(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-21
(45)【発行日】2025-03-04
(54)【発明の名称】ヒドロキシアルカン酸結晶の製造方法及びヒドロキシアルカン酸の結晶多形体
(51)【国際特許分類】
C07C 51/43 20060101AFI20250225BHJP
C07C 59/01 20060101ALI20250225BHJP
【FI】
C07C51/43
C07C59/01
(21)【出願番号】P 2020207383
(22)【出願日】2020-12-15
【審査請求日】2023-04-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉本 雅行
(72)【発明者】
【氏名】坪田 潤
(72)【発明者】
【氏名】石川 沙恵
【審査官】前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-205229(JP,A)
【文献】特開昭57-026613(JP,A)
【文献】特表2004-509092(JP,A)
【文献】特表2007-536275(JP,A)
【文献】特表平09-510862(JP,A)
【文献】国際公開第2016/088863(WO,A1)
【文献】特開2020-131179(JP,A)
【文献】特表2020-527547(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 51/
C07C 59/
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉末X線回折パターンにおいて、2θ=11.9±0.2°、12.1±0.2°、15.0±0.2°、18.8±0.2°、及び20,9±0.2°に回折ピークを有する3-ヒドロキシ酪酸結晶の製造方法であって、
3-ヒドロキシ酪酸を含む溶液を、-80~-5℃の温度条件で凍結した後に10~110Paの真空度で凍結乾燥させる工程を含み、
前記3-ヒドロキシ酪酸結晶の総量を100質量%として、
(1)R体含有量が95~100質量%以上である、又は
(2)S体含有量が95~100質量%以上である、ことを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記3-ヒドロキシ酪酸を含む溶液における溶媒が極性溶媒である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記極性溶媒が水である、請求項1又は2に記載の製造方法
。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒドロキシアルカン酸結晶の製造方法及びヒドロキシアルカン酸の結晶多形体に関する。
【背景技術】
【0002】
3-ヒドロキシ酪酸に代表されるヒドロキシアルカン酸は、糖質に替わる画期的なエネルギー源として注目されている。これらは、単なるエネルギー源としてのみならず、認知機能及び長期持続記憶力に対しても優れた影響を及ぼすことから、アルツハイマー病の予防にも有効であるとされている。
【0003】
例えば、3-ヒドロキシ酪酸(以下、単に「3HB」ともいう。)は、ココナッツオイル等に含まれる中鎖脂肪酸(MCT)を摂取、代謝することにより血中に取り込まれ、エネルギーに変換される。当該工程は解糖系を経由して得られる糖質よりも速やかにエネルギーに変換されること、そして、細胞への脂肪及び糖の吸収が抑制されることから、アスリート向けのエネルギー物質、及びダイエット・健康食品分野への応用が期待されている。
【0004】
しかしながら、3HBは酸の状態での取り扱いが難しく、ナトリウム塩、カルシウム塩、又はマグネシウム塩といった中和塩の形態で粉末として提供されることが一般的である。
【0005】
これは、3HBが水溶液から水分を除いても容易には結晶化しないことや、水分を除去する際に容易に二量体を形成してしまうといった理由から、固体として単離することが難しいことに起因している。
【0006】
しかしながら、かかる中和塩を多量に摂取すると塩分過多となってしまい、健康上好ましくない。そこで、3HBを含めたヒドロキシアルカン酸を、固体結晶の状態で提供する方法が求められている。
【0007】
特許文献1には、3HBを含む水溶液に対して有機溶媒を用いて抽出作業を行い、さらに減圧濃縮工程を経て、3HBの種結晶を添加して晶析溶媒として酢酸エチルを用いて3HBの固体結晶を得る方法が開示されている。
【0008】
しかしながら、かかる方法では単離される3HBの収率が充分ではなく、さらに有機溶媒を使用するという点から、サプリメント原料として3HBを得る方法として、あまり適切とはいえない。
【0009】
このように、高収率でヒドロキシアルカン酸を得る方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のような事情に鑑み、本発明の目的とするところは、高い収率でヒドロキシアルカン酸の固体結晶を得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、R体のみ又はR体含有量が極めて高いヒドロキシアルカン酸か、S体のみ又はS体含有量が極めて高いヒドロキシアルカン酸を凍結乾燥することにより、高い収率でヒドロキシアルカン酸結晶を製造できることを見出した。本発明者は、かかる知見に基づきさらに研究を重ね、本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明は、以下のヒドロキシアルカン酸の製造方法を提供する。
項1.
ヒドロキシアルカン酸結晶の製造方法であって、
ヒドロキシアルカン酸を含む溶液を凍結乾燥させる工程を含み、
前記ヒドロキシアルカン酸の総量を100質量%として、
(1)R体含有量が95~100質量%以上である、又は
(2)S体含有量が95~100質量%以上である、ことを特徴とする、方法。
項2.
前記ヒドロキシアルカン酸を含む溶液における溶媒が極性溶媒である、項1に記載の製造方法。
項3.
前記極性溶媒が水である、項1又は2に記載の製造方法。
項4.
前記ヒドロキシアルカン酸は、3-ヒドロキシ酪酸である、項1~3の何れかに記載の製造方法。
項5.
粉末X線回折パターンにおいて、2θ=11.9±0.2°、12.1±0.2°、15.0±0.2°、18.8±0.2°、及び20,9±0.2°に回折ピークを有する、ヒドロキシアルカン酸の結晶多形体。
項6.
回折角度2θ=12.1±0.2°におけるピーク角度Iが最も大きい、項5に記載の結晶多形体。
項7.
前記ヒドロキシアルカン酸が3-ヒドロキシ酪酸である、項5又は6の結晶多形体。
【発明の効果】
【0014】
以上にしてなる本発明のヒドロキシアルカン酸の製造方法によれば、高い収率でヒドロキシアルカン酸の固体結晶を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例1の3-ヒドロキシ酪酸結晶の写真である。
【
図2】実施例1の3-ヒドロキシ酪酸結晶の粉末X線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(1.ヒドロキシアルカン酸結晶の製造方法)
本発明のヒドロキシアルカン酸結晶の製造方法は、ヒドロキシアルカン酸を含む溶液を凍結乾燥させる工程を有する。
【0017】
ヒドロキシアルカン酸としては、より具体的には3HB、3-ヒドロキシペンタン酸、3-ヒドロキシヘキサン酸及び乳酸を挙げることが可能であり、もちろんこれらに限定されない。
【0018】
また、当該溶液中に含まれるヒドロキシアルカン酸は、該ヒドロキシアルカン酸の総量100質量%中に、ヒドロキシアルカン酸のR体が95質量%以上含まれるか、或いは、ヒドロキシアルカン酸のS体が95質%以上含まれる。R体又はS体の何れかが当該下限値に満たない場合、最終目的物である結晶を得ることができない。さらに、ヒドロキシアルカン酸総量中に含まれるR体又はS体の含有量は、共に97質量%以上であることが好ましく、99質量%以上であることがより好ましい。これらの上限値としては、100質量%とすることができる。
【0019】
ヒドロキシアルカン酸を含む溶液は、ヒドロキシアルカン酸以外の物質を含んでもよい。但し、ヒドロキシアルカン酸結晶を高収率及び高純度で得るという観点から、ヒドロキシアルカン酸のみを含むヒドロキシアルカン酸溶液であることが好ましい。
【0020】
ヒドロキシアルカン酸を含む溶液において使用する溶媒は、極性溶媒を使用することが好ましい。かかる極性溶媒としては、水などの水系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、及びジオキサンなどのエーテル系溶媒、エタノール及びブタノール(好ましくは、t-ブタノール)などのアルコール系溶媒、並びに、N,N-ジメチルホルムアミド及びN,N-ジメチルアセトアミドなどのアミド系溶媒などの公知の極性溶媒を使用することができる。これらは一種のみを単独で使用してもよいし、二種以上を混合して使用してもよい。但し、最終目的物であるヒドロキシアルカン酸結晶をサプリメント等の用途に使用することを考慮すると、極性溶媒として水及び/又はエタノールを使用することが好ましい。
【0021】
ヒドロキシアルカン酸を含む溶液を得るための方法としては特に限定はなく、公知の方法を広く採用することが可能であり、特に限定はない。溶媒にヒドロキシアルカン酸を溶解させることにより得てもよいし、化学合成により得てもよい。その他にも、微生物学的手法によりヒドロキシアルカン酸を含む溶液を得てもよい。
【0022】
ヒドロキシアルカン酸を含む溶液におけるヒドロキシアルカン酸の含有量(濃度)としては、良好な製造効率を確保した上で、凝固点降下の悪影響を低減することを考慮し、1~60質量%とすることが好ましく、10~40質量%とすることがより好ましい。
【0023】
ヒドロキシアルカン酸を含む溶液を凍結乾燥させる工程においては、温度や圧力は特に制限されないが、まず、当該溶液を好ましくは-80~-5℃、より好ましくは-50~-20℃の温度条件下にて凍結し、次いで、好ましくは10~110Paの真空度にて凍結乾燥させるとよい。
【0024】
(2.ヒドロキシアルカン酸の結晶多形体)
本発明は、ヒドロキシアルカン酸の結晶多形体の製造方法に関する発明を包含する。
【0025】
ヒドロキシアルカン酸としては、具体的には3HB、3-ヒドロキシペンタン酸、3-ヒドロキシヘキサン酸及び乳酸を挙げることが可能であり、より具体的には、R-ヒドロキシ酪酸を挙げることが可能であり、もちろんこれらに限定されない。
【0026】
本発明の結晶多形体は、粉末X線回折パターンにおいて、2θ=11.9±0.2°、12.1±0.2°、15.0±0.2°、18.8±0.2°、及び20,9±0.2°に回折ピークを有する。これらの4つのピークの中で、回折角度2θ=12.1±0.2°におけるピーク角度Iが最も大きいことが好ましい。
【0027】
かかる粉末X線回折パターンは、具体的にはX線管球CuKα、測定角5~85°の条件で測定するとよい。
【0028】
かかる結晶多形体は、例えば、上記したヒドロキシアルカン酸の製造方法により得ることが可能であり、従来公知の結晶形と対比し、潮解性が低いという利点を有する。例えば、3-ヒドロキシ酪酸の結晶多形であれば、大気中に3日間放置しても潮解しない。
【0029】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこうした例に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
【実施例】
【0030】
以下、実施例に基づき、本発明の実施形態をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されるものではない。
【0031】
ヒドロキシアルカン酸水溶液の製造
下記実施例又は比較例で使用するR-3-ヒドロキシ酪酸又はS-3-ヒドロキシ酪酸については、特開2019-176839号公報に記載された方法に準じて製造した。得られたR体及びS体の純度は何れもHPCL測定により99%ee以上であった。
【0032】
(実施例1)
R-3-ヒドロキシ酪酸(R-3HB)2gと蒸留水8gをバイアルに入れて混合し、60℃ウォーターバスで加熱することでR-3HBを完全に溶解した。これを100mLフラスコに移し、-30℃の冷凍庫で完全に凍らせたものを25℃に制御された室内にて110Pa以下の圧力で1晩凍結乾燥することでR-3HB結晶を99%以上の収率で得た(
図1)。凍結乾燥機には東京理化器械製FREEZEDRYERFD-1を用いた。
【0033】
X線回折測定装置(リガク製 Smart Lab)を使用し、実施例1で得られたR-3HB結晶のX線回折パターンを、X線管球CuKα、測定角5~85°の条件にて測定し、
図2に示した。また、当該結晶1gをシャーレの上に載せ、35~40%RHの室内に3日間静置しても明確な潮解は見られず、実施例1で得られた結晶は低い潮解性を有することが確認された。
【0034】
(実施例2)
R-3HBをS-3-ヒドロキシ酪酸(S-3HB)に変更した以外は実施例1と同様の方法でS-3HB結晶を99%以上の収率で得た。
【0035】
(実施例3)
R-3HBを1g、蒸留水を9gに変更した以外は実施例1と同様の方法でR-3HB結晶を99%以上の収率で得た。
【0036】
(実施例4)
R-3HBを3g、蒸留水を7gに変更した以外は実施例1と同様の方法でR-3HB結晶を99%以上の収率で得た。
【0037】
(比較例1)
R-3HBを1g、S-3HBを1g、及び蒸留水8gを、バイアルに入れて混合し、60℃ウォーターバスで加熱することでR-3HB及びS-3HBを完全に溶解した。得られた溶液を100mLフラスコに移し、-30℃の冷凍庫で完全に凍らせた後に、25℃に制御された室内で110Pa以下の圧力で1晩凍結乾燥を行ったが、結晶化は生じず、液体のままであった。
【0038】
(比較例2)
R-3HBを5gと、酢酸エチルを1.5gとを、バイアルに入れて混合し、60℃ウォーターバスで加熱することでR-3HBを完全に溶解した。これを室温に戻し、R-3HBの種結晶を1粒加えて4℃の冷蔵庫で1晩静置したところR-3HB結晶が析出した。これを濾過により単離し、重量測定を行ったところ、収率は約60%であった。
【0039】
(比較例3)
R-3HBを10質量%含む水溶液100mLを、エバポレータを使用して70℃の温度条件にて、水が出なくなるまで濃縮した。高速液体クロマトグラフ(HPLC)からこの濃縮液には面積比で約8%の3HB2量体が含まれることがわかった。これにR-3HB種結晶を加えた所、完全に結晶化はせず、半固体状態であった。HPLCには日立ハイテクサイエンス社製ChromasterにAgilent社製カラムMetacarb67Hを装着し、2.5mmol/L硫酸水溶液を移動相とし、RI検出器を用いて測定した。