(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-26
(45)【発行日】2025-03-06
(54)【発明の名称】クロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/04 20060101AFI20250227BHJP
G01N 30/86 20060101ALI20250227BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20250227BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20250227BHJP
【FI】
G01N30/04 P
G01N30/86 J
G01N30/06 Z
G01N30/72 A
(21)【出願番号】P 2023543495
(86)(22)【出願日】2021-08-23
(86)【国際出願番号】 JP2021030849
(87)【国際公開番号】W WO2023026330
(87)【国際公開日】2023-03-02
【審査請求日】2024-02-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】506208908
【氏名又は名称】学校法人兵庫医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】横山 智教
(72)【発明者】
【氏名】尾島 典行
(72)【発明者】
【氏名】田中 玲子
(72)【発明者】
【氏名】西海 信
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/064530(WO,A1)
【文献】特開2013-139755(JP,A)
【文献】国際公開第2021/66178(WO,A1)
【文献】特開2006-78419(JP,A)
【文献】伴創一郎ほか,QuEChERS改良法による農産物中残留農薬一斉分析法の妥当性評価,京都市衛生公害研究所年報,2010年10月
【文献】上野英二,サロゲート物質の食品中残留農薬分析への利用について,食品衛生学雑誌,日本,社団法人日本食品衛生学会,2008年10月25日,J-309-J-313
【文献】UENO, E. et al.,Multiresidue analysis of pesticides in vegetables and fruits by gas chromatography/mass spectrometry,JOURNAL OF AOAC INTERNATIONAL,2004年,Vol.87, No.4,P1003-1015
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 -30/96
G01N 27/60 -27/92
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に含まれる多数の
分析対象物を、クロマトグラフを用いて分析した結果を補正するマルチ補正分析方法であって、分析対象とされる試料に含まれる可能性のある多数の分析対象物の少なくとも一部を、分析条件を異ならせて前記試料を複数回、クロマトグラフ分析することにより得られた前記一部の分析対象物の各々の測定値の変化率に基づいて複数にグループ分けし、グループ毎にそれぞれサロゲート物質を定め、そのサロゲート物質を、各グループに含まれる分析対象物質に共通の内部標準物質として前記試料に添加し、該試料をクロマトグラフ分析した結果から得られた前記分析対象物質の測定値を、該分析対象物質が属するグループに対応する内部標準物質の測定値で補正する、クロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法において、
異ならせる前記分析条件が、試料のpH、試料中の脂質の量、イオン化を促進させるための化学反応の試薬量、イオン化を促進させるための化学反応時間、クロマトグラフ分析装置の試料注入用容器の使用回数、クロマトグラフ分析に用いられる分離カラムの使用回数のいずれか一
つである、クロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法。
【請求項3】
請求項1に記載のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法において、
前記サロゲート物質は、それが割り当てられたグループに含まれる分析対象物質のうちの一つが安定同位体標識された化合物である、クロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法。
【請求項4】
請求項1に記載のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法において、
前記分析条件を異ならせて前記試料を複数回、クロマトグラフ分析することが、異なる複数種類の装置の各々で前記試料をクロマトグラフ分析することである、クロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法。
【請求項5】
請求項1に記載のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法において、
前記クロマトグラフ分析が、ガスクロマトグラフィ質量分析である、クロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法。
【請求項6】
請求項1に記載のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法であって、
前記試料が血漿を含む試料である、クロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、 クロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフ(GC)や液体クロマトグラフ(LC)などのクロマトグラフを用いて試料中の化合物の測定値を補正する際には、一般にその試料に含まれていない標準物質の測定値を用いる。予め試料とは別に標準物質を含む試料を測定する外部標準法と、試料に内部標準物質を添加する内部標準法などの手法がある。
【0003】
外部標準法では、試料とは別に標準物質を含んだ標準試料を用意し、該標準試料を測定してデータを収集する。そして、未知試料を測定して得られたクロマトグラムに現れる分析対象物質由来のピークの面積値を求め、この面積値と標準物質の面積値との比を計算する。面積値の比を用いることで試料間の分析対象物質の量比を比較することができる。外部標準法では、夾雑物の影響等がない限り、高精度の補正が可能である。その反面、分析対象物質毎に標準試料を用意する必要がある。
【0004】
一方、内部標準法では、クロマトグラフによって(検出器として質量分析計を用いる場合には、さらに質量電荷比の相違によって)分析対象物質と分離可能であって保持時間が分析対象物質にできるだけ近い内部標準物質を、未知試料に添加し、これを測定してデータを収集する。このデータに基づいて作成されるクロマトグラムから、内部標準物質由来のピークと分析対象物質由来のピークの面積値をそれぞれ求め、その比(ピーク面積比)を求める。内部標準法では、クロマトグラフへの試料の注入量のばらつきや試料溶媒の揮発等による測定誤差を回避することができる。
【0005】
残留農薬や環境汚染物質の検査、薬毒物スクリーニングなどにおいては、1回の分析で数十種類から数百種類もの化合物のピーク面積比が求められ、予め作成された検量線を用いて定量することが行われている。こうした多成分一斉分析には、クロマトグラフによる時間的な成分分離だけでなく質量電荷比に応じた成分分離も行えるガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)や液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)が利用されている。多成分一斉分析の場合、分析対象物質毎に標準物質を用意するのはコストや分析効率の点から実質的に不可能である。そのため、従来一般には、保持時間が近い複数の分析対象物質をグループ分けし、グループ毎にそれぞれ適当な、具体的には各グループに属する分析対象物質と保持時間ができるだけ近く物理的、化学的に安定である化合物を内部標準物質として割り当て、その内部標準物質を用いて内部標準法による補正を行うという作業が行われている。
【0006】
ところで、例えばGC/MSでは、カラム入口に設けられた注入口インサート、カラム、或いはイオン源等の装置の状態によっては、分析の途中段階で或る種の分析対象物質の吸着や分解が起こり易い。分析対象物質と内部標準物質の物理的、化学的性質の違いでそうした吸着や分解などの程度が異なる場合には、これら内部標準物質を用いた内部標準法による補正では、上記のような要因による面積値の変動を補正することができないことが多い。また、上述したような装置の状態に依存する要因だけでなく、試料からの分析対象物質の抽出、精製、濃縮或いは定容といった前処理操作によっても分析対象物質の一部が失われ、面積値が変動してしまうことがある。
【0007】
上述した様々な要因や前処理操作による面積値の変動を補正する手法としてサロゲート法が従来用いられている。サロゲート法では、分析対象物質と物性が類似する物質をサロゲート物質として選択し、一定量のサロゲート物質を前処理操作前の試料に添加して前処理操作を行い、得られたサロゲート物質と分析対象物質の回収率の前処理操作による変動率が同じと仮定して面積値を補正する手法である(特許文献1など参照)。サロゲート物質としては、分析対象物質と分離可能であって且つ物性ができるだけ類似している化合物が望ましく、一般には、分析対象物質と同構造で安定同位体(一般には炭素の安定同位体である炭素13(13C))で標識された化合物が用いられる。
【0008】
また、通常、上述した内部標準物質を前処理操作前に添加することで、前処理操作の段階での化合物の損失まで反映した精度の高い補正が可能である。ただし、サロゲート物質を内部標準物質として補正を行う場合も、上述した内部標準法による補正と同様、分析対象物質毎にサロゲート物質を用意することは困難である。特に、分析対象物質が数百を超えるような多成分一斉分析においては、全ての分析対象物質に対してそれぞれ個別にサロゲート物質を用意することは現実的でない。
【0009】
そこで、試料に含まれる分析対象物質の全てについて同一条件の下でシリカゲルカラムクロマトグラフィーを行ったときの溶出位置、又はヘキサン-アセトニトリル分配法における分配率を測定した結果の少なくともいずれかを用いて分析対象物質をグループ分けし、グループ毎にそれぞれ異なるサロゲート物質を選定する方法が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2003-342291号公報(段落[0003])
【文献】国際公開第WO2015/064530号
【非特許文献】
【0011】
【文献】Oncotarget 2017 8(10), pp. 17115-17126
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献2の方法では、極性、揮発性、分解性といった化学的性質、物理的性質の類似性、相違性に応じて、分析対象物質がグループ分けされる。したがって、例えば食品中の残留農薬や環境汚染物質のように、化学的性質、物理的性質が様々である多数の化合物を定量分析する場合には、特許文献2に記載の方法を用いることにより分析対象物質を適切にグループ分けすることができる。
【0013】
これに対して、特定の疾患の原因解明、疾患のマーカ物質の探索、創薬スクリーニング等を目的として行われる、生体試料中の代謝物の分析においては(非特許文献1)、分析対象物質の多くの化学的性質、物理的性質が類似しているため、特許文献2に記載の方法では、分析対象物質を適切にグループ分けすることが難しい。特に、生体試料中の代謝物をGC/MSを使って分析する場合、代謝物のイオン化を促進するために該代謝物を誘導体化するための試薬が前処理操作の段階で試料に添加される。誘導体化されることで、代謝物相互の化学的性質、物理的性質がより類似するため、グループ分けがさらに難しくなる。
【0014】
本発明が解決しようとする課題は、化学的性質、物理的性質が類似する多数の分析対象物質を、クロマトグラフを用いた一度の分析で測定する場合に、全ての分析対象物質に個々に対応する内部標準物質やサロゲート物質を用意しなくても、前処理操作の段階や分析の途中での分析対象物質の損失の影響を考慮した補正を可能とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するためになされた本発明は、
試料に含まれる多数の分析対象物を、クロマトグラフを用いて分析した結果を補正するマルチ補正分析方法であって、分析対象とされる試料に含まれる可能性のある多数の分析対象物の少なくとも一部を、分析条件を異ならせて前記試料を複数回、クロマトグラフ分析することにより得られた前記一部の分析対象物の各々の測定値の変化率に基づいて複数にグループ分けし、グループ毎にそれぞれサロゲート物質を定め、そのサロゲート物質を、各グループに含まれる分析対象物質に共通の内部標準物質として前記試料に添加し、該試料をクロマトグラフ分析した結果から得られた前記分析対象物質の測定値を、該分析対象物質が属するグループに対応する内部標準物質の測定値で補正するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、化学的性質、物理的性質が類似する多数の分析対象物質を、クロマトグラフを用いた一度の分析で測定する場合に、全ての分析対象物質に個々に対応する内部標準物質やサロゲート物質を用意しなくても、前処理操作の段階や分析の途中での分析対象物質の損失の影響を考慮した補正を可能とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明に係る補正分析方法を実施するGC/MSの概略的な装置構成図。
【
図2】分析対象の試料が血漿試料であるときの、前処理からGC/MS分析までの処理の流れと、該試料に含まれる代謝成分の検出感度に影響を及ぼす要因との関係を説明する図。
【
図3】試料と誘導体化試薬との量比と、試料に含まれる各代謝物の測定値の変化率との関係を示すグラフ(上段)、及び各量比における試料と誘導体化試薬の分注量を示す表(下段)。
【
図4】誘導体化の反応時間と、試料に含まれる各代謝物の面積値の変化率との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る補正分析方法について、添付図面を参照して詳述する。
図1は補正分析方法を実施するGC/MSの一実施例の概略構成図である。
【0019】
このGC/MSは、ガスクロマトグラフ(GC)1と、質量分析計2と、データ処理部3と、分析制御部4と、中央制御部5と、入力部6と、表示部7と、を備える。GC1は、微量の液体試料を気化させる試料気化室10と、試料気化室10中に液体試料を注入するマイクロシリンジ11と、試料成分を時間方向に分離するカラム13と、カラム13を温調するカラムオーブン12と、を備える。質量分析計2は、図示しない真空ポンプにより真空排気される分析室20の内部に、測定対象である化合物を電子イオン化法などのイオン化法によりイオン化するイオン源21と、イオンを収束しつつ輸送するイオンレンズ22と、4本のロッド電極から成る四重極マスフィルタ23と、入射したイオンの量に応じたイオン強度信号を検出信号として出力する検出器24と、を備える。
【0020】
検出器24によるイオン強度データが入力されるデータ処理部3は、データ格納部30、クロマトグラム作成部31、ピーク検出部32、ピーク面積比計算部33、及び内部標準物質データベース35、を機能ブロックとして含み、試料に含まれる多数の分析対象物質の面積値をそれぞれ補正する。本実施例では、この面積値(クロマトグラムにおける分析対象物質由来のピークの面積値)が、分析対象物質の測定値に相当する。内部標準物質の測定値も同様である。なお、ピークの面積値に限らず、ピークの高さ値を「測定値」としてもよい。
【0021】
分析制御部4は中央制御部5の指示の下に、GC1及び質量分析計2の動作をそれぞれ制御する機能を有する。中央制御部5は、入力部6や表示部7を通したユーザインターフェイスのほか、システム全体の統括的な制御を担う。この中央制御部5に含まれる記憶装置には、多成分一斉分析を行うための特徴的な制御を実施する多成分一斉分析制御プログラム8が格納されており、CPU等がこのプログラム8に従って分析制御部4を通して各部を制御することで、試料に含まれる多くの分析対象物質を一斉に分析し、分析により得られた結果(面積値)を補正するために必要な測定やデータ処理が実行される。
【0022】
なお、中央制御部5やデータ処理部3は例えばパーソナルコンピュータをハードウエア資源として、該コンピュータに予めインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアを該コンピュータ上で実行することによりそれぞれの機能を実現する構成とすることができる。この場合、入力部6はコンピュータに付設されたキーボードやポインティングデバイス(マウス等)であり、表示部7はコンピュータのディスプレイモニタである。
【0023】
次に、
図1に示したGC/MSにおける基本的なGC/MS分析動作を概略的に説明する。
マイクロシリンジ11から試料気化室10内に少量の液体試料が滴下されると、液体試料は試料気化室10内で短時間に気化し、該試料中の各種物質はヘリウム等のキャリアガスの流れに乗ってカラム13中に送り込まれる。カラム13を通過する間に、試料中の各物質はそれぞれ異なる時間だけ遅れてカラム13出口に達する。カラムオーブン12は略一定温度を保つように或いは予め決められた温度プロファイルに従って昇温するように制御される。質量分析計2においてイオン源21は、カラム13出口から供給されるガス中の物質を順次イオン化する。
【0024】
分析制御部4により、四重極マスフィルタ23の各ロッド電極には、特定の質量電荷比を有するイオンを通過させるような電圧が印加される。これにより、イオン源21に導入された化合物由来の各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンが四重極マスフィルタ23を通り抜けて検出器24に到達し、該イオンの量に応じた信号がデータ処理部3に出力される。ここでは、分析対象物質自体は既知である(ただし、実際に試料に含まれるかどうかは分からない)。例えば、特定の疾患に罹患しているか否かを判定するマーカ物質を探索するために行われる分析においは、血液等の生体試料に含まれる既知の代謝物が分析対象物質となる。したがって、分析対象物質に由来する検出対象のイオンの質量電荷比は既知であり、またその物質の保持時間も既知である。そのため、質量分析計2では、分析対象物質毎に保持時間近傍の所定の測定時間範囲内で検出する質量電荷比を定めたSIM(選択イオンモニタリング)測定を実施すれば、分析対象物質由来のイオンを漏れなく検出することができる。
【0025】
GC/MSにおいて、未知試料に含まれる分析対象物質を一斉に分析し、測定するためには、内部標準法による補正を行うための内部標準物質データベースを構築しておく必要がある。本実施形態においては、未知試料に含まれている可能性のある多数の分析対象物質が複数のグループに分けられ、そのグループ毎にサロゲート物質が選定され、該サロゲート物質を内部標準物質とした内部標準法による補正が行われる。以下、サロゲート物質(内部標準物質)の選定方法について説明する。
【0026】
図2は、GC/MSで生体試料(血漿)中の多種類の代謝物を分析する場合における、試料の前処理からGC/MSに試料が導入されるまでの操作の一般的な流れを示している。
図2の上段に示すように、前処理は、除タンパク質処理、乾燥濃縮処理、誘導体化処理からなる。
【0027】
除タンパク質処理は、被験者から採取された血漿にメタノールを添加し、振とう抽出した後、遠心分離し、その上清を採取する処理からなる。血漿に添加されるメタノールには予め内部標準物質が含まれている。
【0028】
除タンパク質処理により得られた試料(除タンパク質試料)は、続いて、真空濃縮処理された後、代謝物を誘導体化するための処理が行われる。
図2には、誘導体化として、オキシム化とシリル化の2種類の誘導体化処理が行われる例が示されている。まずは、真空濃縮された除タンパク質試料にオキシム化試薬を添加して振とうし、代謝物とオキシム化試薬を反応させる。これにより、代謝物がオキシム化された試料(オキシム化試料)が得られる。さらに、該オキシム化試料を遠心分離して上清を採取する。この上清に、シリル化試薬を添加し、振とうして代謝物とシリル化試薬を反応させる。これにより、代謝物がオキシム化、シリル化された試料(誘導体化試料)が得られる。このようにして得られた誘導体化試料をGC/MSに注入し、GC/MS分析を行う。なお、オキシム化試薬としてペンタフルオロベンジル及びヒドロキシアミン塩酸塩が挙げられ、シリル化試薬としてトリメチルシリル化剤(BSTFA、MSTFA、TMSI-H)が挙げられる。
【0029】
試料の前処理操作からGC/MSに試料が導入され、分析が終了するまでの過程において、代謝物の検出感度に影響を及ぼす主な要因として、以下の(1)~(6)が挙げられる。代謝物の検出感度は、これらの要因の積によって決定づけられる。
(1)生体試料(血漿)中の液液抽出における抽出効率、
(2)イオン化を促進するための誘導体化反応の反応効率、
(3)質量分析装置へ注入してからイオン化までに装置内に吸着しない割合、
(4)イオン化効率、
(5)イオンの質量分離部での透過率、
(6)検出器の検出効率。
【0030】
要因(4)~(6)に関して、GC/MSの装置が同じモデル(型式)であれば、前処理段階やGC/MSを用いた分析における個々の処理条件が変わっても、各分析対象物質の相対的な測定値は大きく変化しないことが経験上分かっている。一方、要因(1)~(3)に関しては、個々の処理条件の変動の影響が分析対象物質毎に異なる場合があり、その結果、分析対象物質毎に検出感度が相違することになる。そこで、要因(1)~(3)のいずれか一つに影響を及ぼすような条件を設定し、同じ試料について、該条件を異ならせてGC/MS分析を行い、異なる条件の下で得られた各分析対象物質の測定値の変化率に基づき分析対象物質のグループ分けを行った。
【0031】
具体的には、要因(1)に影響を及ぼす条件として、(1-1) 試料のpH、(1-2) 試料中のマトリックス(脂質)量を、要因(2)に影響を及ぼす条件として、(2-1) 誘導体化反応時間、(2-2) 誘導体化反応試薬と試料の量比を、要因(3)に影響を及ぼす条件として、(3-1) インサートの使用回数、(3-2) カラムの使用回数、(3-3) イオン源の使用回数を設定した。(3-1)~(3-3)については、使用回数が多くなると吸着量が減少することが知られている。
【0032】
そして、生体試料(血漿)について、上記条件のいずれか一つを異ならせてGC/MS分析を行い、得られた結果から作成されるクロマトグラムに現れる分析対象物質由来のピークから面積値を求め、条件を変更する前後の面積値の変化率を指標としてクラスター解析を行うことにより代謝物のグループ分けを行った。以下、具体的な実施例について説明する。
【0033】
[実施例1]
図3の上段は、条件(2-
2)として誘導体化試薬(トリメチルシリル(TMS)化剤)と試料の量比(=試料/全量(v/v))を0.33、0.50、0.67、0.75、0.83に変化させ、それ以外の条件は同じにしてGC/MS分析したときの各代謝物の面積値の変化率を表すグラフである。このグラフでは、量比が0.67のときを基準条件とし、そのときの面積値を1として、それ以外の量比のときの面積値を表している。
図3の下段の表に示すように、この実施例ではTMS化剤としてMSTFA(N-メチル-N-トリメチルシリルトリフルオロアセトアミド)を用いた。また、各量比における試料とTMS化剤の分注量(μL)は
図3の下段の表に示す通りである。例えば、量比が「0.33」の試料(誘導体化試料)は、20μLの試料(オキシム化試料)に40μLのTMS化剤を添加することによって調製されたものである。
【0034】
[グループ分け]
図3に示す面積値を使ってクラスター解析を行った結果、表1に示すように、試料に含まれる代謝物は10個のクラスター(グループ)に分けられた。
【表1】
【0035】
表1に示されている10個のクラスターのうち成分数が1個のクラスター(No.3、6~10のクラスター。以下、「クラスター3」等という)の各々に含まれる成分は外れ値であるといえることから、内部標準物質の選定を行わなかった。
【0036】
一方、クラスター4及びクラスター5は、量比が大きいとき、つまり、試料の割合が多いときに面積値が小さくなる傾向を示した。そこで、クラスター4及びクラスター5について、内部標準物質の選定を行った。なお、血漿中に多く含まれる成分の一つにアミノ酸がある。アミノ酸は、誘導体化効率が低いことが既知であり、量比が大きくなったことで面積値が小さくなったと推定される。表1に示す結果は、アミノ酸のこのような性質を反映しているといえる。
【0037】
[内部標準物質の選定]
それぞれのクラスターに含まれる成分のうち、面積値の変化率の中央値と最も近い値を示す成分を内部標準物質として選定する。「変化率の中央値と最も近い値を示す成分」は、例えば、各量比における変化率の中央値を示す成分を求め、中央値を示す頻度が多かった成分とすることができる。また例えば、各量比における平均変化率と各成分の変化率の差の2乗を求め、差の2乗の値の和が最小となった成分とすることができる。変化率の中央値を示す成分を指標とするか、差の2乗の値の和を指標とするかは、クラスターに含まれる成分の数、変化率のばらつき等を考慮して適宜決めればよい。
【0038】
平均変化率と各成分の変化率の差の2乗の値の和を指標とした場合、クラスター4ではバリン(Valine)が、クラスター5ではオルニチン(Ornithine)が、それぞれ内部標準物質の候補として選定された。
【0039】
[検証実験]
次に、上述した方法により選定された内部標準物質の妥当性を検証すべく、3つの異なる施設において、各施設が所有するGC/MS装置を用いて3種類の血漿試料を分析し、該血漿試料に含まれる代謝物を測定した。各施設では1種類の血漿試料につき4回、GC/MS分析を行った。つまり、1種類の血漿試料について、合計で12回のGC/MS分析が行われた結果、12個の分析データが取得された。12個の分析データについて、一般的な内部標準物質である2-イソプロピルリンゴ酸(2-Isopropylmalic acid(2-IPMA))と、上述の方法で選定された内部標準物質であるバリン、オルニチンを用いて各代謝物の面積値(面積比)を求めた結果の再現性(CV%)を計算し、6種類の血漿試料について同様な計算を行い、求めた平均値に基づき妥当性を評価した。表2と表3にその結果を示す。
【0040】
【0041】
【0042】
クラスター4に含まれる10個の成分のうちの8個(内部標準物質として選定されたバリンを含む)、クラスター5に含まれる9個の成分のうちの6個は、2-IPMAを内部標準物質として用いた場合よりも、バリン、あるいはオルニチンを内部標準物質として用いた場合の方が、再現性(CV%)の値が小さくなり、再現性が向上した。一方で、クラスター4に含まれる成分であるヒスチジン(Histidine)の面積値は、内部標準物質として2-IPMAを用いた場合よりもバリンを用いた場合の方が再現性が有意に大きくなった。ヒスチジンの面積値(面積比)は、GC/MS装置の消耗品の一つであるインサートの使用回数に大きく影響を受けることが知られており、ヒスチジンのこのような性質が表2に示す結果に反映されていることがわかった。
【0043】
[実施例2]
図4は、条件(2-
1)の誘導体化反応時間を0時間、6時間、12時間、24時間、36時間に変化させ、それ以外の条件は同じにしてGC/MS分析したときの各代謝物の面積値の変化率を表すグラフである。このグラフでは、反応時間が0時間のときを基準条件とし、そのときの面積値を1として、それ以外の反応時間のときの面積値を表している。本実施例では、TMS化剤を用いて代謝物の誘導体化を行った。
【0044】
[グループ分け]
図4に示す各代謝物の面積値を使ってクラスター解析を行った結果、誘導体化試料に含まれる代謝物は表4に示すように、11個のクラスター(グループ)に分けられた。
【表4】
【0045】
表4には各クラスターに含まれている代謝物の変化率の平均値が示されている。表4に示されている11個のクラスターのうち成分数が1個又は2個のクラスター(No.1、5、8、10、11)の各々に含まれる成分は外れ値であるといえることから、内部標準物質の選定を行わなかった。また、クラスター2、クラスター3に含まれる成分は、反応時間を変えても面積値があまり変化しなかった。一方、クラスター4、クラスター6に含まれる成分は、反応時間を変えると変化率が10%程度増加した。また、クラスター9に含まれる成分は、反応時間を0時間から6時間に変更することにより変化率が急激に増加したが、それ以上反応時間を長くしても変化率はほとんど変動せず、安定する成分が含まれていた。そこで、本実施例ではクラスター9について、内部標準物質の選定を行った。
【0046】
[内部標準物質の選定及び検証実験]
クラスター9に含まれる代謝物を表5に示す。表5からわかるように、クラスター9には糖と脂質が含まれていた。TMS化剤で誘導体化された糖をGC/MSで分離することは難しいため、この実施例では脂質にのみ着目して、実施例1と同様の方法で内部標準物質を選定した。その結果、マルガリン酸(Margaric acid)が内部標準物質として選定された。2-IPMAと、マルガリン酸を用いて、表5に示す6個の代謝物の面積値を求めた結果の再現性(CV%)を計算したところ、スクロースを除く5個の代謝物(マルガリン酸を含む)の再現性が改善された。
【0047】
【0048】
なお、上述した実施例1、2では、1つの条件を変化させたときの各代謝物の面積値の変化率を求めたが、複数の条件を複合的に変化させて、各代謝物の面積値の変化率を求め、該変化率に基づいて代謝物をグループ分けすることも可能である。例えば、複数の施設のそれぞれが所有するGC/MSを用いて試料を測定した結果について、施設の違いも指標に含めてクラスター解析を行い、代謝物のグループ分けを行うこともできる。この場合、上述した実施例1で行った検証実験のように、3つの施設のGC/MSを用いて試料を測定して得られた結果について、3つの施設のうちの一つで得られた各代謝物の面積値を基準値とし、他の2つの施設で得られた面積値を該基準値で割ることで、施設間における各代謝物の面積値の変化率を計算することができる。
【0049】
生体試料に含まれる分析対象物質をGC/MSで分析する場合、分析の阻害要因となる物質を生体試料から取り除くための処理、分析対象物質のイオン化を促進するための誘導体化処理等の前処理が行われる。このような前処理の影響や、分析に用いられる試料の量の誤差を補正するための標準物質が試料に添加される。
【0050】
通常は、安定的にGC/MSで検出可能な1種類の化合物2-IPMAが標準物質として用いられる。また、分析対象物質に含まれる代謝物のうち20種程度の重要な成分については、その成分に含まれる1個又は複数個の炭素原子、水素原子あるいは窒素原子が安定同位体で置換された物質(安定同位体物質)が標準物質として用いられる。
【0051】
この方法では安定同位体物質で補正される代謝物は前処理やイオン化を促進するための誘導体化反応での反応効率の差に関係なく補正できる。しかし、すべての対象成分に対応するように高価な安定同位体物質を添加することは費用上現実的でない上に、分析する成分数が増えるためスループットや感度が低下する。そのためほとんど成分は安定に検出できる一つの標準物質で補正を行うことになるが、その標準物質と化学的な性質が異なる物質は分析によってはうまく補正ができない可能性がある。
【0052】
[態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0053】
(第1項)
本発明の一態様は、試料に含まれる多数の分析対象物を、クロマトグラフを用いて分析した結果を補正するマルチ補正分析方法であって、
分析対象とされる試料に含まれる可能性のある多数の分析対象物の少なくとも一部を、分析条件を異ならせて前記試料を複数回、クロマトグラフ分析することにより得られた前記一部の分析対象物の各々の測定値の変化率に基づいて複数にグループ分けし、グループ毎にそれぞれサロゲート物質を定め、
そのサロゲート物質を、各グループに含まれる分析対象物質に共通の内部標準物質として前記試料に添加し、該試料をクロマトグラフ分析した結果から得られた前記分析対象物質の測定値を、該分析対象物質が属するグループに対応する内部標準物質の測定値で補正するものである。
【0054】
(第2項)
第1項のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法において、
異ならせる前記分析条件は、試料のpH、試料中の脂質の量、イオン化を促進させるための化学反応の試薬量、イオン化を促進させるための化学反応時間、クロマトグラフ分析装置の試料注入用容器の使用回数、クロマトグラフ分析に用いられる分離カラムの使用回数のいずれかとすることができる。
【0055】
(第4項)
第1項のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法において、
前記分析条件を異ならせて前記試料を複数回、クロマトグラフ分析することを、異なる複数種類の装置の各々で前記試料をクロマトグラフ分析することとすることができる。
【0056】
第1項のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法において、「クロマトグラフ」はガスクロマトグラフ又は液体クロマトグラフであり、検出器として質量分析装置を用いたクロマトグラフ質量分析装置も含む。
また、上記「多数の化合物」、「多数の分析対象物質」との記載における「多数」とは、特にその下限を制限するものではないが、一般的な多成分一斉分析の対象となる化合物の数から考えれば、常識的には最低でも十以上、通常、数十以上である。
【0057】
第1項のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法では、分析対象とされる試料に含まれる可能性のある多数の分析対象物質を、実際に分析条件を異ならせて複数回、クロマトグラフ分析することにより得られた各分析対象物の測定値の変化率に基づいて、該分析対象物質がグループ分けされる。したがって、化学的性質、物理的性質が類似する多数の分析対象物質を、クロマトグラフを用いて一度に分析する場合であっても、該多数の分析対象物を適切にグループ分けすることができ、試料の調製からクロマトグラフ分析までの過程における分析対象物質の回収率や検出効率の影響を考慮した補正が可能となる。
【0058】
従来は、クロマトグラフ分析に用いられる装置を所有する施設の違いによる測定値の変動(施設間差)や同じ装置でもカラム交換や装置を停止することによる測定値の変動を克服することが難しく、特定の疾患のマーカ探索のために多数の被検者から採取した生体試料をクロマトグラフ分析する場合、すべての生体試料を1台の装置で連続して分析する必要があったが、本方法では、複数台の装置で分析された結果や同じ装置で不連続に測定された結果でも比較することができ、効率的なマーカ探索が可能となる。
【0059】
該多数の分析対象物を適切にグループ分けする場合、第2項のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法のように、分析条件を、試料のpH、試料中の脂質の量、イオン化を促進させるための化学反応の試薬量、イオン化を促進させるための化学反応時間、クロマトグラフ分析装置の試料注入用容器の使用回数、クロマトグラフ分析に用いられる分離カラムの使用回数のいずれかにすれば、該分析条件を異ならせて行われたクロマトグラフ分析によって得られる各分析対象物の測定値の変化率は、分析の阻害要因となる物質を試料から取り除くための処理、分析対象物質のイオン化を促進するための誘導体化処理等の試料の前処理操作によって、あるいはクロマトグラフ分析装置に導入された試料中の分析対象物質が試料注入用容器や分離カラムに吸着することによって該分析対象物質の一部が失われることの影響を反映したものとなる。したがって、試料に含まれる多数の分析対象物質に対して、そのような影響を反映した適切なグループ分けを行うことができ、そのような影響による測定値の変動を補正した精度の高い分析が可能となる。
【0060】
また、第4項のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法のように、前記分析条件を異ならせて前記試料を複数回、クロマトグラフ分析することを、異なる複数種類の装置の各々で前記試料をクロマトグラフ分析することとした場合、第2項のように分析条件を考慮せずにクロマトグラフ分析装置の個体差による分析対象物質の測定値の変動を考慮したグループ分けが可能となり、そのような変動を補正した精度の良い定量が可能となる。
【0061】
ここで、「異なる複数種類の装置」とは、カラムの種類が異なる装置、検出器が異なる装置、型式が異なる装置、製造会社が異なる装置、使用年数が異なる装置等を意味する。また、異なる複数の施設の各々が所有する装置を、「異なる複数種類の装置」としてもよい。
【0062】
(第3項)
第1項又は第2項のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法において、
前記サロゲート物質は、それが割り当てられたグループに含まれる分析対象物質のうちの一つが安定同位体標識された化合物であるものとすることができる。
【0063】
第3項のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法では、各グループに含まれる分析対象物質の一つと同構造であって質量が僅かに異なる化合物がサロゲート物質とされるため、該サロゲート物質が割り当てられたグループに含まれる分析対象物質の測定値を適切に補正することができる。
【0064】
(第5項)
第1項から第4項のいずれかのクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法において、前記クロマトグラフ分析が、ガスクロマトグラフィ質量分析であるものとすることができる。
【0065】
(第6項)
第1項から第5項のいずれかのクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法において、前記試料が血漿を含む試料
【0066】
血漿を含む試料の場合、クロマトグラフを用いて分析する分析対象物質は糖、脂質、タンパク質等の代謝物であることが多い。代謝物の多くは通常、化学的性質、物理的性質が類似しており、特許文献2に記載されているような方法では適切なグループ分けが困難であったが、第6項のクロマトグラフを用いたマルチ補正分析方法によれば、そのような分析対象物質であっても、適切なグループ分けが可能となる。
【符号の説明】
【0067】
1…ガスクロマトグラフ
10…試料気化室
11…マイクロシリンジ
12…カラムオーブン
13…カラム
2…質量分析計
20…分析室
21…イオン源
22…イオンレンズ
23…四重極マスフィルタ
24…検出器
3…データ処理部
30…データ格納部
31…クロマトグラム作成部
32…ピーク検出部
33…ピーク面積比計算部
35…内部標準物質データベース
4…分析制御部
5…中央制御部
6…入力部
7…表示部
8…多成分一斉分析制御プログラム