(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-27
(45)【発行日】2025-03-07
(54)【発明の名称】表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因の判定方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/68 20180101AFI20250228BHJP
A23L 33/00 20160101ALI20250228BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20250228BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20250228BHJP
A61Q 19/08 20060101ALI20250228BHJP
A61K 8/00 20060101ALI20250228BHJP
C12N 15/11 20060101ALN20250228BHJP
【FI】
C12Q1/68 ZNA
A23L33/00
C12Q1/6883 Z
C12N15/09 Z
A61Q19/08
A61K8/00
C12N15/11 Z
(21)【出願番号】P 2020157055
(22)【出願日】2020-09-18
【審査請求日】2023-07-28
(73)【特許権者】
【識別番号】592262543
【氏名又は名称】日本メナード化粧品株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井上 悠
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】奥野 凌輔
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 靖司
【審査官】藤井 美穂
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/101449(WO,A1)
【文献】特開2007-330147(JP,A)
【文献】特開2011-083207(JP,A)
【文献】特開2021-093931(JP,A)
【文献】Exp. Dermatol.,2022年,Vol.31,p.1944-1948
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00 - 3/00
A23L 5/40 - 5/49
A23L 31/00 - 33/29
A61K 8/00 - 8/99
A61Q 1/00 - 90/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取したDNA含有試料に含まれるミトコンドリアDNAについて、以下の(1)~(9)の1種又は2種以上のヒトミトコンドリアDNAの塩基配列上の一塩基多型(SNP)のアレルを検出する工程と、検出されるアレルがリスクアレルである場合に、該被験者が表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を有すると判定する工程を含む、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を判定する方法。
(1)配列番号1に示される塩基配列の146番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt146、リスクアレルはT)
(2)配列番号1に示される塩基配列の5147番目の塩基におけるG又はAのSNP(mt5147、リスクアレルはA)
(3)配列番号1に示される塩基配列の6962番目の塩基におけるG又はAのSNP(mt6962、リスクアレルはA)
(4)配列番号1に示される塩基配列の10609番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt10609、リスクアレルはC)
(5)配列番号1に示される塩基配列の12406番目の塩基におけるG又はAのSNP(mt12406、リスクアレルはA)
(6)配列番号1に示される塩基配列の12882番目の塩基におけるC又はTのSNP(mt12882、リスクアレルはT)
(7)配列番号1に示される塩基配列の13928番目の塩基におけるG又はCのSNP(mt13928、リスクアレルはC)
(8)配列番号1に示される塩基配列の16249番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt16249、リスクアレルはC)
(9)配列番号1に示される塩基配列の16304番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt16304、リスクアレルはC)
【請求項2】
請求項1に記載の方法により判定された結果に基づいて、被験者の表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因の程度に応じた表皮ターンオーバー遅延の予防及び/又は改善作用を有する化粧料及び/又は飲食品を該被験者に提供する、化粧料及び/又は飲食品の提供方法。
【請求項3】
配列番号1に示すヒトミトコンドリアDNAの塩基配列において、146番目、5147番目、6962番目、10609番目、12406番目、12882番目、13928番目、16249番目、及び16304番目の塩基を含む
連続する15~40塩基の配列、又はその相補配列を有するプローブ、及び/又は、
配列番号1に示すヒトミトコンドリアDNAの塩基配列において、146番目、5147番目、6962番目、10609番目、12406番目、12882番目、13928番目、16249番目、及び16304番目の塩基を含む領域を増幅することのできるプライマーを含む、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を判定するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因の判定方法に関する。より詳しくは、表皮ターンオーバー遅延に関連するミトコンドリアSNP(mtSNP)を検出することによる、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因の判定方法、及び該方法に用いるキットに関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は、大きく分けて表皮・真皮・皮下組織の3層構造から成り立っている。皮膚のうち、最外層に存在する表皮組織は、水分の保持や外界からの刺激や異物の侵入防止等のバリア機能を有し、生体にとって極めて重要な役割を担っている。表皮組織は分化段階の異なる表皮細胞からなる複数の層により構成される(基底層、有棘層、顆粒層、角質層)(非特許文献1)。表皮細胞の幹細胞(表皮幹細胞)は、このうち最も下層に位置する基底層に存在し、必要に応じて増殖と分化を繰り返し、組織に新しい細胞を常に供給していると考えられている(非特許文献2)。表皮細胞は、分化に伴って組織を下から上に移動する間に扁平になり、面積もそれに伴って大きくなる。基底層で表皮細胞が生まれてから最外層で垢となって剥がれ落ちるまでの過程を表皮のターンオーバーという。この表皮ターンオーバーが遅延すると、表皮の菲薄化、角質肥厚、バリア機能の低下等の原因となると考えられる。これまでの研究により、表皮のターンオーバー時間は、角質層の最外層に存在する細胞の面積(角層細胞面積)に相関することが分かっている(非特許文献3)。すなわち、ターンオーバー速度が遅くなるほど表皮最外層に存在する角質細胞の面積は大きくなると考えられている。そのため、角質細胞の面積は個人のターンオーバーの遅延の程度を測る指標になると考えられる。ヒトにおいては、加齢によりターンオーバーが遅延する傾向があり、角質細胞の面積の増大がみられることが明らかになっている(非特許文献4)。一般的に、表皮ターンオーバー遅延の現れ易さ(遺伝的素因)には個人差があることが知られているが、この遺伝的素因を正確かつ簡便に判定する技術の確立は十分ではなかった。
【0003】
ミトコンドリアは、細胞内に存在する細胞小器官の一つであり、核とは異なる独自のDNA(mitochondrial DNA; mtDNA)を有している。mtDNAは、全長が16,569塩基対で、環状二重鎖構造をとり、エネルギー産生に関わる13種類の酸化的リン酸化酵素、22種類のtRNA、2種類のrRNAをコードしている。mtDNAは、核ゲノムと異なり、2000コピー程度存在するので、酸化等の傷害を受けやすく、また修復活性が弱いこと等から変異しやすく、そのため多型性が高い。これまでmtDNAの多型とアルツハイマー病、糖尿病、心臓病等の罹患リスクや老化現象との関係が研究されており、例えば、メタボリック症候群等に関連することが報告されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Simpson CL, Patel DM, Green KJ. Deconstructing the skin:cytoarchitectural determinants of epidermal morphogenesis. Nat Rev Mol Cell Biol 2011;12:565-80.
【文献】Akamatsu H, Hasegawa S, Yamada T, Mizutani H, Nakata S, Yagami A, et al. Age-related decrease in CD271(+) cells in human skin. J Dermatol 2016;43:311-3.
【文献】G. L, Grove, A. M. Kligman. Corneocytes Size as An Indirect Measure of Epidermal Proliferative Activity. Stratum Corneum 1983;191-195.
【文献】河合通雄, 芋川玄爾, 溝口昌子. 角質細胞診断法と角層ターンオーバー測定法による顔面皮膚性状解析. 日皮会誌 1989;99:999-1006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、個人の表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を正確かつ簡便に判定する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因(表皮ターンオーバー遅延の発生し易さ)と関連するミトコンドリアDNA上の特定の一塩基多型(mtSNP)を見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
[1]被験者から採取したDNA含有試料に含まれるミトコンドリアDNAについて、以下の(1)~(9)の1種又は2種以上のヒトミトコンドリアDNAの塩基配列上の一塩基多型(SNP)のアレルを検出する工程と、検出されるアレルがリスクアレルである場合に、該被験者が表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を有すると判定する工程を含む、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を判定する方法。
(1)配列番号1に示される塩基配列の146番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt146)
(2)配列番号1に示される塩基配列の5147番目の塩基におけるG又はAのSNP(mt5147)
(3)配列番号1に示される塩基配列の6962番目の塩基におけるG又はAのSNP(mt6962)
(4)配列番号1に示される塩基配列の10609番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt10609)
(5)配列番号1に示される塩基配列の12406番目の塩基におけるG又はAのSNP(mt12406)
(6)配列番号1に示される塩基配列の12882番目の塩基におけるC又はTのSNP(mt12882)
(7)配列番号1に示される塩基配列の13928番目の塩基におけるG又はCのSNP(mt13928)
(8)配列番号1に示される塩基配列の16249番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt16249)
(9)配列番号1に示される塩基配列の16304番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt16304)
[2][1]に記載の方法により判定された結果に基づいて、被験者の表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因の程度に応じた表皮ターンオーバー遅延の予防及び/又は改善作用を有する化粧料及び/又は飲食品を該被験者に提供する、化粧料及び/又は飲食品の提供方法。
[3]配列番号1に示すヒトミトコンドリアDNAの塩基配列において、146番目、5147番目、6962番目、10609番目、12406番目、12882番目、13928番目、16249番目、及び16304番目の塩基を含む10塩基以上の配列、又はその相補配列を有するプローブ、及び/又は、
配列番号1に示すヒトミトコンドリアDNAの塩基配列において、146番目、5147番目、6962番目、10609番目、12406番目、12882番目、13928番目、16249番目、及び16304番目の塩基を含む領域を増幅することのできるプライマーを含む、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を判定するためのキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、被験者の生体試料に存在するミトコンドリアDNA上の一塩基多型(mtSNP)のアレルを検出することにより、該被験者が、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を有するか(表皮ターンオーバーの遅延が生じ易いか)を正確かつ簡便に判定することができる。よって、この判定結果に基づき、表皮ターンオーバー遅延の予防や改善のための対策を早期に講じることができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因の判定方法
本発明の表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因の判定方法は、被験者から採取したDNA含有試料に含まれるミトコンドリアDNAについて、以下の(1)~(9)の1種又は2種以上のヒトミトコンドリアDNAの塩基配列上の一塩基多型(SNP)のアレルを検出する工程と、検出されるアレルがリスクアレルである場合に、該被験者が表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を有すると判定する工程を含む。
(1)配列番号1に示される塩基配列の146番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt146)
(2)配列番号1に示される塩基配列の5147番目の塩基におけるG又はAのSNP(mt5147)
(3)配列番号1に示される塩基配列の6962番目の塩基におけるG又はAのSNP(mt6962)
(4)配列番号1に示される塩基配列の10609番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt10609)
(5)配列番号1に示される塩基配列の12406番目の塩基におけるG又はAのSNP(mt12406)
(6)配列番号1に示される塩基配列の12882番目の塩基におけるC又はTのSNP(mt12882)
(7)配列番号1に示される塩基配列の13928番目の塩基におけるG又はCのSNP(mt13928)
(8)配列番号1に示される塩基配列の16249番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt16249)
(9)配列番号1に示される塩基配列の16304番目の塩基におけるT又はCのSNP(mt16304)
【0011】
上記(1)~(9)のSNPは、本明細書において、それぞれmt146、mt5147、mt6962、mt10609、mt12406、mt12882、mt13928、mt16249、mt16304と表記する場合がある。
【0012】
本発明で用いるヒトミトコンドリアDNA(hmtDNA)の塩基の番号は、NCBI Reference Sequence (ID:NC_012920.1)(配列番号1)の塩基配列の5’末端の塩基を1番目とした場合の番号をいう。
【0013】
後述の実施例の関連解析結果に示すように、ヒトミトコンドリアDNA上の上記9箇所のSNP(mtSNP)は、p値が0.05未満となるものであり、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因と統計学的に関連が示唆されたものである。上記のSNPは1種でも表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因の判定が可能であるが、2種以上を組み合わせることにより判定精度をより高めることができる。例えば、2種の組み合わせでは、mt10609とmt146の組み合わせが好ましい。
【0014】
一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP、以下、「SNP」と記載する場合がある)とは、一般的には、遺伝子の塩基配列が1箇所だけ異なる状態及びその部位をいう。また、多型とは、一般的には、母集団中1%以上の頻度で存在する2以上の対立遺伝子をいう。
【0015】
本明細書において「アレル」とは、あるmtSNP部位において取りうる、互いに異なる塩基をいい、「リスクアレル」とは、あるmtSNPの各アレルのうち、表皮ターンオーバー遅延が生じ易い被験者群において生じにくい被験者群よりも頻度が高いアレルをいう。また、本明細書において「遺伝型」とは、あるmtSNP部位におけるアレルの型をいう。例えば、mt146における遺伝型には、C型及びT型が存在する。
【0016】
本発明の判定方法において、「一塩基多型(SNP)のアレルを検出する」とは、そのSNPのアレルの塩基の種類を同定することを意味し、「一塩基多型(SNP)のアレルを検出する」の態様には、当該SNPのアレルを検出すること、当該SNPの遺伝型を同定することを含むものとする。
【0017】
本発明の判定方法においては、検出されるアレルがリスクアレルである場合に、該被験者が表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を有する(表皮ターンオーバー遅延が生じ易い)と判定する。具体的には、配列番号1に示すヒトミトコンドリアDNAの塩基配列の146番目、5147番目、6962番目、10609番目、12406番目、12882番目、13928番目、16249番目、及び16304番目の塩基におけるSNPについて、下記表1に示すリスクアレルが検出されれば、該リスクアレルが検出されない場合と比較して、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を有する(表皮ターンオーバー遅延が生じ易い)。例えば、年齢に相応しない表皮ターンオーバー遅延が発生する可能性が高く、将来表皮ターンオーバー遅延を起こす可能性が相対的に高いと判定でき、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を有する(表皮ターンオーバー遅延が生じ易い)程度が高いと判定できる。
【0018】
例えば、mt146の場合は、その遺伝型がT型であることが、C型である場合よりも表皮ターンオーバー遅延が生じ易いことを示す。
【0019】
【0020】
本発明の判定方法において、被験者の人種は、特に限定はされないが、好ましくは東アジア人、より好ましくは日本人である。ここで、東アジア人とは、日本、朝鮮、中国、台湾及びモンゴルの人々のいずれかを起源に持つ人をいう。
【0021】
本発明の判定方法において用いるDNA含有試料としては、被験者より採取されたDNAを含有する生体試料であれば、特に限定されない。DNA含有試料に含まれるDNAは、ミトコンドリアDNAを含んでいればよい。DNA含有試料としては、例えば、ミトコンドリアDNAを採取可能な任意の体液、分泌液、組織、細胞、組織や細胞の培養物等を使用することができ、具体的には、被験者の唾液、血液、尿、喀痰、咽頭ぬぐい液、鼻腔ぬぐい液、口腔(内頬)粘膜ぬぐい液、涙腺分泌液、汗、毛髪、爪、皮膚、粘膜、皮膚付着後に剥がしたテープストリップ等が挙げられるが、容易性及び低侵襲性の点から、唾液が好ましい。当該試料は、一般的な臨床検査で行われている方法に従って採取し、公知の抽出方法、精製方法を用いて調製することができる。その際、市販のゲノムDNA抽出キットを使用することができる。
【0022】
SNPの検出及びSNP(アレル)の型の判定(SNPタイピング)の方法は、特に制限されず、例えばアレル特異的プライマー(及びプローブ)を用い、PCR法等により増幅し、増幅産物の多型を蛍光又は発光によって検出する方法等、公知の方法により行うことできる。例えば、PCR-RFLP(RESTRICTION FRAGMENT LENGTH POLYMORPHISM)法、PCR-SSCP(SINGLE-STRAND CONFORMATION POLYMORPHISM)法、PCR-SSO (SEQUENCE SPECIFIC OLIGONUCLEOTIDE)法、ダイレクトシークエンス(DIRECT SEQUENCING)法、ASO(ALLELE SPECIFIC OLIGONUCLEOTIDE)ハイブリダイゼーション法、ASP-PCR(ALLELE SPECIFIC PRIMER-PCR)法、SNAPSHOT法、ARMS(AMPLIFICATION REFRACTING MUTATION SYSTEM)法、TAQMAN PCR法、インベーダー法、MALDI-TOF/MS法、RNASE A切断法、DOL(DYE-LABELED OLIGONUCLEOTIDE LIGATION)法、TDI(TEMPLATE-DIRECTED DYE-TERMINATOR INCORPORATION)等が挙げられる。上記方法はいずれも当業者に周知の方法であり、また、SNPの型の判定のための試薬やキットも市販されており、例えば、TAQMAN SNP GENOTYPING ASSAYS (THERMO FISHER SCIENTIFIC社製)等を用いることができる。
【0023】
上記の判定方法により得られた結果は、被験者が表皮ターンオーバー遅延の予防及び/又は改善作用を有する化粧料及び/又は飲食品を選択する上で有用な指標となり、例えば、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を有する(表皮ターンオーバー遅延が生じ易い)と判定された被験者は、年齢に関係なく、表皮ターンオーバー遅延を予防する対策を推奨できる。よって、本発明の別の側面によれば、上記の判定方法により得られた結果に基づいて、被験者の表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因(表皮ターンオーバー遅延の生じ易さ)の程度に応じた表皮ターンオーバー遅延の予防及び/又は改善作用を有する化粧料及び/又は飲食品を該被験者に提供する、化粧料及び/又は飲食品の提供方法もまた提供される。
【0024】
2.表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因の判定用キット
上記のSNPの検出及びタイピング方法では、各方法に応じたプローブやプライマーが使用される。このようなプローブやプライマーもまた本発明の範囲に包含され、キットとして提供できる。
【0025】
プローブとしては、上記のmtSNP部位を含み、ハイブリダイズの有無によってmtSNP部位の塩基の種類を判別できるプローブが挙げられる。具体的には、配列番号1に示すヒトミトコンドリアDNAの塩基配列の146番目、5147番目、6962番目、10609番目、12406番目、12882番目、13928番目、16249番目、及び16304番目の塩基を含む連続する少なくとも10塩基以上、好ましくは15塩基以上の配列又はその相補配列を有するプローブが挙げられる。プローブの長さは好ましくは15~40塩基、より好ましくは20~35塩基である。また、プローブは、適当な標識物質で標識されていてもよく、標識物質としては、例えば、酵素(ペルオキシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等)、蛍光物質(FITC、RITC、Cy3、Cy5等)、発光物質(ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニン等)、放射性同位元素(3H、14C、32P、125I、131I等)、ビオチン、ジゴキシゲニン、タグ配列を含むポリペプチド等が挙げられる。あるいは、蛍光物質の近傍に該蛍光物質の発する蛍光エネルギーを吸収するクエンチャー(消光物質)がさらに結合されていてもよい。
【0026】
また、プローブは固相に固定されていてもよい(DNAアレイ)。DNAアレイは、同一平面上に配置した多数のプローブに対してサンプルDNAをハイブリダイズさせ、当該平面をスキャンすることによって、各プローブに対するハイブリダイズを同時に検出することが可能である。よって、多数のmtSNP部位を同時に解析するには、DNAアレイは有用である。アレイに搭載するプローブとなるオリゴヌクレオチドは、通常in situで合成される。例えば、リソグラフィー方式(Thermo Fisher Scientific社)、インクジェット方式(Agilent社)、ビーズアレイ方式(Illumina社)等によるオリゴヌクレオチドのin situ合成法が知られている。
【0027】
また、プライマーとしては、上記mtSNP部位を増幅するためのPCRに用いることのできるプライマー、又は上記mtSNP部位を配列解析(シークエンシング)するために用いることのできるプライマーが挙げられる。具体的には、配列番号1に示すヒトミトコンドリアDNAの塩基配列の146番目、5147番目、6962番目、10609番目、12406番目、12882番目、13928番目、16249番目、及び16304番目の塩基を含む領域を増幅したり、シークエンシングしたりすることのできるプライマーが挙げられる。上記mtSNP部位を増幅するためのPCRに用いることのできるプライマーは、該mtSNP部位を含む領域のDNAを鋳型として、当該mtSNP部位に向かって相補鎖合成を開示することができるオリゴヌクレオチドであればよく、このようなプライマーの長さは10~30塩基が好ましく、15~25塩基がより好ましい。プライマーは、配列番号1に示される塩基配列において、当該mtSNP部位の上流または下流の位置に設定することができる。
【0028】
当業者であれば、mtSNP部位を含む周辺DNA領域の塩基配列情報を基に、解析手法に応じたプローブ及びプライマーを設計することができる。また、プローブ及びプライマーとなるオリゴヌクレオチドは、オリゴヌクレオチドの合成法として当技術分野で公知の方法、例えば、ホスホロアミダイト法、H-ホスホネート法等により、通常用いられるDNA自動合成装置を利用して合成することが可能である。
【0029】
本発明のキットには、上記のプローブ及びプライマーとして用いるオリゴヌクレオチドを少なくとも含んでいればよい。また、当該キットには、必要に応じて、DNA抽出用試薬、PCR用緩衝液やDNAポリメラーゼ等のPCR用試薬、染色剤や電気泳動用ゲル等の検出用試薬、固定化担体、標識物質、標識の検出に用いられる基質化合物、陽性や陰性の標準試料、キットの使用方法を記載した指示書等を含めることもできる。なお、キット中の試薬は溶液でも凍結乾燥物でもよい。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0031】
(実施例1)表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因(表皮ターンオーバー遅延の生じ易さ)に関連するmtSNPの同定
本試験を実施するにあたり、同意書、遺伝型判定等について、自社における倫理審査委員会によって承認を受けた。同意書のサインにて同意を受けた被験者よりサンプル採取を行い、遺伝型判定及び表現型との関連解析を行った。
【0032】
(1)DNAサンプル
自社女性社員をDNAサンプル提供の対象者とした。このうち募集に応じた女性363人の唾液を採取した。採取した唾液からMaxwell RSC Stabilized Saliva DNA Kit(プロメガ社製)を使用してDNA(ゲノムDNA及びミトコンドリアDNAが含まれる)を抽出し、DNAサンプルを得た。
【0033】
(2)ヒトミトコンドリアDNAの増幅
得られたDNAサンプルについて、ヒトミトコンドリアDNAの全長(16,569 塩基対)をLong Range PCRにて増幅した。具体的には、下記のプライマーセット1、2を用いて、オーバーラップを含めて2つの断片として増幅した。PCRは、SimpliAmp (Applied Biosystems社製)及びTaKaRa LA Taq(Takara社製)を用いて行った。条件は、94℃ 1分間の後、94℃ 30秒間→54℃ 15秒間→68℃ 11分間を30サイクル行った後、72℃で10分間反応させた。
【0034】
[プライマーセット1]増幅産物9064塩基対
フォワードプライマー:5’-AAAGCACATACCAAGGCCAC-3’(配列番号2)
リバースプライマー:5’-TTGGCTCTCCTTGCAAAGTT-3’(配列番号3)
【0035】
[プライマーセット2]増幅産物11170塩基対
フォワードプライマー:5’-TATCCGCCATCCCATACATT-3’(配列番号4)
リバースプライマー:5’-AATGTTGAGCCGTAGATGCC-3’(配列番号5)
【0036】
(3)ライブラリの作製
次に、Nextera XT DNA Sample Prep Kit (イルミナ社製)及びNextera XT Index Kit v2 Set A (イルミナ社製)を用いて、(2)で調製したPCR産物からライブラリを作製した。実験手法については、各キットのプロトコルに従った。
【0037】
(4)シークエンス
(3)で作製したライブラリを用いて、次世代シーケンサーMiSeq(イルミナ社製)により被験者363人の全ミトコンドリア配列を解析した。なお、シーケンスには、MiSeq Regent Kit v2 (300 cycle, イルミナ社製)を用いた。
【0038】
(5)mtSNPの同定
各被験者のミトコンドリアDNAの塩基配列を参照配列(NC_012920.1;配列番号1)と比較することによりmtSNPを同定した。なお、解析には、CLC Genomics Workbench(CLC bio社製)を用いた。
【0039】
(6)表現型データ(角質細胞面積)
表皮ターンオーバー遅延の指標として被験者の角質細胞面積を測定した。具体的には、前記363人の被験者の上腕内側部からテープストリッピングにより角質細胞を採取し、グリメリウス染色により染色した後、細胞面積を測定した。グリメリウス染色は、角質細胞が付着したテープを0.03%硝酸銀液(37℃ 3時間)、還元液(37℃ 3時間)、2%チオ硫酸ナトリウム水溶液(室温 3分)で染色した後、流水で5分間洗浄し、乾燥することにより行った。なお、上記各試薬は武藤化学株式会社製のものを用いた。次に、顕微鏡(DMI 6000B ライカ社製)を用いて、被験者一人あたり20個の角質細胞を撮影し、画像処理ソフトウェアImageJにより個々の細胞面積を測定した。そして、各被験者における角質細胞面積の平均値をその被験者の代表値として算出した。
【0040】
(7)関連解析
遺伝型データと角質細胞面積データとの関連性について、R 3.6.3(www.r-project.org)を利用して評価した。表現型データと年齢との関連性を除去するため、表現型データを目的変数、年齢を説明変数とした回帰分析を行い、残差を算出した。そして、mtSNP毎に、変異の有無により分けた2群間の残差の平均値の差についてウェルチのt検定を行い、算出されたp値が0.05未満となるmtSNPを表現型との関連性があるものとして抽出した。
【0041】
(8)結果
以上の解析から、表皮ターンオーバー遅延(角質細胞面積の増加)の遺伝的素因と関連性があり、個人の表皮ターンオーバーの遅延の生じ易さを判定できるmtSNPとして9個のmtSNPを特定した(表2)。特定したmtSNP、ヒトミトコンドリアDNA上の位置、アレル及びリスクアレルの塩基、遺伝型のp値を示す。
【0042】
【0043】
(実施例2)表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因に関連するmtSNPによる多変量解析
実施例1で同定されたmtSNPについて、表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因の判定精度を高めることができるmtSNPの組み合わせについて検討を行った。具体的には、表現型データと年齢との関連性を除去するため、表現型データを目的変数、年齢を説明変数とした回帰分析を行い、残差を算出した。次に、mtSNPの選択順について、この残差を目的変数、当該SNPの遺伝型データに変異が有る場合を1、無い場合を0とした変数を説明変数とした重回帰分析において、ステップワイズ法による変数選択を行った場合(表3-1)と、前記ウェルチのt検定のp値の小さい順に単純に変数選択した場合(表3-2)とで、判定精度の比較を行った。
【0044】
【0045】
【0046】
表3-1、表3-2に示されるように、ステップワイズ法によって最適な変数として選択したmt10609とmt146の組み合わせのほうが、ウェルチのt検定のp値の小さい順に選択したmt10609とmt6962の組み合わせより、重回帰式の精度を示す指標である決定係数R2(及び自由度調整済み決定係数:補正R2)が高かった。また、赤池の情報量基準(AIC)は、mt10609とmt146の組み合わせのほうが、mt10609とmt6962の組み合わせより値が小さくなり、重回帰モデルのあてはまり度が高いことがわかった。よって、mt10609に他のmtSNPを加えて判定を行う場合、mt146と組み合わせることより、判定精度をより向上させることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の方法により、サンプル提供者が表皮ターンオーバー遅延の遺伝的素因を有するかどうか、将来表皮ターンオーバー遅延が発生する可能性の有無や程度を、正確かつ簡便に判定することができる。よって、その判定結果に基づき、サンプル提供者にカスタマイズした表皮ターンオーバー遅延予防や改善のための化粧品やサプリメントを提供すること、また表皮ターンオーバー遅延予防や改善のためのケア方法に関するカウンセリングやアドバイスを行うことが可能となる。
【配列表】