(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-21
(45)【発行日】2025-03-04
(54)【発明の名称】9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
B23K 35/368 20060101AFI20250225BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20250225BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20250225BHJP
C22C 38/08 20060101ALN20250225BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320Q
B23K35/30 A
C22C38/00 302B
C22C38/08
(21)【出願番号】P 2021051421
(22)【出願日】2021-03-25
【審査請求日】2023-10-05
(73)【特許権者】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】植平 一洋
(72)【発明者】
【氏名】行方 飛史
(72)【発明者】
【氏名】大塚 貴之
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-144045(JP,A)
【文献】特開2016-147273(JP,A)
【文献】特開平08-309583(JP,A)
【文献】特開平10-296486(JP,A)
【文献】特開2000-343277(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1966199(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni基合金外皮にフラックスを充填してなる9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、Ni基合金外皮とフラックスの合計で、
Mn:2.0~4.5%、
Ni:53~65%、
Cr:13~19%、
Mo:5~14%、
W:0.5~6%、
Nb:0.5~3.0%、
Ti:0.4~1.0%、
Ta:0.05~0.2%を含有し、
C:0.04%以下、
Si:0.2%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO
2換算値の合計:3.0~8.0%、
Si酸化物のSiO
2換算値の合計:0.5~2.0%、
Zr酸化物のZrO
2換算値の合計:1.0~2.0%、
Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上:Na
2O換算値及びK
2O換算値の合計で0.1~0.8%、
CaO:0.1~0.8%、
金属弗化物:F換算値の合計で0.1~1.0%を含有し、
残部は、Ni基合金外皮のFe分、鉄合金粉のFe分及び不純物であることを特徴とする9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主にLNG(Liquefied Natural Gas)等の貯蔵タンクに用いられる9%Ni鋼の溶接に使用される9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤに関し、高強度で靱性に優れた溶接金属が得られ、耐割れ性及びブローホール等の耐欠陥性に優れ、かつ、全姿勢での溶接作業性に優れる9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、日本国内では、LNGを燃料とした火力発電所の増強計画が促進されており、都市ガス販売量の拡大、工業用の燃料転換による使用量の伸びとともに、LNG需要は拡大すると見込まれている。また、世界全体でも、LNGの需要は増加傾向にあり、LNG貯槽タンクの新規建設や増設等が検討されている。このLNG貯蔵タンクは、フェライト系の極低温材料として、9%Ni鋼が適用されており、主にLNGタンクの内槽材として適用されてきた。
【0003】
一方、9%Ni鋼の溶接は、溶接金属に極低温で十分な強度と優れた靭性が要求されるため、Ni基合金系の溶接材料が多く用いられている。LNGタンクの現地溶接において、内槽側板の溶接は、建設工事全体の工程及びコストにおいて大きな割合を占めており、従来、内槽側板の縦継手には、被覆アーク溶接もしくはティグ溶接が、また周溶接にはサブマージアーク溶接が主に適用されてきた。しかし、被覆アーク溶接やティグ溶接を適用する縦継手の溶接は、作業効率が悪く、溶接作業の負荷軽減や工期短縮等に課題があった。
【0004】
Ni基合金のような特殊材料においても、被覆アーク溶接やティグ溶接に比べて、溶接作業の高能率化が期待できるNi基合金フラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接に対する需要が拡大しつつある。一方、Ni基合金は、完全オーステナイト組織であり、極めて割れ感受性が高く、また炭素鋼と比較し、融点が低くブローホール等の気孔欠陥が発生する等、耐欠陥性に課題があった。さらには、鋼板と同等の引張強度や、極低温での衝撃性能が要求されるため、溶接金属には、このような諸特性と溶接作業性の両立が求められるため、溶接姿勢や溶接条件範囲が限られていた。
【0005】
9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤとして、例えば特許文献1には、Ni基外皮中のC、Ti、Al及びMgを規定し、かつワイヤ全質量として、Ni、Cr、Mo、Mn、W、Fe、Ti、Mgを所定量の範囲で含有し、C、Nbを所定以下に抑制した耐欠陥性に優れるフラックス入りワイヤが提案されている。しかし、この特許文献1の開示技術によれば、ワイヤ全質量中のTi含有量が低く、十分な脱酸効果が得られないので、ブローホール等が発生しやすく耐欠陥性に課題がある。また、固溶強化元素であるNb含有量が低く、Ni基合金のような、完全オーステナイト組織では、溶接金属の強度が低い等の問題点があった。
【0006】
また、特許文献2には、800℃以上で焼結したTiO2を適用し、水分量を低減することによって耐欠陥性に優れたフラックス入りワイヤが提案されている。しかし、特許文献2の開示技術では、粉末状のフラックスは、表面積が高く、焼結後に再吸湿しやすい等の問題点があった。また、TiO2を焼成する等の工程増加によって、製造コストが高くなる等の問題点もあった。
【0007】
さらに、特許文献3には、Ni基外皮中のCを規定して、かつワイヤ全質量としてTiO2やZrO2を規定したワイヤ生産性が良好であるとともに、溶接金属の機械性能に優れ、全姿勢における溶接作業性が良好なフラックス入りワイヤが提案されている。しかし、特許文献3の開示技術では、溶接金属の機械性能と全姿勢溶接作業性は両立が得られているものの、耐割れ性に改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2015-85366号公報
【文献】特開2016-93836号公報
【文献】特開2018-144045号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、主にLNG等の貯蔵タンクに用いられる9%Ni鋼の溶接に使用される9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤに関し、高強度で靱性に優れた溶接金属が得られ、耐割れ性及びブローホール等の耐欠陥性に優れ、かつ、全姿勢での溶接作業性に優れる9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨は、Ni基合金外皮にフラックスを充填してなる9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、Ni基合金外皮とフラックスの合計で、Mn:2.0~4.5%、Ni:53~65%、Cr:13~19%、Mo:5~14%、W:0.5~6%、Nb:0.5~3.0%、Ti:0.4~1.0%、Ta:0.05~0.2%を含有し、C:0.04%以下、Si:0.2%以下であり、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、Ti酸化物のTiO2換算値の合計:3.0~8.0%、Si酸化物のSiO2換算値の合計:0.5~2.0%、Zr酸化物のZrO2換算値の合計:1.0~2.0%、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上:Na2O換算値及びK2O換算値の合計で0.1~0.8%、CaO:0.1~0.8%、金属弗素化物のF換算値の合計:0.1~1.0%を含有し、残部はNi基合金外皮のFe分、鉄合金粉のFe分及び不純物であることを特徴とする9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤにある。
【発明の効果】
【0011】
本発明の9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤによれば、9%Ni鋼の溶接において、全姿勢での溶接作業性に優れ、高強度で高靱性の溶接金属が得られ、かつ、ブローホール等の耐欠陥性に優れ、さらに耐割れ性に優れる等、高能率で高品質な溶接金属が得られる9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】耐欠陥性を評価した溶接継手の開先形状及び積層要領を示す図である。
【
図2】電圧変動を測定することによりアーク安定性を評価する例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、上述した課題を解決するために種々のフラックス入りワイヤを試作し、溶接作業性及び機械的性質におよぼす成分組成について詳細に検討した。
【0014】
その結果、フラックス入りワイヤ中のC、Ni、Cr、Nbを適量にすることによって、機械的性質に優れた溶接金属を得ることができたものの、溶接後に高温割れが発生した。そこで溶接金属の機械的性質を維持しつつ、高温割れを防止できるよう成分組成について更なる検討を行った。その結果、高温割れは、S、P等の不純物元素の偏析もしくはNi-SiやNi-Nbの低融点化合物が生成することによって発生するといった知見が得られた。そこで、比較的高融点の化合物を生成するMo、W、Taを適量にすることによって耐高温割れ性の向上を行い、良好な機械的性質を有する溶接金属が得られることを見出した。
【0015】
また、Ni基合金の溶接金属は、炭素鋼と比較し凝固温度が低いため、凝固が完了する時間が短く、COガスが溶接金属内部にトラップされやすくブローホール等の気孔欠陥が発生しやすくなるといった問題点があるため、更なる検討を行った。その結果、Tiを適量添加することで、溶接金属中の酸素量を低減させCO反応を抑制し、ブローホール等を低減するといった知見が得られた。また、CaOを適量添加することにより、スラグの融点や粘性を調整し、スラグと溶融金属表面に内在するCOガスのトラップを抑制し、ブローホールやピットの発生を低減し耐欠陥性が良好な溶接金属が得られた。
【0016】
さらに、溶接作業性は、フラックス入りワイヤ中のTi酸化物のTiO2換算値の合計、Si酸化物のSiO2換算値の合計、Al酸化物のAl2O3換算値の合計、Zr酸化物のZrO2換算値の合計及びCaO、Na酸化物及びK酸化物のNa2O換算値及びK2O換算値の1種または2種以上の合計及び金属弗化物のF換算値の合計を適量とすることで溶接時のアーク状態、スラグ被包性、スラグ剥離性等が良好になることを見出した。
【0017】
本発明は、Ni基合金外皮及び充填フラックスの各成分組成それぞれの単独及び共存による及び相乗効果によりなし得たもので、以下にそれぞれの各成分組成の添加理由及び限定理由を述べる。なお、各成分組成の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で示すものとし、その質量%に関する記載を単に%と記載する。
【0018】
[Ni基合金外皮とフラックスの合計でMn:2.0~4.5%]
Mnは、溶接金属の耐割れ性を向上させるために添加する。Mnが2.0%未満では、耐割れ性が劣化する。一方、Mnが4.5%を超えると、スパッタ発生量が多くなる。従って、Ni基合金外皮とフラックスの合計でMnは2.0~4.5%とする。なお、MnはNi基合金外皮に含まれる他、フラックスからの金属Mn及びFe-Mn等の合金粉から添加される。
【0019】
[Ni基合金外皮とフラックスの合計でNi:53~65%]
Niは、溶接金属を構成する主元素であり、オーステナイト組織を有して極低温での強度及び靱性を確保するために添加する。Niが53%未満では、その効果が得られず、溶接金属の強度と靱性が低下する。一方、Niが65%を超えると、溶接金属の靱性が低下する。従って、Ni基合金外皮とフラックスの合計でNiは53~65%とする。なお、NiはNi基合金外皮に含まれる他、フラックスからの金属Ni、Fe-Ni等の合金粉から添加される。
【0020】
[Ni基合金外皮とフラックスの合計でCr:13~19%]
Crは、溶接金属の強度及び靭性を確保する目的で添加する。Crが13%未満では、その効果が得られず、必要な溶接金属の強度と靱性が得られない。一方、Crが19%を超えると、溶接金属の伸びが低下する。従って、Ni基合金外皮とフラックスの合計でCrは13~19%とする。なお、CrはNi基合金外皮に含まれる他、フラックスからの金属Cr、Fe-Cr等の合金粉から添加される。
【0021】
[Ni基合金外皮とフラックスの合計でMo:5~14%]
Moは、溶接金属の強度を向上し、かつ高温割れを抑制する目的で添加する。Moが5%未満では、その効果が十分に得られず、溶接金属の強度が低下するとともに、高温割れが発生する。一方、Moが14%を超えると、溶接金属の靱性が低下する。従って、Ni基合金外皮とフラックスの合計でMoは5~14%とする。なお、MoはNi基合金外皮に含まれる他、フラックスからの金属Mo、Fe-Mo等の合金粉から添加される。
【0022】
[Ni基合金外皮とフラックスの合計でW:0.5~6%]
Wは、高温割れを抑制する目的で添加する。Wが0.5%未満では、その効果が十分に得られず、高温割れが発生する。一方、Wが6%を超えると、溶接金属の引張強さが低下する。従って、Ni基合金外皮とフラックスの合計でWは0.5~6%とする。なお、WはNi基合金外皮に含まれる他、フラックスからの金属W粉から添加される。
【0023】
[Ni基合金外皮とフラックスの合計でNb:0.5~3.0%]
Nbは、溶接金属の強度を向上させる目的で添加する。Nbが0.5%未満では、その効果が十分に得られず、溶接金属の強度が低下する。一方、Nbが3.0%を超えると、Ni-Nb等の低融点化合物を生成し、高温割れが発生しやすくなる。従って、Ni基合金外皮とフラックスの合計でNbは0.5~3.0%とする。なお、NbはNi基合金外皮に含まれる他、フラックスからのFe-Nb等の合金粉から添加される。
【0024】
[Ni基合金外皮とフラックスの合計でTi:0.4~1.0%]
Tiは、溶接金属中の酸素量を低減させCO反応を抑制し、ブローホール等を低減し、耐欠陥性を向上させる目的で添加する。Tiが0.4%未満では、溶接金属中の脱酸反応が不十分で、ブローホール等の気孔欠陥が発生する。一方、Tiが1.0%を超えると、炭化物が析出し、溶接金属の伸びが低下する。従って、Tiは0.4~1.0%とする。なお、TiはNi基合金外皮に含まれる他、フラックスからの金属Ti、Fe-Ti等の合金粉から添加される。
【0025】
[Ni基合金外皮とフラックスの合計でTa:0.05~0.2%]
Taは、高温割れを抑制する目的で添加する。Taが、0.05%未満では、その効果が十分に得られず、高温割れが発生する。一方、Taが0.2%を超えると、溶接金属の靭性が低下する。従って、Ni基合金外皮とフラックスの合計でWは0.05~0.2%とする。なお、TaはNi基合金外皮に含有される他、フラックスからの金属Ta粉から添加される。
【0026】
[Ni基合金外皮とフラックスの合計でC:0.04%以下]
Cは、溶接金属の強度を向上する効果があるが、過剰に添加すると炭化物を生成して靱性を低下させるので0.04%以下とする。なお、CはNi基合金外皮に含まれる他、フラックスからの金属粉及び合金粉から添加される。
【0027】
[Ni基合金外皮とフラックスの合計でSi:0.2%以下]
Siは、Ni-Si等の低融点化合物を生成し、高温割れを助長する効果があるため、できる限り低くすることが好ましい。Siが0.2%を超えると、高温割れが発生する。従って、Ni基合金外皮とフラックスの合計でSiは0.2%以下とする。なお、SiはNi基合金外皮に含まれる他、フラックスからの金属粉及び合金粉から添加される。
【0028】
[フラックス中のTi酸化物のTiO2換算値の合計:3.0~8.0%]
Ti酸化物は、溶滴移行を安定させアーク安定性を改善する目的で添加する。Ti酸化物 のTiO2換算値の合計が3.0%未満では、その効果が十分に得られず、アークが不安定になる。一方、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が8.0%を超えると、ビード表面にテンパーカラーが付着しビード外観が不良となる。従って、フラックス中のTi酸化物のTiO2換算値の合計は3.0~8.0%とする。なお、Ti酸化物はフラックスからのルチール、酸化チタン、チタンスラグ、イルメナイト等の粉末から添加される。
【0029】
[フラックス中のSi酸化物のSiO2換算値の合計:0.5~2.0%]
Si酸化物は、スラグの融点を調整し、ビード外観を向上する目的で添加する。Si酸化物のSiO2換算値の合計が0.5%未満では、その効果が十分に得られず、スラグの被包が不均一でビード外観が不良となる。一方、Si酸化物のSiO2換算値の合計が2.0%を超えると、スラグの融点が低くなり、立向上進溶接時に発生する溶融スラグによる溶融金属の保持が困難になるためビード形状が凸になる。従って、フラックス中のSi酸化物のSiO2換算値の合計は0.5~2.0%とする。なお、Si酸化物はフラックスからの珪砂、珪酸ソーダ、珪灰石等の粉末から添加される。
【0030】
[フラックス中のZr酸化物のZrO2換算値の合計:1.0~2.0%]
Zr酸化物は、スラグ被包性を改善し、スラグ剥離性を向上する効果がある。Zr酸化物のZrO2換算値の合計が1.0%未満では、その効果が十分に得られず、スラグの被包が不均一で、スラグ剥離性が劣化する。一方、Zr酸化物のZrO2換算値の合計が2.0%を超えると、スラグの粘性が増加して溶滴移行が円滑に行われずスパッタ発生量が増加する。従って、フラックス中のZr酸化物のZrO2換算値の合計は1.0~2.0%とする。なお、Zr酸化物はフラックスからのジルコンサンド、酸化ジルコン等の粉末から添加される。
【0031】
[フラックス中のNa酸化物及びK酸化物の1種または2種以上:Na2O換算値及びK2O換算値の合計で0.1~0.8%]
Na酸化物及びK酸化物は、スラグの融点及び粘性を改善してアークを安定にする。Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上のNa2O換算値及びK2O換算値の合計が0.1%未満では、その効果が十分に得られず、アークが不安定となる。一方、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上のNa2O換算値及びK2O換算値の合計が0.8%を超えると、溶滴が大きく成長して、大粒のスパッタが発生し、スパッタ発生量が多くなる。従って、フラックス中のNa酸化物及びK酸化物の1種または2種以上のNa2O換算値及びK2O換算値の合計は0.1~0.8%とする。なお、Na酸化物及びK酸化物は、フラックス中の珪酸ソーダ及び珪酸カリからなる水ガラス固質分、カリ長石、チタン酸ナトリウム等の粉末から添加される。
【0032】
[フラックス中のCaO:0.1~0.8%]
CaOは、スラグの融点や粘性を調整し、スラグと溶融金属表面に内在するCOガスのトラップを抑制し、ブローホールやピットの発生を低減し耐欠陥性を向上する効果がある。CaOが0.1%未満では、その効果が十分に得られず、ブローホールやピットが生じやすくなる。一方、CaOが0.8%を超えると、溶滴移行が安定せず、アークが不安定となる。従って、フラックス中のCaOは0.1~0.8%とする。なお、CaOは、フラックス中の珪灰石等の粉末から添加される。
【0033】
[金属弗化物:F換算値の合計で0.1~1.0%]
金属弗化物は、溶融金属を攪拌して溶接金属へのスラグ内在を防止する目的で添加する。金属弗化物のF換算値の合計が0.1%未満では、その効果が十分に得られず、溶接金属へスラグが内在しやすくなる。一方、金属弗化物のF換算値の合計が1.0%を超えると、スパッタ発生量が多くなる。従って、フラックス中の金属弗化物のF換算値の合計は0.1~1.0%とする。なお、金属弗化物はNaF、CaF2等の粉末から添加でき、F換算値はそれらに含有するF量の合計である。
【0034】
なお、本発明の9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤの残部は、Ni基合金外皮のFe分、Fe-Mn、Fe-Ni、Fe-Cr、Fe-Mo、Fe-Nb、Fe-Ti等の鉄合金粉のFe分及び不純物である。不純物について、特に規定しないが、耐高温割れ性の観点から、Pは0.010%以下、Sは0.010%以下が好ましい。
【0035】
また、Ni基合金外皮へのフラックス充填率が18%未満では、外皮の肉厚が厚くなり、溶滴が肥大化してアークが不安定となる。一方、フラックス充填率が30%を超えると、外皮の肉厚が薄く、スラグ量が過剰となりスラグ被包性が劣化する。従って、フラックス充填率は18~30%とすることが好ましい。
【0036】
フラックス入りワイヤの製造方法について言及すると、例えば外皮を帯鋼より管状に成形する場合には、配合、撹拌、乾燥した充填フラックスをU形に成形した溝に満たした後丸形に成形し、所定のワイヤ径まで伸線する。この際、整形した外皮シームを溶接することで、シームレスタイプのフラックス入りワイヤとすることもできる。また外皮がパイプの場合には、パイプを振動させてフラックスを充填し、所定のワイヤ径まで伸線する。
【0037】
また、充填フラックスは、供給、充填が円滑に行えるように、固着剤(珪酸カリ及び珪酸ソーダの水溶液)を添加して造粒して用いることもできる。
【実施例】
【0038】
表1に示すNi基合金外皮を使用し、表2に示す各種組成の9%Ni鋼溶接用フラックス入りワイヤを試作した。ワイヤ径は1.2mm、フラックス充填率は18~25%とした。
【0039】
【0040】
【0041】
これらの試作したフラックス入りワイヤを用いて、溶着金属性能、耐欠陥性、耐割れ性及び溶接作業性を調査した。
【0042】
機械性能の評価は、JIS Z 3335に従い、引張試験及び衝撃試験を行った。溶接条件は、表3に示すNo.1の溶接条件で溶接した。引張試験は、引張強さ690MPa以上、伸び27%以上、衝撃試験は、試験温度-196℃における吸収エネルギーが3本の平均で55J以上を良好とした。
【0043】
【0044】
耐欠陥性の調査は、表4に示す鋼板記号A1を使用した。溶接は、
図1に示す板厚12mmの鋼板1、60°V開先、ルートギャップ4mm、板厚4mmの裏当金2付き開先を、表3に示すNo.1の溶接条件で溶接した。評価は、JIS Z 3106に準拠して、X線透過試験を行い、きず点数による分類が2類以下を良好、3類以上を不良とした。
【0045】
【0046】
耐割れ性の調査は、表4に示す鋼板A2を使用し、JIS Z 3153に従い、溶接条件は、表3に示す条件No.1で溶接した。耐割れ性の評価は、クレータ部を除く溶接ビード部の割れの有無を調査した。
【0047】
溶接作業性の評価は、表4に示す鋼板A1を使用し、表3に示す条件No.1及びNo.2の溶接条件で水平すみ肉溶接及び立向上進溶接を行い、アークの安定性、スパッタ発生量、スラグ剥離性、ビード外観及びビード形状を調査した。
【0048】
アークの安定性は、水平すみ肉溶接時に10秒間電圧変動を測定し、その電圧の大きさを介して評価した。評価は
図2に時系列的な電圧変動のチャートを示すが、平均電圧に対して±1Vを閾値としたとき、
図2(a)に示すように電圧変動が閾値
を超える時間が10秒間で
10%以下の場合をアーク安定とし、
図2(b)に示すように電圧変動が閾値を超える時間が10秒間で10%を超える場合はアーク不安定とした。
【0049】
スパッタ発生量は、水平すみ肉溶接時に銅製の捕集箱を用いて1分間溶接した際のスパッタ発生量を測定することにより、単位時間当たりの値(g/nin)を求めた。なお、スパッタの発生量は1g/min以下を良好とした。それらの結果を表5にまとめて示す。
【0050】
スラグ剥離性は、溶接後、溶接ビード表面上の凝固スラグをチッピングハンマー(全長300mm、重さ350g)を用いて、持ち手を中心に円弧に軽い力で振り下ろして叩いた時に、スラグに亀裂が入りその後刷毛で簡単に除去できる場合を良好、スラグがビード表面に付着して取れない場合を不良とした。
【0051】
ビード外観・形状は、溶接ビード健全部で手直しが必要なアンダーカットやオーバーラップがないものを良好とした。ビード外観は、部分的な波形の乱れがなく均一に揃っているものを良好とした。
【0052】
【0053】
表2及び表5中ワイヤNo.1~No.15が本発明例、ワイヤNo.16~30は比較例である。本発明例であるワイヤNo.1~No.15は、Mn、Ni、Cr、Mo、W、Nb、Ti、Ta、C、Si、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Si酸化物のSiO2換算値の合計、Zr酸化物のZrO2換算値の合計、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種のNa2O換算値及びK2O換算値の合計、CaO及び金属弗化物のF換算値の合計が適正であるので、溶着金属の引張強さ、伸び及び吸収エネルギーが高く、X線透過試験においてもきず点数による分類が2類以下で良好であり、割れ試験においても割れは無く、溶接作業性試験では、アークが安定しスパッタ発生量が少なく、スラグ剥離性が良好でビード外観及びビード形状も良好であり、極めて満足な結果であった。
【0054】
比較例中ワイヤNo.16は、Mnが少ないので、割れ試験で割れが生じた。また、Taが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0055】
ワイヤNo.17は、Mnが多いので、スパッタ発生量が多かった。また、Cが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0056】
ワイヤNo.18は、Niが少ないので、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーが低値であった。また、Siが多いので、割れ試験で割れが生じた。
【0057】
ワイヤNo.19は、Niが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。また、Ti酸化物のTiO2換算値が少ないので、アークが不安定であった。
【0058】
ワイヤNo.20は、Crが少ないので、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーが低値であった。また、Si酸化物のSiO2換算値の合計が少ないので、スラグ被包性が不均一でビード外観が不良であった。
【0059】
ワイヤNo.21は、Crが多いので、溶着金属の伸びが低値であった。また、Si酸化物のSiO2が多いので、立向上進溶接で凸ビードとなった。
【0060】
ワイヤNo.22は、Moが少ないので、溶着金属の引張強さが低かった。また、Moが少ないので、割れ試験で割れが生じた。さらに、Zr酸化物のZrO2が少ないので、スラグ被包性が不均一でスラグ剥離性が不良であった。
【0061】
ワイヤNo.23は、Moが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。また、Zr酸化物のZrO2換算値の合計が多いので、スパッタ発生量が多かった。
【0062】
ワイヤNo.24は、Wが少ないので、割れ試験で割れが生じた。また、Na酸化物及びK酸化物のNa2O換算値及びK2O換算値の合計が少ないので、アークが不安定であった。
【0063】
ワイヤNo.25は、Wが多いので、溶着金属の引張強さが低かった。また、Na酸化物及びK酸化物のNa2O換算値及びK2O換算値の合計が多いので、スパッタ発生量が多かった。
【0064】
ワイヤNo.26は、Nbが少ないので、溶着金属の引張強さが低かった。また、CaOが少ないので、X線透過試験でブローホールが多発しきず点数による分類が高く不良であった。
【0065】
ワイヤNo.27は、Nbが多いので、割れ試験で割れが生じた。また、金属弗化物のF換算値の合計が少ないので、X線透過試験でスラグ巻き込みが発生しきず点数による分類が高く不良であった。
【0066】
ワイヤNo.28は、Tiが少ないので、X線透過試験でブローホールが多発しきず点数による分類が高く不良であった。また、CaOが多いので、アークが不安定であった。
【0067】
ワイヤNo.29は、Tiが多いので、溶着金属の伸びが低値であった。また、金属弗化物のF換算値の合計が多いので、スパッタ発生量が多かった。
【0068】
ワイヤNo.30は、Taが少ないので、割れ試験で割れが生じた。また、Ti酸化物のTiO2換算値が多いので、ビード表面にテンパーカラーが付着してビード外観が不良であった。
【符号の説明】
【0069】
1 鋼板
2 裏当金