(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-25
(45)【発行日】2025-03-05
(54)【発明の名称】リン化インジウム基板およびリン化インジウム基板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/40 20060101AFI20250226BHJP
H01L 21/304 20060101ALI20250226BHJP
【FI】
C30B29/40
H01L21/304 642A
H01L21/304 647Z
H01L21/304 648G
(21)【出願番号】P 2024558361
(86)(22)【出願日】2024-03-28
(86)【国際出願番号】 JP2024012757
【審査請求日】2024-10-02
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三浦 広平
(72)【発明者】
【氏名】上松 康二
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 吉広
(72)【発明者】
【氏名】中山 陽次郎
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2023/139759(WO,A1)
【文献】特開2007-5472(JP,A)
【文献】特開2010-248050(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/40
H01L 21/304
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主表面を有するリン化インジウム基板であって、
X線入射エネルギーが200eVでありかつ光電子の取り出し角度が45°である条件において前記主表面の中心に対してX線を照射するX線光電子分光法により、前記リン化インジウム基板の外部に放出された光電子を捕捉し、
インジウムの4d電子の検出強度のスペクトルと、リンの2p電子の検出強度のスペクトルとを求め、
リン化インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度に対する、酸化物として存在するインジウム元素の積分強度の比率を第1の積分強度比とし、
リン化インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度に対する、金属インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度の比率を第2の積分強度比とし、
リン化インジウムとして存在するリン元素の積分強度に対する、酸化物として存在するリン元素の積分強度の比率を第3の積分強度比とし、
リン元素の積分強度に対する、インジウム元素の積分強度の比率を第4の積分強度比とした場合、
前記第1の積分強度比は、1.10以上3.20以下であり、
前記第2の積分強度比は、0.05以上0.30以下であり、
前記第3の積分強度比は、2.90以上11.00以下であり、
前記第4の積分強度比は、1.15以上2.00以下である、リン化インジウム基板。
【請求項2】
酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程と、
前記酸性溶液に前記リン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程の後に、超純水を用いて前記リン化インジウム単結晶基板を洗浄する工程と、
前記超純水を用いて前記リン化インジウム単結晶基板を洗浄する工程の後に、オゾン水に前記リン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程と、
前記オゾン水に前記リン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程の後に、超純水を用いて前記リン化インジウム単結晶基板を洗浄する工程とを備え、
前記酸性溶液の水素イオン指数は2.0以上4.0以下であり且つ前記オゾン水におけるオゾンの濃度は3ppm以上30ppm以下である、または、前記酸性溶液の水素イオン指数は1.0以上5.0以下であり且つ前記オゾン水におけるオゾンの濃度は10ppm以上30ppm以下である、リン化インジウム基板の製造方法。
【請求項3】
前記酸性溶液は、有機酸、塩酸、またはフッ酸のいずれかを含む、請求項2に記載のリン化インジウム基板の製造方法。
【請求項4】
前記酸性溶液に前記リン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程において、
前記酸性溶液の温度は、室温であり、
前記酸性溶液に前記リン化インジウム単結晶基板を浸漬する時間は、10秒以上5分以下である、請求項2または請求項3に記載のリン化インジウム基板の製造方法。
【請求項5】
前記オゾン水に前記リン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程において、
前記オゾン水の温度は、室温であり、
前記オゾン水に前記リン化インジウム単結晶基板を浸漬する時間は、10秒以上5分以下である、請求項2
または請求項3に記載のリン化インジウム基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、リン化インジウム基板およびリン化インジウム基板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特開昭62-252140号公報(特許文献1)には、鏡面研磨したInPウェハをリン酸またはフッ化水素を含む混合液により洗浄する洗浄方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本開示に係るリン化インジウム基板は、主表面を有するリン化インジウム基板である。X線入射エネルギーが200eVでありかつ光電子の取り出し角度が45°である条件において主表面の中心に対してX線を照射するX線光電子分光法により、リン化インジウム基板の外部に放出された光電子を捕捉し、インジウムの4d電子の検出強度のスペクトルと、リンの2p電子の検出強度のスペクトルとが求められる。リン化インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度に対する、酸化物として存在するインジウム元素の積分強度の比率は、第1の積分強度比とされる。リン化インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度に対する、金属インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度の比率は、第2の積分強度比とされる。リン化インジウムとして存在するリン元素の積分強度に対する、酸化物として存在するリン元素の積分強度の比率は、第3の積分強度比とされる。リン元素の積分強度に対する、インジウム元素の積分強度の比率は、第4の積分強度比とされる。第1の積分強度比は、1.10以上3.20以下である。第2の積分強度比は、0.05以上0.30以下である。第3の積分強度比は、2.90以上11.00以下である。第4の積分強度比は、1.15以上2.00以下である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1は、本実施形態に係るリン化インジウム基板の構成を示す平面模式図である。
【
図2】
図2は、
図1のII-II線に沿った断面模式図である。
【
図3】
図3は、
図2の領域IIIを示す拡大断面模式図である。
【
図4】
図4は、X線光電子分光法において用いられる分析システムの構成を示す模式図である。
【
図5】
図5は、本実施形態に係るリン化インジウム基板のIn4dスペクトルを示す模式図である。
【
図6】
図6は、本実施形態に係るリン化インジウム基板のP2pスペクトルを示す模式図である。
【
図7】
図7は、本実施形態に係るリン化インジウム基板の製造方法を概略的に示すフロー図である。
【
図8】
図8は、酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程を示す拡大断面模式図である。
【
図9】
図9は、オゾン水にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程を示す拡大断面模式図である。
【
図10】
図10は、リン元素の存在量が過度に多い場合におけるリン化インジウム基板の表面状態を示す拡大断面模式図である。
【
図11】
図11は、メタリン酸が崩れた状態を示す拡大断面模式図である。
【
図12】
図12は、リン化インジウム単結晶基板にインジウム酸化物が形成された状態を示す拡大断面模式図である。
【
図13】
図13は、サンプル1から11に係るリン化インジウム基板の第1の積分強度比とエピタキシャル基板の歩留まりとを示す図である。
【
図14】
図14は、サンプル1から11に係るリン化インジウム基板の第2の積分強度比とエピタキシャル基板の歩留まりとを示す図である。
【
図15】
図15は、サンプル1から11に係るリン化インジウム基板の第3の積分強度比とエピタキシャル基板の歩留まりとを示す図である。
【
図16】
図16は、サンプル1から11に係るリン化インジウム基板の第4の積分強度比とエピタキシャル基板の歩留まりとを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
本開示の目的は、エピタキシャル基板の歩留まりを向上可能なリン化インジウム基板およびリン化インジウム基板の製造方法を提供することである。
【0007】
[本開示の効果]
本開示によれば、エピタキシャル基板の歩留まりを向上可能なリン化インジウム基板およびリン化インジウム基板の製造方法を提供することができる。
【0008】
[実施形態の概要]
まず、本開示の実施形態(以下、本実施形態とも称される)の概要が説明される。
【0009】
(1)本開示に係るリン化インジウム基板は、主表面を有するリン化インジウム基板である。X線入射エネルギーが200eVでありかつ光電子の取り出し角度が45°である条件において主表面の中心に対してX線を照射するX線光電子分光法により、リン化インジウム基板の外部に放出された光電子を捕捉し、インジウムの4d電子の検出強度のスペクトルと、リンの2p電子の検出強度のスペクトルとが求められる。リン化インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度に対する、酸化物として存在するインジウム元素の積分強度の比率は、第1の積分強度比とされる。リン化インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度に対する、金属インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度の比率は、第2の積分強度比とされる。リン化インジウムとして存在するリン元素の積分強度に対する、酸化物として存在するリン元素の積分強度の比率は、第3の積分強度比とされる。リン元素の積分強度に対する、インジウム元素の積分強度の比率は、第4の積分強度比とされる。第1の積分強度比は、1.10以上3.20以下である。第2の積分強度比は、0.05以上0.30以下である。第3の積分強度比は、2.90以上11.00以下である。第4の積分強度比は、1.15以上2.00以下である。
【0010】
このように、本実施形態に係るリン化インジウム基板によれば、表面層においてインジウム酸化物、金属インジウム、およびリン酸化物の各々が過度に多くなったり過度に少なくなったりすることが抑制されている。これによって、エピタキシャル基板の歩留まりを向上することができる。
【0011】
(2)本開示に係るリン化インジウム基板の製造方法は、以下の工程を有している。酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板が浸漬される。酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程の後に、超純水を用いてリン化インジウム単結晶基板が洗浄される。超純水を用いてリン化インジウム単結晶基板を洗浄する工程の後に、オゾン水にリン化インジウム単結晶基板が浸漬される。オゾン水にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程の後に、超純水を用いてリン化インジウム単結晶基板が洗浄される。酸性溶液の水素イオン指数は2.0以上4.0以下であり且つオゾン水におけるオゾンの濃度は3ppm以上30ppm以下である、または、酸性溶液の水素イオン指数は1.0以上5.0以下であり且つオゾン水におけるオゾンの濃度は10ppm以上30ppm以下である。これによって、エピタキシャル基板の歩留まりを向上することができる。
【0012】
(3)上記(2)に係るリン化インジウム基板の製造方法によれば、酸性溶液は、有機酸、塩酸、またはフッ酸のいずれかを含んでいてもよい。
【0013】
(4)上記(2)また(3)に係るリン化インジウム基板の製造方法によれば、酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程において、酸性溶液の温度は、室温であってもよい。酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する時間は、10秒以上5分以下であってもよい。これによって、エピタキシャル基板の歩留まりを効果的に向上することができる。
【0014】
(5)上記(2)から(4)のいずれかに係るリン化インジウム基板の製造方法によれば、オゾン水にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程において、オゾン水の温度は、室温であってもよい。オゾン水にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する時間は、10秒以上5分以下であってもよい。これによって、エピタキシャル基板の歩留まりを効果的に向上することができる。
【0015】
[実施形態の詳細]
以下、図面に基づいて本開示の実施形態の詳細が説明される。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号が付され、その説明は繰返されない。本明細書の結晶学的記載においては、個別方位が[]、集合方位が<>、個別面が()、集合面が{}でそれぞれ示されている。また、負の指数については、結晶学上、”-”(バー)が数字の上に付されることになっているが、本明細書中では、数字の前に負の符号が付されている。
【0016】
<リン化インジウム基板>
まず、本実施形態に係るリン化インジウム基板100(以下、InP基板100とも称される)の構成が説明される。
図1は、本実施形態に係るInP基板100の構成を示す平面模式図である。
図2は、
図1のII-II線に沿った断面模式図である。
図1および
図2に示されるように、InP基板100は、第1主表面1と、第2主表面2と、外周面9とを有している。
【0017】
第1主表面1は、たとえば平面状である。第1主表面1に垂直な直線に沿って見た場合(以下、平面視とも称される)、第1主表面1の形状は、たとえば円形状である。第1主表面1は、中心Oを含む。第1主表面1は、第1方向101および第2方向102の各々に沿って拡がっている。
【0018】
第1主表面1は、たとえばInP基板100を構成している単結晶リン化インジウムの{100}面である。第1方向101および第2方向102の各々は、たとえば<011>方向である。第2方向102は、第1方向101に垂直な方向である。
【0019】
図2に示されるように、第2主表面2は、第1主表面1の反対にある。第2主表面2から第1主表面1に向かう方向は、第3方向103とされる。第3方向103は、InP基板100を製造する際におけるリン化インジウム単結晶の成長方向である。第3方向103は、たとえば<100>方向である。外周面9は、第1主表面1および第2主表面2の各々に連なっている。第1主表面1と外周面9との稜線は、外縁8とされる。以下において、第1主表面1と第2主表面2とは単に主表面とも称される。
【0020】
図1に示されるように、第1主表面1の直径W1は、たとえば75mm以上300mm以下である。直径W1は、外縁8上の異なる2点間の最長距離である。
【0021】
外周面9において、ノッチ、オリエンテーションフラット、またはインデックスフラットの少なくともいずれかが設けられていてもよい。外周面9において、ノッチ、オリエンテーションフラット、またはインデックスフラットの少なくともいずれかが設けられている場合、平面視において、円弧状である外周面9の部分に沿った円弧を含む円の中心が、中心Oとされる。
【0022】
InP基板100は、たとえば不純物として、硫黄(S)、鉄(Fe)、または錫(Sn)のいずれかを含んでいてもよい。InP基板100は、たとえば不純物を含んでいなくてもよい。言い換えれば、InP基板100は、ノンドープであってもよい。
【0023】
図3は、
図2の領域IIIを示す拡大断面模式図である。
図3に示されるように、InP基板100は、リン化インジウム単結晶基板10(以下、InP単結晶基板10とも称される)と、第1表面層11と、第2表面層12とを有している。
【0024】
InP単結晶基板10は、単結晶リン化インジウムによって構成されている。InP単結晶基板10は、第3主表面3と、第4主表面4とを有している。平面視において、第3主表面3は、たとえば円形状である。第4主表面4は、第3主表面3の反対にある。第3主表面3は、第4主表面4に対して第3方向103にある。
【0025】
第1表面層11は、第3主表面3上にある。第1表面層11は、第3主表面3を覆っている。第1表面層11は、第1主表面1を構成している。第1表面層11は、リン化インジウム(InP)と、インジウム酸化物と、金属インジウムと、リン酸化物とを含んでいる。第3方向103における第1表面層11の厚みは、たとえば2nm以下である。
【0026】
第2表面層12は、第4主表面4上にある。別の観点から言えば、InP単結晶基板10は、第1表面層11と第2表面層12との間にある。第2表面層12は、第4主表面4を覆っている。第2表面層12は、第2主表面2を構成している。第2表面層12は、リン化インジウムと、インジウム酸化物と、金属インジウムと、リン酸化物とを含んでいる。第3方向103における第2表面層12の厚みは、たとえば2nm以下である。以下において、第1表面層11と第2表面層12とは単に表面層とも称される。
【0027】
(X線光電子分光法)
次に、X線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)を用いたInP基板100の表面状態の分析方法が説明される。
【0028】
<分析システム>
図4は、X線光電子分光法において用いられる分析システムの構成を示す模式図である。
図4に示されるように、分析システム200は、X線発生設備20と、真空容器30と、電子分光器40とを主に有している。
【0029】
X線発生設備20は、X線を発生させる。X線は放射光とも称される。X線発生設備20は、たとえば50eV以上2000eV以下のエネルギーのX線を発生可能である。X線発生設備20として、たとえば佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター内のビームライン「BL17」を用いることができる。
【0030】
図4に示されるように、X線発生設備20は、X線源21と、第1スリット22と、グレーティング23と、第2スリット24とを有している。X線源21は、矢印Aの方向に沿ってX線を出力する。
【0031】
第1スリット22は、X線源21に対して矢印Aの方向に配置されている。第1スリット22は、たとえば4象限スリットである。第1スリット22は、X線の一部を通過させる。第1スリット22のスリット幅は、たとえば30μmである。
【0032】
グレーティング23は、第1スリット22に対して矢印Aの方向に配置されている。グレーティング23は分光器である。グレーティング23は、X線を単色化する。グレーティング23の中心の刻線密度は、たとえば400l/mmである。
【0033】
第2スリット24は、グレーティング23に対して矢印Aの方向に配置されている。別の観点から言えば、グレーティング23は、第1スリット22と第2スリット24との間に配置されている。第2スリット24は、たとえば4象限スリットである。第2スリット24は、単色化されたX線の広がりを制限する。第2スリット24のスリット幅は、たとえば30μmである。
【0034】
真空容器30は、X線発生設備20に連結されている。真空容器30は、X線発生設備20に対して矢印Aの方向に配置されている。真空容器30は、InP基板100が配置される部分である。
【0035】
電子分光器40は、真空容器30に連結されている。電子分光器40は、真空容器30を介してX線発生設備20に連結されている。電子分光器40は、半球型アナライザー(図示せず)と検出器(図示せず)とを有する。半球型アナライザーは、光電子を分光する。検出器は、各運動エネルギーの光電子の数を算出する。電子分光器40として、たとえばScienta Omicron社製の高分解能XPS分析装置「R3000」を用いることができる。
【0036】
X線発生設備20、真空容器30、および電子分光器40の内部空間は、超高真空に維持される。具体的には、X線発生設備20、真空容器30、および電子分光器40の内部空間の圧力は、たとえば4×10-7Paである。
【0037】
<分析方法>
次に、分析システム200を用いたInP基板100の表面状態の分析方法が説明される。
【0038】
まず、真空容器30内にInP基板100が配置される。X線発生設備20からInP基板100に向かってX線が照射される。具体的には、X線源21は、偏向電磁石(図示せず)によって発生する磁場を用いて、円形加速器(図示せず)内において高エネルギー電子の進行方向を曲げる。これによって、高エネルギー電子の進行方向の接線に沿った方向に、放射光(X線)が放射される。X線源21は、当該X線を矢印Aに沿って出力する。
【0039】
X線源21から発せられるX線は、高輝度である。具体的には、X線源21から1秒間に発せられるX線の光子数は、たとえば109photons/秒である。X線源21から発せられるX線は、平行化ミラー(図示せず)等を用いて平行化される。平行化されたX線の一部は、第1スリット22を通過する。第1スリット22を通過したX線は、グレーティング23によって単色化される。単色化されたX線は、第2スリット24によって、広がりが制限される。
【0040】
X線発生設備20からInP基板100に照射されるX線のエネルギーは、第1スリット22のスリット幅、第2スリット24のスリット幅、およびグレーティング23の刻線密度によって決定される。
【0041】
たとえば、第1スリット22および第2スリット24の各々のスリット幅が30μmであり、かつグレーティング23の中心の刻線密度が400l/mmである場合、200eVのX線がX線発生設備20から照射される。
【0042】
X線発生設備20からInP基板100に照射されるX線の進行方向とInP基板100の第1主表面1とがなす角度(入射角度θ1)は、特に限定されないが、たとえば5°とされる。X線がInP基板100に照射されることによって、InP基板100から光電子が放出される。
【0043】
InP基板100から放出された光電子の一部は、非弾性散乱によってエネルギーを失う。そのため、InP基板100中に発生した光電子のうちの一部だけが、発生したときのエネルギーを保った状態で真空中に脱出し、電子分光器40に捕捉される。
【0044】
電子分光器40に到達する光電子の進行方向BとInP基板100の第1主表面1とがなす角度(取り出し角度θ2)は、45°とされる。電子分光器40は、InP基板100から放出された光電子の運動エネルギー分布を測定する。
【0045】
なお、X線源21から発せられるX線の輝度(強度)は、経時的に減衰する。たとえば、X線源21が起動してから11時間後にX線源21から発せられるX線の輝度は、X線源21の起動直後にX線源21から発せられるX線の輝度の1/3である。一定時間毎に金(Au)によって構成されている標準試料を用いてAu4f光電子強度が測定される。測定されたAu4f光電子強度に基づいて、Au4f光電子強度の減衰比率が求められる。求められた減衰比率に基づいてX線照射量が補正される。
【0046】
<分析対象領域>
InP基板100の表面から脱出できる光電子は、光電子の非弾性平均自由行程(IMFP:Inelastic Mean Free Path)の3倍程度に相当する深さまでの領域において発生したものである。当該深さは、分析対象となるInP基板100の領域の深さである。以下、当該深さは測定深さとも称される。
【0047】
測定深さは、InP、インジウム酸化物、および金属インジウムにおけるインジウム(In)元素の4d電子に関するパラメータと、InPおよびリン酸化物におけるリン(P)元素の2p電子に関するパラメータと、X線入射エネルギーとに基づいて算出される。たとえばX線入射エネルギーが200eVであり、かつ光電子の取り出し角度θ2が45°である場合、InP基板100における測定深さは、1.0nm以上1.5nm以下程度である。
【0048】
(積分強度比の算出方法)
次に、上述のXPSにおいて測定された光電子の運動エネルギー分布に基づいて、InP基板100の第1主表面1における積分強度比を算出する方法が説明される。
【0049】
<In4dスペクトルおよびP2pスペクトル>
InP基板100から放出される光電子の運動エネルギーEは、照射されたX線のエネルギーhνと、InP基板100内における光電子の束縛エネルギーEBと、仕事関数φとを用いて以下の数式1で表される。
E=hν-EB-φ ・・・(数式1)
上記の数式1を用いて、InP基板100から放出される光電子の運動エネルギー分布に基づいて、光電子の束縛エネルギー分布を示すスペクトルが算出される。具体的には、所定の束縛エネルギーの範囲をナロースキャンすることによりIn4dスペクトルおよびP2pスペクトルを得る。
【0050】
本明細書において「In4dスペクトル」とは、インジウム酸化物、InP、および金属インジウムの各々に含まれるIn元素の4d軌道から放出された光電子の検出強度を表すスペクトルとされる。「P2pスペクトル」とは、リン酸化物、およびInPの各々に含まれるP元素の2p軌道から放出された光電子の検出強度を表すスペクトルとされる。
【0051】
束縛エネルギーが14eV以上24eV以下である範囲をナロースキャンすることにより、In4dスペクトルを得ることができる。同様に、束縛エネルギーが127eV以上137eV以下である範囲をナロースキャンすることにより、P2pスペクトルを得ることができる。ナロースキャンすることによって、In4dスペクトルおよびP2pスペクトルの各々の測定精度を向上することができる。
【0052】
ナロースキャンにおいて、エネルギー間隔が0.05eV、各エネルギー値における積算時間が100ms、積算回数が2回以上5回以下とする条件を用いることができる。エネルギー分解能E/ΔEは3480である。
【0053】
<バックグラウンド補正>
得られたIn4dスペクトルおよびP2pスペクトルに対して、Shirley法を用いることによりバックグラウンド補正が実施される(参考文献:吉原一紘:Journal of the Vacuum Society of Japan、2013年56巻6号、p.243-247)。これによって、上述のナロースキャンによって得られたIn4dスペクトルとバックグラウンドとの差分に基づいて、バックグラウンド補正後のIn4dスペクトルが算出される。同様に、上述のナロースキャンによって得られたP2pスペクトルとバックグラウンドとの差分に基づいて、バックグラウンド補正後のP2pスペクトルが算出される。
【0054】
<帯電シフト補正>
InP結晶を対象として上述のX線光電子分光法を実施する場合、帯電シフトが発生し得る。この場合、上述のIn4dスペクトルおよびP2pスペクトルの各々は、高エネルギー側に最大で1eV程度シフトし得る。従って、In4dスペクトルおよびP2pスペクトルの各々のピーク位置を固定することによって、帯電シフト補正を行う。
【0055】
具体的には、In4dスペクトルに含まれる、酸化物として存在するIn元素(In―O)、InPとして存在するIn元素(In―P)、および金属Inとして存在するIn元素(In―In)の各々の検出強度のピーク位置を固定する。より具体的には、In―Oの検出強度のピークにおける束縛エネルギーは、17.9eVであるとする。In―Pの検出強度のピークにおける束縛エネルギーは、約17.0eV以上17.5eV以下であるとする。In―Inの検出強度のピークにおける束縛エネルギーは、約16.0eV以上16.5eV以下であるとする。なお、In―PおよびIn-Inの各々の検出強度のピークは、InP単結晶基板10(
図3参照)の影響を受ける。そのため、1つの値に固定することが困難である。従って、上述のようにIn―PおよびIn-Inの各々の検出強度のピーク位置は、0.5eVの幅を持たせる。
【0056】
同様に、P2pスペクトルに含まれる、酸化物として存在するP元素(P―O)およびInPとして存在するP元素(P-In)の各々の検出強度のピーク位置を固定する。具体的には、P―Oの検出強度のピークにおける束縛エネルギーは、132.82eVであるとする。P-Inの検出強度のピークにおける束縛エネルギーは、約128.2eV以上128.7eV以下であるとする。なお、In―PおよびIn-Inと同様に、P-Inの検出強度のピークは、InP単結晶基板10(
図3参照)の影響を受ける。そのため、1つの値に固定することが困難である。従って、上述のようにP-Inの検出強度のピーク位置は、0.5eVの幅を持たせる。
【0057】
以上によって、補正後のIn4dスペクトルLIおよび補正後のP2pスペクトルLPの各々が得られる。
図5は、本実施形態に係るInP基板100のIn4dスペクトルLIを示す模式図である。
図6は、本実施形態に係るInP基板100のP2pスペクトルLPを示す模式図である。
図5および
図6の各々において、横軸は、束縛エネルギーを示している。縦軸は、光電子の検出強度を示している。
図5においては、束縛エネルギーが14eV以上24eV以下である範囲における検出強度が示されている。
図6においては、束縛エネルギーが127eV以上137eV以下である範囲における検出強度が示されている。
図5において、各スペクトルは、In4dスペクトルLIの最大ピークにおける光電子強度の値を1として正規化されている。
図6において、各スペクトルは、P2pスペクトルLPの最大ピークにおける光電子強度の値を1として正規化されている。
【0058】
<ピーク分離>
次に、In4dスペクトルLIおよびP2pスペクトルLPの各々を複数のガウス関数に分離して表す操作が行われる。本明細書において、本操作は「ピーク分離」とも称される。
【0059】
具体的には、上述の補正後のIn4dスペクトルLIは、複数のガウス関数の和で表されるものと仮定する。In4dスペクトルLIを、以下の3つの数式(数式2、数式3、および数式4)に分離して表す。数式2、数式3、数式4は、それぞれIn-Oのスペクトル、In-Pのスペクトル、In-Inのスペクトルに対応する。
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
なお、In4dのスペクトルは、スピンの影響によって2つのサブピーク(In4d3/2およびIn4d5/2)に分裂する(ピーク分裂)。In4d3/2の強度とIn4d5/2の強度との比(強度比)は、2:3である。In4d3/2における束縛エネルギーは、In4d5/2における束縛エネルギーよりも小さい。In4d3/2における束縛エネルギーと、In4d5/2における束縛エネルギーとの差の絶対値(エネルギー差)は、ここでは0.90eVとされている。従って、In-Oのスペクトル(数式2)、In-Pのスペクトル(数式3)、および、In-Inのスペクトル(数式4)の各々は、In4d3/2およびIn4d5/2の各々に対応する2つのガウス関数の和によって表される。なお、In-Oのスペクトルにおいては、ピークが鈍ることによって、ピーク分裂が生じているように見えないが、In-PあるいはIn-Inと同様に2つのサブピークを用いて近似的に表されている。
【0064】
上記の数式2、数式3、および数式4において、Y1、Y2、およびY3の各々は光電子強度を示す。Y1、Y2、およびY3の各々の単位は無次元である。Xは束縛エネルギーを示す。Xの単位はeVである。a1、a2、a3、b1、b2、b3、c1、c2、およびc3の各々は変数である。a1、a2、およびa3の各々の単位は無次元である。b1、b2、b3、c1、c2、およびc3の各々の単位はeVである。
【0065】
上述の補正後のIn4dスペクトルLIの実測値と、Y1、Y2、およびY3の和との差の2乗([実測値-(Y1+Y2+Y3)]2)が最小となるように各変数(a1、a2、a3、b1、b2、b3、c1、c2、c3)が最適化される。なお、b1、b2、b3には、それぞれ上述のIn-O、In―P、In―Inの検出強度のピークにおける束縛エネルギーの数値が代入される。
【0066】
各変数(a1、a2、a3、b1、b2、b3、c1、c2、c3)の数値または数値範囲は、次の通りである。
a1、a2、a3は0以上の実数である。
b1=19.9eV
17.0eV≦b2≦17.5eV
16.0eV≦b3≦16.5eV
0.3eV≦c1≦1.05eV
0.3eV≦c2≦1.05eV
0.3eV≦c3≦1.05eV
以上のように、ピーク分離によって、束縛エネルギーが14eV以上24eV以下である範囲において、In―O、In-PおよびIn―Inの各々のスペクトルを得ることができる。
図5において、In-OスペクトルL1は、得られたIn-Oのスペクトルを示している。In-PスペクトルL2は、得られたIn-Pのスペクトルを示している。In―InスペクトルL3は、得られたIn-Inのスペクトルを示している。
【0067】
同様に、上述の補正後のP2pスペクトルLPは、複数のガウス関数の和で表されるものと仮定する。P2pスペクトルLPを、以下の2つの数式(数式5および数式6)に分離して表す。数式5、数式6は、それぞれP-O、P-Inのスペクトルに対応する。
【0068】
【0069】
【0070】
なお、In4dのスペクトルと同様に、P2pのスペクトルは、スピンの影響によって2つのサブピーク(P2p1/2およびP2p3/2)に分裂する(ピーク分裂)。P2p1/2の強度とP2p3/2の強度との比(強度比)は、1:2である。P2p1/2における束縛エネルギーは、P2p3/2における束縛エネルギーよりも小さい。P2p1/2における束縛エネルギーと、P2p3/2における束縛エネルギーとの差の絶対値(エネルギー差)は、ここでは0.85eVとされている。従って、P-Oのスペクトル(数式5)およびP-Inのスペクトル(数式6)は、P2p1/2およびP2p3/2の各々に対応する2つのガウス関数の和によって表される。なお、P-Oのスペクトルにおいては、ピークが鈍ることによって、ピーク分裂が生じているように見えないが、P-Inと同様に2つのサブピークを用いて近似的に表されている。
【0071】
上記の数式5および数式6において、Y4およびY5の各々は光電子強度を示す。Y4およびY5の各々の単位は無次元である。Xは束縛エネルギーを示す。Xの単位はeVである。a4、a5、b4、b5、c4、およびc5の各々は変数である。a4およびa5の各々の単位は無次元である。b4、b5、c4、およびc5の各々の単位はeVである。
【0072】
上述の補正後のP2pスペクトルLPの実測値と、Y4およびY5の和との差の2乗([実測値-(Y4+Y5)]2)が最小となるように各変数(a4、a5、b4、b5、c4、c5)が最適化される。なお、b4、b5には、それぞれ上述のP-O、P-Inの検出強度のピークにおける束縛エネルギーの数値が代入される。
【0073】
各変数(a4、a5、b4、b5、c4、c5)の数値または数値範囲は、次の通りである。
a4、a5は0以上の実数である。
b4=132.82eV
128.2eV≦b5≦128.7eV
0.3eV≦c4≦1.05eV
0.3eV≦c5≦1.05eV
以上のように、ピーク分離によって、束縛エネルギーが127eV以上137eV以下である範囲において、P-OおよびP-Inの各々のスペクトルを得ることができる。
図6において、P-OスペクトルL4は、得られたP-Oのスペクトルを示している。P-InスペクトルL5は、得られたP-Inのスペクトルを示している。
【0074】
なお、上述のY1~Y5のピーク強度を定めるために、以下の補正を行っている。X線照射により光電子が発生する確率は、光イオン化効率(η)と呼ばれている。ηは、元素、軌道、およびX線の入射エネルギーによって異なる。ηの単位は無次元である。実測で得られたIn4dスペクトルLIおよびP2pスペクトルLPの検出強度をηで割ることによって、補正を行う。これによって、InP基板100中のIn元素およびP元素の各々の存在量の比較が可能となる。
【0075】
ηの値として、以下のWebサイトに掲載されたデータが用いられる。具体的には、X線の入射エネルギーが200eVである場合におけるIn4dの光イオン化効率(η)は、0.68とされる。X線の入射エネルギーが200eVである場合におけP2pの光イオン化効率(η)は、3.49とされる。
【0076】
(Webサイト)https://vuo.elettra.eu/services/elements/WebElements.html(なおデータの根拠となる文献は、J.J. Yeh、 Atomic Calculation of Photoionization Cross-Sections and Asymmetry Parameters、 Gordon and Breach Science Publishers、 Langhorne、 PE(USA)、 1993 および J.J. Yeh and I.Lindau、 Atomic Data and Nuclear Data Tables、 32、 1-155(1985)である。)
<積分強度比>
図5において、In-OスペクトルL1と横軸とに囲まれている領域の面積は、In-Oの積分強度とされる。In-Oの積分強度は、In-Oの4d軌道から放出された光電子の個数に対応する。別の観点から言えば、In-Oの積分強度は、XPSの分析対象となる領域において存在しているインジウム酸化物の量に対応している。
【0077】
図5において、In-PスペクトルL2と横軸とに囲まれている領域の面積は、In-Pの積分強度とされる。In-Pの積分強度は、In-Pの4d軌道から放出された光電子の個数に対応する。別の観点から言えば、In-Pの積分強度は、XPSの分析対象となる領域において存在しているリン化インジウムの量に対応している。
【0078】
図5において、In―InスペクトルL3と横軸とに囲まれている領域の面積は、In-Inの積分強度とされる。In-Inの積分強度は、In-Inの4d軌道から放出された光電子の個数に対応する。別の観点から言えば、In-Inの積分強度は、XPSの分析対象となる領域において存在している金属インジウムの量に対応している。
【0079】
図5において、In4dスペクトルLIと横軸とに囲まれている領域の面積は、インジウム元素の積分強度とされる。インジウム元素の積分強度は、インジウム元素の4d軌道から放出された光電子の個数に対応する。別の観点から言えば、インジウム元素の積分強度は、XPSの分析対象となる領域において存在しているインジウム元素の量に対応している。
【0080】
図6において、P-OスペクトルL4と横軸とに囲まれている領域の面積は、P-Oの積分強度とされる。P-Oの積分強度は、P-Oの2p軌道から放出された光電子の個数に対応する。別の観点から言えば、P-Oの積分強度は、XPSの分析対象となる領域において存在しているリン酸化物の量に対応している。
【0081】
図6において、P-InスペクトルL5と横軸とに囲まれている領域の面積は、P-Inの積分強度とされる。P-Inの積分強度は、P-Inの2p軌道から放出された光電子の個数に対応する。別の観点から言えば、P-Inの積分強度は、XPSの分析対象となる領域において存在しているリン化インジウムの量に対応している。
【0082】
図6において、P2pスペクトルLPと横軸とに囲まれている領域の面積は、リン元素の積分強度とされる。リン元素の積分強度は、リン元素の2p軌道から放出された光電子の個数に対応する。別の観点から言えば、リン元素の積分強度は、XPSの分析対象となる領域において存在しているリン元素の量に対応している。
【0083】
In-Pの積分強度に対するIn-Oの積分強度の比率は、第1の積分強度比とされる。言い換えれば、第1の積分強度比は、In-Oの積分強度をIn-Pの積分強度で割った値である。本実施形態に係るInP基板100の第1主表面1に対して上述のXPS分析を実施した場合、第1の積分強度比は、1.10以上3.20以下である。第1の積分強度比は、たとえば1.30以上であってもよいし、1.50以上であってもよい。第1の積分強度比は、たとえば3.00以下であってもよいし、2.50以下であってもよい。
【0084】
In-Pの積分強度に対するIn-Inの積分強度の比率は、第2の積分強度比とされる。言い換えれば、第2の積分強度比は、In-Inの積分強度をIn-Pの積分強度で割った値である。本実施形態に係るInP基板100の第1主表面1に対して上述のXPS分析を実施した場合、第2の積分強度比は、0.05以上0.30以下である。第2の積分強度比は、たとえば0.10以上であってもよいし、0.15以上であってもよい。第2の積分強度比は、たとえば0.25以下であってもよいし、0.20以下であってもよい。
【0085】
P-Inの積分強度に対するP-Oの積分強度の比率は、第3の積分強度比とされる。言い換えれば、第3の積分強度比は、P-Oの積分強度をP-Inの積分強度で割った値である。本実施形態に係るInP基板100の第1主表面1に対して上述のXPS分析を実施した場合、第3の積分強度比は、2.90以上11.00以下である。第3の積分強度比は、たとえば3.00以上であってもよいし、5.50以上であってもよい。第3の積分強度比は、たとえば10.00以下であってもよいし、6.00以下であってもよい。
【0086】
リン元素の積分強度に対するインジウム元素の積分強度の比率は、第4の積分強度比とされる。言い換えれば、第4の積分強度比は、インジウム元素の積分強度をリン元素の積分強度で割った値である。本実施形態に係るInP基板100の第1主表面1に対して上述のXPS分析を実施した場合、第4の積分強度比は、1.15以上2.00以下である。第4の積分強度比は、たとえば1.30以上であってもよいし、1.50以上であってもよい。第4の積分強度比は、たとえば1.80以下であってもよいし、1.60以下であってもよい。
【0087】
なお、本実施形態に係るInP基板100の第2主表面2に対して上述のXPS分析を実施した場合における第1の積分強度比、第2の積分強度比、第3の積分強度比、および第4の積分強度比の各々の数値範囲は、上記の数値範囲と同じであってもよい。
【0088】
<リン化インジウム基板の製造方法>
次に、本実施形態に係るInP基板100の製造方法が説明される。
図7は、本実施形態に係るInP基板100の製造方法を概略的に示すフロー図である。
図7に示されるように、本実施形態に係るInP基板100の製造方法は、リン化インジウム単結晶基板を準備する工程(S10)と、酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程(S20)と、第1洗浄工程(S30)と、オゾン水にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程(S40)と、第2洗浄工程(S50)と、を主に有している。
【0089】
まず、リン化インジウム単結晶基板を準備する工程(S10)が実施される。InP単結晶基板10が準備される。具体的には、たとえば縦型ボート法等を用いて、リン化インジウム単結晶が製造される。たとえばワイヤーソー等を用いて当該リン化インジウム単結晶がスライスされることによって、InP単結晶基板10が形成される。
【0090】
たとえば第3主表面3および第4主表面4の各々において、InP単結晶基板10が研磨される。具体的には、InP単結晶基板10の表面が鏡面となるように、InP単結晶基板10が研磨される。研磨されたInP単結晶基板10に付着している研磨剤などを除去するために、たとえばフッ酸などを用いてInP単結晶基板10が洗浄される。洗浄されたInP単結晶基板10が、たとえばIPA(Isopropyl Alcohol)を用いて煮沸される。これによって、InP単結晶基板10の表面が乾燥される。以上によって、上述のInP単結晶基板10(
図3参照)が準備される。
【0091】
次に、酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程(S20)が実施される。
図8は、酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程(S20)を示す拡大断面模式図である。
図8に示されるように、InP単結晶基板10が、酸性溶液81に浸漬される。酸性溶液81は、たとえばInP単結晶基板10の第3主表面3および第4主表面4を覆う。
【0092】
酸性溶液81は、たとえば有機酸、塩酸、またはフッ酸のいずれかを含んでいる。有機酸は、たとえば酢酸またはクエン酸である。酸性溶液81の水素イオン指数は、1.0以上5.0以下である。酸性溶液81の水素イオン指数は、たとえば1.8以上であってもよいし、2.5以上であってもよい。酸性溶液81の水素イオン指数は、たとえば4.7以下であってもよいし、3.5以下であってもよい。
【0093】
酸性溶液81の温度は、たとえば室温(たとえば25℃)である。酸性溶液81にInP単結晶基板10を浸漬する時間(第1時間)は、たとえば10秒以上300秒(5分)以下である。第1時間は、たとえば60秒以上であってもよいし、120秒以上であってもよい。第1時間は、たとえば240秒以下であってもよいし、180秒以下であってもよい。
【0094】
酸性溶液81内に回転子(図示せず)が配置されてもよい。磁力を用いて、酸性溶液81内において回転子を回転させることによって、酸性溶液81が攪拌されてもよい。これによって、酸性溶液81とInP単結晶基板10との反応を促進することができる。
【0095】
図8に示されるように、第3主表面3にあるIn原子が、酸性溶液81のH
+イオンと反応する。これによって、In原子がイオン化する。イオン化したIn原子は、酸性溶液81中に溶け出す。従って、第3主表面3において、P原子が過剰になる。P原子が、たとえば酸性溶液81中の水分子と反応することよって、第3主表面3上にリン酸化物71が形成される。
【0096】
第1時間が経過した後、InP単結晶基板10が酸性溶液81から取り出される。P原子と大気中の酸素とが反応することによって、第3主表面3上にリン酸化物71が形成される。
【0097】
次に、第1洗浄工程(S30)が実施される。超純水(図示せず)が準備される。超純水の溶存酸素濃度は、たとえば100ppb以下である。超純水を用いてInP単結晶基板10が洗浄される。これによって、InP単結晶基板10に付着している酸性溶液81が除去される。
【0098】
次に、オゾン水にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程(S40)が実施される。
図9は、オゾン水にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程(S40)を示す拡大断面模式図である。
図9に示されるように、InP単結晶基板10が、オゾン水82に浸漬される。オゾン水82は、たとえばInP単結晶基板10の第3主表面3および第4主表面4を覆う。
【0099】
オゾン水82におけるオゾンの濃度は、3ppm以上30ppm以上である。オゾン水82におけるオゾンの濃度は、たとえば5ppm以上であってもよいし、8ppm以上であってもよいし、10ppm以上であってもよい。オゾン水82におけるオゾンの濃度は、たとえば25ppm以下であってもよいし、20ppm以下であってもよいし、18ppm以下であってもよいし、15ppm以下であってもよい。
【0100】
本実施形態に係るInP基板100の製造方法において、酸性溶液81の水素イオン指数およびオゾン水におけるオゾン濃度の各々は、下記の条件1また条件2を満たす。(条件1)酸性溶液81の水素イオン指数は2.0以上4.0以下であり且つオゾン水82におけるオゾンの濃度は3ppm以上30ppm以下である。(条件2)酸性溶液81の水素イオン指数は1.0以上5.0以下であり且つオゾン水82におけるオゾンの濃度は10ppm以上30ppm以下である。
【0101】
オゾン水82の温度は、たとえば室温(たとえば25℃)である。オゾン水82にInP単結晶基板10を浸漬する時間(第2時間)は、たとえば10秒以上300秒(5分)以下である。第2時間は、たとえば60秒以上であってもよいし、120秒以上であってもよい。第2時間は、たとえば240秒以下であってもよいし、180秒以下であってもよい。
【0102】
図9に示されるように、リン化インジウムとして存在するP原子および酸化物として存在するP原子が、オゾン水82中のヒドロキシラジカル(OH)と反応する。これによって、P原子がイオン化する。イオン化したP原子がオゾン水82中に溶け出す。従って、In原子が過剰になる。これによって、第3主表面3上において、In原子73がマイグレーションする。In原子73の一部が酸化することによって、インジウム酸化物72が形成される。複数のIn原子73が凝集することによって、微小なインジウムドロップレット74が形成される。以下において、インジウムドロップレット74は金属インジウム74とも称される。
【0103】
第2時間が経過した後、InP単結晶基板10がオゾン水82から取り出される。In原子73と大気中の酸素とが反応することによって、第3主表面3上にインジウム酸化物72が形成される。
【0104】
次に、第2洗浄工程(S50)が実施される。第1洗浄工程(S30)で用いられた超純水と実質的に同じ構成の超純水(図示せず)が準備される。超純水を用いてInP単結晶基板10が洗浄される。これによって、InP単結晶基板10に付着しているオゾン水82が除去される。
【0105】
以上によって、第3主表面3上において、リン酸化物71、インジウム酸化物72、およびインジウムドロップレット74が形成される。説明の便宜上、
図8および
図9において、リン酸化物71、インジウム酸化物72、およびインジウムドロップレット74の各々は、独立した物体として図示されている。実際には、リン酸化物71、インジウム酸化物72、およびインジウムドロップレット74は、第3主表面3上において、第1表面層11(
図3参照)を構成する。
【0106】
同様に、第4主表面4上において、リン酸化物71、インジウム酸化物72、およびインジウムドロップレット74が形成される。リン酸化物71、インジウム酸化物72、およびインジウムドロップレット74は、第4主表面4上において、第2表面層12(
図3参照)を構成する。以上によって、本実施形態に係るInP基板100が製造される。
【0107】
次に、本実施形態に係るリン化インジウム基板およびリン化インジウム基板の製造方法の作用効果が説明される。
【0108】
InP基板100を用いてエピタキシャル基板を製造した場合に、エピタキシャル基板の歩留まりが想定よりも低下する場合があった。具体的には、エピタキシャル基板の表面においてヘイズが増大することがあった。ヘイズは、被測定物の表面に光を照射した場合における散乱光の光量を入射光の光量で割った値である。また、エピタキシャル基板において、LPD(Light Point Defecte)の数が増大することがあった。LPDは、上記エピタキシャル基板の表面に光を照射することによって生じる散乱光を計測することにより検出される表面欠陥である。
【0109】
ヘイズおよびLPDの数の各々は、エピタキシャル基板の表面状態を評価する指標として用いられる。ヘイズが過度に高い場合、エピタキシャル基板を用いて製造される半導体装置の特性が悪化する。LPDの数が過度に多い場合、エピタキシャル基板を用いて製造される半導体装置の特性が悪化する。
【0110】
発明者らは、エピタキシャル基板の表面状態を改善する方策を検討する中で、主表面近傍におけるInP基板100の構成に着目した。たとえばInP基板100の洗浄などに起因して、InP基板100の表面に酸化物が形成されることがある。通常のXPS装置においては、入射X線のエネルギーが大きい(たとえば2keV程度)ため、基板の表面から9nm程度の深さの領域の平均的な情報しか測定できない。そのため、通常のXPS装置においては、表面に極めて近い領域だけの情報を抽出することができない。従って、通常のXPS装置においては、InP基板100の主表面に酸化物などによって構成されている非常に薄い層があった場合においては、当該層を定量的に精度良く分析することができない。
【0111】
発明者らは、X線入射エネルギーが200eVであり、かつ光電子の取り出し角度θ2が45°である条件を用いてXPSを実施することにより、主表面に極めて近い領域の分析を実施することに想到した。当該条件を用いてXPSを実施することによって、主表面からの深さが約1.5nmまでの領域の情報を抽出することができる。発明者らは、当該領域の情報に基づいて、以下の知見を得た。
【0112】
発明者らは、InP基板100の表面層におけるインジウム元素(In-O、In-P、およびIn-In)の存在量とリン元素(P-OおよびP-In)の存在量とが、エピタキシャル基板におけるヘイズおよびLPDの数に影響を与えることを見出した。
【0113】
図10は、リン元素(P-O、P-In)の存在量が過度に多い場合におけるInP基板100の表面状態を示す拡大断面模式図である。P-Oが過度に多い場合、第1表面層11に含まれているリン酸化物が過度に多い。
図10に示されるように、この場合、リン酸化物が大気中の水分と反応する。これによって、メタリン酸部75が形成される。メタリン酸部75は、メタリン酸((HPO
3)
n)によって構成されている。
【0114】
図11は、メタリン酸部75が崩れた状態を示す拡大断面模式図である。
図11に示されるように、メタリン酸部75が第1表面層11を覆うように、メタリン酸部75は形成される。メタリン酸部75は、物理的な強度が比較的低い。従って、InP基板100をエピタキシャル成長炉の内部へ運ぶ際に、メタリン酸部75が崩れることがある。メタリン酸部75が崩れることによって、第1表面層11において、微小な凹凸および穴79が形成される。このため、InP単結晶基板10の一部が、第1表面層11から露出する。
【0115】
図12は、InP単結晶基板10にインジウム酸化物72が形成された状態を示す拡大模式図である。
図12に示されるように、露出したInP単結晶基板10の部分が大気中の水分および酸素と反応することによって、インジウム酸化物72が形成される。
【0116】
以上のように、InP基板100の主表面が不均一な状態となると考えられる。不均一な状態である主表面の上にエピタキシャル層が形成されることによって、エピタキシャル層の表面において凹凸が形成される。これによって、エピタキシャル基板におけるヘイズの増大およびLPDの数の増大が発生する。
【0117】
InP基板100の表面層において、インジウム元素(In-O、In-P、およびIn-In)の存在量、およびリン元素(P-OおよびP-In)の存在量の各々が適切である場合、エピタキシャル成長の際に行われる水素雰囲気でのInP基板100の加熱によって、表面層を除去することができる。しかしながら、インジウム元素(In-O、In-P、およびIn-In)の存在量が過度に多い場合、表面層の厚みが過度に厚くなる。この場合、水素雰囲気でのInP基板100の加熱によって、十分に表面層を除去できないことがある。これによって、エピタキシャル成長の際に、表面層がエピタキシャル成長を阻害する。結果として、エピタキシャル基板におけるヘイズの増大およびLPDの数の増大が発生する。
【0118】
本実施形態に係るInP基板100によれば、InP基板100の第1主表面1に対して上述のXPS分析を実施した場合、第1の積分強度比は、1.10以上3.20以下である。第2の積分強度比は、0.05以上0.30以下である。第3の積分強度比は、2.90以上11.00以下である。第4の積分強度比は、1.15以上2.00以下である。このように、本実施形態に係るInP基板100によれば、第1表面層11においてインジウム酸化物72および金属インジウム74が過度に多くなることが抑制されている。このため、過度にインジウム元素の存在量が多くなることに起因して、第1表面層11が過度に厚くなることが抑制されている。これによって、第1主表面1上にエピタキシャル層を成長させる際に、水素雰囲気でInP基板100を加熱することによって、第1表面層11を十分に除去することができる。このため、エピタキシャル層を成長させる際に、第1表面層11によってエピタキシャル成長が阻害されることを抑制することができる。結果として、エピタキシャル基板の歩留まりを向上することができる。
【0119】
また、本実施形態に係るInP基板100によれば、第1表面層11においてリン酸化物71が過度に多くなることが抑制されている。このため、第1表面層11において、リン酸化物71が大気中の水分と反応することによってメタリン酸部75が形成されることを抑制することができる。従って、InP基板100を運ぶ際にInP基板100に加わる衝撃などによって、第1表面層11が崩れることを抑制することができる。このため、第1主表面1上にエピタキシャル層を成長させた場合に、エピタキシャル基板におけるヘイズの増大およびLPDの数の増大が発生することを抑制することができる。結果として、エピタキシャル基板の歩留まりを向上することができる。
【0120】
InP基板100の第1主表面1上にエピタキシャル膜を成長させるためには、エピタキシャル成長炉の内部でInP基板100を加熱し、第1主表面1上で原料ガスを分解し、分解された原料ガスを反応および堆積させる必要がある。しかし、第1表面層11において、インジウム酸化物72、金属インジウム74、およびリン酸化物71の各々が過度に少ない場合、加熱に伴いInP基板100を構成するリンが脱離し、第1主表面1が荒れる。この場合、良好なエピタキシャル膜を成長させることができない。
【0121】
本実施形態に係るInP基板100によれば、第1表面層11において、インジウム酸化物72、金属インジウム74、およびリン酸化物71の各々が過度に少なくなることが抑制されている。このため、インジウム酸化物72、金属インジウム74、およびリン酸化物71が適度に存在することにより、エピタキシャル基板の歩留まりを向上できる。
【0122】
発明者らは、エピタキシャル基板の歩留まりを向上する方策を検討する中で、酸性溶液およびオゾン水の各々にリン化インジウム単結晶基板を浸漬することに着想した。さらに発明者らは、鋭意検討の結果、酸性溶液の水素イオン指数と、オゾン水におけるオゾン濃度とを最適化することによって、InP基板100の第1表面層11において、インジウム酸化物72、金属インジウム74、およびリン酸化物71の各々が過度に多くなったり過度に少なくなったりすることを抑制可能であることを見出した。
【0123】
本実施形態に係るInP基板100の製造方法は、酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程(S20)と、オゾン水にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程(S40)とを有している。酸性溶液81の水素イオン指数が2.0以上4.0以下であり且つオゾン水82におけるオゾンの濃度は3ppm以上30ppm以下である、または、酸性溶液81の水素イオン指数は1.0以上5.0以下であり且つオゾン水82におけるオゾンの濃度は10ppm以上30ppm以下である。
【0124】
このため、酸性溶液81へのInP単結晶基板10の浸漬による化学反応と、オゾン水82へのInP単結晶基板10の浸漬による化学反応との各々が過度に進行することを抑制することができると考えられる。これによって、InP基板100の第1表面層11において、インジウム酸化物72、金属インジウム74、およびリン酸化物71の各々が過度に多くなったり過度に少なくなったりすることを抑制ことができる。このため、上述の通りエピタキシャル基板の歩留まりを向上することができる。
【0125】
本実施形態に係るInP基板100の製造方法によれば、酸性溶液81にInP単結晶基板10を浸漬する時間は、10秒以上300秒(5分)以下である。これによって、酸性溶液81へのInP単結晶基板10の浸漬による化学反応が過度に進行することを抑制することができると考えられる。このため、インジウム酸化物72、金属インジウム74、およびリン酸化物71の各々が、過度に多くなったり過度に少なくなったりすることを効果的に抑制することができる。このため、上述の通りエピタキシャル基板の歩留まりを向上することができる。
【0126】
本実施形態に係るInP基板100の製造方法によれば、オゾン水82にInP単結晶基板10を浸漬する時間は、10秒以上300秒(5分)以下である。これによって、オゾン水82へのInP単結晶基板10の浸漬による化学反応が過度に進行することを抑制することができると考えられる。このため、インジウム酸化物72、金属インジウム74、およびリン酸化物71の各々が、過度に多くなったり過度に少なくなったりすることを効果的に抑制することができる。このため、上述の通りエピタキシャル基板の歩留まりを向上することができる。
【実施例】
【0127】
(サンプル準備)
まず、サンプル1から11に係るInP基板100が準備された。サンプル1から7に係るInP基板100は比較例である。サンプル8から11に係るサンプルは実施例である。サンプル1から11に係るInP基板100は、上述のInP基板100の製造方法に沿って製造された。具体的には、下記の表1に示される条件を用いてInP基板100が製造された。
【0128】
【0129】
表1は、サンプル1から11に係るInP基板100の製造条件を示している。サンプル1において、オゾン水にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程(S40)および第2洗浄工程(S50)は実施されなかった。サンプル2において、酸性溶液にリン化インジウム単結晶基板を浸漬する工程(S20)および第1洗浄工程(S30)は、実施されなかった。サンプル3から11において、上述のInP基板100の製造方法の全ての工程が実施された。
【0130】
サンプル1、5、10、および11において、酸性溶液81は塩酸を含んでおり、水素イオン指数は3となるように調整された。サンプル3、4、および9において酸性溶液はフッ酸を含んでおり、水素イオン指数は1となるように調整された。サンプル6、7、および8において酸性溶液はクエン酸を含んでおり、水素イオン指数は5となるように調整された。
【0131】
サンプル3、6、および10において酸性溶液への浸漬時間は300秒であった。サンプル1、7、9、および11において酸性溶液への浸漬時間は60秒であった。サンプル4、5、および8において酸性溶液への浸漬時間は10秒であった。
【0132】
サンプル3、5、および7においてオゾン水82中のオゾン濃度は100ppmとなるように調整された。サンプル2、8、9、および10においてオゾン水82中のオゾン濃度は20ppmとなるように調整された。サンプル4、6、および11においてオゾン水82中のオゾン濃度は5ppmとなるように調整された。
【0133】
サンプル3、8、および11においてオゾン水82中への浸漬時間は300秒であった。サンプル2、5、6、および9においてオゾン水82中への浸漬時間は60秒であった。サンプル4、7、および10においてオゾン水82中への浸漬時間は10秒であった。
【0134】
(評価方法)
サンプル1から11に係るInP基板100の第1主表面1に対して上述のXPS分析が実施された。具体的には、上述の分析方法を用いて、第1の積分強度比、第2の積分強度比、第3の積分強度比、および第4の積分強度比の各々が測定された。
【0135】
サンプル1から11に係るInP基板100を用いて製造されたエピタキシャル基板の歩留まりが測定された。具体的には、サンプル1から11に係るInP基板100の各々が複数用意された。有機金属気相成長(MOVPE:Metalorganic Vapor Phase Epitaxy)法を用いて、InP基板100の第1主表面1上にエピタキシャル層が形成された。
【0136】
エピタキシャル基板の表面において、ヘイズおよびLPDの数の各々が測定された。測定されたLPDの数を測定領域の面積で割ることによって、LPDの面密度が測定された。ヘイズおよびLPDの数の各々の測定において、ケーエルエー・テンコール株式会社製の検査装置であるSurfscan6220が用いられた。光源は、アルゴンイオンレーザとされた。光源の出力は30mWとされた。光源の波長は488nmとされた。
【0137】
ヘイズの測定において、散乱光量/入射光量の値の最小値は、0.0049ppmとされた(Haze From;0.0049ppm)。言い換えれば、ヘイズの測定下限値は、0.0049ppmとされた。
【0138】
LPDの数の測定において、測定結果に含めるLPDの最小サイズは、0.19μmとされた(Threshold;0.19μm)。言い換えれば、検出された表面欠陥の内、最大径が0.19μm以上の表面欠陥がLPDとして特定された。LPDの数の測定において、測定ピッチは10μmとされた(Throughput;Low)。ヘイズの測定およびLPDの数の各々は、エピタキシャル基板の表面の外縁からの距離が3mm以内の領域を除いたエピタキシャル基板の表面の領域において測定される(エッジエクスクルージョン)。エピタキシャル基板の表面の外縁は、外周面9とエピタキシャル基板の表面との稜線である。
【0139】
ヘイズが7ppm以下であり、かつLPDの面密度が5個/cm2以下であるエピタキシャル基板が良品とされた。良品であるエピタキシャル基板の数を、製造されたエピタキシャル基板の総数で割った値がエピタキシャル基板の歩留まりとされた。
【0140】
(評価結果)
【0141】
【0142】
表2は、サンプル1から11に係るInP基板100の積分強度比およびエピタキシャル基板の歩留まりを示している。
【0143】
実施例に係るサンプル(サンプル8から11)において、第1の積分強度比は、1.15以上3.10以下であった。第2の積分強度比は、0.06以上0.28以下であった。第3の積分強度比は、3.00以上10.50以下であった。第4の積分強度比は、1.18以上1.99以下であった。
【0144】
図13、
図14、
図15、および
図16はサンプル1から11に係るInP基板100を用いて製造したエピタキシャル基板の歩留まりを示している。表2および
図13から16に示されるように、第1の積分強度比が1.10以上3.20以下であり、かつ、第2の積分強度比が0.05以上0.30以下であり、かつ、第3の積分強度比が2.90以上11.00以下であり、かつ、第4の積分強度比が1.15以上2.00以下であるサンプル(サンプル8から11)において、エピタキシャル基板の歩留まりは90%以上であった。
【0145】
以上のように、比較例に係るInP基板100およびInP基板100の製造方法と比較して、実施例に係るInP基板100およびInP基板100の製造方法によれば、エピタキシャル基板の歩留まりが向上可能であることが確認された。
【0146】
今回開示された実施形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0147】
1 第1主表面、2 第2主表面、3 第3主表面、4 第4主表面、8 外縁、9 外周面、10 リン化インジウム単結晶基板、11 第1表面層、12 第2表面層、20 X線発生設備、21 X線源、22 第1スリット、23 グレーティング、24 第2スリット、30 真空容器、40 電子分光器、71 リン酸化物、72 インジウム酸化物、73 インジウム原子、74 金属インジウム(インジウムドロップレット)、75 メタリン酸部、79 穴、81 酸性溶液、82 オゾン水、100 リン化インジウム基板、101 第1方向、102 第2方向、103 第3方向、200 分析システム、A 矢印、B 進行方向、L1 In-Oスペクトル、L2 In-Pスペクトル、L3 In―Inスペクトル、L4 P-Oスペクトル、L5 P-Inスペクトル、LI In4dスペクトル、LP P2pスペクトル、O 中心、W1 直径、θ1 入射角度、θ2 取り出し角度。
【要約】
リン化インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度に対する、酸化物として存在するインジウム元素の積分強度の比率は、第1の積分強度比とされる。リン化インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度に対する、金属インジウムとして存在するインジウム元素の積分強度の比率は、第2の積分強度比とされる。リン化インジウムとして存在するリン元素の積分強度に対する、酸化物として存在するリン元素の積分強度の比率は、第3の積分強度比とされる。リン元素の積分強度に対する、インジウム元素の積分強度の比率は、第4の積分強度比とされる。第1の積分強度比は、1.10以上3.20以下である。第2の積分強度比は、0.05以上0.30以下である。第3の積分強度比は、2.90以上11.00以下である。第4の積分強度比は、1.15以上2.00以下である。