(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-26
(45)【発行日】2025-03-06
(54)【発明の名称】バッテリーパック用断熱材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 10/658 20140101AFI20250227BHJP
F16L 59/02 20060101ALI20250227BHJP
H01M 10/625 20140101ALI20250227BHJP
【FI】
H01M10/658
F16L59/02
H01M10/625
(21)【出願番号】P 2023155711
(22)【出願日】2023-09-21
【審査請求日】2024-12-09
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000219602
【氏名又は名称】住友理工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115657
【氏名又は名称】進藤 素子
(74)【代理人】
【識別番号】100115646
【氏名又は名称】東口 倫昭
(74)【代理人】
【識別番号】100196759
【氏名又は名称】工藤 雪
(72)【発明者】
【氏名】高松 成亮
(72)【発明者】
【氏名】田口 祐太朗
(72)【発明者】
【氏名】林 翔太
【審査官】佐藤 匡
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-508632(JP,A)
【文献】特開2021-140968(JP,A)
【文献】国際公開第2020/241620(WO,A1)
【文献】特開2023-84120(JP,A)
【文献】特開2018-130933(JP,A)
【文献】国際公開第2014/132652(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/141189(WO,A1)
【文献】特開2023-56748(JP,A)
【文献】特表2023-539001(JP,A)
【文献】特開2020-169715(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/60-10/667
F16L 59/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の一次粒子が連結して骨格をなし、該骨格間に細孔を有する多孔質構造体の粉末を有する組成物の加圧成形体を備えるバッテリーパック用断熱材であって、
該多孔質構造体は、シロキサン結合数が異なる二種類以上のシラン化合物を有する溶液のゾル-ゲル反応により製造されており、該多孔質構造体の粉末は、該多孔質構造体を粉砕処理して得られた形状および大きさが異なる粒子からなり、
該組成物における該多孔質構造体の粉末の含有量は、該組成物の固形分を100質量%とした場合の65質量%以上であり、
該加圧成形体の空隙率は、20%以下であることを特徴とするバッテリーパック用断熱材。
【請求項2】
前記多孔質構造体の粉末の平均粒子径は、30μm以上150μm以下である請求項1に記載のバッテリーパック用断熱材。
【請求項3】
前記加圧成形体において、前記多孔質構造体の粒子はランダムに積み重なっている請求項1に記載のバッテリーパック用断熱材。
【請求項4】
前記シラン化合物は、4官能シラン化合物および3官能シラン化合物である、または4官能シラン化合物および1官能シラン化合物である請求項1に記載のバッテリーパック用断熱材。
【請求項5】
前記シラン化合物が、前記4官能シラン化合物および前記3官能シラン化合物である場合、該3官能シラン化合物の含有割合は、該シラン化合物の全体を100質量%とした場合の50質量%以上である請求項4に記載のバッテリーパック用断熱材。
【請求項6】
前記シラン化合物が、前記4官能シラン化合物および前記1官能シラン化合物である場合、該1官能シラン化合物の含有割合は、該シラン化合物の全体を100質量%とした場合の10質量%以上40質量%未満である請求項4に記載のバッテリーパック用断熱材。
【請求項7】
前記組成物は、赤外線遮蔽粒子、無機繊維、および分散剤から選ばれる一種類以上を有する請求項1に記載のバッテリーパック用断熱材。
【請求項8】
前記多孔質構造体は、シリカエアロゲルである請求項1に記載のバッテリーパック用断熱材。
【請求項9】
前記組成物は、前記加圧成形体の構成成分を結着するバインダーを有しない請求項1に記載のバッテリーパック用断熱材。
【請求項10】
請求項1に記載のバッテリーパック用断熱材の製造方法であって、
シロキサン結合数が異なる二種類以上のシラン化合物を有する溶液のゾル-ゲル反応により製造された前記多孔質構造体と、分散剤と、水と、を有する組成物を粉砕処理して、形状および大きさが異なる粒子からなる前記多孔質構造体の粉末を製造する第一工程と、
該粉砕処理後の組成物を成形型に入れ加圧成形する第二工程と、
を有することを特徴とするバッテリーパック用断熱材の製造方法。
【請求項11】
前記第一工程における前記組成物は、赤外線遮蔽粒子および無機繊維から選ばれる一種類以上を有する請求項10に記載のバッテリーパック用断熱材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、複数のバッテリーセルが収容されるバッテリーパックにおいて、隣接するバッテリーセル間などに配置される断熱材であって、特にエアロゲルなどの多孔質構造体を用いた断熱材に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド自動車や電気自動車には、複数のバッテリーセルを収容したバッテリーパックが搭載される。バッテリーパックにおいては、複数のバッテリーセルが積層されてなるバッテリーモジュールが、積層方向の両側から締結部材により固定された状態で筐体内に収容される。隣り合うバッテリーセル間などには、バッテリーセルが異常に発熱した場合に熱の移動を抑制し、熱暴走を抑制するために、断熱材が配置される。バッテリーセルは、充放電に伴い膨張、収縮する。したがって、バッテリーセル間に配置される断熱材においては、バッテリーセルの膨張、収縮に追従して変形し、断熱性を維持できることが望ましい。より詳細には、バッテリーセルが充電され膨張した場合、その圧縮力により断熱材の厚さが薄くなると同時に、ある値以上の反力を発生させてバッテリーセルを付勢して、断熱材の位置ずれなどを回避することが必要になる。また、バッテリーセルが放電され収縮した場合(元の厚さに戻った場合)、断熱材の厚さも復元することが必要になる。
【0003】
断熱材の材料としては、熱伝導率が小さいシリカエアロゲルなどが知られている。例えば、特許文献1には、圧縮力に対し柔軟性および難破壊性に優れるエアロゲルパウダーとして、シラン化合物の加水分解縮合物であるエアロゲルからなるエアロゲルパウダーが記載されている。原料のシラン化合物は、4官能シラン化合物、3官能シラン化合物、2官能シラン化合物の質量百分率を順にQx、Tx、Dxとした場合に、0≦Qx≦70、30≦Tx≦100、0≦Dx<30(ただしQx+Tx+Dx=100)を満足するものである。特許文献2には、複数の一次粒子が連結して骨格をなし該骨格間に細孔を有する多孔質構造体と、バインダーと、を有する断熱材において、多孔質構造体同士の間に存在する空隙の体積割合を10%以上55%以下にすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2021-165387号公報
【文献】特開2020-122544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1には、エアロゲルパウダー自体の柔軟性および加工時の難破壊性の向上を目的として、所定のシラン化合物を原料にすることが記載されている。しかしながら、同文献の段落[0109]に、エアロゲルパウダーの用途として、断熱窓、断熱建材などへの充填が挙げられているように、特許文献1には、エアロゲルパウダーを加圧成形して、バッテリーパック用断熱材として用いることは記載されていない。よって、特許文献1においては、エアロゲルパウダーの「加圧成形体」における圧縮時の変形性、発生する反力、および除荷後に元の形状に戻る復元性については検討されていない。また、「加圧成形体」の空隙率を示唆する記載もない。
【0006】
他方、上記特許文献2に記載されている断熱材は、多孔質構造体をバインダー液に分散させた塗料を、塗料中の気体の状態を調整してから基材に塗布、乾燥して製造される。この製造方法においては、多孔質構造体間に積極的に空隙を存在させることにより、乾燥時の収縮歪みを低減し、ひび割れの発生などを抑制している。特許文献2に記載されている断熱材は、多孔質構造体の粉末を加圧成形した「加圧成形体」ではない。特許文献2に規定された空隙の体積割合は、塗料の乾燥時の収縮歪みを低減するという目的で特定されたものであり、バッテリーパック用断熱材に要求される特性を満足するものではない。
【0007】
本開示は、このような実情に鑑みてなされたものであり、多孔質構造体の粉末を有する組成物の加圧成形体を用いて、圧縮に対する変形性および除荷後の復元性に優れるバッテリーパック用断熱材、およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)上記課題を解決するため、本開示のバッテリーパック用断熱材(以下、単に「本開示の断熱材」と称する場合がある)は、複数の一次粒子が連結して骨格をなし、該骨格間に細孔を有する多孔質構造体の粉末を有する組成物の加圧成形体を備えるバッテリーパック用断熱材であって、該多孔質構造体は、シロキサン結合数が異なる二種類以上のシラン化合物を有する溶液のゾル-ゲル反応により製造されており、該多孔質構造体の粉末は、該多孔質構造体を粉砕処理して得られた形状および大きさが異なる粒子からなり、該組成物における該多孔質構造体の粉末の含有量は、該組成物の固形分を100質量%とした場合の65質量%以上であり、該加圧成形体の空隙率は、20%以下であることを特徴とする。
【0009】
例えば、多孔質構造体の粉末が球状で同程度の大きさの粒子から構成される場合、当該粉末の加圧成形体においては、粒子同士が主に点で接触して規則的に充填される。これにより、充填された粒子の剛性が大きくなり、外部からの圧縮力に対する反力が大きくなるため、圧縮された時の厚さの変化は極めて小さい。これに対して、本開示の断熱材に使用する多孔質構造体の粉末は、多孔質構造体を粉砕処理して得られたものであり、形状および大きさが異なる粒子からなる。このような異形状、異サイズの粒子からなる粉末の加圧成形体においては、粒子同士が点だけでなく線または面でも接触し、配置形態に規則性はない。この場合、外部から圧縮された時に、粒子同士がずれるようにして動くことにより、厚さ方向の変形量が比較的大きくなる。また、加圧成形体に空隙が存在する場合には、粒子が移動しやすくなり、より変形量が大きくなる。
【0010】
また、多孔質構造体は、シロキサン結合数が異なる二種類以上のシラン化合物を有する溶液のゾル-ゲル反応により製造される。本明細書において、シラン化合物のシロキサン結合とは、ケイ素原子(Si)と酸素原子(O)との結合(Si-O結合)を意味する。そして、シロキサン結合数とは、一つのケイ素原子に結合している酸素原子の数であり、シラン化合物は、シロキサン結合数が1~4の四種類に分けられる。本発明者は、シラン化合物のシロキサン結合数が、製造される多孔質構造体の弾性に影響するという知見に基づいて、シロキサン結合数が異なる複数のシラン化合物を混合して使用することにより、所望の弾性を有する多孔質構造体、より詳細には、圧縮時に所望の反力を生じさせつつ変形し、かつ除荷後に元の形状に戻る復元性を有する多孔質構造体を実現した。そして、得られた多孔質構造体を粉砕処理し、形状および大きさが異なる粒子から構成される粉末を用いることにより、バッテリーセルの充電時の僅かな膨張にも対応して変形可能な断熱材を実現した。このように、本開示の断熱材は、圧縮に対する変形性および除荷後の復元性に優れる。本開示の断熱材によると、バッテリーセルが膨張、収縮しても、位置ずれなどが生じにくく高い断熱性を維持することができる。
【0011】
(2)上記構成において、前記多孔質構造体の粉末の平均粒子径は、30μm以上150μm以下である構成としてもよい。本構成によると、多孔質構造体の粒子の所望の充填状態を実現しやすい。
【0012】
(3)上記いずれかの構成において、前記加圧成形体において、前記多孔質構造体の粒子はランダムに積み重なっている構成としてもよい。本構成によると、多孔質構造体の粒子同士が点、線、面などで接触し、外部から圧縮された時に粒子同士がずれるようにして動きやすい。よって、厚さ方向の変形量が大きくなる。
【0013】
(4)上記いずれかの構成において、前記シラン化合物は、4官能シラン化合物および3官能シラン化合物である、または4官能シラン化合物および1官能シラン化合物である構成としてもよい。本明細書において、4官能シラン化合物とは、シロキサン結合数が4つのシラン化合物を意味する。同様に、3官能シラン化合物とは、シロキサン結合数が3つのシラン化合物を、2官能シラン化合物とは、シロキサン結合数が2つのシラン化合物を、1官能シラン化合物とは、シロキサン結合数が1つのシラン化合物を意味する。本構成は、所望の弾性を有する多孔質構造体を製造するのに好適である。
【0014】
(5)上記(4)の構成において、前記シラン化合物が、前記4官能シラン化合物および前記3官能シラン化合物である場合、該3官能シラン化合物の含有割合は、該シラン化合物の全体を100質量%とした場合の50質量%以上である構成としてもよい。3官能シラン化合物の含有割合を大きくすると、得られる多孔質構造体の弾性変形量を大きくすることができる。
【0015】
(6)上記(4)の構成において、前記シラン化合物が、前記4官能シラン化合物および前記1官能シラン化合物である場合、該1官能シラン化合物の含有割合は、該シラン化合物の全体を100質量%とした場合の10質量%以上40質量%未満である構成としてもよい。1官能シラン化合物の含有割合が10質量%未満になると、得られる多孔質構造体の弾性変形量が小さくなり、40質量%以上になると、多孔質構造体の骨格強度が低下する。
【0016】
(7)上記いずれかの構成において、前記組成物は、赤外線遮蔽粒子、無機繊維、および分散剤から選ばれる一種類以上を有する構成としてもよい。本構成によると、加圧成形体(断熱材)に、赤外線遮蔽粒子、無機繊維、および分散剤から選ばれる一種類以上が含有される。
【0017】
多孔質構造体を用いた断熱材によると、熱移動の三形態(伝導、対流、輻射)のうちの主に伝導および対流が抑制されることにより、高い断熱効果を得ることができる。ここで、輻射は、電磁波により熱が移動する現象であり、温度が高いほど放出される輻射エネルギーが大きくなる。このため、高温雰囲気においては、輻射が熱移動の主要因になる。よって、輻射による熱移動を抑制できる赤外線遮蔽粒子を併用すると、伝導、対流に加えて輻射による熱移動を抑制することができ、常温下では勿論、500℃以上の高温下においても高い断熱性を実現することができる。加圧成形体が無機繊維を有する場合、加圧成形体の機械的強度が向上し、多孔質構造体の粒子の脱落を抑制することができる。多孔質構造体はまた、水になじみにくく、分散させにくい。よって、粉砕処理の際に水を使用する場合、両親媒性を有する分散剤を添加すると、多孔質構造体の分散性を向上させることができる。結果、多孔質構造体を所望の状態に粉砕処理することができる。この場合、組成物は多孔質構造体の粉末と分散剤とを有し、そのまま加圧成形されて加圧成形体になる。
【0018】
(8)上記いずれかの構成において、前記多孔質構造体は、シリカエアロゲルである構成としてもよい。シリカエアロゲルは、骨格の大きさと細孔の大きさとのバランスがよく、優れた断熱性を発揮する。
【0019】
(9)上記いずれかの構成において、前記組成物は、前記加圧成形体の構成成分を結着するバインダーを有しない構成としてもよい。本構成によると、加圧成形体において、多孔質構造体の粒子の所望の充填状態、空隙率を実現しやすい。
【0020】
(10)本開示のバッテリーパック用断熱材の製造方法は、上記いずれかの構成のバッテリーパック用断熱材の製造方法の一形態であり、シロキサン結合数が異なる二種類以上のシラン化合物を有する溶液のゾル-ゲル反応により製造された前記多孔質構造体と、分散剤と、水と、を有する組成物を粉砕処理して、形状および大きさが異なる粒子からなる前記多孔質構造体の粉末を製造する第一工程と、該粉砕処理後の組成物を成形型に入れ加圧成形する第二工程と、を有することを特徴とする。
【0021】
本開示のバッテリーパック用断熱材の製造方法(以下、単に「本開示の製造方法」と称する場合がある)においては、分散剤を用いて多孔質構造体を粉砕処理する(第一工程)。これにより、多孔質構造体の分散性を向上させることができ、多孔質構造体を所望の状態に粉砕して形状および大きさが異なる粒子からなる粉末を製造することができる。また、第二工程において、加圧成形時の条件を調整することにより、加圧成形体の空隙率を20%以下にすることができる。本開示の製造方法によると、本開示のバッテリーパック用断熱材を容易に製造することができる。
【0022】
(11)上記(10)の構成において、前記第一工程における前記組成物は、赤外線遮蔽粒子および無機繊維から選ばれる一種類以上を有する構成としてもよい。本構成においては、赤外線遮蔽粒子および無機繊維から選ばれる一種類以上(以下、「赤外線遮蔽粒子など」と称する場合がある)を加圧成形体(断熱材)に含有させる場合に、これを多孔質構造体などと共に配合して組成物とした後、粉砕処理する。赤外線遮蔽粒子および無機繊維は、多孔質構造体よりも硬いため、多孔質構造体を粉砕する条件ではほとんど粉砕されない。本構成によると、赤外線遮蔽粒子などを多孔質構造体に加えて、粉砕処理の際に分散させることができるため、別途、混合、分散させる必要がなく作業工程が少なくて済む。よって、生産効率を高めることができ、断熱材の品質向上にもつながる。
【0023】
本構成によると、赤外線遮蔽粒子などを有する加圧成形体が製造される。上記(7)の構成と同様に、加圧成形体に赤外線遮蔽粒子が含有されると、伝導、対流に加えて輻射による熱移動を抑制することができ、常温から500℃以上の高温下において高い断熱性を実現することができる。加圧成形体に無機繊維が含有されると、加圧成形体の機械的強度が向上し、多孔質構造体の粒子の脱落を抑制することができる。
【発明の効果】
【0024】
本開示のバッテリーパック用断熱材は、圧縮に対する変形性および除荷後の復元性に優れる。このため、バッテリーセルが膨張、収縮しても、位置ずれなどが生じにくく高い断熱性を維持することができる。本開示のバッテリーパック用断熱材の製造方法によると、粉砕処理における多孔質構造体の分散性を向上させて、形状および大きさが異なる粒子からなる多孔質構造体の粉末を容易に製造することができる。これにより、本開示のバッテリーパック用断熱材を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本開示の断熱材における多孔質構造体の粒子の充填状態を示す模式図である。
【
図2】実施例1のサンプルの断面SEM写真である(倍率200倍)。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本開示のバッテリーパック用断熱材およびその製造方法について詳細に説明する。本開示の断熱材は、以下の形態に限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良などを施した種々の形態にて実施することができる。
【0027】
<バッテリーパック用断熱材>
本開示のバッテリーパック用断熱材を構成する加圧成形体は、多孔質構造体の粉末を有する組成物を加圧成形して製造される。
【0028】
[多孔質構造体]
多孔質構造体は、複数の一次粒子が連結して骨格をなし、該骨格間に細孔を有する。骨格をなす一次粒子の直径は、2~5nm程度、骨格と骨格との間に形成される細孔の大きさは、10~50nm程度であることが望ましい。細孔の多くが、50nm以下の大きさのいわゆるメソ孔である場合、メソ孔は空気の平均自由行程よりも小さいため、空気の対流が制限され、熱の移動が阻害される。
【0029】
[多孔質構造体の製造方法]
多孔質構造体は、シロキサン結合数が異なる二種類以上のシラン化合物を有する溶液(以下、「シラン化合物含有溶液」と称する場合がある)のゾル-ゲル反応により製造される。シラン化合物は、シロキサン結合数が異なる化合物を含んでいればよく、シロキサン結合数が同一の化合物を複数種類含んでいてもよい。シラン化合物含有溶液は、4官能シラン化合物、3官能シラン化合物、2官能シラン化合物、および1官能シラン化合物から適宜選択した化合物を、溶液に添加して調製すればよい。また、ケイ酸ナトリウムの水溶液に触媒を加えると、水溶液のpH、SiO2とNa2Oとのモル比、触媒の種類および濃度などにより、シロキサン結合数が異なるシラン化合物を生成する。したがって、出発原料としてケイ酸ナトリウムを用い、その加水分解反応を利用して、シラン化合物含有溶液を調製してもよい。得られる多孔質構造体の弾性変形量を大きくするという観点から、シラン化合物は、4官能シラン化合物および3官能シラン化合物からなる形態、または4官能シラン化合物および1官能シラン化合物からなる形態が望ましい。
【0030】
このうち、前者の形態においては、3官能シラン化合物の含有割合を、シラン化合物の全体を100質量%とした場合の50質量%以上にすることが望ましい。60質量%以上、さらには65質量%以上にするとより好適である。3官能シラン化合物の含有割合を大きくすると、得られる多孔質構造体において、-O-Si-O-結合比率が低下するため、多孔質構造体の弾性変形量を大きくすることができる。なお、シロキサン結合数が異なるシラン化合物を混合した効果を発揮させるため、本形態における4官能シラン化合物の含有割合は、シラン化合物の全体を100質量%とした場合の少なくとも20質量%以上にすることが望ましい。
【0031】
後者の形態においては、1官能シラン化合物の含有割合を、シラン化合物の全体を100質量%とした場合の10質量%以上にすることが望ましい。15質量%以上にするとより好適である。1官能シラン化合物の含有割合が10質量%未満になると、得られる多孔質構造体の弾性変形量が小さくなる。また、多孔質構造体の骨格強度の低下を抑制するという観点から、1官能シラン化合物の含有割合は、シラン化合物の全体を100質量%とした場合の40質量%未満にすることが望ましい。30質量%以下にするとより好適である。
【0032】
多孔質構造体の製造に使用されたシラン化合物の構成は、固体29Si-NMRを用いて、DD(Dipolar Decoupling)法により分析することができる。すなわち、多孔質構造体の固体29Si-NMRスペクトルにおいて、酸素原子が四つ結合したケイ素原子のQ単位、酸素原子が三つ結合したケイ素原子のT単位、酸素原子が二つ結合したケイ素原子のD単位、および酸素原子が一つ結合したケイ素原子のM単位、のシグナル面積から算出されるQ単位、T単位、D単位、およびM単位の存在割合は、シラン化合物含有溶液に含まれる4官能シラン化合物、3官能シラン化合物、2官能シラン化合物、および1官能シラン化合物の含有割合に一致する。
【0033】
4官能シラン化合物としては、テトラアルコキシシラン、テトラアセトキシシランなどが挙げられる。テトラアルコキシシランのアルコキシ基の炭素数は1~9が望ましい。例えば、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトライソプロポキシシランなどが挙げられる。3官能シラン化合物としては、トリアルコキシシラン、トリアセトキシシランなどが挙げられる。トリアルコキシシランのアルコキシ基の炭素数は1~9が望ましい。例えば、メチルトリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、プロピルトリメトキシシラン、ヘキシルトリメトキシシラン、オクチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、プロピルトリエトキシシラン、ペンチルトリエトキシシラン、ヘキシルトリエトキシシラン、オクチルトリエトキシシランなどが挙げられる。2官能シラン化合物としては、ジアルコキシシラン、ジアセトキシシランなどが挙げられる。ジアルコキシシランのアルコキシ基の炭素数は1~9が望ましい。例えば、ジメチルジメトキシシラン、ジエチルジメトキシシラン、ジイソブチルジメトキシシランなどが挙げられる。1官能シラン化合物としては、メトキシトリメチルシラン、イソプロポキシトリメチルシラン、エトキシトリメチルシラン、tert-ブトキシトリメチルシラン、エトキシトリエチルシラン、メトキシジメチル(フェニル)シラン、トリメチル(ビニルオキシ)シラン、イソプロペニルオキシトリメチルシランなどが挙げられる。
【0034】
ゾル-ゲル反応を利用した多孔質構造体の製造方法は、特に限定されないが、多孔質構造体は、例えば、ゾル生成工程、ゲル化工程、および乾燥工程などを経て製造することができる。乾燥工程を常圧で行う場合には、乾燥工程の前に、ゲルに付着している水分を常圧で乾燥可能な有機溶媒に置換する溶媒置換工程を実施してもよい。まず、ゾル生成工程においては、所定のシラン化合物を酸触媒を含む水溶液に添加して、加水分解させることによりゾルを生成する。必要であれば、界面活性剤、側鎖に極性および非極性の両方の成分を有する水溶性オリゴマーなどを添加してもよい。なお、出発原料としてケイ酸ナトリウムを使用する場合には、ケイ酸ナトリウムの水溶液に酸触媒を添加して、所定のpH下で加水分解させてゾルを生成すればよい。次に、ゲル化工程においては、生成したゾルに塩基性触媒を添加して、ゾルを重縮合させてゲル化する。塩基性触媒を添加した後は、重縮合反応を進行させるため、80~120℃程度の加熱下で静置して養生させるとよい。続いて、乾燥工程においては、生成したゲルを乾燥させる。乾燥方法は、超臨界乾燥法、非超臨界乾燥法(常圧乾燥法、凍結乾燥法)のいずれでもよい。得られた多孔質構造体は、そのまま本開示の粉砕処理、すなわち、多孔質構造体を形状および大きさが異なる粒子からなる所望の粉末にするための粉砕処理に供してもよく、予備粉砕したものを本開示の粉砕処理に供してもよい。
【0035】
多孔質構造体としては、シリカエアロゲルが挙げられる。エアロゲルを製造する際の乾燥方法の違いにより、常圧で乾燥したものを「キセロゲル」、超臨界で乾燥したものを「エアロゲル」と呼び分けることがあるが、本明細書においては、その両方を含めて「エアロゲル」と称す。シリカエアロゲルは、骨格の大きさと細孔の大きさとのバランスがよく好適である。
【0036】
[多孔質構造体の粉末]
加圧成形体を構成する多孔質構造体の粉末は、前述したゾル-ゲル法により製造された多孔質構造体を粉砕処理して得られた、形状および大きさが異なる粒子からなる。粉砕処理には、ジェットミルなどのメディアレスの粉砕混合装置、撹拌機などを用いればよい。多孔質構造体は、粉砕処理されることにより種々の形状になるが、球状以外の形状であることが望ましい。
【0037】
多孔質構造体の粉末の平均粒子径は、細孔容積を大きくして断熱性を高めるという観点から、30μm以上であることが望ましい。平均粒子径が30μm未満の粉末は、粉砕処理で得ることが難しい他、粒子間に微細な空隙が生じやすくなるため、加圧成形体が脆くなるおそれがある。好適な平均粒子径は、50μm以上である。他方、シート状への成形容易性、および粒子の脱落抑制という観点から、平均粒子径は150μm以下であることが望ましい。平均粒子径が150μmを超える粉末は、粒子間に空隙は生じにくいものの、空隙の大きさが大きくなりやすい。好適な平均粒子径は120μm以下である。多孔質構造体の粉末の平均粒子径は、レーザー回折・散乱法により測定される体積基準の粒度分布から求められるメジアン径(D50)を採用すればよい。
【0038】
[組成物]
多孔質構造体の粉末を有する組成物は、多孔質構造体の粉末のみから構成してもよく、本開示により奏される効果を阻害しない範囲で他の成分を含んで構成してもよい。加圧成形体における所望の断熱性を確保するという観点から、組成物における多孔質構造体の粉末の含有量は、組成物の固形分を100質量%とした場合の65質量%以上にする。70質量%以上にすると好適である。ここで、固形分とは、有機溶剤や水などの揮発する物質を除いた成分である。他の成分としては、例えば、赤外線遮蔽粒子、無機繊維、分散剤、補強無機粒子、難燃剤などが挙げられる。なお、加圧成形体において、多孔質構造体の粒子の所望の充填状態、空隙率を実現しやすいという観点から、組成物は、多孔質構造体の粒子などの加圧成形体の構成成分を結着するバインダーを有しないことが望ましい。
【0039】
(1)赤外線遮蔽粒子
赤外線遮蔽粒子は、熱源からの熱を吸収し、それを熱源側の表面から再放出することにより、熱源からの輻射熱を遮断して、特に高温下における断熱性の向上に寄与する。多孔質構造体間の隙間(空隙)に充填され、赤外線遮蔽粒子同士や他の成分との連結を抑制して熱の伝達経路を形成しにくくするという観点から、赤外線遮蔽粒子の粒子径は比較的小さい方が望ましい。しかしながら、粒子径が小さすぎると、赤外線が当たりにくくなり、さらには赤外線の散乱も十分ではなくなるため、輻射熱の遮断効果が発揮されにくい。このような観点から、赤外線遮蔽粒子の平均粒子径は、0.3μm以上22μm以下であるとよい。赤外線遮蔽粒子の形状は、球状、扁平状など特に限定されない。赤外線遮蔽粒子の平均粒子径についても、多孔質構造体の粉末と同様に、レーザー回折・散乱法により測定される体積基準の粒度分布から求められるメジアン径(D50)を採用すればよく、市販品を使用する場合には、カタログ値を採用してもよい。
【0040】
赤外線遮蔽粒子としては、炭化ケイ素、カオリナイト、モンモリロナイト、酸化チタン、窒化ケイ素、マイカ、アルミナ、窒化アルミニウム、炭化ホウ素、酸化鉄、酸化マグネシウム、酸化スズ、酸化亜鉛、酸化タンタル、マンガンフェライト、酸化マンガン、酸化ニッケル、ニッケル、酸化銀、銀、酸化ビスマス、カーボンブラック、グラファイト、チタン、酸化鉄チタン、ジルコニウム、ジルコニア、ケイ酸ジルコニウム、チタン酸バリウム、二酸化マンガン、酸化クロム、炭化チタン、炭化タングステン、酸化タングステン、酸化ニオブ、酸化インジウムスズ、酸化セリウムから選ばれる一種の粒子、またはこれらから選ばれる二種以上の混合物の粒子などが挙げられる。なかでも、輻射熱の遮断効果を高めるという観点から、赤外線遮蔽粒子は、赤外線の波長領域における輻射率が0.6以上の高輻射率粒子を有することが望ましい。高輻射率粒子としては、炭化ケイ素、カオリナイト、窒化ケイ素、マイカ、アルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、ケイ酸ジルコニウム、酸化セリウム、炭化ホウ素、酸化マンガン、酸化スズ、酸化鉄などが挙げられる。また、入射する赤外線を散乱させて輻射熱の遮断効果を高めるという観点から、赤外線の波長領域における屈折率が高い粒子を有する形態も有効である。例えば、可視光線の波長領域における屈折率が2.0以上の高屈折率粒子が好適である。高屈折率粒子としては、炭化ケイ素、酸化チタン、ジルコニア、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化亜鉛、酸化タンタル、酸化タングステン、酸化ニオブ、酸化セリウム、酸化マンガン、酸化スズ、酸化ビスマス、酸化鉄、チタン酸バリウムなどが挙げられる。
【0041】
例えば、炭化ケイ素、酸化チタン、窒化ケイ素、マイカ、アルミナ、窒化アルミニウム、炭化ホウ素、酸化鉄、酸化マグネシウムなどは、比熱が比較的大きいため、熱容量が大きく、粒子自体が温まりにくい。この点においても、加圧成形体(断熱材)の断熱性向上に寄与する。加えて、耐熱性も高いため、加圧成形体の耐熱性向上にも寄与する。特に、炭化ケイ素は、800℃程度の高温雰囲気でも熱伝導率の上昇が少ないため好適である。
【0042】
(2)無機繊維
無機繊維は、多孔質構造体の周りに物理的に絡み合って存在することにより、加圧成形体の機械的強度を向上させると共に、多孔質構造体の粒子の脱落を抑制する。無機繊維の種類は特に限定されないが、耐熱性、機械的強度などを考慮すると、ガラス繊維、アルミナ繊維などのセラミック繊維が好適である。無機繊維の長さは、補強効果と熱の伝達経路の形成抑制との両方を考慮して、16mm以下であることが望ましい。
【0043】
(3)分散剤
分散剤は、多孔質構造体を粉砕処理する際に使用すればよい。分散剤としては、界面活性剤、側鎖に極性および非極性の両方の成分を有する水溶性オリゴマーなどが好適である。界面活性剤としては、イオン性界面活性剤(カチオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、両性界面活性剤)および非イオン性界面活性剤がある。例えば、イオン性界面活性剤を使用すると、比較的少量でも組成物を高粘度化したり、組成物中の多孔質構造体などの材料を分散安定化することができる。イオン性界面活性剤としては、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC-Na)、ポリカルボン酸アミン塩、ポリカルボン酸アンモニウム塩、ポリカルボン酸ナトリウム塩、TEMPO酸化セルロースナノファイバー(CNF―Na)などが挙げられる。非イオン性界面活性剤を使用すると、組成物を調製する際、多孔質構造体などの材料が溶媒中に取り込まれやすくなる。また、組成物中でこれらの材料が凝集や分離した際に、再分散しやすくなったり、加圧成形する際に溶媒が排出されやすくなる。非イオン性界面活性剤としては、ポリエチレンオキサイド(PEO)、ポリビニルアルコール(PVA)などが挙げられる。
【0044】
(4)補強無機粒子
加圧成形体の機械的強度を向上させるという観点から、組成物に補強無機粒子を含有させてもよい。補強無機粒子の種類は特に限定されず、例えば、沈降法シリカ、ゲル法シリカ、溶融法シリカ、ウォラストナイト、チタン酸カリウム、ケイ酸マグネシウム、ガラスフレーク、炭酸カルシウム、硫酸バリウムなどの比較的硬度、比表面積が大きい粒子を用いることができる。
【0045】
(5)難燃剤
加圧成形体に難燃性を付与するという観点から、組成物に難燃剤を含有させてもよい。難燃剤は、ハロゲン系、リン系、金属水酸化物系などの既に公知のものを使用すればよい。環境負荷を考慮すると、リン系難燃剤を用いることが望ましい。リン系難燃剤としては、ポリリン酸アンモニウム、赤リン、リン酸エステルなどが挙げられる。なかでも、使用中に水分と接触しても難燃剤が流出しにくいという理由から、水に不溶なものや耐水性樹脂などで被覆されているものが望ましく、例えばポリリン酸アンモニウム、樹脂被覆されたポリリン酸アンモニウムが好適である。
【0046】
[加圧成形体]
多孔質構造体の粉末を有する組成物を加圧成形した加圧成形体において、多孔質構造体の粒子はランダムに積み重なっている形態が望ましい。
図1に、本開示の断熱材における多孔質構造体の粒子の充填状態を模式図で示す。
図1に示す模式図は、断熱材(加圧成形体)の厚さ方向における断面を示している。
図1において、多孔質構造体の粒子のハッチングは省略する。
図1に示すように、断熱材1においては、複数の多孔質構造体の粒子10が積み重なるように配置されている。複数の多孔質構造体の粒子10の多くは、球状以外の形状を有し、個々の形状および大きさは異なる。多孔質構造体の粒子10の充填状態は、日本の城などの石垣に見られる「野面積み」の形態に類似している。「野面積み」は石積み工法の一つであり、自然石または粗割り石を加工せずにそのまま積み上げる工法である。多孔質構造体の粒子10と多孔質構造体の粒子10との間には、空隙11が僅かに存在している。多孔質構造体の粒子10同士は、点、線、および面のいずれか、またはこれらの組み合わせで接触し、配置形態に規則性はない。よって、外部から厚さ方向に圧縮されると、多孔質構造体の粒子10同士がずれるようにして動いて変形する。また、多孔質構造体の粒子10は弾性を有するため、断熱材1の圧縮時には所望の反力を生じさせつつ変形し、除荷時には元の形状に復元する。
【0047】
加圧成形体における空隙量は、断熱性に影響する。空隙が多くなる、すなわち空隙率が大きくなると、空気の対流による熱移動が大きくなるため、断熱性が低下する。したがって、本来の目的である断熱性のみを考慮すれば、空隙はない方が望ましい。しかしながら、空隙が少ないと、外部から圧縮された時に、多孔質構造体の粒子がずれにくくなり変形量が小さくなるおそれがある。反対に、空隙が多すぎると、多孔質構造体の点、線、および面のいずれか、またはこれらの組み合わせで形成される接触点が減少し、多孔質構造体の弾性が発揮されにくくなり、復元率が低下するおそれがある。よって、本開示の断熱材においては、断熱性、変形性、および復元性を考慮して、空隙率を20%以下にした。好適な空隙率は15%以下である。空隙率は0%、すなわち、以下の測定方法において空隙が検出されなくてもよい。
【0048】
本開示における空隙率は、加圧成形体の厚さ方向の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影し、得られた断面写真を二値化処理して求めた値である。以下にその手順を説明する。
(1)まず、加圧成形体の厚さ方向の断面SEM写真を、倍率200倍で撮影する。
(2)次に、撮影されたSEM写真に対して、コントラストの調整、ノイズ除去、二値化処理を、この順序で施す。コントラストの調整には、CLAHE(Contrast Limited Adaptive Histogram Equalization)アルゴリズムを使用した。その際のパラメータは、Contrast Limit:2.0、Grid Size:(8,8)とした。ノイズ除去には、Non-Local Means Filterを使用した。その時のパラメータは、h:40、Template Window Size:23、Search Window Size:39とした。ここで、hはフィルタの強度、Template Window Sizeは検索する部分の大きさ、Search Window Sizeは検索するエリアの大きさである。二値化処理には、適応的二値化を使用した。その時のパラメータは、Block Size:219、C:40とした。ここで、Block Sizeは閾値を計算する際に参照する範囲、Cは閾値の補正である。閾値を計算する方法は、参照する範囲の平均値とした。最後に、極小のノイズを取り除くため、二値化処理後の画面から、15μm(32pixel)未満の構造を除去した。
(3)画面に残った構造を空隙とみなし、次式(I)により空隙率を算出した。
空隙率(%)=空隙の面積/画面全体の面積×100 ・・・(I)
【0049】
<使用形態>
本開示の断熱材は、加圧成形体のみから構成してもよく、加圧成形体を支持する基材、加圧成形体を収容する外装材などを含めて構成してもよい。基材は、断熱材の厚さ方向の片側にのみ配置してもよく、断熱材を挟持するように両側に配置してよい。また、一枚の基材で断熱材を被覆して、基材を外装材として用いてもよい。断熱材と基材との間に接着層を介在させてもよい。接着層は、接着成分の他、難燃剤などを含んでもよい。
【0050】
基材の材質は、布、樹脂、紙、鋼板などが挙げられる。布を構成する繊維としては、ガラス繊維、ロックウール、セラミックファイバー、アルミナ繊維、シリカ繊維、炭素繊維、金属繊維、ポリイミド繊維、アラミド繊維、ポリフェニレンサルファイド(PPS)繊維などが挙げられる。セラミックファイバーとしては、リフラクトリーセラミックファイバー(RCF)、多結晶質アルミナファイバー(Polycrystalline Wool:PCW)、アルカリアースシリケート(AES)ファイバーが知られている。なかでも、AESファイバーは、生体溶解性を有するためより安全性が高い。樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリイミド、ポリアミド、PPSなどが挙げられる。紙としては、パルプ、パルプおよびケイ酸マグネシウムの複合材などが挙げられる。鋼板としては、ガルバリウム鋼板(登録商標)、トタン板、ステンレス鋼(SUS)板、鉄板、チタン板などが挙げられる。基材の形状は特に限定されず、織布、不織布、フィルム、シートなどが挙げられる。基材は、一層からなるものでも、同じ材料または異なる材料が二層以上に積層された積層体でもよい。
【0051】
例えば、ガラスクロスなど、ガラス繊維や金属繊維などの無機繊維から製造される布帛(織布)、不織布や、パルプおよびケイ酸マグネシウムの複合材として製造される耐火断熱紙は、熱伝導率が比較的小さく、高温雰囲気においても形状保持性が高い。また、耐火性を有する基材を採用すると、安全性がより向上する。耐熱性が高い基材は、ガラス繊維、ロックウール、セラミックファイバー、ポリイミド、PPSなどから製造すればよく、具体的には、ガラス繊維不織布、ガラスクロス、アルミガラスクロス、AESウールペーパー、ポリイミド繊維不織布などが挙げられる。
【0052】
<バッテリーパック用断熱材の製造方法>
本開示のバッテリーパック用断熱材の製造方法は、前述した本開示のバッテリーパック用断熱材の製造方法の一形態であり、第一工程と、第二工程と、を有する。各工程を、順に説明する。
【0053】
[第一工程]
本工程は、シロキサン結合数が異なる二種類以上のシラン化合物を有する溶液のゾル-ゲル反応により製造された多孔質構造体と、分散剤と、水と、を有する組成物を粉砕処理して、形状および大きさが異なる粒子からなる多孔質構造体の粉末を製造する工程である。シラン化合物、ゾル-ゲル反応を利用した多孔質構造体の製造方法については、前述したとおりである。多孔質構造体は、製造された状態のものでも、製造後に予備粉砕されたものでもよい(いずれも購入したものを含む)。粉砕処理は、メディアレスの粉砕混合装置、撹拌機などを用いて行えばよい。
【0054】
分散剤としては、前述したとおり、界面活性剤、側鎖に極性および非極性の両方の成分を有する水溶性オリゴマーなどを用いればよい。なお、加圧成形体中に分散剤が存在すると、それを介して熱の伝達経路が形成されるおそれがある。また、高温下で有機成分が分解、劣化して、ガスが発生したり、加圧成形体に亀裂などが生じるおそれがある。したがって、分散機能を発揮させることとのバランスを考慮して、分散剤の配合量は、組成物の固形分を100質量%とした場合の5質量%以下、さらには2質量%以下であることが望ましい。
【0055】
本工程においては、組成物に、赤外線遮蔽粒子および無機繊維から選ばれる一種類以上を配合して、粉砕処理してもよい。赤外線遮蔽粒子および無機繊維は、多孔質構造体よりも硬いため、多孔質構造体を粉砕する条件ではほとんど粉砕されない。したがって、組成物に赤外線遮蔽粒子などを加えて多孔質構造体と共に粉砕処理することにより、別途、赤外線遮蔽粒子などを混合、分散させる必要がなく作業工程が少なくて済む。これにより、生産効率を高めることができ、断熱材の品質向上にもつながる。
【0056】
[第二工程]
本工程は、粉砕処理後の組成物を成形型に入れ加圧成形する工程である。加圧成形の条件は、得られる加圧成形体が所望の空隙率(20%以下)になるように適宜決定すればよい。例えば、100~160℃程度の温度で加熱しながら、面圧0.1~2.0MPa程度の圧力を加えればよい。
【0057】
[他の形態]
上記第一工程において、組成物に赤外線遮蔽粒子などを配合し、多孔質構造体と共に粉砕処理する形態を説明した。しかしながら、加圧成形体に赤外線遮蔽粒子などを含有させる場合には、多孔質構造体を粉砕処理した組成物に、別途、赤外線遮蔽粒子などを混合して、第二工程の加圧成形に供してもよい。
【実施例】
【0058】
次に、実施例を挙げて本開示をより具体的に説明する。
【0059】
<断熱材サンプルの製造>
[組成物の製造]
(1)第一の組成物
まず、樹脂製容器に水を秤量し、分散剤としての界面活性剤を加え、エアー駆動羽根式撹拌機により800rpmで60分間撹拌し、界面活性剤を水に溶解した。撹拌を停止した後、赤外線遮熱粒子としての炭化ケイ素(SiC)粉末を添加し、さらに800rpmで15分間撹拌を行った。そのまま撹拌を続けながら、多孔質構造体としてのシリカエアロゲルを添加し、液中で完全に湿潤させた。それから、無機繊維としてのガラス繊維を添加し、800rpmで30分間撹拌することにより粉砕処理を行った。その後、1000rpmで10分間の追加撹拌を行い、二回目の粉砕処理を行った。このようにして、平均粒子径(D50)が70μmのシリカエアロゲルの粉末を有する組成物を製造した。組成物は、直径5mm以下の粒状物が集合した粘土状を呈していた。組成物中のシリカエアロゲルの粉末の含有量は、組成物の固形分を100質量%とした場合の73.7質量%である。同様に、組成物中の界面活性剤の含有量は2.9質量%、炭化ケイ素粉末の含有量は、15.1質量%、ガラス繊維の含有量は8.3質量%である。
【0060】
(2)第二の組成物
二回の粉砕処理の時間を各々短くした点以外は、第一の組成物と同様にして、平均粒子径(D50)が150μmのシリカエアロゲルの粉末を有する第二の組成物を製造した。具体的には、シリカエアロゲル添加後の撹拌時間を5分間とし、追加撹拌の時間を5分間とした。
【0061】
使用した材料の詳細は以下のとおりである。
シリカエアロゲル:キャボットコーポレーション製「Aerogel Particles P200」の粉砕処理品、平均粒子径100μm。この製品を、固体29Si-NMRを用いて、DD法により、MAS回転数10kHz、パルス待ち時間5秒にて分析した結果、Q単位の存在割合は78.3質量%、M単位の存在割合は21.7質量%であった。この分析結果より、この製品の製造に使用されたシラン化合物は、その全体を100質量%とすると、4官能シラン化合物が78.3質量%、1官能シラン化合物が21.7質量%でることが確認された。
炭化ケイ素粉末:(株)不二製作所製「フジランダムGC #4000」、平均粒子径5μm。
界面活性剤:住友精化(株)製のポリエチレンオキサイド「PEO-8」、粘度平均分子量170万~220万。
ガラス繊維:セントラルグラスファイバー(株)製「ECS03-615」、長さ3mm、繊維径9μm。
【0062】
[加圧成形体の製造]
製造した粘土状の組成物を、次のようにして加圧成形した。まず、ガラス繊維ペーパーの上にSUS製の第一スペーサー板を重ねた台座を準備した。第一スペーサー板の中央には、150mm角の正方形状の注入孔が形成されている。製造した組成物を第一スペーサー板の注入孔に充填し、正方形の板状に成形した。続いて、第一スペーサー板を外し、上からガラス繊維ペーパーを重ね、さらにその上から第二スペーサー板を配置して、「ガラス繊維ペーパー/組成物/ガラス繊維ペーパー/第二スペーサー板」からなる積層体を製造した。第二スペーサー板の中央にも、第一スペーサー板と同様に、150mm角の正方形状の注入孔が形成されており、成形された組成物は第二スペーサー板の注入孔に収容されている。第一スペーサー板と第二スペーサー板の厚さは、断熱材サンプルが所望の空隙率になるように調整されている。
【0063】
これとは別に、厚さ5mm、320mm角のアルミニウム製の第一板材と、厚さ1mm、320mm角のアルミニウム製の第二板材と、を準備した。第一板材の一面には、複数の溝部が形成されている。複数の溝部は、各々、幅2.5mm、深さ3mm、長さ200mmの直線状を呈し、5mm間隔で平行に形成されている。第二板材には、直径1mmのパンチング穴が2mm間隔で全体に形成されている。第一板材の一面側に第二板材を重ね、その上に積層体を配置した。そして、積層体の上に第二板材を載せ、さらに第一板材を、溝部が形成されている一面が第二板材側になるように重ねた。この状態で、温度165℃、荷重約980kNにて、熱プレスによる加圧成形を10分間行った。その後、室温(20℃±5℃)まで放冷し、第一板材、第二板材、第二スペーサー板、および上下のガラス繊維ペーパーを取り外して、正方形の板状の加圧成形体を得た。加圧成形体は、第一スペーサー板および第二スペーサー板の厚さを変更して、空隙率が異なる七種類を製造した。製造した加圧成形体を断熱材サンプルとした。
【0064】
七種類の断熱材サンプルの厚さ方向の断面をSEMで観察した。一例として、
図2に、実施例1のサンプルの断面SEM写真(倍率200倍)を示す。
図2に示すように、いずれのサンプルにおいても、形状および大きさが異なるシリカエアロゲル粒子が、ランダムに積み重なっていた。シリカエアロゲル粒子の多くは球状以外の形状を有し、炭化ケイ素粒子およびガラス繊維は、シリカエアロゲル粒子間に配置されていた。
【0065】
<断熱材サンプルの評価>
[断熱性]
断熱材サンプルの600℃下における熱伝導率を、京都電子工業(株)製「迅速熱伝導率計 QTM-700」および「高温対応型プローブ PD-31N」を使用して、次のようにして測定した。まず、断熱材サンプルを重ねて、厚さが約20mmの積層体を二つ準備した。この積層体を、プローブを挟むようにプローブの上側と下側とに一つずつ配置して、上から積層体が潰れない程度の質量約5kgの重しを載せて電気炉内に設置した。それから、電気炉内の温度を600℃に昇温し、炉内温度が安定した後、熱伝導率を測定した。本実施例においては、測定された熱伝導率が0.12W/m・K未満の場合を合格(後出の表1中、○印で示す)、熱伝導率が0.12W/m・K以上の場合を不合格(同表中、×印で示す)と評価した。
【0066】
[復元性]
(株)エー・アンド・デイ製のテンシロン万能材料試験機「RTF1350」を使用して、断熱材サンプル(縦150mm、横150mm、任意厚さの正方形板状)の中央部分を、直径60mmの圧縮端子で押圧する圧縮試験を行った。圧縮試験は、圧縮応力の上限を2.0MPaとして圧縮端子を1mm/分の速度で往復させて行い、圧縮応力が0.02MPa→2.0MPa→0.02MPaになる区間を1サイクルとして、3サイクル繰り返した。圧縮試験により得られたデータに基づいて、横軸を圧縮率、縦軸を圧縮応力として応力-圧縮率曲線を作成した。横軸の圧縮率は、次式(II)で算出された値である。
圧縮率(%)=1サイクルにおける押圧過程で圧縮応力が0.01MPaに到達した時以降の圧縮端子の押し込み量(mm)/1サイクルにおける押圧過程で圧縮応力が0.01MPaに到達した時の断熱材サンプルの厚さ(mm)×100 ・・・(II)
【0067】
2サイクル目の応力-圧縮率曲線において、圧縮応力が2.0MPaの時の圧縮率から、サイクル終了時の圧縮応力が0.02MPaの時の圧縮率を差し引いた値を、断熱材サンプルの復元性の指標値とした。本実施例においては、復元性の指標値が10%以上の場合を合格(後出の表1中、○印で示す)、10%未満の場合を不合格(同表中、×印で示す)と評価した。
【0068】
[評価結果]
表1に、断熱材サンプルの空隙率、シリカエアロゲル粉末の平均粒子径、断熱性および復元性の評価結果を示す。
【表1】
【0069】
表1に示すように、空隙率が20%以下の実施例1~6のサンプルは、高温下における断熱性に優れ、かつ復元性も高いことが確認された。また、表1には示していないが、これらのサンプルにおいては、変形量(圧縮率)も大きいことが確認された。実施例1~4のサンプルを比較すると、空隙率が大きくなると復元率が低下することが確認された。空隙率が大きくなると、シリカエアロゲル粒子同士の接触点が減少することで、粒子同士の摩擦が少なくなり、圧縮により空隙が潰れても空隙は復元性を有さないため、復元性が低下したと推察される。また、実施例6のサンプルのように、空隙率が0%の場合も、復元性が発揮されることが確認された。これに対して、空隙率が25%の比較例1のサンプルによると、断熱性、復元性のいずれも劣る結果になった。
【符号の説明】
【0070】
1:断熱材(加圧成形体)、10:多孔質構造体の粒子、11:空隙。
【要約】
【課題】 多孔質構造体の粉末を有する組成物の加圧成形体を用いて、圧縮に対する変形性および除荷後の復元性に優れるバッテリーパック用断熱材、およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 バッテリーパック用断熱材は、複数の一次粒子が連結して骨格をなし、該骨格間に細孔を有する多孔質構造体の粉末を有する組成物の加圧成形体1を備える。該多孔質構造体は、シロキサン結合数が異なる二種類以上のシラン化合物を有する溶液のゾル-ゲル反応により製造されており、該多孔質構造体の粉末は、該多孔質構造体を粉砕処理して得られた形状および大きさが異なる粒子10からなる。該組成物における該多孔質構造体の粉末の含有量は、該組成物の固形分を100質量%とした場合の65質量%以上であり、該加圧成形体の空隙率は、20%以下である。
【選択図】
図1