塩素成分を含む化学汚染物質である請求項1に記載の汚染物質除去方法。
【請求項3】
前記汚染物質は、金属及び/又は無機物を含む請求項1又は2に記載の汚染物質除去方法。
【請求項4】
前記パルス発振器で発振するナノパルスレーザー光は、最低平均出力500w以上最大出力2.5Mw以上である請求項1又は2に記載の汚染物質除去方法。
【請求項5】
前記パルス発振器のパルス幅は10ns以上500ns以下である請求項1又は2に記載の汚染物質除去方法。
【請求項6】
前記パルス発振器の周波数は20kHz以上50kHz以下である請求項1又は2に記載の汚染物質除去方法。
【請求項7】
前記汚染面に照射する前記角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光の焦点径が、1mm以上~1.8mm以下で調整可能である請求項1又は2に記載の汚染物質除去方法。
【請求項8】
前記汚染面に照射する前記角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光は、単位面積当たりのエネルギー密度が1~10J/cm2である請求項1又は2に記載の汚染物質除去方法。
【請求項9】
前記パルス発振器は、Nd:YAGレーザーパルス発振器である請求項1又は2に記載の汚染物質除去方法。
【請求項10】
前記パルス発振器は、波長が1064nm以上1070nm以下で管理された単一波長の光を発振するパルス発振器である請求項1又は2に記載の汚染物質除去方法。
【請求項11】
前記パルス発振器で発振するナノパルスレーザー光を、長さ10m以上150m以下のファイバーケーブルを介して照射装置に伝送する手段を含む請求項1又は2に記載の汚染物質除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は汚染物質除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セシウム酸化物、ストロンチウム酸化物などの放射性汚染物質又はポリ塩化ビフェニル(PCB)、ダイオキシンなどの化学汚染物質は一般的に人体や地球生物にとって有害であり、除去する必要がある。
特許文献1には、金属基材の表面に存在する放射性汚染物質にレーザー光を照射し、放射性汚染物質を金属基材の表層とともに燃焼、蒸発又は揮散し除去することが提案されている。特許文献2には、パルス状レーザーのエネルギー伝達で生ずる熱などが発生するよりも十分に速い走査速度でレーザー光を照射し、照射領域から物質蒸発又は除去することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2020-016530号公報
【文献】特開2007-315995号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、前記従来技術は、レーザー光により放射性汚染物質が超高温により蒸発又は揮散する為、現在のHEPA、ULPA等の高性能フィルターでも捕集困難又は不可能であり、汚染物質が空中に拡散するだけで本質的な除去にはなっていないという問題と基材に損傷を与えるという問題があった。
【0005】
本発明は前記従来の問題を解決するため、基材に損傷を与えず、かつ汚染物質を揮散させずに除去する汚染物質除去方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一実施形態は、パルス発振器から発振するガウシアン形状ビームのナノパルスレーザー光を、フラットビームシェーバーにより角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光に変換する手段と、前記角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光を汚染面に照射する手段を含み、基材に損傷を与えず、かつ汚染物質を揮散させずにナノパルスレーザーの持つアブレーション効果を利用し除去する、汚染物質除去方法に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明は、パルス発振器から発振するガウシアン形状ビームのナノパルスレーザー光を、フラットビームシェーバーにより角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光に変換する手段と、前記角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光を汚染面に照射する手段を含むことにより、ナノパルス光によるアブレーション効果を最大限に利用し、熱影響を極力小さくすることで基材に損傷を与えず、かつ汚染物質を揮散させずに効率よく除去できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は本発明の一実施形態のナノパルスレーザー発振器の模式的説明図である。
図2図2は本発明の一実施形態のナノパルスレーザー照射装置の模式的説明図である。
図3図3は従来のガウシアン形状ビームのナノパルスレーザー光の模式的波形図(左側)と、本発明の一実施形態の角型フラットトップ形状ビームのナノパルスレーザー光の模式的波形図(右側)である。
図4図4Aは本発明の一実施形態の角型フラットトップビーム形状による照射状況を示す模式的上面図、図4Bは同模式的側面断面図である。
図5図5Aは従来のガウシアンビーム形状による照射状況を示す模式的上面図、図5Bは同模式的側面断面図である。
図6図6Aはフラットトップビーム形状のレーザー光の模式的エネルギー分布図、図6Bはガウシアンビーム形状のレーザー光の模式的エネルギー分布図である。
図7図7はIAEAが発表したBWR、PWR型原子炉の一次系の汚染状況を示す。
図8図8は福島第1原発構内に於ける放射能汚染金属構造物の汚染状況を示す一例の断面図である。
図9図9は福島第1原発構内に於ける放射能汚染金属構造物の汚染状況を示す一例の断面図である。
図10図10は福島第1原発構内に於ける放射能汚染金属構造物の汚染状況を示す一例の断面図である。
図11図11は福島第1原発構内に於ける放射能汚染金属構造物の汚染状況を示す一例の断面図である。
図12図12は本発明の実施例1のレーザー洗浄前後のエッチング前の断面写真である。
図13図13は本発明の実施例1のレーザー洗浄前後のエッチング後の断面写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、パルス発振器から発振するナノパルスレーザー光を汚染面に照射して表面汚染物質を除去する汚染物質除去装置を用いる。汚染面としては、放射線汚染物質及び/又は塩素成分を含む化学汚染物質、金属及び/又は無機物などが挙げられる。
前記汚染物質除去装置は、パルス発振器から発振するガウシアン形状ビームのナノパルスレーザー光を、フラットビームシェーバーにより角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光に変換する手段と、前記角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光を汚染面に照射する手段を含む。これにより、基材に損傷を与えずにかつ汚染物質を揮散させずに効率よく除去できる。基材に損傷を与えると、原子力関係装置の場合は安全性を損なう恐れがあり、また汚染物質を大気中に揮散させると周辺に被害を及ぼし、いずれも重要な問題となる。前記「基材に損傷を与えず、かつ汚染物質を揮散させずに除去する」とは、付着汚染物及び基材表面共に周囲温度と同じ5~45℃で除染することをいう。
【0010】
前記汚染面に照射する前記角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光は、単位面積当たりのエネルギー密度が1J/cm2以上であることが好ましく、より好ましくは1~10J/cm2であり、さらに好ましくは5~10J/cm2であり、さらに好ましくは7~10J/cm2である。汚染物質が固着している鋼材表面と汚染物質との境界面の固着エネルギーであるファンデルワールス力、水素結合より高く、基材の金属結合、共有結合エネルギー以下のエネルギー密度のナノパルスレーザー光を照射することにより、パルスレーザー光の持つアブレーション効果を利用して基材には損傷を与えず、かつ汚染物質を揮散させずに効率よく除去できる。前記エネルギー密度とするには、平均出力、パルス幅、繰り返し周波数、レーザー光走査速度及び角型フラットトップ形状の焦点径を組み合わせて調整することが好ましい。
又、若し基材表面上に付着している汚染物質の付着量が多く、1回のナノパルスレーザー照射エネルギー密度(J/cm2)が不足する場合は、汚染物質の過度な温度上昇による汚染物質の燃焼、蒸発、揮散等を防止する為に一定降温時間を取り、複数回のナノパルスレーザー照射により除去する。
【0011】
前記汚染面に照射する前記角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光の焦点径は、1mm以上~1.8mm以下で調整可能であることが好ましい。これにより、レーザー光の焦点径を小さくし、エネルギー密度を高くできるだけでなく、レーザー光の角型フラットトップ形状と焦点径の組み合わせにより、焦点深度を調整出来、基材の凹凸によるレーザー光の持つエネルギー密度の変動の影響を減ずることが出来る。
【0012】
前記汚染物質除去装置は、波長が1064nm以上1070nm以下で管理された単一波長の光を発振するNd:YAGレーザーのパルス発振器を含むことが好ましい。パルス幅がナノ秒の範囲であるナノパルスレーザーでは分光の発生は照射面への均一なエネルギー付与を疎外する為、波長が1064nm~1070nmの間に管理された極めて精度の高い単一波長の光を発振するNd:YAGレーザーのMOPA型パルス発振器を採用するのが好ましい。
【0013】
前記パルス発振器のパルス幅は20ns以上500ns以下であるのが好ましい。これにより、パルス光の集光形状をフラットトップにとしたとき、集光面のエネルギー密度を高め且つパルス幅の大小により1パルス光当たりのエネルギー密度の範囲を調整出来る。
【0014】
前記パルス発振器の周波数は20kHz以上50kHz以下であるのが好ましい。これにより、レーザー光の走査速度(m/s)とフラットトップ形状のパルス光の発振周波数(kHz)間の組み合わせにより、照射面のエネルギー密度の大きさが調整出来る。
【0015】
前記パルス発振器で発振するナノパルスレーザー光は、最低平均出力500w以上、最大出力2.5Mw以上であるのが好ましい。これにより、パルス光の集光形状をフラットトップにとしたとき、20kHz以上の発振周波数でレーザー光のトップ面でのエネルギー密度(J)とエネルギー強度(W)を高めることができ、ナノパルスレーザー光のアブレーション効果を高めることが出来る。
【0016】
前記パルス発振器で発振するナノパルスレーザー光を、長さ10m以上150m以下のファイバーケーブルを介して照射装置に伝送する手段を含むことが好ましい。これにより、大型構造物などの広範囲に渡る面積に於いて発振器を安全な地点に置き、照射装置のみを遠隔操作ロボット等に搭載し、移動可能となる。
【0017】
本発明の汚染物質除去方法は次の工程を含む。
(1)フラットトップ形状のナノパルスレーザー光変換工程
フラットビームシェーバーにより、パルス発振器から発振するガウシアン形状ビームのナノパルスレーザー光をフラットトップ形状のナノパルスレーザー光に変換する。
(2)汚染面に対するナノパルスレーザー光照射工程
前記フラットトップ形状のナノパルスレーザー光を汚染面に照射する。
これにより、基材に損傷を与えず、かつ汚染物質を揮散させずに除去できる。
【0018】
本発明の汚染物質除去方法は、放射線汚染物質及び/又は塩素成分を含む化学汚染物質の除去に好適である。また、前記汚染物質が金属及び/又は無機物を含んでいてもよい。
【0019】
次に図面を用いて説明する。下記においては、図面の同一符号は同一物を示す。図1は本発明の一実施形態のナノパルスレーザー発振器1の概略説明図である。ナノパルスレーザー発振器1は、パルスジェネレータ(pulse generator)2でパルスを生成する。パルスジェネレータは、好ましくはNd:YAGファイバーレーザーを使用する。これは単一波長が1064nmの赤外線レーザーであり、平均出力を500w以上にした場合に2kwの場合に最長150mまでファイバーケーブルの延長が可能である。従って、大型構造物などの広範囲に渡る面積に於いて発振器を安全な地点に置き、照射装置のみを遠隔操作ロボット等に搭載し、移動可能となる。
【0020】
パルス発振器1はパルス幅がナノ秒のパルス光を安定した最大出力及び周波数で発振可能なMOPA型パルス発振器を使用するのが好ましい。表面汚染物質と金属表面の固着界面に精度の高い分光の少ない単一波長の光を照射する必要がある。従来、1070nm±50nmという波長の公差が大きいCWレーザーを使用しているが、パルス幅がナノ秒の範囲であるナノパルスレーザーでは分光の発生は照射面への均一なエネルギー付与を疎外する為、波長が1064nm~1070nmの間に管理された極めて精度の高い単一波長の光を発振するNd:YAGレーザーのMOPA型パルス発振器を採用するのが好ましい。パルスジェネレータ2で発生したパルスは、シードLD3によりピコ秒ないしサブナノ秒のパルスレーザー光に変換される。
【0021】
次にプリアンプ8内のアイソレータ4により信号の回り込み防止、機器の保護、ノイズの影響を低減させ、励起LD6から半導体レーザー励起光を、カプラ5を介して希土類ドープファイバーケーブル7に入力する。
次にメインアンプ13内のアイソレータ9により信号の回り込み防止、機器の保護、ノイズの影響を低減させ、バンドバスフィルタ10により特定の周波数帯の物理現象を抽出し、励起LD11から半導体レーザー励起光を、カプラ12を介して希土類ドープファイバーケーブル7に入力する。前記ファイバーケーブル7はナノパルスレーザー照射装置20に接続されている。
【0022】
図2は本発明の一実施形態のナノパルスレーザー照射装置20の概略説明図である。まず、コリメーター14によりレーザー光は平行にされる。次いでフラットビームシェーバー15により、一般的なパルスレーザーのビーム形状であるガウシアン形状ビームを照射面到達時にはフラットトップビーム形状に変換させる。次いで光学系焦点調整器16a,16b、スキャンヘッド17、及びレーザープロファイラー18を通過させてフラットトップ形状のナノパルスレーザー光を照射対象物(汚染面)19に照射する。
【0023】
図3は本発明の一実施形態のガウシアン形状ビーム40のナノパルスレーザー光の概略波形図(左側)と、角型フラットトップ形状ビーム44のナノパルスレーザー光の概略波形図(右側)である。角型フラットトップ形状ビーム44のようにレーザー光形状を台形状に扁平させることにより、照射面での熱影響が軽減され、振動摩滅効果であるアブレーション効果のみを利用でき、基材表面の溶融酸化を低減させる。ただし、この場合には一般的なパルスレーザー光の過剰エネルギー部をアブレーション閾値47の僅か上位部に照射強度が達するラインまでの照射強度まで扁平化させる為、アブレーション閾値47での照射強度面積が拡大する。しかし前記したように金属基材表面に付着した汚染物質を金属構造物のクリーニング速度として満足させる乖離速度にするにはその付着エネルギーであるファンデルワールス力、水素結合を適切な範囲、速度で破壊するようなアブレーション閾値の照射強度ラインである数J/cm2ラインまで上昇させる必要がある、その為には平均出力が500w以上、最大出力1.25Mw以上、パルス幅10ns~500ns、発振周波数20~50kHz、レーザー光走査速度1~10m/sのNd:YAGファイバーレーザー光(波長1064nm)のパルス光を安定的に出力し、そのパルス光をビーム形状が角型フラットトップ形状となるような光学系を持つ照射装置が好ましい。図3において、41はガウシアン形状ビーム40の過剰エネルギーであり、42は照射直径、43は熱エネルギーである。また、45は角型フラットトップ形状ビーム44の照射直径、45は裾の熱エネルギーである。ガウシアン形状ビーム40の熱エネルギー43に比較してその幅は極めて狭い。
【0024】
図4Aは本発明の一実施形態の角型フラットトップビーム形状による照射状況を示す模式的上面図、図4Bは同模式的側面断面図である。図5Aは従来のガウシアンビーム形状による照射状況を示す模式的上面図、図5Bは同模式的側面断面図である。図4A-B及び図5A-Bにおいて、汚染物を鋼材の表面に発生した赤錆(Fe23)であり、赤錆層が約500μmであったと仮定する。この赤錆を除去するには汚染物質が固着している鋼材表面と汚染物質との境界面の固着エネルギーはファンデルワールス力であり、その大きさは1cm2当たり2~4kj/molであることから以下のエネルギー密度で固着していると推定される。
A 密着エネルギー(J/cm2)算出例
1 赤錆(Fe23
(1)付着している赤錆の1モル当たりの分子量を求める:160g/mol
(2)付着した赤錆の厚み:500μmであった
(3)付着表面積1cm2当たりの赤錆重量:5.24g/cm2(Fe23の密度)×1/20=0.262g
(4)1cm2当たりに付着した赤錆のモル数:0.262g÷160g/mol=0.0016375mol
(5)0.0016375molの赤錆の持つファンデルワールス結合力:3.275J/cm2~6.55J/cm2
【0025】
以上から、厚さ500μmの厚みの赤錆を除去するには1cm2当たり7J/cm2エネルギー密度を持ったパルスレーザー光を照射すれば汚染物質を乖離させることが出来ると理論的には解釈される。しかしながらナノパルスレーザーのエネルギー密度7J/cm2のうちアブレーション効果に変換されるエネルギー密度は7J/cm2の中である一定の割合であり、又、基材金属が持つ自由電子に一定のエネルギーを吸収されることとでアブレーション効果が小さくなる。又、実際の赤錆発生面の鋼材との固着境界面は平面では無く腐食により凹凸が発生していることにより、境界面面積が増加している。又、境界面のレーザー光発射レンズからの距離は境界面からの凹凸により微妙に変化することとなる。それに加え実際の赤錆の層厚みは一定では無い。従って、パルスレーザー光照射による鋼材からの赤錆除去では以下のことに留意しなければならない。
(1)照射するパルス光は1cm2当たり7J/cm2に相当するエネルギー密度を持ったものが好ましい。このエネルギー密度であれば理論厚みである500μmの赤錆を一回の照射では除去出来ないが、数回の往復照射で汚染物質をナノパルスレーザーの持つアブレーション効果のみで汚染物質を蒸散・揮散させることなく、又、基材に損傷を与えずに汚染物質のみを乖離出来る。この往復照射に際してはアブレーション効果によって発生する汚染物質の過熱と基材金属の過熱に注意が必要である。
尚、汚染物質の付着量が十分に少ない場合には、理論値に近いエネルギー密度での1回照射による汚染物質乖離が可能となる。逆に汚染物質の付着量が多い場合は、ナノパルスレーザーのエネルギー密度(J/cm2)を一定限度とし、汚染物質の過度な温度上昇による汚染物質の燃焼、蒸発、揮散等を防止する為に一定降温時間を取り、複数回のナノパルスレーザー照射により除去する。
すなわち、ナノパルスレーザーのアブレーション効果はナノパルスレーザー光のパルス発振により発生するプラズマの発生と消滅のμ秒間隔での繰り返しを利用している。この繰り返し回数はパルス光の繰り返し周波数でコントロール出来る。これにより発生するアブレーション効果によって汚染物質の固着力であるファンデルワールス力、水素結合エネルギーを破壊することが出来る。
しかし、厚い層として汚染物質が付着している場合は、7J/cm2のエネルギー密度のパルスエネルギーを与えても前記したように全てのエネルギーがアブレーション効果という機械的エネルギーに変換されず、エネルギーの幾らかの割合は熱エネルギーに消費される。これは汚染物質が金属酸化物か有機物かという汚染物質の特性及び基材金属の電気抵抗等によって変わる為に特定出来ない。従って、多くの場合、理論計算によって算出されたエネルギー密度のナノパルスレーザー照射によって完全除去が困難となる。
そこで、基材表面に損傷を与えない7J/cm2のエネルギー密度のナノパルスレーザーにより汚染物表層から徐々に乖離除去させることで汚染物質を蒸散・揮散させず且つ基材に損傷を与えず汚染物質を乖離させることができる。
(2)この要件を満たすにはパルス光の照射強度の閾値が7J/cm2であるフラットトップ形状ビームの照射であることが有利である。図4Aのフラットトップ光では図5のガウシアンビーム光よりもパルス光の発振周波数、走査速度が同じであれば隙間無く照射可能である。
(3)前記(1)の条件の基に適切な照射ピッチであることが好ましい。適切な照射ピッチはレーザー光の走査速度と繰り返し周波数の組み合わせによって決まる。
図4上の左側の照射条件設定では、走査速度と繰り返し周波数の設定の調和が取れている為に照射面に隙間が無い為に確実な汚染物除去が可能であるが、図4上の右側のように走査速度が繰り返し周波数の条件より早すぎると照射面に隙間が空き、その部分が除去残りとなる。又、汚染物の単位面積(cm2)当たり固着モル数が一定で無く増減している場合には照射ピッチをレーザー光の走査速度と繰り返し周波数の組み合わせを変え、パルス光の照射重複率を変更することで汚染物質を残存させることなく除去出来る。
【0026】
図6Aはフラットトップビーム形状のレーザー光の模式的エネルギー分布図、図6Bはガウシアンビーム形状のレーザー光の模式的エネルギー分布図である。図6Aに示すガウシアンビームに比較して図6Bに示すフラットトップビームの適正エネルギー密度は焦点距離方向焦点径のどちらもエネルギー密度の適正ゾーンが広く設定出来ることが判る。この適正ゾーン内であれば乖離に必要なエネルギーが適正に付与出来る。又、その適正ゾーン内では汚染物質の固着力であるファンデルワールス力、水素結合を破壊出来るエネルギー以上を与え、基材金属の金属結合エネルギーを破壊するエネルギーを与えてはいないので、鋼材部分が破壊されることは無い。
以上のことから金属構造物などの表面から放射能汚染物等の汚染物質を基材に損傷を与える事無く確実に除去するには汚染物質と基材の境界面にフラットトップビーム形状のナノパルスレーザー光を適正な繰り返し周波数、適正な走査速度及び適正な焦点径で照射することでファンデルワールス力,水素結合に抗するエネルギー密度を与えることで実現させることが出来る。
【0027】
図7は以前に国際原子力機関(IAEA)が発表した沸騰水型原子炉(BWR)、加圧水型原子炉(PWR)の一次系の汚染状況を示したものである。ステンレス鋼などの基材金属21の上に、Fe,Cr,Ni等のベース合金からなる下層22と、FeCr24,Cr23等のクロムリッチ層の汚染物質が堆積した中間層23と、Fe23等のイオンリッチ層の汚染物質が堆積した外層24が積層されている。図7からも判るように基材金属21は腐食防止の為にCr、Ni等を多く含むステンレス鋼であり、その放射能汚染層は概略三層に分類されている。外層24は主にFeの酸化物を主体とした層、中間層23はCrの酸化物が主体とした汚染物(Cs、Sr酸化物等)の堆積層、そして下層22はベース金属のSUS合金層である。尚、汚染層の厚みは下層のベース金属放射化部分を除けば最大厚み15μmのベース金属酸化物と放射能核種酸化物、場合によってはそれぞれの塩化物がベース金属表面に堆積した状態である。
【0028】
図8図11は福島第1原発構内に於ける放射能汚染金属構造物の汚染状況を示す一例の断面図である。図8は放射能汚染が軽微なベース金属25の上に、厚さ数μmのCr等を含む金属酸化層26(放射能汚染層)と厚さ数μmのFe酸化物、塩化物を含む層27(放射能汚染層)が堆積されている。
図9は放射能汚染が軽微なベース金属28の上に、厚さ数10μmのアクリル樹脂、ウレタン樹脂などの保護塗膜層29と、その上の厚さ数10μmの劣化塗膜粒子、汚泥などが混在する放射能汚染膜30と、保護塗膜層29の厚さ方向に存在する樹脂劣化部31がある。放射能汚染膜30と樹脂劣化部31にはFe酸化物、Fe塩化物、海塩、Ce酸化物,Sr酸化物、Ce塩化物,Sr塩化物等を含む。
図10は放射能汚染が軽微なベース鋼材32の上に、厚さ数10μm~数100μmのCe酸化物,Sr酸化物、Ce塩化物,Sr塩化物、汚泥等が混在する層33があり、その上にFe酸化物,Fe塩化物,海塩等を含む汚染層34がある。
図11は放射能汚染が軽微なベース鋼材35の上に、厚さ数100μm~数mmのエポキシ樹脂層36があり、その上に厚さ数μmのCe,Srの塩化物微粒子層37がある。エポキシ樹脂層36は表層にトリチウムを含み、吸水性があり、放射能汚染されている。
【0029】
図8図11に示す汚染状況のように、福島第1原発構内の金属構造物の汚染状況はベース金属による差異、金属表面の処理の差異、事故前からの構造物、事故後の構造物の差異等によって異なる。この汚染状況の差異の他に金属構造物の形状、寸法、設置、保管状況も差異がある。
【0030】
図8は、既に解体・撤去が成されキャスクの中に保管されたもので、汚染度毎に分別保管されている。図9は、放射能汚染度は低いが大型構造物であり、屋外に設置又は保管されているものである。図10は、解体工事等に使用された治工具、装置等の分別保管物である。図11は、現在解体・撤去されず高線量区域に設置されているものである。
本発明の汚染物質除去方法は、いずれの汚染形態であっても適用できる。
【0031】
図12は本発明の実施例1のレーザー洗浄前後のエッチング前の断面写真である。図12の左側のレーザー洗浄前の断面部50の鉄基材部51の表面には赤錆(Fe23)、塩分(NaCl)、砂等の汚染物52が固着している。しかし、レーザー洗浄後の断面部53の鉄基材部51の表面はきれいに除去できており、鉄基材部表面の細かい凹凸の露出面になっている。これにより、汚染物質はほぼ完全に除去できていることがわかる。
図13は本発明の実施例1のレーザー洗浄前後のエッチング後の断面写真である。図13の左側のレーザー洗浄前の断面部54の鉄基材部51の表面には赤錆(Fe23)、塩分(NaCl)、砂等の汚染物52が固着している。しかし、レーザー洗浄後の断面部55の鉄基材部51の表面はきれいに除去できており、鉄基材部表面の細かい凹凸の露出面になっている。これにより、鉄基材部に損傷を与えず、汚染物質はほぼ完全に除去できていることがわかる。
【実施例
【0032】
以下実施例を用いて説明する。本発明は実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
(1)汚染物質除去装置
図1及び図2に示す装置を用いた。ナノパルスレーザー発振器1はNarran社製、商品名“ROD 1000W”を使用した。この商品はNd:YAGファイバーレーザー、平均出力1000W、光波長1064~1070nm、周波数20~50kHz、伝送ファイバー長さ15~100m、照射器重量2.5kg、周囲温度5~45℃、重量245kg、消費電力5kWである。
フラットビームシェーバー15もNarran社製を使用した。
汚染面に照射する角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光の波形は、図3の右側とおりであり、単位面積当たりのエネルギー密度:7J/cm2、焦点径:1mm、パルス幅:40nsであった。
(2)洗浄物体
鋼板上に塩水噴霧後、自然暴露によって発生した赤錆(Fe23)を、前記汚染物質除去装置を使用して表面洗浄を行った。何故、塩水噴霧により発生した赤錆除去を検証したかといえば、第1番目に、塩水を含む鋼板上に発生した赤錆がレーザーによって除去出来るのか、という疑問を解決すること。第2番目に、赤錆以外の不純物であるNaCl(塩分)が除去出来るのか、という疑問を解決すること。Naは放射性核種であるCsと同様のアルカリ金属に属することからNaが除去できればCsも除去できると推認される。
(3)汚染物質除去結果
レーザー洗浄前後の元素分析の結果を下記表1に示し、レーザー洗浄前後のエッチング前の断面写真を図12に示し、レーザー洗浄前後のエッチング後の断面写真を図13に示す。
【0033】
【表1】
【0034】
表1から明らかなとおり、Naは約94%除去でき、残存量は約1/20となった。この実験事実から、Naと同じアルカリ金属に属するCsも同様に除去できると推認される。また、図12に示すように、レーザー洗浄前の鉄基材部の左上の赤錆(Fe23)、塩分(NaCl)、砂等の付着汚染物は、レーザー洗浄後はきれいに除去できており、鉄基材部表面の細かい凹凸の露出面になっていた。また、図13のエッチング後の断面写真も同様に鉄基材部表面の細かい凹凸の露出面になっていた。さらに本実施例の汚染物質除去装置のエネルギー密度では、付着汚染物、基材表面共に+30℃程度の加熱であり、汚染物質は基材表面から主に0.5μm以上の粒子で乖離し、揮散、蒸発しない、又、基材金属面の損傷も発生しない。
以上から本実施例の汚染物質除去装置は、基材に損傷を与えず、かつ汚染物質を揮散させずに除去できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の汚染物質除去装置及び汚染物質除去方法は、セシウム酸化物、ストロンチウム酸化物などの放射性汚染物質及び/又はポリ塩化ビフェニル(PCB)、ダイオキシンなどの化学汚染物質を含む有害物質の除去に有用である。さらに、原子力関連施設、ごみ焼却施設などにも有用である。
【符号の説明】
【0036】
1 ナノパルスレーザー発振器
2 パルスジェネレータ
3 シードLD3
4,9 アイソレータ
5,12 カプラ
6,11 励起LD
7 ファイバーケーブル
8 プリアンプ
10 バンドバスフィルタ
13 メインアンプ
14 コリメーター
15 フラットビームシェーバー
16a,16b 光学系焦点調整器
17 スキャンヘッド
18 レーザープロファイラー
19 照射対象物(汚染面)
20 ナノパルスレーザー照射装置
21 基材金属
22 下層
23 中間層
24 外層
25,28 ベース金属
26,27 放射能汚染層
29 保護塗膜層
30 放射能汚染膜
31 樹脂劣化部
32,35 ベース鋼材
33 酸化物、塩化物、汚泥等の混在層
34 酸化物、塩化物、海塩等の汚染層
36 エポキシ樹脂層
40 ガウシアン形状ビーム
41 ガウシアン形状ビームの過剰エネルギー
42 ガウシアン形状ビームの照射直径
43 ガウシアン形状ビームの熱エネルギー
44 角型フラットトップ形状ビーム
45 角型フラットトップ形状ビームの照射直径
46 角型フラットトップ形状ビームの熱エネルギー
47 アブレーション閾値
50,54 レーザー洗浄前の断面部
51 鉄基材部
52 汚染物
53,55 レーザー洗浄後の断面部
【要約】
【課題】基材に損傷を与えず、かつ汚染物質を揮散させずに除去する汚染物質除去方法を提供する。
【解決手段】パルス発振器から発振するガウシアン形状ビームのナノパルスレーザー光40を、フラットビームシェーバーにより角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光44に変換する手段と、前記角型フラットトップ形状のナノパルスレーザー光を汚染面に照射する手段を含み、基材に損傷を与えず、かつ汚染物質を揮散させずに除去する。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13