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<図1>
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-27
(45)【発行日】2025-03-07
(54)【発明の名称】肌の評価方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/00 20060101AFI20250228BHJP
【FI】
A61B5/00 M
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2020172228
(22)【出願日】2020-10-12
(65)【公開番号】P2022063800
(43)【公開日】2022-04-22
【審査請求日】2023-10-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000113470
【氏名又は名称】ポーラ化成工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004163
【氏名又は名称】弁理士法人みなとみらい特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100137338
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 朋子
(74)【代理人】
【識別番号】100196313
【弁理士】
【氏名又は名称】村松 大輔
(72)【発明者】
【氏名】水越 興治
【審査官】▲高▼原 悠佑
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-058641(JP,A)
【文献】特開2020-061088(JP,A)
【文献】国際公開第2019/077955(WO,A1)
【文献】特開2020-144498(JP,A)
【文献】国際公開第2019/046003(WO,A1)
【文献】特開2016-002120(JP,A)
【文献】特開2014-104132(JP,A)
【文献】特開2020-141811(JP,A)
【文献】特開2009-245393(JP,A)
【文献】特開2011-036704(JP,A)
【文献】国際公開第2019/170716(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0294228(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00
A61B 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の皮膚の内部構造を示すデータから得られる特徴量と、同一被験者の生体表面を撮影して得られる肌画像と、の複数の組を学習データとして、前記特徴量及び肌画像の関係を学習したモデルに、前記肌画像を入力することで、前記特徴量の推定値を出力するステップを備え、
前記特徴量は、皮膚のメラニンのチューブ状の紋理構造に関する特徴量である、肌の評価方法。
【請求項2】
被験者の皮膚の内部構造を示すデータから得られる特徴量と、同一被験者の生体表面を撮影して得られる肌画像と、の複数の組を学習データとして、前記特徴量及び肌画像の関係を学習したモデルに、前記肌画像を入力することで、前記特徴量の推定値を出力するステップを備え、
前記特徴量は、血管の平均厚さ、血管の分岐の数、皮膚上部における血管の体積及び血管の曲率から選ばれる、皮膚の血管構造に関する特徴量である、肌の評価方法。
【請求項3】
被験者の皮膚の内部構造を示すデータから得られる特徴量と、同一被験者の生体表面を撮影して得られる肌画像と、の複数の組を学習データとして、前記特徴量及び肌画像の関係を学習したモデルに、前記肌画像を入力することで、前記特徴量の推定値を出力するステップを備え、
前記特徴量は、皮膚において高酸素飽和度の微細血管が存在する領域の量である、肌の評価方法。
【請求項4】
前記特徴量は、メラニンのチューブ状の紋理構造の体積である、請求項1に記載の肌の評価方法。
【請求項5】
皮膚のメラニンのチューブ状の紋理構造の体積を示す前記特徴量の推定値に基づいて、皮膚の酸素飽和度を推定するステップを更に備える、請求項1又は請求項4に記載の肌の評価方法。
【請求項6】
皮膚の血管の平均厚さを示す前記特徴量の推定値に基づいて、被験者の皮膚の酸素飽和度を推定するステップを更に備える、請求項2に記載の肌の評価方法。
【請求項7】
前記内部構造を示すデータは、非侵襲的に得られたデータである、請求項1~6の何れかに記載の肌の評価方法。
【請求項8】
前記モデルは、前記肌画像を入力データとし、前記特徴量を目的変数として与えて深層学習を行うことにより作成される畳み込みニューラルネットワークモデルである、請求項1~7の何れかに記載の肌の評価方法。
【請求項9】
入力された前記肌画像に基づいて、前記モデルの出力側から入力側に向かって分析することにより、入力された前記肌画像の領域ごとに、前記モデルによる推定結果への寄与を推定することを含む、請求項8に記載の肌の評価方法。
【請求項10】
前記肌画像の領域ごとの前記推定結果への寄与を、前記肌画像に重ねて表示することを含む、請求項9に記載の肌の評価方法。
【請求項11】
前記内部構造を示すデータは、光音響法により得られた測定データ又は該測定データに基づいて生成されたデータである、請求項1~9の何れかに記載の肌の評価方法。
【請求項12】
前記モデルによって出力された前記推定値に基づいて、前記被験者の肌の加齢状態の指標を推定することを含む、請求項1~11の何れかに記載の肌の評価方法。
【請求項13】
前記加齢状態は、前記特徴量及び年齢の組を複数与えることによって作成された相関モデルに、前記推定値を入力して、推定年齢を算出することによって評価される、請求項12に記載の肌の評価方法。
【請求項14】
肌の評価プログラムであって、
被験者の皮膚の内部構造を示すデータから得られる特徴量と、同一被験者の生体表面を撮影して得られる肌画像と、の複数の組を学習データとして、前記特徴量及び肌画像の関係を学習したモデルに、前記肌画像を入力することで、前記特徴量の推定値を出力するようにコンピュータを機能させ、
前記特徴量は、皮膚のメラニンのチューブ状の紋理構造に関する特徴量である、肌の評価プログラム。
【請求項15】
肌の評価プログラムであって、
被験者の皮膚の内部構造を示すデータから得られる特徴量と、同一被験者の生体表面を撮影して得られる肌画像と、の複数の組を学習データとして、前記特徴量及び肌画像の関係を学習したモデルに、前記肌画像を入力することで、前記特徴量の推定値を出力するようにコンピュータを機能させ、
前記特徴量は、血管の平均厚さ、血管の分岐の数、皮膚上部における血管の体積及び血管の曲率から選ばれる、皮膚の血管構造に関する特徴量である、肌の評価プログラム。
【請求項16】
肌の評価プログラムであって、
被験者の皮膚の内部構造を示すデータから得られる特徴量と、同一被験者の生体表面を撮影して得られる肌画像と、の複数の組を学習データとして、前記特徴量及び肌画像の関係を学習したモデルに、前記肌画像を入力することで、前記特徴量の推定値を出力するようにコンピュータを機能させ、
前記特徴量は、皮膚において高酸素飽和度の微細血管が存在する領域の量である、肌の評価プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肌の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、測定手法の発達により、非侵襲的に皮膚の内部構造を測定することが可能になっている。
例えば、非特許文献1においては、組織透明化手法によって、血管の構造が明らかにされている。
【0003】
また、非侵襲的に測定した皮膚の内部構造に基づいて、皮膚の状態を診断する方法も知られている。
例えば特許文献1においては、光音響波を用いて皮膚内部の構造を非侵襲的に測定することにより、皮膚の熱傷、壊疽、褥瘡の診断を行う方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Shibata T, Kajiya K, Sato K, Yoon J, Kang HY. 3D microvascular analysis reveals irregularly branching blood vessels in the hyperpigmented skin of solar lentigo. Pigment cell & melanoma research.2018;31(6):725 7.
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5860534号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、コラーゲン線維の太さや多寡、皮膚内部に保持される水分量等、皮膚の内部の形態的特徴や生理学的特徴、すなわち皮膚の内部の構造が、肌の見た目(しみ、しわ、くすみ等)に影響することは、知られている。
しかし、組織透明化手法による皮膚内部の構造の解析は、皮膚を摘出して行うため、血液や酸素が失われてしまい、組織が生存している状態については、測定することができない。また、解析のためのn数を十分に確保しにくい。
すなわち、上記のような手法では、生体における皮膚の内部の構造を測定することは制限され、このような手法で得られた指標に基づいた肌の評価は、生体の状態を反映しているものであるとは必ずしも言えなかった。
【0007】
また、特許文献1に記載されているような、非侵襲的に測定した対象者の皮膚の内部構造に基づいて、皮膚の状態(熱傷、壊疽、褥瘡等の有無)を診断する方法は知られているものの、この方法では皮膚の内部構造の測定において高価な装置が必要となるという課題があった。
【0008】
上記状況に鑑み、本発明は、高価な装置を用いることなく容易に生体から得られる情報を利用して、生体の皮膚内部の構造に関する推定値を出力することができる、新規な肌の評価方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明は、被験者の皮膚の内部構造を示すデータから得られる特徴量と、同一被験者の生体表面を撮影して得られる肌画像と、の複数の組を学習データとして、前記特徴量及び肌画像の関係を学習したモデルに、前記肌画像を入力することで、前記特徴量の推定値を出力する、肌の評価方法である。
【0010】
また、本発明の好ましい形態では、前記内部構造を示すデータは、非侵襲的に得られたデータである。
【0011】
また、本発明の好ましい形態では、前記モデルは、前記肌画像を入力データとし、前記特徴量を目的変数として与えて深層学習を行うことにより作成される畳み込みニューラルネットワークモデルである。
【0012】
また、本発明の好ましい形態では、入力された前記肌画像に基づいて、前記モデルの出力側から入力側に向かって分析することにより、入力された前記肌画像の領域ごとに、前記モデルによる推定結果への寄与を推定することを含む。
【0013】
また、本発明の好ましい形態では、前記肌画像の領域ごとの前記推定結果への寄与を、前記肌画像に重ねて表示することを含む。
【0014】
また、本発明の好ましい形態では、前記特徴量は、皮膚の血管構造に関する特徴量、皮膚の酸素飽和度に関する特徴量、及び皮膚のメラニン構造に関する特徴量の少なくとも何れかである。
【0015】
また、本発明の好ましい形態では、前記血管構造に関する特徴量は、皮膚上部における微小血管構造の量に関する特徴量である。
【0016】
また、本発明の好ましい形態では、前記血管構造に関する特徴量は、血管の平均厚さ、血管の分岐の数及び皮膚上部における血管の体積から選ばれる。
【0017】
本発明の好ましい形態では、前記酸素飽和度に関する特徴量は、血管の酸素飽和度である。
【0018】
また、本発明の好ましい形態では、前記メラニン構造に関する特徴量は、メラニンのチューブ状の紋理構造の体積である。
【0019】
また、本発明の好ましい形態では、前記内部構造を示すデータは、光音響法により得られた測定データ又は該測定データに基づいて生成されたデータである。
【0020】
また、本発明の好ましい形態では、皮膚の血管構造に関する特徴量に基づいて、被験者の皮膚の酸素飽和度を推定することを含む。
【0021】
また、本発明の好ましい形態では、皮膚のメラニン構造に関する特徴量に基づいて、皮膚の酸素飽和度を推定することを含む。
【0022】
また、本発明の好ましい形態では、前皮膚の酸素飽和度に基づいて、皮膚の血管構造に関する特徴量及び/又は皮膚のメラニン構造に関する特徴量を推定することを含む。
【0023】
また、本発明の好ましい形態では、前記モデルによって出力された前記推定値に基づいて、前記被験者の肌の加齢状態の指標を推定することを含む。
【0024】
また、本発明の好ましい形態では、前記加齢状態は、前記特徴量及び年齢の組を複数与えることによって作成された相関モデルに、前記推定値を入力して、推定年齢を算出することによって評価される。
【0025】
また、本発明は、非侵襲的に得られた被験者の皮膚の内部構造を示すデータから得られる特徴量と、同一被験者の生体表面を撮影して得られる肌画像と、の複数の組を学習データとして、前記特徴量及び肌画像の関係を学習したモデルに、前記肌画像を入力することで、前記特徴量の推定値を出力するようにコンピュータを機能させる、肌の評価プログラムである。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、肌画像に基づいて、容易に皮膚の内部構造に関する特徴量の推定値を出力する肌の評価方法が提供される。特に、光音響法等の非侵襲的手法により得られた測定データを学習データとして用いる場合には、生きた皮膚の内部構造に基づく学習の結果を反映した推定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】顔の肌の画像データを入力として、光音響測定値を判別するための深層学習訓練の結果を示す図である。(A)訓練及びバリデーションの正確性を示す。(B)損失及びデータバリデーションを示す。
図2】(A)より薄い(上段)及びより厚い(下段)平均血管構造を有する被験者の血管構造の分析の例として、入力画像(左)、Grad-CAM画像(中央)、Guided Grad-CAM画像(右)のそれぞれを示す画像である。(B)高酸素飽和度(上段)及び低酸素飽和度(下段)の被験者の酸素飽和度の分析の例として、入力画像(左)、Grad-CAM画像(中央)、Guided Grad-CAM画像(右)のそれぞれを示す画像である。
図3】メラニンの管状パターン構造の小さい(上段)及び大きい(下段)被験者のメラニンの管状パターン構造の分析の例として、入力画像(左)、Grad-CAM画像(中央)、Guided Grad-CAM画像(右)のそれぞれを示す画像である。
図4】(A)575nmの光音響信号から得られた画像と、650nmの超音波信号から得られた画像をマージした画像である。(B)光音響法により得られた測定データから生成された、20代被験者の皮膚の上部における血管構造を表す図である。(C)光音響法により得られた測定データから生成された、60代被験者の皮膚の上部における血管構造を表す図である。
図5】(A)深層学習において訓練データとして用いられた測定画像データ、注釈画像データ及び、深層学習による血管構造の予測画像データである。(B)深層学習において訓練データとして用いられていない測定画像データ、注釈画像データ及び、深層学習による血管構造の予測画像データである。(C)予測画像データ(x-y平面)をz軸方向に結合することで生成した三次元データの代表例である。
図6】被験者の年齢と、皮膚の各層における血管構造の平均厚さとの関係を示す図である。
図7】(A)20代被験者の測定領域における、酸素飽和度の空間分布を示す図である。(B)60代被験者の測定領域における、酸素飽和度の空間分布を示す図である。
図8】被験者の年齢と、皮膚の各層における酸素飽和度との関係を示す図である。
図9】皮膚の各層における血管構造の平均厚さと、対応する層における酸素飽和度との関係を示す図である。
図10】(A)20代被験者の測定領域における、メラニン構造の分布を示す図である。(B)60代被験者の測定領域における、メラニン構造の分布を示す図である。
図11】(A)深層学習において訓練データとして用いられた測定画像データ、注釈画像データ及び、深層学習によるメラニン構造の予測画像データである。(B)深層学習において訓練データとして用いられていない測定画像データ、注釈画像データ及び、深層学習によるメラニン構造の予測画像データである。(C)予測画像データ(x-y平面)をz軸方向に結合することで生成した三次元データの代表例である。
図12】被験者の年齢と、皮膚の上部に存在するメラニンのチューブ状の紋理構造との関係を示す図である。
図13】皮膚の各層における酸素飽和度と、対応する層におけるメラニンのチューブ状の紋理構造の体積との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明において、「皮膚」とは、表皮層、真皮層及び皮下脂肪層を含む生体組織を指し、組織の構造に特に着目する場合に用いる。
また、本発明において、「肌」は、生体組織としては「皮膚」と同義であるが、組織の構造に特に着目しない場合に用いる。
また、本発明の「評価」は、医療診断を含まない。
【0029】
<1>肌の評価方法
本発明の肌の評価方法は、被験者の皮膚の内部構造を示すデータから得られる特徴量と、同一被験者の生体表面を撮影して得られる肌画像と、の複数の組を学習データとして、前記特徴量及び肌画像の関係を学習したモデルに、前記肌画像を入力することで、前記特徴量の推定値を出力する。
具体的には、被験者の顔の肌を(採取したサンプルではなく)生体において撮影して得られた肌画像を入力データとし、同一被験者の皮膚の内部構造を示すデータから抽出した特徴量を目的変数として複数与えて深層学習を行うことにより、畳み込みニューラルネットワークモデルを作成する。
そして、前記モデルに、特徴量の推定対象である被験者の肌画像を入力して、当該被験者に関する特徴量の推定値を出力する。
【0030】
すなわち、本実施形態では、まずモデルの作成において、光音響法に代表される非侵襲的な方法で得られた皮膚の内部構造を示すデータに基づき、皮膚の血管構造に関する特徴量、皮膚の酸素飽和度に関する特徴量、及び皮膚のメラニン構造に関する特徴量を含む、特徴量を抽出する。
そして、同一被験者の生体において肌画像を撮影し、肌画像及び特徴量の組を学習データとして与えることで、肌画像に基づいて特徴量の推定値を出力するモデルを作成する。皮膚の内部構造を示すデータ及び特徴量については後述する。
【0031】
ここで発明者らは、上記光音響法を用いた手法により、皮膚の測定領域における血管の平均厚さと当該測定領域における酸素飽和度、及び、皮膚の測定領域における酸素飽和度と当該測定領域におけるメラニンの紋理構造の体積が、それぞれ互いに相関関係を有することを明らかにしている(図9及び図13参照)。
したがって、この相関関係を利用し、相互に他の皮膚構造の特徴量を推定することで、学習データの一部を作成してもよい。例えば、皮膚の内部構造を示すデータから皮膚の血管構造に関する特徴量を抽出し、皮膚の血管構造に関する特徴量に基づいて皮膚の酸素飽和度を推定して、それぞれ学習データにおける特徴量として用いてもよい。
また同様に相関関係を利用して、モデルにより出力された特徴量の推定値から、更に他の皮膚構造の特徴量を推定してもよい。
【0032】
また本発明の好ましい形態では、入力された肌画像に基づいて、モデルを出力側から入力側に向かって分析することにより、入力された肌画像の領域ごとに、モデルによる推定結果への寄与を推定して肌画像に重ねて表示する。
分析手法としては、Grad-CAM法、GuidedBackPropagation法、またこれらを組み合わせたGuided Grad-CAM法等が好ましく例示される。これらの手法は、深層学習においてモデルが注目した領域を可視化する手法として知られている。入力画像に基づき、最終畳み込み層に流入するクラス固有勾配情報を使用して、逆伝播によって分析するという方法である。Guided Grad-CAM法では、出力から入力へ後ろ向きにトレースすることにより、入力画像の画素ごとに深層学習に関心のある特徴を抽出する技術である。
これにより、皮膚の内部構造に関する特徴量が、肌画像においてどのような表現と関係するかを可視化することができる。
【0033】
<2>皮膚の内部構造を示すデータ及び特徴量の取得
本実施形態で学習データの作成に用いる皮膚の内部構造を示すデータは、非侵襲的な測定方法により得られるが、本発明はこれに限られず、侵襲的に得られた測定データに基づいてモデルの学習が行われてもよい。前記データは、公知の装置及び公知の方法を適宜用いて取得することができる。公知の非侵襲的な測定方法としては、例えば、高周波電流法、ATR-FTIR法、近赤外分光法、磁気共鳴画像法(MRI)、In vivo共焦点ラマン分光法、超音波断層撮影、光コヒーレンス・トモグラフィー、In vivo共焦点レーザー走査型顕微鏡、多光子顕微鏡、SHG顕微鏡、CARS顕微鏡、光超音波顕微鏡等を選択することができる。
また、上記非侵襲的な測定方法で測定することができれば、皮膚の内部構造を示すデータの種類は特に制限されず、例えば被験者の皮膚のある測定領域における血管構造に関するデータ、血流に関するデータ、酸素飽和度に関するデータ、メラニンのミクロ空間分布に関するデータ、水分に関するデータ、皮膚の粘弾性に関するデータ、特定の物質に関するデータ等を例示することができる。
また取得した皮膚の内部構造を示すデータは、生データのまま使用してもよく、一般的な統計学的加工(平均や標準偏差の取得等)や画像化等の加工を施してもよい。
本発明の好ましい形態では、非侵襲的な測定方法として、光音響法を採用する。また本発明の好ましい形態では、皮膚の内部構造を示すデータは、光音響法により取得した画像データである。
【0034】
ここで、皮膚の内部構造を示すデータの取得のための測定領域としては、任意の箇所を選択することができるが、日常生活において光を浴びやすい箇所(例えば、顔や手の甲)の皮膚を選択することが好ましい。また、日常生活において光を浴びにくい箇所(例えば、上腕の内側)の皮膚を選択することも、好ましい。
前者を選択する場合には、光による影響を考慮した総合的な肌の状態を評価することができ、後者を選択する場合には、光による影響を極力排除した(生理的な)肌の状態を評価することができる。
また、測定領域としては、視認できるシミやその他色素沈着、創傷等の異常がない正常な領域を設定する。
また、測定領域のサイズとしては、好ましくは5mm×5mm~15mm×15mmで設定することができる。
【0035】
本発明において、皮膚の内部構造を示すデータとして画像データを使用する場合、特徴量を抽出するための画像データは、三次元データであることが好ましい。このような三次元データとしては、光音響法等によって得られた測定画像データそのものであってもよいし、測定画像データを加工した加工画像データであってもよい。
【0036】
皮膚の内部構造を示すデータとして画像データを使用する場合、当該皮膚の画像データとしては、表皮層、真皮層、皮下脂肪層のすべての層を含む画像データを用いてもよいし、これを皮膚の深さ方向に任意に分割した画像データを用いてもよい。
例えば、皮膚の深さ方向に任意に分割した画像データとしては、表皮層から皮下脂肪層までを、上部(表皮から真皮乳頭層までの領域)、中間部(真皮網状層から皮下脂肪層の境界領域)、及び下部(皮下脂肪層の上層)に分割した画像データを用いることができる。
【0037】
本発明のモデルの作成において用いられる、皮膚の内部構造を示すデータから得られる皮膚の特徴量は、例えば、血管構造に関する特徴量、血流に関する特徴量、酸素飽和度に関する特徴量、メラニン構造に関する特徴量、水分に関する特徴量を挙げることができる。
中でも好ましい形態として、血管構造に関する特徴量、酸素飽和度に関する特徴量、メラニン構造に関する特徴量を挙げることができる。
このうち、血管構造に関する特徴量を用いる場合には、皮膚の測定データを含むデータを用いることが好ましい。また、当該データは、画像データであることが好ましい。
また、メラニン構造に関する特徴量を用いる場合には、表皮層の測定データを含むデータを用いることが好ましい。また、当該データは、画像データであることが好ましい。
また、酸素飽和度に関する特徴量を用いる場合には、表皮層の測定データを含むデータ、又は皮下脂肪層の測定データを含むデータを用いることが好ましい。また、当該データは、画像データであることが好ましい。
【0038】
本発明の評価方法では、血管構造に関する特徴量、酸素飽和度に関する特徴量、メラニン構造に関する特徴量のうち、1種類を用いてもよく、2種類以上を用いてもよい。
【0039】
血管構造に関する特徴量としては、微細な血管構造に関する特徴量を用いることが好ましく、特に、皮膚の上部における微細な血管構造に関する特徴量を用いることが好ましい。このような特徴量として、血管の分岐の数、血管の曲率、血管の合計量(体積)、微細血管の数、血管の密度、血管の平均厚さ等が好ましく挙げられ、中でも、血管の分岐の数、血管の合計量(体積)、微細血管の数、血管の平均厚さを用いることが好ましい。
【0040】
上記血管構造に関する特徴量は、上記非侵襲的な測定方法により測定した測定領域における血管構造に関するデータから、抽出することができる。
血管構造に関する特徴量を抽出するための画像データは、例えば、575nmと650nmの二波長を含むパルス光を測定部位に照射し、575nmの光音響シグナルから、650nmの光音響シグナルを差し引いた差分値を用いて、皮膚内部の血管構造を示す三次元画像データを生成することができる。例えば、株式会社アドバンテストのHadatomoZ(Hadatomoは登録商標)を用いて、このような三次元画像データ(測定画像データ)の生成を行うことができる。そして、生成した画像を解析することで、血管構造に関する特徴量を抽出することができる。
このような測定画像データを用いて、血管構造に関する特徴量を定量化してもよい。
好ましい形態では、この測定画像データを加工することにより、血管構造に関する特徴量の抽出の精度を上げることができる。
【0041】
例えば、深層学習モデルを用いて、測定画像データを水平方向画像データ(平面画像データ)に分解し、この分解した測定平面画像データから血管構造を示す要素を抽出した抽出平面画像データを生成し、この抽出平面画像データを結合することで、血管構造が抽出された抽出三次元画像データを生成する方法があげられる。
測定平面画像データから抽出平面画像データを生成するためには、深層学習モデルを使用することができる。
この場合、データキュレーターが測定平面画像データを目視評価することで血管構造を抽出した注釈画像データを作成する。
訓練に必要な数の測定平面画像データと対応する注釈画像データを訓練用画像データとして用いて、深層学習をさせる。深層学習モデルとしては、エンコーダー・デコーダーモデル構造を有するネットワークであるUnetを用いることができる。
【0042】
酸素飽和度に関する特徴量としては、測定領域(例えば、皮膚の任意の層)の酸素飽和度、高酸素飽和度の微細血管が存在する領域の量などを用いることができる。
【0043】
酸素飽和度に関する特徴量を抽出するための画像データは、例えば、575nmと586nmの二波長を含むパルス光を測定部位に照射し、酸素ヘモグロビンと脱酸素ヘモグロビンとの吸収係数の差を利用して、全体に対する酸素ヘモグロビンの割合を色分けなどで可視化した測定画像を生成することで、取得することができる。例えば、株式会社アドバンテストのHadatomoZ(Hadatomoは登録商標)を用いて、このような三次元画像データ(測定画像データ)の生成を行うことができる。そして、生成した画像を解析することで、酸素飽和度に関する特徴量を抽出することができる。
このような測定画像データを用いて、酸素飽和度に関する特徴量を定量化してもよい。
また、ある位置(領域)の各波長における光音響信号の振幅比に基づいて、当該位置の酸素飽和度を算出してもよい(実施例参照)。
【0044】
メラニン構造に関する特徴量は、メラニン顆粒の凝集により形成される構造に関する特徴量である。ここで、本発明においてメラニン構造に関連する特徴量は、視認できるようなシミやそばかす等に関連するメラニンの凝集などの構造ではなく、通常は視認できない1mm未満四方の空間における構造を意味する。
光音響法では、通常個々のメラニン顆粒は測定することができない。
この構造は、10~数百μmの範囲の大きさの構造である。また、この構造は、好ましくは、チューブ状の紋理構造である(図10(B)参照)。
メラニン構造に関する特徴量としては、前記構造の存在量に関する特徴量があげられ、体積、密度、数があげられる。
【0045】
メラニン構造に関する特徴量を抽出するための画像データは、例えば、650nmのパルス光を測定部位に照射し、得られた光音響データに基づいた測定画像を生成することで、取得することができる。例えば、株式会社アドバンテストのHadatomoZ(Hadatomoは登録商標)を用いて、このような三次元画像データ(測定画像データ)の生成を行うことができる。そして、生成した画像を解析することで、メラニン構造に関する特徴量を抽出することができる。
このような測定画像データを用いて、メラニン構造に関する特徴量を定量化してもよい。
【0046】
<3>評価方法(内部構造の推定)
また、発明者らは、上記光音響法を用いた手法により、皮膚の測定領域における血管の平均厚さと当該測定領域における酸素飽和度、及び、皮膚の測定領域における酸素飽和度と当該測定領域におけるメラニンの紋理構造の体積が、それぞれ互いに相関関係を有することを明らかにした(図9及び図13参照)。
したがって、本発明は、皮膚の血管構造に関する特徴量、皮膚の酸素飽和度に関する特徴量、及び皮膚におけるメラニン構造に関する特徴量の少なくとも何れかを解析することにより、相互に他の皮膚構造に関する特徴量を推定することを含む肌の評価方法を提供する。
【0047】
具体的には、皮膚の測定領域における血管の平均厚さが高い(より厚い)ほど、当該測定領域における血管の酸素飽和度が低いという関係がある(図9参照)。この関係は、特に皮膚の上部及び下部において顕著である。
したがって、皮膚の測定領域における血管の平均厚さを測定又は推定することによって、当該測定領域における血管の酸素飽和度を推定することができる。
そして上記の通り、皮膚の測定領域における酸素飽和度は、加齢に伴って減少するから、皮膚の測定領域における血管の平均厚さの測定データに基づいて、当該測定領域における血管の酸素飽和度を推定することによって、肌(特に、肌の加齢状態)を評価することができる。加齢状態の評価については後述する。
【0048】
また上記測定領域における血管の平均厚さと当該測定領域における酸素飽和度との関係に基づけば、皮膚の測定領域における酸素飽和度を測定又は推定することによって、当該測定領域における血管の平均厚さを推定することができる。
そして上記の通り、皮膚の測定領域における血管の平均厚さは、加齢に伴って増加するから、皮膚の測定領域における酸素飽和度の測定データに基づいて、当該測定領域における血管の平均厚さを推定することによって、肌(特に、肌の加齢状態)を評価することができる。
【0049】
また、皮膚の測定領域における酸素飽和度が高いほど、当該測定領域に存在するメラニンの紋理構造の体積が少ないという関係がある(図13参照)。
したがって、皮膚の測定領域における酸素飽和度を測定又は推定することによって、当該測定領域において観察されるメラニンの紋理構造の体積を推定することができる。
そして上記の通り、皮膚の測定領域において観察されるメラニンの紋理構造の体積は、加齢に伴って増加するから、皮膚の測定領域における酸素飽和度の測定データに基づいて、当該測定領域において観察されるメラニンの紋理構造の体積を推定することによって、肌(特に、肌の加齢状態)を評価することができる。
【0050】
また上記測定領域における酸素飽和度と、当該測定領域に存在するメラニンの紋理構造の体積との関係に基づけば、皮膚の測定領域において観察されるメラニンの紋理構造の体積を測定することによって、当該測定領域における酸素飽和度を推定することができる。
そして上記の通り、皮膚の測定領域における酸素飽和度は、加齢に伴って現象するから、皮膚の測定領域において観察されるメラニンの紋理構造の体積の測定データに基づいて、当該測定領域における酸素飽和度を推定することによって、肌(特に、肌の加齢状態)を評価することができる。
【0051】
このように、皮膚の内部構造に関する特徴量を相互に推定することにより、本発明において肌画像から特徴量を推定するモデルの学習データの作成において、ある特徴量から他の特徴量に関する学習データを作成することができる。また、肌画像からある特徴量をモデルにより推定した後、他の特徴量を更に推定することができる。各特徴量やその抽出方法の好ましい形態は、<2>で述べた通りである。
【0052】
<4>加齢状態の評価
本発明の肌の評価方法は、モデルによって出力された、被験者の皮膚の内部構造に関する特徴量の推定値に基づいて、被験者の肌の加齢状態の評価を行う工程を更に含んでいてもよい。
また、本発明の好ましい形態では、前記加齢状態は、前記特徴量及び年齢の組を複数与えることによって作成された相関モデルに、前記推定値を入力して、推定年齢を算出することによって評価される。
本発明によれば、肌画像に基づく推定値から肌の加齢状態を評価することができるので、簡便かつ非侵襲的に被験者の肌の加齢状態を評価することができる。
【0053】
本発明において、「肌の加齢状態」とは、第三者から視認可能な肌の加齢形質(例えば、しみ、しわ、くすみ等)の程度(例えば、大きさ、数、深さ等)、将来的に表出する可能性がある加齢形質の発生の予測、被験者の加齢印象(見た目年齢)等を例示することができる。
【0054】
実施例に示す通り、前述した各特徴量は、年齢と関係を有することを、本発明者らは明らかにしている。したがって当該関係を利用して、前記特徴量に基づいて肌の加齢状態を評価することができる。
【0055】
本実施形態では、学習済みの畳み込みニューラルネットワークモデルを利用して肌画像に基づき推定された特徴量から、加齢状態を評価する。モデルの学習に用いる学習データの作成において、皮膚の内部構造を示すデータから特徴量を抽出する方法は特に制限されず、非侵襲的な測定方法により得られた、皮膚の内部構造を示すデータに一般的な統計学的処理(例えば、平均、標準偏差等の算出)を施すことで特徴量を抽出する形態や、画像化等の加工を施した後に、当該画像を解析して特徴量を抽出する形態としてもよい。
【0056】
本発明では、肌の加齢状態の評価においては、あらかじめ特徴量と年齢の相関関係を示す相関モデルを作成しておくことが、簡便性の問題から好ましい。これにより、肌画像から推定された特徴量を前記相関モデルに入力することで、推定年齢を算出することができる。なお年齢に限らず、特徴量と相関関係を有する任意の加齢状態に関する任意の指標を用いることができる。
以下に相関関係の解析と相関モデルの作成について説明する。
【0057】
本発明における加齢状態の評価に用いる特徴量(評価指標)は、以下のように決定することができる。
まず、非侵襲的な測定方法を用いて、年代の異なる複数被験者の皮膚の測定領域を測定して、皮膚の内部構造のデータを得る。皮膚の内部構造のデータは、好ましくは画像データであるか、又は得られたデータを画像化したものである。皮膚の内部構造のデータを画像データとする場合、当該画像は、皮膚断面画像等の二次元画像であっても、三次元画像であってもよい。
【0058】
非侵襲的な測定方法としては、上記した各種装置及び方法を使用することができるが、光音響法を採用することが好ましい。
光音響法を採用することで、従来の方法では測定できなかった生体深部の構造を、より正確に測定することができる。
例えば、皮膚の内部構造の画像データを得る場合、年代の異なる複数の被験者の皮膚の測定対象部位にパルス光を照射して、発生した超音波を測定し、測定された皮膚内部の超音波のデータに基づいて、各年代の被験者についてそれぞれ皮膚内部の構造の画像データを生成する。
【0059】
次に、得られた測定データに含まれるパラメータを抽出し、実年齢又は見た目年齢と相関のあるパラメータを探索する。
測定データからのパラメータの抽出方法は特に制限されず、公知の解析手法を用いることができる。例えば、測定データとして画像データを使用する場合、年代ごとの画像を目視で比較し、変化の見られた皮膚のパラメータを、抽出する方法を採用することができる。また、汎用の画像処理ソフトを用いた解析によって、色分布、輝度分布、空間周波数強度等を含む特徴を抽出することによって、パラメータを抽出することもできる。
【0060】
ここで、加齢状態の評価に用いる特徴量(評価指標)の決定においても、非侵襲的な方法で測定される皮膚の内部構造を示すデータから抽出されるパラメータ(特徴量)に替えて、モデルによって肌画像から推定された特徴量を用いてもよい。
【0061】
次に、抽出したパラメータと、見た目年齢又は実年齢等の加齢状態を示す指標との相関を解析する。ここでの解析においても、モデルによって肌画像から推定された特徴量を用いてもよいし、非侵襲的な方法で測定される皮膚の内部構造を示すデータから得た特徴量を用いてもよい。なお、見た目年齢として、年齢を年代やスコア等に適宜変換した値を用いてもよい。
解析手法としては、回帰分析など、相関関係の解析に一般的に用いられる方法を採用することができる。
【0062】
また、測定データとして画像データを使用する場合、非侵襲的な測定方法により得られた皮膚の内部構造を示す画像データに、見た目年齢又は実年齢等、加齢の度合いを示すデータのラベルを付したものを訓練データとした機械学習により、相関関係を解析することもできる。
【0063】
解析の結果、年齢と相関があるとされた特徴量を、肌の評価指標として決定し、前記特徴量と年齢との相関関係を説明する相関モデルを作成する。相関モデルとしては、重回帰式、判別式、ニューラルネットワーク等があげられる。
【0064】
発明者らの解析によって、具体的には、実年齢が高いほど、被験者の測定対象部位における血管の平均厚さが厚い(より血管が厚くなっている)という関係が見出された(図6参照)。
また、実年齢が高いほど、血管の体積が小さいこと、実年齢が高いほど皮膚の上部においては血管の分岐の数が少ないという関係が見いだされた。
また、実年齢が高いほど、測定領域における酸素飽和度が低く、特に皮膚の上部と下部においてこの関係が強い傾向が見出された(図8参照)。
【0065】
また、実年齢が高いほど、単位皮膚領域あたりに観察されるメラニンの紋理構造が多い(体積が大きい)という関係が見出された(図12参照)。
【0066】
したがって、これらの特徴量は、本発明における加齢状態の評価方法に用いる特徴量(評価指標)として特に好ましく用いることができる。
【0067】
本発明においては、上記特徴量のほかにも、肌の加齢状態の評価の指標として知られている項目を併せて測定し、これを加味して肌の加齢状態を評価してもよい。
例えば、公知の方法により、肌の水分量や粘弾性、加齢形質の多少等を非侵襲的に測定し、これらの測定結果と、上記特徴量の、光音響法による測定結果の少なくとも何れかの結果とを組み合わせ、被験者の肌の加齢状態を評価する形態とすることができる。
【0068】
特徴量から、肌を評価する方法としては、例えば、前述した相関分析に基づいて、あらかじめ特徴量と加齢状態の推定値(見た目年齢やスコア)との相関関係を示す式やモデルをコンピュータに記憶しておき、当該式やモデルに、特徴量を入力することで、加齢状態の推定値を出力する方法が好ましく用いられる。本発明においては、ここで入力する特徴量として、肌画像に基づいて推定された特徴量を用いることで、特徴量の推定を介して肌画像から加齢状態を推定することができる。
【実施例
【0069】
被験者(20代~60代の日本人女性、80名)の、シミや赤斑等が肉眼で観察される部分を除いた正常な頬部位(9mm×9mm)について、以下の方法により、光音響測定画像データを得て、様々な特徴量を抽出した。
更に同一被験者の顔画像から、光音響法による測定領域を含む領域の画像(1200px×1200px)を抽出して、更に頬部分の拡大皮膚画像(640px×480px)を30倍のビデオ顕微鏡を用いて取得し、肌画像と特徴量とを学習データとして深層学習を行った。
また、抽出した特徴量と、年齢との相関を解析することにより、加齢状態に関係のある特徴量を解析した。
【0070】
<1>光音響測定画像の取得
光音響測定には、株式会社アドバンテストのHadatomoZ光音響測定装置を用いた。この装置は、二波長光音響イメージングおよび超音波イメージングが可能である。測定は、30μmの走査ステップで行った。
【0071】
測定には、2種類の二波長レーザー、(i)575nmおよび586nm、ならびに(ii)575nmおよび650nmを使用した。
血管のイメージングのためには、575nmの光音響信号から650nmの光音響信号を差し引いた値を使用した。
酸素飽和度分布のイメージングのためには、575nmの光音響信号および586nmの光音響信号から得られるオキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンとの間の吸収係数の差を使用した。
メラニン分布のイメージングのためには、650nmの光音響信号を使用した。
【0072】
<2>血管構造及びメラニン構造の解析のための画像生成
血管構造やメラニン構造に関する特徴量を抽出するために、MATLAB(登録商標)2020a(MathWorks、USA)、Python3.7、およびTensorflowを使用して、光音響測定により得られた画像データに基づいて、解析画像データを生成した。
光音響測定で得た三次元画像データをz軸上に積層した画像から水平方向(x‐y平面)画像に再構成した。再構成した画像から血管構造およびメラニン構造を抽出するために、エンコーダー・デコーダーモデル構造を有するネットワークであるUnetを、深層学習セグメント化方法として使用した。
血管構造およびメラニン構造が観察された測定領域の画像を、z軸の任意の複数の位置におけるx-y平面画像を切り出し、データキュレーターによって血管構造またはメラニン凝集構造と視覚的に見なされる領域についての注釈画像データ(訓練データ)として抽出画像を作成した。これらの抽出画像は、深層学習における出力データ、およびそのクラスラベルとした。これらの抽出画像は、血管構造およびメラニン構造について、それぞれ90例および30例であった。次に、元のx-y平面画像を入力データとして使用して血管およびメラニン構造を抽出するために、5回反復および2×2プーリングを有するネットワークを構築した。目的関数は、以下の式(1)によって計算されるダイス関数であると仮定した。
【数1】
ここで、yは元のx-y平面画像の画素ベクトルを表し、y~は、注釈画像データの画素ベクトルを表す。
【0073】
前記構築したネットワークを用いて、被験者から取得した光音響データから、血管構造およびメラニン構造が抽出されたx-y平面画像データを抽出し、この抽出した平面画像データを深さ方向で再び統合して、三次元データを作成した。
【0074】
作成した三次元データに基づいて、長さ、厚さ、分岐の数、体積等のパラメータを測定した。皮膚の深さ方向に3等分した上部、中間部および下部のそれぞれについて、種々のパラメータを測定した。
【0075】
<3>酸素飽和度の計算
酸素飽和度の空間分布SO(r)は式(2)に示すように、酸化ヘモグロビンHbOと脱酸素ヘモグロビンHbとの比率に基づいて算出することができる。
【数2】
ここで、rは位置情報、εHbは脱酸素ヘモグロビンのモル吸収係数、εΔHbは酸化ヘモグロビンと脱酸素ヘモグロビンのモル吸収係数の差分値、μa(r)は光音響信号である。λとλはレーザー波長、波長λは575nm、波長λは586nmである。波長λおよびλに対応する脱酸素ヘモグロビンおよび酸化ヘモグロビンのモル吸収係数が既知の値であると仮定すると、酸素飽和度の空間分布SO(r)は、各波長における光音響信号の振幅比に基づいて算出することができる。皮膚の深さ方向に上部、中間部及び下部とわけ、そのそれぞれについて、酸素飽和度に関する種々のパラメータを測定した。
【0076】
<4>肌画像に基づく特徴量推定モデルの作成
顔画像の取得にはVISIA(Canfield、USA)を用いた。そして取得した顔画像から、光音響法による測定領域を含む領域の画像(1200px×1200px)を抽出し、更にそこから測定領域である頬部分の拡大皮膚画像(640px×480px)を、30倍のビデオ顕微鏡を用いて取得した。
【0077】
深層学習は、MATLAB(登録商標)2020a及び深層学習ツールボックスを用いて行った。まず20代~60代の日本人女性80名の被験者から、特徴量の測定値によって、上位20名の上位群及び下位20名の下位群を抽出した。そして上位群及び下位群の合計40名の被験者の顔画像から抽出された、特徴量の測定領域を含む領域の画像及び拡大皮膚画像を入力データとし、測定値の上位群であるか下位群であるかを判別するように、畳み込みニューラルネットワークモデルに学習させた。ここで特徴量としては、光音響法により得られる、血管構造の体積、酸素飽和度及びメラニンの管状パターン構造の体積を採用し、そのそれぞれについて、光音響法による測定領域を含む領域の画像及び拡大皮膚画像から、上位群、下位群を判別するニューラルネットワークモデルを作成した。
更に本発明者らは、伝達学習のための訓練済みモデルであるGoogLeNetを用いて、サンプルサイズが小さいことによる影響を軽減した。
更に、反復的なトレーニングによって、予測が精度(95%以上)にまで向上した。また学習に用いていない検証データを用いた検討においても75%程度の精度を示すことが検証された。メラニン構造と皮膚画像との関係について深層学習を行った結果を代表例として図1に示す。
【0078】
<5>肌画像と皮膚の内部構造に関する特徴量の関係解析
本発明者らは、深層学習においてどのような画像特徴が識別に影響するかを可視化するため、Grad-CAM法を用いて可視化を行った。
【0079】
血管構造と顔面及び皮膚の特徴との関係を図2(A)に示す。血管構造の平均厚さがより薄い被験者では、Grad-CAM画像に示されるヒートマップは均一に拡大する傾向があったが(図2(A)の上段画像)、血管構造の平均厚さがより厚い被験者では、局所的なヒートマップとなった(図2(A)の下段画像)。
Guided Grad-CAM画像で示されるように、血管構造の平均厚さがより厚い被験者において、雲様特徴の不均一な分布が観察された一方、微細な血管構造を有する被験者ではこのような特徴は観察されなかった。
更に、血管構造の平均厚さがより厚い例では、Guided Grad-CAM画像で示された領域と一致するカラーシェーディングとムラの存在が顔画像(入力画像)において感じられることが見出された。本研究で認められた血管構造の厚さは、皮膚のたるみとして知覚される顔面上の色むらにつながる可能性が示唆される。血管構造の平均厚さがより厚い被験者のGuided Grad-CAM画像中の矢印は、入力皮膚画像中のカラーシェーディング及び不均一性の存在と一致する雲様特徴の不均一な分布を示す。
【0080】
次に、酸素飽和度と外観の関係を調べた(図2(B))。酸素飽和度の高い被験者のGrad-CAM画像に示されたヒートマップは、広く均一に広がる傾向があった(図2(B)の上段画像)。これに対し、酸素飽和度の低い被験者のGrad-CAM画像では、ヒートマップが分離する傾向があった(図2(B)の下段画像)。
更にGuided Grad-CAM画像に示されるように、酸素飽和度が低い被験者では雲の形で特徴の分布が不均一に広がるのに対し、酸素飽和度の高い被験者では均一に広がる。このことから、本研究で得られた酸素飽和度から、顔の比較的巨視的な色むらが導かれることが示唆された。Guided Grad-CAM画像中の矢印は、酸素飽和度が低い被験者において雲状に広がった特徴の不均一な分布を示し、これは入力画像のカラーシェーディング及び不均一性の存在と一致する。
【0081】
また、メラニンの管状パターン構造と顔の皮膚画像との間の関係を調べた。本発明者らは、大量のメラニン構造を有する被験者のGuided Grad-CAM画像に示されるように、特徴が雲状に広く分布していることを見出した(図3の下段画像)。また入力画像の特徴がある領域では色むらが観察され、ここで見つかったメラニンの管状パターン構造が、スキンカメラで撮影された皮膚画像の色むらの視点(図中の矢印)として表現されていることが示唆される。このように本発明者らは、メラニンの管状パターン構造の存在が、皮膚上の不均一な色点の生成に関与する可能性を実証した。
【0082】
<6>統計解析
上記で得られた種々のパラメータ、被験者の年齢について、JMPソフトウェアバージョン14.0(米国SAS Institute)を用いて解析した。各データ間の相関は、ピアソンの相関分析によって評価した。
【0083】
<7>血管構造の解析
図4(A)は、575nmの光音響信号から得られた画像と650nmの超音波信号から得られた画像をマージした画像である。このマージ画像から、光音響測定によると、皮下の上部から下部の深さで血管構造を識別することができることがわかった。
【0084】
図4(B)(C)は、575nmの光音響信号から650nmの光音響信号を引いた差分値に基づいて抽出した、血管構造を示す代表的な測定画像である。(B)が20代被験者の画像であり、(C)が60代被験者の画像である。
特に、上面図を見ると明らかなとおり、図4より、20代被験者に見られた微小な血管構造が存在する領域(図4(B)中、白い三角形で示した血管)が、60代被験者では見られない(図4(C)中白い矢印で示した部分)ことがわかる。
【0085】
図5は、前述の深層学習を用いて構築したネットワークにより、光音響測定により得られた血管構造を含むx-y平面の測定画像データと、これをネットワークに入力して得られた、血管構造の予測画像データの代表例である。測定画像データからデータキュレーターにより視覚的に抽出された血管構造の注釈画像データを併せて示す。(A)は、深層学習において訓練データとして用いられた測定画像データから得られた予測画像であり、(B)は、深層学習において訓練データとして用いられていない測定画像データから得られた予測画像である。
これより、学習データとして用いられていない測定画像データからも、解析者が作成した正解データと高い類似性をもって予測画像データを生成することができることが確認された。
【0086】
(C)は、予測画像データ(x-y平面)をz軸方向に結合することで生成した三次元データの代表例である。
この三次元データから抽出された各種パラメータ、被験者の年齢の相関解析の結果、いくつかのパラメータと年齢との間に相関関係が確認された。
【0087】
図6に示される通り、皮膚の各層の何れにおいても、血管構造の平均厚さ(Average thickness)は、年齢とともに増加することが観察された。
また、年齢の増加とともに、上部における血管構造の体積が減少し、下部における血管構造の体積が増加することが観察された(データは図示しない)。
また、年齢の増加とともに分岐の数は、減少することが観察された(データは図示しない)。
すなわち、加齢に伴い、皮膚上部においては、微小血管が減少し、血管構造全体の体積としても減少するのに対し、皮膚下部においては、微小血管は減少するものの血管構造全体の体積は減少しないことがわかり、加齢に伴う血管構造の変化は、皮膚の層(上部、中間部及び下部)によって異なることが示唆された。
【0088】
以上より、微小血管の量を示す特徴量については、加齢状態の評価のための指標として用いることができることが明らかとなった。
そして、その特徴量としては、血管構造の平均厚さ、分岐の数を用いることができることが明らかとなった。
また、皮膚上部における血管構造の体積についても、加齢状態の評価のための指標として用いることができることが明らかとなった。
また、皮膚上部における血管構造の平均厚さ、分岐の数、血管構造の体積の任意の組み合わせを用いて、加齢状態の評価のための指標として用いることができることが明らかとなった。
【0089】
<8>酸素飽和度の解析
図7に、20代被験者及び60代被験者の光音響測定画像データを示す。光音響イメージングにより、酸素飽和度の空間分布が可視化できることが明らかとなった。
【0090】
図7中、(A)が20代被験者の血管における酸素飽和度の空間分布を示す測定画像データであり、(B)が60代被験者の血管における酸素飽和度の空間分布を示す測定画像データである。
図7において、(A)と(B)とを比較すると、60代被験者の測定領域における酸素飽和度は、20代被験者の測定領域における血管の酸素飽和度に比べて、全体的に低くなっていた。また、20代被験者の測定画像データにおいては、微細血管が高い酸素飽和度で存在する領域((A)中、三角形で示す)が観察されるが、60代被験者の測定画像データにおいては、当該領域が存在しなかった((B)中、矢印で示す)。
【0091】
統計解析に供するために、前述した方法により酸素飽和度を算出し、先に測定した血管構造に関する特徴量、および年齢との相関関係を解析した。
【0092】
図8に示す通り、加齢に伴い、皮膚の各層における酸素飽和度(Oxygen satulation)は減少する傾向があることが明らかになった。
すなわち、酸素飽和度は、肌の加齢状態の評価指標として使用できることが明らかになった。
【0093】
また、図9に示す通り、皮膚の上部と下部においては、血管の平均厚さと酸素飽和度の間に負の相関があることが明らかになった。
【0094】
したがって、血管の平均厚さから酸素飽和度を推定したり、反対に酸素飽和度の測定によって、血管の平均厚さを推定したりすることができる。
またこの解析により、微小な血管構造が加齢に伴って消失することで、酸素飽和度の低下を誘発することが示唆された。また、この現象は、少なくとも皮膚の上部及び下部で起こることが分かった。
【0095】
以上より、測定領域における酸素飽和度の分布を示す特徴量については、加齢状態の評価のための指標として用いることができることが明らかとなった。
そして、その特徴量としては、酸素飽和度、高酸素飽和度の微細血管領域の体積を用いることができることが明らかとなった。
特に、上部、及び下部における酸素飽和度は、加齢状態と関係のある血管の厚さの平均とも関係を有していることから、これらの層における酸素飽和度と血管構造に関する特徴量を組み合わせて評価に用いることで、より精度の高い評価ができることが示唆された。
【0096】
<9>メラニン構造の解析
図10に、波長650nmのパルス光を用いた光音響法により取得した測定画像データを示す。
【0097】
図10中、(A)が20代被験者のメラニン構造の分布を示す測定画像データであり、(B)が60代被験者のメラニン構造の分布を示す測定画像データである。
(A)に示す通り、20代被験者の肌においては、メラニン構造がそれほど豊富ではなかった。
これに対し、(B)に示す通り、60代被験者の肌においては、トロイダル空洞を伴う、チューブ状の紋理構造(矢印で示す)が観察された。
【0098】
図11は、前述の深層学習を用いて構築したネットワークにより、光音響測定により得られたメラニン構造を含むx-y平面の測定画像データと、これをネットワークに入力して得られた、メラニン構造の予測画像データの代表例である。測定画像データからデータキュレーターにより視覚的に抽出されたメラニン構造の注釈画像データを併せて示す。(A)は、深層学習において訓練データとして用いられた測定画像データから得られた予測画像データであり、(B)は、深層学習において訓練データとして用いられていない測定画像データから得られた予測画像データである。
これより、学習データとして用いられていない測定画像データからも、解析者が作成した正解データと高い類似性をもって予測画像データを生成することができることが確認された。
【0099】
(C)は、予測画像データ(x-y平面)をz軸方向に結合することで生成した三次元データの代表例である。
この三次元データから抽出された各種パラメータ、被験者の年齢の相関解析の結果、メラニンの管状パターン構造の体積と年齢との間に相関関係が確認された。
【0100】
図12に示すとおり、加齢に伴って、皮膚の表層部に存在するメラニンのチューブ状の紋理構造の体積(volume of melanin structure)が増大することが明らかになった。
従来、正常皮膚におけるメラニンの三次元分布は研究されていない。また、本研究で実証された10~数百μmのスケールのメラニン構造についても報告はない。
この新たに発見された特徴的なメラニン構造に関する特徴量は、加齢状態の評価に有用であることが明らかになった。
【0101】
以上より、表層におけるメラニンの体積、特にメラニンのチューブ状の紋理構造の体積を評価指標として、加齢状態を評価することができることが明らかとなった。
【0102】
また、前述した酸素飽和度と、メラニンの管状パターン構造の体積との相関関係を解析した。
図13に示す通り、酸素飽和度が減少するのに伴って、メラニンのチューブ状の紋理構造の体積が増加することが明らかになった。
したがって、メラニンのチューブ状の紋理構造の体積に基づいて、酸素飽和度の空間分布を推定できる。
また反対に、酸素飽和度に基づいて、メラニンのチューブ状の紋理構造の体積を推定できる。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明は、美容に関する肌の評価方法に利用することができる。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13