(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-25
(45)【発行日】2025-03-05
(54)【発明の名称】高分子複合薄膜、高分子複合薄膜を備えるガス分離体、高分子複合薄膜を備えるガス分離装置
(51)【国際特許分類】
B01D 71/52 20060101AFI20250226BHJP
B01D 53/22 20060101ALI20250226BHJP
B01D 69/00 20060101ALI20250226BHJP
B01D 69/10 20060101ALI20250226BHJP
B01D 69/12 20060101ALI20250226BHJP
B01D 71/10 20060101ALI20250226BHJP
B01D 71/70 20060101ALI20250226BHJP
【FI】
B01D71/52
B01D53/22
B01D69/00
B01D69/10
B01D69/12
B01D71/10
B01D71/70 500
(21)【出願番号】P 2023079804
(22)【出願日】2023-05-15
【審査請求日】2024-09-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「ムーンショット型研究開発事業/地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】510022336
【氏名又は名称】株式会社ナノメンブレン
(74)【代理人】
【識別番号】100186510
【氏名又は名称】豊村 祐士
(72)【発明者】
【氏名】国武 豊喜
(72)【発明者】
【氏名】藤川 茂紀
(72)【発明者】
【氏名】有吉 美帆
【審査官】石岡 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-160159(JP,A)
【文献】特表2020-531260(JP,A)
【文献】特開2022-180867(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D53/22、61/00-71/82
C02F1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定のガスに対する選択透過性を有する第1の高分子薄膜と、
前記第1の高分子薄膜と重畳して設けられ、少なくともオキシエチレン鎖を含む第2の高分子薄膜と、で構成され、
前記第2の高分子薄膜の厚みを100nmより薄くし、前記第1の高分子薄膜と前記第2の高分子薄膜との膜厚の合計を20nm~1350nmとしたことを特徴とする高分子複合薄膜。
(ただし、当該第1の高分子薄膜または当該第2の高分子薄膜が、多孔質膜である場合を除く。)
【請求項2】
前記第2の高分子薄膜にカーボンナノチューブあるいはセルロースナノファイバが分散されていることを特徴とする請求項1に記載の高分子複合薄膜。
【請求項3】
前記第1の高分子薄膜にカーボンナノチューブあるいはセルロースナノファイバが分散されていることを特徴とする請求項1に記載の高分子複合薄膜。
【請求項4】
前記第1の高分子薄膜と前記第2の高分子薄膜との間に、カーボンナノチューブあるいはセルロースナノファイバで構成された補強層を備えることを特徴とする請求項1に記載の高分子複合薄膜。
【請求項5】
前記第2の高分子薄膜は、前記オキシエチレン鎖を含む架橋高分子で構成されていることを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜。
【請求項6】
前記第2の高分子薄膜は、単独では自立性を有さない膜厚とされていることを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜。
【請求項7】
前記第2の高分子薄膜は、前記第1の高分子薄膜よりも高いCO2/N2選択性を備えることを特徴とする請求項1
~請求項4のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜。
【請求項8】
前記第2の高分子薄膜
が、エントロピー弾性を維持していることを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜。
【請求項9】
空気、排気、その他の混合ガスから二酸化炭素並びに酸素を選択的に透過することを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜。
【請求項10】
前記第1の高分子薄膜は、ポリシロキサンを含むことを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜。
【請求項11】
請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜と、
前記高分子複合薄膜を支持する支持体と、を備えるガス分離体。
【請求項12】
請求項11に記載のガス分離体と、
前記ガス分離体に対してガスを供給するガス供給部と、
を備え、
前記ガス供給部は、前記第2の高分子薄膜、前記第1の高分子薄膜の順にガスが透過するようにガスを供給することを特徴とするガス分離装置。
【請求項13】
請求項11に記載のガス分離体と、
前記ガス分離体に対してガスを供給するガス供給部と、
を備え、
前記ガス供給部は、前記第1の高分子薄膜、前記第2の高分子薄膜の順にガスが透過するようにガスを供給することを特徴とするガス分離装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に高分子材料を含む高分子複合薄膜に関し、特に高い機能性を備えるとともに膜強度を大幅に向上させた高分子複合薄膜、この高分子複合薄膜を備えるガス分離体及びガス分離装置、並びに高分子複合薄膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、気候変動と地球温暖化の要因として大気中のCO2濃度の上昇が指摘されている。このような状況に鑑み、空気中のCO2濃度の正味の削減が達成されるように、大気中のCO2を直接捕捉し、それを安全かつ永久に貯留する直接空気回収(DAC:Direct Air Capture)技術の進展が強く望まれている。
【0003】
DACに関連して、大気中に含まれるO2、H2やCO2等のガス成分を必要に応じて分離し実用に供する、空気分離(Air Separation)の技術が知られている(例えば、"Air Separation: Materials, Methods, Principles and Applications - An Overview D Hazel and N Gob Chem. Sci. Rev. Lett. 2017, 6(22), 864-8731"を参照)。
【0004】
空気分離技術として、具体的には、常温では気体の混合物を冷却して液状あるいは固状にし、蒸留等によって各成分を分離する深冷蒸留法(cryogenic distillation)、加圧または常圧下で特定のガスを吸着剤に吸着させ、吸着されない成分を除いた後に減圧して、吸着ガスを脱離させる圧力スイング法(PSA)、活性炭やゼオライトなどの固体の吸着剤にCO2を吸着させた後、減圧あるいは加熱によってCO2を脱離させる固体吸着法等が知られている。
【0005】
これらの手法はいずれもガス分離のためのエネルギー消費が大きく、処理コストが大きいという課題がある。ここで高分子薄膜によるガス分離は、原理的にエネルギー消費量が小さく、経済的に有利なDAC技術または空気分離技術を生み出す手段として幅広く検討されてきた。
【0006】
ガス分離膜に関する技術に関し、支持層、及び支持層上に配置された選択的ポリマー層を含む膜であって、支持層は、ガス透過性ポリマーと、ガス透過性ポリマー内に分散された親水性添加剤とを含み、選択的ポリマー層は、選択的ポリマーマトリックスと、選択的ポリマーマトリックス内に分散されたカーボンナノチューブと、を含むガス分離用膜が知られている。(特許文献1)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載された技術によれば、カーボンナノチューブを含む選択的ポリマー層を備える膜(実施例2B~2D)のCO2透過度は減圧下で617~807GPU、CO2/N2選択比は161~187とされている。選択的ポリマー層にカーボンナノチューブを含まない実施例2A(減圧下でCO2透過度は473GPU、CO2/N2選択比=194)との差異は、カーボンナノチューブの添加によって選択的ポリマー層の機械的強度が向上し、ナノ多孔質基材である支持層の細孔内に引き込まれることが防止されたためだとしている(特許文献1[表13]等を参照)。
【0009】
しかしながら、特許文献1においてはカーボンナノチューブが選択的ポリマー層の機械的強度を向上させることは示唆されているものの、カーボンナノチューブの添加によって選択的ポリマー層がより薄膜化され、ガス透過度が改善されうる点については何ら示唆されていない。もっとも、特許文献1では「選択的ポリマー層が支持層の細孔内に引き込まれないようにする」ことが重要とされており、薄層化によって細孔と対面する選択的ポリマー層が細孔に引き込まれやすくなり、膜の破断リスクが増大することから、薄層化を積極的に図る動機付けは存在しない。
【0010】
本発明は、このような従来技術の課題を解決するべく案出されたものであり、性質の異なる2つの高分子薄膜を組み合わせ、あるいは更に補強材を組み合わせる(複合化する)構成により、所定のガスの透過度及び選択性が高く、且つ実用的な構造安定性(自立性)を有する高分子複合薄膜、高分子複合薄膜を備えるガス分離体、高分子複合薄膜を備えるガス分離装置、並びに高分子複合薄膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するためになされた本発明は、所定のガスに対する選択透過性を有する第1の高分子薄膜と、前記第1の高分子薄膜と重畳して設けられ、少なくともオキシエチレン鎖を含む第2の高分子薄膜と、で構成された高分子複合薄膜である。
【0012】
これによって、性質の異なる2つの高分子薄膜を組み合わせて、ガス透過性とガス選択性とをバランスよく備える高分子複合薄膜を得ることが可能となる。
【0013】
また本発明は、前記第2の高分子薄膜にカーボンナノチューブあるいはセルロースナノファイバが分散されているものである。これによって、第2の高分子薄膜の機械的強度を高め、高分子複合薄膜の薄膜化を図ることが可能となる。
【0014】
また本発明は、前記第1の高分子薄膜にカーボンナノチューブあるいはセルロースナノファイバが分散されているものである。これによって、第1の高分子薄膜の機械的強度を高め、高分子複合薄膜の薄膜化を図ることが可能となる。
【0015】
また、本発明は、前記第1の高分子薄膜と前記第2の高分子薄膜との間に、カーボンナノチューブあるいはセルロースナノファイバで構成された補強層を備えるものである。これによって、補強層を含む高分子複合薄膜の機械的強度を高め、高分子複合薄膜の薄膜化を図ることが可能となる。
【0016】
また、本発明は、前記第2の高分子薄膜は、前記オキシエチレン鎖を含む架橋高分子で構成されているものである。これによって、第2の高分子薄膜の物性が安定し、第2の高分子薄膜を含む高分子複合薄膜の破断等を抑制することが可能となる。
【0017】
また、本発明は、前記第1の高分子薄膜と前記第2の高分子薄膜との膜厚の合計を20nm~1000nmとしたものである。これによって、自立性を備えるとともに、ガス透過性、ガス選択性のいずれもが高い高分子複合薄膜1を得ることが可能となる。
【0018】
また、本発明は、空気、排気、その他の混合ガスから二酸化炭素並びに酸素を選択的に透過する高分子複合薄膜である。これによって、二酸化炭素濃縮、酸素富化、窒素富化が可能となる。
【0019】
また、本発明は、前記第1の高分子薄膜を、主にポリシロキサンで構成したものである。これによって、入手が容易な一般的な材料を用いて、高分子複合薄膜をより低コストで製造することが可能となる。
【0020】
また、本発明は、高分子複合薄膜と、前記高分子複合薄膜を支持する支持体と、を備えるガス分離体である。これによって、高分子複合薄膜を支持体に重畳(転写)してガス分離体を構成することができる。
【0021】
また、本発明は、ガス分離体と、前記ガス分離体に対してガスを供給するガス供給部と、を備えるガス分離装置である。これによって、酸素富化空気、二酸化炭素濃縮空気、窒素富化空気を得るガス分離装置を提供することが可能となる。
【0022】
また、本発明は、前記ガス供給部は、前記第2の高分子薄膜、前記第1の高分子薄膜の順にガスが透過するようにガスを供給するものである。これによって、ガス選択性が優れた高分子複合薄膜を用いて、酸素富化空気、二酸化炭素濃縮空気、窒素富化空気を得ることが可能となる。
【0023】
また、本発明は、前記ガス供給部は、前記第1の高分子薄膜、前記第2の高分子薄膜の順にガスが透過するようにガスを供給するものである。これによって、ガス透過性が優れた高分子複合薄膜を用いて、高い効率で酸素富化空気、二酸化炭素濃縮空気、窒素富化空気を得ることが可能となる。
【0024】
また、本発明は、オキシエチレン鎖含有高分子溶液を準備するとともに、薄膜化した際に所定のガスに対する選択透過性を有する高分子材料を含む高分子材料含有溶液を準備する第1工程と、犠牲層が形成された基材上に前記犠牲層を被覆するように前記オキシエチレン鎖含有高分子溶液を塗布して第2の高分子薄膜を形成する第2工程と、前記第2の高分子薄膜を架橋する第3工程と、架橋後の前記第2の高分子薄膜を被覆するように前記高分子材料含有溶液を塗布・硬化させて第1の高分子薄膜を形成する第4工程と、前記犠牲層を溶解させて、前記第1の高分子薄膜及び前記第2の高分子薄膜で構成される高分子複合薄膜を前記基材から剥離する第5工程と、を含む高分子複合薄膜の製造方法である。
【0025】
これによって、性質の異なる2つの高分子薄膜を組み合わせることで、ガス透過性とガス選択性とをバランスよく備える高分子複合薄膜を製造することが可能となる。
【発明の効果】
【0026】
このように本発明によれば、特性の異なる2つの高分子薄膜を組み合わせ、あるいは更に補強材を組み合わせる(複合化する)構成により、所定のガスに対する透過度及び選択性が高く、且つ実用的な構造安定性(自立性)を有する高分子複合薄膜、高分子複合薄膜を備えるガス分離体、高分子複合薄膜を備えるガス分離装置、並びに高分子複合薄膜の製造方法を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】(a),(b)は、本発明の第1実施形態に係る高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を含むガス分離体6の構成を示す説明図
【
図2】(a)は、本発明の第2実施形態に係る高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を含むガス分離体6の構成を示す説明図、同(b)は、本発明の第3実施形態に係る高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を含むガス分離体6の構成を示す説明図、同(c)は、本発明の第4実施形態に係る高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を含むガス分離体6の構成を示す説明図
【
図3】本発明に係るガス分離体6を備えるガス分離装置110の構成を示す説明図
【発明を実施するための形態】
【0028】
(第1実施形態)
図1(a),(b)は、本発明の第1実施形態に係る高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を含むガス分離体6の構成を示す説明図である。ガス分離体6は、高分子複合薄膜1と支持体5とで構成されている。高分子複合薄膜1は、所定のガスに対する選択透過性を有する第1の高分子薄膜2と、少なくともオキシエチレン鎖を含む第2の高分子薄膜3とで構成されている。第2の高分子薄膜3及び第1の高分子薄膜2は、いずれも非多孔質体であり、これらは互いに接するように重畳されている。ガス分離体6は、
図1(a)に示すように第1の高分子薄膜2が支持体5と接するように構成されてもよく、
図1(b)に示すように第2の高分子薄膜3が支持体5と接するように構成されてもよい。
【0029】
第1の高分子薄膜2を構成する材料としては、例えばビニル高分子、ポリシロキサン、架橋性高分子を用いることができ、特にポリジメチルシロキサン(以降、「PDMS」と称する。)を好適に用いることができる。ここでビニル高分子やポリシロキサンは、例えば10nm以下の膜厚において、膜単独では機械的強度が低く自立性が確保できないとされている。この場合、後述するように例えばビニル高分子やポリシロキサンを主成分とする第1の高分子薄膜2に補強材10を添加したり、第1の高分子薄膜2に補強層4を重畳することで、機能性と自立性とを両立することが可能となる。
【0030】
他方、架橋性高分子は、機能性を有効に発揮しうる膜厚(例えば100nm以下)においても材料単独で自立性を備えるとされている。ここで、架橋性高分子(架橋高分子)とは、複数の線状高分子鎖を化学反応で結合させることで三次元的な網目構造(架橋構造)を備える高分子をいい、例えば線状高分子等のラジカル架橋、官能基としてのエポキシ基とアミノ基とが化学反応によって架橋したエポキシ樹脂を含む。
【0031】
なお、エポキシ樹脂については、膜厚を20nmに構成した自立性を備える高分子薄膜の例が、A Large, Freestanding, 20nm Thick Nanomembrane Based on an Epoxy Resin, H. Watanabe T.Kunitake, ADVANCED MATERIALS Volume19, Issue7, Pages 909-912, 2007
(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/adma.200601630)
に掲載されている。
【0032】
第2の高分子薄膜3を構成する材料としては、オキシエチレン鎖を含む化合物を好適に用いることができる。オキシエチレン鎖は、高分子の主鎖に含まれても側鎖に含まれていてもガス分離特性を有する。主鎖に含まれる場合の高分子材料としては、ポリエチレングリコールジアクリラート(Poly(ethylene glycol)Diacrylate)(以降、「PEGDA」と称することがある。)、ポリエチレングリコールジメタクリラート、ポリエチレングリコール、ポリ(エチレンオキシド)が挙げられる。
【0033】
また側鎖に含まれる場合の高分子材料としては、例えばポリ(エチレングリコール)メチルエーテルアクリラート(poly(ethylene glycol) methyl ether acrylate)(以降、「PEGMA」と称することがある。)やポリ(エチレングリコール)メチルエーテルメタクリラートが挙げられる。特に、例に挙げたアクリラートは、容易に高分子量化することができ、各種のアクリラートを任意に組み合わせることができるため好ましい。これら高分子材料は、高分子量化する際に、材料を混合した後に高分子量化してもよく、それぞれの材料を高分子量化した後に混合してもよい。ここでPEGMAとPDGDAとを混合する場合、その体積比はPEGMA:PEGDA=10:0~5:5の範囲とすることが好ましい。オキシエチレン鎖を含む化合物は、いわゆる主鎖型、側鎖型、星形のいずれの態様であってもよく、ラジカル反応で容易に架橋するエチレンオキシドポリマーも含まれる。
【0034】
高分子原料であるアクリラートは、重合開始剤を用いることによって容易に高分子量化することができる。高分子量化の方法は特に制限されないが、例えば過酸化ベンゾイルを用いて加熱することで反応を進行させることができる。また例えば1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンを用いて光照射することで反応を進行させることができる。
【0035】
また、第2の高分子薄膜3を構成する材料として、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミン等を添加してもよい。この場合、ポリアリルアミン等の添加量はPEGMAに対して10wt%程度とするとよい。
【0036】
主にビニル高分子やポリシロキサンで構成される第1の高分子薄膜2は、優れたガス透過性を有しており、特に薄層化するほどガス透過性が高くなる。また第1の高分子薄膜2は所定のガス(CO2,O2)に対する選択性を有するが、CO2/N2は10程度に留まる。他方、オキシエチレン鎖を含む第2の高分子薄膜3は、優れたガス分離性能を有しており、特にCO2/N2は高い。しかしながら十分なガス透過性を維持するにはできるだけ薄層化し、更に(あるいは)架橋度を低くする必要がある。そこで特性の異なる第1の高分子薄膜2と第2の高分子薄膜3とを組み合わせる(複合化する)ことで、ガス透過性及びガス選択性を共に備える高分子複合薄膜1が得られる。
【0037】
ここで第1の高分子薄膜2と第2の高分子薄膜3との膜厚の合計は、1000GPU程度のCO2透過度を確保する観点で、10nm~2μmとすることが好ましく、20nm~1000nmとすることが更に好ましい(第2実施形態~第4実施形態についても同じ)。なお、第1実施形態については、第1の高分子薄膜2の膜厚は30nm以上(例えば120~1300nm)とし、第2の高分子薄膜3の膜厚は10nm以上(例えば18~113nm)とすることが、高分子複合薄膜1全体として自立性を備える観点において、より好ましい。
【0038】
支持体5は、例えば微細な空隙を無数に有し、高いガス透過度を備えるポリアクリロニトリル(以降、「PAN」と称することがある。)層、あるいはそれを最表面に備える複合膜で構成された、多孔質PAN膜を用いることができる。また支持体5として、陽極酸化によって多孔化されたアルミナシート(商品例:アノディスク)を用いてもよい。他にも、ポリエーテルスルホンやポリカーボネート、ポリイミド等のいわゆるメンブレンフィルタを用いてもよい。
【0039】
第1の高分子薄膜2と第2の高分子薄膜3とを含むガス分離体6に対し、所定のガス(ここでは空気)を供給すると、空気のうち二酸化炭素(CO2)と酸素(O2)とが選択的に、より透過する(第2実施形態~第4実施形態も同じ)。これによって、空気中からCO2を有効に回収し、あるいはO2の濃度を高めることができる。
【0040】
以下、第1の実施形態における高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を備えるガス分離体6の製造工程について説明する。
【0041】
<前準備>
オキシエチレン鎖を含むオキシエチレン鎖含有高分子溶液を得る前準備として、まずモノマーであるPEGMAを高分子化する操作を行う。オキシエチレン鎖含有高分子は、PEGMAのラジカル重合によって調製する。反応溶媒はトルエンを用い、重合反応後、ヘキサンを用いた再沈殿操作ならびに沈殿物の乾燥によって高分子化PEGMA(以降、「P(PEGMA)」と称することがある。)の粉末を得る。
【0042】
<第1工程>
第1工程は、オキシエチレン鎖を含むオキシエチレン鎖含有高分子溶液を準備するとともに、薄膜化した際に所定のガスに対する選択透過性を有する高分子材料を含む高分子材料含有溶液を準備する工程である。なお、第1工程における「準備」とは、調製あるいは市販品を調達することを含む。ここではP(PEGMA)の粉末及び光重合開始剤を所定の溶媒に溶解したオキシエチレン鎖含有高分子溶液と、PDMS、PDMS硬化剤及び溶媒を所定比で混合したPDMS調製液(高分子材料含有溶液)とを調製する。なお、光重合開始剤は、P(PEGMA)に対して0.01~20wt%の範囲で含まれていればよい。また、オキシエチレン鎖含有高分子溶液を調製する際の溶媒としては、例えばエタノール、トルエン、キシレン、エタノールと水との混合溶媒を使用することができる。また、高分子材料含有溶液を調製する際の溶媒としては、例えばヘキサン、トルエン、シクロヘキサンを使用することができる。
【0043】
<第2工程>
第2工程は、犠牲層が形成された基材上に犠牲層を被覆するようにオキシエチレン鎖含有高分子溶液を塗布して第2の高分子薄膜3を形成する工程である。まず清浄化したガラス基板(以降、「基材」と称することがある。)上へのスピンコートによって、水溶性高分子を塗布して犠牲層を形成する。次に、スピンコートによって、犠牲層を被覆するように第1工程で準備しておいたオキシエチレン鎖含有高分子溶液を塗布し、第2の高分子薄膜3を形成する。
【0044】
<第3工程>
第3工程は、第2の高分子薄膜3を架橋する工程である。上述のように、オキシエチレン鎖含有高分子溶液には、光重合開始剤が含まれており、UV(紫外線)照射を行うことで架橋が開始・進行する。即ち、第2の高分子薄膜3は、オキシエチレン鎖を含む架橋高分子(線状高分子鎖であるP(PEGMA)同士が架橋されたポリマー層)で構成されている。
【0045】
なお、架橋は窒素雰囲気中(O2を排除した雰囲気中)で行うのが好ましい。これによってO2による重合阻害が防止されうる。また、UVの照射時間(あるいはエネルギー)を制御して、第2の高分子薄膜3がゴムの状態(即ち、エントロピー弾性を維持している状態、あるいは第2の高分子薄膜3に架橋反応に寄与する官能基が残存している状態)で架橋の進行を停止させることが好ましい。
【0046】
第2の高分子薄膜3をゴムの状態とすることで、後述する第5工程において基材から高分子複合薄膜1を分離する際に、第2の高分子薄膜3が水に溶解するのが抑制される。即ち、P(PEGMA)同士を架橋することによって、第2の高分子薄膜3の物性が安定し、第2の高分子薄膜3を含む高分子複合薄膜1を破断等なく製造することが可能となる。更に、ゴムの状態で架橋の進行を停止させることで、第2の高分子薄膜3のガス透過性を確保することが可能となる。
【0047】
<第4工程>
第4工程は、架橋後の第2の高分子薄膜3を被覆するようにPDMS調製液、即ち高分子材料含有溶液を塗布・硬化させて第1の高分子薄膜2を形成する工程である。スピンコートによって、第1工程で準備した高分子材料含有溶液(PDMS調製液)を、架橋後の第2の高分子薄膜3を被覆するように塗布し、更に硬化させる。
【0048】
<第5工程>
第5工程は、犠牲層を溶解させて、第1の高分子薄膜2及び第2の高分子薄膜3で構成された高分子複合薄膜1を基材から剥離する工程である。上述した工程によって、基材には、基材から近い順に犠牲層、第2の高分子薄膜3及び第1の高分子薄膜2が形成されている。高分子複合薄膜1が形成された基材を水に浸漬し、犠牲層を水に溶解させることで、高分子複合薄膜1を基材から剥離する。
【0049】
そして、基材から剥離した高分子複合薄膜1を支持体5に転写することで、ガス分離体6が得られる。転写する際に、
図1(a)に示す構成、あるいは
図1(b)に示す構成が選択されうる。後述するように、ガス分離体6において、第1の高分子薄膜2から第2の高分子薄膜3の順にガスを透過させる場合と、第2の高分子薄膜3から第1の高分子薄膜2の順にガスを透過させる場合でガス分離特性が異なっており、利用者は必要な特性に応じてガス分離体6の構成を選択しうる。
【実施例1】
【0050】
上記工程に従い、まずP(PEGMA)の含有量が0.05g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0005g/mLとなるようエタノールに溶解したオキシエチレン鎖含有高分子溶液を調製した。
【0051】
ポリジメチルシロキサン、ヒドロキシ末端(PDMS)の含有量が0.038g/mL、トリメトキシ(メチル)シランの含有量が0.0016g/mL、ジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート)チタンの含有量が0.0008g/mLとなるようヘキサンに溶解したPDMS調製液(高分子材料含有溶液)を調製した。
【0052】
ポリスチレンスルホン酸ナトリウム(以降、「PSS」と称することがある。)の層(犠牲層)が形成された基材上に、上述の操作で作製したオキシエチレン鎖含有高分子溶液をスピンコート(3000rpm/1分)によって塗布した。その後基材を、N2雰囲気中に30分間静置した。その後同雰囲気中においてUV照射し、第2の高分子薄膜3を形成した。
【0053】
次に、第2の高分子薄膜3を被覆するように、上述の操作で作製したPDMS調製液をスピンコート(3000rpm/1分)によって塗布した。その後、基材を大気中に一日静置し、PDMSを硬化させて第1の高分子薄膜2を形成した。
【0054】
次に、基材を水に浸漬し、犠牲層を溶解させて高分子複合薄膜1を基材から剥離した。そして、高分子複合薄膜1のうち第1の高分子薄膜2が支持体5と接する態様で、支持体5に高分子複合薄膜1を転写し、ガス分離体6を得た。
【実施例2】
【0055】
P(PEGMA)の含有量が0.04g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0004g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液を用いたことを除き、実施例1と同じ条件で高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。
【実施例3】
【0056】
P(PEGMA)の含有量が0.03g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0003g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液を用いたことを除き、実施例1と同じ条件で高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。
【実施例4】
【0057】
P(PEGMA)の含有量が0.005g/mL、光重合開始剤の含有量が0.00005g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液と、PDMSの含有量が0.076g/mLのPDMS調製液とを用いたことを除き、実施例1と同じ条件で高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。
【実施例5】
【0058】
P(PEGMA)の含有量が0.005g/mL、光重合開始剤の含有量が0.00005g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液と、PDMSの含有量が0.114g/mLのPDMS調製液とを用いたことを除き、実施例1と同じ条件で高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。
【実施例6】
【0059】
P(PEGMA)の含有量が0.01g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0001g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液と、PDMSの含有量が0.2g/mLのPDMS調製液とを用いたことを除き、実施例1と同じ条件で高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。
(比較例)
【0060】
以下、比較例について説明する。実施例1と同様にPDMS調製液を得た。基材をO2プラズマ洗浄し、PSS水溶液(15wt%)を基材にスピンコート(3000rpm/1分)して犠牲層を形成した後に加熱乾燥させた。
【0061】
次に、犠牲層を被覆するように、PDMS調製液をスピンコート(3000rpm/1分)によって塗布した。その後、基材を大気中に一日静置し、PDMSを硬化させた。次に、基材を水に浸漬し、犠牲層を溶解させて高分子薄膜を基材から剥離した。そして、PDMS薄膜を支持体5に転写し、ガス分離体6を得た。比較例の高分子薄膜を、以降「PDMS薄膜」と称することがある。なおPDMS薄膜は、上述した第1の高分子薄膜2に相当する。
【0062】
以下、[表1]に、実施例1~実施例6及び比較例について、自立性の有無、第1の高分子薄膜2の膜厚、第2の高分子薄膜3の膜厚、CO2透過度、N2透過度、O2透過度、選択比CO2/N2、O2/N2、CO2/O2を示す。なお第1の高分子薄膜2、第2の高分子薄膜3の膜厚については、同一の条件で複数のガス分離体6を作成し、高分子複合薄膜1の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した結果であり、またガス透過度については、ガス分離体6に対して、第2の高分子薄膜3から第1の高分子薄膜2の順にガスを透過させてガス透過性試験を行った結果である([表3],[表4],[表5]についても同じ)。ここで、1GPU=3.35×10-10mol・m-2・s-1・Pa-1である。
【0063】
なお、ガス透過性試験は、具体的には一定圧のCO2ガス、N2ガス、およびO2ガスを個別にガス分離体6に供給し、膜面積0.785cm2となる第2の高分子薄膜3ならびに第1の高分子薄膜2を透過した体積量を石鹸膜流量計で測定した。
【0064】
【0065】
[表1]に示すように実施例1~実施例6の高分子複合薄膜1及び比較例はいずれも自立性を備えている。なお、自立性の有無は、剥離液の中で薄膜(フィルム)を基材から剥離後、液中に浮遊しているフィルムを空気中に引き上げても単独で破断等することなく平膜形状を保持できるか否か、という基準で判断している。即ち、空気中でも破断することなく膜構造を保持している場合を自立性「あり」、剥離後において剥離液に浮遊している状態では膜構造を保持しているものの、空気中に取り出すと容易に破断する場合を自立性「なし」と判断している。
【0066】
実施例1~実施例3では、PDMSを含む第1の高分子薄膜2の厚みは、比較例のPDMS薄膜とほぼ同一であり、構成的には比較例のPDMS薄膜に第2の高分子薄膜3を重畳したものと考えてよい。第2の高分子薄膜3の膜厚が薄くなるほど、ガス透過度が高くなるが、第1の高分子薄膜2に第2の高分子薄膜3を重畳することで、高分子複合薄膜1の膜厚も大きくなり、これに起因してCO2、N2、O2透過度はいずれも比較例よりも低下する。しかしながら、ガス選択性CO2/N2は比較例よりも大幅に改善され、O2/N2も改善されることが分かる。
【0067】
また、P(PEGMA)、即ちオキシエチレン鎖を含む第2の高分子薄膜3は単独では非常に柔らかく脆弱である。しかしながら、実施例4~実施例6に示すように第1の高分子薄膜2と重畳することで、第2の高分子薄膜3は非常に薄く(20nm以下)構成することができる。これによって膜全体として自立性が確保され、高いガス選択性を発揮できるようになる。
【実施例7】
【0068】
P(PEGMA)の含有量が0.03g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0003g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液と、PDMSの含有量が0.076g/mLのPDMS調製液とを用いたことを除き、実施例1と同じ条件で高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。
【実施例8】
【0069】
P(PEGMA)の含有量が0.03g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0003g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液と、PDMSの含有量が0.114g/mLのPDMS調製液とを用いたことを除き、実施例1と同じ条件で高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。
【実施例9】
【0070】
高分子複合薄膜1のうち第2の高分子薄膜3が支持体5と接する態様で、支持体5に高分子複合薄膜1を転写したことを除き、実施例7と同じ条件でガス分離体6を作成した。
【実施例10】
【0071】
高分子複合薄膜1のうち第2の高分子薄膜3が支持体5と接する態様で、支持体5に高分子複合薄膜1を転写したことを除き、実施例8と同じ条件でガス分離体6を作成した。
【0072】
以下、[表2]に、実施例7~実施例10について、自立性の有無、第1の高分子薄膜2の膜厚、第2の高分子薄膜3の膜厚、CO2透過度、N2透過度、O2透過度、選択比CO2/N2、O2/N2、CO2/O2を示す。
【0073】
【0074】
ここで、ガス透過度については、第2の高分子薄膜3が支持体5と接する実施例7、実施例8では、第2の高分子薄膜3から第1の高分子薄膜2の順にガスを透過させ(
図1(a)参照)、第1の高分子薄膜2が支持体5と接する実施例9、実施例10では、第1の高分子薄膜2から第2の高分子薄膜3の順にガスを透過させて(
図1(b)参照)ガス透過性試験を行った結果である。[表2]から、第2の高分子薄膜3から第1の高分子薄膜2の順にガスを透過させた場合はガス選択性がより優れ、他方、第1の高分子薄膜2から第2の高分子薄膜3の順にガスを透過させた場合はガス透過性がより優れることが分かる。
【0075】
(第2実施形態)
図2(a)は、本発明の第2実施形態に係る高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を含むガス分離体6の構成を示す説明図である。第2実施形態において、ガス分離体6の構成要素は第1実施形態と同一であるが、第2実施形態は、第2の高分子薄膜3に補強材10が分散されている点で第1実施形態とは異なる。ここで、補強材10としてはカーボンナノチューブ11、セルロースナノファイバ12が好適に使用できる。カーボンナノチューブ11やセルロースナノファイバ12は材料としての機械的強度が高く、これらを分散させた第2の高分子薄膜3は高い機械的強度を発現する。
【0076】
カーボンナノチューブ11としては、単層カーボンナノチューブ(SWNT:single-walled carbon nanotube)、多層カーボンナノチューブ(MWNT:multi-walled carbon nanotube)のいずれを用いてもよい(以降、これらをまとめて「CNT」と称することがある。)。CNTは、そのアスペクト比の高さから(SWNTにおいては直径0.5~3nm、長さ~10μm、MWNTにおいては直径5~100nm、長さ~20μm)チューブのネットワークを形成することが可能であり、その機械的特性は、剛性、強度、引張強度の組合せによって得られる。
【0077】
セルロースナノファイバ12には、酸化セルロースナノファイバが含まれ、更に、有機高分子としてセルロースナノファイバ12と酸化セルロースナノファイバの混合物(以下、これらをまとめて「CNF」と称することがある。)を用いてもよい。CNFは小繊維(繊維状構造物)であるフィブリルを形成している。フィブリルは材料としての機械的強度が高く、CNFで構成された補強材10を第2の高分子薄膜3に分散させることで、全体として極めて高い機械的強度を発現する。またCNFは資源として豊富な木材等から機械的解繊等によって低コストで製造され、更に植物繊維であることから環境にも配慮された材料である。
【0078】
CNT、CNFは高分子複合薄膜1の膜厚よりも小さい直径を備えることが好ましく(例えば~200nm)、上述した第1実施形態における第2の高分子薄膜3の膜厚よりも小さい直径(例えば~70nm)を備えることがより好ましく、更に第2実施形態における第2の高分子薄膜3の膜厚よりも小さな直径(例えば~35nm)を備えることが更に好ましい。直径が高分子複合薄膜1の膜厚よりも小さいCNT、CNFを選択することにより、機械的強度の向上を図るとともに高分子複合薄膜1全体としての機能性(ここではガス透過性、ガス選択性)が発揮される。また、直径が第2の高分子薄膜3(あるいは第1の高分子薄膜2)の膜厚より小さいCNT、CNFを用いることにより、第2の高分子薄膜3(第1の高分子薄膜2)の機能性が十分に発揮される。(第3実施形態、第4実施形態も同じ)
【0079】
なお、
図2(a)では(
図2(b)、
図2(c)も同じ)、同一の繊維長をなす補強材10が特定の方向に整列しているように記載されているが、あくまでも模式的に記載したにすぎない。CNT、CNFの長さは様々であり、更にこれらはあらゆる方向に配向し、絡み合った状態(チューブネットワークあるいはファイバネットワーク)となって第2の高分子薄膜3(
図2(b)においては第1の高分子薄膜2、
図2(c)においては補強層4(以降、これらをまとめて「薄膜・層」と称することがある。))に包含されている。ただしCNT、CNFの添加量を調整することで、薄膜・層におけるネットワークの密度が極めて疎となるようにCNT、CNFの分布が制限(制御)されている。これによって高分子複合薄膜1の機能性(ここでは特に透過性)の低下を防止することができる。
【0080】
密度が疎なネットワークでは、その平面内Aにおいて、薄膜・層の厚み方向に、複数の補強材10が存在する第1の領域A1と、単一の補強材10が存在する第2の領域A2と、補強材10が不在である第3の領域A3と、が混在している。これは、薄膜・層が構成する平面の一部に、薄膜・層の厚み方向に、複数の補強材10同士が重ならない領域を有する、と言い換えることもできる。更に、第1の領域A1の面積をS1、第2の領域A2の面積をS2、第3の領域A3の面積をS3とするとき、薄膜・層はS1<S2<S3となるように構成されている。ここで平面内Aに占めるS3の割合を空隙率とすると、空隙率は90%を超えていることが好ましい。
【0081】
以下、第2実施形態における高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を備えるガス分離体6の製造工程について説明する。
<第1工程>
オキシエチレン鎖含有高分子と補強材10とを含むオキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液を準備するとともに、薄膜化した際に所定のガスに対する選択透過性を有する高分子材料を含む高分子材料含有溶液を準備する工程である。
【0082】
第1実施形態の第1工程と同様に、P(PEGMA)の粉末に、P(PEGMA)に対して1wt%の光重合開始剤を加え、これを所定量のエタノールに溶解し、オキシエチレン鎖含有高分子溶液を準備する。補強材10としてカーボンナノチューブ11を用いる場合は、カーボンナノチューブ11をエタノールに分散させてCNT分散液を調製しておく。
【0083】
他方、補強材10としてセルロースナノファイバ12を用いる場合は、セルロースナノファイバ12をエタノールに分散させてCNF分散液を調製しておく。この際、薄膜製造時に膜が欠損するような凝集物がないようにCNF分散液を調製しておくのが好ましい。
【0084】
上述したオキシエチレン鎖含有高分子溶液と、CNT分散液あるいはCNF分散液とを混合することで、オキシエチレン鎖含有高分子と補強材10とを含むオキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液を調製する。なお、「薄膜化した際に所定のガスに対する選択透過性を有する高分子材料を含む高分子材料含有溶液を調製する工程」は、第1実施形態で説明した第1工程と同様なので、説明は省略する。
【0085】
<第2工程>
第2工程は、犠牲層が形成された基材上に犠牲層を被覆するようにオキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液を塗布して第2の高分子薄膜3を形成する工程である。第1実施形態の第2工程と同様に、基材上にPSSで構成された犠牲層を形成する。次に、犠牲層を被覆するように第1工程で準備しておいたオキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液を塗布し、第2の高分子薄膜3を形成する。その後30分程度、第2の高分子薄膜3をN2雰囲気中に静置しておく。
【0086】
オキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液を塗布する際にスピンコートを採用することにより、溶液に含まれる補強材10に強力な外力が作用し、補強材10に含まれるカーボンナノチューブ11あるいはセルロースナノファイバ12は立体的、即ち膜の厚み方向にチューブ(ファイバ)ネットワークを構成することができない。結果的に補強材10は溶媒(ここではエタノール)によって押し流されて平面上に配置され、実質的に二次元のチューブ(ファイバ)ネットワーク(上述した、密度が疎なネットワーク)が形成される。
【0087】
<第3工程~第5工程>
第3工程は第2の高分子薄膜3を架橋する工程であり、第4工程は、架橋後の第2の高分子薄膜3を被覆するように高分子材料含有溶液を塗布・硬化させて第1の高分子薄膜2を形成する工程であり、第5工程は犠牲層を溶解させて、第1の高分子薄膜2及び第2の高分子薄膜3で構成される高分子複合薄膜1を基材から剥離する工程である。これらの工程は第1実施形態で説明した第3工程~第5工程と同様であるので、説明を省略する。そして、基材から剥離した高分子複合薄膜1を支持体5に転写することで、ガス分離体6が得られる。なお、第1実施形態で説明したように、転写する際に第1の高分子薄膜2が支持体5と接するように構成してもよく、第2の高分子薄膜3が支持体5と接するように構成してもよい。
【実施例11】
【0088】
1gのP(PEGMA)粉末及び0.01gの光重合開始剤をエタノールに溶解して、P(PEGMA)の含有量が0.01g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0001g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液を調製した。さらにオキシエチレン鎖含有高分子溶液にCNT分散液を加え、カーボンナノチューブ11が0.00003g/mL含まれるオキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液を調製した。これとは別に実施例1と同様にPDMS調製液を調製した。
【0089】
次に実施例1と同様にPSSを用いて基材上に犠牲層を形成した。更に、犠牲層が形成された基材上に、上述の操作で作製したオキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液をスピンコートによって塗布した。オキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液が塗布された基材を、N2雰囲気中に30分間静置した。
【0090】
その後同雰囲気中においてUV照射を行ってオキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有層を架橋させ、第2の高分子薄膜3を形成した。なお、実施例4においても、UVの照射時間を制御することで、第2の高分子薄膜3がゴムの状態で架橋の進行を停止させた。
【0091】
次に、第2の高分子薄膜3を被覆するように、上述の操作で作製したPDMS調製液をスピンコート(3000rpm/1分)によって塗布した。その後、基材を大気中に一日静置し、PDMSを硬化させて第1の高分子薄膜2を形成した。
【0092】
次に、基材を水に浸漬し、犠牲層を溶解させて高分子複合薄膜1を基材から剥離した。そして、実施例1と同様に、高分子複合薄膜1のうち第1の高分子薄膜2が支持体5と接する態様で、支持体5に高分子複合薄膜1を転写し、ガス分離体6を得た。
【実施例12】
【0093】
カーボンナノチューブ11が0.000015g/mL含まれるオキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液を用いたことを除き、実施例11と同一の条件で、高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。
【実施例13】
【0094】
カーボンナノチューブ11が0.0000039g/mL含まれるオキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液を用いたことを除き、実施例11と同一の条件で、高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。
【実施例14】
【0095】
0.5gのP(PEGMA)粉末及び0.005gの光重合開始剤をエタノールに溶解して、P(PEGMA)の濃度が0.03g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0003g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液を調製した。更に、オキシエチレン鎖含有高分子溶液にCNF分散液を加え、セルロースナノファイバ12が0.00024g/mL含まれるオキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液を調製した。これとは別に実施例1と同様にPDMS調製液を調製した。
【0096】
次に実施例1と同様にPSSを用いて基材上に犠牲層を形成し、実施例11と同様に、犠牲層の上に、オキシエチレン鎖含有高分子-補強材含有溶液を用いて第2の高分子薄膜3を製膜し、これをゴムの状態で架橋の進行を停止させた。更に、第2の高分子薄膜3を被覆するように、PDMS調製液を用いて第1の高分子薄膜2を製膜した。次に、第2の高分子薄膜3と第1の高分子薄膜2とで構成される高分子複合薄膜1を犠牲層から剥離した。そして実施例1と同様の態様で支持体5に高分子複合薄膜1を転写し、ガス分離体6を得た。
【0097】
以下、[表3]に、実施例11~実施例14について、自立性の有無、第1の高分子薄膜2の膜厚、第2の高分子薄膜3の膜厚、第2の高分子薄膜3に添加した補強材10、補強材10の添加量、CO
2透過度、N
2透過度、O
2透過度、選択比CO
2/N
2、O
2/N
2、CO
2/O
2を示す。[表3]には比較例のデータを併せて記載している。
【表3】
【0098】
[表3]に示すように実施例11~実施例14の高分子複合薄膜1は、いずれも自立性を備えている。いずれにおいても、PDMSを含む第1の高分子薄膜2の厚みは比較例のPDMS薄膜とほぼ同一であり、実施例11~実施例14の高分子複合薄膜1は、構成的には比較例のPDMS薄膜に、補強材10を含む第2の高分子薄膜3を重畳したものと考えてよい。
【0099】
第1の高分子薄膜2に第2の高分子薄膜3を重畳することで、全体の膜厚も大きくなり、これに起因して実施例11や実施例14ではCO2、N2、O2透過度は比較例よりも低下する。他方、実施例12や実施例13ではCO2透過度は10000GPUを超え、比較例と遜色ない値を実現している。更にガス選択性CO2/N2は比較例よりも大幅に改善され、O2/N2も改善されることが分かる。
【0100】
ここで実施例11~実施例13は、第2の高分子薄膜3にカーボンナノチューブ11を添加したものである。これを実施例1~実施例3(第2の高分子薄膜3に補強材10を含まないもの)と比較すると、実施例11~実施例13では第2の高分子薄膜3の膜厚は38nmであり、実施例1~実施例3では第2の高分子薄膜3の膜厚は113nm~74nmである。即ち、実施例11~実施例13においては、第2の高分子薄膜3に補強材10としてカーボンナノチューブ11を添加することで機械的強度が向上し、第2の高分子薄膜3(結果として高分子複合薄膜1)をより薄く構成することが可能となっている。
【0101】
また実施例14は、第2の高分子薄膜3にセルロースナノファイバ12を添加したものである。実施例14における第2の高分子薄膜3の膜厚は74nmであり、これは実施例3における第2の高分子薄膜3の膜厚と同一である。第2の高分子薄膜3に添加されたセルロースナノファイバ12はバリアとして機能し、CO2透過度が低減(実施例3では5459GPU、実施例14では3586GPU)すると考えられるが、セルロースナノファイバ12によって第2の高分子薄膜3の機械的強度が向上することは明白であり、実施例14の構成は、例えばガス分離体6を挟んで上流と下流との気圧差が大きい場合等において、好適に用いることができる。
【0102】
(第3実施形態)
図2(b)は、本発明の第3実施形態に係る高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を含むガス分離体6の構成を示す説明図である。第3実施形態において、ガス分離体6の構成要素は第1実施形態と同一であるが、第3実施形態は、第1の高分子薄膜2に補強材10が分散されている点で第1実施形態、第2実施形態とは異なる。補強材10としては第2実施形態と同様に、CNT、CNFが好適に使用できる。CNTあるいはCNFを分散させた第1の高分子薄膜2は、極めて高い機械的強度を発現する。特に第1の高分子薄膜2の膜厚より小さい直径のCNT、CNFを選択することにより、第1の高分子薄膜2の機能性が十分に発揮される。なお第1の高分子薄膜2においても、補強材10は上述した密度が疎なネットワークを構成する。
【0103】
以下、第3実施形態における高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を備えるガス分離体6の製造工程について説明する。
<第1工程>
オキシエチレン鎖を含むオキシエチレン鎖含有高分子溶液を準備するとともに、薄膜化した際に所定のガスに対する選択透過性を有する高分子材料及び補強材10を含む高分子材料-補強材含有溶液を準備する工程である。
【0104】
第1実施形態の第1工程と同様に、P(PEGMA)の粉末に、P(PEGMA)に対して1wt%の光重合開始剤を加え、これを所定量のエタノールに溶解し、オキシエチレン鎖含有高分子溶液を準備する。
【0105】
第2実施形態と同様にしてCNT分散液(あるいはCNF分散液)、高分子材料含有溶液(PDMS調製液)を準備する。上述した高分子材料含有溶液と、CNT分散液あるいはCNF分散液とを混合することで、高分子材料(ここではPDMS)と補強材10とを含む高分子材料-補強材含有溶液を調製する。
【0106】
<第2工程、第3工程>
第2工程は、犠牲層が形成された基材上に犠牲層を被覆するようにオキシエチレン鎖含有高分子溶液を塗布して第2の高分子薄膜3を形成する工程である。また第3工程は、第2の高分子薄膜3を架橋する工程である。第2工程、第3工程は第1実施形態と同一であるので、説明は省略する。
【0107】
<第4工程>
架橋後の第2の高分子薄膜3を被覆するように高分子材料-補強材含有溶液を塗布・硬化させて第1の高分子薄膜2を形成する工程である。第1工程で準備した高分子材料-補強材含有溶液を、架橋後の第2の高分子薄膜3を被覆するように塗布する。その後、大気中に1日間静置し第1の高分子薄膜2を硬化させる。
【0108】
<第5工程>
犠牲層を溶解させて、第1の高分子薄膜2及び第2の高分子薄膜3で構成される高分子複合薄膜1を基材から剥離する工程である。第5工程は第1実施形態と同一であるので、説明を省略する。基材から剥離した高分子複合薄膜1を支持体5に転写することで、ガス分離体6が得られる。
【実施例15】
【0109】
実施例11と同様にP(PEGMA)の含有量が0.01g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0001g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液を調製した。これとは別に実施例1と同様にPDMS調製液を調製した。更に、PDMS調製液にCNT分散液を加え、カーボンナノチューブ11が0.000015g/mL含まれる高分子材料-補強材含有溶液を調製した。
【0110】
次に実施例1と同様にPSSを用いて基材上に犠牲層を形成した。更に、犠牲層が形成された基材上に、上述の操作で作製したオキシエチレン鎖含有高分子溶液をスピンコートによって塗布した。オキシエチレン鎖含有高分子溶液が塗布された基材を、N2雰囲気中に30分間静置した。その後同雰囲気中においてUV照射を行ってオキシエチレン鎖含有高分子を架橋させ、第2の高分子薄膜3を形成した。
【0111】
次に、第2の高分子薄膜3を被覆するように、上述の操作で作製した高分子材料-補強材含有溶液をスピンコート(3000rpm/1分)によって塗布した。その後、基材を大気中に一日静置し、高分子材料-補強材含有溶液を硬化させて第1の高分子薄膜2を形成した。次に、基材を水に浸漬し、犠牲層を溶解させて高分子複合薄膜1を基材から剥離した。そして実施例1と同様の態様で支持体5に高分子複合薄膜1を載置し、ガス分離体6を得た。
【実施例16】
【0112】
実施例3と同様にP(PEGMA)の含有量が0.03g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0003g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液を調製した。これとは別に実施例1と同様にPDMS調製液を調製した。更に、PDMS調製液にCNF分散液を加え、セルロースナノファイバ12が0.0000004g/mL含まれる高分子材料-補強材含有溶液を調製した。その他の条件は実施例15と同様にして、高分子複合薄膜1及びガス分離体6を得た。
【実施例17】
【0113】
オキシエチレン鎖含有高分子溶液としてP(PEGMA)の含有量が0.01g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0001g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液を用いることを除き、実施例16と同様にして高分子複合薄膜1及びガス分離体6を得た。
【0114】
以下、[表4]に、実施例15~実施例17について、自立性の有無、第1の高分子薄膜2の膜厚、第2の高分子薄膜3の膜厚、第1の高分子薄膜2に添加した補強材10、補強材10の添加量、CO
2透過度、N
2透過度、O
2透過度、選択比CO
2/N
2、O
2/N
2、CO
2/O
2を示す。[表4]には比較例のデータを併せて記載している。
【表4】
【0115】
[表4]に示すように実施例15~実施例17の高分子複合薄膜1はいずれも自立性を備えている。いずれにおいても、PDMSを含む第1の高分子薄膜2の厚みは、比較例のPDMS薄膜とほぼ同一であり、実施例15~実施例17の高分子複合薄膜1は、構成的には比較例のPDMS薄膜に補強材10を添加し、これに第2の高分子薄膜3を重畳したものと考えてよい。
【0116】
PDMS及び補強材10を含む第1の高分子薄膜2に第2の高分子薄膜3を重畳することで、全体の膜厚も大きくなり、これに起因して実施例15~実施例17ではCO2、N2、O2透過度は比較例よりも低下する。他方、ガス選択性CO2/N2は比較例よりも大幅に改善され、O2/N2も改善されることが分かる。
【0117】
ここで実施例15は、第1の高分子薄膜2にカーボンナノチューブ11を添加したものであり、実施例17は、第1の高分子薄膜2にセルロースナノファイバ12を添加したものである。実施例1~実施例3(第1の高分子薄膜2に補強材10を含まないもの)と比較すると、実施例15,実施例17において第2の高分子薄膜3の膜厚は38nmであり、実施例1~実施例3において第2の高分子薄膜3の膜厚は113nm~74nmである。即ち、実施例15,実施例17においては、補強材10を含む第1の高分子薄膜2で第2の高分子薄膜3を支持することで全体の機械的強度が向上し、第2の高分子薄膜3(結果として高分子複合薄膜1)をより薄く構成することが可能となっている。
【0118】
(第4実施形態)
図2(c)は、本発明の第4実施形態に係る高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を含むガス分離体6の構成を示す説明図である。第4実施形態において、ガス分離体6は高分子複合薄膜1と支持体5とで構成されている。そして高分子複合薄膜1は、第1の高分子薄膜2と補強層4と第2の高分子薄膜3とで構成され、補強層4は第1の高分子薄膜2と第2の高分子薄膜3との間に設けられている。ここで、補強層4はカーボンナノチューブ11、セルロースナノファイバ12といった補強材10で構成されている。即ち、第4実施形態は補強材10で構成された補強層4を独立して設けた点で、各実施形態と相違する。カーボンナノチューブ11やセルロースナノファイバ12は材料としての機械的強度が高く、これらで構成された補強層4は極めて高い機械的強度を発現し、結果として高分子複合薄膜1全体の強度を向上させる。なお補強層4においても、補強材10は上述した密度が疎なネットワークを構成する。
【0119】
第4実施形態において、第1の高分子薄膜2、第2の高分子薄膜3、支持体5の構成は第1実施形態と同様であるので説明を省略する。以下、第4実施形態における高分子複合薄膜1及び高分子複合薄膜1を備えるガス分離体6の製造工程について説明する。
<第1工程>
補強材10を含む補強材分散液と、オキシエチレン鎖を含むオキシエチレン鎖含有高分子溶液と、薄膜化した際に所定のガスに対する選択透過性を有する高分子材料を含む高分子材料含有溶液と、を準備する工程である。
【0120】
第1実施形態の第1工程と同様に、P(PEGMA)の粉末に、P(PEGMA)に対して1wt%の光重合開始剤を加え、これを所定量のエタノールに溶解し、オキシエチレン鎖含有高分子溶液を準備する。第2実施形態と同様にしてCNT分散液あるいはCNF分散液(以降、これらをまとめて「補強材分散液」と称することがある。)、及び高分子材料含有溶液(PDMS調製液)を準備する。
【0121】
<第2工程、第3工程>
第2工程は、犠牲層が形成された基材上に犠牲層を被覆するようにオキシエチレン鎖含有高分子溶液を塗布して第2の高分子薄膜3を形成する工程である。また第3工程は、第2の高分子薄膜3を架橋する工程である。第2工程、第3工程は第1実施形態と同一であるので、説明は省略する。
【0122】
<第4工程>
架橋後の第2の高分子薄膜3を被覆するように補強材分散液を塗布して補強層4を形成する工程である。補強層4の形成に際しては、第1工程で準備した補強材分散液を、架橋後の第2の高分子薄膜3を被覆するように塗布する。
【0123】
<第5工程>
補強層4を被覆するように高分子材料含有溶液を塗布・硬化させて第1の高分子薄膜2を形成する工程である。第1工程で準備した高分子材料含有溶液(PDMS調製液)を、補強層4を被覆するように塗布し、第1の高分子薄膜2を製膜する。その後、第1の高分子薄膜2を大気中に1日間静置し、第1の高分子薄膜2を硬化させる。
【0124】
<第6工程>
犠牲層を溶解させて高分子複合薄膜1を基材から剥離する工程である。基材には、基材から近い順に犠牲層、第2の高分子薄膜3、補強層4、第1の高分子薄膜2が形成され、これらが高分子複合薄膜1を構成している。基材を水に浸漬し、犠牲層を水に溶解させることで、高分子複合薄膜1を基材から剥離する。そして、基材から剥離した高分子複合薄膜1を支持体5に転写することで、ガス分離体6が得られる。
【0125】
なお、第4実施形態については、犠牲層を形成した後に補強層4を製膜し(第4工程)、その後補強層4を被覆するように、オキシエチレン鎖含有高分子溶液を塗布して第2の高分子薄膜3を製膜・架橋し(第2工程、第3工程)、更に第2の高分子薄膜3を被覆するように、PDMS調製液を塗布して第1の高分子薄膜2を製膜して(第5工程)高分子複合薄膜1を作成してもよい。そして高分子複合薄膜1を構成する補強層4と支持体5とが接するようにガス分離体6を構成してもよく、第1の高分子薄膜2と支持体5とが接するようにガス分離体6を構成してもよい。
【実施例18】
【0126】
実施例11と同様にP(PEGMA)の含有量が0.01g/mL、光重合開始剤の含有量が0.0001g/mLとなるオキシエチレン鎖含有高分子溶液を調製した。これとは別に実施例1と同様にPDMS調製液を調製した。更に、カーボンナノチューブ11が0.00003g/mL含まれる補強材分散液を調製した。
【0127】
次に実施例1と同様にPSSを用いて基材上に犠牲層を形成した。更に、犠牲層が形成された基材上に、上述の操作で作製したオキシエチレン鎖含有高分子溶液をスピンコート(3000rpm,1min)によって塗布した。そしてオキシエチレン鎖含有高分子溶液が塗布された基材を、N2雰囲気中に30分間静置した。その後同雰囲気中においてUV照射を行ってP(PEGMA)を架橋させ、第2の高分子薄膜3を形成した。
【0128】
次に、第2の高分子薄膜3を被覆するように、上述の操作で作製した補強材分散液をスピンコート(3000rpm/1分)によって塗布して補強層4を形成した。次に、補強層4を被覆するように、上述の操作で作製したPDMS調製液をスピンコート(3000rpm/1分)によって塗布した。その後、基材を大気中に一日静置し、PDMSを硬化させて第1の高分子薄膜2を形成した。これによって、基材上に犠牲層と高分子複合薄膜1とを形成した。
【0129】
次に、基材を水に浸漬し、犠牲層を溶解させて高分子複合薄膜1を基材から剥離した。そして、高分子複合薄膜1のうち第1の高分子薄膜2が支持体5と接する態様で、支持体5に高分子複合薄膜1を転写し、ガス分離体6を得た。なお、高分子複合薄膜1の断面をSEMで観察したところ、補強層4は明確に判別できなかった。
【実施例19】
【0130】
カーボンナノチューブ11が0.000015g/mL含まれる補強材分散液を用いたことを除き、実施例18と同じ条件で高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。実施例19においても、高分子複合薄膜1の断面のSEM観察において、補強層4は明確に判別できなかった。
【実施例20】
【0131】
セルロースナノファイバ12が0.0006g/mL含まれる補強材分散液を用いたことを除き、実施例18と同じ条件で高分子複合薄膜1及びガス分離体6を作成した。実施例20においても、高分子複合薄膜1の断面をSEM観察したところ、補強層4は明確に判別できなかった。
【0132】
以下、[表5]に、実施例18~実施例20について、自立性の有無、第1の高分子薄膜2の膜厚、第2の高分子薄膜3の膜厚、補強層4を構成する材料、補強材10の添加量、CO
2透過度、N
2透過度、O
2透過度、選択比CO
2/N
2、O
2/N
2、CO
2/O
2を示す。なお、[表5]には比較例のデータを併せて記載している。
【表5】
【0133】
[表5]に示すように実施例18~実施例20の高分子複合薄膜1はいずれも自立性を備えている。いずれにおいても、PDMSを含む第1の高分子薄膜2の厚みは、比較例のPDMS薄膜とほぼ同一であり、実施例18~実施例20の高分子複合薄膜1は、構成的には比較例のPDMS薄膜の一面に補強材10を偏在させ、これに第2の高分子薄膜3を重畳したものと考えてよい。
【0134】
PDMS及び補強材10を含む第1の高分子薄膜2に第2の高分子薄膜3を重畳することで、全体の膜厚も大きくなり、これに起因して実施例18~実施例20ではCO2、N2、O2透過度は比較例よりも低下する。他方、ガス選択性CO2/N2は比較例よりも大幅に改善され、実施例20を除きO2/N2も改善されることが分かる。
【0135】
ここで実施例18、実施例19は、補強層4をカーボンナノチューブ11で構成したものであり、実施例20は、補強層4をセルロースナノファイバ12で構成したものである。実施例1~実施例3(第1の高分子薄膜2、第2の高分子薄膜3に補強材10を含まないもの)と比較すると、実施例18、実施例19において第2の高分子薄膜3の膜厚は38nmであり、実施例1~実施例3において第2の高分子薄膜3の膜厚は113nm~74nmである。即ち、実施例18、実施例19においては、補強層4を含む第1の高分子薄膜2で第2の高分子薄膜3を支持することで全体の機械的強度が向上し、第2の高分子薄膜3(結果として高分子複合薄膜1)をより薄く構成することが可能となっている。
【0136】
なお、第2実施形態~第4実施形態のガス分離体6においても、第1実施形態(実施例7~実施例10)で説明したのと同様に、第2の高分子薄膜3から第1の高分子薄膜2の順にガスを透過させた場合はガス選択性がより優れ、他方、第1の高分子薄膜2から第2の高分子薄膜3の順にガスを透過させた場合はガス透過性がより優れていた。
【0137】
このように第1実施形態~第4実施形態によれば、性質の異なる2つの高分子薄膜を組み合わせ、あるいは更に補強材10を組み合わせる(複合化する)、あるいは補強層4を組み合わせる構成により、ガス透過性とガス選択性とをバランスよく備える高分子複合薄膜1が実現される。
【0138】
(第5実施形態)
図3は、本発明に係るガス分離体6を備えるガス分離装置110の構成を示す説明図である。
図3に示すように、ガス分離装置110は、送風機114、プレフィルタ111、集塵フィルタ112、ガス分離体6で構成され、吸込口115から第1吹出口116a(及び第2吹出口116b)にかけて空気の流路119が形成されている。
【0139】
送風機114は例えばエアーコンプレッサで構成されている。送風機114を駆動することで吸込口115から吸い込まれた空気は空気流AFとして、プレフィルタ111、集塵フィルタ112、ガス分離体6の順に流路119を通過する。
【0140】
ガス分離体6を透過した空気は、空気流AFOとして、ガス分離体6の下流に設けられた第1吹出口116aから排出される。他方、ガス分離体6を透過しなかった空気は空気流AFNとして、ガス分離体6の上流に設けられた第2吹出口116bから排出される。
【0141】
ここで、ガス分離を行うには、ガス分離体6を挟んで上流側の空間(第1空間S1)と下流側の空間(ここでは、外部空間S0)とで気圧差が必要である。第5実施形態のガス分離装置110では、当該気圧差を確保するため、第2吹出口116bにエアーコック117を接続して空気流AFNの流出量を制限するとともに、送風機114によって圧縮空気を送出して第1空間S1を外部空間S0(1気圧)に対して正圧となるように調整している。なお、ガス分離体6に搭載された高分子複合薄膜1のうち透過度が高いものについては、第1空間S1の空気圧は例えば2気圧(第1空間S1と外部空間S0との気圧差=1気圧)程度と緩やかな値に設定することも可能である。更に、本発明に係る高分子複合薄膜1は、ガス選択性が非常に高いことから、ガス分離体6の前後の気圧差が小さくても効率よくガスを分離することができる。
【0142】
また、本発明に係る高分子複合薄膜1(特に、第2実施形態~第4実施形態)は、高分子複合薄膜1に補強材10を包含するように構成したことから、極めて高い機械的強度を備える。このため、第1空間S1と外部空間S0との気圧差を10気圧程度に高く設定することも可能である。
【0143】
プレフィルタ111は、送風機114によって吸い込まれた空気が最初に通過するフィルタであり、空気流AFに含まれる比較的大きな埃を捕集する。集塵フィルタ112は、プレフィルタ111を通過した空気が次に通過するフィルタであり、例えばHEPA(High Efficiency Particulate Air)フィルタが好適に用いられる。
【0144】
ガス分離体6は内部に第1実施形態~第4実施形態で説明した高分子複合薄膜1を備えている。ガス供給部(ここでは送風機114)は、第2の高分子薄膜3、第1の高分子薄膜2の順に(あるいは第1の高分子薄膜2、第2の高分子薄膜3の順に)ガスが透過するようにガスを供給する。これによって、ガス分離装置110の利用者は、ガス選択性あるいはガス透過性がより優れたガス分離体6の構成を選択して、酸素富化空気、二酸化炭素濃縮空気、窒素富化空気を得ることが可能となる。
【0145】
[表1]~[表5]に示すように、本発明に係る高分子複合薄膜1は、N2と比較してCO2及びO2の透過度が高いことから、ガス分離体6を通過して第1吹出口116aから排出される空気流AFOは、通常の空気よりもO2及びCO2の濃度が高くなっている(即ち、酸素富化空気、二酸化炭素濃縮空気)。他方、ガス分離体6を通過せずに第2吹出口116bから排出される空気流AFNは、通常の空気よりも窒素の濃度が高くなっている(即ち、窒素富化空気)。
【0146】
空気流AFOは、空気中のCO2が濃縮されていることから、ガス分離装置110は二酸化炭素濃縮空気を捕捉するCO2回収装置として機能し得る。ここで、ガス分離体6において、高分子複合薄膜1を直列に複数段設け、多段構成としてもよい。ここで一つの高分子複合薄膜1のO2/N2選択比を2.2とするとき、高分子複合薄膜1の段数をPとしたときのガス分離体6全体としてのO2/N2選択比は2.2^Pとなり、段数を多くすることで酸素濃度をより高めることが可能となる。もちろんPを大きくしたとき、ガス分離体6におけるトータルのガス透過度は低下する。この場合は、送風機114を構成するエアーコンプレッサの容量を増大させることで対応可能である。
【0147】
なお本発明者らは、例えば"Polymer Journal (2021) 53:111-119 A new strategy for membrane-based direct air capture"において、ガス分離体6における高分子薄膜を多段構成とすることで、空気中のCO2(0.04%)を40%以上まで濃縮可能であることを報告している。高分子薄膜が多段化されたガス分離装置110は、さまざまなサイズや規模で導入可能であり、新たなCO2回収技術(DAC)となり得る。本発明に係る高分子複合薄膜1は透過性が高く、かつガス選択性も極めて高く、かつ機械的強度も極めて高いことから、空気中のCO2やO2の濃縮や回収に極めて有用である。
【0148】
更に空気流AFOは、酸素富化空気を活用した魚類等の養殖場、酸素燃焼発電プラント、酸素燃焼ボイラー等に活用される。なお空気流AFOはCO2濃度も増大しているが、例えば活性炭や水等を通過させることで空気流AFOからCO2を除去することは比較的容易であり、CO2濃度の増大を抑えた酸素富化空気を大量に得ることが可能である。
【0149】
他方、空気流AFNは例えば消火用途に用いることができる。燃焼に必要なのは可燃物、酸素供給体、点火源の三つの要素であるが、空気中では限界酸素濃度以上でなければ可燃物の燃焼は続かない。窒素濃度が85%を上回る(酸素濃度が14%を下回る)ようにすれば、殆どの可燃物に対して燃焼を抑えることができる。更に空気流AFN(窒素富化空気)は、酸化による食品、美術品等の劣化を防ぐ腐食・腐敗抑制システム(保存システム)等に活用できる。
【0150】
また、石炭、石油、LNGガスといった化石燃料をボイラーで燃焼させ、その熱で作られた蒸気の力でタービンを回して発電する火力発電プラント等においては、通常時は空気流AFO(酸素富化空気)を活用して燃焼効率を向上させ、他方故障等でボイラー等が異常高温となったような場合は、空気流AFN(窒素富化空気)を供給することで火災を防ぐことが可能となる。
【0151】
なお、空気流AFOとして上述した空気のみならず、例えば内燃機関の排気やその他の混合ガスを用いてもよい。この場合においても、排気やその他の混合ガスに対して二酸化炭素濃縮、酸素富化、窒素富化を行うことができる。
【0152】
さて、ポリシロキサンの中でもPDMSは特に自由体積(free volume)の割合が大きいことが知られている。実際に陽電子消滅法で見積もられたポリマー内部の空洞半径(cavity radius)は1nm以下とされている(Yampolskii,Pinnau,Freeman, 2006 John Wiley & Sons, Ltd "Materials Science of Membranes for Gas and Vapor Separation" p.125参照)。従って、このサイズを越えるいわゆるナノ粒子はPDMS膜を透過することは困難であり、空気流AFOはナノ粒子をも含まない清浄な空気となる。
【0153】
このように本発明に係る高分子複合薄膜1を備えるガス分離装置110は、高い透過度、選択性及び機械的強度に加えて、上述した集塵フィルタ112でも除去できないナノサイズの微粒子を除去する機能をも備えることとなり、高分子複合薄膜1を応用することで、極めて清浄度が高いクリーンルームシステム(空気清浄機)を実現することが可能となる。
【0154】
以上、本発明に係る高分子複合薄膜1、ガス分離装置110について特定の実施形態あるいは実施例に基づいて説明したが、これらはあくまでも例示であって、本発明はこれらの実施形態・実施例によって限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0155】
本発明に係る高分子複合薄膜1は高いガス透過性・ガス選択性及びと機械的強度とを備え、また高分子複合薄膜1を備えたガス分離装置110は高いガス分離特性を備えることから、例えば化石燃料の燃焼で発生した温室効果ガスであるCO2を発電所や工場などの発生源から分離・回収するCCS(Carbon Dioxide Capture and Storage)や空気中からCO2を直接的に回収するDACに好適に応用することが可能である。
【符号の説明】
【0156】
1 高分子複合薄膜
2 第1の高分子薄膜
3 第2の高分子薄膜
4 補強層
5 支持体
6 ガス分離体
10 補強材
11 カーボンナノチューブ
12 セルロースナノファイバ
110 ガス分離装置
114 送風機