(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-26
(45)【発行日】2025-03-06
(54)【発明の名称】高強度鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250227BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20250227BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20250227BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 302A
C22C38/00 301T
C22C38/60
C21D9/46 G
C21D9/46 J
C21D9/46 P
(21)【出願番号】P 2023539733
(86)(22)【出願日】2022-07-12
(86)【国際出願番号】 JP2022027462
(87)【国際公開番号】W WO2023013372
(87)【国際公開日】2023-02-09
【審査請求日】2023-11-28
(31)【優先権主張番号】P 2021126979
(32)【優先日】2021-08-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】石川 恭平
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/151331(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/262651(WO,A1)
【文献】特開2013-163827(JP,A)
【文献】国際公開第2011/105385(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/120914(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚中心部と、前記板厚中心部の片側又は両側に形成された表層軟質部とを含む高強度鋼板であって、
前記板厚中心部が、質量%で、
C:0.10~0.30%、
Si:0.01~2.50%、
Mn:0.10~10.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0500%以下、
Al:0~1.50%、
N:0.0100%以下、
O:0.0060%以下、
Cr:0~2.00%、
Mo:0~1.00%、
B:0~0.0100%、
Ti:0~0.30%、
Nb:0~0.30%、
V:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Ca:0~0.040%、
Mg:0~0.040%、
REM:0~0.040%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
1.50≦[Si]+[Mn]+[Al]+[Cr]≦20.00を満たし、式中、[Si]、[Mn]、[Al]及び[Cr]は各元素の含有量(質量%)である化学組成を有し、
面積率で、
焼戻しマルテンサイト:85%以上を含むミクロ組織を有し、
前記表層軟質部が、10μm超から板厚の5.0%以下の厚さを有し、
面積率で、
フェライト:80%以上を含むミクロ組織を有し、
前記高強度鋼板の表面から3μm以上の厚さを有する内部酸化層を含み、
前記板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)と前記表層軟質部の平均ビッカース硬さ(Hs)がHs/Hc≦0.50を満たし、
前記高強度鋼板の表面から10μmの深さ位置までの領域におけるボイド面積率が3.0%以下である、高強度鋼板。
【請求項2】
前記板厚中心部が、面積率で、
焼戻しマルテンサイト:85%以上、
フェライト、ベイナイト、パーライト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種:合計で15%未満、並びに
焼入れままマルテンサイト:5%未満からなるミクロ組織を有する、請求項1に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
前記表層軟質部が、面積率で、
フェライト:80%以上、
焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種:合計で20%未満、
パーライト:5%未満、並びに
焼入れままマルテンサイト:5%未満からなるミクロ組織を有する、請求項1又は2に記載の高強度鋼板。
【請求項4】
前記表層軟質部の表面に、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、又は電気亜鉛めっき層をさらに含む、請求項1
又は2に記載の高強度鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板を高強度化すると加工性が低下するため、鋼板において強度と加工性の両立を図ることは一般に困難である。例えば、建設機械用クレーンのブームは、近年の建造物の高層化に伴って長尺化される傾向にあり、したがって軽量化とともに高強度化が求められている。また、鋼板をブームなどの部材に適用する場合には、曲げ加工が施されるため、曲げ加工性に優れた高強度鋼板に対するニーズが高まっている。
【0003】
自動車業界においても、燃費向上の観点から車体の軽量化が求められている。車体の軽量化と衝突安全性を両立するためには、使用する鋼板の高強度化が有効な方法の一つであり、このような背景から高強度鋼板の開発が進められている。一般的に、高強度鋼板では、軟鋼板に対し曲げ加工性などの成形性が低下し、軟鋼板で使用される成形法が適用できない場合がある。したがって、自動車用鋼板の分野においても、曲げ加工性に優れた高強度鋼板に対する高いニーズがある。
【0004】
特許文献1では、板厚中心部と、前記板厚中心部の片側又は両側に形成された表層軟質部とを有する高強度鋼板であって、前記高強度鋼板の断面において、前記板厚中心部の金属組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイト:85%以上等を含み、前記表層軟質部の金属組織が、面積率で、フェライト:65%以上、パーライト:5%以上20%未満等を含み、前記表層軟質部のパーライトとパーライトとの平均間隔が3μm以上であり、前記板厚中心部のビッカース硬さ(Hc)及び前記表層軟質部のビッカース硬さ(Hs)が、0.50≦Hs/Hc≦0.75を満足する高強度鋼板が記載されている。また、特許文献1では、表層軟質部に硬質組織としてパーライトを分布させることで、鋼板の曲げ荷重及び曲げ性を同時に高められると記載されている。
【0005】
特許文献2では、板厚中心部と、該板厚中心部の片側または両側に配置された表層軟化部とを含む引張強度が800MPa以上の高強度鋼板であって、各表層軟化部が10μm超から板厚の30%以下の厚さを有し、前記表層軟化部の平均ビッカース硬さが板厚1/2位置の平均ビッカース硬さの0.60倍以下であり、前記表層軟化部のナノ硬さの標準偏差が0.8以下であることを特徴とする高強度鋼板が記載されている。また、特許文献2では、表層軟化部を有することに加えて、当該表層軟化部の硬さばらつきを抑制することで曲げ性が顕著に向上すると教示されている。
【0006】
特許文献3では、所定の化学成分組成を有し、組織の90%以上がマルテンサイトであり、圧延方向の断面における表層から板厚1/8までの旧オーステナイト粒の平均アスペクト比が3以上、20以下である組織を有することを特徴とする高強度熱延鋼板が記載されている。また、特許文献3では、上記の構成によれば、曲げ加工性と耐摩耗性に優れた降伏強度950MPa以上の高強度熱延鋼板を提供することが可能となると記載されている。
【0007】
特許文献4~10では、素地鋼板の表面に、溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層を有するめっき鋼板であって、前記素地鋼板と前記めっき層との界面から素地鋼板側に向って順に、SiおよびMnよりなる群から選択される少なくとも一種の酸化物を含む内部酸化層と、前記内部酸化層を含む層であって、且つ、前記素地鋼板の板厚をtとしたとき、ビッカース硬さが、前記素地鋼板のt/4部におけるビッカース硬さの90%以下を満足する軟質層と、所定の硬質層とを有し、且つ、前記軟質層の平均深さDが20μm以上、および前記内部酸化層の平均深さdが4μm以上、前記D未満を満足し、引張強度が980MPa以上である高強度めっき鋼板が記載されている。また、特許文献4~10では、内部酸化層の平均深さdを4μm以上に厚く制御して当該内部酸化層を水素トラップサイトとして活用することで水素脆化を有効に抑制でき、内部酸化層の平均深さdと当該内部酸化層の領域を含む軟質層の平均深さDとの関係を適切に制御することで、特に曲げ性が高められると教示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2020/196060号
【文献】国際公開第2018/151331号
【文献】特開2014-227583号公報
【文献】国際公開第2016/111271号
【文献】国際公開第2016/111272号
【文献】国際公開第2016/111273号
【文献】国際公開第2016/111274号
【文献】国際公開第2016/111275号
【文献】国際公開第2015/146692号
【文献】国際公開第2015/005191号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来技術において提案されるように、鋼板の表面に軟質層を配置することで曲げ加工性を改善することが可能である。一方で、鋼板の表面に軟質層を配置すると、一般に表面硬さが低下するため、疵の発生による外観の劣化や、耐摩耗性の低下などを招く場合がある。これに関連して、特許文献3では、表層から板厚1/8までの旧オーステナイト粒の平均アスペクト比を3以上、20以下することで、表面硬さを向上させるとともに、曲げ加工性に優れた鋼板が得られると教示されている。しかしながら、特許文献3では、旧オーステナイト粒の平均アスペクト比以外の表層部における組織制御については必ずしも十分な検討はなされておらず、それゆえ特許文献3に記載の発明においては、曲げ加工性及び表面硬さの向上に関して依然として改善の余地があった。
【0010】
そこで、本発明は、改善された曲げ加工性を有しかつ疵の発生についても抑制可能な高強度鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記目的を達成するために、1250MPa以上の引張強度を有する高強度鋼板において、板厚中心部の平均ビッカース硬さに対して所定の割合の平均ビッカース硬さを有する表層軟質部を設けて曲げ加工性を改善するとともに、当該表層軟質部の最表層部に所定の厚さを有する内部酸化層を形成し、さらに表層近傍に形成されるボイドを適切な範囲内に制御することで、表面硬さを向上させて鋼板表面における疵の発生を抑制することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
上記目的を達成し得た本発明は下記のとおりである。
(1)板厚中心部と、前記板厚中心部の片側又は両側に形成された表層軟質部とを含む高強度鋼板であって、
前記板厚中心部が、質量%で、
C:0.10~0.30%、
Si:0.01~2.50%、
Mn:0.10~10.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0500%以下、
Al:0~1.50%、
N:0.0100%以下、
O:0.0060%以下、
Cr:0~2.00%、
Mo:0~1.00%、
B:0~0.0100%、
Ti:0~0.30%、
Nb:0~0.30%、
V:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Ca:0~0.040%、
Mg:0~0.040%、
REM:0~0.040%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
1.50≦[Si]+[Mn]+[Al]+[Cr]≦20.00を満たし、式中、[Si]、[Mn]、[Al]及び[Cr]は各元素の含有量(質量%)である化学組成を有し、
面積率で、
焼戻しマルテンサイト:85%以上を含むミクロ組織を有し、
前記表層軟質部が、10μm超から板厚の5.0%以下の厚さを有し、
面積率で、
フェライト:80%以上を含むミクロ組織を有し、
前記高強度鋼板の表面から3μm以上の厚さを有する内部酸化層を含み、
前記板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)と前記表層軟質部の平均ビッカース硬さ(Hs)がHs/Hc≦0.50を満たし、
前記高強度鋼板の表面から10μmの深さ位置までの領域におけるボイド面積率が3.0%以下である、高強度鋼板。
(2)前記板厚中心部が、面積率で、
焼戻しマルテンサイト:85%以上、
フェライト、ベイナイト、パーライト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種:合計で15%未満、並びに
焼入れままマルテンサイト:5%未満からなるミクロ組織を有する、上記(1)に記載の高強度鋼板。
(3)前記表層軟質部が、面積率で、
フェライト:80%以上、
焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種:合計で20%未満、
パーライト:5%未満、並びに
焼入れままマルテンサイト:5%未満からなるミクロ組織を有する、上記(1)又は(2)に記載の高強度鋼板。
(4)前記表層軟質部の表面に、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、又は電気亜鉛めっき層をさらに含む、上記(1)~(3)のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、改善された曲げ加工性を有しかつ疵の発生についても抑制可能な高強度鋼板を提供することができる。このような高強度鋼板は、疵の発生に対する抵抗性が高く、外観性状を良好に維持することができるため、例えば自動車の特に準外板部品と呼ばれる高い強度とともに意匠性や外観性が求められるピラー部材のような骨格部材としての使用に非常に有用である。また、このような高強度鋼板は、表面硬さが高くそれゆえ耐摩耗性にも優れるため、例えば建設機械用クレーンのブームなど、高強度に加えて、高い曲げ加工性及び耐摩耗性が求められる用途においても非常に適している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<高強度鋼板>
本発明の実施形態に係る高強度鋼板は、板厚中心部と、前記板厚中心部の片側又は両側に形成された表層軟質部とを含み、
前記板厚中心部が、質量%で、
C:0.10~0.30%、
Si:0.01~2.50%、
Mn:0.10~10.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0500%以下、
Al:0~1.50%、
N:0.0100%以下、
O:0.0060%以下、
Cr:0~2.00%、
Mo:0~1.00%、
B:0~0.0100%、
Ti:0~0.30%、
Nb:0~0.30%、
V:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Ca:0~0.040%、
Mg:0~0.040%、
REM:0~0.040%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
1.50≦[Si]+[Mn]+[Al]+[Cr]≦20.00を満たし、式中、[Si]、[Mn]、[Al]及び[Cr]は各元素の含有量(質量%)である化学組成を有し、
面積率で、
焼戻しマルテンサイト:85%以上を含むミクロ組織を有し、
前記表層軟質部が、10μm超から板厚の5.0%以下の厚さを有し、
面積率で、
フェライト:80%以上を含むミクロ組織を有し、
前記高強度鋼板の表面から3μm以上の厚さを有する内部酸化層を含み、
前記板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)と前記表層軟質部の平均ビッカース硬さ(Hs)がHs/Hc≦0.50を満たし、
前記高強度鋼板の表面から10μmの深さ位置までの領域におけるボイド面積率が3.0%以下であることを特徴としている。
【0015】
先に述べたとおり、鋼板の表面に軟質層を配置することで曲げ加工性を改善することができるものの、一方でこのような表層軟質部に起因して一般に表面硬さが低下するため、疵の発生による外観の劣化や、耐摩耗性の低下などを招く場合がある。そこで、本発明者は、1250MPa以上の引張強度を有する高強度鋼板において、板厚中心部の片側又は両側に設けられる表層軟質部に加えて、当該表層軟質部における最表層部や表層近傍の組織にも着目して検討を行った。より具体的には、本発明者は、まず、所定の厚さを有する表層軟質部のミクロ組織を面積率で80%以上のフェライトを含むものとしつつ、当該表層軟質部の平均ビッカース硬さ(Hs)と板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)をそれらがHs/Hc≦0.50の式を満たすよう制御することで、高強度鋼板の曲げ加工性を顕著に改善することができることを見出した。また、本発明者は、圧延(典型的には熱間圧延及び冷間圧延)後に行われる焼鈍処理において鋼板中の比較的酸化しやすい成分(例えばSi、Al等)が焼鈍雰囲気中の酸素と結合することで鋼板の最表層部に形成される内部酸化層や、他の製造条件に関連して表層近傍に形成される場合があるボイド(空隙)に着目してさらに検討を行った。その結果、本発明者は、SiやAl等の酸化物を含む内部酸化層を鋼板表面から3μm以上の厚さとしつつ、表層近傍に形成されるボイドの面積率、より具体的には鋼板表面から10μmの深さ位置までの領域におけるボイド面積率を3.0%以下に制御することで、鋼板の表面硬さが大きく向上することに加えて、鋼板表面における疵の発生を顕著に抑制することができることを見出した。
【0016】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、内部酸化層中に存在する内部酸化物粒子が鋼中の転位に対する障害物となり、それによって転位運動がピン止めされて鋼板の表面硬さが向上するものと考えられる。より詳しく説明すると、転位とは一般に線状の結晶欠陥を言うものであるが、鋼の変形は、一般的に、鋼中に含まれる転位近傍の鉄原子が外力等によって再配置されることで当該転位の位置が移動することによって生じる。ここで、鋼板の表層部に所定の厚さ、具体的には鋼板の表面(鋼板の表面にめっき層が存在する場合には、めっき層と鋼板の界面)から3μm以上の厚さを有する内部酸化層が形成されていると、その内部には微細な酸化物粒子が数多く分散して存在しているため、このような内部酸化物粒子が障害物となって転位の運動が阻害され、その結果として鋼板の表面硬さが向上するものと考えられる。一方で、単に内部酸化層を形成しただけでは、表面硬さは向上するものの、き裂や剥離など疵の発生を確実に防ぐことができない場合がある。
【0017】
今回、本発明者は、さらに検討を行い、表層近傍に一定量以上のボイド(空隙)が存在する場合には、鋼板が何らかの外力を受けた場合に当該ボイドが起点となって剥離やき裂等の疵の発生が生じる場合があることを見出し、鋼板表面から10μmの深さ位置までの領域におけるボイド面積率を3.0%以下に制御することで、このような疵の発生を確実に抑制できることを見出した。したがって、本発明の実施形態に係る高強度鋼板によれば、例えば優れた曲げ加工性及び疵に対する高い抵抗性が要求される自動車用の高強度鋼板や、さらには優れた曲げ加工性及び耐摩耗性が要求される建設機械用部材、例えばクレーンのブームなどの用途においても良好に使用することが可能である。以下、本発明の実施形態に係る高強度鋼板についてより詳しく説明する。
【0018】
[板厚中心部の化学組成]
まず、板厚中心部の化学組成について説明する。板厚中心部において表層軟質部との境界付近では表層軟質部との合金元素の拡散により化学組成が境界から十分に離れた位置と異なる場合がある。そのような場合には、以下の板厚中心部の化学組成は、板厚1/2位置付近で測定される化学組成をいうものである。また、以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。また、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0019】
[C:0.10~0.30%]
炭素(C)は、所定量の焼戻しマルテンサイトを確保し、鋼板の強度を向上させるのに有効な元素である。これらの効果を十分に得るために、C含有量は0.10%以上である。C含有量は0.12%以上、0.14%以上、0.16%以上又は0.18%以上であってもよい。一方で、Cを過度に含有すると、延性及び/又は曲げ加工性が低下する場合がある。したがって、C含有量は0.30%以下である。C含有量は0.28%以下、0.26%以下、0.24%以下又は0.22%以下であってもよい。
【0020】
[Si:0.01~2.50%]
ケイ素(Si)は、焼入れ性を確保するのに有効な元素である。また、Siは、Alとの合金化を抑制する元素でもある。これらの効果を十分に得るために、Si含有量は0.01%以上である。Si含有量は0.05%以上、0.10%以上、0.15%以上又は0.30%以上であってもよい。一方で、Siを過度に含有すると、板厚中心部が脆化し、曲げ加工性が低下する場合がある。したがって、Si含有量は2.50%である。Si含有量は2.20%以下、2.10%以下、2.00%以下、1.80%以下又は1.50%以下であってもよい。
【0021】
[Mn:0.10~10.00%]
マンガン(Mn)は、脱酸剤として作用する元素である。また、Mnは、焼入れ性を向上させるのに有効な元素でもある。これらの効果を十分に得るために、Mn含有量は0.10%以上である。Mn含有量は0.20%以上、0.50%以上、0.80%以上又は1.00%以上であってもよい。一方で、Mnを過度に含有すると、粗大なMn酸化物が鋼中に形成し、鋼板の伸びが低下する場合がある。したがって、Mn含有量は10.00%以下である。Mn含有量は9.00%以下、8.00%以下、6.00%以下又は5.00%以下であってもよい。
【0022】
[P:0.100%以下]
リン(P)は、製造工程で混入する元素である。P含有量は0%であってもよい。しかしながら、P含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、P含有量は0.0001%以上、0.0005%以上、0.001%以上又は0.005%以上であってもよい。一方で、Pを過度に含有すると、鋼板の板厚中心部に偏析して靭性を低下させる場合がある。したがって、P含有量は0.100%以下である。P含有量は0.080%以下、0.060%以下、0.040%以下又は0.020%以下であってもよい。
【0023】
[S:0.0500%以下]
硫黄(S)は、製造工程で混入する元素である。S含有量は0%であってもよい。しかしながら、S含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、S含有量は0.0001%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方で、Sを過度に含有すると、粗大なMnSが形成して鋼板の靭性が低下する場合がある。したがって、S含有量は0.0500%以下である。S含有量は0.0400%以下、0.0300%以下、0.0200%以下又は0.0100%以下であってもよい。
【0024】
[Al:0~1.50%]
アルミニウム(Al)は、鋼の脱酸剤として作用してフェライトを安定化する元素である。Al含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Al含有量は0.001%以上であることが好ましい。Al含有量は0.01%以上、0.02%以上又は0.03%以上であってもよい。一方で、Alを過度に含有すると、粗大なAl酸化物が生成して鋼板の伸びが低下する場合があるか、及び/又は焼戻しマルテンサイトを十分に生成できない場合がある。したがって、Al含有量は1.50%以下である。Al含有量は1.40%以下、1.30%以下、1.00%以下又は0.80%以下であってもよい。
【0025】
[N:0.0100%以下]
窒素(N)は、製造工程で混入する元素である。N含有量は0%であってもよい。しかしながら、N含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、N含有量は0.0001%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方で、Nを過度に含有すると、粗大な窒化物が形成して鋼板の曲げ加工性及び/又は靭性を低下させる場合がある。したがって、N含有量は0.0100%以下である。N含有量は0.0080%以下、0.0060%以下又は0.0050%以下であってもよい。
【0026】
[O:0.0060%以下]
酸素(O)は、製造工程で混入する元素である。O含有量は0%であってもよい。しかしながら、O含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、O含有量は0.0001%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方で、Oを過度に含有すると、粗大な介在物が形成して鋼板の靭性を低下させる場合がある。したがって、O含有量は0.0060%以下である。O含有量は0.0050%以下、0.0045%以下又は0.0040%以下であってもよい。
【0027】
本発明の実施形態に係る板厚中心部の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、当該板厚中心部は、必要に応じて、残部のFeの一部に替えて以下の任意選択元素のうち少なくとも1種を含有してもよい。例えば、板厚中心部は、Cr:0~2.00%、Mo:0~1.00%及びB:0~0.0100%からなる群より選択される少なくとも1種を含有してもよい。また、板厚中心部は、Ti:0~0.30%、Nb:0~0.30%及びV:0~0.50%からなる群より選択される少なくとも1種を含有してもよい。また、板厚中心部は、Cu:0~1.00%及びNi:0~1.00%からなる群より選択される少なくとも1種を含有してもよい。また、板厚中心部は、Ca:0~0.040%、Mg:0~0.040%及びREM:0~0.040%からなる群より選択される少なくとも1種を含有してもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。
【0028】
[Cr:0~2.00%]
クロム(Cr)は、焼入れ性を高めて鋼板を高強度化するのに有効な元素である。Cr含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Cr含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cr含有量は0.01%以上、0.10%以上又は0.20%以上であってもよい。一方で、Crを過度に含有すると、Crが鋼板の板厚中心部に偏析して粗大なCr炭化物が形成し、鋼板の伸びを低下させる場合がある。したがって、Cr含有量は2.00%以下であることが好ましい。Cr含有量は1.80%以下、1.00%以下、0.50%以下であってもよい。
【0029】
[Mo:0~1.00%]
モリブデン(Mo)は、Crと同様に鋼板の高強度化に有効な元素である。Mo含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Mo含有量は0.001%以上であることが好ましい。Mo含有量は0.01%以上、0.05%以上又は0.10%以上であってもよい。一方で、Moを過度に含有すると、粗大なMo炭化物が形成して鋼板の冷間加工性を低下させる場合がある。したがって、Mo含有量は1.00%以下であることが好ましい。Mo含有量は0.90%以下、0.80%以下又は0.60%以下であってもよい。
【0030】
[B:0~0.0100%]
ホウ素(B)は、鋼板の高強度化に有効な元素である。B含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、B含有量は0.0001%以上であることが好ましい。B含有量は0.0005%以上、0.0010%以上又は0.0015%以上であってもよい。一方で、Bを過度に含有すると、靭性及び又は溶接性が低下する場合がある。したがって、B含有量は0.0100%以下であることが好ましい。B含有量は0.0080%以下、0.0060%以下又は0.0040%以下であってもよい。
【0031】
[Ti:0~0.30%]
チタン(Ti)は、炭化物の形態制御に有効な元素であり、フェライトの強度増加を促す元素でもある。Ti含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Ti含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ti含有量は0.005%以上、0.01%以上又は0.02%以上であってもよい。一方で、Tiを過度に含有すると、粗大な酸化物又は窒化物が鋼中に生成して鋼板の加工性を低下させる場合がある。したがって、Ti含有量は0.30%以下であることが好ましい。Ti含有量は0.20%以下、0.15%以下又は0.10%以下であってもよい。
【0032】
[Nb:0~0.30%]
ニオブ(Nb)は、Tiと同様に炭化物の形態制御に有効な元素であり、ピン止め効果により組織を微細化して鋼板の靭性向上に寄与する元素でもある。Nb含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Nb含有量は0.001%以上であることが好ましい。Nb含有量は0.005%以上、0.01%以上又は0.02%以上であってもよい。一方で、Nbを過度に含有すると、微細で硬質なNb炭化物が多数析出し、鋼板強度の上昇とともに延性が低下し、鋼板の加工性を低下させる場合がある。したがって、Nb含有量は0.30%以下であることが好ましい。Nb含有量は0.20%以下、0.15%以下又は0.10%以下であってもよい。
【0033】
[V:0~0.50%]
バナジウム(V)は、Ti及びNbと同様に炭化物の形態制御に有効な元素であり、ピン止め効果により組織を微細化して鋼板の靭性向上に寄与する元素でもある。V含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、V含有量は0.001%以上であることが好ましい。V含有量は0.005%以上、0.01%以上又は0.02%以上であってもよい。一方で、Vを過度に含有すると、微細でV炭化物が多数析出し、鋼板強度の上昇とともに延性が低下し、鋼板の加工性を低下させる場合がある。したがって、V含有量は0.50%以下であることが好ましい。V含有量は0.30%以下、0.20%以下又は0.10%以下であってもよい。
【0034】
[Cu:0~1.00%]
銅(Cu)は、鋼板の強度向上に有効な元素である。Cu含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Cu含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cu含有量は0.01%以上、0.03%以上又は0.05%以上であってもよい。一方で、Cuを過度に含有すると、赤熱脆性を招いて熱間圧延での生産性が低下する場合がある。したがって、Cu含有量は1.00%以下であることが好ましい。Cu含有量は0.80%以下、0.60%以下又は0.40%以下であってもよい。
【0035】
[Ni:0~1.00%]
ニッケル(Ni)は、Cuと同様に鋼板の強度向上に有効な元素である。Ni含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ni含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ni含有量は0.01%以上、0.03%以上又は0.05%以上であってもよい。一方で、Niを過度に含有すると、延性が低下して鋼板の加工性を低下させる場合がある。したがって、Ni含有量は1.00%以下であることが好ましい。Ni含有量は0.80%以下、0.60%以下又は0.40%以下であってもよい。
【0036】
[Ca:0~0.040%]
カルシウム(Ca)は、微量添加により硫化物の形態を制御することができる元素である。Ca含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ca含有量は0.0001%以上であることが好ましい。Ca含有量は0.0005%以上、0.001%以上又は0.005%以上であってもよい。一方で、Caを過度に含有すると、粗大なCa酸化物が生成して鋼板の加工性を低下させる場合がある。したがって、Ca含有量は0.040%以下であることが好ましい。Ca含有量は0.030%以下、0.020%以下又は0.015%以下であってもよい。
【0037】
[Mg:0~0.040%]
マグネシウム(Mg)は、Caと同様に微量添加により硫化物の形態を制御することができる元素である。Mg含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Mg含有量は0.0001%以上であることが好ましい。Mg含有量は0.0005%以上、0.001%以上又は0.005%以上であってもよい。一方で、Mgを過度に含有すると、粗大な介在物が生成して鋼板の加工性を低下させる場合がある。したがって、Mg含有量は0.040%以下であることが好ましい。Mg含有量は0.030%以下、0.020%以下又は0.015%以下であってもよい。
【0038】
[REM:0~0.040%]
希土類金属(REM)は、Ca及びMgと同様に微量添加により硫化物の形態を制御することができる元素である。REM含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、REM含有量は0.0001%以上であることが好ましい。REM含有量は0.0005%以上、0.001%以上又は0.005%以上であってもよい。一方で、REMを過度に含有すると、粗大な介在物が生成して鋼板の加工性を低下させる場合がある。したがって、REM含有量は0.040%以下であることが好ましい。REM含有量は0.030%以下、0.020%以下又は0.015%以下であってもよい。本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及びランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)の17元素の総称であり、REM含有量はこれら元素の合計含有量である。
【0039】
(その他)
さらに、板厚中心部は、以下の元素を意図的又は不可避的に含有してもよく、それらによって本発明の効果が阻害されることはない。これらの元素は、W:0~0.10%、Ta:0~0.10%、Co:0~0.50%、Sn:0~0.050%、Sb:0~0.050%、As:0~0.050%、及びZr:0~0.050%である。これらの元素の含有量はそれぞれ0.0001%以上又は0.001%以上であってもよい。
【0040】
本発明の実施形態に係る板厚中心部において、上記の元素以外の残部は、Fe及び不純物からなる。不純物とは、鋼板又はその板厚中心部を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。
【0041】
[1.50≦[Si]+[Mn]+[Al]+[Cr]≦20.00]
本発明の実施形態に係る板厚中心部の化学組成は、下記式を満たす必要がある。
1.50≦[Si]+[Mn]+[Al]+[Cr]≦20.00
式中、[Si]、[Mn]、[Al]及び[Cr]は各元素の含有量(質量%)である。先に説明したとおり、本発明の実施形態に係る高強度鋼板では、最表層部に形成される内部酸化物が鋼板の表面硬さを向上させる上で極めて重要である。当該内部酸化層は、主として冷間圧延後の焼鈍処理の際に鋼板中の比較的酸化しやすい成分、例えばSi、Mn、Al及びCrが焼鈍雰囲気中の酸素と結合することで鋼板の最表層部に形成される。したがって、内部酸化層を鋼板の表面硬さを向上させるのに十分な厚さ、具体的には鋼板表面から3μm以上の厚さまで形成させるためには、これらの元素が鋼中に合計で一定量以上含有されている必要がある。本発明の実施形態に係る板厚中心部の化学組成は、各合金元素の含有量を先に説明した範囲内に制御しつつ、Si、Mn、Al及びCrの合計の含有量が1.50%以上、すなわち[Si]+[Mn]+[Al]+[Cr]≧1.50を満たすように制御される。このような板厚中心部の化学組成と特に焼鈍処理の条件等を適切に組み合わせることで、3μm以上の厚さを有する内部酸化層を確実に形成することが可能となる。その結果として、高い表面硬さを達成して鋼板表面における疵の発生を抑制するとともに、優れた耐摩耗性を達成することが可能となる。
【0042】
Si、Mn、Al及びCrの合計の含有量は、1.60%以上、1.70%以上、1.80%以上、1.90%以上、2.00%以上、2.20%以上又は2.50%以上であってもよい。一方で、Si、Mn、Al及びCrの合計の含有量が高すぎると、内部酸化物の形成を促進して表面硬さを高くするという観点からは必ずしも不利に影響はしないものの、個々の合金元素の含有量が高くなりすぎるためにそれに関連する特性が低下する場合がある。したがって、Si、Mn、Al及びCrの合計の含有量は、20.00%以下とする。例えば、Si、Mn、Al及びCrの合計の含有量は、15.00%以下、12.00%以下、10.00%以下、9.00%以下、8.00%以下又は7.00%以下であってもよい。
【0043】
[板厚中心部のミクロ組織]
[焼戻しマルテンサイト:85%以上]
板厚中心部のミクロ組織は、面積率で、85%以上の焼戻しマルテンサイトを含む。焼戻しマルテンサイトは高強度かつ強靭な組織である。本発明に係る実施形態においては、先に説明した所定の化学組成、特には0.10%以上のC含有量を有するとともに、板厚中心部において焼戻しマルテンサイトを85%以上含むことで、高い引張強度、具体的には1250MPa以上の引張強度を確実に達成することが可能となる。焼戻しマルテンサイトの面積率は86%以上、88%以上又は90%以上であってもよい。焼戻しマルテンサイトの面積率の上限は、特に限定されず100%であってもよい。例えば、焼戻しマルテンサイトの面積率は98%以下、96%以下又は94%以下であってもよい。
【0044】
[フェライト、ベイナイト、パーライト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種:合計で15%未満]
板厚中心部のミクロ組織は、面積率で、85%以上の焼戻しマルテンサイトを含むという要件を満足する限り、他の任意の組織を含んでいてよい。特に限定されないが、例えば、板厚中心部において、フェライト、ベイナイト、パーライト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種の面積率の合計は15%未満とすることが好ましい。
【0045】
フェライトは、軟質な組織であるため変形しやすく、鋼板の延性向上に寄与する。したがって、鋼板の延性向上の観点から、板厚中心部のミクロ組織はフェライトを含んでいてもよい。しかしながら、焼戻しマルテンサイトの硬質組織とフェライトの軟質組織の界面は破壊の起点となり得るため、フェライトを過度に含む場合には、鋼板における穴広げ性を低下させる場合がある。また、ベイナイトは硬質であるため、鋼板の強度向上に寄与する。したがって、鋼板の強度向上の観点から、板厚中心部のミクロ組織はベイナイトを含んでいてもよい。しかしながら、ベイナイトを過度に含む場合には、鋼板の強度は向上するものの、ミクロ組織の均一性が低下して鋼板における穴広げ性を低下させる場合がある。ベイナイトは、ラス間に炭化物を有する上部ベイナイト、ラス内に炭化物を有する下部ベイナイト、炭化物を有さないベイニティックフェライト、ベイナイトのラス境界が回復し不鮮明となったグラニュラーベイニティックフェライトのいずれであってもよく、それらの混合組織であってもよい。
【0046】
パーライトは、軟質なフェライトと硬質なセメンタイトが層状に並んだ硬質な組織であり、鋼板の強度向上に寄与する組織である。したがって、鋼板の強度向上の観点から、板厚中心部のミクロ組織はパーライトを含んでいてもよい。しかしながら、軟質なフェライトと硬質なセメンタイトとの界面は破壊の起点となり得るため、パーライトを過度に含む場合には、鋼板における穴広げ性を低下させる場合がある。また、残留オーステナイトは、加工誘起変態(TRIP)効果により鋼板の延性向上に寄与する組織である。したがって、鋼板の延性向上の観点から、板厚中心部のミクロ組織は残留オーステナイトを含んでいてもよい。一方で、残留オーステナイトは、加工誘起変態により焼入れままマルテンサイトに変態するため、残留オーステナイトを過度に含む場合には、鋼板における穴広げ性を低下させる場合がある。
【0047】
フェライト、ベイナイト、パーライト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種の面積率の合計を15%未満に制御することで、これらの組織を過度に含むことの不利益、より具体的には本発明の目的とは関係しない穴広げ性の低下を確実に回避することができ、一方でこれらの組織に起因する追加の効果を十分に発現させることができる。フェライト、ベイナイト、パーライト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種の面積率の合計は0%であってもよいが、例えば、1%以上、3%以上、4%以上又は5%以上であってもよい。また、フェライト、ベイナイト、パーライト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種の面積率の合計は14%以下、12%以下、11%以下又は10%以下であってもよい。
【0048】
[焼入れままマルテンサイト:5%未満]
焼入れままマルテンサイトとは、焼戻されていないマルテンサイト、すなわち炭化物を含まないマルテンサイトを言うものである。焼入れままマルテンサイトは非常に硬質な組織である。したがって、焼入れままマルテンサイトの面積率は0%であってもよいが、強度向上の観点から1%以上又は2%以上であってもよい。一方で、焼入れままマルテンサイトは脆い組織でもあるため、より高い靭性を確保する観点からは、焼入れままマルテンサイトの面積率は5%未満とすることが好ましい。焼入れままマルテンサイトの面積率は4%以下又は3%以下であってもよい。
【0049】
[板厚中心部におけるミクロ組織の同定及び面積率の算出]
[焼戻しマルテンサイト及びベイナイト]
板厚中心部におけるミクロ組織の同定及び面積率の算出は以下のようにして行われる。まず、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を有する試料を採取し、当該断面を観察面とする。この観察面をナイタール試薬で腐食し、腐食された観察面のうち、鋼板表面から板厚の1/4位置を中心とする100μm×100μmの領域を観察領域とする。この観察領域を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて1000~50000倍にて観察する。この観察領域において組織内部に含まれるセメンタイトの位置及びセメンタイトの配列から、以下のようにして焼戻しマルテンサイト及びベイナイトを同定する。焼戻しマルテンサイトでは、マルテンサイトラスの内部にセメンタイトが存在するが、マルテンサイトラスとセメンタイトの結晶方位が2種類以上あり、セメンタイトが複数のバリアントを持つことから、焼戻しマルテンサイトを同定することができる。このようにして同定された焼戻しマルテンサイトの面積率をポイントカウンティング法(ASTM E562準拠)によって算出する。一方、ベイナイトの存在状態としては、ラス状のベイニティックフェライトの界面にセメンタイト又は残留オーステナイトが存在している場合や、ラス状のベイニティックフェライトの内部にセメンタイトが存在している場合がある。ラス状のベイニティックフェライトの界面にセメンタイト又は残留オーステナイトが存在している場合には、ベイニティックフェライトの界面がわかるため、ベイナイトを同定することができる。また、ラス状のベイニティックフェライトの内部にセメンタイトが存在している場合には、ベイニティックフェライトとセメンタイトの結晶方位関係が1種類であり、セメンタイトが同一のバリアントを持つことから、ベイナイトを同定することができる。このようにして同定されたベイナイトの面積率をポイントカウンティング法によって算出する。
【0050】
[フェライト]
まず、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を有する試料を採取し、当該断面を観察面とする。この観察面のうち、鋼板表面から板厚の1/4位置を中心とする100μm×100μmの領域を観察領域とする。この観察領域を走査型電子顕微鏡によって1000~50000倍にて観察することにより電子チャンネリングコントラスト像を得る。電子チャンネリングコントラスト像は、結晶粒内の結晶方位差をコントラストの差として検出する手法であり、この電子チャンネリングコントラスト像において均一なコントラストの部分がフェライトである。このようにして同定されたフェライトの面積率をポイントカウンティング法によって算出する。
【0051】
[パーライト]
焼戻しマルテンサイト及びベイナイトに関連して説明したナイタール試薬で腐食された観察領域を光学顕微鏡によって1000~50000倍にて観察し、観察像において暗いコントラストの領域をパーライトとして同定する。同定されたパーライトの面積率をポイントカウンティング法によって算出する。
【0052】
[残留オーステナイト]
残留オーステナイトの体積率は、X線回折法により測定する。まず、上記のように採取した試料のうち鋼板の表面から板厚の1/4位置までを機械研磨及び化学研磨により除去し、鋼板の表面から板厚の1/4位置の面を露出させる。露出した面にMoKα線を照射し、bcc相の(200)面及び(211)面、並びにfcc相の(200)面、(220)面及び(311)面の回折ピークの積分強度比を求める。この回折ピークの積分強度比から、残留オーステナイトの体積率が算出される。この算出方法としては、一般的な5ピーク法が用いられる。算出された残留オーステナイトの体積率を残留オーステナイトの面積率として決定する。
【0053】
[焼入れままマルテンサイト]
まず、フェライトの同定に用いた観察面と同様の観察面をレペラ液でエッチングし、フェライトの同定と同様の領域を観察領域とする。レペラ液による腐食では、マルテンサイト及び残留オーステナイトは腐食されない。そのため、レペラ液によって腐食された観察領域をFE-SEMで観察し、腐食されていない領域をマルテンサイト及び残留オーステナイトとして同定する。同定されたマルテンサイト及び残留オーステナイトの合計面積率をポイントカウンティング法によって算出する。次に、上で決定した残留オーステナイトの面積率をこの合計面積率から差し引くことにより、焼入れままマルテンサイトの面積率が決定される。
【0054】
[表層軟質部]
上記の板厚中心部の片側又は両側に形成される表層軟質部は10μm超から板厚の5.0%以下の厚さを有し、かつ板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)の0.50倍以下の平均ビッカース硬さ(Hs)を有する(すなわち、Hs/Hc≦0.50)。10μm超の厚さを有しかつHs/Hc≦0.50を満足させることで鋼板の片側又は両側に表層軟質部を設けた効果を確実に発揮させることができ、結果として鋼板の曲げ加工性を顕著に向上させることが可能となる。例えば、曲げ加工性の向上効果をより高めるために、表層軟質部の厚さは、15μm以上、20μm以上、25μm以上、30μm以上、35μm以上、又は40μm以上であってもよい。また、表層軟質部の厚さは、板厚の4.5%以下、4.0%以下、3.5%以下、3.0%以下又は2.5%以下であってもよい。板厚中心部の両側に表層軟質部が形成される場合には、一方の側の表層軟質部の厚さと他方の側の表層軟質部の厚さは同じであってもよいし又は異なっていてもよい。同様に、曲げ加工性の向上効果をより高めるために、表層軟質部の平均ビッカース硬さ(Hs)と板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)の比(Hs/Hc)は、0.50倍未満、0.49倍以下、0.48倍以下、0.47倍以下、0.46倍以下又は0.45倍以下であってもよい。Hs/Hcの下限は特に限定されないが、例えば、Hs/Hcは、0.20倍以上、0.25倍以上又は0.30倍以上であってもよい。板厚中心部の両側に表層軟質部が形成される場合には、一方の側の表層軟質部に関するHs/Hcと他方の側の表層軟質部に関するHs/Hcは同じであってもよいし又は異なっていてもよい。
【0055】
本発明において、「表層軟質部の厚さ」、「板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)」及び「表層軟質部の平均ビッカース硬さ(Hs)」は、以下のようにして決定され、ビッカース硬さ試験については、JIS Z 2244-1:2020に準拠して行われる。まず、鋼板の板厚1/2位置でのビッカース硬さを押し込み荷重10g重で測定し、次いでその位置から板厚に垂直な方向でかつ圧延方向に平行な線上に同様に押し込み荷重10g重で合計3点以上、例えば5点又は10点のビッカース硬さを測定し、それらの平均値が板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)として決定される。各測定点の間隔は、圧痕の4倍以上の距離とすることが好ましい。圧痕の4倍以上の距離とは、ビッカース硬さの測定の際にダイヤモンド圧子によって生じた圧痕の矩形状開口における対角線の長さの4倍以上の距離を意味するものである。次に、グロー放電発光表面分析装置(GDS)を用いて表面から深さ方向にC濃度を測定し、表面からC濃度が次第に増加して母相の平均C濃度(板厚中心部のC含有量)の1/2になるまでの領域を表層軟質部と定義し、表層軟質部の厚さ(μm)及び板厚に占めるその割合(%)が決定される。このようにして決定された表層軟質部内でランダムに10点のビッカース硬さを押し込み荷重10g重で測定し、それらの平均値を算出することによって表層軟質部の平均ビッカース硬さ(Hs)が決定される。板厚中心部の両側に表層軟質部が形成される場合には、上で説明したのと同様に測定することで、他方の側の表層軟質部の厚さ及び平均ビッカース硬さ(Hs)が決定される。
【0056】
[表層軟質部のミクロ組織]
[フェライト:80%以上]
表層軟質部のミクロ組織は、面積率で、80%以上のフェライトを含む。フェライトは軟質な組織であるため変形しやすい組織である。それゆえ、表層軟質部においてフェライトを80%以上含むことで、高い曲げ加工性を達成することができる。フェライトの面積率は82%以上、85%以上、87%以上又は90%以上であってもよい。フェライトの面積率の上限は、特に限定されず100%であってもよい。例えば、フェライトの面積率は98%以下、96%以下又は94%以下であってもよい。
【0057】
[焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種:合計で20%未満]
表層軟質部のミクロ組織は、面積率で、80%以上のフェライトを含むという要件を満足する限り、他の任意の組織を含んでいてよい。特に限定されないが、例えば、表層軟質部において、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種の面積率の合計は20%未満とすることが好ましい。
【0058】
焼戻しマルテンサイト及びベイナイトは硬質な組織である。また、残留オーステナイトは加工誘起変態により硬質な焼入れままマルテンサイトに変態する。このため、鋼板における曲げ加工性をさらに改善する観点から、例えば、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種の面積率の合計は18%以下、16%以下、14%以下又は12%以下であってもよい。焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び残留オーステナイトの少なくとも1種の面積率の合計は0%であってもよいが、例えば、1%以上、3%以上、5%以上、8%以上又は10%以上であってもよい。
【0059】
[パーライト:5%未満]
上記のとおり、表層軟質部のミクロ組織は、面積率で80%以上のフェライトを含むことで十分高い曲げ加工性を達成することができるが、鋼板の曲げ加工性をさらに改善する観点から、硬質組織であるパーライトの面積率は5%未満とすることが好ましい。パーライトの面積率は4.5%以下、4%以下又は3%以下であってもよい。一方で、パーライトの面積率の下限は、特に限定されず0%であってもよい。例えば、パーライトの面積率は1%以上又は2%以上であってもよい。
【0060】
[焼入れままマルテンサイト:5%未満]
パーライトの場合と同様に、鋼板の曲げ加工性をさらに改善する観点から、硬質組織である焼入れままマルテンサイトの面積率は5%未満とすることが好ましい。焼入れままマルテンサイトの面積率は4%以下又は3%以下であってもよい。一方で、焼入れままマルテンサイトの面積率の下限は、特に限定されず0%であってもよい。例えば、焼入れままマルテンサイトの面積率は1%以上又は2%以上であってもよい。
【0061】
[表層軟質部におけるミクロ組織の同定及び面積率の算出]
表層軟質部におけるミクロ組織の同定及び面積率の算出は以下のようにして行われる。まず、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を有する試料を採取し、当該断面を観察面とする。この観察面のうち、表層軟質部と定義される範囲内において板厚方向に偏りがないようにランダムに複数の観察領域を選択する。これらの観察領域の合計面積は、2.0×10-9m2以上とする。残留オーステナイト以外のミクロ組織の同定及び面積率の算出は、観察領域が異なることを除いて、板厚中心部におけるミクロ組織の同定及び面積率の算出と同じである。
【0062】
[残留オーステナイト]
表層軟質部の残留オーステナイトの体積率は、電子後方散乱回折法(EBSD)を用いて観察領域の結晶方位情報を取得することにより求められる。具体的には、まず、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を有する試料を採取する。当該断面を観察面とし、エメリー紙による湿式研磨、1μmの平均粒子サイズを有するダイヤモンド砥粒による研磨、及び化学研磨を観察面に順次施す。次いで、研磨された観察面のうち表層軟質部と定義される範囲内において板厚方向に偏りがないようにランダムに複数の観察領域を選択し、合計で2.0×10-9m2以上の領域の結晶方位を0.05μm間隔で取得する。結晶方位のデータ取得ソフトとしては、株式会社TSLソリューションズ製のソフトウェア「OIM Data Collection TM(ver.7)」を用いる。取得した結晶方位情報は、株式会社TSLソリューションズ製のソフトウェア「OIM Analysis TM(ver.7)」でbcc相とfcc相に分離する。このfcc相が残留オーステナイトである。このようにして得られた残留オーステナイトの体積率を残留オーステナイトの面積率として決定する。
【0063】
[表層軟質部の化学組成]
本発明の実施形態においては、表層軟質部の化学組成は、表面近傍の炭素濃度が低くなること以外は基本的に板厚中心部の化学組成と同等である。先に説明した表層軟質部の定義から、表層軟質部のC含有量は、板厚中心部のC含有量の0.5倍以下となる。
【0064】
[内部酸化層の厚さ:3μm以上]
本発明の実施形態においては、表層軟質部は、鋼板の表面(鋼板の表面にめっき層が存在する場合には、めっき層と鋼板の界面)から3μm以上の厚さを有する内部酸化層を含む。3μm以上の厚さを有する内部酸化層を含むことで、当該内部酸化層中に数多く存在する微細な酸化物粒子によって鋼中に含まれる転位の運動がピン止めされ、その結果として鋼板の表面硬さを顕著に向上させることができると考えらえる。内部酸化層の厚さは4μm以上、5μm以上、6μm以上、8μm以上又は10μm以上であってもよい。内部酸化層の厚さの上限は特に限定されないが、例えば、内部酸化層の厚さは30μm以下、25μm以下又は20μm以下であってもよい。
【0065】
内部酸化層の厚さは、鋼板の表面から鋼板の板厚方向(鋼板の表面に垂直な方向)に進んだ場合における鋼板表面から内部酸化物が存在する最も遠い位置までの距離をいう。内部酸化層の厚さは、鋼板の圧延方向に平行でかつ鋼板の表層部分を含む板厚断面を有する試料を採取し、当該断面をSEM観察することによって決定される。測定する深さは鋼板の表面から50μmまでの領域とする。
【0066】
[表層近傍のボイド面積率:3.0%以下]
本発明の実施形態においては、鋼板の表面(鋼板の表面にめっき層が存在する場合には、めっき層と鋼板の界面)から10μmの深さ位置までの領域におけるボイド面積率が3.0%以下である。表層近傍に一定量以上のボイド(空隙)が存在する場合には、鋼板が何らかの外力、例えば曲げ加工などの外力を受けた場合に当該ボイドが起点となって剥離等による疵の発生が生じる場合がある。本発明の実施形態によれば、鋼板の表面から10μmの深さ位置までの領域におけるボイド面積率を3.0%以下に制御することで、このような疵の発生を確実に抑制することが可能となる。当該ボイド面積率は2.0%以下、1.5%以下、又は1.0%以下であってもよい。当該ボイド面積率の下限は特に限定されず0%であってもよい。例えば、当該ボイド面積率は0.1%以上又は0.5%以上であってもよい。
【0067】
本発明において、ボイド面積率は以下のようにして決定される。まず、バフ研磨で観察面を鏡面仕上げにしたものを観察試料とする。次いで、SEMにより観察試料の表面又はめっき層と地鉄の界面から5μm下を中心として倍率9000倍で撮影し、10μm×10μmの領域を1視野として、隣り合う連続した15視野の反射電子凹凸像を得る。凹凸部分が観察された領域をエネルギー分散型X線分光器(EDS)により分析し、介在物か空隙かの判別を行い、純粋な空隙部分のみをボイドとして計上し、SEMにより撮影した10μm×150μmの領域に占めるボイドの割合をボイド面積率として決定する。
【0068】
[板厚]
本発明の実施形態に係る高強度鋼板は、一般的に0.6~6.0mmの板厚を有する。特に限定されないが、板厚は1.0mm以上、1.2mm以上若しくは1.4mm以上であってもよく、及び/又は5.0mm以下、4.0mm以下、3.0mm以下若しくは2.5mm以下であってもよい。
【0069】
[めっき]
本発明の実施形態に係る高強度鋼板は、耐食性の向上等を目的として、表層軟質部の表面にめっき層をさらに含んでもよい。めっき層は、溶融めっき層及び電気めっき層のいずれでもよい。溶融めっき層は、例えば、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、溶融アルミニウムめっき層、溶融Zn-Al合金めっき層、溶融Zn-Al-Mg合金めっき層、溶融Zn-Al-Mg-Si合金めっき層等を含む。電気めっき層は、例えば、電気亜鉛めっき層、電気Zn-Ni合金めっき層等を含む。好ましくは、めっき層は、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、又は電気亜鉛めっき層である。めっき層の付着量は、特に制限されず一般的な付着量でよい。
【0070】
[機械特性]
本発明の実施形態に係る高強度鋼板によれば、優れた機械特性、例えば1250MPa以上の引張強度を達成することができる。引張強度は、好ましくは1300MPa以上であり、より好ましくは1350MPa以上である。上限は特に限定されないが、例えば、引張強度は2000MPa以下、1800MPa以下又は1650MPa以下であってもよい。同様に、本発明の実施形態に係る高強度鋼板によれば、高い硬度を達成することができ、より具体的には400Hv超の板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)(すなわち板厚1/2位置での平均ビッカース硬さ)を達成することができる。板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)は、好ましくは415Hv以上であり、より好ましくは430Hv以上である。さらに、本発明の実施形態に係る高強度鋼板によれば、優れた曲げ加工性を達成することができ、より具体的には10%以上の全伸びを達成することができる。全伸びは、好ましくは11%以上、より好ましくは12%以上である。上限は特に限定されないが、例えば、全伸びは25%以下又は20%以下であってもよい。引張強度及び全伸びは、鋼板の板幅方向に平行な方向(C方向)から採取したJIS5号試験片に基づいてJIS Z2241:2011に準拠した引張試験を行うことで測定される。
【0071】
本発明の実施形態に係る高強度鋼板は、改善された曲げ加工性を有しかつ疵の発生に対する抵抗性が高く、外観性状を良好に維持することができるため、例えば自動車の特に外観性も要求される骨格部材としての使用に非常に有用である。また、当該高強度鋼板は、表面硬さが高くそれゆえ耐摩耗性にも優れるため、例えば建設機械用クレーンのブームなど、高強度に加えて、高い曲げ加工性及び耐摩耗性が求められる用途においても非常に適している。
【0072】
<高強度鋼板の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係る高強度鋼板の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る高強度鋼板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該高強度鋼板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0073】
本発明の実施形態に係る高強度鋼板の製造方法は、
板厚中心部に関連して上で説明した化学組成を有するスラブを1100~1250℃の温度に加熱し、次いで仕上げ圧延し、仕上げ圧延された鋼板を直ちに40℃/秒以上の平均冷却速度で冷却して590℃以下の温度で巻き取ることを含む熱間圧延工程であって、前記仕上げ圧延の終了温度が840~1050℃であり、巻き取り後の熱延コイルの最高温度が580℃以下に制御され、かつ前記最高温度から500℃までの温度域における保持時間が4時間以下に制限される熱間圧延工程、
得られた熱延鋼板を酸洗する工程、
酸洗された熱延鋼板を30~80%の圧下率で冷間圧延する冷間圧延工程、
得られた冷延鋼板を酸素分圧PO2(atm)の対数logPO2が-20~-16の雰囲気中(Ac3-30)℃以上の温度域で加熱することを含む焼鈍工程、
前記冷延鋼板を0.5~20℃/秒の平均冷却速度で680~780℃の温度まで1次冷却し、次いで20℃/秒超の平均冷却速度で25~600℃の温度まで2次冷却することを含む冷却工程、及び
前記冷延鋼板を100~400℃の温度域で150~1000秒の時間にわたり停留させることを含む焼戻し工程
を含むことを特徴としている。以下、各工程について詳しく説明する。
【0074】
[熱間圧延工程]
[スラブの加熱]
まず、板厚中心部に関連して上で説明した化学組成を有するスラブが加熱される。使用するスラブは、生産性の観点から連続鋳造法において鋳造することが好ましいが、造塊法又は薄スラブ鋳造法によって製造してもよい。使用されるスラブは、高強度鋼板を得るために合金元素を比較的多く含有している。このため、スラブを熱間圧延に供する前に加熱して合金元素をスラブ中に固溶させる必要がある。加熱温度が1100℃未満であると、合金元素がスラブ中に十分に固溶せずに粗大な合金炭化物が残り、熱間圧延中に脆化割れを生じる場合がある。このため、加熱温度は1100℃以上であることが好ましい。加熱温度の上限は、特に限定されないが、加熱設備の能力や生産性の観点から1250℃以下であることが好ましい。
【0075】
[粗圧延]
本方法では、例えば、加熱されたスラブに対し、板厚調整等のために、仕上げ圧延の前に粗圧延を施してもよい。粗圧延は、所望のシートバー寸法が確保できればよく、その条件は特に限定されない。
【0076】
[仕上げ圧延]
加熱されたスラブ又はそれに加えて必要に応じて粗圧延されたスラブは、次に仕上げ圧延を施される。上記のように使用されるスラブは合金元素を比較的多く含有しているため、熱間圧延の際に圧延荷重を大きくする必要がある。このため、熱間圧延は高温で行われることが好ましい。特に仕上げ圧延の終了温度は、鋼板の金属組織の制御の点で重要である。仕上げ圧延の終了温度が低いと、金属組織の不均一となり、成形性が低下する場合がある。このため、仕上げ圧延の終了温度は840℃以上であることが好ましい。一方で、オーステナイトの粗大化を抑制するため、仕上げ圧延の終了温度は1050℃以下であることが好ましい。
【0077】
[巻き取り]
次に、仕上げ圧延された鋼板は、直ちに40℃/秒以上、例えば40~100℃/秒の平均冷却速度で冷却され、次いで590℃以下の温度で巻き取られる。仕上げ圧延後冷却開始までの時間が長いか、仕上げ圧延後の平均冷却速度が遅いか又は巻取温度が高いと、熱延鋼板の表層において内部酸化層の形成が促進されてしまう。形成された内部酸化層はその後の酸洗によっても十分に除去することができないため、内部酸化層を含む状態で冷間圧延工程が行われることになる。この場合には、冷間圧延の際に内部酸化物の周囲にボイドが形成され、最終的に得られる鋼板において3.0%以下のボイド面積率を達成することができない場合がある。熱間圧延工程におけるこのような内部酸化層の形成を確実に抑制するためには、仕上げ圧延された鋼板は、直ちに40℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する必要があり、より具体的には仕上げ圧延後3秒以内に40℃/秒以上の平均冷却速度で冷却される。同じ理由から、巻取温度は590℃以下とする必要があり、好ましくは550℃未満である。
【0078】
巻き取り後の熱延コイル(熱延鋼板)の最高温度は580℃以下に制御され、かつ当該熱延コイルの最高温度から500℃までの温度域における保持時間は4時間以下に制限される。冷間圧延の際に内部酸化物の周囲にボイドが形成されるのを抑制するためには、仕上げ圧延後の冷却及び巻取温度の制御に加えて、巻き取り後の熱延コイルの熱履歴を適切に制御することも重要である。例えば、巻き取り後の熱延コイルに対して冷延性を確保するために保熱処理を施すことがあるが、このような保熱処理が高温でかつ処理時間が長いと、熱延コイルの酸化スケールや表層の内部酸化層が厚く生成する場合がある。このような場合には、その後の酸洗によっても、これらを十分に除去することができず、熱延コイルの幅方向や長手方向に沿って除去のムラが生じ、これに起因してボイドが発生する場合がある。鋼組織の変態は発熱反応であるため、変態速度によっては巻き取り後であっても温度が巻取温度よりも上昇する場合がある。したがって、巻き取り後の熱延コイルの熱履歴を適切に監視及び制御して、過度な酸化スケールや内部酸化層の形成を抑制することが極めて重要となる。好ましくは、巻き取り後の熱延コイルの最高温度は570℃以下に制御され、かつ当該熱延コイルの最高温度から500℃までの温度域における保持時間は3.5時間以下に制限される。温度の測定方法及び測定場所は特に限定されないが、例えば熱延コイルの内側端部から当該熱延コイルの長さ方向の外側端部に向かって約25mの位置における温度を、外部からサーモビューアーで測定してもよいし又は熱電対を熱延コイルに挿入することで測定してもよい。
【0079】
[酸洗工程]
次に、得られた熱延鋼板は、当該熱延鋼板の表面に形成された酸化スケールを除去するために酸洗される。酸洗は、酸化スケールを除去するのに適切な条件下で実施すればよく、一回でもよいし、あるいは酸化スケールを確実に取り除くために複数回に分けて実施してもよい。
【0080】
[冷間圧延工程]
酸洗された熱延鋼板は、冷間圧延工程において30~80%の圧下率で冷延圧延される。冷間圧延の圧下率を30%以上とすることで冷延鋼板の形状を平坦に保ち、最終製品における延性の低下を抑制することができる。冷間圧延の圧下率は、好ましくは50%以上である。一方で、冷間圧延の圧下率を80%以下とすることにより、圧延荷重が過大になって圧延が困難となることを防ぐことができる。冷間圧延の圧下率は、好ましくは70%以下である。圧延パスの回数及びパス毎の圧下率は、特に限定されず、冷間圧延全体の圧下率が上記範囲となるように適宜設定すればよい。
【0081】
[焼鈍工程]
[雰囲気の酸素分圧PO2(atm)の対数logPO2:-20~-16]
[焼鈍温度域:(Ac3-30)℃以上]
得られた冷延鋼板は、例えば連続焼鈍ラインの加熱炉及び均熱炉において、炉内雰囲気の酸素分圧PO2(atm)の対数logPO2を-20~-16に維持しつつ、(Ac3-30)℃以上の温度域で加熱されて焼鈍を施される。ここで、Ac3点は、下記式に基づいて近似的に算出することができる。
Ac3=937.2-436.5×[C]+56×[Si]-19.7×[Mn]-16.3×[Cu]-26.6×[Ni]-4.9×[Cr]+38.1×[Mo]+124.8×[V]+136.3×[Ti]-19.1×[Nb]+198.4×[Al]+3315×[B]
式中、[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[Ti]、[Nb]、[Al]及び[B]は鋼板中の各元素の含有量(質量%)である。
【0082】
上記のような比較的酸化性の雰囲気でかつ高温の条件下で焼鈍を施すことにより、鋼板の表層部を脱炭により軟化して所望の表層軟質部を形成するとともに、雰囲気からの酸素を鋼中に拡散させて鋼板の表面近傍に所望の内部酸化層を形成することができる。より具体的には、加熱炉及び均熱炉において(Ac3-30)℃以上の温度域で加熱することにより鋼板の表層部における脱炭が進み、表層部の炭素量が低下する。表層部の炭素量が低下することで表層部の焼入れ性が低下するため、表層部において適切な量のフェライトを得ることが可能となる。このような脱炭を促進させるため、炉内雰囲気の酸素分圧PO2(atm)を適切な範囲に制御する必要がある。雰囲気の酸素分圧PO2の対数logPO2が-20以上であると、酸素ポテンシャルが十分に高くなって脱炭が進行する。加えて、このような酸化性の雰囲気下では、雰囲気から鋼中への酸素の拡散が促進されて、鋼板の表面近傍に存在するSi、Al、Mn及びCr等の内部酸化が進行し、鋼板の表面近傍に十分な厚さ、より具体的には3μm以上の厚さを有する内部酸化層を形成することができる。logPO2は、好ましくは-19以上である。一方で、logPO2を-16以下に制御することで、酸素ポテンシャルが高すぎることによる過度な脱炭及び内部酸化を抑制することができる。このため、所望の表層軟質部及び内部酸化層を確実に得ることができる。また、Si、Al及びMn等だけでなく、素地鋼板自体も酸化されてしまうことが抑制され、鋼板における所望の表面状態をより得やすくすることができる。logPO2は、好ましくは-17以下である。本方法によれば、冷間圧延工程後の焼鈍工程において内部酸化層が形成されるため、熱間圧延工程において内部酸化層が形成する場合と比較して、冷間圧延の際に内部酸化物の周囲にボイドが形成されることがなく、最終的に得られる鋼板において3.0%以下のボイド面積率を確実に達成することができる。
【0083】
加えて、焼鈍工程において(Ac3-30)℃以上の温度域で加熱することで、焼鈍中にオーステナイトが生成し、板厚中心部における最終組織として所定量の焼戻しマルテンサイトを得やすくすることができる。このため、鋼板における所望の高強度を達成することが可能となる。一方で、焼鈍の温度域が高すぎると、鋼板の特性上は問題ないが、生産性が低下する。このため、焼鈍工程の加熱温度域は1100℃以下であることが好ましく、950℃以下であることがより好ましい。例えば、表層軟質部を鋼板の片側のみに形成する場合には、本焼鈍工程の際に2枚の冷延鋼板を重ねて、上で説明した条件下での焼鈍を施すことにより鋼板の一方の表層部のみを脱炭して軟化するようにしてもよい。
【0084】
[冷却工程]
焼鈍工程に続いて、表層軟質部及び板厚中心部において所望の組織を形成するために、得られた冷延鋼板が0.5~20℃/秒の平均冷却速度で680~780℃の温度まで1次冷却され、次いで20℃/秒超の平均冷却速度で25~600℃の温度まで2次冷却される。
【0085】
[1次冷却:0.5~20℃/秒の平均冷却速度で680~780℃の温度まで冷却]
1次冷却の平均冷却速度を20℃/秒以下とすることにより、表層軟質部におけるフェライトの生成を促進することができる。また、1次冷却における平均冷却速度の上限は、冷却工程を1次冷却と2次冷却の2段階に分けた効果を確実に得るために規定されるものである。このような観点から、1次冷却の平均冷却速度は、好ましくは18℃/秒以下、より好ましくは16℃/秒以下である。冷却工程をこのような2段階とすることで、例えば表層軟質部においてパーライト等を生成させずに又はパーライト等の生成を抑制しつつ、より高いフェライトの面積率を達成することができる。一方、1次冷却の平均冷却速度を0.5℃/秒以上とすることにより、表層軟質部だけでなく板厚中心部におけるフェライト変態及びパーライト変態の過度な進行が抑制されるため、板厚中心部において所定量の焼戻しマルテンサイトを得やすくすることができる。1次冷却の平均冷却速度は、好ましくは1℃/秒以上、より好ましくは2℃/秒以上である。また、1次冷却の冷却停止温度を680℃以上とすることにより、表層軟質部においてフェライト以外の組織が多く生成して鋼板の曲げ加工性が低下することを抑制することができる。1次冷却の冷却停止温度は、好ましくは700℃以上である。一方、1次冷却の冷却停止温度を780℃以下とすることにより、表層軟質部におけるフェライトの生成を促進することができる。
【0086】
[2次冷却:20℃/秒超の平均冷却速度で25~600℃の温度まで冷却]
2次冷却の平均冷却速度及び冷却停止温度は、板厚中心部において所定量の焼戻しマルテンサイトを得るための焼入れままマルテンサイトを形成する上で特に重要である。焼入れままマルテンサイトは、25~600℃の温度域において変態前のオーステナイト粒に存在する微量の転位を核として変態することで生成する。1次冷却後、25~600℃の温度域に到達するまでの平均冷却速度を20℃/秒超とすることにより、変態前のオーステナイト粒に含まれる転位の消滅を抑制することができる。その結果として、板厚中心部の最終組織において85%以上の焼戻しマルテンサイトを確実に達成することができる。2次冷却の平均冷却速度は、好ましくは23℃/秒以上である。また、2次冷却の冷却停止温度は25℃以上であるが、生産性をより向上させる観点から、好ましくは100℃以上である。一方、冷却停止温度を600℃以下とすることにより、板厚中心部におけるフェライト、ベイナイト及びパーライトの生成を抑制しつつ、所定量のマルテンサイトの生成を確実にすることができる。2次冷却の冷却停止温度は、好ましくは500℃以下である。
【0087】
[焼戻し工程]
冷却工程後の冷延鋼板は、板厚中心部において主として焼入れままマルテンサイトを含む。したがって、次の焼戻し工程においてこの焼入れままマルテンサイトを焼戻しマルテンサイトに焼戻す必要がある。より具体的には、焼戻し工程では、冷延鋼板を100~400℃の温度域で150~1000秒の時間にわたり停留させることにより、板厚中心部における焼入れままマルテンサイトを焼戻しマルテンサイトに焼戻して、板厚中心部が主として焼入れままマルテンサイトを含む場合と比較して、鋼板の加工性を向上させることができる。停留温度を100℃以上とすることで焼戻しの効果を確実に得ることができる。一方で、停留温度を400℃以下とすることにより、過度な焼戻しを抑制して鋼板の強度を高いレベルに維持することが可能となる。また、停留時間を150秒以上とすることで、所定量の焼戻しマルテンサイトを得ることを確実にすることができる。一方で、生産性の観点から、停留時間は1000秒以下とすることが好ましい。
【0088】
[めっき処理及び表面処理]
めっき処理として鋼板に溶融亜鉛めっき処理を行う場合、例えば、亜鉛めっき浴の温度より40℃低い温度以上かつ亜鉛めっき浴の温度より50℃高い温度以下の温度に鋼板を加熱又は冷却し、当該鋼板を亜鉛めっき浴に通す。このような溶融亜鉛めっき処理により、表面に溶融亜鉛めっき層を備えた鋼板、すなわち溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。溶融亜鉛めっき層は、例えば、Fe:7~15質量%、並びに残部:Zn、Al及び不純物からなる化学組成を有する。また、溶融亜鉛めっき層は亜鉛合金であってもよい。
【0089】
溶融亜鉛めっき処理後に合金化処理を行う場合、例えば、溶融亜鉛めっき鋼板を460℃以上600℃以下の温度に加熱する。加熱温度が460℃未満では、合金化が不十分な場合がある。一方で、加熱温度が600℃超では、合金化が過剰となって耐食性が劣化する場合がある。このような合金化処理により、表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備えた鋼板、すなわち合金化溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。
【0090】
また、電気めっき処理、蒸着めっき処理等のめっき処理を鋼板に施してもよく、さらに、電気めっき処理後に合金化処理を行ってもよい。また、有機皮膜の形成、フィルムラミネート、有機塩類又は無機塩類処理、ノンクロム処理等の表面処理を鋼板に施してもよい。
【0091】
[後工程の焼戻し]
最後に、鋼板の強度等を調整するため、任意選択で、鋼板に追加の焼戻しを施してもよい。このような焼戻しは、特に限定されず、例えば200~500℃の温度域に鋼板を2秒以上停留させることにより実施してもよい。
【0092】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0093】
[例A]
本例では、まず、表1に示す化学組成を有する板厚20mmの連続鋳造スラブを1100~1250℃の範囲内の所定の温度に加熱し、仕上げ圧延の終了温度が840~1050℃となるような条件下で熱間圧延を実施し、仕上げ圧延後3秒以内に40℃/秒の平均冷却速度で冷却し、次いで表2に示す巻取温度で巻き取った。巻き取り後の熱延コイルは最高温度を580℃以下に制御するとともに、当該熱延コイルの最高温度から500℃までの温度域における保持時間は3.5時間以下とした。熱延コイルの温度は、当該熱延コイルの内側端部から長さ方向の外側端部に向かって約25mの位置に熱電対を挿入することで測定した。次に、得られた熱延鋼板を酸洗し、次いで表2に示す圧下率にて冷間圧延を実施した。次に、得られた冷延鋼板に表2に示す条件下で焼鈍を施すことにより鋼板の表層部を脱炭して軟化し、次いで同様に表2に示す条件下で冷却及び焼戻しを実施した。表3において、表層軟質部を片側のみに設けている鋼板は、焼鈍工程の際に2枚の冷延鋼板を重ねて焼鈍を施すことにより鋼板の一方の表層部のみを脱炭して軟化したものである。最後に、必要に応じて、めっき及び合金化並びに追加の焼戻し処理を行って製品の鋼板を得た。得られた鋼板から採取した試料について、板厚中心部に相当する部分の化学組成を分析したところ、表1に示す化学組成と変化がなかった。
【0094】
【0095】
【0096】
得られた鋼板の特性は以下の方法によって測定及び評価した。
【0097】
[表層軟質部の厚さ、板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)及び表層軟質部の平均ビッカース硬さ(Hs)]
「表層軟質部の厚さ」、「板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)」及び「表層軟質部の平均ビッカース硬さ(Hs)」は、以下のようにして決定し、ビッカース硬さ試験については、JIS Z 2244-1:2020に準拠して行った。まず、鋼板の板厚1/2位置でのビッカース硬さを押し込み荷重10g重で測定し、次いでその位置から板厚に垂直な方向でかつ圧延方向に平行な線上に同様に押し込み荷重10g重で合計5点のビッカース硬さを測定し、それらの平均値を板厚中心部の平均ビッカース硬さ(Hc)として決定した。各測定点の間隔は、圧痕の4倍以上の距離とした。次に、GDSを用いて表面から深さ方向にC濃度を測定し、表面からC濃度が次第に増加して母相の平均C濃度の1/2になるまでの領域を表層軟質部と定義し、表層軟質部の厚さ(%)を決定した。このようにして決定された表層軟質部内でランダムに10点のビッカース硬さを押し込み荷重10g重で測定し、それらの平均値を算出することによって表層軟質部の平均ビッカース硬さ(Hs)を決定した。
【0098】
[内部酸化層厚さ]
内部酸化層の厚さは、鋼板の圧延方向に平行でかつ鋼板の表層部分を含む板厚断面を有する試料を採取して当該断面をSEM観察し、鋼板の表面から鋼板の板厚方向(鋼板の表面に垂直な方向)に進んだ場合における鋼板表面から内部酸化物が存在する最も遠い位置までの距離を測定することによって決定した。測定深さは鋼板の表面から50μmまでの領域とした。
【0099】
[表層近傍のボイド面積率]
表層近傍のボイド面積率は以下のようにして決定した。まず、バフ研磨で観察面を鏡面仕上げにしたものを観察試料とした。次いで、SEMにより観察試料の表面又はめっき層と地鉄の界面から5μm下を中心として倍率9000倍で撮影し、10μm×10μmの領域を1視野として、隣り合う連続した15視野の反射電子凹凸像を得た。凹凸部分が観察された領域をEDSにより分析し、介在物か空隙かの判別を行い、純粋な空隙部分のみをボイドとして計上し、SEMにより撮影した10μm×150μmの領域に占めるボイドの割合をボイド面積率として決定した。
【0100】
[引張強度及び全伸び]
引張強度TS及び全伸びt-Elは、鋼板の板幅方向に平行な方向(C方向)から採取したJIS5号試験片に基づいてJIS Z2241:2011に準拠した引張試験を行うことで測定した。
【0101】
[曲げ加工性の評価]
曲げ加工性は、VDA(ドイツ自動車工業会規格)238-100:2017-04に準拠した曲げ試験により曲げ角度α(°)を測定することにより評価した。
【0102】
[疵発生の評価]
疵の発生は、室温で鋼板の表面(鋼板の表面にめっき層が存在する場合には、めっき層と鋼板の界面)から5μmの深さ位置を、ビッカース硬さ試験機(荷重100g重)で10箇所圧下した際に、圧痕の周囲に長さ3μm以上の微小き裂が発生するか否かによって評価した。具体的には、微小き裂が発生しなかった場合を合格(OK)、微小き裂が発生した場合を不合格(NG)として評価した。
【0103】
引張強度が1250MPa以上、全伸びが10%以上、曲げ角度が70°以上、及び微小き裂が発生しなかった場合を、改善された曲げ加工性を有しかつ疵の発生についても抑制可能な高強度鋼板として評価した。その結果を表3に示す。表3において、表層軟質部が板厚中心部の両側に形成されている鋼板については、一方の側の表層軟質部及び内部酸化層に関する値のみを示している。しかしながら、これらの鋼板はその両側で同じ処理を行って製造されているため、表層軟質部及び内部酸化層に関する値は、鋼板の両側で実質的に同じであり、実際に幾つかの鋼板においてこれらの値が鋼板の両側で同じであることを確認した。
【0104】
【0105】
【0106】
表3を参照すると、比較例22では、焼戻しマルテンサイト及び焼入れままマルテンサイトの合計面積率は比較的高かったが、C含有量が低かったために引張強度が低下した。比較例23では、C含有量が高かったために引張強度は向上したものの、曲げ加工性が低下した。比較例24では、Si含有量が高かったために曲げ加工性が低下した。比較例25では、Mn含有量が高かったために曲げ加工性が低下した。比較例26では、Al含有量が高かったために粗大なAl酸化物が生成したものと考えられ、その結果として曲げ加工性が低下した。比較例27では、Cr含有量が高かったために粗大なCr炭化物が生成したものと考えられ、その結果として曲げ加工性が低下した。比較例28では、Si、Mn、Al及びCrの合計含有量が低かったために、内部酸化層を十分に形成することができず、その結果として表面硬さが低下し、微小き裂の発生が観察された。比較例29では、巻取温度が高かったために熱間圧延工程の際に内部酸化層が形成されてしまった。このため、その後の冷間圧延の際に内部酸化物の周囲にボイドが形成されたと考えられ、その結果として最終製品の鋼板において表層近傍のボイド面積率を十分に低減できず、微小き裂の発生が観察された。比較例30では、2次冷却の停止温度が高かったために板厚中心部において所望量の焼戻しマルテンサイトが生成せず、結果として引張強度が低下した。比較例31では、1次冷却の平均冷却速度が速かったために、表層軟質部においてフェライトを十分に生成させることができず、その結果としてHs/Hcの値が高くなり、曲げ加工性が低下した。比較例32では、焼鈍工程における酸素分圧PO2の対数logPO2が低かったために、脱炭が促進されず、内部酸化層を十分に形成することができなかった。その結果として表面硬さが低下し、微小き裂の発生が観察された。
【0107】
これとは対照的に、実施例1~21では、所定の化学組成及び/又はミクロ組織を有する板厚中心部及び表層軟質部をそれらの平均ビッカース硬さがHs/Hc≦0.50を満足するよう制御し、さらに内部酸化層を鋼板表面から3μm以上の厚さとしつつ、表層近傍のボイド面積率を3.0%以下に制御することで、1250MPa以上の高強度を有するにもかかわらず曲げ加工性を改善することができ、さらには鋼板表面における疵の発生についても顕著に抑制することができた。
【0108】
[例B]
本例では、巻き取り後の熱履歴の制御が、得られる鋼板の特性に与える影響について調べた。具体的には、表3の実施例16を基準(巻き取り後の熱延コイルの最高温度567℃及び当該最高温度から500℃までの温度域における保持時間3.5時間)とし、比較例33及び34において巻き取り後の熱延コイルの最高温度及び当該最高温度から500℃までの温度域における保持時間を変化させた。比較例33及び34における他の製造条件は、実施例16と同じであった。その結果を表4に示す。
【0109】
【0110】
表4を参照すると、巻き取り後の熱延コイルの最高温度が580℃以下であり、当該最高温度から500℃までの温度域における保持時間が4時間以下である実施例16では、既に表3でも示したように、最終製品の鋼板において表層近傍のボイド面積率が0.0%であって、それゆえ3.0%以下に十分に低減されていた。その結果として、実施例16では微小き裂の発生は観察されなかった。一方で、巻き取り後の熱延コイルの最高温度が580℃超の比較例33及び最高温度から500℃までの温度域における保持時間が4時間超の比較例34では、表層近傍のボイド面積率を3.0%以下に制御することができず、微小き裂の発生が観察された。この結果は、巻き取り後の熱延コイルの最高温度が高いか又は保持時間が長かったために熱間圧延工程の際に内部酸化層が形成されてしまい、その後の冷間圧延の際に内部酸化物の周囲にボイドが形成されたことに起因するものと考えられる。