(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-26
(45)【発行日】2025-03-06
(54)【発明の名称】術後腹部(骨盤)癒着防止用ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルおよびその調製方法
(51)【国際特許分類】
A61L 31/04 20060101AFI20250227BHJP
A61L 31/14 20060101ALN20250227BHJP
【FI】
A61L31/04 120
A61L31/14 500
(21)【出願番号】P 2022518195
(86)(22)【出願日】2020-03-31
(86)【国際出願番号】 CN2020082597
(87)【国際公開番号】W WO2021051778
(87)【国際公開日】2021-03-25
【審査請求日】2023-02-02
(31)【優先権主張番号】201910898102.2
(32)【優先日】2019-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】522109168
【氏名又は名称】常州百瑞吉生物医薬股▲フン▼有限公司
【氏名又は名称原語表記】BIOREGEN BIOMEDICAL (CHANGZHOU) CO., LTD.
【住所又は居所原語表記】Building B, No.117, Xueye Road, Xinbei District, Changzhou, Jiangsu 213125, China
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100221501
【氏名又は名称】式見 真行
(72)【発明者】
【氏名】王 雲雲
(72)【発明者】
【氏名】張 紅晨
(72)【発明者】
【氏名】王 坤
(72)【発明者】
【氏名】胡 慕蘭
(72)【発明者】
【氏名】王 ▲シン▼宇
(72)【発明者】
【氏名】宋 文俊
(72)【発明者】
【氏名】舒 暁正
【審査官】参鍋 祐子
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-537050(JP,A)
【文献】特表2010-512433(JP,A)
【文献】特表2012-505840(JP,A)
【文献】国際公開第2018/231726(WO,A1)
【文献】特表2010-532396(JP,A)
【文献】再公表特許第2005/000374(JP,A1)
【文献】特表平11-511344(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0176620(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量が3~8mg/mLであること、
ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルが、ヒアルロン酸チオール化誘導体によって調製されていること、
ヒアルロン酸チオール化誘導体のチオール含有量が10~100μmol/gであること:
を特徴とする、腹部(骨盤)術後の組織癒着防止用ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲル。
【請求項2】
ジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量が3~4.5mg/mLである、請求項1記載の腹部(骨盤)術後の組織癒着防止用ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲル。
【請求項3】
ヒアルロン酸チオール化誘導体のチオール含有量が20~70μmol/gである、請求項
1記載の腹部(骨盤)術後の組織癒着防止用ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲル。
【請求項4】
ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルを、ヒアルロン酸チオール化誘導体水溶液から酸化工程を経て調製する、請求項1~
3のいずれか1項に記載のジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの調製方法。
【請求項5】
酸化工程を酸素の作用下で行う、請求項
4記載のジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの調製方法。
【請求項6】
酸素が空気中の酸素および/または水溶液に溶解した酸素である、請求項
5記載のジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの調製方法。
【請求項7】
腹部(骨盤)術後の組織癒着を防止する方法に使用するための、請求項1~
3のいずれか1項に記載のジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体医薬の分野に関し、特に術後腹部(骨盤)癒着防止用ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルに関し、また術後腹部(骨盤)癒着防止用ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの調製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
術後癒着は、自然治癒の過程で生じる不可避の病態生理現象である。生体内には瘢痕組織によって形成された線維性バンドが存在し、本来くっつかないはずの正常な組織や臓器が異常に結合してしまう。組織癒着は通常、術後腹部(骨盤)癒着に最も深刻であり、その発生率は90%を超えて高くなることがあります。術後合併症として、腸閉塞、続発性不妊症、腹部(骨盤)痛などがあります。(Sikiricaら、BMC Surg. 2011, 11:13; ten Broekら、BMJ 2013, 347: f5588)。
【0003】
手術中は術後癒着が生じないように細心の注意を払う必要があるが、癒着は自然治癒過程の一部であり、細心の注意を払った手術手技でも癒着を防ぐことはできない。また、癒着が形成された後にそれを軽減するような治療法や「特効薬」は、現在までのところ販売されていない。癒着に関連した合併症のある患者の多くは、診断のために再度手術が必要となる。前回の手術による癒着が見つかった場合、癒着を溶解するために癒着溶解術を行わなければならない。癒着剥離は一部の患者さんにとって解決策となるが、癒着が再発することも少なくない。そのため、癒着の予防策と安全で効果的な癒着防止用品の開発が現在の焦点となっている(DeWildeら、Gynecol Surg. 2007, 4; 243-253)。
【0004】
癒着防止(Adhesion Barrier)は、その修復過程において損傷した組織を物理的に隔離することができるので、理論的には癒着の形成を効果的に減少させることができる。理想的な癒着防止剤は、生体内で安全で分解・吸収性があり、開腹手術と腹腔鏡手術の両方の術後に適用でき、術後の腹部(骨盤)癒着の形成を効果的に防止できるものであることが望ましい。現在、いくつかの癒着防止剤が術後腹部(骨盤)癒着の使用として承認されているが、適用、有効性、安全性に違いがあり、まだ大きな改善が必要である(Tulandiら、Curr Opin Obstet Gynecol .2005, 17: 395-398; DeWildeら、Gynecol Surg. 2007, 4: 243-253; Arungら、World J Gastroenterol. 2011, 17: 4545-4553; Practice Committee of the American Society for Reproductive Medicine in collaboration with the Society of Reproductive Surgeons, Fertil Steril. 2013, 99: 1550-1555)。
【0005】
ヒアルロン酸は、二糖単位(α-1,4-D-グルクロン酸とβ-1,3-N-アセチル-D-グルコサミン)の繰り返しからなる非スルホン化グリコサミノグリカンで、結合組織の細胞外マトリックスの主成分で、優れた生体親和性と独特の物理・化学特性、創傷治癒促進などの生物機能を有している。ヒアルロン酸はかつて、理想的な接着バリアーとして考えられていた。しかし、その流動性と生体内(in vivo)でのヒアルロニダーゼによる急速な分解のために、ヒアルロン酸はその修復過程で傷ついた組織を物理的に効果的に分離することができず、したがって癒着を有意に防ぐことはできない(Wiseman、In:dizeraga GS., Editor. New York: Springer-Verlag; 2000, pp 401-417)。
【0006】
架橋反応は、ヒアルロン酸の流動性を著しく低下させ、生体内(in vivo)での分解と吸収を遅らせることができる。架橋されたヒアルロン酸は、その修復過程で傷ついた組織を効果的に分離することができる。従って、術後腹部(骨盤)癒着の癒着を防ぐのに良い可能性を有している。しかしながら、不適切な架橋反応はヒアルロン酸の生体適合性を損なう可能性もある。例えば、3価の鉄イオンで架橋されたヒアルロン酸ナトリウムゲルは、多くの深刻な有害事象を引き起こしている(Wiseman, Ann Surg. 2006, 244: 630-632)。
【0007】
本出願人は、先行特許文献(CN 102399295A)において、ヒアルロン酸の本来の構造、生理機能および生体適合性を最大限に維持し、同時に生体内でのヒアルロン酸の分解、吸収および溶解流動性を遅延させたジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルを開示したが、術後腹部(骨盤)癒着の癒着を防止する用途については詳しく検討されていない。
【発明の概要】
【0008】
本発明は、生体適合性が良好で、術後腹部(骨盤)癒着の組織癒着防止に大きな効果を発揮するジスルフィド架橋型ヒアルロン酸ゲルを提供するものである。
【0009】
本発明は、以下の技術的解決手段により実現される。
術後腹部(骨盤)癒着の組織の癒着を防止するためのジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルであって、ゲル中のジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量が3~8mg/mLであることを特徴とする、ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲル。
【0010】
本発明において、ジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量は、ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの各容量単位におけるジスルフィド架橋ヒアルロン酸の重量(mg/mL)として表わされるものである。好ましくは4~7mg/mLであり、特に好ましくは4.5~6mg/mLである。
【0011】
癒着防止は、その修復プロセス中に損傷した組織を物理的に隔離することによって、癒着を防止する。当業者に知られているように、架橋ヒアルロン酸ゲルの強度は、架橋ヒアルロン酸の含有量に応じて増加し、より良い物理的隔離効果を提供することができ、したがって、より良い癒着防止効果を有するはずである。当業者にとって、ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの癒着防止効果をさらに向上させるためには、ジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量を増加させることが技術的解決策であると予見されるところ、当業者であれば、ジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量を増加させることは、当業者であれば容易に想到し得ることである。
【0012】
先行特許文献(CN 102399295A)には、ジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲル(10mg/mL)が、非架橋ヒアルロン酸溶液よりも優れた腹部(骨盤)癒着防止効果を有することが開示されている。したがって、ジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルの含有量を多くすれば、腹部(骨盤)癒着防止効果をさらに高めることができるということが常識に従って予想される(Yangら、BMC Biotechnology 2010, 10:65; De Iacoら、Fertil Steril. 1998, 69: 318-323).
【0013】
しかしながら、本願発明者らは、当業者によく知られた常識に反して、ジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸の含有量が低い(3~8mg/mL)ジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルは、含有量が高い(10mg/mL)ものより術後の腹部(骨盤)癒着を防止する効果が高く、かつ生体適合性も良いことを見出し、本願発明の完成に至った。
【0014】
本発明が採用した技術的解決策は、常識を超えたものであり、得られる有益な効果も予想外のものであった。
【0015】
本発明の他の目的は、術後腹部(骨盤)癒着の組織癒着を防止するためのジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの調製方法を提供することである。本発明の調製方法の技術的スキームは、ヒアルロン酸チオール化誘導体の水溶液を酸化処理することにより、本発明のジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルを得ることである。
【0016】
上記の酸化処理は、一般に空気中の酸素、および/または水溶液に溶解した酸素などの酸素の作用下で行うことができる。この工程では、架橋剤を添加することなく、チオール基を酸化してジスルフィド結合を形成し、副産物として水が得られ、さらに精製する必要はない。上記調製工程では、ヒアルロン酸チオール化誘導体の水溶液を濾過滅菌した後、無菌状態で本発明のジスルフィド架橋型ヒアルロン酸ゲルを調製することが可能である。代替的に、または追加的に、末端滅菌法等も滅菌に使用することができる。末端滅菌法としては、当業者に周知の湿熱滅菌などが挙げられる。
【0017】
本発明において、ヒアルロン酸チオール化誘導体とは、ヒアルロン酸をチオール修飾することにより調製できるチオール基を有するヒアルロン酸誘導体を指し、さらにチオール修飾を経て各種ヒアルロン酸誘導体(カルボキシメチル化ヒアルロン酸、アセチル化ヒアルロン酸など)により調製されるチオール化誘導体も含まれる。ヒアルロン酸又はその誘導体の側鎖カルボキシル基、側鎖水酸基、還元末端基は、通常チオール修飾が可能な活性官能基であり、例えば、特許文献WO 2009/006780A1等の先行技術文献に開示されているヒアルロン酸チオール化誘導体の各種調製方法を用いて本発明におけるヒアルロン酸チオール化誘導体の調製が可能である。それらのヒアルロン酸チオール化誘導体は、好ましくは、ヒアルロン酸の本来の構造、生理機能、生体適合性を維持し、有効なジスルフィド架橋を達成し、生体内での分解、吸収、流動性を著しく遅延させることができる。
【0018】
本発明では、様々なチオール含量のヒアルロン酸チオール化誘導体を用いて、本発明のジスルフィド架橋型ヒアルロン酸を調製することができる。チオール含量は、ヒアルロン酸チオール化誘導体1g当たりのチオールのマイクロモル数(μmol/g)で表される。チオール含量は、好ましくは10~100μmol/gであり、特に好ましくは20~70μmol/gである。
【0019】
本発明において、ヒアルロン酸は、その塩の形態(ナトリウム塩、カリウム塩、亜鉛塩、カルシウム塩等)も含む。
本発明の有益な効果は、以下の通りである。
【0020】
本発明による術後腹部(骨盤)癒着の組織癒着防止用ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは、当業者によく知られている常識に反する技術的解決方法を採用し、良好な生体適合性を有するだけでなく、術後腹部(骨盤)癒着の組織癒着の予想外の防止効果も達成したものである。本発明による調製方法は、架橋剤を添加する必要がない、調製工程が簡単である、不純物等がない等、多くの利点を有する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】ゲル動的粘度に及ぼすジスルフィド架橋ヒアルロン酸含有量の影響。
【
図2】ジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量が接着に関与する面積に与える影響。
【
図3】癒着の重症度に及ぼすジスルフィド結合ヒアルロン酸含量の影響。
【
図4】癒着長に及ぼすジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量の影響。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、実施例を参照して本発明の実施形態を詳細に説明するが、当業者であれば、以下の実施例は本発明を説明するために用いられるに過ぎず、本発明の範囲を限定するものと見なすべきではないことを理解されよう。
【0023】
実施例1:ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの作製
ヒアルロン酸チオール化誘導体は、分子量180KDaのヒアルロン酸ナトリウムを原料とし、Shuら(Shuら、Biomacromolecules 2002, 3: 1304-1311)により報告された方法で調製したものである。誘導体のチオール含量は、それぞれ24μmol/g、38μmol/g、57μmol/gであった。
【0024】
上記のヒアルロン酸チオール化誘導体を溶解して、それぞれ3mg/mL、4mg/mL、4.5mg/mL、5mg/mL、6mg/mL、7mg/mL、8mg/mLおよび10mg/mLの含有量の水溶液を得た。溶液のpH値は7.4に調整した。濾過滅菌後,滅菌ガラス容器に移し替えた。この溶液を室温で4週間密閉保存すると、溶液は流動性を失い、ジスルフィド架橋されたヒアルロン酸ゲルを形成する。
【0025】
実施例2:ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの動的粘度特性の評価
実施例1で調製したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの動的粘度特性を、中国薬局方(2010年版)第二部付録VIGの第二法に従い、せん断速度0.25Hz以上(25±0.1℃)で回転粘度計を使用して評価した。
【0026】
目視では、ジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量が多いゲルほど強度が高く、試験の結果、含有量が多いゲルほど動的粘度が高いことが示された。ジスルフィド結合ヒアルロン酸の含有量がゲルの動的粘度に及ぼす影響を
図1に示す。ジスルフィド結合ヒアルロン酸の含有量が10mg/mLのゲルが最も動的粘度が高く(
100,000mPa・s以上)、測定器の測定上限を超えたため、
図1では
100,000mPa・s以上と表記している。
【0027】
ヒアルロン酸チオール化誘導体のチオール含量も、ゲルの動的粘度に一定の影響を与える。チオール含量の高いヒアルロン酸チオール化誘導体から調製されたゲルは、より高い動的粘度を有する。
【0028】
実施例3:ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの細胞適合性評価
実施例1で調製したジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルのin vitro細胞毒性を、ISO10993.5-2009の規格を参考に評価した。
ラット線維芽細胞(ATCC CCL1, NCTC Clone 929, Clone of Strain L)を、抗生物質(100μg/mL ペニシリン、100μg/mL ストレプトマイシン)および10%血清を含むRPMI 1640培地を用いて、37℃、5%CO2、飽和湿度下で培養した。細胞がコンフルエンス近くまで増殖したら、トリプシンで消化し、細胞を回収し、細胞濃度を5×104/mLに調整する。
【0029】
抽出培地には、10%血清を含むRPMI 1640培地を用いた。抽出培地1mlあたり0.2gのジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルを添加した。浸出は37℃で24時間行った。次に、浸出原液を10%血清入りRPMI 1640で希釈し、浸出原液の含量をそれぞれ100%、50%、25%、12.5%とした4回分の希釈浸出液を得た。
【0030】
上記細胞懸濁液を96ウェルプレートに加え、1ウェルあたり100μL(5×103細胞)、37℃、5%CO2で24時間培養した。培地を捨て、グループ別に希釈した浸出液(100%、50%、25%、12.5%の4用量)、ネガティブコントロール、ブランクコントロール、ポジティブコントロール、各グループ5穴を加え、37℃、5%CO2飽和蒸気培養器で24時間培養を実施した。
【0031】
培養後、細胞培養プレートを取り出し、培地を捨て、血清を10%含むRPMI 1640培地を100μL加え、MTT染色液を各ウェルに50μL(1mg/mL)加え、37℃、5%CO2飽和蒸気インキュベーターで3時間培養する。培養プレートの培地を捨て、各ウェルに100μLのイソプロパノールを加えて振り混ぜ、波長570nmにおける吸収値を測定する。
【0032】
各群の吸収値とブランク対照群の吸収値との比から相対細胞増殖率を算出し、ブランク対照群の相対細胞増殖率を100%とした。
【0033】
陰性対照群の相対細胞増殖率はブランク対照群と同じであり、陽性対照群の相対細胞増殖率は10%以下であり、予想通りの結果であった。各ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲル試験群の細胞の相対増殖率は90%以上であり、細胞に細胞毒性は観察されず、試験したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは良好な細胞適合性を有することが示された。
【0034】
実施例4:ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルのin vivo組織適合性評価
実施例1で調製した9つのジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルの生体内組織適合性を、ISO10993.6-2007の規格を参考に評価した。これら9つのゲルのジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸含有量はそれぞれ3mg/mL、6mg/mL、8mg/mLであり、これら9つのゲルは、チオール含有量がそれぞれ24μmol/g、38μmol/g、57μmol/gのヒアルロン酸チオ化誘導体によって調製されたものであった。対照試料として、市販の非架橋ヒアルロン酸ゲル製品を用いた。
【0035】
健康なSDラットの皮膚を通常通り消毒した後、実施例1で調製したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルまたは対照試料(0.5mL)をラットの脊椎の正中線に沿って皮下(脊椎から2cm離れた位置)に埋め込んだ。ラットは、移植後3日、7日、10日、14日目に無痛で犠牲とした。インプラントとその周辺組織を切り出し、巨視的な観察を行った。インプラントとその周辺組織を10%ホルマリンで固定し、勾配アルコールで脱水後、パラフィン包埋し、スライスしてHE染色し、病理組織学的に観察・評価した。
【0036】
ゲルおよびコントロールサンプルの目視観察では、移植3日後のラットの傷口にわずかな発赤と浮腫が見られたが、移植時間の増加とともに徐々に消失した。病理組織学的観察では、各ゲル群の組織反応は対照試料と同様に軽度であることが確認された。この試験結果から、試験したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは良好な組織適合性を有することが示された。
【0037】
実施例5:ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの作製
ヒアルロン酸チオール化誘導体は、分子量300KDaと1500KDaのヒアルロン酸ナトリウムを原料とし、Wangら(Wangら、J Mater Chem. B, 2015, 3:7546-7553)が報告した方法によって調製したものである。それらのチオール含量は、それぞれ103μmol/gおよび75μmol/gであった。
【0038】
上記のヒアルロン酸チオール化誘導体を溶解し、含有量が3mg/mL、4mg/mL、4.5mg/mL、5mg/mL、6mg/mL、7mg/mL、8mg/mLおよび10mg/mLの水溶液を得た。溶液のpH値を7.4に調整する。溶液をガラス容器に移し、湿熱で滅菌する。この溶液を密閉容器に入れ、室温で4週間保存した。溶液は流動性を失い、ジスルフィド架橋されたヒアルロン酸ゲルを形成する。
【0039】
実施例6:ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの細胞適合性評価
実施例5で調製したジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルのイン・ビトロ(in vitro)での細胞毒性を、実施例3と同様の方法で評価した。
各ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲル試験群における細胞の相対増殖率は90%以上であり、細胞に細胞毒性は認められず、試験したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは良好な細胞適合性を有していることが示された。
【0040】
実施例7:ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルのin vivo組織適合性評価
実施例5で調製した4種類のジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルの生体内組織適合性を実施例5と同様の方法で評価した。ゲルのうち2種類はチオール含量75μmol/g(1500KDa)のヒアルロン酸チオ化誘導体、他の2種類のゲルはチオール含量103μmol/g(300KDa)のヒアルロン酸チオ化誘導体によって調製したものである。ゲル中のジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量は、それぞれ3mg/mLと4.5mg/mLであった。対照試料として、市販の非架橋ヒアルロン酸ゲル製品を使用した。
【0041】
ゲルおよびコントロールサンプルの目視観察では、移植3日後の動物の傷口にわずかな発赤と浮腫が見られたが、移植時間の増加とともに徐々に消失した。病理組織学的観察では、各ゲル群の組織反応は対照試料と同様に軽度であることが確認された。この試験結果から、試験したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは良好な組織適合性を有していることがわかった。
【0042】
実施例8:ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの腹腔(骨盤)癒着防止効果の評価
古典的な白ウサギ側壁モデル(Johnら、Fertil Steril. 1997, 68: 37-42)を用いて、実施例1で調製したジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルの腹腔(骨盤)癒着防止効果を評価した。使用したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは、チオール含量が38μmol/gのヒアルロン酸チオール化誘導体から調製し、ゲル中のジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量はそれぞれ3mg/mL、4mg/mL、4.5mg/mL、5mg/mL、6mg/mL、7mg/mL、8mg/mLおよび10mg/mLであった。
【0043】
健康な雌の白ウサギに塩酸ケタミン(55mg/kg)とロポン(5mg/kg)の混合物を筋肉内注射して麻酔し、ウサギの正中開腹を行った。盲腸と小腸を取り出し、すべての漿膜表面の下に出血するように圧力をかけ、点状出血が観察されるまで滅菌ガーゼで損傷腸を優しくこする。盲腸と小腸を解剖学的に正常な位置に戻す。腹壁の右側に5×3cm2の面積で腹膜と腹横筋を切除する。切除した部位にジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲル(~4mL)または生理食塩水を塗布したものを参照する。手術切開部は2層の吸収性縫合糸で閉鎖し、腸を損傷しないように手術時に注意する。
【0044】
実験動物は術後21日目に犠牲とし、開腹した状態で一般観察を行った。同時に、側壁損傷に伴う癒着面積の割合と癒着の重症度を測定・評価した。癒着の重症度は四分位法に従ってスコア化した。0=癒着なし、1=軽度癒着(剥がしやすい癒着)、2=中等度癒着(剥がせない、臓器を裂かない)、3=密な癒着(剥がせない、動くと臓器が裂ける)。
【0045】
巨視的観察では、慢性炎症や肉芽腫の症状は見られず、試験したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは良好な組織適合性を有していることが示された。同時に、ゲル残渣は見られず、試験したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは完全に分解・吸収されたことが示された。
【0046】
評価結果を
図2(癒着領域のパーセント)および
図3(癒着の重症度)に示す。試験したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルはいずれも癒着防止効果を有し、含有量3mg/mL、4mg/mL、4.5mg/mL、5mg/mL、6mg/mL、7mg/mL、8mg/mLのゲルは10mg/mLのゲルと比べて癒着防止効果において優れている(癒着面積が少なく、癒着の重症度も小さい)ことがわかる。
【0047】
実施例9:ジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルの腹腔(骨盤)癒着防止効果の評価
実施例1で調製したジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルの腹腔(骨盤)癒着防止効果を評価するために、古典的な白ウサギ子宮角モデル(Johnら、FertilSteril. 1997, 68: 37-42)を使用した。使用したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは、チオール含量が57μmol/gのヒアルロン酸チオール化誘導体から調製したものであり、ゲル中のジスルフィド架橋ヒアルロン酸の含有量はそれぞれ3mg/mL、4mg/mL、4.5mg/mL、5mg/mL、6mg/mL、7mg/mL、8mg/mLおよび10mg/mLとした。
【0048】
健康な雌の白ウサギに3%ペントバルビタールナトリウム(3mg/kg)を筋肉内注射して麻酔し、腹腔を腹白線に沿って開いて両側の子宮と卵管を露出させ、子宮角を位置決めした。子宮角の直径を測定し記録する。子宮角の直径が3mm以上の白ウサギのみ、試験を継続できる。10番の手術用刃物を用いて、子宮角を起点に、卵管から1cm、子宮体部から4cmの範囲で、漿膜表面の断続的出血が肉眼で発見できるまで約20回掻く。傷ついた子宮と卵管を元の自然な解剖学的部位に戻し、ジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルまたは通常の生理食塩水を傷の両側に2.5mlずつ塗布する。腹部を閉じる前に、注射器を用いて腹壁切開部の尾端から腹腔内にジスルフィド結合架橋ヒアルロン酸ゲルまたは生理食塩水を5mL注入する。
【0049】
試験動物を術後2週間に犠牲とし、腹腔内を開腹して主要臓器の位置や外観、腹水や試験片の残留などの一般状態を観察した。子宮と卵管を露出し、子宮卵管または周辺臓器の癒着を判定し、それぞれの癒着長を求め、両側の子宮卵管の癒着長を加算してその動物の術後癒着長として算出する。
【0050】
大まかな観察では、副作用は認められず、試験したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは良好な組織適合性を有していることが示された。同時に、ゲル残渣は見られず、試験したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルは完全に分解・吸収されたことが示された。
評価結果は
図4を参照されたい。試験したジスルフィド架橋ヒアルロン酸ゲルはいずれも癒着防止効果を有し、含有量3mg/mL、4mg/mL、4.5mg/mL、5mg/mL、6mg/mL、7mg/mL、8mg/mLのゲルは10mg/mLのゲルと比較して癒着防止効果(接着長減少)に優れ、含有量5mg/mLでは癒着防止効果(接着長減少)にも優れていることが判明した。
【0051】
以上の実施形態は、本発明の好ましい実施形態であるが、本発明の実施形態は、実施例によって限定されるものではない。本発明の精神および原理から逸脱しない範囲で行われる他の変更、修正、組み合わせ、置換および簡略化は等価に交換し得るべきであり、全て本発明の保護範囲に含まれる。