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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-26
(45)【発行日】2025-03-06
(54)【発明の名称】ヒト組織幹細胞及びその使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/095 20100101AFI20250227BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20250227BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20250227BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20250227BHJP
   C12Q 1/6897 20180101ALI20250227BHJP
【FI】
C12N5/095
C12Q1/02
C12N5/10
C12N15/09 100
C12Q1/6897 Z
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2023108239
(22)【出願日】2023-06-30
(62)【分割の表示】P 2019509868の分割
【原出願日】2018-03-27
(65)【公開番号】P2023126873
(43)【公開日】2023-09-12
【審査請求日】2023-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2017063171
(32)【優先日】2017-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、次世代がん医療創生研究事業、「がん多階層フェノタイプの理解に基づいた先端的創薬システムの開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊朗
(72)【発明者】
【氏名】下川 真理子
【審査官】吉岡 沙織
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第104593512(CN,A)
【文献】特開2015-173601(JP,A)
【文献】国際公開第2009/142271(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0275280(US,A1)
【文献】下川真理子 他,ヒト大腸がんオルガノイドを用いたがん幹細胞の可視化と遺伝学的細胞系譜解析,再生医療 増刊号,2015年,Vol. 14 Suppl,p. 278, O-62-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座に、Internal Ribosomal Entry Site(IRES)-目的遺伝子を含む遺伝子構築物が導入されたヒト組織幹細胞であって、
前記幹細胞マーカー遺伝子がLeucine Rich Repeat Containing G Protein-Coupled Receptor 5(LGR5)遺伝子であり、
LGR5遺伝子座の第18エクソンに前記遺伝子構築物が安定的に導入され、自己複製能と分化能を有する、ヒト組織幹細胞。
【請求項2】
前記目的遺伝子がレポーター遺伝子である、請求項1に記載のヒト組織幹細胞。
【請求項3】
前記目的遺伝子が第1のレポーター遺伝子であり、強制発現用プロモーターで作動する第2のレポーター遺伝子が更に導入された、請求項1又は2に記載のヒト組織幹細胞。
【請求項4】
前記第2のレポーター遺伝子が細胞系譜マーカーをコードする遺伝子である、請求項3に記載のヒト組織幹細胞。
【請求項5】
癌組織由来の幹細胞である、請求項1~4のいずれか一項に記載のヒト組織幹細胞。
【請求項6】
目的遺伝子が安定的に導入されたヒト組織幹細胞の製造方法であって、
培養オルガノイド中のヒト組織幹細胞のLGR5遺伝子座の第18エクソンに、IRES-目的遺伝子を含む遺伝子構築物をゲノム編集により導入する工程であって、前記遺伝子構築物は、前記IRES-目的遺伝子の下流に、LoxPで挟まれた、別のプロモーターの下流に薬剤耐性遺伝子が組み込まれた遺伝子カセットを更に含んでいる、培養オルガノイドに前記遺伝子構築物を導入する工程(1)と、
薬剤耐性オルガノイドクローンを選択する工程(2)と、
LoxPで挟まれた、別のプロモーターの下流に薬剤耐性遺伝子が組み込まれた前記遺伝子カセットを除去する工程(3)と、を含み、
その結果、目的遺伝子が安定的に導入されたヒト組織幹細胞が得られる、製造方法。
【請求項7】
前記工程(1)がエレクトロポレーションにより行われ、前記工程(1)の後に前記培養オルガノイドを30℃で2日間培養する工程を更に備える、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記目的遺伝子が、細胞系譜標識誘導タンパク質をコードする遺伝子を含む、請求項6又は7に記載の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の方法で作製されたヒト組織幹細胞が幹細胞であるか否かを試験する方法であって、前記ヒト組織幹細胞の細胞系譜解析により1個の細胞に由来する細胞を追跡して解析し、前記ヒト組織幹細胞の自己複製及び分化を検出する工程を備え、前記ヒト組織幹細胞の自己複製及び分化の双方が検出されることが、前記ヒト組織幹細胞が幹細胞であることを示す、方法。
【請求項10】
前記ヒト組織幹細胞が癌組織由来の幹細胞である、請求項6~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
ヒト癌幹細胞に有効な抗癌剤のスクリーニング方法であって、
被験物質の存在下で、ヒト癌幹細胞マーカー遺伝子のプロモーターで作動するレポーター遺伝子が導入されたヒト癌幹細胞を培養する工程であって、前記ヒト癌幹細胞が、幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座に、IRES-レポーター遺伝子を含む遺伝子構築物が導入されたヒト癌幹細胞である工程と、
前記レポーター遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、前記レポーター遺伝子の発現量の低下が、前記被験物質がヒト癌幹細胞に有効な抗癌剤であることを示す、方法。
【請求項12】
ヒト癌幹細胞及びヒト癌細胞に対する抗癌剤の有効性を試験する方法であって、
前記抗癌剤の存在下で、ヒト癌幹細胞マーカー遺伝子のプロモーターで作動する第1のレポーター遺伝子及び強制発現用プロモーターで作動する第2のレポーター遺伝子が導入されたヒト癌幹細胞を培養する工程と、
前記第1及び前記第2のレポーター遺伝子の発現量を測定する工程であって、前記第1のレポーター遺伝子の発現量の低下が、前記抗癌剤がヒト癌幹細胞に有効な抗癌剤であることを示し、前記第2のレポーター遺伝子の発現量の低下が、前記抗癌剤がヒト癌幹細胞及びヒト癌細胞に有効な抗癌剤であることを示す、工程と、を備え、
前記第1のレポーター遺伝子は、前記ヒト癌幹細胞の癌幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座に、IRES-第1のレポーター遺伝子を含む遺伝子構築物として導入されている方法。
【請求項13】
前記目的遺伝子がレポーター遺伝子及び薬剤誘導型自殺遺伝子を含み、前記ヒト組織幹細胞が癌組織由来である、請求項1に記載のヒト組織幹細胞。
【請求項14】
前記レポーター遺伝子が第1のレポーター遺伝子であり、強制発現用プロモーターで作動する第2のレポーター遺伝子が更に導入された、請求項13に記載のヒト組織幹細胞。
【請求項15】
ヒト癌幹細胞及びヒト癌細胞に対する抗癌剤の有効性を検証する方法であって、
前記抗癌剤の存在下で、請求項14に記載のヒト組織幹細胞を培養する工程と、
前記第1及び前記第2のレポーター遺伝子の発現を検出する工程であって、前記第1のレポーター遺伝子の発現のみが検出された場合には、前記抗癌剤が癌細胞にのみ有効な抗癌剤であることを示し、前記第2のレポーターの発現のみが検出された場合には、前記抗癌剤が癌幹細胞にのみ有効な抗癌剤であることを示し、前記第1のレポーター遺伝子の発現も前記第2のレポーター遺伝子の発現も検出されない場合には、前記抗癌剤がヒト癌幹細胞及びヒト癌細胞に有効な抗癌剤であることを示す工程と、を備える、方法。
【請求項16】
ヒト癌幹細胞及び/又はヒト癌細胞に有効な抗癌剤のスクリーニング方法であって、
被験物質の存在下で、請求項14に記載のヒト組織幹細胞を培養する工程と、
前記第1及び前記第2のレポーター遺伝子の発現を検出する工程であって、前記第1のレポーター遺伝子の発現のみが検出された場合には、前記抗癌剤が癌細胞にのみ有効な抗癌剤であることを示し、前記第2のレポーターの発現のみが検出された場合には、前記抗癌剤が癌幹細胞にのみ有効な抗癌剤であることを示し、前記第1のレポーター遺伝子の発現も前記第2のレポーター遺伝子の発現も検出されない場合には、前記抗癌剤がヒト癌幹細胞及びヒト癌細胞に有効な抗癌剤であることを示す工程と、を備える、スクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト組織幹細胞及びその使用に関する。より具体的には、ヒト組織幹細胞、ヒト組織幹細胞の幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座に目的遺伝子を導入する方法、ヒト組織幹細胞が幹細胞であるか否かを試験する方法、癌幹細胞に有効な抗癌剤のスクリーニング方法、並びに癌幹細胞及び癌細胞に対する抗癌剤の有効性を試験する方法に関する。本願は、2017年3月28日に、日本に出願された特願2017-063171号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
癌幹細胞理論は、腫瘍の成長を支持し自己複製する、癌細胞の亜集団に着目したものである(例えば非特許文献1を参照。)。癌幹細胞理論によれば、腫瘍組織中に少数の癌幹細胞が発癌初期から存在し、癌幹細胞が自己複製及び分化を繰り返すことにより腫瘍組織が形成されると考えられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Kreso A. and Dick J. E., Evolution of the cancer stem cell model. Cell Stem Cell, 4 (14), 275-291, 2014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、癌幹細胞等の幹細胞に、遺伝子座特異的な遺伝子操作を行う技術は確立されていない。このため、特にヒトの組織幹細胞を細胞系譜的に解析し、1個の細胞が自己複製能と分化能を有していることを確認することは困難であった。そこで、本発明は、組織幹細胞に遺伝子座特異的な遺伝子操作を行う技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は以下の態様を含む。
[1]幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座に目的遺伝子が導入されたヒト組織幹細胞。
[2]前記幹細胞マーカー遺伝子がLeucine Rich Repeat Containing G Protein-Coupled Receptor 5(LGR5)遺伝子である、[1]に記載のヒト組織幹細胞。
[3]Lgr5遺伝子座の第18エクソンに目的遺伝子が導入された、[2]に記載のヒト組織幹細胞。
[4]前記目的遺伝子がレポーター遺伝子である、[1]又は[2]に記載のヒト組織幹細胞。
[5]前記目的遺伝子が第1のレポーター遺伝子であり、強制発現用プロモーターで作動する第2のレポーター遺伝子が更に導入された、[1]~[4]のいずれかに記載のヒト組織幹細胞。
[6]癌組織由来の幹細胞である、[1]~[5]のいずれかに記載のヒト組織幹細胞。
[7]ヒト組織幹細胞の幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座に目的遺伝子を導入する方法であって、ヒト組織幹細胞を含む培養オルガノイドの前記幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座に前記目的遺伝子をゲノム編集により導入する工程を備える方法。
[8]前記目的遺伝子を導入する前記工程がエレクトロポレーションにより行われ、前記目的遺伝子を導入した後に前記培養オルガノイドを30℃で2日間培養する工程を更に備える、[7]に記載の方法。
[9]前記幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座がLgr5遺伝子座である、[7]又は[8]に記載の方法。
[10]Lgr5遺伝子座の第18エクソンに前記目的遺伝子を導入する、[9]に記載の方法。
[11]前記目的遺伝子が、細胞系譜標識誘導タンパク質をコードする遺伝子である、[7]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12][11]に記載の方法で作製されたヒト組織幹細胞が幹細胞であるか否かを試験する方法であって、前記ヒト組織幹細胞の細胞系譜解析により前記ヒト組織幹細胞の自己複製及び分化を検出する工程を備え、前記ヒト組織幹細胞の自己複製及び分化の双方が検出されることが、前記ヒト組織幹細胞が幹細胞であることを示す、方法。
[13]前記ヒト組織幹細胞が癌組織由来の幹細胞である、[7]~[12]のいずれかに記載の方法。
[14]癌幹細胞に有効な抗癌剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下で、癌幹細胞マーカー遺伝子のプロモーターで作動するレポーター遺伝子が導入された癌幹細胞を培養する工程と、前記レポーター遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、前記レポーター遺伝子の発現量の低下が、前記被験物質が癌幹細胞に有効な抗癌剤であることを示す、方法。
[15]癌幹細胞及び癌細胞に対する抗癌剤の有効性を試験する方法であって、前記抗癌剤の存在下で、癌幹細胞マーカー遺伝子のプロモーターで作動する第1のレポーター遺伝子及び強制発現用プロモーターで作動する第2のレポーター遺伝子が導入された癌幹細胞を培養する工程と、前記第1及び前記第2のレポーター遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、前記第1のレポーター遺伝子の発現量の低下が、前記抗癌剤が癌幹細胞に有効な抗癌剤であることを示し、前記第2のレポーター遺伝子の発現量の低下が、前記抗癌剤が癌幹細胞及び癌細胞に有効な抗癌剤であることを示す、方法。
【0006】
本発明は以下の態様を含むということもできる。
[P1]目的遺伝子座に目的遺伝子が導入された組織幹細胞。
[P2]前記目的遺伝子座が幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座である、[P1]に記載の組織幹細胞。
[P3]前記幹細胞マーカー遺伝子がLeucine Rich Repeat Containing G Protein-Coupled Receptor 5(LGR5)遺伝子である、[P2]に記載の組織幹細胞。
[P4]前記目的遺伝子がレポーター遺伝子である、[P3]に記載の組織幹細胞。
[P5]前記目的遺伝子が第1のレポーター遺伝子であり、強制発現用プロモーターで作動する第2のレポーター遺伝子が更に導入された、[P1]~[P4]のいずれかに記載の組織幹細胞。
[P6]癌組織由来の幹細胞である、[P1]~[P5]のいずれかに記載の組織幹細胞。
[P7]組織幹細胞の目的遺伝子座に目的遺伝子を導入する方法であって、組織幹細胞を含む培養オルガノイドの前記目的遺伝子座に前記目的遺伝子を導入する工程を備える方法。
[P8]前記目的遺伝子を導入する前記工程がエレクトロポレーションにより行われ、前記目的遺伝子を導入した後に前記培養オルガノイドを30℃で2日間培養する工程を更に備える、[P7]に記載の方法。
[P9]前記目的遺伝子座が幹細胞マーカーの遺伝子座である、[7]又は[8]に記載の方法。
[P10]前記目的遺伝子が、細胞系譜標識誘導タンパク質をコードする遺伝子である、[P9]に記載の方法。
[P11][P10]に記載の方法で作製された組織幹細胞が幹細胞であるか否かを試験する方法であって、前記組織幹細胞の細胞系譜解析により前記組織幹細胞の自己複製及び分化を検出する工程を備え、前記組織幹細胞の自己複製及び分化の双方が検出されることが、組織幹細胞が幹細胞であることを示す、方法。
[P12]前記組織幹細胞が癌組織由来の幹細胞である、[P7]~[P11]のいずれかに記載の方法。
[P13]癌幹細胞に有効な抗癌剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下で、癌幹細胞マーカー遺伝子のプロモーターで作動するレポーター遺伝子が導入された癌幹細胞を培養する工程と、前記レポーター遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、前記レポーター遺伝子の発現量の低下が、前記被験物質が癌幹細胞に有効な抗癌剤であることを示す、方法。
[P14]癌幹細胞及び癌細胞に対する抗癌剤の有効性を試験する方法であって、前記抗癌剤の存在下で、癌幹細胞マーカー遺伝子のプロモーターで作動する第1のレポーター遺伝子及び強制発現用プロモーターで作動する第2のレポーター遺伝子が導入された癌幹細胞を培養する工程と、前記第1及び前記第2のレポーター遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、前記第1のレポーター遺伝子の発現量の低下が、前記抗癌剤が癌幹細胞に有効な抗癌剤であることを示し、前記第2のレポーター遺伝子の発現量の低下が、前記抗癌剤が癌幹細胞及び癌細胞に有効な抗癌剤であることを示す、方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、組織幹細胞に遺伝子座特異的な遺伝子操作を行う技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】(a)は、ヒトLGR5遺伝子座の模式図である。(b)は、実験例1で作製したターゲッティングコンストラクトの構造を示す模式図である。(c)は、実験例1で作製したオルガノイドのLGR5遺伝子座の構造を示す模式図である。
図2】(a)~(c)は、実験例2でマウスに移植したオルガノイドに由来する腫瘍組織の組織切片の蛍光顕微鏡写真である。(d)~(f)は、実験例2において、オルガノイドクローンを樹立するもととなった患者由来の大腸癌組織の切片を観察した蛍光顕微鏡写真である。
図3】(a)~(c)は、細胞系譜マーカーによる標識を説明する図である。
図4】実験例4で作製したオルガノイドのLGR5遺伝子座の構造及び薬剤誘導型自殺遺伝子の挙動を説明する図である。
図5】(a)は、実験例4において、対照マウスの腫瘍組織切片を観察した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。(b)は、実験例4において、AP20187を投与したマウスの腫瘍組織切片を観察した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図6】実験例4において、AP20187を投与したマウス(Dimerizer)及び対照マウス(Vehicle)の腫瘍サイズを経時的に測定した結果を示すグラフである。
図7】(a)及び(b)は、実験例5において、オルガノイドに由来する腫瘍組織のサイズを経時的に測定した結果を示すグラフである。
図8】実験例6の代表的な結果を示すオルガノイドの顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[組織幹細胞]
1実施形態において、本発明は、目的遺伝子座に目的遺伝子が導入された組織幹細胞を提供する。
【0010】
本実施形態において、組織幹細胞は、ヒト細胞であってもよく、非ヒト動物細胞であってもよい。幹細胞は自己複製能と分化能を有する細胞である。組織幹細胞は、体性幹細胞とも呼ばれる、組織中に存在する幹細胞であり、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)とは異なる。本明細書において、組織幹細胞は、癌幹細胞を含む。また、本実施形態の組織幹細胞は、細胞の可塑性により、幹細胞に脱分化することができる細胞を含むものとする。
【0011】
従来、組織幹細胞に遺伝子座特異的な遺伝子操作を行うことは困難であった。これに対し、実施例において後述するように、発明者らは、組織幹細胞を含む培養オルガノイドに遺伝子座特異的な遺伝子操作を行うことにより、目的遺伝子座に目的遺伝子が導入された組織幹細胞を作製することができることを明らかにした。
【0012】
本実施形態の組織幹細胞において、目的遺伝子座は着目する任意の遺伝子座であってよく、例えば、幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座であってもよい。より詳細には、本実施形態の組織幹細胞は癌幹細胞であり、目的遺伝子座は癌幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座であってもよい。癌幹細胞マーカー遺伝子としては、例えば、LGR5、SPARC Related Modular Calcium Binding 2(SMOC2)、Repulsive Guidance Molecule Family Member B(RGMB)、AXIN2、Olfactomedin 4(OLFM4)、Cell Division Cycle Associated 7(CDCA7)、Leucine Rich Repeats And Immunoglobulin Like Domains 1(LRIG1)、Ring Finger Protein 43(RNF43)、Achaete-Scute Family BHLH Transcription Factor 2(ASCL2)等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0013】
また、癌幹細胞が由来する癌は特に限定されず、例えば、大腸癌、胃癌、膵臓癌の癌幹細胞であってもよい。発明者らは、これらの癌幹細胞において、LGR5遺伝子を癌幹細胞マーカーとして用いることができることを確認している。
【0014】
発明者らはまた、正常細胞由来の培養オルガノイドに遺伝子座特異的な遺伝子操作を行うことにより、正常細胞の組織幹細胞の目的遺伝子座に目的遺伝子を導入することができることを明らかにしている。
【0015】
ここで、正常細胞由来の培養オルガノイドであるか、癌細胞由来の培養オルガノイドであるかは、オルガノイドの培養に必要な増殖因子の要求性、シークエンシングによる遺伝子変異確認、染色体異常の確認等により判断することができる。
【0016】
また、本実施形態の幹細胞において、目的遺伝子は、任意の遺伝子であってよい。例えば目的遺伝子はレポーター遺伝子であってもよい。また、レポーター遺伝子は、目的遺伝子座に位置する遺伝子の第1エクソン以外の領域に導入されていてもよい。例えば、レポーター遺伝子がLGR5遺伝子の第18エクソンに導入されていてもよい。ここで、レポーター遺伝子としては特に限定されず、例えば、各種の蛍光タンパク質、酵素等が挙げられる。
【0017】
ゲノム編集等による遺伝子座特異的な遺伝子操作においては、対象遺伝子の第1エクソンに目的遺伝子を導入する場合が多い。発明者らは、まず、大腸癌幹細胞のLGR5遺伝子の第1エクソンにレポーター遺伝子を導入することを試みた。しかしながら、この遺伝子導入はなかなかうまくいかなかった。これに対し、実施例において後述するように、LG5遺伝子の第18エクソンにレポーター遺伝子を導入したところ、所望の遺伝子導入を効率よく行うことができた。
【0018】
目的遺伝子座に導入する目的遺伝子は、プロモーター配列を有していなくてもよい。すなわち、目的遺伝子は、目的遺伝子座のプロモーターにより発現するように構成されていてもよい。
【0019】
例えば、目的遺伝子の5’側にInternal Rbosomal Entry Site(IRES)、T2A若しくはP2A等のribosomal skip site等を連結することにより、目的遺伝子を目的遺伝子座のプロモーターで発現させることができる。
【0020】
本実施形態の組織幹細胞は、癌幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座に導入され、当該マーカー遺伝子のプロモーターで作動する第1のレポーター遺伝子に加えて、強制発現用プロモーターで作動する第2のレポーター遺伝子が導入された癌幹細胞であってもよい。ここで、第2のレポーター遺伝子は遺伝子座特異的に導入されていなくてもよい。また、強制発現用プロモーターとしては、動物細胞における遺伝子の強制発現に通常利用されているプロモーターを用いることができ、例えば、CMVプロモーター、EF1αプロモーター等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0021】
ここで、第1のレポーター遺伝子と第2のレポーター遺伝子は、互いに識別可能なものであることが好ましい。例えば、第1のレポーター遺伝子と第2のレポーター遺伝子は、互いに波長が異なる蛍光を発する蛍光タンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0022】
ここで、第1のレポーター遺伝子は、癌幹細胞マーカー遺伝子が発現しているとき、すなわち、細胞が癌幹細胞性を維持している時に発現する。一方、第2のレポーター遺伝子は、癌幹細胞マーカー遺伝子の発現に関わらず、すなわち、癌幹細胞が癌幹細胞性を維持している場合においても癌幹細胞性を喪失した場合においても発現する。このため、第1のレポーター遺伝子の発現は癌幹細胞の存在を示し、第2のレポーター遺伝子の発現は癌幹細胞の存在又は癌細胞の存在の双方を示す。ここで、癌細胞は、癌幹細胞マーカー遺伝子を発現していない癌細胞を意味する。
【0023】
実施例において後述するように、このような癌幹細胞を被験物質の存在下で培養し、第1のレポーター及び第2のレポーター遺伝子の発現量をそれぞれ測定することにより、癌幹細胞及び癌細胞に与える影響を区別して評価することができる。このため、このような癌幹細胞は、癌幹細胞に有効な抗癌剤等のスクリーニングに用いることができる。
【0024】
[組織幹細胞の目的遺伝子座に目的遺伝子を導入する方法]
1実施形態において、本発明は、組織幹細胞の目的遺伝子座に目的遺伝子を導入する方法であって、組織幹細胞を含む培養オルガノイドの前記目的遺伝子座に前記目的遺伝子を導入する工程を備える方法を提供する。本実施形態の方法は、培養オルガノイドを構成する細胞の目的遺伝子座に目的遺伝子を導入する工程を備える方法であるということができる。
【0025】
本実施形態の方法において、幹細胞としては、上述したものと同様であり、癌幹細胞、体性幹細胞等が挙げられる。
【0026】
従来、癌幹細胞や組織幹細胞等の幹細胞に遺伝子操作を行うことは困難であった。特に、組織幹細胞に遺伝子座特異的な遺伝子操作を行うことは困難であった。これに対し、実施例において後述するように、発明者らは、組織幹細胞を含む培養オルガノイドの遺伝子を改変することにより、目的遺伝子が導入された培養オルガノイドを作製することができることを明らかにした。
【0027】
また、実施例において後述するように、本実施形態の方法によれば、組織幹細胞に遺伝子座特異的な遺伝子操作を行うこともできる。これにより、目的遺伝子座に目的遺伝子が導入された組織幹細胞を作製することができる。
【0028】
本明細書において、オルガノイドとは、細胞を3次元培養することにより得られる臓器様組織を意味する。また、本明細書では、細胞塊もオルガノイドに含めるものとする。3次元培養の方法としては特に限定されず、例えば、マトリゲルを用いる方法、コラーゲンを用いる方法、ラミニンを用いる方法等が挙げられる。
【0029】
本実施形態の方法において、培養オルガノイドとしては、組織幹細胞を含むオルガノイドであれば特に限定されず、例えば、上皮細胞のオルガノイド、上皮腫瘍細胞のオルガノイド等が挙げられる。また、上皮細胞としては、胃・小腸・大腸・胆管・膵管上皮等の消化器上皮細胞、乳腺、前立腺等の消化器以外の組織の上皮細胞等が挙げられる。
【0030】
オルガノイドの培養方法としては、公知の培養方法を使用することができる。特に、癌組織由来の幹細胞の培養方法においては、癌組織によって個別に最適化された培養方法を選択することができる(例えば、Fujii M., et al., Nature Protocols, Vol.10, 1474-1485, 2015; Mihara E., et al., eLIFE, Vol.5, E11621, 2016; Fujii M., et al., Cell Stem Cell, Vol.18, 827-838, 2016等を参照。)。
【0031】
本実施形態の方法において、培養オルガノイドに目的遺伝子を導入する工程は、公知の遺伝子導入方法を使用することができる。特に、実施例で示すように、エレクトロポレーションにより行うことが好ましい。更に、エレクトロポレーション後に培養オルガノイドを30℃で2日間培養する工程を備えることが好ましい。発明者らは、上記の工程を備えることにより、オルガノイドへの遺伝子導入効率を格段に向上させることができることを明らかにした。
【0032】
[組織幹細胞が幹細胞であるか否かを試験する方法]
1実施形態において、本発明は、対象遺伝子のプロモーターで作動する細胞系譜マーカーで標識された組織幹細胞が幹細胞であるか否かを試験する方法であって、前記組織幹細胞の細胞系譜解析により前記組織幹細胞の自己複製及び分化を検出する工程を備え、前記組織幹細胞の自己複製及び分化の双方が検出されることが、組織幹細胞が幹細胞であることを示す方法を提供する。細胞系譜マーカーについては後述する。
【0033】
本実施形態の方法は、組織幹細胞であると考えられる細胞が、幹細胞であることを証明する方法であるということもできる。また、本実施形態の方法は、対象遺伝子が幹細胞マーカーであるか否かを試験する方法であるということもできる。すなわち、本実施形態の方法は、対象遺伝子が幹細胞マーカーであるか否かを試験する方法であって、前記対象遺伝子のプロモーターで作動する細胞系譜マーカーで標識された細胞を培養する工程と、前記細胞の細胞系譜解析により前記細胞の自己複製及び分化を検出する工程と、を備え、前記細胞の自己複製及び分化の双方が検出されることが、前記対象遺伝子が幹細胞マーカーであることを示す方法であるということもできる。
【0034】
幹細胞は、自己複製能及び分化能を有する細胞である。このため、対象細胞が幹細胞であることを証明するためには、1個の対象細胞が自己複製及び分化の双方を行うことを示す必要がある。あるいは、対象遺伝子が幹細胞マーカーであることを証明するためには、対象遺伝子を発現する1個の細胞が自己複製及び分化の双方を行うことを示す必要がある。
【0035】
1個の細胞が自己複製及び分化の双方を行うことを示すためには、1個の細胞に由来する細胞を追跡して観察する細胞系譜解析により、1個の細胞に由来する細胞が自己複製及び分化の双方を行うことを示す必要がある。細胞系譜解析とは、対象の1個の細胞が、細胞分裂を繰り返しても、分化して性質が変化しても、対象の1個の細胞の子孫にあたる細胞を特定して追跡する解析手法である。
【0036】
本明細書において、細胞系譜マーカーとは、対象の1個の細胞が、細胞分裂を繰り返しても、分化して性質が変化しても、対象の1個の細胞の子孫にあたる細胞であることを特定することができる標識を意味する。
【0037】
本実施形態の方法では、対象遺伝子のプロモーターで作動する細胞系譜マーカーで、対象遺伝子を発現した細胞を標識する。その結果、対象遺伝子を発現した細胞及びその子孫を特定して観察することができる。その結果、標識された細胞が自己複製及び分化の双方を行ったことが確認された場合、対象遺伝子は幹細胞マーカーであると証明することができる。細胞系譜マーカーは、対象遺伝子座における対象遺伝子のプロモーターで作動することが好ましい。
【0038】
細胞系譜マーカーは、細胞をその子孫を追跡可能に標識することができれば特に限定されないが、例えば、対象遺伝子のプロモーターで発現する細胞系譜標識誘導タンパク質と、これとは別に細胞に導入された細胞系譜標識コンストラクトとを組み合わせたものを使用することができる。ここで、細胞系譜標識誘導タンパク質は、細胞系譜標識コンストラクトに作用し、細胞を細胞系譜的に標識する。
【0039】
より具体的な細胞系譜マーカーとしては、例えば、Cre-LoxPシステム、及びVCre-VLoxPシステム、SCre-SloxPシステム等のCre-loxPシステムのバリアントを利用したもの;出芽酵母由来の組換え酵素を用いたFlp-Frtシステムを利用したもの;これらを組み合わせたもの等が挙げられる。
【0040】
細胞系譜標識誘導タンパク質としては、例えば、Creリコンビナーゼ、VCreリコンビナーゼ、SCreリコンビナーゼ、Flpリコンビナーゼ等が挙げられる。
【0041】
細胞系譜標識コンストラクトとしては、例えば、使用した細胞系譜標識誘導タンパク質によって細胞系譜標識を行うことができるものを使用することができる。例えば、細胞系譜標識誘導タンパク質がCreリコンビナーゼである場合には、loxP配列を有し遺伝子組換えが起こった場合に検出可能となるコンストラクトが挙げられる。細胞系譜標識コンストラクトは、例えば、遺伝子組換えが起こった場合に蛍光タンパク質を発現するように構成されていてもよい。
【0042】
このようなシステムによれば、対象遺伝子が発現した場合に遺伝子組換えが生じ、細胞が、例えば蛍光タンパク質を発現するようになる。この細胞は分裂しても蛍光タンパク質を発現するため、細胞系譜解析を行うことができる。
【0043】
本実施形態の方法において、対象遺伝子のプロモーターで作動する細胞系譜標識誘導タンパク質を導入した組織幹細胞は、上述した方法により作製することができる。一方、細胞系譜標識コンストラクトは、遺伝子座特異的に導入されていなくてもよい。
【0044】
従来は、組織幹細胞に遺伝子座特異的な遺伝子操作を行うことは困難であった。そのため、組織幹細胞に、対象遺伝子のプロモーターで作動する細胞系譜標識誘導タンパク質を導入することは困難であった。しかしながら、上述したように、発明者らは、培養オルガノイドに遺伝子導入する方法により、組織幹細胞に遺伝子座特異的な遺伝子操作を行うことができることを明らかにした。
【0045】
その結果、組織幹細胞に、対象遺伝子のプロモーターで作動する細胞系譜標識誘導タンパク質を導入し、これとは別に細胞系譜標識コンストラクトを導入して、組織幹細胞を細胞系譜マーカーで標識し、対象遺伝子が幹細胞マーカーであるか否かを試験することが可能となった。
【0046】
[癌幹細胞に有効な抗癌剤のスクリーニング方法]
1実施形態において、本発明は、癌幹細胞に有効な抗癌剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下で、癌幹細胞マーカー遺伝子のプロモーターで作動するレポーター遺伝子が導入された癌幹細胞を培養する工程と、前記レポーター遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、前記レポーター遺伝子の発現量の低下が、前記被験物質が癌幹細胞に有効な抗癌剤であることを示す方法を提供する。
【0047】
本実施形態のスクリーニング方法において、癌幹細胞は、癌幹細胞を含むオルガノイドの形態で培養してもよい。また、癌幹細胞は、上述した方法により、癌幹細胞であることが証明されたものであることが好ましい。すなわち、癌幹細胞マーカー遺伝子は、上述した方法により、癌幹細胞マーカーであることが証明されたものであることが好ましい。
【0048】
また、レポーター遺伝子としては特に限定されず、例えば、各種の蛍光タンパク質、酵素等が挙げられる。レポーター遺伝子は、癌幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座におけるプロモーターで作動することが好ましい。
【0049】
実施例において後述するように、本実施形態のスクリーニング方法により、被験物質が癌幹細胞に与える影響を測定することができる。その結果、癌幹細胞に有効な抗癌剤をスクリーニングすることができる。被験物質としては、特に限定されず、例えば化合物ライブラリーであってもよいし、抗体医薬を含む既存薬のライブラリー等であってもよい。
【0050】
別の実施形態において、本発明は、癌幹細胞及び癌細胞に対する抗癌剤の有効性を試験する方法であって、前記抗癌剤の存在下で、癌幹細胞マーカー遺伝子のプロモーターで作動する第1のレポーター遺伝子及び強制発現用プロモーターで作動する第2のレポーター遺伝子が導入された癌幹細胞を培養する工程と、前記第1及び前記第2のレポーター遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、前記第1のレポーター遺伝子の発現量の低下が、前記抗癌剤が癌幹細胞に有効な抗癌剤であることを示し、前記第2のレポーター遺伝子の発現量の低下が、前記抗癌剤が癌幹細胞及び癌細胞に有効な抗癌剤であることを示す方法を提供する。
【0051】
本実施形態の方法は、抗癌剤のスクリーニング方法であるということもできる。強制発現用プロモーターとしては、動物細胞における遺伝子の強制発現に通常利用されているプロモーターを用いることができ、例えば、CMVプロモーター、EF1αプロモーター等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0052】
本実施形態の方法において、第1のレポーター遺伝子は、癌幹細胞マーカー遺伝子の遺伝子座におけるプロモーターで作動することが好ましい。また、第1のレポーター遺伝子と第2のレポーター遺伝子は、互いに識別可能なものであることが好ましい。例えば、第1のレポーター遺伝子と第2のレポーター遺伝子は、互いに波長が異なる蛍光を発する蛍光タンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0053】
実施例において後述するように、本実施形態の方法により、対象の抗癌剤が、癌幹細胞と癌細胞に与える影響をそれぞれ評価することができる。したがって、本実施形態の方法を、癌幹細胞に有効な抗癌剤等のスクリーニング等に利用することができる。
【実施例
【0054】
次に実験例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0055】
[実験例1]
(大腸癌幹細胞のLGR5遺伝子座へのレポーター遺伝子の導入)
《コンストラクトの作製》
LGR5遺伝子の第18エクソンを標的とするCRISPR-Cas9プラスミドを定法により作製した。図1(a)は、ヒトLGR5遺伝子座の模式図である。また、LGR5遺伝子の第18エクソンにレポーター遺伝子を導入するターゲッティングコンストラクトを作製した。レポーター遺伝子として、緑色蛍光タンパク質(GFP)をコードする遺伝子を用いた。図1(b)は、作製したターゲッティングコンストラクトの構造を示す模式図である。
【0056】
ターゲッティングコンストラクトは、IRES-GFP-loxP-EF1-RFP-T2A-Puro-loxPプラスミド(型式「HR180PA-1」、システムバイオサイエンス社)にそれぞれ1kbpの長さを有する5’アーム及び3’アームを連結して作製した。
【0057】
《オルガノイド培養》
慶應大学医学部の倫理委員会により承認を受けて実験を行った。患者から摘出した大腸癌組織を小さな断片に切断し、氷冷したリン酸バッファー(PBS)で少なくとも10回洗浄した。続いて、リベラーゼ(型式「TH」、ロシュ・ライフサイエンス社)を添加し、15分ごとに激しくピペッティングしながら37℃で60分間消化した。続いて、残った断片を、酵素(型式「TrypLE Express」、インビトロジェン社)を用いて37℃で20分間更に消化した。
【0058】
続いて、上清を回収し、4℃、200×gで3分間遠心した。続いて、沈殿をマトリゲル(BDバイオサイエンス社)で懸濁し、25μL/ウェルずつ24ウェルプレートに分注した。続いて、マトリゲルがポリメライズした後に培地を添加した。
【0059】
培地としては、ダルベッコ改変イーグル/F12培地に、ペニシリン、ストレプトマイシン、10mM HEPES、2mM GlutaMAX(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1×B27(ライフテクノロジーズ社)、10nMガストリンI(シグマ社)、1mM N-アセチルシステイン(和光純薬)を添加した培地を基本培地として使用した。また、場合により、50ng/mLマウスリコンビナントEGF、100ng/mLマウスリコンビナントNoggin、500nM A83-01(Tocris社)を培地に添加した。
【0060】
発明者らは、以前に、上述した培養方法により、大腸癌オルガノイドを長期間培養することができること、大腸癌オルガノイドが大腸癌幹細胞を含むことを明らかにしている。
【0061】
《遺伝子導入》
エレクトロポレーション法により、上記の培養オルガノイドに遺伝子を導入した。遺伝子導入の後、培養オルガノイドを30℃で2日間培養した。続いて、遺伝子導入から3日後に、2μg/mLピューロマイシンの存在下で3日間選択培養を行った。
【0062】
続いて、薬剤耐性オルガノイドクローンを選別し、個別に増殖させた。各オルガノイドクローンからゲノムDNAを抽出し、PCR及びサザンブロッティングにより目的の遺伝子導入が行われたことを確認した。
【0063】
続いて、loxP配列で挟まれたRFP-T2A-Puro選択カセットを、Creリコンビナーゼを発現するアデノウイルスを一過性に感染させることにより除去した。続いて、RFP陰性のオルガノイドを選別してクローニングした。続いて、PCRによりRFP-T2A-Puro選択カセットが除去されていることを確認した。
【0064】
以上の方法により、CRC7、CRC12、CRC28とそれぞれ命名した、3クローンのオルガノイドを得た。図1(c)は、得られたオルガノイドのLGR5遺伝子座の構造を示す模式図である。以下、これらのオルガノイドを「LGR5-GFPオルガノイド」という場合がある。
【0065】
[実験例2]
(幹細胞ヒエラルキーの確認)
《オルガノイドの異種移植》
動物実験は、慶應大学医学部の動物実験委員会により承認を受けて行った。実験例1で作製した3クローンのLGR5-GFPオルガノイドを、免疫不全マウスの腎被膜下にそれぞれ異種移植した。免疫不全マウスとしては、NOD/Shi-scid IL-2Rγnull(NOG)マウス(7~12週齢、オス)を使用した。
【0066】
《癌幹細胞及び分化した癌細胞の検出》
各マウスから、形成された腫瘍を摘出し、直ちに4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結組織切片を作製した。続いて、作製した組織切片において、癌幹細胞の存在を示すGFPの蛍光を検出した。また、分化マーカーであるKeratin 20(KRT20)を免疫染色により検出した。
【0067】
図2(a)~(c)は、移植したオルガノイドに由来する腫瘍組織の組織切片の蛍光顕微鏡写真である。図2中、「Xenograft」は、異種移植したオルガノイドに由来する腫瘍組織であることを示し、「Patient」は、後述する患者由来の腫瘍組織であることを示す。また、スケールバーは100μmを示す。図2(a)はLGR5-GFPオルガノイドのクローンCRC7に由来する腫瘍組織の結果であり、図2(b)はクローンCRC12に由来する腫瘍組織の結果であり、図2(c)はクローンCRC28に由来する腫瘍組織の結果である。
【0068】
その結果、GFP陽性細胞(癌幹細胞)は、腫瘍の最も外側の領域に存在し、KRT20(分化した細胞)は腫瘍の内部に存在することが明らかとなった。
【0069】
また、図2(d)~(f)は、各オルガノイドクローンを樹立するもととなった患者由来の大腸癌組織の切片において、LGR5のmRNAをインサイチューハイブリダイゼーションにより検出し、KRT20を免疫染色により検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【0070】
図2(d)はクローンCRC7の樹立に用いた患者の腫瘍組織の結果であり、図2(e)はクローンCRC12の樹立に用いた患者の腫瘍組織の結果であり、図2(f)はクローンCRC28の樹立に用いた患者の腫瘍組織の結果である。
【0071】
その結果、患者の腫瘍組織においても、LGR5発現細胞(癌幹細胞)は腫瘍の最も外側の領域に存在し、KRT20(分化した細胞)は腫瘍の内部に存在することが明らかとなった。
【0072】
以上の結果から、オルガノイドに由来する腫瘍組織において、患者の腫瘍組織における幹細胞ヒエラルキーが再現されていることが確認された。
【0073】
[実験例3]
(LGR5遺伝子発現細胞が癌幹細胞であることの証明)
癌幹細胞を細胞系譜マーカーで標識し、細胞系譜解析を行うことにより、1個の細胞が自己複製及び分化の双方を行っているか否かを検討した。
【0074】
《細胞系譜マーカーによる標識》
まず、癌幹細胞をLGR5遺伝子のプロモーターで作動する細胞系譜マーカーで標識した。図3(a)~(c)は、細胞系譜マーカーによる標識を説明する図である。
【0075】
まず、実験例1と同様の手法により、大腸癌由来の培養オルガノイドのLGR5遺伝子座にIRES-CreERコンストラクトを導入した。なお、CreERタンパク質は、通常細胞質に存在するが、タモキシフェンと結合することにより核内に移行し、loxP配列に対して組換えを起こすリコンビナーゼである。図3(a)は、完成したLGR5遺伝子座の模式図を示す図である。
【0076】
また、実験例1と同様の手法により、IRES-CreERを導入したオルガノイドに、レポーターカセットを更に導入した。レポーターカセットとしては、CMV-Brainbow-2.1Rプラスミド(型式「#18723」、アドジーン社)から切り出したレインボーカセットを使用した。図3(b)は、レインボーカセットの模式図を示す図である。
【0077】
ここで、図3(a)及び(b)に示す細胞系譜マーカーで標識したオルガノイドについて説明する。上記の細胞系譜マーカーで標識したオルガノイド中に存在する癌幹細胞はLGR5遺伝子を発現するため、CreERタンパク質を発現する。タモキシフェンの非存在下においては、CreERが細胞質に存在するため、レインボーカセットの組換えは起きない。このため、nuclear GFP(nGFP)が発現し、核内でGFPの蛍光が観察される。
【0078】
ここで、細胞にタモキシフェンを投与すると、CreERが核内に移行し、レインボーカセットに存在する複数のloxP配列において、ランダムな組み合わせで組み換えが起きる。その結果、例えば、図3(c)に示す遺伝子配列が形成される。その結果、場合により、黄色蛍光タンパク質(YFP)、赤色蛍光タンパク質(RFP)、シアン色蛍光タンパク質(mCFP)のいずれかを発現する細胞になる。
【0079】
一度いずれかの蛍光タンパク質を発現する組換えを起こした細胞及びその子孫は同じ蛍光タンパク質を発現し続ける。このため、1個の細胞に由来する細胞を追跡して解析することができる。以下、上記の細胞系譜マーカーで標識したオルガノイドを「LGR5-CreER/Rainbowオルガノイド」という場合がある。
【0080】
《癌幹細胞の細胞系譜解析》
癌幹細胞は、LGR5遺伝子を発現する。このため、LGR5-CreER/Rainbowオルガノイドに含まれる癌幹細胞はCreERを発現し、タモキシフェンの存在下で、nGFPの蛍光を発する細胞から、YFP、RFP、mCFPの蛍光を発する細胞に変化する。
【0081】
このシステムを用いて、癌幹細胞の細胞系譜解析を行った。具体的には、まず、実験例2と同様の方法により、NOGマウス(7~12週齢、オス)の腎被膜下に、LGR5-CreER/Rainbowオルガノイドを異種移植した。続いて、移植から1ヶ月後に、マウスにタモキシフェンを投与した。続いて、タモキシフェンの投与から3日後及び28日後にマウスから腫瘍を摘出し、直ちに4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結組織切片を作製した。
【0082】
続いて、作製した組織切片の蛍光観察、LGR5 mRNAのインサイチューハイブリダイゼーション、KRT20の免疫染色を行い、癌幹細胞の挙動を観察した。
【0083】
その結果、タモキシフェンの投与の直後、癌幹細胞は腫瘍組織の最も外側の領域に存在することが確認された。その後、細胞系譜標識された細胞クローンにより、継続的に腫瘍組織が形成されることが確認された。
【0084】
また、当初LGR5遺伝子を発現していた細胞が、LGR5陽性細胞とLGR5陰性細胞を含むクローナルな構造を形成することが明らかとなった。また、LGR5遺伝子を発現していた細胞は、当初KRT20を発現していなかったが、タモキシフェン投与の1週間後に、KRT20陽性細胞に分化したことが確認された。
【0085】
以上の結果から、ヒトにおいて、LGR5陽性細胞は癌幹細胞であり、長期間にわたる自己複製能と分化能を備えることが証明された。すなわち、ヒトにおいて、LGR5遺伝子は癌幹細胞マーカーであることが証明された。
【0086】
[実験例4]
(癌幹細胞を標的とした癌治療の有効性の検討)
癌幹細胞に薬剤誘導型自殺遺伝子を組み込み、癌幹細胞を標的とした癌治療の有効性を検討した。
【0087】
《薬剤誘導型自殺遺伝子を導入した癌幹細胞の作製》
まず、実験例1と同様の手法により、大腸癌由来の培養オルガノイドのLGR5遺伝子座にIRES-iCaspase9-T2A-tdTomatoコンストラクトを導入した。以下、このオルガノイドを「LGR5-iCTオルガノイド」という場合がある。
【0088】
なお、iCaspase9は薬剤誘導型自殺遺伝子である。iCaspase9は、単量体では活性を有しないが、AP20187(dimerizer、APExBIO社)の存在下では2量体を形成し、アポトーシスを誘導する。また、tdTomatoは赤色蛍光タンパク質(RFP)の一種である。
【0089】
図4は、完成したLGR5遺伝子座の構造及び薬剤誘導型自殺遺伝子の挙動を説明する図である。本システムでは、LGR5遺伝子のプロモーターにより、iCaspase及びtdTomato蛍光タンパク質が発現する。このため、tdTomatoの蛍光を観察することにより、LGR5陽性細胞の存在を確認することができる。そして、AP20187の存在下では、LGR5陽性細胞がアポトーシスを誘導して死滅する。その結果、tdTomatoの蛍光が観察されなくなる。
【0090】
《LGR5-iCTオルガノイドの挙動の確認》
実験例2と同様の方法により、NOGマウス(7~12週齢、オス)の腎被膜下に、LGR5-iCTオルガノイドを異種移植した。続いて、腫瘍が形成された後、マウスにAP20187を5日間毎日投与した。また、対照マウスには溶媒のみを5日間毎日投与した。その後、各マウスの腫瘍サイズを経時的に測定した。
【0091】
図5(a)及び(b)は、AP20187の投与開始から5日目に各マウスの腫瘍を摘出して組織切片を作製し、tdTomatoの蛍光、及び分化マーカーであるKRT20を免疫染色により検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【0092】
図5(a)中、「+Vehicle」は、溶媒のみを投与した対照マウスの結果であることを示す。また、図5(b)中、「+Dimerizer」は、AP20187を投与したマウスの結果であることを示す。図5(a)及び(b)中、スケールバーは100μmを示す。
【0093】
その結果、図5(b)に示すように、AP20187の投与によりアポトーシスが誘導され、LGR5陽性の癌幹細胞が完全に死滅したことが明らかとなった。一方、LGR5陰性の細胞は無傷のまま残存していた。
【0094】
また、図6は、AP20187を投与したマウス(Dimerizer)及び対照マウス(Vehicle)の腫瘍サイズを経時的に測定した結果を示すグラフである。その結果、AP20187の投与による腫瘍サイズの減少が確認された。しかしながら、最終的には、腫瘍サイズが再度増大することが明らかとなった。
【0095】
また、発明者らは、AP20187を投与後の腫瘍組織におけるLGR5遺伝子の発現を検討した。その結果、一度消失したLGR5遺伝子の発現が再度認められることが明らかとなった。また、腫瘍サイズの再度の増大が、LGR5遺伝子の再発現と対応していることが明らかとなった。
【0096】
以上の結果から、LGR5陽性癌幹細胞は腫瘍の増大に関わっており、また、LGR5陰性癌細胞はLGR5陽性癌幹細胞に脱分化する能力を有することが明らかとなった。本実験例の、AP20187を用いた癌幹細胞治療モデルから、癌幹細胞のみを標的とする、単独薬剤を用いた短期治療では、腫瘍再発を引き起こすことが明らかとなった。更に、継続的な癌幹細胞治療により、腫瘍は根治はしないものの、腫瘍増大の抑制が可能であることが明らかとなった。
【0097】
[実験例5]
(癌幹細胞特異的抗癌剤と抗癌剤との併用モデルの検討)
実験例4で作製したLGR5-iCTオルガノイドの異種移植により作製した腫瘍において、AP20187は仮想的な癌幹細胞特異的抗癌剤であるといえる。そこで、AP20187と既存の抗癌剤との組み合わせによる癌治療の効果を検討した。
【0098】
具体的には、実験例2と同様の方法により、NOGマウス(7~12週齢、オス)の腎被膜下に、実験例4で作製したLGR5-iCTオルガノイドを異種移植した。LGR5-iCTオルガノイドとしては、クローンCCO7及びクローンCCO25の2クローンを使用した。
【0099】
続いて、腫瘍が形成された後、マウスに既存の抗癌剤を投与した。既存の抗癌剤としては、抗EGFレセプター抗体であるセツキシマブ(CTX)を使用した。セツキシマブの投与は薬物投与開始時(0日目)及び7日目の2回行った。また、対照マウスにはセツキシマブの代わりに溶媒のみを投与した。
【0100】
その後、セツキシマブを投与したマウスに、薬物投与開始後8~12日目の5日間、AP20187を毎日投与した。また、比較のために、セツキシマブを投与したマウスに、薬物投与開始後8~12日目の5日間、溶媒のみを毎日投与したマウスを用いた。
【0101】
続いて、各マウスの腫瘍サイズを経時的に測定した。図7(a)及び(b)は、腫瘍サイズを経時的に測定した結果を示すグラフである。図7(a)はLGR5-iCTオルガノイドクローンCCO7に由来する腫瘍の結果であり、図7(b)はLGR5-iCTオルガノイドクローンCCO25に由来する腫瘍の結果である。
【0102】
図7(a)及び(b)中、「V」は対照マウスの結果を示し、「CTX」はセツキシマブ及び溶媒を投与したマウスの結果を示し、「CTX+D」はセツキシマブ及びAP20187を投与した結果を示す。
【0103】
その結果、いずれのオルガノイドクローンを使用した場合においても、セツキシマブ及びAP20187を併用して投与することにより、腫瘍サイズが顕著に縮小したことが明らかとなった。また、セツキシマブ及びAP20187を併用して投与した、CCO7クローンを移植したマウスの6匹中5匹に95%以上の腫瘍縮小が観察され、CCO25クローンを移植したマウスの14匹中5匹において、癌組織の完全な消失が観察された。
【0104】
以上の結果は、癌幹細胞特異的抗癌剤と既存の抗癌剤との併用が癌治療に有効であることを示す。なお、併用効果のある薬剤は癌により異なると考えられ、薬剤によるLGR5の発現量からその併用効果が予測できると考えられた。
【0105】
[実験例6]
(癌幹細胞及び癌細胞に対する抗癌剤の有効性の検討)
実験例4で作製したLGR5-iCTオルガノイドに、CMV-GFPコンストラクトを更に導入した。CMV-GFPコンストラクトでは、強制発現用プロモーターであるCMVプロモーターの下流にGFP遺伝子が連結されていた。このため、LGR5遺伝子を発現しているか否かに関わらず、全ての細胞でGFP遺伝子が発現し、GFPタンパク質の蛍光を発する。以下、このオルガノイドを「LGR5-iCT/CMV-GFPオルガノイド」という場合がある。
【0106】
LGR5-iCT/CMV-GFPオルガノイドでは、GFPの蛍光により癌細胞の生存活性を観察し、tdTomatoの蛍光により癌幹細胞の生存活性を観察することができる。
【0107】
LGR5-iCT/CMV-GFPオルガノイドを用いて、大腸癌の治療に用いられる既存の抗癌剤をハイスループットスクリーニングし、癌細胞及び癌幹細胞に対する影響を検討した。
【0108】
図8は、代表的な結果を示すオルガノイドの顕微鏡写真である。図8中、「明視野」は明視野観察画像であることを示し、「CMV-GFP」はGFPの蛍光を観察した蛍光顕微鏡写真であることを示し、「LGR5-tdTomato」はtdTomatoの蛍光を観察した蛍光顕微鏡写真であることを示し、「マージ」は、明視野観察画像、GFPの蛍光顕微鏡写真、及びtdTomatoの蛍光顕微鏡写真を合成した結果であることを示す。また、イリノテカン、セツキシマブ、オキサリプラチンは既存の抗癌剤である。各抗癌剤は、図8に示す終濃度でオルガノイドの培地に添加した。また、「DMSO」は対照として抗癌剤の代わりに培地に添加したジメチルスルホキシドを意味する。
【0109】
その結果、イリノテカンは癌細胞の増殖抑制効果を示したが、癌幹細胞に対する有効性は認められなかった。また、抗EGFR抗体であるセツキシマブが癌幹細胞の生存活性を顕著に上昇させることが明らかとなった。また、オキサリプラチンは、癌幹細胞及び癌細胞の双方を殺傷することが明らかとなった。
【0110】
この結果は、本実験例の方法を、癌幹細胞に有効な抗癌剤等のスクリーニングに利用できることを実証するものである。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明によれば、組織幹細胞に遺伝子座特異的な遺伝子操作を行う技術を提供することができる。
図1
図2
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図5
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図7
図8